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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2012年10月29日 (月)

大阪からの帰路

2012/10/27 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博陸上競技場

「すみません、これって新大阪へ向かうんですか?」

 とりあえず地下鉄がホームにきてたので乗り込んではみたものの方向が合ってるのかどうか分からない。でも大体上り線というのはその雰囲気で判断できた。ただ、確信が欲しかっただけである。

「ええ、多分そうですよ。私も初めてなもので」てっきり地元の人だと思ってたその年輩の女性が初めてというのは予想外だった。物腰低く言葉を続けた。「今日は惜しかったですね。

 エッ、と少し間をおいてしまった。もしかしてさっきの試合について言ってるのか?まさかそんなこと知ってるなんてこの人も観に行ったということか?

 注意してみるとその女性の上着の下に紫のシャツの色が見える。えっ、サンフレッチェ応援してるの?

「もしかしてスタジアム行かれたんですか?サンフレッチェ応援してるんですか。どこから来られたんですか?」

 どうやらその女性は岐阜から来たらしい。ぼくらは東京からですよとお互いに遠征で来たというのを知り合った。

 今日は負けなくて良かった。当然そういう話になったのだが元々森脇選手のファンで応援するようになったということだった。そして一緒にいた仲間と森脇の話で盛り上がっていたが、何で森脇はそんなに女の人に人気があるんだろう。

 新大阪駅で別れたが、スタジアムでも福岡から車でやってきたという人にであった。色んなところからいろんな方法で紫のチームを応援するためにやってくる。そんなことを体感するだけでも楽しいのだった。むしろそれ故に決して安くはない料金で大阪に来た甲斐があったというものだ。

 ぼくら3人は紫のレプリカのまま新幹線のぞみに乗り込んだ。日が落ち肌寒さがあったが、車内は暖かだった。

「勝ちたかった」

 新幹線の中で会話が途切れると思い出したように仲間がそうつぶやく。確かにこれで勝っていたらぼくらはこの帰路を相当に浮ついた気分になれたことだろう。それこそ宴会でも繰り広げていたかもしれない。もしかしたらギリギリの緊張感を保つ為にはむしろ良き結果だったのかもしれないのだった。

2012年10月28日 (日)

ガンバ戦~サンフサポ・イン・オオサカ

2012/10/27 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博記念競技場

 

 朱色といいつつオレンジに見えるユニフォームのサンフレッチェのボールを持つ姿はなかなかお目に掛けることができなかった。守って守って守って弾き飛ばす。ボールを奪ってもつなげることができない。それもそのはず、前にいるのは寿人一人なのだから。皆が皆バイタルエリアに張り付いてるのだった。

 もうちょっとラインを上げろ。そんな声も空しくラインは下がりっぱなし。このフォーメーションを称するならさしずめ1-0-9だろうか。クリアしたボールを寿人が運良く拾ってくれれば御の字、そんな展開が続くのだった。ペナルティエリアまで入られ、クロスは入れられ、シュートを打たれ、心臓に悪い展開が続く。どうにかしてくれ。こんな試合を観に来たんじゃないんだよ。

 シュートが打てない。シュートまでたどり着けない。それ以前に前にボールを運べない。ああ、絶望的だ。点を入れる可能性はゼロと言っていい。逆にガンバは前からプレッシャーを掛けサンフのボール回しを許さない。そのため西川もゴールキックをロングキックに切り替えるもそれがまたラインを割ってしまう。更にスローインさえもマイボールにできない。やっぱり絶望的じゃないか。

 前半スコアレスに追えもう引き分けなら御の字だという気さえしたした。高萩がボールを触った印象がない。清水も左サイドを突破できない。ぼくらは勝ちたいなと言い合うもそれがとても実現性の低いものに感じたのだった。

 とはいえ自分たちが疲れてしまっては現状を打破できない。まずは腹ごしらえだ。ハーフタイムを利用して仲間は食料を調達してきたのでぼくらは食べきろうと試みる。だが以外とそんなことをしていると15分は短い。選手は早々とピッチに姿を現してしまったのだった。

 後半になると石原が出るだろう。ぼくらはそれだけに希望を掛けた。だがピッチに石原の姿はなかった。何かを変えなきゃいけないのに。何かを。だが後半になるとハーフタイムに指示があったのか幾分ボールが前に進むようになるのだった。

 もしかしてこのまま攻めていける。そんな淡い期待を寄せていたその時だった。ペナルティエリア中央をスルスルスルッとドリブルで抜け出す青い敵の姿が。GK西川と11。だが駆け引きも何もあったものでなくさっさり先制点を献上してしまったのだった。DFには人数が揃っていたのに。たった1人の選手に決められてしまった無情感に包まれるのだった。

 この時、周りのガンバサポーターは一斉に飛び上がった。いや、やっぱりここはアウェイエリアじゃなかったんだとその時思い出したのだった。ガンバサポの中のサンフサポ。スティングの曲、イングリッシュマン・イン・ニューヨークならぬサンフサポ・イン・オオサカといったとこだろうか。

 だがアウェイゴール裏の声援は全く怯むことなく声を出し続けていた。ぼくも気を取り直さないと。覇気を送ってやらないと。点を取らせてやらないと。そう言い聞かすものの前半からの流れの悪さのせいでどうしても悲観的にならざるを得なかったのだった。

 いよいよ後がなくなったサンフレッチェはやっと石原が登場することになった。高萩と交代じゃないと仲間は言っていたが代わったのは青山だった。

「そういえば青山も良くなかったよな」

 うーん、そうだったのか。そう言われるとそうかもしれん。だが誰が悪いとかいう以前にチーム全体に良くなかっただけにぼくにはそれを知覚することさえできなかったのだ。

 石原が入るととりあえずボールが収まる。ボールを取られない。スペースへ抜ける動きがある。それによって攻撃に厚みがもたらされる。事実、それ以後サンフが高い位置でボールを回す時間が増えていったのである。

 そのせいか清水も縦への積極性を魅せてきたような気がする。シュートまで行けそうな展開になっている。そしてゴール前で放ったシュート。一度はブロックされ大きく弾かれたそのボールはカズのところへ。そして足を振り抜いたカズのシュートはゴールへと真っ直ぐ入っていったのだった。

 同点。喜びを爆発させる。もはやこれは条件反射だ。周りにガンバサポーターがいるという理性など働きやしない。振り出しに戻った。もう1点入れよ。もう1点。血の気の引いたぼくの顔面には再び精気が戻っていたのだった。

 ここで清水に代え山岸が登場する。久々でがんばって欲しいという気持ちを持ちつつも、病気でしばらく姿を観てなかっただけに大丈夫なのかという心配があった。だがぼくの仲間は山岸がゴールを決める予感がすると言うのだった。

 すると本当に山岸はGKと11という場面を迎えた。後は枠に入れるだけ。山岸、打て!

 そして放ったシュートは妙なスワーヴが掛かりゴールとは違うまるであさっての方向へ逃避してしまったのだった。

「ああ、あれが決まれば劇的だったのに」

「あんなシュート打つんじゃまだ完全じゃないのかな」

「いや、久々の実践だから感覚の差が出たんでしょう」

 そんな憶測の中からあの見事なまでの外しっぷりのシュートの原因を探ろうとするのだった。

 刻一刻と時間が過ぎる中、それでも最後に山岸が決めてくれると話してる。そして実際にチャンスはあった。もうこれがラストプレーだろうという時、ゴール前にアーリークロスが上がった。ボールに競ったのは山岸。見事頭に当てた。が、ボールに勢いはなくへなへなへなとGKの手元へ渡ってしまった。

 終了の笛が鳴った。その時、もうちょっと時間が欲しかったという気がした。だがそれ以上にもっと早く攻撃の姿勢に転じて欲しかった。そしてそれ以上に失点が悔やまれたのだった。

 それでもよくやった。挨拶に来る選手にアウェイゴール裏のサポーターは盛大なる拍手で迎えるのだった。選手は満足はしてないだろう。でも次こそは勝ってくれよという激励を送りたかった。

 せっかく遠征したのに。勝つ試合を観たかった。仲間も勝ちたかったとつぶやいてる。そして今月勝ちがなかったことに気付きまたわだかまりの感情が沸き起こる。そして帰りの新幹線ではその鬱憤を論じ合うのだった。

ガンバ戦~たどり着いたスタジアム

2012/10/27 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博記念競技場

 

 モノレールが万博記念競技場駅東口に着くとほとんどの人が降りるのだった。これみんなスタジアムに行くんだよねとぼくらは話し合ったがその割にガンバのレプリカを着ている人はまばらなのだった。広島もかつてはそんな感じだったなと思い出すが強豪と言われながらもガンバも地元での認知力はこの程度なのだという現実を見たような気がした。

 

 そういえば新大阪から地下鉄、モノレールへと乗り継ぐ中、ガンバ大阪の文字を見ることはごく稀だった。まるで他県から万博競技場へ行く人は皆無と言わんばかりの印象だ。もっと各鉄道会社が連携して交通網を整備すれば大阪はもっと発展するだろうにという気がしたが、どうも大阪ではJRと地下鉄の仲が悪いらしい。というのも地下鉄の方が儲かってるから絶対に協力しようという姿勢が生まれないというのだ。何せ世界で2番目に多い利用率である梅田駅は私鉄しか乗り合わせてないというのだから始末が悪い。そんな裏事情を感じるにはそれぞれの電車の乗り換えの機能性のなさを体感して頷けるものがあるのだった。

 

 そんな大阪の事情の様子に今一つアウェイの地に乗り込んだという実感が生まれないでいた。ただし、モノレール改札からスタジアムへ向かうとそこには人だかりができ、通りのバラエティ豊かな屋台にはどこにも長蛇の列ができていた。気をつけないとはぐれてしまうかもしれない。さながらその様子は祭りのようだった。この辺がそれまで抱いてるイメージ通りの大阪なのだった。変な話だが、これによりアウェイという実感を得るのだった。

 

 人混みをかき分けてぼくらはスタジアムに入った。ぼくらの席はメインスタンド側のSM席。自由席であるがアウェイ席ではない。ということでホーム、アウェイ混在のエリアで観戦することになったのだがそれにしてもできれば紫の人が多い場所で席を取りたい。だが3人まとまって座れる席はなかなか見つからず最後にはもう空いてりゃどこでもいいということになった。

 

 アウェイゴール裏に近い場所に席を確保できたぼくたちは早くから声を出してるゴール裏のサポーターの声援に声を合わせたい衝動に駆られながらもそう声を張り上げることもできず微妙な立位置であることを知るのだった。だがチケットを手配した時はもうこの席しか確保できなかったらしい。つまりチケットは完売ということだ。片や首位争い、片や降格争い、注目度の高さを如実に表しているのだった。

 

「いやあ、勝って欲しい」

 

 ぼくの隣に座った仲間がつぶやいていたがそれは敵味方双方とも切実な願いでもあるのだった。

 

2012年10月27日 (土)

ガンバ戦~初めての大阪へ

 

2012/10/27 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博記念競技場

 

 昨夜なかなか眠れなかった。それでいて朝起きるのは早かった。まるで子供の頃の遠足のようだ。人生初めての大阪。通過したことはあるけど実際に降りたことはない。実際に大阪へ行くようなことがあればと色々と想像したことがあるがそれらの想像はいずれも意味のないものだった。さすがに日帰りでは何もできない。だが日帰りでなくてもそう色んなことができるものではない。

 大阪といえばお笑い、難波金融道、大阪維新の会。そんなイメージがあるのだがそれらが日常に即してないというのは重々承知している。そしてスタジアムへ行くだけの道中でそんなイメージを体感できることは尚更なさそうなのだった。

 朝早いにも関わらず外でボールを蹴った。鉄道のガード下の公園でボールをこねていると何だか臭い臭いが。ん、と足の裏を覗くとべっとりと異臭を放つものが。ああ、野良猫の奴め。早起きは三文の徳と言うが早起きして余計なものを貰ってしまった。いや、糞を踏んで運が付いたと考えるべきだろうか。これもそれも全ては今日の結果次第なのだった。

 そんな様子だったから待ち合わせの東京駅に着いたのはずいぶん時間が経ってしまったような気がした。それなのに待ち合わせ時間より30分早い。まあゆっくりと待つことにしようと新幹線の改札に行くのだった。すると紫の影が。そう、仲間ももう東京駅に来ていたのだった。

 3人揃ったとこで新幹線改札を潜る。ホームに出るともう新幹線は待っていた。自由席は一番端のため歩く距離が長い。果たして座れるだろうか。そんな心配などまるで必要なく自由に好きな席に座れるのだった。

「今日勝てるといいね」

「先週勝ってたら多分来なかったけどもう絶対に行かなきゃという気分になっちゃった」

「でも一人だと行く勇気なかったんだよな」

 各自それぞれ熱い胸の内を晒しながら大阪へ向かうのだった。

 

2012年10月26日 (金)

大阪への道

2012/10/27 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博陸上競技場

 暇なのはいいことなのか悪いことなのか。世間的には忙しくて身動きできないと言ってる方が格好はつくのだろう。だけど実際には暇でしょうがない時期に差し掛かり週末に至っては休んでるのが現状だ。せっかく関東でサンフレッチェの試合があったってそういう時に限って忙しかったりこうやって暇でしょうがない時に近場で試合がなかったりと世の中上手くできてない。そしてぼく自身の星も幸運度を落としたのかこのところ試合に行きつけてないのだった。せっかくチームは首位にいるのに。首位のチームを応援できるのに。こんな機会もう生きてる内にないかもしれないのに。そんな憐れみを感じるのだった。

 この際だから遠出をしてでも観戦に行こう。そんなことを考えもした。だけど何で近場でやってる時行かないでわざわざ高い交通費を出してわずか90分の為に出掛けなければいけないんだ。そんなごく理性的な思考が浮かび上がりだんだんと遠征への炎も消えかかった。無難にTV観戦にしとこうと気持ちが傾いたのだった。

 メールが来たのはそんな時だった。土曜日は大阪まで日帰り観戦ツアーに行きませんかなどという誘いが掛かったのだ。時間はある。観戦はしたい。断る要素はない。だとすると行きますという返事しか送れないではないか。一度萎みかけた炎は再び勢いをもって燃え滾るのだった。

 ただしこうなると行動は早いのだった。大阪までの安い新幹線チケットの獲得である。早速ネットを駆使して回数券の料金を調べる。そして駅前の金券ショップで価格の比較。すると新幹線の回数券がちっとも安くないというのを初めて知るのだった。せいぜい自由席の料金で指定席に乗れるという程度である。わざわざもう1人誘ったというのに料金については何の意味もなかった。そして金券ショップで人数分の往復切符を手に入れたのだ。ただしこれも自分で日にちの変更の手続きをする必要があるようでやはり安いものにはそれなりの負担はあるようだった。

 そして日付変更の手続きをするべくJR「みどりの窓口」に行く。27日大阪まで往復したい旨を告げた。

「エッ、日帰りですか?」受付係員は面食らったような表情だった。

「はい、27日に行って27日に帰ります」

「かしこまりました」

 再び事務的な表情へ戻った係員は言葉もなく手続きに入るのだった。そうだよな、大阪まで行って日帰りなんてする人滅多にいないだろうしな。しかも3人揃って。正気の沙汰と思われなくても仕方ないだろう。

 しかし手配は整った。後は当日を待つのみである。首位とはいえ2位と勝ち点差で並び綱渡りのような状態。とても心臓には悪い試合である。よくよく思い出したら大阪へ行くのをためらったのはそれも理由にあるのだった。そう、ぼくは1人ではこの苦境に耐えられる精神力を持ってないのだった。

 にも関わらず初めて行く大阪、初めて行く万博記念競技場にまるで初めて行く海外旅行のように高揚してしまうのだった。

2012年10月21日 (日)

柏戦~ギリギリで敗戦

20121020日 サンフレッチェ広島vs柏レイソル 広島ビッグアーチ

 

 ボールがつなげない。いや、つないでいるようでつなげない。後ろではボールを回している。だけど前に行かない。ああ、もどかしい。シュートまで行けないじゃないか。

 どうしてこうも上手くいかないのだろうか。恐らく柏が攻めて来ないからだ。最初からマンツーマンで守って相手の攻めて来たとこをカウンターの狙いである。サンフレッチェと対戦するチームはどうしてこういう戦略を用いるのだろう。

 こういう時の頼みがミキッチである。とりあえずボールを預けてドリブル突破で右サイドからのクロス。ただそんなことは柏は計算済みと言わんばかりにことごとくクロスを弾かれる。GKにキャッチされる。隙がない。果たしてどうやってシュートまで持ち込めばいいんだろうか。

 時間が掛かる内に気付いたのだが高萩がほとんどボールを触ってないのだった。シャドーの高萩が時として低い位置でもボールに絡み攻撃を組み立てることにより活性化されるのだがまるで存在してないかのように影が薄いのだった。

 そんな攻めるのに苦労してる展開なのに柏が攻撃する時は鋭さがあった。数は少ないがシュートシーンは肝を冷やされた。点を入れるなら柏あろうという諦観した感情で観ていたらよりによって前半のアディショナルタイムに失点してしまった。DFの裏を突かれた完全に崩された失点だった。

 ああ、もう今日は絶対に勝てない。まるでシュートを打てるイメージが沸かない。せっかくたくさん客が入ってるというのに。一体いままでどうやって点を入れてきたのか分からなくなってきた。が、後半になり見違えるようにボールが回るようになってきた。攻撃に行ける。攻撃に行ける。ここで点を入れないと。

 そして前へ圧力を与えてる時間帯に前を向いてボールを受けた寿人は前のスペースの浩司へ。千載一遇のシュートチャンス。浩司が放ったシュート。そのボールはGKにぶち当てることなく、枠を外れることもなくゴールの中へぶち込んだのだった。

 同点、同点、同点。いける、この試合はいけるぞ。そんな勢いを与えるゴールだった。

 圧倒的に攻撃への圧力を高めていく。高萩のボールタッチが増える。ミキッチもドリブルで切れ込む。寿人へのラストパスが渡る。チャンスはある。チャンスはあるのに決めきれない。外すというより打ち切れない。ミキッチも寿人のヘッドもどこかヒットしてない威力のないシュートでGK菅野に易々とキャッチされてしまうのだった。

 時間はどんどんなくなり気が焦る。残り時間で追加点を入れることができるか。そして良い時間でCK。こういうのを生かしていきたい。が、高萩の蹴ったボールは余裕で弾かれボールは遠く飛んでしまうのだった。

 危機はそこから始まった。攻撃に人数を割いていたサンフレッチェはもろにカウンターを受けてしまった。たまらなくファールで止める。そうでもしなければ危なかった。だが柏にはジョルジ・ワグネルがいるのだった。

 嫌なキッカーがいる。これを堪え忍びたい。何て事だ。チャンスの直後にピンチとは。ただし距離があるからまだ救いがある。そして放たれたFKは西川のセーブによって危機を免れた。でもまだCKである。またしてもキッカーはジョルジ・ワグネル。ああ、まだおの苦境が続くのか。

 そして放たれたCK。ゴール前の混戦の中に入った。これは大丈夫だろうと思ったその時だった。ボールはなぜかゴールに入っていたのである。何で入ったのか分からない。もしかしてオウンゴールでは。だがそれは柏の選手の足に当たったゴールなのだった。

 またしてもアディショナルタイムでの失点。さすがにこれで終わったという気がした。その瞬間ぼくは留めることのできない怒りをどこかにぶつけそうになった。だがその時ビッグアーチの応援の声は鳴り止んでないのだった。

 結果的に1ー2の敗戦。引き分けで終わることができた。だけども最後まで勝ち点3にこだわって負けた。更に相手は守って守って守ってカウンターで挑んできた。こういうことはJ2ではあったもののJ1で、しかも上位を目指すチームがやってきたことに誇りを持つべきであろう。

 そしてそんな時ビッグアーチに行ってたタイセイさんからメールがやってきた。その言葉は短く、そして勇気づけられもした。ぼくは何度もそのメールの一文を読み返すのだった。そしてその一文で最後に締めくくる。

 

 まだシーズンが終わった訳ではない。

2012年10月20日 (土)

柏戦~寒い試合前

20121020日 サンフレッチェ広島vs柏レイソル 広島ビッグアーチ

 

 リーグ戦が2週間空いただけでずいぶん長いこと待たされたような気がする。実際にはこの間にナビスコカップや天皇杯というカップ戦があったのだがサンフレッチェの場合そのどちらも早々に敗退してしまったのでお休みの期間となってしまったのだ。公式戦を闘ったチーム、そして公式戦のなかったチーム。その両者が対戦においてどのような影響を及ぼすのだろう。

 昼間、上位争いのライバルとして仙台と浦和の試合がありすでに結果が出た。仙台はじりじり追い上げる。どうやらサンフレッチェが勝ち続けない限りどうにもならないらしい。このまま勝ち続けなければ。勝ち続ける。何とも気の遠くなるような話なのだった。

 広島にいるタイセイさんからメールが届いた。今日は寒い。市内でこれだからビッグアーチの位置するあの山奥はもっと寒いはずだということだった。さすがに日程を創る時気温の推移まで予想はできないだろうが、ビッグアーチが山奥にあるというのは周知の事実である。何でデーゲームにしなかったんだろう。デーゲームであれば広島まで行くのも不可能ではなかった。

 ただし逆に考えると寒く過酷な環境になるとあのスタジアムはどこか神秘めいた雰囲気を醸し出すのも事実だった。不便でどうしようもないと不評のビッグアーチであるがそれ故に秘境の地の魔力を出すのだろうか。

 その魔力でジョルジ・ワグネルのキックの精度を落として欲しい。菅野のセービングを不安定にして欲しい。柏から勝利をもぎ取って欲しいと願うのだった。

2012年10月17日 (水)

残念で終わったブラジル戦

2012/10/16 日本vsブラジル スタディオン・ヴロツワフ

 アウェイの親善試合としてフランスに勝った日本はもう意気揚々だった。次のブラジル戦はエースの本田も戻るし期待できる。それによりヨーロッパ遠征を華々しいもので締めくくるつもりでいただろう。が、世の中そんなに甘くないのだった。

 序盤、攻撃的な姿勢を見せた日本はブラジルのバイタルエリアまでボールを運ぶ場面を何度か創り出した。その次々に回っていくパスワークにもしかしたら先制点を入れてしまうのかという気さえ起ったものだ。だが最後のとこでゴールが割れない。さすがに個人技の高いブラジルだけあってそう易々と決めさせてはくれないのだ。だからこの分チャンスを増やすしかない。日本の攻撃は更に前掛かりになっていくのだった。

 そんなゴールを決めれそうで決めれない状況は実は魔物であった。ボールを奪われてもすぐに取り返して攻撃することしか頭になくなった。その結果自分たちが今守備をしているという意識が希薄になったのである。相手がボールを持ってるのはあくまでも次の攻撃への前段階、そんな感覚になったのは致し方ないのだった。事実、守備はちっとも崩されてなかった。まさか中盤から上がってきた選手のミドルシュートがゴールネットに突き刺さると誰が想像しただろうか。

 何であれが入るのか分からなかった。シュートを打つタイミングさえ分からなかった。そしてどうしてあの距離から撃ったシュートがGKが触ることもできない威力になるのかも分からなかった。そう、日本の対戦しているのはそういう選手の集まったチームなのだった。

 まだ時間はある。下を向く必要はまるでない。それは分かっていながらもどうしようもない脱力感に襲われたのは事実だった。日本がパスをつないでつないでフィニッシュまで漕ぎ着けても最後のGKの壁が破れない。対してブラジルの先制点は崩すことなくほんの少しの隙を見つけてのミドルシュート。それがあまりにも簡単に決まってしまったがゆえに気が遠くならんばかりだった。その時悟った。まだまだ世界は遠い。と同時に強いチームというのはこうやって点を取るという見本を見せてもらったような気がした。組織力だの戦術だのといったものの強烈な個の力はそんなものを粉砕するのだった。

 その後も今野がPKを取られ2点目を決められる。この相手から2点以上取るのは至難の業だった。それどころかボールさえ取れなくなってしまった。プレスを掛けてもサラリとかわされる。この人達の下半身に付いてるのは本当に足なんだろうか。もしかしたら足ではなく手ではないだろうか。それくらい自由にボールを扱う。もはや日本人とブラジル人のボールを扱うという概念自体が違うのではと思うのだった。

 3点、4点と失点を重ねる。もはやこうなると勝つことなぞ考えられない。もはや目的は1点を取るというところに切り替えられた。だが入らない。シュートを打てただけでも大したものとして映ってしまう。つまりはこのブラジルから点を入れるということは天文学的な可能性の低さと感じてしまうのだった。

 ただしこういう点を取りたい状況だからこそ試して欲しい選手がいる。そうでなくてもピッチに立って欲しい選手がいる。サンフレッチェのエース、佐藤寿人だ。時間が少なくなるにつれその期待は高まった。だが交代でサイドラインに待機する選手として最後まで寿人の姿を見ることはできないのだった。

 さすがにこれまでJリーグで何点取ろうと呼ばなかっただけのことはある。今回の招集は前田が怪我した為の頭数合わせだったというのはハッキリした。つまり最初から使うつもりなどはなかったのである。単なる練習メンバー、他の選手にアクシデントが出た時の為の保険でしかなかったのだ。その成り行きに深い深いため息をつくのだった。

 中継でも前線をかき回す動きが欲しいと言っていた。なのに何で寿人の名前を出さないんだろう。点を取るフィニッシャーがいないとも言っていた。それなのに寿人の名前は出されなかった。空しい空しい欧州遠征となってしまった。

 そんな肩すかしを食った今回の遠征だったがメインスタンドに寿人の弾幕を見つけた時どこか救われたような気がした。どうせザッケローニ監督は寿人を使うつもりなんかはちっともないんだろう。だけどポーランドまで行って応援する人の中で寿人に思いを馳せてる人がいた。それ故にやっぱり見てみたかったと残念に想うのだった。

2012年10月12日 (金)

日本代表、佐藤寿人

2012/10/12 フランスvs日本 スタッド・ド・フランス

「寿人代表に追加招集」

 数日前そんなメールがぼくの携帯に入った。たったそれだけの文面なのにぼくはその文章を何度も何度も読み返すのだった。ついに寿人が呼ばれた。やっとやっと呼ばれた。Jリーグで2桁得点を9年続けても声が掛からなかった。リーグで得点ランキングの首位を独走してても声が掛からなかった。チームが首位に立っても声が掛からなかった。そして20得点決めてやっと声が掛かった。しかも前田の負傷による追加招集。逆に言うとここまで条件が整わないと呼ばれなかったのだった。

 サンフレッチェからは西川も森脇も水本も呼ばれたことがある。それはそれで嬉しかったのだが寿人が呼ばれないというのはどうしても心情的に受け入れられないとこがあった。チームの絶対的なエースが代表に値しないというのはどうしても納得できないのだった。

 思い出すと2006年のドイツW杯に選ばれる可能性がありながらそこで選考漏れし、次いで2010年南アフリカW杯では全く選考の対象にもされなかった。そして皮肉なことにその両大会において寿人だったら絶対に決めたという場面があったのである。結局その時シュートチャンスに絡んだFWは決めきることができず何とも言えない虚無感を憶えたものだ。その都度監督がジーコでなければ、岡田でなければと恨めしくもあったがよりによって岡田監督はベスト16に勝ち進んでしまって怨嗟の声もしぼんでしまった。それ以後寿人の代表はもうないものと半分諦めたとこもあったのだった。

 そこでこの緊急招集。報われたという感情が湧き上がった。どうしてここまで結果をだしてる選手が今まで選考の対象にならなかったのか。そんな怨嗟もこの瞬間吹き飛んでしまったのである。さあ、これでやっと代表の寿人が観れるのだ。

 しかし、ここで大きな問題があった。果たして出場するのだろうか。今まで呼ばれなかった選手である。監督の立場としてみれば本来のバックアップメンバーを使ってしまうのではなかろうか。もし使われなかったら。一体何しにフランスまで行ってきたのか。

 だがそれ以上に不安なのが結果なのだった。実際寿人をなぜ呼ばないんだという声はサンフレッチェを応援する人以外にも聞こえた。元日本代表や著名な解説員からも声は上がっていた。そしてようやく呼ばれた寿人は当然結果を求められる。これで結果が出ないとやっぱり代表に値しないとレッテルを貼られかねない。実は相当に厳しい条件を背負わされているのだった。

 選ばれなければ選ばれないで不満がある。選ばれると選ばれるで不安になる。何ともファンの心理とは複雑なものよ。だがそれ故に久々に代表の試合での緊張感を味わえるのだった。

2012年10月 7日 (日)

マリノス戦~堅い青い壁

2012106日 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 石川がピッチを退く時、よくやったよと声を掛けたくなった。元々前半0ー0、後半の体力の落ちてきたとこで勝負を賭けるというのが森保監督の計算だったろう。そこでスピードとテクニックのあるミキッチで右サイドの攻撃を活性化させる。つまりは計算通りの展開になったということだった。

 ただし、石川にもチャンスはあった。寿人のヘディングシュートのこぼれをシュートしたものの放った先はサイドネットだった。あの時もう少し前にポジショニングしていたら。シュートではなく中へ折り返しのパスを選んでいたら。いつもこういう決定的シーンで顔を出しつつも決めることができない。それが石川なのだった。

 だがミキッチが出るから大丈夫。無失点で乗り切った。それで十分だ。マリノスもミキッチのサイドを翻弄されるだろう。ここからどれだけチャンスが創れるか。もうこれで勝ったかのような気でいたのだった。

 ミキッチにボールが渡る。1人でも仕掛ける。縦に抜け中央にクロスを送る。そんな場面をもっともっと魅せてくれ。そして守備に戻った時もスピードがあるので追い付く。やはり石川とは格が違う。あとは点が入るのを待つだけだ。

 そんな時マリノスの小野にペナルティエリアにドリブルで進入される。塩谷は身体を競ってシュートを防ごうとする。が、ここで小野は倒れた。塩谷何やってんだよと天を仰いだがイエローカードはミキッチに出された。あとで映像を観ると後ろから足を掛けてるのである。やってしまった。ああ、よりによってミキッチが。点を入れるはずの選手が失点の原因を創ったのである。何たる皮肉、何たる不条理。さすがにこの場面で西川も止めることはできないだろう。

 PKのキッカーとして小野がボールに寄った。こういう場合必ずキッカーをつとめる中村俊介はすでに交代していなかったからだろう。そして主審の笛が鳴る。ぼくにはそれが死刑宣告の合図でもあるかのように聞こえた。もはやこれまで。いつかは負ける時が来る。それがこの試合だったのか。ああ、時よ止まってくれ。

 主審の笛が鳴る。ゆっくりとした助走でキックに入る。止めてくれ、西川。だがこの時、小野はボールをゴールの上に大きく外してしまった。助かった。西川も完全に読みを外してたのでこれは助かった。生き残った。いや、これは地獄から這い上がったようなものだ。

 これにより息を吹き返した。それまで防戦一方だったサンフレッチェは途端にボールが回り出す。高萩やカズは巧みに相手のプレスをいなすボールコントロールを魅せる。サンフレッチェの選手ってこんなにレベル高いんだという自尊心を与えてくれた。

 そしてチャンスは左サイドの清水からのクロスだった。マリノスの頭を超したボールを走り込んだ浩司が頭で当てる。だがこれがゴールの枠を逸れる。そしてその後DFへのプレッシャーからボールを奪った清水が競りながらもシュート。これもゴールの脇。いずれもボール2個分ぐらいの差だった。何と惜しい、悔しい場面の連続だ。あと少し、あと少しがとても遠いのだった。

 刻々と迫り来る時間。アディショナルタイム5分。ゴールが欲しい。高萩が距離のあるところからシュートを打つ。GKの真正面。そして石原がDFを切り刻みシュートするもブロックされる。ミキッチのクロスはクリアされる。ゴールの予感はある。あるけど入らない。本当にあと1歩だ。

 時間がない。そして今度は清水にボールが渡りゴール前にクロス。これに寿人が合わせた。枠にはいってる。が、GKにキャッチされてしまった。

 ここで終了の笛が吹かれた。もっと時間があれば。ゴールを決めるってこんなに難しいんだろうか。厚い厚い壁だった。そして振り返ってみればPKを含め危ない場面も多々あった試合でもあった。そういう意味では引き分けで良かったのかもしれない。最低限の勝ち点1だ。だけど勝てた。勝てたかもしれない。

 終了間際に怒濤の攻撃を魅せてただけにもどかしさの方が大きかった。ホームの時は3点取られぼろ負けしてしまった。この試合には4万人近く観客を集めたことも含めマリノスはなぜにサンフレッチェの時に限ってこんなにも頑強なチームとなってしまうのだろうか。これが首位にいるチームへ対してのプレッシャーというやつなのだろうか。

 やはり険しい。まだまだ何も成し得ていない。そんなことを身に染みて感じさせる試合だった。

2012年10月 6日 (土)

マリノス戦~暑さの残る秋

 

2012106日 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 

 鈴虫の鳴き声が響いていた。夜明け前は肌寒く外気に触れるには上着が必要だ。ただしあまり厚着をする訳にもいかない。日が昇ればまた気温が上昇するのはここ2、3日の経験で織り込み済みなのだった。

 ぼくは仕事のため家を出る。気分は落ち込んでいた。今日という今日は何てついてないんだろうという落胆を感じずにいられない。品川で仕事があり横浜へ行くにはどうも無理がある。距離的には遠くないがいかんせん試合開始の14時という時間がネックだ。いくら何でもこんな早い時間でやるとは思わなかった。あと2時間でも遅く開催してくれるとまだ行くことができた。そう思うとやり場のない感情が立ちこめるのだった。

 品川駅を降り改札を出ると港湾口への廊下を歩いてると朝早い時間だというのにもう結構な人が歩いてる。そして床には飲み物を無惨に投げ捨てられた跡がありその脇には横たわった人。まるで死んでるかのような格好だったため大丈夫かと歩み寄りたい衝動に駆られたがそんなもの誰も気に止めることもなく通り過ぎていた。そして驚いたことにそういう床にへたばった人はもう1人いて結構立派な格好をしている。そうか、翌日が休みということで昨晩羽目を外し過ぎたんだろう。そうだよな、世間は休みなんだよな。その現実を見せつけられたような気がして余計に気が滅入るのだった。

 すでに日は昇り太陽はさんさんと輝くのだった。また今日も暑くなる。そんなことが予想できた。昼の試合であれば相当消耗するはずだ。サンフレッチェは森脇が出場停止で塩谷がリーグ戦で初スタメンを果たす。大丈夫だろうか。天皇杯ではスタメン出場したものの負けてしまった。どうもその結果のせいで不安が大きい。

といってもシーズン途中獲得した選手だけに能力は低い訳はない。逆にマリノスはマルキーニョスが出場停止というのが大きい。ホームの時は無残にも負けてしまったのでここで絶対にリベンジを果たしておきたい。

 こんなことを考えていると尚更いたたまれなくなってきた。ああ、何でぼくはこんなところへいるんだ。横浜、ここからそう遠くないのに遠い遠い幻のような存在に思えるのだった。

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