因縁の一戦
2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場
「特に意識はしていない」
『エル・ゴラッソ』に載ってた京都側のコメントに火がついた。忘れもしない2007年のJ1・J2入れ替え戦の相手だ。この京都に負けたからこそサンフレッチェはJ2に落ちた。そちらに意識がなくともこちらには意識があるということだ。
「でもあれは自滅という要素の方が大きいからなあ」
ドクトルはそう答えた。確かにそうだ。誰がどう見ても最悪なウェズレイをスタメンで使った。それが1試合ならまだしも2試合も使ってしまった。ミシャの采配ミス。2試合目、スタメンにウェズレイの名前があるのを見てもう終わったと感じたものだった。
その後、J2降格が決まった後というのは惨めなものだった。天皇杯でも決勝まで行くも鹿島に負けたらJ2に落ちたチームがJ1の優勝チームに勝てる訳ないだろと揶揄された。ゼロックス・スーパーカップでその鹿島にリヴェンジを果たしタイトルを手に入れるもその翌週はJ2のカテゴリーでしか試合ができないという現実。チームがどんなに連勝を重ねようとも得点を重ねようとJ2の記録としかならないという行き場のなさ。あの日、あの時の結果がこうもクラブの状況を左右させるとは。そしてあの時があるからこそ今があるとも言える。
実際2007年までのサンフレッチェには顔がなかった。ただ2週間に1度ビッグアーチで試合をやるだけの興行主でしかなかった。客が入らないからといって誰も悩まない、客が来るようになるにはただ勝てばいいんだという安直な発想しかなくぼくらも一体このクラブを動かしてるのは誰なのかサッパリ分からなかった。あの時のJ2降格は選手も揃ってる状況だっただけにフロントの不甲斐なさというのが身に染みたのだった。
それだけに2度目のJ2降格はクラブとしても危機感を募らせた。あらゆることが降格の前と後とでは違ってきた。ホームページからして以前は外注の業者に丸投げといういかにもやる気のないものが一気に情報量もデザインも向上した。あらゆることで動きが速くなり弱点の補強も迅速になった。クラブの方向性としても監督任せではない意思を感じるようになった。それこそは降格したからこその変化かもしれない。
しかし京都もエレベータークラブの異名が変わりつつある。そもそもJ1復帰後の観客動員は着実に増えそれまでの行き当たりばったりの補強方針から芯が入ってきた。サンフレッチェが降格で改善した一方で京都は昇格で改善していった。これは双方にとって好ましい効果であったろう。
そういう経緯から京都に感情的な恨み辛みはない。それでもこの一戦は勝たなければ納得できないこだわりがある。降格のトラウマの打破、ケジメを付けなければいけないのだった。


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