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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年8月31日 (月)

山形戦~無難に勝利

2009/08/30 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 山形での試合はいつも雨が降ってる気がする。といっても今までの対戦では1回大雨が降っただけだがその時逆転負けした為記憶に強く残っているのだった。そのせいで雨の山形は不吉な予感がする。思うように点が取れずに少ないチャンスを決められてしまうのではと。主審の岡田正義との相性の悪さも不吉だった。またPKを取られてしまうんじゃないかと。そしてその予感は当たらずとも遠からずであった。

 先制は高柳だった。ボールは支配するもののシュートまで行けず段々ともどかしさを感じていた。ただピッチにいる選手はそんな焦りはちっともなく冷静にプレーしていた。そしてゴール前のパス回しからゴール前に切れ込んだ高柳の目の前にボールが現れシュートを蹴ることができた。そのシュートも決して狙ったコースというものではないだろう。これも運よく相手の隙間に入っていったのだった。

 これでもう勝ったような気がした。ただ、山形に交代で古橋が入った時不吉な予感が蘇った。更に柏木がペナルティエリア前でファールをしてしまうと不吉な予感はより肥大したが古橋のFKは良かった。なぜこんなにもスピードを付けたボールが壁とGKを避けるてゴールに入ってしまうんだろう。中林も反応をするも手が届かず同点にされてしまった。山形での雨、古橋、同点ゴール、それらの要素は不安を増幅させた。

 柏木、お前はどうしてあんな場所でファールなんかしたんだ。ボールを取ろうとプレッシャーを掛けたつもりだろうがどうせ相手も前を向けなかったんだからみすみすチャンスを与えてしまったようなものだ。柏木が悪い、柏木の責任だ。

 そう思ってたら山形のバックパスを狙いDFに掛けたプレッシャーでボールを奪いパスを送る。それを寿人がループでゴールの中にキッチリと入れてしまった。やった、やったぞ柏木。やっぱりお前は抜け目がなくていい。そういうファールも恐れないプレッシングがゴールに結びついたんだ。さっきまでと180度違うことをのたまっているのだった。

 その後はパス回しで時間を有効に使いながらも機を見てはシュートを狙うという展開だった。多少ピンチはあったもののまあ大丈夫だろうという安心感はあった。むしろ3点目、4点目と欲しい気がしたがそういう発想がカウンターを生み失点につながっていったというのは選手の方が理解してるようだった。モニターからは本当に冷静に試合を運んでる様子が伝わってきた。

 ロスタイム4分。また長いロスタイムだったがもうこれはどんな試合でも4分取る決まりがあるのかもしれない。でもこれに慣れてしまうとその内ロスタイムは4分ないと短かったなどと負けたチームから抗議が出るような気がする。何だか変な決まりができたものだと首をかしげたのだった。

 ただ、同じ4分でも余裕のある時というのは別に長くも感じない。最後はストヤノフのFKによって終わった。距離があるから入りそうもなかったがこれが最後のワンプレーであるのは明白だったので判断は間違ってない。そして予想通りゴールには入らなかったがその瞬間終了の笛が鳴った。そしてストヤノフはその場でガッツボーズをした。

 試合の経過と共に雨の勢いが出てきたNDソフトスタジアム山形。観戦に行ったサポーターもさぞ寒かったろう。そのせいか10,206人と夏休みにしては観客も少なかった。まあ天候に関係なくこの節はどこのスタジアムも客入りが悪かった。夏休みといってもさすがに最後の週になると休みの開放感はなくなってしまう。しかも学校によってはもう新学期も始まってるとこもあるらしい。

 これで順位も3位まで上げることができた。シーズン前にクラブの目標として今年はACLを狙うと公表してたがまさか本当にそれが可能な順位まで付けてしまうとは。ついこの間まで残留するのに勝ち点何ポイント必要か計算してた気がするというのに。もう上を目指していい順位だ。だけど長年染み付いた習性はそう簡単に抜け落ちない。どうしても順位表も下から見てしまうのだった。

2009年8月30日 (日)

共にJ2で戦った山形

2009/08/30 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム山形

 TVが来た。何年も何年も我慢してた小型ブラウン管TVがついに壊れたせいで買い替えをしたのだがやはり最新のTVというのは見ごたえある。それに伴いスカパーにもか加入することにした。今までのTVはあまりにもチャチだったためとても有料放送に加入する気がしなかった。だけどこれからは家でサンフレッチェの試合が観れる。夢のようなことなのだった。

 早速番組表をチェックする。最近のTVは番組表まで出てしまうとは何と便利なんだろう。というかこんなのもしかしたら世間ではすでに当たり前のことなのかもしれない。家電に関しては世の中の移り変わりが速くて流行についていけてない。もっとも家電に限らず流行の歌だって知りはしない。要するに世の中の潮流についていってないということだ。だからこそブームが過ぎ去った後にJリーグを観るようになりよりによって一番人気のなかったサンフレッチェ広島を応援するようになってしまったんだろう。

 そういえば人気がないといえば山形も相当苦労したんじゃないだろうか。NPO法人として特異な形態を持ったモンテディオ山形は大企業のバックアップがない状況を考えれば妥当な方法であっただろう。ユニフォームのスポンサーも地元の農産物関係のメーカーの名前が入ってることが多いがそこがまた山形らしさを出している。「つや姫」「平田牧場」という日本語がプリントされてるユニフォームというのは外国人が見たらどう映るんだろうか。案外ユニークでいいと思われそうだが。

 山形とは昨シーズンJ23回対戦したが21敗という対戦成績だった。その負けた試合が山形でのアウェイ戦だった。あの時の山形はとんでもなく手強いチームだった。雨の降りしきるスタジアムでビショビショになって応援してるサンフレッチェのサポーターもTVには映っていた。勿論山形のような遠方だとさすがに人数は少なかったがその為に知り合いの姿はすぐに確認できた。その後第3クールで再び山形で対戦した時は首位対決として注目をしてたもののこの時サンフレッチェがチームとして軌道に乗ってたせいで4点を入れるという大差で終わってしまい実質的にこれでJ1昇格が決まったようなものだった。その後2位でJ1へ昇格した山形にとっては苦い思い出になったと共にJ1へ向けて良いシュミレーションになったのではなかろうか。

 2009年の降格チームはということでシーズン前の予想では必ず山形の名前があった。チーム戦力からすると致し方ない。ぼくも正直同じ予想をしたものだった。特にエースの豊田が移籍してしまったのはJ1を戦う上で相当厳しいと思われた。

 しかしここまでよくがんばっている。開幕数試合は順調に勝ち点を稼いで順位もサンフレッチェより上を行ってたのだ。お金がないことで充分な戦力を揃えられないまでもがんばって戦う。山形は本当にがんばるという印象がある。だから昨シーズンの敗戦が再現されないとも限らないのだった。

 それはそうとこの試合は記念すべき初めての自宅観戦。これでもう一々観れなかった試合をタイセイさんにDVDに焼いてもらわなくても済むというものだ。これで色々な所へ試合の映像を求めて彷徨い歩くこともない。何て楽なんだ。といってせっかく映像環境を整えたというのにこの試合を期にリーグ戦中断してしまうんだよな。全くJ1は中断が多くて困る。やっぱり毎週必ず試合があるという点においてだけはJ2の方が幸せなのだった。

2009年8月27日 (木)

意外な補強

サンフレッチェ広島では、この度柏レイソル所属の李忠成選手を完全移籍で獲得/加入することが決定致しましたので、お知らせ致します。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 寝耳に水だった。どこをどう考えてもこの補強は思いつかなかった。というより今この時期に補強が必要という考えもなかった。確かに寿人に代わるFWはいない。かといってこんなところに目をつけてるとは思わなかった。

 これによってハッキリしたことがある。平繁も清水も現状としては戦力とは考えられてないということだ。ましてや今シーズンほとんど出場のない久保は尚更だ。チームが波に乗ってる中でFWの控え候補はことごとく戦力となってないのだった。

 恐らくこの移籍はすでに水面下では進んでいたのだろう。前所属の柏では3試合ベンチにも入ってなかった。その前からも出場機会という意味では徐々に失われつつあった。調度この頃監督の交代などもあってチーム内で戦力の見直しをやった際に出てきた移籍なのだろう。これは双方の意向に沿ったスムーズな交渉だったことが予想される。

 ただ、李忠成というのは違和感がある。この選手がサンフレッチェの紫のユニフォームを着るのかと。正直平繁や清水の不甲斐無さへの失望感の方が強い。用意された背番号は9。そんなエース級の番号が今まで空いていたというのも今になって気付いた。

 李忠成といえば北京オリンピックの時オリンピックに出る為に帰化したと発言した選手だ。そういうコメントは日本を応援する立場からすると非常に白けたのを記憶している。プロだったらその辺のコメントをもうちょっと考えられなかったのかと。嘘でも何でもいいからもっと観ている人が盛り上がるようなコメントを用意すべきなのにどうもその辺りからして今一だなと思っていたら結局そのオリンピックではまるで活躍ができず所属チームの柏でも徐々に出場時間が減っていったのであった。だからもう終わった選手という感覚はあった。というよりその存在自体忘れかけていたのであった。

 この移籍は歓迎できない。というとこが本音のとこだが考えてみれば寿人の時も盛田の時も中島の時もその移籍加入に違和感を感じたものだ。寿人はJ2で得点王だったもののあくまでもJ2での実績しかなかった。実際チームに加入してからもまるでゴールが奪えず失敗だったと感じたものだ。そして盛田と中島に至っては広島に来なければ他に行くところがあったかどうか怪しいというような存在だった。だがその3人は今や広島にいなくてはならない選手となっている。むしろ広島で輝いたと表現してもいいだろう。そういう選手を再生させることをこのチームはやるのだ。

 李忠成も正直鳴り物入りで来たとは言いがたい。むしろ盛田や中島のように使われなくなったから拾ったという感じだ。だからこそ本人にしてみれば良いチームを選んだかもしれないしサンフレッチェにしても安い移籍金で手に入れただけに再生させれば金額以上の効果が得られる。実は理想的な移籍だったのだろう。果たして李が紫のユニフォームを着ているのに違和感を感じない日が来るのだろうか。

 しかし、そう考えると1年以上在籍するのに未だに紫のユニフォームに違和感を感じる選手がいる。楽山・・・。でも小野監督の時代はあっちこっちから選手を引っ張ってきては大して使い物にならずに選手を入れ替えてたのでそれを考えれば一人くらい外れがいたってしょうがないか。といって寿人も盛田も小野監督時代に来た選手だというのは認めたくない事実なのだった。

2009年8月26日 (水)

内田愛媛レンタル移籍

 内田健太の愛媛へのレンタル移籍が決まった。恐らくこれはJ2の場で出場機会を与える意味合いがあるのだろう。そういう意味で高萩、森脇、佐藤昭大と同じケースと言える。

 しかし、内田ってどういう選手なのか知らない。ただ、昨シーズン仲間に新人選手の中で良い選手はと聞いたところ内田の名前が挙がった。それだけにクラブとしても期待を込めてのレンタルなんだろう。

 そういえば過去においてはレンタル移籍といえばもう帰ってこないことを意味してた。それが愛媛に限ってはちゃんと出場経験を積ませてもらってそのまま帰ってくる。さすがに当の愛媛も活躍した選手が次のシーズンにはいないという状態がサポーターの獲得に不利に影響するということでもうレンタルで選手を取らないということを打ち出してしまった。そこにこの内田のレンタル移籍である。よく受け入れてくれたものだ。

 でも時々思うことがある。J2のチームにレンタルに出る選手がいるもののチーム自体がJ2に降格してしまうことがある。それならJ2の時にもっと若手の出場を増やせば良かったのに。ミシャは交代枠を残したまま試合を終えたりしたが今考えれば勿体ないことをしたものだ。

 といってその当時そんなことをする余裕があったかというと実はちっともなかった。1年でJ1に戻らないといけない。引き分けも許されない。勝ち点を重ねてもギリギリの勝利では納得できなくなってきた。J2にいながら本当はJ1にいるべきチームというプライドだけは持ってるので相手を圧倒するぐらいの勝利でないと満足できなかった。そして実際にそういう勝ち方をすると勝ち点100、総得点100という目標を掲げそれを果たせないと意味がないという感覚にまでなっていった。そういった中で若手に出場機会を与えることは難しかっただろう。

 こう考えると選手の才能を伸ばすというのは難しいことなんだな。レンタルの選手とはいえそれを果たしている愛媛ってある意味凄いことなのではなかろうか。こういうクラブにはサッカー協会から補助金でも与えればいいのにと思う。そしてユースから多くのプロ選手を輩出しているサンフレッチェにも何らかの見返りがあってしかるべきだ。Jリーグの理念である下部組織から選手を育成するチームが実際にはJ2に降格してしまうことがある。愛媛にしてもJ1に上がることは今のところできそうにない。選手の育成をするとチームの成績としては厳しいものがあるというのは日本サッカー発展の為にはどうなんだろうと疑問を抱くのはぼくだけだろうか。

2009年8月23日 (日)

浦和戦~長いロスタイム

2009/08/22 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ 広島ビッグアーチ

ロスタイム4分。

「またかよ。何でサンフが勝ってる時に限ってロスタイムが長いんだよ」

 攻められ守って、攻められ守ってという展開の中で4分というのはとてつもなく長い時間だった。ストヤノフがキックする。その飛距離によって5秒稼ぐ。それでもそれが一番ホッとする瞬間なのだった。

 1点差。2点差を闘莉王に1点返され余裕がなくなった。浦和は攻撃の選手を入れてどんどんと攻撃的になっていく。ゴール前でボールを廻される。CKFKを取られる。時には相手のミス、時にはストヤノフのクリア、時には中林のセービングに助けられピンチを凌ぐ。時間の進みが何と遅いことか。

 だがロスタイムが長いというのは想像が付いていた。本当にいつもいつもサンフレッチェが勝ってる時というのはロスタイムが長い。一体なぜなんだという疑問も最近ではそれが当たり前のような感覚になってしまった。

 早く笛よ鳴ってくれ。相変わらず浦和は攻めまくる。サンフのボールはまるでつながらない。前半の内によくぞ2点取ったものだが後半はどうも押されている。チャンスがなかった訳ではない。それなのに服部はシュートを打てばいいのにパスを出してボールを取られるし高柳はシュートをシュートを決めることができなかったし寿人もシュートがヒットせずにGKにキャッチされてしまった。あそこで決めていればきっと浦和も心が折れていただろうが決めないことで逆に火に油を注ぐ形となってしまった。そしてFKから闘莉王にヘディングで決められた。こいつにだけは決められたくないという奴に決められてしまった。そしてこの時マークしてたのは槙野。お前もまだまだだなとあれを槙野のせいにするには酷なのは分かってはいるもののDF対決ということでいえばそう考えてしまうのも感情的には無理もないことなのだった。

 ただし、先制点は槙野だった。J2時代何度も魅せたサイドからのドリブル突破によるシュートである。まさかあれをJ1で決めることができるなんて思ってなかった。そしてその後2点目はミキッチのキックの跳ね返りを柏木がゴールに入れた。その弾道もきちんとGKの位置を意識したものだった。ああ、お前も成長したものだななどと偉そうなことを考えるのだった。

 お互いに良い形を創った前半、そして一方的に攻められた後半、この試合は一つのストーリイとしてはあまりにも喜怒哀楽に満ちていた。いや、重かったと表現した方が良かろうか。観るのが辛くもあったがそれでいてモニターから目を離すことができない。喉はカラカラだ。時々テーブルに置いたお茶を口にするがちっとも飲んだ気がしない。ああ、早く終わってくれ。

 攻められ攻められ攻められて最後に凌いだ場面で終了の笛がなった。やったと力むよりも全身の力が抜けた。

「何だか2試合分の重圧がありましたねえ。前半終わった時点で1試合やったような気分でしたもん」

 タイセイさんの言葉通りあらゆる重圧から解放されたような疲労感があった。それは27千人も客を入れて勝てなかったらどうしようという不安、そして青山不在でどうやって戦うんだろうという疑問、リーグ戦で10年勝ってない相手という相性の悪さ、そういうもの全てをひっくるめてやはりこの試合は重かったのだった。

 ここ数試合負けなくなった。それは好調というよりむしろ試合を90分のストーリイとして終わらすことがきるようになったという感じがする。さすがにJ2の時のように常に点を狙ってイケイケでやれる程J1は甘くなかった。試合巧者という部分も必要なのである。この試合巧者という言葉だがサンフにはとても不釣合いな言葉である。

 そんなことをタイセイさんと話した。

「だけど闘莉王に決められるとこだけは変わってませんね。それと中林のキックの不安定さがちゃんとサンフのGKの伝統を受けついでますねえ」

 そういうしょうもない伝統を残すとこ、やっぱりサンフはサンフだった。そしてこの勝利で暫定4位。上位に行くというのはこんなにも大変なことなのかと気付かされたのであった。

2009年8月22日 (土)

浦和戦~大観衆の予想

2009/08/22 サンフレッチェ広島vs浦和レッズ 広島ビッグアーチ

 赤いチームには勝てない。

 こんなことが自虐的な観念として定着してしまった。Jリーグにおいて赤いチームというのは強豪チームが多いことからその結果もある程度致し方ない部分もあるがそんな理屈を並べられてそれをそのまま受け入れられる度量がぼくにあるかと言えばある訳がない。どんな時でも今日は勝つ、絶対に勝つと考えるのだった。

 とはいえ今回は厳しいといえば厳しい。青山の出場停止、高萩も怪我明け、相変わらず怪我人が多く期待を抱かせてくれるサブメンバーがいない。他にも客が入ると勝てないという困った傾向もあり不安要素が多いのであった。それでいてこちらに有利な条件はないかと探すとない訳でもなかった。

 まず中2日の日程は同じものの浦和はアウェイの為移動が伴う。そしてワシントン不在。あ、今のFWはエジミウソンだった。いずれにしてもエジミウソンはワシントン程の得点能力はない。むしろDFの闘莉王の方が得点力があるのではなかろうか。そうだ、闘莉王にはやられたんだ。右サイドからクロス気味のボールが下田が手を伸ばすもゴールに吸い込まれていった。サンフレッチェにいる時あんな活躍はしなかった癖に適になった瞬間選手として成長してしまった。更に田中達也や永井といった日本人のFWも今まで見せたこともないようなゴールをサンフレッチェの試合に限って決めてきたのである。そういえばカズがオウンゴールをやった試合もあった。10年もリーグ戦では勝ってない。思い出せば思い出す程悔しさが込み上げてくる。ぬおおおお、絶対に勝ってやるぞと力が入る。

 そんな意気込んでいるもののぼくはモニター観戦だ。ぼくの仲間の内の何人かはこの試合の為わざわざお盆休みをずらしてこの時期に帰省をしている。かくいうぼくも最初それは考えた。まあぼくの場合は日程の調整が付かなかっただけだけどどうやらかなりの客入りが予想されるみたいだ。22千人入った鹿島戦ではシャトルバスに乗るのも相当に時間が掛かったらしいし駐車場はもはやパンクしてしまったということだ。ということはスタジアムに5万人のキャパシティがありながら実質的には2万人が限界ということではないか。ということは広島に実家のないぼくは観戦することが困難だったことが予想された。

 今期最高の入場者数を記録するかもしれない。客が入ると勝てないといいつつ22千人入った鹿島戦は勝った。ということは今回も可能性はあるということだ。ああ、やっぱり今回ビッグアーチに行きたかった。そこまで客の入るビッグアーチを体験してみたかった。今回行った人は苦労もするだろうがその苦労の分も含めて自慢できる体験になるだろう。あ、自慢するには勝たなければいけないんだった。やっぱりこの試合は絶対に勝たないといけない。といって勝たなきゃいけないってそんなの毎試合同じだろと言われれば返す言葉もないのだった。

2009年8月19日 (水)

大分戦~次節への憂鬱

2009/08/19 サンフレッチェ広島vs大分トリニータ 広島ビッグアーチ

 心臓がドキドキしてた。早く知りたいという誘惑がありながらも知りたくないという恐怖があった。サンフレッチェの試合経過、それを知るということがこんなに胸に圧し掛かるとは。

 広島1-0大分

 電光掲示板に映ったその文字。ぼくは大きく胸を撫で下ろした。そして口元が緩んだに違いない。けれどもそれは必ずしも表立ったものではなかった。なぜならぼくはその時埼玉スタジアムにいたからだ。

 たまたま仕事が浦和美園であった為そのまま埼玉スタジアムに寄ったのだった。どうせうちはスカパーが観れない。仲間の家に行くには夜の試合は気が引けてしまう。それならサンフレッチェの中継を観る手段がないのならついでだから浦和レッズの試合を観て帰ろうという気になったのだった。

 しかし、これがどこか落ち着かなかった。普通に座って観てるだけなのだがどこかよそ様の家に上がりこんだような感覚に陥ってしまった。いつもサンフレッチェばかり観ているから、といってもホームなんて年に1、2回くらいしか行かないというのにどういうことだろう。

 まあそれはいいとして埼玉スタジアムは点差の開いた波乱に満ちた展開になってしまった。そして帰り道、祈るような気分で携帯で試合結果を調べた。やはり10で勝ったようである。ホッとしたと同時に勝ったと分かってしまえば何だ、1点で終わりかよという気がしてくる。何て都合のいい神経メカニズムなんだろう。

 それにしても点を入れたのは高柳だった。煮え切らん一誠、思い切りがない一誠、天を仰ぐ一誠、そんなクソミソな批評ばかりしていたがやっとお前も一皮剥けつつあるなと誇らしい気分だった。当の本人が聞いたらさぞ調子のいい奴だと呆れることだろう。

 帰る道すがら上機嫌でタイセイさんに電話をする。そしたらやはり一誠はゴールも決めたし印象は良かったということだった。ただ、後半は監督の指示なのかチーム全体引いてしまったということだった。

「それってトムソンサッカーだったということですか?」

「う~ん、確かにガチガチに後ろを固めたけどトムソンサッカーはカウンターが効いたからねえ。今日はストヤノフもロングボールの精度が悪くて寿人にボールが渡らなかったねえ」

「でも後半からそんなに引いたってことは監督の指示なんでしょうね」

「そうだねえ。あ、そういえば青山次節出場停止ですよ。一体ボランチ誰がやるんでしょうか」

 青山の出場停止。そんなことちっとも思考の中に入ってなかった。誰がボランチをやるか、それもちっとも想像が付かないのだった。苦しい、苦しい台所事情である。でもそれ以上に次節試合が観れるかどうか、それを考える方が苦しいのだった。

2009年8月17日 (月)

神戸戦~時は進む

2009/08/15 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 神戸ユニバー記念競技場

 スコアレスドロー。結果は分かっているのにタイセイさんの家に行ってしまった。さすがにもう終わった試合ということもあって録画を観るタイセイさんは実に淡々としたものだった。

「前半はこんな場面ばかりなんだよねえ」

 確かにボールがつながらず押し込まれてばかりだった。守っては攻められ、攻められればクリアして、更に攻め込まれるとCKを取られ。前半だけで一体何回CKがあったんだろう。ああ、こんな試合をしてたのか。

 しかしその割にはタイセイさんの表情は余裕があった。結果を知ってるのだから当たり前かもしれない。それでも後半を観ればその理由は理解できた。

 前半あれ程つながらなかったパスが通りだす。ミキッチは前半からもチャンスを創っていたが危険なエリアまで進入する辺りが他の右サイドの選手と比べても抜けていた。ただクロスを上げても合わないのが難点だった。いや、それでも縦への突破から何度もチャンスを創ってただけマシだった。

 問題は左サイドだった。服部はいるのかいないのか分からないくらい影が薄かった。とにかく攻撃の時左サイドに人がいない。一体服部はどこへいたのだろう。たまにゴール前に顔を出したかと思えばシュートの場面でパスを出してしまった。おい、そりゃないだろと終わってる試合なのに声を上げてしまった。

 他にも高柳のシュートの精度のなさに泣きそうになり寿人のシュートはもうちょっと弾道が上ならと歯噛みし槙野のFKのシュートは口では良い弾道だと誉めながらも枠に入れてくれよと心の中で叫び上げてしまった。おそらくその場に沢庵でもあれば尻尾を噛締めただろう。

 ようやくサンフレッチェらしさが出てきたなと思っていたが時間は無常に過ぎていき交代でハンジェと楽山が入った時にはもうこの試合で点を入れる気がないんだと踏んでしまった。二人ともミキッチの不在時右サイドで起用される選手だが喝采よりため息をつかされた記憶の方が多い。ということは守備固めということではないか。だが守備固めというほど二人とも守備が良くないのである。

 かくしてスコアレスドローとして笛が鳴った。ガックリと崩れ落ちる神戸の選手。サンフの選手も納得はしてないものの表情は険しくはなかった。これが残留争いの渦中にいるといないとの差なのである。といってももう残留を果たしたというポジションにいる訳ではないんだよな。

 点が取れない。でも点もやらない。ハマッた時は凄いがその攻撃力も気まぐれに試合の中で顔を出したり出さなかったりである。どこかスッキリしない。もっと血肉踊るような試合を魅せてくれ。

 といって結局どんな試合をしようと勝ったら今日はよく我慢したなどとほざいて盛り上がってしまうのだろう。これでリーグの成績は8位。上はまだまだ遠い。次こそは勝つ次こそは勝つと意気込んでリーグ戦はすでに半分以上終わっているのだった。

2009年8月16日 (日)

神戸戦~その時千葉にいた

2009/08/15 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 神戸ユニバー記念競技場

 スコアレスドロー。期待を胸膨らませて見た試合結果は期待とは遠く及ばないものだった。ただ、まあ負けなくて良かったのかもしれない。負けなくて良かった。失点0で良かった。だけど得点0。広島ってそんなチームだったか?

 この試合ミキッチが戻ってきた。今まで右サイドにミキッチがいなければキツイと散々言ってきた。だけどミキッチがいても結局は勝てなかった。そこは大きな失望であり期待にそぐわない結果でもあった。

 神戸にとっては監督交代した最初の試合。どこか今までと違うのではという懸念はあった。監督の三浦俊也はあまり強くはないチームを指揮すると結果を残すという人だ。さすがに札幌くらい戦力が落ちるとJ1では持ちこたえることができなかったがJ1に昇格させるというノルマは果たした。そしてその前には大宮をJ1に昇格させJ1でも残留を続けさせた。つまり、そろそろ残留を目標に掲げなければならなくなった神戸には打ってつけの人材なのである。

 そしてサンフレッチェはこの神戸に対して決して相性がいいとは言えなかった。強豪に勝ったかと思うとポロッと負けてしまうのが神戸という印象がある。勝てない相手ではないと思ったが。そしてこの勝てない相手ではないという考え自体が勝利を遠ざけてるのかもしれない。

 かくいうぼくは実は試合を観てないのだった。いや、もうこの試合を観ようと心待ちにしてそろそろスカパーに加入してる仲間の家まで行こうとしてたところだったがふと財布の中を覗いた時気付いたのだった。それは千葉vs柏の試合のチケットだった。そういえばサッカースクールのコーチが練習が休みだからといってみんなで観戦しようと企画してぼくもチケット買ったのだった。てっきり明日だと思ってた。ぼくの中で今日はサンフレッチェ、明日はフクダ電子アリーナという都合の良いスケジュールを勝手に描いてしまっていたのだった。さあ、困った。

 急いで仲間に電話し先の事情を説明して行けなくなったと告げると仲間は言った。

「いや、千葉の試合のチケット買ったとこの前聞いて知ってたけどそれでもうちに来ると言うんでおかしいなとは思ってたんですけど」

 気付いてないのは当の本人だけということだったようだ。そして急いで蘇我駅まで移動したのだった。

 ハーフタイムで他会場の途中結果くらいやるだろうと思いきやちっともやってくれなかった。そんなことより電光掲示板でスポンサー様の広告を流すので精一杯のようである。そしてもどかしいもどかしい内容でスコアレスドローに終わった試合の後に携帯で試合結果を知ったのだった。

スコアレスドロー。ああ、神戸でも同じような試合をやったのだろうか。

 何だかサンフレッチェの試合は観てないのに観てたような気がしてしまった。明日観に行くから録画しといてくれと仲間に頼んだもののとてもモチベーションが落ちたのは正直なとこだった。

2009年8月15日 (土)

神戸戦を控え

2009/08/15 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 神戸ユニバー記念競技場

 何でホームズスタジアム神戸じゃないんだというのは誰もが思うとこだろう。恐らく年1回はユニバー記念競技場を使わないといけないという地域の事情があるのだろうがよりによってそれがサンフレッチェに当たるとは。ババ抜きのババを引いた気分である。ただ神戸としてみればサッカー専用スタジアムがありながらそれを使うことができないというのはどういった感覚なんだろうか。広島でもサッカー専用スタジアムができても年に何回かはビッグアーチを使わないといけないという事態も起きるということかもしれない。まあ現状としてサッカー専用スタジアムができるという計画すらないので要らぬ心配かもしれないが。

 それはそうと2日前、ほぼ思い付きのように暑気払いを企画して数人で集まった。いきなりの呼びかけにみな反応してくれてありがたい限りだった。でも実を言うと集まりそうだなという感覚は最初からあったのである。なぜなら広島で試合がないからだ。お盆であるが帰省を絡めて観戦に行くことができないということだ。だからお盆とはいえみんな帰省してないような気がしたのだ。

 ぼくの読みは見事に当たった。ただ半分は外れた。何とユースの試合を観に広島まで行った人もいるのだ。さすがにそこまではぼくの予想の範囲に入ってなかったということだ。

 そして集まって話をしていたらお盆の後に帰省する人が2人いた。それで大分戦と浦和戦の2試合を観るということなんだがこれは予想通りである。当初ぼくもこの時期にいきたいと思ってたからだ。

 飲み会をやりほとんど皆が口を揃えて言ったこと、2007年と同じ道を進みそうだったが何とかここのところ持ち直してきたということだ。そして今度は上位も狙える位置にも付けている。だからこそ神戸戦は重要なんだと。その通りなのである。この神戸戦だけは取りこぼせない。そういう重要な試合なのだ。といって試合がある時は全て同じ台詞を言っているのだが。

 でもJOMOオールスターサッカーがあったせいで1週間中断したので本当に楽しみである。J2の時はこの中断というものがないのが良かった。かといってJ2に戻りたくはないのだが毎週試合があるというのは魅力的であった。

「そういえば神戸は大久保が出場停止なんだよね」

 仲間の一人が言った。

「それだったらFWは茂木がやるんだろうな。正直大久保より恐い気がするけどな」

「茂木もサンフレッチェにいる時小野に潰されなければもっと大成しただろうに」

「小野さんってユースの試合にも結構顔を出してて広島のスタッフとよく話をしてる姿見かけるんだけど近寄らないでって言いたくなっちゃった」

 こうやって結局小野元監督の悪口が始まるのである。そんないつもと同じことばかり喋ってて気付いたら5時間も経っていたのであった。

2009年8月 9日 (日)

オールスターという名の微妙な響き

2009/08/08 JOMOオールスターサッカー K-ALLSTARS vs J-ALLSTARS 仁川ワールドカップ競技場

 オールスターって祭じゃなかったっけ。でも相手は本気で臨んできてる。そしてこちらも負けられない。だとすれば真剣勝負であるがその割にはスタジアムに客が入ってない。元々韓国のKリーグは客が入らないということらしいがそれならどうしてそういう客を呼べない場所で試合をするのかという疑問は残る。日本と韓国で1年毎に交互に開催するのは筋なんだろうがどうも釈然としないものがあるのだった。

 そしてその釈然としない感覚はメンバー構成にも表れていた。Jリーグ選抜だというのに2トップは外国人。そして皮肉なことにプレーで一番輝いてたのはその2人、マルキーニョスとジュニーニョ、そしてサイドバックのジウトンだった。特にマルキーニョスの存在は大きかった。結局鹿島が強いのはこのマルキーニョスのお陰だというのは認めざるを得ないとこだった。

 先制点はそのマルキーニョス。冷静にDFの動きを見てシュートを打ったそのゴール前での落ち着きは日本人にはないものだった。そういうストライカーとしての冷徹さを持っていながら前線での守備では手を抜かない。この選手日本に来た時ってこんな選手じゃなかったような気がする。日本で成長した。Jリーグで成長した。これは誇れることだ。でもだからこそ同じ環境にいるはずの日本人選手はなぜにマルキーニョスのようにならないのだろう。

 試合会場が韓国ということでほぼ予想してたことだが完璧なアウェイジャッジだった。接触プレーはどういう状況であろうと日本のファール。段々と辟易としてた頃、さすがに審判の方もこれはやり過ぎたと気付いたかジャッジがマトモになっていった。それにともなってJリーグ選抜は次々にと点を入れてく。そしてゴールを決めるものの皆まあこんなもんだろという表情を浮かべる。それがまたこの試合に懸ける想いの低さを物語っていた。やはりこの試合はイベントでしかなかったのだった。

 しかし後半04となった場面でPKを取られてしまった。それは明らかにファールと言える代物ではなかったものの最後にアウェイジャッジを発動されてしまったという感じだ。さすがに大差が付いて1点も取れなかったとなるとKリーグの威信に関わると考えたのだろう。そういう匂いがプンプンした。

 とはいえ昨年日本開催で13というスコアで負けたJリーグ選抜としてはアウェイの地で面目を保った格好となった。まあ良かったのではないだろうか。ただMVPJリーグ選抜のメンバーとはいえ李正秀だというのは違和感を抱かずにはいられないだろう。やはり韓国の韓国の為の韓国による大会というイメージは拭えることができなかった。そこがまたこの大会を微妙な位置付けとしてるのだった。

 それはそうと槙野は結局最後の10分程度の出場だった。ほとんどオマケのような扱いである。こんな大会でさえもこういう扱いなのだから代表でピッチに立つまではまだ遠いということなのだろうか。そういった意味でも微妙な大会であった。

2009年8月 7日 (金)

槙野JOMOカップ選出

 槙野がJOMOカップのメンバーに選出された。闘莉王の怪我による辞退で繰上げでの選出だが正直これが嬉しいかといえばそうでもないのだった。オールスターということで誇ってもいいことだった。だけど何かが違う。そう、これは代表ではない。ただの興業的イベントなのだ。それでも選ばれるとTVで槙野を観ることができるので悪くはないのだが相手が悪い。Kリーグ選抜ではちょっと喜んでばかりもいられないのだった。

 KリーグのクラブというのはプレシーズンマッチなどでもJリーグのクラブもよく対戦するがそこで聞こえてくるのはもうあのクラブとは対戦したくないという声だ。プレシーズンだというのにガツガツ削りにくる。相手が怪我しようが何しようが構わない。むしろそれを望んでいるかのようだ。そういうラフプレーの多さは対戦相手としてリスクを伴う。槙野も怪我をしなければいいのだがと心配をしてしまうのだ。

 元々このJOMOカップと称されるイベント、日本人選手とJリーグ所属の外国人選手の対抗試合だった。それがいつの間にかオールスターと合併したのは2回も興行的イベントを行うのが困難になっていったからだ。そこでオールスターと併合という形でJOMOカップはそのまま名前だけ移行することになった。だが観客の減少という問題を抱えもはやオールスター自体の存在意義すら薄れてきたのだった。

 そこでJリーグが目を付けたのがKリーグとの対戦ということだ。これで普段対戦することのない相手を用意することにより試合に興味を与えられると考えたのだ。まあ考えられる手段といったらこんなことしかなさそうだった。Jリーグもスポンサーの問題もあるし数少ないTV放送をしてもらえる大会だけに捨てる訳にもいかなかったという事情は飲み込める。

 しかし、やはりKリーグ選抜はその気合の入れ方が異常だった。興行的イベントというにも関わらずファールぎりぎりの際どいプレー。接触プレーでピッチにうずくまる選手が何人かいた。これは明らかにこの試合の意味合いを理解してない。早く言えばムキになってた。日本に負けたくないという意地があったのだろうがこれは代表戦ではないのである。

 そうでありながら槙野が出るなら興味が俄然沸いてくる。それでいて怪我をして欲しくないとも思う。だが出るからには不甲斐ないプレーは観たくない。非常に複雑な感情が入り混じるのだった。

 JOMOカップ、何とも得体の知れない大会となってしまった。

2009年8月 3日 (月)

鹿島戦~我慢の勝利

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

 後半、時間の進むのが遅かった。まだ始まったばかりなのにまだ2分しか経ってないのかよ、まだ4分しか経ってないのかよという感覚だった。それでも高柳のシュートや服部のシュートなど惜しい場面はあった。とにかく1点では守りきれないだろうというのが初期設定として脳裏に刻まれている。だからこそチャンスは確実にモノにしてもらいたかった。惜しいシーンを続けているといずれ流れが悪くなってあの時のシュートを決めていればと後悔したことは今までも観た光景だった。

 失点への不安は常に付きまとった。それでも追加点を取るまでは守らないといけない。ここで時間稼ぎとパス回しで時間を使えばいい。使えばいいがミシャの頭にはそういうコンセプトはない。とにかくチャンスを創れ、今までの戦術を変えるつもりはない。ミシャは試合の中での采配があまり効果的ではなく戦略という概念があるのか怪しいものだ。ただ追加点を入れるまで失点をしてはいけない。こういうごく当たり前のことを多大なる感情として身体を駆け巡るのだった。

 鹿島は次々とメンバーを代えてきた。夏にしてみれば低い気温だがここでフレッシュな選手を入れてくることは脅威だった。そしてその交代は確かに勢いを与えていた。サンフレッチェはピンチが続く。大迫のヘディングはやられたという気がしたが枠を越えていた。他にもペナルティーエリア内で突破されたシーンもあり肝を冷やされる。

 ここでサンフレッチェも交代をする。高萩が入るようだ。てっきり高柳と交代だと思っていたら寿人だった。点を取ることより確実にボールキープできる方に重点を置いたのだろうか。その後も楽山、盛田と交代で入った時には完全に守備固めなんだというコンセプトを感じた。もはやその時にはボールをクリアするのが誠意一杯。ああ、やはり時間よ早く進んでくれと願うのだった。

 もはやゴールキックでさえキック力のあるストヤノフが蹴る始末。ただその飛距離による時間の経過はほんの5秒。本当に気が遠くなってきた。緊張が続く。掌には汗がジットリ滲み出ている。喉はカラカラだ。それでも目を離す訳にいかない。何とも濃密な時間だ。

 ロスタイム。表示は4分。何で4分もあるんだ。この4分が本当に長かった。ミシャが先制の場面でまるで喜んでなかったのはこの展開を見越していたんだろうか。だとしたらミシャの先見性は凄い。といってもぼくにしてもあれで勝てたとはまるで感じなかった。ふとそんなことさえ頭を過ぎった。そして時間は依然として進まない。

 クリアをする。セカンドボールを取られる。ボールを取る。カウンターにはならない。ボールキープをしたい。すぐにボールを奪われてしまう。窒息してしまそうなくらい息苦しい状態だった。

 そしてタイムアップの笛。勝った。鹿島に10で勝ったぞ。歓喜と共に大きな安堵感が訪れる。多くの人は鹿島の勝利で予想してたことだろう。それで勝ったというのがより一層気分が良かった。ああ、これで明日は気持ちの良い目覚めを得られるだろう。さっきまで渇ききった喉はもうどうでも良くなっていた。何とも不思議な身体のメカニズムである。

 しかし意識は憔悴しきっていた。ただこういう2万以上客が入って勝つことができた試合ってJ2の時以来ではなかろうか。大観衆に弱いという悪癖を乗り越えたという意味合いは大きい。これで今日は客が入ってるから負けてしまうよなどという会話をしなくて済むのだ。ああ、やはりまた広島に行きたくなってきた。今年あと1回でも広島に行くことができるだろうか。といって負けた時はもう2度と観に行ってやるもんかなどとのたまってるのだった。

2009年8月 2日 (日)

鹿島戦~劣勢の一閃

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

「ミキッチがいないじゃないか!」

 メンバー表を見た時そう声を出してしまった。出場停止が明け当然のことピッチに戻ってくるとばかり思っていたのになぜにいないのだ。大事な一戦だというのに一体何をしてるのだろう。理由が分からない。分からないこらこそ憤慨してしまう。そして右サイドからの攻撃を諦めてしまう。それは前節FC東京戦でミキッチのいないことがいかに代わりがいないか見せ付けられたからだった。

 よりによって鹿島との対戦。当然現状でのベストメンバーで臨めるとばかり思ってたがとんだ肩透かしを食らったような感覚だった。鹿島は現在首位を独走しており連続無敗記録を続けてる。そしてそれがこともあろうにサンフレッチェとの対戦から続いてるというのだ。歯痒い相手である。

 そのせいかスタンドには一杯人が埋まってるように見えた。いや、鹿島サポーターも結構来てるようだ。これは試合として盛り上がるだろうな。こういう時にぼくも観てみたいものだ。ああ、ぼくもビッグアーチに行けば良かった。物理的に無理なことをごく簡単に考えてしまうのだった。

 かくして試合は鹿島が一方的にボールを支配していた。サンフレッチェはボールが取れない、カットしてもすぐに奪われる、その結果ハーフコートで試合が進んでしまう。要は防戦一方だということなのだった。

 この光景にやはり駄目なのかと落胆をしてしまった。鹿島スタジアムでの試合を再現してるような。こうやってボールを廻され蹂躙され脆くも崩れ去った。またあれを繰り返してしまうのだろうか。目を覆いたくなった。まさにこれは上位と下位の対戦だ。J1J2、プロとアマチュア、ブラジルと日本、そういう類いの試合がイメージとして浮かび上がった。

 しかし、20分ぐらい鹿島の巧みな攻撃を凌ぎきると徐々にボールを前に運べれるようになった。まるで押し寄せていた波を防いでた壁を前進させるかのように。服部がシュートを打つなど積極的な攻撃が出てきた。その積極的な攻撃、それこそがサンフレッチェなのだった。そしてそのらしさが出た効果だろうか、ゴールが生まれたのである。青山が敵の読みを外すアウトサイドキックによるパスで抜け出した寿人はキッチリとGKを交わすシュートを放った。

 ぼくは「うおおおお!」と叫んだ。その雄たけびは近所の人に頭狂ってると思われただろう。だけどこの感情は抑えることができないのだ。素晴らしいラストパス、素晴らしいゴール、そして先制点なのである。少なくともこれで鹿島に時間稼ぎ戦術を取られなくても済むのである。その点だけは優位であった。

 ただ、鹿島の選手は失点に不満ながらもこれで終わったという感じは微塵もしてなかった。あたかもこれから2点取りにいくのかといった少し高慢さも感じる表情だった。正直この試合で負けることを考えてた選手は一人もいないのだろう。それは選手だけでなくサポーターもそうかもしれない。そしてそのプライドがまた攻撃に冷静さと巧みさを産むのだった。

 ヤバイ、ヤバイ。鹿島の攻撃に何度も肝を冷やす。こうやって先制点を取っておいてコロッと負けてしまう試合を何度観たことだろう。笛が鳴るのが待ち遠しかった。やっとのことで笛は鳴ったもののそれはハーフタイムの笛である。それなのにホッと胸を撫で下ろしている。先が思いやられるとはこのことだ。ハーフタイムで相手が修正して後半逆転するというのはよくあること。あと45分もあるのか。気の遠くなるような時間なのであった。

2009年8月 1日 (土)

鹿島と再戦

2009/08/01 サンフレッチェ広島vs鹿島アントラーズ 広島ビッグアーチ

 ついに鹿島との対戦。前年度優勝チームとはいえ勝つ気満々で向かった鹿島スタジアム。最後に帳尻合わせのようにキッチリと逆転された試合展開。そこがまたいやらしくもあり悔しかった。あの時は鹿島がサンフレッチェを研究しつくしていたんだろうか。それともサンフレッチェの腰が引けていたんだろうか。どちらも間違いではなさそうだが次こそは見返してやりたいと奥歯を噛締めたことだけはよく憶えているのだった。

 そして対戦の機会は再び訪れた。槙野もミキッチも出場停止が解け現在のベストメンバーで臨める試合だ。特に右サイドはミキッチに代わる選手がいないことを前節で嫌という程見せ付けられその復帰に胸を撫で下ろしたもののよくよくネットで調べてみると欠場かもしれないという噂が流れていた。1試合休んでるのに。一体何があったのだろう。

 そういう不穏な空気が流れる中、チケットの売れ行きだけは好調だったようだ。Jリーグ公式サイトのチケット販売状況では5つ枠の内3つが埋まってた。ということは50%は売れてるということ。だとしたら5万人収容の半分だから25千人は入るということではないか。これは近年まれに見る快挙ではないか。

 しかし、この情報が当てにならないのは過去の経験からわかっているのだった。実は以前にもサイトでは枠3つ埋まってたものの蓋を開けてみれば15千人しか入ってなかったということがあった。だから今回もわからない。特に天気予報だと雨のち曇りときてる。決して恵まれた天候とは言えないようだ。

 天候といえばこのところの中国地方の天候は異常だ。山口で大雨で土石流の被害で死者を出したが今までは九州で大雨の被害に遭っても中国地方はあまり被害を受けたことがなかった。それだけに雨という予報にはより敏感になってしまう。これは集客に悪影響を及ぼすだろう。

 といってもそもそもビッグアーチでの試合はやたらと雨が多い気がする。やはりあの場所じゃ天候に左右されやすいのだろう。遠くて不便で天気にも見放されるビッグアーチ、何か一つでもいいことはないのだろうか。あ、それならビッグアーチで試合すると勝てるというのがいいかもしれない。ビッグアーチでの試合15試合連続勝利という記録でもつくってもらうのもいい。それが現状において一番なしうることの可能なことなのだった。でもそんなの今までだってずっと似たようなことを考えててなしえないことでもあるのだった。

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