ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

2008年6月30日 (月)

ユーロ決勝、応援するチームの判別

2008/06/30 UEFA EURO(欧州選手権)2008 オーストリア・スイス大会 決勝 ドイツ vs スペイン  エルンスト・ハッペル・シュタディオン

 まず最初に断っておくとぼくはこの大会を2試合くらいしか観てない。しかも後半だけだったりする。とてもじゃないがこの大会を観ている程体力がない。そのことを仲間に話すとそうだよねと言われた。かつてはヨーロッパ・サッカーもかなり観てたがサンフレッチェを応援するようになってとてもそんな暇がなくなったとも言ってた。サンフレッチェもユースにまで注視するととてもじゃないがまかないきれない。ぼくはまだユースまで手を出してないだけまだマシな方なのだった。

 そんなぼくが言うのも何だがぼくはドイツを応援してた。なぜってそれは単にスペインが肌に合わないだけだ。どうもラテン系のノリというものはぼくには合わない。まだ生真面目でお堅いドイツの方が性に合うのだ。ドイツに行った時あれだけ東洋人の癖にという目を向けられドイツ大嫌いとなったのに遠く離れると実感としては忘れてしまっているのであった。

 ただこれは趣味の問題があるかもしれないがやはり日本人にとってはドイツの方が受け入れやすい文化ではなかろうか。そもそも言語の発音からしてそうである。ドイツ語はほとんどローマ字をカタカナ読みで読めてしまう。対してスペイン語というのは何とも難解だ。そして頭で考えるタイプのドイツ人と感性で突き進むスペイン人、ぼくの中でできてるステレオタイプはどうしてもドイツに感情を寄せてしまうのだった。そしてそれこそが日本人はドイツに親近感があるという勝手な想像につながるのだった。

 ただそのドイツ、こういうトーナメント戦ではしぶとい強さを持ってるはずなのにこの試合はスペインに圧倒されてた。1点差の試合であったがいつスペインに2点目が入って息の根を止められるか分からなかった。こんな弱いドイツを見るのは痛ましかった。いや、実際は決勝まで来てるので弱い訳じゃない。だけどこのスペインの付け入る隙のなさは何なんだ。

 チャンスらしいチャンスを迎えられないまま時間ばかりが過ぎていく。シルバーコレクターの異名を持つバラックはまたシルバーをコレクトするのだろうか。そう思うと空しい感情が押し寄せるのだった。でもこれってどこかのチームに似ているのだった。

 決勝に進むことは難しい。だけど決勝で負けることはその前に敗退するより空しいのだ。その空しさ、悔しさ、虚脱感はサンフレッチェの天皇杯決勝で散々味わったものだった。リーグ戦なら今度対戦する時は覚えていろよと胸に仕舞うことができる。だけどカップ戦の決勝なんてもう2度と訪れることはない。少なくとも同じ対戦相手と当たる確立なんて天文学的に低いだろう。

 そしてスペインの優勝が決まった瞬間、思うのだった。何でぼくの応援するチームはいつもいつも負けるんだ。何だか全ての応援したチームがダブって見えるのだった。そういやドイツW杯で実際にブラジル代表ユニフォームを着てスタジアムに入って行った日本人がいたということだがぼくには真似できそうにもない。そりゃそうやって勝ちそうなチームに付いていけば絶望も悲しみも虚脱も味わわなくて済む。だがぼくは絶対そんなことはできない人間なのだった。だからサンフレッチェみたいなチームを応援できるんだろう。

 やっぱりサッカーのチームを応援するってことはマゾヒストなことなんだな。そしてぼくの周りはマゾで一杯だ。果たして他のサンフサポはスペインとドイツどちらを応援していたのだろうか。

山形戦~ミシャへの注文

2008/06/29 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 サンフレッチェにとっていいことが何一つない試合だった。本当ならストヤノフの移籍後初ゴールという記念すべき試合ではあった。だけどそれもイエローカードを貰ったことで忘れてしまった。次節出場停止、いつかは訪れるであろう危機がここでやって来た。そしてそれだけではなくチームが逆転負けをしてしまったというのが大きかった。逆転負け、つまりストヤノフの先制ゴールは何の意味もなさなかったということだ。追いつかれた時、その時すでに納得できなかった。それがよりによって負けたのだ。

 一体何が悪かったのだろう。こういう時色々と原因を考える。大雨でまともなコンディションじゃないのにファンタジーなプレーをしようとした高萩のせいか?諸悪の根源ではないにしても責任の一端はあるだろう。

 雨で視界が悪くボールも滑る状態で求められるプレーは堅実なプレーだった。部活サッカーと言われるようなボールを取ったらゴール前に送る、シュートを打つ、それだけで良かった。それなのに身についたファンタジスタの習性が悪い方に出てしまった。

 だがシンプルに攻撃しないという意味では両サイドの服部とハンジェにも問題があった。ボールを持ったらクロスを入れるも縦をえぐることもなくパスを出す。そしてそのパスがどうしようか考えて迷った挙句出してしまうものだから時間が掛かってチャンスになりはしない。さらにドリブルで切り込むこともないので危険度0だ。この両サイドどうにかならないものか。

 更には浩司が打つシュートが全てGKの真正面であるのも目に付いた。実際には雨が降ってるのでシュートを打てば何が起こるか分からないのだがそういう理性的な判断なんかできやしない。敗北は全ての感情コントロールを狂わしてしまうのだった。

 だがパブリック・アローズで観戦してたぼくの仲間はまだ冷静だった。試合後、執拗に審判に抗議するミシャに対して抗議するくらいならマトモな采配しろよと言ってた。確かにミシャに責任は大きかった。もっと早く高萩は代えるべきだったし終了5分前にならないと平繁を投入できないってどういうことだ?逆転をされてどうしようもなくなってからじゃないと動けない監督。硬直した状況になると自分も硬直してしまうミシャ、この人は策士ではない。そんなことは分かってはいたのだが。

 だからぼくはミシャの選手交代へ対してこれ以上言及しない。そこはもう諦めなくてはいけない部分なのだ。それ以上にぼくがミシャに注文したいのは試合にジャージを着て出ないで欲しいということだ。どうもこの人ジャージを着るとその辺にいるヨタオジサンに見えてしょうがない。そのせいかジャージを着てた試合はいつも負けてるような気がする。見た目に威圧感がないのだからせめて着るもので誤魔化すしかないだろ。

 ああ、これで諸悪の根源を見つけたような気分になった。これでこそぼくは落ち着くことができゆっくり眠れることができるのだった。一体ここまでの思考に至るまでどれ程時間が掛かったことだろう。

 そういえば観戦会でタイセイさんに自作のゴール集を貰った。貰った時は嬉しかったのだが今日は見る気が起きない。果たして来週になったら見る気が起きるのだろうか。やっぱりこういうのは浮かれた気分の時しか見れないのだった。

2008年6月22日 (日)

水戸戦~日差しとの戦い

2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 強い日差し、暑く焼きつくような紫外線、雨上がりによる蒸気、一体この気象条件を誰が予想できただろうか。そしてこの気候は明らかにピッチ上の選手にも影響を与えてた。数あるシュートチャンスを悉く枠を外してしまう精度のなさは体力の消耗から来たのだろう。ただその都度「あれをどうして外すんだ」と頭を抱えていたが。

 そしてこの試合最初のハイライトは何といっても木寺の退場だった。ペナルティエリアを出てボールを処理に行った木寺に水戸の選手は接触した。バランスを崩した木寺はジャンプの着地で肩から落ちてしまった。その時木寺が怒ってたことから相当に痛かったんだろう。プレー続行不能となり佐藤昭大と交代した。せっかく安定したセービングをするようになった木寺なのに佐藤と交代するのはとても不安な感じがした。寿人がいない上に木寺までいなくなってしまった。

 そういういつもとメンバーが違うことでフォーメーションも違った。高萩トップという実質0トップで臨んだ試合は機能してるとは言い難かった。むしろ最後の場面でシュートを打つ人がいないというのはたまらないもどかしさとなった。そしてそのシュートを打つ人、平繁龍一が登場した。

 ファンタジーなプレーをしようとして空回りばかりしてる柏木と変わって入った平繁は最も欲しい得点というものに対して早速結果を残した。アッという間に2ゴールを奪いFWとしての仕事をやってのける。平繁というストライカーがいることにどれ程勇気付けられただろう。

 ただ、その後もう1点取るチャンスがありながら決め切れなかった。強引な突破もない、ドリブルで切れ込まない、ここぞという場面でパスをする、まるでこのチームに蔓延するシュート打たない病に毒されてしまったかのようだ。

 そうこうしている内にCKから失点した。余計な失点、あれさえなければ素直に喜べただろう。あれさえなければ時間稼ぎ要因として岡本の出場もあったかもしれない。あれさえなければ水戸に完膚なきまでに叩きのめしたという実感を持つことができただろう。それなのに試合終了後ゴール裏に来た選手にはしっかり拍手で迎えたのだった。しかも多くの人と同じように最前列に移動し選手を称えるのだった。

 帰りの車内、祭りの後のような気分もあり気付くとうたた寝をしていた。やはりあの日差しは応援しているだけで体力を消耗させる。ゴール前でシュートを空振りした浩司をボロクソに言ったがあれもしょうがなかったんだろう。他にもボロクソに言った選手達、ゴメンね、やっぱりみんなよくやったよ。そうやってあやまってやれる余裕のある心持ちなのだった。

水戸戦~成長する選手への期待

 2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 車で迎えに来てもらい水戸に向かった。雨は少し降ってたものの傘を差すほどでもなかった。この雨がこれからまた激しくなるのだろうか。大体昼から大雨にあるということはないのでもしかしてそんなに降らないのではという予測も成り立ったもののやはりカバンにはレインコートを詰め込んでしまった。

 車に乗ってるメンバーの中では比較的地理に詳しいぼくはインターまでの順路をナビゲートした。といっても一番後ろに座ってるので話に興じて曲がり道を通り過ぎたりしてしまった。何とも頼りないナビゲーターである。その内に運転手はぼくの案内なしに運転するようになってしまった。

「パーキングに行くとバスツアーと鉢合わせになるんじゃない?」

 流山から高速道路に乗り込むとそんなことを話してたら前方に同じ色をしたバスが2台走ってる。ぼくらの乗ってる車はそのバスを追い抜いたが座席には紫の人影、やはりサンフレッチェのバスツアーだ。知ってる顔もいるので手を振ったり聞こえもしないのに声を出したりして存在をアピールしたものの誰も気付いてくれなかった。皆一様に前を見てたのでビデオを見てるのは容易に想像できた。

 友部サービスエリアに車を停めるとやはりバスツアーと遭遇した。ぼくの顔を見た人は「あ、来たんだ」という顔をしていた。そしてバスから出てきた人の顔を見ると結構知らない人が多かった。また新しい層が現れてる。比較的若い人が多かったのは嬉しいことだった。その内ぼくのような者から世代交代してこういう若い人が中心になって関東を盛り上げていって欲しい。といってぼくは関東サポーターの中心という訳ではないんだが。

 しばらくサービスエリアでバスツアーの人達と過ごしていたがふいにぼくの車の運転手がもう行こうと言い出した。バスツアーよりも先に行かないとゆっくりとスタジアムの売店を堪能できないんだという。そういうものかなと思ったがスタジアムグルメにこれ程こだわる理由が分からなかった。そういえば前回来たときぼくは売店を利用しなかったんだ。一体笠松の売店とはいかなるものか。その時にはもう試合のことなど頭になかったもののスタジアムが近付いてきた時携帯をいじってた仲間が突然大声を上げた。

「今日トモがベンチに入ってる!」

 トモ?何でエルツェグがと思ったぼくは岡本知剛のことを忘れていた。高校卒業前にトップに昇格するくらいだから逸材といえば逸材なんだろうがぼくはまだ実感が沸かない。ただユースの試合などを観たことのある人は期待感が大きいようである。といっても高萩洋次郎のように上がってもちっとも試合に出なかった例もあるしどうなんだろう。

「そういえばまだスーパー洋次郎を見てないんですよね」

 甲府戦を見てないぼくは聞かれた。

「凄いですよ。芸術的なプレーのまま最後まで運動量が一切落ちないんですよ」

 愛媛にレンタルで出されたり戻っても出場機会がなかったりでもう駄目だろうと諦めてた選手がここに来て頭角を現してきた。選手の浮き沈みも分からないものである。でもこうやって次々に芽を出していく選手がいるというのは観戦に対して希望が持てる。本来J2で屈辱に満ちた気持ちがあるはずなのだがそういうのがあまりない。そういった意味でも2003年とは大きく違うのだった。そして優勝などのタイトルとは無縁ながらも楽しめる要素をこのクラブは持ってる。そう感じることができる現在、ミシャを完全に否定することはできないのだった。あまり能力のある監督ではないがかといってすぐにでも辞めてもらいたいとも思わない。とりあえず今いる選手を使おうとする。そしてそういう選手が力を付ける。これぞサンフレッチェならではの楽しみではなかろうか。そして皆が言うスーパー洋次郎を今日は観ることができるのだろうか。

2008年6月21日 (土)

水戸へ行く

2003.10.25       2008/06/21 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

天気予報は雨だった。本当にJリーグのある日は雨が降ることが多い。ぼくはサンフレッチェのレインコートを持ってないのだが買っても良かった気がした。でもレインコートって雨の日しか買う気が起こらない。ということはホーム観戦で雨が降ればいいが年に1、2回しかホームに行かないぼくにとって雨に遭遇することはそうそうあるものではなかった。

だが問題はよりによってこういうときに限って仕事が入るということだった。月曜日に会社に行き誰もぼくに話しかけない、これはすぐに仕事がないなと安心してたら支店から電話が掛かってきた。市原に行ってくれと。市原、よりによって何で市原なんだとその時点で週末の水戸行きは諦めるべきかと考えた。だけどぼくはここで抜け道を考えた。土曜だけを下請けに押し付けるという方法を考え付いたのである。こういう時普段から下請けにゴマを磨っておいた恩恵があるのものでしょうがないなと引き受けてもらうことができたのだった。

それにしても数少ない関東での試合で雨というのは本当に運が悪い。といってもサンフサポの集客率というのは天候ではあまり左右されないのだ。水戸まで観戦に行くということは距離的なことから事前に何かしら準備をしなければいけない。ほとんどの人がバスツアーで行くんだろうからすでに料金を払ってるバスツアーに参加しないということは考えられない。そうすると今回バス2台出ることから88名は笠松に現れるということだ。この初めての2台目となったバスツアーにぼくも参加したかったものの直前まで行けるかどうかの判断ができずどうしようか迷ってる内に予約が埋まってしまった。参加はしたかったがバスが2台埋まったというのは逆に嬉しかった。

結局ぼくは数人の近場の人と車で乗り合いで行くことになった。それはそれで良かった。よくこんな都合よくこういう人がいたものだと思う。ちゃんとその車の水戸までの経路としてぼくの家が通過点となってるのに自分の星の強さを感じる。そういえば前に鹿島で試合がある日仲間の家のすぐ近くで仕事をしていてそのままその仲間の車に乗ってスタジアムに向かったことがある。やっぱりぼくは星を持ってるんだ。

何とも規模の小さい星だなと一般の人には言われそうだ。いや、だからこそぼくもそんな話サンフサポにしかできない。大声は俚耳に入らずは荘子の言葉。高尚な議論は凡人には理解されないという意味だが大学教授にでも言えばそれ使う意味が違うと言われそうだ。

そんなぼくの下にタイセイさんから電話があった。バスツアーに参加するタイセイさんはわざわざバスで放送するゴール集を編集してるのだ。そしてその映像の中にパブリック・アローズの観戦会の宣伝も入れると言ってた。こういうことができるのはさすがタイセイさんである。他にもバスツアーに向けて色々と企画があるみたいで羨ましかった。後で話を聞かせてもらうことにしよう。

さて、ぼくはチケットも買ったしレプリカとマフラーも揃えたしこれで準備万端。あ、レインコートか。これだけ日本代表なんだよな。やっぱりレインコートがなあ・・・。

2008年6月20日 (金)

辛い水戸の思い出

2003.10.25       水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松運動公園陸上競技場

 試合前のイベントとして水戸出身者のシンガーソングライターのギター弾き語りの演奏があった。これがいかにも腰砕けになる脱力するような歌だったためなんじゃこりゃ、と思ったものの牧歌的な笠松スタジアムの雰囲気に合ってるといえば合ってた。

 第1クールで独走状態だったサンフレッチェは第3クールに入るとなかなか勝つことができないようになってきた。それは全てのチームがサンフレッチェに対して並々ならぬモチベーションで臨んでくるため普通に戦えないという条件もあっただろう。だがしかし小野監督のチーム造りの手詰まり感もなくもなかった。どうもこの人信念が固いらしく自分の考えることが一番正しいと思ってるのか周囲の声を全く聞かないようなとこがあった。本来高橋、茂木、大木という3トップで上手くいってたのにいきなりマルセロという3流ブラジル人が加入するやいなやそれら日本人FWを使わないようになった。それからというものパッタリと点が取れなくなりマルセロが外れ外国人であるのは明白であるにも関わらず小野監督は必ず90分この選手を使うのだった。ぼくらサポーターがいくらマルセロ見たくない、ブラジルに帰って欲しいと願っても小野監督は曲げることがなかった。

 そのマルセロ、トップ下のようなポジションでずっとウロウロしていた。水戸の選手がマークしてるとはいえボールを引き出す動きをする訳でもなくかといってボールを持ってもちっとも相手に脅威を与えてなかった。その時の印象、それはまぎれもなくもうこんな選手見たくないというものだった。

 結局この試合も90分キッチリ使ってスコアレスドロー。他の日本人FWがちょっとでも失敗するとすぐに干してしまうのにマルセロはどんなに駄目でもフル出場できるという小野の寵愛ぶりは異常だった。この選手、J1で通用しないことは明白だったがJ1昇格後なかなか契約を更新しないというプレスリリースがなかったことから小野は最後まで残そうと考えてたのかもしれない。恐らくこれ以上残しておくにはサポーターの反感を買うという空気をフロントが感じてくれて新外国人を獲得する方向に動いたのではなかろうか。

 ガッカリだった。何もできずに負けてしまったという気がした。正確には引き分けだが昇格へ向けて勝ち点差を考えると負けたのと一緒だった。まるで危機感のないマルセロには本当に憤りを感じたし小野監督の無能さには辟易とした。それでも試合後水戸にレンタル移籍してたトゥーリオが挨拶に来たがこの頃はまだそれに手を振って応えてやれることができた。

 水戸から千葉まで、車で来たぼくはハンドルを握る手が重かった。バスツアーで来た人達はまだお互いに敗戦の傷を舐めあうような会話をすることができるだろう。しかしぼくは一体どうやって気持ちの整理をつければいいのだろう。辛い辛い辛い水戸遠征だった。数年経って思い出してみて改めてマルセロみたいな選手がいたことはサンフレッチェにとって汚点だったと思うし小野監督には怨念すら感じる。サンフレッチェの歴史から抹消してしまいたいくらいだ。だからどうか小野さんよ、あまりサンフレッチェで監督をしてたということを公の場で自慢しないでくれ。

2008年6月16日 (月)

アビスパ福岡戦~試合を終わらせることのできないサンフレッチェ

2008/06/15 サンフレッチェ広島vsアビスパ福岡 広島ビッグアーチ

 苦虫を殺した表情、パブリック・アローズはどんよりとした空気に包まれた。ま、負けなかったからいいでしょうという言葉にJ2で引き分けは負けに等しいという声があった。そう、負けたのと一緒である。一体誰が福岡に負けると予想しただろうか。

 この試合、最初からサンフレッチェのパスがブレていた。雨でピッチが濡れてたせいだろう。ボールが早く進んでしまう。だから慣れたピッチであるにも関わらず攻撃がままならない。そして水曜も試合をしていることから選手に疲労が溜まってることもあるのだろうがぼくらの応援してるチームはそういう難しい条件をモノともしない逞しさは持ち合わせていないのだった。このコンディションじゃしょうがないよ、このピッチじゃ、この審判じゃ、様々な悪い条件は相手チームも変わらないはずなのに。

 対戦相手の福岡は第1クールに対戦した時には酷いチームだった。リトバルスキー監督解任も時間の問題という感じがした。だが今回現れた福岡はまるで違うチームだった。前からプレスを掛ける訳でもないのにマンツーマンで冷静にサンフの攻撃を食い止めている。チャンスの数こそ少ないもののこのチームからゴールを奪うのは相当に難しいという気がしたが本当に難しかった。滑りやすいピッチを利用して槙野が果敢にシュートを狙うがわずかにそれたりキーパーに弾かれたり。難しい、難しい展開だった。

 ここでミシャは打開策に久保の投入を決する。どうやら高萩との交代らしかった。高萩いいのになという声が聞こえた。そしたら高萩がまさにその交代前にゴールを決めたのである。これで勝ったと確信した。誰もがそう感じただろう。ゴールをこじ開けた高萩にやっとここにきて才能の開花を感じた。そういえば甲府戦でも輝いてたという。愛媛のレンタル移籍から帰った時には本当に使えるのかと疑問に感じてたが忘れた頃に戦力となったのである。 ここで急遽久保との交代は寿人になった。1本惜しいシュートがあったが1試合に1回は惜しい場面がある。それなのに入らないのが寿人である。結局そういうチャンスを全部決めることは難しいからチャンスを増やすしかない。それなのにゴール前で寿人のボールに触れる回数の何と少ないことか。そしてそれは久保にも言えた。せっかく入った久保を生かすも何も久保がボールに触れないのである。FWがボールに触れない、ミドルシュートしか狙えない、ペナルティエリアに入れない、ある意味点が入らないのは必然であるようでもあった。

 何度も言うように福岡も全く同じ条件であったはずなのだがまたしても終盤になってバタついてきた。そして時間稼ぎをするのか攻めるのか意識がハッキリしない中でとてもと降りそうもないパスからカウンターを受け失点してしまった。相手のシュートが良かったのは認めるが少なくとも1人でもプレスに行ってればあんなに綺麗にシュートは決まらなかっただろう。木寺もまさかあの展開からシュートまで持ち込まれるとは思ってなかったらしく前目にポジションを取ってたのが災いしてしまった。

 これが降格した原因。この試合を終わらせることのヘタさにおいてサンフレッチェの上を行くクラブはないだろう。相手が捨て身の猛攻に来たらもう堪えられない、この性質はJ2に来ても変わらない。起承転結の結の部分が欠落してるチーム、それがサンフレッチェだ。さんざん勝てない理由を監督のせいにしてたがこういうピッチ上の変化に対応できない辺り、そうとも言い切れないような気がしてきたのだった。 ああ、後1分の差で気分の良さが台無しになってしまった。

2008年6月11日 (水)

甲府戦~小瀬のトラウマ解ける

2008/06/11 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場

 ぼくはこの試合を観てない。よりによってこんな時に群馬の高崎にいたのだ。これが甲府でなく草津戦なら何の問題もなかった。行き違い、すれ違い、人生には多々あることだ。そしてぼくのサンフレッチェの観戦にはもっとあることなのだった。

 実は数日前高崎に住むサンフサポの仲間と会い居酒屋へ行った。一人でフラッとホテルを出て居酒屋の領収書を持って帰る、一緒に泊まってる出張仲間は不思議な顔をしていた。ぼくは至る所へ行くがその行った先に住んでるサンフサポの仲間に連絡をして会うことがある。どこへ行っても知り合いがいることから一体こいつの交友関係はどうなってるんだという目で見られてる。これぞサンフの恩恵といったとこだろう。

 その高崎の仲間は小瀬まで行くと言ってた。それならぼくもと何とか可能性を探ってみたもののその仲間は大宮まで出てそこから車乗り合いで行くらしい。そして当日帰ることは考えてないということを聞きやはり今回は諦めざるをえないんだと肩を落とした。ただ、幸か不幸かこの2日間の猛暑ですっかり体調を崩したぼくはとても小瀬まで行く体力がなく観戦に行くことが不可能な場所にいることが却って気分が落ち着いたのだった。前日は飯も喉を通らないくらい悪くやっと腹くらいは空くようになって回復してきたようである。

 ここでせめて現地の様子でも教えてもらおうと何人かの携帯に電話した。そしたら誰も通じない。小瀬って携帯の電波が届かないのか。いや、あそこならありえると何度か行った記憶から連想するのだった。

 ぼくは色々な人からの情報から何人くらい小瀬へ行ったのか想像する。2003年より多いかな。でも平日の夜はさすがに厳しい。それでも行く人はあの手この手でよくやる抜くものだ。それなのに中には結構会社で偉い地位の人にいるというのがおかしなとこだ。

 そんな状況でぼくができる唯一のこと、ネットに接続だった。好都合にホテルでは無線LANを貸し出していてPCを持ってきたぼくは救われたのである。これで少なくとも結果だけは知ることができた。どうやら勝ったようである。高萩のゴールかと思われたがオウンゴール、左サイドクロスから寿人と02で終わった。また甲府の鬼プレスに押されてズルズル下がって失点してしまうのかと思ったが結果だけは出してくれた。しかもミシャにしては珍しく固定メンバー以外をピッチに送り込んだ。スタメンで結城、交代で柏木、桑田、久保。せっかくJ2にしてはメンバーが豊富なのに使わないでいたのには少々不満も感じてただけにこれは嬉しかった。

 それにしても小瀬で勝ったというのは大きい。何と小瀬では2003年以来、つまり初めて小瀬で対戦して以来一度も勝ったことがなかったのだ。しかもその負け方というのがカズがゴール前でコケてその隙にシュート打たれてしまったとか先制しながらもバタバタと逆転されたりとか2日間くらい寝込んでしまいたくなるような決まりの悪いものだった。そのトラウマがここで解ける、やっとこの日が訪れたのか。

 いや、やっぱり現地に行ってみたかったな。当然に相手だってサンフレッチェには相性がいいなんて思ってただろう。よりによって今シーズンのアウェイ無敗記録を更新されたことのショックは大きいだろう。正直昨シーズン終盤での勢いは甲府の方があったのである。ほんの短期間で変わってしまう。まるで積み木のように積み上げるのはコツコツとするのに崩すのは一瞬という感じである。だからウカウカしてられない。もう今年は落ちることはないだろうと高をくくって落ちてしまった去年の実績がある。つくづくサッカーは気の抜けないスポーツだ。少なくともぼくのように体調を崩してる暇はないということであろう。

2008年6月 9日 (月)

湘南戦~大勝利のはずが

2008/06/08 サンフレッチェ広島vs湘南ベルマーレ 広島ビッグアーチ

 勝ってるとはいえ3試合連続で10の勝利。そして前日の夜日本代表がオマーン相手にどうしようもない試合をしたことからそのイメージが被りそれ程期待してるわけではなかった。ぼくはいつものようにパブリック・アローズに出掛けて観戦するのだった。

 期待してなかった。それなのに服部が開始早々にゴールを決めてしまった。それはロングボールにうまく対応しゴール前で受けてシュートした。まるでそれはストライカーのような動きだった。服部があんな動きをするとは思わなかった。素晴らしい、リプレイの映像に思わずそう漏らしてしまった。

 しかし服部がゴールをすると勝てないという気がしてしまうのは甲府戦のトラウマだろう。そしてこの状況になってもチームが優位に試合を進めるという自信がなかった。そしたら今度はセットプレーから槙野が決めた。槙野の得点力ときたら大したものである。今期何ゴール目だっけ、4ゴール目でしょ、いやもう1ゴールあるでしょ、自分のゴールに入れたやつ、そりゃマイナスでしょなどという会話が飛ぶようになり早くも祝勝ムードであるがその後高萩が3点目を決めた時にはもう勝利は確信してしまった。

 前半3点入ったんだから後半も3点欲しい。そう考えながらもこれまた2003年の横浜FC戦の記憶から後半になってグダグダになることも考えられた。だがここで寿人が決めたのだ。ゴール前に抜け出したとはいえ本当にあそこしかないというわずかな隙間に見事に蹴りこんでしまった。やはりストライカーはああじゃなければ。寿人が代表の呼ばれないのは勿体ないと改めて感じてしまうのだった。

 もうこうなると普通の監督ならメンバー交代をする。中2日でまた試合があることから選手を休ませたい。そして今日こそは久保を観たい。それなのにこの監督は一向に動こうとしない。空気読めよという会話が飛び交った。クボクボクボクボとコールも聞こえた。そしてベンチで実際に久保が準備してる映像が流れた時歓声が上がった。

 寿人との交代。まあ妥当な選択である。そしてピッチに入った久保は短い時間で絶好の機会を得る。フリーで右にパスを貰い左足でシュート。ボールの軌道はゴールに向かって曲がっていった。その一連の動きは日本人離れしてあれではGKも取れない。まさに久保ならではの凄いゴールだった。この凄いという言葉が似合うのは久保である。この場面も今の日本代表のFWならパスをしてただろうということが想像できるのだ。寿人に久保、どう考えても現在の日本代表より優れたストライカーだった。

 50という信じられないスコアになって酔いしれたがここで平繁とユキッチがピッチに入る。もはや浩司と高萩は休養させるという目的だったのだろうがこの交代が良くなかった。平繁は自分で行けばいいのにパスをしてはボールをカットされる。ユキッチについては公式戦で結果をだしてないことから焦ってるというのがあるのだろうが全くの空回りだった。その為どんどん戦況が悪くなりボールが持てなくなってしまった。勝負が見えてるとはいえ湘南にいいように回され2点も返されてしまった。そのことがこの試合の後味としてかなり苦いものとなってしまった。

 勝つには勝ったが。そんな空気が蔓延した。とりあえず良かったのはミシャが交代枠3人をキッチリ使ったということか、いやこの交代は失敗だった、といって交代がなかったらそれはそれで文句言ってしまうんだけどね、そんなことを話してた。だがぼくはそれ以上にこの結果を受けてミシャが尚更メンバー交代できなくなるのじゃないかという気がした。多分選手も勝った気がしてないだろう。

 サンフレッチェの応援、いつも何かネタが転がってるという気がするのはぼくだけではないだろう。

2008年5月29日 (木)

草津戦~J2のレベル

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 試合が始まり目に付いたのは審判のオフサイドの判定だ。あれはオフサイドかな、うーんと考えてると草津もオフサイドの判定をされたがそれも怪しく見えた。確かにサンフのボールになってラッキーではあるがぼくの目の前でのプレーだっただけにあれは違うでしょと一緒に観戦してる仲間と話した。彼女は4級審判の資格も持ってるのでぼくより判定に関する目は持ってるはずだ。やっぱりJ2、ぼくらのいるリーグはそういうリーグなんだと諦める他なかったのだった。

 こうなってはせめて自分達だけはこのレベルに染まらないようにたくさん点を取って勝ちたい。だけどまたしても点が入らない。突破ができない。はね返される。枠に行かない。またいつものパターンかと思ったら寿人がPKを貰った。ラッキーである。ただスタンドはそれ程盛り上がってなかった。何だか分からない内にPKになったという拍子抜けの感覚があったのだろう。そして浩司がキック。そのキックはまるでGKの練習でもやってるかのように飛びついた手にピッタリと当たるキックだった。ボールは枠を外れ脱力してしまう。本当にスタジアムに脱力感が漂った。ただ、その後槙野がCKからボールを押し込みゴールを奪った時はホッとした。嬉しいというより溜飲を下げるという感覚だった。

 そしてその後は1点も取ることはできなかった。草津も負けてる割には焦ってる雰囲気がなく大したプレシャーも掛けないのだがそれでもシュートが打てない。どうもゴール前の一瞬の閃きやスピードといったものがない。教科書そのままのプレーをしているという印象だ。そしてそれは草津にもそういうふうに見え教科書通りの守備でただ時間が過ぎていった。ファンタジーもエキサイティングもなく終了のホイッスルが鳴り歓喜する気分にはなれなかった。スタジアム全体もあまり喜んでる雰囲気はなかった。

 ここでぼくは席を立った。新幹線に乗り遅れてはいけない。隣にいた仲間は槙野・森脇劇場見れなくて残念ねと言っていたがこんな試合の後でもやるのかなという気がした。少なくともぼくはこの後槙野と森脇のパフォーマンスに盛り上がるという気分ではなかった。残念でうなだれていたのである。サンフもJ2のレベルに染まってしまったんだろうか。

 広島駅まで行き新幹線の改札を通るともう紫の姿はぼく一人だった。だが草津のレプリカを来た年配の夫婦はいた。当然ぼくの存在も気付いている。そして東京駅で降りた時もその夫婦に鉢合わせた。エッ、という顔をされた。まさか東京からわざわざ広島まで見に行くサンフレッチェ・サポーターがいると思わないんだろう。関東のサンフレッチェ・サポーター、それは以外にも他のクラブのサポーターには知られてない存在なのだなと思ったがその奇妙な目で見られたのがちょっと面白いのだった。

2008年5月27日 (火)

草津戦~スタジアムに着き

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 初めてのホーム一人観戦。それでも現地に行けば一人や二人は知ってる人がいるはずだったが誰にも会わなかった。唯一ランちゃんと呼ばれる体格のいい青年に会っただけだ。ランちゃんは遠いところ、ご苦労様ですと声を掛けたのだがその本人にしたって関東の人間である。年間パスを持ってたことから相当来てるのだろう。本人はお布施のつもりだと言ってたが。

 一方のぼくは当然のことながら一般チケットだ。チケットの種類で入場の順番が違うというのを初めて知った。確かに先に入れる方が限定来場者プレゼントも貰いやすいし何となく優越感がある。ちょっと羨ましいなという気がしながら来場の順番が回ってきた。スタジアムに入る、スタンドを見渡す、うーん、どうも今日は客が入ってないなというのが正直な感想だ。最近いい具合に客が入ってたがついにJ2のマンネリに陥ってしまったか。強い敵もなく、強力外国人FWもなく、これといったプレッシャーもない。心の奥底ではまあ勝てるだろうと思ってる相手に1点入れて何とか勝ってる試合が続いている。もっと高いレベルを目指してるのかといったらそのスコアではそうは感じない。ただ勝てばいい、ただ昇格できればいいというだけなら昇格が決まる試合だけ観に来ればいいのではなかろうか。そういう意識が段々とサポーターの中で燻り始めたのではなかろうか。

 ピッチでは少年サッカーの試合が前座として開催されてた。ぼくはいつも座るG裏との境界線沿いのバックスタンドに座った。関東の仲間と観戦する時はいつもこの場所だ。一人であっても同じ場所に来るというのは習性というやつだろうか。そして客入りはどれくらいか確かめるべくスタンドを見渡すのだった。そしたら彼方から見覚えのある顔が向かって来る。いや、他人のそら似だとうと平然としているとやっぱり似てる。似てるというかあれ本人じゃないか。な、な、な、何で?

 現れたのはいつも千葉の観戦会で一緒の女性だ。前回の観戦会の時来週ホームに行けていいなあなんて言ってたのである。まさか広島で会おうとは。

「実はユースでとても重要な試合があったので」彼女はちょっと照れくさそうに話した。ずいぶんフットワーク軽いですねと言ったら「これでも2日間真剣に悩んでたのよ」と返されてしまった。まあそうかもしれないが女性なのに行動だけはパワフルである。

 しかし、ぼくとすれば予期せぬ仲間との合流が嬉しかった。やっぱりサッカーは仲間と観戦するのが楽しい、平静を装いながらも実は喜んでいたのである。ただ、こうやってわざわざ関東から来る人間がいるというのに広島の人がスタジアムに来ないのは本当に寂しいことなのであった。

 しばらくして選手が入場をする。ぼくもタオルマフラーを掲げて『Smoke on the Water』を歌う。一人でいてもやってるだろうが二人なので余計に勇気が出た。ぼくのデカイ声に座って観戦してた小学生の女の子が「何だ、この人」という顔をして見たのだった。

2008年5月26日 (月)

草津戦~スタジアムへ向けて

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 雨上がりの朝、霧が少し掛かっている。ホテルニューヒロデンから散歩に出てみた。どうやら今日は雨は降りそうもない。路面は濡れてるけど降らなきゃいいのだ。

 路面電車やバスが走る。だが人の動きは少なくせいぜい並木の落ち葉を清掃してるおじさんくらいしか目に付かない。もっともこの時間に広島駅に向かってる集団なんて飲み屋で一夜漬けでもしたんだろう。たまにそういう連中もすれ違い話し声が広島の街に響き渡るのだった。

 ホテルをチェックアウトした後本通りに向かって歩いた。稲荷町、幟町、鉄砲町など広島の町には由緒ある名前が付いている。一々その名前の由来を知らないのは学生時代勉強しなかったことを悔いる。

 本通に出るとVポイントに立ち寄る。以前のガラガラな雰囲気はなく必ず客はいる。グッズも増えたようだ。店員と客の会話が聞こえたが一昨日ダバツが帰国前に朝店に寄ったようである。本当にいい人だったようだ。

 そして店内では白人男性がレプリカユニフォームの試着をしてた。おお、外人がサンフのユニフォームを買おうとしてる。ぼくは何だか誇らしい気分になった。もしかしたら観光土産かもしれないがこれも全世界で共通の競技であるサッカーだから成り立つ話だ。いずれは宮島などの観光スポットにもサンフのグッズを買う外国人の姿が見れることを期待したい。

 その後横川へ行きシャトルバスの列に加わる。本通り付近ではほとんど見かけることがなかったサンフレッチェ色だがここに来ると一応商店街でフラッグが掲げられている。所々ポスターも貼ってあるからこの地域との関係においてはクラブとして努力しているのだろうか。そしてバスに乗ると『光の射す方へ』に乗せて選手のコメントが流れる。これは以前クラブに指摘したことであったが実現されてたことからやっと本気になって観客を楽しまそうとする姿勢が読み取れた。ただ、これも関東でやったなら途端にバスの中が大騒ぎになったはずである。それが広島ではシーンとしている。耳を澄まして聴いてるんだろうがそこが関東とは違うとこだった。やはり広島では個人観戦者が多いということではないだろうか。サンフの好きな仲間とくるという環境がもっと浸透していればもっと盛り上がるような気がするのだった。

2008年5月24日 (土)

草津戦に向かう

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 水曜に試合があると忙しい。終わったと思ったらもう次の試合だ。大変だという反面嬉しい。このリーグ戦が途切れないというのがJ2の最大の魅力だ。J1だとしょっちゅう中断してどうもリズムが狂う。J2にいることは満足してないが毎週試合があるというのは本当に幸せだ。

 そんなに忙しいと言っているのによりによってホームへ観戦に行くことになった。これは前日に友達の結婚式が入って調度良い具合に試合があったのである。ただ18時に終わることから東京へ帰るのはギャンブルである。いや、事前にこのタイムスケジュールで可能だという確認を取ったから実行にうつしたのだがいざやるとなるとやはり慎重になる。よりによってぼくの帰りの新幹線の切符は終電一つ前だ。上手く帰れるかどうかそれが心配だ。

 そもそもぼくは土曜に仕事が入ることが多く本当に行けるのかどうか分からなかった。それでも冠婚葬祭という口実があったことで強気に予約を入れておいたのだが、やはり仕事が入ってしまった。そのやりくりにどうしようかと悩んでたところ都合よく相手の事情で休みになった。ぼくって何て運がいいんだろう。これぞぼくの執念、念ずれば叶うというやつだ。ぼくは今までこういう無謀な予定をたててそこそこ観戦できてるのは本当に念意外に説明できることではない。

 しかしぼくは今回初めて一人でホームの試合へ行く。夏休みや大型連休といった特別な日ではない試合、ある意味日常的なサンフレッチェの試合に初めて行くのだ。そこで本当のホームの姿が見れるだろう。といって関東の人間を見かけたりするんだろうな。一体何人会うことができることか。

2008年5月22日 (木)

横浜FC戦~感化させた勝利

2008/05/21 サンフレッチェ広島vs横浜FC 広島ビッグアーチ

 平日の夜、サッカー観戦をするには様々な障害を乗り越えなくてはいけない。しかもその障害はそう頻繁に乗り越えられるものでもない。通常そういうものは生観戦の時に取っておくのだがモニター観戦に使ってしまった。といってもまあ仕事を定時で終えるというごく普通のことだ。残業が出る訳でもないのだから当然のことをやってるまでのことであるが。

 ただ、ぼくが店に着いた時にはもう試合が始まってた。いつもの観戦仲間が4人最前列のテーブルに着いてた。何でもこの日は通常営業ということでサッカー観戦の人はこちらでとエリアを決められたらしい。ということはそこそこ埋まってる店内の客はぼくらの一喜一憂をうるさいなあという冷めた目を向けるのだろうか。まあ仲間とモニターに神経を持っていくとそんなこと意識からなくなってしまうのだが。

「段々とスタンドが埋まってきている。みんな職場からやっとたどり着いたんでしょう。私たちもそうよね」と時間と共に人が集まってきたアローズと同じ様子がスタジアムにも起こってるのを指摘した。やはりそう簡単に平日は集まれない。それでも6,954人集まった。多いとは言えない。でも絶対にスタジアムに行きたいという人の分母が確実に多くなってないだろうか。

そんな中試合はじれったかった。圧倒的に攻めながら最後の崩しで躓く。ボールを前に運んでも運んでもゴールには結びつかない。クロスは跳ね返される、ミドルシュートは枠の外、CKもキーパーにキャッチされてしまう。頼みの寿人は決定的チャンスを2回も潰してしまった。疲れてるのだろうか。つかれてるのなら交代枠があるだろう。ベンチには久保がいるんだよ、久保久保久保―っ!

しかしミシャの選んだのは平繁だった。高柳との交代だ。この時高柳の髪型って天然パーマなのなどという会話がされたことがいかにプレーに印象がなかったが分かる。10年に1人の逸材ぐらいの勢いで語られた才能はその片鱗さえもピッチで見せることがない。詳しい人が見ると分かるものなのか?だけどプロサッカー選手を支えているのはぼくのようなサポーターだぞ。そのサポーターに何のアピールも与えられない選手にプロとしての価値があるのだろうか。期待が大きかっただけに失望感が大きいのだった。そういえば高柳はすぐにネガティブな感情になるということだが最近の研究で楽観主義者は脳の偏桃体という部位が活発になってるという研究結果が出たらしいがその内高柳でも前向きになれる薬でも開発されるのだろうか。いや、それを世間ではドーピングと言うんだった。

そしてこの膠着状態を打破すべく入った平繁だったがなかなかボールが渡らない。ペナルティ・エリアでのドリブルを期待するがいい位置でボールが持てない。相手も平繁がドリブラーということは分かってるはずだからそう簡単には事が運ばない。そしてどんどん時間が過ぎていく。ああ、じれったい、じれったい。攻めて攻めて鍵がこじ開けられなくカウンターを受けることもあった。アンデルソンは確かに恐かった。それでもストヤノフと槙野は負けなかった。横浜FCの精度のなさにも助けられた。そしてこのままタイ