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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2012年12月31日 (月)

1年間ありがとうございました

 このブログを始めたのも友人からの提案からだった。サンフレッチェのことを何か書きたいと話したところブログでもやればいいじゃんと言われたのがキッカケだった。以来何年と続いているのだが正直なところ当初は1年くらい続けばいいだろうというくらいのつもりだった。自分でもここまで続いたのは奇跡だと思っているが実はその陰に多くの協力者がいて成り立ってるのも事実だ。多くの人に支えられて続けていけた。こんなブログであるがそうでなければここまで続けられなかっただろう。
 その内にぼくは漠然と一体いつまでぼくは書き続けるんだろうと考えることがあった。サンフレッチェについて書くことは楽しいことではあるが時としてそれは苦痛を伴うことがある。それはヤマとなる試合で脆くも負けてしまった時などそれはそれは苦痛であった。もう思い出したくもないのにそれを文章にしなくてはならない。それはぼくにとって修行で滝に打たれる以上の苦痛であった。恐らく多くの人がそういう心境だろう。そのためぼくはいつしか辞め時というものを考えるようになった。それは優勝した時。優勝した時はこのブログの終わりの時、そんなことを考えるようになったのだった。
 そして今シーズン、サンフレッチェは本当に優勝してしまった。あの弱い弱いサンフレッチェがJ1でタイトルを穫るなんて夢物語だと思ってた。サポーターのタイトルが欲しいと切望する声を聞きながらそれは決して手に入らない理想郷のようなものだと思ってた。逆にそれ故にタイトルを穫ったら辞めようなどと目処を付けたのであった。
 しかしこれは困った。これではあまりにも唐突過ぎる。というか優勝をしたことで一定の区切りが付いたかと思いきや一層チームの同行が気になりだした。そもそもぼくは優勝したら辞めるなどと一度も公言したことはない。ならばその設定は一度ご破算にしてしまっても何の問題もないのだった。
 ということでまだしぶとく続けていきます。今まで良いことより辛いことの方が多かったサンフレッチェにおいて今シーズンは本当に幸せなシーズンだった。その分来シーズンは苦労するかもしれない。そして長い歴史の中ではまたJ2への降格なんてことがあるかもしれない。スポンサーの撤退なんてことがあるかもしれない。チームの顔とも言える選手が移籍してしまうかもしれない。それでも諦め悪く応援を続けていくことだろう。今までの苦難を考えればそれくらいどうってことない。ただ、再び小野剛のような人が監督をやった時に応援を続けられるかというとそれだけは自信がないのだが。
 いずれにしてもサンフレッチェを通して多くの人と関わることで楽しい体験をさせてもらいました。今年1年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

2012年12月28日 (金)

横竹期限付き移籍

サンフレッチェ広島所属の横竹翔選手が、ガイナーレ鳥取へ期限付き移籍することが決定いたしましたので、お知らせします。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 

 2008年新人選手として5人の選手が入団してきた。そのシーズンJ2ではあったものの横竹に出場機会はなかった。その為これといって印象もなかったのだがユース上がりというだけで少し気になる存在といったとこだったろうか。何でもユースの時代は攻撃のポジションをしていたということだったが、そのポジションはチーム内に人材が多く厳しいというのが当時の状況だったと思う。だが、意外にも横竹は翌シーズン意外なポジションで出場を果たすのだった。

 3バックのストッパー。攻撃の選手だとばかり思ってた横竹はよりによってDFで起用された。当時監督だったミシャはFWの盛田やボランチのカズをDFにコンバートするということを当たり前にやってたので特に奇策という訳でもなかったのだろうがさすがに出場したての頃は心許ないパフォーマンスだった。だがその割にミシャは信用して起用し続け段々と良くなってるような気がした。同期の入団選手がなかなか出場機会を得られない中で横竹は順調にキャリアを積んでるように思われた。

 しかし、4年目の2011年徐々に出場機会を減らしてしまう。そしてたまに出てきてもどこか不安定だった。確かに森脇の成長や水本の加入といった要素もあっただろうが横竹自身のパフォーマンスがどうも安定しない。この不安定という要素は後ろのポジションである限りどうしても使い辛くなる。その結果ピッチで姿を観ることはごく稀となってしまったのだった。

 それに反して今まで全く出場機会のなかった清水は今シーズン、山岸の怪我による戦線離脱により左サイドで出場するとスピードのあるドリブル突破とゴールに向かう積極性により見事にスタメンに定着する。それどころか左からのクロスで多くのチャンスを創り出し自身でも4ゴールを上げたことは優勝の原動力となったと言っても過言ではなかった。全く日の目を見ないでそろそろ戦力外かと思ってた清水がとてつもない戦力となり早い時期に出場機会を得て経験を積んでた横竹がリーグ戦での出場がなくなった。一体サッカー選手の成長というものはどういう論理によって成り立ってるんだろうか。

完全に出場機会を失った横竹が外に出されるというのは予想はできたことだった。が、それが期限付き移籍ということでまだクラブは横竹を見限ってないんだということが伺い知れる。かつて森脇や高萩がJ2愛媛にレンタル移籍し結果を出しサンフレッチェに戻って中心選手となった経緯がある。そして今シーズンも同期である丸谷がJ2大分に期限付き移籍して以来ずっとスタメンで使われた結果J1昇格を決めてしまった。むしろ横竹にとってはチャンスが訪れたと言っていいだろう。

 だが勿論レンタルで移籍をしてそのまま帰ることなく消えて行った選手もいる。一体それらの選手はどこで差ができるのだろうか。そして横竹は数年後どちらの部類に属するのだろうか。

そんな想いから毎年J2の試合の動向も追わなければいけなくなるのだが、何気にそれはそれで楽しんでもいるのだった。

2012年12月25日 (火)

平繁移籍

サンフレッチェ広島所属の平繁龍一選手が、ザスパ草津へ完全移籍することが決定いたしましたので、お知らせします。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 

 ギラッとしたその眼つき、キリッとしたその輪郭、平繁にはFWとして持つ雰囲気があった。その為いつか爆発するだろうと思っていた。いつか爆発、いつか。そしてその日はついに訪れることはなかったのだった。

 サンフレッチェユース出身のFW。育成型クラブのサンフレッチェにおいてそれは唯一成功してないポジションだった。そんな中、平繁は今度こそはモノになるという予感を与えてくれたのである。そのキッカケとなったのは2007年のJ1J2入れ替え戦なのだった。

 デビューイヤーとなるその年、サンフレッチェはリーグ戦で下から3つ目の順位となりJ23位の京都と入れ替え戦を行うことになる。が、この時の空気はどちらかといえばまあ大丈夫だろうというものだった。ホーム&アウェイの2戦というレギュレーションの為一発勝負の危うさはなかった。2戦あれば実力のある方が勝つ。そう、この時多くの人はサンフレッチェの方が実力があると思っていたのである。

 しかし、初戦のアウェイの試合で先制されてしまう。いや、よりによって2失点してしまう。そして点が取れない。当時のエースのウェズレイは何の脅威にもなってなかった。本当に勝つ気あるんだろうかという停滞した雰囲気。沈滞ムード。そんな時、終了間際にゴールを決めたのが平繁だった。暗闇の中に一点の光を見出したような気分だった。窮地を救った。1点差と2点差では条件がまるで違う。平繁こそ希望の星だった。

 残念ながらホームの2戦目でスコアレスドローとなり降格が決まってしまったが、ある意味それは平繁にとってチャンスでもあった。デビューして間もない新人選手にとってJ2の方が出場チャンスは廻ってきやすい。事実、寿人不在時に試したゼロトップでは最後のフィニッシュが不足し得点が取れなかった為平繁が出場したが、その瞬間簡単に2点も決めて勝利に導いたのだった。彼こそは新しいスター。寿人とトップのポジションを争う次なるエースだという期待を抱かせたのだった。

 だがそんな期待は見事に裏切られ結局このシーズン5得点で終わってしまう。そして翌シーズンも鳴かず飛ばずという感じでついにJ2徳島にレンタルに出されてしまう。まあここで武者修行を積んで帰ってくればよかったのだがここでも最初こそスタメンで起用されて結果を残していたもののいつの間にか出場機会がなくなってしまった。更にその翌シーズンもヴェルディにレンタルされるも最初だけちょこっと活躍してまた影を潜めてしまうのだった。最初だけ、平繁を形容するにそんな言葉が浮かんでしまうのだった。

 そして今シーズン、満を持してサンフレッチェに帰ってきたもののここでもその最初だけというジンクスは残っていた。シーズン序盤のガンバ戦で2点決めたまでは良かったがその後結果を残すこともなく試合に絡むこともなく消えていったのである。毎年毎年一瞬だけ輝いて消えてしまう。まるで時限装置でも内臓してるかのようだ。

 そんなことだからJ2クラブへの完全移籍は半分は想像していた。もはやレンタルではない為活躍したからといって帰ってくる選手ではなくなった。それでもまだこの選手を諦めきれない心情がある。サンフレッチェユース出身のストライカーなのだから。

2012年12月17日 (月)

森脇移籍決定

サンフレッチェ広島所属の森脇良太選手が、浦和レッズへ完全移籍することが決定いたしましたので、お知らせします。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

「森脇移籍しませんよ」

 森脇大好きな女性がそう言ってた。この噂はリーグ戦終わるちょっと前から出ていてその去就が注目された。契約が終わることでこれも言わば0円移籍である。ユースからせっかく育てた選手を移籍金なしで他へ持って行かれる。唯一の救いはそれが日本国内の移籍ということだ。浦和は敵ではあるがJリーグというコップの中で共存共栄をしていくべき相手。もしこれが双方にとって幸せな結果になればそれはそれでいいのではなかろうか。

 当然感情的なしこりは残るだろう。柏木、槙野に続いてお前まで浦和に行くのか。当然獲得をリクエストしたのは前サンフレッチェ監督だったミシャだ。今シーズン1位と3位という順位で終えたことからも両クラブがライバルと呼ぶにふさわしい関係となった。そこで森脇の移籍である。また新しい因縁ができてしまった。わざわざリーグを盛り上げる要因をつくってしまったのである。

 柏木、槙野、森脇。ユース出身のこの3人の功績は大きかった。ミシャに見いだされチームの中核とされたということから今のサンフレッチェのサッカーをつくったという意味ではミシャと共に功労者ではある。そしてゴールを決めた後のゴールパフォーマンスもこの3人がいたからこそ始まったものだしホームでの勝ち試合後の劇場。チームを明るく、面白いものにしていったことは確かである。実は戦力的な損失よりもそういうメンタルな部分での損失の方が大きいのであった。

 ただサッカー選手の寿命を考えた場合より良い条件を提示されたらそれに応えるのは当然である。それがサッカービジネスというものでもある。

 かつてはパスを敵に出したり不安定だったため森脇パスなどという通称までできてしまった。だが出場を重ねていく内にそういうパスがなくなってきただけではなくボールを失わない巧みさを身に着けて行った。本当に日々プレーの成長を感じ取れるのがこの選手の称賛すべきポイントであった。

 そしてこの選手の最大の魅力は劇的なゴールが多いことである。今シーズンDFながらも4点取ってるが、その内の2点がアディショナルタイムのゴールである。それ以前にもほぼ毎年1年に1回そういうゴールがありそれ故に太陽の男などという通称ができたりするのだった。

 いなくなってしまうのは寂しい。だけど公式に発表されるとやっぱりそうだったのかという諦めがある。優勝したとはいえサンフレッチェはそういうクラブなんだ。お金がないから有望な選手は引き抜かれる。そしてまた選手を育たなくてはならない。それこそサンフレッチェ。だからこそ応援してるんだというのを思い出させてもらったのだった。

2012年12月14日 (金)

蔚山戦~シーズン終了

20121212日 クラブワールドカップ5位決定戦 蔚山vsサンフレッチェ広島 豊田スタジアム

 右サイド、山岸はボールが受けると迷うことなくゴール前へ低いクロスを上げた。深くえぐることもなくあっさりと蹴ってしまったが、それはあまりにも拙速なプレーに思えた。が、ボールの軌道の先には寿人が走り込んでいる。蔚山DFと競りながらも振りぬいた左足にかすったのか、ボールはコースが変わってゴールに転がり込んだのだった。

 思いもよらない逆転ゴール。久々の先発の山岸はこれで1ゴール1アシストである。そして寿人が決めたというのも大きい。エース佐藤寿人といってあれだけ番組で煽られた挙句結果が出ないというのはよくある話である。結果が出ないで叩かれるのも実は本人の意思とは関係なく煽られたというのもあるだろうが注目されるというのはそういうことである。脚光を浴びることのなかったサンフレッチェだが意識をを変えなければいけないのかもしれない。

 そしてそれだけで終わらなかった。最終ラインでボールを受けた高萩はもうゴールまで一直線になった。だがそれはシュートを打つ前にDFに追いつかれボールを失ってしまう。だがそのボールはなぜか高萩の前へ再び転がり込んできた。DF2人に増え数的不利な状態であるも1タッチ、2タッチとボールをこねるとゴールに向けてではなく横にパスを出した。そこに待ち構えていたのは寿人。もうそれはまっすぐゴールにぶち込むだけでよかったのだ。

 寿人2ゴール1アシストである。ACLに限らず国際舞台で何かと韓国のチームには負けてしまう日本のチームにおいてこれだけの結果を出したのは素晴らしい。どうして点が取れたか。それは高萩の存在が大きいだろう。ペナルティエリアに入って21の状況。普通ならシュートを狙うはずなのにパスを出す気質の高萩。それにより頭を抱えさせられることが多いのだがこの時はその気質故にパスを読まれることがなかった。マイナスの要素と思ってたものが時と場合にはプラスに転ずるというのを知るのだった。

 1-3。もうこの時点で勝ったような気がした。次の試合の為にスタンドに入ってきたコリンチャンスのサポーターまでこのゴールによって盛り上がってるような気がした。実際には次の試合に向けて気分を高めてるだけかもしれないがそんなことは関係ない。サンフレッチェのゴール、そして上下、左右に動くパス回しに湧き上がってると思い込んでしまうのだった。

 まだ点が入りそうだ。面白いように攻撃が嵌る。こういう舞台でサンフレッチェのサッカーができるというのは嬉しかった。惜しむらくはこれがもっと注目されるカードで実現できれば世界に向かってこのサッカーを披露することができただろう。

 そんな恍惚とした感情に浸ってた時、塩谷が最終ラインでボールを奪われそうになる。必死に身体を入れ防いだもののイエローカードを受けてしまった。その後もファン・ソッコが深い位置で止めたもののファールの判定を受けてしまう。最後の最後でファールで相手を止めるとこがレギュラークラスと称されるメンバーとの違いなのだろうか。

 そして最後にソッコのファールからFKを受ける。全員守備に戻って交代に千葉まで入れるという念の入れよう。それでもFKが決まってしまったというのはどういうことだろう。相手のキックの精度が良かったというのもあろう。だが、深い位置でもファールがいかに危険であるかを知るいい機会だったかもしれない。

 結果的には2-3。最後の失点は余計ではあったが4人もメンバーを入れ替えて勝利したというのは大きいだろう。そしてこのメンバーでもサンフレッチェのサッカーは変わらなかった。この時窺い知ることができたのだ。来シーズン、サンフレッチェはACLを参加するだけの大会にしないということを。クラブワールドカップはこれで終わった。そしてサンフレッチェの今シーズンの戦いも終わった。だがそれはまた来シーズンへの新たな戦いの始まりでもあるのだった。

2012年12月13日 (木)

蔚山戦~5位決定戦

2012/12/12 クラブワールドカップ5位決定戦 蔚山vsサンフレッチェ広島 豊田スタジアム

 

 5位決定戦。この何とも形容しがたい響きは何なんだろう。勿論試合をやる限りは勝ちたい。でも勝っても5位。所詮はアジアチャンピオンになってもないのに開催国というだけでこの大会に出てる事自体が虫のいい話だというのは分かってる。だけど準々決勝で負けた時点でモチベーションがシュンと下がってしまったのは事実だ。応援してるぼくでさえこうなんだから一般の人はまるで興味のない対戦になったのではなかろうか。勝ち進めば賞金額が上がるという金銭的なことよりもこれでメディアの注目を浴びる機会が減ってしまったことが痛い。不人気クラブとして見向きもされない過去を歩んできただけにその損失を痛切に感じるのだった。

 だがここに及んでKリーグのクラブと対戦できるというのは大きいかもしれない。来シーズンのACLで彼らは絶対に壁となるはずだ。もはやトーナメントを勝ち進むことはできない。だけどJリーグチャンピオンの権威をおとしてはいけないというプライドもある。そういうプレッシャーの中、ある種の冒険をやるには格好の舞台ではあるのだった。

 果たしてスタメンには塩谷、ファン・ソッコ、山岸、石川という実践で試してみたかったメンバーが大方入ってた。ただ準々決勝で顔面を怪我した西川まで入ってたが、ピッチに現れた時、治療の後が痛々しかった。本当にこれで相手のシュートを見切ることができるんだろうかという不安が過った。

 平日の夕方ということでやはりスタジアムは閑散としていた。位置付けとしてはこの後行われる準決勝の前座の試合である。世間の注目もないのは致し方ない。むしろそんな試合であるにも関わらず地上波で放送してくれるのがありがたくもあった。

 だがここで信じられないものを目にする。相手の前線からのプレスをかわそうとして水本が出したバックパスが西川の動きの逆を突きコロコロとゴールの中に入ってしまったのだ。やってしまった。ああ、やってしまった。安い失点。今まで何度この言葉を使ってきただろうか。今シーズンになってこういう失点がずいぶん減ってきたと思っていたがこういう舞台でやってしまうとは。やはりJリーグのようにいかないのだった。

 シュートを打たない、安い失点をする、パスが引っかかる、それらはサンフレッチェの十八番でありながらずいぶん影を潜めてきたような気がしてた。だがこのクラブワールドカップで再び露呈したということはやはりより強いプレッシャーを受けた場合、更にそれを上回らなければいけない。Jリーグで優勝したが為にもうこれで完成されたと思ってたサンフレッチェのサッカーは実はまだまだ高めていかなければいけないようだった。

 ぼくはもうこの時負けたような気がした。こんな5位決定戦という試合に出て味方のオウンゴールで負けてしまう。それは湧き上がってたサンフレッチェの熱が一気に冷めてしまいかねない結果なのだった。ああ、でも何で水本はあんなバックパスを送ったんだ。そして何で西川はあそこで飛び出そうとしたんだ。悩みに悩んだが実はそれは後ろでもボールをつなぐというサンフレッチェのスタイルを貫くが為の結果でもあるのだった。

 であればそのスタイルを攻撃面でも貫いて欲しい。ボールを前に運べ。相手を揺さぶれ。そしてサンフレッチェはFKのチャンスを得たのだった。

 ただサンフレッチェのセットプレーはゴールにならないんだよな。距離もちょっとあるな。と思って放たれたFKにディフェンスラインを抜け出した寿人が合わせた。GKに防がれる。が、山岸が詰めてたのである。同点、死の底から這いあがったような気分だった。

 これで振出しに戻った。だが準々決勝とここまでは一緒だ。今度は追加点を決めてくれと祈るのだった。

2012年12月11日 (火)

アルアハリ戦~勝ち上がれなかった準々決勝

2012129日 クラブワールドカップ準々決勝 サンフレッチェ広島vsアルアハリ 豊田スタジアム

 西川が倒れた時、不穏な空気が流れた。裏へ出されたボールに飛び出されコースを切る為に飛び出した西川はシュートは防げたものの相手選手と接触し倒れ込んでしまった。仰向けのまま立ち上がれない。ピッチに駆け込んだスタッフの手からはバツが出された。西川負傷退場。その心理的プレッシャーはとてつもなく大きかった。

 交代で入るのは増川。リーグ戦の出場はない。予選リーグ敗退したナビスコカップでは出場したものの改めて西川との存在感の違いを感じざるを得なかった。サンフレッチェのサッカーはGKを交えたパス回しから始まることが多い。そうなると増田で大丈夫か?交代枠もGKで使わないといけないという心理的不安もある。不安だ。不安だ。とにかく不安だ。

 そんな空気が蔓延していた。気持ちが後ろに行っている。守備の重心が下がり重たい雰囲気がある。そんな時左のペナルティエリアをえぐられた。着いていけない清水。そしてマイナスのパスを真ん中からグラウンダーで易々とゴールの中に入れられてしまったのだ。その時ペナルティエリアには5人くらいいたが全てを無力化させられてしまった。

 崩された。確かに崩されはした。だけどこんなんでやられるのという何だか信じられないような光景だった。せめてあと5分、あと5分しのいでいたら精神的にも落ち着いただろう。だけどバタバタしている内に決められてしまった。勿体ない。勿体ない、勿体ない。

「サンフレッチェは逆転勝ちがないんだよな」

 ドクトルの言葉が虚しさを与えた。そうなのである。サンフレッチェにそんな勝負強さはないのである。しかも相手もテクニックがあり簡単にボールがつなげられない。そしてちょっと大きいトラップをするとすぐにボールを取られてしまう。やはりJリーグとは違う、Jリーグとは。この相手から点を取ることは限りなく不可能のような気がした。

 そんな中CKのチャンスを得る。だけどサンフレッチェのCKはあまりチャンスにはならない。ドクトルとあまり期待せずに観ていると一旦は弾かれたボールをミキッチがヘディングで右のスペースへ出す。そこには寿人。シュートはGKの身体をすり抜け入ったのだった。

 同点。同点、同点、同点。ぼくらは立ち上がる。よくぞ追い付いた。これで振り出し、これからだぞ。俄然勢いが増す。

 前半の内にもう1点。そんな雰囲気が出てきた。点を入れよう。点を入れよう。

 しかし、そんな機運はあるものの最後のところで合わない。最終ラインまでボールは行くが裏にボールを出すもクロスを上げるもパスを出すもどれも精度がない。いや、合ってない。いや、どっちが合わす方、合わされる方、どちらが悪いのか検討がつかない。

 そんな流れの中後半戦に入ると森脇に代わってファン・ソッコが入った。この交代は不可解だった。なぜにわざわざ守備の選手を入れ替えるのか。だがこれも後で分かったことだがこの時すでに足を痛めていたらしい。GKとDFの負傷交代、この時点で多大なるハンディを背負っていたのだった。

 そして西川が退いた時と同様、森脇がいなくなったサンフレッチェは途端に攻撃ができなくなってしまった。ボールが取れない。アルアハリの選手は身体の使い方も上手い。そしてサンフの選手のプレスは緩い。アルアハリの選手は余裕でボールを回すのだった。そしてその内にゴール前に出されたクロスに千葉は競り負けてしまい倒れてしまった。GK増田と1対1。この決定的危機に増田は立ち止まってしまった。西川なら飛び出して相手のシュートコースを限定しただろう。そこの差は一瞬であったが結果は大きく変わった。アルアハリの選手はコースを見極め増田の脇をすり抜けるシュートを決めたのだった。

 これでもう駄目だ。しょうがない、切り替えだとドクトルは激励するがぼくの頭にはもう敗北しかなかった。そもそもこれで勝つにはあと2点入れないといけない。ぼくにはそれが天文学的な数字に思われるのだった。

 ゴールを決める。これがとてつもなく難しい。Jリーグ2位の得点力を誇った攻撃力はクラブワールドカップという場において決定力不足という現象により無力化してしまうのだった。決定的瞬間においてサンフの選手はパスを出してその機会を潰す。高萩がシュートを打たないと嘆いていたがその悪癖は青山にまで伝染してしまったかのようだ。そこで唯一ゴール前でシュートを打つ寿人が最終ラインを破りGK11となった時、シュートを放ったものの見事にゴールの脇を抜けて行った。ああ、寿人まで。シュートが入らない。もしかしてゴールに特殊な電磁波でも流れてるのではなかろうか。

 時間の経過が空しかった。どんなに攻めてもどんなにボールを回してもゴールを割れない。本当にこのまま終わってしまうのか。それを考えるのは苦痛であった。が、無情にもそのまま何事も起こらず試合は終わってしまったのだった。

「勝てた試合だったのに」

 ドクトルがつぶやく。そうだ、チャンスの数でいえばサンフの方が多かったはずだ。

「やっぱりあれだけあったチャンスを決めないと勝てないんだよな。5回くらい決定的場面があったんじゃない?でもある意味サンフレッチェらしいよな。シュート打つ場面でシュート打たない。決めるところで決められない。こんなところでサンフレッチェらしさを観ることになってしまったよ」

 そう、優勝して忘れてしまっていたがサンフレッチェとはそういうチームだった。そうであるが最後に疑問が残った。果たしてサンフレッチェは開催国枠で出場したクラブワールドカップにおいてノルマは果たしたんだろうか。確かにサンフのサッカーは見せることはできた。でも今まで出場したJリーグのクラブの中では最低の成績。世間の目がどうしても気になってしまうのだった。

2012年12月 9日 (日)

アルアハリ戦~国際試合の多様性

2012/12/09 クラブワールドカップ準々決勝 サンフレッチェ広島vsアルアハリ トヨタスタジアム

 

「高萩、最後のあのシーンはシュート打ってほしかったよねえ」

 そうそう、ぼくは激しく同意した。クラブワールドカップ開幕戦の帰り、横浜駅のホームでぼくらは示し合わすことなく合流し千葉まで帰ったのである。通勤客に交じってサッカー観戦の話に熱が入る。紫のタオルマフラーをしている。どことなく異質な光景だったかもしれない。

 高萩のシュート打たないスタイルはどうにかならないものか。優勝したチームのトップ下のポジションで年間4得点というのはあまりにも少な過ぎる。ぼくらはそんなことを話しながら帰ったが、その後録画をよく観てみると高萩は結構シュートを打っていたのだ。それなのになぜシュートを打つべき場面でパスを出してしまうのか。それは誰にも理解できないミステリーでもあるのだった。

 その開幕戦から中2日経ち準々決勝となる。さすがに豊田スタジアムまで行くにはお金の都合もあり容易でない。地上波での放送もある。だから心置きなくTV観戦をすればいいのだが事もあろうかぼくの家は日テレだけ映らないのだ。誰に行ってもそんなことあるのかと不思議な顔をされるのだが映らないものはしょうがない。何とかならないものかと考えてる時、それならうちに来ないかとドクトルが救いの手を差し伸べてくれた。かつてまだスカパー!に加入してない頃お世話になったがよりによって地上波の放送を観る為にお世話にならないといけないとは。ぼくはいつもいつも人の世話になっているのだった。

 でもニュージーランドのクラブにさえギリギリ勝ったサンフレッチェがアフリカ王者にまともに闘えるのだろうか。そんなことを考えるととても正常な精神状態で観ることはできない。ドクトルの家に行くことで一人じゃないというのは心強くもあった。そしてモニターに映った豊田スタジアム。雪が降っている。関東よりも西に位置する愛知で雪が降ってるというのは違和感があったがあの辺は結構そういうことがあるらしい。冬の観戦が辛いのは何も東北だけではなさそうだ。

 スタメンは3日前と一緒。疲労を考えて多少入れ替えるかと思ってたがそのままとは。そして試合が始まるとサンフレッチェは前からボールにプレッシャーを掛けに行ってる。だが上手くかわされてる。テクニックがある。オークランドシティとはまるで違うチームだ。やはり国際試合。Jリーグとは違うのだった。

2012年12月 8日 (土)

オークランドシティ戦~国際試合の難しさ

2012/12/06 クラブワールドカップ開幕戦 サンフレッチェ広島vsオークランドシティ戦 横浜国際競技場

 2階席を閉鎖しているせいかスタジアムは閑散とした印象だった。カテゴリー4に続いてカテゴリー3も売切れてた割に空席があるのはどういうことなんだろう。そして全席指定席という条件がなかなかゴール裏に一体感を産むのがむずかしかった。その為応援もどこかおとなしい。ぼくの周りでは手拍子は合わせるもののコールに合わせて声を張り上げるとはっきりと浮いてしまう雰囲気があった。

 そんなぎこちない雰囲気はピッチの中も一緒だった。いや、積極的に前からボールを奪おうとしている。それなのに攻撃もミキッチの単独突破とどこか単調。左右からクロスを入れるも全て中央で弾き返される。あの背の高いオークランドシティの選手にサンフの選手は競り勝てない。それなら中央がある。真ん中から裏へ抜けるボール、寿人を狙ったラストパスはことごとくカットされシュートに至らない。何でここまで堅いんだ。オークランドのゴール前には巨大な壁がそびえているかのようだった。

 そんなゴール前を固めた相手から点を取るのは至難の業である。寿人の裏への飛び出しも左右に散らしてのシュートもオフサイドやGKのセービングに防がれてしまう。そう、このGK、何でこんなに反応してしまうんだ。これを崩すには、とにかくシュートを打つしかないだろう。

 しかし、シュートは入らない。それはまるでゴールから逸れるようにボールが逃げていくのだった。入らない、入らない。ボールは支配しててもゴールが入らない、こういう試合の時一発のカウンターでやられたりするものだ。そういう場面を何度も観てきてるだけに不安という名の靄がじわじわと漂ってくるのだった。

 一体何が悪いんだろう。ハーフタイムに近くに知り合いがいたので話し合った。後ろからロングボールで裏を狙うべきだとぼくは論じた。だが決してそんな動きをしなかったわけではない。シュートも打たなかった訳ではない。でもことごとくブロックされてしまう。ゴール前のラストパスもことごとくブロックされてしまう。まるでその動きを熟知してるかのようだった。そう、オークランドはサンフレッチェのことを相当研究してたに違いないのだった。

 こういう静かな前半を折り返した後半は必ずピッチを上げてくる。攻撃の方向もサンフサポのいる北ゴール裏へ向かってくるので熱が入る。選手の運動量も上がってきたような気がする。それにより前半座ってた人も立ち上がり声を張り上げるようになってきた。もっと遠くからでもシュート打て!

 すると高萩が低い弾道のミドルシュートを打った。ガツン、とポストに弾き飛ばされる。何であれが入らないんだ。だが攻勢はまだ続いてる。千葉から長いパスが出ると攻撃のスイッチが入る。駆け上がったミキッチは右からクロスを入れる。ゴール前でDFの間からヘディング。GKがブロック。そのこぼれをシュート。それも阻まれる。何て何て堅いゴールなんだ。だがボールはまだ生きていたのだった。

 ルーズボールを拾った寿人は右サイドへ逃げボールを下げる。前に入れたくも買たるエリアは敵のブロック。ボールはその周りを軌道するしかない。横へ出し横へ出す。そして青山へ渡った時、一瞬だけゴールまでの軌道がぽっかり空いた。その一瞬、その好機を逃さなかった。青山は一閃、足を振りぬくとボールはゴールめがけて飛んできたのだった。

 そのボールの軌道はまるでGKをよけながらゴールの隅を突くというまさにそこしかないという空間を伝っていった。あれだけシュートを防いでいたGKもゴールが入ったことを確認すると頭を抱えてしゃがみこんでしまった。入らない、入らないと思ったシュートはその難攻不落さ故に青山のスーパーゴールが生まれたような気がした。1点を入れる為にはこんなシュートを決めないといけない。改めてサッカーの難しさを知るのだった。

 このゴールによりゴールらのボルテージは一層上がる。まだチャンスはある。1点ではなだ危ない。森脇もミドルシュートを放つ。だけどこれもバーに跳ね返される。一体何回バーやポストに阻まれるんだ。

 先制したことでメンバー交代する余裕も生まれたがミキッチに代わって入ったファン・ソッコは球離れが悪い。ペナルティエリアに近付くと迷ってしまう。それによりボールを奪われカウンターを食らってしまう。ああ、落ち着かない、落ち着かない。もう2、3点欲しいと思ってたぼくはもうこのまま時間が過ぎればよくなってしまった。

 ここにきて相手の攻撃に厚さが増してきた。ペナルティアリア内からシュートを打たれた時にはさすがにやられたかと肝を冷やした。だが運よく外れてくれて安堵の溜息をつくのだった。

 そして終了のホイッスルを聞いた時、喜びと同時に肩の荷が落ちるような気がしたのだった。開催国枠出場チームとしてのノルマ、とりあえずはそれは果たしたのではないだろうか。でも難しかった。相手はセミプロのチームなのにこんなに苦労するとは。国際試合の手強さを思い知った気がしたのだった。

 来シーズンACLではこんな戦いが続くんだろうか。だとしたら気が遠く遠くなっていくのだった。

2012年12月 7日 (金)

オークランドシティ戦~勝手の違い、雰囲気の違い

2012/12/06 クラブワールドカップ開幕戦 サンフレッチェ広島vsオークランドシティ戦 横浜国際競技場

 全くもってこのスタジアムに行くのは骨が折れる。首都圏内であることから十分通える距離でありながら都内から新横浜までたどり着くのに乗り換えが多く気分が萎える。そして駅からスタジアムへも結構時間が掛かるがそれでもかつてに比べれば歩道橋が整備され良くなってるのでここまで文句言うべきではない。そもそもこれでもビッグアーチに比べればずいぶんアクセスの条件は良いのだった。

 誘導員がメガフォンで案内をする姿がある。何でもコカコーラ以外のペットボトルはラベルを剥がさないといけないらしい。スポンサーの関係とはいえ何とも面倒臭い条件が付けられるものだ。これがFIFA主催の大会なのだなと国際試合ならではの勝手の違いを感じるのだった。

 闇に包まれたスタジアムの2階にはクリスマスにちなんだのか青いイルミネーションライトが灯っていた。前あんな照明やってたっけと連れが聞いたがこれも恐らくこの大会用に用意したものに違いない。入場もずいぶん厳重に手荷物検査をやってた。そういう運営側からのお達しなのだろうがこのスタジアム、ピッチとスタンドが離れ過ぎてて物投げたとしても届きはしないのだった。

 やっとのことでスタンドに躍り出るとすでにドクトルが席についていた。全席指定席の為一緒に観戦することはできないが声を掛けた。

「いやあ、こういう舞台に立てるのは光栄ですなあ。でも何かやらかしそうで怖いんだけど。でもこれは勝ってくれないとメンツが立たないんだよな」ドクトルの表情には笑顔がある。

「そうですよね。何か、記者会見で天皇杯でアマチュアのチームに負けたこと突っ込まれたらしいですね。でもそれがあったからこそ緊張感持てるんじゃないでしょうかね。ただ、これは勝たないと洒落にならないですね。相手はセミプロみたいなチームなんですから」

 ピッチに目をやるとすでに選手はアップをしている。いつもならもうその時から応援の熱が高まってるのだがどうもスタンドが遊離してるような感じがあった。確かに中央のカテゴリー4は熱心に応援している。だけどその横に隣接するカテゴリー3は微妙である。座って観たい人がほとんどであるのは仕方ないにしても声を出そうという人がいるようないないような。そういう収まりのなさはクラブワールドカップというJリーグとは勝手の違う大会のせいなのだろうか、それとも単にこのスタジアムの持つ不自然に傾斜のないスタンドのせいなのか判断が付きかねたのだった。

2012年12月 6日 (木)

オークランドシティ戦~めぐり廻ったクラブワールドカップ

2012/12/06 クラブワールドカップ開幕戦 サンフレッチェ広島vsオークランドシティ戦 横浜国際競技場

 クラブワールドカップ。日本で開催されるこの大会に出るのは憧れでもあった。その為にACL優勝をして出場権を得るというのはJリーグとしても悲願でもあったが、あまにもの日本のクラブの弱さについぞ出場権を得ることができなかった。せっかく日本で開催するのに日本のクラブが出ない。それは大きな皮肉であった。

 さすがに主催者側も大会の盛り上がりを考え開催国枠というものを作ってくれた。だがそれができた途端に2007年に浦和レッズ、2008年にガンバ大阪と2年連続でJリーグのクラブがACLを優勝したのは皮肉であった。ただ、アジアのカップ戦を制して出場権を得たことでこの先もJリーグのクラブが出場し続けるのだとばかり思ったが結局JリーグのクラブがACLを制したのはその2クラブで終わってしまったのだった。

 そもそも2009年大会の決勝ラウンドベスト8で川崎と名古屋のJリーグ同志の対戦となったが、まるで2年連続優勝したJリーグを妨害する陰謀かとも思われた。が、後でわかったことだが実はその抽選、くじを引いたのは日本人だったということだ。その事実からしてもJリーグにアジアを制する風というものがないような気がするのだった。

 そこでサンフレッチェに訪れたクラブワールドカップの開催国枠での出場。ボーナスみたいなものである。昨シーズンも柏レイソルがこの特典で出場しベスト4まで勝ち進んだ。出るからにはそれくらいは行かないと示しがつかない。勝ち点64という低い数字で優勝してしまったのは単に運が良かっただけと見られかねない。ボーナスでありながらも実は勝ち進まなければいけない切迫感もあるのだった。

 実のところサンフレッチェにも出場のチャンスはあった。2010年、前年リーグ4位の成績ながらも天皇杯優勝チームとのダブりによりこれも棚ぼた的に転がり込んだ出場だった。苦労をして掴み取ったという感覚が薄く、またクラブとしての海外チームとの公式戦という経験が乏しく予選リーグ敗退という結果に終わってしまった。3連敗の後3連勝という結果を考えてみるに上に行けなくもなかったのだろうと思う。だがあの時の空気としては頂点を目指すというよりも良い記念になったというものだった。さすがに国内でも何のタイトルも取ってないクラブにとって海外でタイトルを取るというのは現実的でないように感じられたのは致し方ないだろう。

 しかし、今回サンフレッチェは初のタイトルを獲ったのである。その興奮もまだ冷めやまない。佐藤寿人を始めもっと注目されていい選手がいるにも関わらず認知度が低いのはマスコミの露出が低いからというのは明白だ。優勝して以来、民放のTVでサンフレッチェの選手の姿が観れるようになった。やはり勝ち続けないといけない。勝ち続けないと。そしてこのサンフレッチェのサッカーが世界にどう映るのか、それを考えると気分が高揚するのだったが静かに時を待とうとするのだった。

2012年12月 2日 (日)

神戸戦~降格を観た試合

2012121日 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームズスタジアム神戸

 

 ほぼ満員と言えるスタンドの熱気を余所に試合の入りは静かだった。他会場の結果にもよるが、勝たないと残留を果たせない神戸は前から鬼気迫る勢いでプレスに来るかと思いきや意外と落ち着いていた。サンフレッチェが後ろでボールを回し試合をコントロールしようとするも神戸は神戸はまるで食いついてこないのだった。そのためサンフにも余裕を持ってボールを支配してるようでありながら実はちっとも前にボールが行ってないのだった。

 勝っても負けても関係のない試合。そういうプレッシャーのない状態でサンフレッチェのサッカーはより飛躍したものを魅せてくれるのではないか。そんな期待を抱いていただけにその内容は物足りなかった。やはりゴールが欲しかった。もっと神戸も前からプレスを掛ければ相手をいなしてチャンスをつくれるような気がしてた。

 大したピンチもない代わりにシュートチャンスにも恵まれない前半が終わってしまった。もしかして神戸は後半へ勝負を賭けるのだろうか。そんな不可解さを持ちながらも他会場の結果が告知される。どうやら神戸はこの試合勝たないと残留できない状況になったらしい。この情報はハーフタイムに選手に伝わるに違いない。となれば後半勝負だ。ピンチも増えるだろうがチャンスも増える、そんな予感がしたのだった。

 するとやはり後半に入り神戸はピッチを上げてきた。そしてその分サンフレッチェも攻める機会が増えてきた。ただ決定的なシーンまで行かない。高萩がうまくDFラインの裏を取ってシュートだと思ったギリギリのとろでブロックされた。いや、シュートに行ってたなら少なくとも打てただろう。だけどパスを選択してたようだ。何でここでパスを選択するんだ。自ら打って自らのゴールを増やそうとする野心はないんだろうか。こういう消化試合こそそういう思い切ったプレーができるというものだろうに。

 そんな決定機に結びつきそうなプレーが現れるも最後は残念な感じで終わってしまう。その都度ため息はするも悲壮感は感じない。それが消化試合のモチベーションなんだろう。やはりやりにくい。実にやりにくい。優勝を決めて残留争いをしているチームと消化試合をする。こんな経験はないだけにそのやりにくさというのは多大なるものがあった。

 だがそんな中、右サイドの石川がスピードに乗ったカウンターを仕掛ける。そして中央の寿人へパス。トラップをした寿人はボールを追おうとしたところで足を引っかけられホイッスルが鳴ったのだった。

 やっと訪れた得点の機会はPKだった。寿人はキッカーを浩司に譲った。自分で貰ったPKは自分で蹴りにくいと言っていたがチャンスの少ない中このPKは外す訳にはいかなかった。

 ボールをセットした浩司。右の下へ蹴ったもののキーパーにコースは読まれてた。それでも浩司のPKはいつもゴールに入る。もしかしてキーパーに反応される前提でグラウンダーのキックをしてるのだろうか。

 いずれにせよこれで先制。優勝チームとしてのメンツを保つことはできた。でもできることなら寿人のゴールも観たいのだった。

 だがこの後攻めてる時間より。守ってる時間が多くなる。この辺がこの一戦に賭ける想いの違いなのだろうか。ボールが自陣より前に行かなくなる。神戸のシュートの数が増える。だがそれでいてそれほど危機感を感じないのはペナルティエリアでのシュートではないため西川もある程度余裕を持って処理できるのだった。

 時間が進むにつれ神戸の選手の表情がこわばる。J2降格の辛さは分かり切るくらい分かってる為にこの状況は双方に辛い状況だった。でもだからといって負ける訳にはいかない。やはり勝ちたい。いや、本当にやりにくい試合だ。

 そしてタイムアップの笛が吹かれた時、勝利に喜ぶサンフレッチェの選手と対照的に座り込む神戸の選手が目に付いた。勿論サンフレッチェの勝利は嬉しい。それでも喜んでいいものかどうか心情的に判断が付きかねた。

 勝負事であるのでどんな時でも手を抜く必要はない。そして勝てば喜び負ければ悔しがる。こんなのは当たり前のことだ。それでも相手の心情を考えてしまうのはサンフレッチェの降格を2回も経験したからだ。つまり痛みが分かってしまうといったとこだろう。

 やはりやりにくい試合だった。ただ、それでも前節に優勝を決めて良かった。それによりホームスタジアムでセレモニーができた。そんな同情心を感じながらも満員になったホームズスタジアムに恐ろしさも感じたのだった。人気の面では苦戦してる神戸、こうやって残留決定戦の試合で多くの観客を集めたのにあえなく降格してしまう。この状況、2007年のサンフレッチェと被るのだった。もしかしてこれを契機としてクラブが大きく生まれ変わるのではなかろうか。とてつもないライバルとして立ちはだかる可能性、そんなものを考えてしまったのだった。

2012年12月 1日 (土)

神戸戦~最終戦へ賭けるモチベーション

2012121日 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームズスタジアム神戸

 

 最終節。優勝争いはここまで絡むと予想された。だが予想は良い方に外れ1節残す形で決まってしまった。そういう訳でサンフレッチェにとってこれは消化試合となった。このすぐ後クラブワールドカップの出場が決まってる事情からすると多少メンバーを代えてくるのは明白だろう。それがベストメンバーじゃないとするならそれはとんだお門違いだ。今までも使いたくても使えないメンバーがいた。それが勝ち点を考えなくてよい状態で冒険するのは当たり前のことである。そもそもプロの選手に対してベストメンバー規定などという定義などあり得ない話ではないだろうか。Jリーグもそろそろ現状にそぐわない規定は見直しをするべき時に入ってる。まあ戦後67年アメリカに押しつけられた憲法を未だに一度も改訂してないことからしても日本とは一度決まった制度はなかなか変更できないものみたいだ。

 それはそうとドクトルを始めぼくの仲間は1ヶ月も前からすでにこの最終戦のチケットを手に入れてた。サンフレッチェが優勝争いをする。そんなことはもう2度とないからという口実だったがあそこでそこまで確信してたというのが凄い。結局そういう人達の目に見えない氣というものも影響したのかもしれない。

 いずれにしても優勝を決めてしまったがゆえに相手の状況が関係ない状態になってしまった。優勝が決まってなかったら最終節に神戸が残留争いに絡んでるかどうかが大きく影響されると考え神戸の勝ち点の推移も常に観察してたものだ。だがもはやサンフレッチェはプレッシャーのない状態で臨むことができるようになったのだった。

 そこでメンバーを代えたとしてそれはそれでチームに新たな発見をもたらすかもしれない。中にはそれは残留争いをしてるチームに対する冒涜だという声もある。だがしかし、それを言うなら2002年のサンフレッチェの残留争い最終節ではガンバや清水がまるでやる気のない試合をして在留争いのライバルを易々と勝たせてしまったという事実を見逃してる。いや、あの当時はそんなこと誰も注目してなかった。だから仕方ないといえば仕方ないが『スカパー!』の解説員さえそういう過去を知らないというのもいかに当時サンフレッチェがマイナーな存在だったかということが伺える。

 そして迎えた最終節であったが何とサンフレッチェはメンバーを代えてこなかった。それははっきりとこの試合の意味を示していた。勝ちにいく。この試合を勝ちにいくというメッセージだった。確かに2007年圧倒的な成績でJ2優勝したがあの時も最後まで勝ちにいった。むしろ勝ち点100、総得点100を目指して最後まで高いモチベーションを保ってた。そして今回のモチベーションは何か。それは単純に勝ち点だった。優勝チームとして勝ち点61は数字が低すぎる。それは寿人もコメントしてたが、何年かした後あの時サンフレッチェが優勝したのは他がみんなコケたからという扱いをされかねないのだった。せめてあと3ポイントの上積み。それは最低条件なのだった。

 贅沢なことだと思う。優勝したからといって決して強豪になったという自覚はない。むしろそうであるからこそこの試合は勝って終わらないといけないという使命があるのだった。

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