無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

2009年11月10日 (火)

大宮戦~光の見えない前半

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

 再び席に戻った時にはもうギッシリだった。2階の席はちゃんとドクトルが確保しててくれたので助かった。ちょっとした用事があり席を離れる必要が生じたのだが戻った時に席が残ってるか不安なくらい遠方からのアウェイ席の様子は密度が濃かった。そして何よりもその面積の狭さは際立っていた。ホーム側の席なんて満席になってないんだからもうちょっとアウェイエリアを広げても良さそうなものだった。他の場所はゆったり、アウェイエリアは密集、前売り券の販売状況によって大体予想できたろうにこの辺をもうちょっと柔軟に対応できないものだろうか。

 とはいえ大宮はアウェイのサポーターに対してのサービスも対応はしてくれている。アップ時の選手入場でのハイタッチキッズの企画を広島県人会主導で開催してくれた。ただし、参加した人に聞いたのだがそれ程参加者がいなかったようである。その中の一人に聞いたが元々こんな企画があること自体知らなかったという。ということで単なる告知不足、または告知の難しさでもあるのだった。

 ぼくは席に戻る前売店でカレーを買った。そのカレーも他のスタジアムではないクオリティのもので悪くはないが実はホーム側ではもっと多彩なグルメがあるのを知っている。何でも過去にアウェイサポーターによって問題が起こったらしい。こうやってどんどんスタジアムで規制が起こって過ごし難くなっていく。規制を掛けるならその問題を起こしたチームだけにしてもらいたいものだ。

 ぼくが席に戻った時にはもう選手入場の前だった。食事を取るも皆タオルマフラーを掲げてる。急いでカレーをかっ食らう。味わうもクソもあったもんじゃない。結局何を食べようと一緒ということだった。そしてあれだけ不甲斐無い結果により失望させられ期待もしてなかったのに結局目の前にしてしまえば応援してしまうのだった。

 それなのに、それなのにサンフレッチェのサッカーはとても誉められたものじゃなかった。相手は相当に研究してるだろう。大宮だけじゃなく全てのチームがサンフレッチェのサッカーを研究してる。それだけ頑なに同じ戦術で戦ってるということだがこれにはJリーグの監督の意地もあるように思える。サッカー専門誌などに面白い、素晴らしいサッカーとしてその戦術を紹介されるとそこはもう自分の方が勝てるサッカーをやってると証明してやりたくなる。このところサンフレッチェがパッタリと勝てなくなったのはその辺にも理由がありそうだ。

「そういえばガンバはこの前の試合の時後半からサンフのゴールキックの時前線の選手にDFをマークさせたらしいね。そうすれば中林のキックじゃつなげられないという計算があったらしいよ」

 隣に座ってたドクトルが教えてくれた。確かに中林のキックは正確性がない。というよりロングキックがまともに見方に収まることの方が少ないのであった。そういう一つ一つの綻びを敵は見付けて突いてくる。そしてそれらが積み重なってついには崩壊してしまうのだ。残念ながらミシャにその軌道修正能力を期待することもできなければメンバーの中に劇的に変化をもたらせてくれる選手もいない。結局どうすればいいのか。ただ我慢して90分過ぎるのを待つしかないのだった。

 ハーフタイムに入ったらただただもう苦笑いをするしかなかった。逆サイドが空いててもそこにパスが出ることは皆無だった。というより長いパスが出ない。見えてないんだろうか。気付いてても出せないというならまだ良い。気付かないくらい視野が狭くなったといったら問題だ。果たして夏の調子の良い時期の選手と今ピッチは同一人物なのだろうかと疑問を抱いたのはぼくだけだろうか。

2009年11月 8日 (日)

大宮戦~伝統の一戦

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「シュート打て!シュート打て!何でもいいからシュート打て!」

 そんな声がここからも後ろからもそして離れた所からも聞こえてきた。相手に退場が出て一気に勢いが出てきたというのに肝心のゴール前に行ったらパスを廻してばかりいる。もうパス回しはいいからシュート打てよ。ミドルシュートなし、ペナルティエリアへ進入するドリブルもなし、サイドをえぐってクロスというのも森脇がたまにやるくらい。これでは守ってる方は楽だ。中央だけ固めておけばいいんだから。

 これだけ一方的にボールを回しておきながらシュートがないというのは観ていて腸が捻じ切れるかのようにもどかしかった。昔知り合いのオバサンが沢庵の尾を噛締めたいとあまりものまどろっこしさを表現したことがあるが正にそんな感じだった。何かシュートを打ったらいけないという決まりでもチームにあるんだろうか。

 そんな自ら招いた膠着状態でまるで枠に入らないシュートを打ったのはディフェンダーの槙野だった。何でDFの槙野がシュート打つんだよとそれでいいと称えつつもため息も出るのだった。攻撃の選手はどうしてシュート打たないんだ。と思ったら高萩が打った。それも外れ。シュート打てと言いつつ外したら外したで不満な感情になってしまう。

 でもそれはそれでしょうがない。この日の高萩は判断がおかしい場面が多かった。今まで腰の怪我が完治してないんだろうと大目に見ていたがあまりにも判断がおかしい。どうしてそういうプレーを選択してしまうんだという場面が多々あった。まあそれを言うなら中島もわざわざ相手がカットしやすいグラウンダーのパスを出すのである。それでカットされたら天を仰いだがそんなの取られるに決まっとるだろうがと叫んでしまった。

 左サイドの服部はボールを受けても縦へ突破を試みようとせず後ろに戻してばかり。まだ右の森脇の方がクロスを上げている。ただしゴールとはならず時々カウンターを受けることもあった。それでも守備に人数を割いてるだけあって大宮の攻撃は単発で終わった。それで相手が手薄なのを突いて攻めてやればいいのだがいかんせんサンフレッチェの攻撃は遅いのだった。そのままゴール前を目指せばいいのに無駄なパスをする。そこで見方の上がりを待つことはできたが相手の守備も戻ってきてるのだった。一体パスをする曲芸をしてるのかゴールにボールを入れる試合をしてるのか分からなかった。またこれがサンフレッチェの伝統でもあるといえばあるのだが。

 そしてついにゴールに入れることができた。よりによってゴールを決めたのはDFの槙野だった。本当に攻撃陣は何をやってるのだろうか。そしてリードした状態で試合を進めることになるのだった。

 しかし、ここでまたサンフの伝統が訪れる。せっかく一人多い状態で勝ってると相手の気迫に押されるんだろうか、相手の猛攻にアップアップだ。おいおい、前に蹴るだけかよ。もはやちっとも点を取ろうという意識は感じとれない。というよりも一方的に攻められてるじゃないか。ゴールを取ってイケイケになるんじゃないのかよ。もうクリアが誠意一杯。バタバタとせわしない。

 時間稼ぎ要員が交代の準備をしてた。だがなかなかゲームが止まらない。クリアボールもタッチの外に逃がせばいいのに敵にパスをしてしまうのだ。そしてピンチの連続、そしてクリア、また敵にボールが渡る。その繰り返しだった。だから終了のホイッスルが鳴った時喜ぶと同時に安堵のため息も出たのであった。

「いやあ、勝てて良かったねえ。もう今シーズンは勝てないかと思ってたよ。これで結局関東で勝ったのってこれと開幕戦だけだったよね」

 あ、そうだった。ドクトルに言われて思い出したが関東では勝ってないのである。これもかつては伝統であった。関東で勝てなく1年に1回か2回だけ勝つ。何とも伝統尽くめの一戦であった。そしてその伝統を意味することはほとんどどうでもいい下らないことである。がその下らないことこそが仲間との会話で尽きない部分なのだった。

2009年11月 7日 (土)

大宮戦~This is my Truth,Tell me Yours

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「もう諦めたら」

 日曜にある会合の予定を聞いた時サンフレッチェの試合を観に行くから参加できない意向を伝えるとこう切り返されてしまった。ただし哀しいことにこの時全く腹が立たなかった。正直どうでも良かった。今シーズンの関東での最後の試合であるにも関わらず別に行かなくても良かった。それでも行くことに決めたのは広島県人会の主催の団体割引チケットをすでに申し込んでいたからだった。

 リーグ戦で7失点、天皇杯でJ2チームとの対戦で敗退、チームのパフォーマンス低下、この条件で観に行けと言われてもそんな気が起こるだろうか。もはやサンフレッチェなどどうでもいい、そんな気がしてたのは事実だった。

 しかし11日試合の日は近付いてくる。行きたくもない試合に行かなくてはいけないという厭世感。やるせない憂鬱な感情が渦巻くのだった。それなのにどうしてもサンフレッチェの記事には目が行ってしまう。というより結局はネットで自分で探しているのであった。

 今シーズン残り4試合を残すのみとなってしまった。上位争いをしてぼくらも浮かれてた面もあっただろう。だけど何事も一つ一つ上がって行くのが筋だ。ぼくらの意識として功を急ぎ過ぎたのかもしれない。確かにもう4試合しか残ってない。だけど4試合もあるという見方もある。タイトルも何もないがそれ以上の価値があるかもしれない。それは来シーズンへの期待という意味である。

 期待、それがいかに現実味がなく幻想に満ちてるものかというのはこれまでの経験で分かっている。だけどそれなくしてシーズンを迎えられるだろうか。これから長いシーズンオフという冬眠生活に入るのにそれがあってこその補強やキャンプの情報に注意を傾けることができるのだ。本当にこのまま1回も勝てずに終わったらチームが下がっていくイメージしか持てなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。

 相手は大宮。藤本主税がいる。サンフレッチェにいる時は大好きな選手だったが敵になったら大嫌いな選手になってしまった。藤本本人には何の責任もないがそれはサポーター心理としてしょうがないだろう。藤本に勝利の雄叫びをやらせてなるものか。阿波踊りのゴールパフォーマンスをやらせてなるものか。藤本を潰せ。やっつけろ。

 こんなに藤本にこだわってどうしたのだろうかというとそれしかモチベーションの持っていきようがないのだ。グダグダ御託を並べようとやっぱり天皇杯の敗退して今シーズン目指すものがなくなったというのは大きい。一体みんなどんなモチベーションを持ってスタジアムに来るのだろう。いや、よく考えたら大宮にはホームで絶対に勝ったと思った試合を逆転されてしまったのではないか。あれは悔しいし情けなかった。あの時のリベンジ、晴らさでおくべきか。

 ああ、こんなことまでもう忘れてしまっていた。本当にこの時期ってチームの状態によってモチベーションが左右される。そういえば毎回シーズン終盤になると残留へ向けての勝ち点の計算ばかりやってたがそれをやらなくて済むだけ本当は幸せなのかもしれない。

2009年11月 1日 (日)

鳥栖戦~天皇杯終了につけ

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 23、それが全てであった。J2のチームに負けた。ベストメンバーを揃えた訳ではないがそんなの言い訳にならない。上位争いに加わったあの時期の神通力はもうない。あるのはなよなよとした失点癖。そしてシュートの決定力の低さ。やはり情けない。こんなチーム何で応援してんだろう。

 何でこんなチーム応援してんだろう。そういえば久々に感じた疑問だ。そしてこの疑問こそがぼくにとってサンフレッチェを応援する原動力だったのである。これで愛想をつかし人が離れたら、そこは哀しいもののせめて自分だけは応援してあげようという気になってしまう。ガラガラのゴール裏で負けてばかりのチームを応援してたあの頃。ふとその記憶が蘇ってくるのだった。

 こんなことを切り出してぼくは自己を称賛する訳でも何でもない。なぜならこれはぼくの性格のなせる業であるからだ。昔からその時々の主流とされてるものには乗らなかった。誰も気にも留めてないマイナーなものが好きだった。だから音楽にしてもそういうものを聴いてきた。パンク系の好きなぼくはCD屋で手当たり次第聞いたこともないようなバンドのCDを買いあさった。その中でとてつもなく気に入ったバンドがあり狂ったように聴いてた時期があったがその後そのバンドが売れてしまってからというもの大して聴かなくなってしまった。そのバンドの名はニルヴァーナといった。自己を称賛するつもりはないと言いつつも実はこの話は自慢なのだったのはちょっとロックをかじった人なら想像できるだろう。

 J2にいたとはいえ2008年は良くなっているという実感とこれから先に向けての期待感があった。それがある程度現実との折り合いが見えてきた今一般の人の感情としてはどうなんだろうか。これから先シーズンオフまでの4試合、不安でもあり興味深くもある。

 でも今年は天皇杯についてはもう終わってしまったのか。寂しいな。以前は戦力外の選手が出場するということが問題となって開催時期を早くした天皇杯であったが皮肉なことにこの試合で戦力外が決まった選手がいたようだ。正式に決まった訳ではないが観てる人がもう観たくないと感じてしまったら終わりだろう。いずれにしても期待を持って始まったシーズンの割には寂しい終わり方を迎えようとしてる気がするのだった。

2009年10月31日 (土)

道草

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 あの悲劇の7失点の後、放心状態のような日々が続いた。面白いサッカー、魅力的なサッカーと言われ専門誌にも紹介されたことのあるサンフレッチェのサッカーだったが7失点もしてしまったのだった。退場者が出てほとんどをカウンターでやられたとはいえ1点目と5点目などは防げた失点だった。特に5点目などゴール前に人数がいるのに簡単に決められたという面でショックは大きかった。逆に攻撃時はゴール前に人数を置かれると全くゴールを奪えない。やはり光が見出せない。ああいう閉塞状況を打破してしまう強引さや力強さがこのチームにはない。それを認識させてくれたということで夢から目が覚めたというのが適してるかもしれない。

 しかし、実をいうと放心状態といってもそれ程でもなかったのだ。毎日事務的に仕事をこなし電車では本を読みふけり家ではネットをやってる。ただ、その中にサッカーはなかった。無意識の内に触れたくない領域になってしまったのだった。

 それなのに家を出た拍子に隣のオバサンと顔を合わした時にはこの前は残念だったねえと言われ記憶を甦らせてしまったのだった。何でこのオバサン知ってるんだと虚を衝かれたような気分だったがそういえば出掛ける時も顔を合わせていたのだった。今から応援に行くのなどと聞かれたから一応ニュースでも観てるとき試合結果を目にしたみたいだった。

 あの屈辱の日。あの恥辱に満ちた日。苦悩と虚脱の入り混じった日。許せん、やっぱりこんなチームもう応援してやるものか。7点も入れられるなんてプロじゃない。もうサッカーなんか辞めちまえ。チームも解散、潰してしまえ。

 よし、サンフレッチェの代わりにもっと強いチームを応援してやろう。川崎、あの攻撃力はすざましいな。あっちで応援してる方が気分がいいだろ。青黒ストライプのユニフォームでも買おうか。でもあれを着るとなると抵抗感がある。いや、できない。それならまだ全裸で歩いた方がマシだ。やはりJリーグのチームは感情的によろしくない。それなら海外のチームにしよう。これならファッションとして着ている人よく目にするから問題はないだろう。リバプールなんか赤くてかっこ良いのではなかろうか。うん、それがいい。それを着ることにしよう。といって同じ値段を出すならやはり紫に手が行くのだった。

 結局あの時の記憶は消えることもないがサンフから逃れることはできないのだった。そこには見えないチェーンがつながってるかのようだ。そんなの誰からも強制されてる訳でもないのに離れることができない。うっちゃっておけば関係ないものをそれでも人生において関わりをもってしまった者を邪険にできない。まるで夏目漱石の『道草』のようだ。

 ぼくの意識も川崎に行きリバプールに行き無我に漂い道草を食っていた。それでいてやはり週末になるとサンフの試合に意識が向いている。そして相手が誰であろうと倒したいと願うのだった。

 だけど天皇杯。これって観る手段が何もないんだよな。また試合結果とイマジネーションに頼るしかないようだ。

2009年10月26日 (月)

川崎戦~そこにサンフがある限り

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 帰りに車中ぼくもドクトルも言葉少なだった。情けなくもあり腹立たしくもあり惨めでもあり。その惨状の原因を追究するにもあまりにも空しかった。

 70。その数字は重く圧し掛かるのだった。首都高を走る中、遠くでライトアップされた東京タワーが目に入った。

「あ、こんなとこからも東京タワー見えるんだ」

 そういう関係のない話題でも出さなければこの重い空気の中で話を切り出すにはあまりにも切なかった。

「だけど森脇も前半の内にイエロー2枚貰って退場なんてレベル低すぎるよね」

「そうだよねえ・・・」ハンドルを握るドクトルの表情は意外と柔らかい。「まあその前の先制点だけど服部のあの守備はないよね。全然身体寄せてないんだもん。服部がイエロー貰わないのも分かるね。相手と接触するような守備しないんだからファール貰う訳がないよな。それで2失点目もキックミスでボール取られて決められてしまったけどあれで切れてしまったね」

 話せば敗因らしきものはつらつらと出てくるのだった。

「ま、これで来年の補強ポイントはハッキリしたじゃない。まず左サイドと・・・といってもお金ないんだよな。中島のような戦力外になった選手を上手く使えたらいいんだけどな」

 点を入れられまくった後半。勝たないと何の意味もない試合だっただけにサンフレッチェは前掛かりに攻めた。だがそのどの攻撃も前線の人数が足りなかった。それでもゴール前の隙を突こうとパスを回してる内にボールを取られカウンター。結局そのパターンばかりだった。川崎は実に効率のいい方法で点を取りまくった。そしてサンフは効率の悪い方法で点が取れなかった。

 川崎について外国人3トップはズルイという見方もある。だけどその3トップだって世界的に見ればそんな大した選手でもない。誰だって自分の応援してるチームの選手の代表での姿を期待するのだろうがそういう幻想を打ち砕いてくれるにはとても良い効果があった。寿人にしてもDF2人付けばもう封じられてしまうというのがハッキリと見えてしまった。

「まあこんな日もあるよ」ドクトルの語りかけは胸に圧し掛かった錘を払いのけるような効果があった。そう、こんな日もある。こんな日もあるのだ。

 これで優勝の目は消えた。だけど毎年降格争いをやり昨シーズンJ2にいたチームが復帰1年目にして上位に食い込んだということだけでも大したものじゃなかろうか。しかも相手は昨シーズン天皇杯で破った相手である。今回は悪かった。ただそれだけ。そしてリーグ戦はこれで終わる訳じゃない。今年が駄目でもまた来年が。そこにサンフレッチェがある限り終わることはないのだった。

川崎戦~サンフレッチェを初めて観たスタジアム

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 ゲ、雨かよ。目が覚めた瞬間雨音を感じた。等々力競技場は屋根があるという面では安心だが気温が下がるという不安があった。ただでさえ昼と夜の気温差が激しいシーズンにありその気温の冷え込みというのは予想がつき難いのだった。

 すでに前日の試合で上位争いは混沌とした様相を呈してきた。そして下位争いも降格が1チーム決まった。リーグ戦も終盤に差し掛かって先が見えてきた。川崎とアウェイで対戦する時っていつもそういう時だ。ただ等々力での対戦は決まって天気が良かったような気がする。

 思えばこのスタジアムはぼくが始めてサンフレッチェを観た場所でもあった。そんなとおいきおくでかんがいにふけることもないがもはや遠い記憶となってしまった。あの10人くらいしかいないアウェイゴール裏に愕然とした記憶、せめて自分だけでも応援してあげようとした自愛の精神、その人気のなさにこそサンフレッチェを応援しようとした初期衝動であった。ただし不思議とそんな感慨がない。それが時の流れによる印象の希薄化というものだろうか。

 スタジアムへ行くのにぼくはドクトルを待った。ドクトルの車が来たのは昼過ぎだった。その時には雨は上がってたにせよ寒くなるのは目に見えていた。そんな天候なものだから車で迎えに来てくれたのは助かった。神奈川方面のスタジアムは千葉からだと結構面倒臭いのだった。

 開場からはまた大分早い時間だったものの等々力に着いた。それでも駐車場はすでに満車でその奥の臨時駐車場に廻された。川崎のような立地条件でよくこういう土地を確保できたなと感心した。料金も¥500、とてもリーズナブルな値段だった。

 その後にも続々と車が押し寄せている。早すぎるという感覚があった来場時間だったが車で来るなら決してそんなこともなかったのだった。ぼくらは駐車場からスタジアムへ歩くのだった。

 スタジアムを横にしてまだ時間があるからとイベント広場で時間を潰すのだった。DOLEの協賛でバナナのセールをやっている。そして開場の隅ではジャンケンでバナナの風船をプレゼントするという企画をやってたくさんの人が並んでいた。ただ、時間があるにも関わらずそこに並ぶ忍耐力はぼくもドクトルも持ってないのだった。

 公園では子供が遊んでいたがその遊具にフロンターレの看板が付いていた。川崎の企画力、地域浸透率といういのはもはやここまで来たのかという気がした。あの初めてサンフレッチェの試合を観た日、土曜の昼だというのに5千人しか客が来なかった。サンフレッチェも人気はなかったもののこのクラブには負けることはないだろうという驕りがあった。それでもあの当時から川崎は地域を巻き込むイベントを地道に続けてきた。10年も経てばそれが大きく差となって現れるようだ。

2009年10月23日 (金)

川崎戦の前々夜

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 チケットを買うの忘れてた。それもそのはず、川崎のACL出場の都合でこの試合の日程がずっと不確定だったからだ。そのせいでチケットの発売も遅かった。まだかなまだかなと思ってる内に忘れてたというのがその経緯だ。念入りにネットで調べてないと何の情報も入ってこないのでしょうがない面はある。

 そこでチケットを買う前に川崎のホームページで調べたのだがアウェイゴール裏が狭くなってるのだった。川崎というスポーツチームが根付かないとされてた土地で着実に客を増やしていたのだ。川崎都民などと言われあまり地元意識のない地域であるとされた。そしてその地元意識のなさ故根付かないとされた土地で立派に客を呼ぶことができた。サンフレッチェよりも後発クラブながらその努力は見習うべきだ。もっともサンフレッチェも昨シーズン辺りから客を呼べるようになっている。その為関東のアウェイ席が埋まるようになってきた。それなのに関東のチームの中ではアウェイエリアを狭くするチームもある。だからチケットの心配をしなければいけないという事態が起こるようになってきた。

 アウェイエリアが狭くなるという面で等々力競技場も例外ではなかった。ここの2階席なんて以前は余裕で座れたのにもはやそんな余裕はなくなってしまった。リーグを盛り上げるという面ではホームの客が入るようになった影響でアウェイ席を減らすというのは良い傾向だが席の確保という今まで心配しなくても構わない要素がサンフレッチェの観戦に現れるようになったのだった。

 会場何時間前に行こうか。悩んでいたところドクトルからメールが届いた。何と等々力競技場まで車を出すから一緒に行かないかというのだ。これは願ってもない提案だった。思いがけない幸運。この厚意に素直にお世話になることに決めたのだった。千葉から電車だと結構乗り換えが多く面倒臭い気がしてたので大変助かったのだった。これで何の心配もせずにスタジアムに行ける、やっぱり持つものは仲間なのだった。

 といってこれで心が安泰になったかというとそんなことはない。ガンバ戦の素晴らしき前半、嘆かわしき後半の記憶がまだ残っているからだ。不思議なことに記憶というのは良かったことより悪かったことの方が深く刻まれてしまう。ということで当然後半の酷さのイメージを引きずってるのだった。そして復帰するとばかり思ってたストヤノフは内転筋の治療の為ブルガリアに帰ってしまった。これも勝負を前にしたイメージとしてマイナス要素を注ぎ込むことになった。ああ、また等々力では悪夢のような体験をしなければいけないのだろうか。2007年の完膚なきまでに叩きのめされた記憶がまざまざと蘇るのだった。

 そんな中、別の仲間からもメールが来た。

昨日練習休んだカズとミカは今日はスタメン組  あとは予想通りのメンバー 

クワシンは見なかったと思います

 ああ、とりあえずカズは出場するのか。ミキッチも大丈夫そうだしそれだけでも良かったかもしれない。しかしこのメール送った仲間は関東の人間、一体どこからメール出したんだろう。

2009年10月 4日 (日)

清水戦~ひ弱さの原点

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 清水は晴れていた。雨が降ってるのは関東だけのようだった。そして画面から伝わる様子では暑そうだった。柏戦といいまたしても試合が13時のキックオフになってしまい日差しが強い状態で臨まないといけない。13時という時間設定だが恐らくTV放送の関係で各試合ずらしてるのだろうが何でサンフだけこの時間と考えてしまう。ただ、関東から遠征した人にしてみれば帰りのことを考えると調度良い時間設定であるのも事実だった。

 そして画面を観てて驚いたのはカズがいたことだ。練習には出てるという話は聞いてたが試合に出るとは思わなかった。これも中島が累積警告で出場停止という事態にやむを得ずの措置なんだろうが感慨深いものがあった。と同時に大丈夫かという不安も抱えてしまった。いない間は早く復帰して欲しいと願ってたもののさすがに数ヶ月も出場してないと以前のパフォーマンスをこなすことができるのかという点で懐疑的になってしまうのだった。

 しかし、ディフェンスラインでのボール回しはカズが中心だった。そして強烈なミドルシュートも放って健在振りを発揮した。ああ、やっぱり戻ってきたんだと感慨に耽っていたのだがやはりその顔立ちが以前よりふっくらしてるのが気になった。そしてストヤノフならば隙を見て中央からドリブルで上がるのにカズがドリブルで上がるシーンは皆無だった。というより槙野も森脇も後ろからボールを前に出せなかった。その分ジリジリと清水の前線の選手が押し寄せてGKまでボールを下げざるを得ない、そしてそのボールを中林は大きくクリアしようとするも岡崎に当たって跳ね返りのボールがそのままゴールになりそうになった。危なかった。中林は1試合に1回こういう危なっかしいシーンがある。その反面1回やると後は安定するという傾向があるのでこの後は大丈夫だろうと安心するのだった。

 それにしても清水は隙がない。サンフが後ろでボールを廻してしまうのもいたし方ない部分もある。それでもミキッチのスピードとドリブルから何度かチャンスを生みついにグラウンダーのパスを寿人が詰めてゴールになった。ああ、やっと寿人がゴールを奪った。約1ヶ月ゴールのなかったエースにもう永遠にゴールがないような気がしていた。忘れた頃に決めてしまうのだった。

 ただ、これで勝てるという気はちっともしなかった。そしてその予感の通りサイドからのクロスを岡崎にアッサリと合わされてしまった。その華麗なヘディングシュートに頭を抱えてしまった。

 試合を通してサンフレッチェはテクニックもあり時としてこんなパスを通すのかという場面もあるがゴール前の強引さとかあと一歩というところでの執念というものが足りない。対して清水は徹底してサイドから攻めてきて守りの部分でも完全にブロックをしてくる。何度も訪れたカウンターのピンチも難なく防いでる辺りがやはり違った。もっともこれはサンフのカウンターが遅いという欠点でもあるのだが。いずれにしてもこういう両者の戦いを観ているとまるでそれはJリーグのユースチームと高校サッカーの違いを感じたのだった。テクニックがあり将来有望な選手がJリーグのユースに入るも日本代表には高校サッカー出身の方が圧倒的に多いという現状を見事に描き出してるかのようだった。ユース出身選手の多いサンフレッチェにひ弱さが見えたのは気のせいだろうか。

 徹底的に追い込まれた練習に明け暮れる高校サッカーにはあと一歩というとこで気迫が違う。ふとそんなことを考えたのは直前に本田裕一郎(流通経済大柏高校サッカー部監督)の『高校サッカー勝利学』という本を読んだせいだろう。

2009年10月 3日 (土)

清水戦~キックオフを待ち構える

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 しとしとと小雨がぱらつきあまりかんばしくない天候だと思っていたら徐々に空は光の度合いを強めた。昼から晴れるという予報は当たっているようだった。どうやら観戦するには支障のない天気らしい。

 今頃タイセイさんもドクトルもそして他の仲間も静岡に向かってるところだな。今頃どの辺にいるんだろうと想いを寄せる。ぼくも行けば良かった。行けなくもなかったんだが夕方に用事ができてしまい断念することにした。せっかく鉄道の日きっぷとかお得な情報を貰ったというのに。

 ただし、諦念の情に支配されつつもはやり何とかやり繰りすれば行けたよなという打算も頭の隅には残っていたのである。そしてそれが時間と共に肥大化して後になって後悔という形で残るのはよくあることだ。ちょっとした気の迷いや不断さというのは特にそういう傾向になり勝ちである。

 しかし、ぼくは行かなかったことが正解だと断言できるようになった。絶対に行くべきじゃなかった。本当にチケットを買わなくて良かったと思ってる。それもそのはず、どうも朝目が覚めてからというもの腹の具合が悪いのである。恐らくチケットを買っていたらそれでも出掛けてしまっただろう。果たしてこの状態で遠征に出てしまうと、考えただけでもゾッとしてしまうのだった。そしてそうこうしている内に外で雨の音が聞こえてきた。あ、やっぱり天気も悪かったんだなと自分に言い聞かせる材料が増えたことは表層に薄皮を貼る如く安堵への手助けにするのだった。

 ということでTVの前で待機している。そして昨日食べたものを回顧する。普通に夕飯を食べその後のデザート。最近ではスイーツなんて言い方をするらしいが流行語に馴染めないぼくは未だその言葉を使ったことがない。というよりぼくのような武骨な男が言葉にするにはとても違和感のある語感だ。果たして英語では本当にこんな言い方するんだろうか。時々英単語から派生した言葉が流行したりするがぼくはそういうのを気持ち悪くて使えない。英語を会話に入れたかったらロックを死ぬほど聴いて魂を血肉化してからにしろ。そしてそういうことを叫んでいて何回女の子に引きつった顔をされたことか分からない。

 それはそうと朝ラジオを聴いてたらタイムリーに長谷川健太監督のインタビューをやってた。次の対戦相手はサンフレッチェ広島、やっかいな相手ですねと聞かれた時少し誇らしい気分になった。ただ、その返事として長谷川監督は実に淡々とはいと儀礼的に答えたのだった。

 キックオフの時間が近付いてくる。部屋の中で身構える。そうするとやはり腹が気に掛かる。あ、やっぱり今日は駄目だ。どうやら昨日甘いもの食べすぎたようなのだった。

2009年10月 2日 (金)

清水戦へ想いを馳せて

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 現在2位の清水。1位との勝ち点は1しか差がなく後半戦に入ってグングンと順位を上げていった。その勢いたるや確固としたものがありちょっと負けるイメージは沸かない。対してこちらはは4位、一応上位にいるが何とか留まってるという感覚が強い。こちらも後半戦に入り8戦負けなしと好調を維持してるようにも数字の上では見えるが実際にはそう磐石なものでもない。というのもここ2試合で勝ってない上、前節の新潟戦での負け方があまりにも安い失点によるものだったことで気持ちの上でのマイナスイメージが出来上がってしまった。そして何より次が日本平での試合というのが大いなる壁なのだった。

 日本平。ここでは本当に勝てない。ここまで勝てないと魔物が住んでるのか、それともここにしかない特異な空間が存在するとか、はたまたサッカー専用スタジアムならではの威圧感のようなものを想像した。それもこれも行ったことがなかったから。スタジアムの光景は映像でしか知ることができず体感することのなかった身にとってそれは一種のミステリーだった。そしてついに実際に現地に足を踏み入れたのが一昨年前だったのである。

 もう降格争いの真っ只中にいて負けることが目に見えてたのに仲間と乗り合いで清水まで向かった。その道のりは高速を使ったせいか意外とアッサリと着いてしまったという印象だった。そして未知なる領域の日本平スタジアムに足を踏み入れたら、そこではまたしても意外と普通な雰囲気だったというのが正直なことだ。魔物、異空間、威圧感、そんな言葉が全く似つかわしくないただの山の麓に建ってるスタジアム。ここでミカンの即売をやってても何ら不思議ではない牧歌的な雰囲気に満ちていた。それなのにやはりその日もその場所で負けて帰ったのである。

 一体サンフが日本平で勝てない正体は何なんだろう。それを見極めたく現地に行きたい。でも色々と事情があり今回は無理そうだ。しょうがないから現地に向かった仲間に電話で様子を聞くしかなさそうだ。

 ああ、でもこれで勝ってしまったら来れば良かったのにと散々浮ついた口調で対応されるのだろう。でも負けたら今日は来なくて良かったですねとため息混じりの言葉となる。もうその辺の台詞は初めから分かりきっているというよりぼくらの挨拶のようなものだ。ご近所同士でとりあえず顔を合わせたら今日は暑いですね、寒いですねといったような。ただ、用途としては一緒でもぼくらの場合そこに感情が混じってて挨拶というにしてはいささか濃いというのも事実なのだった。

2009年9月27日 (日)

新潟戦~忘却の効果

2009/09/26 サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

いつものB5が人ビッシリ入ってました

チュンソンは流れ止めてましたね…まだ使うには早い気がします。横竹は使えば使うほどどんどんよくなってますね。負けは久しぶりで堪えました。FKゲットしたとき、メインスタンドの下からイリアンが出てきて、自分で蹴る真似をしてました。

 ビッグアーチに行った仲間からメールが来た。B5というのはぼくがビッグアーチに行った時座る席。ゴール裏に隣接するバックスタンド席で中途半端な位置付けであるが為にエアポケットのようにポッカリと空いてる地帯のことなのだ。確かに映像で観た時ゴール裏からずっと埋まってるように見えた。その割に入場者数は14,690人、見た目程入ってないなという気がした。ビッグアーチの入場者数は見た目の印象と違うことがよくあるのだった。

 他にも吉田の練習場ではカズが普通に練習をやってるという情報もあったもののアゴの輪郭がふっくらしてるということで復帰は近いのか遠いのかよく分からないのであった。次節は中島が出場停止だしここでカズの復帰はあるかと想像する。まあこういう想像というものは当たった例がない。当たるのであればサンフレッチェは毎試合4点ぐらい入れて勝っているのだが。

 まあそういう夢物語ばかり思い描いているがために負けたら深く落ち込むことになる。もうちょっと現実的になればいいのにと我ながらに思ってしまうのだった。まあこの気分の落ち込みは忘れることにしよう。ああ、忘却こそ人間の生きていくための一つの機能なのだろう。そうでなければこんな良い体験より辛い結果の方が多いサッカーの観戦なんてできないのだった。

2009年9月22日 (火)

柏戦~試合が終わり

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

「あの審判ってガンバ戦の時の・・・」

「そう、鍋島だよ」

 そう切り替えしたのはドクトルだった。その口調は憎き相手という感じだったがすぐに口元が緩んだ。「だけどジャッジへの不平不満もあるけど、基本的にヘタだよな」

 その言葉によって数々あった判定への不満を解放させてもらった。ヘタクソならしょうがない。槙野が倒されてもファールを取らずその直後柏の選手のわざとらしい転倒に笛を吹いたのも、柏の選手が不必要に倒れて時間稼ぎをしてたのにロスタイム4分しかなかったのも、カードを連発するのも納得がいった。ヘタなんだ。ヘタだからしょうがない。判定がブレようと元々こんな程度なんだと思えば腹も立たないのだった。

「ただイリアンいなくてもこれくらいはやれるんだね。そのメドが立っただけでも良かったよ。横竹もまあよくやっとったよ」

「でも・・・」ぼくは口を挟んだ。「柏木と青山が出てきた時のような驚きはないよね」

「それは確かにね」

 その肯定に一種の満足を覚えながらもやはり皆そう思ってるのかという一抹の寂しさも感じたのだった。

「あと、平繁が酷かったですね」

「そうだよ、ボールはすぐに失ってしまう、周りと噛み合ってない、彼のとこにボールを出してもそれを生かせないんだよね。あと高萩も良くなかったなあ。どうしてあんな余計なところでボールを捏ねるんだろうね。やっぱりまだ腰が良くなかったんかな」

「それより寿人だよ。3回もあったシュートチャンスで全部外してしまうんだもん。あれじゃあ勝てないよ。それでも代わりのFWがいないという弱みもあるんだけど」

「それ考えると李忠成出したかったなあ。契約で出れないんだけど結構出てきた方が柏の方も盛り上がったような気がするけどなあ」

 柏駅へ向かう道すがら、愚痴とも評論とも言えぬとりとめのない話が続く。試合が終わってから出口で待ち合わせをしドクトルとタイセイさんとOさんと合流した。帰りの道は観戦客でずいぶん混雑していて信号待ちでずいぶん足止めを喰らったが気にもならなかった。却って尽きない議論には短い時間であるかのようだった。

 しかし愚痴を言うのも以前のように殺伐としていない。少なくとも降格はない順位にいるせいだ。上を目指してるって何ていいんだろうというのは皆が認めるとこだった。

2009年9月21日 (月)

柏戦~同点で終わる

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

 肌が焼けそうなくらいの日差しだった。ハーフタイムにはすぐに席を立ち裏手の日陰に行った。そしてかき氷を買おうと売店列に並んだがその列は長くそしてちっとも進まないのだった。このまま行くとハーフタイム終わってしまいそうだ。もう時間を見切って列を離れる人もいる。どうしようか、ここまで並んだのに離れるのは悔しい。究極の選択だった。

 スタジアムから歓声が聞こえる。後半が始まったことが分かった。ああ、どうしようと思っていたところで「かき氷終わりました」という店員の声が届いた。と同時に駆け足で離れる列にいる人。大体こういうスタジアムの売店をやってる人は素人が多く本当に手際が悪い。的屋だったら一日の氷の量も分かってるし手際の早さも違ったろうにと徒労に終わった行列への参加に後悔するのだった。

 再び日差しの強いスタンドに戻る。この暑さはサンフレッチェに不利に働く。柏木などは前半から全力疾走でプレスを掛けに行ってる。後半体力持つのかと不安になった。ストヤノフ不在、横竹のスタメン、それだけで不安要素は大きかったがその割には結構やれてるという気もした。それにはやはり中島の存在が大きい。最終列をまとめ攻撃の起点になる。正にいつものストヤノフの役割をやっているのだった。今更ながらよくこんな他のクラブを解雇された選手がチームの軸ともなるような役割をこなしてるなという気がした。でも同様の移籍で李忠成もいるのだがこちらは柏との契約上今回は出場ができなかった。ただ加入したのも最近なので今までいなかったという意味でそれ程不利な要素とも思えなかった。だがやはり出て欲しかったというのがこの試合を観るとしてしまった。

 CKから何だか訳の分からない内に失点してしまった。やっぱりセットプレーかよとため息をついたが反撃をするにも駒不足であるのは明白だった。寿人はせっかくのチャンスで3回もシュートを外してしまいもうこの試合でゴールをするのは無理な気がした。後半から出た高萩は動きにキレがなくなぜかゴール前でボールをこねくり回して取られてしまう。そして最後の交代カードとして出た平繁だがこれがまた空気のような存在感だった。その時李忠成が使えればと頭に浮かんでしまった。

 柏は時間稼ぎをする。ちょっと接触しただけでバタバタバタバタ倒れる。そして律儀にそれに対して笛を吹く審判。そしてサンフの攻撃も中央、中央へ寄ってる。当然柏は中を固めてくる。だめだ、これはもう芽がない、そんな気がしていた。そんな時のCKだった。

 柏木のセットしたボールはこの日蹴る度にクリアされてた。そしてこのキックもやはり柏の選手が弾いた。だがそれはゴール前の密集地にいた森脇に渡りそのまま横に流れシュート。これが人数がいたにも関わらず相手とゴールポストの隙間に上手く入った。森脇の同点ゴール。今シーズンでは新潟戦でもそうだった。オウンゴールとなったが追い込まれた時にゴールを決めるのは森脇なのだった。

 森脇が豪快に喜びを込め走る。そしてそれが指定席の目の前を通った時森脇の弾けるような気を感じたのだった。そういえば昨シーズンも水戸戦で同点ゴールを決め草津戦ではロスタイムに決勝ゴールを決めた。そういう劇的なシーンが思い出される。だから森脇は外せない。守備が安定しなくともバックパスを掻っ攫われようともそれで外して欲しいとは思わなかったのはこの劇的なシーンを演出するキャラクターによるのだった。

 あと1点。あと1点何としてでも入れろ。そう願い必死に手拍子を合わせる。できれば声も出したかったもののいかんせん指定席というのはそういう人が一人もいない。だから叫ばないまでも内心では燃え滾っていた。そして実は指定席に座ってる人は声に出さずともみんなそんな雰囲気があったのだ。

 それなのに攻めるどころか逆に攻められてしまった。マズイ、マズイ、ここは凌げと言ってる内に終了の笛が鳴った。自慢のパス回しが冴えたとは言えない試合、ミドルシュートを狙わなかった、サイドのクロスももうちょっとえぐってからやりたかった。そういう不満もある。あるが挨拶に来た選手には皆一様に拍手で迎えたのだった。3位以内を確保するには勝っておかないといけない試合だった。だけど例年になく高い順位にいる。そしてその中で負けなかった。皆それに満足してるというようだった。そしてそれ以上に選手をこんな真近で観れるというのが不満な感情を忘れさすのに充分なのだった。

2009年9月20日 (日)

柏戦~激しい日差し

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

お久しぶりです。

さて久々の関東での試合である柏戦が近くなりました。

ACLを狙うためにも、ここは競技場に直接行って声援したいところですが・・。

如何せん式の6日前ということで行けません(>_<)。

正確に言えば、行く許可が出ません(>_<)(>_<)(>_<)。

ということで、声援の程、宜しくお願いします。

 栃木に引っ越したKさんからのメールだった。転勤が決まってもう会えなくなるねなんて話していたもののなぜか試合に行くと姿があった。だがさすがに今回は結婚前ということで来れないようである。まあそれはそれで目出度いことではあるのだが。

 声援お願いしますなんてあるがぼくは今回は指定席チケットを購入した。果たして指定席の雰囲気なんてどうなんだろう。声だしをしても平気な雰囲気なんだろうか。ただ、ゴール裏は早めに行かないと良い場所が取れないだろうがその点指定席は安心感がある。ただしぼくの仲間はみんなゴール裏のチケットを買ったようだった。

 午後1時のキックオフ。これがどんなにせわしないか。オマケに太陽はさんさんと輝いている。9月とはいえこの日差しは厳しい。もう2時間ずらしてくれれば良かったのにというのはぼくだけでなくとも思ったことだろう。

 柏駅からスタジアムへ向かう。恐らく道を知らない人でも簡単に現地に着くことはできるだろう。それくらいハッキリと人の流れというのがあった。その人の影は黄色と紫。サッカーを観に行くというのは明白だった。

 駅から歩くと結構距離がある。もうそろそろ着くだろうと思ったら最後に一本道があるという感じだ。そして公園の敷地を通ってスタジアムにたどり着いたが何だかホーム、ビジターで完全に入り口を分けられてた。サポーター同士のイザコザがあるとその分だけスタジアムは不便になる。そして一度できた規制は緩和されることがないので今後ますます気軽さがなくなっていくだろう。その内空港の税関にでも匹敵するような管理体制にでもなるんじゃないかとさえ思えてくるのだった。

 そしてぼくは階段を登りビジター指定席に出た。その瞬間顔面に容赦なく日光が降り注いできた。日陰の涼しさからは考えられない日差しの強さだ。帽子なんか持って来てない。この気候で観戦するのかよ。それ以上に選手はこの天候で戦わなければならない。厳しい試合になりそうなのはその時点で想像がついたのだった。

2009年9月19日 (土)

柏戦を向かえ

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

 柏スタジアム、サッカー専用スタジアムの臨場感を味わうにはここほど適当な場所はない。場所によってはCK時本当に選手が手に届きそうなくらいの距離に来る。一つ一つのプレー、選手間の声の掛け合い、ボールの音、それらが直に聞こえる。だからここでの試合は他の試合とは違った味がある。

だが、それでいてそれ程このスタジアムには客が入らない。それは単純に柏の集客力の問題もあるだろうがスタジアム自体の企画の問題もある。見渡す限り席が埋まってるように見える時でも1万人ぐらいしか入ってない。それゆえ本当に15千人入るんだろうとという疑問の声は聞くことが多い。実際ぼくも15千人は入らないだろうと思っているのだった。

要するに柏スタジアムというのは狭いのだった。収容力としては小さいことが逆にこのスタジアムならではの味を出しているのだった。

しかし柏という街はどこか遊離してるような街だ。千葉県で一番栄えてる所はと聞くと最近は柏だなと言われる。確かに人口も多いし東京、茨城、埼玉などの隣接の県の中継地となっている。それなのにどこかこじんまりとした印象を受けてしまう。駅前ではストリート・ミュージシャンをやっていたりアーケード街も華やかに彩られている。それなのにそのアーケード街を一歩踏み出すとそこはもう生活の匂いに満ちている。まあどこの都市に行ってもそんなもんだが柏レイソルのイメージというのはぼくにとってこの生活の匂いと共存してるのだった。それ故にどことなく同じ千葉県内でも柏というのは違うのである。千葉には柏と千葉で2チーム存在してるが実はその棲み分けは絶妙なのかもしれない。

過去における柏スタジアムの試合は強烈に記憶に残っている。そしてそれはピッチが近いということと無関係ではない。特にゴール裏にいるサポーターの声はGKにモロに聞こえる。2002年の対戦ではサンフレッチェのサポーターの野次に対しGKの南は中指を突き出した。激高するサンフサポに対し南は余計に挑発をしたのだがその試合見事にサンフは負けてしまって南への感情は怨念へとなったのだった。だがその年J2に降格したことで柏スタジアムでの対戦は2004年まで訪れなかった。そしてシーズンを前にして今度こそ南への怨念を晴らすことができると意気込んだものだ。

しかし再び柏スタジアムで対戦した時には南へのブーイングはなかった。むしろサンフサポから南コールが起こったのである。それもそのはず、そのシーズンのホームでの対戦の時何と南はキャッチングしたボールを誤って自ゴールへ投げてしまったのだ。それが先制点となりその試合は30というスコアで勝つことができた。チーム自体それまでなかなか勝てなかっただけにその勝利はありがたかったのである。

その南への感謝、そしてまたオウンゴールをしてくれるのではという突拍子もない期待にアウェイゴール裏は沸いた。南がキャッチすると投げてくれと叫んだ。それは決して揶揄というものではなかった。本当にやってくれるのではと思い込んでいたのだった。今考えると陳腐だが恐らく今でも南がゴールマウスに立つとぼくはオウンゴールを期待してしまうだろう。

その南も横浜FCから移籍してきた菅野にポジションを奪われピッチに立つことはなくなった。確かに菅野の方がゴツイ顔をしていてGK向きだ。若い頃から将来を嘱望された南にしてみれば不遇が続いている。そこで一時はサンフレッチェへ移籍なんて噂まであったものだ。だけどどうしても見方になる南というものがぼくにはイメージできなかった。敵であって欲しい、そして倒しがいのある敵が南なのだった。残念ながら南の出場はないだろうが菅野は確かにそれよりもしぶとい敵なのだった。

やっぱり柏スタジアムでは熱くなりそうだ。あそこでサポーター同士のイザコザが起こるというのもしょうがないのかもしれない。でもお互い同じサッカーファン、相手がいなければ試合はできない。試合以外のとこでは落ち着こう。こんな発言ができるのもきっともう降格はないような順位にいるせいだろう。ああ、こんな気分で試合に臨めるって一体何年振りだろう。

2009年9月12日 (土)

横浜Fマリノス戦~緊張の5分

2009/09/12 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

「ロスタイム5ふーん!」

 思わず叫んでしまった。最近のJリーグはとかくロスタイムが長い。一体これはどういう意味があるんだろうか。4分というのはこのところの標準となりつつあるが5分というのはもう世界標準を越えている。その内5分でも短いような気がしてきて7分、8分とどんどんエスカレートするんじゃなかろうか。そしてこの異様に長いロスタイムに慣れて国際試合で最後のワンプレーで慎重になりすぎて時間切れという勿体ないことをやりかねない。実際に北京オリンピックでCKのワンプレーで前半が終わるという場面でFC東京の梶山が水を飲んでる内に終了のホイッスルを吹かれてしまったということがある。島国である日本はどうしても世界標準と外れた暗黙の地方ルールというものができて異質になってしまうというのは避けられないことなのだろうか。

 それにしても勝ってるとはいえ5分のロスタイムは長い。もう何分経ったろうかと時計を見るとまだ5秒しか経ってなかったりする。もどかしい。もどかしくてもどかしくてもどかしかった。それは追われるものの感覚という効果というより試合の流れによる影響が大きかった。攻められ攻められ攻められ続けてすんでのところでクリアで逃げる。そしてまたそのクリアのボールを拾われまた攻められる。これでは平静な気分になれる訳がないだろう。

 そしてもう一つ、それは31という余裕のあるスコアから1点返されてしまったという事実からだった。しかもその失点の仕方がいとも簡単に裏を取られて入れられてしまった。そしてそのゴールを決めたのが渡邉千真。この選手にはいつもいつもやられる。開幕戦、ナビスコカップ、そして今回と同じ選手に点を取られるというのはサンフレッチェならではなのだった。

 もしかしてわざと1点差にしてんじゃないだろうか。ギリギリの状況になってやっと守備が堅くなってきた。というかほとんどの選手が自陣に戻ってた。ただ攻撃を跳ね返すだけ、これをサンドバック状態と言うんだが解説までそういう表現を使ってたのには苦笑いをしてしまった。

 ただ、それでもたまには前線にボールが行く。寿人が受ける。良い位置だ。そして敵にパスを贈る。はたまた服部からゴール前にクロスが入る。それを李忠成はことごとく空振りをするのだった。せっかくのカウンターで得点するのチャンスをFW2人は全てつぶしていたのだった。忠成はしょうがないにしても今日の寿人は酷かった。

 そしてタイムアップの笛、ぼくはその場にヘナヘナとうずくまってしまった。最近のサンフレッチェの試合はいつも後半途中から喉がカラカラになる程に緊張する。先制して逃げ切り、そういうパターンの試合をしているためそれはしょうがないことだった。

 タイセイさんに電話をする。

「いや、今日はパスがつながらなかったですねえ」

「そうですねえ。雨の影響もあったのかな。でもストヤノフは凄いですね。代表で2試合もやってヨーロッパから帰国してあれだけのパフォーマンスをするんだからねえ。でも途中交代したことでストヤノフいなくても守りきることができるというのがわかりましたねえ。あ、それとうちの場合どうも中断期間の後の試合というのは良くないんですよ。試合が続いた方が調子がでるんじゃないでしょうか」

 そうなのか、確かに長短のパスを駆使した戦い方だから連携とかタイミングとかが実践を離れると厳しいものがあるのかもしれない。だから寿人も敵にパスを贈ってたんだろうか。そして高柳。どうしてこうも良い場面でトラップが長すぎたりシュートが打てなかったりするのだろう。その様子に我慢できずに何度「イッセーイッ!」と叫びそうになったか分からない。でも本当はそれだけチャンスを生かしきれなかったということは良い場面に絡んでるということでもあるんだが。

 でも中継を観てるとやたらとミシャが「イッセイ、イッセイ」と叫んでるのが聞こえた。やっぱり監督も高柳のプレーが気になったんだろう。そう思いタイセイさんに聞いてみた。

「ミシャがやたらとイッセイと叫んでるのが聞こえませんでした?」

ちょっと間を置いてタイセイさんは答えた。

「え、そうでしたかねえ」

 果たしてぼくの気のせいだったのだろうか。

リーグ戦再開

2009/09/12 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

 長かった。7試合負けなしという調子の良さの中にあって1週間のリーグ戦中断というのは何とももどかしいものがあった。順位も3位となりこれからまた上を目指して突進しなければいけない。その為にもここで勢いのあるまま突き進みたかった。

 といって実は相手のマリノスもリーグ戦においては7試合負けなしなのだった。順位では上にいるもののこの順位なんてものは一時の幻のようなもの。特に混戦となってる今のJリーグでは1試合の勝ち負けで順位が大きく変動してしまうということで両者の実力差というのは大してないのだろう。

 しかしマリノスというのはつかみどころのないチームだ。日産という大企業がバックについているもののそれがチームの運営に多大な影響を与えている。だから大型補強を行ったシーズンがあったかと思うと経済状況が悪くなると極端にチームに金を掛けなくなる。親会社の都合でチームの方針をコロコロ変えられるというのは大企業の後ろ盾があるというのも良し悪しなんだなと思い知らされる。

 それはそうとこの試合ぼくは広島まで行こうかとも考えた。景気が悪いせいで仕事の都合もついてた。それなのにやはり行かなかった。それもこれもまたしても少年サッカーの審判を頼まれたからだった。しょうがない、家でTV観戦にするとしよう。でもやはり家で試合が観れるとなると便利であった。一体今まで観戦するために色んなところを彷徨ったのは何だったんだろう。もしかしたら家で観戦できないのなら審判も断って広島まで行ったかもしれないのだった。

 といって審判頼まれなくっても行ったかどうかは怪しいのだった。往復4万円、そう簡単に決断できる金額ではない。そして悩んでる内に時間が過ぎ去り結局行けなくなってしまう。広島に行けないのは実は自らの優柔不断さから来るのだった。そして後からやっぱりあの時行けば良かったと嘆くのだが実は審判を頼まれたり具体的な用事ができると都合が良いのだった。

 ああ、こんなヘタレなぼく。そういえばドイツに留学してたサッカーのコーチが言ってたな。ドイツのブンデスリーグは生放送がないのでみんな現地まで観に行くと。少なくともぼくはドイツ人には負けているのだった。

2009年9月 6日 (日)

オランダ戦~サンフそっくり

2009/09/05 オランダvs日本 オランダ・エンスヘーデン

 日本代表に親しみを感じない。かつての小野監督時代のサンフレッチェのようだ。本当は応援してるんだけど心の底から応援できない。あの監督さえいなければ応援できるのに。そういう極まりの悪さを内包している。日本代表における岡田監督も同じ存在となっている。

 朝ラジオで予想スタメンとして本田圭介の名前を聞いた。オランダリーグでプレーしていることでマスコミとしても一番取り上げやすい存在なのだろう。そしてそのマスコミの報道を知ってか知らないでか岡田監督はスタメンに本田を入れてなかった。そこがまた俺が監督なんだと意地になってるようにも見えるのだった。

 他にもJリーグでここにいる誰よりも結果を出している右サイドの石川を選出しないことやストライカーとして毎年結果を出してる寿人を頑なに選出しないことやDFの槙野をDFの練習相手としてだけに選出したこと。それらが全て自分の威厳を保とうとしてるだけでやってるように見えるのだった。

 だからこそ最近では代表の試合に興味が薄くなってしまったのだがこの試合だけは違った。やはり相手が強豪のオランダとなるとモチベーションが違う。よくもオランダなんかと試合が組めたものだ。どうやらこれは何かと批判の多い犬飼サッカー協会会長の影響も大きいようだ。サッカー会に身を置く前オランダで仕事してた経験がありオランダには人脈があるらしい。いずれにしても一線級の選手で臨んでくれるというのは日本にとってありがたいことであった。明らかに格の落ちる相手に本気で挑んでくれるということだ。

 TVでは度々W杯優勝候補としてオランダを紹介していた。確かに欧州予選では圧倒的勝ち点で首位に着いてしまった。その強い強いオランダに日本はよく喰らい着いていた。前線からのプレッシャー、激しい運動量、プレッシングの速さというところで対応し前半は何度かシュートシーンまで持ち込んだのだった。

 オランダはGKからボールをつなぎDFでボールを廻しボールをつないで攻撃につなげる一方でロングボールで裏を狙う。これってどこかで観たような。そして慣れ親しんだサッカーであるような。そう、サンフレッチェのサッカーに似ているのだった。まあ正直なところ雑誌『サッカー批評』にてそういう記事が載ってたので期待してた面はあったのだが。

 そのせいでこの試合が2008年のサンフレッチェのJ2での試合と被って見えた。相手チームは前からプレッシャーを掛けて自由にボールを廻させまいとする。そしてサンフレッチェも前半は攻められもするが最後のフィニッシュの場面では防いで点を与えない。その内後半になって相手の体力が落ちてきたらプレッシャーも弱まりパスサッカーが生きてくる。最後は格選手の決定力によって試合を決めてしまうという展開を見てきた。だからいくら実況が煽ろうと日本の方がシュートを打ってようとサッカーは90分あるという感覚が冷静にさせた。事実日本のボール支配率が高いとはいっても中村俊輔などの表情はまるで余裕のないものだった。その内やられるだろうというのは想像できた。

 そしてその予想は見事に当たり後半半ばから3点奪ったオランダが勝利することになった。何だか試合が始まってすぐにその展開が読めてしまったのは初めて聴くレコードを5秒聴いただけで良いか悪いか判断がついてしまった時のような感覚と似てた。

 オランダのゴールは美しかった。ある特定の選手に頼ったゴールではない。でもそれは高い個の能力あってこその連動したゴールだ。この試合オランダに心を奪われるのはしょうがないことだった。

 海外サッカーなどほとんど知識のない日本人のぼくがサンフレッチェに似てるということでオランダのサッカーに見入ってしまう。この時阿部公房の『人間そっくり』を思い浮かべてしまった。地球人と火星人があべこべになるという話だがそういえばその小説を読んだ時火星人に岡田監督の顔を思い浮かべたのだった。

2009年8月31日 (月)

山形戦~無難に勝利

2009/08/30 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 山形での試合はいつも雨が降ってる気がする。といっても今までの対戦では1回大雨が降っただけだがその時逆転負けした為記憶に強く残っているのだった。そのせいで雨の山形は不吉な予感がする。思うように点が取れずに少ないチャンスを決められてしまうのではと。主審の岡田正義との相性の悪さも不吉だった。またPKを取られてしまうんじゃないかと。そしてその予感は当たらずとも遠からずであった。

 先制は高柳だった。ボールは支配するもののシュートまで行けず段々ともどかしさを感じていた。ただピッチにいる選手はそんな焦りはちっともなく冷静にプレーしていた。そしてゴール前のパス回しからゴール前に切れ込んだ高柳の目の前にボールが現れシュートを蹴ることができた。そのシュートも決して狙ったコースというものではないだろう。これも運よく相手の隙間に入っていったのだった。

 これでもう勝ったような気がした。ただ、山形に交代で古橋が入った時不吉な予感が蘇った。更に柏木がペナルティエリア前でファールをしてしまうと不吉な予感はより肥大したが古橋のFKは良かった。なぜこんなにもスピードを付けたボールが壁とGKを避けるてゴールに入ってしまうんだろう。中林も反応をするも手が届かず同点にされてしまった。山形での雨、古橋、同点ゴール、それらの要素は不安を増幅させた。

 柏木、お前はどうしてあんな場所でファールなんかしたんだ。ボールを取ろうとプレッシャーを掛けたつもりだろうがどうせ相手も前を向けなかったんだからみすみすチャンスを与えてしまったようなものだ。柏木が悪い、柏木の責任だ。

 そう思ってたら山形のバックパスを狙いDFに掛けたプレッシャーでボールを奪いパスを送る。それを寿人がループでゴールの中にキッチリと入れてしまった。やった、やったぞ柏木。やっぱりお前は抜け目がなくていい。そういうファールも恐れないプレッシングがゴールに結びついたんだ。さっきまでと180度違うことをのたまっているのだった。

 その後はパス回しで時間を有効に使いながらも機を見てはシュートを狙うという展開だった。多少ピンチはあったもののまあ大丈夫だろうという安心感はあった。むしろ3点目、4点目と欲しい気がしたがそういう発想がカウンターを生み失点につながっていったというのは選手の方が理解してるようだった。モニターからは本当に冷静に試合を運んでる様子が伝わってきた。

 ロスタイム4分。また長いロスタイムだったがもうこれはどんな試合でも4分取る決まりがあるのかもしれない。でもこれに慣れてしまうとその内ロスタイムは4分ないと短かったなどと負けたチームから抗議が出るような気がする。何だか変な決まりができたものだと首をかしげたのだった。

 ただ、同じ4分でも余裕のある時というのは別に長くも感じない。最後はストヤノフのFKによって終わった。距離があるから入りそうもなかったがこれが最後のワンプレーであるのは明白だったので判断は間違ってない。そして予想通りゴールには入らなかったがその瞬間終了の笛が鳴った。そしてストヤノフはその場でガッツボーズをした。

 試合の経過と共に雨の勢いが出てきたNDソフトスタジアム山形。観戦に行ったサポーターもさぞ寒かったろう。そのせいか10,206人と夏休みにしては観客も少なかった。まあ天候に関係なくこの節はどこのスタジアムも客入りが悪かった。夏休みといってもさすがに最後の週になると休みの開放感はなくなってしまう。しかも学校によってはもう新学期も始まってるとこもあるらしい。

 これで順位も3位まで上げることができた。シーズン前にクラブの目標として今年はACLを狙うと公表してたがまさか本当にそれが可能な順位まで付けてしまうとは。ついこの間まで残留するのに勝ち点何ポイント必要か計算してた気がするというのに。もう上を目指していい順位だ。だけど長年染み付いた習性はそう簡単に抜け落ちない。どうしても順位表も下から見てしまうのだった。

2009年8月30日 (日)

共にJ2で戦った山形

2009/08/30 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 TVが来た。何年も何年も我慢してた小型ブラウン管TVがついに壊れたせいで買い替えをしたのだがやはり最新のTVというのは見ごたえある。それに伴いスカパーにもか加入することにした。今までのTVはあまりにもチャチだったためとても有料放送に加入する気がしなかった。だけどこれからは家でサンフレッチェの試合が観れる。夢のようなことなのだった。

 早速番組表をチェックする。最近のTVは番組表まで出てしまうとは何と便利なんだろう。というかこんなのもしかしたら世間ではすでに当たり前のことなのかもしれない。家電に関しては世の中の移り変わりが速くて流行についていけてない。もっとも家電に限らず流行の歌だって知りはしない。要するに世の中の潮流についていってないということだ。だからこそブームが過ぎ去った後にJリーグを観るようになりよりによって一番人気のなかったサンフレッチェ広島を応援するようになってしまったんだろう。

 そういえば人気がないといえば山形も相当苦労したんじゃないだろうか。NPO法人として特異な形態を持ったモンテディオ山形は大企業のバックアップがない状況を考えれば妥当な方法であっただろう。ユニフォームのスポンサーも地元の農産物関係のメーカーの名前が入ってることが多いがそこがまた山形らしさを出している。「つや姫」「平田牧場」という日本語がプリントされてるユニフォームというのは外国人が見たらどう映るんだろうか。案外ユニークでいいと思われそうだが。

 山形とは昨シーズンJ23回対戦したが21敗という対戦成績だった。その負けた試合が山形でのアウェイ戦だった。あの時の山形はとんでもなく手強いチームだった。雨の降りしきるスタジアムでビショビショになって応援してるサンフレッチェのサポーターもTVには映っていた。勿論山形のような遠方だとさすがに人数は少なかったがその為に知り合いの姿はすぐに確認できた。その後第3クールで再び山形で対戦した時は首位対決として注目をしてたもののこの時サンフレッチェがチームとして軌道に乗ってたせいで4点を入れるという大差で終わってしまい実質的にこれでJ1昇格が決まったようなものだった。その後2位でJ1へ昇格した山形にとっては苦い思い出になったと共にJ1へ向けて良いシュミレーションになったのではなかろうか。

 2009年の降格チームはということでシーズン前の予想では必ず山形の名前があった。チーム戦力からすると致し方ない。ぼくも正直同じ予想をしたものだった。特にエースの豊田が移籍してしまったのはJ1を戦う上で相当厳しいと思われた。

 しかしここまでよくがんばっている。開幕数試合は順調に勝ち点を稼いで順位もサンフレッチェより上を行ってたのだ。お金がないことで充分な戦力を揃えられないまでもがんばって戦う。山形は本当にがんばるという印象がある。だから昨シーズンの敗戦が再現されないとも限らないのだった。

 それはそうとこの試合は記念すべき初めての自宅観戦。これでもう一々観れなかった試合をタイセイさんにDVDに焼いてもらわなくても済むというものだ。これで色々な所へ試合の映像を求めて彷徨い歩くこともない。何て楽なんだ。といってせっかく映像環境を整えたというのにこの試合を期にリーグ戦中断してしまうんだよな。全くJ1は中断が多くて困る。やっぱり毎週必ず試合があるという点においてだけはJ2の方が幸せなのだった。

2009年8月23日 (日)

浦和戦~長いロスタイム

2009/08/22 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ 広島ビッグアーチ

ロスタイム4分。

「またかよ。何でサンフが勝ってる時に限ってロスタイムが長いんだよ」

 攻められ守って、攻められ守ってという展開の中で4分というのはとてつもなく長い時間だった。ストヤノフがキックする。その飛距離によって5秒稼ぐ。それでもそれが一番ホッとする瞬間なのだった。

 1点差。2点差を闘莉王に1点返され余裕がなくなった。浦和は攻撃の選手を入れてどんどんと攻撃的になっていく。ゴール前でボールを廻される。CKFKを取られる。時には相手のミス、時にはストヤノフのクリア、時には中林のセービングに助けられピンチを凌ぐ。時間の進みが何と遅いことか。

 だがロスタイムが長いというのは想像が付いていた。本当にいつもいつもサンフレッチェが勝ってる時というのはロスタイムが長い。一体なぜなんだという疑問も最近ではそれが当たり前のような感覚になってしまった。

 早く笛よ鳴ってくれ。相変わらず浦和は攻めまくる。サンフのボールはまるでつながらない。前半の内によくぞ2点取ったものだが後半はどうも押されている。チャンスがなかった訳ではない。それなのに服部はシュートを打てばいいのにパスを出してボールを取られるし高柳はシュートをシュートを決めることができなかったし寿人もシュートがヒットせずにGKにキャッチされてしまった。あそこで決めていればきっと浦和も心が折れていただろうが決めないことで逆に火に油を注ぐ形となってしまった。そしてFKから闘莉王にヘディングで決められた。こいつにだけは決められたくないという奴に決められてしまった。そしてこの時マークしてたのは槙野。お前もまだまだだなとあれを槙野のせいにするには酷なのは分かってはいるもののDF対決ということでいえばそう考えてしまうのも感情的には無理もないことなのだった。

 ただし、先制点は槙野だった。J2時代何度も魅せたサイドからのドリブル突破によるシュートである。まさかあれをJ1で決めることができるなんて思ってなかった。そしてその後2点目はミキッチのキックの跳ね返りを柏木がゴールに入れた。その弾道もきちんとGKの位置を意識したものだった。ああ、お前も成長したものだななどと偉そうなことを考えるのだった。

 お互いに良い形を創った前半、そして一方的に攻められた後半、この試合は一つのストーリイとしてはあまりにも喜怒哀楽に満ちていた。いや、重かったと表現した方が良かろうか。観るのが辛くもあったがそれでいてモニターから目を離すことができない。喉はカラカラだ。時々テーブルに置いたお茶を口にするがちっとも飲んだ気がしない。ああ、早く終わってくれ。

 攻められ攻められ攻められて最後に凌いだ場面で終了の笛がなった。やったと力むよりも全身の力が抜けた。

「何だか2試合分の重圧がありましたねえ。前半終わった時点で1試合やったような気分でしたもん」

 タイセイさんの言葉通りあらゆる重圧から解放されたような疲労感があった。それは27千人も客を入れて勝てなかったらどうしようという不安、そして青山不在でどうやって戦うんだろうという疑問、リーグ戦で10年勝ってない相手という相性の悪さ、そういうもの全てをひっくるめてやはりこの試合は重かったのだった。

 ここ数試合負けなくなった。それは好調というよりむしろ試合を90分のストーリイとして終わらすことがきるようになったという感じがする。さすがにJ2の時のように常に点を狙ってイケイケでやれる程J1は甘くなかった。試合巧者という部分も必要なのである。この試合巧者という言葉だがサンフにはとても不釣合いな言葉である。

 そんなことをタイセイさんと話した。

「だけど闘莉王に決められるとこだけは変わってませんね。それと中林のキックの不安定さがちゃんとサンフのGKの伝統を受けついでますねえ」

 そういうしょうもない伝統を残すとこ、やっぱりサンフはサンフだった。そしてこの勝利で暫定4位。上位に行くというのはこんなにも大変なことなのかと気付かされたのであった。

2009年8月22日 (土)

浦和戦~大観衆の予想

2009/08/22 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ 広島ビッグアーチ

 赤いチームには勝てない。

 こんなことが自虐的な観念として定着してしまった。Jリーグにおいて赤いチームというのは強豪チームが多いことからその結果もある程度致し方ない部分もあるがそんな理屈を並べられてそれをそのまま受け入れられる度量がぼくにあるかと言えばある訳がない。どんな時でも今日は勝つ、絶対に勝つと考えるのだった。

 とはいえ今回は厳しいといえば厳しい。青山の出場停止、高萩も怪我明け、相変わらず怪我人が多く期待を抱かせてくれるサブメンバーがいない。他にも客が入ると勝てないという困った傾向もあり不安要素が多いのであった。それでいてこちらに有利な条件はないかと探すとない訳でもなかった。

 まず中2日の日程は同じものの浦和はアウェイの為移動が伴う。そしてワシントン不在。あ、今のFWはエジミウソンだった。いずれにしてもエジミウソンはワシントン程の得点能力はない。むしろDFの闘莉王の方が得点力があるのではなかろうか。そうだ、闘莉王にはやられたんだ。右サイドからクロス気味のボールが下田が手を伸ばすもゴールに吸い込まれていった。サンフレッチェにいる時あんな活躍はしなかった癖に適になった瞬間選手として成長してしまった。更に田中達也や永井といった日本人のFWも今まで見せたこともないようなゴールをサンフレッチェの試合に限って決めてきたのである。そういえばカズがオウンゴールをやった試合もあった。10年もリーグ戦では勝ってない。思い出せば思い出す程悔しさが込み上げてくる。ぬおおおお、絶対に勝ってやるぞと力が入る。

 そんな意気込んでいるもののぼくはモニター観戦だ。ぼくの仲間の内の何人かはこの試合の為わざわざお盆休みをずらしてこの時期に帰省をしている。かくいうぼくも最初それは考えた。まあぼくの場合は日程の調整が付かなかっただけだけどどうやらかなりの客入りが予想されるみたいだ。22千人入った鹿島戦ではシャトルバスに乗るのも相当に時間が掛かったらしいし駐車場はもはやパンクしてしまったということだ。ということはスタジアムに5万人のキャパシティがありながら実質的には2万人が限界ということではないか。ということは広島に実家のないぼくは観戦することが困難だったことが予想された。

 今期最高の入場者数を記録するかもしれない。客が入ると勝てないといいつつ22千人入った鹿島戦は勝った。ということは今回も可能性はあるということだ。ああ、やっぱり今回ビッグアーチに行きたかった。そこまで客の入るビッグアーチを体験してみたかった。今回行った人は苦労もするだろうがその苦労の分も含めて自慢できる体験になるだろう。あ、自慢するには勝たなければいけないんだった。やっぱりこの試合は絶対に勝たないといけない。といって勝たなきゃいけないってそんなの毎試合同じだろと言われれば返す言葉もないのだった。

2009年8月19日 (水)

大分戦~次節への憂鬱

2009/08/19 サンフレッチェ広島vs大分トリニータ 広島ビッグアーチ

 心臓がドキドキしてた。早く知りたいという誘惑がありながらも知りたくないという恐怖があった。サンフレッチェの試合経過、それを知るということがこんなに胸に圧し掛かるとは。

 広島1-0大分

 電光掲示板に映ったその文字。ぼくは大きく胸を撫で下ろした。そして口元が緩んだに違いない。けれどもそれは必ずしも表立ったものではなかった。なぜならぼくはその時埼玉スタジアムにいたからだ。

 たまたま仕事が浦和美園であった為そのまま埼玉スタジアムに寄ったのだった。どうせうちはスカパーが観れない。仲間の家に行くには夜の試合は気が引けてしまう。それならサンフレッチェの中継を観る手段がないのならついでだから浦和レッズの試合を観て帰ろうという気になったのだった。

 しかし、これがどこか落ち着かなかった。普通に座って観てるだけなのだがどこかよそ様の家に上がりこんだような感覚に陥ってしまった。いつもサンフレッチェばかり観ているから、といってもホームなんて年に1、2回くらいしか行かないというのにどういうことだろう。

 まあそれはいいとして埼玉スタジアムは点差の開いた波乱に満ちた展開になってしまった。そして帰り道、祈るような気分で携帯で試合結果を調べた。やはり10で勝ったようである。ホッとしたと同時に勝ったと分かってしまえば何だ、1点で終わりかよという気がしてくる。何て都合のいい神経メカニズムなんだろう。

 それにしても点を入れたのは高柳だった。煮え切らん一誠、思い切りがない一誠、天を仰ぐ一誠、そんなクソミソな批評ばかりしていたがやっとお前も一皮剥けつつあるなと誇らしい気分だった。当の本人が聞いたらさぞ調子のいい奴だと呆れることだろう。

 帰る道すがら上機嫌でタイセイさんに電話をする。そしたらやはり一誠はゴールも決めたし印象は良かったということだった。ただ、後半は監督の指示なのかチーム全体引いてしまったということだった。

「それってトムソンサッカーだったということですか?」

「う~ん、確かにガチガチに後ろを固めたけどトムソンサッカーはカウンターが効いたからねえ。今日はストヤノフもロングボールの精度が悪くて寿人にボールが渡らなかったねえ」

「でも後半からそんなに引いたってことは監督の指示なんでしょうね」

「そうだねえ。あ、そういえば青山次節出場停止ですよ。一体ボランチ誰がやるんでしょうか」

 青山の出場停止。そんなことちっとも思考の中に入ってなかった。誰がボランチをやるか、それもちっとも想像が付かないのだった。苦しい、苦しい台所事情である。でもそれ以上に次節試合が観れるかどうか、それを考える方が苦しいのだった。

2009年8月17日 (月)

神戸戦~時は進む

2009/08/15 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 神戸ユニバー記念競技場

 スコアレスドロー。結果は分かっているのにタイセイさんの家に行ってしまった。さすがにもう終わった試合ということもあって録画を観るタイセイさんは実に淡々としたものだった。

「前半はこんな場面ばかりなんだよねえ」

 確かにボールがつながらず押し込まれてばかりだった。守っては攻められ、攻められればクリアして、更に攻め込まれるとCKを取られ。前半だけで一体何回CKがあったんだろう。ああ、こんな試合をしてたのか。

 しかしその割にはタイセイさんの表情は余裕があった。結果を知ってるのだから当たり前かもしれない。それでも後半を観ればその理由は理解できた。

 前半あれ程つながらなかったパスが通りだす。ミキッチは前半からもチャンスを創っていたが危険なエリアまで進入する辺りが他の右サイドの選手と比べても抜けていた。ただクロスを上げても合わないのが難点だった。いや、それでも縦への突破から何度もチャンスを創ってただけマシだった。

 問題は左サイドだった。服部はいるのかいないのか分からないくらい影が薄かった。とにかく攻撃の時左サイドに人がいない。一体服部はどこへいたのだろう。たまにゴール前に顔を出したかと思えばシュートの場面でパスを出してしまった。おい、そりゃないだろと終わってる試合なのに声を上げてしまった。

 他にも高柳のシュートの精度のなさに泣きそうになり寿人のシュートはもうちょっと弾道が上ならと歯噛みし槙野のFKのシュートは口では良い弾道だと誉めながらも枠に入れてくれよと心の中で叫び上げてしまった。おそらくその場に沢庵でもあれば尻尾を噛締めただろう。

 ようやくサンフレッチェらしさが出てきたなと思っていたが時間は無常に過ぎていき交代でハンジェと楽山が入った時にはもうこの試合で点を入れる気がないんだと踏んでしまった。二人ともミキッチの不在時右サイドで起用される選手だが喝采よりため息をつかされた記憶の方が多い。ということは守備固めということではないか。だが守備固めというほど二人とも守備が良くないのである。

 かくしてスコアレスドローとして笛が鳴った。ガックリと崩れ落ちる神戸の選手。サンフの選手も納得はしてないものの表情は険しくはなかった。これが残留争いの渦中にいるといないとの差なのである。といってももう残留を果たしたというポジションにいる訳ではないんだよな。

 点が取れない。でも点もやらない。ハマッた時は凄いがその攻撃力も気まぐれに試合の中で顔を出したり出さなかったりである。どこかスッキリしない。もっと血肉踊るような試合を魅せてくれ。

 といって結局どんな試合をしようと勝ったら今日はよく我慢したなどとほざいて盛り上がってしまうのだろう。これでリーグの成績は8位。上はまだまだ遠い。次こそは勝つ次こそは勝つと意気込んでリーグ戦はすでに半分以上終わっているのだった。

2009年8月16日 (日)

神戸戦~その時千葉にいた

2009/08/15 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 神戸ユニバー記念競技場

 スコアレスドロー。期待を胸膨らませて見た試合結果は期待とは遠く及ばないものだった。ただ、まあ負けなくて良かったのかもしれない。負けなくて良かった。失点0で良かった。だけど得点0。広島ってそんなチームだったか?

 この試合ミキッチが戻ってきた。今まで右サイドにミキッチがいなければキツイと散々言ってきた。だけどミキッチがいても結局は勝てなかった。そこは大きな失望であり期待にそぐわない結果でもあった。

 神戸にとっては監督交代した最初の試合。どこか今までと違うのではという懸念はあった。監督の三浦俊也はあまり強くはないチームを指揮すると結果を残すという人だ。さすがに札幌くらい戦力が落ちるとJ1では持ちこたえることができなかったがJ1に昇格させるというノルマは果たした。そしてその前には大宮をJ1に昇格させJ1でも残留を続けさせた。つまり、そろそろ残留を目標に掲げなければならなくなった神戸には打ってつけの人材なのである。

 そしてサンフレッチェはこの神戸に対して決して相性がいいとは言えなかった。強豪に勝ったかと思うとポロッと負けてしまうのが神戸という印象がある。勝てない相手ではないと思ったが。そしてこの勝てない相手ではないという考え自体が勝利を遠ざけてるのかもしれない。

 かくいうぼくは実は試合を観てないのだった。いや、もうこの試合を観ようと心待ちにしてそろそろスカパーに加入してる仲間の家まで行こうとしてたところだったがふと財布の中を覗いた時気付いたのだった。それは千葉vs柏の試合のチケットだった。そういえばサッカースクールのコーチが練習が休みだからといってみんなで観戦しようと企画してぼくもチケット買ったのだった。てっきり明日だと思ってた。ぼくの中で今日はサンフレッチェ、明日はフクダ電子アリーナという都合の良いスケジュールを勝手に描いてしまっていたのだった。さあ、困った。

 急いで仲間に電話し先の事情を説明して行けなくなったと告げると仲間は言った。

「いや、千葉の試合のチケット買ったとこの前聞いて知ってたけどそれでもうちに来ると言うんでおかしいなとは思ってたんですけど」

 気付いてないのは当の本人だけということだったようだ。そして急いで蘇我駅まで移動したのだった。

 ハーフタイムで他会場の途中結果くらいやるだろうと思いきやちっともやってくれなかった。そんなことより電光掲示板でスポンサー様の広告を流すので精一杯のようである。そしてもどかしいもどかしい内容でスコアレスドローに終わった試合の後に携帯で試合結果を知ったのだった。

スコアレスドロー。ああ、神戸でも同じような試合をやったのだろうか。

 何だかサンフレッチェの試合は観てないのに観てたような気がしてしまった。明日観に行くから録画しといてくれと仲間に頼んだもののとてもモチベーションが落ちたのは正直なとこだった。

2009年8月 3日 (月)

鹿島戦~我慢の勝利

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

 後半、時間の進むのが遅かった。まだ始まったばかりなのにまだ2分しか経ってないのかよ、まだ4分しか経ってないのかよという感覚だった。それでも高柳のシュートや服部のシュートなど惜しい場面はあった。とにかく1点では守りきれないだろうというのが初期設定として脳裏に刻まれている。だからこそチャンスは確実にモノにしてもらいたかった。惜しいシーンを続けているといずれ流れが悪くなってあの時のシュートを決めていればと後悔したことは今までも観た光景だった。

 失点への不安は常に付きまとった。それでも追加点を取るまでは守らないといけない。ここで時間稼ぎとパス回しで時間を使えばいい。使えばいいがミシャの頭にはそういうコンセプトはない。とにかくチャンスを創れ、今までの戦術を変えるつもりはない。ミシャは試合の中での采配があまり効果的ではなく戦略という概念があるのか怪しいものだ。ただ追加点を入れるまで失点をしてはいけない。こういうごく当たり前のことを多大なる感情として身体を駆け巡るのだった。

 鹿島は次々とメンバーを代えてきた。夏にしてみれば低い気温だがここでフレッシュな選手を入れてくることは脅威だった。そしてその交代は確かに勢いを与えていた。サンフレッチェはピンチが続く。大迫のヘディングはやられたという気がしたが枠を越えていた。他にもペナルティーエリア内で突破されたシーンもあり肝を冷やされる。

 ここでサンフレッチェも交代をする。高萩が入るようだ。てっきり高柳と交代だと思っていたら寿人だった。点を取ることより確実にボールキープできる方に重点を置いたのだろうか。その後も楽山、盛田と交代で入った時には完全に守備固めなんだというコンセプトを感じた。もはやその時にはボールをクリアするのが誠意一杯。ああ、やはり時間よ早く進んでくれと願うのだった。

 もはやゴールキックでさえキック力のあるストヤノフが蹴る始末。ただその飛距離による時間の経過はほんの5秒。本当に気が遠くなってきた。緊張が続く。掌には汗がジットリ滲み出ている。喉はカラカラだ。それでも目を離す訳にいかない。何とも濃密な時間だ。

 ロスタイム。表示は4分。何で4分もあるんだ。この4分が本当に長かった。ミシャが先制の場面でまるで喜んでなかったのはこの展開を見越していたんだろうか。だとしたらミシャの先見性は凄い。といってもぼくにしてもあれで勝てたとはまるで感じなかった。ふとそんなことさえ頭を過ぎった。そして時間は依然として進まない。

 クリアをする。セカンドボールを取られる。ボールを取る。カウンターにはならない。ボールキープをしたい。すぐにボールを奪われてしまう。窒息してしまそうなくらい息苦しい状態だった。

 そしてタイムアップの笛。勝った。鹿島に10で勝ったぞ。歓喜と共に大きな安堵感が訪れる。多くの人は鹿島の勝利で予想してたことだろう。それで勝ったというのがより一層気分が良かった。ああ、これで明日は気持ちの良い目覚めを得られるだろう。さっきまで渇ききった喉はもうどうでも良くなっていた。何とも不思議な身体のメカニズムである。

 しかし意識は憔悴しきっていた。ただこういう2万以上客が入って勝つことができた試合ってJ2の時以来ではなかろうか。大観衆に弱いという悪癖を乗り越えたという意味合いは大きい。これで今日は客が入ってるから負けてしまうよなどという会話をしなくて済むのだ。ああ、やはりまた広島に行きたくなってきた。今年あと1回でも広島に行くことができるだろうか。といって負けた時はもう2度と観に行ってやるもんかなどとのたまってるのだった。

2009年8月 2日 (日)

鹿島戦~劣勢の一閃

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

「ミキッチがいないじゃないか!」

 メンバー表を見た時そう声を出してしまった。出場停止が明け当然のことピッチに戻ってくるとばかり思っていたのになぜにいないのだ。大事な一戦だというのに一体何をしてるのだろう。理由が分からない。分からないこらこそ憤慨してしまう。そして右サイドからの攻撃を諦めてしまう。それは前節FC東京戦でミキッチのいないことがいかに代わりがいないか見せ付けられたからだった。

 よりによって鹿島との対戦。当然現状でのベストメンバーで臨めるとばかり思ってたがとんだ肩透かしを食らったような感覚だった。鹿島は現在首位を独走しており連続無敗記録を続けてる。そしてそれがこともあろうにサンフレッチェとの対戦から続いてるというのだ。歯痒い相手である。

 そのせいかスタンドには一杯人が埋まってるように見えた。いや、鹿島サポーターも結構来てるようだ。これは試合として盛り上がるだろうな。こういう時にぼくも観てみたいものだ。ああ、ぼくもビッグアーチに行けば良かった。物理的に無理なことをごく簡単に考えてしまうのだった。

 かくして試合は鹿島が一方的にボールを支配していた。サンフレッチェはボールが取れない、カットしてもすぐに奪われる、その結果ハーフコートで試合が進んでしまう。要は防戦一方だということなのだった。

 この光景にやはり駄目なのかと落胆をしてしまった。鹿島スタジアムでの試合を再現してるような。こうやってボールを廻され蹂躙され脆くも崩れ去った。またあれを繰り返してしまうのだろうか。目を覆いたくなった。まさにこれは上位と下位の対戦だ。J1J2、プロとアマチュア、ブラジルと日本、そういう類いの試合がイメージとして浮かび上がった。

 しかし、20分ぐらい鹿島の巧みな攻撃を凌ぎきると徐々にボールを前に運べれるようになった。まるで押し寄せていた波を防いでた壁を前進させるかのように。服部がシュートを打つなど積極的な攻撃が出てきた。その積極的な攻撃、それこそがサンフレッチェなのだった。そしてそのらしさが出た効果だろうか、ゴールが生まれたのである。青山が敵の読みを外すアウトサイドキックによるパスで抜け出した寿人はキッチリとGKを交わすシュートを放った。

 ぼくは「うおおおお!」と叫んだ。その雄たけびは近所の人に頭狂ってると思われただろう。だけどこの感情は抑えることができないのだ。素晴らしいラストパス、素晴らしいゴール、そして先制点なのである。少なくともこれで鹿島に時間稼ぎ戦術を取られなくても済むのである。その点だけは優位であった。

 ただ、鹿島の選手は失点に不満ながらもこれで終わったという感じは微塵もしてなかった。あたかもこれから2点取りにいくのかといった少し高慢さも感じる表情だった。正直この試合で負けることを考えてた選手は一人もいないのだろう。それは選手だけでなくサポーターもそうかもしれない。そしてそのプライドがまた攻撃に冷静さと巧みさを産むのだった。

 ヤバイ、ヤバイ。鹿島の攻撃に何度も肝を冷やす。こうやって先制点を取っておいてコロッと負けてしまう試合を何度観たことだろう。笛が鳴るのが待ち遠しかった。やっとのことで笛は鳴ったもののそれはハーフタイムの笛である。それなのにホッと胸を撫で下ろしている。先が思いやられるとはこのことだ。ハーフタイムで相手が修正して後半逆転するというのはよくあること。あと45分もあるのか。気の遠くなるような時間なのであった。

2009年8月 1日 (土)

鹿島と再戦

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

 ついに鹿島との対戦。前年度優勝チームとはいえ勝つ気満々で向かった鹿島スタジアム。最後に帳尻合わせのようにキッチリと逆転された試合展開。そこがまたいやらしくもあり悔しかった。あの時は鹿島がサンフレッチェを研究しつくしていたんだろうか。それともサンフレッチェの腰が引けていたんだろうか。どちらも間違いではなさそうだが次こそは見返してやりたいと奥歯を噛締めたことだけはよく憶えているのだった。

 そして対戦の機会は再び訪れた。槙野もミキッチも出場停止が解け現在のベストメンバーで臨める試合だ。特に右サイドはミキッチに代わる選手がいないことを前節で嫌という程見せ付けられその復帰に胸を撫で下ろしたもののよくよくネットで調べてみると欠場かもしれないという噂が流れていた。1試合休んでるのに。一体何があったのだろう。

 そういう不穏な空気が流れる中、チケットの売れ行きだけは好調だったようだ。Jリーグ公式サイトのチケット販売状況では5つ枠の内3つが埋まってた。ということは50%は売れてるということ。だとしたら5万人収容の半分だから25千人は入るということではないか。これは近年まれに見る快挙ではないか。

 しかし、この情報が当てにならないのは過去の経験からわかっているのだった。実は以前にもサイトでは枠3つ埋まってたものの蓋を開けてみれば15千人しか入ってなかったということがあった。だから今回もわからない。特に天気予報だと雨のち曇りときてる。決して恵まれた天候とは言えないようだ。

 天候といえばこのところの中国地方の天候は異常だ。山口で大雨で土石流の被害で死者を出したが今までは九州で大雨の被害に遭っても中国地方はあまり被害を受けたことがなかった。それだけに雨という予報にはより敏感になってしまう。これは集客に悪影響を及ぼすだろう。

 といってもそもそもビッグアーチでの試合はやたらと雨が多い気がする。やはりあの場所じゃ天候に左右されやすいのだろう。遠くて不便で天気にも見放されるビッグアーチ、何か一つでもいいことはないのだろうか。あ、それならビッグアーチで試合すると勝てるというのがいいかもしれない。ビッグアーチでの試合15試合連続勝利という記録でもつくってもらうのもいい。それが現状において一番なしうることの可能なことなのだった。でもそんなの今までだってずっと似たようなことを考えててなしえないことでもあるのだった。

2009年7月26日 (日)

FC東京戦~試合が終わり

2009/07/25 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 ドクトルとは飛田給の駅で会うことができた。改札で待ってるからと電話をしたものの周囲の音がうるさくて上手く聞き取れたかどうかは不安だった。だが大量の人の中からぼくを見つけてくれた。やはり紫のユニフォームは目立つということだろう。

「いやあ、今日は何とも言いがたいがまあミキッチと槙野がいない状態で勝ち点1取れただけでもいいんじゃないでしょうかねえ。そういや1階席は人一杯でしたよ。まあ埼玉スタジアムのようにオールスタンディングということもなかったんですけど。サイトウさんも一緒にいたんだけど途中で2階に上がっていっちゃいましたね」

「あ、サイトウさんぼくのとこに来たんですよ。2階はまだ余裕があってずいぶんと優雅に観ることができましたけどね」

 正しく優雅だった。優雅過ぎて面食らった程である。声を出そうにも他に出してる人がいないだけに躊躇されてしまった。やはり1階にすれば良かったかと思ったものの後半になって日が落ちてきたら別にそんなこと気にならないような雰囲気になった。それは試合展開がそうさせたのか単に視覚的な影響なのか判断はつきかねた。ただ、後半高萩が入って攻撃に躍動感が出てきたことは事実だった。それなのに点が取れない、もしくはあまり決定的な場面にならないということがあと一歩の物足りなさでもあったかもしれない。

 ドクトルと一緒に京王線で新宿まで向かった。駅にあれだけの人がいただけにやはり車内は混んでいた。味の素スタジアムでの観戦はこの帰りの京王線だけはしんどい。と思っていたものの乗った電車がたまたま準急だったので新宿には早々に着いてしまった。

 乗り換えの為に新宿駅構内をドクトルと歩いていたが所々に紫の姿が目に入った。やっぱりサンフのサポーター増えたよねとつぶやいてしまった。

 JRに乗ると座席に座ることができたが調度真向かいにFC東京のレプリカを着たカップルと鉢合わせとなり目が合ってしまった。いやあ、スタジアムと同じ状態になりましたねえとドクトルが言うとカップルもクスッと笑ってしまった。

「今日の試合はどうでしたか?」とドクトル。

「いやあ、最後の方はかなりヒヤヒヤしましたよ。サンフレッチェには広島でやった時にやられてますから警戒はしてましたよ」

 何と、そんなに難しい相手だと思われていたとは。FC東京もここのところ調子が良くコテンパンに叩きのめすくらいのつもりじゃないかと思っていた。実際ぼくの目からは東京の方がチャンスを創ってたような気がした。だからこそファインセーブを連発した中林が試合後にサポーターからコールを受けていたのだ。

「みなさん広島から来たんじゃないですよね」と尋ねられ東京の人間だと答えておいた。ただ広島出身というのも付け加えておいたが。

 カップルはぼくらより先に電車を降りた。もうその時には乗客が多く話を交わすことはできなくなっていたが窓越しにお互い手を振り合ったのだった。敵であるものの気持ちのいい瞬間だった。

 Jリーグではサポーター同士の諍いが問題となりやたらとお互いを隔離するような対策を取るようになった。だけどぼくはことあるごとに相手チームのサポーターの世話になってる。浦和戦の時は改札を出て反対方向に行こうとするぼくを呼び止めてバス停まで案内してもらったしぼくが広島に行った際には相手サポーターに案内をすることもあった。そういう交流こそが紛争を解決するのであって隔離は却って第3者意識を高めるだけという気がするのだが。

 相手があってこそのJリーグ。そして相手がいるからこそ自分の応援するチームも試合ができるのだ。いやあ、ぼくもずいぶんと聖人めいてきちゃったよな。これでみんなのぼくの見る目が変わってくるかな。

 でも、ぼくの見た目は身体がゴツくてフーリガンの方が似合っているのだった。

2009年7月25日 (土)

中1年挟んだ記憶

2009/07/25 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 あ、1階と2階で料金違うんだ。

 Loppiの前で固まってしまった。ゴール裏のアウェイエリアだったらどこもチケットは同じだと思ってたぼくは悩んだ。果たしていつも観戦する仲間はどっちで観るんだろう。結局そのままチケットは買わずにメールにて問い合わせてみるのだった。

 すぐに連絡をよこしてきた仲間は2階という回答だった。何でも関係者に聞くと2階の方が観やすいということと雨のリスクを考慮した結果ということらしい。そうか、雨のことも考えなきゃいけなかったんだ。といって1階でも雨は凌げたような気がするのだが。いや、もう忘れてしまった。

 味の素スタジアムで対戦するのは2年振り。2年も経つと記憶は薄れてしまうものなんだな。たった1J2にいただけだがその1年というのはやはり短くはなかったということだろう。

 それはいいとしてぼくは再びローソンに赴きLoppiの操作をするのだった。チケットは結局のところ2階席ということにした。

 そうやってぼくがチケットを買ったのが試合日前日である。フクアリや埼玉スタジアムでは考えられない。味の素スタジアムはアウェイエリアが広くて余裕があっていい。そういえばFC東京って対戦相手によってチケットの料金変えてたような気がする。要は人気チームだと高くてその他は安いということだ。そこで調べてみるとどうやらサンフレッチェは安いジャンルに組み込まれているらしい。

 味の素スタジアム、ここは色んな意味で感情の起伏の激しい場所だ。40で負けたこともある。それで鬼門と言われてたにも関わらず24で勝ったこともある。FC東京とヴェルディの2チームがホームスタジアムとしていることで比較的観戦の頻度が高いというのもある。それで他のスタジアムより印象が強いのだった。

 まあ印象が強いとか言っておいてチケットの区割りや構造はしっかり忘れているのだった。

2009年7月21日 (火)

千葉戦~素晴らしきスコア、そして明日への不安

2009/07/19 サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

 タイセイさんの家に着いたのはハーフタイムに入ってからだった。ただ、その時のタイセイさんの平穏な表情からゲームは動いてないというのは容易に察することができた。

「どうも今日は両チームパッとしませんねえ。本当のシュートチャンスなんてジェフに1回あっただけですよ」

 そうか、サンフは最近点が取れてないし千葉も勝ってない。そういう低調同士の試合になってるんだなと半ば達観したような心境で弁当を広げた。仕事から直行したというのに大して腹は減ってなかったものの食べ始めると一気になくなってしまうものだった。

「いやあ、実は今日クーラー換えたばかりなんですよ。新しいやつはよく効きますねえ」

 そういえば快適だ。火照った身体が癒されるようだ。そしてのんびりと弁当なんぞ食べている。モニターに映ってる広島では試合前は雨だったらしい。蒸し暑さもあるだろう。ピッチも滑りコンディション的にも難しい。でもぼくはこの涼しい環境であいつが駄目だ、こいつが駄目だ、やる気あるのかなどということをのたまうのだろう。まあここでの罵詈雑言はタイセイさん以外に聞いてる人がいないというのが唯一の救いだ。

 後半が初まり選手がピッチに入ってきた。その時ミキッチがいることに気付いた。

「ミキッチがいるのに駄目ということは右サイド誰がやっても良くはならないということじゃないか?今まで散々ミキッチが復帰すれば何とかなると言ってたが」

 そんなことを言ってしまった。そして柏木がゴールに近い場所でボールを持ったが何だか動きが遅い気がした。もっと早いテンポでボールを動かせよと罵声を上げそうになったがその時クロスを上げた。中央に上がったボールは寿人がDFと競る形でボレーシュートを放ちゴールに突き刺さった。

「おっしゃあ」

 驚きと喜びが入り混じったような感覚だった。ここでいやあ柏木よくあのクロス上げた、寿人もよくシュートを決めたなどと喋るのだった。

 そしてその後も勢いが止まらなかった。パスを回す。途中ファールを受け倒されてしまったが柏木が抜け出した。チャンス、と思ったら笛が鳴ってしまった。これってアドバンテージで流す場面だろという気がしたがさすがに柏木も文句を言っていた。

 せっかくのチャンスの場面を潰された気はしたがFKの位置としては悪くない。柏木、槙野、ストヤノフとボールに立っていたがストヤノフが蹴るのは容易に想像でき、やはりストヤノフが蹴った。飛びつくGK。ただ、ポストに当てたその弾道はあまりにもコースが良く防ぐことはできなかった。決まった。絶対に入らないと思ってたのにきまった。これまでどれだけこういうセットプレーを無駄にしてきたことか。

 2点目。よりによってこの2点共元ジェフに所属した選手なのだった。何と因縁めいたものだろう。サンフで言えば浦和戦でトゥーリオに決められるようなものだろうか。

 そしてこの試合の極めつけはロスタイムだった。敵味方含めて終わってみれば89分に3点が入るということが起きてしまった。試合を観てない人にしてみれば一体何が起こったのかと首を傾げるだろう。その展開はあまりにも速すぎてある意味呆気に取られてしまった。

 まず柏木と交代してハンジェが入った。この時ハンジェかあとため息をついたものだがゴールを決めてしまった。これで勝ったと確信をしたがそのすぐ後に失点してしまう。サンフレッチェらしいなと肩透かしを食ったのだがそのすぐ後に青山が決める。こういう点の入り方はJ2の頃を思い出させてくれた。さすがにこれは相手も前掛かりになった結果のことだろうがJ1でもこういう試合が観れるかもしれないと夢見ていたことが実現したのだった。

 41の勝利。夢のようなスコア。これぞサンフレッチェだと誇りに思う瞬間であった。が、それがそこまで夢見心地でもなかった。それはその前に3連敗してるという事実を忘れてる訳でもなく、次節累積警告で槙野とミキッチが出場停止だという未来へ向けての不安があった。そしてサンフレッチェが勝ってしまったが為に当然千葉は勝ち点を重ねることができなかったというのも心苦しかった。なぜなら、千葉の2チームが両方とも降格圏内にいるのだ。近場でサンフレッチェの試合を観れる機会が減ってしまうのはいかんともしがたかった。

 といってそんな心配ばかりしてて2007年は自分の方が降格してしまったのだったが。

2009年7月18日 (土)

舞姫

2009/07/19 サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

「パブリック・ビューイング観に行くんですか?」

「は?」

「いや、フクアリで無料でパブリック・ビューイングやるんですよ。知らなかったんですか?いや、てっきり行くんだとばかり思ってましたよ。その試合の前にレディースの試合をやっててそちらは500円で観れるんですよ。それはそれで面白そうですけどね。まああくまでも千葉のホームスタジアムだから広島の応援ができるかどうかは分からないですけど」

 知らなかった。千葉に住んでいながらそんな情報をちっとも得ることがなかった。そんな情報一体どうやって得るんだろう。新聞にでも書いてあるんだろうか。そういや新聞なんて何年も読んでないな。社会に出ると新聞くらいは読まないといけないと言われつつもついぞ読むことはなかった。まあ読まなくても生きていける。却って毎日新聞の処理をしなきゃいけないという恐怖に駆られてしまう。そしてやっと契約満了日を迎えたと思っていたらすぐにやって来る新聞の勧誘員。断ろう断ろうと念じつつもいつも負けてしまう。今では居留守を使うことで何とか逃れることができるようになった。

 そういう訳でぼくは情報に疎いのだ。まあどっち道流行物には興味ないしスーパーのチラシ見たって買いに行かないし。そして多くの人が感じるようにぼくもニュースはネットで間に合ってるような気がしているのだった。ネットが普及して便利になった反面情報の供給側としては厄介な時代ではなかろうか。情報なんてタダで手に入ると思われてるのにわざわざ紙にしてそれによって利益を出さなければいけないなんて。本が売れないと言われてるが一部にそういう理由もあるのだろう。

 それはそうと思いもよらぬ観戦場所を見つけたのだがこういう時によりによって仕事が入ってるのだった。終わってから都内から駆けつけても開始時間には間に合いそうもない。せっかくの面白い企画なのにぼくは体験することができないのだった。

 しかし、こういう時ぼくにはタイセイさんがいた。これも都合良く帰りに寄れる場所なのである。どうもここのところ自分で努力しなくても自然とサンフレッチェの試合を観れてしまうのである。そのあまりもの成り行きの自然さに不可解さを憶えられることもあるのだった。自然なために不自然というパラドックスめいた状態にあるのだった。

 こんなことばかり考えてるぼくは試合についての展望とか勝利への渇望というのが沸いてこないのだった。2003年にしても2007年にしてもどうにか落ちないものかと固唾を呑んだものだが今はそうでもない。実際夏に近付いてパタッと勝てなくなったのは2007年と一緒なんだがそれほど恐怖にも感じてないのだった。それはリハビリ中のメンバーが戻ってくれば大丈夫とか決定力を上げさえすれば勝てるとかセットプレーでもっと気をつければいいといったようなことでもない。降格に対して恐怖心がなくなったのだった。それは興味をなくしたという意味ではない。サンフレッチェそのものが変化してきたのだ。

 かつてのサンフレッチェ、人気がなくて名前さえ知られてなかった。そんなクラブがJ2に落ちたら潰れてしまうという恐れがあった。そこは真剣にならざるを得ない状況なのだった。それが現実には2回も落ちてその都度新しいファンを付けて這い上がってきたのである。関東ではアウェイサポーター席が満席になるという状況も生まれそう簡単に潰れるような気はしなくなってきた。だから降格は単に実力の問題と処理できるようになったのである。やっぱりぼく自身も変わったのかもしれない。

 げに東に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学問こそ猶心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ変り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写して誰にか見せむ。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。

(舞姫/森鴎外)

2009年7月12日 (日)

浦和戦~完全アウェイの地で

2009/07/11 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

「あれオフサイドか?」

 裏へ抜け出す動きはことごとくオフサイドの旗が上がり攻撃の芽を摘まれてしまった。他にも岡田主審はレッズの選手が倒れた時だけ笛を吹くという一方的なジャッジを繰り返し埼玉スタジアムの大観衆の圧力に影響を受けてたのは明白だった。これぞアウェイジャッジ。中東の笛ならぬ埼玉の笛。まあ本当にACLにでも出ればもっとヘンテコな笛があるのでこれくらいの偏向ジャッジに屈するようではアジアには出ていけない。

 だが、先に点を入れたのはサンフレッチェだった。今日も柏木はキレキレ。多少無理な状態からでもボールを失わずチャンスにつなげる。そして寿人へ出したラストパスはこれまた無理な姿勢でつま先で打ったものだったがボールはゴールに飛び込んでいった。

 寿人サンフレッチェ在籍100ゴール目だ。2試合ゴールがなかっただけなのに何だか久々のゴールのような気がする。それでいて決めるとこは決める、やはりストライカーなのだった。言ってることが訳分からないな。そう、実際訳分からなくなっていたのだ。

 ただ、寿人はそういう決め事があるかのように1試合に1点しか取らない。どんなチャンスがあっても1点。逆に難しいシュートを決めるのに簡単なシュートさえ外してしまうという傾向がある。そしてそれよりも悩ましいのが柏木だった。あれだけ屈強なボディバランスでボールをキープするもののシュートはことごとく枠の外。まあ練習ですら入らないのに実践で入る訳がない。その決定力のなさは数々のチャンスを不意にするのだった。

 しかしこの2人についてはシュートを打つだけまだマシではあった。高柳、服部といずれも前が空いてるのにパスを出してしまう。強引なシュートというのが微塵もない。ゴール前まで行ってもみんなパスパスパスだ。シュート打て、シュート打てだ。

 ところがスタンドからそのシュートを打たないというイライラはなかった。それ以上に右サイドの粗が目立ったからだ。楽山、ある意味この試合で一番名前が呼ばれた選手だろう。即効の場面でスピードを落とす。クロスは上げられない。危険な位置でバックパスをして敵に取られる。全てが全て酷かった。まずミスをするのは楽山だった。そしてその度に「ラクさ~ん」という頼むよという声が聞こえそしてついには誰がミスをしても「ラクさん」と言われる始末だった。

 さすがにこれは限界と感じたか楽山は橋内と交代した。若い分こちらの方が期待値が大きい。ミシャにしては思い切った交代をやったなと感じたがこの選手交代の後すぐに失点してしまった。ポーンと蹴りこまれたボールに対応することなく2人のディフェンダーは突っ立ったままだった。慌ててボールを追うも時はすでに遅し、キッチリと決められてしまったのだった。またしてもしょうもない失点であった。

 その後攻められつつもチャンスがなかった訳でもないがやはり橋内ではどうしようもなかった。前にチャレンジしようとする姿勢はあるが思い切りが悪くクロスを上げるでもなし突破するでもなくバックパスに終わるかボールを取られるというばかりだった。楽山とどっちがマシかという天秤に掛けた場合まだ楽山の方がマシかもしれなかった。

 そしてもっと酷かったのは柏木と交代して入った丸谷だった。わずか14分で平繁と交代、よっぽどミシャの気に障ったのであろう。確かに上から見てたぼくらも丸谷の存在感はちっとも感じなかった。だが失点はその交代の後に起こったのだった。

 いずれも交代の後に失点をする。何という運のなさ。この日のミシャは本当に運がなかった。これでは采配ミスと言われても無理はないだろう。

 結局21で終わってしまいただ単に浦和を喜ばすだけの試合になってしまった。シュートは打たない、右サイドがいない、交代メンバーがしょぼい、終わってみれば当然の結果だった。アウェイ・ゴール裏も空いてる席がなくなり前の人が立つから必然的にみんな立たないといけないという状態になり応援としては熱気を持っていた。ただそれも浦和のホームの持つ大声量に屈したという感じだった。

 それにしてもこのアウェイエリア、通路が1本しかないというのは無理があった。緩衝地帯のせいだがこれだったらもうちょっと緩衝地帯を減らしてもらいたいものだ。確かにサポーター同士の衝突みたいな問題もあるのかもしれないが通路がないというのは逆にその内将棋倒しなどの事故につながりそうなのだった。例えサポーター同士がケンカして物を投げ合ってもせいぜいたんこぶの一つで済むだろうが将棋倒しはヘタをしたら重傷を伴う大きな事故につながりかねない。最近のJリーグはどうもこういう本末転倒な運営があると思うのはぼくだけだろうか。

 そしてぼくは帰路につくためスタジアムの反対側へ廻った。北越谷行きのシャトルバスへ乗る。当然そこは赤い人にまみれてぼくは紫でポツンと立つことになる。その状態は負けたからこそ空しいのだが逆に浦和が勝ったからこそバスに早く乗れたのだった。

2009年7月11日 (土)

浦和戦~節目の試合

2009/07/11 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

 やはりぼくは星を持ってる。幸運の女神の下に住んでいる。完全に仕事の予定が入ってたのだがトラブルで急遽中止になってしまった。そのタイミングがあまりにもピッタシ合ってたことで実はぼくがトラブルを起こしてるんじゃないかと疑われそうだ。いや、ぼくは無実だ。絶対に無実だ。

 早朝、いつもの日課でメールを開ける。Kさんから来てた。

前半折り返し最後の試合 レッズ戦です

2連敗 故障者続出 埼スタでリーグ戦未勝利

ネガティブな話題満載です

赤いサポーターの大音量に負けないようしっかり応援しましょうね

では、現地でお会いしましょう

 まさにその通りであった。埼玉スタジアムは意気込んで行って帰りはいつもいつも打ちのめされてしまう。あの大観衆、しかもトゥーリオにゴールを決められたりすると尚更凹んでしまうのだ。スタジアムへ行く前はいつもいつも妄想する。寿人がゴールし盛田がコーナーキックからヘッドで合わせて決めるとこを。だがそれはいつもいつも妄想で終わってしまうのだった。

 そもそも今回は盛田は怪我で戦列を離れている。寿人もサンフレッチェ在籍100ゴールまであと1ゴールという煽りのせいで全くゴールから遠ざかってしまった。チームも点が取れない。そして無限の悲観論思想に入っていく。それなのにスタジアムに向かってしまう。そこがまた不思議なのだった。

 しかし、埼玉スタジアムのアウェイ・ゴール裏も早めにチケットを確保しないといけないというようになってきた。昔はサンフレッチェのサポーターなんてほんの数える程度しかいなかったので駅前で集まって行こうとか色々と企画をやったものだが今はもう放っておいても来る状況だ。ぼくも本格的に応援をするようになって10年も経ってしまった。周りも変わったしそろそろ節目を迎えてるという気がするのだった。

 全く人気のないアウェイ・ゴール裏の人を増やそうとがんばってきたこの10年。もはやそういう役目というのは終わりと考えても良さそうだ。ぼくも一人のファン、もしくはサポーターとして自分自身が楽しむことだけを考えるようにしよう。ぼくにとってそういう節目の試合でもあるのだった。

2009年7月 6日 (月)

磐田戦~2連敗、連続無得点

2009/07/05 サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

 何がどう悪いのか。モニターからは分からなかった。言えるのは圧倒的に磐田の方が攻めていてボールを拾ってもちっとも攻めることができないということだった。そして失点は左サイドの浅い位置からのクロス、それをゴール前で合わせられたというだけだった。森脇が競れなかったとも言えるが磐田はその競り合いに2人もいた。それ以上にどうしてあれ程まで簡単にクロスを上げさせるのか不思議だった。毎度の失点パターンだからいい加減気付いても良さそうなものだが。正直ぼくなどはクロスを上げる前にヤバイと感じた。そんなモニター観戦者にさえ気付くことをピッチの選手が気付いてないというのが悲しかった。1度や2度ならしょうがないと諦めも付くだろうがこういつもいつも同じことを繰り返すようじゃやっぱりこの失点は抑えられないと諦めるより他ないのだった。それならこちらもそれを上回る得点を奪えばいいのだ。

 ただ得点を奪うどころかシュートさえも打てない。攻撃的なチームでありながら攻撃ができない。こんな哀しいことはなない。この状況にただただため息しか出ないのだった。やはりミキッチがいないと駄目か。高萩がいないと攻撃に推進力が出ない。いや、カズがいればもっと違う。みんないない選手に想いを寄せることが唯一の救いでしかないかのようだった。

 後半57分にメンバーを替えてきた。当然ハンジェと交代だろうという予想はできたもののそれで状況が好転するとは思えなかった。なぜならピッチに入ったのは楽山。今まで何かしたという記憶が全くない楽山。まあ天皇杯では1回だけ決勝ゴールのアシストをやったがそれもその後のあまりもの戦力としての使えなさに記憶も消滅しかかっているのだった。

 楽山にパスが来る。楽山がパスを戻す。楽山がクロスを上げられない。その度にぼくらは「楽山じゃしょうがないよ」と諦めの言葉を発する。そしてその次の交代で平繁。前に行くのは魅力だが残念ながらこういう場面に出場して結果を出したことがない。それでも平繁の投入はそれまで傾いていた試合の流れをわずかにサンフレッチェに舵を変えたのだった。そしてその後の大崎、これはもう完全に流れを持ってきた。ドリブルで切り込む、シュートを打つ、ゴール前でFKを得る。磐田は完全にゴール前を固めるようになってしまった。

 だがゴールは生まれなかった。ほとんどのシュートは枠を捉えてない。チャンスはあったが決めきれない。これはただ単に決定力の問題である。ドクトルも京都戦はちゃんとチャンスで決めていれば5点くらい取って勝てたのになと言っていた。参った、ここに来て決定力不足かよ。だがこうなるのも半ば予想の範疇であった。

 放送でもしきりに言っていたがあと1ゴールで寿人が広島での通算100ゴール達成である。こういうメモリアルがある時サンフレッチェは決まって点を取れなくなる傾向にあるのだった。盛り上げるために煽りたい気持ちも分かるがこういうことを言えば言うほど点が取れなくなる。負けてしまう。悪循環である。

 不吉なことに今の勝ち点の取り方と失速の仕方が2007年と酷似している。ぼくに指摘されるまでもなく多くの人は気付いているようだった。

「今年は残留目標、上を狙うのは来年かな」

 仲間のその言葉に否定をする勇気はなかった。ただ肯定するにはあまりにも悔しいのだった。

磐田戦~原出場

2009/07/05 サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

「今日はヤバイですよ」

 ふとこの試合の中継について聞かれた際に言葉に出た。

「だってGKの中林が怪我で出ないみたいなんですよ。代わり入団1年目の原が出場するみたいですよ」

「エッ、怪我したの?何でGKばかりこんなに怪我するんだろうねえ」

 本当にそうである。だけどその兆候はあった。ここ数試合の中林のパフォーマンスの低さを考えると体調が万全でないのは納得できたし元々怪我が多いことで鳥栖でも出場のチャンスのなかった選手である。中林にとっても始めての充実したシーズンだっただけに悔やまれる欠場であろう。ちゃんと戻ってきてくれればいいのだが。

 しかし、サブに下田が復帰するという情報を得た。30歳を越えて1年もリハビリに費やしたらもう選手として使えない、誰もがそう考えるだろう。そして復帰しても以前のようなパフォーマンスは期待できない。それでも下田という名前を聞いただけで安心感がある。やはり数々のビッグセーブの記憶は中林や佐藤昭大では存在感という意味でとても敵わない。戦力的にどうかなんて分からない。ただ下田がベンチに座るというのが嬉しいのだった。

 その他にもミキッチと高萩も欠場という話もあるし一体どうなってるんだろう。ただこういう事態が起きないとなかなか超新星が現れないから調度いいかもしれない。どうやらナビスコカップでも活躍した大崎もサブに入りそうだ。数々の不安要素をそういう期待要素に無理矢理すり替えるのだった。

 かくして試合はいがい意外にも原は安定したパフォーマンスを披露した。それよりも酷いのは右サイドだった。やはりミキッチの穴は大きい。そしてそれに連動するように右サイドだけでなく全てが良くなかった。磐田の余裕の試合運び。攻められ攻められ攻められ続ける。攻撃サッカーと謳いつつ相手に攻撃されている。ボールが前に運べない。ああ、やっぱり右サイドはふさがれてしまう。考えてみればJ2の時でさえ右が弱点だったのだった。J1で通用する訳ないだろう。

 半ば予想の展開ではあったものの観てるのは辛かった。辛くて辛くて辛い展開だった。これをホームでやってしまうか。一緒にモニターで観戦してた仲間の表情は一様に曇ってしまったのだった。

2009年6月29日 (月)

京都戦~絶望の中に希望を見出す

2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場

「ムチャクチャストレスの溜まる試合ですけが、観ます?まあこんな日もあるだろうけどねえ」

 タイセイさんからのメールを貰うまでもなくぼくは結果を知っていた。20、絶対に勝たないといけない相手に完全にやられてしまった。ここで勝つと上位が狙える、ここは絶対に負けてはいけない、そういう試合に限っておとしてしまう。試合内容も相当悪かったようでそれがまた気を落とさせるのだった。

「どうもねえ、やはり午後1時開催というのは無理があるんでしょうかねえ。私もあの辺住んでたことあるんですけどあそこの蒸し暑さときたら半端じゃないですよ。うちのスタイルだと運動量が生かせないとどうしてもキツイですよね。みんな動きが悪かったもんな」

 暑い日差しの中、タイセイさんに電話した。確かに外は暑い。京都ってそんなに暑いとこなのか。でも気候の条件はどっちも同じなんだけどなあ。

「それよりも柏木と盛田が負傷で交代しましてね。横竹と高柳が出たんですけどけが人が多いですよね。森脇は今日もベンチにすら入ってなかったからこれはまた長期の離脱があるんじゃないですか?あと3人目にミキッチが平繁と交代しましたけどミキッチも最近精彩がないですねえ。今日は両サイドからの攻撃が全くなかったですよ」

 聞けば聞く程気がめいってきた。そして映像としては最初の失点は観た。4人も守りの選手がいながら相手のシュートを許してしまった。大したシュートに見えなかったが誰かの足に当たってコースが変わってしまった。この失点、運がなかったと言えばそれまでだがこの時サンフレッチェの選手は一人こけてた。そして中林も防ぐことができないポジションにいたということで一時期の神通力が失われたような気がした。

 そして次の失点。もうこれをぼくは観ることができなかった。タイセイさんによるとDFが前線まで走りこんできて決められたということで完全にサンフのお株を奪われるようなことをされてしまったということだ。そんなシーンを観る精神力はとてもばくには持ち合わせてないのだった。

 この日の晩、近所のサッカースクールの関係者と飲みに誘われた。小学生の試合があってその結果がどうのこうのと盛り上がっていたがぼくは一人沈んでいた。

「そういえば今日サンフレッチェどうだったの?」

 ふいにそういう質問をぼくにぶつけてくる人がいる。ああ、止めてくれと思いつつ負けましたと一言答えた。1年を通してあらゆる試合があるもののこの試合というのは意味合いが大きかった。ぼくはサンフレッチェを応援してる限り絶対にタイトルなどという歓喜は訪れないんだろうという気がした。

「でもサンフレッチェはクラブとしては立派だよね。ちゃんとユースの選手を育てているんだから。他のクラブなんてFWに外国人を並べてさ、それで得点力不足なんてそんなん当たり前じゃん。Jリーグの理念っていうのがあるけどさ、そんなのただの建前で広告代理店の産物になってしまってるよね。本当に広島だけだよ」

「そう、そうなんですよ。今だって外人2人しか使ってないですしね」

 他にも盛田や中島のようなほぼ他のクラブを戦力外になったような選手を主力として使ってるし久保や服部、もしくは青山のような全くの無名選手を中心選手として見出したし。今回だって横竹のようにまだ不安もある選手だってちゃんと実践で使ってる。他のクラブの選手でもユースを含めサンフレッチェにいた選手は結構いるのだ。そう思うとサンフレッチェの日本サッカーへの貢献度は極めて高いと言える。

 そうだ、サンフレッチェはたかが1戦のことで下を向いてはいけない。大きな意味で偉業を成し遂げているんだから。だからこそぼくもサンフレッチェが好きなのだし応援したいという気がするのだ。

「でも、小野剛が監督やってる時にメチャクチャにされましたけどね。今の日本サッカー協会の技術委員長ですけど。何であんな人をああいうポストに付けるのかサッパリわかりませんよ」

 この話を聞いてる人たち、一部の人を除いて「小野剛、誰それ?」という顔をしていたのは言うまでもないことだった。

2009年6月26日 (金)

マイケル、訃報

2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場

「マイケル・ジャクソン、死亡」

 インターネットの記事でその表題を見たときにはマイケル・ジャクソンはもう売れなくなって死んだも同然だという意味だとばかり思ってた。そしたら本当に死んだのだった。ミーハーの象徴、消費文明の歯車、大衆迎合音楽、そんな風潮でぼくのようなロック好きにはバカにされる存在ではあった。だってバンドでやるんならローリング・ストーンズの方がかっこいいしマイケル・ジャクソンなんてバンドでできるものじゃなかった。でもよく考えてみるとジャクソンズの『ステート・オブ・ショック』ではストーンズのミック・ジャガーも参加してるし『ビート・イット』でギターを弾いてるのはエディ・ヴァンへイレンだったりする。実はぼくがロックにこだわって線引きしてた境界線なんて実は大してなかったのかもしれない。

 こういう冷静な判断ができるようになったのは紛れもなくマイケル・ジャクソンが死んでしまったからだ。ミュージシャンというのは死んで神格化されるとこがある。そしてそのイメージに流されて死んだ瞬間にファンになるという訳の分からない人が出てきて途端にCDが売れてしまうという現象が起きるのは目に見えてるのだった。生きてる内にファンだったら次の作品を待つ楽しみがある。だけど死んでしまってからファンになってしまってはどうしようもない。といってそういう人はせいぜいCD1枚か2枚買ってそれで満足な人なんだろうが。

 サンフレッチェの2度のJ2降格ではその都度新しいファンが付いた。それらの人がもっと早く応援に来てたら降格はしなくて済んだだろう。でもそこはもはやJ1でなくなったという喪失感が逆に人を呼び寄せたのだ。なくなったという事実に人は惹きつけられるのだ。そういう意味でマイケル・ジャクソンの死と同じ感覚のような気がするのだった。

 2度目の降格の時、ビッグアーチには明らかにそれまで来てなかった人がたくさん詰め掛けてた。23千人もの人が来て勝てなかったのはこの時来た客を取り込めなかったという意味でも残念な気がした。でも明らかにあれからスタジアムに来る人は増えた。特に関東での増え方は急激だった。あの時京都に勝てなかったのは哀しかったが結果として良かったのだと考えることができるようになった。

 そして2年経った今、チームとしての成長を見せ付けねばならない。何と言ってもこっちはほとんどメンバー変わってないんだから。

 でも向こうはほとんどメンバー替わってしまったんだよな。道理で大して意識してない訳だ。でもそれは勝者だからこそのメンタリティだろう。こういう相手に負けてはならない。勝つ、絶対に勝つ。天国にいるマイケルもきっと応援してくれるだろう。

 いや、待てよ。一体マイケル・ジャクソンがいつサンフレッチェの応援なんかしたというんだ。生前CDなんて1枚も買わなかったのにそんなこと言ってる。ぼくも死んでからファンになる人たちと大して変わらないということだろうか。

2009年6月22日 (月)

神戸戦~Up and Down with Snfrecce

2009/06/21 サンフレッチェ広島vsヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ

「エエエエエッ、あれがPKぃぃぃっ!」

 FKの壁に入ったミキッチの手には確かにボールが当たってた。だけどあれは直撃を回避するため身体を横に向ける、言わば防衛本能のようなもので無意識の結果だった。あれでPKというなら強烈なキックを真正面でブロックしなきゃいけないということだろうか。いや、やっぱりあり得ない。

 このPKを大久保がいとも簡単に決めてしまった。正直前半は何の印象もなかった選手にゴールをプレゼントしてしまった。プレゼントと言えばサンフの1点目も北本のオウンゴールなので同じだがこのPKは納得いくようなものじゃなかった。2007年も大久保のPKで負けた。もしかしてまた今度もという悪い予感が走った。

 それでもスコアは21。まだ勝っている。それなのにサンフレッチェは一度傾いた流れを食い止めることができない。すぐに左サイドからクロス気味のボールを直接ゴールに入れられてしまった。唖然とした。あれが入るのかよ。そのあまりにもあっけない同点へのプロセスに対してぼくらは言葉を失った。これで振り出しに戻ってしまった。

 前半終了間際には高萩の絶妙なトラップとピンポイントのパスで槙野が豪快にシュートし20とした時にはもうこの試合は決まったという気がしたものだ。それでも1点目が開始1分とあまりにも早い得点だったことが逆に不安を感じていたのだった。大体あまりに早く得点すると負けてしまうというのはよくあることだ。だからこそ槙野のゴールは本当に救われたのだった。

 同点にされたことで点を取らなければいけなくなった。それなのに悪い流れに陥ったサンフレッチェはパスがつながらない。苛立ちが募る。攻めろ、攻めろ攻めろ、もっと攻めろ。熱くなっていたぼくは声に出して言っていたかもしれない。そしたら前掛かりになった裏を取られ茂木に逆転ゴールを決められてしまった。よりによって茂木に決められてしまった。小野監督に潰されて広島を去った選手に決められた。それがまたショックを強めたのだった。

 もう負けた。またしても2007年の繰り返しか。もはや希望をなくしてしまった。今日勝たないとマズかったんだけどなとドクトルが呟く。ガックリ肩を落としてしまいもはやこの試合に何の希望も持てなくなってしまった。

 攻めてもシュートまでいけなかったりボールを失ったり、もう駄目だとため息ばかりが出てしまうのだった。神戸もイエローを貰う頻度が多くなりこの試合をこのまま閉めようという意気込みがあった。せめてあのPKさえなければ。こういう展開にはならなかっただろうに。ここでまたレフリーへの怨みつらみを感じるのだった。

 残り10分。ああ、もう時間がない。打開することはできないのか。そんな時寿人へボールが入った。でもそこにはDFががっちりマークをしておりシュートを打てそうにない。何とか取られないようにボールを後ろに流す。そしてそこに走りこんでいた柏木。強烈なシュートをGKとゴールの枠のわずかな隙に叩き込んだ。

「うおおおおおおっ、柏木が決めたーっ!」

 モニターの前で観戦してた3人は声を上げた。

「柏木、やっとお前はこういう時シュートを入れられるようになったか」

 ドクトルが諭すようにコメントしたが本当に柏木はこういう場面でいつもシュートを外していたものだった。これで同点。やっぱりまだ行けるぞ。

 息を吹き返したサンフレッチェは途端に躍動感を得たようにいつものパス回しが冴えまくる。そして今度は高萩のシュート。ただしこれは威力がない。だがゴール前の寿人に当たったことにより軌道が変わりゴールに入っていった。

「うおおおおおおっ、入ったあああっ!」

 気が狂ったように騒ぎ出したぼくらだった。後でリプレイを観たら寿人が触ってはいるだろうがその後ろでマークしてた北本の足に当たってた。北本2ゴール目じゃないかという声に他の2人もドッと笑いが込み上げた。

 しかしここからが苦しかった。あと5分しかないというのにこの5分が長いこと。こんなの普段のパス回しをやってると軽く過ぎてしまいそうな時間なのにこの後バタバタと攻められてしまうのだった。ゴール前でのFK。ああ、ヤバイ。相手の精度のなさで助けられた。それでもまたFK。逆転をするまではあれだけボールを支配してたというのに落ち着かない。そしてまたしても相手の精度のなさで助けられ最後は選手交代で時間稼ぎをしてこのピンチをやっとのことで切り抜けたのだった。ああ、心臓に悪い試合だった。

 終了のホイッスルは歓喜の瞬間というよりホッとした安堵感の方が大きかった。そしてあまりにも感情の起伏が激しかった試合だけにその後のハイライトでは前半の映像が遥か昔のことのように感じられたのだった。

 3人は試合を振り返り審判は酷かっただのでもあのPKはやっぱり失敗だったと気付いたから神戸にイエロー乱発したんだろうとか議論が白熱するのだった。そして試合中は罵声と歓喜を繰り返しその声は遠く木霊しただろう。この閑静な住宅街、さぞやドクトルの家では何が行われてるんだろうと近所の家に思われたことだろう。

2009年6月13日 (土)

ナビスコカップ磐田戦~Sunless Saturday

2009/06/13 ヤマザキナビスコカップ予選リーグ ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島 鹿児島県立鴨池陸上競技場

「今度少年サッカーの試合があるんですけど審判が足りないんですよ。もし良かったらやってくれませんか?」

 そう頼んだのはぼくが通ってるサッカースクールのコーチだった。その日は仕事ですと丁寧に断ったがもしかしたらサンフレッチェの試合に行くんだと思われたかもしれない。広島ならまだしも鹿児島だぞ、行く訳ないだろ。そう心の中で叫んでいたものの誰もそんなことは聞いてないのだった。

 それにしても何でこんなとこでやるんだ。両チームのサポーターなら当然思うことだろう。しかもホームチームであるジュビロ磐田はもはや予選リーグ敗退が決まっている。そんな消化試合をわざわざ高い交通費と時間を使って遠征する訳がないだろう。そう、これは遠征だ。ホームチームが遠征、絶対におかしい。

 恐らくこれはサッカーの普及の為に行われてる措置なんだろう。磐田にとってキャンプ地であることから毎年1試合開催をするという都合もあったんだろう。でもそれだったら何もサンフレッチェの試合でやらなくてもいいじゃないか。せめて大分の試合にして欲しかった。それだったら大分のサポーターは磐田に行くよりは鹿児島の方が行きやすいだろうから少しは歓迎されるだろう。どうせ普及の為と言うんならこういう中立地のような場所での開催はJリーグやサッカー協会の方でもっと客が入るように宣伝活動でもやってもらいたいものだが。まあ地方開催というのは相撲の地方巡業のようなもので決して間違った発想だとは思わないが。

 かくしてこの試合は現地にも行けない、中継もない、行く人も少ないで本当に情報がない試合になりそうだった。まるで外国で試合をやるかのようだ。いや、まだ外国でやる方が物珍しさから情報が来るような気がした。

 さて、今日は誰がゴールを決めるか。そんなことばかりを考えてきた。そして仕事が終わり駅に向かう途中携帯で試合結果を見た。予選リーグ順位表が出てた。1位、2位ともサンフレッチェの名前がない。あれ、おかしいな。今日の試合はどうなったんだ?え、もしかして、3位。試合結果21、ということは・・・負けたんじゃないか!嘘だろ、引き分けでも良かったのによりによって負けたのか。エエッ!

 週末、サンフレッチェの勝利、ナビスコカップの決勝トーナメント進出、ぼくは正に素晴らしい土曜の夜を迎えるはずだった。光り輝く太陽はすっかり影を潜めたかのように暗黒空間に漂ったような気分になった。

 最悪だ。

 ぼくは一体何を楽しみに一週間を過ごしたのだろう。期待を込めた時、これから快進撃が始まるぞと思った時、本当に期待を裏切るのが好きなチームだ。大して注目もしてない時に限って大勝してしまう。そこが何ともサンフレッチェらしい。

 だがもうナビスコカップは終わった。リーグ戦に向けて気持ちを切り替えていこう。いつまでも落ち込んではいられない。と意気込んで電車に乗った時アナウンスがあった。千葉方面電車ストップで再開の見込みありません。ああ、やっぱり最悪の土曜日だった。

2009年6月 8日 (月)

ナビスコカップ新潟戦~想像の中での試合

2009/06/07 ナビスコカップ予選リーグ サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

 もう夏かと思われる日差しの下、フラフラした足取りで家にたどり着いた。草サッカーの試合から帰ったぼくは打ちひしがれていた。試合はボロ負け、FWとして出たぼくはシュート0、しかも見方のシュートが身体に当たってしまいブロックしてしまった。ああ、こういう試合をやった時というのは選手も同じ気持ちなのだろうか。

 そんなことを考えながらパソコンの電源を入れた。サンフレッチェの試合があることは忘れてなかったものの中継そのものをやってないのならどんな手段を使っても試合を観ることができない。だからぼくのできるのは試合経過を追うだけ。スコアの推移だけなのでリアルタイムでそれを追う必要もないのだった。

 前半終了してた。31。エッ、勝ってるじゃないか。高柳、中島、柏木。おお、理想的な点の入り方じゃないか。でもそれ以前に4分に失点というのは何なんだ。7分、13分とすぐにスコアをひっくり返し前半終了間際に柏木のゴール。ああ、柏木もシュートの意識がないと嘆いていたのが嘘のようだ。リーグ戦が中断しナビスコカップになってから順調にゴールを決めているではないか。ぼくは実に晴れ晴れとした気分になるのだった。

 後半に入りまたスコアが動く。Jリーグ公式サイトの実況でゴールの文字が浮かび上がる。得点者寿人、そして最後にはユースの大崎と出た。点差が付いた為の余裕の交代かもしれないがゴールを決めてしまった。正に夢のスコアだ。

51、一体誰がこのスコアを予想しただろう。確かに大宮戦は70というとんでもないスコアを叩き出した。だけどそうそういつも上手くいくとは限らない。期待はあったもののまさかこんな大勝をするとは思わなかった。ビスコカップの予選突破が現実として見えてきたのだ。

それからが大変だった。ネットで検索しまくり一夜明けた後やっと『スポーツ元気○』の映像を手に入れた。色々と問題のある動画配信サイトだがぼくのような関東の人間が広島の地方放送を観る手段なんてこんなことしか残されてない。必要悪といったところではないだろうか。

得点者が全部バラバラ。これは昨シーズンのJ2での快進撃の様子とよく似てる。特に終盤に掛けて大量得点で勝つことが多くなったがそれがカップ戦とはいえJ1でもできた。サンフレッチェは美しく、そして勝利するチームである。素晴らしい、正にこれは誰もが目指していながら成し遂げられないことであろう。

ぼくはもう草サッカーの敗戦のことはすっかり忘れていた。それどころかサンフレッチェの快進撃と自分を同化させてしまうすっかり自分が偉業を成し遂げた気分になったのだった。51で大勝したといってもぼくはスタジアムに行った訳でも中継を観てた訳でもないというのに。

川端康成の『雪国』に主人公の島村が西洋の印刷物を頼りに西洋舞踏の文章を書いてるというのを思い出した。見てもない舞踏について勝手気儘な想像で彼自身の空想が踊る幻影を鑑賞してるというのだ。ぼくもこれに似ているのだろう。だけどこの主人公と違うとこは彼はその行為に自ら冷笑しているがぼくはすっかりいい気分になるということだった。まあそれくらいの勘違いがないとナビスコカップの試合なんか追っかけることができないのだった。

2009年6月 7日 (日)

日本W杯出場決定

2009/06/07 W杯最終予選 ウズベキスタンvs日本 タシケント

 世界最速、一番乗りでW杯出場を決めた。4大会連続の出場、アウェーの地で勝利したというのも大きい。01というスコアだが最低限のノルマは果たした。やった、最高だ。

 そう言ってやるのが素直な行動なのだがそれがどこか冷めている。少なくとも今までのW杯予選と比べて一番盛り上がりに欠けたのは明白だ。だって岡田監督だもん。やっぱりこの人にはパフォーマンスがない。代表監督のような目立つポジションにいるべき人ではない。この人が監督をやってる限りどこか日本代表のブランド力が落ちてしまうというのは紛れもない事実だろう。

 そもそもこの人、最初から言い訳が残されてた。声が掛からないかなあとてぐすねひいて待っていたという訳でもなくオシムが病に倒れて協会に打診されてしょうがないからやってあげますという姿勢だった。恐らく本人はやりたかったんだろうが待ってましたと外にアピールすることがなかった。それは上手くいかなかった時代理だからしょうがないでしょという言い訳を用意してるようにも見えた。

 そういう意味で岡田監督に同情はない。日本代表の監督になる為研究に研究を重ねてたと今からでもアピールすればいい。この辺が小野剛と似ている。もしかしたら言い訳なんか用意してるつもりはないかもしれない。だけど観てるぼくらがそう見えてしまうんだからどうしようもない。

 正直日本がW杯予選を通過するだろうというのはほとんどの人が考えていただろう。試合も後半は攻められ続けたが負けるというイメージは沸かなかった。スタジアムの広告看板が示すようにFIFAも日本には本戦に出場して欲しいに違いない。なぜなら半分くらいは日本の企業なのだから。この分だと審判も日本寄りになるだろうと安心してたがそうはならなかった。

 普段Jリーグを観ていて審判のレベルの低さに嘆いてしまったが実はJリーグなんてまだ良い方だというのに気付いた。国際審判と称し審判の地位としてはJリーグの審判より上の人たちなのだがそのジャッジの不可解さときたらまさにミステリーの域だった。

 でも日本代表の冷めた感情、これは何もぼくだけじゃない。この前日本でやったベルギー戦を観に行った仲間に貰ったメール、やっぱりぼくもサンフレッチェが一番燃えることができるのはしょうがないことだった。

フィールドプレイヤーの中で槙野だけ出なかったのはがっかりでした(寒くて風

邪も引きそうになりました)が、まぁ最近岡田が重用しているメンバーのことは

ともかく、槙野が代表にふさわしい選手かと言うと、以前「候補」で陽介が呼ば

れたのと大差ないと思いますからね。仕方ないかなぁと諦めもつきました。(し

かし、ここでクラブに返されるかと思ってました。山田はケガを口実にレッズに

戻るのに、槙野がW杯予選に行くなんて~)

オシムさんがいなくなってから初めて代表戦に行きました。ベルギーが中一日で

連戦になるため、試合としては面白いものではありませんでした。Kさんがフ

クアリのチリVSベルギー戦(TV中継)を見ておすすめ、と言っていた選手も

相当疲れていたようでした。

ちょっとパスがつながったくらいで観客が「わーわー」「ひゃーひゃー」喜ぶの

で、あ然としました。「こんなの、うちの試合なんて見たら○×△」「こんなの

、うちのユースの試合なんて見たら○×△」と・・・。サンフレやサンフレユー

スの試合を見たことないって、不運なことだと思いましたね。

2009年6月 4日 (木)

ナビスコカップ大分戦~勝てないとやっぱり悔しかった

2009/06/03 大分トリニータvsサンフレッチェ広島 九州石油ドーム

 ウェズレイにFKを決められた。これがどんな屈辱的なことか。だってサンフレッチェにいる時はちっとも全くまるで入らなかったんだから。しかも2007年の降格の責任はかなりの部分でウェズレイにある。夏からまるでゴールも決められなくなった癖に妙に我侭なプレーに固執するようになった。そのウェズレイにFKを決められて同点で終わってしまったというのが何とももどかしい。

 しかし、もっともどかしいのは試合を観る手段が全くないということだった。スカパーさえ中継がないというのはもはやプロスポーツとして存在がないということではないか。どうしてここまで軽く扱われるのか。そんなに注目度がないのか。まあそれを否定するだけの勇気も持ち合わせてはないんだけど。

 かく言うぼくも最初はあまり意識になかった。せいぜい若手を一杯使って経験を積ませる場にすればいいというぐらいにしか思ってなかった。そもそも7チーム中2チームしか決勝トーナメント行けない。そんな確率の低い大会捨ててしまってリーグ戦に集中しよう。そう考えてたのは何もぼく一人だけではないだろう。サンフレッチェにはナビスコカップを戦う余力はないと踏んだ。そして2007年の記憶も残っていたのだろう。ナビスコカップの予選リーグ通過したもののその後勝てなくなりシーズンが終わった時には降格してたという苦い経験。それらがナビスコカップに消極的にさせていったのだった。ナビスコカップ2戦目のマリノス戦でメンバーを半分代えるとまるで歯が立たなかった影響も大きかった。

 だが、ナビスコカップ第3戦目、大宮戦で7点も入れるという予想だにしなかった快挙をやり遂げナビスコカップへの本気度が強くなってしまったのだ。それなのに、それなのにミシャときたらサテライトリーグかと見間違うかのような布陣で臨んでしまった。公式戦を実験場にするのかよ。でもまあそれはそれで観てみたいメンバーであったのだった。

 CKから失点しCKから橋内がゴールしPKで平繁が決めウェズレイのFKで同点にされた。その結果だけでぼくはイマジネーションの限りを費やす。一体どんな90分が繰り広げられていたか。高柳は力強いドリブルを披露したか、楽山はまともなプレーができたか、清水は何本シュートを打ったか。その辺はまだいい。岡本、丸谷、橋内、原なんてまるで霞を掴むようだ。期待されつつも実際にプレーを観た経験があまりないので想像がつかない。やはりぼくの想像力はこの程度なんだろう。

 このメンバーで引き分けならしょうがないだろうとも考えられる。だけどぼくは猛烈に悔しい。Jリーグ公式サイトの試合速報が22という表示に変わった時頭を抱えてしまった。こんなただの数字の変化に対して一喜一憂するぼくの姿は何て異端なんだろう。だけどぼくと同じことやってる仲間もいたことだろう。

 でもこういう時にこそ高柳はチームを救うゴールを決めて欲しかった。楽山は実はやる時はやるんだという素晴らしいクロスを上げアシストを決めて欲しかった。2人共、見事にこのチャンスを生かさなかった。いや、高柳は今シーズンは試合に出たら活躍してるだろうと言われそうだが批判はしょうがない。だってそれまで駄目な姿しか見てないんですっかりけなすのに慣れてしまったからだ。

 一誠、お前のせいで勝てなかったんだぞ。お前が決めてりゃ良かったんだ。せっかく久々のスタメンなのに。ああ、煮え切らなん奴だ。

 ここまで毒づいてやっと気分が晴れるのだった。あーあ、スッキリした。こんなことで高柳の批判ばかりしてるぼくは女の子の一誠ファンに嫌われそうだ。でも大丈夫。なぜならぼくは女の子に嫌われるのは慣れてるのだった。

2009年5月31日 (日)

ナビスコカップ大宮戦~ダイジェストでのゴール集

2009/05/30 サンフレッチェ広島vs大宮アルディージャ 広島ビッグアーチ

 『スーパーサッカー』でダイジェストが流れた。7得点全て観ることができた。色々とネットで検索した内容そのまま映像で観ることができた。ただ、その映像は実に淡々と流されただけだった。ボランチの青山がGKの股を抜くシュートを決めたのも横竹のプロ初ゴールにもコメントはなし。ましてや不可解な判定から取り消されたゴールのことなんかそんな問題が存在しなかったかのようにスルーされてしまった。多分番組のコメンテイターも編集者も試合を観てないだろう。そしてこの番組の人でさえこのダイジェストで始めて映像を観たというような様子だった。カップ戦を軽視すべきじゃないとサッカー協会会長はおっしゃるがこうやってメディアが軽視してるのにクラブ関係者だけに責任を押し付けるのはどうかという気がするのだった。

 しかし横竹がゴールしたというのには勇気を与えられた。これまでチョコチョコ試合には出場していたがその特徴を把握できないというのが現状だ。それもそのはず、初出場はDF、その後はボランチ、しかもユースでは当初FWをやってたというんだから。どこでもできる反面特徴も捉えづらいのではないだろうか。いや、だからこそそのユーティリティ性を評価してミシャは試合に出してるのかもしれない。

 ぼくはDVDプレイヤーに録画してそのダイジェストを何回も何回も観た。ストヤノフのゴールはオウンゴールにも見えた。逆にマトのオウンゴールはGKにバックパスしなきゃ寿人に決められた気もする。青山のゴールはまるでFWのような狙い済ましたものだった。素晴らしい、本来ならリーグ戦だってこうなってりゃ良かったんだ。

 そして他会場では大分の前田俊介の2ゴールの映像が流れた。本当にストライカーらしいゴールでああいうゴールを決めるのは日本にそういない。大分でも最近試合に出てないし本当に消えてしまうのかと思ったがこれをキッカケに復活してもらいたいものだ。って次はその大分との対戦ではないか。果たして敵となった前田俊介はどれだけの脅威をぼくらに与えるんだろうか。

 でも次の試合も放送がないんだよな。やれば絶対に観る人がいるのに。だけどTV局にしてみれば絶対に観る10人より適当に観る100人の方が欲しいんだよな。これってJリーグの存在そのものにも共通してるようでどうにかならんものかと考えてしまうのだった。

2009年5月30日 (土)

ナビスコカップ大宮戦~映像のない試合

2009/05/30 サンフレッチェ広島vs大宮アルディージャ 広島ビッグアーチ

 7-0。一体誰がこの夢のスコアを予想しただろうか。確かに勝たなければいけない相手だった。リーグ戦で完全な勝ち試合を落とした相手だった。リベンジがあった。だからこそぼくも燃えた。この試合に掛ける意気込みがあった。それなのに中継がなかった。映像を観る手段はなかった。ネットの前に噛り付くだけ。とても肩透かしを食ったような気分だった。

 2008年もこういうことがあった。あれは寿人が代表に召集された時だった。そして天皇杯3回戦も寿人不在で大勝した。今回は寿人ではなく槙野が代表に呼ばれ不在だ。主力メンバーが代表に呼ばれて穴ができるとこういう大勝のスコアになってしまうというジンクスが生まれた。これで心置きなくサンフのメンバーを代表に出すことができる。ただ、問題は代表に呼ばれないというなのだが。

 ぼくはこのスコアを見た時試合観に行けば良かったと後悔した。仕事も休みだし終了時間も3時だし行こうと思えば行けた。ぼくにとっては理想的な時間帯だった。それでも行かなかったのはやはり往復の交通費が勿体なかったからだ。ナビスコカップの予選リーグじゃ4万円もの大金を払ってまで観に行くなんてことはそうそうできたもんじゃない。だからそういう時のためにスカパーがあるはずなんだがそのスカパーでも放送がないというのはどういうことなんだ。といってスカパーに加入してないぼくが批判するのも何なんだが。

 こういう大差のついた試合だったからかミシャの選手交代もツボを得たものだった。負傷明けの高柳、2年目の横竹、ユースの頃からその才能を高く評価された岡本。とりわけ岡本はJ1初出場だ。どんな選手か知ってる人は少ないだろうが期待をしてる人は多いだろう。観たいと思う選手がちゃんと出てきた。その意味でもこの試合に行った人は幸福だった。それなのによりによって6,921人しか来てないというのは不幸であった。

 サンフレッチェは槙野がいなかった場合考えられるメンバーそのままだったのでベストメンバーと言ってもいいだろう。対する大宮もほぼベストメンバーではないのだろうか。そういうとこが分からなくなってるのはぼくが他チームの情報に疎くなってることの証明だった。しょうがない、サンフレッチェだけ追ってても手一杯なのに他のチームのことまで手が回らない。ということにしといて欲しい。

 しかしこの試合を録画でもいいから観れないということは何という巡り合わせの悪さだろう。この試合の映像を観ることができるのはいつなんだろうか。『スーパーサッカー』も期待できないし、スポーツニュースなんて尚更期待できないし。もしかして来年のイヤーDVDの発売まで待たないといけないということだろうか。冗談のようだが結構それが冗談じゃないような気がするのだった。

2009年5月24日 (日)

大分戦~代表槙野の存在感

2009/05/23 大分トリニータvsサンフレッチェ広島 九州石油ドーム

 全てはこの日の為だったのだ。3日前に行われたナビスコカップのマリノス戦のメンバーは途中交代で出場した。特に横竹が出場するとは思わなかった。ナビスコは単に経験を積ますために出しただけという気もしていたがミシャの中ではもう計算に入ってるメンバーだったようだ。そうでなければ1点差しかない状況で経験のない横竹を使うのはリスクが高すぎるだろう。更に寿人と平繁を交代してるがこれも相当な勇気のいることだ。さすがにナビスコカップを観たら平繁は恐くて使えないはずだった。

 そんなことをぼくはパソコンをいじりながら試合を空想するのだった。タイセイさんもいない、アローズでも観戦会がない、スカパーも持ってない、残された手段はネットで情報を探るだけだった。仲間の内にはスカパーあるけど一人で観戦しても味気ないと言う人もいるがぼくのようにスカパーを持ってない人間はその味気なささえ味わえないのだ。そこはもう時間の経過と得点と交代の情報で想像するしかないのだった。

 そういえば九州石油ドームは芝の状態が悪いということだった。元々ここは屋根が日照を妨害してるのか、建設直後ピッチの芝が枯れてしまうという現象が起こってしまった場所だ。あれから何らかの改善をしたのかと思っていたが構造的なものだけに改善は難しいということだろうか。めくり上げる芝、デコボコのピッチ、その状態で苦労するのはパスを駆使するサンフレッチェであるというのは大方の予想であった。だが試合は有利に進められ寿人の1点で勝てた。結構サンフレッチェのペースが続いたということだがそれでも1点で終わったことがまたしても高萩がシュートを外しまくったことが想像できた。

 こういう時は夜の『スーパーサッカー』が待ち遠しい。代表メンバー発表に絡めて槙野中心に試合のダイジェストが流れた。槙野が止める、槙野が攻める、槙野のオーバーヘッドと紹介されたが肝心の寿人のゴールシーンは実にアッサリとしたものだった。この番組も以前に比べてJリーグのダイジェストが減って味気なくなってしまった。それでもぼくはこんな番組に頼らないといけないのだった。

 今シーズン初めての連勝ということだった。あんまり勝ってなかったんだな。そういえば期待に期待を膨らませた試合程負けてるような気がする。そしてこの大分戦、当然勝っておきたかったもののナビスコカップを観た後じゃ大した期待もできなかった。チームとして勢いが出て連勝するという展開が一般的だが大丈夫かよと心配になった時に勝ってイケイケの時に負けてしまう。どうもこのチームは乗せると逆の目が出てしまうようだ。そういう雰囲気になってしまうのはなぜだろう。こういうことを考えた時、どうしても槙野の顔が浮かんでしまうのは気のせいだろうか。

2009年5月21日 (木)

横浜戦~テンションの下がった夜

2009/05/20 ナビスコカップ 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 ニッサンスタジアム

「1失点目が全てだったなあ」

 ドクトルはつぶやいた。確かにそうだった。普段出てないメンバーが出て実験の意味合いもあったがそういうメンバーでどれだけできるかという楽しみも期待もあった。それなのに中林と槙野はゴール前で安易なパス回しを行いそれを掻っ攫われて失点してしまった。ミスは誰にでもあると言うがおよそプロとは思えないミスに気分が白けてしまった。それが試合全体をとおして影響したと言えなくもないだろう。

「横竹がミスをするんだったらまだ分かるけど槙野だもんね。あれじゃあ代表には選ばれないよ」

 また別の仲間が言った。そう、白けてしまった要素として大きいのがそれが槙野のミスだということだ。試合経験がない選手なら場慣れできずに何かをやらかしてしまうこともあるだろうが完全なレギュラーメンバーの槙野がやってしまったというのは心理的に与える影響は大きかった。

「だけどミシャが何でいつもメンバーを固定してしまうのか分かった気がするよね。レギュラーとそうでないメンバーとで落差があり過ぎるよな。あれじゃあ使えないよ」

 そうである。そうであるからこそ後半に入って青山もストヤノフも出場しなくてはいけないハメに陥った。休養の意味で出場しなかった選手を使わざるを得なかったというとこにこの試合の前半の様相が伺い知れる。パスはつながらない、ボールが前に行かない、シュートが打てない。守っても11の場面でスカッと抜かれて失点してしまう。確かに対人に強いとは言えない中島であったがベテラン選手がああもアッサリとやられると更にモチベーションを下げられたる。せっかく寿人が1点返したのにこれでは勝てる訳がない。

「両サイドも酷かったよね。前空いてるのに絶対縦に行かずバックパスだからね。楽山なんて1本もクロス上げなかったよね。ハンジェはあれだけイリアンからフリーでボール貰ってるのにクロス合わすことができないし。速攻の場面でバックパスするし。やっぱりJ2でできなかったことがJ1でできる訳がないよな」

 そうなのである。両サイド、これは酷かった。楽山なんてオシムサッカーを知ってるという理由でミシャのサッカーに合うという予測で取ったのだがまるで走らない。本当にオシムの走るサッカーをやってきたんだろうか。そしてハンジェに至ってはもう何に付けても中途半端。中盤をやれば相手にパスをしてしまう、サイドをやれば突破ができない、終いには槙野がハンジェを追い越してペナルティエリアまで侵入してる始末。何でディフェンダーの方が攻撃をしてるんだよ。

 31による敗戦。相手はベストメンバーで臨んだということはあったがボロ負けであった。それでいて勝つチャンスはなかったかというとそうでもなかったのだ。

「ただ最後の精度がないんだよな。あと相手のGKもよく止めてたよね。2本くらい決定的なのをとめられたよ。マリノスのDFもよく防いでいたよね」

「でもあれが普通なんだけどね」

 ぼくらに自嘲を込めた笑いが上がった。本当に易々と失点してしまう。似たようなミスを何回も起こす。本当に何回も何回も。

「でもよかったじゃないですか。これで使える選手とそうでない選手がハッキリしたということで。清水なんかは良かったけどなあ。ちゃんとシュートも打ってるし。裏に抜けた場面も一瞬寿人かと思ってしまったよ」

 そんな話をしながらぼくらは電車に乗り込んだ。横浜からは横須賀線で座れたこともあって落ち着くこともできた。ただあまりにも落ち着いたのかあくびが出てしまう。

 そういえば試合が終わったの9時半なんだよな。遅いよな。これじゃ明日のこと考えると観戦に来るかどうか迷う人でるのもしょうがないよな。といってそういう迷ってた人のほとんどはスタジアムで見かけたのだった。

2009年5月17日 (日)

山形戦~満足の壁

2009/05/16 サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

 パブリック・アローズには初めての参加者が3人いた。3人はそれぞれ千葉方面に住んでいて関東での試合は観てるものの足を運べない試合を観る手段はないかなと模索してたということろで千葉戦で配布したフリーペーパーを観て来てくれたということだった。あちがたいことだった。フリーペーパーについてもそしてそういう人がまだいるということも。

 とはいえこの日はいつもより店に来る人が少なかった。中には広島に行った人もいたが大きな理由はシーズン中盤に入って新鮮味が薄れたということが多きいんではないだろうか。現にモニターに映ったビッグアーチの映像も客が少なく連休中に2試合もあったことの影響があったでのはなかろうか。

 現地では雨は降ってないようだ。だが当初雨の予報があっただけに黒い雲が立ち込めている。そこも集客に影響があったかもしれない。そこはそこで残念であったがなぜかぼくは期待を抱くことができた。悪天候、客入りの悪さ、前節の敗戦、そういう不の要素が重なってるとチームのパフォーマンスが上がるという傾向がある。そこがこのチームの不思議なとこである。

 そしてその不思議な傾向は思い込みじゃないというのを証明するかのようだった。試合が始まってからというものサンフレッチェはほぼ一方的にボールを支配し柏木によりアッサリと点が入った。相手のバックパスを掻っ攫いGKをすり抜けるようにゴールに放り込んだ。相手のミスだがシュートはボールをよくコントロールしたものだった。そして2点目も柏木のFKを槙野がヘッドで決めた。これもあまりにもピッタリと決まったので逆に恐ろしくなってしまった。こんなに簡単に2点も入れてしまってしまうとまた簡単に失点してしまうんじゃないかと。大宮戦のように緊張感がなくなって逆にやられてしまうのではないのかという不安が立ち込めたのだった。そしたら前半の終了間際高萩がスーパーなミドルシュートを決めさすがにこれで負けることはないだろうという目途が立ってしまったのだった。

 柏木、槙野、高萩、よりによって前節駄目駄目だった3人が点を取った。特に柏木には殺意すら感じるくらい酷いパフォーマンスだったという印象が残ってただけに汚名を挽回してくれたことにホッとした。さすがに3点差もあったらもう大丈夫。後半は安心して観ていられるはずだ。

 しかし、ここがサンフレッチェが他のチームと違うとこであった。後半になってなぜかパスがつながらない。逆に山形にいいように攻められてる。危ないシーンを何度か向かえついには山形の唯一のパターンともいうべきサイドからのクロスを合わせられて失点してしまったのだ。その時ペナルティエリアにはサンフレッチェの選手がたくさんいた。それなのに1人の選手にやられる。この辺は中林がいくら安定したセービングをしようと改善されないとこなのだった。

 だがそれ以上にまたしても柏木はシュートを外す。柏木は本当にシュートがヘタなんだ。これは決めるだろうという場面で見事に外す。その外しっぷりときたらアッパレであった。まるでもう今日は1点決めたから役目は終わったと言わんばかりだった。

そしてもう1人、アッパレな外し方をする選手がいた。ミキッチだ。もうこれは絶対に入っただろというくらい崩しきった場面でゴールの上に飛ばしてしいこの決定力のなさにミカって本当に昔FWやってたのかとぼくらは顔を見合わせた程だった。

 こうやってシュートを打っても外して外して外しまくる。結局こういうシュートをきめられないからピンチになってしまうのだ。31で勝ったのだがとても2点差あるように見えないくらいに最後はバタついた。このチームは3点取らないと勝てないということだろうか。そりゃ勝てば何でもいいんだろうがとても勝ったような気分にならなかったのも事実である。

 ああ、ミシャにもっとゲームを読む目があれば。そして冒険する勇気があれば。平繁や岡本を試合で使うこともできるだろう。確かに清水は出したがそれでも選手起用が偏ってるのは事実だ。誰かミシャに進言できないのだろうか。

 といって小野監督に比べれば月とスッポンのように良くなってる。それなのに不満があるというのは果たしてぼくの満足のハードルが高くなってしまったのだろうか。それは自分でも分からないのだった。

2009年5月10日 (日)

千葉戦~帰りの電車で

2009/05/09 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 3試合連続の観戦だった。その締めくくりは敗戦だった。帰り一緒だった仲間は電車が進むにつれ一人、また一人と減っていった。そして最後は広島から来たコダマさんと二人になった。

「ぼく家が福山なんですが試合用に福山直通のバスが出るんですよ。でもほとんど満席にはならないですね。酷い時は5人ということもありますよ。でもそれもしょうがない面もあるんですよね。昔と比べて明らかにサービスが下がってますから。前は入場者プレゼントなんかもちゃんと人数分確保しといてくれましたから。そういうのが欲しい人はあのバスじゃ間に合わないんですよ。それからコアサポの人なんかは準備があるからやはり到着時間が遅いということみたいなんですよ」

 勿体ないな。せっかくあるものを生かせてない。ビッグアーチで常に問題になるのは交通手段と観客人数の関係だが毎試合福山から来るバス、それを満席にするだけで50人くらいは観客を増やせるというのに。しかもその50人は増えたことによって帰りに行列をならばないといけないとかいうこととは関わらない人なのだ。もしかして他にもあるのに生かせてないものがあるのではないだろうか。

 そんな話をしながらもう試合について触れることはなかった。どうせもう柏木がシュート下手だということやストヤノフもキックが良くなかったとか寿人もキレがなかったという同じ話が続くだけだ。そういう話はみんながいる時散々やったのでもう気も晴れたのだった。一人で観戦していると感情を内にグッと押し留めておかなきゃならない。だけど仲間がいると誰かの悪口を言い合ってればいいのだ。そういう環境、それが広島には不足してるような気がしたのだ。逆に関東ではそれができるため年々サポーターが増えてるのではなかろうか。

 最寄り駅に着いてコダマさんと別れぼくは電車を降りた。千葉ということもあって黄色いシャツの人も何人か降りていた。普段生活してると千葉のサポーターなんて本当にいるんだろうかという気がするがそこそこいたんだ。そしてぼくは紫のレプリカで入り乱れる人の中を歩くのだった。その姿というのはどこかみすぼらしかった。勝っていればさぞ堂々と歩くことができたのに。

 それはそうと今朝から鼻炎に悩まされてたがいつの間にかそんなのすっかり忘れてたのに気付いた。確か試合中も鼻をかんでいたが敗戦の激高により忘れてしまったようだ。負けると精神衛生上良くないと思ってたが逆に身体に良い影響を与えることもあるようだ。やっぱりサンフの観戦は辞められない。

 でも良く考えてみればあまりにも苦しそうなぼくに隣に座ってたタイセイさんが鼻炎の薬をくれたのだった。

千葉戦~負けるパターンはいつも一緒

2009/05/09 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 高萩のゴール。これでもういけるような気がした。プレーが軽いとか何だかんだ言われてるがゴールは決める。それが高萩なのだった。ボールも良く廻りサンフレッチェのサッカーができる。そして千葉に負ける要素はどこにもない。そんな気がしてたものだった。が、そこにはとんでもないブレーキがいたのだった。

 中盤前目でパスを受けた柏木は余裕がないのかよりによって敵にパスをしてしまった。しかもそのパスが最悪の形でカウンターを受けてしまい深井に決められてしまった。そしてその後はCKから巻に決められてしまった。この時の失点、一番マークしなきゃいけない巻をフリーにしてたように見えたが後で『スーパーサッカー』で確認すると槙野が見事なまでに振り切られていたのだった。わずか5分の間で2失点というこれまで無失点で切り抜けていたGK中林にとっては迷惑な失点だった。

 カウンターとセットプレー、いつものパターンで失点した。本当に安い失点だった。それでも得点は取れるという自身があったためそれ程焦りもしなかった。これから2点取ればいい、まだ試合は終わったわけじゃないと。

 だけどどうもおかしい。パスがぶれている。オフサイドに掛かりまくる。シュートを打っても全て枠の外。段々焦りとなっていった。時間の経過と共にそれが上手くいってないとはっきりと判断できるようになっていった。

 そしてこの日の主役は何と言っても柏木だった。ボールを持ったら判断が遅く、または判断を間違いボールを取られる。シュートを打てば枠の外。せっかく攻めているのに柏木のところでプレーが止まるという感じになって明らかにチームにとってマイナス要因だった。1トップというフォーメーションを取ってる限りシャドーにいる高萩と柏木もゴールが求められるものの柏木にはゴールできないとハッキリと予想できた。

「大体シュート練習でさえ入らないのに試合で入る訳ないんだよな」

 隣にいたドクトルが口に出した。そういえばアップの時のシュート練習は入ってなかった。柏木を代えたい。それなのにミシャの選択は柏木ではなく高萩だった。ゴールがあったとはいえこちらも簡単に敵にボールを渡していた。意表を付くようなプレーをしようとしてたがそれがちっとも敵の意表を付かれてないのは目を覆いたくなるとこはあった。

 交代で出たのは平繁。そしてそのすぐ後服部に代わって楽山が出る。平繁はボールに触れない。楽山に至ってはボールが廻ってくるが本当に11人の中の1人。そこから何かが起こることは皆無だった。こんなのでわざわざ服部を交代させたのは何か意味あるんだろうか。最初に不安定だった森脇と盛田の交代があった時は理にかなっていたがミシャの選手交代は理解不能のことが多い。

 ただし平繁だけはボールを持つと何かがありそうだった。3人に囲まれてでも突破をしようと試みたりああいうのを続けていけばいつか守備は破綻するだろう。だけど残念なのは平繁に残されてる時間はそう多くなかったのだ。今更ながら前2試合で中島をトップ下で使うくらいなら平繁を使って欲しかった。あまりにも突然の出場で試合に馴染んでないようにも見えた。

 シュートまでは行くが何せ枠に入らない。いい位置でFKを得ても最初から入らないような気がする。ストヤノフまでキックの精度がない。かといって柏木が蹴ったら尚更入りそうもないのだった。

 2点目は取れなかった。そしてカウンターとCKでやられた。何だか相手にやられたというより自ら負けたような感覚だった。攻めても攻めても点が取れないのは清水戦と一緒だった。そしてこの状況でも柏木を使わないといけないというのは苦しかった。

「トップ下の選手がいないってのが辛いよね」

 仲間が言った。

「本当はそこのポジション選手一杯いるんだけどね」

「高柳、浩司、桑田。一体サンフのトレーナーはどうなってるんだろう」

「とりあえず高柳は次の試合には間に合うんじゃないかな」

 そんな戦列を離れてる選手に期待を抱き妄想にふける。

 帰り、4、5人で蘇我駅まで行きホームで電車を待つ。終わった試合についてああでもない、こうでもないと議論を深めているとふともう一人ぼくらの後ろに紫のレプリカが立ってるのに気付いた。「あ、お疲れ様です」と挨拶すると彼もこの終わりのない議論に加わってきたのだった。

「でも今のサンフレッチェってバクスター時代の感覚に似てますよね。負けたけど面白いですよ」

 そう言ったのがJリーグ元年から応援をしてるというシロさんだった。

「ああ、そうですよ。ぼくもそんな気がしますよ」

 そう返したのがさっき知り合った彼で彼はJリーグ元年のレプリカを着ていた。ぼくはサッカーを観だしたのがそのもっと後だっただけに貴重な話だった。

 でもそうやってずっと昔から関東で応援してるのに知り合わなかった人もいる。そしてアウェイ自由席は明らかに増えている。まだまだ関東も開拓する余地があるのが確信として持てたのだった。

2009年5月 9日 (土)

千葉戦~満席のアウェイ自由席

2009/05/09 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

春うららの輝く海。砂浜に寄せる波が、一日じゅう、のたり、のたり、と倒れ続けるのどかさに、心もうららかに楽しくなってくる。(与謝蕪村)

 千葉の海じゃ輝くというのはどうにも無理があるがまさに心情はこんな感じだった。半袖じゃないと汗を掻きそうな気温、眠気を誘うような陽気、眩しささえ感じてしまう日光の輝き。気候としては恵まれた日なんだろうがぼくは違った。もう花粉の季節もスッカリ終わってるというのに持病の鼻炎の症状が酷かった。まるで身体の中の水分を全て噴出してしまうのではないかというくらいに鼻をかんでいる。何だって急にこんなになったんだろう。

 総武線

に乗って蘇我駅

へ向かう。勿論紫のレプリカを着たのなんてぼく一人だ。ふいに正面に座った二人組みの女の子はカバンの中に黄色いシャツを忍ばせてした。ああ、この二人も同じ場所へ行くんだというのが分かった。

 蘇我駅に着いたのはあっという間だったような気がした。連休中広島で2試合も観戦した後関東のスタジアムへ行くととても楽な気がする。サッカー観戦ってこんなにも手軽なものなんだ。広島のように我慢も忍耐も必要ない。

 スタジアムに入ると所々にいる知り合いに声を掛け2階席に陣取った。さすがに2階はガランとしていて気楽なものだった。その内にいつもの仲間がぼくを見付けて集まってきたが気付くと2階席も空席が見当たらなくなってきた。広島からコダマさんという今年知り合ったサポーターが来たが皆が席を詰めることによって何とか座ることができるというような様子だ