ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

2007年10月12日 (金)

サンフレッチェを応援する気持ち

 難しい。とても難しい時期に入ってる。どこをどうやっても勝てそうもない気がする。それだけにこの2週間という中断期間は幸運だった。もしナビスコカップで勝ってたら試合があった訳だが今となってはこれで良かったと思う。ここで負けると負のイメージを持ったまま大宮と戦わなければいけないからだ。少しでも試合がないことでぼくは負け続けてる負のイメージを忘れることができる。まあ完全にではないが。それでも大宮戦に向けて着々と予定を詰めてるとこだ。

 ぼくだって元はといえば一人の人間だ。だからあまりにも辛いことがあり過ぎるとこたえる。もう永遠に勝つことはないという試合を見せられて次の試合を行こうという気分じゃなくなることもある。それでも関東で試合があればあらゆる手段を行使して日程を合わせてまで行ってしまうのはサンフレッチェへの想い、情熱があるから。とそういうのが本来のサポーターだろう。だけどぼくは違う。勿論それもあるのだが一番の大きい理由は「忘れる」からだ。本当にあれだけ打ちのめせれた試合を見せられながらも次の時にはもう忘れてる。いい加減だが時にはこういういい加減さも持ってなきゃサンフの応援はできないと思う。調度出産を経験した女性が出産の痛みを忘れて2人目、3人目を産んでいくというように。

 でも大宮には悪いイメージがない。昨シーズン全く勝てない状況で初勝利を挙げたのも大宮、今シーズンぼくがビッグアーチでロスタイムに勝ち越しゴールを見たのも大宮。実際の戦いにおいてそんなものがどれ程役に立つのかというと疑問もあるがそんなものは構わない。自分が盛り上がればいいんだ。そしてその盛り上がりがチームの勝利につながればいい。

 自分でもいつからこんなに楽観的になったんだろうと思う。これも忘れるせいだ。物忘れが激しくよく色んなものをなくすぼくだがことサンフレッチェに関する限りこの性格が非常に役立ってるようだ。

2007年9月23日 (日)

甲府戦~哀しい時

2007/09/22 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 小瀬陸上競技場

 酷い試合だった。パスはつながらない、シュートは打てない、ミスは多い。一体これでどうやって勝てというのか。とてもプロとは思えない弱さである。一番哀しいのはパスをつなごうとしてボールがどんどん後ろに下がってるということである。おい、ゴールは逆だぞと叫んでしまった。この敗戦は監督だけの責任ではない。それでも監督も最悪だった。ここまでチグハグな戦いをしていてメンバー交代をしないってどういうことだ。策がないのだろうか。段々この監督へ疑問の目が向けられるようになったのも無理のない話しである。

 この日ウェズレイは最悪だった。長くキックしたボールは見方に渡らないしシュートは外すしボールは収まらないし。そうした上手くいかない状況に本人もイラついてたみたいでプレーがどんどん投げやりになっていったように見えた。その癖FKは絶対にウェズレイが蹴る。蹴る前から100%入らないのが分かる。最後のFKなどこの辺に外すよと宣言したらまさにその通りになったのには失笑してしまった。

 そして柏木である。一言で言えば煮え切らない。決定的チャンスでゴールを決められない、カウンターで完全フリーな状態なのにそのままドリブルで突き進まずパスを出してカットされてしまう、何でそんなプレーをしてしまうのだろう。柏木だけではないがどこか責任回避するように他の選手にボールを預けようとする傾向があった。自分が試合を決めてやるという意識はないんだろうか。何だか変に持ち上げられて自分がエリートだと勘違いしてるんじゃないだろうか。前はもっとガムシャラだったような気がする。この程度のパフォーマンスでU22代表に選ばれてるというのに歯痒さを感じてしまった。

 試合後選手に容赦のないブーイングが起こった。わざわざ遠い甲府まで駆けつけた仲間は皆物凄い顔をしていた。本気で怒ってる。笑顔のかけらもない。ぼくらは応援した。力の限り声を出したつもりだ。人数が少ないから甲府の応援には負けてただろう。それでもぼくらはやれることはやったつもりである。その気持ちをこのチームが感じ取ってくれなかったというのが哀しかった。悔しさは対戦相手よりもむしろサンフレッチェに向いたのは皆の感情だろう。

 ぼくは帰る間際できる限りの人に声を掛けた。初めて話す人もいたが皆お疲れ様と労をねぎらった。そして広島から来たという人は言った。それでも今度のホームでは勝たせますからと。ぼくはお願いしますと声を掛けるしかできなかった。

2007年8月23日 (木)

カメルーンとの親善試合

2007/08/22 日本vsカメルーン 九州石油ドーム

 カメルーンとの試合は必ず大分になる。それは2002W杯でカメルーンが旧

中津江村

をキャンプ地とした由縁であるだろう。当時予定日になっても一向に到着しないカメルーン代表に村民がまごつく様子が連日TVで放映され一気に有名な村となってしまったという経緯がある。そしてやっと訪れたカメルーン代表に村民は夜中にもかかわらず熱烈な歓迎を行い選手も決して悪い感情は抱かなかっただろう。その当時のメンバーのエトーも来日してたがバルセロナでエースとして活躍する選手がこんな田舎で村民と踊ってたりしたがどこかミスマッチでありながらも微笑ましい光景だった。

 しかし、カメルーンという国はいつも日本に来ると調子が悪いという感じがする。エトーも本来の脅威は感じられなかった。チームとしても本来持ってる恐さや身体能力というものを発揮できなかったという印象がある。やっぱり日本のような遠い国まで来てベストコンディションに持っていくというのは難しいんだろうか。試合自体は本気でやてるんだろうがヨーロッパで活躍する選手が多い中親善試合にコンディションを合わせる選手はいないということだろうか。

 そういえば最近Jリーグにはアフリカの選手がいない。あの身体能力は日本人にはないものだからもっと来てもらいたいものだがやはりヨーロッパに持って行かれるんだろう。かつては何人かいるにはいたがそれ程活躍したという感覚がない。こうやって親善試合で訪れるチームの中に埋もれた逸材はいないのだろうか。よく国際試合に出ると日本の選手は何とかヨーロッパのクラブのスカウトの目に留まろうと意識するがJリーグのクラブも常に目を光らせてるという印象を与えて欲しいものだ。

 試合は20で勝った。まあこんなもんだろうという感覚しかない。ハーフタイムで交代した駒野は後半のチームの出来を考えるとやはりレベルの高さを感じた。逆に後半途中で入った寿人はボールに触ることさえなかった。一度決定的なカウンターのチャンスでボールを奪われてしまったのにはガッカリしてしまった。確かに際どいボールだったがああいうのをモノにしないと見せ場は造れないだろう。寿人には満足するハードルがすでに高くなってしまってるのだった。

 それにしてもこの日はこの試合の後U22の試合も中継がある。こんなサッカーばかりやってる日は幸せなのだがよく考えるとこんなの年がら年中やってたら忙しくってしょうがない。きっとサッカー雑誌の記者もそういう気持ちなんだろう。でもこういう時に限って仕事帰りの道路が混んでるんだよな。環境問題を唱えるんだったらまず車の量を減らすべきだ。勿論この減らす内にぼくの車は入れないでねってみんな思ってるんだろうな。

2007年8月15日 (水)

柏戦の前~ストヤノフへの期待を込めて

2007/08/15 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏スタジアム

 暑い。本当に暑い。何事においてもやる気が起きないのはこの暑さのせいだろう。しばらく山口に行ってたが向こうが思いの外涼しかったせいで東京の暑さは耐えられないものとなってしまった。そういえば昨日は寝つきも悪く結局4時間くらいしか寝てないような気がする。

 こんなコンディションで試合をするなんてちょっと酷な気がした。しかもサンフレッチェは連戦に移動が伴う。そういやそれが関東で勝てない理由だとよくこじつけられたものだ。確かにそうだがその為に生駒フィジカルコーチを取ったのだがちっとも成績が変わらず単に弱いだけだと認めざるを得なかった。だけど今回負けたらまた同じ理由でコンディションが整わなかったという理由付けをされるだろう。逆に勝ったらこの状況で勝ったのだからこのチームは凄いということになる。要するに試合の結果次第でどうとでも受け取れるということだ。

 何だかぼくもずいぶん弱気だ。そう、ぼくにはいつものように自信満々でスタジアムに繰り出す気概がない。3試合連続でボロ負けする試合を見さされてもはや期待が持てなくなってしまった。相手チームも研究をしており前線からのプレス、カウンター、セットプレーに弱いことをすでに見抜いてしまってる。対してサンフはプレスは弱い、カウンターは遅い、セットプレーはちっとも可能性がないとまるでいいとこがない。特にセットプレーが酷く相手チームは簡単に得点するのに自分のセットプレーはボールが枠にも行かないというお粗末さだ。これで期待しろと言ったって無理だろう。さらに悪いことに審判もサンフのDFは脆いという先入観があるもんだからちょっとした競り合いで大袈裟に倒れたらみんなPKを与えてしまう。当然あんなのは審判が悪いに決まってるがそういうジャッジをさせてるというのも事実である。

 そんな中、唯一光があるとしたらストヤノフだ。ジェフ千葉で監督と揉めてるというのは聞いたがまさかサンフに来るとは思ってもなかった。たかだか選手一人入ったからってそう急激に変わるわけなさそうだがそうでもない。2001年は2ndステージにオレグ・パニシンが加入してからというものDFが非常に安定した。一人計算できるDF要員がいればずいぶん違うだろう。少なくとも一人もいないよりよっぽど期待が持てる。

 でもストヤノフ出てくるだろうか。いや、出るだろうな。後半から来るような気がする。いつも前半は結構戦えてるのだが後半に駄目になる。そこを考えれば出てくるはずだ。

 そうやって思いを巡らせていてもやっぱり勝つイメージが沸いてこない。しょうがない、こうなったら神頼みだ。今日は終戦記念日なので靖国神社にでもお参りに行こう。いや、それってサッカーとは何の関係もないな。大体それでなくても毎年行ってるし。やっぱり暑さで思考力が鈍ってるな。

2007年6月26日 (火)

やはりサンフは辞められない

2007/06/23 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームスタジアム

 サッカー番組のダイジェストで見ると尚更あの敗戦が腹立たしかった。このような憤慨は昨年なら起きなかっただろう。残留できれば御の字といったチームだったし戦力的にも厳しかった。確かに戸田もウェズレイもいたが両者ともチームで機能してなかった。そして何よりも監督が無能だという諦めもあった。だけど今シーズンのサンフレッチェには期待した。Jリーグを見回してもこれだけのメンバーを揃えられるクラブはそうないだろう。それが後半ロスタイムにPKを決められ負けてしまったことにもう2度とこのチームの試合を観ることはないだろうと思うのだった。これだけ応援しているのにこの仕打ちは酷い。思いっきりブーイングしてやりたい気分だ。そしてぼくは手帳を広げる。次節はアウェイ新潟戦。関東バスツアーもある。参加できるだろうか。今度こそ勝ちたい。絶対勝たせてみせるぞ。仕事が入らなければいいのだが。

 結局ぼくはサンフレッチェの応援を止めることも観戦するのを辞めることもできない。そりゃそうだ。小野監督の暗黒時代を3年半も我慢したのである。ここ数試合程度でサポーターを止めるなんてことがあり得るはずがない。そもそも関東でサンフレッチェを応援してる人がいるとは思ってない頃一人で関東のアウェイの試合を観てたんだ。あの寂しさを考えれば神戸戦の敗戦なんてどうってことない。そう、辞められるはずがないんだ。だからこそ余計に腹が立つのだ。

 しかし神戸にはホームからバス2台、サポーター主催のバス2台、そして関西のサポーターも集まって結構なサポーターが集まったようだ。モニター越しにもこんなに紫の人がいるのかと驚いた程だ。応援の声もよく聞こえてて良い雰囲気なんだろうなという気がした。それだけに勿体ない敗戦だった。

 でもこうやって各地に少数で散らばるサンフサポが集える環境ができてきたということはいいことである。これこそぼくの望んでたことだ。関東では一応まとまったコミュニティーができたがどうせだから関西、九州でもできないかなと思っていた。正直ぼくは以前そういうことをあるサポーターグループの人に話したことがあるのだがそれは話が飛躍しすぎだと相手にされなかった。でも関東ではできたのにと腑に落ちない気分だった。それがまず東海で数人の集まりができ関西でもまとまりができてきたという。ぼくは関西まで遠征できないが関東の人間も交流があるみたいだ。当然東海にも交流があり各地域がつながってる。非常にいい傾向だ。できれば九州でもこういうまとまりができて欲しいのだがまあここはゆっくりと待つことにしよう。なにせほんの6年前には全く考え付きもできない状況だったんだから。

 段々思考がポジティブになってきた。やっぱりサンフレッチェを見放すなんてことはできない。それが圧倒的な苦渋に満ちてるとしても。つくづくサッカーっていうのは苦行だな。

2007年6月24日 (日)

そして勝ち点0

2007/06/23 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームスタジアム

 「ハア~ッ」

 深いため息をつく。絶対勝てると思った。勝ったと思った。これがどうして負けるのか。不思議で不思議でしょうがない。どうやったら負けるんだ。さすがにこれはこたえた。同点にされただけでも不本意だったが逆転のPKを献上した時には開いた口がふさがらなかった。茫然自失、意気消沈、悲憤慷慨、信じられないという感情と共にチームに対する激しい怒りを感じるのだった。

 「柏木が得点をすると負けてしまうな」

 一緒にモニター観戦をしてたMさんが口にした。でも清水戦は柏木のゴールで勝っただろと思ったがここで気付いた。確かに早い時間での柏木のゴールは負けにつながってる。これは決して偶然ではない。柏木の得点はいつも芸術性に富み一度は決めてみたいゴールを決める。これにより相手チームより自分達の方がレベルが上という錯覚を起こしてしまう。確かにあんなチームが連動した中でのゴールは実際の試合では起こりにくい。それだけに酔ってしまうのだ。ぼくも酔った。Mさんも酔ってた。そしてアウェイ・ゴール裏のサポーターも酔ったことだろう。いい試合をしている、今日は勝ったも同然だと。

 しかし、その後2度も追いつかれ最後はPKで逆転をされるという結末にはもう怒りを感じた。度々あるシュートチャンスはことごとく外し相手には下らない得点ばかり許す。本当に点をやらないという気があるのだろうか。そして得点のチャンスはいくらでもあると思ってるのではないだろうか。寿人も浩司も本当に点を入れない。寿人は以前なら入れたはずのシュートが入らない。この辺が選手層の薄いチームの厳しいとこだ。

 以前森崎ツインズについてカズが良い時は浩司が悪い、浩司が良い時はカズが悪いと言われてた。そしてサイドの服部が良い時は駒野が悪い、駒野が良い時は服部が悪いと言われてた。そして今は柏木が得点をするようになれば寿人が得点できなくなってしまった。本当に一つを得れば一つを失うクラブだ。守備的になれば得点力がなくなり攻撃的になれば守備力がなくなるというのもそうだし。結局このクラブは理想の域に達することができないのではないだろうか。まるで戦力の能力値というものが決まっていてその容量を超えることができないかのようだ。

 「来週わたしが新潟行って勝たせますから」

 Mさんは別れしなそう言い残した。本当にここ数試合は魂を感じさせない。望月監督の頃の不細工でも勝ち点を重ねるサッカーをやってた頃と今とでは明らかに精神が違う。個々のレベルでは相手より巧いと感じることが多いが試合をやれば負ける。ガッカリだ。シーズン前はどれだけ躍進してくれるのかと期待したのにこんなものだ。サポーターの中にもこんなものじゃないのに勝てないという現状にやり場のない気持ちがしているだろう。

 せっかく神戸には結構サポーターが集まってたというのに。鹿島の時はサポーターが少ないから乗れない感覚があったのだろうと思ったがそうでもなかったみたいだ。一体どうすればチームを勝たすことができるのだろうか。弱いと感じてないだけにこのジリジリと負けてる現状は頭を抱えてしまう。そういや以前だったらこういう時小野監督の悪口大会をやって憂さ晴らしをしてた。もう一人の避雷針として大木のだめっぷりも大いに話題になったが。今にしてみればあれはあれで結構楽しんでたのかもしれないのだった。

2007年6月15日 (金)

人が集まる時

2007/06/13 A3チャンピオンズ・カップ 浦和レッズvs上海申花

 いい迷惑だった。浦和レッズがこの試合に出場するためにサンフレッチェは1試合延期という形になった。しかも日本のクラブとしてこの大会でタイトルを取って帰るのかと思ったら3位だって。4チーム中3位。下から2位。ちょっと情けなさ過ぎる。といってもこの大会にそこまで力を注ぐ訳にもいかないというのも分かる。結局こんな大会出なけりゃよかったんだ。そうすればサンフは正規の日程で浦和とリーグ戦を戦うことができたしぼくは8月の平日の夜スタジアムに行けるかどうかという心配をしなくてすむのだ。全くもって迷惑な話だ。

 しかしそろそろこの大会も限界がきている。元々は日中韓の3国でサッカー・リーグの地位向上、人気向上の為に開かれたのだがその目論見は見事に外れた。どこの国でやっても客は入らない。もっとも盛り上がる可能性があるのは日本だがこう毎回負けてしまうんじゃTV局だって取り上げることができない。といってリーグ戦とACLもあるのだから出場クラブにとっては過酷だ。罰ゲームと言われるのも分からないでもない。

 そこで色々な案はあるみたいだ。A5にして参加国を増やすとか。でもサポーターからしてもこの試合よりもリーグ戦の方がよっぽど重要だ。そしてACLがある現在A3は意味をなさなくなっている。浦和レッズのように日本一の資金力を誇るクラブでも勝てないんだ、他のJリーグのクラブが勝てるわけがない。そろそろチャンピオン・チームの参加というのを止めたらという人もいる。これは悪くない案ではなかろうか。

 そもそもJリーグでチャンピオンになるとその次のシーズンはACLA3にと一気に試合数が増える。JリーグもACL出場クラブへ日程の面などで考慮はなされるようになったのだがあまりそしらを優先されても他のクラブはどうなるのだという気がする。だからせめてA3はリーグ戦の3位のクラブが出て日程もACLと合わせればいいのではないだろうか。そうすればサンフレッチェのようなACLには絶対に縁のないクラブでもアジアでの真剣勝負の場に出れるというチャンスがあるのだ。そういうクラブの方がモチベーションも高い気がする。3試合しかないからリーグ戦への影響もそれ程大きくないという気もする。ヨーロッパだってチャンピオンズ・リーグに出場できないクラブがUEFAカップに出るのだ。それと同じ感覚でできないのだろうか。まあぼくが一人でこういうこと妄想したって世の中は動いてくれないのだが。

 でもJリーグを中心にした日本のサッカーはまだ発展途上という感覚がある。現にJ2なんて数年毎にクラブが増えるしナビスコカップのルールだって変わってる。だからぼくらファンはあれやこれや制度をこう変えるといいと考えるのだがサッカーにはそれが許される土壌がある。声が大きくなれば変わっていく可能性がある。そこが日本のサッカーの面白い点だ。だからこそみんな仲間を作るべきだ。そして一緒に色んなことを考えるべきだ。そしてそうやって考えることで自分自身が変えることができる。そしてぼくはそういう仲間を探してる。サンフレッチェを応援する仲間を探している。サンフレッチェを良くしていける仲間を探してる。大層なことではない。ただ集まるだけど。人が集まれば何かが起こる。現に昔じゃ考えられなかったが関東ではカシマスタジアムへのバスツアーも行われるようになった。まだまだ関東でもサンフレッチェを開拓する余地が残されてるとぼくは考える。

2007年6月 9日 (土)

出会いから別れ

 身内の入院がありやっと退院したと思った時一通の訃報が届いた。関東のサンフレッチェ・サポーターの突然の死だった。いや、正直身体は良くないと思ってた。病気で苦労してるんだなという気はしてた。だからこういう形での別れとなってしまったのには驚きはしなかったものの残念であった。

 その亡くなったサポーターは女性だった。2003年頃から彼女の存在に気付いた。というのもその当時関東のサンフレッチェ・ゴール裏なんて数える程しか人がいなかった。しかも女性となると尚更希少である。だから毎回来てる人なんて大体顔を覚えてしまうのだ。池袋で下田のトークショウで見かけた時、下田のファンだというのを知ったのだった。その後関東サポーターの一人としてぼくらと一緒に応援するようになったのである。声を掛けようかなと思ってたけど女の人と話すの苦手でと言うといくらでも話してくださいと応えられたのを今でも覚えてる。

 ぼくは仕事を定時で上がり斎場へ急いだ。何だか電車が遅い。いや、電車はいつもと同じ速度を保ってるんだろうがぼくは自分が到着する時間がとても遅くなるようで絶望感を抱くのだった。もしかしてぼくが着いた頃にはもうみんないないのではなかろうか。それよりももう通夜がお開きになってたらどうしよう。こんなところまで来て何もできずに帰るのかよともしかして来ない方が良かったのかと極まりの悪さを感じていた。

 しかしぼくが着いた時はまだ弔問客を受け入れてて最悪の事態は避けられた。ホッと胸を撫で下ろす。そしてご焼香をする。元気な頃の写真が飾ってあるもののぼくはそれをよく見ることができなかった。果たしてぼくなんかが来て嬉しいんだろうか。ぎこちない仕草でご焼香をする自分が無様だった。ああ、こんなぼくでも気兼ねなく話してくれたんだよな。

 そして2階で休憩するように案内されたので行ってみるとみんないるではないか。いつもの紫のシャツではなく黒の喪服だが。この人達、何のつながりがあるんだろう。そう、ただサンフレッチェが好きというだけで集まってるんだ。そして亡くなった彼女もサンフレッチェが好きというだけでこれだけの弔問客がいる。幸せなことではなかろうか。

 最後に親族が特別にぼくらサポーター仲間にお別れをさせてくれた。男子たる者人前で涙を見せるべきではないという信念の下、ぼくは常に平常の顔だった。しかし再び棺の前に立った時供花の中に下田崇の名前に気付いた時はこらえられなくなりそうだった。サンフレッチェっていい選手がいるなとそんな選手のいるチームに誇りを感じると共にますます応援したくなった。

 でもぼくは彼女が生きてる間何の気の利いたこともしてあげられなかったなという気がした。開幕戦で味の素スタジアムで会った時もすれ違っただけで終わってしまった。あれが彼女に会った最後だったなんて。改めて今ある出会いを大切に、そして一日一日を大切に生きないといけないという気がした。

 帰りに数人で居酒屋に寄った。クラスメイトでも職場仲間でもない何の関係もない人達。サンフレッチェがある為に知り合うことができたし楽しいことも悲しいこともある。しばらく顔を見なかった仲間もいるがそれでもこうやって集まることができる。それこそサンフレッチェがあるから。ぼくらはサンフレッチェと共にありサンフレッチェもぼくらと共にあるのだった。

2007年3月24日 (土)

病魔におかされ

2002.8.9 東京ヴェルディ1969 vs サンフレッチェ広島 東京スタジアム

 最近世間で騒がれてるインフルエンザ抗生剤「タミフル」。あなたがもし気が狂うかもしれないけど飲むかと言われればどうするだろう。しかしそれを飲まないとウィルスは殺せないとなると悩んでしまうのが普通なのだろうか。実はぼくもそういう二者択一に迫られる事態に陥った。そう、インフルエンザにかかったのである。鼻の粘膜を取り出した検査薬はハッキリと陽性の反応をしていた。あ、通りで熱が下がらなかったわけだと妙に安心してしまったのだが大変なことを思い出したのである。その4日後には千葉戦があるのだ。もしかして病気で試合に行けないのか。そんなことあってたまるか。ぼくは医師にタミフルを使うことになることへの抵抗感を聞かれたが何もないと言った。もし異常があったらすぐに連絡をするように言われたが「ハイ」と一言言っておいた。ぼくにとってクスリで気が狂うことなんて大したことではないのだ。それよりも病気の為に試合が観れないというのは身を引きちぎられる思いだ。

 実はそういう経験は一度ある。それが2002年のヴェルディ戦だ。夏だったにも関わらず熱を出してしまったぼくは試合に行くことを断念、家で寝てたのである。勿論前売りチケットは購入済みだった。ぼくは熱にうなされながら今頃どんな試合をしてるだろうと思いを寄せるのだった。そして試合が終わるくらいの時間に体温計を計るとかなり熱も引いていた。その時、やっぱり行けば良かったと思ったものである。後からその試合のことを探るとビロングが素晴らしい守備でエジムンドを抑えたということだ。あの外れ外国人のビロングが珍しく活躍してたという。やっぱり観てみたかった。熱なんかいつかは下がる、だけど逃した試合は2度と戻ってこない。やっぱり行けば良かった。そうやってその試合のことは観てもないのにしっかりと記憶に刻まれてるのだった。

 もしもぼくがタミフルを飲んで狂ったら。2階から飛び降りたら。暴れたら。やっぱりどうってことないだろう。狂ってしまったら近くにいる人は逃げればいいだけだ。2階から飛び降りても死にはしないだろう。暴れて自殺行為に出たら、これは困るがこれはないと根拠のない自信を持ってる。大体本当に薬のせいなのかどうかわからないくせに騒ぎすぎだっての。普通に高熱が出たら頭おかしくなってしまうだろうに。

 ということでぼくは千葉には行く。タミフルを飲んで行く。といって完治してないと周りにうつしてしまう危険があるんだよな。いや、その頃には回復してるだろうし後ろの方で離れて観てるんでどうかご勘弁してください。

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