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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2012年2月19日 (日)

サイドの攻防

 広島が誇るスピードスター。そう、ミキッチの存在はそれ単体で大いなる武器になる。スピードとドリブル突破で右サイドから次々にチャンスを創り出すがそれ故に左サイドからの攻撃の乏しさはどうしても感じてしまう。実際にチュンソンはクロスが右からしか来なかったとコメントした。

 左サイド、そこに位置してたのは山岸である。元々右利きの山岸が縦に突破して左足でクロスを上げるというのは無理があったのかもしれない。だがそれであれば中へ切れ込むドリブルをして欲しかった。前に敵がいたら第1選択がバックパス。それではかつてバックパスしかできないと解雇になったリ・ハンジェと変わりはないのではなかろうか。

 敵を前にすると消極的になる山岸。ボールを失いたくないという意識が大きいのは分かるがそのあまりもの安全思考にどれだけため息をつかされたことだろう。チームが点を取れない時この山岸の消極性を理由にすることもしばしばだった。一体なぜこんなに消極的になったんだろう。

 2010年、川崎から移籍してきた山岸は左右ができることでミキッチが欠場した時の穴埋めのような形で使われたが左右で山岸とミキッチがピッチで共存することをどれだけ待ち望んだことか。この2人が両サイドで攻守に駆け巡る姿をどれだけ待ち望んだことだろうか。

 そして2011年、ミキッチがようやく日本の気候に慣れたことでほぼフルシーズン稼動することができた。それにより山岸との競演という夢にまで見た布陣が実現したのである。だが、その時山岸はとんでもなくコンディションを落としていたのだった。

 恐らく体調が良くなかったのだろう。無理してプレーしてたという事情は分からなくもない。だけどそれなら服部を使って欲しかった。そうやってだましだましプレーをしていたせいでぼくらはすっかり山岸への期待感を失ってしまった。そのせいでいくらコンディションが戻ってもこんなもんだろうという先入観ができあがってしまった。そしてその先入観は実は結構バカにできない要素なのだった。

 1980年代の日本代表サイドアタッカー、金田喜稔は突破を仕掛ける感覚は一度止めてしまうとその感覚を戻すのにとても苦労すると自信の経験を著書に記した。それに即して考えるならバックパスしかしなくなった山岸はもう前で勝負する感覚がなくなったのかもしれないと想像してしまうのだった。

 果たして山岸は勝負することはできるだろうか。といってたまに出場する石川はもっと消極的に見えてしまう。だとするとこのチームにはサイドの選手が前で勝負できない何らかの要素があるのだろうか。それともミキッチがいる為ぼくらはあまりにも無理な要求をし過ぎてしまってるのだろうか。

2012年2月14日 (火)

2012年の佐藤寿人を考える

 90分の内に1回しかないチャンスを決める。2007年、J2であったが寿人はワントップという新境地を開きこのような抜群の決定力を見せつけた。Jリーグの中でもある一定の期間ゴールを決めまくるストライカーはいるものの安定してこれだけ決めるという選手はとても少ない。寿人はそういう意味で希少価値のあるストライカーだ。

その寿人にゴールがなくなった。チームそのものにチャンスが少なくなったというのもあるが以前なら入ったというシュートを決められなくなったのである。そもそも90分の内にたった1回しかないチャンスを決める、これ自体がマトモなことではないのだがぼくらはもうそれに慣れて当たり前になってしまっていたのだった。チャンスに決めれない寿人、これはもうストライカーとしての終焉を意味してるのではと危惧した。

大体において選手のピークは30歳を目安に見てしまう。30歳を過ぎればもう下降していく。特にストライカーにはそういう目を向けてしまう。そして11ゴールしか上げれなかった寿人にもはやかつての結果を望むのは無理な話と考えてしまうのも無理も無い。そしてそれ故にチームへの期待感が薄れるのは自然な成り行きなのだった。

ただし、2011年シーズンに寿人の得点が低かったことは寿人だけの責任であろうか。そもそも90分に1回のチャンスを決めるというのは逆に言うと極めてゴールを決めやすい状況になってるということでもあるのだった。触れば入るという状況、それをチームとして創ってないということでもあるのだった。

そもそも1トップというのは中央でボールを収める屈強な身体を持つのが一般的だが身体の小さい寿人は裏への飛び出しを狙うことによって相手のDFラインに脅威を与える効果を与えてる。そう考えると2011年シーズンあまりそういう状況になかった印象があるのはもしかしたらチュンソンとの共存が上手くいってなかったのかとも思えるのだ。得点力のあるチュンソンがシャドーにいることで寿人の特徴が生きなかったのかという気もしてくるのだった。

年間2桁得点。これはもうノルマのようになってる寿人。30歳を過ぎピークは過ぎたはずなのにしぶとく結果を出し続ける選手もたまにいる。寿人にとってもチームにとっても2012年シーズンは分岐点となるシーズンとなるのではなかろうか。

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