『祖母力』
ジェフにオシムを呼びそれまでの成績不振が嘘のようにチームを再生させた祖母井秀隆の執筆した自伝。ぼくはこの本に興味を持ちながらも持ち前のせこさから図書館にリクエストした。程なくして届いたその本は『祖母力』ではあるが作者は樋口恵子であった。図書館で間違えたようでバアさんの力なんて読んでもしょうがないと読むこともなく返してしまった。ただ、後になって本来読みたかった方の『祖母力』の最初の項に樋口恵子の『祖母力』からタイトルを引用したという記述がありあながち関係ないものでもないようだった。この辺にぼくの浅はかさがあるもののその表紙のデザインは婆さんが子供を両手で引っ張ってる絵はパンクやハードロックで育ったぼくにはどうしても下らないものという偏見を持たざるを得なかったのだった。
しかし、著者は結局この婆さんの力というのを強調してた。いかに自分が黒子として根回しして組織が上手く機能するようにするかというそれこそ家庭におけるお婆ちゃんの役目をやってきたということだった。確かにそういう機転があったからこそオシムが日本に来たんだろう。そして毎年降格争いをしてたジェフにナビスコカップというタイトルをもたらし優勝争いをするチームに仕立てていったのだろう。羨ましかった。やはり監督によってチームは変わるのだなと思ってたがその根底にはこうやって支える人がいたんだというのがわかった。いかに優秀な監督を呼んだって監督だけでチームは良くならない、どんな選手が来ようとどんな監督が来ようと一向にチームが良くならないというのはその組織に何らかしらの欠陥があるのだろう。果たしてサンフはどうなのだろう。
サンフレッチェにはゼネラル・マネージャーというポストがない。一応強化部長がその立場になるのだろう。だとすれば織田である。この織田強化部長に『祖母力』を期待することができるだろうか。限りなく不可能な気がする。会ったこともないし顔もよくわからないのだがそもそもこの顔がわからないという時点で駄目である。本当に駄目かどうかの材料は持ち合わせてないのだがそのイメージが沸かないというのがどうしようもない。いかに自分がこのチームの戦力の責任者ということでのアピールを怠ったかということである。その辺がこのチームの残念な部分である。
今でも印象に残ってるのがJ1J2入れ替え戦第2戦目である。試合に勝つことができずJ2降格が決まった瞬間久保社長は自らの責任を1人で詫びた。しかし久保社長1人謝るの?という疑問は残った。そこは戦力についての最高責任者である強化部長も出てくるべきじゃなかったのだろうか。それは罵声を浴びるかもしれない。気分のいいものじゃないかもしれない。それでも自分が責任者だからと出てきたのと出てこないのとではその後のサポーターの目も違ってこないだろうか。あの時は織田のせいで落ちたと言われただろう。だけどJ1に上がって上位に食い込んだとしたら織田強化部長のお陰だとなるだろう。サポーターなんて都合のいいもんである、いざ状況が好転するとすぐに賞賛するもんだ。だけどその存在すら知らないのであれば賞賛のされようもない。そういう意味で強化部長のパフォーマンス不足は指摘せざるを得ない。
正直なところ祖母井秀隆の書いてることが全てだとは思わない。確かに共感するしやってきたことは素晴らしいがみんながみんな真似しなくてもいい。それぞれが個性があるのだからそれぞれのやり方でやればいい。ただ、今までのサンフレッチェのように誰が戦力の責任者で誰がこのクラブを動かしてて誰が何やってるのかサッパリわからんというのでは問題があり過ぎる。ぼくは時々実体のない紫の看板でも応援してるような気になってしまったものだ。
ただ最近になってクラブ関係者が『紫熊倶楽部』に出てインタビューに応えるようになってきた。以前もたまに出てたがいかにも紙面を稼ぐ為にやってた感があり中身に欠けてた。クラブのスタッフの顔が出るということはいいことだと思う。共に戦おうという気になる。できればいつかこのクラブは素晴らしいとサッカー雑誌が取材に来るようになったら願ってもないことだ。
だけどサッカー関係はこのように運営や管理といったものまで色んなジャンルの本が出版されてるのだがそういったものサンフレッチェの関係者読んでるんだろうか。もしかしてぼくのような読んでも全く何の影響も与えないような者ばかりが読んでるんじゃないだろうか。どうもそんな気がしないでもないのだが。

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