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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2009年3月29日 (日)

バーレーン戦~シュートを打たないFW

2009/03/28 日本vsバーレーン 埼玉スタジアム

「もっと周りを生かせよ」

 ぼくはよく叱責される。ゴール前、しかも多少距離があってもぼくはお構いなくシュートを打つ。その時のぼくはさながらウェズレイになった気分だ。勿論ウェズレイのような身体能力は持ってないが草サッカーでは充分無謀なシュートと映る範囲内だ。見方がいようと打てそうだったら打つ。身勝手なプレーだが入るとスーパーゴールとして賛嘆を浴びる。結局自分勝手かどうかなんて入ったか入らなかったかの違いではないだろうか。

 シュートを打たない。これはもはや日本の性質の問題ではなかろうか。代表選手はプロだがそれを観てるのはプロじゃない人達。無理にシュートして外すなら周りを生かしてボールを大事にすべきという空気がある。それこそ日本サッカーの和を持って日本となすではないのだろうか。

 ゴール前でワントラップしてしまう。これは失敗への恐れからではなかろうか。ミスをしてはいけない。このミスに極度にナーバスになる習性は日本の社会にとても似てるような気がするのはぼくだけだろうか。ダイレクトでシュートするにはリスクがある。ボールがヒットしない可能性が高い。だから一度止めて確実にキックするというのはいかにも日本人的だ。でも案外ジャストミートしない方がゴールに入ったりするものなのだ。GKに動きが読まれないからだ。

 偶然にもこの試合の前にこの試合にも出場してるMF遠藤保仁の著書『自然体』を読んだ。遠藤の中ではミスはしてもいいという物差しがあるようだ。それよりもミスを恐れて萎縮したプレーになる方が良くない。FKなどは枠に入っても弾き返されてピンチになるよりは枠を逸れた方がいいということを淡々と述べるが確かにそう感じられる場面があった。こうやってメンバーの中には決してミスをしてはいけないという強迫観念はなかったはずだ。それなのに、それなのにどうしてシュートを打たないのだ。

 やはりシュートを打たないとゴールにはならない。確かに日本の方が技術が上でボールはよく廻る。だけど廻ってるだけでヤキモキするのも事実。一体日本にはもっとシュートの意識のあるFWはいないのだろうか。

 いた。たった一人いた。ゴールを見ないでもシュートを打つストライカーが。それこそサンフレッチェの背番号11なのだった。2002年の久保竜彦といいどうしてサンフレッチェにいると能力がありながら代表に呼ばれないのだろうか。

2009年3月27日 (金)

ナビスコ浦和戦~次節に向けて神頼み

2009/03/25 ナビスコカップ サンフレッチェ広島vs浦和レッドダイヤモンズ 広島ビッグアーチ

「天に邪しき神有り。名を天津甕星と曰ふ。亦の名は天香香背男」

「その不服はぬ者は、唯星の天香香背男」

(『日本書紀』神代下・第九段)

 天津甕星(あまつみかぼし)、甕のミカはミイカの約で、ミは祗(←霊)の義、イカは厳の意味である。

 一方、またの名とする天香香背男(あまのかかせお)のカカセ、カカは迦具土やカグヤ姫のカグと同源の「輝く」の義である。

 すなわちミカとは天上でいかめしく輝いている星の神ということである。ところが『日本書紀』においては邪しき鬼神と扱われてる。そしてミカは天孫降臨発隊として天下った神々の中の倭文神建葉槌命(しりとりがみたけはつちのみこと)に討ち取られたとされている。そしてこの倭文神建葉槌命こそ鹿島神宮の摂取の祭神であるのだ。(神道のすべて/菅田正昭)

 つまりミカことミキッチが鹿島にやられるということは古代から決まってたということだ。ミカにとって場所が悪かった。そう考えれば鹿島戦の敗北も納得が行くのだった。ああ、やっとのことであの敗戦を自らで言いくるめる理由を見つけた。良かった良かった。といいつつ本当は浦和に勝ったからである。その気分の良さがなければこんなややこしい言葉を一々処理することなんか到底できなかった。

 ということでぼくはすこぶる気分がいい。ただのカップ戦の1試合であるのにこんなに喜んでいいんだろうか。相手は5人もベストメンバーを欠いてた。対してこちらはストヤノフがブルガリア代表で抜けただけ。だが代役の中島がストヤノフとは違った安定感を示してくれた。ストヤノフのようなパワーと迫力はない。だがバランスが取れチームとしてまとまってた。あれだけミシャが途中交代でもいいから中島を使いたがるのが分かるような気がした。

 ただ、メンバーのことをいうならそれはサンフレッチェに非はない。代表に4人も抜かれた浦和は確かに不利だった。だけどそれは岡田監督の選考によるもの、寿人を呼ばなかった岡田監督を恨んでもらいたいものだ。

 そしてミカである。惜しいシュートが一つあった。あれは絶対に入ったと思ったがバーをかすめた。頭を抱えてたがやはり鹿島神宮の呪いが残ってるのだろうか。そうに違いない。やっぱりミキッチにとって鹿島は鬼門だったのだ。

 発想が段々オカルトチックになってきた。でもしょうがない。戦術がどうのこうのとか分からない。浦和が新監督を招聘して新しいスタイルを模索しているということだがよく分からなかった。だから勝敗を神の領域とまでこじつけてしまう。

 さて、そういうことで今度のガンバ大阪戦は負けた時どんな言い訳を用意しよう。やる前から負けることを想定してるなんて何たることという感じなのだがあまり勝てることを考えてるサポーターも事実だった。いや、それこそ勝てることを神様にお願いした方がいいかもしれない。

2009年3月26日 (木)

ナビスコ浦和戦~10年ぶりの勝利

2009/03/25 ナビスコカップ サンフレッチェ広島vs浦和レッドダイヤモンズ 広島ビッグアーチ

「一誠、お前はどうしてこうも煮え切らないんだ」

 試合の前にぼくはこういう台詞を用意してた。ということは勝つとは思ってなかったのである。リーグ戦2連敗、しかも鹿島で力の差をまざまざと見せ付けられたお陰ですっかり期待感というものを抱けなくなってしまった。それなのに中継を見ようと行った先はパブリック・アローズだった。そこにはもういつもの仲間がすでに席に着いてるのだった。

 おおっ、こんなに来てるとは。元々広い店内ではないものの満席に近い状態だった。初めて見る顔もいてこの観戦会も広がりを見せてるのだった。そしてもっと驚いたのは映像のビッグアーチに結構客が入ってたことである。浦和サポーターも平日の夜だというのにたくさん詰め掛けてくれた。敵の応援の為とはいえありがたいことだった。

 公式では10,275人。これはこの日のJリーグの試合で一番の観客数だった。広島が一番客を入れた。誇らしいことだった。不人気と言われJ2がお似合いだと揶揄されてそうなサンフレッチェが一番客を入れたのである。これは充分称賛に値するものだった。

 しかし、称賛すべきは試合だった。浦和の速くて激しいチェックを掻い潜りパスを回すのである。選手が飛び出しボールを出しまたそれをいなしていく。あの華麗なパスワークがピッチに現れたのだ。ああ、J1で見ることができた。相手が選手を落としてるとはいえこれこそが誇らしかった。サンフレッチェのサッカーがJ1で通用するのだ。

 とはいえやはりJ2のように簡単にシュートまでは行かなかった。最後のところで食い止められるといったとこだろうか。解説の風間八広はこういうところが精度の問題でこの最後の部分ができないといくら良いサッカーだと言われようとそれだけで終わってしまうと言ってた。ああ、風間さんよくサンフレッチェのことを見てるんだな。

 ただし浦和はポンテの調子が今一なのが助かった。苦手とするセットプレーでいずれも枠に飛ばなかった。それに加えて佐藤昭大は当たってた。実に際どいシュートも防いで素晴らしかった。風間はここでも不安定なとこがあったが段々J1の雰囲気に慣れてるようだと言ってた。やっぱりよく見てるようだ。

 そういう状況で前線に来たボールを寿人は蹴った。ゴールは見てない。ここにあるだろうという予想の元に蹴ったという感じだがゴールに吸い込まれた。本当に吸い込まれるように入った。

 どわあぁぁぁぁぁ、と店内が盛り上がった。先制したということもあるが寿人のスーパーゴールにぼく達は酔いしれた。得点力不足の日本代表にこの選手が呼ばれないというのは正にミステリーだった。

 1点リードした状態で時間が進む。アナウンサーはこれで勝つと10年ぶりの勝利ですという台詞を繰り返す。あまり繰り返されるのでもう言わないでいいよと突っ込みたくなる。だがその不名誉な記録を終わらせるホイッスルが早く聞きたかった。ロスタイムは、4分。4分?何でそんなに長いんじゃ。

 CKを取られる度にドキドキする。失点のパターンとしてはここが一番危ないからだ。凌げ、凌いでくれと願いを込める。そしてタイムアップの笛、終わったあぁあああ。長い4分だった。だけどサンフレッチェもちっとも守る気がなくあくまでも点を取りに行ってた。サッカー的には正解じゃないかもしれないがこれはこれでいいんじゃないだろうか。

 いやあ、これで1週間の残りをすがすがしく過ごすことができる。そして負けた時の戦犯と用意してた一誠に深く詫びるのだった。

2009年3月25日 (水)

ナビスコ浦和戦~10年も勝ってない相手

2009/03/25 ナビスコカップ サンフレッチェ広島vs浦和レッドダイヤモンズ 広島ビッグアーチ

 浦和には10年勝ってない。これは2002年に埼玉スタジアムにホームスタジアムを移転して集客力を増しビッグクラブへと変貌してからではない。まだ選手層も厚くない、そしてタイトルも取ったことのない時期の頃からの話だ。こうして特定のクラブに勝てないというのがサンフレッチェの弱さを露呈してるかのようだ。

 そういうこともあってか浦和に対しては劣等感を感じる。観客動員数も違うしクラブの規模も違う。選手にしても好きな選手を他から補強できるという資金を持っている。タイトルはJリーグだけじゃなくACL優勝、そしてクラブワールドカップ3位という栄誉がある。だがそういった諸々の優劣の要素ではなくもっとも大きいのはトゥーリオの存在なのだった。

 外国人枠を潰してでも取った日系3世のトゥーリオはその特殊な条件により他に取るクラブがなかったんじゃないだろうか。外国人枠を使うなら即戦力を使いたい。それならば渋谷幕張高校を卒業したばかりのトゥーリオに手を伸ばす余裕のあるクラブはなかったはずだ。余裕が無いという意味ではサンフレッチェも一緒だがそれでも獲得したというのがサンフレッチェらしい。そして入団した年の開幕戦でいきなりゴールを決めたのである。この時サンフレッチェにも新星が現れたと感じたものだった。

 しかし、最初出てきた時のインパクトの割には段々とプレーに陰を落とすのだった。次第に試合にも出なくなり遂にはその翌年チームがJ2に降格したのを機に水戸にレンタル移籍してしまう。実はこの頃帰化をする気はないかとクラブから打診はされてたそうだ。だがそれができず結局サンフレッチェでは即戦力の外国人に枠を譲る形になったのである。

 その後皮肉にも水戸でトゥーリオは才能を開花させた。その爆発的な潜在能力はDFというポジションながら得点に絡み水戸の躍進にもつながったのである。そこで目を付けたのが浦和だった。この水戸のレンタルが終わる頃には日本人への帰化も終わって晴れて闘莉王として浦和に完全移籍したのである。そしてその後は日本代表にも選出される浦和の顔とも言える存在となったのだった。

 悔しかった。サンフレッチェでプレーした時は失点を重ねてただけに他で花開くというのが悔しかった。そしてまたサンフレッチェとの対戦の時に限ってゴールを決める。本当に悔しい存在である。巡り会わせが悪いというか元サンフレッチェの選手であるがこの選手にはとても肯定的な感情を持つことができないのだった。

 といって実際には闘莉王はこの試合では出場しない。一番燃える要素なんだがもはやそんなものは関係ないのだ。闘莉王が出てないというだけで10年間勝てなかったチーム、そして相手はそんな事情を知っているはずだから舐めてかかってくるに決まってる。付け入る隙はあるはずだ。勝て勝て勝て、絶対勝てと関東の地からエールを送るのだった。

2009年3月24日 (火)

鹿島戦~89分に撃沈

2009/03/22 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 鹿島サッカースタジアム

 結局負けた。89分にまたしてもセットプレーで失点してしまったのだ。この時間に失点するっていうのはまさに弱いチームの典型なのだった。もっとできると思っていたのにJ1じゃちっとも通用しなかった。良かったのは開幕戦だけじゃないか。

 それにしても主審の扇谷、何なんだあれは。ちょこっと接触しただけで笛を吹いて。それでミキッチの突破がほとんど蓋をされてしまった。ああいうジャッジがまかり通るから日本は国際試合でサッカー勝てないんだ。しかもこちらの絶好のチャンスは笛を吹いて流れを止めるし。いつも思うがサンフレッチェって審判にナメられてるんじゃなかろうか。いや、ナメられてる。絶対ナメられてる。サンフレッチェに対してはどんなレフリングしたってどうってことないという軽視があるのだろう。

 審判を見方に付けてないというのだろうか。それとも審判を利用するとでもいうのだろうか。悔しいことに鹿島はそういうのが上手いのだ。ちょっとしたことでワザとこけて相手の流れを止める、そういうのが上手い。ただ、コケるのも小笠原くらい上手いと感心してしまうがあまりにもワザとらしいのは顔が引きつってしまう。正直なところ他の選手はみっともないから止めて欲しかったのだがそんな稚拙なコケ方でも笛を吹いてもらえるのだから日本のサッカーが成長しないのも致し方ないような気がした。

 とはいえ審判だけで負けたとは言えない。実際ほとんどシュートも打てなかったんだから。高萩など全く通用しなかった。J2であれだけ光り輝いた高萩はJ1では通用しないのだろうか。柏木も流れを止めてた。と思ったら後半になってよくボールに絡んでた。ただしやはりこの日の主役は高柳一誠だった。どうしてあれだけいい位置でボールを貰ってシュートにいかないんだろう。無駄にペナルティエリア前でこねくり回す。ああ、この選手が大成することはないんだと諦めの境地になってしまった。どうしてお前はそんなに煮え切らないんだ。

 そんな中でもチャンスを作ってた寿人はやっぱり凄かった。実際PKを奪いストヤノフによって得点することができた。本当に閉塞状況だった。まるで前線にボールが出てこないのに1回ボールが来たらそれをチャンスにつなげてしまう。それだけに他の選手の上がりの遅さが悔やまれた。

 恐らくは鹿島のプレスの速さに腰が引けたんだろう。前に行く勢いがなかった。カズが左サイドでボールをキープしたのに前に誰も走らなかったことで結局ボールを奪われてしまった時にはもう駄目だという気がした。PKで同点にした後は勝つこともできると思った。それなのにあえなく撃沈。本当に腰が弱い。その脆さろふがいなさにストヤノフは激高してた。

 敗戦後ストヤノフはペットボトルを蹴り上げてた。煮えたぎる悔しさを押さえきれないといった感じだった。分かる、分かるぞイリアン。ぼくは一人ストヤノフに声援を送りたくなったのだった。

2009年3月22日 (日)

鹿島戦~鹿島戦への情熱を燃やす

2009/03/22 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 鹿島サッカースタジアム

 外浪逆浦(そとなさかうら)、その湖の名前を知ったのはつい最近だ。何で知ったかというと何のことはない、単に地図を見ただけなのだった。これで鹿島に行く時通る東関東自動車道から見える広大な海だか湖だか分からないものの正体が分かった。ただ、国土交通省によると西浦北浦外浪逆浦北利根川鰐川常陸利根川の各水域の総称が霞ヶ浦らしい。そしてその霞ヶ浦は琵琶湖に次いで日本で2番目の面積(168㎡)を誇る湖ということだ。

 この地名に関しては霞が立ち込める湖であるという解釈がある。確かに鹿島スタジアムの試合の映像では霧が立ち込めてるものが多い。それがあの広大な面積の湖が一抹の寂しさを感じさせるのだった。

 そしてこの土地が陸の孤島と言われるのは致し方ないという面もありながらも現在では工業地帯としてその役目を果たしている。そして過去においては漁業や水上交易が盛んだったらしい。そもそも鹿島の名前の由来は船をつなぐ杭である「かし」の所「ま」という説があるらしい。古代には大和朝廷の船団が停泊する船着場だったとも考えられていて実は由緒ある場所だったようだ。そう考えるとある意味鹿島アントラーズはそういう過去の威信を呼び起こすのには打ってつけの存在ではなかろうか。

 そう考えると鹿島のあの執拗なまでの勝利の執念も分かるような気がする。歴史的にも決して未開の地という訳でもないのにどこか日陰に追いやられたような存在感。日が当たるのは正に優勝という栄冠しかないのだ。その点サンフレッチェがどことなく大事な一戦で勝ち星を落としたりいいとこまで行っても最後は勝てないという煮え切らなさは広島の風土がもたらしたものなのかもしれない。温暖で海にも山にも恵まれて恐らく食べるものにも苦労したことのない土地柄なんだろう。どこか厳しさがないというのが広島なんだろう。

 夜が明けて空は暗かった。やはり天候は良くないらしい。こういう天気の時にあの鹿島に乗り込まなくてはいけない。どことなく気が乗らない。やっぱり行くの辞めようか。と言いたいところだがそんな訳にはいかない。雨が降ろうと風が吹こうと関係ない。

 なぜにそこまで気合が入るのか。それは先日鹿島に観戦に行くと言ったら相手が鹿島じゃ負けるでしょと当然のように言われてしまったからだ。そこでぼくの闘志にメラメラと炎が燃えたのである。ぬおおおおっ、絶対に勝ってやる。こうしていつもいつもぼくは必要以上に熱くなる。それはもしかしたらぼくが関東に住んでることの恩恵なのかもしれないのだった。

2009年3月21日 (土)

鹿島戦~鹿島へ向けて

2009/03/22 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 鹿島サッカースタジアム

 鹿島は強い。そして人気がある。その方程式はこのところ若干崩れつつある。確かに2008年はJ1で優勝し強さという面ではその面目を保っているだろう。だが人気という面においては苦戦しているというのが正直な感想だ。地域密着ということでそのモデルケースとなったようなクラブだが成績が悪いと客足も落ちるという非常に分かりやすい構図が描かれ勝つということが死活問題であるのが明白となった。もはや強いということでしかブランド力が保てないのだ。

 これは少々極端な見方だろう。だが当たらずも遠からずである。確かに客足が落ちたのは2002W杯用に改修した鹿島スタジアムが収容力が増えたことによって逆にいつでもチケットが手に入るという状態によりプレミア感がなくなったこと。更に決して便利とは言えないロケーションの問題も絡み客足を遠ざからしたという事実もあるだろう。この辺で日本はまだこのクラブは安泰という絶対的な存在がいないが、かつては人気の面で鹿島が羨ましくてしょうがなかったという時代もあったが今ではさほどそういう感覚もないので時代の移り変わりというものも恐ろしいものである。

 ただ、鹿島は間違いなくJリーグの中では強豪なのである。その強さはひとえに試合巧者という要素であろう。間違いなく相手の嫌なところをついてくる。2007年の対戦ではあからさまに前からのプレッシャーを掛けてきた。そして今回もそう来るだろう。GKDFの連携面なんて特に狙われるだろう。そしてセットプレーによるヘッドの競り合いなんて絶対に狙ってくるはずだ。リードしてる場面などはあからさまな時間稼ぎなど平気でやってくる。本当にいやらしい。そしてそれらのほとんどがサンフレッチェの持ってないものなのだった。

 結局それらは勝利への執念である。勝たなくてはいけないという執念がそうさせてる。その勝たなくてはいけないという執念はやはりブランド力の維持の為だろう。鹿島にとって勝つということはヘタをするとクラブ存続に関わる至上命題なのだ。そういう意味で実は勝たないとマズイというのは実は鹿島の方なのである。そこが反作用となりサンフレッチェは鹿島スタジアムでは勝率がいいのかもしれない。

 しかし、ぼくはこのスタジアムに良い思い出が無い。勝敗がどうのというよりいつも悪天候に遭遇してしまうからだ。平塚陸上競技場といい鹿島スタジアムといいたまたま対戦がある時に限って大雨が降るというスタジアムがある。基本的に1年に1回しか訪れることのないスタジアムで2回もそういう天候に遭遇するとそれはもう偶然という気がしないのだった。

 そして今回も天気予報は雨。本当にここのスタジアムは何かがある。しかも屋根付きのスタジアムだというのにゴール裏は屋根がないという造り。嫌がらせかとしか言いようがない。せっかくサッカー専用スタジアムなのになぜにこういう中途半端な造りになってしまったんだろう。残念だ。果たして広島でサッカー専用スタジアムを造ることになったとしたらこういう失敗例を生かしてくれるんだろうか。いや、そうなったらサッカー専用スタジアムができるだけでいいと感激する余りそこまで気が廻らないだろう。そうやってのぼせ上がった感情が日本にヘンテコなスタジアムを蔓延らせる結果になるのかもしれない。

2009年3月17日 (火)

ナビスコカップ浦和戦、アローズにて放送決定

今年初めての千葉方面の観戦会の決定です。

3月25日(水)19時~21時 ナビスコカップ浦和戦 広島ビッグアーチ

パブリック・アローズ

〒272-0033
市川市市川南1-1-8
サンハイツ1階

http://public.arrows-project.com/recommend.html

店は通常営業の為特に貸切りではありません。

その為お通し代300円が掛かります。

来店された方は顔見知りは固まって観てますので声を掛けてください。

誰かしらサンフレッチェ・グッズ身につけてるでしょうから分かると思います。

よろしくお願いします。

2009年3月15日 (日)

大宮戦~2万人の観衆の前での敗戦

2009/03/15 サンフレッチェ広島vs大宮アルディージャ 広島ビッグアーチ

 勝てる試合だった。大宮のようなかつてのJ2サッカーのスタイルのチームに負けるなんてどうなってんだ。3失点もするとはやっぱりこのチームは守備が軽い。圧倒的にボール支配してたのにどうして失点するんだ。恥ずかしいったらありゃしない。プロとしての自覚があるのか。もう一度J2でやり直して来い。

 そんな罵詈雑言が頭の中に駆け巡ってた。しかしそれを表に現すことはできない。なぜならぼくはこの試合の観戦場所として選んだ場所は電気屋のTVコーナーだったからだ。最初はドクトルかタイセイさんの家ででも観戦させてもらおうと思ってた。だが都合が悪く2人共その時間はいないということで一番近い大型電気店に行ったのだった。

 この放送がBS-iでやるというのは知ってた。だから電気屋に行けば当然やってるだろうと考えたのだがよりによってその店はNHKしか映してなかった。これだけTVが並んでるのにみんな世界遺産のような映像だけが映ってた。それで気の小さいぼくは一番隅にあるTVのチャンネルを替えたのだった。

 すでに後半になってたがぼくがチャンネルを回した瞬間森脇がゴールした。スコアは21、ぼくは何て強い星をもってるんだろうと高揚する気分を抑える。やっぱり今年のサンフレッチェは違う。大宮とは格が違う、ボールは一方的に回してるじゃないか。さあ次のゴールは誰がきめるのか。

 背後で店員が通る度に声を掛けられるのではとヒヤヒヤしたもののサンフレッチェの華麗なボール回しにいつしかそんなもの気が付かなくなっていた。さっきから惜しい場面は続くのに決めきれない。早く決めろよ。もどかしい、イケイケなのになかなか割れないゴールに焦りが出てきた。

 何かを変えるべきではと考えたのかミシャは青山と交代で高柳を投入する。前節アシストを決めたこともあり高柳の期待はあった。ただ青山をさげるのは勿体ない気もした。こうやってピッチに出したい選手が一杯いるのはサンフレッチェにとって嬉しい悩みであった。

 だがここで状況は一変する。これが高柳のせいであるとは言えない。だけど誰かのせいにしないとぼくの気は治まらない。これって映画にもなった漫画『20世紀少年』で任務に失敗した宗教団体のメンバーが誰のせいだとみんなで責任を一人の人間に擦り付けようとしてるのに似ている。だとするとぼくも相当危ない人種だということになってしまう。

 しかし一誠、お前はどうしてこう煮え切らないんだ。てっきり景気良くミドルシュートでも決めてくれるかと思いきやお前が出てきて失点してしまったじゃないか。お前は本当に才能ある選手なのか?

 この高柳、避雷針のように野次の対象にしたいのだがそれでいてそれができないのである。かつての大木は明らかにそれができるキャラクターだった。丸坊主でごついけど笑った時の愛嬌のある顔。いじられキャラとしては最高だ。だが高柳ときたら見た目がかっこいい。そこがまた普段鏡ばかり見てて練習してないのかと批判したくなる。それでいて実は相当のテクニシャン、ああやっぱり扱いにくい奴だ。

 そして最後は負けた。全てカウンターでやられたような気がする。守って守って守ってカウンター。2003年体験したJ2のサッカーだ。それなら勝ってたんだから適当にパスを回して時間を稼げば良かっただろ。青いというか稚拙というか。そしてその時気付くのだった。実は3点、4点と取りに行けと心の中で叫んでたのは当のぼく自身だったのだ。

 そのメンタリティはミシャも一緒だったんだろう。だとすると勝負師とすると相当に軽いのだがそれこそミシャなんだという気もする。そもそも完全無欠な人間がいないように完全無欠の監督だっていないのだ。それこそサンフレッチェらしいのではないだろうか。

 しかし、20,312人も観客が入ったというのにここで勝ちを見せれなかったのは勿体ない。2万人を越えるのは2003年以来ないのではないだろうか。ああ、このお客さん達に勝利の余韻を与えることができないとは。いや、よく考えるとサンフレッチェって客が一杯いると負けてしまう傾向があるんだった。それもまた哀しい習性なのだった。

2009年3月13日 (金)

大宮戦の記憶

2005.5.14       大宮アルディージャvsサンフレッチェ広島 熊谷陸上競技場

 大宮サッカー場改修の為とてつもなく人里離れた場所での開催となった。駅から普通に歩いて来れる距離でもなく熊谷という地理的に不便な場所では人を集めるには困難な場所だった。その割に入った観客は7,163人、大宮にしてみれば普段と大して変わらない程度入っていたのだった。

 ピッチにはゴミ袋を持った年配のスタッフが何やら拾って歩いてた。それはハーフタイムでも行われ何を拾ってるのか皆理解できなかったが後で分かったとこだが石を拾っていたらしい。ということは普段使ってないスタジアムというのは明白だった。少なくともサッカーでは使ってないんだろう。

 そういうピッチの関係があったか分からないが試合はパスのつながらないおおよそ面白いと形容できないものとなった。これにはこの日の強風という天候も大きく関係したかもしれない。それでも何とか攻めあがろうとするサンフレッチェのボールは前線に行く度に大宮のDFトニーニョが悉く跳ね返すという展開だった。シュートまで行けない、これではスコアレスドローで終わってしまうのは致し方ないと諦めていた。大宮も攻める時間はあったものの時間の経過と共にまるでJ2のような超守備的サッカーをして試合として低調なものとなった。

 ここでサンフレッチェは76分に前田俊介を投入する。ドリブルを駆使する前田は膠着状態を打破するには的確な人材だがもっと早く入れて欲しかったともどかしくなった。62分に浩司が大木と交代で入ったが小野監督は大体この時間に予定調和的に交代を行ってそれでも上手くいかなかったら知りに火のついたように最後に前田のようなジョーカーを切る。言わばこの当時は困った時の前田という使い方をしてたのである。

 ただいかんせん時間が短い。14分で結果を出せというのはいくら何でも唐突ではなかろうか。そういう小野の采配のつたなさも感じたのだが前田俊介というのは出てくるだけで何かをしてくれそうな気配がある。膠着状態を打破してくれと願うのだった。

 だが現実的にこの短い時間で何ができる訳ではない。このままスコアレスドローに終わるだろうと諦めたような心境もあった。そしてロスタイム、本当に諦めていた。つまらない。本当につまらないとしか表せないような試合だった。どうしてもっと攻めあがらないのか、どうしてシュートを打たないのか、どうして型にはまったことしかできないのか。もどかしさや落胆ややるせなさが入り混じってた。そしてその時だった。前田俊介がゴールしたのだった。

 半ば諦めてた時だった。淀んだ空気に一気に閃光が走った。ドドドドドドーッとアウェイゴール裏が弾けとんだ。人数は少なかったがそんなことここでは忘れてしまった。というよりその数席をも埋め尽くすような気持ちの高ぶりが起こった。

 ロスタイムのゴール、これはもう決勝点だった。これはもう前田によって勝った試合だった。この類い稀なる才能を持ったストライカーはこれからもっと登場するだろう。スタメンに入るのもそう遠くないことだろう。そんなことを思ったものだが結局使われるのはいつも残り時間が少なくなってからだった。その使い方にはいつももどかしさを感じたものである。

 この前シーズン昇格した大宮は当然勝って然るべき相手だった。それだけにスコアレスドローというのは負けに等しい結果だった。それなのに大宮はこのシーズン以来ずっとJ1に居続けている。そしてサンフレッチェは1度降格した。どこかにJ1にいるのが当たり前という慢心があったのかもしれない。J1へ復帰した今シーズン、今度はサンフレッチェが挑戦者になる番なのだった。

2009年3月10日 (火)

横浜Fマリノス戦~スタジアムを去る

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 試合が終わってピッチを見ると久保会長が本谷社長と一緒に手を振ってた。未曾有の経済危機と言われるこの時期に直々に来てくれたのはよく時間を作ってくれたものだと感謝の念が起こった。と同時に本業が忙しいもののサンフレッチェのこともちゃんと考えてるということでもあるのだった。

 さて、ここからがぼくは大変だ。会場を閉めるとスタジアムスタッフが煽るのだがぼくには探さなきゃいけない人がいる。共同購入をしたDVDを渡さないといけないからだ。どこだ、どこだ、見付からないぞ。後で分かったことだがこの日アウェーエリアには2,100人入っていたらしい。本当に昔だったらどこに誰がいるか一目瞭然だったのに。これは予めどこかで約束しとかないと現地では会えないということもあり得るようだった。

 だが無事探してる人は見付けることができサッサと出口に向かう。一緒に観戦してた仲間はゲートで待っててくれてまた集団で帰った。

「カズって絶対にボール失わないね」

 そうである。カズの安定感が凄かった。時折ストヤノフと2バックのようになって2人で交わすパス交換は相手を翻弄させていた。そしてボールを持つと決して奪われることはなかった。ただ一度相手のプレスに負けてラインを大きく割るボールを蹴ってしまったのだがそれもよく見ると前線で見方が倒れていて流れを切っただけだった。上で見ているぼくより視野が広いとため息がでてしまった。

「でも右サイドから攻められたような気がするなあ。服部、やっぱりJ1じゃ厳しいのかな。でも2点目は服部のアシストだったけど」

 ぼくは黙っていた。黙っていたのはそんなに悪くなかったような気がしたからだ。何気にクリアボールに的確なポジション取りで相手にボールを渡してなかった。あそこは経験とか状況判断といったとこだろう。

「一誠はどうでしたかね。シュートチャンスがあったのに打たなかったですね」

「そうだ、何であそこで打たないんだよ。本当に煮え切らん奴だ!」

 そこで反応してしまった。どうして高柳に対してはここまで愚痴ることができるのか自分でも不思議だった。それはアップでの素晴らしいシュートを見てるだけにそれを試合で見せないもどかしさでもあった。といって実は3点目のアシストは高柳だったのである。あれもゴール前まで走り込んでたから生まれたゴールだ。それなのにどうして高柳には駄目な記憶ばかり鮮明に残るのだろう。

「あと森脇いいシュートは打ってたけど危うくオウンゴールしてたよね。まだ体調が万全じゃないんだろうか」

「あの時ストヤノフ滅茶苦茶怒ってたよね」

 あの時は失点を覚悟した。運よくボールをポストに当たってGKの昭大が外に出すことができた。そういや昨シーズンも似たようなオウンゴールを槙野がやってしまったのだった。

 しかしそれより昭大だった。危うい。ストヤノフがほとんど昭大にパスを出さなかったのがそれを象徴している。何でもないボールをキャッチしただけで胸を撫で下ろしてしまった。でも木寺も昨シーズンは不安定だったけど試合を重ねる毎に安定してきた。昭大も段々と良くなっていくだろうと考えることにした。

「ここのスタジアムって勝った記憶があまりないんだけど」

 ドクトルが笑いながらも話す。そういえば2002年まで遡るんじゃないだろうか。苦手なスタジアムで勝ったというのは縁起が良い。ただ、2007年も開幕戦で24で大勝したにも関わらず降格してしまったということも忘れてはならない。スコアも一緒というのが不吉なのだった。

 それはそうと次節の大宮戦、自宅にスカパーを持ってる人はみんな用事があると言ってた。ということはぼくは観戦することができないということか。こんな試合を観た後でこれは酷なことだった。改めてスカパー自分でも契約した方が良さそうだ。ということをぼくは何年考えているのだろう。

2009年3月 9日 (月)

横浜Fマリノス戦~幸せな終了のホイッスル

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

「凄いねえ、3点も取っちゃって」

 ハーフタイムにトイレから出た時声を掛けられた。

「いや、でもまだ終わった訳じゃないから」

「あ、そうね。まだ終わってないもんね」

 サッカーは何が起こるか分からない。特にハーフタイムを終えると相手チームが戦術を変えてくるというのはよくあることだ。そこで後半になってやられるというのもよくあることだ。得点が瞬く間に決まって浮かれる一方2007年の苦い経験からニュートラルな感覚でいられた。あの経験があったからこそだがそれは選手もそうなのではないだろうか。サポーターと選手が一体になってる、そんな感覚があるのだった。

 後半、やはり選手を替えてきた。山瀬がやっかいだという声を聞いたがそうなのだろうか。確かに代表にも出てた時期があったので良い選手には違いないのだがスタメンじゃないというのはコンディションが悪いのだろうか。Jリーグもチームが多くなってきて全てのチーム事情に精通することが困難になってきた。

 確かに後半は前半のような流れにはならなかった。それでもあまり恐いという感覚はなかった。一度ミシャがピッチに近付き過ぎてしまって主審の柏原丈二に注意を受けてたが素直に謝り握手をしていたのには笑ってしまった。そう、笑う余裕があったのだ。

 攻められてるようでいながらそれ程恐れてはなかった。それどころかこれを凌ぐとチャンスになるという妙な自信があった。そしたら本当にカウンターで寿人へパスが渡った。抜け出す寿人。一度切り返して、後は決めるだけ。とここで後ろから中澤に倒されてしまった。

「うおおおおおっ!」

 立ち上がって大袈裟に指を差す。明らかなファールだ。それなのにそこまでやらないとファールを取ってもらえないような気がした。どうも判定がマリノス寄りだったような気がしてたのだ。事実これは明らかな得点機の阻止にも関わらずカードは出なかった。

 ペナルティエリアのすぐ外。直接FKを決めるにはちょっと距離が短すぎる。ボールにはストヤノフと柏木が立ってたが位置からすると左足の柏木だろうと皆は予測した。するとストヤノフがいともあっさりとゴールに入れてしまった。これは反則だ。こんなに簡単にゴールを決めるストヤノフは反則だ。J1においても反則とも言える選手をJ2で使ってたのである。これはもう反則を超えたものであった。

 試合としてはここで決まった。この後CKから1点を返されはしたものの残り時間を考えれば普通に勝てるだろう。とはいえ過去に3分で2失点したことのあるチームである。油断はしてはいけないと思っていたがここはキッチリと守備に入った。柏木は相手コーナーに入ると時間稼ぎをする。この時柏木は2人も詰められながらもボールを渡さない。強い。昨シーズンの不振のイメージからは考えられないくらい逞しいのだった。そしてチームとしても守る時は守ると割り切ることができるようになったのも心強いのだった。ミシャの采配も高柳を下げ盛田投入は守備をするという意思表示だろう。そしてミキッチと青山というカードを貰った選手を交代させるという理にかなったものだった。

 終了のホイッスル。早く終わって欲しいと思いながらももうちょっと観たかったという気もした。面白かった。本当に面白かった。稚拙な表現だがそれが率直な感想である。サンフレッチェのサッカーはこんなにも面白い。J2の時もそう思ったがJ1でもこのサッカーができたというのが感激だった。1年のシーズンという意味ではどうなるか分からない。だけどぼくはこの試合を観れたことが満足だ。サンフレッチェを応援しててこんな気分になったのは何年振りだろう。今ぼくはヴァレリーの幻影をハッキリと振り払うことができたのだった。

横浜Fマリノス戦~終わりなき旅の終着点

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 でもまだこれから。

 失点はしたものの不思議と焦りはなかった。それは2002年当時のメンタリティとは大きく違った。あの当時は1点失ったらシュンとした空気がスタンドにまで伝わってきたしぼくら自身も反撃するぞという勢いがなかった。それはサポーターの数が大きく関係したかもしれない。

 その後サンフは攻めまくった。J2で磐石とした人もボールも動くスタイルをここでもやってみせた。これぞサンフ、これが観たかったのだ。とりわけ新加入のミキッチの縦への突破が魅力的だった。ミキッチを一言で言うならシャープだった。ドリブルもキックも切れ味がある。久々の当たり外国人だと後ろに座ってた仲間の会話が聞こえてきた。

 そしてこの試合圧倒的な存在感を放ってたのはストヤノフだった。元々身体がデカイのだがもう存在そのものがデカかった。ストヤノフから始まる長短織り交ぜたパスからの攻撃。守備でも砦となるが攻撃時には前線に上がってる。そして最初のゴールはストヤノフのゴール前への放り込みからだった。それにヘディングで合わせたのが同じDFの槙野だった。記念すべき2009年最初のゴールは槙野だったのだ。

 すぐに走って弓矢を引くポーズを取った。そのパフォーマンスはどこでもお構いなしだった。だが何で槙野がゴール前にいるんだ?そんな会話をして仲間は笑っていた。

 ここからもうイケイケムードになってきた。攻めろ攻めろ、もっと攻めろ。正直日産スタジアムが広いので反対側のゴール前というのは何が起こってるのか分からないとこがあるのだが本当に分からない内にまた1点入った。いや、シュートを打つ軌道までハッキリと見えたのだがその速さに訳が分からなかった。入れたのは寿人だった。J2得点王は決してJ2だからという訳ではなかった。

 さらに38分には柏木のゴールが生まれた。これは本当に分からなかった。ストヤノフのロングパスを受けたミキッチの突破によるものだがGKをかわして寿人にパス、その後トントンとボールが移動して柏木がシュートしたようだった。前半で3点、点差としては2点だがこのまま終わって欲しいという気がしなかった。むしろもっとこのサッカーを観たいという気がした。不安だらけの開幕がこんなに楽しめるとは思わなかった。それは単に点を入れたというだけではなくやってるサッカーが面白かった。このワクワク感、かつて味わったことがある。それはぼくがサンフレッチェに本当に魅力を感じた試合、2001年のヴェレリー監督の開幕戦だ。いつかああいうサッカーを観たいと思っていた。形は違うがこれこそがあの時の高揚感だった。U2の曲で『I still haven’t Found what I’m Looking for』というのがあったがぼくは今探してたものが見付かったような気がしたのだった。ストヤノフはオレグの記憶を霞めさせたし柏木はコリカとは違った躍動感がある。こんなサンフが観たかった。身体の底から沸きあがるものを感じるのだった。

2009年3月 8日 (日)

横浜Fマリノス戦~開始3分失点

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 アップで一番注目するのはシュート練習だ。それで大体調子良いか悪いか分かってしまう。というよりそこが一番分かりやすいというだけだ。シュートが入れば良いし入らなければ悪い。DFだろうと守備的MFだろうとそういう観点で観てしまう。それが間違った判断だろうと何だろうとそんなことはお構いなしだ。そしてそのシュート練習を見ていると気になる選手がいた。

「あの黒いスパッツ履いてる選手って誰?」

 そのシュートの軌道といいゴールにキッチリ入れる精度といいとても美しさを持っていた。ただし仲間から返ってきた答えに目が点になってしまった。

「あれ一誠だろ」

 一誠。高柳なのである。あのいつも殻が抜けないだの精神が脆いだの散々貶してる高柳だ。いつも練習では凄いという話を聞いたことがあるが実際にシュート練習は凄かった。もしかして高柳って今日はやってくれるのではと希望的観測をするのだった。

 そして選手紹介が始まったが寿人のところでホーム側から大きくブーイングが起こったのが分かった。でも正直なところもっと他の選手からもブーイングが起きて欲しかった。ストヤノフは脅威ではないのだろうか。柏木は厄介じゃないのだろうか。カズは邪魔じゃないのだろうか。さすがに1J2にいたということはサンフレッチェの情報が閉ざされてしまったという感じがする。何もJ1のチームがわざわざJ2のことまで細部に渡ってまでチェックはしないだろう。そう、ぼくらはJ1に上がってきたばかりの挑戦者なのだった。

 ただ、ずっとJ1で戦ってきたマリノスだがこちらも知ってる選手がほとんどいなかった。坂田のようなスピードを持った選手がスタメンに選ばれてない時点で格下と見られてるような気がした。それよりも渡邉ってそんなに凄いFWなんだろうか。まあ大学から入団したばかりの新人だ、大したことはないだろうとぼくの方が高を括ってしまった。

 アウェイゴール裏からコールが起こる。必死にメガフォンで客席を煽るがぼくはそんなもの関係なしに声が出た。気負いもなく卑下もない。これぞ明鏡止水。うん、いい精神状態だ。今日のぼくは声がよく出るぞ。さあもっと声を出すぞ。応援でもマリノスを圧倒するぞ。そうやって延々と声を出していたらいつの間にかキックオフされていた。何だか目の前の試合の為に声を出してるのに自分が違う世界にいたような感じだ。いや、よくあることではあるが。そしてJ1の火蓋は落とされたのである。

 探りあい、様子見ではなく最初からガップリ取っ組み合う。サンフレッチェは去年と同じ戦いをしようとしている。だがマリノスも去年のJ2のチームのような戦いをしてくる。前からのプレッシャー。ストヤノフが起点として始まるサンフの攻撃には当然後ろが狙われるのだった。そしてマリノスはJ2のチームとは違ってスキルは上であった。

 そして開始3分である。右からのクロスはクリアしたというよりすんでのところで当てたという感じでボールはマリノスの選手へ。そこでパスが渡り決められた。決めたのは渡邉であった。ああ、渡邉。ここで思い出した。サンフレッチェは伝統的に初物に弱いのだった。目の前で抱き合うマリノスの選手達。お前らそんなに嬉しいかよと毒づいたがそれを差し引いてもちょっと喜び過ぎのような気がした。それは渡邉のルーキーゴールを祝してるのか、それともそんなに点を取るのが厳しいチーム状況なのかと勘ぐってしまった。ただそうは言っても失点したのは事実。やはりこれがJ1なのか。厳しいステージに上がったものだと気が遠くなるのだった。

横浜Fマリノス戦~選手登場

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 新横浜の駅からスタジアムへ向かう。駅は改装工事が完了し駅から歩道橋へと直接乗りあがれるようになっていた。といってここに来るのは2年ぶりなのだった。2年も空ければ横浜のような都会はどんどん変わっていくのだろう。

 スタジアムまでたどり着くとコンコースで子供向けに滑り台やトランポリンの施設が設置されており子供たちが楽しそうに遊んでた。マリノスもがんばってるんだなという気がした。そしてそこから左に折れスロープを上っていった。

 アウェイゴール裏は遠い。このスタジアムは無駄に広い。あまりにも広くていつも客が入ってないように見える。このスタジアムを造った当時というのはJリーグもなくサッカー観戦なんかした人もいなかった時期なので観戦の環境としては酷な造りになってる。まあその点に関しては広島ビッグアーチも大して変わりはないのだが。

 通路を歩いてアウェイ入場口に向かってると数人で歩いてたぼくらにTVカメラが寄ってきた。てっきりぼくがインタビューを受けるのだと思っていやあ、照れるなあなどと自己陶酔に浸っていたら一緒に歩いていた子供にマイクが向けられた。やっぱりそうだよな。後でそのカメラの人に聞くとTSSということだった。広島からわざわざこの試合の為に取材に来てるのは数年前にはあっただろうか。

 そしてぼくらはチケットの受け取りに広島県人会の設置してるテントまでたどり着いた。そこではいつもスタジアムに来てる仲間が手伝いをしていた。そしてハイタッチキッズの案内を受けてる人がいた。アップで入場してくる選手をハイタッチで迎えるという企画だが羨ましい反面ぼくのような存在はスタンドでそれを眺めてる方が適してると考えるのだった。だって選手とタッチしたら、間近で接したら、選手に野次飛ばせなくなるじゃないか。そもそも野次る為にスタジアムに行くんじゃないだろうにとは自分でも感じるとこだった。

 スタンドに入ると期待したよりアウェイエリアが埋まってない気がした。が、それもそのはず、ここはアウェイエリアでさえもだだっ広いのだ。バックスタンド2階には青いシャツの集団がいた。何だろうかと思っていたらスタンドから合唱が始まった。そしてその後はピッチでチアリーディング。手を変え品を変え色んなことをやってくるな。その辺が横浜らしい。

 そして選手登場。一斉にコールが起こる。待ちに待った開幕だ。ここからリーグが始まるのだった。

2009年3月 7日 (土)

横浜Fマリノス戦~春の陽気

2009/03/07 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 春の日差しは気持ちいい。横須賀線は東京から座れることもあり、また乗車時間が長いこともあってついウトウトしてしまう。春の陽気、長閑な風景、ベンチコートは暑いくらいで眠気を促す。朦朧とした意識の最中横浜に着いてしまった。

 横浜駅で乗り換え。ホームを移ったがその移動がやけにエネルギーのいる作業だと感じるのは人が多いせいだ。そして横浜線のホームも人だかり。知り合いなんて誰一人いないはずなのに視線を感じる。それもそのはず、ぼくの着ているベンチコートは2007年の福袋に入ってたやつで全身紫のやつなのだ。この人だかりに混じるマリノスのサポーターらしき人には当然意識されるのだった。

 だが、ぼくはその視線が心地よい。相手はバカにしてるかもしれない。J2から上がってきたばかりの弱小チームと。だけどそんなチームをこうやって堂々と応援してるんだぞというのを見せ付けたようで気分がいいのだった。もはや2回もJ2に落ちたチームだけどぼくは誇りを持ってるととんでもない自意識を持って立っているのだった。といってその実このベンチコート、あまりにも派手で試合ぐらいしか着る機会がないのだった。

 その内横浜線が来て新横浜まで移動した。いつもの通り改札前ではみさんが集合企画をやってるはずだ。改札へ向けて歩を進めているところに横から声が掛かった。

「こんにちは」

 その声の主はドクトルさんだった。こんなところで会うということは同じ電車に乗ってたということみたいだ。そしてこうやって見付けてくれたというのはぼくがこの目立つベンチコートを着ていたからだというのは明白だった。

「いやあ、J1だねえ。楽しみだけど大丈夫かねえ」

「うーん、練習試合だとJ2に昇格したばかりの岡山に負けたんでしょ。マズイでしょ。それから怪我人が多いのも気になりますよね。何で毎年開幕になると怪我人だらけになるんでしょうか」

「そうだね。でもミキッチがいいっていう話じゃないですか。どんなプレーするか楽しみだねえ」

「ユキッチが外れだっただけにね」

「ユキッチ・・・。いやあ、いつの間にかいなくなりましたねえ。まあミキッチには期待しましょう。それはそうとトップ下は誰なんでしょうね。」

「高柳でしょう」

「高柳かあ。まあ彼も今年は一皮向けてもらわないと。今日はチャンスだよねえ。でもどうして彼はパスミスをすると両手を挙げるポーズをとるんでしょうねえ」

「そうだよ、そんなことしてる暇あったらボール取りに行けってんだよ」

 そうやって改札をくぐって行くとはみさん達一行は立っていた。いつも試合があると会える人達。この人達の顔を見るとまたシーズンが始まったんだなという気がするのだった。

2009年3月 6日 (金)

開幕前に届いた『2008シーズン・イヤーDVD』

 サンフレッチェのDVD2008シーズン・イヤーDVD』が来た。届けに着た福山通運の運転手はいつもの同じ人。きっとサンフレッチェ関連の宅配物を手に取りまたこの人かと思ってることだろう。

 紙袋を開けると6枚も同じものが入ってた。それもそのはず、共同購入したからだ。みんなで頼んで送料を安くしたのである。そういうこともありぼくは開幕戦のマリノス戦は絶対に行かないといけないという使命感に駆られていたのだった。

 何とか仕事の都合をつけることができ試合には行くことができる。良かった。本当に良かった。ただそれだけで満足である。結局ぼくはこうして試合に行けるかどうかということばかりに神経を使うので勝敗のことにまで思考が及ばない。だがそれもDVDを観るまでのことで映像を観ていると沸々とその当時の記憶が蘇る。入れ替え戦で得点できなかったこと、シュートを打っても打っても枠に入らなかったこと、そして降格したこと。悔しく惨めだったこと。そして実はあれが全ての始まりであったということも今にしてみれば感じるのだ。

 2008年になりゼロックス・スーパーカップでJ1王者鹿島を破ってまさかの優勝。その華やかな舞台に立ちながら翌週にはJ2という現実。勝ってはいるもののその内連敗するだろうと考えてた第1クール。その内にチームとして機能してもはやJ2のチームでは手の付けられないレベルに達したこと。勝ち点100、総得点99でシーズンを終えJ1昇格という目的はほぼ完璧にこなしたものの総得点1001点足りなかったこと。それら全て網羅されている。よくもまあここまでマニア心をくすぐる作りにしたものだ。何せ初めてのDVD出版だから大して期待してなかったのだが158分という時間が短く感じてしまったのだった。

 やっぱり試合が観たい。この流れるようなパスワークがJ1でどれ程通用するか見てみたい。DVDはまるで興奮剤のようなものだった。ただ、いくらJ2で結果を残そうと評価はしてもらえない。ふと冷静にならないとと諭す自分がいるのだった。それでいてあながちJ2にいたことが無駄じゃなかったと思うのだった。まず最大の功績は他のJ2のチームへの刺激ではないだろうか。特にシーズン終盤は大量点で勝つことが続いたがそれは従来のJ2における戦いとは異なり外国人ストライカーを使わず守備を固めることなくあくまでも攻撃的に自分達のサッカーを貫いたものだった。それでいて圧倒的な差を付けて昇格したのである。自分達のスタイルを持つということの大切さを認識させられただろうしそもそもこういう大差を付けられる相手と戦う機会なんて滅多にないのだ。これはクラブとしてもサポーターとしても貴重な経験となったことだろう。

 J2ではそうやっていつも優位な立場で試合を進めた。だが今度は相手も強い。そういった強い相手と戦ったらどうなるんだろうかという期待感もある。それでいながらJ2に落としてしまった監督がまた指揮を執るという不安もある。その期待と不安というのがいいんじゃないだろうか。だからぼくはただ試合を楽しみたいと思う。

 と言いつつ試合に行って一番文句言ってるのお前だろうがと言われそうだ。いや、そうかもしれんがそういう都合の悪いことは覚えてないんだ。だからこそ人間生きていけるんだろう。だからこそサンフレッチェのサポーターをできるんだろう。忘却、これこそ人格を保つ最大の武器かもしれない。でも開幕戦くらいこの忘却という言葉を消滅させてくれるような良いものになればいいのだが。

今週末から開幕です

はみさんからの案内です。

寒い日が続きますが、暦は進んでいます。今週末からJリーグ開幕いたします。
開幕戦から近場ということで、恒例の駅前集合を行いたいと思います。
3月7日(土)午前11時半(キックオフ1時間半前)に、JR新横浜駅横浜線北口改札に、
例によって黄色い1番ユニを着てお待ちいたします。

関東ではずっとやってきた企画です。多くの方の参加お待ちしてます。

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