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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2010年5月31日 (月)

イングランド戦~等身大の日本

2010/05/30 国際親善試合 日本vsイングランド UPCアレナ(グラーツ)

 サンフレッチェを応援する者にとって今回は全く他人事のW杯。かつて故竹下登総理大臣は閣僚を決める際派閥の均衡と各派閥のバランスを考えた人事をしたものだが今回の代表もJリーグクラブの均衡とも言うべく各クラブから広く召集してる感がある。それによって人気がないと言われる岡田監督になってからの日本代表にちょっとでも興味を持ってもらえるように配慮してるのではという面がないとは言い切れないのではなかろうか。監督としても力量は劣るがこの人は何気に戦略家の面もあるのであながちない話ではないと勘ぐる。だとしたらそれでサンフレッチェの選手が一人もいないというのはなおさら疎外感を感じるのだった。だから今回の代表にはどうしても自己同一化ができないでいる。

 それでも相手がイングランドとなれば話は別だ。プレミアリーグの主力選手がみんな出てるのである。こういうチーム相手にどれだけやれるのかというのは興味を惹きつけるには十分でTVにしがみついてしまった。

 ピッチに入る選手。イングランドの選手はやっぱり雰囲気を持っている。ガタイもいい。こういう相手と対戦できるというのは選手として経験値がまるで違うのだろうとまたしても疎外感を感じるのだった。W杯には関係のないサンフレッチェ。寂寥の念がふつふつと湧き上がるのだった。

 だが、イングランドというチームはどうにも強くないチームなのだった。FIFAランキング8位のチームに強くないという表現は妥当ではないかもしれない。でもこのメンバーでチームを作ったらそれはそれは素晴らしいチームになるだろうと思いきや意外とつまらない試合をやってしまうという印象がある。イングランドの誰か一人でいいから日本に欲しいというようなクオリティのある選手が揃ってるのにそれがこちらの想像通りの戦いをしない。W杯くらいしか観てないがそんな気がするのはぼくだけだろうか。

 そして試合はその強くないイングランドが出てしまったと言っていいだろう。雨でスリッピーとはいえ所々でパスミスをする。攻撃も結構防げるし逆に日本が攻める場面も結構ある。それは日本が善戦してるということだろうか。そうかもしれない。つまり両方の要素があって緊張感のある見所のある試合となったのだった。

 恐らく岡田監督はあらゆるサッカー専門家の意見は参考にしたのだろう。オランダ戦などからの完全点は見られた。相手が強豪国だからといって前線からのむやみなプレッシャーには行かなくなっていた。つまりは行くとこと行かないとこの区別をわきまえたのだ。それにより無理なプレッシャーを掛けることによって相手にスペースを与え更にそれにより相手の攻撃を速めるということもなくなった。イングランドの選手も表情が険しくなってたことから前半は流してたということでもないだろう。

 岡田監督になって一番均整の取れたチームとなった今回の布陣であるが唯一不安だったのは大久保の守備だった。ボールを取ろうという意思が強いのは分かるがファールが多い。その結果危険な位置でのFKを与える。取れなくても時間を稼ぐだけでも見方にとっては助かるのだが果たしてそれって代表に選ばれる選手が指摘されるようなことなのだろうか。それともJリーグの標準ではそんなものなのだろうか。

 他にもJリーグの標準というべきプレーがあった。またしても大久保だがピッチに倒れてうずくまるもプレーが止まる気配がないとみるやいなや立ち上がって走った場面だった。Jリーグでは倒れれば相手が簡単にボールを出してくれる、もしくは審判がプレーを止めてくれる。それにより安直に倒れる選手が多いのではないかと勘ぐってしまう。この大久保の行為にはイングランドのカペッロ監督も怒っていたがスタンドから観戦する観客の視点からもあまり見栄えのいいものではないので改善して欲しいものである。

 そしてこの試合は負けた。先制するも後半に同点にされ最後に逆転という典型的な日本の負けパターンだった。日本は逆転をするというイメージが持てない代わりにその内逆転されるだろうという雰囲気がどうしてもある。この負け方のパターンはどの世代の代表にもあるだけにこれこそが日本のサッカーの改善点ではなかろうか。

 でもこのイングランド戦で負けたからといって非難する人はそういないだろう。最初から弱いと分かってるからである。いつも間にかぼくらは日本が強豪国の仲間入りをしたと勘違いしてしまった。弱いチームが弱いなりにがんばった。代表人気が低迷したがそういう意味では監督にも各選手にも気の毒な面はあると思う。といって今まで散々クソミソにけなしていたのは当のぼくな本人なのであった。

2010年5月30日 (日)

ACL総括

しばらくリーグも中断なのでACLを振り返ってみます。他にもこんなことがあったというのがあれば補足してもらえれば助かります。

     ホーム 山東

 初めてのACL、初めての公式国際試合。サンフレッチェのホームであるビッグアーチはサンフレッチェの主催で使用できずAFC管理だった。普段だと行ける場所にも行けないというどこか慣れ親しんだ場所という感覚を持つことができなかった。それはクラブもこの大会運営に慣れてなくてサポーターも違和感を持ってしまうというホームでありながらよそ様の施設を借りてるかのような居心地の不安定さがあった。圧倒的に押していながらセットプレー1発にやられてしまったのもこの大会に対するサンフレッチェの経験不足という面はあったのかもしれない。

     アウェイ 浦項スティーラーズ

浦項の選手はレベルが高かった。Kリーグがこんなにもレベルが高いとは思わなかった。Jリーグでは絶対にボールを奪われることのないストヤノフがボールを奪われてしまった。もしかしたらストヤノフ自体が良くなかったのかもしれない。それでもどんなとこへ行こうとストヤノフだけは安心だと思ってたぼくにはそれはショックな光景だった。

この試合、韓国ということで観戦計画を立てた人も結構いたがソウルのように直行便のある場所ではない為1日で行けないことから断念した人も多いようだ。距離は近いのに勿体ない。でもぼくのようにパスポートを持ってない人には縁のない話ではあるのだが。

     アウェイ アデレード・ユナイテッド

さすがにオーストラリアまで行く人は少ないもののそれでも50人くらいはサンフレッチェの応援に来ていたらしい。更に200人くらいの在留日本人が駆けつけてくれてそれなりにまとまった人数がアウェイ席にもいたということだった。中には広島に住んでいた経験のあるオーストラリア人がこの試合の為にシドニーからわざわざ駆けつけてくれたという人もいてこの試合に行った人は思わぬ旅の思い出を作れたようだ。

     ホーム アデレード・ユナイテッド

アウェイでの試合では力量の差を見せ付けられた。すでに3敗してしまいやはりサンフレッチェではACLは無理だったのではという悲観的な感情になっていた。タナボタでの出場だっただけに広島はACLを辞退すべきだったという声が聞こえてきそうだった。

しかし、この試合ではこれまでの最後に失点してしまう、セットプレーで決められてしまうという脆さを克服し最後まで粘り強く戦いACLでの初勝利を挙げた。アデレードには勝てないだろうと諦めてた部分はあったがこの勝利には勇気を与えられた。

     アウェイ 山東

もはや自力での決勝トーナメント進出はなかった。常識的に考えてお互い勝ち点9ずつで並んでるアデレードと浦項がまともに戦うとは思えなかった。お互いやる気の無いボール回しを90分やって無難に勝ち点1を分け合い決勝トーナメントへ進むのは目に見えていた。だからこの試合で勝とうが負けようが決勝トーナメントには行けないというのは頭の中では分かっていてもアデレードに勝ったというのは大きな自信となってそれでも勝ちたいという意欲をもたらせてくれた。

ビッグアーチで戦った時はガチガチに引いて守ってカウンターを狙った山東だがホームになると一変して攻めに攻めてきた。予選リーグ突破の目がないという意味では山東も一緒だったが勝ちたいという気持ちも山東も一緒だった。そういう意味で実質消化試合ではあったが試合は消化試合という気の抜けたものにはならなかった。

 この試合でも勝利。そして裏で行われてたアデレードvs浦項の試合は予想通りスコアレスドローでサンフレッチェの予選リーグ敗退が決まってしまった。それでも3連敗した後の2連勝に妙なすがすがしさを憶えたのだった。

     ホーム 浦項スティーラーズ

すでに予選リーグ敗退の決まってるサンフレッチェ。過密日程の問題もあってこの試合は若手主体で臨むことになった。公式戦にほとんど出場したことのない選手ばかりでこの試合は厳しいだろうなと思っていたが開始早々に大崎が決めた。計算できないメンバーであったがこれは良い方に計算外の結果が出てくれた。

 その後点の取り合いのような展開になり最後は粘り勝ちとも言える1点差の勝利をもぎ取った。浦項はベストメンバーを揃えたことから決して手を抜いたということはないだろう。アウェイの時個の技術に圧倒的な差があるように見えただけにサブに甘んじてた若手に逞しさを憶えたものだった。これでリーグ戦も勢いが付くだろうと思いきやそちらの期待は見事に裏切られ一体あの試合は何だったんだと振り返ることにもなった。

 それにしても33敗で終わったACLであったが何気にサンフレッチェがJリーグ出場チームの中では一番良い試合をしたのだった。それだけに負けた3試合の内1分けでもあれば良かったのにと悔やまれるのだった。本当にもうちょっと観てみたかった。外国のチームと公式戦を戦うサンフレッチェが観たかった。だから何としてでもリーグで3位以内に入ってもらわねば。そうやってその後のリーグ戦の順位の動向を見守っていくのだが少しずつ、少しずつ落ちていってしまった。やはりJリーグのクラブにとってACLで成績を収めるのは相当に難しいことであるというのが身を持って分かってしまった。

2010年5月17日 (月)

大宮戦~カミュの言葉

2010/05/16 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 NACK5スタジアム大宮

 最後のCK。その跳ね返りを受けた服部はパスをした。明らかに最後のワンプレーだった。時間を考えればそこはシュートであるにも関わらずパスを選んだ。行くべきとこで行かない。安全にパスを選択する、そんな悪癖は血肉化し条件反射でやってしまったのだろう。ゴール前に送ったパスはあっけなくクリアされてタイムアップ。終了、スコアレスドロー、無得点。そのあまりにもの不甲斐なさに負けたのと同じくらいの虚脱感があった。

 どこか現実と遊離した、気合とか根気とかの精神論が入り込む余地がないようなぼわ~んとした雰囲気があった。動きも悪くパスミスも連発した。しかもせっかくのチャンスでもシュートを打たない。ここまで低調なパフォーマンスになるには何か理由があるはずだ。かといってチームの内部までも知る訳でもない身としては「それは太陽のせいだった」とカミュの『異邦人』の台詞を持ち出すしかないのだった。

 確かに日差しの強さは精神的にも体力的にも消耗させた。ゴール裏2階に座ってると直射日光で肌が焼けつけられるかのようだった。その為に体力を温存させてるのではと言う仲間もいた。だけど後半になってチュンソンを入れてきたというところを見るとやはり上手くいってないとミシャも感じてたらしい。攻められっぱなしにしか見えなかったが決してそれは計算づくのものではなかったようだ。

 それでもチュンソンはミドルシュートを放ちゴールへの意欲を見せてくれた。そういう姿勢が欲しい。強引でもいいからシュートを打つとか高い位置でドリブルで仕掛けるというプレーがないから相手にとってはちっとも恐くないのだ。もはやパスで崩してくるというのは織り込み済みで危険な位置でのパスはことごとくカットされてしまったのである。

 しかしそれも致し方ない面もある。攻撃にアクセントをつけるはずの山崎は守備に翻弄しゴール前まで戻ってくるという始末。そして相手のボールは2人、3人掛かっても奪えない。そして引きすぎた布陣は相手の攻撃をクリアしようと簡単にセカンドボールを拾われる。そしてそれを繰り返していればさすがに攻撃時に体力は残ってないだろう。非常に効率の悪い、不利なサッカーである。それでもこのサッカーを貫かなくてはいけない、そんなジレンマを抱えているのではなかろうか。

「疲れてるからしょうがないだろう」

 1週間も試合が空いて疲労が溜まってるというのは理屈の面から納得できない。

「青山やミキッチのような主力の怪我が治れば大丈夫だろう」

 そういう怪我人の回復待ちという発想も実際に停滞気味のチームにおいて怪我人の復帰が劇的にチームを変えたという事例が思いつかなかった。その為そこに希望を見出すのは困難である。現にストヤノフがこの試合で復帰したもののかつての手の付けられない仁王のようなスケールの大きさは感じなかった。キープしてるボールを絶対に奪われない手堅さこそがストヤノフだったはずだがこの日は中盤でボールを奪われてカウンターになった場面が1度あった。たった1度だがその1度がない選手だったからこそ尊敬の眼差しを送れたのである。果たしてそれはストヤノフのコンディションがまだ整ってないせいだろうか。それともチーム事態に問題があるのだろうか。

 少なくとも今のチームは停滞していた。やっぱり上位に行くのは厳しいなとドクトルが言ったがACLに出てそこそこの試合ができたが為にもっとできるだろうにという期待のレベルを高くしてしまったが故かもしれない。

 でもこのような酷い試合というのはここのところずっと続いているのも事実だった。チームが段々と下降していく。同じ戦術を続けているのにそうなってしまうのはやはり何らかの理由があるはずだった。

「それは太陽のせいだった」

 ピッチもスタンドも上空も同じ大気、同じ太陽、同じ雰囲気でつながっていると考えればやはりそこに行き着いてしまうのだった。といってそこに何の解決もないのも事実である。いや、W杯の中断期間に入るのでそこでキャンプで修正していくだろう。そんな声もあったもののそれはどのチームも考えてることである。大宮駅まで歩いていく間仲間と色々と話し合ったが寿人があそこで決めていればとか当たり前の話ばかりだった。そしてそれは太陽のせいだったと結論付けようとするもこんな天候でなくても同じような試合をしたような気もしたのだった。

2010年5月10日 (月)

W杯メンバー発表

 正直に言おう。この発表には多少なりとも楽しみにしてた面はあった。そして来る南アフリカW杯への関心がグッと高まるものだと想定してた。だがそうはならなかった。どうでもいい大会になってしまった。少なくとも日本代表を応援しようという気概はなくなってしまった。3戦全敗、冷静になれば最初から結果の見えてる大会に想いを馳せることなどできはしない。だけど負けると分かっててもチャンスがない訳ではないとその可能性に思慮をめぐらせることはできるはずだった。だがそれもできないのであった。

 この感覚、この感情、いつかどこかで味わったものだ。そう、小野剛がサンフレッチェの監督をやってる時散々味合わされたものだ。メンバー表を見てガックリ、試合を観てガックリ、試合結果にガックリ。三重苦とは仲間のドクトルの言葉であった。

 この大会に選出される可能性を寿人、槙野、西川は持っていた。そして思わせぶりな召集もされた。自分のクラブでも結果を出している。それなのに選ばれない。サンフレッチェは呪われてる。代表に入りたかったらサンフレッチェにいては駄目なのだ。自暴自棄ではなく本当にそんな気がしてくるのだった。

 しかし、サンフレッチェの選手が選ばれなかったという理由だけだろうか。むしろ選ばれなかったお陰で救われた部分もある。2006年ドイツ大会で期待されたにも関わらず12敗で終わった代表選手の多くは大会後そのブランド価値を下落させた。今考えると当時の期待は過大評価でクロアチアに引き分けたことは検討と言っても良かった。それでも世間に実力以上の期待を背負った当時の代表は結果が出なかったことでサッカー選手としての評価を大きく下落させたような面がある。W杯の時ピークにある選手を呼ぶのだから当たり前かもしれないが大会後チームを去る、クラブでの出場機械が減るという選手が多い気がするのだった。

 恐らく今大会も惨敗するだろう。岡田監督はW杯で2大会まるで勝てなかった監督としてもう監督の話は来ないだろう。あの監督のせいでこんな酷い負け方をしたという空気が出たらその監督に選ばれた選手というのはブランド価値を大きく落とす可能性が出てくるのだった。

 そういえば寿人は代表は関係ない、サンフレッチェに専念するというような発言をした。もしかしたらあの時岡田監督に何か言われたのかもしれない。人を失望させるには本当に才能のある人だ。それには岡田監督の下でコーチをしてた小野剛も変わりはない。

 どうして日本サッカー協会はこういうつまらない人たちが幅を利かせているのだろう。もう少し魅力があり人身掌握術に長けた人がいないものだろうか。人間力という言葉を使った人もいたが肝心の自分たちが一番人間力に欠けてるのである。困ったものだ。

 ところがもっと困ったことがあるのである。あれだけ嫌ってる小野剛著の『サッカー・テクニカル・レポート』を読んでしまったのだがバカにしてた割には面白かったのである。そこにはサッカーに対する真摯な姿勢があった。本当にこの人はサッカーに真剣に取り組んでいるのだ。そしてそれについては岡田監督も変わりはないのだった。

 それでもこの2人に親近感が沸かないのは2人ともやはり監督に向いてないのだろう。少なくともぼくらサッカーを観てる人に高揚感を与えることがない。やはりそれぞれ適材適所というものがあって実際に指揮を執った方がいい人と裏方に回った方がいい人がいる。その辺のボタンのかけ違いを起こしてるのが今なんだろう。とはいえこうやって失敗を繰り返していって日本のサッカーも発展していくのだろう。これから長い歴史があるとすればこれも決して無駄にはならないだろうと考えることにした。

2010年5月 6日 (木)

磐田戦~魔の球

2010/05/05 ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島 ヤマハスタジアム

「今日は勝ってくれないと上位には食い込めないよ」

 試合前ドクトルはそう話した。連休ということで磐田まで行ってる人もいる中現地に行かなかった仲間でフットサルカフェKELに集まった。プロジェクターで壁に映しての試写ということで明るさには難があるのは分かっていたがよりによってこの日は一段と日差しの強い日であった。壁に映された映像はまるで古代遺跡の壁画でもあるかのようにぼんやりとしていた。ぼくらはボールを受けた選手を一々確認しあう必要があった。

 それでも開始4分の浩司のゴールは素晴らしいものであるのは分かった。山岸、寿人とつないで中央に出したマイナスのパスをミドルの位置から素晴らしい軌道でゴールに入った。ペナルティエリアで詰まって後ろへ出したパスを中盤の選手が走り込んでシュートする場面はよく見るのだが大概大きくボールをふかしてしまう。これ程までに理想的に決まったのを見たのはそう記憶がないのだった。

 これで今日はもう大丈夫という安心感が漂ったのはFC東京戦の時と同様だった。実際この後も得点のチャンスはあったもののこういう流れがある時に2点、3点と畳み掛けることができないのがサンフレッチェなのだった。これはいけるかもしれないというチャンスにシュートを入れることができない。それでもその内またチャンスが巡ってくると思いきや磐田がボールを持つ時間が多くなっていった。それでもあえてボールを持たせているんだという感覚でいたのである。

 ところがボールに変な魔力が働いたのだった。クリアしてもクリアしてもボールは磐田の選手のところに行くのだ。その最たるシーンが同点となる失点のシーンだった。ゴール前で攻撃を防いだと思ったら見事にそのボールは磐田の選手が受けそれを防いだらフワリと前田の頭上に舞い込みアッサリとゴールを決められたのだった。唖然としてしまった。だがこれはこの試合を象徴してる出来事の一つでしかないのだった。

 仕方ない、また点を取ろうと気を取り直すもののボールは支配されっ放しだった。競り合いでも負けパスもカットされドリブルも止められる。そして後ろでボールを回してる内に前からプレッシャーを受けどんどんラインを下げてしまい苦し紛れに出したロングボールはほぼ100%磐田の選手が拾うのだった。精度のないシュートが外れホッとしてるとゴールキックさえ磐田のボールにされてしまう。更に言えばスローインさえマイボールにすることができない。これでは攻撃に期待を持つことはできなかった。

 極めつけは2失点目だった。左サイドでボールコントロールのミスでボールを奪われゴール前の前田に良い形でパスが渡った。11になった前田はアッサリとDFをかわしてシュート。サンフレッチェのDFはまるでいないも同然だった。

 空しい失点だった。浩司のゴールはスーパーだった。逆に失点はしてやられたという類いのものではなかった。といっても際どいシュートを打たれまくってた。ポストに当たったり運もあるかに思えたがついにその運もつきてしまったのかもしれない。

 ボールが奪えない。プレッシャーに行けない。シュートがない。終わってみれば7本しかシュートを打てなかったのだった。磐田は22本打ってる訳だからまさに数字の通り負けてしまったのである。観戦を終えたぼくたちは言葉少なだった。

「やっぱりこういうとこで落とすというとこが強豪とは言えないとこなんだろうなあ」

 ドクトルが上の空のようなつぶやきを放った。ただ、ここで勝たねばというとこでサンフレッチェは見事に負けてしまうのは事実だった。メンバーが変わって監督も変わってもそれだけは変わらない。攻撃サッカーを掲げながらもシュート7本しか打てない。連休の終わり、気分はずっと沈むのだった。帰りの電車でドクトルとはサッカーの話をしなかった。ちっとも希望が持てなかったからだが前節も同じようなサッカーをやって勝ったのである。それなのに今日は何で上手く行かなかったんだろう。理論的に観察することのできないぼくはやっぱりボールに魔力が宿っていたのだと結論付けるのだった。

2010年5月 3日 (月)

FC東京戦~長い観戦

2010/05/01 サンフレッチェ広島vs FC東京 広島ビッグアーチ

 かつてFC東京の監督をやってた原博美は一番やり難いスタジアムに広島ビッグアーチの名前を挙げた。どこか「ぼわ~ん」とした雰囲気がやり難いということだがその意味でいえば陽気な太陽、照りつける紫外線でその「ぼわ~ん」とした雰囲気はかなり醸しだされたと言って良かった。

 ただし、Tシャツ1枚で過ごせた日中であったが夕方という時刻になって急に気温が下がってしまった。それはまるで誰かが暖房のスイッチを切ってしまったというような急激な温度の移り変わりだった。

 それでも先程の「ぼわ~ん」とした雰囲気だけはスタジアムに留まっていたようだった。そのせいかFC東京も危険なシーンを創り出すもそのことごとくを精度の無さや詰めの甘さで潰してしまうのだった。FW平山が前半の内に交代してしまったのも監督にしてみればよっぽど腹に据えかねるとこがあったのだろう。この時昨シーズン浦和戦で丸谷が18分でベンチに引っ込められたことを思い出してしまった。

 FC東京が焦っているのかそれともサンフレッチェに余裕があったのか。少なくともサンフレッチェにはACLで若手主体で勝利したという自信があった。攻められはしたもののその内にチャンスが巡ってくるだろうと待ち構えていたらゴール前の連携で最後に山岸が決めた。23人が連動して絡んだそのゴールにもはや誰がゴールしたか分からなかった程だ。

 後半に入りFC東京は攻撃の手を一層激しくしていった。サンフレッチェもボールを前に運べなくなっていきまるで半分のコートで試合をやってるかのようになっていきその内に失点してしまった。真ん中に入れられたクロスは中央でフリーでヘッドで入れられた。そしてそのゴールを決めた選手がサンフレッチェユース出身の森重だと知るとスタンドからは失笑が漏れるのであった。

 ただ、それでも慌てることはなかった。どんなに押し込まれてもCKを取られようとどこかで点が入るような気がした。そんな時というのは後ろのボール回しも安定してるように見え攻められつつも逆襲の準備をしてるように見えるのだった。そしてその漠然とした感覚でしかないものは山崎のゴールとして実現したのであった。

 強引でも個でシュートしようとする東京、後ろからつないで連携により確実にシュートしようとするサンフレッチェ。2点目も誰がシュートしたのか分からなかった。山岸の折り返しを足を伸ばしたら入った。実はこれが山崎のサンフレッチェでの初ゴールだったのは言われるまで気付かなかった。

 その後も得点のチャンスはあった。あれを決めていればもっと楽に試合を終わらせることができた。特に大崎がGK11になってシュートをGKにぶつけた時はスタンドで喜びにガッツポーズをしようと腰を上げた人が一瞬にして腰砕けになってしまった。ある意味この試合のハイライトでもあった。

 5分という長いロスタイムも西川のスーパーセーブなどで何とかやり過ごすと審判はきっちりと時間通り笛を吹いてくれた。その瞬間隣にいたコダマさんやシロくんと手を叩き合って祝福したのだった。

 長く長く待った勝利だった。サンフレッチェがというわけではなくぼくがこの日費やした時間という意味でだ。そしてまだ広島で一泊して明日の朝山口まで移動しなくてはいけない。ぼくにとっての観戦はまだ終わってない。それでも勝ったということは高揚感を与えてくれる。他にも丸谷がカズの役割をまるで遜色なくこなしてたのも勇気付けられた。

勝利の余韻は旅の移動に心地良さを与えてくれるのだった。

2010年5月 2日 (日)

FC東京戦~東京から広島へ

2010/05/01 サンフレッチェ広島vs FC東京 広島ビッグアーチ

 開場にはまだまだ時間があった。これもそれも新幹線の指定席が取れなかったので朝一番の自由席で来たせいだった。始発なら座ることができるだろう、そう踏んで早く出発したもののそれでも席を確保するのはギリギリだった。連休の初めとはいえここまで混んでるものだとは思いもよらなかった。

 その結果早く着いたはいいものの一体この膨大な時間をどうやって過ごせばいいのかと思案しながら広島駅のホームを歩いてた。するとTVのインタビューを受けてしまった。どこからお越しですかとか何をして過ごしますかといったどこにでもあるようなものだ。不思議とぼくはこういうインタビューをよく受けてしまう。一応サッカーを観に行くと答

えておいたが相手の反応から没にされただろうというのは想像できた。

 とりあえず昼食を済ますとぼくはもうスタジアムに向かうことにした。こんな早く行ってどうするんだろうと思いきや広域公園内の駐車場はもうすでに満車だった。少年サッカーの子供たちもいるが明らかにこの辺でプラプラしてる人はサンフレッチェの観戦に来た人達で夜の試合なのに昼過ぎに来るのは決して珍しい部類に入らないことを知るのだった。

 強い日差し。暑さというより紫外線の強さを感じる。ぼくは屋台の群れの中に併設されてるパラソルの下に座るのだった。バッグからペットボトルを取り出し喉を潤す。一息ついたとこで本を開いてこのまったりとした時間をやり過ごすつもりでいた。すると背後から声を掛けられSさんの存在に気づくのだった。

 しばらく話した後今度は携帯のメールで関東の仲間がこちらに向かってるのを知った。そして通り過ぎる人影の中にパラパラと顔見知りがいてパラソルの席に着いて軽食を取ったり休憩を取る者もいたが各自応援の準備をするなど用事が済むとさっさと席を後にするのだった。

 ぼくもそろそろ開場待ちの列に加わることにした。だがいつもと同じくらいの時間に並んだつもりだがずいぶん後ろの方に並ぶことになってしまった。しばらく待った後少しずつ列も進みだしやっとのことで入場できた。そしていつもの席、バックスタンドのG裏境界線に座ったのだった。

 ピッチの上では前座で少年サッカーの試合をやってたが時折オッと思わせるプレーでスタンドから拍手がちらほら沸くのだった。ぼくもそんな少年たちのプレーを眺めていた時隣に座ってきたのはシロくんだった。彼も今日東京から来て広島で一泊するということだった。この試合を逃すともう当分広島での試合が観れないから来たということであった。

 続いて来たのがコダマさんだった。福山からのシャトルバスに乗って来たのだが今日は4組しか乗車してなかったということだった。その割にはコンコースに出ると売店には長蛇の列ができ何かにつけ待たされるのである。たくさん客が来てるような気がするのになとのんきなことを考えていたら買い物を終えてスタンドに戻った時にはすでに試合は始まっていたのだった。

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