無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月30日 (木)

巡ってきた大宮戦

2011.7.3       大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 NACK5スタジアム大宮

 311日金曜日、東日本大震災が起こった。大きな揺れ、引き続く余震。それは今まで経験したことのない大きなものでただ事ではないと外に飛び出した。地面がグワングワン揺れる。電線が波打っている。もしかしたら家の塀なども崩壊するのかもしれない。それを仮定すると住宅地にいるぼくは外にいることが決して安全でないのを知った。

 しばらくして地震は収まり家に戻るとまた揺れが始まった。今度はもっと大きくなるのだろうか。危ない、近くの駐車場が広くて安全かもしれないと移動したのだった。

 今にしてみれば震災においてかなり誤った知識を持っていたことを認識する。そもそもぼくは大震災なるものが起きたら地面は地割れを起こし全ての建物は倒壊してしまうのだろうと思ってた。結局震源地は東北だったもののマグニチュード7とも言われた地震が実際に起こって手抜き工事だ、手抜き設計だとマスコミが散々非難したマンションなどがどうなったか報道したマスコミは皆無だった。報道しないとこをみるとほとんど無傷で建ってたんだと想像できるのだった。

 そしてこのような緊急時、得てして防災訓練の内容など忘れてしまうものである。近所の小学校では毎年大地震に備えて校庭に避難し児童は保護者に迎えに来てもらうという訓練をしていた。が、実際にそういう地震がやって来るとそんなマニュアルなど忘れてしまいさっさと全校児童を勝手に帰らせてしまったというのである。これには何の連絡も受けてないものだから出掛けてた家庭もあり親が帰って来るまで家の前でずっと待ってた児童もいたそうだ。一体何の為の防災訓練なのか。それいう例はいたるとこにあるのだろう。

 ただ、大きい揺れが収まると後は至って平静な世の中に戻ったような気がした。ほんの一瞬の出来事ぐらいで大したことはないような気がした。そんな時広島県人会からメールが届き明後日のJリーグは中止という情報が入った。大袈裟な、別に中止にすることはないだろ。だがNACK5スタジアム大宮で行われる明後日の試合は広島県人会の団体チケットに申し込んでいたためいち早くこの情報を得られたのだった。

 その後TVの報道で東北の惨状を知りそして電力、ガソリンの供給不足から交通が止まってしまったという情報を得てやはりJリーグの試合ができる環境ではないことを知った。そしてその代替日の連絡がまた広島県人会から届き当然のごとく団体チケットに申し込んだのだった。

 本来ならもう終わってる試合。今シーズンは関東ではまだ1試合しか生観戦してないがこの試合が延期されてるのを忘れてた。何だか震災自体遠い昔のことのような気がするのだった。果たして延期されて良かったのか悪かったのか。それは結果によって都合のいいように解釈されるのだけは間違いないのだった。

2011年6月27日 (月)

ガンバ戦~心の拠り所を探し

2011/06/26 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博記念陸上競技場

 それは横竹のファールによって始まった。スタメンに名前が載ってた時点で不安はあった。どうも横竹はファールで相手を止める傾向がある。しかもそれが危険な位置であった時、相手に質の高いフリーキッカーがいたら致命傷である。遠藤はサンフの時には必ず決める。過去にFKでゴールの一角に決められたことがある。その狭い空間を狙われ当事のGK下田は反応するも全く届かなかった。その記憶があるだけにペナルティエリア付近でのファールはさけたい。それなのに簡単にイエローを貰う。相手の速攻となるとファールを気にしてられないという事情はあるのだろうがこの癖を直さない限り横竹への信頼感は得られないのだった。

 とはいえ使わざるを得ない事情もある。今のチームでベストメンバーを組むと平均年齢29歳とどうしても高齢になりがちだ。これは将来へ目を向けると不安要素であることを意味する。2002J2に落ち久保と藤本という主力が抜けたのに輝しき未来への希望を失わなかったのは若き才能があったからだ。森崎ツインズ、駒野はU23の代表で常に中心選手だった。育成型のクラブとしていつかそれが花咲く時がくるという見果てぬ夢があったのだ。

 そして森崎ツインズがチームの主軸となった今、確かにチーム力は上がったもののそこのバトンを引き継ぐ若手が見当たらなくなった。柏木、槙野を最後にしてここ3年くらいルーキーで有望な選手が出てこない。育成型クラブという名目でありながらこれはマズイ状況なのではなかろうか。

 中継の間やたらと宇佐美と平井の活躍が観たいなどと耳障りな解説を聞いた。両選手ともユース上がりでそういう意味でもガンバはライバルであった。そしてそのライバルには負けてばかりいる。そして生え抜きの選手が育たなくなっている。そうなると一体どこを心の拠り所にすればいいんだろう。それとも生半可ユースが強かったため見果てぬ夢ばかりを追って地に足が着いてなかったんだろうか。ここ数試合辛い結果が続いているがこれこそが通っていかなければいけない試練なのだろうか。答えは見つからない。ただ、一つだけハッキリしてるとこがある。負けた試合の後っていうのは色々な思考が無尽蔵に頭の中を駆け巡るということだった。

2011年6月26日 (日)

ガンバ戦~ゴールを決めるチーム、ゴールを決められないチーム

2011/06/26 ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博記念陸上競技場

 第18節終了時点でのサンフレッチェの得点数は16。上位10位以内のチームでは大宮についで下から2番目である。これは4位という成績を考えると異常に低い数字だ。攻撃的と言われつつもゴールが奪えない。川崎戦のようなボロ負けの試合は別にしてチャンスを生かしきれてない。完全に崩し切ったのに最後で外してしまう。シュート数も少ないのに勝ち点を重ねてるということは決定力としては高いという見方もあるかもしれないが、本当の決定機を外してる頻度というのは極めて高い。そこがまたもどかしくありながらだからこそサンフレッチェという気もしないでもないのだった。

 そしてそのサンフレッチェらしさを満喫できる試合となってしまった。攻めても攻めてもシュートを打てずカウンターを食らい失点。手数をかけてやっとゴールを決めたかと思うと相手の一発で簡単に失点してしまう。4点、5点と失点を重ねていく内にもうどうでもいいような気がしてきた。

 タイトルを獲る。その意気込みは大きかったがこれが現実だった。一時は2位までいったのだからその可能性にすがりたくもなった。ただし到底それは叶いそうもないという諦めを感じざるをえなかった。シュート11本打ちながらも3点しか取れない一方ガンバは9本で5点も決める。これはもう決定力の差と言わざるをえない。決定力、つまり個の力。それ以外に何の要素があるのだろうか。

 考えれば考える程ネガティブな思考が巡る。53というスコアはもしかしたらそんなに悪い数字ではないのかもしれない。だけど2031というスコアよりも大敗というイメージがつきまとう。生半可互角の戦いをやってたように見えるのが尚更やっかいだ。両チームの差はゴールを決めるというその一点に絞られてしまうのだった。

 いや、シュートを打った時はまだいい。敵陣で執拗なまでにボールを廻す習性、あれはどうにかならいだろうか。パスをつないで最後にゴール前の連携でゴールを奪おうとするがそのほとんどが自分たちで反応できてないのである。そして相手に防がれたならまだしも大事な場面でトラップミスをしたりパスがずれたりとまるでそこまでボールを運んだのは何だったんだと言わんばかりのプレーが現れる。そしてその度に深く深くため息をつくのだった。

 特に酷かったのはチュンソンだ。ピッチにいながらまるで空蝉の術でも使ったかのように姿が見えなかった。絶対的なストライカーとしての先入観があるだけにその失望感たるや巨大なものだった。いや、決めきれないといえば寿人も一緒だがこの両ストライカーがブレーキを掛けてるのは明白だった。特にチュンソンなどはこの5連戦の内どこかで外さないと身体のキレが戻らないのではと思ったがかといってそれで代わりがいないのも事実だった。

 悪い予感。どうしてそういうのは当たってしまうんだろうか。どうも初めから中継を観るのが気のりしなかった。やっぱりタイトルは遠い存在だ。勢いや運だけで取れるものではない。そんな当たり前のことが勝ち点を重ねれば重ねるほど感じられるようになってしまった。試合に勝つというのはこれ程までに難しいのだろうか。首位争いをしてからその想いが強くなったのは皮肉ではなかろうか。

2011年6月22日 (水)

山形戦~勝利の疲労感

2011/06/22 サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

「浦和戦からシュート打ててないな」

「チームとして下降気味だねえ。山形戦どうするんだろうなあ。そこは山だからなあ」

「いや、本当の山はこの試合だったんだけど」

「そりゃそうだけどさあ・・・」

 川崎戦の帰りスタジアムから武蔵小杉の駅に向かう中、ドクトルと悲嘆に暮れながらもその中で何とか希望を見出そうとしてた。が、それはとても困難を極めたそんな時、ドクトルは携帯を取り出し順位を確認した。

「あ、でもまだ4位なんだ。まだまだ希望はありますよ。やっぱり山形戦が山なんですよ」

 それは確かに希望だった。だがそこで浮上するにはあまりにも厳しかった。いや、もう転落するしかない。そんな気さえしたのだった。

 そして山形戦の夜、ぼくは家にたどり着くとTVのスイッチを入れた。たったそのボタンを押すという作業がとても気が重かった。が、スコアは00なのである。まあ試合開始間もないからなと思いきやボールも回りシュートまでの形が作れてることからまるで各上のチームのような錯覚すら憶えた。山形が慎重になり過ぎてるせいだろうか。なぜこんなにボール支配できるのか分からなかった。

 そしてミキッチの突破。横に流したラストパスは寿人は流し込むだけで良かった。寿人のゴール。長い長いトンネルを抜けたような気がした。やっと点が取れた。これでもう安心して観てられる。どう考えてもこれは勝つ展開だろう。山形はろくすっぽシュートさえ打てないじゃないか。それにしてもミキッチのスピードは凄いね。これは凄い武器だよ。そんなことを考えてたら山形の攻撃が始まった。右サイドをえぐられそれを止めようと身体を寄せるとペナルティエリアの中で倒してしまった。

PK

 うわああぁ!何てことだ。そして倒してしまったのはミキッチ。1点アシストしたら1点献上してしまった。あそこは突破されても他にも味方がいたので任せれば良かったのに。どうもミキッチはPKを与えてしまうという悪癖がある。山形はこのPKを当然のごとく決め振出しに戻ってしまった。

 だがこの後珍事が起こる。チュンソンがポッカリと抜け出しボールを受けた時、またオフサイドかと思ったがそのままプレーを続けたチュンソンは相手をブロックしながらもゴールを決めてしまった。あれゴールだよな、いいんだよな、いいんだよ。ゴール、ゴール!まるで審判の気が変わらない内に騒いどけとでも言わんばかりに声を上げるのだった。

 もしかしたらこれはミスジャッジかもしれない。だけど今までミスジャッジによりどれだけのチャンスをオフサイドで潰されたかと考えると帳尻合わせにはこれでいいのだ。ありがたくゴールを祝福させてもらうのだった。

 もうこれで勝っただろう。できればもう1点欲しいとこだ。これがまずかったのかもしれない。後半ピンポイントのクロスを合わせられてあっさり同点にされてしまう。こっちは山形の3倍もシュートうってるのに入らない。山形はわずか3本の内2点決めてしまった。やはり1点差を守り切れるチームではないのだった。

 また1点取らないといけないのかよ。途方もないことのように感じられた。山形の壁はなかなかに厚い。それにボールを奪われた後は何という緊張感がほとばしることか。やっぱり引き分けが精一杯だったのか。そう思った時幸運が舞い降りた。山形の選手に2枚目のイエローカードが出され退場してしまったのだ。

やった、やった。これで有利になった。ただしその退場した選手が西河だと知りどこか複雑な想いに駆られるのだった。サンフで構想外になり山形で主力としてがんばってる西河にはやはりまだ応援したい気持ちもあるのだった。ただしそれはピッチを出てしまったからこそそんな感傷めいた気分になれるのだろう。どうしても勝ちたい時に相手チームの元サンフの選手のことを一々考えてる余裕などないのだった。

10人になった山形はやはり苦しかった。というより相手が10人になってやっとサンフもまともに戦えるようになったのである。右から攻め、左から攻め、そして中央から。ボールを動かし相手の隙をうかがう。裏を狙う前線の選手、クロスを上げるチャンスをうかがう両サイド。そんな中、後ろからゴールへ突き進んだ選手がいた。カズだった。ペナルティエリアに入る。倒される。笛が鳴った。PKだ。今度はサンフにPKが与えられた。これはもう幸運だった。いや、倒された。倒されたのである。審判は絶対なのだ。

このPKを浩司が簡単に決め再びリードする。だが今度はこれで勝ったという気分にならないのであった。数的有利という恩恵のため余裕を持って後ろでパスを回せる。そして山形がこのボールを取りに来たら攻めればいい。それは作戦として順当である。だけどなぜにサンフの攻撃はこんなにも精度がなく奪われてはピンチになるのだろうか。

とにかくボールを奪われると不安でたまらなかった。それでいてボールを持ったらもう1点が取れそうという始末の悪い展開である。相手をいなすようにボールキープすればいいのになぜか攻めなきゃいけないような気分になってしまう。山形はボールを吸い寄せる何かがあった。

終了の笛が鳴った時カズはがっくり倒れた。消耗が酷かったのだろう。かくいうぼくも勝った喜びよりも無事に追いつかれることなく終わったことの安堵感に包まれるのだった。

勝ったことは良かった。だけどこの疲労感は何だ。勝つってこんなにも疲れることなのか。そして3日後にはもう次の試合があるということに気が遠くなるのだった。

2011年6月19日 (日)

川崎戦~シュートを打たないサンフ

2011/06/18 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

「シュート打ってないんじゃないのか」

「いや・・・やっぱりなかったかな」

「ないよ。シュートらしいシュートはないよ」

「公式記録ではどうなってるんだろうね」

 1点を先制されそれでも逆転の望みをつなげようとしたハーフタイム、ぼくらはただ悲観的な気分にならざるをえなかった。右サイドで初の先発出場をした石川は全くもって何ももたらさなかった。全ての選択肢がバックパスではかつて戦力外となったリ・ハンジェと同じなのだった。そして左の山岸へは長いパスがことごとく通らない。動きだしが悪いんだろうか、それともポジショニングが悪いんだろうか。はたまたパスの出し手の精度がないんだろうか。とにかく両サイドでボールがつながらないというのは致命的だった。一体これでどうやって点を取れというのだ。

 さすがのミシャも業を煮やしたのだろう。後半から石川と交代でミキッチが入った。さすがにミキッチは石川と違いボールを持つと積極的に仕掛ける。足元から離さないドリブルで敵陣を切り裂く。だが最後のとこでコントロールミスをしてボールをラインから出してしまった様子から察するにあまりコンディションは良くないようだった。

 前半からパスが微妙にずれていたがそれは後半になってからも健在で特にトミッチの敵へのパスには頭を抱えてしまった。ムジリが交代の準備をしてる時、トミッチだというのはすぐに分かった。この選手、一体いい選手なのか悪い選手なのか分からないのだった。

 点が欲しい。そのためにはシュートを打たなければ。さすがにハーフタイムで監督に激を飛ばされたか攻めの姿勢は見せてくるようになった。ただしシュートが打てない。ゴール前での崩しにこだわるあまりパスコースが全て読まれているようだった。意表を突くシュート。意表を突かなくてもシュートを打って欲しい。どうしてサンフの選手はこんなにもシュートを打つのが嫌いなんだろう。

 そうこうしてる内にまたしても失点してしまった。前掛かりになった時のカウンター。川崎にはいつもこのパターンでやられる。本当にいつもこのパターンだ。本当にいつもいつも。きっともう川崎にはサンフとやる時はこうやったら勝てるというマニュアルがあってそれを実践してるだけだろう。最初からエースの中村憲剛をベンチに置いてたことからこのメンバーで勝てるという余裕があったに違いない。舐められてた。そして舐められるがままにやられた。このまま終われるか。絶対に一泡ふかしてやる。

 だが攻める意識は見られるもののチャンスはちっとも訪れない。強引にでもシュートだ。ダメ元でもシュートだ。シュートを打て。打たないことにはゴールは生まれない。そういう状況でムジリがペナルティエリア内でドリブルで4人ぐらい切り抜けシュートしたのは救われた。ただゴールに入った訳ではないので敵にしてみればちょっとビックリしたぐらいだろう。

 20というスコアで終わりぼくらはがっくりとうなだれた。1階席ではそんなチームを励ますべく健気に声援が送られてる。一体どうしてしまったんだろう。倍以上のシュートを打たれこの結果は得点差以上の敗北感があった。シュートが打てなくなったのは前節からである。チームとして下降気味なのだろう。

 この打開策、ちょっと思い浮かばない。何も得ることのない試合だったとドクトルは語ったが認めざるをえなかった。もしかして毎度毎度シュートを外すとぎゃあぎゃあ騒ぐぼくみたいなのがいるからシュートが打てなくなってしまったんだろうか。外してもシュートを打たなくなるよりはマシだ。もうぼくも騒がないようにしよう。といってそんなことが影響してる訳はないのだが・・・。

2011年6月18日 (土)

川崎戦~雨の川崎

2011/06/18 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 横浜で仕事だったぼくは夜等々力に行くには都合が良かった。だが問題は朝車で迎えに来てもらったことでサンダルで行ったことだった。気付いた時には手遅れ、そのままサンダルのまま等々力競技場へ向かうしかなかった。よりによって雨まで降ってきた。足元が滑る。歩きにくいのがなお歩きにくい。天気予報は当たっていたが外れたら外れたでむかつくものの悪い方に当たったら当たったでむかつくのだった。

 何度も滑って転びそうになるのを食い止めてやっと等々力競技場へたどり着き2階席へ上がった。ドクトルはもう来てるだろうか。あ、いた。中央大型ビジョンの下の方にシロくんと席を確保していてくれた。

「こんにちは」

「やあ、お疲れ様。遅れるって言ってたからもっと遅いかと思ってたよ」

「そんなの抜け出したに決まってるでしょ。よりによってこんな日に遅刻してきたやつがいて勝手にやってろって帰っちゃったんだ」

 ずい分勝手であるかもしれない。だけどそうやっていかないと到底試合なんか観ることができない。そういう自身の身勝手な振る舞いと努力の賜物で観戦できたのだが今回ばかりは見えざる意志によりぼくをここまで連れてこられたという感じがするのだった。というのは実のところ猛烈に来たいという衝動を持ってなかった。むしろ来れない正当な理由があったら歓迎すべきだったかもしれないのである。そう、ぼくはあまり気のりがしないのだった。理由は簡単、ちっとも勝てる気がしないからだった。

 このスタジアム、どうも勝てる気がしない。そして辛い辛い記憶ばかりがあるのだった。そして川崎というチーム自体苦手としている。これが選手や監督が変わろうとこの相性が変わりはしない。恐らく川崎側としてみれば今回は絶対に勝てる対戦と計算してるはずだ。それが悔しい。絶対に負けたくない。それでいてそんな相手に負けてしまう現場に立ち会うのがたまらなく気が進まないのだった。

 そんなぼくの悪き予感、それは呆気なく当たってしまったのだった。

川崎戦の朝

2011/06/18 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

今日はB6の一部からブーイング出ました。

まぁそれもやむなしな試合でしたね。

しかし今までだったらこういう試合はまず負けてたんで引き分けたのは

強くなってる証拠なのかも。浦和のシュート精度もあるけどね。

しかしレッズサポよ、ハーフタイムに柏木チャントを連呼するのはどうかと思う。

浦和戦の後タイセイさんからメールが来た。現地にいればもどかしい展開だったみたいだ。いや、TVで観ててももどかしかったがもしかして計算づくでの結果ではと思えてしまうのが不思議だった。それも無失点で終わったということが大きい。攻められても失点しない、そして一発のチャンスを決めるという作戦なのかもしれない。ただ、その一発を決める決定力がないのが悲しいとこだ。

川崎には苦い思い出がたくさんある。特に等々力では筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めた。07という屈辱は今でも生々しく記憶に刻まれている。その為、等々力に行くのは気が向かない。それでもチケットを買ってしまった。気が重い。行くのが苦痛だ。それなのに紫のレプリカを準備してる自分が不思議であった。

こういう時勇気の出る言葉が欲しい。希望を持たせる言葉を。だけどそんなものは結果が出なければ空しいだけなのだった。だからもう考えるのを辞めた。あるがまま受け入れることにしよう。ただ一つ言えるのは、この一戦は今シーズンを占う一戦になるかもしれない。リーグ戦で勝てなかったガンバに勝った。16年振りに日本平で勝った。それら肯定的な要因に拍車を掛けることは間違いないのだった。

悪い記憶しかない等々力。果たして悪夢を上乗せするのだろうか。それとも輝ける未来への道筋となるのであろうか。

2011年6月15日 (水)

浦和戦~攻撃しない攻撃サッカー

2011/06/15 サンフレッチェ広島vs浦和レッドダイヤモンズ 広島ビッグアーチ

 週2日ペースとなる5連戦の2試合目。選手の疲労を考えると一つの山となる時期である。幸いその1戦目は勝てた。ここで勝てるかどうかで大きく変わる。だがそれ以上に浦和には負けたくないというのは柏木がいるからだった。浦和に負けること、それはとりもなおさず柏木に負けるということと同義なのであった。

 7時の中継に間に合うように帰宅しTVを付ける。平日にしては客席が埋まってたビッグアーチ。浦和サポーターの声の塊。ホームのサンフのサポーターの方が人数は圧倒的に多いのだが存在感でどうしても負けてしまう。それらのことに意識が行くとすでに柏木のことは頭にないのだった。いや、むしろ柏木自身が埋もれてるようでもあった。敵としてそれ程脅威ではない。それは好ましき状況でありながら一方で寂しさを憶えるのも事実であった。

 サンフはここのところの試合運びと変わることなく後ろでパスを回して回して攻撃につなげる。そして守備の場面では全員が引いてゴール前を固めるが、これは戦術というよりこれだけ人数がいないと守る自信がないと言った方が妥当だ。1対1では負ける。だから人数を掛けて守るのだがその最後の場面で必ず砦となるのがカズだった。カズの危険察知能力というのは素晴らしい。カズがいるから守れてる。カズがいるから安定している。カズの守備に相当助けられてるのだった。

 ここで2007年のことを思い出した。3バックの右のポジションをやっていたカズはその当時完全な穴だった。どうして本来のボランチで使わないでストッパーをやらすんだという批判をよくしたものである。どんなに負けても頑なにミシャはカズをそのポジションで使ったが今にしてみればあの当時の試練があるからこそ今のカズがいると思えてくる。ミシャはそこまで計算の上カズをDFとして使っていたのだろうか。

 そんなことを考えつつも今の穴が目についてしょうがなかった。横竹である。もう3歩下がっていればパスを受けられたのに、あそこでドリブルに行かなければボール取られなかったのに、ファールでしか相手を止まられない。もしかして相手も横竹のところを狙ってるんじゃないかと思えてくるのだった。それでも使われる横竹、それには先を見据えた何らかの思惑があるのだろうか。

 だが、それよりも悩ましいのが攻撃である。一向にシュートが打てないのだ。チュンソンや寿人はずっこける程豪快にシュートを外した。いや、逆にあと少しで入る惜しいシュートと言うべきだったのかもしれない。だけどあまりにも決定的な場面で外すからその印象が肥大化してしまうのだった。何であんなにシュートを外すんだろう。

 いや、そもそもシュート自体打ってないんだった。シュート数6本。これは寂しい数字だ。そもそもそれだけしかシュートを打ってないものだから1回のシュートを外したシーンを強烈に記憶に刻まれるのだった。

 かつては寿人が1試合に1回しかないチャンスを決めてくれた。昨シーズンはチュンソンが1試合に1点は決めてくれた。今シーズンは決定力もなくシュート数も少ない。これで勝つにはどうしたらいいんだろうか。寿人がペナルティエリア前でスルーをするもことごとく味方が反応してなかったのも悲しい。もう今シーズンはずっとこういうバターンでやるのであろうか。

 引き分けで終わるもののもうちょっとどうにかすることできなかったのだろうか。まあ攻められてる時間の方がよっぽど多いんだからしょうがない。それでいてこんなに攻められっぱなしでもそんなに不安もなかった。もしかしたらこれってこういう光景を観るのに慣れてしまったのだろうか。ただよく考えてみたらサンフのサッカーは攻撃的なんじゃないだろうか。シュート6本なのに攻撃的。このパラドックスに悩んでいたものの最近あまり気にもなくなってしまったのだ。

 やっぱり慣れって恐ろしい。スコアレスドローという結果にさえ慣れてしまった。というよりこの試合展開に慣れてしまったというべきだろうか。それともこれら全て作戦として行われているのだろうか。そのどちらにせよやっぱりゴールがないと盛り上がることはできない。そんなの当たり前である。そもそもゴールがあれば勝つことができた。だったらどうすればゴールできるか。攻撃すればよい。だけど攻撃は相手の方が多い。そしてこういう意向がグルグルと頭を駆け巡るのであった。

2011年6月12日 (日)

新潟戦~エース寿人

2011/06/11 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力スタジアムビッグスワン

 仲間からJR東日本の「1日1万円乗り放題」で日帰り観戦しないかと誘いがあったものの仕事で断ってしまった。だが朝からの大雨でこれでは行くのも困難だったろうと仕事へ向かう中自らの慰みとして考えていたが昼から上がってしまった。そして家に戻り中継を観るとそこはまるっきり晴れた光景が現れた。つまりは絶好の観戦日和ということなのだった。

 とはいうものの今一つであった。攻撃の場面で最後が雑。シュートまでいけないというかシュートを打たないというか。どこかもどかしい。これではとても勝てそうになかった。チュンソンもキレがないような感じがしたがそういえば4日前に代表の試合に出場してたんだった。そして寿人はガッチリとマークされ何もできない。ここのところ点が取れてないがストライカーとしてもうそろそろ限界なのだろうか。

 ただ、この日ブレーキとなってるのはムジリだった。動きはないがボールキープをするというのがムジリの強みだったのだがこのボールキープに自信があるからか変にボールをこねくり奪われてしまうのだった。またこれが悪い場面でうばわれてしまいカウンターを食らってしまう。パスも読まれていて空間を切り裂くようなスルーパスも観ることができなかった。

 こうなった時ムジリはもどかしい存在だ。もそっとした動きからかその温和な表情のせいか11人というチームの一員というよりも10人+1人という存在に映ってしまう。その時よっぽどのパフォーマンスを見せてる内はいいがそれが少し落ちてしまうと途端にアキレス腱となるのだった。気温が高いのだろうか。それとも湿気のせいだろうか。

 だがパスが読まれてしまうのはムジリだけじゃないのだった。パスカットされる。それはあらゆる選手から起こるのだった。それで中盤を飛ばしロングボールで寿人を狙う。そしてこれは尚更読まれてるパターンなのだった。

 良くて引き分け。そんな考えが浮かんだのは後半だった。ムジリに代わって高萩が入ったが当然の交代でありながら高萩ではジョーカーにならない気がした。むしろ高萩がスタメンでムジリが交代で入った方が結果が出てる。それでも何かをしなければならなくチュンソンと山崎、ミキッチと石川の交代も理にはかなっていたものの点を取るというためには難しいような気がした。

 しかし、軽い、闘志がないというイメージだった高萩が中盤の広い範囲で顔を出すのだった。攻撃は勿論守備の場面でもアグレッシブに奪いにいくのは意外な光景に映った。そして極めつけは中盤の底で身体を倒しながらボールを奪いに行った場面である。ほぼ力勝負のような状態になりつつもそのつば競り合いで勝ち倒れつつも山崎にボールを出した。

ボールを受けた山崎はドリブルで突き進む。相手は3枚。寿人はオフサイドポジションにいる。だがここで寿人はずるずる下がるディフェンスラインまで下がるとそのままウェーブを描き裏へ抜けるべく走る。そこで山崎のパス。全速力でパスに追いついた寿人はダイレクトでシュート。その早い弾道はGKも手に届かないゴールの隅、ここしかないという場所に突き刺さった。

89分という終了間近のゴール。決勝点。スコアレスドローになりそうな展開で状況を打開するのはストライカーの優劣で決まることはよくあることだ。寿人はやっぱりサンフレッチェのエースストライカーなのだった。単純な決勝弾というだけでなくこのゴールはそういう意味も込められてたのだった。

この試合、観に行けなかったぼくはやはり負け組だった。澄み切った青空の下、こんな劇的勝利で終わる。でもよく考えてみたらぼくがこのスタジアムに行ったら勝ってないような気がする。ぼくが行かなかったから勝てた。そう思うことにして何度も何度も寿人のゴールの映像を繰り返して観るのだった。

2011年6月 6日 (月)

ナビスコカップ川崎戦~悩める引き分け

2011/06/05 ナビスコカップ1回戦 サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 広島ビッグアーチ

 ドクトルの家に着いたのは後半だった。調度ドクトルの家の近くで用事があったぼくは急遽今から行くと押しかけたのだった。

11のドローだという説明を受けた。開始早々に失点してその後珍しく服部公太がヘディングで同点にしたということだった。結構高萩ががんばってるということだったが確かに球際の軽さがなかった。パスを出すフェイントをしてドリブルしたり改めてこの選手はテクニックがあるんだと気付かされた。本来これくらいやれるはずの選手だがもしかして今まであまりコンディションが良くなかったのだろうか。

 代表招集により中心メンバーが3人抜けてるがその割にボールが回っていた。右サイドの石川はダイナミックな動きがある。服部も積極的だ。特に服部には危機意識があるのかもしれない。左サイドの第1選択肢でなくなった服部にはサイドを駆け上がる姿が想像できにくくなったのは事実だった。

 有利な展開が続く。この時間帯に点を入れたい。だがこういう時に限ってサンフはシュートが打てないのだ。前半も打てよという場面でパスを出していたとドクトルは説明した。いつもの病気は健在である。シュート打たない病。実は服部や高萩に物足りなさを感じるのはそこなのだった。ボールを貰う体の向きがすでにパスを選択している。前に突き抜けてシュートを打つという発想は血肉化はされてないようだった。

 ただし、高萩のパスを出すという習性は功を奏した。カウンターで中央をドリブルする高萩、右でも左でも出せた。だが高萩は右へ出したもののそれはまずい選択のように見えた。そのボールをムジリはワンタッチしてシュート、これがまさにそこしかないというコースに入り勝ち越し点を入れたのであった。

 そしてチャンスはもう一度来た。またしてもカウンターで持ち上がった高萩はムジリにボールを預けた。もはやムジリにシュートを打たせたくないという先入観を刷り込まれた川崎のDFはムジリにしか意識がなかった。そこを逆手に取るパスをムジリは出す。左にいた井波はどフリーでボールを受けた。これは貰った。そして放ったシュートはゴールポストの脇を通り抜けてしまった。

 ガクッと腰砕けになってしまった。あれを外すか。本当にああいう決定的場面をこのチームはよく外す。そしてこういうチャンスを逃した後が恐いんだよなとドクトルが言ったが本当にこの後失点してしまった。

「ああ、あんなショートコーナーのマークを誰もしてないんだもん。決定的場面でシュートが決まらなくて集中力が落ちてしまってるよ。鹿島戦の時もそうだったんだよな。チュンソンが外した後失点してるもん」

 これが新しい病気だった。決定的場面でシュートを外す。そしてその直後に失点をしてしまう。更に同点にされ相手に勢いが出るともう防戦一方。跳ね返しても跳ね返してもセカンドボールを相手に拾われる。もうサンドバック状態だ。反撃の可能性、限りなくゼロ。これもよく見られる光景なのだった。

 22の引き分け。勝てば気分もよかったのになとドクトルはつぶやいた。確かに勝てる展開だっただけに勿体ない。全てはあのシュートを外した場面に行き着くのだった。

井波、新人とはいえあれは外しちゃいかんよ。井波、ムジリのシュートを参考にしろよ。井波、シュート外した以外に印象がないよ。井波、井波、井波・・・。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31