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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年9月27日 (日)

新潟戦~忘却の効果

2009/09/26 サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

いつものB5が人ビッシリ入ってました

チュンソンは流れ止めてましたね…まだ使うには早い気がします。横竹は使えば使うほどどんどんよくなってますね。負けは久しぶりで堪えました。FKゲットしたとき、メインスタンドの下からイリアンが出てきて、自分で蹴る真似をしてました。

 ビッグアーチに行った仲間からメールが来た。B5というのはぼくがビッグアーチに行った時座る席。ゴール裏に隣接するバックスタンド席で中途半端な位置付けであるが為にエアポケットのようにポッカリと空いてる地帯のことなのだ。確かに映像で観た時ゴール裏からずっと埋まってるように見えた。その割に入場者数は14,690人、見た目程入ってないなという気がした。ビッグアーチの入場者数は見た目の印象と違うことがよくあるのだった。

 他にも吉田の練習場ではカズが普通に練習をやってるという情報もあったもののアゴの輪郭がふっくらしてるということで復帰は近いのか遠いのかよく分からないのであった。次節は中島が出場停止だしここでカズの復帰はあるかと想像する。まあこういう想像というものは当たった例がない。当たるのであればサンフレッチェは毎試合4点ぐらい入れて勝っているのだが。

 まあそういう夢物語ばかり思い描いているがために負けたら深く落ち込むことになる。もうちょっと現実的になればいいのにと我ながらに思ってしまうのだった。まあこの気分の落ち込みは忘れることにしよう。ああ、忘却こそ人間の生きていくための一つの機能なのだろう。そうでなければこんな良い体験より辛い結果の方が多いサッカーの観戦なんてできないのだった。

2009年9月26日 (土)

新潟戦~わずかな希望を見出すと

2009/09/26 サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

 新潟のエース矢野貴章はいとも簡単にゴールを決めた。そして我らがエース佐藤寿人はシュートを打てども打てども決めることはできなかった。そしてそれが結果として残った。まさにそこに要約されるだろう。負けてしまった。いつかは負けるだろうとは思っていたがそれはこの試合だった。今までが出来過ぎ、それともチームの調子が下がったそのどちらであるか判断はつきかねるが当然気持ちとしては後者に傾いている。

 そもそもこの試合始まりからボワーンとしてた。それは新潟のプレッシャーの弱さというか迫力のなさに容易いという感覚に陥ってしまったからだ。更に、かつては遠方であるにも関わらず大挙して押し寄せた新潟サポーターの数が唖然とするぐらい減っていたというのも影響を受けたのだろう。開始後の2回あったビッグチャンスに高柳と寿人がキッチリとシュートを決められなかった。またそれが尚更緊張感を緩くした。チャンスで外そうとこんなチャンスはまたいつでも作りだせるという安直な発想になってしまった。そしてその後に失点をしてしまったのだ。

 この最初の失点、何とゴール前には4人もの選手がいた。それなのに3人の選手にいともアッサリと崩されてしまった。その効率の良さに拍手を送りたくなった。対してサンフレッチェの攻めときたらつないでつないで相手の出方を見てそしてラストパスを送るという実に手数の掛かったものである。GKのスーパーセーブもあったがこれでは守る方も人数を掛ければそんなに難しくない。誰か強引にシュートに持ち込んだりしないのだろうか。

 そしたら強引に行ったのは新潟の選手だった。3人も適がいるというのに新潟のジウトンはゴールに突き進んで行った。そして放ったシュートは中林が押さえきれずこぼれてしまう。そしてジウトンは粘ってそのボールをゴールに蹴ってしまった。

 コロコロコロとボールはゴールに転がり込んでしまった。その時のサンフの選手ときたらただそのボールの軌道を眺めていた。間に合わなくても防ごうという姿勢がなかった。結局サンフレッチェに失点が多い、もしくは安いと言われる失点が多いのはこういう姿勢のせいなのだろう。

 後半になりサンフレッチェは攻めに攻める。2点差で負けてるんだから当然だろう。だけど新潟はすんでのところで防いでくる。大体どこのチームもゴール前中央を固めてくるが新潟も例外ではなかった。そしてサンフレッチェはそういうチームに対していつもと同じように攻めようとする。そしていつもと同じように攻めあぐねるのだった。

 だがやはり攻めていればチャンスは訪れる。ゴール前、裏に抜け出たボールにオフサイドポジションにいた高萩は反応しなかった。そして高萩がオフサイドと判断した新潟の選手は足を止めたというラッキーもあって走りこんだ青山がゴールを決めた。これがJ1ホーム通算400ゴール目ということだ。ただ、こういう数字って選手にとって何か意味があるんだろうか。しきりに実況がそのことについて触れてたがどうでもいいことであった。むしろあと1点取らなきゃどうしようもないだろうがとイライラが積もるのだった。

  選手交代をする。李忠成が入る。やはり期待してしまう。ただ、その後楽山が入ることによって一度付いた火が消えてしまったかのようだ。楽山が入って良くなった例がないことで同点ゴールへの渇望は空虚なそよ風のごとく消えていってしまった。そして平繁の投入には脊髄が抜けたかのように身体がナヨナヨと沈んでしまった。これでももっと平繁のプレーが観たいと思ってた時期があったのになあ。

 かくして試合は終わってしまった。12、負けた理由は点を入れることができないのに点を入れられるから。そんな幼稚な理由を考え付いたのだがまさにそれしかないのだった。シュートは外すのに敵には簡単にゴールを許してる。もっと守備の練習をしろ。守って守って守り通せ。それじゃサンフのサッカーができないというのは分かっているのだがもう理性が働かない。

 でもやっぱり選手層の薄さが災いしてるのだろうか。ストヤノフも柏木もいなかったし。横竹を出さないといけない状態だもんな。でも横竹も段々と良くなってる気がする。きっと次は累積警告で出場できない中島の穴を埋めてくれるだろう。といって解説の前川さんは交代で横竹がピッチを下がる時わずかにパスがずれてるなんて言ってるのだった。良く見えたのは単にぼくの希望という色眼鏡が掛かっていたからなのであろうか。

新潟戦前

2009/09/26 サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

 柏木がいない。そんなのは長いリーグ戦を戦う内には発生することだ。だけどこのところの調子の良さから本当にノッテル時期だっただろうにこの欠場は悔やまれる。ましてや4枚目の警告だがどうやら審判への異議について出されたようである。それが尚更勿体ない気がした。

 更に1週間休んだストヤノフは当然ながら出場するものとばかり思っていたら体調の問題でまたしても欠場ということだ。こんなことなら欧州予選から戻ってきてすぐに出場させなければ良かったのにと今更ながらに思ってしまう。といって瞬間には出てくれないと不安であったのも事実である。そう考えるとこういう非常事態がないと異なったメンバーというのは試せないのかもしれない。結果的に昨シーズンはメンバーが揃わないことで使った選手が上手くはまった。そして今シーズンも中島や中林のように代役として起用して代役以上の存在となってしまった例がある。だから決してネガティブに捉えるひつようもない。

とはいえ選手がどんどんいなくなっていく。どうしてこうもサンフレッチェはフルメンバーにならないのだろうか。それは昨シーズンから続くミステリーでもあった。そしてその都度それが新たなオプションを生み出しているのもミステリー。もしかしてそれを操ってるミシャってマジシャンなのではないだろうか。チームに新たな顔を生み出す監督。

でも、ミシャに限ってマジシャンなどという洒落た言葉はとてもじゃないが似合わないのだった。

2009年9月22日 (火)

柏戦~試合が終わり

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

「あの審判ってガンバ戦の時の・・・」

「そう、鍋島だよ」

 そう切り替えしたのはドクトルだった。その口調は憎き相手という感じだったがすぐに口元が緩んだ。「だけどジャッジへの不平不満もあるけど、基本的にヘタだよな」

 その言葉によって数々あった判定への不満を解放させてもらった。ヘタクソならしょうがない。槙野が倒されてもファールを取らずその直後柏の選手のわざとらしい転倒に笛を吹いたのも、柏の選手が不必要に倒れて時間稼ぎをしてたのにロスタイム4分しかなかったのも、カードを連発するのも納得がいった。ヘタなんだ。ヘタだからしょうがない。判定がブレようと元々こんな程度なんだと思えば腹も立たないのだった。

「ただイリアンいなくてもこれくらいはやれるんだね。そのメドが立っただけでも良かったよ。横竹もまあよくやっとったよ」

「でも・・・」ぼくは口を挟んだ。「柏木と青山が出てきた時のような驚きはないよね」

「それは確かにね」

 その肯定に一種の満足を覚えながらもやはり皆そう思ってるのかという一抹の寂しさも感じたのだった。

「あと、平繁が酷かったですね」

「そうだよ、ボールはすぐに失ってしまう、周りと噛み合ってない、彼のとこにボールを出してもそれを生かせないんだよね。あと高萩も良くなかったなあ。どうしてあんな余計なところでボールを捏ねるんだろうね。やっぱりまだ腰が良くなかったんかな」

「それより寿人だよ。3回もあったシュートチャンスで全部外してしまうんだもん。あれじゃあ勝てないよ。それでも代わりのFWがいないという弱みもあるんだけど」

「それ考えると李忠成出したかったなあ。契約で出れないんだけど結構出てきた方が柏の方も盛り上がったような気がするけどなあ」

 柏駅へ向かう道すがら、愚痴とも評論とも言えぬとりとめのない話が続く。試合が終わってから出口で待ち合わせをしドクトルとタイセイさんとOさんと合流した。帰りの道は観戦客でずいぶん混雑していて信号待ちでずいぶん足止めを喰らったが気にもならなかった。却って尽きない議論には短い時間であるかのようだった。

 しかし愚痴を言うのも以前のように殺伐としていない。少なくとも降格はない順位にいるせいだ。上を目指してるって何ていいんだろうというのは皆が認めるとこだった。

2009年9月21日 (月)

柏戦~同点で終わる

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

 肌が焼けそうなくらいの日差しだった。ハーフタイムにはすぐに席を立ち裏手の日陰に行った。そしてかき氷を買おうと売店列に並んだがその列は長くそしてちっとも進まないのだった。このまま行くとハーフタイム終わってしまいそうだ。もう時間を見切って列を離れる人もいる。どうしようか、ここまで並んだのに離れるのは悔しい。究極の選択だった。

 スタジアムから歓声が聞こえる。後半が始まったことが分かった。ああ、どうしようと思っていたところで「かき氷終わりました」という店員の声が届いた。と同時に駆け足で離れる列にいる人。大体こういうスタジアムの売店をやってる人は素人が多く本当に手際が悪い。的屋だったら一日の氷の量も分かってるし手際の早さも違ったろうにと徒労に終わった行列への参加に後悔するのだった。

 再び日差しの強いスタンドに戻る。この暑さはサンフレッチェに不利に働く。柏木などは前半から全力疾走でプレスを掛けに行ってる。後半体力持つのかと不安になった。ストヤノフ不在、横竹のスタメン、それだけで不安要素は大きかったがその割には結構やれてるという気もした。それにはやはり中島の存在が大きい。最終列をまとめ攻撃の起点になる。正にいつものストヤノフの役割をやっているのだった。今更ながらよくこんな他のクラブを解雇された選手がチームの軸ともなるような役割をこなしてるなという気がした。でも同様の移籍で李忠成もいるのだがこちらは柏との契約上今回は出場ができなかった。ただ加入したのも最近なので今までいなかったという意味でそれ程不利な要素とも思えなかった。だがやはり出て欲しかったというのがこの試合を観るとしてしまった。

 CKから何だか訳の分からない内に失点してしまった。やっぱりセットプレーかよとため息をついたが反撃をするにも駒不足であるのは明白だった。寿人はせっかくのチャンスで3回もシュートを外してしまいもうこの試合でゴールをするのは無理な気がした。後半から出た高萩は動きにキレがなくなぜかゴール前でボールをこねくり回して取られてしまう。そして最後の交代カードとして出た平繁だがこれがまた空気のような存在感だった。その時李忠成が使えればと頭に浮かんでしまった。

 柏は時間稼ぎをする。ちょっと接触しただけでバタバタバタバタ倒れる。そして律儀にそれに対して笛を吹く審判。そしてサンフの攻撃も中央、中央へ寄ってる。当然柏は中を固めてくる。だめだ、これはもう芽がない、そんな気がしていた。そんな時のCKだった。

 柏木のセットしたボールはこの日蹴る度にクリアされてた。そしてこのキックもやはり柏の選手が弾いた。だがそれはゴール前の密集地にいた森脇に渡りそのまま横に流れシュート。これが人数がいたにも関わらず相手とゴールポストの隙間に上手く入った。森脇の同点ゴール。今シーズンでは新潟戦でもそうだった。オウンゴールとなったが追い込まれた時にゴールを決めるのは森脇なのだった。

 森脇が豪快に喜びを込め走る。そしてそれが指定席の目の前を通った時森脇の弾けるような気を感じたのだった。そういえば昨シーズンも水戸戦で同点ゴールを決め草津戦ではロスタイムに決勝ゴールを決めた。そういう劇的なシーンが思い出される。だから森脇は外せない。守備が安定しなくともバックパスを掻っ攫われようともそれで外して欲しいとは思わなかったのはこの劇的なシーンを演出するキャラクターによるのだった。

 あと1点。あと1点何としてでも入れろ。そう願い必死に手拍子を合わせる。できれば声も出したかったもののいかんせん指定席というのはそういう人が一人もいない。だから叫ばないまでも内心では燃え滾っていた。そして実は指定席に座ってる人は声に出さずともみんなそんな雰囲気があったのだ。

 それなのに攻めるどころか逆に攻められてしまった。マズイ、マズイ、ここは凌げと言ってる内に終了の笛が鳴った。自慢のパス回しが冴えたとは言えない試合、ミドルシュートを狙わなかった、サイドのクロスももうちょっとえぐってからやりたかった。そういう不満もある。あるが挨拶に来た選手には皆一様に拍手で迎えたのだった。3位以内を確保するには勝っておかないといけない試合だった。だけど例年になく高い順位にいる。そしてその中で負けなかった。皆それに満足してるというようだった。そしてそれ以上に選手をこんな真近で観れるというのが不満な感情を忘れさすのに充分なのだった。

2009年9月20日 (日)

柏戦~激しい日差し

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

お久しぶりです。

さて久々の関東での試合である柏戦が近くなりました。

ACLを狙うためにも、ここは競技場に直接行って声援したいところですが・・。

如何せん式の6日前ということで行けません(>_<)。

正確に言えば、行く許可が出ません(>_<)(>_<)(>_<)。

ということで、声援の程、宜しくお願いします。

 栃木に引っ越したKさんからのメールだった。転勤が決まってもう会えなくなるねなんて話していたもののなぜか試合に行くと姿があった。だがさすがに今回は結婚前ということで来れないようである。まあそれはそれで目出度いことではあるのだが。

 声援お願いしますなんてあるがぼくは今回は指定席チケットを購入した。果たして指定席の雰囲気なんてどうなんだろう。声だしをしても平気な雰囲気なんだろうか。ただ、ゴール裏は早めに行かないと良い場所が取れないだろうがその点指定席は安心感がある。ただしぼくの仲間はみんなゴール裏のチケットを買ったようだった。

 午後1時のキックオフ。これがどんなにせわしないか。オマケに太陽はさんさんと輝いている。9月とはいえこの日差しは厳しい。もう2時間ずらしてくれれば良かったのにというのはぼくだけでなくとも思ったことだろう。

 柏駅からスタジアムへ向かう。恐らく道を知らない人でも簡単に現地に着くことはできるだろう。それくらいハッキリと人の流れというのがあった。その人の影は黄色と紫。サッカーを観に行くというのは明白だった。

 駅から歩くと結構距離がある。もうそろそろ着くだろうと思ったら最後に一本道があるという感じだ。そして公園の敷地を通ってスタジアムにたどり着いたが何だかホーム、ビジターで完全に入り口を分けられてた。サポーター同士のイザコザがあるとその分だけスタジアムは不便になる。そして一度できた規制は緩和されることがないので今後ますます気軽さがなくなっていくだろう。その内空港の税関にでも匹敵するような管理体制にでもなるんじゃないかとさえ思えてくるのだった。

 そしてぼくは階段を登りビジター指定席に出た。その瞬間顔面に容赦なく日光が降り注いできた。日陰の涼しさからは考えられない日差しの強さだ。帽子なんか持って来てない。この気候で観戦するのかよ。それ以上に選手はこの天候で戦わなければならない。厳しい試合になりそうなのはその時点で想像がついたのだった。

2009年9月19日 (土)

柏戦を向かえ

2009/09/20 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 日立柏サッカースタジアム

 柏スタジアム、サッカー専用スタジアムの臨場感を味わうにはここほど適当な場所はない。場所によってはCK時本当に選手が手に届きそうなくらいの距離に来る。一つ一つのプレー、選手間の声の掛け合い、ボールの音、それらが直に聞こえる。だからここでの試合は他の試合とは違った味がある。

だが、それでいてそれ程このスタジアムには客が入らない。それは単純に柏の集客力の問題もあるだろうがスタジアム自体の企画の問題もある。見渡す限り席が埋まってるように見える時でも1万人ぐらいしか入ってない。それゆえ本当に15千人入るんだろうとという疑問の声は聞くことが多い。実際ぼくも15千人は入らないだろうと思っているのだった。

要するに柏スタジアムというのは狭いのだった。収容力としては小さいことが逆にこのスタジアムならではの味を出しているのだった。

しかし柏という街はどこか遊離してるような街だ。千葉県で一番栄えてる所はと聞くと最近は柏だなと言われる。確かに人口も多いし東京、茨城、埼玉などの隣接の県の中継地となっている。それなのにどこかこじんまりとした印象を受けてしまう。駅前ではストリート・ミュージシャンをやっていたりアーケード街も華やかに彩られている。それなのにそのアーケード街を一歩踏み出すとそこはもう生活の匂いに満ちている。まあどこの都市に行ってもそんなもんだが柏レイソルのイメージというのはぼくにとってこの生活の匂いと共存してるのだった。それ故にどことなく同じ千葉県内でも柏というのは違うのである。千葉には柏と千葉で2チーム存在してるが実はその棲み分けは絶妙なのかもしれない。

過去における柏スタジアムの試合は強烈に記憶に残っている。そしてそれはピッチが近いということと無関係ではない。特にゴール裏にいるサポーターの声はGKにモロに聞こえる。2002年の対戦ではサンフレッチェのサポーターの野次に対しGKの南は中指を突き出した。激高するサンフサポに対し南は余計に挑発をしたのだがその試合見事にサンフは負けてしまって南への感情は怨念へとなったのだった。だがその年J2に降格したことで柏スタジアムでの対戦は2004年まで訪れなかった。そしてシーズンを前にして今度こそ南への怨念を晴らすことができると意気込んだものだ。

しかし再び柏スタジアムで対戦した時には南へのブーイングはなかった。むしろサンフサポから南コールが起こったのである。それもそのはず、そのシーズンのホームでの対戦の時何と南はキャッチングしたボールを誤って自ゴールへ投げてしまったのだ。それが先制点となりその試合は30というスコアで勝つことができた。チーム自体それまでなかなか勝てなかっただけにその勝利はありがたかったのである。

その南への感謝、そしてまたオウンゴールをしてくれるのではという突拍子もない期待にアウェイゴール裏は沸いた。南がキャッチすると投げてくれと叫んだ。それは決して揶揄というものではなかった。本当にやってくれるのではと思い込んでいたのだった。今考えると陳腐だが恐らく今でも南がゴールマウスに立つとぼくはオウンゴールを期待してしまうだろう。

その南も横浜FCから移籍してきた菅野にポジションを奪われピッチに立つことはなくなった。確かに菅野の方がゴツイ顔をしていてGK向きだ。若い頃から将来を嘱望された南にしてみれば不遇が続いている。そこで一時はサンフレッチェへ移籍なんて噂まであったものだ。だけどどうしても見方になる南というものがぼくにはイメージできなかった。敵であって欲しい、そして倒しがいのある敵が南なのだった。残念ながら南の出場はないだろうが菅野は確かにそれよりもしぶとい敵なのだった。

やっぱり柏スタジアムでは熱くなりそうだ。あそこでサポーター同士のイザコザが起こるというのもしょうがないのかもしれない。でもお互い同じサッカーファン、相手がいなければ試合はできない。試合以外のとこでは落ち着こう。こんな発言ができるのもきっともう降格はないような順位にいるせいだろう。ああ、こんな気分で試合に臨めるって一体何年振りだろう。

2009年9月12日 (土)

横浜Fマリノス戦~緊張の5分

2009/09/12 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

「ロスタイム5ふーん!」

 思わず叫んでしまった。最近のJリーグはとかくロスタイムが長い。一体これはどういう意味があるんだろうか。4分というのはこのところの標準となりつつあるが5分というのはもう世界標準を越えている。その内5分でも短いような気がしてきて7分、8分とどんどんエスカレートするんじゃなかろうか。そしてこの異様に長いロスタイムに慣れて国際試合で最後のワンプレーで慎重になりすぎて時間切れという勿体ないことをやりかねない。実際に北京オリンピックでCKのワンプレーで前半が終わるという場面でFC東京の梶山が水を飲んでる内に終了のホイッスルを吹かれてしまったということがある。島国である日本はどうしても世界標準と外れた暗黙の地方ルールというものができて異質になってしまうというのは避けられないことなのだろうか。

 それにしても勝ってるとはいえ5分のロスタイムは長い。もう何分経ったろうかと時計を見るとまだ5秒しか経ってなかったりする。もどかしい。もどかしくてもどかしくてもどかしかった。それは追われるものの感覚という効果というより試合の流れによる影響が大きかった。攻められ攻められ攻められ続けてすんでのところでクリアで逃げる。そしてまたそのクリアのボールを拾われまた攻められる。これでは平静な気分になれる訳がないだろう。

 そしてもう一つ、それは31という余裕のあるスコアから1点返されてしまったという事実からだった。しかもその失点の仕方がいとも簡単に裏を取られて入れられてしまった。そしてそのゴールを決めたのが渡邉千真。この選手にはいつもいつもやられる。開幕戦、ナビスコカップ、そして今回と同じ選手に点を取られるというのはサンフレッチェならではなのだった。

 もしかしてわざと1点差にしてんじゃないだろうか。ギリギリの状況になってやっと守備が堅くなってきた。というかほとんどの選手が自陣に戻ってた。ただ攻撃を跳ね返すだけ、これをサンドバック状態と言うんだが解説までそういう表現を使ってたのには苦笑いをしてしまった。

 ただ、それでもたまには前線にボールが行く。寿人が受ける。良い位置だ。そして敵にパスを贈る。はたまた服部からゴール前にクロスが入る。それを李忠成はことごとく空振りをするのだった。せっかくのカウンターで得点するのチャンスをFW2人は全てつぶしていたのだった。忠成はしょうがないにしても今日の寿人は酷かった。

 そしてタイムアップの笛、ぼくはその場にヘナヘナとうずくまってしまった。最近のサンフレッチェの試合はいつも後半途中から喉がカラカラになる程に緊張する。先制して逃げ切り、そういうパターンの試合をしているためそれはしょうがないことだった。

 タイセイさんに電話をする。

「いや、今日はパスがつながらなかったですねえ」

「そうですねえ。雨の影響もあったのかな。でもストヤノフは凄いですね。代表で2試合もやってヨーロッパから帰国してあれだけのパフォーマンスをするんだからねえ。でも途中交代したことでストヤノフいなくても守りきることができるというのがわかりましたねえ。あ、それとうちの場合どうも中断期間の後の試合というのは良くないんですよ。試合が続いた方が調子がでるんじゃないでしょうか」

 そうなのか、確かに長短のパスを駆使した戦い方だから連携とかタイミングとかが実践を離れると厳しいものがあるのかもしれない。だから寿人も敵にパスを贈ってたんだろうか。そして高柳。どうしてこうも良い場面でトラップが長すぎたりシュートが打てなかったりするのだろう。その様子に我慢できずに何度「イッセーイッ!」と叫びそうになったか分からない。でも本当はそれだけチャンスを生かしきれなかったということは良い場面に絡んでるということでもあるんだが。

 でも中継を観てるとやたらとミシャが「イッセイ、イッセイ」と叫んでるのが聞こえた。やっぱり監督も高柳のプレーが気になったんだろう。そう思いタイセイさんに聞いてみた。

「ミシャがやたらとイッセイと叫んでるのが聞こえませんでした?」

ちょっと間を置いてタイセイさんは答えた。

「え、そうでしたかねえ」

 果たしてぼくの気のせいだったのだろうか。

リーグ戦再開

2009/09/12 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

 長かった。7試合負けなしという調子の良さの中にあって1週間のリーグ戦中断というのは何とももどかしいものがあった。順位も3位となりこれからまた上を目指して突進しなければいけない。その為にもここで勢いのあるまま突き進みたかった。

 といって実は相手のマリノスもリーグ戦においては7試合負けなしなのだった。順位では上にいるもののこの順位なんてものは一時の幻のようなもの。特に混戦となってる今のJリーグでは1試合の勝ち負けで順位が大きく変動してしまうということで両者の実力差というのは大してないのだろう。

 しかしマリノスというのはつかみどころのないチームだ。日産という大企業がバックについているもののそれがチームの運営に多大な影響を与えている。だから大型補強を行ったシーズンがあったかと思うと経済状況が悪くなると極端にチームに金を掛けなくなる。親会社の都合でチームの方針をコロコロ変えられるというのは大企業の後ろ盾があるというのも良し悪しなんだなと思い知らされる。

 それはそうとこの試合ぼくは広島まで行こうかとも考えた。景気が悪いせいで仕事の都合もついてた。それなのにやはり行かなかった。それもこれもまたしても少年サッカーの審判を頼まれたからだった。しょうがない、家でTV観戦にするとしよう。でもやはり家で試合が観れるとなると便利であった。一体今まで観戦するために色んなところを彷徨ったのは何だったんだろう。もしかしたら家で観戦できないのなら審判も断って広島まで行ったかもしれないのだった。

 といって審判頼まれなくっても行ったかどうかは怪しいのだった。往復4万円、そう簡単に決断できる金額ではない。そして悩んでる内に時間が過ぎ去り結局行けなくなってしまう。広島に行けないのは実は自らの優柔不断さから来るのだった。そして後からやっぱりあの時行けば良かったと嘆くのだが実は審判を頼まれたり具体的な用事ができると都合が良いのだった。

 ああ、こんなヘタレなぼく。そういえばドイツに留学してたサッカーのコーチが言ってたな。ドイツのブンデスリーグは生放送がないのでみんな現地まで観に行くと。少なくともぼくはドイツ人には負けているのだった。

2009年9月10日 (木)

ガーナ戦~なぜか勝った

2009/09/09 日本vsガーナ オランダ・ユトレヒト

 オランダ遠征、代表強化の2試合目。オランダと試合を組めただけでも凄い話ではあったがそのついでにアフリカのチームとも強化試合を組めた。改めて今回のヨーロッパ遠征に関して日本サッカー協会はがんばったと感じる。とかく日本人は外交ヘタと言われる中でこういった強豪国との強化試合を組んでしまうのは大きな功績だ。今のサッカー界はサッカーの経験だけではできないと川渕前サッカー協会会長が話してたことがあったが後任に犬飼会長を選んだ経緯はその辺の要素が大きいのだろう。

 そしてその対戦相手にガーナを選んだのは日本がアフリカのチームに弱いことからだろう。確かに全身がバネのような身体のアフリカ人には個の部分で日本人にはかなわない。球際になると足がビヨーンと伸びてくるような身体能力、ヨーロッパのトップリーグでもアフリカ人の姿は珍しくもなく強豪クラブには一人はアフリカ人がいると言ってもいいくらいだ。

 しかし、なぜかJリーグに来るアフリカ人は大成する例が少ない。集中力がなく注意力が緩慢、戦術に馴染めない、そういった理由なのだろうか。それとも単に有望選手はヨーロッパへ行ってしまって日本には大した選手が入ってこないというだけだろうか。そういえばアフリカのチームはW杯でもある程度は勝ち上がるものの決勝などの舞台には立たない。日本は個で力がないせいで上に行けない。アフリカのチームは個で力があるが上に行けない。ある意味真逆のジレンマを持つチームの対戦とも言える。

 日本にとって足りないもの、それは決定力だ。これは前の前の前のW杯の時から同じことを言われているのだった。ただ、初出場のフランス大会などのように中山やロペスが出ても取れないものはしょうがないという諦めは今になったらある。だけどあの大会でちっともゴールの予感がしない城をなぜあそこまで頑なに使ったんだろう。そしてああいう大舞台でカズをメンバーから外したのはやはり納得がいかない。と思ってたらそういえばあの時も監督は岡田だったのだ。

 あの当時も今も岡田監督にはどうもシンパシーを感じない。いっそのこと負けてくれたら清々するくらいの気持ちがある。そして案の定前半はガーナのゴール前での身体能力の前に屈したというように簡単に点を取られてしまった。ああ、いい気味だくらいに感じていたが何と勝ってしまった。43というギリギリのスコアながらそれでも逆転勝利である。これには居心地の悪さを感じた。何をやりたいのか分からない、点が入らない、つまらないと言ってきた岡田監督のサッカーが結果を出してしまったのだ。ああ、ぼくはどんな弁解をすればいいんだろうか。

 もしかして本当にW杯でベスト4に入ってしまうんじゃなかろうな。そんな不安が立ち込めたのだった。日本が勝ったんだから素直に喜べばいいのにそれができない状態にある。岡田監督率いる日本代表、本当に厄介な存在なのだった。

2009年9月 6日 (日)

オランダ戦~サンフそっくり

2009/09/05 オランダvs日本 オランダ・エンスヘーデン

 日本代表に親しみを感じない。かつての小野監督時代のサンフレッチェのようだ。本当は応援してるんだけど心の底から応援できない。あの監督さえいなければ応援できるのに。そういう極まりの悪さを内包している。日本代表における岡田監督も同じ存在となっている。

 朝ラジオで予想スタメンとして本田圭介の名前を聞いた。オランダリーグでプレーしていることでマスコミとしても一番取り上げやすい存在なのだろう。そしてそのマスコミの報道を知ってか知らないでか岡田監督はスタメンに本田を入れてなかった。そこがまた俺が監督なんだと意地になってるようにも見えるのだった。

 他にもJリーグでここにいる誰よりも結果を出している右サイドの石川を選出しないことやストライカーとして毎年結果を出してる寿人を頑なに選出しないことやDFの槙野をDFの練習相手としてだけに選出したこと。それらが全て自分の威厳を保とうとしてるだけでやってるように見えるのだった。

 だからこそ最近では代表の試合に興味が薄くなってしまったのだがこの試合だけは違った。やはり相手が強豪のオランダとなるとモチベーションが違う。よくもオランダなんかと試合が組めたものだ。どうやらこれは何かと批判の多い犬飼サッカー協会会長の影響も大きいようだ。サッカー会に身を置く前オランダで仕事してた経験がありオランダには人脈があるらしい。いずれにしても一線級の選手で臨んでくれるというのは日本にとってありがたいことであった。明らかに格の落ちる相手に本気で挑んでくれるということだ。

 TVでは度々W杯優勝候補としてオランダを紹介していた。確かに欧州予選では圧倒的勝ち点で首位に着いてしまった。その強い強いオランダに日本はよく喰らい着いていた。前線からのプレッシャー、激しい運動量、プレッシングの速さというところで対応し前半は何度かシュートシーンまで持ち込んだのだった。

 オランダはGKからボールをつなぎDFでボールを廻しボールをつないで攻撃につなげる一方でロングボールで裏を狙う。これってどこかで観たような。そして慣れ親しんだサッカーであるような。そう、サンフレッチェのサッカーに似ているのだった。まあ正直なところ雑誌『サッカー批評』にてそういう記事が載ってたので期待してた面はあったのだが。

 そのせいでこの試合が2008年のサンフレッチェのJ2での試合と被って見えた。相手チームは前からプレッシャーを掛けて自由にボールを廻させまいとする。そしてサンフレッチェも前半は攻められもするが最後のフィニッシュの場面では防いで点を与えない。その内後半になって相手の体力が落ちてきたらプレッシャーも弱まりパスサッカーが生きてくる。最後は格選手の決定力によって試合を決めてしまうという展開を見てきた。だからいくら実況が煽ろうと日本の方がシュートを打ってようとサッカーは90分あるという感覚が冷静にさせた。事実日本のボール支配率が高いとはいっても中村俊輔などの表情はまるで余裕のないものだった。その内やられるだろうというのは想像できた。

 そしてその予想は見事に当たり後半半ばから3点奪ったオランダが勝利することになった。何だか試合が始まってすぐにその展開が読めてしまったのは初めて聴くレコードを5秒聴いただけで良いか悪いか判断がついてしまった時のような感覚と似てた。

 オランダのゴールは美しかった。ある特定の選手に頼ったゴールではない。でもそれは高い個の能力あってこその連動したゴールだ。この試合オランダに心を奪われるのはしょうがないことだった。

 海外サッカーなどほとんど知識のない日本人のぼくがサンフレッチェに似てるということでオランダのサッカーに見入ってしまう。この時阿部公房の『人間そっくり』を思い浮かべてしまった。地球人と火星人があべこべになるという話だがそういえばその小説を読んだ時火星人に岡田監督の顔を思い浮かべたのだった。

2009年9月 4日 (金)

ユースの日程

96日(日) 1320  高円宮杯全日本ユース(U-18)

vs.大分トリニータU‐18@西ヶ丘サッカー場

913日(日) 1100 高円宮杯全日本ユース(U-18)

vs.大阪桐蔭高校@西ヶ丘サッカー場

919日(土) 1100 高円宮杯全日本ユース(U-18)

vs.三菱養和サッカークラブユース@西ヶ丘サッカー場

921日(月) 0000 高円宮杯全日本ユース(U-18)

  ラウンド16@もしくは 923() 開催

 Jリーグも中断期間に入って暇だなと思っていたら仲間からメールによって知ることになった。そういえばユースがあったのか。しかも3試合も西が丘での開催じゃないか。こんなのオフィシャルサイトを見たら載ってるのにちっとも意識になかった。正直なところユースにはあまり関心がないのでいつもスケジュールを確認してないのである。

 サンフレッチェユースといえばこの年代では強豪で毎年プロの選手を輩出してる優秀なチームであるのだがどうも引っかかっていた。その引っかかる理由は強いということだ。いや、強いというのは良いことではあるんだがユースの大会でタイトルを取ったりするのは喜ばしい反面憂鬱でもあった。なぜならトップが弱いからだ。トップは勝てなくて時にはJ2にも降格するのにユースは強い。何だかトップが勝てないからユースでその憂さ晴らしをしてる、そんな居心地の悪さを感じていた。

 ただ、ここにきてそういうユースに対する負の感情が薄らいできた。やはりトップがJ1に上がり3位という成績まで上り詰めたというのが大きい。更にそのメンバーの半分近くがユース上がりの選手で構成されることによりやっとユースの選手がその後のトップの戦力に直結するんだというのが実感として感じられるようになった。しかも今のユースはサッカースタイルもトップと合わせているらしくますますトップとの一貫性が出てきた。正にこれこそJリーグの理念として掲げてる姿なのではなかろうか。

 いや、サンフレッチェユースに関しては元々勝つだけのサッカーをしてなかった。こんなの年に1回くらいしかユースを観てないぼくが言うのも何だがユースの躍動感あるサッカーを目の当たりにするにつけトップよりも強いんじゃないかと考えたこともあった。だけどそういう選手がトップに上がるとちっとも活躍できずに姿を消していた。それもこれも小野元監督が潰してしまったのは明白だ。それなのにサンフレッチェユースの試合でちょくちょく顔を出してるらしい。ユースの試合を追っ掛けてる仲間からは目撃情報が度々送られてくるのだった。

 もしかして西が丘の試合でも来るかもしれない。いや、来るだろう。まあどうでもいことなんだが。

 それはそうとユースの日程を知らなかったぼくは最初の試合日に少年サッカーの審判を頼まれて引き受けてしまった。審判の資格は取ったもののまだやったことのないぼくは良い機会だと思っていたが今更断る訳にもいかないのだった。まあこの少年サッカーの中からサンフレッチェユースに行く子がいるかもしれないと考えることにしよう。うーん、ぼくも底辺で日本のサッカーを支えてるのかと悦に入るのだった。

2009年9月 2日 (水)

橋内移籍

サンフレッチェ広島所属の橋内優也選手が、ガイナーレ鳥取(JFL)に期限付き移籍することが決定いたしましたのでお知らせいたします。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 橋内のレンタル移籍が決まった。移籍先はJFLのガイナーレ鳥取。J2昇格を狙う鳥取にしてみれば明らかな戦力補強、サンフレッチェにしてみれば試合経験を積ませるためという意味合いがあるのだろう。確かに4年も在籍して公式戦の出場がないと試合勘は鈍るだろう。JFLというのも経験を積ますのには調度良いのかもしれない。

 しかし、以前もこういうケースはあった。ガンバ大阪ユースから西村という選手が入団してきたのだが練習でそれなりの評価を貰いながら公式戦で使うには一歩足りないということで2002JFLの鳥取SC(現在のガイナーレ鳥取)へレンタル移籍となった。ただ、西村はそのまま帰らぬ人となった。他にも久保竜彦に代わるエースとなるべきFWの高橋泰も2004年大宮にレンタル移籍するとそのまま戻って来なかった。だからその当時レンタル移籍というのは戻ることはないという前提の移籍だと思ってた。だが、森脇、高萩、佐藤昭大が愛媛FCのレンタルから戻ってチームの主軸となってしまった現在、結局戻れなかった選手は能力が足りなかったのだというのがうかがい知れる。

 果たして橋内はどちらのケースになるんだろうか。今シーズンも公式戦での出場があったということは戦力として期待はしているんだろう。だが一体橋内ってどんな選手だんだ。そこがよく分からないのだった。

 22歳だというのにやたらと老けた顔をしている。それ故「おっさん」というニックネームさえ付いてしまった。そのルックスにおいては話題性充分だがプレーにおいてはどうにもイメージが沸かないのだった。それもそのはず、出場時間が短すぎるからだ。

 そういえば橋内も入団4年目なんだよな。小野監督時代潰されずに生き残ったという意味では簡単には終わらないような気もする。それでいて小野監督に潰されなかったということがまたイメージに霞がかかってしまうのだった。というのもあの監督は特徴がなくて波のない選手が好きだったから。

 というか橋内ってどこのポジションの選手だ?登録はDFだが前に観た時は右サイドで出たけど。身体能力は凄いという噂は聞いてる。そういう意味では久保のような異端な選手のような気もする。ますます分からん。どんな選手なんだ?顔だけはインパクトあるというのに。

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