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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2011年7月30日 (土)

清水戦~トンネルから光が見える

2011/07/30 サンフレッチェ広島vs清水エスパルス 広島ビッグアーチ

 14敗、前節審判に異議を唱えて退席処分を受けたミシャはベンチに入れない。代行監督の横内コーチは何度かミシャの代わりにベンチで指揮を執ったが全く結果が出ない。そのせいで星を持ってないイメージがありネガティブな結果しか予想できないのだった。だけど勝たないとまずい。ここで負けてしまったら上位どころか下も見えてしまうのだ。このままいくと落ちる。ドクトルはそう言い残した。そして清水戦は現地に観に行くとも言っていた。

 TV観戦のぼくは試合前3日前のナビスコカップ川崎戦の録画を観た。ハイライトは倒れたどさくさに紛れて手でボールを止めた川崎の選手が立ち上がりドリブルにいったとこをプレッシャーに行った高萩がイエローを貰った場面だ。明らかに川崎のファール。それなのに主審は高萩にイエローを出し執拗に異議を唱えるミシャを退席にしその処分に激高した寿人にまでイエローを出した。自分のミスジャッジのせいなのにこんな判定をされるとは。そして試合は31で負けてしまった。さっきまで忘れていた怒りが再び煮えたぎってきた。勝ちたい。絶対に勝ちたい。もはやその試合のリベンジを果たすことはできないが今節の試合で勝つことは絶対条件だった。そうでなければ弱いから審判にも舐められるんだと思われるに決まってる。

 試合の序盤、サンフレッチェはテンポ良く攻めていた。だがそこでシュートを外す度にあれを入れないから勝てないんだよとつぶやいた。そして調子良く攻める。その攻めてる時間帯に点を入れないから負けるんだ。もう全ての思考がネガティブになってる。事実、先制をしたもののまたこれで逆転されるんだろうと素直に喜ぶ気にもならなかったのだった。

 2点目が取れない。というより先制した後引いて引いて引きまくって相手にいいように攻められて失点されてしまうのがパターンだった。ところがさすがにこれまでの教訓が生きたのか攻める意識をなくさなかった。特に以外だったのが高萩が積極的にシュートを狙ってることだった。そして服部から何本もクロスが上がる。山岸が加入して以来めっきり出場機会が減ったものの服部はまだ終わってなかった。というより服部の左サイドからチャンスが生まれる。クロスを上げる服部。ゴールに向かう見方ニアにもファーにもいる。そういうシーンがここのところなかった。だが攻撃の人数が揃ってたことで相手のオウンゴールを誘ったのだった。

 今日の流れはいい。それでも安心ができなかった。本当にこのまま勝てるのかというとちっともそんな気にならないのだった。そして采配においてちっとも期待できない横内コーチは青山を入れ石川を入れムジリを入れた。この人恐らく初めから交代メンバーを決めていて時間でしか交代できないんだろうと仲間と話してたことがある。横内コーチの指揮で絶対勝てない気がするのはそんなぼくらの思い込みの影響も大きいのだった。だが実はこの交代が効いたのだった。

 カウンターからチュンソンにボールが渡る。3人引き付けてゴール前フリーのムジリにフワッとボールをだす。そしてこういう場面でムジリは本当に簡単に決めてしまうのだった。

 30、さすがにここまで来ると勝てることを確信した。久々の勝利。だけどここで気を緩めてはいけない。最後は無失点で終わらせよう。その為にも攻めなくてはいけない。守ることを考えるから引きすぎていいようにやられてしまうのだ。前へ行かなくてはいけない。

 選手もそう思ったか時間稼ぎのボールキープをすることなく攻撃の手を緩めない。ボールを下げることはあるがそれは攻める為のバックパスだった。出し所がなくて苦し紛れに下げるのと違っていた。そして服部が高い位置でボールを受けるとゴールに向かって突進していった。そしてペナルティエリアに入った時シュートにいかず中央へパスをした。上手くいかない時はこうしたプレーがことごとく残念な結果として終わるのだがこのボールはチュンソンの足元にピッタリと合った。チュンソンの2ゴール。完全にこの試合は決まった。

 気付けば40。大量得点で無失点、理想的な結果だ。だけどそんなに簡単に勝てたという気はちっともしなかった。勝てて良かった。勝つってこんなに大変なことなんだ。長いトンネルを抜け出したような気もしたがこれで本当にトンネルを出たのだろうか。まだ確信するまでにはいかないが、少なくとも今日観戦に行った人は羨ましい。ああ、ドクトルは散々な試合を観たすぐ後にこんな大勝の試合に立ち会った。何ともスケープゴートのような1週間だったのではなかろうか。

2011年7月28日 (木)

ナビスコ川崎戦~攻めたが負ける

2011/07/27 ナビスコカップ川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 2階席にたどり着いた時、中央付近を探した。別にメールでやり取りしなくても簡単に見つけられるだろうと思った通りドクトルはすぐに見つけることができた。平日のナイトゲーム、客が少ないのは想像できた。その後合流した仲間も皆仕事帰りの格好をしていた。そのせいもあってぼくはレプリカはバッグに入れて現地で着た。あのあまりにも目立つ紫のユニフォームを平日から着るのはどうも気が引ける。身心が足りないと言われればそうなるのかもしれない。

 そこでぼくが身にまとったのは服部公太の350試合出場記念のレプリカだった。もしかしたら他に注文する人かもしれないという想いで買った。そういえばぼくがサンフレッチェを応援しようと思ったのも他に応援する人がいないからという理由だった。そしてその想いに至ったのも1999年にこの等々力競技場に来てあまりにも応援してる人がいないことが原因だった。ある意味ここはぼくにとって人生を変える転機となった場所とも言えるのだった。

 ただし、ここでの試合は見事に悪い思い出しかない。その最初に観た試合を別として見事にここでは勝てないのだ。勝ちたい、勝ちたい、絶対に等々力で勝ちたい。だけど心のどこかでやっぱり負けるだろうなという本音が潜んでいる。それが負け癖というやつだろうか。一度憑いた負け癖はなかなか取れないものだ。だけど見方を変えればここで勝ってしまえばあの縁起の悪い場所で勝ったと弾みがつく。そしてそれ以上に相手にとっては手痛い敗戦になるに違いないのだった。

 序盤、サンフレッチェは警戒に攻めている。リーグ戦で出場した時まるっきり駄目だった石川ががんばってた。実はぼくは石川が出るのは想像していた。スタメンとして大抜擢されながらもまるでさっぱりなプレーをして以来出場機会を失った。そして再び出るなら失敗した川崎戦である。ミシャならそうするだろうと思っていたのだった。

 そしてその石川だが攻撃に行く姿があった。第一選択肢がバックパスじゃなかった。ただそれはチームとしてもサイドのスペースを狙うという意図があったのかもしれない。実際そこから何度もチャンスになったものの残念なのはそこをもっと効率良く攻めなかったのとその良い時間帯に得点できなかったことである。そこは結局フィニッシュの部分と最後の精度の部分という全てのスカパーの解説者が言ってたことに尽きるのだった。逆に川崎は少ないチャンスを生かす。決めるとこできっちりと決めてしまう。結局はその差なのだった。

 ただ、この日違ったのはこの後寿人がゴールしたことだった。これぞストライカーという身のこなしで決めたゴールにぼくらは勇気付けられた。等々力でも点を入れることができる。そしてもう1点入れれば勝つことができる。勝てる、絶対に勝てる流れだった。

 それなのに大事なとこでミスが出てしまう。特にトップ下の高萩が酷くワンタッチプレーが全て外れとなってしまう。それがとても安易なプレーに見える。が、他の選手も高萩がワンタッチプレーをする前提のポジショニングをしてないというのもある。同じチームなのにお互いのプレーの特徴を把握してないのかと暗澹たるものがあった。そしてそれ以上に高萩本人も焦っているんだろう、ゴール真正面のシュートをボカーンとふかしてしまった。あれは当てただけでも入ったのに。あそこで力が入ってしまうとこに冷静さがないのは明白だった。

 攻めてる時間にゴールが奪えない。これはほとんど病気のようなものだ。そしてそうしている内にカウンターで2点、3点と失点していく。まさに川崎の思う壺にはまった訳だ。だけど攻めてはいた。決め切れなかったのは打つべきとこで打たなかったというのとシュートに至るまで余計なワンプレーを入れてしまい相手に体制を整える時間を与えてしまうというのがあった。

 かくして大方の予想通り3-1で負けたのである。また2点も差をつけられてまけてしまった。それなのに負けた気分がしない。それはこちらの方が圧倒的に攻めていたからであり川崎はミスをついてのカウンターという戦法を取ってきた要素による。ショートパスをつながしておいてカウンター、これは日本代表がアジアで戦う時必ずやられる戦法だ。言ってみれば格下が格上を制するためにやる戦法。そのせいでやられたという気分にならないのだ。

 でも結果はナビスコカップ敗退。リーグ戦も合わせて14敗。一体この現実をどう受け止めればいいのだろうか。

2011年7月23日 (土)

名古屋戦~良きやられ役

2011/07/23 名古屋グランパスvsサンフレッチェ広島 瑞穂陸上競技場

 かつてプロレスには台本があると言われてた。最初から勝敗は決まってて負け役は最初は有利に戦いつつも最後には負けてしまう。勝ち役もこのまま勝てるかと思いきや土壇場で反撃に遭い苦戦する。だが最後には勝つ。輝しき勝者、これぞヒーロー、勝つべくして勝つのだった。

 そんなことが頭に浮かんでしまう程この試合は演出めいていた。いや、最近のサンフの試合は全て演出めいている。華麗に先制するものの呆気なく失点。そして2点差。先制してまた31で負けるのかよと思わせておき残り少ない時間で追加点を決めるもあえなく時間切れで負けてしまう。その負け方があまりにも演出めいていた。どうしてそこまで相手の引き立て役になるのか。しばらくそういうのがなくて忘れていたがやはりその性質は消えてはなかったようだ。

 これは最初から負けることが決まっていた。そう考えざるをえない。勝つつもりがあったならどうしてチュンソンもゴール前でワンタッチ多く触ってシュートを打ったのだろう。寿人も自分で打てばいいのにわざわざ後ろへパスをだすのだろう。そしてわざわざ危険な位置でファールをしてしまうのだろう。そう、全ては勝敗は決まっていたのだ。審判が闘莉王が寿人を手で掴んで倒したのにPKにしなかった時点で完全にはっきりした。全ては仕組まれていたのだ。

 誰が仕組んだか?どこかの目に見えない存在だ。それは人間界では到底認知することもできない世界だ。きっとそこではサンフを負け役として楽しむことが流行ってるのだろう。ああ、段々発想がオカルトめいてきた。そうだ、ぼくの頭はすでにオカルトの世界に浸っているのだった。

 その証拠にチュンソンがゴールした後すぐに失点しても大して悔しくもなかった。多分そうなるだろうなという予想がついていたのだ。ただしそのゴールが闘莉王だと知った時にはまたこいつかとメラメラと闘志が沸いてしまった。何としてでも勝て、絶対に点を取れと意気込んだがその後の失点がオウンゴールだと知りシューンとしぼんでしまった。そして寿人が倒された場面でPKを取らなかった審判のせいでほとほと白けてしまった。そして3点目の失点はFK。何て学習能力がないんだろう。なぜにあんな危険な位置でファールをするのか。負ける理由があり過ぎるくらいあり負けて当たり前という気さえしてしまうのだった。

 まず守備の時間が長すぎる。元々守備力が高くないのにあれだけ自陣で攻められたらどこかで綻びが出るものだ。だからたまらなくなってペナルティエリア付近でファールを犯してしまう。そしてCKも与えてしまう。守ってばかりいるんだから点が入る訳がない。そしてパスがつながらずすぐに相手ボールにしてしまうもんだからまた守りに入らなくてはならない。守って守って守って疲弊する。そしてマイボールにしても前に人がいないのでパスコースがない。そこで詰められて苦し紛れのロングキック。そういうボールはほぼ100%の確立で相手に渡ってしまうのだった。

 もう確率論の問題で攻めてる時間が少ないからシュートまでいけない。シュートが少ないからゴールが生まれない。攻められてばかりいるから失点してしまう。そしてそんなひ弱な試合をやってるから審判には弱っちいチームに映ってしまい不利な判定を食らってしまう。もうハッキリしてる、手強さがなさ過ぎるのだ。

 次はナビスコカップ。どうせ勝てないんならいっそメンバー総入れ替えをした方がいいのではなかろうか。かつてACLでそれをやって成功したことがある。もしかしたらその方が上手くいくかもしれないぞ。今はそれくらい大胆にやらないといけないのではなかろうか。

 でもそうするとベストメンバー規定に反するんだった。全く邪魔くさい規定だ。こんなの調子の上がらないチームにとっては尚更足枷になってしまう。一体何でこんな規定があるんだ。これもサンフを勝たせないためなんだろうか。今は全てが全て敵のように思えてくるのだった。

2011年7月19日 (火)

福岡戦~点が取れない・・・

2011/07/18 サンフレッチェ広島vsアビスパ福岡 広島ビッグアーチ

 無得点。点が取れない。シュートは一応18本もあったようだがその中で本当に入りそうなのは2本くらいではなかっただろうか。そしてそれらのチャンスは当然のように決めることができずスコアレスドローに終わった。なぜにここまで点が取れないか。解説の吉田さんは最後の精度ということをしきりに言っていたがそれを言ったら前から同じ問題を持っていた。いや、前はここまで酷くなかった。ということは退化したということだろうか。

 シーズン前、チュンソンは寿人と自分で得点王を目指すと言っていた。実際ぼくもそれを期待していた。ところが2人はゴールを決めれなくなりチーム自体もゴールがなくなっていった。J2の頃、一体どうやって点をとっていたんだろう。1年で99ゴール、J2とはいえ爆発的な得点力があったのはたった3年前の話である。もうゴールの奪い方を忘れてしまったのではないだろうか。

 何か理由があるはずだ。考えてみた。そこでまだミシャが足の治療で入院を続けてるという情報を得た。それで横内コーチが代行監督をやってるということだが、そのせいであるという結論に至った。誰が監督をしてようと結果は変わらないという話はある。だけど他に理由がないから仕方がない。何だかんだいってミシャの力は偉大だったのだ。やはりミシャがもどってこないと駄目なのだ。

 こういう台詞も昔よく言ってたような気がする。どうしても勝てなくなかなか勝ち点を稼げないでいると治療中の選手やまだ出場を果たしてない新人に多大なる希望を見出しあの選手がいると勝てるだろうと夢のようなことを考えたものである。だからミシャが戻ってくれば勝てるというのは全く夢物語でしかないというのは分かってはいるのだが何かにすがりつきたいのはしょうがない。

 そもそも自陣に引きこもって守備ばかりしてる光景、これはすでに何節も前から見られてる光景である。しかもクリアするとそのボールが必ずと言っていいくらいに敵に渡ってしまう。もしかしてあれは敵にパスをしてるのだろうか。そういえばパスミスも多くカットされるというより敵の真正面にパスを送ったりしてしまう。どうせだから敵を狙った方が味方にボールが渡るのではなかろうか。ゴール前などそうした方がいいのではと本気で思ってしまう。堕ちてる、どうしようもなく堕ちてる。どうやったら上昇するんだろうか。

 そういう期待感のなさが9,864人という少ない観客動員につながったのではないだろうか。これも元々ドクトルは日曜や祭日のナイトゲームは客が来ないと予想をしていた。その上2連敗してしまい期待感がない。それでもゴールがあれば盛り上がることもできるのだがそのゴールもない。そうすると明日のことを考えるとなかなか夜遅くまでサッカー観戦に時間を費やそうという気が起きないもの無理がない。

 FW2人だけでなくシャドーからDFに至るまで誰もがゴールを狙ってる、それが楽しかったのである。自陣に引きこもって守備ばかりしてるのを観てたってしょうがない。もっと攻撃的に、面白いサッカーを観たい。

 面白くないサッカーというと小野監督時代を思い出した。点が入らない、弱々しい、つまらないつまらないサッカーだったが横内コーチってその当時からコーチだったような気がする。やはりミシャには早く戻ってもらいたい。

 ゴールが観たい、ゴールが観たい。勿論勝つことが重要だが今はそれ以上にゴールが観たいのだった。

2011年7月14日 (木)

柏戦~そして負けた末に

2011/07/13 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

「いやあ、お疲れさん」

 薄暗い人ごみの中から現れたのはドクトルだった。指定席で観戦したぼくは試合後アウェイゴール裏の後ろにある広場で落ち合うように連絡を入れてた。新品のレプリカを着てるので最初誰だか分からなかった。

「いや、これこの前広島行った時ね、ついでだから買ったんだよ。レプリカ持ってなかったし」

 サポーターならレプリカくらい買わないと。そんな声が聞こえそうだがドクトルは年に数回しか行けないのに毎年シーズンパスを買ってるのだ。クラブを支えるのにもこういった目立たない奉仕をしている人がいてこそである。

「それにしても2試合連続逆転負けってのはつらいよねえ。まあ前節に比べればまだ戦えていたから良かったけど」

「確かにカズがいないからどうなるかと思ったけどその割には結構やれてましたね」

 前節理不尽な判定で退場にさせられたカズ。カズがいるのといないのとでは後ろの安定感がまるで違う。早い時間に相手のミスで先制してそのまま勝つことができたならカズに頼りすぎてるから駄目なんだろうななどと知ったようなことを言うつもりだった。だけどそんなぼくの目論見は脆くも崩れ去った。

「だけど何でいつもあんな危険な位置でファールしてしまうんでしょうね。あんなに簡単に足引っ掛けるなんて他のチームじゃありえないですよ」

 同点とされたのはペナルティエリア前からのFKだった。アッサリと、あまりにもアッサリとした失点だった。その失点の時間もされ方も前節と一緒なのだった。

 そして逆転。追いかけるべく果敢に攻めるのだが決まらない。

「いやあ、2回は決定的な場面あったんだけどな。あれを決めきれないんだよな。最近流れからの得点っていうのがまるでないんだよな。個人での突破というのもミキッチ1人だけだしDFからの押し上げもないし。盛田なんて全然上がらないでしょ。あれがないから攻撃に厚みがでないんだよな。いや、でも今日は横内の采配が駄目すぎたよ。負けてるのに何でいつまでも交代カードをきらないのかイライラしたよ」

 確かに交代のタイミングが遅かった。ムジリは何度かそのテクニックにより相手を混乱させたがボールを奪われる時は決定的なピンチを招いてしまう諸刃の剣の面がある。そして段々とその悪い面の方が際立ってきたのになかなか交代カードをきらなかった。

「最初の交代は山岸から服部でしょ。あれなんてその意図が分からないよね。その後にムジリに代わって山崎が出たけど遅いよ。何でもっと早く決断できなかったんだ。もしかして最初から時間で交代を決めてたんじゃないかな。ああいう空気の読めなさが小野みたいだったよ」

 この時ミシャがベンチにいなかったことを知った。そういえばミシャにしては交代の踏ん切りが悪いなとは感じてた。足の治療のため病院に入ったらしい。こういう時横内コーチが代行監督を務めるがこれが1度も勝ったことがない。やっぱりこの人が監督をやると駄目なんだ。

「横内コーチって小野の時代からコーチやってるんでしょ。やっぱり小野の一派じゃないんでしょうかね。空気読めないとこなんて一緒ですし。返って望月GKコーチの方が良かったんじゃないですか。勝ち点は取りますよ」

「そうですねえ、4試合で勝ち点7。素晴らしいじゃないですか」

 当事その長守備的な戦術に幻滅しながらも勝ち点を重ねてた望月代行監督。何だかんだで良き思い出になっているのだった。勝ち点取れるなら、ああいうサッカーでもいいかと考えてもしまうのだった。

2011年7月11日 (月)

セレッソ大阪戦~壊された試合

2011/07/10 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 ボールが奪えない。自陣に引きこもりとにかく人数で得点を阻止するというのがサンフの戦術なんだろうがそれはあまりにも攻められまくってる印象しか与えない。観てるぼくでさえシュートを打たせないので一杯一杯のような印象を受ける。それが不用意なバックパスを突かれたのは相手の勢いのなせる業だったろう。確かにセレッソの方が押してた。それで慌ててボールをクリアしようとした西川にスライディングで倒しても弱者の大袈裟な振る舞いにしか見えなかったんだろう。でもあそこで倒されなかったら間違いなく西川はゴールマウスに戻ることができた。あれはファールじゃない、そう判断した主審は間違いなく雰囲気に流されていた。

 そして極めつけはカズへの2枚目のカードだった。故意のハンドということだったがフワッと飛んできたボールは確かに手には当たっていたがボールはそのまま後ろに逸れたことから全くそれによって有利となる状況にはなってなかった。むしろセレッソの選手も周りにいない状況であそこで手を使ってまでボールを止める必要があったのだろうか。ありえないだろう。だがそのありえないことをありえると考えたのは主審の先入観によるのだろう。

 広島はファールが多い。攻められてるとその状況を打開できない。そして森脇が今シーズン2度も退場してる。それらの要素が主審に堂々と2枚目のイエローカードを出させ躊躇なく退場させることができたのだ。そしてカズが退場した時、2006年を思い出した。

2006年、3月~7月の間に3回もPKを取られた。その中にはボールのないとこでのポジションの取り合いで取られたPKもある。あの時チームが弱かったこともあり審判はPKを判定するのに躊躇しなかった。広島はPKのファールをやるという先入観ができていたとしかかんがえられなかった。一時期にPKをふんだんに取られたりカードを乱発されたりというのは決してそういう要素がないとは言えないだろう。

しかし、カズの退場によって試合としては壊れてしまった。その後セレッソの選手は伸び伸びと実に楽しそうにプレーを始めた。そして2点、3点と奪っていく様は憤懣やるかたなかった。そしてムジリが背負い投げで倒されたのにムジリにまでイエローカードを出された時には怒りのヴォルテージは最高潮に達した。

「何だこの審判、いい加減にしろよ!」

 ぼくは声を張り上げた。そしてその理不尽さにもかかわらずちっとも試合を諦めてないチームに声援を送りたくなった。いや、画面からは伝わってきた。より大きなサンフレッチェ・コール。スタンドがまとまった。声を出すしかできないから声を出す。数的不利には負けない、審判にも負けないという気概すら感じた。

 山岸など疲労が濃いのかミスが多くこういう電池切れの選手を代えれないのは厳しかった。そして勝敗を抜きにしてもカズのような選手のプレーが見れないというのは興を削がれた。そしてもっとも問題なのは対戦相手に負けたという感覚がちっともないことだった。審判に負けた。どう冷静になろうと勤めてもこの感情は抑えきれない。

 この逆境に満ちた試合にリヴェンジをしたい。いや、しなきゃいけないとタイトルなどもう関係なくこれから続くリーグ戦に余計闘志が燃えるのだった。

セレッソ大阪戦~青い空の下

2011/07/10 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 毎週日曜日に行われる草サッカーには人数が集まらなかった。雲一つない青空は眩しくさえあった。みんな暑いから来ないのかなとそんなことを言い合ったりした。そして45という暑く消耗の激しい状態で数的不均衡のゲームをやったのだ。さすがに4人のチームは歯が立たなかった。それに見かねて1人移動させて54という編成とした。だがこれでも4人となった方のチームの方が有利となった。その理由は簡単だった。そっちのチームにはブラジル人がいたのだ。ゲーム終了後息を切らしながらぼくはブラジル人に歯が立たなかったよと言ったらこう返された。

「あ、あれはポジショニングの差だよ」

 その後事細かに説明してもらったが大雑把なことは分かるが細かいとこになると日本語が曖昧になりよく理解できなかった。ただ、数的不利でもやり方があるんだということだけは分かった。

 炎天下でサッカーをやった影響で骨の髄が熱を溜め込んだようなように熱る。広島も似たようなものなんだろう。体力との戦いになる予感はあった。そして優勝を目指す上では重要な一戦でもあるのだった。

 そんな重圧の中、たった2分で先制してしまった。簡単な、あまりにもあっけない得点だった。あれだけゴールがないと言ってたチュンソンが相手のミスからボールを奪いキッチリと決めた。このシーンだけを観ると今まで絶好のシュートチャンスをことごとく外してきたのが信じられないのだった。

 実はこの開始早々の得点がぼくには重く感じられた。先制するとあっさり逆転した記憶があり過ぎる。でもそれは過去の話であり今のサンフは違うと思い直すことにしたがそんな時ミキッチがゴール前で倒された。が、FKだった。確かにファールにするにはちょっと厳しいかなという判定だった。だからPKにはできなかったんだろう。でもルールの上ではペナルティエリアでのファールはPKだ。PKじゃないのならファールではない。この時この審判がその時々の雰囲気に流されてしまう人だというのに気付くべきだった。リードしてるからこそ大して気にもしなかったミスジャッジを見逃したことは失敗だった。それを見抜いていれば防戦一方の展開になるのがいかにマズイ状況かというのに気付くこともできた。この後訪れる悲劇、それはミキッチの貰ったFKを決めなかったというのも含めて全ては有利な時間帯に点を入れるということができないチーム事情によるのかもしれないのだった。。

2011年7月 8日 (金)

セレッソ大阪戦~試合の心構え

2011/07/10 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 セレッソはお得意さまだった。勝ち点が稼げず苦しんでる時でもセレッソには勝ち点が拾えた。寿人の開始1分でのゴールなどというのもセレッソの試合だった。それ故セレッソには勝てるという安心感があった。それが相性というものだろう。更に2007年のJ2では最大のライバルと思われてたにもかかわらず3戦全て勝利することができたのはその先入観を確固とするものがあった。そしてその結果こそがJ1を戦うに当たっての自信になったとも言えるのだった。

 しかし、J2で数年過ごして再びJ1へ上がってきたセレッソはグレードアップしていた。昇格1年目にしてACL出場権を獲得するという結果はJ2から上がったチームとしてみれば快挙だ。そしてJ2のクラブにとってそれこそが1年で昇格できないでも決して諦める必要はないという指標になったのではないだろうか。確かにサンフレッチェも昇格後いきなり4位という成績を残したもののJ2のクラブに勇気を与えたという面ではセレッソの方が上かもしれない。そしてもしかしたら一度J2でチームを立て直したという前例をサンフレッチェがつくったからこそセレッソは飛躍したのかもしれない。

そんなセレッソとの対戦で昨シーズンは0-5というありえないスコアで負けてしまった。あの時セレッソには何かが憑いてた。打ったシュートが必ず枠に入る、そしてサンフの攻撃を無力化させる何かがあった。それが戦術やモチベーションといったものなのだろうがぼくには得体の知れない恐ろしき力を感じたのだ。一度ああいう試合をされるともう駄目だ。トラウマは刻み込まれる。もしかして相性なんてこんなもので1回勝つだけでコロッと変わるものなのかもしれない。

そう考えると慎重になり過ぎるメンタリティ、これが一番敵なのかもしれない。大宮戦後にドクトルが次はホームだから勝ってくれるでしょうと軽いノリで発言したが実はそれが一番適してるのかもしれない。だったら勝つことを想像しよう。

でもよく考えたらそうやって次は勝つと強く信じた時に限ってコロッと負けてるような気がする。0-5で負けた試合もそうだった。結局のところどんな結果になろうと自分の都合のよい論理にしか展開しないのだった。

果たしてセレッソに対してどんな気持ちで臨めばいいんだろう。まあ、これもぼくがどんな心境になろうと試合の優劣に関係ないというのも確かなのだが。

2011年7月 4日 (月)

大宮戦~なぜか勝ったミステリー

2011/07/03 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 NACK5スタジアム

「結果オーライです!」

 ヒーローインタビューを終えアウェイ・ゴール裏に来た盛田はメガフォンでそう叫んだ。うぉおお、とサポーターは盛り上がるも確かにそうだよなとドクトルはつぶやいた。そして勝ったこと以外何も得ることのない試合と評したのだった。

 一体何で勝てたのか。それがさっぱり分からない。勝利の余韻に浸るべくアウェイ・ゴール裏のチャンとが止まらない。勝てば盛り上がる。だけどなかなかに複雑なものがある。恐らく普通のサッカーファンが観たらちっとも面白くない試合だろうとシロくんがつぶやいた。

たった1回しかなかったCKから盛田がヘディング・シュートで決めた。そして大宮がシュート17本も打ちながらその全てを外してくれた。しかもそのシュートの内の1つはPKだ。西川が倒してしまったのだが自分で責任を取った。そして終わってみればサンフレッチェはシュート5本しか打ってなかったのだ。これでよく勝てたな。これぞ夏の怪奇である。

しかし、よく考えてみたら2003年のJ21年ではこういうことがよくあった。当時のサンフレッチェは今のメンバーと比べれば相当に見劣りするもののそれでも他のJ2のチームと比べると突出していた。その為最初は余裕で勝ててたものの徐々に研究され勢いを失い勝ち点が伸びなくなっていった。そして監督の小野剛はチームをつまらないつまらないものにし、更に余裕がなくなった。それでも何とか勝った時など試合後今日勝ったんだよねとお互い確認し合うことがあった。まさにそれを再現してるかのようだった。

特に大宮は手強い相手としての記憶が残っている。突出したストライカーがいる訳でもないし個々のタレントが揃ってるという訳でもないのに堅い。簡単に勝てそうな気がするのに苦労する。大宮ホームの試合では尚更その傾向が強いのだった。

しかも大宮は攻撃時自信を持って後ろから前へ前へと上がってくる。サンフはその勢いにブロックするのが精一杯だった。シュートの雨あられ。セカンドボールは拾われボールを取ってもパスはつながらない。もはや失点は時間の問題のように感じたのだった。それでも勝ってしまった。勝ってしまったとしか表現のしようがない。

だけど当時と今で違うものがある。それは確かに勝ったという確信である。アウェイ・ゴール裏にギッシリと入ったサポーターは勝利に歓声を上げる。昔はあまりにもサポーターがいなかったのでどうしても盛り上がりに限界があり勝ったという充足感が低かったのである。こんな試合をしても勝てば盛り上がれるって何て素晴らしいんだろう。

スタジアムを出て大宮駅に向かう途中、前を歩いてるのはほとんどが紫のレプリカだった。本当に増えたよなと感慨にふける。そういえばゴールを決めた盛田も大宮からサンフに来たんだよなとまた感慨にふけったのだった。

だけどほぼ戦力外のような形でサンフに来た盛田。普通に考えれば大宮は悔しくてしょうがないだろうが果たしてそもそも盛田が大宮にいたということを知ってる人はどれくらいいるのだろうか。

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