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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

2009年12月28日 (月)

ユース優勝ならず

2009/12/27 Jユースサンスタートニックカップ決勝 サンフレッチェ広島ユースvs FC東京U-18 長居陸上競技場

「ユース惜しかったなあ。20で負けたよ。でも退場者出したししょうがないかな」

 その仲間の言葉にサンフユースが負けたのを知った。不覚にもこの時間眠っていたのだった。午前中サッカーの練習があって体力を使いきりぼくには昼寝をせずにはいられなかった。

「でもあれで退場はないよね。FC東京の攻撃もすざましかったけど退場が出てからの方が展開として良くなってたのは評価できるね」

「そうだねえ。それを含めて審判ってヘタだったよね。まあ結果的に2失点で終わったのは良かったんじゃないかな。最初の失点なんてGKがパンチングしてれば防げたんだから。それを取ろうとして後ろに逸らしてしまったでしょ。1点差だったらGKの立場としてきつかったんじゃないかな」

「それにしてもユースもトップと同じようなミスをするんだね。横パスを掻っ攫われたり、確かにトップと同じ戦術をやってたんだけどミスまでトップと同じことをしてたなあ」

 敗戦を惜しみながらもドクトルは笑っていた。そしてその試合の経過を振り返りながらも次第に頭数が揃い居酒屋チェーン店に入り込むのだった。忘年会と言えばそうなんだがそれは単なるかこつけで気が向いたらその都度こうやって集まってるだけだった。ただ、こうやって集まる仲間の中には長居まで行くということで不参加の連絡を受けてた。

「そういえばあの人とこの人TVにバッチリ映ってたね。何だか広島の応援ばかり映してたからなあ」

「そりゃFC東京の応援がいなかったからでしょ。そりゃ大阪じゃ行かないでしょ。東京だったら行くんでしょうけどね。まあ東京だったらぼくらも観に行ったでしょうけど」

 これを聞いた時ぼくは一瞬考え込んでしまった。そもそもこの日がユースの決勝なんてことを知らなかった。そりゃ決勝進出が決まった頃には知ってたがユースの大会までチェックはしてない。長居に行った仲間などは日程をちゃんと押さえてるということ以上に決勝に進むということまですでに構想に入ってたということだ。いやはや、恐れ入ったものである。

「結局今年はユースからの昇格って大崎だけだったよね。広島ってユース出身のFWって大成しないよね。この年代では抜けてるんだろうけど今日は目立たなかったなあ。トップに上がってどうなるんだろうなあ」

「やっぱりピークの早い遅いっていうのはあるみたいですよ。ユースの時王様のような存在だったけどプロになって伸びないっていうのはそういうのもあるみたい。それと広島の場合親の存在も大きいらしいですね。ユースでの活躍ですっかりのぼせてしまってる親もいるらしいですよ。それが甘えとなってしまうんでしょうね」

 この辺はどこまで本当なのか分からない。でもぼくらはそれはそれで構わないのだ。ユースで型破りな存在感を魅せてた選手がプロに入って最初はチョコッと活躍して2年目以降段々日の目を見なくなって気付いたらいなくなってる。そんな事例にあの才能ある選手がどうして開花しなかったのかぼくらは理由を探したくなる。そしてその行き着いた結論は噂話や推論から導き出されるのだ。時としてそれはひどく的外れでもあろうしオカルトめいたこともあるだろう。だけどそんなこと構いやしないのだった。これが飲み屋での会話の終着点なのだから。

「だけど再来年宗近が上がってきてくれないかな。広島ってどうも身長のない選手が多いからな。ああいう背の高いDFは欲しいよ。まあユースが身長が伸びるかどうかというのは本当に未知数だからしょうがないんだけどやっぱり背の高い選手も入れときたいよ」

 ユースというのは限りなく未知数な領域である。それに取り組んで毎年プロの選手を送り込んでるサンフレッチェユースはやっぱり素晴らしい。それなのにJリーグアウォーズで最優秀育成チームにサンフレッチェが選ばれなかったのはおかしいという声が上がった。それは浦和が何も賞を貰えないのはマズイからだとかまた陰謀論が巻き起こる。そしてそんな疑惑と推論の追及に時間を費やし気付いたら5時間が経っていたのだった。

2009年11月21日 (土)

名古屋戦~宙に浮いた感覚

2009/11/21 サンフレッチェ広島vs名古屋グランパス 広島ビッグアーチ

 ずいぶん長い中断だった。実際には1週間抜けただけだがはるか以前の話のような気がするのは早々に天皇杯で負けて試合がなかったせいだ。全くあれは罪だった。J2のチームに負けたというのもあるがよりによってその次の会場が広島と決まっていたのだから。バツの悪さは当然あった。

 だが、シーズンが終わったかのような錯覚を受けるのは天皇杯のせいだけではなかった。もはや残り3試合、降格するチームも優勝するチームもある程度目途が付いてしまった時期である。そこで無風地帯と言える順位にいるチームにとってはどうしても意識が薄くなってしまう。それでも賞金県内の7位は目指さないといけないと仲間に言われ確かにそうだったと思い出す次第であった。

 賞金1千万にこだわるのには理由がある。ナビスコカップ大分戦でベストメンバーを出さなかったということでリーグから罰金1千万を言い渡されたからだ。これは寝耳に水だった。ぼくらは橋内や原といった普段とは違う選手の出場にウキウキしたものだ。しかもその橋内がゴールを決めてどれだけ盛り上がったものか。サンフレッチェのサポーターであの時のメンバーに不平を言う人がいただろうか。誰も困ってない。それなのに罰金という処置には大いに不満が残る。スポンサーのナビスコへの配慮かもしれないが単なる見せしめとしてサンフレッチェが選ばれたのは明白だった。

 しかしそんな限りなく後ろ向きなモチベーションを利用しないといけないとは。やっぱりこの時期のモチベーションの保ち方というのは難しい。いや、よく考えると毎年毎年残留争いをやってたせいで本来この時期こそ血眼になっていたのだった。本来なら幸せな順位にいるはずなのだがそういう実感もない。残り3試合、中位、怪我人が多くベストメンバーが組めない、そういった事情がどこか現実を遊離させたような感覚にさせる。まさに無重力の宇宙空間を彷徨ってるかのような。果たしてそれでも何かを見出すことはできるのだろうか。

そういや2001年の最終戦は優勝した鹿島との対戦で4点を入れて大勝して来期に対する大いなる希望を抱いてシーズンを終えたのだった。もっともその後は監督が代わってJ2に降格をして肩透かしを食らったのだがやはり残り試合はシーズンオフにいかに妄想に耽ることができるかどうかで重要かもしれない。もっともそんな妄想が必要かどうかといったら2001年の例で疑問だというのは否定できない事実ではあるのだが。

2009年11月10日 (火)

大宮戦~光の見えない前半

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

 再び席に戻った時にはもうギッシリだった。2階の席はちゃんとドクトルが確保しててくれたので助かった。ちょっとした用事があり席を離れる必要が生じたのだが戻った時に席が残ってるか不安なくらい遠方からのアウェイ席の様子は密度が濃かった。そして何よりもその面積の狭さは際立っていた。ホーム側の席なんて満席になってないんだからもうちょっとアウェイエリアを広げても良さそうなものだった。他の場所はゆったり、アウェイエリアは密集、前売り券の販売状況によって大体予想できたろうにこの辺をもうちょっと柔軟に対応できないものだろうか。

 とはいえ大宮はアウェイのサポーターに対してのサービスも対応はしてくれている。アップ時の選手入場でのハイタッチキッズの企画を広島県人会主導で開催してくれた。ただし、参加した人に聞いたのだがそれ程参加者がいなかったようである。その中の一人に聞いたが元々こんな企画があること自体知らなかったという。ということで単なる告知不足、または告知の難しさでもあるのだった。

 ぼくは席に戻る前売店でカレーを買った。そのカレーも他のスタジアムではないクオリティのもので悪くはないが実はホーム側ではもっと多彩なグルメがあるのを知っている。何でも過去にアウェイサポーターによって問題が起こったらしい。こうやってどんどんスタジアムで規制が起こって過ごし難くなっていく。規制を掛けるならその問題を起こしたチームだけにしてもらいたいものだ。

 ぼくが席に戻った時にはもう選手入場の前だった。食事を取るも皆タオルマフラーを掲げてる。急いでカレーをかっ食らう。味わうもクソもあったもんじゃない。結局何を食べようと一緒ということだった。そしてあれだけ不甲斐無い結果により失望させられ期待もしてなかったのに結局目の前にしてしまえば応援してしまうのだった。

 それなのに、それなのにサンフレッチェのサッカーはとても誉められたものじゃなかった。相手は相当に研究してるだろう。大宮だけじゃなく全てのチームがサンフレッチェのサッカーを研究してる。それだけ頑なに同じ戦術で戦ってるということだがこれにはJリーグの監督の意地もあるように思える。サッカー専門誌などに面白い、素晴らしいサッカーとしてその戦術を紹介されるとそこはもう自分の方が勝てるサッカーをやってると証明してやりたくなる。このところサンフレッチェがパッタリと勝てなくなったのはその辺にも理由がありそうだ。

「そういえばガンバはこの前の試合の時後半からサンフのゴールキックの時前線の選手にDFをマークさせたらしいね。そうすれば中林のキックじゃつなげられないという計算があったらしいよ」

 隣に座ってたドクトルが教えてくれた。確かに中林のキックは正確性がない。というよりロングキックがまともに見方に収まることの方が少ないのであった。そういう一つ一つの綻びを敵は見付けて突いてくる。そしてそれらが積み重なってついには崩壊してしまうのだ。残念ながらミシャにその軌道修正能力を期待することもできなければメンバーの中に劇的に変化をもたらせてくれる選手もいない。結局どうすればいいのか。ただ我慢して90分過ぎるのを待つしかないのだった。

 ハーフタイムに入ったらただただもう苦笑いをするしかなかった。逆サイドが空いててもそこにパスが出ることは皆無だった。というより長いパスが出ない。見えてないんだろうか。気付いてても出せないというならまだ良い。気付かないくらい視野が狭くなったといったら問題だ。果たして夏の調子の良い時期の選手と今ピッチは同一人物なのだろうかと疑問を抱いたのはぼくだけだろうか。

2009年11月 8日 (日)

大宮戦~伝統の一戦

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「シュート打て!シュート打て!何でもいいからシュート打て!」

 そんな声がここからも後ろからもそして離れた所からも聞こえてきた。相手に退場が出て一気に勢いが出てきたというのに肝心のゴール前に行ったらパスを廻してばかりいる。もうパス回しはいいからシュート打てよ。ミドルシュートなし、ペナルティエリアへ進入するドリブルもなし、サイドをえぐってクロスというのも森脇がたまにやるくらい。これでは守ってる方は楽だ。中央だけ固めておけばいいんだから。

 これだけ一方的にボールを回しておきながらシュートがないというのは観ていて腸が捻じ切れるかのようにもどかしかった。昔知り合いのオバサンが沢庵の尾を噛締めたいとあまりものまどろっこしさを表現したことがあるが正にそんな感じだった。何かシュートを打ったらいけないという決まりでもチームにあるんだろうか。

 そんな自ら招いた膠着状態でまるで枠に入らないシュートを打ったのはディフェンダーの槙野だった。何でDFの槙野がシュート打つんだよとそれでいいと称えつつもため息も出るのだった。攻撃の選手はどうしてシュート打たないんだ。と思ったら高萩が打った。それも外れ。シュート打てと言いつつ外したら外したで不満な感情になってしまう。

 でもそれはそれでしょうがない。この日の高萩は判断がおかしい場面が多かった。今まで腰の怪我が完治してないんだろうと大目に見ていたがあまりにも判断がおかしい。どうしてそういうプレーを選択してしまうんだという場面が多々あった。まあそれを言うなら中島もわざわざ相手がカットしやすいグラウンダーのパスを出すのである。それでカットされたら天を仰いだがそんなの取られるに決まっとるだろうがと叫んでしまった。

 左サイドの服部はボールを受けても縦へ突破を試みようとせず後ろに戻してばかり。まだ右の森脇の方がクロスを上げている。ただしゴールとはならず時々カウンターを受けることもあった。それでも守備に人数を割いてるだけあって大宮の攻撃は単発で終わった。それで相手が手薄なのを突いて攻めてやればいいのだがいかんせんサンフレッチェの攻撃は遅いのだった。そのままゴール前を目指せばいいのに無駄なパスをする。そこで見方の上がりを待つことはできたが相手の守備も戻ってきてるのだった。一体パスをする曲芸をしてるのかゴールにボールを入れる試合をしてるのか分からなかった。またこれがサンフレッチェの伝統でもあるといえばあるのだが。

 そしてついにゴールに入れることができた。よりによってゴールを決めたのはDFの槙野だった。本当に攻撃陣は何をやってるのだろうか。そしてリードした状態で試合を進めることになるのだった。

 しかし、ここでまたサンフの伝統が訪れる。せっかく一人多い状態で勝ってると相手の気迫に押されるんだろうか、相手の猛攻にアップアップだ。おいおい、前に蹴るだけかよ。もはやちっとも点を取ろうという意識は感じとれない。というよりも一方的に攻められてるじゃないか。ゴールを取ってイケイケになるんじゃないのかよ。もうクリアが誠意一杯。バタバタとせわしない。

 時間稼ぎ要員が交代の準備をしてた。だがなかなかゲームが止まらない。クリアボールもタッチの外に逃がせばいいのに敵にパスをしてしまうのだ。そしてピンチの連続、そしてクリア、また敵にボールが渡る。その繰り返しだった。だから終了のホイッスルが鳴った時喜ぶと同時に安堵のため息も出たのであった。

「いやあ、勝てて良かったねえ。もう今シーズンは勝てないかと思ってたよ。これで結局関東で勝ったのってこれと開幕戦だけだったよね」

 あ、そうだった。ドクトルに言われて思い出したが関東では勝ってないのである。これもかつては伝統であった。関東で勝てなく1年に1回か2回だけ勝つ。何とも伝統尽くめの一戦であった。そしてその伝統を意味することはほとんどどうでもいい下らないことである。がその下らないことこそが仲間との会話で尽きない部分なのだった。

2009年11月 7日 (土)

大宮戦~This is my Truth,Tell me Yours

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「もう諦めたら」

 日曜にある会合の予定を聞いた時サンフレッチェの試合を観に行くから参加できない意向を伝えるとこう切り返されてしまった。ただし哀しいことにこの時全く腹が立たなかった。正直どうでも良かった。今シーズンの関東での最後の試合であるにも関わらず別に行かなくても良かった。それでも行くことに決めたのは広島県人会の主催の団体割引チケットをすでに申し込んでいたからだった。

 リーグ戦で7失点、天皇杯でJ2チームとの対戦で敗退、チームのパフォーマンス低下、この条件で観に行けと言われてもそんな気が起こるだろうか。もはやサンフレッチェなどどうでもいい、そんな気がしてたのは事実だった。

 しかし11日試合の日は近付いてくる。行きたくもない試合に行かなくてはいけないという厭世感。やるせない憂鬱な感情が渦巻くのだった。それなのにどうしてもサンフレッチェの記事には目が行ってしまう。というより結局はネットで自分で探しているのであった。

 今シーズン残り4試合を残すのみとなってしまった。上位争いをしてぼくらも浮かれてた面もあっただろう。だけど何事も一つ一つ上がって行くのが筋だ。ぼくらの意識として功を急ぎ過ぎたのかもしれない。確かにもう4試合しか残ってない。だけど4試合もあるという見方もある。タイトルも何もないがそれ以上の価値があるかもしれない。それは来シーズンへの期待という意味である。

 期待、それがいかに現実味がなく幻想に満ちてるものかというのはこれまでの経験で分かっている。だけどそれなくしてシーズンを迎えられるだろうか。これから長いシーズンオフという冬眠生活に入るのにそれがあってこその補強やキャンプの情報に注意を傾けることができるのだ。本当にこのまま1回も勝てずに終わったらチームが下がっていくイメージしか持てなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。

 相手は大宮。藤本主税がいる。サンフレッチェにいる時は大好きな選手だったが敵になったら大嫌いな選手になってしまった。藤本本人には何の責任もないがそれはサポーター心理としてしょうがないだろう。藤本に勝利の雄叫びをやらせてなるものか。阿波踊りのゴールパフォーマンスをやらせてなるものか。藤本を潰せ。やっつけろ。

 こんなに藤本にこだわってどうしたのだろうかというとそれしかモチベーションの持っていきようがないのだ。グダグダ御託を並べようとやっぱり天皇杯の敗退して今シーズン目指すものがなくなったというのは大きい。一体みんなどんなモチベーションを持ってスタジアムに来るのだろう。いや、よく考えたら大宮にはホームで絶対に勝ったと思った試合を逆転されてしまったのではないか。あれは悔しいし情けなかった。あの時のリベンジ、晴らさでおくべきか。

 ああ、こんなことまでもう忘れてしまっていた。本当にこの時期ってチームの状態によってモチベーションが左右される。そういえば毎回シーズン終盤になると残留へ向けての勝ち点の計算ばかりやってたがそれをやらなくて済むだけ本当は幸せなのかもしれない。

2009年11月 1日 (日)

鳥栖戦~天皇杯終了につけ

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 23、それが全てであった。J2のチームに負けた。ベストメンバーを揃えた訳ではないがそんなの言い訳にならない。上位争いに加わったあの時期の神通力はもうない。あるのはなよなよとした失点癖。そしてシュートの決定力の低さ。やはり情けない。こんなチーム何で応援してんだろう。

 何でこんなチーム応援してんだろう。そういえば久々に感じた疑問だ。そしてこの疑問こそがぼくにとってサンフレッチェを応援する原動力だったのである。これで愛想をつかし人が離れたら、そこは哀しいもののせめて自分だけは応援してあげようという気になってしまう。ガラガラのゴール裏で負けてばかりのチームを応援してたあの頃。ふとその記憶が蘇ってくるのだった。

 こんなことを切り出してぼくは自己を称賛する訳でも何でもない。なぜならこれはぼくの性格のなせる業であるからだ。昔からその時々の主流とされてるものには乗らなかった。誰も気にも留めてないマイナーなものが好きだった。だから音楽にしてもそういうものを聴いてきた。パンク系の好きなぼくはCD屋で手当たり次第聞いたこともないようなバンドのCDを買いあさった。その中でとてつもなく気に入ったバンドがあり狂ったように聴いてた時期があったがその後そのバンドが売れてしまってからというもの大して聴かなくなってしまった。そのバンドの名はニルヴァーナといった。自己を称賛するつもりはないと言いつつも実はこの話は自慢なのだったのはちょっとロックをかじった人なら想像できるだろう。

 J2にいたとはいえ2008年は良くなっているという実感とこれから先に向けての期待感があった。それがある程度現実との折り合いが見えてきた今一般の人の感情としてはどうなんだろうか。これから先シーズンオフまでの4試合、不安でもあり興味深くもある。

 でも今年は天皇杯についてはもう終わってしまったのか。寂しいな。以前は戦力外の選手が出場するということが問題となって開催時期を早くした天皇杯であったが皮肉なことにこの試合で戦力外が決まった選手がいたようだ。正式に決まった訳ではないが観てる人がもう観たくないと感じてしまったら終わりだろう。いずれにしても期待を持って始まったシーズンの割には寂しい終わり方を迎えようとしてる気がするのだった。

2009年10月31日 (土)

道草

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 あの悲劇の7失点の後、放心状態のような日々が続いた。面白いサッカー、魅力的なサッカーと言われ専門誌にも紹介されたことのあるサンフレッチェのサッカーだったが7失点もしてしまったのだった。退場者が出てほとんどをカウンターでやられたとはいえ1点目と5点目などは防げた失点だった。特に5点目などゴール前に人数がいるのに簡単に決められたという面でショックは大きかった。逆に攻撃時はゴール前に人数を置かれると全くゴールを奪えない。やはり光が見出せない。ああいう閉塞状況を打破してしまう強引さや力強さがこのチームにはない。それを認識させてくれたということで夢から目が覚めたというのが適してるかもしれない。

 しかし、実をいうと放心状態といってもそれ程でもなかったのだ。毎日事務的に仕事をこなし電車では本を読みふけり家ではネットをやってる。ただ、その中にサッカーはなかった。無意識の内に触れたくない領域になってしまったのだった。

 それなのに家を出た拍子に隣のオバサンと顔を合わした時にはこの前は残念だったねえと言われ記憶を甦らせてしまったのだった。何でこのオバサン知ってるんだと虚を衝かれたような気分だったがそういえば出掛ける時も顔を合わせていたのだった。今から応援に行くのなどと聞かれたから一応ニュースでも観てるとき試合結果を目にしたみたいだった。

 あの屈辱の日。あの恥辱に満ちた日。苦悩と虚脱の入り混じった日。許せん、やっぱりこんなチームもう応援してやるものか。7点も入れられるなんてプロじゃない。もうサッカーなんか辞めちまえ。チームも解散、潰してしまえ。

 よし、サンフレッチェの代わりにもっと強いチームを応援してやろう。川崎、あの攻撃力はすざましいな。あっちで応援してる方が気分がいいだろ。青黒ストライプのユニフォームでも買おうか。でもあれを着るとなると抵抗感がある。いや、できない。それならまだ全裸で歩いた方がマシだ。やはりJリーグのチームは感情的によろしくない。それなら海外のチームにしよう。これならファッションとして着ている人よく目にするから問題はないだろう。リバプールなんか赤くてかっこ良いのではなかろうか。うん、それがいい。それを着ることにしよう。といって同じ値段を出すならやはり紫に手が行くのだった。

 結局あの時の記憶は消えることもないがサンフから逃れることはできないのだった。そこには見えないチェーンがつながってるかのようだ。そんなの誰からも強制されてる訳でもないのに離れることができない。うっちゃっておけば関係ないものをそれでも人生において関わりをもってしまった者を邪険にできない。まるで夏目漱石の『道草』のようだ。

 ぼくの意識も川崎に行きリバプールに行き無我に漂い道草を食っていた。それでいてやはり週末になるとサンフの試合に意識が向いている。そして相手が誰であろうと倒したいと願うのだった。

 だけど天皇杯。これって観る手段が何もないんだよな。また試合結果とイマジネーションに頼るしかないようだ。

2009年10月26日 (月)

川崎戦~そこにサンフがある限り

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 帰りに車中ぼくもドクトルも言葉少なだった。情けなくもあり腹立たしくもあり惨めでもあり。その惨状の原因を追究するにもあまりにも空しかった。

 70。その数字は重く圧し掛かるのだった。首都高を走る中、遠くでライトアップされた東京タワーが目に入った。

「あ、こんなとこからも東京タワー見えるんだ」

 そういう関係のない話題でも出さなければこの重い空気の中で話を切り出すにはあまりにも切なかった。

「だけど森脇も前半の内にイエロー2枚貰って退場なんてレベル低すぎるよね」

「そうだよねえ・・・」ハンドルを握るドクトルの表情は意外と柔らかい。「まあその前の先制点だけど服部のあの守備はないよね。全然身体寄せてないんだもん。服部がイエロー貰わないのも分かるね。相手と接触するような守備しないんだからファール貰う訳がないよな。それで2失点目もキックミスでボール取られて決められてしまったけどあれで切れてしまったね」

 話せば敗因らしきものはつらつらと出てくるのだった。

「ま、これで来年の補強ポイントはハッキリしたじゃない。まず左サイドと・・・といってもお金ないんだよな。中島のような戦力外になった選手を上手く使えたらいいんだけどな」

 点を入れられまくった後半。勝たないと何の意味もない試合だっただけにサンフレッチェは前掛かりに攻めた。だがそのどの攻撃も前線の人数が足りなかった。それでもゴール前の隙を突こうとパスを回してる内にボールを取られカウンター。結局そのパターンばかりだった。川崎は実に効率のいい方法で点を取りまくった。そしてサンフは効率の悪い方法で点が取れなかった。

 川崎について外国人3トップはズルイという見方もある。だけどその3トップだって世界的に見ればそんな大した選手でもない。誰だって自分の応援してるチームの選手の代表での姿を期待するのだろうがそういう幻想を打ち砕いてくれるにはとても良い効果があった。寿人にしてもDF2人付けばもう封じられてしまうというのがハッキリと見えてしまった。

「まあこんな日もあるよ」ドクトルの語りかけは胸に圧し掛かった錘を払いのけるような効果があった。そう、こんな日もある。こんな日もあるのだ。

 これで優勝の目は消えた。だけど毎年降格争いをやり昨シーズンJ2にいたチームが復帰1年目にして上位に食い込んだということだけでも大したものじゃなかろうか。しかも相手は昨シーズン天皇杯で破った相手である。今回は悪かった。ただそれだけ。そしてリーグ戦はこれで終わる訳じゃない。今年が駄目でもまた来年が。そこにサンフレッチェがある限り終わることはないのだった。

川崎戦~サンフレッチェを初めて観たスタジアム

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 ゲ、雨かよ。目が覚めた瞬間雨音を感じた。等々力競技場は屋根があるという面では安心だが気温が下がるという不安があった。ただでさえ昼と夜の気温差が激しいシーズンにありその気温の冷え込みというのは予想がつき難いのだった。

 すでに前日の試合で上位争いは混沌とした様相を呈してきた。そして下位争いも降格が1チーム決まった。リーグ戦も終盤に差し掛かって先が見えてきた。川崎とアウェイで対戦する時っていつもそういう時だ。ただ等々力での対戦は決まって天気が良かったような気がする。

 思えばこのスタジアムはぼくが始めてサンフレッチェを観た場所でもあった。そんなとおいきおくでかんがいにふけることもないがもはや遠い記憶となってしまった。あの10人くらいしかいないアウェイゴール裏に愕然とした記憶、せめて自分だけでも応援してあげようとした自愛の精神、その人気のなさにこそサンフレッチェを応援しようとした初期衝動であった。ただし不思議とそんな感慨がない。それが時の流れによる印象の希薄化というものだろうか。

 スタジアムへ行くのにぼくはドクトルを待った。ドクトルの車が来たのは昼過ぎだった。その時には雨は上がってたにせよ寒くなるのは目に見えていた。そんな天候なものだから車で迎えに来てくれたのは助かった。神奈川方面のスタジアムは千葉からだと結構面倒臭いのだった。

 開場からはまた大分早い時間だったものの等々力に着いた。それでも駐車場はすでに満車でその奥の臨時駐車場に廻された。川崎のような立地条件でよくこういう土地を確保できたなと感心した。料金も¥500、とてもリーズナブルな値段だった。

 その後にも続々と車が押し寄せている。早すぎるという感覚があった来場時間だったが車で来るなら決してそんなこともなかったのだった。ぼくらは駐車場からスタジアムへ歩くのだった。

 スタジアムを横にしてまだ時間があるからとイベント広場で時間を潰すのだった。DOLEの協賛でバナナのセールをやっている。そして開場の隅ではジャンケンでバナナの風船をプレゼントするという企画をやってたくさんの人が並んでいた。ただ、時間があるにも関わらずそこに並ぶ忍耐力はぼくもドクトルも持ってないのだった。

 公園では子供が遊んでいたがその遊具にフロンターレの看板が付いていた。川崎の企画力、地域浸透率といういのはもはやここまで来たのかという気がした。あの初めてサンフレッチェの試合を観た日、土曜の昼だというのに5千人しか客が来なかった。サンフレッチェも人気はなかったもののこのクラブには負けることはないだろうという驕りがあった。それでもあの当時から川崎は地域を巻き込むイベントを地道に続けてきた。10年も経てばそれが大きく差となって現れるようだ。

2009年10月23日 (金)

川崎戦の前々夜

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 チケットを買うの忘れてた。それもそのはず、川崎のACL出場の都合でこの試合の日程がずっと不確定だったからだ。そのせいでチケットの発売も遅かった。まだかなまだかなと思ってる内に忘れてたというのがその経緯だ。念入りにネットで調べてないと何の情報も入ってこないのでしょうがない面はある。

 そこでチケットを買う前に川崎のホームページで調べたのだがアウェイゴール裏が狭くなってるのだった。川崎というスポーツチームが根付かないとされてた土地で着実に客を増やしていたのだ。川崎都民などと言われあまり地元意識のない地域であるとされた。そしてその地元意識のなさ故根付かないとされた土地で立派に客を呼ぶことができた。サンフレッチェよりも後発クラブながらその努力は見習うべきだ。もっともサンフレッチェも昨シーズン辺りから客を呼べるようになっている。その為関東のアウェイ席が埋まるようになってきた。それなのに関東のチームの中ではアウェイエリアを狭くするチームもある。だからチケットの心配をしなければいけないという事態が起こるようになってきた。

 アウェイエリアが狭くなるという面で等々力競技場も例外ではなかった。ここの2階席なんて以前は余裕で座れたのにもはやそんな余裕はなくなってしまった。リーグを盛り上げるという面ではホームの客が入るようになった影響でアウェイ席を減らすというのは良い傾向だが席の確保という今まで心配しなくても構わない要素がサンフレッチェの観戦に現れるようになったのだった。

 会場何時間前に行こうか。悩んでいたところドクトルからメールが届いた。何と等々力競技場まで車を出すから一緒に行かないかというのだ。これは願ってもない提案だった。思いがけない幸運。この厚意に素直にお世話になることに決めたのだった。千葉から電車だと結構乗り換えが多く面倒臭い気がしてたので大変助かったのだった。これで何の心配もせずにスタジアムに行ける、やっぱり持つものは仲間なのだった。

 といってこれで心が安泰になったかというとそんなことはない。ガンバ戦の素晴らしき前半、嘆かわしき後半の記憶がまだ残っているからだ。不思議なことに記憶というのは良かったことより悪かったことの方が深く刻まれてしまう。ということで当然後半の酷さのイメージを引きずってるのだった。そして復帰するとばかり思ってたストヤノフは内転筋の治療の為ブルガリアに帰ってしまった。これも勝負を前にしたイメージとしてマイナス要素を注ぎ込むことになった。ああ、また等々力では悪夢のような体験をしなければいけないのだろうか。2007年の完膚なきまでに叩きのめされた記憶がまざまざと蘇るのだった。

 そんな中、別の仲間からもメールが来た。

昨日練習休んだカズとミカは今日はスタメン組  あとは予想通りのメンバー 

クワシンは見なかったと思います

 ああ、とりあえずカズは出場するのか。ミキッチも大丈夫そうだしそれだけでも良かったかもしれない。しかしこのメール送った仲間は関東の人間、一体どこからメール出したんだろう。

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