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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2011年3月30日 (水)

東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ 

2011.3.29 東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ 日本代表vs Jリーグ TEAM AS ONE 大阪長居スタジアム

 東北地方太平洋沖地震から18日、こういう企画をよく迅速に組めるな。そんな声を聴いた。元々国際Aマッチデーで日本代表はニュージーランドとの対戦が国立競技場で組まれてたことなんて普通の人は知らないようだ。 地震によりニュージーランドが対戦を拒否したためJリーグ選抜との対戦という企画になっただけなのである。ただ、国際的にそれ程強くないニュージーランドと対戦するよりこちらの企画の方がよっぽど興味を引くのだった。

 実はこういう企画、以前からもサッカーを観てる人には需要があった。いつだって現日本代表に不満を持ってる人はいる。愛する我がクラブのエースが選ばれないことで歯がゆい想いをしている人はいる。だとしたら日本代表のBチームを作って対戦させてみたいとは常にあった。本当に今の代表が最高のメンバーなのだろうか。

 そこでJリーグ選抜の方に寿人が入っていた。スタメンが南アフリカW杯、ドイツW杯のメンバーが多数スタメンで入ってたことから前半は勝つメンバーで組まれたようである。その1トップで出場した寿人、当然に感情はJリーグ選抜に向けられたのだった。

 しかし、それはあまりにも惨めな光景だった。Jリーグ選抜は急造チームというのもあるがあまりにも違いすぎた。代表選手との格の違い、そんなものを見せつけられただけである。そんな想いは先制点が決まった後痛烈に感じられた。

 遠藤のFK。それはあまりにも簡単にそして綺麗に決まった。日本代表の得点、普段それを喜びこそすれ悲観することはなかった。それなのにこの時ばかりは複雑な想いが絡み合うのだった。更にそのすぐ後2点目が決まり湧き上がる日本代表の姿にぐったりと肩を落としたのであった。

 そもそもどういう相手であろうとこういう注目されてる時に決めるかどうかというのがサッカー選手としての格が違ってくる。Jリーグでいくら点を取っても観てる人は限られてる。ここで結果が出せるかどうか、それこそが観る人に印象に残る選手なのだ。

 そういう意味でやはりカズは凄かった。正直カズのJリーグ選抜の選出は興行的な意味合いが強い。44歳にもなるカズが現役代表選手相手に結果が出せるかというと正直期待してた人は少ないだろう。それでも決めたのである。DFぼ裏に抜け出してGKをかわしたシュート。中継をするTV局にしても観客にしてもカズのゴールというのは願ってもないシーンであった。それだけ期待を背負いながらあの場面で決めてしまうというのがやはり他の選手とは違うと認めざるをえない。Jリーグ選抜は負けてしまったがこのゴールによってこの試合は一気に華やいだ感があった。

 ただし、この時カズがシュートへ行くまで背後を追いかけてた日本代表の選手は森脇だった。DFには槙野もいた。更に中盤には柏木もいてFWはチュンソンだ。後半になってガラッとメンバーを替えた代表はサンフに所縁のある選手が多くこれはこれで複雑な想いだった。結局この試合で真に満足するにはとても難しい条件となるのだった。

 他にも西川も代表で出場し駒野もJリーグ選抜で出場した。実はそれだけでもサンフレッチェ・サポーターとして十分満足すべきなのかもしれないのだった。

2011年3月27日 (日)

リーグ日程変更

 震災から2週間が過ぎ千葉にいる分にはもう以前の生活に戻ったようでいながらそうでない部分もある。まず、ガソリンスタンドへの前に開店前から車が長蛇の列をなすことはなくなった。もうスタンドもガソリンが回ってくるようになったようだが値段はℓ=150円と書かれていた。ずいぶん高いな。それなのに最近交通量は増えてる。燃料の値段が上がっても関係ないようだ。

 かくいうぼくは10キロ先の仕事場に行くのに燃料がないことから自転車を使うことにした。約1時間掛かるがこれが意外とやってみると爽快でスタンドが営業を再開しても止められないでいるのだった。まあせめてぼく一人だけでも車を使わないければ燃料の節約になるかなと自分の中で言い訳を作ってるのだった。

 そんな自転車通勤の帰宅時、日暮れ時自宅近くで信号機が点灯してないことがあった。女子高生が横断歩道を渡るのを怖がってキャーキャーさわいでたので停電だと分かった。こういう時さすがに車は危険である。運転に自信のないぼくはやはり自転車通勤で良かったのだ。

 実は計画停電が実施されるのはすでに前日から告知されてたそうだがぼくはそんなこと知らなかった。地震直後は結構そういう情報を気にしてたものの計画停電をやるやると言っといてやらないことが多く別にどうでもよくなってしまったのである。そして何の備えもないまま夜の停電を迎えることになってしまったのだった。

 とはいえ意外と外は明るかった。それ故停電だと気付くのに時間が掛かったのである。この地域が停電でも他の町の明かりが暗闇となるのを妨げる。その事実がまた日常において相当電気を使ってるんだなと実感させられるのだった。まあいい、電気が付かないんだから家でとっとと寝ようと決め込み着替えようとした時電気が付いた。何だか小学生の時もう寝ようとした瞬間親に宿題やったのかとたしなめられるかのように寝ることを阻まれたようである。ただ予定時刻よりも早く改めてこの計画停電の計画のなさというものを感じずにいられなかった。

 いずれにしてもこういう状態だから電力の足りないことは明白である。当分の間ナイターなんてできそうもない。ということでJリーグも大幅な日程の変更をするようだ。毎年日程の問題が議論されていたが今シーズンは更なる過密日程になるようだ。昨シーズンのように怪我人を多く抱えていたら目も当てられない状況だった。

 それにしてもW杯にしてもアジアカップにしても中には紛争の絶えない国でも出場してたりする。当然に物資の不足、電力の不足などもあるだろうがそういう国でも国際大会で試合をしてるのだ。一体ああいう国ではどうやってサッカーが成り立ってるんだろうかと不思議に思うのは恵まれた日本で育ったせいなんだろうか。

2011年3月19日 (土)

リーグ再開を想う②

 夜中、腹下りを起こし5回も目を覚ましてしまった。もうスーパーではまともに買い物ができないと諦め昼食は居酒屋のさくら水産のランチでごはん3杯も食べたせいだ。食い溜めをするつもりで夜の分も食べたつもりだったがさすがに許容力をオーヴァーしてしまったらしい。これでは食い溜めどころか単に体調を悪くしただけである。やっぱり無理は禁物ということだろう。

 そんな厳しい夜を過ごし仕事に出掛けるが今日は10キロ先の場所まで行かなければいけない。車ならすぐ着いてしまうのだがスタンドが開いてないので動かす訳にいかない。電車で行くにも駅から相当に離れた場所だ。考えた結果行き着いたのが自転車だった。週に1回サッカーをやってるぼくにとってそれくらいの距離は大したことないだろう。そんな軽い感覚で出掛けたのだった。

 しかし朝の自転車は寒い。それでもせっせとペダルを漕いでると今度は段々と汗がにじみ出てきた。うう、喉が渇いてきた。もう半分くらいは来ただろうか。時計を見ると30分くらい経ったみたいだ。普段鍛えてるつもりだったがそれ程体力ないことに愕然としてしまった。その証拠にぼくの横を女子高生が悠々と自転車で抜かしていった。何であんなに早く走れるんだ。

 やっぱり車で来れば良かった。そう思った時、道路に車の列があった。まだ開店もしてないスタンドへの順番待ちをこの時間からやってるみたいだ。そんなことぼくにできっこない。そもそも開店するのかどうかも分からないというのに。やはり自転車で来たことは正解だったみたいだ。そしてこの気温でただ車の中で待っているんじゃさぞ寒いだろうと思ってたらほとんどの車はアイドリングをしていた。燃料がないから朝早くアイドリングをして順番待ちをする。それって何かが違うような気がするのだった。

 ただし、夕方になるとスタンドは所々開いていた。あ、もう復旧したのかと思ったがどうも一般車には対応してないようだった。やっぱりまだ車は使えないようだ。そして自転車で走りつつ色んな店を覗くと割と営業を再開してきたようだ。それでも店内の照明を落としたり営業時間を縮めたりと電気を使わない配慮がなされていた。その為どこか地味な感じもしたが逆に言えばいかに必要以上の電気を使っていたかということを思い知らされるのだった。他より目立つよう、他がやってるからうちもやらなきゃいけないという競争原理が電力の暴走を生んだとも言える。限られた状況でもやっていこうと思えばやっていけるのだ。

 家に帰るとスカパーで仙台戦をやってた。思えばまだ今シーズンはこの試合しかやってないんだよな。そして結果が分かっていつつも今更ながらそこでボール取られるなよとかそこはきめろよと頭を抱えてしまうのだった。これがリアルタイムの試合だったらもっと白熱するだろうに。

 今は緊急事態である。それが分かっていながらもせめて西日本だけでも試合やってくれないかなと願うのだった。

リーグ再開を想う

 大規模な停電があるかもしれない。そんな情報に用のない人は早々に会社を切り上げる通達が来た。現金なぼくはここぞとばかり席を立つ。が、他はまるで行動に移そうという気配がない。どうせ家も停電だからというのがその人たちの言い分だがビル自体も停電の恐れがあるのでエレベーターの使用を禁止されたというのに。まあいい、こんな時他人の目など気にすることはない。

 外に出るとみんな一斉に駅に向けて急いでた。どうもこの辺りの会社では早めの帰宅命令が出たようだ。それなのにうちときたら、まあいい、好きにさせとけばいいさ。

 だけど電車は動いてるんだろうか。地震の起きた日のように電車が止まるとそれこそ歩いて帰るしか手段がなくなる。そうなる前に電車に乗り込まなければ。やはりぼくも歩を早めるのだった。

 ホームに着くと電車が待つ列ができていた。それでとりあえずはまだ電車が止まってるというアナウンスがなかったということは理解できた。とりあえず乗れるなら混んだって構やしない。電車の時刻表も当てにできず駅のアナウンスと他の人の動向で状況を把握しないといけない。予定される時間にピタッと来ないと文句が出るという生活に慣れてたぼくはあまりに便利な生活に浸ってそれが当たり前のようになっていたのに今更ながら気づくのである。

 しばらくして下り電車がホームに入ってきた。無事乗り込むことができるもののこれが途中で止まらないという保障はどこにもない。とてもサバイバルだ。電車でさえこんな状態なのだからJリーグが開催されないというのもしょうがない話なのだ。スタジアムがあってもそこに来る観客、選手、スタッフの安全まで考えればとてもそこまでは保障できない。震災という心理的な要素もあるのだろうが物理的に無理な面も多いのだった。

 電車は駅に止まる度にどんどんその密度を増してくるがぼくは運良く目の前の席が空き座ることができた。というより席へ押しやられたような格好で強制的に座らされたようなものだ。だから座ったとしても前に立ってる人の荷物が露骨にぼくの身体に預かる。それもしょうがないと踏ん張っていたら近くで立ってた女性がうずくまってしまった。ぼくは席を替わろうと声をかけ席を立とうとするも立つことすら容易にできないのだった。そんな圧縮・密封状態から抜け出すべく電車を降りた時はホッとした。そして外の電気の付いた光景にまた安心したのである。大規模停電は行われないようだ。

ここのところ計画停電で昨日は電車を降りた時には真っ暗だった。ただし駅を出た時には灯りがともり夜の停電を体験できなかった。そういえば2004年に実家の山口が台風で3日停電が続いていたらしいがぼくが山口に着いた瞬間に停電が解消されてしまった。ぼくは光を呼ぶ男なのだろうか。ぼくとしては停電してもいいように昼飯も2食分くらい食いだめして家に帰ったら寝るだけのようなつもりでいた。そうやって準備してるとその必要がなくなるものである。それに気づいてもうそろそろスーパーの買占めに走る気運がもう少し収まってくれればと願うのであった。

2011年3月18日 (金)

応援の動機

 週が明け都内へ出勤しようと駅に行ったらいつもと様子が違う。駅にシャッターが降り終日休業の張り紙。昨日は動いていたのに。駅前では携帯で連絡を取る人が右往左往する。ある者はバス停に並びある者は都心に向けて歩く。行けと言われれば行く手段がない訳でもない。だけどそこまでして会社に行く根性をぼくは持ち合わせてないのだった。

 しばらくして会社の人間から電話が掛かってきて電車動いてないのでみんな自宅待機という連絡を受けた。これで心置きなく家に帰れる。そんなお気楽な気分もなかった訳ではないが自身が自分の生活にここまで影響を受けるとは思わなかった。

 そんな思わぬ形で時間のできたぼくはこれまたお気楽に近所の公園でサッカーの練習をしていた。練習といっても狭い公園なのでボールをこねてるだけといっていい。要するにそんなにまじめに練習などしてないのだった。だから通りすがりの人の会話も容易に聞き入ることができる。何でもスーパーが開店時間になっても開いてないそうだ。そんなの開いた時買いに行けばいいだけだろと聞き流してたもののその内スーパーが開いたとざわつき始めた。時間も昼近くだしぼくも昼飯でも買いに行くかとまたお気楽に家に戻り買い物バッグを持ちスーパーにはいったのだった。

 大手スーパーと違い普段それほど人でごった返してることのない近所のスーパーはまるで砂糖に群がるありのように人が入ってた。レジにはずらっと長い列。その時になって初めてみんな食料の買い溜めをしてるというのを知った。さしずめカップラーメンや米といったとこなのだろうか。その光景にさすがのぼくも多少多めに買っておかなければいけないのだろうかという強迫観念に駆られるのだった。

 それでもぼくはカップラーメンには手を出さなかった。どうもぼくはカップラーメンは油が強いせいか腹を下すことが多い。それで普通のうどんとスポーツドリンクを手に取った。この期に及んでそんなもんしか買いたいという発想が沸かない。一応停電になった時のためにマッチくらいは買っておこう。電池も必要なんだっけ。だけどうち懐中電灯ないから別にいらないや。暗くなったら寝ればいいんだ。周りの騒動に煽られつつも結果的に大して影響を受けないのであった。こういう大衆に同化しない性格、これだからこそ数年前人気がなく誰にも相手にされなかったサンフレッチェを応援しようという気になったのだろうと改めて気付くのだった。

2011年3月17日 (木)

Jリーグ中止

それは金曜日の昼下がりだった。私用で会社を休み午前中の用事を済ませひと段落したところだった。疲れから横になりうとうとしたとこだった。ふいにぐわぐわという揺れが起こり一瞬にして目が覚めた。こういう時の基本行動として机の中に入るというのがあるのだがこんなの家が崩れてしまっては元も子もない。急いで外へ飛び出したのだった。

地面が揺れている。電線が波打っておりそれらのものが倒れた場合一概に外が安全とは言えないのだった。それでも路面の真中に立ち一応は何が倒れてきても逃げれる位置に立ったつもりである。その内近所の人たちもぞくぞく外に飛び出してきた。さすがに家の中では危ないと思ったのだろう。

しばらくして揺れは収まってきた。隣に住む最上さんは「いやあ、タンスが倒れないように押さえるのに必死だったよ」と言う。「そんな自分に何かあったらどうしようもないんだからタンスなんか放っといて非難しなきゃ」と萩原のおばさんは諌めていた。そういうおばさんも外に出てくるのは遅かった。何でも調度トイレに入ってて外に出ように出れなかったらしい。

一息ついてお互いその地震の怖さについて論じた後それぞれ自分の家に引き上げた。TVを付け地震情報を取り付ける。よもや関東大震災かと思った地震の震源地は東北だった。そしてその時の報道では震源地の震度は7ということだった。後になってそれはかなり少なく見積もった数値だということを知るのだがその時はそれでも驚くべき数値なのだった。

しばらくする内に揺れはまた始まった。再び外に飛び出す。皆玄関のドアは開けっ放しだ。実は地震の時そうすべきだというのをこの時初めて知るのだった。

揺れる、揺れる。何だか段々自分が酔っ払ってふらついてるのではという感覚になってきた。間違いなく地面が揺れてるのに自分が揺れてるような気がする。そしてもっと激しい揺れが来るのではという不安が押し寄せる。それでもこんな時たまたま会社を休んで家にいたというのは運が良かったともいえる。

そしてその後その夜予定されてた地域の謝恩会が中止となったというメールが届く。更にもう1件メールが。それは広島県人会からで明後日の試合は中止になりましたという報告だった。大宮だったら別に試合できただろうに。だけどJリーグの全試合が中止になったことをその後報道によって知る。そしてTVは全て地震情報になり東北地方の地震と津波による被害を知ることになりこれじゃあできないなと納得した。ただそれでも震災のなかった地域なら開催可能だろうくらいに考えてた。実はやってられないことはないのだろう。だけど物資の不足、燃料の不足、エネルギーの不足がじわじわと押し寄せてくるのはこの時には想像もしなかった。実はサッカーの試合が開催されるというのはただそれだけでとても平和なことなのだと知るのだった。

2011年3月10日 (木)

大宮戦への苦悩

2011/03/09 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 NACK5スタジアム大宮

 サンフレッチェも全く人気のなかった頃から応援し続けてここ何年かは関東に関する限りなかなかアウェイの自由席のチケットも取りにくいという状況にもうそろそろいいかなという気もしていた。別にぼくがいかなくても客は集まってるしぼくもまっとうな社会人として別の境地に目を向けるべきじゃないかと。だから観戦も無理のないようにやっていけばいいだろうなどと考えたものである。

 しかし、そんな悟りともいえる境地に試練が訪れた。近所のサッカークラブのメンバーが急遽転勤するということで遠く引っ越すことになってしまった。そしてその送別会をよりによってサンフレッチェの試合時間に行うのだ。これは困った。苦悩である。究極の選択だ。

 だけど実は最初からどうするかは答えは決まっている。すでにチケットの手配も済ませている。しかも1ヶ月前から決まってた予定だ。広島県人会を通してチケットを申し込んでるので安易なキャンセルはやりにくい。こういったほとんど言い訳でしかない理由を並べ立ててぼくは送別会を欠席することにしたのだ。心が痛む、心が病む。でも当の本人はぼくなど来なくても屁とも思ってないのかもしれないのだった。

 そういえば昔矢沢永吉の追っかけをやってる人に聞いたんだが、近場でコンサートがある時は仲間総動員でチケットを確保して会場で熱狂するのはもう好きとか嫌いとかじゃない。むしろずっとやってるからやらなきゃいけないことになってしまってるということを言っていた。もしかしたらぼくもその次元に入ってしまってるのだろうか。

 それはそうとすでにサンフレッチェを応援してるというのは周知のことで今シーズンのサンフのことを聞かれることがある。その都度答えるのが分からないという返事だ。これは本当に判断できない要素が大きくてどれくらいの順位になるのかさっぱり想像がつかない。やってるサッカーは今までと同じながらもあまりにも同じことをやり続けてるために相手に研究しくつされてるような気もする。新外国人の実力は未知数。若手の台頭もありそうでないような気がする。クラブのスローガンとしてはタイトルを取るつもりで奪取などと掲げているがとても現実味のあるものとは思えない。それでいてそれ程無謀な理想でもないような気もする。その方向性を確信させるためにもこの試合は観なきゃいけないのだった。

 言い訳だけはすらすらと思い浮かぶ。試合のないシーズンオフの間は何て気楽だったんだろう。ただ少なくともはっきりしているのは東京のチームがJ2に落ちたせいで関東での観戦機会がめっきり減ってしまったということだ。やはり今シーズンに関する限り関東での観戦は貴重なのだ。やっぱり欠かすことができないのだった。

2011年3月 6日 (日)

開幕仙台戦

2011/03/05 サンフレッチェ広島vsベガルタ仙台 広島ビッグアーチ

 開幕戦。スローガンに奪取と掲げていることからも今シーズンはタイトルを取るという意気込みを持って臨んでる。毎年毎年降格への恐怖しか感じないシーズンを送ってたのはつい5年前の話である。やり方次第でチームはこうも変わる。そして落ちるときも早いというのもサッカーである。そして対戦相手の仙台だがこちらも降格候補の筆頭でありながらも確実な補強でチーム力をアップさせた。特にマルキーニョスの加入は大きな脅威となったのであった。

 序盤、サンフレッチェはボールは持つもののシュートまで行けなかった。フィニッシュまで行けないという課題は今シーズンも持ち続けなければならないようだ。その点仙台は効率よく攻めている。何度となくあった危ない場面は西川のファインセーブによって救われたのだった。

 やっぱりこんなもんか。

 ふとこんな感覚に囚われた。攻撃的サッカーを標榜しながらシュートが打てないという矛盾。2007年のJ2時代にあれだけゴールを決めていたのにどうしてこんあに点が入らなくなってしまったんだろう。そんな疑問を感じつつも後半に入るとボールが前に行くようになった。惜しい場面を何度か迎えた。そしてそれらに共通するのがフィニッシュやラストパスの精度のなさだった。中盤のパス回しは時として華麗なものがありながらこのときだけ雑になるのはまさしくミステリーだった。
 更にディフェンダーながら一番シュートを打ってた槙野がいないのは攻撃の厚みがなくなりチュンソンの一発に頼るしかなさそうに思えた。が、新加入の水本は意外にもゴール前まで駆け上がり果敢に攻撃参加をするのだった。水本ってこんな選手だったけと呆気にとられつつも本人としても新境地を開拓しようという意思を感じたのだった。

 時間と共にゴールは近付いていた。だが同時に失点も近付いてるような気がした。こんなとき流れを変える選手がいれば。そして登場したのが新加入のムジリだった。浩司との交代でピッチに経つとアッサリと敵のボールを奪い唸らせた。そしてその後すぐに敵にボールをパスしてしまい逆に意味で唸ってしまった。一体この選手は救世主たるのだろうか。

 タイムアップの笛が鳴ったとき、勝てなかったことが残念でありながら負けなかったことに胸を撫で下ろすような気分だった。現地にいた人にすればゴールがなくて盛り上がれなかった試合であったようだ。それでも元々仙台には2回しか買ってないので妥当な結果だったのかもしれない。そして開幕戦という意味合いからすると昨シーズンも同様だった。そして大勝した開幕戦のシーズンで降格したこともある。簡単な試合は1試合もないと感じさせた試合が最初に来たのは返ってよかったのかもしれないと考えるのだった。

2011年3月 3日 (木)

開幕に向け

2011/03/05 サンフレッチェ広島vsベガルタ仙台 広島ビッグアーチ

本通パレードと、開幕前イベント行ってきました。
画像付けときます。
画像で、マイク持ってるのがムジリです。小さくて分かりにくいが。
開幕前イベントでチュンソンが「広島のスポーツ番組はサッカーの取り上げが少ない」とぶちまけたのが
やたらウケておりました。
    ・・昔に比べたら、増えてはいるんだけどね。

3/5ははらださんドクトルがこっちに来るみたいなんで、同行予定。
今年ももう開幕ですねぇ。
しばらくは肌寒いビッグアーチに通おうと思っております。

 タイセイさんからのメールだった。そういえばもう開幕だった。着々と開幕へと意識を傾けてるようである。どことなく今シーズンは開幕がおとなしい。それもぼくがしばらくネットをやってなかったせいだろう。ネットをやってないとサッカーってほとんど情報が入ってこないということを身をもって体験してしたのだった。チュンソンは広島でサッカーの取り上げが少ないと言ってるが関東でも大して取り上げられてるとは思わない。それよりも少ないってもはや空気と同じような扱いではなかろうか。

 しかしそれも致し方ない面もある。ゼロックス・スーカーカップのようなイベントに出場することもなく、ACLの出場もない。期待の若手に目を向けようにも柏木や槙野に比べると今シーズンの若手と称される選手はどうしても存在感が落ちる。しかもサンフレッチェの象徴になった槙野はシーズンオフにドイツに移籍してしまった。せめてホーム最後の試合でセレモニーでもやれば違ったのだろうが知らない間に話が決まっていつの間にかいなくなったという状態になってしまった。もっともサッカーの移籍マーケットなんてそんなものだからサンフレッチェもやっと世界基準に近付いたと前向きに考えることにしよう。

 昨シーズン散々悩まされた得点力不足だがこれについてはついに外国人に手を出すしかなかったようである。怪我もあったとはいえ高萩も高柳も残念ながら物足りなさがあった。そして森崎ツインズや青山はいつ戦線離脱するか分からないとなるとしょうがない処置であろう。

ただし、しばらく外国人選手に頼ってなかったことからどうも外国人への不安が付きまとう。それもこれも2007年加入のユキッチのせいだ。左足の攻撃的MFyou tubeのダイジェスト映像では素晴らしい才能の持ち主に見えたものだ。そしてその秘密のベールをいつ披露するのかと思いきや結局ベールに包まれたまま契約解除となってしまった。スキンヘッドでどこか謎に満ちてるという風貌があっただけにその外れっぷりは唖然としたものだった。

新外国人の実力はどれ程のものか。チームの得点力はアップするか。守備は機能するか。シーズン前にはどのチームも抱える不安であるが逆にその見えない部分が楽しみでもある。2011年シーズンが始まる。果たして今シーズンはリーグ戦、ナビスコカップ、天皇杯、そのどこかで驚かせてくれるのだろうか。

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