無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月29日 (水)

ストヤノフ、岡山へ完全移籍

 退団が決まったという知らせに何となくそんな予感はしてたものの移籍先がJ2だというのに驚いた。確かにサンフレッチェでもJ2でプレーしたがそれはたまたま入団したらチームが降格してしまったという事情だったがまさか自らそこを選んで行くとは予想外だった。しかも岡山は2010年シーズン17位、ついこの前までブルガリア代表としてW杯予選まで出場してた選手が行くにはいかにも不釣合いな場所だ。そんな場所を選んでしまうというのがストヤノフらしくもあるのだった。

 元々ストヤノフは2007年シーズンに失点を重ねるDFのテコ入れとして入団した。前所属の千葉では主力としてプレーしてたものの監督との確執により退団、以後浪人生活を送ることとなってしまう。サンフレッチェにとって怪我人などの理由などでちょうどDFが欲しい時にストヤノフが宙に浮いてたという状態で両者にとってこれは理想的なものだった。ただし、入団してはきたもののそれはチームを助けることはできなかった。

 3バックの真中、もしくは左に入ることになったストヤノフだったがそれで失点を減らすことはなかった。むしろチームの狂った歯車はその程度では収まりようがなくついにはトップ下で試されたことさえあった。ストヤノフの攻撃力ならそれも試したい気持ちは今になってみれば分かるがとにかく結果が出ないことにはそれを肯定することはできなかった。むしろ期待した活躍もなくこの程度の選手なのかというのにガッカリしたものだった。

 実を言うとさすがに少しの期間浪人生活をしてたことが災いしたようで入団した当初はかなりコンディションが悪かったそうである。それは噂でしかなかったのだがその翌シーズンJ2でのストヤノフの活躍ぶりを観るとやはりそうだったのかと納得したものだった。圧倒的なボール扱いの上手さ、攻撃の起点となるパスの精度、ゲームを創る能力、日本にはいないタイプのCB、その存在感は圧倒的だった。まだチームとして出来上がってない開幕当初はストヤノフのロングキックによるカウンターで得点を重ねていった感がある。そのため相手はCBのストヤノフにマンマークを付けるという異様な光景がピッチで観られたのだった。このパフォーマンスが昨シーズンできていればもっと違った結果になったろうにと残念な気持ちでいる一方ストヤノフを中心にしたDFは楽しかった。攻撃はDFから始まる、そんな新たな発見を示してくれた。

 J2においてストヤノフは明らかに反則的な選手だった。格が違った。そしてその格の違いは翌年J1に上がってからも感じられた。よくこんな選手がJリーグでプレーしてるな。そしてよくこんな選手がサンフレッチェに来てくれたものだと思ったものだった。DFでありながら攻撃的。中央から機を見るや自らドリブルで上がっていく。CKも蹴る。そしてFKも蹴る。FKが何気に上手く開幕戦で早速決めてくれた時には何で2年前FK蹴ってくれなかったんだよと嘆きたくもなった。あの当時絶対にウェズレイが蹴って必ず外してしまったことでどれだけチャンスが潰れたことか。ウェズレイのような絶対的なストライカーというのは毒にもなりうると思い知らされるのだった。

 どこからでも点を取る。ある意味それはストヤノフがいたからこそできたことではないだろうか。そして特定の選手に得点を任すことの弊害もウェズレイで教訓を得た。それ以上にミシャの方針としてそれは望んだもんではなかっただろうというのは今になってみれば分かってくる。そしてDFからパスをつなぐ攻撃的サッカーを実現させたのはストヤノフがいたからこそ実現できたとも言える。実はどこからでも点の取れるチームを目指すというのは小野監督も言っていた。だがあの時ストヤノフはいなかった。と同時にあの時ストヤノフがいたからといって小野監督の理想とするものは実現できなかっただろう。という意味でミシャとストヤノフとの出会いは運命的だったのだろう。

 そんなストヤノフだが今シーズンは何かが違った。絶対的なボールキープと展開力から困った時はストヤノフに預けたのだがそのストヤノフのところでボールを取られることがあった。絶対に取られることがないという安心感が危険なカウンターを与えることになった。コンディションが悪かったのだろうか。それもあったろうがそういうのも含めての判断だろうか徐々にポジションを中島に譲ってしまうことになった。ベンチに座っても試合に出ないことから来期はいないのだろうという予想は容易にできた。

 かつて、2001年にオレグというディフェンダーがいた。的確なポジショニングと高い技術で忘れられない存在となっていた。だが、ストヤノフはそのオレグの記憶を消してしまった。その存在も貢献度も間違いなく他の外国人ディフェンダーを圧倒したものだった。

2010年12月27日 (月)

2010年総括③

 ナビスコカップもタイトルをほぼ手中に収めるとこまでいきながら寸前で抜け落ちあえなく準優勝で終わってしまった。この決勝戦について面白い対戦だったとかどちらが勝ってもおかしくなかったとかいう評価はこの敗戦をより空しいものと感じさせるのだった。Jリーグオリジナル10と称するクラブの中で唯一タイトルのないクラブ。どんなに奮闘しようとどんなに善戦しようと結局はタイトルが取れない。このクラブには幸運もツキも実力もないのだろうか。そんな自虐思想に取り付かれるのだった。

 ただしこれでシーズンが終わった訳ではない。ACL出場枠のリーグ戦3位以内、もしくはタナボタで繰り上げ出場の4位以内が最終的な目標となった。そして迎えた浦和戦で勝つことができACLへ希望を見出した。この勝利、ただ勝ち点3を取ったというだけの意味ではなかった。第3FWだったはずのチュンソンが得点し第1FWだったはずの寿人が途中出場するとアディショナルタイムで決勝ゴールを決めたのだ。チュンソンと寿人の共存はできる。そしてこの2人の得点力が同時にピッチで生かせるというのはこの上ない魅力であった。このままシーズン終了まで連勝するのではないかと過度な期待をしたのも無理もないことだろう。

しかし、その後ガンバ大阪に負けてしまったことで望みはなくなった。ガンバは守備を固める本来の戦いとは違うもので臨んできてサンフレッチェは攻めあぐねた。ボールはつなげる、ポゼッションはできる、パスワークを駆使する。そんなサンフレッチェの特徴はガッチリ後ろを固められると攻撃が停滞するというデメリットを露呈させた。実は浦和と接戦できたのも同じパスサッカーを指向してたという要素が大きいのかもしれない。ブロックを造られるとそれを突き崩すことができない。コンビネーションで突破しようにも動きが読まれてしまう。このサッカーの壁を感じてしまった。それにより数字的にはまだ可能性は残されてたもののそのわずかな可能性はとても現実味のないものと感じられた。

ただ、それでも少しでも上の順位で終わりたいというのが心情だ。続く新潟戦では4-0と今シーズン初めてとなる大量得点をたたき出し得点力不足の解消と歓喜したがそれもこの試合だけのことだった。その後は点が取れない。とにかく点が取れなかった。サンフレッチェのサッカーが1点取ってあとは守るというサッカーじゃないだけに事は深刻だった。チュンソンが1人でゴールを稼いでいるが元々特定の1人にゴールを依存するというスタイルではないことも問題だった。昨シーズンのような得点力に加えてチュンソンの個での得点があるならこれは頼もしいがこの状態はあまりいい状態とはいえなかった。

そんな中ホーム最終戦の仙台戦でアディショナルタイムに大崎が決勝点を決めたというのは大きかった。PKを含めてこれで今期ゴール目。しかも決勝点ということもこのゴールの意味合いは特別だった。トップ下でもこなせるこの若いストライカーに得点力不足への活路を見出すのだった。

そして最終節、優勝した名古屋にはあえなく負けてしまった。せめて最後は何かを残したかったもののただ名古屋を引き立たせるだけの存在となってしまった。得点のチャンスがなかった訳ではない。むしろシュートチャンスはサンフレッチェの方が多かった。それでもシュートを入れるというそのプレーの差だけで負けてしまった。シュートが入らない、改めて深刻な問題だと痛感させられたのである。

すでに天皇杯もJ2の福岡にPK戦で負けたことにより敗退が決まっていた。ということでリーグ戦7位、ナビスコカップ準優勝、ACL予選リーグ敗退という成績で終わった。この結果にはミシャも満足はしてないようでサポーターに対し不甲斐なさを詫びるコメントを発した。戦力的には中島やチュンソンのような戦力外の選手を使ってながらも見事にそういう選手を再生し充実させた。ユースから昇格する選手、あるいは生え抜きの選手がチームの主体となりそれについては理想のチームとなりつつある。ただ何かが足りない。それはあと一歩でタイトルを逃したり絶対に負けてはいけない試合で負けてしまう底力のなさなんだろう。ただしこのチームは間違いなく正しい方向に進んでる。そうであるからこそ結果が欲しいし結果が出ないことに苛立ちがある。そして結果が出ないとこがまたサンフレッチェらしいとも感じるのだった。

2010年12月23日 (木)

2010総括②

 ACLグループリーグ突破が果たせなかった。だがそれはほんの紙一重の差だったという気もする。ミシャの指導する攻撃的パスサッカーはサンフレッチェの地となり肉となった。この特徴的なサッカーは実に魅力的である。それだけにこのサッカーでの結果が欲しかった。目に見えるタイトルが欲しかった。

 そしてそのチャンスは思わぬ形で訪れることになった。ナビスコカップである。今までこの大会には縁がなく大抵予選リーグ敗退で終わっていた。それがACL出場の関係から決勝トーナメントからの参戦となったのは決して少なくない影響だった。そしてガンバ大阪に1戦目で負けながらも2戦目で得失点差で上回る勝利を得たというのは大いなる自信と勢いをもたらした。もうその時点で決勝まで行けるという予感をした人も多かったのではないだろうか。

 ただし、その勝利の陰にはエースの寿人の負傷という大き過ぎる代償が伴った。当初から怪我人で苦しめられたシーズンであったがここにきてついに寿人までも戦線離脱をしてしまった。今シーズンはあまり点が取れてないとこからも寿人に頼る部分が大きかった。そして1トップとして今まで色々と試してみたが寿人以外のオプションが考えられなかったのである。

 そして週末のリーグ戦、1トップには山崎が入るものだと思われたがピッチにたったのはチュンソンこと李忠成だった。信じられないことに第2FWだった山崎まで練習中に負傷してしまったというのだ。言わばチュンソンの起用は苦肉の策だった。ACLではゴールしたものの入団から1年近く経つというのに未だリーグ戦でのゴールはなし。期待しろという方が無理である。一体このメンバーでどうやって点を取ればいいんだろうかと途方に暮れたものだ。

 しかし、ここでチュンソンはゴールを決めたのである。もしかしたらそれはハプニングのようなものかもしれない。だからそれでもう安泰と思うこともなかった。ナビスコカップ準決勝は理屈の上では難しい試合だった。それでいてどこか勝ち上がっていくのではという予感めいたものを感じた。

相手は清水。ホームでは勝つことができ第2戦は鬼門とされる日本平だったが負けることはなかった。すでに第1戦に勝ってたことにより決勝進出が決まった。全く縁のなかったナビスコカップ。それでいてリーグ戦で優勝を狙うには登竜門ともなりえるタイトル。だがそれ以上にサンフレッチェ広島として初めてのタイトルを得るチャンスだった。これで優勝してもACLに出場できる訳ではない。賞金はあるもののリーグ戦において有利になる要素はない。それでも獲りたかった。とにかくタイトルというものが欲しかった。

 そしてこの決勝進出がサンフレッチェにとって特別な意味となるのはエースの寿人がいないということだった。チュンソンが起用されるようになり1試合1点のペースで点を取るのである。確かに2、3回チャンスがありながら1点しか決められないというのが悩ましいところであったが1点は決めるという確信があった。これは何よりも頼もしかった。そしてこの頃から一つの疑問が浮かぶようになった。果たして寿人とチュンソンは共存できるのだろうか。

 それでもナビスコカップの決勝。入場者プレゼントで配られたカードには両チームのエースとして寿人の写真があった。だがピッチに寿人が立つことはなかった。この時にはすでに怪我も回復しベンチにも入っていたのだが最後まで試合に出ることはなかった。そして決勝という大舞台にも関わらずチュンソンはゴールを決めその存在を際立たせた。ただしチュンソンがもう1点取ることができたらこの試合は勝つことができただろう。それとももうちょっとチームとしての力強さがあったなら堪えれたのかもしれない。それともミキッチにもう少しスタミナがあったら寿人の入る余地がのこされてたのかもしれない。全てが全てほんの少しのズレが手に入りかかったタイトルを逃す要因になったのだろう。アディショナルタイムに同点ゴールを許してしまったのだった。そして延長戦では脆くも失点を重ねてしまった。

 あと一歩。本当にあと一歩だった。それでタイトルを逃してしまうのは本当にあと一歩が足りなかったんだろう。確かに力が足りなかったのだろうが決してこの準優勝が運や勢いだけのものでもなかったというのも感じることができたというのは気のせいだろうか。

2010年12月22日 (水)

2010年総括

 天皇杯でJ2の福岡に負けたせいで早々にシーズンが終わった。もう試合がないということで今シーズンの総括をしてみたい。今シーズン何といっても大きかったのは初めてのACL出場だった。今までそういう機会に恵まれなかったサンフレッチェにとってそれは当然未知との遭遇だった。このサッカーがどこまで通用するのか。そして世界を驚かすこともあるかもしれない、今まで他人事でしかなかったACLは夢のようでもあった。

 それがどこか地に足が着いてないどこかフワフワしたものだというのはサポーターからしてそうだった。今まで圧倒的に下位にいた方が多いという実績からこんな大会に出れる機会はもうないという見方が圧倒的だった。その為無理をしてでもアウェイ遠征を試みたサポーターも結構いる。そしてACL用のユニフォームを記念に購入する人が予想外に多く注文してもしばらくモノが届かないという状況により現物が届いた頃にはすでにACL終わってたという例もあったようだ。

 そして臨んだ初戦、これで勝ち点を上げれなかったというのは大きなショックでありJリーグとの違いも感じさせられた。中国の山東は明らかにグループの中では最弱。ホームで圧倒的に攻めていたというにも関わらずゴールを決めることができずに事故のような失点で負けてしまう。その後浦項、アデレードと3連敗してしまうもその後の対戦では3連勝という結果を出してしまう。特にホームの浦項戦ではサブメンバー中心で面白いように点が入った。ACLにおいて本当に点を入れるのが難しいと思ってたら苦肉の策として出たメンバーが簡単に点を入れた。この試合、Jリーグの規定によればベストメンバーではないだろう。だけどそのベストメンバー外の選手により勝利できた。昨シーズン、ナビスコカップでベストメンバー規定違反ということで制裁金を課せられたがその制裁を下した人間はこの試合を観てどう感じたのだろうか。それはこの試合を観た人は皆感じただろう。

 この大会、グループリーグ突破の芽がなかった訳ではない。むしろ3連勝した後半戦においてはその戦い方においてJリーグの中で一番輝かしいものがあった。それだけに勝ち点1の差でグループリーグ敗退したのは本当に悔やまれる。やはり初戦でせめて引き分けで終わってればと想わざるをえなかった。

 ただ、こういう海外チームとのカップ戦を戦うのに体制が整ってないというのもつきつけられた現実であった。週2回の連戦が続き故障者が続出した。それでなくとも開幕から怪我人を多く抱える状況になりなかなかベストメンバーを組めなかった。そういうチームの状況であのまま勝ち進むにはどうしても限界があっただろう。

 特にストヤノフの戦線離脱は大きかった。これにより後ろから寿人の裏、もしくはサイドのスペースへと一気に展開するロングキックがなくなった。その分敵のDFも裏を気にする負担は減っただろう。そしてサンフレッチェにとってストヤノフ不在は後にストヤノフの居場所を無くさせる事態へとつながるのだった。

 ただこれには複線があった。困った時のストヤノフという感じで後ろではとりあえずストヤノフにボールを預けることが多かった。確かに絶対にボールを失わないキール力と攻撃への展開力はプレッシャーの掛かる試合であればある程頼りにされた。困った時のストヤノフという感じでボールを預けてたが、ACL・アデレード戦であっさりと敵にボールを奪われた時、それまであったストヤノフへの安心感が崩れてしまった。いや、この時はまだ体調が万全ではないんだろうと諦めたがそういう場面がJリーグにおいてもみられるようになったのだった。年齢的な衰え、もしくはコンディション不良、それは分からない。だがその頃からストヤノフはコンスタントに試合に出ることがなくなったのであった。

 ACLの出場。それは思った以上に困難でハードなものだった。週2回の試合をいずれも高い精神力で戦わなければいけない。体験してみて初めて分かる感覚だった。だがだからこそこの経験を来シーズンにつなげたいという想いも強くなった。そして来シーズンにつなげる、それこそリーグ戦で3位以内に入るということだった。

2010年12月 5日 (日)

最終節、名古屋に散る

2010/12/04 名古屋グランパスvsサンフレッチェ広島 豊田スタジアム

 最終節、アウェイゲーム。まるで今シーズンを象徴するような試合だった。攻めながらも最後のパスの精度がなかったりシュートが打てなかったり。でもこれだけ押してるんだからいつか点を取るだろうと思ってたらスカッと2点入れられた。それからは相手のペースになってしまい苦しみつつもチュンソンが相手DFを切り裂きゴール。それにより息を吹き返すも数あるシュートチャンスを生かせずタイムアップ。見事なまでの今シーズンの集大成だった。

 更に名古屋にしてみるとケネディの得点王となるゴール、退団の決まったマギヌンのメモリアル・ゴール、年間のJ1最多勝利という記念ずくめでまたしてもサンフレッチェは引き立て役となってしまったのだ。優勝が決まっても名古屋は強かった、そんなコメントと共にこの試合の映像が繰り返し使われるのだろう。

 そして問題なのは敗北感を背負いながらももうちょっとで勝てたのにという感覚である。ちょっとしたボタンの掛け違い、運の悪さ、最後の詰めの甘さでやられた訳ではない。スコアでは負けたけど悪くはなかった。もう1歩、もう1歩が足りなかっただけだ。そして次は勝てるだろうといつも思いつつも同じことを繰り返しついにはもはやシーズンが終わってしまった。

 シーズン終了、早いシーズンだった。天皇杯も敗退してしまったしこれでもう3ヶ月は何もない期間が続いてしまうのだ。だが足の手術で早々にミシャは帰国してしまったのでどの道ミシャはいなかったのだろうが。そしてよく考えたらこの試合もミシャ不在、横内コーチが代行監督を務めたのだった。

 そういえばそうだった。ミシャはいなかったのだ。それなのにまるでミシャがいるかのような錯覚に陥ったのはあまりにもいつもと同じ光景がピッチに描かれていたからだろう。フォーメーションも戦術も全て同じだった。選手交代も含め例えぼくが監督でも同じような采配をしただろう。これはミシャのサッカーがチーム、クラブ、サポーターと血肉化されたということではなかろうか。

 それがこの試合での唯一の肯定的な側面であった。勝つため、上位に食い込むためにもう1歩が足りない。そのもう1歩というのはぼくは力強さだと思う。最終的にシュート数でもFKでもCKでも名古屋の数字を上まったのに結果が伴わない。名古屋が効率良く点を取ったのと大違いだ。決めるべきところで強引に決める、そして抑えるところでしっかりと抑える。そんな当たり前のことの差だ。

 得点力不足。まさか昨シーズンこんなことで頭を抱えるとは思わなかった。攻撃的サッカーにおいてこれは致命的だった。そこでチュンソンが救世主のように突如頭角してきてチームを助けてくれたが元々どこからでも点を取るというのがこのチームの持ち味ではなかったのだろうか。そしてエースの寿人が怪我から復帰して以来ブレーキが掛かってしまったのも大きかった。何度か訪れた決定機を決めることができなかった。1試合で1回ある決定機を決める、それが寿人だったはずだが。

 ある意味名古屋が正攻法で戦ってくれたのでチームの持つ問題点がより一層浮き彫りになったようだ。そういう意味では名古屋に感謝したい。監督のストイコビッチは万年中位と言われた名古屋をここまで引き上げたのはさすがだ。サンフレッチェは最終的に7位で終わった。これこそ本来の名古屋の定位置であったのだ。そしていつかサンフレッチェもこの中位を抜け出しトップに上り詰めたい。そのため、今は名古屋にエールを送ろう。

 と、その時闘莉王の映像が流れた。またしても闘莉王にやられたんだ。浦和在籍時に続いていつも闘莉王が立ちはだかる。それによりさっきまであった祝福の気持ちはふつふつと怨念の感情へと変わるのだった。

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31