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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

2012年7月 1日 (日)

仙台へ向かう

2012/06/30 ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 ユアテックスタジアム

 

「てっきり紫の服装してるかと思ったよ」

 東京駅で待ち合わせた仲間はぼくを見つけてそう言った。確かにレプリカを着て行こうかとも思った。だけど東京から新幹線であの格好というのは抵抗を感じリュックにしまってしまった。が、実際に東北新幹線のホームに上がると名古屋のレプリカを着た人が降りてきてやはりああでないとと羨望の眼差しを向けるのだった。

 車内に乗り込むとぼくはサブのメンバーで臨んでぼろ負けしたナビスコカップのことを話した。その時のレギュラーのメンバーとの差にあまりにも愕然としたことからぼくの口調は一層熱を帯び仕舞いにはうるさいと遮られてしまった。

 その内仲間は鞄から『エル・ゴラッソ』を出した。ぼくはこの新聞を金曜日に買うとサンフレッチェが勝たないというジンクスを自らに感じ試合前には買わないようにしている。だけどぼくが買ったわけじゃないから読んでも大丈夫だろうとありがたく読ませてもらうことにした。

 首位攻防戦と銘打たれている。確かに1位と2位の対決である。注目カードだ。その割には紙面の扱いは地味だった。長年サンフを応援しているとどうせサンフは隅に追いやられると卑屈な精神が生まれてくるのだった。

 だが、実際にはリーグ戦もまだ半分も消化してない時期に首位決戦というのがあまり意味をなさないというのも事実である。そしてあまり首位を狙えるということを意識し過ぎると軽く足下をすくわれるような気もする。サンフレッチェがここぞという試合で負けてしまうのは何度となく味わってきたのだ。

 それゆえぼくは至って冷静だった。さっきはうるさいと言われたのにこの試合に関しては何が起こっても動じない心境だった。そんな境地に到達することができたのもそれもそのはず、ぼくは今まで広島以外の場所へ遠征へ行って勝った試合を観たことがないだった。だったら行かなければいいのに。誰が聞いてもそう答えるだろう。そして果たしてやはり行くべきだったのか自問自答をするのだった。

2009年10月16日 (金)

オリンピック立候補地広島

2009/10/17 サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 広島ビッグアーチ

 広島ビッグアーチ。広島が長崎と共同で2020年のオリンピックに立候補する意向を発表して多少話題になった。5万人収容の陸上スタジアムといったらここしかない。ただし最近の肥大化するオリンピックを例とするならばこれでも規模が不足してるのではないのかといった報道だ。そこで追加的にビッグアーチへのアクセスの問題も言及されてた。

 広島の秋葉市長はどういった意向でこういった行動に出たのか知らないが驚いたことに広島市民はこの立候補に好意的な反応をしていた。あくまでもマスコミによる報道であるが少なくとも東京オリンピックよりは支持されてそうだ。唯一の被爆国、平和の祭典ということで世界に向けるアピールというのが大義名分らしい。

 ただし、これには懐疑的な見方を向ける人間もいる。それはぼくを含んだサンフレッチェをおうえんしてきた観てきた人なのだった。あの2002年日韓W杯での広島の対応のまずさは7年経った今でも少しも霞掛かることがない。当時各地地元での開催を狙って様々な取り組みをやってきたのだが広島は平和都市という名前だけで選定されると高を括っていた感がある。その結果屋根付きのスタジアムを用意した他都市に負けてしまい開催地として選ばれなかったのだがその経緯がいかにも広島らしく密室的だった。数名の人間で安直に広島は何もしなくても選ばれるとビッグアーチに屋根を掛ける議論さえもしなかった。少なくとも外に分かるような形ではやってなかったのである。

 結果W杯の会場としては落選、更にどこの代表チームもキャンプ地として訪れることもなかった。世界に名だたる知名度をもっていながら広島はW杯を蚊帳の外として中枢に入ることはできなかった。広島にはそういう密室さ、閉鎖性、官僚さというものがある。実際に動かしてるのが誰なのか顔が見えない、参加したくてもできない、声も届かない、それでいて運営が稚拙、まるで数年前のサンフレッチェのようだ。そう、サンフレッチェとは広島そのものだったのだ。

 ただしサンフレッチェは変わった。少なくとも改善されつつある。少なかった観客も徐々に多くなり注目を集めつつある。その証拠に何気なく買った『エル・ゴラッソ』の表紙から3ページ目まで全部サンフレッチェの記事だった。しかも見出しには広島に勝算ありとまで書かれてるではないか。あの人気のない時代を知ってる身としては隔世の感がある。

 恐らく相手がガンバ大阪ということでそこそこ観客は入るだろう。サンフレッチェの試合では目一杯入っても2万人ぐらいだがこれまでの実績からいって2万人来たらビッグアーチのアクセスは麻痺してしまう。つまりスタジアムの収容人数は5万人あってもアクセスを含めた収容力という面では2万人が限界なのだ。そしてその2万人の人がビッグアーチに押し寄せた場合どうなるのか、そういうのを広島市はオリンピック開催の参考として視察に訪れることはあるのだろうか。恐らくないだろう。それだけは容易に想像できてしまう。

 だからビッグアーチに行く人にはお願いしたい。駐車場も限られてる、アストラムラインも遠い、シャトルバスも限界がある、その状態で人を集めるとどうなるか写真でも撮って送りつけてもらえないだろうか。知らない間にビッグアーチの改修工事が進んで交通設備が整備されないまま見た目だけ立派になったビッグアーチを押し付けられそうな気がする。そんな不安を抱えるのはぼくだけだろうか。

2009年2月 8日 (日)

遠くトルコへ想いを馳せて

2009/02/07 トルコキャンプ サンフレッチェ広島vsディナモ・ザグレブ アンタルヤ(トルコ)

 トルコ、そこは西洋と東洋の入り混じるとこ。市内にはモスクが点在しつつもレストランに行けば市民は普通に酒を飲んでいる。ここはイスラム教だがそれ程戒律が厳しくなく宗教を日常に感じない日本人にとっても馴染みやすいとこだ。そういえばトルコ人というのは顔を西洋人だが体形は日本人に似ている。性格も気さくでやはり日本人には馴染みやすいだろう。

 何だかトルコに行ったことのあるような書き方だな。いや、実を言うとぼくは一度トルコに行ったことがある。当時はまだトルコというと中東の端っこにあるくらいのイメージしかなく旅行会社もツアーで案内も出してなかった。あの当時都市は排ガスの煙に空気は汚れきっており、10m先が煤で霞んで見える程だった。そして道路のいたるとこで工事が進んでおり、近代化を進めているのが伺えた。現在、本当に都市国家へと変貌し日本からの観光も一般化してきた感じがする。

そんなトルコでのキャンプも7日目を消化した。このキャンプに行ったことのある人に聞いたが辺りはサッカーの練習場以外何もないとこのようだ。当たり前といえば当たり前だ。そもそも遊びに行ってるんじゃないんだから。だけど遠く海の向こうで記事によって送られてくる情報に目を通すと現実から目を背けたくなるものだった。期待も大きかった。それだけに日々こなしていく練習試合の結果は芳しくなかった。

中でもハイデュク・スプリト戦はショックだった。80、何かの間違いかと思った。練習試合、調整中、前半はサブ組中心だった、色んな言い訳を考えたがそれで気を持ち直すことはできなかった。大丈夫か?やっぱり所詮はJ2にいただけはある。あの圧倒的な強さは弱い相手だけにしか通用しなかったんだ。あの流れるようなパスワーク、ぼくはあのサッカーはJリーグに革命を起こせるとさえ思った。やっぱり弱かったのだ。そういう現実から目を逸らしたくぼくはカッパドキアの地下都市のことやジジカバブや地中海の青い海のことばかりを考えるのだった。

ただ、その後は強豪ディナモ・ザグレブに善戦したとか自慢のパスワークで相手をやきもきさせたという記事が来るようになった。やはりハイデュク・スプリト戦は何かの間違いだったと気を持ち直すことができた。といってもまだ勝ったという情報は流れてこないのは事実だが。

とはいえ2007年のキャンプでは連戦連勝を重ね今年は期待できるぞと息込んだもののあえなくJ2降格。実はその時の対戦相手は弱いとこばかりだったというのが後になって分かった。それを考えると悲観することもない。2008年だってキャンプでは負け続けたにも関わらずゼロックスで鹿島に勝つという快挙を成し遂げた。結局練習と本番は違うということだ。リーグ戦なんてやってみないと分からないというとこに行き着くのだった。

こういうポジティブな思考になったのはもう一つ理由がある。実はペトロビッチ監督は相当な自信を持ってるというのをクラブ関係者から聞いたからだ。そりゃ自信のない監督なんていないだろうがぼくの期待感は膨らんでしまった。というかぼくにはこの監督に結果を出して欲しいという気持ちがあるのだ。

でもそろそろトルコでの試合も勝ったという情報を聞きたいよな。そこはサポーターの心理でどうしようもないとこだ。トルコってやっぱり遠いよな。ぼくも観光としては素晴らしいが2度と行きたくないと感じたのはそこなのだった。飛行機の10時間はもう堪えられないのだった。

2008年8月 4日 (月)

鳥栖戦~ビッグアーチの広さ

2008/08/03 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 広島ビッグアーチ

 千葉からサンフのレプリカで電車に乗る。朝だったので人通りが少なかったことから目立っただろう。といってもそんなこと構やしない。ぼくの行き先は広島ビッグアーチ、何の問題もないだろう。願わくば広島に近づくに連れてその意味を理解してくれる人がいるのを期待する。

 当初の予定より早く出発したのは家にいても落ち着かなかったからだ。早く広島に行きたいという気持ちが先走ってしまい家を出たのだが早朝の掃き掃除をしてた近所のオバサンはなたどこ行くんだろうという顔をしていた。ただ実際に広島に着いた際には隣に座ってた青年が身体を避けてくれたためこの人広島で降りるんだというのは想像されてたようだ。

 新幹線から降り立った時、モワーッと熱気がまとわりついた。ただし新幹線の冷房により身体を冷やしていたぼくにとってありがたくも感じられるのだった。

 それから可部線で横川へ向かった。確か山陽本線と可部線両方とも横川に停まるんだよなと記憶の糸を手繰り寄せるのだった。だけどここにはそれ程電車の線路もないのでそうそう間違うこともないのを思い出した。

 横川でバス発射時刻の15:00になったのでバス停に並んだ。バス停の前にはすでに列ができており一番最初に走ったバスに乗れたのはちょっとした。優越感だった。だからどうしたという訳でもないのだがサポーターというものは一々しょうもない理由をつけて自分のやった功績を自慢したいものなのだ。一番最初のバスに乗る。おお、やはりなかなか真似ることができないな。といって冷静に考えてみたらやっぱりどうでもいいことだった。

 ビッグアーチに着いた時はすでに人が多かった。一般チケットしか買えないぼくは開門を待つ行列に加わるしかなかったのだ。年間パスを持ってる人はすぐに入れるためにやはり羨望の眼差しを向けるのだった。

 そうこうしてる内に入場していったのだが入ったら入ったでファンクラブ用のプレゼントや夏休み企画のステッカー配布、さらには席の確保ということをやっているとせわしないのだった。お陰でピッチでやってた少年サッカーにはほとんど目を向ける余裕がなかった。ビッグアーチも何気に全てを堪能しようとするとキックオフまでで時間が掛かる。まあ人が来るというのは喜ばしいことなので不満ではなかった。ただ改めてビッグアーチは無駄に広

2008年7月28日 (月)

横浜FC戦~横浜へ向かう

2008/07/27 横浜FC vsサンフレッチェ広島 ニッパツスタジアム

 今シーズンは関東での試合が少ない。もはやサンフレッチェの試合を観ようと思ったら遠征するのが当たり前のような感覚になってしまった。ここはJリーグのクラブの多い関東。それなのに都心はJ2のクラブがないという皮肉。こういう時やはりJ1だったら良かったという気になるのだった。

 そんな数少ない普通に電車で行ける場所での観戦だから特別な日だった。朝は日が昇る前に目が覚め再び眠ることはできなかった。録画した『スーパーサッカー』を観たり本を読んだりして過ごした。それだけ今日の観戦を楽しみにしているのだ。といって普段から早起きのぼくにとってほんの30分程度起きるのが早かっただけだが。だからぼくは友達と泊まりに行った時などお前は老人かなどと言われるのだ。

 ただその後は普段の日曜と同じように過ごしていたらあっという間に昼になったような気がする。暑いのでドリンクを一杯カバンの中に詰め出掛けるのだった。カバンの重さに水って何て重いんだろうと思うのだった。

 駅まで行くとホームで同じ近所のサッカークラブに通う人に会った。広島出身なので一応誘ってみたのだ。広島県人会の企画をプリントアウトして渡したら申し込んだらしく子供もエスコートキッズに当選したそうである。子供は意味分かってますかと聞いたらうーんどうだろうと答えてた。

 千葉からだが電車に乗ると横浜まではすぐに着いた。こうやって普通に電車で行ける場所というのがニッパツスタジアムだけだというのに改めて寂しさを感じるのだった。J2に落ちるのがいけないというのもあるがよりによって今年に限って関東のチームが軒並みJ1に行ってしまったというのは運が悪い。ただ全国的に見るとちょっと偏ってるなという気がするのだった。

 横浜駅の雑踏を歩いてるとヨコハマさんに出会った。久しぶりと言われたがさすがに紫のレプリカをきているぼくはすぐに見つけられたようである。確かに久しぶりで開幕直後の湘南戦以来であった。こんなところでも関東での試合の少なさを痛感するのだった。

 バス乗り場まで移動するとすでにサンフのサポーターらしき人が並んでいた。ほんの数年前であれば珍しくて声を掛けたろうが今やそうでもなくなっただけにそこまではしないのだった。でも後ろに並んだオジサンはサンフレッチェのポロシャツを着ててこの年代の人は珍しいので軽く挨拶をすると向こうも照れくさそうに笑うのだった。このスタジアムってペットボトル持って入っていいんですかと聞かれたが多分大丈夫でしょうと答えた。ぼくも記憶が確かではなかったのだが相対的にJ2のスタジアムでは持ち物規制がそれ程うるさくないという傾向があるのだ。単に客が入らないから持ち物検査をしたってどうしようもないというのがあるのだが。

 バスは定員に達したらすぐに発車するのかと思いきや時刻通りにしか出ないのだった。サッカーの試合があるからといってスケジュールを変えない。そんなところが横浜らしかった。街は人で溢れかえっているがこの中の何人が今日サッカーの試合があると知ってる人がいるんだろう。そういう無関心さもまた横浜らしいのだった。

2008年7月24日 (木)

横浜FC戦、エスコートキッズ企画実現

 東京広島県人会からメールがあり727日のニッパツスタジアムでの横浜FC戦の応援観戦募集が130名を超えたということだった。これにより広島側からもエスコートキッズを出せるし関東の試合で今後の活動につながるだろう。良かった、良かった。先週確認した時点では応募26名で停滞してたということだったのでもしかして企画倒れになるかと心配したものだ。

 この日16時半に、JR横浜駅中央北改札で駅前集合をするといういつもの企画があり主催者の「はみ」さんが黄色のGKユニフォームを着て待ってくれている。ただ集まって一緒にスタジアムまで向かうというだけのことだがこうでもしないとなかなかスタジアムで声を掛け合う機会もないので新参者にとって貴重なイベントではなかろうか。たった10人くらいしか応援してる人がいない頃からやって今回も130名のチケット申し込みができるまでになったのはこうした地道な活動があったのも無関係ではない。ローマは一日にして成らずである。

 実はこの試合、チケットの売れ行きを調べたら大して売れてない。ということは広島県人会の募集があったにも関わらずその告示が出る前にチケットを買った人もいるのでサンフレッチェ側に人が多く集まるのではと期待する。いわゆるアウェイジャックという現象が起こるのではなかろうか。アウェイジャック、サンフレッチェには絶対にない言葉だと思ってたのに。昨シーズンもこのスタジアムではアウェイゴール裏のチケット売り切れたので今回も当然そうなるものと思っている。果たしてどうだろうか。

 でも人口の多い横浜のクラブで客が入らないというのは何か哀しい。アウェイジャックという言葉に一瞬ときめいたがやっぱりどうなんだろうと考え込んでしまった。遠まわしだが横浜FCにやっぱりもっと客を増やしたいと思わせるくらい盛り上げていきたい。そもそもサンフレッチェにもエスコートキッズを出すという企画は横浜FCの好意によるもの。お互いにリーグ全体を盛り上げていきたいものである。当日スタジアムに行く人はとりあえず試合そのものを楽しんでもらいたい。そして楽しんだ経験を伝えて欲しい。大事なのはそんな些細なことの積み重ねなのである。

2008年7月15日 (火)

東京広島県人会からの告知

 東京広島県人会から以下のような告知がありました。横浜FC戦へ行く方は是非県人会を通して申し込んでください。この企画が成功すると今後も色々な活動につながると思います。

東京広島県人会の皆様へ

来る7月27日(日)に横浜ニッパツ三ツ沢球技場にて開催される

J
リーグサンフレッチェ広島対横浜FC戦を

皆で応援に行きましょう!今回は横浜FCからのご提案で、団体にて観戦

の場合は観戦者の中からサンフレッチェ広島の選手と入場時に手をつないで入場できる

「エスコートキッズ」に参加することができます(小学生以下、11名)。県人会からの

観戦申込が100名に達した場合に実現できます。つきましては観戦希望者は下記詳細を

ご確認いただき、メールまたはお電話にて県人会事務局までお申し込みください。

  お申し込み締め切りは7月22日(火)です!

なお、出来ればアウエー側で固まって応援したく、チケットのお申し込みは

基本的にアウエーゴール裏C自由席でお願いいたします。特に席の種類を指定

なさらない場合、自動的にアウエーゴール裏C自由席をお取り致します。


メインスタジアム他の席で観戦ご希望の場合はその旨明記して下さい。



《対象試合》Jリーグディビジョン2サンフレッチェ広島対横浜FC

《日時》727日(日)18時キックオフ(16時開場予定)

《場所》ニッパツ三ツ沢球技場(JR横浜駅よりバスにて約10分)

《チケット前売金額》アウエーゴール裏C自由席(大人2,000円小中高500円)

          メインスタジアムS自由席(大人3,500円小中高1,500円)

          バックスタンドA自由席(大人3,000円 小中高1,000円)



スタジアムへのアクセス等詳細は横浜FCホームページ

www.yokohamafc.com
をご参照ください。



チケット受け渡し方法:当日会場にて直接お渡しします(専用受付を設置します)。

締め切り後のキャンセルはお受け出来ません。後日お買取りいただきたくお願いいたします。

エスコートキッズのご希望が11名を超えた場合、抽選とさせていただきます。当選した方には

こちらからご連絡を差し上げます。



メールでお申し込みの場合

メールの本文に次の項目をお書き添えの上、hiroken@oregano.ocn.ne.jp

へ送信してください。その際、メールの標題には"サンフレッチェ応援観戦の件"とご記入ください。

<-------------------
メール本文 ------------------->

氏名 :
枚数 : 大人      枚、 小中高     枚
e-mail
アドレス :
携帯メールアドレス(当日連絡用) :
携帯番号 (当日連絡用):

エスコートキッズご希望の場合(小学生以下のお子さん 男女不問)

お子さんのお名前:             年齢:        性別:

当日お連れになる保護者の方の携帯電話番号:



<-------------------
メール本文 ------------------->

以上、ご不明な点等あれば事務局宛ご連絡ください。よろしくお願いします。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
東京広島県人会: 事務局 山縣
105-0001 東京都港区虎ノ門1-2-8
           虎ノ門琴平タワー22
         広島県東京事務所内
TEL
03-3591-0028 FAX03-5511-8803
hiroken@oregano.ocn.ne.jp
http://www.hiroken.gr.jp
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
  

http://www.hiroken.gr.jp/info/WatchSanfreche.htm

2008年6月11日 (水)

甲府戦~小瀬のトラウマ解ける

2008/06/11 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場

 ぼくはこの試合を観てない。よりによってこんな時に群馬の高崎にいたのだ。これが甲府でなく草津戦なら何の問題もなかった。行き違い、すれ違い、人生には多々あることだ。そしてぼくのサンフレッチェの観戦にはもっとあることなのだった。

 実は数日前高崎に住むサンフサポの仲間と会い居酒屋へ行った。一人でフラッとホテルを出て居酒屋の領収書を持って帰る、一緒に泊まってる出張仲間は不思議な顔をしていた。ぼくは至る所へ行くがその行った先に住んでるサンフサポの仲間に連絡をして会うことがある。どこへ行っても知り合いがいることから一体こいつの交友関係はどうなってるんだという目で見られてる。これぞサンフの恩恵といったとこだろう。

 その高崎の仲間は小瀬まで行くと言ってた。それならぼくもと何とか可能性を探ってみたもののその仲間は大宮まで出てそこから車乗り合いで行くらしい。そして当日帰ることは考えてないということを聞きやはり今回は諦めざるをえないんだと肩を落とした。ただ、幸か不幸かこの2日間の猛暑ですっかり体調を崩したぼくはとても小瀬まで行く体力がなく観戦に行くことが不可能な場所にいることが却って気分が落ち着いたのだった。前日は飯も喉を通らないくらい悪くやっと腹くらいは空くようになって回復してきたようである。

 ここでせめて現地の様子でも教えてもらおうと何人かの携帯に電話した。そしたら誰も通じない。小瀬って携帯の電波が届かないのか。いや、あそこならありえると何度か行った記憶から連想するのだった。

 ぼくは色々な人からの情報から何人くらい小瀬へ行ったのか想像する。2003年より多いかな。でも平日の夜はさすがに厳しい。それでも行く人はあの手この手でよくやる抜くものだ。それなのに中には結構会社で偉い地位の人にいるというのがおかしなとこだ。

 そんな状況でぼくができる唯一のこと、ネットに接続だった。好都合にホテルでは無線LANを貸し出していてPCを持ってきたぼくは救われたのである。これで少なくとも結果だけは知ることができた。どうやら勝ったようである。高萩のゴールかと思われたがオウンゴール、左サイドクロスから寿人と02で終わった。また甲府の鬼プレスに押されてズルズル下がって失点してしまうのかと思ったが結果だけは出してくれた。しかもミシャにしては珍しく固定メンバー以外をピッチに送り込んだ。スタメンで結城、交代で柏木、桑田、久保。せっかくJ2にしてはメンバーが豊富なのに使わないでいたのには少々不満も感じてただけにこれは嬉しかった。

 それにしても小瀬で勝ったというのは大きい。何と小瀬では2003年以来、つまり初めて小瀬で対戦して以来一度も勝ったことがなかったのだ。しかもその負け方というのがカズがゴール前でコケてその隙にシュート打たれてしまったとか先制しながらもバタバタと逆転されたりとか2日間くらい寝込んでしまいたくなるような決まりの悪いものだった。そのトラウマがここで解ける、やっとこの日が訪れたのか。

 いや、やっぱり現地に行ってみたかったな。当然に相手だってサンフレッチェには相性がいいなんて思ってただろう。よりによって今シーズンのアウェイ無敗記録を更新されたことのショックは大きいだろう。正直昨シーズン終盤での勢いは甲府の方があったのである。ほんの短期間で変わってしまう。まるで積み木のように積み上げるのはコツコツとするのに崩すのは一瞬という感じである。だからウカウカしてられない。もう今年は落ちることはないだろうと高をくくって落ちてしまった去年の実績がある。つくづくサッカーは気の抜けないスポーツだ。少なくともぼくのように体調を崩してる暇はないということであろう。

2008年5月29日 (木)

草津戦~J2のレベル

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 試合が始まり目に付いたのは審判のオフサイドの判定だ。あれはオフサイドかな、うーんと考えてると草津もオフサイドの判定をされたがそれも怪しく見えた。確かにサンフのボールになってラッキーではあるがぼくの目の前でのプレーだっただけにあれは違うでしょと一緒に観戦してる仲間と話した。彼女は4級審判の資格も持ってるのでぼくより判定に関する目は持ってるはずだ。やっぱりJ2、ぼくらのいるリーグはそういうリーグなんだと諦める他なかったのだった。

 こうなってはせめて自分達だけはこのレベルに染まらないようにたくさん点を取って勝ちたい。だけどまたしても点が入らない。突破ができない。はね返される。枠に行かない。またいつものパターンかと思ったら寿人がPKを貰った。ラッキーである。ただスタンドはそれ程盛り上がってなかった。何だか分からない内にPKになったという拍子抜けの感覚があったのだろう。そして浩司がキック。そのキックはまるでGKの練習でもやってるかのように飛びついた手にピッタリと当たるキックだった。ボールは枠を外れ脱力してしまう。本当にスタジアムに脱力感が漂った。ただ、その後槙野がCKからボールを押し込みゴールを奪った時はホッとした。嬉しいというより溜飲を下げるという感覚だった。

 そしてその後は1点も取ることはできなかった。草津も負けてる割には焦ってる雰囲気がなく大したプレシャーも掛けないのだがそれでもシュートが打てない。どうもゴール前の一瞬の閃きやスピードといったものがない。教科書そのままのプレーをしているという印象だ。そしてそれは草津にもそういうふうに見え教科書通りの守備でただ時間が過ぎていった。ファンタジーもエキサイティングもなく終了のホイッスルが鳴り歓喜する気分にはなれなかった。スタジアム全体もあまり喜んでる雰囲気はなかった。

 ここでぼくは席を立った。新幹線に乗り遅れてはいけない。隣にいた仲間は槙野・森脇劇場見れなくて残念ねと言っていたがこんな試合の後でもやるのかなという気がした。少なくともぼくはこの後槙野と森脇のパフォーマンスに盛り上がるという気分ではなかった。残念でうなだれていたのである。サンフもJ2のレベルに染まってしまったんだろうか。

 広島駅まで行き新幹線の改札を通るともう紫の姿はぼく一人だった。だが草津のレプリカを来た年配の夫婦はいた。当然ぼくの存在も気付いている。そして東京駅で降りた時もその夫婦に鉢合わせた。エッ、という顔をされた。まさか東京からわざわざ広島まで見に行くサンフレッチェ・サポーターがいると思わないんだろう。関東のサンフレッチェ・サポーター、それは以外にも他のクラブのサポーターには知られてない存在なのだなと思ったがその奇妙な目で見られたのがちょっと面白いのだった。

2008年5月27日 (火)

草津戦~スタジアムに着き

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 初めてのホーム一人観戦。それでも現地に行けば一人や二人は知ってる人がいるはずだったが誰にも会わなかった。唯一ランちゃんと呼ばれる体格のいい青年に会っただけだ。ランちゃんは遠いところ、ご苦労様ですと声を掛けたのだがその本人にしたって関東の人間である。年間パスを持ってたことから相当来てるのだろう。本人はお布施のつもりだと言ってたが。

 一方のぼくは当然のことながら一般チケットだ。チケットの種類で入場の順番が違うというのを初めて知った。確かに先に入れる方が限定来場者プレゼントも貰いやすいし何となく優越感がある。ちょっと羨ましいなという気がしながら来場の順番が回ってきた。スタジアムに入る、スタンドを見渡す、うーん、どうも今日は客が入ってないなというのが正直な感想だ。最近いい具合に客が入ってたがついにJ2のマンネリに陥ってしまったか。強い敵もなく、強力外国人FWもなく、これといったプレッシャーもない。心の奥底ではまあ勝てるだろうと思ってる相手に1点入れて何とか勝ってる試合が続いている。もっと高いレベルを目指してるのかといったらそのスコアではそうは感じない。ただ勝てばいい、ただ昇格できればいいというだけなら昇格が決まる試合だけ観に来ればいいのではなかろうか。そういう意識が段々とサポーターの中で燻り始めたのではなかろうか。

 ピッチでは少年サッカーの試合が前座として開催されてた。ぼくはいつも座るG裏との境界線沿いのバックスタンドに座った。関東の仲間と観戦する時はいつもこの場所だ。一人であっても同じ場所に来るというのは習性というやつだろうか。そして客入りはどれくらいか確かめるべくスタンドを見渡すのだった。そしたら彼方から見覚えのある顔が向かって来る。いや、他人のそら似だとうと平然としているとやっぱり似てる。似てるというかあれ本人じゃないか。な、な、な、何で?

 現れたのはいつも千葉の観戦会で一緒の女性だ。前回の観戦会の時来週ホームに行けていいなあなんて言ってたのである。まさか広島で会おうとは。

「実はユースでとても重要な試合があったので」彼女はちょっと照れくさそうに話した。ずいぶんフットワーク軽いですねと言ったら「これでも2日間真剣に悩んでたのよ」と返されてしまった。まあそうかもしれないが女性なのに行動だけはパワフルである。

 しかし、ぼくとすれば予期せぬ仲間との合流が嬉しかった。やっぱりサッカーは仲間と観戦するのが楽しい、平静を装いながらも実は喜んでいたのである。ただ、こうやってわざわざ関東から来る人間がいるというのに広島の人がスタジアムに来ないのは本当に寂しいことなのであった。

 しばらくして選手が入場をする。ぼくもタオルマフラーを掲げて『Smoke on the Water』を歌う。一人でいてもやってるだろうが二人なので余計に勇気が出た。ぼくのデカイ声に座って観戦してた小学生の女の子が「何だ、この人」という顔をして見たのだった。

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