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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年7月26日 (日)

FC東京戦~試合が終わり

2009/07/25 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 ドクトルとは飛田給の駅で会うことができた。改札で待ってるからと電話をしたものの周囲の音がうるさくて上手く聞き取れたかどうかは不安だった。だが大量の人の中からぼくを見つけてくれた。やはり紫のユニフォームは目立つということだろう。

「いやあ、今日は何とも言いがたいがまあミキッチと槙野がいない状態で勝ち点1取れただけでもいいんじゃないでしょうかねえ。そういや1階席は人一杯でしたよ。まあ埼玉スタジアムのようにオールスタンディングということもなかったんですけど。サイトウさんも一緒にいたんだけど途中で2階に上がっていっちゃいましたね」

「あ、サイトウさんぼくのとこに来たんですよ。2階はまだ余裕があってずいぶんと優雅に観ることができましたけどね」

 正しく優雅だった。優雅過ぎて面食らった程である。声を出そうにも他に出してる人がいないだけに躊躇されてしまった。やはり1階にすれば良かったかと思ったものの後半になって日が落ちてきたら別にそんなこと気にならないような雰囲気になった。それは試合展開がそうさせたのか単に視覚的な影響なのか判断はつきかねた。ただ、後半高萩が入って攻撃に躍動感が出てきたことは事実だった。それなのに点が取れない、もしくはあまり決定的な場面にならないということがあと一歩の物足りなさでもあったかもしれない。

 ドクトルと一緒に京王線で新宿まで向かった。駅にあれだけの人がいただけにやはり車内は混んでいた。味の素スタジアムでの観戦はこの帰りの京王線だけはしんどい。と思っていたものの乗った電車がたまたま準急だったので新宿には早々に着いてしまった。

 乗り換えの為に新宿駅構内をドクトルと歩いていたが所々に紫の姿が目に入った。やっぱりサンフのサポーター増えたよねとつぶやいてしまった。

 JRに乗ると座席に座ることができたが調度真向かいにFC東京のレプリカを着たカップルと鉢合わせとなり目が合ってしまった。いやあ、スタジアムと同じ状態になりましたねえとドクトルが言うとカップルもクスッと笑ってしまった。

「今日の試合はどうでしたか?」とドクトル。

「いやあ、最後の方はかなりヒヤヒヤしましたよ。サンフレッチェには広島でやった時にやられてますから警戒はしてましたよ」

 何と、そんなに難しい相手だと思われていたとは。FC東京もここのところ調子が良くコテンパンに叩きのめすくらいのつもりじゃないかと思っていた。実際ぼくの目からは東京の方がチャンスを創ってたような気がした。だからこそファインセーブを連発した中林が試合後にサポーターからコールを受けていたのだ。

「みなさん広島から来たんじゃないですよね」と尋ねられ東京の人間だと答えておいた。ただ広島出身というのも付け加えておいたが。

 カップルはぼくらより先に電車を降りた。もうその時には乗客が多く話を交わすことはできなくなっていたが窓越しにお互い手を振り合ったのだった。敵であるものの気持ちのいい瞬間だった。

 Jリーグではサポーター同士の諍いが問題となりやたらとお互いを隔離するような対策を取るようになった。だけどぼくはことあるごとに相手チームのサポーターの世話になってる。浦和戦の時は改札を出て反対方向に行こうとするぼくを呼び止めてバス停まで案内してもらったしぼくが広島に行った際には相手サポーターに案内をすることもあった。そういう交流こそが紛争を解決するのであって隔離は却って第3者意識を高めるだけという気がするのだが。

 相手があってこそのJリーグ。そして相手がいるからこそ自分の応援するチームも試合ができるのだ。いやあ、ぼくもずいぶんと聖人めいてきちゃったよな。これでみんなのぼくの見る目が変わってくるかな。

 でも、ぼくの見た目は身体がゴツくてフーリガンの方が似合っているのだった。

2009年7月25日 (土)

中1年挟んだ記憶

2009/07/25 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 あ、1階と2階で料金違うんだ。

 Loppiの前で固まってしまった。ゴール裏のアウェイエリアだったらどこもチケットは同じだと思ってたぼくは悩んだ。果たしていつも観戦する仲間はどっちで観るんだろう。結局そのままチケットは買わずにメールにて問い合わせてみるのだった。

 すぐに連絡をよこしてきた仲間は2階という回答だった。何でも関係者に聞くと2階の方が観やすいということと雨のリスクを考慮した結果ということらしい。そうか、雨のことも考えなきゃいけなかったんだ。といって1階でも雨は凌げたような気がするのだが。いや、もう忘れてしまった。

 味の素スタジアムで対戦するのは2年振り。2年も経つと記憶は薄れてしまうものなんだな。たった1J2にいただけだがその1年というのはやはり短くはなかったということだろう。

 それはいいとしてぼくは再びローソンに赴きLoppiの操作をするのだった。チケットは結局のところ2階席ということにした。

 そうやってぼくがチケットを買ったのが試合日前日である。フクアリや埼玉スタジアムでは考えられない。味の素スタジアムはアウェイエリアが広くて余裕があっていい。そういえばFC東京って対戦相手によってチケットの料金変えてたような気がする。要は人気チームだと高くてその他は安いということだ。そこで調べてみるとどうやらサンフレッチェは安いジャンルに組み込まれているらしい。

 味の素スタジアム、ここは色んな意味で感情の起伏の激しい場所だ。40で負けたこともある。それで鬼門と言われてたにも関わらず24で勝ったこともある。FC東京とヴェルディの2チームがホームスタジアムとしていることで比較的観戦の頻度が高いというのもある。それで他のスタジアムより印象が強いのだった。

 まあ印象が強いとか言っておいてチケットの区割りや構造はしっかり忘れているのだった。

2009年7月21日 (火)

千葉戦~素晴らしきスコア、そして明日への不安

2009/07/19 サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

 タイセイさんの家に着いたのはハーフタイムに入ってからだった。ただ、その時のタイセイさんの平穏な表情からゲームは動いてないというのは容易に察することができた。

「どうも今日は両チームパッとしませんねえ。本当のシュートチャンスなんてジェフに1回あっただけですよ」

 そうか、サンフは最近点が取れてないし千葉も勝ってない。そういう低調同士の試合になってるんだなと半ば達観したような心境で弁当を広げた。仕事から直行したというのに大して腹は減ってなかったものの食べ始めると一気になくなってしまうものだった。

「いやあ、実は今日クーラー換えたばかりなんですよ。新しいやつはよく効きますねえ」

 そういえば快適だ。火照った身体が癒されるようだ。そしてのんびりと弁当なんぞ食べている。モニターに映ってる広島では試合前は雨だったらしい。蒸し暑さもあるだろう。ピッチも滑りコンディション的にも難しい。でもぼくはこの涼しい環境であいつが駄目だ、こいつが駄目だ、やる気あるのかなどということをのたまうのだろう。まあここでの罵詈雑言はタイセイさん以外に聞いてる人がいないというのが唯一の救いだ。

 後半が初まり選手がピッチに入ってきた。その時ミキッチがいることに気付いた。

「ミキッチがいるのに駄目ということは右サイド誰がやっても良くはならないということじゃないか?今まで散々ミキッチが復帰すれば何とかなると言ってたが」

 そんなことを言ってしまった。そして柏木がゴールに近い場所でボールを持ったが何だか動きが遅い気がした。もっと早いテンポでボールを動かせよと罵声を上げそうになったがその時クロスを上げた。中央に上がったボールは寿人がDFと競る形でボレーシュートを放ちゴールに突き刺さった。

「おっしゃあ」

 驚きと喜びが入り混じったような感覚だった。ここでいやあ柏木よくあのクロス上げた、寿人もよくシュートを決めたなどと喋るのだった。

 そしてその後も勢いが止まらなかった。パスを回す。途中ファールを受け倒されてしまったが柏木が抜け出した。チャンス、と思ったら笛が鳴ってしまった。これってアドバンテージで流す場面だろという気がしたがさすがに柏木も文句を言っていた。

 せっかくのチャンスの場面を潰された気はしたがFKの位置としては悪くない。柏木、槙野、ストヤノフとボールに立っていたがストヤノフが蹴るのは容易に想像でき、やはりストヤノフが蹴った。飛びつくGK。ただ、ポストに当てたその弾道はあまりにもコースが良く防ぐことはできなかった。決まった。絶対に入らないと思ってたのにきまった。これまでどれだけこういうセットプレーを無駄にしてきたことか。

 2点目。よりによってこの2点共元ジェフに所属した選手なのだった。何と因縁めいたものだろう。サンフで言えば浦和戦でトゥーリオに決められるようなものだろうか。

 そしてこの試合の極めつけはロスタイムだった。敵味方含めて終わってみれば89分に3点が入るということが起きてしまった。試合を観てない人にしてみれば一体何が起こったのかと首を傾げるだろう。その展開はあまりにも速すぎてある意味呆気に取られてしまった。

 まず柏木と交代してハンジェが入った。この時ハンジェかあとため息をついたものだがゴールを決めてしまった。これで勝ったと確信をしたがそのすぐ後に失点してしまう。サンフレッチェらしいなと肩透かしを食ったのだがそのすぐ後に青山が決める。こういう点の入り方はJ2の頃を思い出させてくれた。さすがにこれは相手も前掛かりになった結果のことだろうがJ1でもこういう試合が観れるかもしれないと夢見ていたことが実現したのだった。

 41の勝利。夢のようなスコア。これぞサンフレッチェだと誇りに思う瞬間であった。が、それがそこまで夢見心地でもなかった。それはその前に3連敗してるという事実を忘れてる訳でもなく、次節累積警告で槙野とミキッチが出場停止だという未来へ向けての不安があった。そしてサンフレッチェが勝ってしまったが為に当然千葉は勝ち点を重ねることができなかったというのも心苦しかった。なぜなら、千葉の2チームが両方とも降格圏内にいるのだ。近場でサンフレッチェの試合を観れる機会が減ってしまうのはいかんともしがたかった。

 といってそんな心配ばかりしてて2007年は自分の方が降格してしまったのだったが。

2009年7月18日 (土)

舞姫

2009/07/19 サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

「パブリック・ビューイング観に行くんですか?」

「は?」

「いや、フクアリで無料でパブリック・ビューイングやるんですよ。知らなかったんですか?いや、てっきり行くんだとばかり思ってましたよ。その試合の前にレディースの試合をやっててそちらは500円で観れるんですよ。それはそれで面白そうですけどね。まああくまでも千葉のホームスタジアムだから広島の応援ができるかどうかは分からないですけど」

 知らなかった。千葉に住んでいながらそんな情報をちっとも得ることがなかった。そんな情報一体どうやって得るんだろう。新聞にでも書いてあるんだろうか。そういや新聞なんて何年も読んでないな。社会に出ると新聞くらいは読まないといけないと言われつつもついぞ読むことはなかった。まあ読まなくても生きていける。却って毎日新聞の処理をしなきゃいけないという恐怖に駆られてしまう。そしてやっと契約満了日を迎えたと思っていたらすぐにやって来る新聞の勧誘員。断ろう断ろうと念じつつもいつも負けてしまう。今では居留守を使うことで何とか逃れることができるようになった。

 そういう訳でぼくは情報に疎いのだ。まあどっち道流行物には興味ないしスーパーのチラシ見たって買いに行かないし。そして多くの人が感じるようにぼくもニュースはネットで間に合ってるような気がしているのだった。ネットが普及して便利になった反面情報の供給側としては厄介な時代ではなかろうか。情報なんてタダで手に入ると思われてるのにわざわざ紙にしてそれによって利益を出さなければいけないなんて。本が売れないと言われてるが一部にそういう理由もあるのだろう。

 それはそうと思いもよらぬ観戦場所を見つけたのだがこういう時によりによって仕事が入ってるのだった。終わってから都内から駆けつけても開始時間には間に合いそうもない。せっかくの面白い企画なのにぼくは体験することができないのだった。

 しかし、こういう時ぼくにはタイセイさんがいた。これも都合良く帰りに寄れる場所なのである。どうもここのところ自分で努力しなくても自然とサンフレッチェの試合を観れてしまうのである。そのあまりもの成り行きの自然さに不可解さを憶えられることもあるのだった。自然なために不自然というパラドックスめいた状態にあるのだった。

 こんなことばかり考えてるぼくは試合についての展望とか勝利への渇望というのが沸いてこないのだった。2003年にしても2007年にしてもどうにか落ちないものかと固唾を呑んだものだが今はそうでもない。実際夏に近付いてパタッと勝てなくなったのは2007年と一緒なんだがそれほど恐怖にも感じてないのだった。それはリハビリ中のメンバーが戻ってくれば大丈夫とか決定力を上げさえすれば勝てるとかセットプレーでもっと気をつければいいといったようなことでもない。降格に対して恐怖心がなくなったのだった。それは興味をなくしたという意味ではない。サンフレッチェそのものが変化してきたのだ。

 かつてのサンフレッチェ、人気がなくて名前さえ知られてなかった。そんなクラブがJ2に落ちたら潰れてしまうという恐れがあった。そこは真剣にならざるを得ない状況なのだった。それが現実には2回も落ちてその都度新しいファンを付けて這い上がってきたのである。関東ではアウェイサポーター席が満席になるという状況も生まれそう簡単に潰れるような気はしなくなってきた。だから降格は単に実力の問題と処理できるようになったのである。やっぱりぼく自身も変わったのかもしれない。

 げに東に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学問こそ猶心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ変り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写して誰にか見せむ。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。

(舞姫/森鴎外)

2009年7月12日 (日)

浦和戦~完全アウェイの地で

2009/07/11 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

「あれオフサイドか?」

 裏へ抜け出す動きはことごとくオフサイドの旗が上がり攻撃の芽を摘まれてしまった。他にも岡田主審はレッズの選手が倒れた時だけ笛を吹くという一方的なジャッジを繰り返し埼玉スタジアムの大観衆の圧力に影響を受けてたのは明白だった。これぞアウェイジャッジ。中東の笛ならぬ埼玉の笛。まあ本当にACLにでも出ればもっとヘンテコな笛があるのでこれくらいの偏向ジャッジに屈するようではアジアには出ていけない。

 だが、先に点を入れたのはサンフレッチェだった。今日も柏木はキレキレ。多少無理な状態からでもボールを失わずチャンスにつなげる。そして寿人へ出したラストパスはこれまた無理な姿勢でつま先で打ったものだったがボールはゴールに飛び込んでいった。

 寿人サンフレッチェ在籍100ゴール目だ。2試合ゴールがなかっただけなのに何だか久々のゴールのような気がする。それでいて決めるとこは決める、やはりストライカーなのだった。言ってることが訳分からないな。そう、実際訳分からなくなっていたのだ。

 ただ、寿人はそういう決め事があるかのように1試合に1点しか取らない。どんなチャンスがあっても1点。逆に難しいシュートを決めるのに簡単なシュートさえ外してしまうという傾向がある。そしてそれよりも悩ましいのが柏木だった。あれだけ屈強なボディバランスでボールをキープするもののシュートはことごとく枠の外。まあ練習ですら入らないのに実践で入る訳がない。その決定力のなさは数々のチャンスを不意にするのだった。

 しかしこの2人についてはシュートを打つだけまだマシではあった。高柳、服部といずれも前が空いてるのにパスを出してしまう。強引なシュートというのが微塵もない。ゴール前まで行ってもみんなパスパスパスだ。シュート打て、シュート打てだ。

 ところがスタンドからそのシュートを打たないというイライラはなかった。それ以上に右サイドの粗が目立ったからだ。楽山、ある意味この試合で一番名前が呼ばれた選手だろう。即効の場面でスピードを落とす。クロスは上げられない。危険な位置でバックパスをして敵に取られる。全てが全て酷かった。まずミスをするのは楽山だった。そしてその度に「ラクさ~ん」という頼むよという声が聞こえそしてついには誰がミスをしても「ラクさん」と言われる始末だった。

 さすがにこれは限界と感じたか楽山は橋内と交代した。若い分こちらの方が期待値が大きい。ミシャにしては思い切った交代をやったなと感じたがこの選手交代の後すぐに失点してしまった。ポーンと蹴りこまれたボールに対応することなく2人のディフェンダーは突っ立ったままだった。慌ててボールを追うも時はすでに遅し、キッチリと決められてしまったのだった。またしてもしょうもない失点であった。

 その後攻められつつもチャンスがなかった訳でもないがやはり橋内ではどうしようもなかった。前にチャレンジしようとする姿勢はあるが思い切りが悪くクロスを上げるでもなし突破するでもなくバックパスに終わるかボールを取られるというばかりだった。楽山とどっちがマシかという天秤に掛けた場合まだ楽山の方がマシかもしれなかった。

 そしてもっと酷かったのは柏木と交代して入った丸谷だった。わずか14分で平繁と交代、よっぽどミシャの気に障ったのであろう。確かに上から見てたぼくらも丸谷の存在感はちっとも感じなかった。だが失点はその交代の後に起こったのだった。

 いずれも交代の後に失点をする。何という運のなさ。この日のミシャは本当に運がなかった。これでは采配ミスと言われても無理はないだろう。

 結局21で終わってしまいただ単に浦和を喜ばすだけの試合になってしまった。シュートは打たない、右サイドがいない、交代メンバーがしょぼい、終わってみれば当然の結果だった。アウェイ・ゴール裏も空いてる席がなくなり前の人が立つから必然的にみんな立たないといけないという状態になり応援としては熱気を持っていた。ただそれも浦和のホームの持つ大声量に屈したという感じだった。

 それにしてもこのアウェイエリア、通路が1本しかないというのは無理があった。緩衝地帯のせいだがこれだったらもうちょっと緩衝地帯を減らしてもらいたいものだ。確かにサポーター同士の衝突みたいな問題もあるのかもしれないが通路がないというのは逆にその内将棋倒しなどの事故につながりそうなのだった。例えサポーター同士がケンカして物を投げ合ってもせいぜいたんこぶの一つで済むだろうが将棋倒しはヘタをしたら重傷を伴う大きな事故につながりかねない。最近のJリーグはどうもこういう本末転倒な運営があると思うのはぼくだけだろうか。

 そしてぼくは帰路につくためスタジアムの反対側へ廻った。北越谷行きのシャトルバスへ乗る。当然そこは赤い人にまみれてぼくは紫でポツンと立つことになる。その状態は負けたからこそ空しいのだが逆に浦和が勝ったからこそバスに早く乗れたのだった。

2009年7月11日 (土)

浦和戦~節目の試合

2009/07/11 浦和レッドダイヤモンズvsサンフレッチェ広島 埼玉スタジアム2002

 やはりぼくは星を持ってる。幸運の女神の下に住んでいる。完全に仕事の予定が入ってたのだがトラブルで急遽中止になってしまった。そのタイミングがあまりにもピッタシ合ってたことで実はぼくがトラブルを起こしてるんじゃないかと疑われそうだ。いや、ぼくは無実だ。絶対に無実だ。

 早朝、いつもの日課でメールを開ける。Kさんから来てた。

前半折り返し最後の試合 レッズ戦です

2連敗 故障者続出 埼スタでリーグ戦未勝利

ネガティブな話題満載です

赤いサポーターの大音量に負けないようしっかり応援しましょうね

では、現地でお会いしましょう

 まさにその通りであった。埼玉スタジアムは意気込んで行って帰りはいつもいつも打ちのめされてしまう。あの大観衆、しかもトゥーリオにゴールを決められたりすると尚更凹んでしまうのだ。スタジアムへ行く前はいつもいつも妄想する。寿人がゴールし盛田がコーナーキックからヘッドで合わせて決めるとこを。だがそれはいつもいつも妄想で終わってしまうのだった。

 そもそも今回は盛田は怪我で戦列を離れている。寿人もサンフレッチェ在籍100ゴールまであと1ゴールという煽りのせいで全くゴールから遠ざかってしまった。チームも点が取れない。そして無限の悲観論思想に入っていく。それなのにスタジアムに向かってしまう。そこがまた不思議なのだった。

 しかし、埼玉スタジアムのアウェイ・ゴール裏も早めにチケットを確保しないといけないというようになってきた。昔はサンフレッチェのサポーターなんてほんの数える程度しかいなかったので駅前で集まって行こうとか色々と企画をやったものだが今はもう放っておいても来る状況だ。ぼくも本格的に応援をするようになって10年も経ってしまった。周りも変わったしそろそろ節目を迎えてるという気がするのだった。

 全く人気のないアウェイ・ゴール裏の人を増やそうとがんばってきたこの10年。もはやそういう役目というのは終わりと考えても良さそうだ。ぼくも一人のファン、もしくはサポーターとして自分自身が楽しむことだけを考えるようにしよう。ぼくにとってそういう節目の試合でもあるのだった。

2009年7月 6日 (月)

磐田戦~2連敗、連続無得点

2009/07/05 サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

 何がどう悪いのか。モニターからは分からなかった。言えるのは圧倒的に磐田の方が攻めていてボールを拾ってもちっとも攻めることができないということだった。そして失点は左サイドの浅い位置からのクロス、それをゴール前で合わせられたというだけだった。森脇が競れなかったとも言えるが磐田はその競り合いに2人もいた。それ以上にどうしてあれ程まで簡単にクロスを上げさせるのか不思議だった。毎度の失点パターンだからいい加減気付いても良さそうなものだが。正直ぼくなどはクロスを上げる前にヤバイと感じた。そんなモニター観戦者にさえ気付くことをピッチの選手が気付いてないというのが悲しかった。1度や2度ならしょうがないと諦めも付くだろうがこういつもいつも同じことを繰り返すようじゃやっぱりこの失点は抑えられないと諦めるより他ないのだった。それならこちらもそれを上回る得点を奪えばいいのだ。

 ただ得点を奪うどころかシュートさえも打てない。攻撃的なチームでありながら攻撃ができない。こんな哀しいことはなない。この状況にただただため息しか出ないのだった。やはりミキッチがいないと駄目か。高萩がいないと攻撃に推進力が出ない。いや、カズがいればもっと違う。みんないない選手に想いを寄せることが唯一の救いでしかないかのようだった。

 後半57分にメンバーを替えてきた。当然ハンジェと交代だろうという予想はできたもののそれで状況が好転するとは思えなかった。なぜならピッチに入ったのは楽山。今まで何かしたという記憶が全くない楽山。まあ天皇杯では1回だけ決勝ゴールのアシストをやったがそれもその後のあまりもの戦力としての使えなさに記憶も消滅しかかっているのだった。

 楽山にパスが来る。楽山がパスを戻す。楽山がクロスを上げられない。その度にぼくらは「楽山じゃしょうがないよ」と諦めの言葉を発する。そしてその次の交代で平繁。前に行くのは魅力だが残念ながらこういう場面に出場して結果を出したことがない。それでも平繁の投入はそれまで傾いていた試合の流れをわずかにサンフレッチェに舵を変えたのだった。そしてその後の大崎、これはもう完全に流れを持ってきた。ドリブルで切り込む、シュートを打つ、ゴール前でFKを得る。磐田は完全にゴール前を固めるようになってしまった。

 だがゴールは生まれなかった。ほとんどのシュートは枠を捉えてない。チャンスはあったが決めきれない。これはただ単に決定力の問題である。ドクトルも京都戦はちゃんとチャンスで決めていれば5点くらい取って勝てたのになと言っていた。参った、ここに来て決定力不足かよ。だがこうなるのも半ば予想の範疇であった。

 放送でもしきりに言っていたがあと1ゴールで寿人が広島での通算100ゴール達成である。こういうメモリアルがある時サンフレッチェは決まって点を取れなくなる傾向にあるのだった。盛り上げるために煽りたい気持ちも分かるがこういうことを言えば言うほど点が取れなくなる。負けてしまう。悪循環である。

 不吉なことに今の勝ち点の取り方と失速の仕方が2007年と酷似している。ぼくに指摘されるまでもなく多くの人は気付いているようだった。

「今年は残留目標、上を狙うのは来年かな」

 仲間のその言葉に否定をする勇気はなかった。ただ肯定するにはあまりにも悔しいのだった。

磐田戦~原出場

2009/07/05 サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

「今日はヤバイですよ」

 ふとこの試合の中継について聞かれた際に言葉に出た。

「だってGKの中林が怪我で出ないみたいなんですよ。代わり入団1年目の原が出場するみたいですよ」

「エッ、怪我したの?何でGKばかりこんなに怪我するんだろうねえ」

 本当にそうである。だけどその兆候はあった。ここ数試合の中林のパフォーマンスの低さを考えると体調が万全でないのは納得できたし元々怪我が多いことで鳥栖でも出場のチャンスのなかった選手である。中林にとっても始めての充実したシーズンだっただけに悔やまれる欠場であろう。ちゃんと戻ってきてくれればいいのだが。

 しかし、サブに下田が復帰するという情報を得た。30歳を越えて1年もリハビリに費やしたらもう選手として使えない、誰もがそう考えるだろう。そして復帰しても以前のようなパフォーマンスは期待できない。それでも下田という名前を聞いただけで安心感がある。やはり数々のビッグセーブの記憶は中林や佐藤昭大では存在感という意味でとても敵わない。戦力的にどうかなんて分からない。ただ下田がベンチに座るというのが嬉しいのだった。

 その他にもミキッチと高萩も欠場という話もあるし一体どうなってるんだろう。ただこういう事態が起きないとなかなか超新星が現れないから調度いいかもしれない。どうやらナビスコカップでも活躍した大崎もサブに入りそうだ。数々の不安要素をそういう期待要素に無理矢理すり替えるのだった。

 かくして試合はいがい意外にも原は安定したパフォーマンスを披露した。それよりも酷いのは右サイドだった。やはりミキッチの穴は大きい。そしてそれに連動するように右サイドだけでなく全てが良くなかった。磐田の余裕の試合運び。攻められ攻められ攻められ続ける。攻撃サッカーと謳いつつ相手に攻撃されている。ボールが前に運べない。ああ、やっぱり右サイドはふさがれてしまう。考えてみればJ2の時でさえ右が弱点だったのだった。J1で通用する訳ないだろう。

 半ば予想の展開ではあったものの観てるのは辛かった。辛くて辛くて辛い展開だった。これをホームでやってしまうか。一緒にモニターで観戦してた仲間の表情は一様に曇ってしまったのだった。

2009年7月 2日 (木)

磐田戦~因縁の3連戦、最後の試合

2009/07/05 サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

 失意の果ての京都戦の後、当然のことながら時は進んでる訳で次について考えないといけない。そしてそれはまたしても因縁の対決だった。ジュビロ磐田、ナビスコカップで引き分けでも予選突破という条件がありつつも敗れてしまった相手。雪辱という意味ではまだ記憶が霞んでないだけに時期的に調度良かった。神戸、京都、磐田と因縁の3連戦の締めくくりである。これは勝っておかなければいけない。

 ただし、あまり気負いすぎると京都戦のように足元をすくわれるのかもしれない。あくまでも1シーズンのリーグ戦の内の1戦というぐらいに考えておいた方がいいのかもしれない。その方が負けた時もショックが少ないという効果もある。ああ、ぼくも散々チームのパフォーマンスが悪いとクソミソに言うのに自分は落胆に対する対抗策を練っている。つまり自分にはめっきり甘いのだ。チームには厳しく、自分に優しく。うーん、選手もこういうサポーターを相手にしなければいけないのだから大変だろう。

 しかし大変と言えば磐田も大変だ。低迷を続けるチームを救うべく獲得したFWイグノはリーグ戦の中断機関に早々にヨーロッパへと移籍してしまった。Jリーグの中でも突出したストライカーで次々に結果を残したもののすぐに去ってしまいまるで風の玉三郎のようであった。正直サンフレッチェとしては対戦前に退団してくれたので助かっただろうがその一方でイグノのいるジュビロと戦って欲しかった。そうなるとまあメチャクチャにやられた可能性もあるがそこはそれ、槙野や中林がどれだけ止めることができるのかというのも観てみたい気もしたのだ。

 そして磐田ということでは駒野のことを忘れてはいけない。果たして当人としてはサンフレッチェに対してのモチベーションはどうなか。どうも磐田に移籍してからの駒野は精細を欠いてるように見える。そのせいかJ2降格と共にサンフレッチェを出ていった選手であるにも関わらずあまり感情的なしこりはない。むしろ大丈夫かという心配を抱いてしまうのだった。

 確かに駒野が抜けた2008年は右サイドが穴だった。だが2009年にミキッチが加入するとその問題は一気に片付いた。ただミキッチはシュートが入らない。その点だけが不満といえば不満なのだが正直駒野もあんまりシュートが入ったというイメージがない。サイドの選手がゴールを決めるというのはそもそもが難しいことなんだろうか。

 かつて、まだ磐田といえば強豪でトムソン監督は守備を引かせてカウンターから久保が決めるというパターンで何度もジャイアントキリングを起こした。そしてその強豪に勝ってしまうというのが痛快だったのである。それが今の弱体化した磐田ではそんな楽しみはない。そこがまたサッカーの恐ろしさでもあるのだった。

 それにしてもサンフレッチェはけが人が多くなった。依然として森崎ツインズの音信は不通で森脇もどうなってるのか分からない。盛田、柏木の2人は前節負傷退場してるしGKの中林まで膝が悪いという話が聞こえてくる。この負傷の多さは昨シーズンも一緒だったがそのお陰で選手層が厚くなるという副産物があった。ただそれはJ2だったからとも言え果たしてJ1でそれがどの程度通用するのかという疑問がある。いずれにしても楽な試合にはなりそうもないのだった。

 そういえば2007年はこの時期から勝てなくなり降格してしまった。果たして今回はどうだろう。あのシーズンと勝ち点に積み方があまりにも似ていて不吉な予感もする。この不吉な予感を吹っ飛ばして欲しいものだ。さあ、ぼくもそうならないように応援しよう。といってモニター観戦なのだが。

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