思考循環
2009/02/28 フジ・ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsガンバ大阪 国立競技場
望みのない闇の中にいる時、人間とは卑屈になるものだ。そしてまだ見ぬ未来に対しても悲観的に見てしまう。全てのことにおいて完璧なものはないしそもそもそんなものは存在として成り立たないのは明白だ。それなのにあれやこれやと否定的な内容を考えてしまう。疑う余地の残されてる限り疑いを止めない。こんなデカルト的発想になってるのはぼくが“我思う、ゆえに我あり”という精神世界に入ってるかというとそんなことはない。ただ単に大きな不安と絶望があるからだ。その絶望というのが栄えある開幕戦が関東にあるというのに行けそうもないということだ。そういえば2008年の開幕戦も群馬だったのに行けなかった。ああ、またしてもかと暗く陰鬱な気分になってしまったのだ。
これまでサンフレッチェを応援してきて関東の試合は仕事がない限り行ってきて試合数にするとそれなりに観てるはずだ。それなのに2008年の回想をしてると群馬の敷島や甲府や水戸に行けなかったことが悔やまれるのだ。あの試合は観ておきたかったという後悔はそれ以上に観れて良かったという記憶を凌駕して印象に残ってるのだった。
だが暗く落ち込んでるぼくに一点の光が差してきたのである。もしかして行けるかもしれない。そんな見込みが立ってきたのである。その瞬間ぼくの心から淀んだ空気は浄化され眩いばかりの光が差すのだった。きっと今のぼくは少女マンガに出てくるヒーローのようにキラキラした瞳をしているだろう。ああ、この世って素晴らしいとルイ・アームストロングのように歌ってしまいそうだ。
しかしもしこれでゼロックス・スーパーカップも出場していたら難しかっただろう。正直今年は出場しなくて良かったという気がした。大阪ででも開催してくれればいいのだがよりによって関東の中心である国立でやるのである。それなのに行けなかったとしたらもうこの世の終わりのような気分になる。毎度毎度試合がある度にこんな悩みばかり抱えてしまうぼくは開幕が嬉しいような悲しいような複雑な心境である。
実のところ2008年シーズンは開幕戦に行けなかったもののJ2だから救われた面はあった。J2だからいいやと自らに言い聞かせることはできたのだ。まあそれでもしっかりと先に書いたように後悔はしているんだが。
でもいい。今回は横浜の開幕戦に行ける可能性が高くなってきたんだから。そう思うと仕事から帰ってDVDに録画したゼロックス・スーパーカップも落ち着いて観れるのだった。
だがそこに映っていたのは鹿島とガンバ大阪。紫のユニフォームじゃない。そこがまた何とも味気ない。やっぱり今回もこの試合に出て欲しかった。サンフレッチェの試合が観たい。こうして何度も何度も同じ順路で思考が巡回するのだった。そして翌週にはこんなことばかり考えるシーズンが始まるのだ。苦痛なのか快楽なのか分からない。いや楽しみなはずなんだが。そしてまた思考が巡りめくっていくのだった。


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