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2010年6月26日 (土)

デンマーク戦~快進撃の陰で

2010/06/24 W杯グループリーグE 日本vsデンマーク ロイヤル・バフォケン

 CDをコレクションしてた頃、1000枚を超えた頃臨界点に達した感覚があった。もはや最初の5秒くらい聞けばどんな作品でそれが良いのか悪いのか判断がついた。新しいCDを持って帰った後最初の5秒で聴く価値があるかどうかを選別したものだが思えばずい分贅沢な買い方をしてたものである。だが音楽愛好家なら大体同じような経験があるような気もするのだった。

 そんな感覚がこの試合にはあった。キックオフされた瞬間観るべき試合になる予感があった。この大会での日本代表は以前のような負のオーラが微塵もないのは大方の人も感じたのではないだろうか。ただ、さすがに31というスコアまでは予想できなかった。出来過ぎと言ってもいい。日本は強豪ではないかもしれないがそれでも世界で渡り合うことができるんだ。デンマークに勝ったことによりグループリーグ突破が決まりその結果には勇気を与えられ歓喜がもたらされた。あれだけボロクソに貶しておきながら結果さえ残せばもろ手を挙げて称賛してしまう。何を隠そう、通ぶっていながらぼくもその辺の女子高生と変わらないのだ。

 ただ、それでいてぼくはこの歓喜の輪に入ってないような疎外感もあるのだった。普段は見向きもしないようなTVやラジオさえもサッカーの特集をやってる。その盛り上がりが妙によそよそしい。それもそのはず、サンフレッチェはこの偉業に何ら関わっていないからだった。

 それならばとサンフレッチェと所縁のある選手に目を向けようとした。闘莉王と駒野がいるがさすがに闘莉王には移籍後煮え湯を飲まされた記憶ばかりあるので親しみを持てない。でも駒野だったらサンフとの所縁を実感できるのだった。元々移籍した経緯もチームが降格したからという止むにやまれぬ事情があった。代表選手でもある駒野がJ2でプレーするのはキャリアとして大きなマイナスであり避けなくてはならないことであった。

 しかし、それであるからこそ残留した寿人にはW杯に出てもらいたかった。J2でプレーするのは本人のキャリアにおいて大きな足踏みだったのは間違いない。それなのに残ってJ2でプレーしつつもその得点能力は錆付くことはなかった。むしろ1トップという新しい境地を開いたのである。毎年確実に結果を残しキャプテンマークを巻いてチームを引っ張るこの選手がW杯に関わることがないというのが残念でならないのだった。

 この先日本が勝ち進むようなことがあれば尚更日本代表は脚光を浴びるだろう。そしてそれに反比例するように空虚な感覚を内在させないといけないのかと思うと少し複雑なのだった。まあ当の本人はオーストリアのキャンプでもう再開後のJリーグに視線を向けている姿は想像できるのだった。

2010年6月21日 (月)

W杯オランダ戦~禁句への誘惑

2010/06/19 W杯グループリーグ オランダvs日本 モーゼス・マビダ

 あの形、あのタイミング、あれこそ寿人のパターンだった。裏に抜け出た浮き球が出た時そこにいない寿人の姿が浮かび上がってしまった。しかしそこには寿人はいない。シュートまではいけたものの枠には入らなかった。カメルーン戦に勝利したことで一時は岡田監督の選手選考も理にかなってると認めたもののやっぱり寿人がいないことは勿体ないと考えざるをえないのだった。思えば2006年もクロアチア戦で絶好のチャンスを柳沢が外したがあの時もあれが寿人だったらと思ったものだった。

 その試合のハイライトを振り返ればそれこそ最大のビッグチャンスだった。誰かに言いたい気分であったが電話をするにももう深夜に入っているのでやめておくことにした。この気持ち、この感情の共感者が欲しかった。

 翌朝、ぼくは草サッカーの試合がありグランドに出掛けた。まだ早かったのでぼくは一番乗りだったもののすぐにチームメイトのおじさんがやってきた。挨拶を交わし話の取っ掛かりとして昨夜のオランダ戦の話題をふってみた。

「昨日の試合は惜しかったですねえ」

「え、ああ」それがW杯の話題だと理解するのにおじさんは少し時間が掛かったがすぐに理解した。「最後のあのシュートが入っていればねえ」やっぱりあの場面は最大の見せ場だったようだ。

 その時ぼくはあの場面、サンフレッチェの佐藤寿人だったら入れてましたよと言いたかったもののやめておいた。言っても理解されないだろうという自制が働いた。そこがまたもどかしくやはりどこかに理解者が欲しいという欲求に駆られるのだった。

 ぽつぽつと人が集まりメンバーが揃い試合の時間となった。60分の戦いに体力が持たない。実際にやってみると90分集中を切らさず体力を維持するのは大変なことだ。ぼくなどは大抵試合が終わる前にバッテリー切れを起こしてしまうのだった。それでいてサンフレッチェの選手には失点すると集中力が足りないと言い運動量が落ちると体力が足りないと批判するのであるがまあ観戦してる時というのはそういう都合の悪いことなど忘れてしまうものなのだった。

 そんな疲れきったぼくにはこの後また試練が残されてた。次の試合の審判をあてがわれたのだ。断る勇気もなく副審を引き受けたはいいものの決断力のないぼくはオフサイドで旗をあげるべきかどうかで所々で悩んでしまう。その癖よく審判の批判をするものだと自責の念に駆られるのだった。

 ただ、そんなぼくへの褒美だったのだろうか。その審判をしたチームにサンフレッチェを応援する青年がいたのだ。試合後シューズの泥を落としてる青年にぼくは詰め寄って行った。

「お疲れさん、オランダ戦観たでしょ。あの最後のシュート寿人だったら入ってたと思わない?」

 表情に薄笑いを浮かべながら青年は答えた。

「それは言っちゃいけないことですよ」

 言ってはいけないこと。確かにそうかもしれない。でも言わずにおけなかった。誰でもいいから言いたかった。話の通じる人にこの日出会っただけでも慰めとなったのだった。

2010年6月17日 (木)

重機の必要性

2010/06/16 W杯グループリーグH組 スペインvsスイス ダーバン

 戦術の本を読み漁り、寝不足になるのを覚悟で深夜のW杯中継を観戦し、サッカー・コメンテイターの解説に耳を傾け世界のサッカーを知ろうと努める。そんなことをやって何になるのかというと特に何になる訳でもない。サッカー関係の職業に就く訳でもなし仲間内で通ぶる訳でもない。ただサッカーに詳しくなりたい。そしてサンフレッチェが負ける理由を知りたいのだ。面白い、攻撃的と言われつつも結果が伴わなず点が取れないという矛盾をはらんでいる。何が悪いのか。何に手をつければいいのか。それを探求したいのだ。

 そこで至った結論が失点をしたら駄目だといういたって当たり前なことであった。優勝候補に挙げられながらもスイスに敗れたスペインはシュートを打てども打てどもゴールに入らなかった。逆に先制したスイスはゴール前に人数を掛けて守り抜いた。どんな攻撃力のあるチームだろうとあれだけ引かれるとたまらない。ちっともゴールが入る気配がなかった。明らかに追いかける側のチームは不利である。

 スイスのゴールは運のようなものである。それでも90分の内に1回チャンスがあってそれを決めれば勝つことができるのだ。スイスのゴールをこじ開けるのはまるで岩盤を鏨で削ってでもいるかのようだった。カツンカツンとハンマーで叩いていればその内崩れるだろう。だがそれは限りない時間が掛かる。とても90分では無理だ。だとしたら重機が必要だろう。そう、スペインには重機がいなかった。正確なパス、正確なトラップは必要だがその精度を高めるだけというのでは頭打ちになってしまう。攻めても攻めても時間だけが無常にも過ぎてしまうのだ。

 これはサンフレッチェも2003年のJ2時代に味わった苦悩である。他のチームがサンフの試合に限って明らかに引いてカウンターを狙ってくる。クロスの精度を上げようと動きの質を上げようとどうにもならなかった。そんな悩みの解決策をブラジルは示してくれた。やはりがっちりゴール前を固めてる北朝鮮相手に上げた先制点はそこからはシュート打っても入らないだろうという場所からのゴールだった。意表を突いて飛び出したはいいがもうゴールラインぎりぎり、折り返すしかないだろうという一瞬の隙に放ったシュートはまさにもうそこしかないというコースでゴールに入った。結局堅い守備を崩すにはスーパーゴールしかないということだ。それこそが大型機械や重機の役目である。

 そう考えるとサンフレッチェは苦しい。2008年のJ2では引かれてもパス回しで崩すことができた。だがJ1に上がりレベルが高くなるとなかなか相手を崩すことができなくなった。やはりサンフレッチェにも重機が必要なのである。

 そこで考えてみたらいない訳でもなかった。まずストヤノフ。遠目からのシュートでも威力はある。そういう意味では槙野もそうかもしれない。だがサイドの選手に注目すると山岸の突破があった。そして突破といえば長く怪我で戦列を離れてたミキッチもチームに戻ってきた。この2人に石川も割って入っていければ相当に面白いことになるだろう。何だか中断明けがわくわくしてきた。でもそうなると10年近くも左サイドに君臨してきた服部公太はポジションを譲らざるをえないのだった。それはしょうがない、シュートは打たないし11で相手を抜こうとチャレンジすることもない服部こそこのチームの閉塞感なのであった。

 そういえばぼくはよく言われるのである。服部のことを褒めたことがないと。確かにぼくは応援してるというより罵詈雑言で当り散らし特に服部はその標的となるのだった。それなのに、それなのにぼくはいつも17番のユニフォームを買うのであった。当の服部にしてみれば傍迷惑な存在だろう。

 ふと2003年の記憶が甦ることがある。スピードがなくても相手を2人、3人と抜いていった姿を。あの時がピークだったのかもしれない。だけどあの時はJ2だった。それともJ2だったからこそできたのだろうか。その疑問が解決しない限りぼくの罵詈雑言はなくなりはしないのだった。

2010年6月15日 (火)

勝った言い訳

2010/06/14 W杯グループリーグE組 日本vsカメルーン フリー ステイト スタジアム

 まずいことになった。日本がW杯で勝ってしまったのだ。予選リーグの1勝でしかないが日本にとって自国での試合を除くと初めてW杯で勝ったことになる。歴史的偉業だ。結果を出してしまったからには今まで散々岡田監督の率いる日本代表を貶してたぼくとしては立場がないのだった。

 しかし、これはぼくだけではないはずだ。ほとんどの人がこの代表には期待を込めてなかっただろう。最初から惨敗は見えている。触れたくないもの、関わりたくないもの、興味をもってはいけないものという風潮が声を出さずにも感じることができた。事実各地でのパブリック・ビューイングのチケットが売れないと関係者の頭を悩ませたという記事を読んだことがある。それでも家では寝る時間を遅らせてTVを観てる。そんな人は意外にいたのではないだろうか。

 この試合を前にしてよりによってポストに『紫熊倶楽部』が入ってた。寿人がインタビューでやはりW杯のメンバーに選ばれなかったことには悔しさがあったということを言っていた。それでもすでに割り切っているみたいでその気丈な振る舞いに尚更寿人を応援したくなった。そしてこの選手がW杯に出れないことが勿体なく感じ選考をしなかった岡田監督への怨念を感じるのだった。

 どんな無様な姿を見せることか。そんなことを考えながらモニターを眺めたのである。ブルームフォンティーンの明るい日差しのせいだろうかピッチに入った選手の表情が澄んでるように見えた。気負いもせず臆するもなくフラットな感覚になってるようでそのせいか映像から負のオーラを感じなかった。面白くない、つまらない、そして負けてしまうあの日本代表に付きまとった暗黒のような空気が漂ってなかったのだった。それがまず意外だったと同時にもしかしてこの試合まともな試合になるのではという予感があったのだった。

 日本はお互いの距離感を保ちカメルーンの個の攻撃を抑えていた。ボールのとらえ所が良くファール覚悟に無闇に飛び込むこともなかった。前戦からのチェックもよく計算されていてこの辺はあらゆるサッカー関連本に書かれてた日本代表の欠陥を修正してるように見えた。もしかして岡田監督はそういうものを全部読んだのかもしれない。人の意見には耳も貸さない堅物のイメージがあるが隠れたとこでそういうことをやってそうだ。事の真相は分からないがいずれにしてもここにきてやっと代表らしいチームとなったのだった。

 恐らく今回のW杯には選手、監督含め関係者は相当な危機感を持っていただろう。W杯が近付いても全く盛り上がる気配のない日本国内の関心のなさ、この状態で無残な負け方をしたら本当にサッカーの権威が暴落してしまう。サッカーのプロ化をしてせっかくここまで築き上げてたものが音をたてて崩れ落ちていく。ドイツの二の舞だけは避けなければならなかった。

 結果的にこの危機感が幸いしたのかもしれない。結局のところ代表に興味を持てなくなったのは目的がなくなったからだ。1998年のように絶対にW杯の初出場を決めないといけないとか、2002年のように開催国なんだから何が何でも予選リーグ突破しなくてはいけないとかいう切羽詰った目標がなかったのだ。2006年は前回予選リーグ突破したんだから今度はもっと行くだろうというぽわーんとした気持ちがあった。それは代表がというのではなく日本の中にそういう空気が漂ってたような気がする。

 この後予選リーグでどれだけ勝ち点を上げられるかは分からないがとりあえず1勝を挙げたというのは快挙だ。それだけにその中にサンフレッチェの選手が入ってなかったというのはまた寂しくもあった。この先日本が勝てば勝つほど活況を呈する反面この疎外感は大きくなっていくのだろうか。勝利が決まった瞬間歓喜に沸くベンチの映像を観るにつけどこかぼくはあの輪には入ってないような気がしたのだった。

2010年6月14日 (月)

世界への挑戦~カメルーン戦を前に

 W杯での日本代表の試合。かつてはどれ程胸ときめかしただろう。日本は島国ということもあって世界への挑戦という言葉に弱い。世界に挑む機会に乏しいことからそれもやむをえない。だからこそW杯に日本代表がどれだけの成績を収められるかというのは聳え立つ山脈を登っていくような感覚だった。

 それが4大会連続でのW杯出場も決まってもはや世界へ挑むというだけでは興奮しなくなってしまった。特に他競技では世界一になったという実績もあったことからどうしても成績で較べられると部が悪い。何せ競技によってはその大会へ日本がほとんど金を出資して世界大会と称しつつも最初から日本が優勝しやすいような設定になってる場合があるのだから。これはサッカーファンの僻みという訳ではなく実際にその競技の人間が言っていることなので間違いないだろう。

 そういう意味で岡田監督はベスト4という目標をぶち上げるしかなかった。夢を見させてやるには大言壮語しかなかった。本来なら言葉がなくてもチームを見れば夢を見たくなってしまうというのでなければいけない。もしくは世界的には何の実績も持ってない監督で不安視されてるのも知っていながらひたむきにがんばってる姿を見せた方が好感が持てたのかもしれない。インタビューされても仏頂面に面白みのないコメント。これで親近感を持てと言う方が無理がある。それでもサンフレッチェの選手が選ばれてたらもっと応援する気がしただろう。だがサンフの選手は見事に無視された。もはやぼくに日本代表とつなぐものは何もなくなってしまった。

 あれだけ人気のあった日本代表がまるで火が消えたように相手にされなくなったのは岡田監督のつまらないサッカーのせいだ。そんな論調があるがそれは要素の一つではあるが全てではない気がする。サッカーというもの自体がどことなくよそよそしいものと感じられてるということではなかろうか。100年構想と言いながらちっとも身近に感じられないのだ。

 例えば素人で集まってサッカーの試合をやろうとする。一体どこにグラウンドがあるのだろう。高校やJリーグのクラブではインフラの整備を進めてるが一般人がサッカーを楽しむのはどこでしたらいいんだろう。民間のフットサルコートへ行けばいいということなのだろうか。だとしたらその見解は一般人をとても突き放したもののように感じられる。

 他にも4級審判の講習を受けに行った時だった。すでに受講料は支払ってるはずなのに現地で千円徴収されてしまった。部屋代ということなのだがそんなこと受講要領に全く載ってない。ぼくも今まで色んな資格や講習を受けたことはあるが現地で部屋代を取られたのは初めてだ。そんなの受講料からやりくりすればいいのに。そもそも4級審判の資格なんて誰かに頼まれて子供の試合の審判をするのに来てる人が大半なのだからその辺のサービス精神が欠けてる。言わば日本のサッカーの為に協力してくれる人たちなのだからもっと誠意を持って迎えるべきではないだろうか。

 プロはアマの垣根がなく誰もが接しやすいという前提でいながら実は敷居が高いという現実がある。本当にサッカーの人気が落ちて危機感を感じてるのなら協会自ら代表戦のビラを配るくらいのことをやってもいいのではないか。その辺はJリーグのクラブの方がよっぽどがんばってる雰囲気がある。実態は知らないが日本サッカー協会にはどうも胡坐をかいてる印象があるのは決して良い影響を与えないだろう。実際にはこんなにもがんばってるというなら逆にそれを外に向かって出して欲しい。

 サッカー人気をW杯の成績、もしくはW杯の招致に頼っているとしか見えないサッカー協会にどこか情けないものを感じるのだった。

2010年6月12日 (土)

W杯開幕

2010/06/12 南アフリカ共和国vsメキシコ サッカー・シティ・スタジアム ヨハネスブルク

 2010FIFAワールドカップが開幕した。待ちに待った祭典。サッカー世界一を決める大会。世界中の熱狂、世界中の歓喜、世界中の喜怒哀楽がここに凝縮されてる。この一ヶ月間この大会は充実した日々を与えてくれるだろう。

 が、今大会日本ではあまり盛り上がってない。そしてかくいうぼくもそれ程意識してた訳ではなかった。それは南アフリカが日本からはあまりにも離れすぎた場所である為現実味がない。そして日本代表も出場してはいるがJリーグ発足以後の代表では最弱ではないかというくらい選手が小粒なこと。そもそも岡田監督のサッカーは面白みも何もなくもう試合を見る前から順当に力負けという結果が見えていることなどの理由が挙げられる。ただしぼくにとっては代表にサンフレッチェの選手が一人も入ってない、まさにそのことが今回の代表に疎外感を生み冷めた感情にならざるを得ないのだった。

 だから正直なところ開幕戦をそこまで楽しみにしてたという訳でもない。どうも今回のW杯は疎外感と惨めさを背負わされてしまってる。まあ開幕戦だけは見ておこうというくらいの気持ちだった。夜も遅いしその内眠ってしまうかもしれないなとTVのスイッチを入れた。

 大方の下馬評はメキシコ有利で南アフリカは苦戦を強いられるだろうというのはぼくでも予想できた。実際試合が始まってみると子気味よいパス回しからメキシコはどんどんとチャンスを創りだしていく。南アフリカもすんでのところでよく堪えているといった印象だった。

 このあまりにも圧倒的なパスサッカー、ゴール前をこじ開ける展開、相手がガッチリと引いてしまう展開。これってどこかで見たような気がする。そう、いつも見てる光景だった。パスサッカーをするチームがゴール前で最後の崩しができない状況。これはまさにサンフレッチェと同じであった。それを感じた瞬間ぼくの感情はメキシコに深く傾くのだった。

 何度もあったビッグチャンスにメキシコは決めることができず流れは徐々に南アフリカに傾いてしまう。そして自慢のパス回しもパスを回させられてるという状態になりピッチの半分に張り巡らされた包囲網にメキシコのパスが引っかかった瞬間カウンターを浴びた。圧倒的なボールポゼッションをしていながらメキシコはまんまと罠に嵌ったかのようだった。そしてそのあまりにも速い逆襲は防ぐに何の手立ても立てる間もなく決められてしまった。

 ホームの利。確かにそれもあっただろう。だけどメキシコはあの早い時間帯にチャンスがありながら得点できなかったことに不穏な空気を感じた。そしたらやはり波を持っていかれ失点してしまった。そしてもはや守ればいいだけの相手にメキシコのパスサッカーがどう打開するのか。大いに興味があった。だがそこは単なる手詰まりしかなかった。

 左右に振ろうと意表を付くテクニックを見せようとガッチリ固められたゴール前は崩れなかった。パスと連携で崩したいが次第にミスも多くなりパスコースも読まれるようになった。レベルの高いパスサッカーのチームがゴール前を固められた時どう崩すのか興味があったがその解答を示してくれることはなかった。

 だが、ついにCKから同点ゴールを決めることができた。その事実から言うとやはり引いた相手にはセットプレーしかないのではという結論に至った。とするとセットプレーを貰うにはシュートを打たなければいけない。攻め続けなければいけない。そしてセットプレーでのバリエーションを持たなければいけない。ゴール前でFKを得てもちっとも入る気がしないサンフレッチェはこここそ修正すべきポイントでありそしてセットプレーを得るべくシュートを打つ意識こそ必要ではなかろうか。でもそんなことここで論ずることなくみんな言ってることではあるんだが。

 引き分けで終わった開幕戦。ぼくには全く縁もゆかりもないような気がした両チーム。試合が終わった後はとても親密度が高くなったような気がする。これこそがW杯の力なのかと言ったら大袈裟か。だが学生時代ちっとも勉強しなかったぼくはサッカーがなかったらそれぞれの国の名前すら知らなかったかもしれないのも事実だった。

2010年6月10日 (木)

弱点が一杯

 W杯の為中断期間となってるJリーグだがこの間にチームを立て直そうとはどの監督も考えてることだろう。勿論サンフレッチェもそのつもりであろう。その為にオーストリアまでキャンプに行く。対戦相手は分からないが練習試合を組んでチームの課題に対処するはずだ。

 中断前のサンフレッチェは明らかに膠着状態だった。ワンタッチ、ツータッチのパス回しは陰を潜めボールを持っても出し所を探すようになってしまった。それ故フリーになり辛い中央へのパスは通らなくなり常にサイドへボールを預けるようになった。サイドの攻防と言えば聞こえはいいがどうもそれが他に手がなくてサイドから前に運んでるという実に消極的な印象しかもたらさないのだった。

 こういうパス回しの流動性が減ったことはストヤノフのロングボールも生きなくなるという弊害も伴うようになった。パスを警戒していたら中盤をすっ飛ばしたロングボールを蹴られ相手のDFを混乱させることができた。それが今や行き詰った結果蹴りこんでるといったように見えてしまう。やってるサッカーは変わってないはずだ。それなのに以前の輝きを持ってない。どうしてしまったんだ。相手に研究されてしまったせいだろうか。それとも自分たちでこのサッカーに新鮮さを感じなくなったのだろうか。

 恐らくその両方とも理由として当たらずも遠からずという面があるのではなかろうか。昨シーズン8ゴールの槙野が今シーズンになって無得点というのが象徴してる。最後尾から駆け上がりサイドからドリブルで切れ込むというDFらしからぬことをやるのが槙野の武器であるがさすがにマークされるようになった。そして前線でのパス回しではカットされる場面が増えた。明らかにパスコースを読んだ動きをされてることから相当に研究されてるようだ。それでも頑なに同じサッカーを貫こうとして更に相手にとってはやりやすい状況になってるのではなかろうか。

 これらの対策として考えられるのはメンバーの変更だ。ACLの浦項戦が良い例だ。昨シーズンJリーグ王者の鹿島で勝てなかったチームにサンフレッチェは2軍とも言えるメンバーでスタメンをガラッと替えて戦い勝つことができた。あの時の気持ち良さ、躍動感、新鮮さは感動的ですらあった。ああいう大胆なメンバー起用ができないものか。残念ながらミシャはできないのだった。毎年コンスタントに若手を育てているようでトップのメンバーを替えようとしない。交代枠さえ全部使わずに終わってしまうことがある。それでいて消化試合とも言えるような試合でサテライトの選手を大胆に使うと結構良い戦いをしたりするのだから勿体ない気がするのだった。

 このメンバーを固定するというのは試合中にペースを変えられないという弊害も生んでる。それぞれの特徴を生かしてポジションチェンジなどということをしない。だからただ疲れてる選手が入れ替わっただけという状態になりそこから何かが生まれることがないのだ。チームとしてメンバーを入れ替えた時のパターンがないようである。

 これについてぼくはチュンソンをトップに据えるのがいいのではないかと思う。そして寿人は右のウィング、山岸を左ウィングとポジションチェンジをする。奇襲のようだが実はこの両ウィングの組み合わせはオシム監督時代の日本代表で実績がある。チュンソンはターゲットとしての役回りの方がやりやすいんじゃなかろうか。これも浦項戦ではそんな印象がしたのだった。

 そういえばトップ下ということでいえば何もチュンソンに限らず点を取ってない。これはあまりにも守備に翻弄される時間が多いことで肝心の攻撃の時すでに体力が残ってないんだろう。それもこれもチームの守備力の低さのせいでもある。ゴール前に人数が揃ってても簡単に失点してしまう。これでは前の選手は後ろが気になってしょうがないだろう。そして全体が下がり過ぎた影響でボールを奪ってもカウンターとはならない。ボールを前線に送ろうとした時にはすでに相手の守備も整った後になってしまいどんなにボールを回そうと相手は守備網を崩さない。そして前戦でボールを回してる内に奪われて逆襲を喰らう。こうして考えると問題が一杯である。

 これらの問題を中断期間の間に解消できるのだろうか。どうも肯定的なイメージが沸かない。それだけ閉塞感に押し付けられた試合の印象が抜けないのであった。

2010年6月 4日 (金)

コートジボワール戦~勝てない勝てない日本代表

2010/06/04 日本vsコートジボワール スタッド・ドゥ・トゥールビヨン

 W杯を前にした最後の壮行試合。これまで負け続けてる日本代表にとってせめてこの一戦だけでも勝利して本大会への弾みとしたいとこだった。もはや日本がW杯で勝つと思ってる日本人はほとんどいないだろう。恐らくそういう空気は代表スタッフを含め選手にも認識されてるはずだ。だからこそ監督は頑なにベスト4を目指すと打ち上げ注目を浴びようとする。ただそれがあまりにも高い設定だったために現実味を感じない。今になってみればこの発言が岡田監督の世界への不案内というイメージの植え付けになってしまった。

 もし監督が岡田でなかったなら。メンバーが現状のものと違っていたら。そしたらもっとマシな試合もできるし世間の注目も浴びるだろう。そんなことを夢想するのはまだ見ぬものへ希望を寄せる単なる空想なのかもしれない。考えてみればドイツW杯で惨敗したジーコ監督は監督として無能だったと大いに落胆させられたが就任する際には結構期待されてたのである。そして岡田監督も就任が決まった当時異を唱える者はいなかった。ただ病で倒れたオシム前監督と比べてずい分華がないなとは思っていたが。

 今の代表が人気がないと言われる原因を考えると岡田監督の影響は決して少なくないだろう。どんな時でも仏頂面しているその表情からは何のサービス精神も感じられない。監督としての理論は持っているんだろうがこの人にはパフォーマンスがない。人気のことまで責任が持てないと発言したことがあったがそれもガッカリさせられた。そこで人気が出るように勝ち続けますと言えばいいのに。

 そこで考えたのだがこの代表の失敗は岡田監督を選んだことだというのは明白だがそれ以上に岡田監督をメディアに出してしまうことである。もうこの人は人気がないんだから一切TVに映さなければいい。試合中も一切カメラを向けない。インタビューも放送しない。このチームの監督って誰だと疑問に感じるくらい陰を薄くして欲しい。そうすればもっと選手の方に目が行き勝てないのは選手のせいという目で見ることができる。岡田監督が目立てば目立つ程この監督じゃしょうがないよなという感覚になってしまうのだった。

 そしてこの試合も02で負けた。敵にパスをしてるんじゃないのかというくらい愚直なパス、ファールスロー、ゴール前でのチャンスにパスをする。やはり日本のレベルはいくらか落ちるのだった。これでは本大会ではどれだけボロ負けするのか分かったもんじゃない。

 サンフレッチェを応援するぼくにとって唯一の心の支えは駒野だった。後半短い時間だったが出場してFWの森本へピッタリ合わせたロングフィードを送った。が、森本はそのボールをヘディングでスペースに出してしまいコートジボワールのクリアで攻撃が終わってしまったのは哀しかった。あんな時寿人だったらどうするのかなあ。寿人だったらせめてシュートぐらい打てるかな。そんなことばかり考えて結局今の代表に応援する気概が解けてしまいそうなのだった。

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サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

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