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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2010年7月28日 (水)

仙台戦~幻惑されて

2010/07/27 ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 ユアテックスタジアム仙台

 またしても仙台に勝てなかった。いつもいつも試合は優位に進めてるように見える。その内点が入るだろうと高を括っているとやられてしまう。本当にいつもと同じように呆気ない失点を喰らってしまった。ただ今回はオウンゴールにより同点に追いつくことができた。ドローで終わったことは今までもあったが追いつかれてのドローより追いついてのドローの方が気分はよっぽど楽だった。

 それにしても仙台にはどうして勝てないんだろう。リーグ戦での未勝利記録はまたしても更新されてしまった。ポゼッションはできる。むしろポゼッションができることによって余裕が生まれその余裕が過信につながってるかのようだった。ガッチリ守られてしまって逆襲を喰らいクリアミスにより失点。その時の仙台のシュートもなぜにここまで押さえの効いた際どいコースへと決まるのだろう。逆にサンフの攻撃ではこれは決まっただろうという場面でことごとく外してしまったのだった。

 もっとシンプルな攻撃が必要だろう。後半に入り森脇が右サイドに上がるとテンポが良くなった。変に凝ったことをせずに単純にクロスを入れたり中に切れ込んだり。できることなら左でもそういう動きが欲しい。と思っていたら左からペナルティエリアをえぐるドリブルがあった。おお、服部よ、その動きが観たかったんだよ。そして服部の放ったクロスは相手のオウンゴールを誘ったのだった。

 やはりああいう積極的なプレーは相手の焦りを誘う。まさか服部がこういうプレーをするとはと信じられない気分でいたらそれは服部ではなく槙野だった。服部にしてはキレがあり過ぎるとは思ってたがと同時に何でDFの槙野がこんなところでドリブルしてるんだろう。前節も槙野のゴールで勝ち今節も槙野のクロスによりオウンゴールを誘発した。得点をDFの槙野が生み出してるのである。

 ただ、後半に入って攻撃のリズムが良くなってたのは事実だ。その変化は青山が交代で入ったことだった。前半はゲームを支配してるようでいてどこか単調だった。ゆっくりとしたボール回しから機を見てテンポアップするのだが緩急を付けてるようでいて俯瞰して見るとワンパターンなような印象だった。だが青山が入って攻撃はシンプルになりながらもメリハリがあるように感じた。やはりこのチームは青山がいると違う。怪我明けの選手だけに酷使できないのが悩みどころだ。

 チーム自体も連戦の疲れは感じられいま一つ身体のキレがないといった感じだった。だけどだからこそ久々にスタメンに入った高萩などは期待するものがあった。それなのにボールは収まらない、パスに反応できない、シュートをせずにパスを選ぶとどこかチグハグであった。この選手、天才肌の気質のせいでもっと凄いプレーができるんだろうとユートピアのような幻想を抱いてしまったがやはり幻想は幻想なのだろうか。ユートピアが決して実現化できない理想郷というのと同じなのかもしれない。

 それを言ったらサンフは仙台より優ってるというのも幻想なのだろうか。圧倒的な成績で終えた2007年のJ2時代でさえ仙台にだけは勝てなかった。仙台よりチーム力が上というのは幻想、そう考えることにしよう。でも腹の中ではそれを素直に認めることができないのが悩ましいのだった。

2010年7月25日 (日)

浦和戦~埼玉スタジアム初勝利

2010/07/24 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

「これは選手は大変だろ」

 ドクトルは蒸し暑さから消耗戦になることを予想した。確かに夏の試合というのはペース配分というか体力をどこまで続けられるのかというのが重要な要素であるかもしれない。そのためセレッソ戦は慎重になり過ぎて相手に勢いを与えてしまって惨敗した。最初から飛ばしたマリノス戦は完勝と言ってよかった。これでもう戦い方は決まったようなものである。

 だが、戦いは一進一退であった。若干浦和の方がボールを持つ時間は長かったかもしれない。それでも点を入れられる気はしなかった。柏木もいやらしい動きをするものの肝心なとこでパスが来ないという場面が見受けられた。そしてボールを持った時ドリブルを駆使して存在感を見せ付けるもそれが試合を動かすことはなかった。ポジション的に槙野とマッチアップすることがあったが二人が互いに言い合いをしてる姿は笑ってしまった。

 ハーフタイムに入りどこか決め手となるものはないか話し合ったがメンバー交代で決まるという結論に達した。が、サンフレッチェのベンチでスーパーサブという存在は誰だろう。特に思い浮かばないのだったが少なくともセレッソ戦で惨敗の原因を作った高萩だけはないのは明白だった。軽いプレーでボールを奪われ早い時間にイエロー二枚貰って退場。これはもう永遠に試合には出れないだろうしむしろぼくの中にもそれを望んでるとこがあった。

 だが、最初の交代は高萩だったのである。オシムの流れを持つミシャは失敗をした選手をそれでメンバーから外すということをしないようである。だがぼくらの眼は完全に高萩に対してネガティブなものになっていた。ボールを失う度にああいう取られ方をしてはいけないんだよと分かったようなことをのたまっていたのである。

 チャンスがない訳ではないのだが決めきれない。そこは単純にシュートにいけなかったというのもあるがシュートを打てば良かったのにというものもあった。そして高萩がいつもトリッキーなラストパスを出すことでもどかしさが倍増した。どうしてあそこ自分でシュートいかないんだと。やはり高萩じゃ点が取れない。

 その内に青山が交代してしまった。怪我明けの選手だけに最初から時間制限を考えてたのかもしれないが相手と接触して倒れた場面もあっただけにここは大事を取ったのだろう。ただこれで限りなく点を入れるのは難しい気がしたのだった。

 やはり浦和の方がボールは持っている。それでも危ない場面はあまりない。逆にサンフの方が蜂が針で突くようにゴールの可能性のある攻撃はする。これを決めるにはチャンスの数を増やすしかないのではなかろうか。

 そんな時、ペナルティエリアの中の寿人にパスが通った。寿人は敵にガードされてたので相手を引きつけつつ横にはたいた。ゴール前の絶好のスペースには走りこんだ選手がいた。そのチャンスを見事に決めぼくらは立ち上がった。サッカー専用スタジアムなのでその瞬間をまさに目の前で見たのだ。そして決めたのは槙野だった。今シーズン、ゴールのない槙野だった。

「だけど何で槙野があんなとこにいるんだよ」

 歓喜に沸きながらもそんな声が聞こえるのだった。

 その後は正にサンフレッチェペースで試合を進めることができ安心して観ていられた。ゴールを決めた槙野はどこか痛めたのか丸谷と交代してしまった。この場面で丸谷が出てくるというのは印象的だった。昨シーズンこのスタジアムで途中交代しながらもすぐに交代させられた。だが浦和を応援してる人はそんな選手のことなどちっとも覚えてないだろう。

 最後は攻められ続けたものの初めて埼玉スタジアムで勝つことができた。ワッと盛り上がりお互いに手を叩きあう。この瞬間を味わう為に何年掛かっただろう。屈辱に満ちた日々。気分は悪い訳がない。それでいてその高揚感というものはそれ程でもなかった。なぜならこれはただのリーグ戦の一勝。思えばずいぶん贅沢になったものだった。

浦和戦~たどり着いたスタジアム

2010/07/24 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

 浦和美園駅を出てスタジアムへ向けて歩いてるとアスファルトの照り返しを受けた。そして一本に伸びた歩道は多くの人が歩きその熱気も漂っているのかもしれない。これらの人がこの気温にも関わらず一箇所に集まるのかと思うとなぜに好き好んでそんな所に行くのだろうと自分でも疑問に感じるのだった。

 その時携帯のメールが入ってきた。ドクトルが席を取っててくれたようでその座席番号を教えてくれたのだ。仕事のあったぼくはてっきりキックオフには間に合わないだろうと思って席の確保をお願いしたのだ。予定より早く仕事を切り上げることができた。ぼくも運がいい。というより要領がいいのだろうか。ただ、こうやってサンフレッチェの試合があると何とか仕事の工面をしてしまうので他の用事があったとしても仕事があるという抗弁が使えなくなってきている。本当に仕事で抜けられない場合それが単なる言い訳のように思われてしまうのは非常に都合の悪いことだ。

 そんなことを考えながらスタジアムへの道を歩いているのだが紫のユニフォームを着ているのは見事にぼく一人だった。圧倒的な赤いレプリカユニフォームに囲まれ居心地の悪さを感じる。敵地へ単騎乗り込むという感じだろうか。だが、そんなぼくのある種の高揚感などどこへやら、浦和のサポーターは敵チームの応援へと駆けつけたぼくの姿など空気と同じくらい意識してないようだった。

 しかし、浦和レッズ自体はサンフレッチェとの対戦ということを意識してくれてたようだ。来場者用に配ってる選手カードが柏木だった。ゲートを潜ってそれを見た時思わずにやついてしまった。いつも欲しそうな人にあげてるもののこのカードだけはカバンにしっかりと忍ばしてしまった。

 そしてアウェイゴール裏に入る。行けるかどうか分からなかったのでチケットを買ったのは昨日だったがそれでもまだ残ってたのは昨シーズンよりアウェイ・エリアが広がったからのようだった。そのためドクトルの指定した座席番号を容易に見つけることができずうろうろと周っているといたるとこで知り合いから声を掛けられた。その中にはビッグアーチに行った時知り合った山口の人までいたものの試合開始まで時間がないことと人で溢れかえってることから挨拶程度しか言葉を交わすことはできなかった。

 ほぼ一周してやっとドクトルを見つけることができた。ドクトルの横にもいつもの仲間たちがいたものの列の真中だったことでなかなか見つけられなかったのもある意味仕方のないことだった。

 埼玉スタジアム2002、ここはスタジアム建設以来一度も勝ったことがない。浦和だけじゃなく天皇杯で京都にも負けている。そしていつも闘莉王がスーパーゴールを決めてしまう。今や闘莉王はいないものの代わりに元サンフレッチェの選手として柏木がいる。不安な要素は色々とあるのだが仲間も含めてむしろこの雰囲気を楽しんでるというような感じだった。

2010年7月21日 (水)

寿人の移籍話にて

 寿人がクロアチアのディナモ・ザグレブからオファーを受けたという記事がスポーツ新聞に載ってた。欧州からのオファー、選手のステップアップとしてこれは受けるべきなんだろうか。28歳という年齢からこのままサンフレッチェでやってた方がいいという意見もある。それでも短い現役時代に一度は欧州に行っておくべきという意見もある。恐らくはそのどちらも間違ってはないのだろう。

 ただ、問題はこれが寿人にとって有利なものなのかどうかというところだ。また、サンフレッチェにとっても一方的に損をする話だったらしょうがない訳ですぐに回答が出ないのはその辺での調整があるのだろう。本人もこのことに関して色んな関係からそう簡単に自分の意思を公言できないはずだ。

 そういう状況だからこの移籍話がどうなるかは分からない。ただ、寿人がいないと戦力的にも厳しいのと応援する立場からも寂しい気持ちはあるのは事実だ。その辺は本人もクラブも大いに悩むとこなんだろう。かつて藤本主税をオランダのクラブに移籍をまとめてただけにクラブは海外クラブへの選手の放出について協力的なスタンスを持ってると想像する。

 しかしJリーグにおいてさえエース級の選手が海外クラブへの移籍が決まった例は南アフリカW杯の日本代表の奮闘のお陰でそれなりにあった。そういった選手は南アフリカW杯の余韻のせいで多少実際の市場価格より高く移籍できたかもしれない。逆に言えばそういった売り込みができる大会に出ることなくオファーが来たということは本当に欲しいと思われてるのかもしれない。ある意味W杯の影響で実際価格より高い値段で移籍するよりやりやすいのかもしれないのだった。

 ここからは予想の範囲でしかないのだが日本人選手というのは恐らくブランド力がないだろう。それもそのはず、日本人選手が欧州で活躍できたという例があまりにも少なすぎるからだ。だからブラジル人などはブラジルというブランド力で価格が高くなるはずだ。サッカーという競技が明確に選手を計る尺度というものがないのでこのスカウトでこの先入観で左右される部分は多いと思う。

 実際にはプロのスカウトにはオプタやそれに類する様々な数字をデータとして使うことによって選手の優劣を付けているらしいがそれでも最後にはそのスカウトの主観も必要となってくるらしい。その最後の主観という領域において日本人というのは不利な視点を持たれてるだろう。

 これはかつて黒人選手の値段が安かったという事実がある。欧州は白人至上主義で白人の選手は黒人より高い値段が付いてた。当然裕福なクラブは白人選手でチームを創るのだがお金のないクラブは安い黒人を使うことによってそれなりの成績を収めるという例が出てきた。その辺からビッグクラブでも黒人選手を獲るようになり黒人選手の値段が上がっていったのである。日本人選手はそういう意味ではかつての黒人選手と同じ位置にいるのではないだろうか。

 でもいつかは日本人選手も欧州で活躍できる選手が何人もでるような気がする。寿人のこの移籍話もその過渡期での出来事ではないだろうか。そしてそうなった時日本人選手の価格も上がるだろう。その時が楽しみである。そして不安でもあるのだった。

 Jリーグで活躍した選手はみんな欧州へ引き抜かれはしないだろうか。そして日本人選手にプレミア感がでてきたらJリーグのクラブも選手にお金を使わざるをえなくなるのではなかろうか。かつてJリーグ創世期にはバブルで選手の年棒が高騰した。しかしそれはバブルだからまだマシだった。今度はそれがじわじわと上がるとクラブがそれに対応できる体力を保てるのだろうか。ふと寿人の移籍話でこんなことを考えてしまうのだった

2010年7月19日 (月)

マリノス戦~勝利による忘却

2010/07/18 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

「やっぱりこのチームは青山だったんだね」

 中盤で身体を張ってボールを奪い攻撃の組み立てをする、素晴らしいと思った展開は確かに青山だった。チーム不調の原因はやはり青山不在だったのだろうか。いつの間にかこのチームは青山のチームになってたのかもしれない。

 ただ、それでも点が入るような気がしなかった。それでもCKからヘディングシュートが放たれた。枠を外れた。誰だ。中島、やっぱり中島か。中島じゃあ入れられないよな。そんなことを言っていた。だが先制点を入れたのはその中島だった。コースは防がれてたのにキックをアウトサイドに掛けて内側に巻いてギリギリのコース入れた。素晴らしい、これこそはスーパーなシュートだ。さっきまで散々ボロクソ言ってた中島に称賛の嵐を起こすのだった。

 そしていつもなら点が入った後失点の不安に駆られるのか攻め込まれるのだが2分しか経たない内に追加点を決めたのだ。その時の寿人の胸トラップは身体の真下に落としもうその時点で決まったようなものだった。素晴らしい、やはり寿人は南アフリカへ行くべきだった。そして点を入れた勢いを生かしてそのまま追加点を奪うといういつもなら考えられない展開だった。

 このまま前半終了。最後は押し込まれて笛に助けられたという感じだった。

「何で負けてる時は2点差がつくともう終わったという気分になるのに勝ってる時は2点差だと不安な気がするんだろう」

 そのドクトルの言葉通り後半攻められ攻められ攻められる不安はあった。確かにそういう傾向ではあったがカウンターでチャンスを創った。青山がドリブルで疾走し自分でシュート打っても良さそうだったがより確実に相手のいないスペースへ横パスをした。そこへ浩司が確実に決めたのである。30、さすがにこれは決まったという気がした。

 厳しい時間帯に追加点を決めたということで価値のある1点だった。浩司のシュートの技術もさることながら前線まで走ってラストパスを送った青山はやはり凄かった。

 その後チャンスはあるものの山崎は最後の場面でパスを出してしまう。何で自分で打たないんだよ、ガンバにいる時もっとシュートを打つイメージあったんだけどな。この1年でサンフレッチェ病に掛かってしまったんだろうか。だがハイライトを観るとゴールの展開が山崎から始まっていたりするのだった。

 そして最後は時間稼ぎによって試合を終わらせることができ無事23,948人の観客の前で勝利することができたのだった。希望をつなぐことができた。やはりサンフレッチェを観たくなった。面白い試合だった。もう2度とサンフレッチェの試合を観ないという誓いは誰にも言ってはいなかっただけにそんなことは忘れてしまうのだった。そしてぼくがドクトルの家に試合を観に行くと必ず勝ってるような気がした。いや、これも初めて行った時にはしっかり負けてたんだがそんな都合の悪いことなんか記憶としてはありつつも気分的にはすっかり忘れているのだった。

マリノス戦~惨敗の後で

2010/07/18 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

「いやあ、この前は酷かったですね。とても録画を見返そうという気になりませんもん」

「そうですね、別に結果がどうあれもうちょっとプロらしい試合をして欲しいですよね。あれじゃあ少年サッカーのチームの方が強いんじゃないでしょうか。中島なんて11の守備が軽すぎる。ボール取れないまでも時間を掛けさすだけでもいいんだがあっさりとかわされてシュートされるからね。多分相手チームもあそこを狙ってるんじゃないですかね」

「彼も移籍してきた当初は救世主だったんだけどな」

 ドクトルの家に向かう途中の会話だった。さすがに3日前に05という惨敗をしてすぐにチームが立ち直るとは思えなかった。ただ普通の試合をして欲しかった。プロらしい試合、もうそれくらいしか望みを持ってなかったのだ。その為ドクトルの家に着いてしばらく下位チーム同士の試合を観てたがせめてこれくらいのレベルの試合をして欲しいよと羨望の眼差しさえしてしまったのだった。

「さて、今日のスタメンは・・・」

 ドクトルが携帯端末で検索をしていつもと同じメンバーだということを知るとぼくらはあんぐりと呆れてしまった。

「これだからミシャって駄目なんだよな。あまりにもメンバーを固定し過ぎるから相手に研究されるんだろう」

「そうだねえ、前節と違うのは出場停止の高萩の代わりに青山が入ってるだけだね。まあ青山が入ってるから少しは違うんじゃないかな。前も大差で負けてる試合で青山は入ると途端にゲームが引き締まったの観たことあるもんな」

 青山、果たして1人代わった程度でそこまで変化をもたらすのだろうか。ぼくは深い懐疑の目でモニターを眺めるのだった。

 時間が訪れビッグアーチの映像が飛び込む。スタンドは人で埋め尽くされてた。これって結構客入ってるような。でもビッグアーチの場合客がいるようで意外と少なかったということもある。それはビッグアーチの椅子が長椅子であまり席を詰めあって座るということがないという構造的な理由による。だからどれだけ客席の密度があるか目を凝らした。

「でも結構入ってるんじゃないかな」

 ドクトルが言うようにやはり客席は埋まってるようだ。一体3日前のセレッソ戦を観た後どうしてわざわざ来る気になるんだろう。もう2度と勝てないのでは、そんな惨めな気分になったのに。もう2度とサンフレッチェの試合なんか観るもんかと思ったのに。それでいてぼくもこうしてしっかりドクトルの家まで来て観戦してるのだった。

 その多くの観客の雰囲気に圧されてかいつもより相手ボールへのプレッシャーが強い。もしかして今日はいいのかも、そんな予感もあるのだった。

2010年7月15日 (木)

セレッソ大阪戦~次節に希望を

2010/07/14 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 0-5、信じられないスコアだった。プロの試合でやってよいのだろうか。W杯の熱狂に影響されなかったのだろうか。まああの大会に参加した選手のいないサンフレッチェにとっては影響を受けることはなかったのかもしれない。だけど観る側のこちらとしては影響を受けまくってる。世界のサッカーの祭典を堪能した後Jリーグでも白熱した試合が待ってるのだと思っていた。それが蓋を開けてみればそこは較べるのもはばかれる試合だった。

 選手にもどこか覇気が感じられない。淡々とやってるというような。これってもしかして広島市内で床下浸水する勢いの豪雨によって選手に中止だろうという気持ちの途絶えがあったのかもしれない。しかしだとしたらセレッソの選手だって同じ条件だった。同じ条件であるにも関わらずボールコントロールできないのはサンフレッチェだった。動きの少ないのもサンフレッチェだった。ついでに滑って転ぶのも圧倒的にサンフレッチェの選手なのだった。

 そしてこの試合象徴したのが高萩の退場だった。それまでも緩慢な動きでチャンスを潰していたが異常に球離れが悪かった。ボールを持ってもどこにパスをしようかと迷って時間を掛けてる内にボールを掻っ攫われてしまった。さすがにこのプレーにはすぐにでも交代させて欲しいという許すべからざるものがあった。そしてそんなぼくの気持ちを汲んでか自らイエロー2枚貰い退場してしまったのだった。

 それでも高萩だけが敗因ではない。やはりハイライトと称すべきは2失点目だったのかもしれない。中島のオウンゴールである。クリアをキックミスしてしまい素晴らしいループシュートとなってしまった。これで気持ちが切れたのだろう。この時点で試合は終わってしまったのだった。

 全く持ってサンフの選手は何かを間違えてる。パスをすれば敵にパスをするし相手陣内に入ってもシュートは打たないしバイタルエリアでは変に手数を掛けてしまう。おまけに自分のゴールにまでシュートを打ってしまうのだからもう一度基本に立ち返った方がいいのではなかろうか。サッカーは相手のゴールにボールを多く入れた方が勝ち、そんな当たり前のことさえ理解してないように見えたのだった。

 豪雨の影響で広島の交通機関は麻痺し開催も危ぶまれたもののそんな中でもスタジアムに駆けつけた5,334人の内にはタイセイさんもいた。電話をした時は調度帰宅途中だったようでとんでもないものを観てしまったと話すもその声のトーンは落胆を通り越して笑ってるようであった。現地では試合後に選手を激励するために歌を歌ってるサポーターがいたもののぬるいという批判もあったようだ。そして南アフリカW杯の余波でブブゼラを吹いてる人もいたのは中継を観てても分かったが実際に聞くとうるさかったということだった。そうだね、あれって中継観ててもうるさかったよと答えたが、もしかして吹いてる本人もうるさいの分かっててブーイングの代わりに吹いていたんだろうか。

 それからは愚痴の言い合いだった。ミシャはメンバー固定し過ぎるとか中島は11の守備が弱すぎるとかオーストリアまでキャンプしに行った意味あるのかなど。ただ、それら愚痴の大半はぼくが喋っていた。こんな劣悪な試合を目の当たりにしながらもマリノス戦も行くと言っていた。今日が悪すぎただけで次は良くなってくれるでしょうと楽観的な台詞は自らに諭すというより激高しているぼくに向けられたのかもしれなかった。

 もう2度と観てやるもんかとついさっきまで思っていた。あまりもの不甲斐なさに現地にいたらセレッソの応援をしてやったかもしれない。こういうのを自暴自棄というのだろう。そんなぼくは半ばタイセイさんに慰められたようなものだ。やはり辛い時、哀しい時その気持ちを分かりあえてくれる仲間がいるというのはありがたいことだ。持つべきものは友、ああ、この言葉が身に沁みる。

 ただ、これで次の試合の重要性が増してきた。もはやこれは上位争いとかそういうレベルではない。サンフレッチェ広島というサッカークラブが生きるか死ぬかの戦いだ。スタジアムにそんな緊張感がピーンと張れればいいのだが。といってぼくは現地に行くでもなくTVの前で座ってモニターを眺めているだけなのでちっとも説得力ないのだった。

2010年7月14日 (水)

セレッソ大阪戦~中断明け危うし

2010/07/14 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 やっとJリーグの再開だ。長かった。長かったといってもその間南アフリカW杯はしっかりと楽しんでたので待ち遠しいという感じでもなかった。ただ、しばらくW杯を観てた影響でやっぱり各国の代表選手がJリーグでの活躍が華を添える気がした。が、このW杯で評価を高めた選手達は欧州のスカウトの目に留まりオファーが出たらひょうひょうと移籍してしまったのである。そこはライバルチームの戦力低下ということで喜んでいいのかもしれないがやはりリーグのダイナミックさが欠けるのはあまり喜ばしい事態ではない。ま、代表選手ゼロのサンフレッチェにとっては自分のチームに関しては全く関係のない事柄であるのだが。

 ただ、せっかくセレッソと対戦するなら香川のいるセレッソとやりたかった。J2の頃の対戦だと叩きのめしたという印象の方が強いがあれからチームの中心へと成長した香川、恐らく今度こそはと胸に秘めたものがあっただろう。そう勝手に想像してたのだった。海外に移籍するのはステップアップだろうがせめて広島を叩きのめしてから行きたかったと減らず口の一つでも残して欲しかった。といって香川はとてもそんなコメントを言うキャラクターではない。

 それはそうと今節の試合はACL出場チームによる未消化分の試合である。何気にこれは救われたかもしれない。中断前の試合はどう考えても上手くいってなかった。どこか停滞したようなふん詰まりの状態とでもいうのか。スッキリしなかったのは事実である。それが連戦による疲れなのかすでにミシャの戦術が慢性化したのかそれとも怪我人が多くベストメンバーを組めなかったことによるのか。そのどれもが当たりのようでいながらそうでもない気もするのだった。それもそのはず、1ヶ月も中断してしまうと勝てなかった感情なども当然薄くなってしまったのだった。

 そんな中断明けの試合であるが昨夜から不穏な空気が流れていた。中国地方は昨夜から大雨が降りTVでも土砂崩れの映像が映った。その時点ではまだピンときてなかったものの一夜明けても広島、山口両県の48千人に避難勧告が出されたというとこで試合の開催へ不安が生じてきた。新たに日程を組むのも難しいのでよっぽどのことでない限り中止にはならないと思うがこれってよっぽどのことのような気がする。広島はそんなに酷い天候なのだろうか。

夕日になりつつある空を見上げやはり広島は遠いんだなと途方に暮れた。関東にいるぼくとしては同じ日本でありながらもこの天候の違いに南アフリカのW杯も広島も実体験できないという意味で大して変わらないような気がするのだった。

2010年7月12日 (月)

W杯終わる

2010/07/12 W杯決勝 オランダvsスペイン サッカー・シティ

 延長戦になったとはいえほぼスペインが勝ってしまいそうな試合展開の内に終わってしまった。大して強くもなさそうに感じたスペインは無敵艦隊という使い古された枕詞にやっと実績が伴うようになってきた。パスをつなげるスタイルで両チームとも指向するサッカーが似てるのかと思いきやそれはカラーがまるで違った。そこは似て非なるものとでも表現したらいいのだろうか。

 ただ、その時ぼくはどう見ても旗色が悪いオランダにシンパシーを感じてしまった。果たしてそれは日本が負けた相手だったからだろうか。それとも鮮やかなオレンジカラーのユニフォームのせいだろうか。それとも単に劣勢なチームへの同情だろうか。いずれも当たりながらぼくは一番最後の理由が大きいような気がしたのだった。

 弱いチーム、劣勢な状況、そういうものにぼくはなびいてしまう。それに付け加えて人気がなかったら条件としてはこの上ないのだがこの点においてはオランダの応援してるお客さんの方が多そうだった。ただサンフレッチェも人気がないことで見捨ててはおけない気分になったのが応援を始めた動機だったが今やそのサッカースタイルが面白いとなかなかに人気を集めてきだした。そうするとオランダこそがサンフレッチェのサッカーを見慣れた者にとって居心地良かったのではないだろうか。

 スペインはパスサッカーと言いつつも肝心なところでは吸引のようなキープ力を見せペナルティエリアではドリブルでの切り込みを見せる。体格的に日本人に似てるということから日本が目指すべきサッカーだという声があるが本当にそうなんだろうか。こんな敵の攻撃を封じ込めて攻めてはボールを取られずペナルティエリアにずんずん入ってシュートチャンスを創るサッカーを日本が目指すべきなのだろうか。そんな相手にしてみたらクソ憎ったらしいサッカーが果たして日本人のメンタリティに合ってるだろうか。いや、ぼくのメンタリティには合ってないのだった。

 時間によってはオランダの有利な時間もあったものの点が取れる気が全くしなかった。忌々しいったらありゃしない。オランダの選手にファールが多かったのがそれを物語っていた。

 それでも延長戦に突入したことで両者疲労によってPK戦までもつれるかと思いきや延長後半に失点してしまった。この時がっくりと肩を下ろしたオランダの選手が印象的だった。まだ終わった訳じゃない、最後の最後まで諦めるなと日本代表の選手ならそのメンタルの低さを嘆かれただろう。だが意気消沈したオランダの選手についてその様子を咎めるコメントは聞くことはできなかった。日本の解説者は日本人と外国人選手とで目線が変わってると思うのはぼくだけだろうか。

 そして呆気なく終了のホイッスルが鳴りぼくはまた敗北感を味わうのだった。どうしてぼくの応援するチームはいつも負けるんだろう。圧倒的な力を誇る存在に対して親近感が持てないのだからしょうがない。だからこそサンフレッチェを応援しているんだ。だからこそ勝った喜びよりも負けた悲壮感の方が多いいんだ。厄介な趣向だ。政治の世界にも旗色の良い方へふらふらとなびくカメレオンのような政治家がいるがぼくには絶対できない。我ながら損な性格だと思う。

 とはいえ面白い大会だった。W杯は祭だと言った仲間がいたら正にその通りだった。オランダが負けて落胆はしたといってもそれはせいぜい表層的なものだ。半日経てばそんな感情はもう残ってないだろう。そして日本代表も何だかんだ応援してしまったがサンフレッチェの選手がいないことでどこか疎外感があった。つまりは大会そのものが祭だった。だがサンフレッチェの試合ともなるとそんなに簡単に済ませられないものがある。

 よりによって明後日にはもうリーグ再開。もうちょっと祭の余韻に浸っていたのだがそうはいかない神経をすり減らし結果によっては悲壮感を背負わされるかもしれないがW杯の後でJリーグがどう変わってるだろう。実際には変わってなくても1ヶ月近く世界のサッカーを見続けてきたのでこちらの意識が変わってしまっている。そしてまたピッチに罵声を飛ばしてしまうのだろう。結局ぼくも日本人と外国人で目線を変える解説者と何ら変わりはないと気づくのだった。

2010年7月 8日 (木)

スペインの威光とサンフの意向【J特】

2010/07/07 W杯準決勝 スペインvsドイツ モーゼス・マビダ

 アルゼンチンを4-0で下したドイツ、屈強で高さがあり、若手との融合で勢いもあった。対戦を前にするとドイツに部があるというのは大方の予想だっただろう。かく言うぼくもてっきりドイツが勝つとものとばかり思っていた。過去の実績からいっても優勝経験のないスペインが勝つことなどありえなかった。だが結果は予想に反するものになってしまった。

 しかし、その勝敗予想というのは今大会のデータに基づくものとしながら実はドイツへの感情もあったのだ。スペイン語とドイツ語、どちらに親近感があるかといえばドイツ語になってしまう。ローマ字読みで意味が分からなくても読むことだけはできるドイツ語。一方スペイン語はどうも語感に馴染みがない。考えてみればサンフレッチェの監督であるミシャもドイツ語を話すのだった。

 他にも気質という面でラテン系よりもドイツのゲルマン系の方が日本人の気質には合ってるのではなかろうか。両国共第2次世界大戦で同盟を組み、終戦後焼け野原になりながらも奇跡の復興を遂げた。その歴史の類似性は指摘される点だ。生真面目、勤勉という域に留まらず時には軍隊のようにも見えるドイツのサッカー。かつては日本もドイツをお手本としてサッカーを発展させてきた。だが最近になって日本人は小柄でフィジカルで劣っているという点に気付いてきた。それ故ここになって比較的体格の小さいスペインを参考にすべきだという風潮に変わってきたのだった。

 だがそこにぼくは大いなる違和感を憶える。確かに華麗なパス回しで大柄な選手を翻弄する様は圧巻だった。これだけのテクニックを持っていても最後にはドイツのパワーの前に沈んでしまうのだろうと思ってもみたが沈むことはなかった。CKから先制すると最後はドイツにボールも触らせないようなパスの連続。完全にドイツを封じ込めてしまった。それはあまりにも圧倒的な勝利だった。

そんなスペインのパスサッカーは日本人にとって参考にすべきかもしれない。それなのに同じパスサッカーを指向するサンフレッチェを応援するぼくではどこか同一視できないものがある。それが何なのかというと言葉に出来ないのが苦しいとろだ。

 それ故心の底からこんなのやってみたい、真似したいという感情が出てこない。そしてJリーグの中でもサンフレッチェを始めとしてパスサッカーに拘ってるチームはわずかしかない。それで日本のスタイルはパスサッカーだというのは何か違う気がする。そしてレベルの上ではスペイン代表の方がよっぽど上だけどサンフレッチェのサッカーの方がよっぽど美しいと思うのだ。それが思い込みであるのはよく分かる。でもそういう思い込みこそがそのサッカーを血肉化させるのではなかろうか。

パスサッカーのチームが勝つことはサンフレッチェの方向性が間違ってないという指針にもなりうる。それなのにぼくはドイツが勝てなかったことに落胆を感じるのだ。結局ぼくはサンフレッチェの織り成すサッカーに心酔してるのだろうか、それともサンフレッチェのやるサッカーなら何でもいいのだろうか。いや、小野監督の時は嫌で心が離れそうになっていた。だとするとミシャがいるからこそ成り立ってるのかもしれない。そう考えるとサッカーチームとは非常に微妙なバランスで均衡を保ってるのだろう。W杯というレベルの高い試合を観ることでますますサンフレッチェを観たいと思うのであった。

2010年7月 4日 (日)

パラグアイ戦~日本の敗戦

2010.6.29 W杯決勝トーナメント1回戦 日本vsパラグアイ ロフタス・ヴァースフェルド

 その時マズイという感覚があった。3番目のPKキッカーとしてペナルティスポットに歩く駒野の表情は硬かった。そのせいか中継解説の金田さんまでも思いっきりいって欲しいと言っていた。このPKの順番って誰が決めたんだろう。この選択には大きな不安が漂った。3年前に移籍してしまったとはいえそれまでずっとサンフレッチェで観ていた選手なだけに予感はあったのだ。なぜならシュートが入らないのである。ただ、それはサイドバックというポジションのせいかもしれない。長い距離を走って最後にシュートを打つのは最初から前にいる選手に較べて精度は落ちる。だがPKは条件が違うと自らの否定論を消去しようとした。だけどそれを言ったら駒野がPKを蹴ったシーンなんて記憶がないのだった。

 ボールをセットしゴールを見据えた駒野。その時、目が泳いでた。ああ、やっぱりヤバイ。こういう緊迫した状況に置かれた経験が他の選手より決定的に欠けていただろう。優勝経験がない、むしろ降格争いの方が多い。それはある意味サンフレッチェにいたからこそなのかもしれない。そしてチームが降格した際優勝争いができるチームへと移籍したジュビロ磐田が行った途端弱体化し危うくJ2に降格してしまいそうになった。そういう運の悪さもある。PKを蹴るまでの短い時間、そういう様々な記憶が走馬灯のように頭を過ぎるのだった。

 ホイッスルが鳴り放たれたキックはまっすぐ鋭く跳びカツンとバーに当たった。PKの失敗である。ガクッと腰を落とした駒野だったが恐らく腰が砕けそうだっただろう。バーに当てるシュート、それは何度も観た光景だった。これは入っただろうと思ったシュートがバーにはね返されるというシーンはサンフレッチェで何回も観た。本当にバーに当てることが多かった。

 この後パラグアイの選手はあっさりとPKを成功させ日本は負けてしまった。これで終わりというのが信じられなかった。PKを失敗したのは駒野一人。これは重い。チームメイトが必死になだめるもののさすがにこたえるだろう。ただし、駒野が成功したとしてもサドンデスに持ち込んだとしても結局は日本は負けただろう。それくらいパラグアイのPKは落ち着き安定していた。相手との駆け引きという部分では南米人には適わない。つまりは延長戦までに勝つことができなかったという時点で日本の敗退は決まったようなものだった。

 散々批判した今回の代表だが終わってみればぼくも多くの人と同じように賞賛していたのである。だから負けたのは悔しい。悔しいが試合が進む中で勝てないのは予想できた。なぜなら日本にはスーパーサブがいない。得点が欲しい状況で交代で入った選手が得点力がない。逆にパラグアイは予選リーグでスタメンだったFWのバルデスを途中で入れるという余力があったのである。日本にも得点力があり一瞬のスピードの速さを持ち裏に抜けるのが上手い選手がいた。改めて寿人がメンバーに選ばれてなかったのが勿体ない気がしたのだった。

 とはいえ今大会は圧倒的によくやったという賞賛の眼が向けられこの世間の注目を何とかJリーグにつなげようと川渕名誉会長がJリーグのクラブに働きかけてるようだ。それは至極当然の発想だろう。サッカーへの波が向いてる間にそれを上手く利用しない手はない。代表選手を抱えてるクラブはどんどんアピールしていって欲しい。

 しかし、サンフレッチェはどうすればいいんだろう。代表選手ゼロ。このW杯効果を利用することができない。やはり空しい。ますます負けたくないと思うようになってしまった。むしろW杯メンバー選考日広島で用意された代表選手選出会場が無用の長物になった寂しい映像を出してその時のやるせなさを思い出させて欲しい。まあそんなので気分が乗るのは放っておいても観に来てしまうぼくのような人間ばかりかもしれないが。

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