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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年11月29日 (日)

磐田戦~勝ち点53の意味

2009/11/28 ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島 ヤマハスタジアム

 あれはハンドだった。

 画面にリプレイが流れた時、それが言い訳のできないくらいのハンドだったと認めない訳にはいかなかった。多分あれは意図してやったことだろう。あそこで手を出さないと決められた。それでPKを取られたとしても上手くいけばイエローカードで済む。そんな打算があったのだろう。だが槙野がハンドで防いだ前田へのクロスはCKというサンフレッチェにとって理想的な判定で主審に指示された。当然に磐田の選手の抗議はあったものの聞き入れてもらえなかった。

 この場面を含めこの試合はついていた。イ・グノが切り返して絶対に入ったかと思ったとこで外してくれたり前田の惜しいシュートもあった。それは全て得点とはなってないというのがこの日の運の良さを物語っていた。そして槙野のハンド見逃しの件といい波はサンフレッチェに来てたのだった。

 Jリーグというのは各チーム実力が均衡してるリーグである。それ故にこの運という要素が非常に重要な要素になる。2007年の降格したシーズン、やたらとPKを取られたものだ。中にはどうしてPKになったのか分からないようなものも存在しやはり審判も人間、感情に左右されるのだということを見せ付けられた。審判にこのチームはペナルティエリアでファールを起こしてしまうという固定観念を持たれてるかどうかの差は大きい。

 01というスコアで後半に入っていったが時間が経つにつれて段々と守備に廻る時間が増えていった。攻められ攻められ攻められ続けられる。そんな時李忠成がワンタッチで抜け出してシュートまで持ち込む場面があった。本当に李忠成はもうちょっと、もうちょっとでゴールが奪えるという場面がある。だけどゴールにはならない。もしかしてこうやって時間が経てばチームとして機能するだろうという目論見をしている内に本当に時間だけ経ってしまうのではという不安もなくもなかった。それでいて可能性だけは持ってる、実に評価の難しい存在となっている。

 そして絶対に出てくるだろうなと思っていたが磐田に中山雅史が83分に登場してきた。もはやこれは勝敗とは関係なくセレモニー的な部分があるのだろうがこの中山の出場がスタジアムに活気をもたらせてしまった。ホームの磐田サポーターの声量は増し前への推進力も増大していった。あの雰囲気、あの活気、あの勢い、そういうものにサンフレッチェは弱い。それなのにそれで点を取られるという感覚もなかったのも事実であった。

 今シーズンで退団が決まってる中山だけに当然にカメラは中山中心の映像になってしまった。今まで日本サッカーを引っ張っていった功績を考えてもここで決めさせてやりたいという感情が沸きながらもでもやっぱり決められると困るという相反する感情の交錯により葛藤を生み出すがこのままタイムアップを向かえ無事無失点で終わることができた。中山もヘディングシュートを放ったり見せ場を作りつつもサンフレッチェが勝利するというまあ妥当な終わり方ではなかったろうか。

 これで勝ち点53。小野監督時代の最高記録勝ち点50を越えたことにホッとした。シーズンを4位で終える可能性がある、それによって天皇杯の優勝チームの重複があったらACLへの出場もあるかもしれない、そんなことよりも勝ち点53の方が嬉しかった。これで小野監督の暗黒時代を全てにおいて超えたということについてぼくは胸を撫で下ろしたのだった。

2009年11月26日 (木)

磐田戦~それぞれの事情

2009/11/28 ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島 ヤマハスタジアム

 磐田でお会いしましょうと仲間からメールが来た。東京から磐田、電車で特急料金を使わないでもギリギリ行ける距離だ。そして車を出そうかと言った仲間もいた。だがそういう時に限って仕事が入ってる。近場のスタジアムならともかくどっちにしても遠征となるので何とか裏技を駆使して休むという気概まで起きないのだった。

 ではこの試合にモチベーションがないかといえばよくよく考えると磐田に負けたせいでナビスコカップの予選リーグ敗退が決まってしまったんだった。引き分けでも行ける状況だっただけにあれは唖然とした。そしてその直後にリベンジマッチがあったもののその時もあえなくやられてしまう。あの悔しさ、今ここでこそ晴らさしてもらおう。

 といってついさっきまでそんな復讐心など忘れていたのも事実。あまりにも印象に残る負けが多くて一つ一つが感情として薄らいでしまったのだ。そして駒野の存在も大きい。J2降格によりJ1の磐田に移籍したのはある意味チームを捨てたという見方もできるかもしれない。だからその後磐田が降格争いをやった時には小気味いい気持ちがしたのも事実だ。それでも日本代表の試合があれば駒野を観てしまうしいつまで経っても駒野の名前の後に(磐田)という文字が付いて回ることに違和感を覚えたものである。そしてついにサンフレッチェは磐田に対して駒野の再獲得のオファーを出してしまったものだからその親近感はますます密度を増しもはや敵として見れるかどうかも怪しくなってしまった。

 ホームでの磐田戦の時、駒野は試合後サンフの選手とユニフォーム交換をした。敬意を表してピッチの上でそのユニフォームを着たものの裏返しだった。わざとなのは明白だった。それ程までに駒野は紫のユニフォームがピッタリと収まりがついてしまうのだった。

 考えれば考える程敵としての感情が薄れてしまう。Jリーグでも移籍の自由化が解禁になったが移籍に関する動きが早くなりシーズン終了が近付くともう移籍する選手も見えてしまう。そこが観る側からするとどうにもモチベーションに影響しそうだ。そもそも天皇杯が戦力外などチームを去る選手が試合に出るというのが問題となって日程を繰り上げたのに今度はその問題がリーグ戦に及ばないだろうか。まあ選手にとっては公式戦でのパフォーマンスは次の活動の場へのアピールとなるはずだから手を抜くということはないのだろうが。

 そういえば磐田は資金繰りが苦しくオフには大量の主力選手の放出という噂も囁かれている。実はそういう事情からも駒野の復帰は可能性の高いものと考えられてる。ただ、そういう情報により余計にモチベーションを下げられるのも事実だ。やっぱりシーズンの終わりというのは各チーム事情が異なり普段の試合とは違った趣になってしまうのは致し方ないことなのだろう。

2009年11月22日 (日)

名古屋戦~J1への試練

2009/11/21 サンフレッチェ広島vs名古屋グランパス 広島ビッグアーチ

 薄く灰色になった雲の色彩が空をモノクロにしてしまった。日暮れの時間にはまだ早かったもののすでに日差しが弱まっており時間への感覚を狂わせた。早い夜の訪れ。週末、気温は高めだったもののどこかドンヨリした気分だったのは画面を観る限り広島もそう大して変わらないようだった。

 その浮かない空の色彩のせいかビッグアーチの雰囲気も晴れやかではないように感じられた。果たしてそれは客が少ないせいだろうか。それとも今シーズンの目標が残り試合全勝というどこか現実に遊離したものしかないことからだろうか。はたまた名古屋というあまり因縁めいた感情を見出せない対戦相手のせいだったかもしれない。少なくとも何が何でもACLに出場したいという気運がなかったのはただでさえ怪我人続出してるのにそんな大会に出る余裕があるのだろうかという冷静な判断があったのは間違いないだろう。

 そういう中でピッチで浩司の姿を確認できたのは一輪の花を見付けたような気がした。練習には参加してるという情報は聞いていたものの実際に復帰できる時期は未定だった。本当に復帰できたんだなと感慨に耽るのだった。ただ、それでこの試合に期待が持てたかというとそんなことはなかった。さすがに1年近くも実践から離れてる選手に多くを望むことはできなかった。

 両チームの対戦はこの日のはっきりしない雰囲気を助長するような試合だった。名古屋にはケネディという世界的にも無名ではない超大型FWがいるにも関わらずそれがあまり脅威には見えなかった。対してサンフレッチェも攻撃らしい攻撃がない。パスはつながらないしゴール前へボールを運んだとしてもシュートを打たない。どこかこの両チームの現状を象徴してるような感じがした。

 ただ、サンフレッチェは後半に入って何度かチャンスがあった。シュートへの積極性が見えた。ただ、そのことごとくをGK楢崎に止められてしまった。どこからどんなシュートを打とうと楢崎は止めてしまう。最後の李忠成のシュートは絶対入ったと思っただけにその存在は邪魔であった。長くリハビリした後の復帰戦なのだがどうしてこうもポッと出てこういうパフォーマンスをしてしまうのだろう。対するサンフの長い復帰から明けた浩司だが出場時間があまりにも短くて印象がなかった。

 スコアレスドロー。何となく最初からそうなりそうな予感がそのまま結果となって現れたという感じだった。どこかサンフレッチェらしい試合運びをできなくなってしまった。人もボールも観てる人の心も動かすサッカーには程遠くなりつつある。J1ではそう簡単にはいかないのだよと言われればそれまでだが正直昨シーズンのJ2時代の方が楽しめたような気がするのだった。それは将来への希望という付加価値が付いていたからだろうがJ1が思ったより相手の良さを消す傾向にあるのも大きかっただろう。だからどこもそれ程特徴がないように見えてしまうのだ。

 さて、残り試合どんなモチベーションを持てばいいのだろうか。2連勝。それはそうだが何のために。そんな自問自答をしながらの残りシーズンとなりそうだ。J1って思ったより我慢と忍耐の必要な場所なのだと気付かされるのだった。

2009年11月21日 (土)

名古屋戦~宙に浮いた感覚

2009/11/21 サンフレッチェ広島vs名古屋グランパス 広島ビッグアーチ

 ずいぶん長い中断だった。実際には1週間抜けただけだがはるか以前の話のような気がするのは早々に天皇杯で負けて試合がなかったせいだ。全くあれは罪だった。J2のチームに負けたというのもあるがよりによってその次の会場が広島と決まっていたのだから。バツの悪さは当然あった。

 だが、シーズンが終わったかのような錯覚を受けるのは天皇杯のせいだけではなかった。もはや残り3試合、降格するチームも優勝するチームもある程度目途が付いてしまった時期である。そこで無風地帯と言える順位にいるチームにとってはどうしても意識が薄くなってしまう。それでも賞金県内の7位は目指さないといけないと仲間に言われ確かにそうだったと思い出す次第であった。

 賞金1千万にこだわるのには理由がある。ナビスコカップ大分戦でベストメンバーを出さなかったということでリーグから罰金1千万を言い渡されたからだ。これは寝耳に水だった。ぼくらは橋内や原といった普段とは違う選手の出場にウキウキしたものだ。しかもその橋内がゴールを決めてどれだけ盛り上がったものか。サンフレッチェのサポーターであの時のメンバーに不平を言う人がいただろうか。誰も困ってない。それなのに罰金という処置には大いに不満が残る。スポンサーのナビスコへの配慮かもしれないが単なる見せしめとしてサンフレッチェが選ばれたのは明白だった。

 しかしそんな限りなく後ろ向きなモチベーションを利用しないといけないとは。やっぱりこの時期のモチベーションの保ち方というのは難しい。いや、よく考えると毎年毎年残留争いをやってたせいで本来この時期こそ血眼になっていたのだった。本来なら幸せな順位にいるはずなのだがそういう実感もない。残り3試合、中位、怪我人が多くベストメンバーが組めない、そういった事情がどこか現実を遊離させたような感覚にさせる。まさに無重力の宇宙空間を彷徨ってるかのような。果たしてそれでも何かを見出すことはできるのだろうか。

そういや2001年の最終戦は優勝した鹿島との対戦で4点を入れて大勝して来期に対する大いなる希望を抱いてシーズンを終えたのだった。もっともその後は監督が代わってJ2に降格をして肩透かしを食らったのだがやはり残り試合はシーズンオフにいかに妄想に耽ることができるかどうかで重要かもしれない。もっともそんな妄想が必要かどうかといったら2001年の例で疑問だというのは否定できない事実ではあるのだが。

2009年11月15日 (日)

南アフリカでの試合

2009/11/15 南アフリカvs 日本 ネルソン・マンデラ・ベイスタジアム

 南アフリカ共和国。そんな国で本当にW杯が開催できるのか。治安、インフラ、社会情勢、そういうあらゆる要素を考えると実現は不可能という見方があった。だからその代替地として日本での開催もあるという噂が真しやかに囁かれた。ただ、実際にはこうしてW杯用のスタジアムで試合ができるということはその噂が流れてる間にも計画は着々と進行してて当の南アフリカにしてみれば当然自国であるということで気運を高めていたのだろう。

 FIFAにしても一度決めた決定を覆すのは面子にも関わるしそこは絶対に偏向はしたくなかったはずだ。アフリカ初の開催ということで話題性も大きい。人種隔離精度、アパルトヘイトを解消されて自由と平等を勝ち得た国での開催、まさに平和と秩序を世界にアピールするいい機会だ。大方そんな名目で演出されるのだろうというのは誰もが予想できるとこだった。

 かつては支配階級の白人が黒人を支配する国として非難の矢面に立たされる国だった。1990年代にアパルトヘイトの法律が撤廃されるまで白人による太陽都市、サン・シティという居住区がありそこに世界的なロックスターがコンサートに行くことがあった。ただ、1986年頃アパルトヘイト政策に反対するミュージシャンが集まって『サン・シティ』というチャリティ・アルバムを作って注目されることになるとそれまでサン・シティでコンサートを行ったことのあるクイーンやロッド・スチュアートなどは途端に悪のレッテルを貼られるようになってしまうのだった。

 スタジアムの名前にもなってるネルソン・マンデラ元大統領だが反アパルトヘイト運動の為長く獄中生活をしていたのだが、世界的に名前を知られてたのはこういったロック・ミュージシャンの活動による影響も大きかった。この時期アパルトヘイト反対のロックフェスティバルを開いたりネルソン・マンデラのメッセージ・ソングなんてのも結構あったのだった。

 果たしてそれが純粋に人種差別に反対する気持ちから行った行動なのかどうかは今となっては分からない。実はこの当時チャリティ・ブームでそういう活動に参加することにより忘れ去られたミュージシャンが再び脚光を浴びるという効果もあったからだ。いや、それは穿った見方だが物事には何事も裏と表があるということだ。

 その裏と表という意味においてアフリカのほとんどの国々は西洋諸国から独立して自由を確立することができた。が、そこは本当に自由になったかというと今度は貧困と独裁という別の不自由が出てきた。そして一見独立したかに見えるその国は巧みに旧支配国に利用されていたりするのだ。そこは人権問題という国際世論からの観点から植民地支配を止めたという面もあるが実は植民地として管理する手間を考えたら自分達で自治させて旨い汁だけ吸う方が割がいいという計算もあったようだ。そこでアフリカのほとんどの国では形の上では独立してるものの本当の意味では全く独立してないという現実がある。ただ、そういった中でも南アフリカはまだマシな部類に入るのである。

 まさか全世界にTV中継されてるようなスタジアムで危険なことはないだろう。そして代表選手やその観戦客は徹底してガードしてくれるだろう。それこそ国の威信に関わるから。そして民衆に政治に対する不満を緩和するのにスポーツは時として良い道具となり得るのだった。だから南アフリカW杯は絶対に成功させることだろう。

 そんな憶測めいたことを考えるもTVに映し出されたスタジアムは日差しの強さにより芝生の緑が映え屋根の陰とくっきりとしたコントラストを示していた。そして観客の自国を応援する様子、そこからは何の陰謀めいたものは感じられなかった。やはり平和だ。そして結果もスコアレスドローと平和に終わった。危ない地域でやってる割には刺激のない雰囲気だったと感じたのはつまらないと言われ続けてる岡田監督のサッカーのせいなのかそれともそれ以外の要素なのかは判断がつきかねるのだった。

2009年11月10日 (火)

大宮戦~光の見えない前半

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

 再び席に戻った時にはもうギッシリだった。2階の席はちゃんとドクトルが確保しててくれたので助かった。ちょっとした用事があり席を離れる必要が生じたのだが戻った時に席が残ってるか不安なくらい遠方からのアウェイ席の様子は密度が濃かった。そして何よりもその面積の狭さは際立っていた。ホーム側の席なんて満席になってないんだからもうちょっとアウェイエリアを広げても良さそうなものだった。他の場所はゆったり、アウェイエリアは密集、前売り券の販売状況によって大体予想できたろうにこの辺をもうちょっと柔軟に対応できないものだろうか。

 とはいえ大宮はアウェイのサポーターに対してのサービスも対応はしてくれている。アップ時の選手入場でのハイタッチキッズの企画を広島県人会主導で開催してくれた。ただし、参加した人に聞いたのだがそれ程参加者がいなかったようである。その中の一人に聞いたが元々こんな企画があること自体知らなかったという。ということで単なる告知不足、または告知の難しさでもあるのだった。

 ぼくは席に戻る前売店でカレーを買った。そのカレーも他のスタジアムではないクオリティのもので悪くはないが実はホーム側ではもっと多彩なグルメがあるのを知っている。何でも過去にアウェイサポーターによって問題が起こったらしい。こうやってどんどんスタジアムで規制が起こって過ごし難くなっていく。規制を掛けるならその問題を起こしたチームだけにしてもらいたいものだ。

 ぼくが席に戻った時にはもう選手入場の前だった。食事を取るも皆タオルマフラーを掲げてる。急いでカレーをかっ食らう。味わうもクソもあったもんじゃない。結局何を食べようと一緒ということだった。そしてあれだけ不甲斐無い結果により失望させられ期待もしてなかったのに結局目の前にしてしまえば応援してしまうのだった。

 それなのに、それなのにサンフレッチェのサッカーはとても誉められたものじゃなかった。相手は相当に研究してるだろう。大宮だけじゃなく全てのチームがサンフレッチェのサッカーを研究してる。それだけ頑なに同じ戦術で戦ってるということだがこれにはJリーグの監督の意地もあるように思える。サッカー専門誌などに面白い、素晴らしいサッカーとしてその戦術を紹介されるとそこはもう自分の方が勝てるサッカーをやってると証明してやりたくなる。このところサンフレッチェがパッタリと勝てなくなったのはその辺にも理由がありそうだ。

「そういえばガンバはこの前の試合の時後半からサンフのゴールキックの時前線の選手にDFをマークさせたらしいね。そうすれば中林のキックじゃつなげられないという計算があったらしいよ」

 隣に座ってたドクトルが教えてくれた。確かに中林のキックは正確性がない。というよりロングキックがまともに見方に収まることの方が少ないのであった。そういう一つ一つの綻びを敵は見付けて突いてくる。そしてそれらが積み重なってついには崩壊してしまうのだ。残念ながらミシャにその軌道修正能力を期待することもできなければメンバーの中に劇的に変化をもたらせてくれる選手もいない。結局どうすればいいのか。ただ我慢して90分過ぎるのを待つしかないのだった。

 ハーフタイムに入ったらただただもう苦笑いをするしかなかった。逆サイドが空いててもそこにパスが出ることは皆無だった。というより長いパスが出ない。見えてないんだろうか。気付いてても出せないというならまだ良い。気付かないくらい視野が狭くなったといったら問題だ。果たして夏の調子の良い時期の選手と今ピッチは同一人物なのだろうかと疑問を抱いたのはぼくだけだろうか。

2009年11月 8日 (日)

大宮戦~伝統の一戦

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「シュート打て!シュート打て!何でもいいからシュート打て!」

 そんな声がここからも後ろからもそして離れた所からも聞こえてきた。相手に退場が出て一気に勢いが出てきたというのに肝心のゴール前に行ったらパスを廻してばかりいる。もうパス回しはいいからシュート打てよ。ミドルシュートなし、ペナルティエリアへ進入するドリブルもなし、サイドをえぐってクロスというのも森脇がたまにやるくらい。これでは守ってる方は楽だ。中央だけ固めておけばいいんだから。

 これだけ一方的にボールを回しておきながらシュートがないというのは観ていて腸が捻じ切れるかのようにもどかしかった。昔知り合いのオバサンが沢庵の尾を噛締めたいとあまりものまどろっこしさを表現したことがあるが正にそんな感じだった。何かシュートを打ったらいけないという決まりでもチームにあるんだろうか。

 そんな自ら招いた膠着状態でまるで枠に入らないシュートを打ったのはディフェンダーの槙野だった。何でDFの槙野がシュート打つんだよとそれでいいと称えつつもため息も出るのだった。攻撃の選手はどうしてシュート打たないんだ。と思ったら高萩が打った。それも外れ。シュート打てと言いつつ外したら外したで不満な感情になってしまう。

 でもそれはそれでしょうがない。この日の高萩は判断がおかしい場面が多かった。今まで腰の怪我が完治してないんだろうと大目に見ていたがあまりにも判断がおかしい。どうしてそういうプレーを選択してしまうんだという場面が多々あった。まあそれを言うなら中島もわざわざ相手がカットしやすいグラウンダーのパスを出すのである。それでカットされたら天を仰いだがそんなの取られるに決まっとるだろうがと叫んでしまった。

 左サイドの服部はボールを受けても縦へ突破を試みようとせず後ろに戻してばかり。まだ右の森脇の方がクロスを上げている。ただしゴールとはならず時々カウンターを受けることもあった。それでも守備に人数を割いてるだけあって大宮の攻撃は単発で終わった。それで相手が手薄なのを突いて攻めてやればいいのだがいかんせんサンフレッチェの攻撃は遅いのだった。そのままゴール前を目指せばいいのに無駄なパスをする。そこで見方の上がりを待つことはできたが相手の守備も戻ってきてるのだった。一体パスをする曲芸をしてるのかゴールにボールを入れる試合をしてるのか分からなかった。またこれがサンフレッチェの伝統でもあるといえばあるのだが。

 そしてついにゴールに入れることができた。よりによってゴールを決めたのはDFの槙野だった。本当に攻撃陣は何をやってるのだろうか。そしてリードした状態で試合を進めることになるのだった。

 しかし、ここでまたサンフの伝統が訪れる。せっかく一人多い状態で勝ってると相手の気迫に押されるんだろうか、相手の猛攻にアップアップだ。おいおい、前に蹴るだけかよ。もはやちっとも点を取ろうという意識は感じとれない。というよりも一方的に攻められてるじゃないか。ゴールを取ってイケイケになるんじゃないのかよ。もうクリアが誠意一杯。バタバタとせわしない。

 時間稼ぎ要員が交代の準備をしてた。だがなかなかゲームが止まらない。クリアボールもタッチの外に逃がせばいいのに敵にパスをしてしまうのだ。そしてピンチの連続、そしてクリア、また敵にボールが渡る。その繰り返しだった。だから終了のホイッスルが鳴った時喜ぶと同時に安堵のため息も出たのであった。

「いやあ、勝てて良かったねえ。もう今シーズンは勝てないかと思ってたよ。これで結局関東で勝ったのってこれと開幕戦だけだったよね」

 あ、そうだった。ドクトルに言われて思い出したが関東では勝ってないのである。これもかつては伝統であった。関東で勝てなく1年に1回か2回だけ勝つ。何とも伝統尽くめの一戦であった。そしてその伝統を意味することはほとんどどうでもいい下らないことである。がその下らないことこそが仲間との会話で尽きない部分なのだった。

2009年11月 7日 (土)

大宮戦~This is my Truth,Tell me Yours

2009/11/08 大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 ナック5スタジアム大宮

「もう諦めたら」

 日曜にある会合の予定を聞いた時サンフレッチェの試合を観に行くから参加できない意向を伝えるとこう切り返されてしまった。ただし哀しいことにこの時全く腹が立たなかった。正直どうでも良かった。今シーズンの関東での最後の試合であるにも関わらず別に行かなくても良かった。それでも行くことに決めたのは広島県人会の主催の団体割引チケットをすでに申し込んでいたからだった。

 リーグ戦で7失点、天皇杯でJ2チームとの対戦で敗退、チームのパフォーマンス低下、この条件で観に行けと言われてもそんな気が起こるだろうか。もはやサンフレッチェなどどうでもいい、そんな気がしてたのは事実だった。

 しかし11日試合の日は近付いてくる。行きたくもない試合に行かなくてはいけないという厭世感。やるせない憂鬱な感情が渦巻くのだった。それなのにどうしてもサンフレッチェの記事には目が行ってしまう。というより結局はネットで自分で探しているのであった。

 今シーズン残り4試合を残すのみとなってしまった。上位争いをしてぼくらも浮かれてた面もあっただろう。だけど何事も一つ一つ上がって行くのが筋だ。ぼくらの意識として功を急ぎ過ぎたのかもしれない。確かにもう4試合しか残ってない。だけど4試合もあるという見方もある。タイトルも何もないがそれ以上の価値があるかもしれない。それは来シーズンへの期待という意味である。

 期待、それがいかに現実味がなく幻想に満ちてるものかというのはこれまでの経験で分かっている。だけどそれなくしてシーズンを迎えられるだろうか。これから長いシーズンオフという冬眠生活に入るのにそれがあってこその補強やキャンプの情報に注意を傾けることができるのだ。本当にこのまま1回も勝てずに終わったらチームが下がっていくイメージしか持てなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。

 相手は大宮。藤本主税がいる。サンフレッチェにいる時は大好きな選手だったが敵になったら大嫌いな選手になってしまった。藤本本人には何の責任もないがそれはサポーター心理としてしょうがないだろう。藤本に勝利の雄叫びをやらせてなるものか。阿波踊りのゴールパフォーマンスをやらせてなるものか。藤本を潰せ。やっつけろ。

 こんなに藤本にこだわってどうしたのだろうかというとそれしかモチベーションの持っていきようがないのだ。グダグダ御託を並べようとやっぱり天皇杯の敗退して今シーズン目指すものがなくなったというのは大きい。一体みんなどんなモチベーションを持ってスタジアムに来るのだろう。いや、よく考えたら大宮にはホームで絶対に勝ったと思った試合を逆転されてしまったのではないか。あれは悔しいし情けなかった。あの時のリベンジ、晴らさでおくべきか。

 ああ、こんなことまでもう忘れてしまっていた。本当にこの時期ってチームの状態によってモチベーションが左右される。そういえば毎回シーズン終盤になると残留へ向けての勝ち点の計算ばかりやってたがそれをやらなくて済むだけ本当は幸せなのかもしれない。

2009年11月 1日 (日)

鳥栖戦~天皇杯終了につけ

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 23、それが全てであった。J2のチームに負けた。ベストメンバーを揃えた訳ではないがそんなの言い訳にならない。上位争いに加わったあの時期の神通力はもうない。あるのはなよなよとした失点癖。そしてシュートの決定力の低さ。やはり情けない。こんなチーム何で応援してんだろう。

 何でこんなチーム応援してんだろう。そういえば久々に感じた疑問だ。そしてこの疑問こそがぼくにとってサンフレッチェを応援する原動力だったのである。これで愛想をつかし人が離れたら、そこは哀しいもののせめて自分だけは応援してあげようという気になってしまう。ガラガラのゴール裏で負けてばかりのチームを応援してたあの頃。ふとその記憶が蘇ってくるのだった。

 こんなことを切り出してぼくは自己を称賛する訳でも何でもない。なぜならこれはぼくの性格のなせる業であるからだ。昔からその時々の主流とされてるものには乗らなかった。誰も気にも留めてないマイナーなものが好きだった。だから音楽にしてもそういうものを聴いてきた。パンク系の好きなぼくはCD屋で手当たり次第聞いたこともないようなバンドのCDを買いあさった。その中でとてつもなく気に入ったバンドがあり狂ったように聴いてた時期があったがその後そのバンドが売れてしまってからというもの大して聴かなくなってしまった。そのバンドの名はニルヴァーナといった。自己を称賛するつもりはないと言いつつも実はこの話は自慢なのだったのはちょっとロックをかじった人なら想像できるだろう。

 J2にいたとはいえ2008年は良くなっているという実感とこれから先に向けての期待感があった。それがある程度現実との折り合いが見えてきた今一般の人の感情としてはどうなんだろうか。これから先シーズンオフまでの4試合、不安でもあり興味深くもある。

 でも今年は天皇杯についてはもう終わってしまったのか。寂しいな。以前は戦力外の選手が出場するということが問題となって開催時期を早くした天皇杯であったが皮肉なことにこの試合で戦力外が決まった選手がいたようだ。正式に決まった訳ではないが観てる人がもう観たくないと感じてしまったら終わりだろう。いずれにしても期待を持って始まったシーズンの割には寂しい終わり方を迎えようとしてる気がするのだった。

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