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2013年3月31日 (日)

清水戦~Emancipation

2013330日 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 IAIスタジアム日本平

 

「今日は高萩のアクロバティックなパスが全部通るな」

 仲間が言ったその言葉が象徴するように攻撃の時の崩しが上手くいってた。それだけに追加点が欲しい。もっとシュートが打てそうだ。実際サイドからのクロスに寿人が飛び込む場面などあり得点の臭いはあった。だけどそれは臭いだけでスコアとなって実現しない。面白いようにパスが回るだけに決めきれないもどかしさがあった。それでいて相手のプレスをパス回しで翻弄する場面にアウェイゴール裏はわき上がるのだった。

 だが安心することはできない。なぜならここは日本平。何度も何度も苦渋を舐めさせられた場所であるという記憶はぬぐい去ることはできない。何度か前線のフリーのスペースでボールを受ける場面がある割にシュートに行けないのはやはり日本平の地のせいなのだろうか。

 そんな時、サンフレッチェのゴール前にボールが入りGK西川と1対1に。ああ、やられた。まさにシュートするには絶好の位置。ぼくはこの時目をつむってしまった。が、目を開けた時ボールは西川の手に収まっていたのだった。

 完全に裏を取られた場面だった。これが日本平の呪いだと思った。だが西川のセービングがそれを防いでくれた。西川はその後にもバレーの際どいヘディングシュートを防ぎチームを救ってくれた。

 失点しないのはチームに活力を与えボールの収まりのいい石原に入ると攻撃が始まる。それ故ファールを受ける場面の多かった石原だが今度は完全にアフターでチャージを受けてしまった。その時イエローカードが提示され2枚目で退場となった。リードしてる状況で数的有利である。これはいけるんじゃないか。

 ただし昨シーズン清水には1人少ない状況で逆転負けをしてしまった。そして優勝した昨シーズン唯一2回負けてしまった相手である。更に日本平という要素もあってまだまだ安心できないのだった。

 だがそんな時、数的優位が効いたのか前線でポンポンとつないだボールはディフェンスの裏へ。走り込んでいた石原。ペナルティエリアで追いつく。が、そこで倒されてしまった。PK!立ち上がって叫んだ。

 主審の笛が鳴りPKを宣告された。やった。だが誰が蹴るのか。寿人である。今シーズンまだゴールのない寿人にとってはチャンスだ。それでいて本当に決めるんだろうかという不安が漂う。いや、信じないといけない。そうでなければ本当に外してしまいそうだ。

 そしてPKのキックはぼくらの心配は余所にGKと逆をついた全く落ち着いたものだった。まだ決まった訳ではないがさすがにこれは勝利への可能性を一気に導いてくれた。それはエースの寿人がやっとゴールを決めたという要因も大きかった。

 その後も寿人は流れの中から1点決めた。0ー4というスコアで終わりその全てのゴールに絡むという活躍にぼくらは胸すく想いだった。もはや日本平の呪いは融けた。呪縛から解放された気分なのだった。

清水戦~夢見心地

2013330日 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 IAIスタジアム日本平

 

 青い空、緑豊かな山、温暖な気候。これから一戦を交える戦場としてはあまりにも牧歌的である。ここは殺伐としたものが感じられずどこか緩くぼわ~んとした雰囲気を醸し出してる。どことなくそこがエディオンスタジアムと通じるものがあるのだった。

 アウェイゴール裏のサポーターはアップの時から声を張り上げてる。張り上げるものの声が空に向かって吸収されるが如くしぼんでるのだった。日本平に住むのは魔物ではなかった。そこにあるのは脱力感だった。

 そんな中、サンフレッチェのパス回しはまるでチャレンジがないように見えた。安全に後ろで回す。そして守備の局面では寄せが甘い。それなのに前線では簡単にターンができる。これってチャンス訪れそうだな。そんな予感をぼんやりと感じさせるのだった。どうもぼんやりしている。実はそれはピッチの選手がどうのというより観てるこちらの意識が怪しかった。

 2階席のアウェイゴール裏は日差しをまともに受けるのだった。シャツの中が汗ばむ。確かに決して多いとは言えない人数であったがサンフレッチェの応援の声が朦朧として聞こえた。そしてグラウンド上ではまるで陽炎を目で追うかのように輪郭のないもののように見えるのだった。もしかしたら選手の意識も少しはっきりしないものがあるのかもしれない。

 だがその時石原がファールで倒された。ファールとはならなかったが青山も倒された。そう、清水は必死だったのである。なかなか結果の出ない清水は勝たないといけない。そういう切迫感がアグレッシヴな守備へつ向かわせたのだ。むしろそれらの接触シーンがが真剣勝負という事実を思い出させるのだった。

 そんな中、トップにいる寿人にボールが入った。ワンタッチでディフェンスの裏へ出した。飛び出す石原。詰めかけるキーパーをかわしシュートはゴールの中へスッと入った。先制点。立ち上がるサポーター。日本平での先制。やはり今日は夢見心地なのかもしれなかった。

2013年3月30日 (土)

清水戦~魔物のいないスタジアム

2013330日 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 IAIスタジアム日本平

 

 家を出ると肌寒い。もうすでに今シーズンは用済みだとばかり思ってたベンチコートを着てても寒気を感じる。空模様も良くなく一応カッパは携帯した。だが残念なことに紫ではない。これで雨でも降ろうものならぼくはアウェイゴール裏で紫になることができない。もっともぼくのベンチコートも黒に赤いラインが入っててよくレッズみたいだと言われる。根性のないぼくはあまり寒いと試合中それを脱ぐことができないのだった。

 千葉で待ち合わせたぼくはドクトルの車で拾ってもらった。今日は寒い、ホッカイロ持ってくれば良かったかもしれないと言うと静岡は暖かいそうだとドクトルが説明した。さすが遠出するのに天気予報くらい確認するのは普通なのかもしれない。

 都内へ出てもう1人仲間と合流し首都高へ乗る。すると渋滞表示。そして東名高速へ出てまた渋滞。この先の距離を考えると果たしてキックオフまでに間に合うかどうか不安になった。余裕をみたつもりだったがもう1時間早く出る必要があったようだ。

 ユースから飛び級でトップへ新加入した川辺や宮原の話になると多少気が紛れてきたがいつまで経っても車は遅々とした動きしかしない。気が焦る。そして次第に会話が途切れてしまうのだった。

 海老名を抜け段々と高速道路らしい速度で走ることができるようになってきた。これで光明が見えてきた。試合には間に合いそうだ。だが駐車場はどうなってるだろう。前に行った時と状況が変わってるかもしれないので何とも判断に迷った。そして前に行った時のことを考えるとこのスタジアムでは辛い思い出しかないことを思い出すのだった。相手に退場者が出て数的優位になっても負けたり、降格が掛かってるにも関わらず大敗したり。日本平とは魔の空間だ。あそこは魔物が住んでるに違いない。

 だけど静岡が近付くにつれ空は澄み渡り穏やかな天気に上着が暑くなってきた。牧歌的なお茶畑の風景、穏やかな海辺。魔物というにはまるで似つかわしくない光景だった。

 臨時駐車場からスタジアムまでのシャトルバスに乗り込む。ぼくらは紫のレプリカで立ってると席に座ってるおじさんに声を掛けられた。

「広島からきたのかい?」

「いえ、ぼくは東京です。広島出身なのでサンフレッチェを応援してるんです」

「そうかい、それでもわざわざ遠いとこから来たねえ」

 その時バスはスタジアムの下までたどり着き並木通りを抜ける。

「先週までここの桜は満開だったんだよ。もう今週は散ってしまったけどね」

「そうなんですか。東京じゃ今満開ですよ。でも風情がありますね。ただ、このスタジアムもあんまり交通の便は良くなくて来るのに一苦労ですよ」

「まあそうだねえ。うちは近いからそんなに苦にならないけどそうかもなあ。まあJリーグ始まる前から建ってるスタジアムだからしょうがないんだよね」

 ああ、そうか。そんな歴史の長いスタジアムなんだったんだ。そんな時期に交通の便なんか考えて造られる訳がない。むしろよくそんな時期にサッカー専用スタジアムなんかできたものである。

 そしてバスは山に囲まれたIAIスタジアム正面に到着した。屋台が立ち並び、通り過ぎるアウェイ客のぼくらに気さくに声をかける。やはりここは魔物という言葉が似つかわしくない場所なのだった。

いざ、静岡へ

 

2013330日 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 

 日本平では勝てない。これがサンフレッチェの持つ最大のミステリーだった。相手に退場者が出ようと優勝したシーズンであろうとここでは負けてしまった。一体なぜ、その謎がわかるくらいならこの世の条理は全てまきまえてしまうことができる。そう思ってしまうくらいそれは不可解なことであるのだった。

 そんな巡り合わせの悪い日本平であるが関東からは中途半端に行けてしまえる距離でもあるのだった。そこが行くかどうか悩ませてしまうのだが滅多になく土曜の休みだったぼくはこの機会を逃す訳にもいかず何とか安く現地へ行く手段を考えたのだ。するとドクトルが手を差し伸べてくれ車を出してくれると言う。ああ、ありがたや、ありがたや。ぼくのサッカー観戦もこういう人に支えられてるのだった。

 お互い千葉のぼくたちはまず2人で合流し都内でもう1人を拾うという手はずになった。一々こういう段取りが手間ではあるがそういう面倒なことは全てドクトルが手配してくれた。言わばぼくは乗っかるだけ。改めてありがたいことであった。

 それはそうと新聞でTOTOの支持率を調べてみると圧倒的にサンフレッチェの方が分があるのだ。昨シーズンの優勝チームということで優位に見ているんだろう。実は今シーズンけが人が続出してるのも本当の意味での選手補強がなかったのも知らないらしい。世間の人なんてそんなもんだろう。といってぼくも清水の現況をそれほど知ってる訳でもない。という訳でどっちもどっちではあるのだった。

 静かな朝。6時を知らせる鐘の音が響きわたったが空は霞んでた。この時期、晴れると半袖でもいいくらいだが日が出ないと極端に気温が下がる。どんな格好で行けばいいか悩むとこだったがまあ余分に着ていけばいいか。願わくば、根性のないぼくにスタジアムでユニフォーム姿になれるくらいの天候にはなって欲しいのだった。

 

2013年3月28日 (木)

ザッケローニの罪

2013/03/27 ワールドカップ最終予選 ヨルダンvs日本 キング・アブドゥラ・インターナショナル・スタジアム

 圧倒的にボールを支配しておきながらシュートが打てない。いや、打てないというより打たない。そして打ったとしてもワンテンポ遅れてる。ワンタッチで打てばいいのに変にボールタッチをして防がれてしまう。ゴール前は混戦し狭いとこを手を変え品を変え崩そうと試みるも崖をよじ登るかの如く閉塞感が漂う。これはどこかで観た光景。というより見慣れてる光景。そう、上手くいかない時のサンフレッチェであった。

 このサンフレッチェの選手が一人もいない中でサンフレッチェを彷彿させるこの状況。何という皮肉だろうか。そして信じられないような守備の対応のまずさでの2失点目を見るにつけあれだったら水本の方が上だろうと思ってしまう。そしてあの閉塞感漂うボール回しに青山が加わればもっとダイナミックな展開になったような気がする。そして最後のフィニッシュの場面に寿人がいれば。そんな妄想が膨らみ本当にこれが日本で最高のメンバーなのだろうかという猜疑心を持ってしまうのだった。もはやザッケローニ監督にはメンバーが決まっていてその他の選手の入り込む余地はないのだろう。前々から言われてたが結局欧州のクラブに所属してない限りこの監督の選考には入らないのだ。

 Jリーグでどんなに良いパフォーマンスをしていようが代表に呼ぶ気がない。基本的に外国人監督というのはJリーグを舐めてるのではなかろうか。それがわかってるから代表に入りたい選手はみんな欧州へ行こうとする。移籍金0でもチャンスがあればそれにすがろうとする。その被害を被ったのがサンフレッチェである。

 槙野、チュンソン、いずれもチームの主力でありながら無料で欧州のクラブへ移籍してしまった。代表に呼ばれはしたもののその地位を確保したいと考えれば致し方ない面はある。だが出ていかれた方はたまったものではない。そしてそれらの選手が移籍した先で出場機会が得られず結局日本に戻ってきて他のJリーグクラブに入ってしまうというのは何とも言えない理不尽さを感じる。かといって無料で出ていった選手をお金を出して買い戻すなんてできる訳がない。そういう悪しき流れを作ったのはザッケローニにあると言えなくもない。

 そしてこのヨルダン戦、一番輝いてたのが後半の遅い時間に出た駒野だという点だ。手数を掛けない素早いクロスで何度も好機を演出していた。その駒野がサイドの選手として3番手くらいの地位にいるというのは単に駒野がJリーグの選手というだけの理由だ。何ともやるせないものがある。

 かといってサンフレッチェもACLではこれ以上に酷い試合をしているという面では抗議の余地がない。ただ一つだけ言えるのがJリーグを応援してる身としては今の代表が遠く、親近感を失ってるということだけは事実なのだった。

2013年3月18日 (月)

鹿島戦~失われたゴール

2013317日 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ エディオンスタジアム広島

 

 サンフレッチェのゴールネットが揺れた時、オフサイドに救われた。あれだけ一方的に攻められればいつかはやられるだろう、そう思ってたものだから諦めを感じたものだがぎりぎりラインを出てたようである。後でスロー再生が出たが確かにオフサイドだった。鹿島の選手は意義に詰め寄ってたが、この副審、よく見てたものである。

 これで九死に一生を得たもののほんの少し延命されただけのような心境である。相変わらずサンフレッチェのボールは前に行かない。ただし徐々に攻撃への姿勢が向けられてきたのは塩谷のポジションが前に行ったからではないだろうか。そういえば森脇がいた頃はディフェンスからのオーヴァーラップが攻撃へのダイナミックさを与えてた。そのポジションを引き継いだ塩谷、攻撃への活力を与えないと活路が見いだせない。

 ところがこの塩谷、守備では粘り強さを見せるものの攻撃となると肝心なところでトラップミスをしてしまうのである。せっかく相手陣内で攻めてるというのに簡単な横パスを止め損ない相手ボールにしてしまった時、光明を見いだしてたぼくの脳裏には再び暗澹たる靄がかかってしまうのだった。

 そんな状況に希望を与えたのは石原であった。ボールを受けても相手とイーブンな状態が多い。それでも身体の強さではじき出してしまうのだった。普通に競っても相手を吹き飛ばしてしまうため、イエローカードを貰ってしまったというのは何とも不憫である。石原が絡めばボールを奪われない。奪われないから攻撃が続く。攻撃が続くからシュートまで行けるのだった。

 そして訪れたコーナーキックのチャンス、ゴール前の混戦にボールはこぼれる。そこに詰めた紫の選手はゴールへ向けてまっすぐのシュート。ネットが揺れる。入った。ゴールである。沸き上がるエディオンスタジアム。そしてそのシュートを放った選手に視線を向けるとそれは塩谷なのだった。

 塩谷初ゴール。ディフェンダーでさえシュートを狙うサンフレッチェにとってやっと塩谷がサンフレッチェのディフェンダーとして認可できるのだった。本人も嬉しいだろう。だけど応援してるぼくらも相当に嬉しいことだった。

 だがここで鹿島の選手が副審に詰め寄った。鹿島の選手というのはいつもこういうことをする。もうゴールは決まったんだぞ。だけど扇谷主審は副審に詰めより話をしている。どうしたんだ?え、オフサイド?

 もうすでにゴールを決めて数分経ってる。それで一旦決まったゴールを取り消したのである。そしてスロー再生で確認すると100パーセントゴールであった。つまりこの審判団は鹿島の選手の抗議を受け判定を変えてしまったのである。本来審判への意義は認められてない。だけどこれは審判も意義をすればゴールを取り消してくれるかもしれないという風潮を与えるまずい判定であった。

 敵は鹿島だけじゃない。そんな気分になった。それだけに絶対にゴールをわってやりたい。このミスジャッジにより勝ちたいという執念の炎が燃えたぎるのだった。

 ミキッチを入れスピードで突破をはかる。ディフェンスの選手もオーヴァーラップで攻撃に厚みを与える。サイドからのクロスも飛ぶ。それなのにゴールは割れない。枠に飛ばない。外して外して外しまくる。一体どうやったらゴールに入るんだ。

 アディショナルタイムの5分も経過しスコアレスドローとして終わった。試合後大きなブーイングが起きてたがそれは恐らく審判に向けられたものだろう。審判により失った勝ち点2。訳の分からないイエローカードは鹿島の方が多く貰ってたので不均衡だったとは言わないが大きなミスジャッジをしたのは間違いなかった。

 もしかしたらこの試合の敵は審判だったのか。そんな穿った見方をしてしまった。だがそんな不運があっただけに余計に選手には声援を送りたい、そんな気分になるのだった。

2013年3月17日 (日)

鹿島戦~点の取れない緊迫感

2013317日 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ エディオンスタジアム広島

 

 清水航平が怪我により8週間戦列を離れる。おお、何ということだ。ミキッチの復帰が決まったとなったら今度は清水だ。一人離脱して一人復帰してまた一人離脱する。どうしてこう負傷者が続出するんだろう。逆に昨シーズンはどうして怪我をする選手が少なかったんだろう。わずか1年の差でどうしてここまで状況が変わってしまうのだろうか。

 シーズン始まる前は今度こそACLを戦い抜ける出ると息込んだものだった。クラブワールドカップへの出場権を得てモロッコへ行くことさえ夢見てしまった。だが世の中そんなに甘くないのを見せつけられた。昨シーズン優勝できたのもたまたま怪我人がなくチームも良い流れに乗っただけかもしれない。確かに選手層の薄いチーム事情からたまたま良い巡り合わせになったという要素もなきにしもあらずだったかもしれない。こうなるともはやACLは重荷でしかないのだった。

 そしてまたしてもスターティングメンバーの予測が付かなくなってしまった。北京国安戦では何人かの新戦力を試したが彼らがスタメンのクオリティーを持ってるとはどうしても思えなかった。そして消去法でメンバーが決まっていくんだろう。そう、消去法で。それはとても後ろ向きな発想なのだった。

 だが、実際にはピッチに寿人が立っていた。右サイドには山岸が入り森崎ツインズも揃ってることで特にメンバーが落ちてるという訳でもなくなっていた。これなら戦える。というより元々この試合に合わせる為にACLへの帯同を見合わせた選手がいたということだった。

 ところが実際に試合が始まってみるとパスがつながらない。これはメンバーを落としたACLと印象が変わらないのだった。後ろでゆっくりゆっくりパスを回すがそれを少しでも前へ向かうと途端に相手の網の目に掛かる。パスサッカー、攻撃的サッカー、人もボールも動くサッカー、それは一体どこへ行ったんだろう。どうして昨シーズンできてたことが数ヶ月しか経ってないというのにできなくなってしまったのだろうか。

 そんな状態では当然のことながらボールを支配してるのは鹿島だった。サンフレッチェは攻撃に行けない。急勾配の山を登るようにゴールまでたどり着くのが困難だ。こんな時、フィニッシュの手段としてはミドルシュートしかない。そう簡単に入ることがないのだがそれしかないのだった。もっとミドルシュートを狙って欲しいと常々感じていながら逆にミドルシュートしかない状況は改めて皮肉である。

 攻撃には行けない状況ながら最後はしぶとく防いでいる。ダヴィやジュニーニョの個人技での突破も塩谷や水本が身体を張って止めている。この試合は1点で決まる。そんな緊迫感で張りつめるのだった。

2013年3月14日 (木)

CL北京国安戦~勝ち点0

2013年3月13日 ACLグループリーグ 北京国安vsサンフレッチェ広島 北京工人体育館

 2点目の失点をした時、「ああ、やっぱりな」という諦めの感情しか沸かなかった。これでもう1点返すことはどう考えても無理だった。むしろ1点入れただけでも儲け物だった。だがその神から授かったような1点を守りぬいて引き分けで終わることさえできなかった。まるでそれは最初から負ける為にやってるかのようだった。
 サンフレッチェはこの試合で驚く程パスが通らなかった。後ろで回し様子を見て縦へ早いパス。センターバックの千葉からのそういうパスは攻撃への起点であるはずだった。だがそのことごとくがパスカットされそれは敵の反撃への起点となっていたのである。かといってサイドからも攻撃ができない。ロングキックも石原が孤立しているため収まりきらない。打つ手なし。まるで試合の体をなしていないのだった。
 それも無理からぬことという言い訳を付けると選手が足りないのである。ただでさえ薄い選手層、そこへけが人が続きまともな編成ができない。パク・ヒョンジン、イ・デホンという公式戦初出場の選手が2人もいるというのが全てを物語ってるのだった。
 そもそも外国人枠をそういう新人選手に使うのが他のクラブでは考えられないことである。それは育成型クラブを目指すサンフレッチェの方針でもあるのだろう。が、そこにはお金がないというやむにやまれない事情もあるのだった。外国人枠に即戦力を使えないというのはACLに出場するクラブとしてはあり得ない部類に入るだろう。
 だがサンフレッチェはかつて闘莉王を外国人枠を使い大成させたという実績がある。第2、第3の闘莉王を輩出するためにも試合経験を積ませるのは利にかなってる。だけど思うのだった。どうせ戦力になったら出ていくんだろうと。そこが複雑な想いとして駆けめぐるのだった。
 実際パク・ヒョンジンの左サイドからは何のチャンスも生まれなかった。時々清水が入りち突破を試みるもそれもことごとくが止められていた。中も駄目、外も駄目、一体どこを攻めればいいんだ。点を取る可能性は限りなく希薄だった。それ故にミドルシュートを狙った。普段ミドルシュートがないと嘆いてるのにこの状況は皮肉であった。
 しかし、岡本のミドルシュートのこぼれから石原が同点ゴールを決めた時は胸好く想いであった。もっともその後雪崩のようにDFを崩して失点した時にはもはやわざと負けてるんじゃないかと思ってしまった。
 2試合で勝ち点0。これはJリーグのACL出場クラブ中最低の成績である。もはや決勝リーグ進出の可能性は気持ちの面で萎えてしまった。最初からサンフレッチェには無理だったんだろうか。果たしてサンフレッチェはACLで何かを残すことはできるのだろうか。

2013年3月10日 (日)

新潟戦~リーグ戦初勝利

201339日 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力スタジアムビッグスワン

 

 一体今日は何点入るか。白状するとそんな浮かれた気分にさえなっていた。だけど相変わらずボールは前に進まない。気が付いたら清水が左サイドでフリーになってたりするのだがそこにボールが行かない。昨シーズン後ろからそこを狙ったロングボールを通すことで数々のチャンスを生み出したというのにどうも長いパスというのが見られないのだ。それはどこかパス回しに自信が持てないんだろうか。そういえばどうもパスの連携がちぐはぐな時があるような気がした。

 せめて清水にボールが入れば。1対1を勝負に賭けて膠着状態を打開してくれる。そこを期待してるだけに当然清水にボールが渡るとぼくらは沸く。さあ、ここを突破してクロス入れてくれ。だがどうもこの日の清水は思い切りが悪かったのだった。

 変にボールをこねることによって時間が掛かり1人だったマークが2人に。そうして手詰まりになり攻撃が終わってしまう。もっと単純にクロス上げろよと叫ぶ。その声が届いた訳ではないだろうがシンプルに上げようとするとことごとく合わない。ああ、駄目だ。今日の清水は駄目なのであった。

 さすがに業を煮やした森保監督も清水に交代を命じた。ドクトルも今日は清水良くなかったなあと嘆いたもののよく考えると相手を1人退場させたのは清水なのだった。

 相手は1人少ないのである。それなのに有効な手だてが打てない。シュートまで行けない。そのわだかまりが清水に向けられたのもあるが、左サイドに移った山岸は相手が2人いようとドリブルで切り裂きチャンスを創り出していく。清水の台頭ですっかり影の薄くなった感があったが、実際には山岸は凄かった。この停滞感を打破してくれるのは山岸であろうか。

 そして同じく精彩を欠いた寿人が交代すると石原がトップに入る。その直後だった。セットプレーのこぼれから石原がバイシクルでシュートを決めた。実はあまりにも一瞬の出来事とゴール前の混戦状態でよく分からなかったのだが石原が決めたというのだけは確からしい。

 石原!石原!石原!久々のゴールである。点を取ることを期待されてる石原であるがトップにいる時にしか決められない。しばらく石原のゴールを見てなかったのはそれがシャドーのポジションだったせいだろうか。一番マークをされたであろう寿人が下がって点が入ったというのも大きいがこの試合の展開を考えればもうこれで決まったと考えても良さそうだった。

 ところがここで魔力が掛かったように1点を追う相手の猛攻を受けることになる。もうクリアしてもクリアしてもボールは敵に渡りピンチが続く。2人で寄せてもボールを奪えず1人ずつマークに付くと簡単にドリブル突破される。本当に相手は1人少ないのだろうか。1人少ない相手にどうしてこうも振り回される。どうしてこうも押し込まれる。どうしてCKを与えてしまうんだ。だがそれが精一杯の防御であったのだ。

 そして、このCKであっさりと同点にされてしまう。相変わらずのセットプレーの弱さ。揺れるビッグスワン。リスタートを始めようとするサンフレッチェの選手をあざ笑うかのようにスタンドと一体になって喜び合う新潟の選手の姿があった。

 だがこれで攻めなきゃいけない状況になり相手陣内でボールを回す時間が増える。惜しいとこまでは行く。惜しいとこまではだが最後が入らない。それが精度のせいなのか相手の守備の堅さなのかはもはや分からなかい。もう何でもいい、点を入れてくれ。点を。そんな時得たバイタルエリアでのFKなのだった。

 キッカーは浩司。誰かに合わすのか。それとも直接狙うのか。放たれたボールはゴール前、選手が交錯する。その数名の選手の中の誰かの頭に当たりボールは左に逸れる。そしてその左ゴール前に詰めたのは千葉だった。それはもう頭に当てるだけというように押し込んだ。

 勝ち越し。ゴール前で倒れてる新潟の選手。でもファールの笛を吹かれることもなくゴールとして認められた。千葉、千葉、千葉和彦。よりによって試合を決めたのは新潟を古巣とする千葉なのだった。

 時間は90分を過ぎアディショナルタイムに入るがこれがいつまで続くのか分からなかった。接触プレーがあれば全部新潟のFKとして取られるような気がした。それをいいことに新潟はどんどん競り合いに持ち込もうとする展開に持って行こうとする。一体いつ終わるんだよ。一体いつ。そんな無限の闇の中をさまよってるような時間をやり過ごしやっと終了の笛を聞くことができるのだった。

 勝ったと喜び合うがその中にはホッとしたという感情も多く含まれていた。

「今日1人多かったんだよねえ」

 そんな声が聞かれた。得点も全てセットプレー。華麗なパスサッカーではなかったがとりあえず勝てて良かった。新潟まで来た甲斐があった。そう、勝てて良かった。一つの勝利が沸き上がるような雄叫びとならなかったのは優勝チームとしての宿命なのだろうか。それはまるで先の見えない航海にでも出帆してるかのようだった。

新潟戦~冷気漂うスタジアム

201339日 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力スタジアムビッグスワン

 

 キーンという冷気を感じる。新潟駅を出るとやはり寒い。東京とは違うのだ。お陰で厚着をして着たぼくはその用意に報われたような気がし、意気揚々と和食ぐるめ『旬月』に向かうのだった。そこのわっぱ御膳が今回の日帰りツアーのセットとなってるのだった。

 ただし、すでに11時を過ぎてる時点でそんなに悠長にしてられない。 店でチケットを渡すとすぐにでも用意してもらいたい気分であった。こちらはもう牛丼屋でも来たような感覚である。ところがここはぐるめ料理屋。どうもミスマッチであった。であるが目の前に現れた料理はやはり上品である。さすがに牛丼とは次元が違うのだった。

 だが時間に迫られてるぼくらはさっさと食事を平らげると飛び出すように店を出ていった。さて、今度はバス乗り場はどこだ。早足で進むも駅にサッカー観戦をするような人を見かけないのでなかなか断定できなかった。かつて観客動員1位を記録したことのある新潟も町中ではこんなものであるのだった。

 それでもその喧噪としてないのが逆にバス停を容易に見付けさせてくれもした。そこには確かにオレンジの人の姿が見られた。でもやっぱりこんなものなのかなという疑問は拭いきれなかった。そしてバスに乗りスタジアムに着くとゲート前こそ多くの人が並んでいたもののスタンドは空席が目立つ。新潟にとって開幕戦であるにも関わらず客が集まってない。もしかしたら新潟も観客動員に苦しんでるのだろうかなどと話し合ったのだった。

 ただしこれについては実際には28,118人も集めておりサンフレッチェよりも多いのである。これも生半可巨大なスタジアムを造った弊害というものだろうか。

 ピッチではウォーミングアップが始まり選手紹介が始まる。その時、最後の森保監督の名前が呼ばれた時拍手が起こった時、森保監督も新潟でコーチをやってたのを思い出した。ついでに千葉も元新潟の選手。更にこじつけるなら昨シーズン優勝したのは新潟のお陰。探せば結構新潟も因縁があるんだと気づかされるのだった。

 試合が始まる頃になり上着を脱いで紫のレプリカ姿になろうとした。だがあまりもの寒さに再び上着を着てしまう。雪山から風で冷気が運ばれてるようだ。だがピッチ上では熱い熱い戦いが繰り広げられる。そんな期待をしてたものだった。

 立ち上がりこそ鋭さを魅せたその攻撃もすぐに停滞してしまった。まるで攻撃への気概まで氷結させられてしまったのだろうか。ボールを持つもなかなか前へパスを出せない。慎重に慎重に後ろでパスを回す。そして隙を見てスペースへ出したもののこれがファールで止められてしまう。相手にカードを出させたとはいえあれを潰されると厳しい。そしてもう一度裏を取るような場面が訪れた。抜け出そうとする清水。だがまたしても手を使って止められてしまった。明らかなファール。ぼくらは激高した。

 このプレーに対し審判はカード出したがそれは当然の判定であった。すると赤い物を出したように見えた。あっ、退場だ。2枚目のイエローだったようだ。前半の内に1人多い状態になった。これも清水のスピードにより引き起きたのである。さすがは昨シーズンの優勝の立役者の一人。清水の左サイドでどれだけチャンスができるか、楽しみが膨らんできたのだった。

2013年3月 9日 (土)

新潟戦~友を待つ

2013年3月9日 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力スタジアムビッグスワン

 ドクトルとは東京駅で待ち合わせた。柱に寄りかかったドクトルは雑踏の中にあっても紫のマフラーですぐに識別することができた。お互い挨拶を交わしチケットを渡すとすぐに改札を潜ったのである。ツアーのセットとなってる昼食を取るにはこれでも結構ギリギリの時間なのだった。
 案内掲示板で確認し23番線MAXときを目指す。しかし自由席はすでに結構な列ができていた。やはりスキーグッズを持った人の姿が目立つ。果たして座れるか。だがここでドクトルがあることに気付いた。
「あれ、これって『とき』と違うんじゃないのか?『たにがわ』って書いてない?」
 は?言ってる意味が分からない。確かにさっき23番線と確認した。なのに違う新幹線が来るということか?
「いや、東北新幹線って中央で連結してて途中で切り離して行き先が変わったりするんだよ」
 ということで後ろへ進んでみるとたしかに連結があり後部車両は「とき」と書かれてる。危ない、ぼく一人だったらそのまま「たにがわ」へ乗ってしまったに違いない。そして着いた先は新潟とは違う地なんてことにもなりかねなかった。ぼくは決して一人で世界旅行などできないだろうと思うのだった。
 かくして「とき」の前の列に並ぶ。そして先週の試合の話題が出てくる。
「いやあ、本当は先週広島まで行ったし今回は見合わせるつもりだったんだけどな。負けてしまったんでどうしても行きたくなってしまったんだよ。先週は石川が良くなかったな。浦和に関しては森脇は怖くなかったけど槙野は怖かったよ」
 ニコニコしてドクトルは広島での様子を教えてくれた。
「そういえばゼロックス以来昨シーズンのベストメンバーに近いメンバーで戦ってないですね」
「そうだね、高萩も怪我で欠場してしまったしね。やっぱり高萩いないと厳しいなと思ったよ。今日はどんなメンバーになるんだろうね」
 スターティングメンバーの予想が付かない。サンフレッチェにおいてこれはしばらくなかったことのような気がした。

2013年3月 8日 (金)

いざ、新潟へ

201339日 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力ビッグスワンスタジアム

 

 生まれ持った要領の悪さ、決断の遅さで苦労をする羽目に陥った。まず、ぼくは土曜日の休みが確定しようとしていたところ新潟に行くには金額の面で決心がつかなかった。ただ、それでも新潟へ行く安い手段はないかと模索してたところどうやらJR東日本旅客鉄道で日帰りツアーなるものがあるのを突き止めJRみどりの窓口前のパンフレットを漁るのだった。日帰りコーナーというのがある。ああ、これかあ。

 パンフレットを手にしたぼくはその金額に驚く。何と、1万弱の値段で往復できるではないか。ただし2名以上での申し込みが条件だ。これが難しい。だが一応仲間に打診してみた。予想通り反応が悪い。やっぱり今回の新潟は見送ろうかと思ってたとこだった。

 ところが前節サンフレッチェがホームで開幕戦を負けてしまったことで事情が変わった。現地まで行ったドクトルがあまりにも悔しいんで新潟も行くと言いだしたのだ。こうなるとぼくも新潟への気持ちが高まってしまう。早速JRまで突っ走るのだった。

 ツアー申し込みの窓口にパンフレットを持って行きこのツアー申し込みたいんですけどと言うと受付のお姉さんは手際よくパソコンを操作してくれたもののすでに予約が埋まってるということだった。ああ、やっぱりぼくの優柔不断の性格はこういうとこで災いするのだと頭を下げたもののすぐに気を取り直しもう少し高い昼食付きのツアープランを打診してみる。するとこちらはまだ空きがあったものの指定席は希望する時間がすでになくなっってた。

「何時頃までに行かれたいんですか?」

 そう聞かれぼくは13時にサッカーの試合を観たいと伝えた。こんなとこでわざわざサッカーという名前を出すのも気が引けたものの何気にその目的を告げた方が受け付けのお姉さんも時間の検索をするのに都合が良さそうだった。

「そうですねえ、それだともう都合の良い時間は全て予約で埋まってますねえ。今スキーシーズンですのでねえ。あ、でも自由席でお取りするという方法もありますよ」

 おお、救われた。行けるのなら何でもいい。それでお願いしますと頼んだ。

「新潟までって2時間くらいですよね」

「そうですね。それくらいで着きますね」

「それなら例え座れなくてもどうってことないですね」

 ええ、ええと頷いてくれる。ああ、何て優しいんだろう。若い女の人に優しくされたことのないぼくとしてはその受付のお姉さんが天使のように見えた。

 そんなこともありすっかり気を良くしたぼくは切符を握りしめ意気揚々だった。ドクトルにもチケット取ったと連絡を入れるととても感謝されたもののその実ドクトルが行くと言ってくれなかったらぼくはここまで行動に移してなかったような気がする。改めてぼくは自堕落なんだと気付くのだった。

 これで新潟までの道筋が付けた。後はチームが勝ってくれるだけ。いや、実はこれが一番厄介な問題ではあるのだが。

2013年3月 3日 (日)

浦和戦~厳しき開幕戦

 

201332日 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ エディオンスタジアム広島

 

 どうせ入る訳ない。

 バイタルエリアでFKを得た。だけどぼくはそこで得点を得る期待というのはちっとも持ち合わせてなかったのだった。もはやぼくはなにもかもネガティブになっている。開幕戦で快晴にならないのもスタジアムが昨シーズンの開幕程観客が入ってないのも全てが逆境にさせてる気がした。それくらいサンフレッチェの攻撃には夢も希望もなかった。確かに攻撃に活力を与える高萩がいない。ボールを預ければ何とかしてくれるミキッチもいない。打開策が見いだせないとはいえどうも運気が向いてない。果たしてどうやったら点が入るんだろう。

 だがここで浩司の蹴ったFKは壁の上を越え見事な弧を描いてゴールに入ったのである。GKがどんな反応をしようともこれは取ることができない。まるでキックの手本のような素晴らしいFKだ。これで息を吹き返した。さっきまで絶望感に苛まれたぼくは一気に追加点への気勢ををあげたのだがそれはサンフの選手もそのようだった。1点返した後、サンフレッチェは急にボールが前に行くようになったのである。

 相手陣内でボールを動かし的を絞らせない。緩急を入れどこかでスイッチが入る。そこからクロスを入れたり縦パスを入れたりする。それはサンフレッチェらしい攻撃であるがそのほとんどが読まれてるという感じあった。それもそのはず、DFにはサンフレッチェから移籍した槙野と森脇がいる。そしてサンフレッチェの前監督であるペトロビッチが指揮を執ってるのである。手の内が読まれている。それはこちらも条件は変わらないはずなのにこちらは相手の手の内が読めてないということなのだろうか?

 だが森脇のポジションに入ってる塩谷は守備でも攻撃のつなぎでも実に安定している。恐らく守備では森脇より上だろう。槙野のポジションをやってる水本も守備では槙野より上だ。だけど結果として2失点もしてるのはどういうことなんだろう。

 刻々一刻と時間は過ぎていく。良い攻め、良いボール回しはしている。だけど最後のとこが決まらない。肝心なとこでサンフレッチェの選手が足を滑らせてるような気がする。どうもホームのサンフレッチェの選手の方が足を滑らせてるシーンが目立つような気がするのはどういうことなんだろう。

 点が入らない。寿人はシュートが打てない。クロスは全て跳ね返されてしまう。ゴールが遠い。攻めても攻めてもゴールにはたどりつかない。ああ、負けてしまうのか。浦和に負けてしまうのか。毎年毎年サンフから選手を引き抜いていく浦和に負けるのか。その瞬間を見たくなかった。もはや引き分けならいい。だけどスコアは動かないまま時間は過ぎてしまうのだった。

 開幕戦黒星。浦和に負けた。元々ペトロビッチの築きあげたサッカーをする両チームの対戦は浦和に軍杯があがった。屈辱的である。そしてサンフはACLを入れると2連敗である。夢から覚めたような感覚だ。ACL負けたという意味では浦和も同じなのだがどうもサンフとの対戦だけは異様に闘志を燃やしてきたようである。他に負けてもサンフには負けない。今シーズン、やはりとてつもなく厳しいシーズンになりそうである。果たして肝の小さいぼくはその現実に堪えうることができるのだろうか。

2013年3月 2日 (土)

浦和戦~いざ、開幕

201332日 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ エディオンスタジアム広島

 

 Jリーグ開幕。シーズンオフ中は長い長い期間のような気がしたが始まってみればもう始まったのかという感じだ。今年からネーミングライツで呼称をを代えたエディオンスタジアムの空は白く霞み、客席にはポンチョを着てる人の姿も多かった。昨シーズンと同じく浦和が初戦の相手となり多くの観客が集まったが、その曇り空は開幕戦としての晴れ晴れしさを演出してなかった。

 サンフレッチェの選手のユニフォームには星が付いていた。優勝チームとして臨むシーズンである。そこに誇らしさを感じるものの当然他チームのマークはきつくなる。J2時代徹底的に研究されて全てのチームから高いモチベーションで勝負を掛けられた経験はあるがJ1でその状態になるというのはまだ見ぬ世界だった。それでもぼくらはすでに優勝チームとしてのプライドも持ってしまい、相手を打ちのめすことができるという自信だけは持ってしまっているのだった。そこが昨シーズンと大きく違うとこなのだった。

 その過信とも言える無意味な自信はどんなに戦況が悪くとも危機感に対して鈍感になってしまったのだった。攻められ攻められ攻められる。相手の攻撃を防いだとしてもパスがつながらない。それは浦和の守備の寄せが早いというのもある。だけどどこでボールを奪おうとペースを落としてしまうサンフレッチェにも原因があった。だけど急げば余計にボールがつながらない気がする。ああ、一体サンフレッチェはどうしちゃったんだろう。

 あまりにも一方的。圧倒的にシュートを打たれてる。ここまでシュートを打たれてるとその内やられるような気がした。そしてその予感は見事に的中するのだった。原口のドリブル、それを防ごうと食らいつく塩谷。だがボールを後ろに出されては対応できずそこへ走り込んだ浦和の選手にニアをぶち抜かれてしまったのだった。

 ああ、失点してしまった。だがその失点の失望感よりも耐えられない屈辱感を感じざるを得なかった。ゴールを決めた選手。それは柏木陽介である。柏木、よりによって柏木に決められてしまった。サンフレッチェの中心選手として10番を背負った柏木だが浦和に行きかつての輝きを失ったと悲哀感さえ持ってたものだが絶対にやられてはいけない選手にやられてしまったのである。ゆるせん、ゆるせんぞ。

 そんな気概を感じるも空しく今度はフリーキックのリスタートを準備のできてない隙に始められてしまった。それにより原口がフリーでドリブルでゴール前へ突っ込むことができるのだった。賢明に戻る千葉。シュートを打つ原口。だがこれは西川の手に収まり一安心。そう思いきやボールはゴールに入ってるじゃないか!な、なんと、西川はよりによってファンブルしてボールはゴールに入ってしまったのだった。

 終わった。さすがにこれは終わっただろう。ちっとも得点の狙えない展開にこんなしょうもない失点。しかもリスタートを蹴ったのはまたしても柏木だった。栄えある開幕戦。優勝チームとして臨んだ新シーズンであったがそれはとんでもなく暗澹たる様相を呈しているのだった。

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    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
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     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

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