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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2009年2月28日 (土)

思考循環

2009/02/28 フジ・ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsガンバ大阪 国立競技場

 望みのない闇の中にいる時、人間とは卑屈になるものだ。そしてまだ見ぬ未来に対しても悲観的に見てしまう。全てのことにおいて完璧なものはないしそもそもそんなものは存在として成り立たないのは明白だ。それなのにあれやこれやと否定的な内容を考えてしまう。疑う余地の残されてる限り疑いを止めない。こんなデカルト的発想になってるのはぼくが“我思う、ゆえに我あり”という精神世界に入ってるかというとそんなことはない。ただ単に大きな不安と絶望があるからだ。その絶望というのが栄えある開幕戦が関東にあるというのに行けそうもないということだ。そういえば2008年の開幕戦も群馬だったのに行けなかった。ああ、またしてもかと暗く陰鬱な気分になってしまったのだ。

 これまでサンフレッチェを応援してきて関東の試合は仕事がない限り行ってきて試合数にするとそれなりに観てるはずだ。それなのに2008年の回想をしてると群馬の敷島や甲府や水戸に行けなかったことが悔やまれるのだ。あの試合は観ておきたかったという後悔はそれ以上に観れて良かったという記憶を凌駕して印象に残ってるのだった。

 だが暗く落ち込んでるぼくに一点の光が差してきたのである。もしかして行けるかもしれない。そんな見込みが立ってきたのである。その瞬間ぼくの心から淀んだ空気は浄化され眩いばかりの光が差すのだった。きっと今のぼくは少女マンガに出てくるヒーローのようにキラキラした瞳をしているだろう。ああ、この世って素晴らしいとルイ・アームストロングのように歌ってしまいそうだ。

 しかしもしこれでゼロックス・スーパーカップも出場していたら難しかっただろう。正直今年は出場しなくて良かったという気がした。大阪ででも開催してくれればいいのだがよりによって関東の中心である国立でやるのである。それなのに行けなかったとしたらもうこの世の終わりのような気分になる。毎度毎度試合がある度にこんな悩みばかり抱えてしまうぼくは開幕が嬉しいような悲しいような複雑な心境である。

 実のところ2008年シーズンは開幕戦に行けなかったもののJ2だから救われた面はあった。J2だからいいやと自らに言い聞かせることはできたのだ。まあそれでもしっかりと先に書いたように後悔はしているんだが。

 でもいい。今回は横浜の開幕戦に行ける可能性が高くなってきたんだから。そう思うと仕事から帰ってDVDに録画したゼロックス・スーパーカップも落ち着いて観れるのだった。

 だがそこに映っていたのは鹿島とガンバ大阪。紫のユニフォームじゃない。そこがまた何とも味気ない。やっぱり今回もこの試合に出て欲しかった。サンフレッチェの試合が観たい。こうして何度も何度も同じ順路で思考が巡回するのだった。そして翌週にはこんなことばかり考えるシーズンが始まるのだ。苦痛なのか快楽なのか分からない。いや楽しみなはずなんだが。そしてまた思考が巡りめくっていくのだった。

2009年2月26日 (木)

宮崎の地で山形に完敗

2009/02/25 トレーニングマッチ サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 宮崎シーガイア・イベントスクエア

 2008年シーズンの終盤、爆発的な得点力で他を寄せ付けることなくJ1昇格を決めた。とりわけ昇格のライバルというべき2位の山形との対戦で4点取って圧倒したというのは自信を感じさせてくれた。そしてそれ以上にJ2というプレッシャーの低い場にいたことでチームのスタイルが磐石なものとなり結果もさることながら魅せるサッカーができるようになった気がした。これこそJ2にいた恩恵だろうと昇格後の戦いを楽しみにしたのだった。

 それが年が明けてその山形に13で負けた。練習試合という条件はあるだろう。だけど主力組で臨んだ時間帯は見事に無得点で負けている。これはどう考えてもマズイだろう。ほとんどメンバーが変わってないのに。チーム力が下がってるんじゃないか?そんなネガティブな感情になった。

 でもこれくらいがいいのかもしれない。無駄にキャンプでの成績がいいと2007年みたいに楽観ムードが漂いいくら負けてもその内良くなると気付いた時には下から3番目になってるということになりまかないからだ。残留、今年は残留をすればいいんだ。といっても今年の目標は残留だったのだろうか。

 J1で旋風を巻き起こす。これこそが今年の目標だったはず。主力の年齢ピークを考えるとこの2年がチャンスのはず。そして昨シーズン見せた攻撃的なパスサッカーがJ1でどこまで通用するかという期待があった。あんなサッカーは日本では他にない。きっと異質な存在として注目されるはずであった。J2にいたのは何かの間違い、こんなにも素晴らしいサッカーで昇格1年目にして勝ち点を稼ぎまくる、そんなことを夢想したのである。

 だが夢は終わった。この時期にこんなことを言うのも何だがそう思ってしまったものはしょうがない。こうやってキャンプの情報で一々一喜一憂するぼくも自分で呆れるとこはある。だからいっそのことそういう余分な情報というのはシャットアウトすればいいことだ。それなのにそれができないのである。一々公式サイトから中国新聞のサイトなどとネットであさりまくってしまう。よりによってかつてに比べてサンフレッチェの情報は見付けやすくなってるのだ。そうして暗澹たる気分へと落ち込む。自分でも一体何をやってるんだろうという気になってくる。

 そういえばトルコキャンプの時点でハイデュク・スプリトに08で負けたことで落ち込んだ。ただ、あの時はトルコという遠い地と外国チームという馴染みのなさが現実感を感じさせなかった。山形に負けたというのはそういうのとは違うショックがあった。現実世界で起こったことと印象がまるで違うのだった。

 やっぱり夢の中にいるのが一番居心地がいいようだ。妄想の中を漂う。妄想の中では高柳でさえスーパーミドルシュートを決めるのだ。今までちっとも期待することのなかった高柳が活躍するんだからチームとしては神の領域に入るようなパフォーマンスを魅せてしまうのだ。いや、何とも空しい空想だ。そういえば女の子にちっともモテないぼくはいつも妄想の中で女の子とデートしてた。でも現実は厳しかった。そして期待にそぐわないサンフレッチェとはあの時の感覚を呼び戻してくれるのだ。

 まだ開幕もしてないというのに。こんなに悲観的になってしまうのは果たしてぼくが悲観主義だからだろうか。それとも期待しては裏切られるサンフレッチェと付き合っていく内に自然と身についた性質なのだろうか。自分でもよく分からないのだった。

2009年2月25日 (水)

グローインペイン症候群の高萩

 グローインペイン症候群により高萩が宮崎キャンプから離脱した。オーバートレーニング症候群の浩司に続き2シャドーの2人がいなくなった。よりによって開幕前にどうしてこう選手がいなくなるんだろう。昨シーズンもキャンプ以降怪我人が増えベストメンバーが組めないという状況が続いた。今年こそはそんなことないだろうと思ってたらまた似たような状況になった。シーズン中ならまだしもシーズン前にどうしてここまで怪我人が出てくるのか分からない。不思議でしょうがないのだった。

 しかし、昨シーズンは不安はあったものの結果的にそれが選手層の底上げとなったと考えれば今の事態も肯定的に捉えられる。と言いたいとこだがさすがにJ1ではそう簡単にいくとは思えない。代わりとなる選手が誰だか分からないが楽観的にはなれないのだった。

 昨シーズンの2シャドーは浩司と高萩と柏木で回してた。特に開幕直後は柏木が怪我で出遅れて浩司、高萩というコンビだった。ここで高萩が覚醒する。それまでは期待はあったものの思うような結果が出なかった。どことなくシュートが下手というイメージがあったのだがシャドーというポジションが良かったのだろうか、ゴールに近い位置で天性とも言える創造性溢れるプレーをするのだった。そしてそういう技巧派の選手にありがちなのが自分のプレーに酔ってあまり運動量がないという特徴。正直高萩にもあった。というよりそんな気がすると言った方がいいかもしれない。それは元々下がり目のポジションだったことからあまり目立たなかったというのもあるし高萩の見た目にもあった。線が細くどこか飄々としたイメージを受ける。シュートを外した後など特にそういう印象を受けてしまうのだった。

 その高萩のイメージが変わったのはやはり2シャドーという戦術のもたらせた恩恵だろう。そこの位置に持ってきたミシャの功績でもある。このポジションだから攻撃のセンスを開花させたのだろう。そしてこのポジションだから多くボールに絡むことになったのだろうし自分で得点しなくてはいけないという状況になったんだろう。そこがシュートへの積極性、ゴールの量産というものにつながったのではなかろうか。

 戦術が選手を育てるというのはアーセナルのベンゲル監督がよくやってることらしい。絶対的エースだったアンリが抜けてもその後に次なるエースが出てくるのはバイタルエリアで必ずボールを持つことになる選手がいるという理由らしい。だからその選手は必然的にゴール前での勝負や駆け引きに長けてくるというのだ。ということはもしかしてミシャにもそういう意図があったのかと考えてしまうがどうもあの顔を思い浮かべると本当かなあとクビを傾げてしまうのだった。

 いずれにしても高萩は期待すべき選手から計算できる選手へと変貌したのは間違いない。一体今までこの計算できる選手がどれだけ少なかったことか。これも小野の負の遺産。そういえば高萩も小野監督時代にユースから飛び級でトップに昇格した割に試合では使われなかった。だったらそんなに早くトップに上げる必要あったのかと疑問に持ちつつもその後も使ったり使われなかったり。挙句の果てには愛媛FCにレンタルで出してしまった。正直あの頃はもう帰ってこないんだろうと思ってた。そういう過去があるだけに昨シーズンの高萩の活躍は再生という感覚を受けたものだ。

 でもまだJ1でのプレーはあまり経験がない。やっと日の目を見ると思ってたら戦列を離れた。何とも不憫であるがそれがサッカー選手の宿命と言えばそうなのかもしれないのだった。

2009年2月23日 (月)

仙台に勝てない、土曜にも勝てない

2009/02/22 サンフレッチェ広島vsベガルタ仙台 宮崎シーガイア・イベントスクエア

 やっぱり仙台には勝てない。若手主体で臨んだ練習試合だがまたしても仙台に負けてしまった。相性というのは恐ろしい。公式戦ではないがどうしても勝てないチームがあるというのは気持ちが悪いものだ。勿論戦力的に圧倒的差があればまだ諦めもつくんだが一つ下のカテゴリーのチームなのに勝てないというのはこれは何か見えざる力が働いてるとしか言いようがない。そしてそんな思いは2007年のゴール集を観てると尚更強くなるのだった。

 さすがに勝ち点100、総得点99という圧倒的な成績で昇格したとあってゴールシーンは多かった。ただこのゴール集、失点シーンも含まれてて仙台に限っては失点の方が多い。分かってはいることであったが何とも気になるのであった。

 その気になる映像を持ってきてくれたのはタイセイさんだった。わざわざDVDに焼いて持ってきてくれたのである。そしてただDVDを受け取ればそれで終わりのはずだったが話をしてたらつい盛り上がりそのまま喫茶店へ向かったのだった。

 去年に引き続いて怪我人の多いことが気になるということから始まり当然日産スタジアムでの開幕、横浜Fマリノス戦とのことに触れた。

「でも開幕戦って土曜なんだよね。もしかして行けないかもしれない」

 さっきまで盛り上がってた話はここで急に調子を落としたがタイセイさんは言った。

「大丈夫、行けなかったらまた放送焼いてあげるから」

 ああ、ぼくはこうやって色んな人達に支えられているんだ。現地に行けないかもしれないという幻滅感がこれでなくなった訳ではないがどこか心の傷を舐めてもらったような気分になりまた調子付いて話し込むのだった。

 そして時計を見たらとうに9時を廻ってたのだった。少しのつもりだったがこんなに長くなってしまった。タイセイさんといるといつもこうなる。いや、サンフレッチェの話をしているとタイセイさんに限らずこうなるのだった。

 ああ、明日も早いのになあと考えつつ駅までまたタイセイさんと歩いてるのだった。そしてさっきまで散々喫茶店で喋ってたことを繰り返すのだった。

2009年2月22日 (日)

開幕戦横浜Fマリノス戦のお知らせ

東京県人会事務局からのお知らせ

以下紹介文

東京広島県人会の皆様へ

☆☆ サンフレッチェ広島 J1開幕戦を応援しよう ☆☆

 J1に復帰したサンフレッチェの開幕戦が、来る3月7日(土)13時に日産スタジアムにて横浜Fマリノスを相手に開催されます。昨年の勢いでJ1でも躍進できるよう、皆で応援に行きましょう!

 今回、横浜Fマリノスからのご提案で、団体にて観戦の場合は、入場料割引の特典のほか、以下の企画に抽選でご参加いただけます。

【団体観戦特別企画!ハイタッチキッズ

ウォームアップ前のサンフレッチェ広島の選手達を「ハイタッチで迎えます(対象:小学3年生~中学3年生までのお子様、なんと50名様!)。

つきましては、観戦希望者は下記詳細をご確認いただき、メールまたはお電話にて県人会事務局までお申し込みください。

《対象試合》 J1リーグ ディビジョン1 サンフレッチェ広島対横浜Fマリノス

日   時》 3月7日(土) 13時

キックオフ(11時より受付開始)

《場  所》  日産スタジアム

神奈川県横浜市港北区小机町3300

JR横浜線、市営地下鉄「新横浜」駅より徒歩12分

JR横浜線「小机」駅より徒歩7分

《チケット前売金額》 南サイドスタンド ビジター席(大人1,870円、小中765円)

※チケット受渡方法:当日、県人会専用受付を設け、現金と引換えで直接お渡しします。

締め切り後のキャンセルはお受け出来ません。後日お買取り頂きたくお願いします。

※ハイタッチのご希望が応募枠を超えた場合、抽選とさせていただきます。当選した方にはこちらからご連絡を差し上げます。                            

以上、ご不明な点等あれば県人会事務局宛ご連絡ください。よろしくお願いします。

申込締切は 3月2日(月)必着です!

■メールでお申し込みの場合

メールの本文に次の項目をお書き添えの上、hiroken@oregano.ocn.ne.jp

へ送信してください。その際、メールの標題には"サンフレッチェ応援観戦の件"とご記入ください。

<-------------------
メール本文 ------------------->

氏名 :
枚数 : 大人      枚、 小中     枚
e-mail
アドレス :
携帯メールアドレス(当日連絡用) :
携帯番号 (当日連絡用):

ハイタッチご希望

お子さんのお名前:                

お子さんの学年:

<------------------- メール本文 ------------------->

以上、ご不明な点等あれば事務局宛ご連絡ください。よろしくお願いします。

この企画、去年三ツ沢競技場でやってかなり盛り上がりました。

その時はチケットの割引サービスというものがなかったのですが今回はあります。

たくさんの申し込みがあればまた同様な企画が行われる可能性もあるのではないでしょうか。

詳しくは下記サイトで確認してください。

よろしくお願いします。

http://hirokeneditorschoice.blogspot.com/2009/02/blog-post.html

2009年2月20日 (金)

宮崎キャンプスタート

 トルコから宮崎へ。この流れがミシャになってからの通例となった。その宮崎へ移動する前の吉田での練習は雪が降ってたそうだ。改めて広島ってとんでもない所に練習場があるんだなという気がする。そういえば今年はまだ関東では雪を見たことがない。だから関東で広島で雪が降るというのを知ってる人は少ないのだった。

 やはり日本で秋春制は無理ということになるのだが逆に言えば雪さえなければどうにでもなるのではなかろうか。実は今環境問題の一環で工場で出た廃熱を再利用できないかという取り組みがある。現在でも隣接するプールなどで使うということはやってるがそういう隣接地ではなく熱を貯蔵して運んでしまおうという研究がされている。つまり工場で出た廃熱をそのままトレーラーに乗せて離れた場所で使うということだ。こういう研究が実用化されるようになれば例えば幹線道路は雪を溶かすことができる。そしてスタジアムも雪を溶かすことができる。さらに観客席に暖房を入れることだってできるだろう。何て素晴らしいんだ、これで雪の問題はなくなる。そしたら今度はシーズンオフが夏になって今度は北海道がキャンプのメッカになるのだろうか。

 話題が逸れた。そんなまだ見ぬ内の話をしたってしょうがない。でも脱線したからにはもうこのまま脱線してしまおう。今度はスタジアムの問題だがかねてから広島ビッグアーチの場所の悪さとスタジアムとしての臨場感のなさは関係者にとって頭痛の種だった。もっと便利な場所にサッカー専用スタジアムがあればということで久保会長は以前からその必要性を説いていた。それは広島にサッカー専用スタジアムができたらどんなに素晴らしいことなんだろう。

 しかし、ぼくはサッカー専用スタジアムは諸刃の剣だと思うのだった。確かにそんなものできた日には客は一杯集まるだろう。試合もよりエキサイトなものになるに違いない。だけどこれで日が経つにつれて客足が遠のいたらどうなるだろう。今度は言い訳が通用しないのである。あんないい場所で、あんな凄いスタジアムがあるのに客が入らない。そうなった時、サンフレッチェのブランド力は一気に下がるだろう。だからといってサッカー専用スタジアムがいらないという訳ではない。そうではなく造るなら相当の覚悟を持って臨まないといけないということだ。サッカー専用スタジアムさえできれば何もしなくてもお客さんが入るようになるという発想がありそうなのが恐いのだ。

 そして今度は日本サッカー協会の動向も気になる。すでに2018年、2022年のワールドカップの開催地に立候補してるのだがスタジアムとしては13の場所を掲げてるようだ。そこで世界的にも有名な平和都市広島の名前も当然にある。となるとそれには観客席の3分の2以上の屋根と4万人収容というキャパの問題も出てくる。スタジアム建設となるとこの辺の問題も当然に絡んでくるのだろう。

 いや、そもそも日本のワールドカップ開催も2016年の東京オリンピックの開催が決まらないとありえないというのが犬飼日本サッカー協会会長の話だ。というのも開会式に8万人収容のスタジアムがいるということで東京オリンピックが決まった際には同規模のスタジアム建設予定がありそれができればワールドカップでもそれを使えるということだ。だが東京オリンピックの開催なんて世論の盛り上がりを考えると実現性が低そうだ。ということは連鎖的に日本のワールドカップ開催もあまり考えられないのではないだろうか。

 しかしこういうビッグイベントが起こる度に思うのだがそのイベントが終わったら造った施設どうしてんだろう。あまりにも人気のない競技はとっとと壊したりするみたいでそのせいでロンドン・オリンピックで除外された競技があるみたいだがスタジアムみたいなばかでかいものはどうするんだろう。日本では箱物を造ればその採算性でいつも議論が起こるのに明らかに日本より国力で劣る国がイベントの為に簡単に箱物を造ってしまうのはミステリーを感じてしまう。どうして世界はあんなに簡単にスタジアムを造ることができるんだろう。

 何だか話が壮大になってしまった。それ以上にこの記事がタイトルとは何の関係もなくなってしまった。まさに夏目漱石の『彼岸過ぎ迄』のようだ。漱石も単に彼岸過ぎ迄の連載だというのでこのタイトルにしたという。そしてぼくもただ単に宮崎キャンプの時期にこの記事を書いたというだけだ。

 そんなのただの言い訳だろうという声が聞こえそうだ。いや、まあそういう声には正直否定する勇気はないのであった。

2009年2月17日 (火)

パブリック・アローズでの観戦会

 近所のドコモショップへ行き骨董品とまで称された携帯電話を替えることにした。古くたって別に不便さを感じてた訳でもなく替える必要性を感じてなかったのだが新しいものの方が基本料金が安いことを知った。長い目で見れば替えた方が良かったのだがこういうのをぼくは知らないのである。正に現代人ではないかのようだ。

 しかしこれで画面が広く鮮明になって文字も見やすくなった。どうしよう、tssのメールマガジンに入会しようか。いや、入会したい。でもどうやって入るんだろう。やっぱり分からない。ああ、やっぱりぼくは現代の潮流には乗れないのだった。何でみんなこんなややこしいもの簡単に扱えるんだろう。

 それはいいとしてその後パブリック・アローズへ行った。店としても試行錯誤でありながら昨シーズンはJ2のサンフレッチェの放送をやって観戦会の場を提供してくれた。これによって下北沢に行くのは遠いというぼくのような千葉方面の人の拠点ができたのだ。喜ばしいことではあったが逆に負担も増えたのも事実だった。

 毎週毎週来週は放送をするのか、そういったものの確認をするにもぼくが毎週必ず行ける訳でもないのでその都度マスターと連絡を取らなければいけなかった。そしてその後は告知活動である。これがまた手間が掛かる割に結局ネットという方法しかない。つまりは宣伝してる割に人が集まらないということがあるのだ。だからぼくももう辞めようかなと考えたこともあった。

 実際この千葉の観戦会をやって新たに知り合いになった人もいた。それはそれで価値のあることだがそもそも千葉方面の人ってそれ程いないような気もしてきた。大体広島から上京してきてどこに住むかというと神奈川から東京の都心にかけてだ。やはりその方がイメージがいいしお洒落な感じがする。同じ都内に通うにしても千葉、埼玉に住もうとは思わないだろう。かく言うぼくも最初は川崎に住んでいた。それが必要性があって千葉に引っ越した訳だが住んでみると意外と便利だった。地方から千葉、埼玉に住む動機としてはそんなとこが多いのではないだろうか。

 しかし、マスターと話をするとサンフレッチェの観戦会は続けたいということだった。ただ店のスタッフが少なくなったことでマスターの負担が大きくなったということで昼間の放送は難しいということだった。そこで昼の時間帯はセルフサービスとしてもいい、もしくはオーダー係として1人付けてもいいと提案したらそれなら可能かもしれないという返事が来た。基本的に注文したものがなかなか来ないというクレームを付ける人いないだろうと言っておいたが観戦会に来る人の目的が試合を観るということなのでこれは問題にならないと思う。

 そして日程表の載ってる『エル・ゴラッソ』を店に置いてマスターに開催日の検討を頼んだ。ちょっと店の準備として開幕3試合はできないということだったが4試合目に当たるナビスコカップの浦和戦はできるだろうということだった。ということで今年もパブリック・アローズでの観戦会は開催されることになった。その内放送予定をマスターが送ってくるので決まった際には近場の人は皆さん参加してください。

2009年2月14日 (土)

トルコキャンプ打ち上げ

 なぜかシーズン前になると怪我人が出てしまうという不思議な現象は去年と同じだがそれでも無事トルコでのキャンプは終えることができた。このキャンプでは若手もずいぶんと起用したみたいでミシャのチームの底上げをしようという意識が感じられる。若手が伸びなけりゃ切ってしまって他から獲ってくればいいとした数年前の監督とは大違いだ。ミシャについてはJ2に落としてしまったという実績があるだけに非難の声もあるがそれでもぼくは結果を残して欲しいと思う。少なくとも数年前のあの監督より上の順位にならなければいけない。

 それはそうと今回のトルコキャンプ、結果から考えるとどうだろう。最初の頃は負けが込み最後はそこそこ勝てるようになったというとこだろうか。これは相手チームの状態にもよりけりなので一概に言えないが段々と成熟していったという印象がなくもない。少なくともぼくのような公式サイトに載った試合結果を追うだけの者にとってはそういう印象を持ってしまうものなのだ。今年のサンフレッチェは違う、何でもいいからそう思いたいのである。

 でも実際に状態が分かるのは宮崎キャンプだろう。そこにはサポーターの中に実際に行く人もいるし記者だって足の届く範囲だ。トルコに比べれば実態のある情報が入ってくるだろう。本当にトルコなんか行ってる間は霞を食うような感覚だった。いつかぼくがトルコまで遠征して現地の情報を詳細に届けるようにしよう。でも一体どうやって。そんなの宝くじに決まってるじゃないか。とそんなのは誰もが考えることなのであろう。

 しかし、実際にトルコキャンプへ見学へ行ったことのある人に聞いたのだが、ホテルのネット環境がとても悪いらしい。ホテルはネットが使えるという触れ込みになってるのだがいざ接続しようとするとつながる時はつながる。つながらない時は全くつながらないということらしい。『紫熊倶楽部』編集長の中野氏もトルコの取材は相当苦労したらしい。

 そう考えると日本って便利な国だ。どんなマニアックな情報でも何かしら入手する手段があるんだから。パンク界のカリスマ、ジョニー・サンダーズを聴いてるのは日本人だけというのも分かる気がする。さらに秋葉原に代表されるオタク文化というのが日本で発祥するというのも必然なのではなかろうか。そしてサンフレッチェもマニアック・・・そう考えるのは何か空しい気がするな。

 いや、今年はJ1で旋風を巻き起こし世間の注目を浴びるようにしよう。といっても普通の人はサッカーなんて観てないんだよな。やっぱりあの人いつも紫の服とか着て変な人ぐらいにしか思われてないんだろう。つくづく思うが何で最後はこういう哀しい発想になってしまうのだろう。

2009年2月12日 (木)

予想通りの試合、予想通りの結果

2009/02/11 2010 FIFAワールドカップ南アフリカ アジア最終予選 日本vsオーストラリア 横浜国際陸上競技場

 スコアレスドロー、大方に人にとってそれは予想できた結果ではなかったろうか。シュートを打てども打てども入らない、それも予想通り。さらにこのメンバーでどうやって点を入れるんだろうと疑問を抱かされるのも予想通り。ただオーストラリアが思った程攻めてこないのが予想に反してただけだった。

 だからもう試合が始まる前にはそれ程モチベーションが上がらなかった。W杯には行った方がいいが負けて代表の中から岡田監督と小野技術委員長がいなくなるのも今後を考えるとアリであった。今までトルシエは駄目だジーコは駄目だと散々言ってきたものだがよりによって日本人の岡田はもっと駄目だった。もしかしたら負けた方がいいかもというのは日本代表を見て今まで思ったことのない感情だった。

 ただ、義務感に駆られるが如くTVの画面を観ていたわけだが時間が進むにつれ身を乗り出していたのは事実だった。それはやはり惜しい場面が続いたことによる。もうちょっと、もうちょっとと力を入れるがやはり足りない。そしてその足りない要素というのは初めから分かってただけに結局諦めの感情へと落ち着くのだった。サッカーもこのところ話題性が薄れているがこれも岡田監督、小野技術委員長の功罪も大きいような気がする。どこか感情の昇華が起きないのだ。

 それでも横浜国際競技上のスタンドは満員だった。W杯予選の本番なので当たり前だろうがもはや最近はそれが当たり前ではなくなった。それだけに注目されている一戦だった。その注目されてる時にこの試合、一体普段サッカー観ない人にはどう映ったんだろう。負のオーラとか面白くないとか失望とか散々否定的要素で表現してきたがもうそろそろ表現のネタが切れてきた。ぼくも哲学の勉強でもして語彙の習得にでも励まなくてはいけないようだ。

2009年2月10日 (火)

ドリーミング・イズ・フリー

 サポーター会議なるものを開催し都内で集まったのだがよりによってぼくは仕事で間に合わなかった。それでもその後の懇親会には顔を出すことができたのである。その時仲間から色々な話を聞いた。中でも色めきたったのはミシャの発言だった。何と今年は自信があると言い切ったそうである。何と勇ましいことか。

 勿論これはそう言ってたらしいという真偽の程はよく分からない話である。でもぼくはこういう話に舞い上がるのだ。そりゃそうだろ、ここだけの話だよとかあなたにだけ教えますなんて言い方されると最高機密を知ったような気分になる。ぼくって単純だ。もしかしてぼくのような人間がマルチ商法に引っかかるのかもしれない。今までの人生でそういうものに引っかからなかったのは単に運が良かっただけなのだろうか。それともあまりにもモテなかったせいでぼくに近付いてくる女はみんな詐欺師だという自己防衛本能が働いたせいであろうか。大概こういう勧誘をしてくるのは女の子だ。そう考えると一概にモテないのも悪いことではない気がしてくるのだった。

 まあそれはいいとしてミシャの自信がトルコキャンプでハイデュク・スプリトに80で負けたことへの不安を解消させてくれるのだった。やはり本当は強いんだ。まだ今は調整段階だからしょうがないんだと。こうして妄想はどんどんと突き進みリーグ戦での快進撃を目に浮かべるのだった。

 そういえば社長はインタビューで今シーズンはACLの出場を狙うと言ってたぞ。やっぱり期待できるんだ。さらにACLで優勝すればクラブ・ワールドカップへの出場が待ってる。アジアでもその名前を広め世界へと羽ばたいていく。何て夢のある話なんだ。そう、ぼくは夢を見ている。夢を見るのが自由なんだ。『ドリーミング・イズ・フリー』、ブロンディの曲でもあったよな。

 でもこうやっていかにも無垢なことを言っといて成績が悪いと一番に野次を飛ばすのもぼくみたいな人間なんだ。勝手に気分を昇華させておいて理想に叶わないと騒ぎ出す。何とも厄介なサポーターである。手が付けられないとはこういうことを言うのだろう。監督も大変だ。

 考えてみればミシャに対して就任した当初は絶賛したものだが2007年の降格ではクソミソに貶したものだ。確かにどう考えたって調子の悪いウェズレイを頑なに使ったとこなど理解不能な点はあったがその翌シーズン圧倒的な強さでJ2優勝を決めた時にはもうそんなことは忘れていた。ただ本当にミシャがやろうとしてたことが落ちてしまったことによって具現化できたような気もする。やはりここはトルコキャンプの続報を期待を込めて待つことにしよう。

 それよりも大変なことを思い出した。ぼくはサポーター会議の後近所のサッカースクールのコーチやら親御さんやらに今年のサンフレッチェは凄いらしいぞと言いふらしてしまったんだ。何てことをしてしまったんだ。これで成績が悪かったらぼくは恥さらしもいいとこではないか。やっぱり期待に添えなかったら大騒ぎしそうだ。ミシャよ、絶対に頼むぞ!いや、身から出た錆という言葉は知らないでもないんだが。

2009年2月 8日 (日)

遠くトルコへ想いを馳せて

2009/02/07 トルコキャンプ サンフレッチェ広島vsディナモ・ザグレブ アンタルヤ(トルコ)

 トルコ、そこは西洋と東洋の入り混じるとこ。市内にはモスクが点在しつつもレストランに行けば市民は普通に酒を飲んでいる。ここはイスラム教だがそれ程戒律が厳しくなく宗教を日常に感じない日本人にとっても馴染みやすいとこだ。そういえばトルコ人というのは顔を西洋人だが体形は日本人に似ている。性格も気さくでやはり日本人には馴染みやすいだろう。

 何だかトルコに行ったことのあるような書き方だな。いや、実を言うとぼくは一度トルコに行ったことがある。当時はまだトルコというと中東の端っこにあるくらいのイメージしかなく旅行会社もツアーで案内も出してなかった。あの当時都市は排ガスの煙に空気は汚れきっており、10m先が煤で霞んで見える程だった。そして道路のいたるとこで工事が進んでおり、近代化を進めているのが伺えた。現在、本当に都市国家へと変貌し日本からの観光も一般化してきた感じがする。

そんなトルコでのキャンプも7日目を消化した。このキャンプに行ったことのある人に聞いたが辺りはサッカーの練習場以外何もないとこのようだ。当たり前といえば当たり前だ。そもそも遊びに行ってるんじゃないんだから。だけど遠く海の向こうで記事によって送られてくる情報に目を通すと現実から目を背けたくなるものだった。期待も大きかった。それだけに日々こなしていく練習試合の結果は芳しくなかった。

中でもハイデュク・スプリト戦はショックだった。80、何かの間違いかと思った。練習試合、調整中、前半はサブ組中心だった、色んな言い訳を考えたがそれで気を持ち直すことはできなかった。大丈夫か?やっぱり所詮はJ2にいただけはある。あの圧倒的な強さは弱い相手だけにしか通用しなかったんだ。あの流れるようなパスワーク、ぼくはあのサッカーはJリーグに革命を起こせるとさえ思った。やっぱり弱かったのだ。そういう現実から目を逸らしたくぼくはカッパドキアの地下都市のことやジジカバブや地中海の青い海のことばかりを考えるのだった。

ただ、その後は強豪ディナモ・ザグレブに善戦したとか自慢のパスワークで相手をやきもきさせたという記事が来るようになった。やはりハイデュク・スプリト戦は何かの間違いだったと気を持ち直すことができた。といってもまだ勝ったという情報は流れてこないのは事実だが。

とはいえ2007年のキャンプでは連戦連勝を重ね今年は期待できるぞと息込んだもののあえなくJ2降格。実はその時の対戦相手は弱いとこばかりだったというのが後になって分かった。それを考えると悲観することもない。2008年だってキャンプでは負け続けたにも関わらずゼロックスで鹿島に勝つという快挙を成し遂げた。結局練習と本番は違うということだ。リーグ戦なんてやってみないと分からないというとこに行き着くのだった。

こういうポジティブな思考になったのはもう一つ理由がある。実はペトロビッチ監督は相当な自信を持ってるというのをクラブ関係者から聞いたからだ。そりゃ自信のない監督なんていないだろうがぼくの期待感は膨らんでしまった。というかぼくにはこの監督に結果を出して欲しいという気持ちがあるのだ。

でもそろそろトルコでの試合も勝ったという情報を聞きたいよな。そこはサポーターの心理でどうしようもないとこだ。トルコってやっぱり遠いよな。ぼくも観光としては素晴らしいが2度と行きたくないと感じたのはそこなのだった。飛行機の10時間はもう堪えられないのだった。

2009年2月 5日 (木)

The Dark Side of the Moon

2009/02/05 キリンチャレンジカップ2009  日本vsフィンランド 国立競技場

 かつてFMラジオでは音楽専門番組が多くプログレッシブ・ロックの特集なんて今では絶対やらないような企画もやっていた。1曲が長く難解な内容が多い為曲を流した後DJ自身が「リスナーの皆さん起きてますか」などとコメントしてたものだ。大好きなロックだが眠気を誘う世界が存在するのだ。血肉踊るような躍動感が売りのパンクが登場したのはこういったプログレッシブ・ロックの後だったというのはある意味必然だったのかもしれない。

 岡田監督の日本代表はプログレッシブ・ロックに似ている。もはや試行錯誤の段階も終わってメンバーも固まったようである。もはや監督の意に沿った試合をしてると言っていいだろう。だがそこには激しくなる感情の起伏も本来サッカーの持つ躍動感といったものがなかった。平面的、どこまで行っても地平線のような無の世界を歩いてるようだった。時々入るゴールが多少の起伏を与えてるくらいだった。

 まるでこれはピンク・フロイドのアルバム『狂気』。真っ黒な中プリズムの光だけがプリントされたジャケット。訳が分からない。そして中身はもっと訳が分からなかった。訥々と音が流れてたまに目覚まし時計の音などでハッとする。そしてその内に異世界へと導かれてしまう。そう、それは睡眠という異世界だった。不眠症治療にはもってこいの音楽だ。

 フィンランド戦、まさしくこれはプログレだった。それもキングクリムゾンやイエスといったものではなくまさしくピンク・フロイドである。そこに何か壮大な意味が隠されてるのかもしれないがそのメンバー選出にはとても理解不能だった。そして時々ゴールを入れたもののそれこそ目覚まし時計の音でしかなく結局ぼくは異世界へと導かれてしまった。凄い、岡田監督も多大なる才能を持ってたということだろう。

 でもぼくはパンクが好き。この代表が相容れないのはしょうがないことだ。日本代表のパンク・ムーブメントはいつ起こるんだろう。勝って嬉しい、負けて悔しい、そんな単純な感情を味わいたい。そう、パンクは単純なんだ。3コードで3分で終わる、そこにはその限られた材料を最大限生かそうという純粋なスピリットがあった。スピリット、躍動感、激高、やっぱり今の代表にはない。

 今の代表をピンク・フロイドに例えたが不思議なことに映像を見るとちょっと色彩が暗いような気がして本当に月の裏で試合をしてるような感覚に囚われるのだった。といってほとんど試合について触れてないがしょうがない。だって本当に寝てしまって何も覚えてないんだもん。

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