ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

2008年7月 3日 (木)

厳しいシーズンのおさらい

 丁度折り返し地点を過ぎたとこで今シーズンのおさらいをしたい。23節を終えたとこで2位の山形に勝ち点7差をつけて首位。上出来ではないかと思いがちだがそうだろうか。恐らく試合を観ているサンフサポはほとんどが満足はしてないだろう。攻めても点が取れない、危なっかしい試合が多い、最近では失点も多くなった。それらのことでJ1に上がったとしても勝てるのかといえばかなり難しいような気がする。それが本音だろう。

 だが悲観することばかりではない。若手の中には平繁、森脇、高萩が立派な戦力になってるという実感がある。ギリギリで昇格はしたが結局なにも得ることのなかった2003年とはそこが大きく違う。そして監督はたしかにそうやって生え抜きの若手を使おうという意思はあるのだ。

 実はそこがこの監督の難しいとこである。小野のように全く無能の癖に独裁主義に満ちたやり方で多くの若手をクラブを去るようにしてしまった監督なら非難のしようもある。ただミシャはあるところではチームにとって理想的なのだ。その中途半端さが最も扱い難いとこなのである。

 例えばある病気を患ってるとしよう。だけどその患者は中途半端な症状なため自分が病気だとは思わないのである。むしろ自分をそんな病人とみなすのにプライドを傷つけられるのだ。だから薬があっても飲まないと言うし病院自体行きたがらない。だからそういう患者がいと始末が悪いという話を聞いたことがある。

 ここいう中途半端な患者はミシャだ。金がないクラブなのにとにかく選手の補強をしようとするようなことはない。特に自分が獲得に関わった外国人せんしゅは優先的に使うなどという利己主義的なことはやらない。そこはユースから育てた選手を中心にやっていくというこのクラブのフィロソフィーは理解してる。ユキッチを全く使わないことからも悪ければ使わないという鉄則はあるようだ。

 しかし、それならそれでどうして柏木を使うのか。今シーズン出てきた柏木は怪我をする前の記憶と比べるとまるで別人のように冴えない。もっとボールにも喰らいついたし動き回ってたはずだ。それでいて時々魅せるファンタジーなプレーはぼくらをときめかせてくれた。今の柏木は見ているのが痛々しい。

 そして山形戦では調子の悪い高萩をなかなか替えなかった。その後実は高萩が怪我をしてたことが判明、尚更その起用に疑問が残った。そういう明らかな采配ミスによりみすみす2位との直接対決を落としてしまう。それはまるで昨シーズン降格争いのライバルにことごとく負けたのに懲りてないかのようだった。

 ただミシャばかりが悪いのかというとそうでもない。みんながみんなシュートを外しすぎだ。どうして他のJ2のチームはサンフとの対戦の時スーパーゴールを決めるのにサンフはそれは入れるだろうというようなチャンスでも決めきれないのだ。本当にこれだけ独走してたら1つくらいはミドルシュートが決まってもいいようなものだが意表を突くようなシュート、強引にねじ込んだゴールというものがないのだ。これって本当に戦力として他のチームを圧倒してるのかと思ってしまう。

 圧倒はしてないよな。冷静になるとそういう感情が出てくる。やはりJ2に落ちるチームはそれなりなんだ。だからこそそれ以外の要素で盛り上げなくてはいけない。スタジアムに集まるサポーター、熱い声援、このチームに勝ってもらいという雰囲気。結局のところ客が入ってくれないとどうしようもないということだ。

 ここのところまた客足が減っている。これも残念な現象だが当然シーズン半端による中だるみがあるだろう。それでも行きたいという何かが必要だ。これはすぐにでも考えなければいけないこと。グズグズしてたらこのままシーズンが終わってしまう。強豪と煽れるだけの対戦相手もいない。いや、やっぽりJ2は厳しいリーグだ。

2008年7月 1日 (火)

青山、柏木落選

 北京オリンピック代表候補18人が発表された。もはや1ヶ月を残しての選考なので青山と柏木は落選と考えていいだろう。その予兆はあった。怪我で試合自体出てない柏木は別にしても青山は中途半端な使い方をされてた。それが青山の評価ということなのだろう。所詮J2の選手なのだから仕方がないか。

 だが、ここで言いようのない疑問が残る。だったらなぜ最終予選に出したのかと。そもそもあの試合で青山は怪我をしてしまいそのシーズンを棒に振った。そして青山自身は何もすることもできずJ2に降格してしまった。怪我をして返された挙句本番では使わない、何とも言いようのないやるせなさを感じるのだった。

 あの最終予選で絶体絶命の危機を救ったのは青山だったよな。青山のブロックがなければ失点してしまいオリンピック出場も危なかった。その影の功労者をないがしろにしてしまうとは。まあそれでも青山が圧倒的なパフォーマンスを普段から見せてたら選ばれただろう。だから怨み辛みを言うのもお門違いかもしれない。

 ただ正直なところ今回のオリンピック代表はまるで期待ができない。グループリーグ敗退してしまうのは目に見えてる。中でもFWの駒不足は深刻でオーヴァーエイジを使うという話もあった。そういった意味で青山が普段からミドルシュートをゴールに結び付けてたら選ぶ方の印象も違ったはずだろう。

 青山の代わりという訳ではないだろうが中盤ではオーヴァーエイジで遠藤が入ることになった。遠藤の能力は認めつつもわざわざオーヴァーエイジを入れることには違和感があった。その根底にはどうせ負けるという意識がある。だったら若手だけで臨ましてやれよ。本当にどこをどう考えてもこの代表がオリンピックで勝てる気がしないのだ。

 ただ今回のオリンピック代表はマスコミがメダル確実などと騒ぎ立てたりしないだろう。それが唯一の救いといえば救い。誰も期待しない中ひっそりと負けてひっそりと帰ってくるだろう。むしろこういう代表なら選ばれなくて良かったかもしれない。

 でも青山にしても柏木にしてもこれが最後の世界を相手にする舞台だった。やっぱり選ばれなかったのは残念だ。実際にこの2人が世界を相手にどれくらいできるのか見てみたかった気がする。いや、それはJ2でサンフレッチェの試合を観てれば大体想像付くといえば付くのだが。

2008年6月30日 (月)

ユーロ決勝、応援するチームの判別

2008/06/30 UEFA EURO(欧州選手権)2008 オーストリア・スイス大会 決勝 ドイツ vs スペイン  エルンスト・ハッペル・シュタディオン

 まず最初に断っておくとぼくはこの大会を2試合くらいしか観てない。しかも後半だけだったりする。とてもじゃないがこの大会を観ている程体力がない。そのことを仲間に話すとそうだよねと言われた。かつてはヨーロッパ・サッカーもかなり観てたがサンフレッチェを応援するようになってとてもそんな暇がなくなったとも言ってた。サンフレッチェもユースにまで注視するととてもじゃないがまかないきれない。ぼくはまだユースまで手を出してないだけまだマシな方なのだった。

 そんなぼくが言うのも何だがぼくはドイツを応援してた。なぜってそれは単にスペインが肌に合わないだけだ。どうもラテン系のノリというものはぼくには合わない。まだ生真面目でお堅いドイツの方が性に合うのだ。ドイツに行った時あれだけ東洋人の癖にという目を向けられドイツ大嫌いとなったのに遠く離れると実感としては忘れてしまっているのであった。

 ただこれは趣味の問題があるかもしれないがやはり日本人にとってはドイツの方が受け入れやすい文化ではなかろうか。そもそも言語の発音からしてそうである。ドイツ語はほとんどローマ字をカタカナ読みで読めてしまう。対してスペイン語というのは何とも難解だ。そして頭で考えるタイプのドイツ人と感性で突き進むスペイン人、ぼくの中でできてるステレオタイプはどうしてもドイツに感情を寄せてしまうのだった。そしてそれこそが日本人はドイツに親近感があるという勝手な想像につながるのだった。

 ただそのドイツ、こういうトーナメント戦ではしぶとい強さを持ってるはずなのにこの試合はスペインに圧倒されてた。1点差の試合であったがいつスペインに2点目が入って息の根を止められるか分からなかった。こんな弱いドイツを見るのは痛ましかった。いや、実際は決勝まで来てるので弱い訳じゃない。だけどこのスペインの付け入る隙のなさは何なんだ。

 チャンスらしいチャンスを迎えられないまま時間ばかりが過ぎていく。シルバーコレクターの異名を持つバラックはまたシルバーをコレクトするのだろうか。そう思うと空しい感情が押し寄せるのだった。でもこれってどこかのチームに似ているのだった。

 決勝に進むことは難しい。だけど決勝で負けることはその前に敗退するより空しいのだ。その空しさ、悔しさ、虚脱感はサンフレッチェの天皇杯決勝で散々味わったものだった。リーグ戦なら今度対戦する時は覚えていろよと胸に仕舞うことができる。だけどカップ戦の決勝なんてもう2度と訪れることはない。少なくとも同じ対戦相手と当たる確立なんて天文学的に低いだろう。

 そしてスペインの優勝が決まった瞬間、思うのだった。何でぼくの応援するチームはいつもいつも負けるんだ。何だか全ての応援したチームがダブって見えるのだった。そういやドイツW杯で実際にブラジル代表ユニフォームを着てスタジアムに入って行った日本人がいたということだがぼくには真似できそうにもない。そりゃそうやって勝ちそうなチームに付いていけば絶望も悲しみも虚脱も味わわなくて済む。だがぼくは絶対そんなことはできない人間なのだった。だからサンフレッチェみたいなチームを応援できるんだろう。

 やっぱりサッカーのチームを応援するってことはマゾヒストなことなんだな。そしてぼくの周りはマゾで一杯だ。果たして他のサンフサポはスペインとドイツどちらを応援していたのだろうか。

山形戦~ミシャへの注文

2008/06/29 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 サンフレッチェにとっていいことが何一つない試合だった。本当ならストヤノフの移籍後初ゴールという記念すべき試合ではあった。だけどそれもイエローカードを貰ったことで忘れてしまった。次節出場停止、いつかは訪れるであろう危機がここでやって来た。そしてそれだけではなくチームが逆転負けをしてしまったというのが大きかった。逆転負け、つまりストヤノフの先制ゴールは何の意味もなさなかったということだ。追いつかれた時、その時すでに納得できなかった。それがよりによって負けたのだ。

 一体何が悪かったのだろう。こういう時色々と原因を考える。大雨でまともなコンディションじゃないのにファンタジーなプレーをしようとした高萩のせいか?諸悪の根源ではないにしても責任の一端はあるだろう。

 雨で視界が悪くボールも滑る状態で求められるプレーは堅実なプレーだった。部活サッカーと言われるようなボールを取ったらゴール前に送る、シュートを打つ、それだけで良かった。それなのに身についたファンタジスタの習性が悪い方に出てしまった。

 だがシンプルに攻撃しないという意味では両サイドの服部とハンジェにも問題があった。ボールを持ったらクロスを入れるも縦をえぐることもなくパスを出す。そしてそのパスがどうしようか考えて迷った挙句出してしまうものだから時間が掛かってチャンスになりはしない。さらにドリブルで切り込むこともないので危険度0だ。この両サイドどうにかならないものか。

 更には浩司が打つシュートが全てGKの真正面であるのも目に付いた。実際には雨が降ってるのでシュートを打てば何が起こるか分からないのだがそういう理性的な判断なんかできやしない。敗北は全ての感情コントロールを狂わしてしまうのだった。

 だがパブリック・アローズで観戦してたぼくの仲間はまだ冷静だった。試合後、執拗に審判に抗議するミシャに対して抗議するくらいならマトモな采配しろよと言ってた。確かにミシャに責任は大きかった。もっと早く高萩は代えるべきだったし終了5分前にならないと平繁を投入できないってどういうことだ?逆転をされてどうしようもなくなってからじゃないと動けない監督。硬直した状況になると自分も硬直してしまうミシャ、この人は策士ではない。そんなことは分かってはいたのだが。

 だからぼくはミシャの選手交代へ対してこれ以上言及しない。そこはもう諦めなくてはいけない部分なのだ。それ以上にぼくがミシャに注文したいのは試合にジャージを着て出ないで欲しいということだ。どうもこの人ジャージを着るとその辺にいるヨタオジサンに見えてしょうがない。そのせいかジャージを着てた試合はいつも負けてるような気がする。見た目に威圧感がないのだからせめて着るもので誤魔化すしかないだろ。

 ああ、これで諸悪の根源を見つけたような気分になった。これでこそぼくは落ち着くことができゆっくり眠れることができるのだった。一体ここまでの思考に至るまでどれ程時間が掛かったことだろう。

 そういえば観戦会でタイセイさんに自作のゴール集を貰った。貰った時は嬉しかったのだが今日は見る気が起きない。果たして来週になったら見る気が起きるのだろうか。やっぱりこういうのは浮かれた気分の時しか見れないのだった。

2008年6月28日 (土)

橋内負傷

 何とも微妙なニュースが飛び込んだ。木寺が水戸戦で負傷し全治3ヶ月と診断されたばかりなのにまたしても怪我人とは。しかもそれが橋内、サテライトでの負傷、右膝内側側副靭帯損傷全治6週間、やっぱり微妙だ。

 橋内は公式戦には出ていない。3年前にチョコッと出たがそれこそ途中交代でチョコッと出てすぐに交代させられたという経緯がある。それ以来ピッチで見たことないだけにどんな選手だか分からない。ただそろそろ勝負の時期に来てるのにこういうことがあるともう駄目かなという気がしてくる。しょうがない、プレーもそれ程観たことがないので期待を込めるも何もイメージが沸かないのだ。

 しかし、この橋内存在感だけは大きい。それはまだ20歳過ぎだというのにすでにオジサンの顔をしてるからだ。それ故一部ではオッサンなどと呼ばれている。こういうキャラクターかつてサンフレッチェにいたな、大木勉だ。

 大木、その存在は大きかった。丸坊主でサッカー選手というよりガテン系の職人でもやってそうな風貌のこの男はプレーでもファンタジーだった。どこかポカッとミスをしてボールを取られたりすることがありその都度「大木、何やっとんじゃ!」などという怒号が容赦なくスタンドから飛んだものだ。そして試合が終わると大木をネタにどれだけ話がはずんだことだろう。大木は万が稀なるいじられキャラだったのだ。普通の選手なら侮辱的な発言でもこの大木なら許せる、そんな風潮があった。橋内にはそんなキャラクターを受け継ぐ素地があった。

 ただ大木はそれでも忘れた頃にゴールをするという駄目だ駄目だと言われながらもたまに活躍してた。出場すらできない橋内は大木の存在にはなれてない。それどころか2002年に浦和戦に途中出場しすぐにイエロー2枚貰い退場してしまった河野淳吾の方がイメージが被りつつある。あの選手もその後出場機会がなく横浜FCに移籍してしまった。

 大木か、河野か、いずれにしても今年が勝負の年である。怪我をしっかりと治して公式戦のピッチの出場を目指して欲しい。といっても橋内って一体どこのポジションの選手なんだ?やっぱり期待しようにもそこのとこから分かってない。やっぱり微妙な選手だな。

2008年6月26日 (木)

徳島戦~強くなるチームの条件

2008/06/25 サンフレッチェ広島vsヴォルティス徳島 広島ビッグアーチ

何か疎らだな。モニターに映ったビッグアーチは本当に人がいないように見えた。相手が徳島だからか?いや、単にサンフレッチェに対する関心の低さなんだろう。ただその後雨が降ってきたという情報を得てとりあえず天候による理由があったのにはホッとした。ただ逆にどうしてこうもサンフレッチェの試合は雨に当たるのかという恨めしさも感じた。

そんな中、サンフレッチェは格上チームらしくポンポンとパスをつなぐ。後は決めるだけ、いつゴールが入るだろうかと待っていると先制したのは徳島だった。稀に見るスーパーゴールでどうしてサンフレッチェの試合で相手がこういうゴールを決めるのか分からない。福岡戦の終了間際のゴールとか相手チームに神が降りてくるのだった。

この失点、悔しいとか歯痒いとかいった激高した感情ではなく呆気に取られてしまった。何であそこでシュートを打たすのか、何であそこにパスを出さすのか、何でその前に点を取らなかったのかというのが弧に包まれたような感覚で感情を漂流するのだった。

だが段々と攻めても点が入らない状況にそろそろイラつきだしそうになったものの調度いい頃に高萩が決めてくれた。よし、これで振り出しだな。まだ喜ぶのは早いぞと思いながらもしっかりと両腕を突き上げて喜んでるのだった。何よりも高萩が定期的にゴールを決めるようになったのが嬉しい。そしてその後寿人がゴールを決めると喜びは最高潮だった。いや、実際には高萩のゴールの時から喜びは最高潮だったのだが。

とりあえず逆転した。後半はもっと点を取ろうと結城が入り槙野を右ウイングに上げて攻撃的に行く。そして怒涛の攻撃を繰り広げるもシュートが入らない。明らかに前半よりも勢いがあるのにゴールが入らないのはどうしてだろう。

その内に徳島は盛り返してきて反撃に出た。これが柏木に代えて高柳が出ると一層戦況が悪くなった。高柳はどこにいるのか分からない、敵にパスを贈る、存在感のなさと本当にいつもの高柳だった。青山がオリンピック代表に選出された場合この高柳が代役となる。その予測に頭を抱えるのだった。

もはや一度傾いた流れは変えることもできず防戦一方となる。CKを使った時間稼ぎもやったが大して時間は稼げなかった。こういう時本当に強いチームは相手がイラつくような老獪なボール回しをするのだろうがサンフのパスワークはすぐに相手の網に掛かってしまうのだった。

ボールを取られ逆襲、ペナルティエリア付近まで運ばれる、潰せ潰せと叫ぶもののシュートまで行かれてしまう。GKの佐藤昭大が心配で仕方ないのだが無難にキャッチングする辺り開幕当初の木寺よりはマシであった。徳島ももう攻めなきゃいけないのは分かるがどうしてこうも果敢に攻めてこれるのか。どうもサンフと対戦するチームは何かが乗り移ったかのように捨身の攻撃をしてくる。ようやく終了の笛を聞いた時には安堵のため息をついてしまった。疲れた、疲れる展開だった。

ヒーローインタビューは青山。ミドルシュートも多くアシストも2つ。やはりオリンピック代表の井原、大熊コーチが視察に来てる影響があるのだろう。一時的にチームを離れる選手がいるというのは確かに痛手ではあるが個々のモチベーションと考える場合それは決してマイナスとはならないだろう。現に寿人だって代表に出場した後に得点を決めたし。やはり代表に呼ばれるということはいいことだ。

だけどそれだったらどうして降格してしまったんだろう。負ける度に代表に呼ばれた選手の疲労を理由にしていた。徳島がドゥンビアがいない方が強く見えたのといい、一体チームを強くするってどういうことなんだろうと考えてしまうのだった。

2008年6月23日 (月)

代表、点を取る意識の低さ

2008/06/22  2010 FIFAワールドカップ南アフリカ アジア3次予選 日本 対 バーレーン 埼玉スタジアム2002

 中村俊輔はPKを失敗した。それはまるでGKの練習であるかと見間違う程キッチリとGKに止められてた。そんなことはないのは重々承知なのだがわざとGKに防がれたんじゃないかとさえ思ってしまった。それくらいこの代表チームは寿人を生かしてなかった。せっかく寿人がいるのにボールを出さない、せっかく寿人がチャンスを作るのにシュートを打てない、せっかく寿人がPKを取ったのに失敗してしまう、やっぱりわざとやってるのではなかろうか。そのせいで寿人は途中交代してしまった。サンフレッチェの試合を観てる人なら分かるはず、寿人は前線から守備や見方のチャンスメイクにも貢献し今日はゴールはないなと思ってたら気付いたらゴールを決めているというのを。大したゴールに見えないけど結果を出してしまうという特徴が分かっていれば途中交代がどれだけ近視眼的で勿体ないことだと感じてしまうだろう。寿人が交代して急に興味が失せてしまった。だからといって勿論負けて欲しいなどとは思わなかったが。

 だが皮肉なことに最後の最後で点が入ってしまう。そしてそれが内田というこれまでぼくが散々代表の器じゃないと言ってた選手のゴールだった。ただあれがシュートだったかというとシュートではないだろう。GKが巻の動きに気を取られて目測を誤ったんだろう。あれだけチャンスがありながら決められずこんな偶然のボールがゴールに入ってしまうとは。やはり寿人がいる時わざと点を取らなかったのではないかと考えてしまうのだった。

 寿人スタメンということで久々に代表で心躍った試合だった。ただそれが単にサンフサポとしての楽しみかというとそうではない。寿人以外にゴールという結果を出そうとしている選手がいるだろうか。皆上手いだけの選手である。恐さがない。ゴール前でボールを回すのに酔ってるようで面白くない。本来の目的、ゴールをするという行為を実行に移そうとしてるのは寿人だけだ。だから寿人がいることで期待感が高まったのである。

 ただ、ぼくのサッカーを見る目と代表の選考に関わる人の目では観点が違うのだろうか。得点を決めたとはいえやはり内田はもうちょっと他にいないのかという気がするし本田圭介などはもっと酷いという気がした。そして中村俊輔に関してはいくらスコットランドリーグで結果を出してるとはいえ軽く見えてしまう。それはPKを失敗したことで尚更そう見えてしまったのだった。ある意味バーレーンの選手が自信満々にやってるのはそういう選手を並べることで威圧感を感じてなかったんだろう。

 寿人がいないとこのチームに点を取るという意思が芽生えない、そう考えるのはやはりサンフサポならではの心理なのだろうか。でも普段サンフの試合を観ているからこそそう感じるのだ。ああ、やっぱりサンフレッチェはJ2にいるから寿人の特徴がよく理解されてないんだな。改めてサンフがJ2にいることが罪悪に思えてくるのだった。

2008年6月22日 (日)

水戸戦~日差しとの戦い

2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 強い日差し、暑く焼きつくような紫外線、雨上がりによる蒸気、一体この気象条件を誰が予想できただろうか。そしてこの気候は明らかにピッチ上の選手にも影響を与えてた。数あるシュートチャンスを悉く枠を外してしまう精度のなさは体力の消耗から来たのだろう。ただその都度「あれをどうして外すんだ」と頭を抱えていたが。

 そしてこの試合最初のハイライトは何といっても木寺の退場だった。ペナルティエリアを出てボールを処理に行った木寺に水戸の選手は接触した。バランスを崩した木寺はジャンプの着地で肩から落ちてしまった。その時木寺が怒ってたことから相当に痛かったんだろう。プレー続行不能となり佐藤昭大と交代した。せっかく安定したセービングをするようになった木寺なのに佐藤と交代するのはとても不安な感じがした。寿人がいない上に木寺までいなくなってしまった。

 そういういつもとメンバーが違うことでフォーメーションも違った。高萩トップという実質0トップで臨んだ試合は機能してるとは言い難かった。むしろ最後の場面でシュートを打つ人がいないというのはたまらないもどかしさとなった。そしてそのシュートを打つ人、平繁龍一が登場した。

 ファンタジーなプレーをしようとして空回りばかりしてる柏木と変わって入った平繁は最も欲しい得点というものに対して早速結果を残した。アッという間に2ゴールを奪いFWとしての仕事をやってのける。平繁というストライカーがいることにどれ程勇気付けられただろう。

 ただ、その後もう1点取るチャンスがありながら決め切れなかった。強引な突破もない、ドリブルで切れ込まない、ここぞという場面でパスをする、まるでこのチームに蔓延するシュート打たない病に毒されてしまったかのようだ。

 そうこうしている内にCKから失点した。余計な失点、あれさえなければ素直に喜べただろう。あれさえなければ時間稼ぎ要因として岡本の出場もあったかもしれない。あれさえなければ水戸に完膚なきまでに叩きのめしたという実感を持つことができただろう。それなのに試合終了後ゴール裏に来た選手にはしっかり拍手で迎えたのだった。しかも多くの人と同じように最前列に移動し選手を称えるのだった。

 帰りの車内、祭りの後のような気分もあり気付くとうたた寝をしていた。やはりあの日差しは応援しているだけで体力を消耗させる。ゴール前でシュートを空振りした浩司をボロクソに言ったがあれもしょうがなかったんだろう。他にもボロクソに言った選手達、ゴメンね、やっぱりみんなよくやったよ。そうやってあやまってやれる余裕のある心持ちなのだった。

水戸戦~成長する選手への期待

 2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 車で迎えに来てもらい水戸に向かった。雨は少し降ってたものの傘を差すほどでもなかった。この雨がこれからまた激しくなるのだろうか。大体昼から大雨にあるということはないのでもしかしてそんなに降らないのではという予測も成り立ったもののやはりカバンにはレインコートを詰め込んでしまった。

 車に乗ってるメンバーの中では比較的地理に詳しいぼくはインターまでの順路をナビゲートした。といっても一番後ろに座ってるので話に興じて曲がり道を通り過ぎたりしてしまった。何とも頼りないナビゲーターである。その内に運転手はぼくの案内なしに運転するようになってしまった。

「パーキングに行くとバスツアーと鉢合わせになるんじゃない?」

 流山から高速道路に乗り込むとそんなことを話してたら前方に同じ色をしたバスが2台走ってる。ぼくらの乗ってる車はそのバスを追い抜いたが座席には紫の人影、やはりサンフレッチェのバスツアーだ。知ってる顔もいるので手を振ったり聞こえもしないのに声を出したりして存在をアピールしたものの誰も気付いてくれなかった。皆一様に前を見てたのでビデオを見てるのは容易に想像できた。

 友部サービスエリアに車を停めるとやはりバスツアーと遭遇した。ぼくの顔を見た人は「あ、来たんだ」という顔をしていた。そしてバスから出てきた人の顔を見ると結構知らない人が多かった。また新しい層が現れてる。比較的若い人が多かったのは嬉しいことだった。その内ぼくのような者から世代交代してこういう若い人が中心になって関東を盛り上げていって欲しい。といってぼくは関東サポーターの中心という訳ではないんだが。

 しばらくサービスエリアでバスツアーの人達と過ごしていたがふいにぼくの車の運転手がもう行こうと言い出した。バスツアーよりも先に行かないとゆっくりとスタジアムの売店を堪能できないんだという。そういうものかなと思ったがスタジアムグルメにこれ程こだわる理由が分からなかった。そういえば前回来たときぼくは売店を利用しなかったんだ。一体笠松の売店とはいかなるものか。その時にはもう試合のことなど頭になかったもののスタジアムが近付いてきた時携帯をいじってた仲間が突然大声を上げた。

「今日トモがベンチに入ってる!」

 トモ?何でエルツェグがと思ったぼくは岡本知剛のことを忘れていた。高校卒業前にトップに昇格するくらいだから逸材といえば逸材なんだろうがぼくはまだ実感が沸かない。ただユースの試合などを観たことのある人は期待感が大きいようである。といっても高萩洋次郎のように上がってもちっとも試合に出なかった例もあるしどうなんだろう。

「そういえばまだスーパー洋次郎を見てないんですよね」

 甲府戦を見てないぼくは聞かれた。

「凄いですよ。芸術的なプレーのまま最後まで運動量が一切落ちないんですよ」

 愛媛にレンタルで出されたり戻っても出場機会がなかったりでもう駄目だろうと諦めてた選手がここに来て頭角を現してきた。選手の浮き沈みも分からないものである。でもこうやって次々に芽を出していく選手がいるというのは観戦に対して希望が持てる。本来J2で屈辱に満ちた気持ちがあるはずなのだがそういうのがあまりない。そういった意味でも2003年とは大きく違うのだった。そして優勝などのタイトルとは無縁ながらも楽しめる要素をこのクラブは持ってる。そう感じることができる現在、ミシャを完全に否定することはできないのだった。あまり能力のある監督ではないがかといってすぐにでも辞めてもらいたいとも思わない。とりあえず今いる選手を使おうとする。そしてそういう選手が力を付ける。これぞサンフレッチェならではの楽しみではなかろうか。そして皆が言うスーパー洋次郎を今日は観ることができるのだろうか。

2008年6月21日 (土)

水戸へ行く

2003.10.25       2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

天気予報は雨だった。本当にJリーグのある日は雨が降ることが多い。ぼくはサンフレッチェのレインコートを持ってないのだが買っても良かった気がした。でもレインコートって雨の日しか買う気が起こらない。ということはホーム観戦で雨が降ればいいが年に1、2回しかホームに行かないぼくにとって雨に遭遇することはそうそうあるものではなかった。

だが問題はよりによってこういうときに限って仕事が入るということだった。月曜日に会社に行き誰もぼくに話しかけない、これはすぐに仕事がないなと安心してたら支店から電話が掛かってきた。市原に行ってくれと。市原、よりによって何で市原なんだとその時点で週末の水戸行きは諦めるべきかと考えた。だけどぼくはここで抜け道を考えた。土曜だけを下請けに押し付けるという方法を考え付いたのである。こういう時普段から下請けにゴマを磨っておいた恩恵があるのものでしょうがないなと引き受けてもらうことができたのだった。

それにしても数少ない関東での試合で雨というのは本当に運が悪い。といってもサンフサポの集客率というのは天候ではあまり左右されないのだ。水戸まで観戦に行くということは距離的なことから事前に何かしら準備をしなければいけない。ほとんどの人がバスツアーで行くんだろうからすでに料金を払ってるバスツアーに参加しないということは考えられない。そうすると今回バス2台出ることから88名は笠松に現れるということだ。この初めての2台目となったバスツアーにぼくも参加したかったものの直前まで行けるかどうかの判断ができずどうしようか迷ってる内に予約が埋まってしまった。参加はしたかったがバスが2台埋まったというのは逆に嬉しかった。

結局ぼくは数人の近場の人と車で乗り合いで行くことになった。それはそれで良かった。よくこんな都合よくこういう人がいたものだと思う。ちゃんとその車の水戸までの経路としてぼくの家が通過点となってるのに自分の星の強さを感じる。そういえば前に鹿島で試合がある日仲間の家のすぐ近くで仕事をしていてそのままその仲間の車に乗ってスタジアムに向かったことがある。やっぱりぼくは星を持ってるんだ。

何とも規模の小さい星だなと一般の人には言われそうだ。いや、だからこそぼくもそんな話サンフサポにしかできない。大声は俚耳に入らずは荘子の言葉。高尚な議論は凡人には理解されないという意味だが大学教授にでも言えばそれ使う意味が違うと言われそうだ。

そんなぼくの下にタイセイさんから電話があった。バスツアーに参加するタイセイさんはわざわざバスで放送するゴール集を編集してるのだ。そしてその映像の中にパブリック・アローズの観戦会の宣伝も入れると言ってた。こういうことができるのはさすがタイセイさんである。他にもバスツアーに向けて色々と企画があるみたいで羨ましかった。後で話を聞かせてもらうことにしよう。

さて、ぼくはチケットも買ったしレプリカとマフラーも揃えたしこれで準備万端。あ、レインコートか。これだけ日本代表なんだよな。やっぱりレインコートがなあ・・・。

2008年6月20日 (金)

辛い水戸の思い出

2003.10.25       水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 試合前のイベントとして水戸出身者のシンガーソングライターのギター弾き語りの演奏があった。これがいかにも腰砕けになる脱力するような歌だったためなんじゃこりゃ、と思ったものの牧歌的な笠松スタジアムの雰囲気に合ってるといえば合ってた。

 第1クールで独走状態だったサンフレッチェは第3クールに入るとなかなか勝つことができないようになってきた。それは全てのチームがサンフレッチェに対して並々ならぬモチベーションで臨んでくるため普通に戦えないという条件もあっただろう。だがしかし小野監督のチーム造りの手詰まり感もなくもなかった。どうもこの人信念が固いらしく自分の考えることが一番正しいと思ってるのか周囲の声を全く聞かないようなとこがあった。本来高橋、茂木、大木という3トップで上手くいってたのにいきなりマルセロという3流ブラジル人が加入するやいなやそれら日本人FWを使わないようになった。それからというものパッタリと点が取れなくなりマルセロが外れ外国人であるのは明白であるにも関わらず小野監督は必ず90分この選手を使うのだった。ぼくらサポーターがいくらマルセロ見たくない、ブラジルに帰って欲しいと願っても小野監督は曲げることがなかった。

 そのマルセロ、トップ下のようなポジションでずっとウロウロしていた。水戸の選手がマークしてるとはいえボールを引き出す動きをする訳でもなくかといってボールを持ってもちっとも相手に脅威を与えてなかった。その時の印象、それはまぎれもなくもうこんな選手見たくないというものだった。

 結局この試合も90分キッチリ使ってスコアレスドロー。他の日本人FWがちょっとでも失敗するとすぐに干してしまうのにマルセロはどんなに駄目でもフル出場できるという小野の寵愛ぶりは異常だった。この選手、J1で通用しないことは明白だったがJ1昇格後なかなか契約を更新しないというプレスリリースがなかったことから小野は最後まで残そうと考えてたのかもしれない。恐らくこれ以上残しておくにはサポーターの反感を買うという空気をフロントが感じてくれて新外国人を獲得する方向に動いたのではなかろうか。

 ガッカリだった。何もできずに負けてしまったという気がした。正確には引き分けだが昇格へ向けて勝ち点差を考えると負けたのと一緒だった。まるで危機感のないマルセロには本当に憤りを感じたし小野監督の無能さには辟易とした。それでも試合後水戸にレンタル移籍してたトゥーリオが挨拶に来たがこの頃はまだそれに手を振って応えてやれることができた。

 水戸から千葉まで、車で来たぼくはハンドルを握る手が重かった。バスツアーで来た人達はまだお互いに敗戦の傷を舐めあうような会話をすることができるだろう。しかしぼくは一体どうやって気持ちの整理をつければいいのだろう。辛い辛い辛い水戸遠征だった。数年経って思い出してみて改めてマルセロみたいな選手がいたことはサンフレッチェにとって汚点だったと思うし小野監督には怨念すら感じる。サンフレッチェの歴史から抹消してしまいたいくらいだ。だからどうか小野さんよ、あまりサンフレッチェで監督をしてたということを公の場で自慢しないでくれ。

2008年6月17日 (火)

寿人代表招集

佐藤寿人が2010FIFAワールドカップ南アフリカアジア3次予選バーレーン代表戦の日本代表メンバーに選出された。嬉しかったものの驚きはしなかった。寿人の能力なら代表にいてもおかしくはないというのは分かっていた。その前に大久保が出場停止になった時追加召集の選手としてまず寿人の名前がマスコミに出ていた。あの時点でない話ではなかったんだろう。

つくづく日本にはFWがいない。フランスW杯では城がシュートを外しまくって非難の矢面に立たされたがいまにしてみると城のようなコンスタントに結果を出してたFWがいるだろうか。チョコッと活躍する選手はいるものの毎年J110点以上は入れるという日本人ストライカーはあまりいない。寿人はその貴重な存在なのだ。

しかし時代は変わったものだ。J2からも日本代表が選ばれるのもそう珍しいことでもなくなった。寿人が残留を決めた時自らのキャリアにとって不利になる、一時の感情に流されて見誤った判断をしたのではという思いもあったがこうして見る人は見ているのだった。確かにリーグ戦を戦う上で戦力ダウンではあるがそもそも後FW3人も抱えてるのだ、不足はないだろう。J2のどこにここまでの戦力を持ってるチームがあるというんだ。一人抜けただけで勝てなくなるというのは相当マズイんじゃないだろうか。

だからぼくは不安より期待の方が大きい。寿人は余程のことがないとメンバーを外れない。今回その余程のことが起こったのだ。平繁、ユキッチにとってはチャンスだ。そしてコンディションが心配される久保も出場の機会が大きくなる。ここでこの3人が結果を出せばチームとして勢いが付くのは間違いない。そしてそれ以上にメンバー交代に消極的なミシャに試合中選手を交代させる勇気を与えてくれる。それこそが一番の効能かもしれない。

そしてこれはだいひょうにとってもチャンスでもあるのだった。どこか負のオーラを放っている現日本代表、ボールが来ればシュートに行ける寿人は活気を与える存在になりうるのだ。さらに代表で活躍すれば今度はリーグ戦で相手チームに与えるインパクトは大きくなるだろう。これぞ正なるサイクルである。

最近代表に以前ほど興味を持てなくなったが寿人の選出で一気に気分が乗ってきた。だがそれは単にサンフレッチェの選手がいないからというだけだろうか。それだったら2002年もそうだったがそれでも応援できた。今の代表はやはり何かが足りない。その足りない何かに寿人はなるのではなかろうか。とりあえず今のぼくにはアジアカップでは全く結果を出せなかったという記憶はどこかへ行ってる。人間の記憶なんて都合よくできてるものなのだ。

2008年6月16日 (月)

アビスパ福岡戦~試合を終わらせることのできないサンフレッチェ

2008/06/15 サンフレッチェ広島vsアビスパ福岡 広島ビッグアーチ

 苦虫を殺した表情、パブリック・アローズはどんよりとした空気に包まれた。ま、負けなかったからいいでしょうという言葉にJ2で引き分けは負けに等しいという声があった。そう、負けたのと一緒である。一体誰が福岡に負けると予想しただろうか。

 この試合、最初からサンフレッチェのパスがブレていた。雨でピッチが濡れてたせいだろう。ボールが早く進んでしまう。だから慣れたピッチであるにも関わらず攻撃がままならない。そして水曜も試合をしていることから選手に疲労が溜まってることもあるのだろうがぼくらの応援してるチームはそういう難しい条件をモノともしない逞しさは持ち合わせていないのだった。このコンディションじゃしょうがないよ、このピッチじゃ、この審判じゃ、様々な悪い条件は相手チームも変わらないはずなのに。

 対戦相手の福岡は第1クールに対戦した時には酷いチームだった。リトバルスキー監督解任も時間の問題という感じがした。だが今回現れた福岡はまるで違うチームだった。前からプレスを掛ける訳でもないのにマンツーマンで冷静にサンフの攻撃を食い止めている。チャンスの数こそ少ないもののこのチームからゴールを奪うのは相当に難しいという気がしたが本当に難しかった。滑りやすいピッチを利用して槙野が果敢にシュートを狙うがわずかにそれたりキーパーに弾かれたり。難しい、難しい展開だった。

 ここでミシャは打開策に久保の投入を決する。どうやら高萩との交代らしかった。高萩いいのになという声が聞こえた。そしたら高萩がまさにその交代前にゴールを決めたのである。これで勝ったと確信した。誰もがそう感じただろう。ゴールをこじ開けた高萩にやっとここにきて才能の開花を感じた。そういえば甲府戦でも輝いてたという。愛媛のレンタル移籍から帰った時には本当に使えるのかと疑問に感じてたが忘れた頃に戦力となったのである。 ここで急遽久保との交代は寿人になった。1本惜しいシュートがあったが1試合に1回は惜しい場面がある。それなのに入らないのが寿人である。結局そういうチャンスを全部決めることは難しいからチャンスを増やすしかない。それなのにゴール前で寿人のボールに触れる回数の何と少ないことか。そしてそれは久保にも言えた。せっかく入った久保を生かすも何も久保がボールに触れないのである。FWがボールに触れない、ミドルシュートしか狙えない、ペナルティエリアに入れない、ある意味点が入らないのは必然であるようでもあった。

 何度も言うように福岡も全く同じ条件であったはずなのだがまたしても終盤になってバタついてきた。そして時間稼ぎをするのか攻めるのか意識がハッキリしない中でとてもと降りそうもないパスからカウンターを受け失点してしまった。相手のシュートが良かったのは認めるが少なくとも1人でもプレスに行ってればあんなに綺麗にシュートは決まらなかっただろう。木寺もまさかあの展開からシュートまで持ち込まれるとは思ってなかったらしく前目にポジションを取ってたのが災いしてしまった。

 これが降格した原因。この試合を終わらせることのヘタさにおいてサンフレッチェの上を行くクラブはないだろう。相手が捨て身の猛攻に来たらもう堪えられない、この性質はJ2に来ても変わらない。起承転結の結の部分が欠落してるチーム、それがサンフレッチェだ。さんざん勝てない理由を監督のせいにしてたがこういうピッチ上の変化に対応できない辺り、そうとも言い切れないような気がしてきたのだった。 ああ、後1分の差で気分の良さが台無しになってしまった。

2008年6月15日 (日)

代表が放つ負のオーラ

2008/06/14 2010 FIFAワールドカップ南アフリカ アジア3次予選 タイvs日本 イ・ラジャマンガラ

 勝った、03、快勝。当たり前だよな。この試合で負けるなんて誰が想像するんだ。この格下相手に取りこぼす訳がない。そう思いながらも試合中結構不安になった。このまま点が取れないのでは。カウンターでやられるのでは。やっぱり決定力がないと。そしていつものようにこれが日本の代表選手なのかとため息をつくのであった。

 そもそもこういうW杯の予選に香川を使ってきたのには驚いた。若い選手に経験を積ませたいのだろうが使うとこを間違ってる。確かに良いものを持ってるがこの試合は何もできなかった。ただそれは容易に想像できたのである。現在同じカテゴリーであるサンフレッチェは香川のいるセレッソ大阪と対戦したがこの時香川は何のインパクトも与えることができずに終わってしまった。チーム力の差かもしれないが少なくともあの時香川がボールを持って脅威に感じたかといえばそんな記憶はないのだった。

 結局青田買い、そんな印象がするのだった。香川自身もプレー中に目が泳いでた。それもあって地に足が着いてない印象があった。同じ年齢で内田もいたが内田の場合場慣れしてるだけマシな気がした。ただ現時点で本当にあおのポジションで内田に敵う選手がいないかとなると別にそんなこともない気がするのであった。

 そういう青田買いが今の代表のグレードをどんどん低下させている。サプライズというより敷居の低さと感じられてしまう。大体U23でオリンピックでオーヴァーエイジを使うという話をしてるのにそのU23の選手が2人もA代表の試合に出てるなんてあり得ないだろ。まるで本末転倒な選考を行っているのである。それゆえ観てる方も緊張感が保てなくなってきてるのだ。

 こういう場合人間、何らかの原因を探りたくなるものである。一体何が悪いんだろう。岡田監督が悪いのか?でもU23も含めての話だから一因ではあるものの根本的な原因ではないだろう。ではU23監督の反町か?それも論点がずれてるような気がする。それなら協会のトップである川渕三郎キャプテンか?うーむ、それもちょっと違うのではなかろうか。では一体誰のせいなんだと考えた時、ぼくは大きな一つの影を見出したのだった。

その人の名は小野剛強化部長。何でこの人の存在を感じるのかというと今の代表の面白くないオーラが2003年以降3年半続いたサンフレッチェのもどかしい雰囲気によく似ているからだ。小野が監督をし人事をしていったサンフレッチェは成績は抜きにしてどんどんクラブとしてのアイデンティティをなくしていきつまらないチームとなっていった。試合中ベンチの中も白けた雰囲気がしどこか愛するチームを小野に乗っ取られたような気分がした。そしてカリスマがない癖にカリスマめいた発言をしようとしてそれがまた白けさせるのだった。その小野の負のオーラを今の代表チームに感じるのだった。