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2009年6月29日 (月)

磐田戦観戦会ご案内

16節 7月05日(日) 18時 磐田(広島ビ)

(【紫熊】市川Public ARROW'S)

『観戦会開催予定試合』
17節 7月11日(土) 19時 関東のため開催なし(浦和@埼スタ)
18節 7月19日(日) 18時 千葉(広島ビ)
19節 7月25日(土) 18時 関東のため開催なし(東京@味スタ)
20節 8月 1日(土) 19時 鹿島(広島ビ
21節 8月15日(土) 19時 神戸(神戸ユ)
22節 8月19日(水) 19時 大分(広島ビ)
23節 8月22日(土) 19時 浦和(広島ビ)
24節 8月30日(日) 18時 山形(NDスタ)

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※基本、16時以降の試合が対象となり、
チャージ1500円+1フード・1ドリンクのミニマムオーダーを頂く形となります。
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関東在住のサンフレッチェサポーターの皆さん!
試合の結果が気になり、速報サイトでチェックしてる方!
自宅で一人スカパー観戦してる方!

気の会う仲間と楽しくお酒や食事を楽しみながら、愛するサンフレッチェを応援しましょう!!

関東サポのホームと呼ばれる下北沢「under_bar」までは、ちょっと遠いと思いのあなた!
新たに観戦会をスタートした、市川で盛り上がりましょう!!

http://public.arrows-project.com/index.html
千葉市市川市市川南1-1-8 駅前サンハイツ1F
JR市川駅南口 徒歩3分くらい

京都戦~絶望の中に希望を見出す

2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場

「ムチャクチャストレスの溜まる試合ですけが、観ます?まあこんな日もあるだろうけどねえ」

 タイセイさんからのメールを貰うまでもなくぼくは結果を知っていた。20、絶対に勝たないといけない相手に完全にやられてしまった。ここで勝つと上位が狙える、ここは絶対に負けてはいけない、そういう試合に限っておとしてしまう。試合内容も相当悪かったようでそれがまた気を落とさせるのだった。

「どうもねえ、やはり午後1時開催というのは無理があるんでしょうかねえ。私もあの辺住んでたことあるんですけどあそこの蒸し暑さときたら半端じゃないですよ。うちのスタイルだと運動量が生かせないとどうしてもキツイですよね。みんな動きが悪かったもんな」

 暑い日差しの中、タイセイさんに電話した。確かに外は暑い。京都ってそんなに暑いとこなのか。でも気候の条件はどっちも同じなんだけどなあ。

「それよりも柏木と盛田が負傷で交代しましてね。横竹と高柳が出たんですけどけが人が多いですよね。森脇は今日もベンチにすら入ってなかったからこれはまた長期の離脱があるんじゃないですか?あと3人目にミキッチが平繁と交代しましたけどミキッチも最近精彩がないですねえ。今日は両サイドからの攻撃が全くなかったですよ」

 聞けば聞く程気がめいってきた。そして映像としては最初の失点は観た。4人も守りの選手がいながら相手のシュートを許してしまった。大したシュートに見えなかったが誰かの足に当たってコースが変わってしまった。この失点、運がなかったと言えばそれまでだがこの時サンフレッチェの選手は一人こけてた。そして中林も防ぐことができないポジションにいたということで一時期の神通力が失われたような気がした。

 そして次の失点。もうこれをぼくは観ることができなかった。タイセイさんによるとDFが前線まで走りこんできて決められたということで完全にサンフのお株を奪われるようなことをされてしまったということだ。そんなシーンを観る精神力はとてもばくには持ち合わせてないのだった。

 この日の晩、近所のサッカースクールの関係者と飲みに誘われた。小学生の試合があってその結果がどうのこうのと盛り上がっていたがぼくは一人沈んでいた。

「そういえば今日サンフレッチェどうだったの?」

 ふいにそういう質問をぼくにぶつけてくる人がいる。ああ、止めてくれと思いつつ負けましたと一言答えた。1年を通してあらゆる試合があるもののこの試合というのは意味合いが大きかった。ぼくはサンフレッチェを応援してる限り絶対にタイトルなどという歓喜は訪れないんだろうという気がした。

「でもサンフレッチェはクラブとしては立派だよね。ちゃんとユースの選手を育てているんだから。他のクラブなんてFWに外国人を並べてさ、それで得点力不足なんてそんなん当たり前じゃん。Jリーグの理念っていうのがあるけどさ、そんなのただの建前で広告代理店の産物になってしまってるよね。本当に広島だけだよ」

「そう、そうなんですよ。今だって外人2人しか使ってないですしね」

 他にも盛田や中島のようなほぼ他のクラブを戦力外になったような選手を主力として使ってるし久保や服部、もしくは青山のような全くの無名選手を中心選手として見出したし。今回だって横竹のようにまだ不安もある選手だってちゃんと実践で使ってる。他のクラブの選手でもユースを含めサンフレッチェにいた選手は結構いるのだ。そう思うとサンフレッチェの日本サッカーへの貢献度は極めて高いと言える。

 そうだ、サンフレッチェはたかが1戦のことで下を向いてはいけない。大きな意味で偉業を成し遂げているんだから。だからこそぼくもサンフレッチェが好きなのだし応援したいという気がするのだ。

「でも、小野剛が監督やってる時にメチャクチャにされましたけどね。今の日本サッカー協会の技術委員長ですけど。何であんな人をああいうポストに付けるのかサッパリわかりませんよ」

 この話を聞いてる人たち、一部の人を除いて「小野剛、誰それ?」という顔をしていたのは言うまでもないことだった。

2009年6月26日 (金)

マイケル、訃報

2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場

「マイケル・ジャクソン、死亡」

 インターネットの記事でその表題を見たときにはマイケル・ジャクソンはもう売れなくなって死んだも同然だという意味だとばかり思ってた。そしたら本当に死んだのだった。ミーハーの象徴、消費文明の歯車、大衆迎合音楽、そんな風潮でぼくのようなロック好きにはバカにされる存在ではあった。だってバンドでやるんならローリング・ストーンズの方がかっこいいしマイケル・ジャクソンなんてバンドでできるものじゃなかった。でもよく考えてみるとジャクソンズの『ステート・オブ・ショック』ではストーンズのミック・ジャガーも参加してるし『ビート・イット』でギターを弾いてるのはエディ・ヴァンへイレンだったりする。実はぼくがロックにこだわって線引きしてた境界線なんて実は大してなかったのかもしれない。

 こういう冷静な判断ができるようになったのは紛れもなくマイケル・ジャクソンが死んでしまったからだ。ミュージシャンというのは死んで神格化されるとこがある。そしてそのイメージに流されて死んだ瞬間にファンになるという訳の分からない人が出てきて途端にCDが売れてしまうという現象が起きるのは目に見えてるのだった。生きてる内にファンだったら次の作品を待つ楽しみがある。だけど死んでしまってからファンになってしまってはどうしようもない。といってそういう人はせいぜいCD1枚か2枚買ってそれで満足な人なんだろうが。

 サンフレッチェの2度のJ2降格ではその都度新しいファンが付いた。それらの人がもっと早く応援に来てたら降格はしなくて済んだだろう。でもそこはもはやJ1でなくなったという喪失感が逆に人を呼び寄せたのだ。なくなったという事実に人は惹きつけられるのだ。そういう意味でマイケル・ジャクソンの死と同じ感覚のような気がするのだった。

 2度目の降格の時、ビッグアーチには明らかにそれまで来てなかった人がたくさん詰め掛けてた。23千人もの人が来て勝てなかったのはこの時来た客を取り込めなかったという意味でも残念な気がした。でも明らかにあれからスタジアムに来る人は増えた。特に関東での増え方は急激だった。あの時京都に勝てなかったのは哀しかったが結果として良かったのだと考えることができるようになった。

 そして2年経った今、チームとしての成長を見せ付けねばならない。何と言ってもこっちはほとんどメンバー変わってないんだから。

 でも向こうはほとんどメンバー替わってしまったんだよな。道理で大して意識してない訳だ。でもそれは勝者だからこそのメンタリティだろう。こういう相手に負けてはならない。勝つ、絶対に勝つ。天国にいるマイケルもきっと応援してくれるだろう。

 いや、待てよ。一体マイケル・ジャクソンがいつサンフレッチェの応援なんかしたというんだ。生前CDなんて1枚も買わなかったのにそんなこと言ってる。ぼくも死んでからファンになる人たちと大して変わらないということだろうか。

因縁の一戦

2009/06/27 京都サンガFC vsサンフレッチェ広島 西京極陸上競技場

「特に意識はしていない」

 『エル・ゴラッソ』に載ってた京都側のコメントに火がついた。忘れもしない2007年のJ1J2入れ替え戦の相手だ。この京都に負けたからこそサンフレッチェはJ2に落ちた。そちらに意識がなくともこちらには意識があるということだ。

「でもあれは自滅という要素の方が大きいからなあ」

 ドクトルはそう答えた。確かにそうだ。誰がどう見ても最悪なウェズレイをスタメンで使った。それが1試合ならまだしも2試合も使ってしまった。ミシャの采配ミス。2試合目、スタメンにウェズレイの名前があるのを見てもう終わったと感じたものだった。

 その後、J2降格が決まった後というのは惨めなものだった。天皇杯でも決勝まで行くも鹿島に負けたらJ2に落ちたチームがJ1の優勝チームに勝てる訳ないだろと揶揄された。ゼロックス・スーパーカップでその鹿島にリヴェンジを果たしタイトルを手に入れるもその翌週はJ2のカテゴリーでしか試合ができないという現実。チームがどんなに連勝を重ねようとも得点を重ねようとJ2の記録としかならないという行き場のなさ。あの日、あの時の結果がこうもクラブの状況を左右させるとは。そしてあの時があるからこそ今があるとも言える。

 実際2007年までのサンフレッチェには顔がなかった。ただ2週間に1度ビッグアーチで試合をやるだけの興行主でしかなかった。客が入らないからといって誰も悩まない、客が来るようになるにはただ勝てばいいんだという安直な発想しかなくぼくらも一体このクラブを動かしてるのは誰なのかサッパリ分からなかった。あの時のJ2降格は選手も揃ってる状況だっただけにフロントの不甲斐なさというのが身に染みたのだった。

 それだけに2度目のJ2降格はクラブとしても危機感を募らせた。あらゆることが降格の前と後とでは違ってきた。ホームページからして以前は外注の業者に丸投げといういかにもやる気のないものが一気に情報量もデザインも向上した。あらゆることで動きが速くなり弱点の補強も迅速になった。クラブの方向性としても監督任せではない意思を感じるようになった。それこそは降格したからこその変化かもしれない。

 しかし京都もエレベータークラブの異名が変わりつつある。そもそもJ1復帰後の観客動員は着実に増えそれまでの行き当たりばったりの補強方針から芯が入ってきた。サンフレッチェが降格で改善した一方で京都は昇格で改善していった。これは双方にとって好ましい効果であったろう。

 そういう経緯から京都に感情的な恨み辛みはない。それでもこの一戦は勝たなければ納得できないこだわりがある。降格のトラウマの打破、ケジメを付けなければいけないのだった。

2009年6月22日 (月)

神戸戦~Up and Down with Snfrecce

2009/06/21 サンフレッチェ広島vsヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ

「エエエエエッ、あれがPKぃぃぃっ!」

 FKの壁に入ったミキッチの手には確かにボールが当たってた。だけどあれは直撃を回避するため身体を横に向ける、言わば防衛本能のようなもので無意識の結果だった。あれでPKというなら強烈なキックを真正面でブロックしなきゃいけないということだろうか。いや、やっぱりあり得ない。

 このPKを大久保がいとも簡単に決めてしまった。正直前半は何の印象もなかった選手にゴールをプレゼントしてしまった。プレゼントと言えばサンフの1点目も北本のオウンゴールなので同じだがこのPKは納得いくようなものじゃなかった。2007年も大久保のPKで負けた。もしかしてまた今度もという悪い予感が走った。

 それでもスコアは21。まだ勝っている。それなのにサンフレッチェは一度傾いた流れを食い止めることができない。すぐに左サイドからクロス気味のボールを直接ゴールに入れられてしまった。唖然とした。あれが入るのかよ。そのあまりにもあっけない同点へのプロセスに対してぼくらは言葉を失った。これで振り出しに戻ってしまった。

 前半終了間際には高萩の絶妙なトラップとピンポイントのパスで槙野が豪快にシュートし20とした時にはもうこの試合は決まったという気がしたものだ。それでも1点目が開始1分とあまりにも早い得点だったことが逆に不安を感じていたのだった。大体あまりに早く得点すると負けてしまうというのはよくあることだ。だからこそ槙野のゴールは本当に救われたのだった。

 同点にされたことで点を取らなければいけなくなった。それなのに悪い流れに陥ったサンフレッチェはパスがつながらない。苛立ちが募る。攻めろ、攻めろ攻めろ、もっと攻めろ。熱くなっていたぼくは声に出して言っていたかもしれない。そしたら前掛かりになった裏を取られ茂木に逆転ゴールを決められてしまった。よりによって茂木に決められてしまった。小野監督に潰されて広島を去った選手に決められた。それがまたショックを強めたのだった。

 もう負けた。またしても2007年の繰り返しか。もはや希望をなくしてしまった。今日勝たないとマズかったんだけどなとドクトルが呟く。ガックリ肩を落としてしまいもはやこの試合に何の希望も持てなくなってしまった。

 攻めてもシュートまでいけなかったりボールを失ったり、もう駄目だとため息ばかりが出てしまうのだった。神戸もイエローを貰う頻度が多くなりこの試合をこのまま閉めようという意気込みがあった。せめてあのPKさえなければ。こういう展開にはならなかっただろうに。ここでまたレフリーへの怨みつらみを感じるのだった。

 残り10分。ああ、もう時間がない。打開することはできないのか。そんな時寿人へボールが入った。でもそこにはDFががっちりマークをしておりシュートを打てそうにない。何とか取られないようにボールを後ろに流す。そしてそこに走りこんでいた柏木。強烈なシュートをGKとゴールの枠のわずかな隙に叩き込んだ。

「うおおおおおおっ、柏木が決めたーっ!」

 モニターの前で観戦してた3人は声を上げた。

「柏木、やっとお前はこういう時シュートを入れられるようになったか」

 ドクトルが諭すようにコメントしたが本当に柏木はこういう場面でいつもシュートを外していたものだった。これで同点。やっぱりまだ行けるぞ。

 息を吹き返したサンフレッチェは途端に躍動感を得たようにいつものパス回しが冴えまくる。そして今度は高萩のシュート。ただしこれは威力がない。だがゴール前の寿人に当たったことにより軌道が変わりゴールに入っていった。

「うおおおおおおっ、入ったあああっ!」

 気が狂ったように騒ぎ出したぼくらだった。後でリプレイを観たら寿人が触ってはいるだろうがその後ろでマークしてた北本の足に当たってた。北本2ゴール目じゃないかという声に他の2人もドッと笑いが込み上げた。

 しかしここからが苦しかった。あと5分しかないというのにこの5分が長いこと。こんなの普段のパス回しをやってると軽く過ぎてしまいそうな時間なのにこの後バタバタと攻められてしまうのだった。ゴール前でのFK。ああ、ヤバイ。相手の精度のなさで助けられた。それでもまたFK。逆転をするまではあれだけボールを支配してたというのに落ち着かない。そしてまたしても相手の精度のなさで助けられ最後は選手交代で時間稼ぎをしてこのピンチをやっとのことで切り抜けたのだった。ああ、心臓に悪い試合だった。

 終了のホイッスルは歓喜の瞬間というよりホッとした安堵感の方が大きかった。そしてあまりにも感情の起伏が激しかった試合だけにその後のハイライトでは前半の映像が遥か昔のことのように感じられたのだった。

 3人は試合を振り返り審判は酷かっただのでもあのPKはやっぱり失敗だったと気付いたから神戸にイエロー乱発したんだろうとか議論が白熱するのだった。そして試合中は罵声と歓喜を繰り返しその声は遠く木霊しただろう。この閑静な住宅街、さぞやドクトルの家では何が行われてるんだろうと近所の家に思われたことだろう。

2009年6月20日 (土)

リーグ戦再開

2009/06/21 サンフレッチェ広島vsヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ

 2007年、神戸戦から転落が始まった。ホームズスタジアムでアウェイの試合で柏木のゴールで先制しほぼ一方的な展開になったにも関わらずFKPKによって敗れてしまった。唖然とした感覚が記憶と共に蘇ってくる。そしてこの試合を機にサンフレッチェは勝利から遠のき逆に神戸にしてみたら勢いを持つ契機となってしまった。一つの試合の持つ重大さを痛感させられたのだった。

 その神戸に中断明けのリーグ戦で戦うことができるというのはどこか因縁めいたものがある。ナビスコカップでは予選リーグ突破目前だったのに磐田に敗れた。そして代表に召集された槙野は1試合もピッチに出ることなく戻ってきた(一体何のために呼んだんだ、岡田)。チームの中心であるカズが長期離脱という発表もあった。何もかもがサンフレッチェにとって引き潮である。対する神戸は茂木がやっとその才能をゴールという形で結果を出すようになってきた。小野監督に潰されなければこれくらいできる選手なんだと今更ながら寂しい想いがするのだった。そしてドイツへ移籍した大久保が戻ってきた。こじつければ神戸の方が有利な条件が重なっているのだった。

 しかしこれらの要素は本当にこじつければという話であるのだった。実際ぼくも『エル・ゴラッソ』を読まないと忘れてたような要素も多いのだった。ただし分析担当コーチの「磐田戦は参考になった」というコメントが不吉ではあった。これが言葉通りならまた2007年の再現ということにもなりかねないのだった。

 いずれにしてもこれはサンフレッチェにとって浮くか沈むか瀬戸際の一戦であることに間違いない。Jリーグ公式サイトのチケット販売状況によると結構売れているらしい。こういう時に限ってコロッと負けてしまうのがまたサンフレッチェなんだよなとまたしても不安要素が浮かび上がるのだった。

 客がたくさんいても勝てるか。これぞまさしく相手がどこだろうと関係ないサンフレッチェの問題なのだった。といって蓋を開けてみるとそんなに客が入ってなかったりする。それもサンフレッチェらしい。兎にも角にもリーグ戦再開なのだった。

2009年6月18日 (木)

カズ慢性疲労症候群

サンフレッチェ広島所属の森崎和幸選手の状況について以下の通り診断されましたので、お知らせします。

診断名 慢性疲労症候群
備考 現在のところ復帰時期については未定。
回復には十分な休養が必要と診断されました。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 カズのいなくなる時はいつも突然だ。怪我や病気で戦線を離脱するなんて突然で当たり前なんだがどうもカズの場合それが唐突過ぎる気がする。ちょっと精神が足りないんじゃないか、そんな気さえしてしまうのだ。

 確か2006年もモヤモヤ病という訳の分からない病気に掛かってしまった。この病名がまた単なる精神病、もしくは気の持ち方でどうとでもなるような印象を受けるためカズって何してんだという気になったものだ。そして今回も慢性疲労性症候群って寝りゃ治るぐらいの感覚しか憶えないのだった。

 だが実はモヤモヤ病というのも立派な医学の病気である。そして今度の慢性疲労症候群にしてもしかりである。それなのに精神的な弱さに起因してると感じてしまうのはカズのキャラクターがあるだろう。

 ユース出身の選手として初めてトップに定着できた選手であるがその貴重性から多少の物足りなさも目を瞑ってきた感じがある。実際2003年ぐらいまではバックパスが多いとか言われたものだ。そして小野監督は色んなポジションで使ったせいで本職はボランチだろうが今一つ芯の通ってない印象を受け才能があると言われる割にこんなものかなとも思ったものだった。そしてミシャが監督となって右のストッパーとなると明らかにそこが穴となりその頼りなさのイメージが増徴されたのだった。

 しかし、カズがその存在を大きくしたのはやはりミシャの時だった。再びボランチに戻るとボールキープ、パスのセンス、守備のバランス、どれを取っても素晴らしかった。まるで冬眠から覚めたかのような存在感であった。そしてJ1でもその能力を見せつけチームの躍進にも貢献するはずだったし実際にそうなっていた。それがリーグ戦が中断するとパッタリと試合に出なくなった。連戦が続いたから休んでるんだろくらいに思っていたらいつまで経っても出てこない状況にさすがにおかしいと勘ぐるようになった。

 そして今回の病気の発表である。やはりという気もしたがこの病気になるタイミングがまたカズらしいような気もした。病気は本人の管理能力のせいとかそういうものではないのだろうが。

 折りしも日本代表がW杯予選を戦ってる最中だった。その低調な試合を観てるとカズも選ばれる能力はあったなと思ったのはぼくだけじゃないだろう。

 ああ、一体カズはいつのなったら戻ってくるんだろう。オーバートレーニング症候群の浩司と共に双子が両方とも戦列を離れたというのも森崎ツインズを象徴してるようでもあった。

2009年6月13日 (土)

ナビスコカップ磐田戦~Sunless Saturday

2009/06/13 ヤマザキナビスコカップ予選リーグ ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島 鹿児島県立鴨池陸上競技場

「今度少年サッカーの試合があるんですけど審判が足りないんですよ。もし良かったらやってくれませんか?」

 そう頼んだのはぼくが通ってるサッカースクールのコーチだった。その日は仕事ですと丁寧に断ったがもしかしたらサンフレッチェの試合に行くんだと思われたかもしれない。広島ならまだしも鹿児島だぞ、行く訳ないだろ。そう心の中で叫んでいたものの誰もそんなことは聞いてないのだった。

 それにしても何でこんなとこでやるんだ。両チームのサポーターなら当然思うことだろう。しかもホームチームであるジュビロ磐田はもはや予選リーグ敗退が決まっている。そんな消化試合をわざわざ高い交通費と時間を使って遠征する訳がないだろう。そう、これは遠征だ。ホームチームが遠征、絶対におかしい。

 恐らくこれはサッカーの普及の為に行われてる措置なんだろう。磐田にとってキャンプ地であることから毎年1試合開催をするという都合もあったんだろう。でもそれだったら何もサンフレッチェの試合でやらなくてもいいじゃないか。せめて大分の試合にして欲しかった。それだったら大分のサポーターは磐田に行くよりは鹿児島の方が行きやすいだろうから少しは歓迎されるだろう。どうせ普及の為と言うんならこういう中立地のような場所での開催はJリーグやサッカー協会の方でもっと客が入るように宣伝活動でもやってもらいたいものだが。まあ地方開催というのは相撲の地方巡業のようなもので決して間違った発想だとは思わないが。

 かくしてこの試合は現地にも行けない、中継もない、行く人も少ないで本当に情報がない試合になりそうだった。まるで外国で試合をやるかのようだ。いや、まだ外国でやる方が物珍しさから情報が来るような気がした。

 さて、今日は誰がゴールを決めるか。そんなことばかりを考えてきた。そして仕事が終わり駅に向かう途中携帯で試合結果を見た。予選リーグ順位表が出てた。1位、2位ともサンフレッチェの名前がない。あれ、おかしいな。今日の試合はどうなったんだ?え、もしかして、3位。試合結果21、ということは・・・負けたんじゃないか!嘘だろ、引き分けでも良かったのによりによって負けたのか。エエッ!

 週末、サンフレッチェの勝利、ナビスコカップの決勝トーナメント進出、ぼくは正に素晴らしい土曜の夜を迎えるはずだった。光り輝く太陽はすっかり影を潜めたかのように暗黒空間に漂ったような気分になった。

 最悪だ。

 ぼくは一体何を楽しみに一週間を過ごしたのだろう。期待を込めた時、これから快進撃が始まるぞと思った時、本当に期待を裏切るのが好きなチームだ。大して注目もしてない時に限って大勝してしまう。そこが何ともサンフレッチェらしい。

 だがもうナビスコカップは終わった。リーグ戦に向けて気持ちを切り替えていこう。いつまでも落ち込んではいられない。と意気込んで電車に乗った時アナウンスがあった。千葉方面電車ストップで再開の見込みありません。ああ、やっぱり最悪の土曜日だった。

2009年6月11日 (木)

カタール戦~こんなものだろうという感覚

2009/06/10 W杯最終予選 日本vsカタール 横浜陸上競技場

 つまらん。それでいて予想できた内容。岡田監督は前試合で退席処分を受けたためベンチにいなかったがそれでもこれはいつもの負のオーラを放った代表だった。確かに消化試合だったろう。だけど消化試合だからできることだってあったはずだ。本当にこの岡田監督は幻滅させる才能だけはすざましいものを持っている。

 しかしそれでもカタールについて恐いという印象は全くなかった。それはすでに日本がW杯出場を決めてるという安心感もあったろう。でもカタールはこの試合に勝つかどうかでプレイオフに出場できるかどうかが決まっている。つまりカタールは本気だったはずだ。それでも恐さがないということはプレッシャーのない状況でやったら普通に日本が勝てる相手だということだ。それなのにその普通に勝てる相手に勝てることはできなかったのだ。

 日本は長い間決定力不足と言われていた。だがそれはシュートを入れることができないということで裏を返せば決定的場面は作れてるということではなかろうか。それなのに今の代表ときたらそこまでもいかない。とにかく期待を抱かせるものがちっともないのだ。

 そういえばかつてはFKがあれば中村俊輔が決めるという見せ場があった。今でも中村はいるのだがそのFKの場面が少ない。これは日本の唯一の得点パターンだったのにそれさえなくなってしまったのだ。今更ながら鈴木隆行は日本代表にとって一番有効なFWだったのかもしれない。はっきり言ってヘタだし得点力もないのだがファールを貰うのだけは上手かった。そして鈴木の貰ったファールからセットプレーで決める、これこそ日本の常套手段ではなかったか。今になってみれば当時クソミソに貶してた鈴木の方が観ていて楽しかったのだった。

 そしてTV中継のコメントもわざとらしくて聴いてる方が恥ずかしくなってしまった。日本はこの試合に勝てないと予選で1位になる可能性が低くなりますとか。別に1位にならなくても2位以内に入れば何の問題もないというのに。その辺は正直視聴者の方が知ってる訳だから放送をしてるからには何とか盛り上げようとしてるのが見え見えで白けてしまった。

 それにしてもかつてはこれが日本で一番上手い人が集まったチームなのかとガッカリしてたものだが今やすっかりこんなものだろうという感覚になってしまった。慣れって恐ろしい。サンフレッチェでも小野からミシャに代わった時サッカーってこんなに面白いのかと思ったが日本代表もそういう時が来て欲しいものだ。

2009年6月 8日 (月)

ナビスコカップ新潟戦~想像の中での試合

2009/06/07 ナビスコカップ予選リーグ サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟 広島ビッグアーチ

 もう夏かと思われる日差しの下、フラフラした足取りで家にたどり着いた。草サッカーの試合から帰ったぼくは打ちひしがれていた。試合はボロ負け、FWとして出たぼくはシュート0、しかも見方のシュートが身体に当たってしまいブロックしてしまった。ああ、こういう試合をやった時というのは選手も同じ気持ちなのだろうか。

 そんなことを考えながらパソコンの電源を入れた。サンフレッチェの試合があることは忘れてなかったものの中継そのものをやってないのならどんな手段を使っても試合を観ることができない。だからぼくのできるのは試合経過を追うだけ。スコアの推移だけなのでリアルタイムでそれを追う必要もないのだった。

 前半終了してた。31。エッ、勝ってるじゃないか。高柳、中島、柏木。おお、理想的な点の入り方じゃないか。でもそれ以前に4分に失点というのは何なんだ。7分、13分とすぐにスコアをひっくり返し前半終了間際に柏木のゴール。ああ、柏木もシュートの意識がないと嘆いていたのが嘘のようだ。リーグ戦が中断しナビスコカップになってから順調にゴールを決めているではないか。ぼくは実に晴れ晴れとした気分になるのだった。

 後半に入りまたスコアが動く。Jリーグ公式サイトの実況でゴールの文字が浮かび上がる。得点者寿人、そして最後にはユースの大崎と出た。点差が付いた為の余裕の交代かもしれないがゴールを決めてしまった。正に夢のスコアだ。

51、一体誰がこのスコアを予想しただろう。確かに大宮戦は70というとんでもないスコアを叩き出した。だけどそうそういつも上手くいくとは限らない。期待はあったもののまさかこんな大勝をするとは思わなかった。ビスコカップの予選突破が現実として見えてきたのだ。

それからが大変だった。ネットで検索しまくり一夜明けた後やっと『スポーツ元気○』の映像を手に入れた。色々と問題のある動画配信サイトだがぼくのような関東の人間が広島の地方放送を観る手段なんてこんなことしか残されてない。必要悪といったところではないだろうか。

得点者が全部バラバラ。これは昨シーズンのJ2での快進撃の様子とよく似てる。特に終盤に掛けて大量得点で勝つことが多くなったがそれがカップ戦とはいえJ1でもできた。サンフレッチェは美しく、そして勝利するチームである。素晴らしい、正にこれは誰もが目指していながら成し遂げられないことであろう。

ぼくはもう草サッカーの敗戦のことはすっかり忘れていた。それどころかサンフレッチェの快進撃と自分を同化させてしまうすっかり自分が偉業を成し遂げた気分になったのだった。51で大勝したといってもぼくはスタジアムに行った訳でも中継を観てた訳でもないというのに。

川端康成の『雪国』に主人公の島村が西洋の印刷物を頼りに西洋舞踏の文章を書いてるというのを思い出した。見てもない舞踏について勝手気儘な想像で彼自身の空想が踊る幻影を鑑賞してるというのだ。ぼくもこれに似ているのだろう。だけどこの主人公と違うとこは彼はその行為に自ら冷笑しているがぼくはすっかりいい気分になるということだった。まあそれくらいの勘違いがないとナビスコカップの試合なんか追っかけることができないのだった。

2009年6月 7日 (日)

日本W杯出場決定

2009/06/07 W杯最終予選 ウズベキスタンvs日本 タシケント

 世界最速、一番乗りでW杯出場を決めた。4大会連続の出場、アウェーの地で勝利したというのも大きい。01というスコアだが最低限のノルマは果たした。やった、最高だ。

 そう言ってやるのが素直な行動なのだがそれがどこか冷めている。少なくとも今までのW杯予選と比べて一番盛り上がりに欠けたのは明白だ。だって岡田監督だもん。やっぱりこの人にはパフォーマンスがない。代表監督のような目立つポジションにいるべき人ではない。この人が監督をやってる限りどこか日本代表のブランド力が落ちてしまうというのは紛れもない事実だろう。

 そもそもこの人、最初から言い訳が残されてた。声が掛からないかなあとてぐすねひいて待っていたという訳でもなくオシムが病に倒れて協会に打診されてしょうがないからやってあげますという姿勢だった。恐らく本人はやりたかったんだろうが待ってましたと外にアピールすることがなかった。それは上手くいかなかった時代理だからしょうがないでしょという言い訳を用意してるようにも見えた。

 そういう意味で岡田監督に同情はない。日本代表の監督になる為研究に研究を重ねてたと今からでもアピールすればいい。この辺が小野剛と似ている。もしかしたら言い訳なんか用意してるつもりはないかもしれない。だけど観てるぼくらがそう見えてしまうんだからどうしようもない。

 正直日本がW杯予選を通過するだろうというのはほとんどの人が考えていただろう。試合も後半は攻められ続けたが負けるというイメージは沸かなかった。スタジアムの広告看板が示すようにFIFAも日本には本戦に出場して欲しいに違いない。なぜなら半分くらいは日本の企業なのだから。この分だと審判も日本寄りになるだろうと安心してたがそうはならなかった。

 普段Jリーグを観ていて審判のレベルの低さに嘆いてしまったが実はJリーグなんてまだ良い方だというのに気付いた。国際審判と称し審判の地位としてはJリーグの審判より上の人たちなのだがそのジャッジの不可解さときたらまさにミステリーの域だった。

 でも日本代表の冷めた感情、これは何もぼくだけじゃない。この前日本でやったベルギー戦を観に行った仲間に貰ったメール、やっぱりぼくもサンフレッチェが一番燃えることができるのはしょうがないことだった。

フィールドプレイヤーの中で槙野だけ出なかったのはがっかりでした(寒くて風

邪も引きそうになりました)が、まぁ最近岡田が重用しているメンバーのことは

ともかく、槙野が代表にふさわしい選手かと言うと、以前「候補」で陽介が呼ば

れたのと大差ないと思いますからね。仕方ないかなぁと諦めもつきました。(し

かし、ここでクラブに返されるかと思ってました。山田はケガを口実にレッズに

戻るのに、槙野がW杯予選に行くなんて~)

オシムさんがいなくなってから初めて代表戦に行きました。ベルギーが中一日で

連戦になるため、試合としては面白いものではありませんでした。Kさんがフ

クアリのチリVSベルギー戦(TV中継)を見ておすすめ、と言っていた選手も

相当疲れていたようでした。

ちょっとパスがつながったくらいで観客が「わーわー」「ひゃーひゃー」喜ぶの

で、あ然としました。「こんなの、うちの試合なんて見たら○×△」「こんなの

、うちのユースの試合なんて見たら○×△」と・・・。サンフレやサンフレユー

スの試合を見たことないって、不運なことだと思いましたね。

2009年6月 4日 (木)

ナビスコカップ大分戦~勝てないとやっぱり悔しかった

2009/06/03 大分トリニータvsサンフレッチェ広島 九州石油ドーム

 ウェズレイにFKを決められた。これがどんな屈辱的なことか。だってサンフレッチェにいる時はちっとも全くまるで入らなかったんだから。しかも2007年の降格の責任はかなりの部分でウェズレイにある。夏からまるでゴールも決められなくなった癖に妙に我侭なプレーに固執するようになった。そのウェズレイにFKを決められて同点で終わってしまったというのが何とももどかしい。

 しかし、もっともどかしいのは試合を観る手段が全くないということだった。スカパーさえ中継がないというのはもはやプロスポーツとして存在がないということではないか。どうしてここまで軽く扱われるのか。そんなに注目度がないのか。まあそれを否定するだけの勇気も持ち合わせてはないんだけど。

 かく言うぼくも最初はあまり意識になかった。せいぜい若手を一杯使って経験を積ませる場にすればいいというぐらいにしか思ってなかった。そもそも7チーム中2チームしか決勝トーナメント行けない。そんな確率の低い大会捨ててしまってリーグ戦に集中しよう。そう考えてたのは何もぼく一人だけではないだろう。サンフレッチェにはナビスコカップを戦う余力はないと踏んだ。そして2007年の記憶も残っていたのだろう。ナビスコカップの予選リーグ通過したもののその後勝てなくなりシーズンが終わった時には降格してたという苦い経験。それらがナビスコカップに消極的にさせていったのだった。ナビスコカップ2戦目のマリノス戦でメンバーを半分代えるとまるで歯が立たなかった影響も大きかった。

 だが、ナビスコカップ第3戦目、大宮戦で7点も入れるという予想だにしなかった快挙をやり遂げナビスコカップへの本気度が強くなってしまったのだ。それなのに、それなのにミシャときたらサテライトリーグかと見間違うかのような布陣で臨んでしまった。公式戦を実験場にするのかよ。でもまあそれはそれで観てみたいメンバーであったのだった。

 CKから失点しCKから橋内がゴールしPKで平繁が決めウェズレイのFKで同点にされた。その結果だけでぼくはイマジネーションの限りを費やす。一体どんな90分が繰り広げられていたか。高柳は力強いドリブルを披露したか、楽山はまともなプレーができたか、清水は何本シュートを打ったか。その辺はまだいい。岡本、丸谷、橋内、原なんてまるで霞を掴むようだ。期待されつつも実際にプレーを観た経験があまりないので想像がつかない。やはりぼくの想像力はこの程度なんだろう。

 このメンバーで引き分けならしょうがないだろうとも考えられる。だけどぼくは猛烈に悔しい。Jリーグ公式サイトの試合速報が22という表示に変わった時頭を抱えてしまった。こんなただの数字の変化に対して一喜一憂するぼくの姿は何て異端なんだろう。だけどぼくと同じことやってる仲間もいたことだろう。

 でもこういう時にこそ高柳はチームを救うゴールを決めて欲しかった。楽山は実はやる時はやるんだという素晴らしいクロスを上げアシストを決めて欲しかった。2人共、見事にこのチャンスを生かさなかった。いや、高柳は今シーズンは試合に出たら活躍してるだろうと言われそうだが批判はしょうがない。だってそれまで駄目な姿しか見てないんですっかりけなすのに慣れてしまったからだ。

 一誠、お前のせいで勝てなかったんだぞ。お前が決めてりゃ良かったんだ。せっかく久々のスタメンなのに。ああ、煮え切らなん奴だ。

 ここまで毒づいてやっと気分が晴れるのだった。あーあ、スッキリした。こんなことで高柳の批判ばかりしてるぼくは女の子の一誠ファンに嫌われそうだ。でも大丈夫。なぜならぼくは女の子に嫌われるのは慣れてるのだった。

2009年6月 1日 (月)

ナビスコカップ大分戦観戦会中止のお知らせ

6月3日(水)19時に予定してたパブリック・アローズでのナビスコカップ大分戦の観戦会を中止します。

店側と調整はしてたのですがこの試合中継自体がないようなので。

よろしくお願いします。

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    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
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     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

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