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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年10月31日 (土)

道草

2009/10/31 天皇杯3回戦 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 コカコーラ・ウェスト広島スタジアム

 あの悲劇の7失点の後、放心状態のような日々が続いた。面白いサッカー、魅力的なサッカーと言われ専門誌にも紹介されたことのあるサンフレッチェのサッカーだったが7失点もしてしまったのだった。退場者が出てほとんどをカウンターでやられたとはいえ1点目と5点目などは防げた失点だった。特に5点目などゴール前に人数がいるのに簡単に決められたという面でショックは大きかった。逆に攻撃時はゴール前に人数を置かれると全くゴールを奪えない。やはり光が見出せない。ああいう閉塞状況を打破してしまう強引さや力強さがこのチームにはない。それを認識させてくれたということで夢から目が覚めたというのが適してるかもしれない。

 しかし、実をいうと放心状態といってもそれ程でもなかったのだ。毎日事務的に仕事をこなし電車では本を読みふけり家ではネットをやってる。ただ、その中にサッカーはなかった。無意識の内に触れたくない領域になってしまったのだった。

 それなのに家を出た拍子に隣のオバサンと顔を合わした時にはこの前は残念だったねえと言われ記憶を甦らせてしまったのだった。何でこのオバサン知ってるんだと虚を衝かれたような気分だったがそういえば出掛ける時も顔を合わせていたのだった。今から応援に行くのなどと聞かれたから一応ニュースでも観てるとき試合結果を目にしたみたいだった。

 あの屈辱の日。あの恥辱に満ちた日。苦悩と虚脱の入り混じった日。許せん、やっぱりこんなチームもう応援してやるものか。7点も入れられるなんてプロじゃない。もうサッカーなんか辞めちまえ。チームも解散、潰してしまえ。

 よし、サンフレッチェの代わりにもっと強いチームを応援してやろう。川崎、あの攻撃力はすざましいな。あっちで応援してる方が気分がいいだろ。青黒ストライプのユニフォームでも買おうか。でもあれを着るとなると抵抗感がある。いや、できない。それならまだ全裸で歩いた方がマシだ。やはりJリーグのチームは感情的によろしくない。それなら海外のチームにしよう。これならファッションとして着ている人よく目にするから問題はないだろう。リバプールなんか赤くてかっこ良いのではなかろうか。うん、それがいい。それを着ることにしよう。といって同じ値段を出すならやはり紫に手が行くのだった。

 結局あの時の記憶は消えることもないがサンフから逃れることはできないのだった。そこには見えないチェーンがつながってるかのようだ。そんなの誰からも強制されてる訳でもないのに離れることができない。うっちゃっておけば関係ないものをそれでも人生において関わりをもってしまった者を邪険にできない。まるで夏目漱石の『道草』のようだ。

 ぼくの意識も川崎に行きリバプールに行き無我に漂い道草を食っていた。それでいてやはり週末になるとサンフの試合に意識が向いている。そして相手が誰であろうと倒したいと願うのだった。

 だけど天皇杯。これって観る手段が何もないんだよな。また試合結果とイマジネーションに頼るしかないようだ。

2009年10月26日 (月)

川崎戦~そこにサンフがある限り

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 帰りに車中ぼくもドクトルも言葉少なだった。情けなくもあり腹立たしくもあり惨めでもあり。その惨状の原因を追究するにもあまりにも空しかった。

 70。その数字は重く圧し掛かるのだった。首都高を走る中、遠くでライトアップされた東京タワーが目に入った。

「あ、こんなとこからも東京タワー見えるんだ」

 そういう関係のない話題でも出さなければこの重い空気の中で話を切り出すにはあまりにも切なかった。

「だけど森脇も前半の内にイエロー2枚貰って退場なんてレベル低すぎるよね」

「そうだよねえ・・・」ハンドルを握るドクトルの表情は意外と柔らかい。「まあその前の先制点だけど服部のあの守備はないよね。全然身体寄せてないんだもん。服部がイエロー貰わないのも分かるね。相手と接触するような守備しないんだからファール貰う訳がないよな。それで2失点目もキックミスでボール取られて決められてしまったけどあれで切れてしまったね」

 話せば敗因らしきものはつらつらと出てくるのだった。

「ま、これで来年の補強ポイントはハッキリしたじゃない。まず左サイドと・・・といってもお金ないんだよな。中島のような戦力外になった選手を上手く使えたらいいんだけどな」

 点を入れられまくった後半。勝たないと何の意味もない試合だっただけにサンフレッチェは前掛かりに攻めた。だがそのどの攻撃も前線の人数が足りなかった。それでもゴール前の隙を突こうとパスを回してる内にボールを取られカウンター。結局そのパターンばかりだった。川崎は実に効率のいい方法で点を取りまくった。そしてサンフは効率の悪い方法で点が取れなかった。

 川崎について外国人3トップはズルイという見方もある。だけどその3トップだって世界的に見ればそんな大した選手でもない。誰だって自分の応援してるチームの選手の代表での姿を期待するのだろうがそういう幻想を打ち砕いてくれるにはとても良い効果があった。寿人にしてもDF2人付けばもう封じられてしまうというのがハッキリと見えてしまった。

「まあこんな日もあるよ」ドクトルの語りかけは胸に圧し掛かった錘を払いのけるような効果があった。そう、こんな日もある。こんな日もあるのだ。

 これで優勝の目は消えた。だけど毎年降格争いをやり昨シーズンJ2にいたチームが復帰1年目にして上位に食い込んだということだけでも大したものじゃなかろうか。しかも相手は昨シーズン天皇杯で破った相手である。今回は悪かった。ただそれだけ。そしてリーグ戦はこれで終わる訳じゃない。今年が駄目でもまた来年が。そこにサンフレッチェがある限り終わることはないのだった。

川崎戦~サンフレッチェを初めて観たスタジアム

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 ゲ、雨かよ。目が覚めた瞬間雨音を感じた。等々力競技場は屋根があるという面では安心だが気温が下がるという不安があった。ただでさえ昼と夜の気温差が激しいシーズンにありその気温の冷え込みというのは予想がつき難いのだった。

 すでに前日の試合で上位争いは混沌とした様相を呈してきた。そして下位争いも降格が1チーム決まった。リーグ戦も終盤に差し掛かって先が見えてきた。川崎とアウェイで対戦する時っていつもそういう時だ。ただ等々力での対戦は決まって天気が良かったような気がする。

 思えばこのスタジアムはぼくが始めてサンフレッチェを観た場所でもあった。そんなとおいきおくでかんがいにふけることもないがもはや遠い記憶となってしまった。あの10人くらいしかいないアウェイゴール裏に愕然とした記憶、せめて自分だけでも応援してあげようとした自愛の精神、その人気のなさにこそサンフレッチェを応援しようとした初期衝動であった。ただし不思議とそんな感慨がない。それが時の流れによる印象の希薄化というものだろうか。

 スタジアムへ行くのにぼくはドクトルを待った。ドクトルの車が来たのは昼過ぎだった。その時には雨は上がってたにせよ寒くなるのは目に見えていた。そんな天候なものだから車で迎えに来てくれたのは助かった。神奈川方面のスタジアムは千葉からだと結構面倒臭いのだった。

 開場からはまた大分早い時間だったものの等々力に着いた。それでも駐車場はすでに満車でその奥の臨時駐車場に廻された。川崎のような立地条件でよくこういう土地を確保できたなと感心した。料金も¥500、とてもリーズナブルな値段だった。

 その後にも続々と車が押し寄せている。早すぎるという感覚があった来場時間だったが車で来るなら決してそんなこともなかったのだった。ぼくらは駐車場からスタジアムへ歩くのだった。

 スタジアムを横にしてまだ時間があるからとイベント広場で時間を潰すのだった。DOLEの協賛でバナナのセールをやっている。そして開場の隅ではジャンケンでバナナの風船をプレゼントするという企画をやってたくさんの人が並んでいた。ただ、時間があるにも関わらずそこに並ぶ忍耐力はぼくもドクトルも持ってないのだった。

 公園では子供が遊んでいたがその遊具にフロンターレの看板が付いていた。川崎の企画力、地域浸透率といういのはもはやここまで来たのかという気がした。あの初めてサンフレッチェの試合を観た日、土曜の昼だというのに5千人しか客が来なかった。サンフレッチェも人気はなかったもののこのクラブには負けることはないだろうという驕りがあった。それでもあの当時から川崎は地域を巻き込むイベントを地道に続けてきた。10年も経てばそれが大きく差となって現れるようだ。

2009年10月23日 (金)

川崎戦の前々夜

2009/10/25 川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 チケットを買うの忘れてた。それもそのはず、川崎のACL出場の都合でこの試合の日程がずっと不確定だったからだ。そのせいでチケットの発売も遅かった。まだかなまだかなと思ってる内に忘れてたというのがその経緯だ。念入りにネットで調べてないと何の情報も入ってこないのでしょうがない面はある。

 そこでチケットを買う前に川崎のホームページで調べたのだがアウェイゴール裏が狭くなってるのだった。川崎というスポーツチームが根付かないとされてた土地で着実に客を増やしていたのだ。川崎都民などと言われあまり地元意識のない地域であるとされた。そしてその地元意識のなさ故根付かないとされた土地で立派に客を呼ぶことができた。サンフレッチェよりも後発クラブながらその努力は見習うべきだ。もっともサンフレッチェも昨シーズン辺りから客を呼べるようになっている。その為関東のアウェイ席が埋まるようになってきた。それなのに関東のチームの中ではアウェイエリアを狭くするチームもある。だからチケットの心配をしなければいけないという事態が起こるようになってきた。

 アウェイエリアが狭くなるという面で等々力競技場も例外ではなかった。ここの2階席なんて以前は余裕で座れたのにもはやそんな余裕はなくなってしまった。リーグを盛り上げるという面ではホームの客が入るようになった影響でアウェイ席を減らすというのは良い傾向だが席の確保という今まで心配しなくても構わない要素がサンフレッチェの観戦に現れるようになったのだった。

 会場何時間前に行こうか。悩んでいたところドクトルからメールが届いた。何と等々力競技場まで車を出すから一緒に行かないかというのだ。これは願ってもない提案だった。思いがけない幸運。この厚意に素直にお世話になることに決めたのだった。千葉から電車だと結構乗り換えが多く面倒臭い気がしてたので大変助かったのだった。これで何の心配もせずにスタジアムに行ける、やっぱり持つものは仲間なのだった。

 といってこれで心が安泰になったかというとそんなことはない。ガンバ戦の素晴らしき前半、嘆かわしき後半の記憶がまだ残っているからだ。不思議なことに記憶というのは良かったことより悪かったことの方が深く刻まれてしまう。ということで当然後半の酷さのイメージを引きずってるのだった。そして復帰するとばかり思ってたストヤノフは内転筋の治療の為ブルガリアに帰ってしまった。これも勝負を前にしたイメージとしてマイナス要素を注ぎ込むことになった。ああ、また等々力では悪夢のような体験をしなければいけないのだろうか。2007年の完膚なきまでに叩きのめされた記憶がまざまざと蘇るのだった。

 そんな中、別の仲間からもメールが来た。

昨日練習休んだカズとミカは今日はスタメン組  あとは予想通りのメンバー 

クワシンは見なかったと思います

 ああ、とりあえずカズは出場するのか。ミキッチも大丈夫そうだしそれだけでも良かったかもしれない。しかしこのメール送った仲間は関東の人間、一体どこからメール出したんだろう。

2009年10月17日 (土)

ガンバ大阪戦~緊張感の糸

2009/10/17 サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 広島ビッグアーチ

 どうしてあんなに人数いるのに防げないのか。

 改めて失点シーンを見直すと疑問が立ち込める。2人か3人の相手に7人ぐらいで守ってる。ということは失点をなくすということは25人ぐらいいなきゃできないのではなかろうか。同数では守れない。どれだけゴール前に人数を固めてもゴールを決められてしまう。シュートを打たれ弾き返しその跳ね返りを奪われまた攻められる。もうこれはシュートの雨あられ。波状攻撃というのはこういうのを言うんだろう。それはまるでシュート練習でもさせてるかのような光景だった。なぜにあんなに脆く不甲斐無いのか。この無様であるが見慣れてしまったシーンの連続に最後はため息しか出なかったのだった。

 最初の失点は中林だった。攻められてて流れが悪いのによりによってGKを外に出してしまう。GKのキックの精度がないというのは広島の伝統とはいえこれはキツイ。ほんの一息でも付きたかったのにわざわざラインの外に蹴ってしまう。これがこういう危険な流れの時尚更そういう傾向にあるのが困りものだ。敵に取られたならまだすぐにプレッシャーを掛けるとか方法もあるが外に出してしまっては何もできない。そして失点はそのスローインが起点なのだった。

 いつもいつもこのチームというのは悪い流れを断ち切ることができない。悪くなればみんな下がってしまいボールを前に運べなくなる。前半あれだけつながってたパスはまるでつながらなくなり防戦一方。こうやってハーフタイムで相手に修正されたらもはやそれを立ち直すことができない。前半と後半ではまるで違うチームになってしまったのだった。

 前半はガンバの選手をいなすパスワークで圧倒していた。特にミキッチは右サイドから再三チャンスを創り得点も時間の問題という気がしてた。そして実際にミキッチのクロスから青山が決めた。そしてミキッチを起点に槙野のゴールも生まれた。その時点で20、普通2点も差がつけば負けないだろ。あ、負けてはないのだった。引き分けだった。だけど2点も易々と追いつかれた展開にほとんど負けたような感覚だった。

 後半の戦いが不味かったのは明白なものの前半の良い時間でシュートが入らなかったのも痛かった。どう考えてもこれは入ったという場面もあった。ゴール前真正面から軽く蹴るだけで入るシュートシーンがあった。それをよりによって外してしまったのだ。あれを外すかーと仰け反ってしまったがそのシュートを打ったのもミキッチだった。スピードがありテクニックもあり鋭いキックも持ってるミキッチ。シュートだけはなぜ入らないのだろう。左サイドの服部は右サイドのミキッチと比べるとアシストは少ないが一応ゴールは決めている。なのになぜミキッチはゴールが入らないんだ。

 もうミキッチにはゴールは入らない。この時確信したのだった。上手い、速い、カッコいい、3拍子揃ったクロアチアのウィングはシュートが入らないという欠点を持ってるのだった。まるでそれはこの地上が生まれてこの方そうなるように決まってたかのようだ。それがミキッチに架せられた運命というやつなのだろう。といってチャンピオンズ・リーグではゴールがあるんだよな。何でそんな大舞台でゴールできるのにJリーグでできないんだよ。これはやはり天地創造の神がそうなるように仕向けたのだろう。

 以前マンガのキャラクターを作る際のコツを聴いたことがある。カッコいい、強い、好漢というキャラクターがいたらそこに必ず1つ弱点を入れるということだ。そうすることによって読者はそのキャラクターの特徴を憶え親近感を持つというのだ。ミキッチはまさにそのたった1つの弱点、シュートが入らないという特徴を持ってる選手なのだった。

 何だかミキッチだけで試合をしたような感じになってしまった。でも実際にミキッチが前でボールを持ったら攻めることができたし後ろに下がったらまるでチャンスがなくなった。ミキッチがいないとどうなってたことか。そしてそれ以上にストヤノフがいなくなって勝てなくなったというのも無視できない現実なのだった。

 外人に頼らない、誰が出ても変わらない、連動したパスワーク、その集大成が今のサンフレッチェと思ってたがそれは幻想だったのか。勝ち点も1しか取れずトップへ上り詰めるには厳しくなった。といっていつからそんなに上を目指すようになったんだろう。そういやシーズン中頃は落ちなきゃいいと言ってたような気がする。それが勝ち点を積み重ねることによって欲が出た。そしてまだ見ぬものを夢見た。浮かれてはないんだが希望を持った。だけどその適度な緊張感が外れた場合どうなるんだろう。それ程気合が入らなくなるのではなかろうか。ちょっと心配だ。といってこれからは関東での試合があるんだった。これにより緊張感の糸はやはりまだ途切れないのだった。

2009年10月16日 (金)

オリンピック立候補地広島

2009/10/17 サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 広島ビッグアーチ

 広島ビッグアーチ。広島が長崎と共同で2020年のオリンピックに立候補する意向を発表して多少話題になった。5万人収容の陸上スタジアムといったらここしかない。ただし最近の肥大化するオリンピックを例とするならばこれでも規模が不足してるのではないのかといった報道だ。そこで追加的にビッグアーチへのアクセスの問題も言及されてた。

 広島の秋葉市長はどういった意向でこういった行動に出たのか知らないが驚いたことに広島市民はこの立候補に好意的な反応をしていた。あくまでもマスコミによる報道であるが少なくとも東京オリンピックよりは支持されてそうだ。唯一の被爆国、平和の祭典ということで世界に向けるアピールというのが大義名分らしい。

 ただし、これには懐疑的な見方を向ける人間もいる。それはぼくを含んだサンフレッチェをおうえんしてきた観てきた人なのだった。あの2002年日韓W杯での広島の対応のまずさは7年経った今でも少しも霞掛かることがない。当時各地地元での開催を狙って様々な取り組みをやってきたのだが広島は平和都市という名前だけで選定されると高を括っていた感がある。その結果屋根付きのスタジアムを用意した他都市に負けてしまい開催地として選ばれなかったのだがその経緯がいかにも広島らしく密室的だった。数名の人間で安直に広島は何もしなくても選ばれるとビッグアーチに屋根を掛ける議論さえもしなかった。少なくとも外に分かるような形ではやってなかったのである。

 結果W杯の会場としては落選、更にどこの代表チームもキャンプ地として訪れることもなかった。世界に名だたる知名度をもっていながら広島はW杯を蚊帳の外として中枢に入ることはできなかった。広島にはそういう密室さ、閉鎖性、官僚さというものがある。実際に動かしてるのが誰なのか顔が見えない、参加したくてもできない、声も届かない、それでいて運営が稚拙、まるで数年前のサンフレッチェのようだ。そう、サンフレッチェとは広島そのものだったのだ。

 ただしサンフレッチェは変わった。少なくとも改善されつつある。少なかった観客も徐々に多くなり注目を集めつつある。その証拠に何気なく買った『エル・ゴラッソ』の表紙から3ページ目まで全部サンフレッチェの記事だった。しかも見出しには広島に勝算ありとまで書かれてるではないか。あの人気のない時代を知ってる身としては隔世の感がある。

 恐らく相手がガンバ大阪ということでそこそこ観客は入るだろう。サンフレッチェの試合では目一杯入っても2万人ぐらいだがこれまでの実績からいって2万人来たらビッグアーチのアクセスは麻痺してしまう。つまりスタジアムの収容人数は5万人あってもアクセスを含めた収容力という面では2万人が限界なのだ。そしてその2万人の人がビッグアーチに押し寄せた場合どうなるのか、そういうのを広島市はオリンピック開催の参考として視察に訪れることはあるのだろうか。恐らくないだろう。それだけは容易に想像できてしまう。

 だからビッグアーチに行く人にはお願いしたい。駐車場も限られてる、アストラムラインも遠い、シャトルバスも限界がある、その状態で人を集めるとどうなるか写真でも撮って送りつけてもらえないだろうか。知らない間にビッグアーチの改修工事が進んで交通設備が整備されないまま見た目だけ立派になったビッグアーチを押し付けられそうな気がする。そんな不安を抱えるのはぼくだけだろうか。

2009年10月12日 (月)

天皇杯での初戦

2009/10/11 天皇杯2回戦 サンフレッチェ広島vs JAPANサッカーカレッジ コカ・コーラウェスト広島スタジアム

 天皇杯とは奇なるものだ。その開催方法が毎年のようにコロコロと変わる。まあそれに関してはナビスコカップにしてもACLにしても年がら年中変更があるのでこれはカップ戦の持つ宿命と言えるかもしれない。そしてどの大会もまだ確固とした大会形式が固まってないとも言える。

 その大会の形式が決まらない背景は間違いなく注目度の低さがある。元日に行われる決勝だけは別にして天皇杯はとにかく注目度が低い。Jリーグのチーム同士の対戦でも観客動員には厳しいものがある。だからJリーグ以外のチームの対戦となるとこれはもう目も当てられない。これでは日本一を決める大会として権威がなくなるというので行った対策というのが2回戦からのJリーグクラブの出場である。果たしてそんな小手先の改革で注目度が上がるのかという疑問は拭えなかったが。

 しかし、2日間で行われた試合の中でJリーグのチームがアマチュアチームに負けるという波乱があった。これが天皇杯の恐いこところだ。大したことないと高を括ってるととんだ足元をすくわれてしまう。対するアマチュアチームにしてみればまたとないチャンスで高いモチベーションで臨むだろう。

 そういう危うい状況にありながらもサンフレッチェは大丈夫だろうという気がしてた。それは昨シーズンの初戦で当たった大体大戦では難なく60のスコアを叩き出したからだ。そしてその時も佐藤寿人が代表に召集され不在だった。それだけの根拠で勝てることを考えてたぼくは危険だったのだろうか。

 いや、むしろそれらの過去のデータよりもサンフレッチェのサッカーの特異性によるとこが大きい。ディフェンダーの攻撃参加、GKから確実につなげるパスワーク、チャンスがなければ簡単に後ろにボールを送り機を見て前線へのロングボール、こんなサッカーはアマチュアの中ではまず目にかかれない。それ故に対応するにもできないだろう。

 メンバーとしてはストヤノフ、ミキッチがいなかったらほぼこうなるだろうというメンバーだった。寿人の代わりに1トップで出た李忠成、その実力を見せるには絶好の機会だった。だけどゴールは生まれなかった。入団した時には即戦力という触れ込みだったがちっとも即戦力になってない。これはまだサンフのサッカーに馴染んでないということだろうか。それともこの程度のものだったということだろうか。この判断はもうちょっと時間を掛けないと分からない。ただ、今シーズンノーゴールの平繁が途中出場ながらも点を決めたことによりFW2番手は平繁という感覚ができてしまった。もしかしたら得点以外に素晴らしい活躍があったのかもしれないがしょうがない、中継を観る手段はなかったんだから単純なるスコアボードにより想像を膨らますことしかできないのだ。

 他にはネットを色々嗅ぎまわって試合の様子を探るのだがどうやら楽山が酷かったらしい。千葉でオシムサッカーに馴染んでるということで補強をしたものの1年経っても戦力にはならなかった。西部謙司著の『サッカー戦術クロニクル2』の中でオシムのサッカーについて解説があり守備はマンマーク、そして攻撃の時はマークを捨て攻め込んでいたとあったが果たして楽山にそんな姿がシンクロしないのであった。

 50、まあ悪いスコアではないだろう。得点者もバラバラ、これもサンフレッチェの特徴を現している。長く戦列を離れてた佐藤昭大や岡本の出場といった観てみたかった選手も観れたし現地に行けばさぞ盛り上がったことだろう。それなのに観客3,485人、やはり天皇杯は客入りが悪い。それなのにメンバーを落とすと制裁金を課せられる恐れもある。一々各チームの出場選手にまで注文を付けられる現状、その堅苦しさはどこかサッカーの本質とかけ離れてると思うのはぼくだけだろうか。

2009年10月 8日 (木)

台風が去り日本代表

2009/10/08 アジア杯予選 日本vs香港 アウトソーシングスタジアム日本平

 2011年のアジア杯の予選、こんなのがあるのを知らなかった。台風18号上陸によりすっかり話題から外れたという感じで気付くこともなかった。たまたまネットを見て知り慌ててTVを付けたのだ。ということでぼくのようなサッカー好きでさえ気付かなかったということは普通の人は尚更この試合の存在に気付かなかっただろう。この露出の低さ、日本サッカーって大丈夫なのだろうか。

 中継もBSでの放送。本当に注目されてないようだ。この代表の不人気振りはもはや手の付けようもないという感じだ。かくいうぼくも大して興味は持ってなかった。だって寿人は絶対に出さないというのが最初から分かっていたから。

 本当に岡田監督というのは観てる人がこの選手が観てみたいと期待に胸躍らせたら見事にそれを裏切るようなことをする。妙な哲学みたいなものを持っててガンと譲らないとこがあり不快な質問には露骨に不快感を示す表情をする。そんなつまらない人というのが想像できてしまう。監督業なんて嫌われたらお終いなだけに写真写りやパフォーマンスなどとても気を使う人種であるのだがこの人にはそういう発想がないようだ。その意味で本当に日本人らしい監督でもある。

 それにしても日本の選手はシュートを外す。外して外して外しまくる。アジアの中でも弱小の部類に入る香港にさえチャンスで決められないシーンがあるくらいだからやはり強豪国との試合でゴールが生まれないのは致し方ないことなんだろう。そんな諦めを抱いてしまうのだった。

 いや、こんなネガティブなことばかり言っててはいけない。もっと盛り上げるようなことをいわないといけない。と考えていたら寿人は出てきたのだった。後半30分、この時をどんなに待ちわびていただろうか。そして寿人が出た途端ポンポンと2点入った。その後も寿人はゴール前でファールを貰いFKのチャンスを得る。やっぱり寿人がピッチにいると面白い。

 ただし、当の本人はゴールをすることなく終わってしまった。最後に中村俊輔の縦パスを見事にトラップミスをしてしまいチャンスを潰してしまった。そしてその時点でこの試合は終わったと一緒だった。

 結局ノーゴール。存在感は見せたものの数字を残すことができなかった。何となくチームも寿人に点を取らせてやりたいというムードが感じられただけにこの機会を生かせなかったのは残念だった。

 しかし、一体ぼくは日本代表を観てるのだろうか、それとも寿人を観てるのだろうか。日本代表の興味も岡田監督ののせいで曖昧になってるのだろうか。もはや判断がつかなくなってしまったのだった。

2009年10月 4日 (日)

清水戦~ひ弱さの原点

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 清水は晴れていた。雨が降ってるのは関東だけのようだった。そして画面から伝わる様子では暑そうだった。柏戦といいまたしても試合が13時のキックオフになってしまい日差しが強い状態で臨まないといけない。13時という時間設定だが恐らくTV放送の関係で各試合ずらしてるのだろうが何でサンフだけこの時間と考えてしまう。ただ、関東から遠征した人にしてみれば帰りのことを考えると調度良い時間設定であるのも事実だった。

 そして画面を観てて驚いたのはカズがいたことだ。練習には出てるという話は聞いてたが試合に出るとは思わなかった。これも中島が累積警告で出場停止という事態にやむを得ずの措置なんだろうが感慨深いものがあった。と同時に大丈夫かという不安も抱えてしまった。いない間は早く復帰して欲しいと願ってたもののさすがに数ヶ月も出場してないと以前のパフォーマンスをこなすことができるのかという点で懐疑的になってしまうのだった。

 しかし、ディフェンスラインでのボール回しはカズが中心だった。そして強烈なミドルシュートも放って健在振りを発揮した。ああ、やっぱり戻ってきたんだと感慨に耽っていたのだがやはりその顔立ちが以前よりふっくらしてるのが気になった。そしてストヤノフならば隙を見て中央からドリブルで上がるのにカズがドリブルで上がるシーンは皆無だった。というより槙野も森脇も後ろからボールを前に出せなかった。その分ジリジリと清水の前線の選手が押し寄せてGKまでボールを下げざるを得ない、そしてそのボールを中林は大きくクリアしようとするも岡崎に当たって跳ね返りのボールがそのままゴールになりそうになった。危なかった。中林は1試合に1回こういう危なっかしいシーンがある。その反面1回やると後は安定するという傾向があるのでこの後は大丈夫だろうと安心するのだった。

 それにしても清水は隙がない。サンフが後ろでボールを廻してしまうのもいたし方ない部分もある。それでもミキッチのスピードとドリブルから何度かチャンスを生みついにグラウンダーのパスを寿人が詰めてゴールになった。ああ、やっと寿人がゴールを奪った。約1ヶ月ゴールのなかったエースにもう永遠にゴールがないような気がしていた。忘れた頃に決めてしまうのだった。

 ただ、これで勝てるという気はちっともしなかった。そしてその予感の通りサイドからのクロスを岡崎にアッサリと合わされてしまった。その華麗なヘディングシュートに頭を抱えてしまった。

 試合を通してサンフレッチェはテクニックもあり時としてこんなパスを通すのかという場面もあるがゴール前の強引さとかあと一歩というところでの執念というものが足りない。対して清水は徹底してサイドから攻めてきて守りの部分でも完全にブロックをしてくる。何度も訪れたカウンターのピンチも難なく防いでる辺りがやはり違った。もっともこれはサンフのカウンターが遅いという欠点でもあるのだが。いずれにしてもこういう両者の戦いを観ているとまるでそれはJリーグのユースチームと高校サッカーの違いを感じたのだった。テクニックがあり将来有望な選手がJリーグのユースに入るも日本代表には高校サッカー出身の方が圧倒的に多いという現状を見事に描き出してるかのようだった。ユース出身選手の多いサンフレッチェにひ弱さが見えたのは気のせいだろうか。

 徹底的に追い込まれた練習に明け暮れる高校サッカーにはあと一歩というとこで気迫が違う。ふとそんなことを考えたのは直前に本田裕一郎(流通経済大柏高校サッカー部監督)の『高校サッカー勝利学』という本を読んだせいだろう。

2009年10月 3日 (土)

清水戦~キックオフを待ち構える

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 しとしとと小雨がぱらつきあまりかんばしくない天候だと思っていたら徐々に空は光の度合いを強めた。昼から晴れるという予報は当たっているようだった。どうやら観戦するには支障のない天気らしい。

 今頃タイセイさんもドクトルもそして他の仲間も静岡に向かってるところだな。今頃どの辺にいるんだろうと想いを寄せる。ぼくも行けば良かった。行けなくもなかったんだが夕方に用事ができてしまい断念することにした。せっかく鉄道の日きっぷとかお得な情報を貰ったというのに。

 ただし、諦念の情に支配されつつもはやり何とかやり繰りすれば行けたよなという打算も頭の隅には残っていたのである。そしてそれが時間と共に肥大化して後になって後悔という形で残るのはよくあることだ。ちょっとした気の迷いや不断さというのは特にそういう傾向になり勝ちである。

 しかし、ぼくは行かなかったことが正解だと断言できるようになった。絶対に行くべきじゃなかった。本当にチケットを買わなくて良かったと思ってる。それもそのはず、どうも朝目が覚めてからというもの腹の具合が悪いのである。恐らくチケットを買っていたらそれでも出掛けてしまっただろう。果たしてこの状態で遠征に出てしまうと、考えただけでもゾッとしてしまうのだった。そしてそうこうしている内に外で雨の音が聞こえてきた。あ、やっぱり天気も悪かったんだなと自分に言い聞かせる材料が増えたことは表層に薄皮を貼る如く安堵への手助けにするのだった。

 ということでTVの前で待機している。そして昨日食べたものを回顧する。普通に夕飯を食べその後のデザート。最近ではスイーツなんて言い方をするらしいが流行語に馴染めないぼくは未だその言葉を使ったことがない。というよりぼくのような武骨な男が言葉にするにはとても違和感のある語感だ。果たして英語では本当にこんな言い方するんだろうか。時々英単語から派生した言葉が流行したりするがぼくはそういうのを気持ち悪くて使えない。英語を会話に入れたかったらロックを死ぬほど聴いて魂を血肉化してからにしろ。そしてそういうことを叫んでいて何回女の子に引きつった顔をされたことか分からない。

 それはそうと朝ラジオを聴いてたらタイムリーに長谷川健太監督のインタビューをやってた。次の対戦相手はサンフレッチェ広島、やっかいな相手ですねと聞かれた時少し誇らしい気分になった。ただ、その返事として長谷川監督は実に淡々とはいと儀礼的に答えたのだった。

 キックオフの時間が近付いてくる。部屋の中で身構える。そうするとやはり腹が気に掛かる。あ、やっぱり今日は駄目だ。どうやら昨日甘いもの食べすぎたようなのだった。

2009年10月 2日 (金)

清水戦へ想いを馳せて

2009/10/03 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 アウトソーシングスタジアム日本平

 現在2位の清水。1位との勝ち点は1しか差がなく後半戦に入ってグングンと順位を上げていった。その勢いたるや確固としたものがありちょっと負けるイメージは沸かない。対してこちらはは4位、一応上位にいるが何とか留まってるという感覚が強い。こちらも後半戦に入り8戦負けなしと好調を維持してるようにも数字の上では見えるが実際にはそう磐石なものでもない。というのもここ2試合で勝ってない上、前節の新潟戦での負け方があまりにも安い失点によるものだったことで気持ちの上でのマイナスイメージが出来上がってしまった。そして何より次が日本平での試合というのが大いなる壁なのだった。

 日本平。ここでは本当に勝てない。ここまで勝てないと魔物が住んでるのか、それともここにしかない特異な空間が存在するとか、はたまたサッカー専用スタジアムならではの威圧感のようなものを想像した。それもこれも行ったことがなかったから。スタジアムの光景は映像でしか知ることができず体感することのなかった身にとってそれは一種のミステリーだった。そしてついに実際に現地に足を踏み入れたのが一昨年前だったのである。

 もう降格争いの真っ只中にいて負けることが目に見えてたのに仲間と乗り合いで清水まで向かった。その道のりは高速を使ったせいか意外とアッサリと着いてしまったという印象だった。そして未知なる領域の日本平スタジアムに足を踏み入れたら、そこではまたしても意外と普通な雰囲気だったというのが正直なことだ。魔物、異空間、威圧感、そんな言葉が全く似つかわしくないただの山の麓に建ってるスタジアム。ここでミカンの即売をやってても何ら不思議ではない牧歌的な雰囲気に満ちていた。それなのにやはりその日もその場所で負けて帰ったのである。

 一体サンフが日本平で勝てない正体は何なんだろう。それを見極めたく現地に行きたい。でも色々と事情があり今回は無理そうだ。しょうがないから現地に向かった仲間に電話で様子を聞くしかなさそうだ。

 ああ、でもこれで勝ってしまったら来れば良かったのにと散々浮ついた口調で対応されるのだろう。でも負けたら今日は来なくて良かったですねとため息混じりの言葉となる。もうその辺の台詞は初めから分かりきっているというよりぼくらの挨拶のようなものだ。ご近所同士でとりあえず顔を合わせたら今日は暑いですね、寒いですねといったような。ただ、用途としては一緒でもぼくらの場合そこに感情が混じってて挨拶というにしてはいささか濃いというのも事実なのだった。

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