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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2008年12月27日 (土)

休業のご案内

3日前から高熱に掛かってしまい治るまでブログの更新を休止します。みなさんも体調には充分気をつけてください。

2008年12月22日 (月)

It’s only Sanfrecce

2008/12/20 第88回天皇杯全日本サッカー選手権大会_準々決勝 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 岡山県陸上競技場 桃太郎スタジアム

 一夜明け敗戦のショックが和らいだかと思いきやまだずっと引きずりこんでいた。まるで胃の中を寄生虫にでも食いちぎられたかのような軋みがする。体調が悪い。これってもしかして本当に身体が悪くなったんだろうか。といって朝食はしっかりと食べることができ単なる精神の落ち込みだというのに気付いたのだった。

 たまらなくタイセイさんに電話する。

「いや、どうも。昨日の試合は・・・」

 ここまで来てぼくは言葉を失った。

「いやあ、昨日はねえ。フランサにやられちゃいましたね」

 そうだ、最後の失点はフランサ一人にやられたようなものである。

「でもフランサが出てチャンスのような気がしたんですけどね。だってフランサって全く守備しないじゃないですか。だからボールさえ廻してれば却って助かるんですけどね。そういう状況を使えなかったというのもやっぱりそういうレベルだったということなんでしょうね。特に桑田と高柳、やっぱり通用しなかったですね」

「高柳はねえ、辺にスルーパス狙ってカットされてましたからねえ。そういえば高柳ってサンフユースの最高傑作と言われてたんですよ。どうしてこうユースの最高傑作って大成しないんでしょうかね。ガンバユースの家長とか」

「前田俊介もその部類に入りそうですね。そういえば楽山も服部と比べたら駄目でしたね。左から全くと言っていい程クロスが上がらなかったですよね。前へ切り込むこともなかったし。服部ってこれまで散々言われてたけどやっぱりレベル高い選手だったんですね」

「いなくなって分かりましたね。あまりにもいつもいるんでもう当たり前になってしまってありがたみを感じなくなってきたんでしょうね。楽山は右利きというのもあるんでしょうがあれじゃあ厳しいですよね」

「あと昭大、あの失点はないですよね。あれは絶対にアキのミスですよね。J1のチームでああいう失点をするチームあるんでしょうか」

 そんなことを言い合ってぼくは気分が晴れ・・・いや、ちっとも晴れなかった。ただあの試合を観た人はみんな同じことを思ってるんだという確認でしかなかった。これでぼくは準決勝のエコパへの遠征計画がなくなってしまった。一体この先年末までどうやって過ごせばいいんだろう。

 そんなどんよりとした朝だったがぼくは日曜の日課としてサッカーの練習に出掛けた。中には天皇杯のことを言ってくる人もいた。だけどほとんどが何事もなかったようにごく普通の1年の内の1日という雰囲気だ。こうやってサッカーの試合で悲嘆に暮れたり愚痴を言い合ったりしてるのはぼくだけなのであった。

 そんな時ふと思うのだった。一体何でぼくはここまで一つのサッカーチームの勝敗を巡って一喜一憂しなくてはいけないんだ。所詮他人がやるサッカーではないか。一歩下がって考えてみるといかにもバカバカしい。だけどそんな時ローリング・ストーンズの『It’s only Rock’n Roll』を思い出すのだった。

たかがロックン・ロール

だけど俺はそいつが大好きさ

 そう、たかがサッカーなのである。そしてたかがだからこそ夢中になれるのであった。

2008年12月21日 (日)

Like Paper in Fire

2008/12/20 第88回天皇杯全日本サッカー選手権大会_準々決勝 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 岡山県陸上競技場 桃太郎スタジアム

 そのショックは計り知れなかった。期待する試合、夢見るタイトル、そしてJ2という屈辱に満ちた1年への決別、そういったものを見事に打ち砕いてくれた。それがサッカーでありサンフレッチェらしい。まだ準々決勝だったが手が届きそうなとこで燃えてしまった紙のようだ。

 ぼくはマツダさんの家で観戦した。寒い日だった。それともぼくが寒がりなんだろうか。どこに行っても寒い寒いと言うぼくは不思議な目で見られるのだ。その癖暑いのも苦手だ。その為ぼくが快適に過ごせる気温というものはごく限られてる。恐らくぼくは地球に異変が起こったら真っ先に死んでしまうのだろう。

 そして試合後のぼくは死んだような、まさに抜け殻のようになってしまった。マツダさんの「勝てた試合だったね」という言葉に辛うじて助けられたのだった。辛い、辛い、負けるってことがここまで辛いこととは思わなかった。ぼくは、ぼくはこの1年の間にすっかり負けるということに免疫がなくなってしまったようだ。大勝、そして思い通りの戦い、そういったものが当たり前になってしまったのだ。厳しい、やはりJ1のチームは厳しかったのだ。

 しかし予想以上にカズ、森脇、服部の不在は大きかった。そして浩司、柏木の体調不良が出場に制限を掛けられたというのも大きかった。これがJ2であれば残ったメンバーで何とか勝つことができたんだろう。だけどJ1相手には通用する選手と通用しない選手がハッキリとしてしまった。よくもまあこれだけ大切な試合で選手層が薄くなるものである。そこがまたサンフレッチェらしい。

 負けた原因はシュートだろう。実を言うと1回ゴールラインを割った場面があったのだがスローで録画再生をしないと分からないくらいだったのでしょうがない気がする。ただ、それでも柏はそのギリギリの状況でディフェンダーがボールをクリアした。そういう粘っこさ、ゴールの最後の最後の場面で食い止めるという気迫がサンフとは違ったという気がした。そうでなければ最初の2失点はあり得ない。あんな簡単に失点するというのは1点の重みを分かってないということだ。それもJ2にいたことでいつでも点が取れるという癖が付いてしまった。そしてそのためにサンフレッチェがとんでもない強豪チームのように錯覚してしまったのである。時として現実は残酷なものとして目の前に現れるのだった。

J2ってしょうもないミスが多いよね。勝手にミスしてくれたりするのがあって、それが嫌だったんだよね」

 マツダさんはそう言った。その通りかもしれない。

 これでもうシーズンは終わった。これでぼくが静岡のエコパに行くこともなくなった。エコパには本当に縁がない。他にも仙台スタジアムとか縁のないことには悉く縁のないものなのだ。もしかしてサンフが負けたのは準決勝でエコパに行こうとしてたぼくのせい。そうかもしれない。少なくともそう思うことの方がぼくは気分がらくなのだった。

2008年12月20日 (土)

遠い岡山への想い

2008/12/20 第88回天皇杯全日本サッカー選手権大会_準々決勝 柏レイソルvsサンフレッチェ広島 岡山県陸上競技場 桃太郎スタジアム

「明日岡山行くんでしょ」

 マツダさんからの電話に言葉を失ってしまった。確かに現地まで行くと公言してた。が、何かと出費の多い年末に加え岡山への交通費の高さに断念してしまったのだ。せめて広島開催なら。というのも広島も岡山も行くのに値段が変わらないのである。何だか勿体ない気がする。旅行パンフレットを手にした時やるせない気分になった。これだったら円高の進む今、海外の方が安い。いっそのこと海外で試合をやって欲しかった。といってぼくはパスポート持ってないんだけど。

 それらの説明をした後マツダさんは救いの手を差し伸べてくれた。

「じゃあうちに来なよ」

 ぼくがCSはおろかBSにさえ入ってないのを気遣ってのことだった。ああ、良かった。これで試合は観ることができる。そしてその前に鳥栖戦も放送してるから早めに来ていいとこことだった。まあこの前何人かの仲間と集まって話をしたというからまた新しい話が聞けるだろう。電話で話してると通話料ばかりかさむので行った方がいいのだ。

 桃太郎スタジアム、ぼくは映像すら観たことのないスタジアムだがどうなんだろう。何でもゴール裏が平坦で最前列しか見えない、来期J2への参加が決まったファジアーノ岡山のホームグラウンド、岡山駅からのアクセスがいい、そんなことくらいしか知らない。そして調べていく内にアウェイ・バックスタンド、つまりサンフレッチェ側のチケットが完売したということだ。ということは西が丘のような状態になるんだろうか。いや、柏のサポーターが岡山まで大挙してやって来るとは思えない。まさにホーム状態だろう。広島の隣なんだからホームになって当然だろう。だけどアウェイ扱いなんだよな。これがまた天皇杯のミステリアスなとこであるのであった。

 ただ、この試合は苦しい。カズと森脇が出場停止。服部が急性虫垂炎で離脱、青山、浩司も体調が悪かったのかしばらく練習メンバーに名前がなかった。どうしてこういう時にメンバーが揃わないのだと嘆きたくなったがよく考えてみれば今シーズンまともにメンバーが揃ったのはごく僅かな期間だったのであった。そんな中でも出場したメンバーで結果を残し逆に選手層の底上げができたのだ。そういう肯定的な目で見ることにしよう。

 といってそれで負けたら負けたでマツダさんと愚痴のオンパレードになるのは目に見えてる。お互い酒を飲まないのだが酒も飲まないのに酔っ払いよりも手の付けられない状態になる。ああ、恐ろしい。いっそのことお笑い芸人がやる、紅潮した顔のメイクでもやろうか。サンフレッチェがなければぼくもずっとマトモな人間でいられただろう。

 でも、パンクが好きでパンクファッションで身を包んでたことのあるぼく、それでなくってもあんた狂ってるからと言われるのは目に見えてるのだった。

2008年12月17日 (水)

合同トライアウトに参加した結城さん

 結城耕造が合同トライアウトを受けたらしい。レンタル元の千葉が戦力外通告をしていることからてっきりサンフレッチェがそのまま獲得するものだとばかり思ってたらどうやら事情が違うようである。それとも結城がサンフを選ばなかったのだろうか。フルメンバーが揃った状態だと試合に出れないというのは見えてるだけに結城の意思でトライアウトを受けたということも考えられる。まあその辺は様々な推測をするしかないのだ。

 紫のユニフォームを着た結城、以外に似合ってるなという印象だった。DFの選手が怪我や累積警告で出場できない時チームを助けてもらったという気はする。そんな結城のプレーを思い出してみた。ゴール0、前に出るが森脇、槙野のような突破はできない、PK献上、何か嫌な記憶ばかり甦る。印象としては決して悪くないのだがどうして良い記憶がないのだろう。

 そもそもミシャは結城のことを評価してないのだろうか。ストッパータイプを嫌うミシャにしてみれば好みのタイプではないのだろうか。その反面徳島にレンタル移籍している西河は帰ってくるという情報もある。西河こそミシャのスタイルに合わないと出された感があったのだが。外から見てるだけでは分からないものがあるんだろうか。

 DFというポジションについての評価は難しい。特にミシャのような監督はどういう感覚で選んでるのか理解できない時がある。カズのストッパーなんていい例だろう。しかも浩司でさえリベロをやったのだから。いや、逆に考えれば結城を差し置いて浩司に真ん中をやらせるくらいだからやはり評価はされてなかったのかもしれない。

 そんなにレベルの低い選手だと思わなかったのだが。合同トライアウトに参加するというのは寂しい気がする。でもよく考えてみたらサポーターの間でも結城さんと呼ばれることが多かった。他にもさん付けで呼ばれる選手、開幕直後実に不安定だった木寺さん、ゴールをすると地震が起こるという伝説を作った(その実それくらいゴールが珍しいという意味も含まれてる)大木さん、共通してるのは中堅以上のキャリアを持ち絶対的な存在じゃないということだ。誰も服部さん、下田さん、ストヤノフさんなどとは呼ばないだろう。

 こう考えると選手に付けられるさん付け、それは一般人とサッカーのプロ選手という非日常世界の狭間を彷徨う言葉ではないだろうか。だから通訳の杉浦大輔はたまにサンフの練習に加わるくらいサッカーが上手いのだが大輔さんと呼ばれる。こちらは格付けという意味合いが濃いのだが。

 ただこれだけは言える。戦力として微妙という意味で付いた“さん”の付いた呼称。どうでも良い存在には付かないはずだ。チームが変わっても大木の話題はたまに起こるし木寺も次なるチームが決まって欲しいと思う。そして結城もその動向が気になってしまう存在なのだった。

 でもこれで“さん”と呼ばれる選手いなくなるんだな。何か寂しい気がするのはぼくだけだろうか。

2008年12月15日 (月)

クラブ・ワールドカップへの道

2008/12/14 クラブ・ワールドカップ準々決勝 アデレード・ユナイテッドvsガンバ大阪 トヨタスタジアム

 アデレードにはACL決勝でホーム、アウェイ共完勝といっていいような結果を残しもう余裕と想われたガンバ大阪だったがこの試合は苦戦した。何せボールがつながらない。セカンドボールが拾われまくる状況に幻滅をしてしまった。これがJリーグで強豪と言われてるチームなのかと。だけどたった1ゴールで勝てた。良かった。とりあえずは面目はたったのではないだろうか。

 ガンバの応援をすることはJリーグの試合じゃないからというのは当然だ。ただし他のサポーターはどうなのだろう。ガンバに勝って欲しいと願ってるのだろうか。いや、負けて欲しいとまでは思ってないにせよそれだったらトヨタスタジアムにもうちょっと集まってもいいような気がした。この次のマンチェスター・ユナイテッド戦と比較するとこの試合は予選ぐらいの意味合いしか持たないのだろうか。まあそれもあるかもしれない。ここまでたどり着くのにそう簡単じゃなかったのに注目されるのは欧州王者との対戦となる準決勝からだというのもどこか理不尽さを感じるのだった。

 本当にこのクラブ・ワールドカップに付随することは理不尽なことが多い。トヨタカップの発展的解消として日本開催で定期的イベントとして始まったのだがその最初の大会でJリーグのクラブは出場しなかった。そしてその次の年も名前がなかった。それはACL出場チームが軒並み予選リーグ敗退という不名誉な結果で終わったからである。せっかく日本でやるのに日本のチームが出ない、興行的に盛り上がりに欠けるということで日本のゴリ押しで開催国枠が決まった。これでJリーグのチームも出るとこがきまったのだがその年に限って浦和レッズがACLで優勝してしまった。そして今回ガンバ大阪も優勝して自力での出場を果たしている。何とも間が悪い話であった。

 この大会に参加するクラブにとってはメリットが大きい。賞金の額もさることながらやはり地上波での中継があるというのも大きい。TVでの露出の少ないJリーグのクラブにとってみれば絶好のアピールの機会である。改めて今までACLをないがしろにしてきた代償は大きかったという気がする。

 でもどうなんだろう。この大会に参加できるならそれにこしたことはないが果たしてサンフレッチェのようなチームが参加するとどうなるんだろう。それこそ地上波での中継ということになると観てる人も多いのである。浦和レッズやガンバ大阪のように多くのサポーターでゴール裏を埋めることができると見栄えもするし格好も付く。だけどあまりにもTV栄えしない光景だったら、考えただけでも恐ろしくなった。もしかしたらこういう大会に出れるチームというのはそういう諸々の心配のないチームなのではないだろうか。まだ出場が決まった訳でもないのに出場した時の心配を抱えてたら上手くいくはずはない。サッカーはメンタルのスポーツと言われるが意外とこういうところで差が出てるのかもしれない。

 サンフレッチェもまだ天皇杯が残されてる。まだ次回大会への門は開いてる。来年のこの大会に紫の選手がプレーしてる姿を想像できるだろうか。そうするとゴール裏が・・・あ、そういえば次は日本での開催じゃないんだった。ということはサポーター少なくったってちっとも恥ずかしくない。ああ良かった、これで安心して夢を見ることができる。来年こそはサンフが出るんだ。

 でもそれはそれで海外まで行ってしまう人にとっては苦労が増えるだろう。サンフも段々価値観が多様になってきたと肯定的に捉えることにしよう。

2008年12月12日 (金)

楽山完全移籍

楽山、完全移籍に

 来季J1の広島は11日、J1千葉から期限付き移籍しているMF楽山孝志(28)を、広島が保有権を持つ完全移籍で獲得したと発表した。楽山は今年7月に加入。今季、広島ではリーグ戦10試合に出場した。

 熊本戦(11月30日)は右MF、徳島戦(12月6日)は左MFで先発した。広島は両サイドでプレーできる点を評価。千葉と交渉し、完全移籍となった。

 楽山は「サッカー観が合っているので、(7月に)広島へ来た。J1で力になりたい」と話した。

(中国新聞)

 予感はあった。シーズン途中のレンタル移籍、しかも千葉は残留争いをやって必要な選手であるなら他へ貸してる余裕はないはずだった。サンフレッチェも右サイドの人材に困ってはいたが少なくともああいう時期にチームを離れるということは千葉にとって必要とされてないのは明白だった。

 しかしこの楽山、加入した当初はとても微妙だという印象しかなかった。それもそのはず、やはり補強をしてきた選手というのはどうしても期待してしまうものだ。そしてその期待が大きいが為に実際のプレーを観て拍子抜けということはよくある。楽山もその例に外れなかった。

 サンフレッチェでのデビュー戦となった仙台戦、短い時間の出場だったが終了のホイッスルと共に歓喜の表情を浮かべたということだ。引き分けなのに喜ぶ、引き分けでいいはずはないのだが喜んでしまった。この空気の読めなさ、そしてチームの置かれてる状況の認識のなさ、この選手大丈夫なのかという不安が押し寄せた。そしてその後も帳尻あわせのように短い時間ながら出場するが特に印象に残ることはなかった。

 それが徐々に変わり始めたのはシーズンも終わってくる頃だった。天皇杯4回戦のヴェルディ戦ではどうしても1点が決めれない状況で最後に高柳へのアシストを決めた。あれは楽山がペナルティエリアに進入する動きがなければ生まれなかったゴールである。そしてこの時から高柳とのホットラインともいうべく仕事をやりようになる。まさに1試合に1回この2人で決定的な場面を作るのだった。それは単に観てる者が抱く漠然とした印象なんだろう。だけどその印象でぼくらは沸くのだ。いつしか楽山の力はこんなものじゃないと考えるようになってしまった。

 ジェフから移籍した当時から言われてたことだがこの選手、練習では凄いらしい。正に練習キングといった感じだ。それでもミシャは様子を伺いながら試合に使っていった辺り小野とは違った。試合ではまるで駄目なマルセロを頑なに使ったのは練習での凄さからだろう。だが試合しか観ないぼくにとってそれは到底理解できないことだった。どうしてあんなに能力のない選手を使うのかと。ミシャには色々と批判もあるが小野監督と比べてしまうと余程立派に見える。まあ監督の話はこの辺にしとこう。

 今楽山に足りないもの、それはゴールだと思う。動きに質はいい。だけど強引にシュートを打ってもいい場面でパスをしてしまう。それは本人も分かってるのか同じような状況になった時シュートを打つがディフェンダーに塞がれてしまったり結果が出てない。本当にあともう一歩だ。そのあと一歩が遠いのだ。

 楽山が本当にサンフレッチェの選手として君臨できるのはいつだろうか。ぼくは結構楽しみにしてるのだった。

2008年12月10日 (水)

2008年総括

 中国新聞に本谷社長のインタビューが掲載された。球団の意識改革、地元への浸透、観客動員に対する考察、どれを取ってもこの人がまともな経営感覚があることが伺える。元々オーナー企業からの出向ではなくて退路を断ってサンフレッチェの社長となっただけに本気度が違う。だけど逆に考えれば本気になればこんなこと当たり前だということも多い。いかに今までその当たり前のことができてなかったかということだろうか。

 J2に落ちて一番危惧したのは観客動員の減少だった。浦和や鹿島といったある程度のブランドを持ったチームとの対戦がないというのは試合をアピールする上で圧倒的に不利な条件だった。そしてJ2というトップではないリーグというのも大きな問題だった。いくら近年J2のチームが力を付けてきたといってもリーグそのもののブランド力のなさは致し方ないとこだった。

 それでも終わってみれば総入場者数227631人、昨シーズンより1万人多くするという結果になった。これは何を意味するのだろう。やはり社長の分析するようにコアな層が増えたということではなかろうか。実際にビッグアーチに行くと以前よりもレプリカ着用率が増えてるのは実感できる。

 まずはコアな層を増やすというのは熱心なサポーターが以前から指摘してたことだ。これでまずはこの目標は達成できたとも言えるしこれで安泰と考えるものあまりにもリスクがあるような気もする。本当の勝負は再来年であろう。J1へ上がる来年は注目度がある。だけどその1年を過ぎても観客動員を維持できるかといったら見えない要素である。実際前回J1へ昇格した時も翌年は観客が増えて段々と減っていったという実績がある。だからそこに歯止めを掛けるためにもコアな層を拡大する必要はある。

 いや、段々と分からなくなってきた。一体どうやったらサンフレッチェが人気になるんだろう。そんなこと今までにもずっと考えてきたことだ。だけどよく考えるとどうして自分が応援するようになったかを考えるのが一番手っ取り早い気がするのだった。

 みんな一人ずつ聞いてみたい。その為にも天皇杯準々決勝は勝って欲しい。だってそうじゃなければもう今年はみんなに会うこともなさそうなものだから。最後は何というこじ付けになってしまったんだろう。いずれにしてもまだ試合が残ってるような残ってないような今の状態って落ち着くようで落ち着かないという心理を促進するのだった。

2008年12月 7日 (日)

徳島戦~雪の降る最終戦

2008/12/06 サンフレッチェ広島vs徳島ヴォルティス 広島ビッグアーチ

 広島に雪が降るということを知らない人は多い。スキー場があると言ったら驚かれたことがある。特にこの日は寒く映像では雪が降ってるのが確認できた。犬飼日本サッカー協会会長がJリーグの秋春制への移行を検討してると躍起になってるが雪の問題は東北だけの問題じゃないのだった。西の広島でも大いなる問題となるとは犬飼会長も知らないとこだったんだろう。

 この最終節になってよりによって4人もの選手が試合に出れなかった。特に青山、浩司の欠場はこのチームの骨格を失うような気がした。それにより出場したのは橋内、岡本、楽山という普段出てない選手が3人も出てた。まあ楽山は前節でもスタメンで徐々にチームに馴染んできた感があるが後の2人はいきなりスタメンに起用するのには不安があった。期待はあるもののこのような継ぎ接ぎだらけのチームに出てきて大丈夫だろうかと思った。

 しかし、考えてみれば昨シーズン負け続けた中で最終節大幅にメンバーを入れ替えたら引き分け、勝ち点1を入れたという実績がある。勝ち点100、得点100という目標があったとしてもそれ以外に勝敗は関係ないということではここは新しい戦力を使うべくして使う場面かもしれない。

 結果的に3点入れての勝利は総得点100には1点足りなかった。槙野が決めていれば、寿人も決め切れなかった場面があった、久保のシュートが防がれたというのがあったがそれを言うならぼくはこれまでの試合での浩司と柏木のPK失敗が大きいと思う。1年を通してみればこういうチャンスを逃した場面というのは結構あるのだった。

 最終節、12,943人の観客は期待外れだった。雪が降ったからしょうがないという理由もたつ。だけどぼくの仲間は何人かこの試合の為に広島まで行った。東京から広島まで行くのに広島にいるのに寒いから行かない人が大半というのはやはりサンフレッチェが広島から遊離している存在だという気がする。勿論良くはなってる。良くはなってるがもっと地元で注目されてもいいのにと思うのは贅沢な発想なのだろうか。

 もうすでに千葉に住み7年になるぼくだが近所の人はぼくがサンフレッチェを応援してるということを知ってる。サッカーに詳しい人は今年はぶっちぎりの昇格でしたねとこの1年の健闘を称えてくれることがあるがそんな時誇らしい気分がするものだ。だけど当の広島では地域一帯がそういう雰囲気になってないというのが少し寂しい気がするのだった。

 でも何事もすぐには大きくならない。逆に急に大きくなったものは崩れやすいという特質もある。ここは一歩一歩、少しずつ進むのべきなんだろう。何だか最後は観念論みたいになってしまった。

 いずれにしても勝ち点100、総得点99、立派な数字だと思う。来年J1で旋風を起こしてやりたい。そして観客動員でも旋風を起こしてやりたいと願うが関東に住んでるぼくがそんなこと考えるのはちょっと奇妙な気もするのだった。

2008年12月 6日 (土)

ぼくの金銭事情

2008/12/06 サンフレッチェ広島vs徳島ヴォルティス 広島ビッグアーチ

 リーグ最終戦。もはや消化試合なのだがどれくらい客が入るのだろうか。Jリーグ公式サイトのチケット販売状況では30%~50%の売り上げがあったがこれがあんまりあてにならないのが実際に自分が行ってみた試合で経験済みだ。これくらい前売りが売れてるんならかなり客が入るだろうと思いきや13千人くらいしか入らなかった。もっともビッグアーチで13千人も入れば良い方だ。それもちょっと寂しい気もするのであるが。

 人伝に現地に行く仲間がいることも聞いた。正直ぼくも行こうかとも考えた。だけど断念したのはやはり4万円近く掛かる出費にはそう易々と行動ができないというものだった。もしぼくの実家が広島ならまだ行くにも理由ができる。だけど1試合だけの為に行くとなるとやはり負担が大きいのだった。

 ぼくには夢がある。それはデカイ薄型TVを買うということだ。未だに24型のブラウン管TVを使ってるぼくとしてはこれは買う理由がある。いずれにしたって2011年までには買い換えないといけない。だったらもっといいやつにしよう。Jリーグが観れるTVにしよう。その為には4回広島に行くのを我慢すればいいのだ。何て合理的な考えなんだ。

 ただ、デジタル放送だが実際に2011年に移行できるのかどうか疑わしい面もあるようだ。全世帯への普及率がまだ50%いってないらしい。これは移行直前になってラッシュのように買い替えがあるのだろうか。それともまだ実感が沸かず何にも考えてない人が多いということだろうか。まあTVなんて多チャンネルになる必要がないと考えている人が大半なのかもしれない。そもそも平日仕事をして休みの日も出掛けて実際にTVを観る時間なんてごく限られてる。それなのにその限られた時間で何チャンネル見られようがあまり意味をなさないのだ。今はネットも普及しTVだけが娯楽という訳でもない。本当にそこまで普及させるにはイギリスのドラマ『マックス・ヘッドルーム』のようなTVと一体化したような社会にならないといけないということではなかろうか。

 文明というかテクノロジーが発達して便利になったようでいながら却ってそれに伴う負担も増えてる気もする。例えば携帯電話が普及していつでもどこでも連絡が取れるようになったが結局その料金を払う為に何かしらの娯楽を削らなければならない。その分余計に働かなれればならない。それって相対的に生活を豊かにしてるんだろうか。文明の発達にはそういった背反性があるというのは夏目漱石が文明論の中で記したものだった。

 ここまでカバチをたれたのも結局はぼくが金を掛けたくないという本心に理屈を付けたかっただけなのだった。ここにきて世の中不況になってきた。ぼくにもいつ解雇の言葉がやって来るかも分からない。ぼくだけじゃないと思うがそんな中でよくみんな色んなとこへ遠征に出掛けたりするものだ。その精神たるや羨ましい。大体こうやって遠征に出る人はバイタリティに溢れてるので仕事でも上手くやれる人なんだろう。

 しかしちょっと前まで景気がいいと言われてたのにぼくの給料はちっとも上がらなかった。それなのに景気が悪くなると給料は下がるような話が出る。一体この会社の給与体系はどうなってるんだ。こうなったらtotoビッグに当選して当選金で毎節広島行きできるようになるしかないな。といってそのtotoビッグさえ買うのが惜しいと思ってるぼくなのであった。

2008年12月 5日 (金)

鉄人も病気には勝てない

服部公太選手の手術について

診断名
急性虫垂炎

 
本日(2008124)、広島県内の病院で虫垂炎の手術を行いました。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 アンディ・フグが死んだ時、無敵の格闘家も病気には勝てないという現実に愕然とするものがあった。が、もっと驚愕だったのはフグ急死というスポーツ新聞の見出しを見て誰がフグ食べて急死したのかとある女の子に平然と言われたことだった。結局格闘技にまるで接点のないような人にはまるで知らないことなのだった。ぼくだって格闘技はそんなに詳しくはないのだが。

 服部公太の手術、これこそ世間一般ではまるで相手にされない情報だろう。これでJ1J2通算の連続出場が218試合で止まってしまう。記録はいつかは止まってしまうものだがこんな形で止まるのは何だか勿体ない。だけどある意味こんな形だからこそ諦めもつくような気もした。

 左サイドの鉄人として君臨した服部だがカードを貰わない、体調を崩すこともない、パフォーマンスも安定しているというのは監督としては常に計算でき重宝する存在だろう。ただそのあまりにも安定した存在なだけに後継者が現れなかったというのも事実である。長い間正GKとして君臨した下田も怪我で戦列を離れた間に佐藤昭大という後継者にメドがたった。だけど左サイドとなると難しい。だれが務めるかと考えてみてもそれ程パッとした名前が浮かばないのであった。

 一時期は日本代表に選ばれてもらいたいとさえ思った。だが残念なのは選手としてのピークはチームがJ2にいた2003年だった。2人、3人と囲まれても突破をしてしまう前線でのドリブルは圧巻だった。それ程スピードはないのだが気付いたら抜いてるというような突破だった。それ故左サイドは最大のストロングポイントだった。まあ相手もそんなことは見抜いていて攻めるときは徹底的に右サイドを狙われたりしたものだが。

 そんな服部も2004年にJ1に上がるとパッとしなかった。その頃には怪我から明けた駒野の調子が良かった。服部がいいと駒野が駄目、駒野がいいと服部が駄目などと言われたものだ。その後やはり2003年の頃の輝きを放つことがなかったのは単にあれはJ2だからだったのかという疑念と共にもう落ちていくだけの選手のようにも思われた。そして後継者について考えなければいけない時期に差し掛かってると考えるのだった。

 そしてチームは2007年にもう一度J2に降格、2008年はJ2での戦いとなった。が、そのJ2の舞台では服部は抜けていた。得点も4ゴール決めたがそれがいずれも質の高いシュート、しかもチームを救う得点だったりした。アシストは多いもののシュートが入らないという難点がありつつも日本代表にまで選出された駒野がJ1チームへ移籍したことが服部の存在を引き立たせたのかもしれない。それとも単にJ2だから自由にできるようになったのだろうか。

 今回手術したことにより最終節は出場できない。果たして左サイドは誰になるのだろうか。楽山が有力だがそれとて単に一時的なものとしか見れない。本当の左サイドの後継者はいつになったら現れるのだろうか。ここまで書くとぼくが服部の実力に不信感を持ってるようだが実を言うとぼくのレプリカの番号がずっと17番なのだった。

2008年12月 3日 (水)

柏木陽介の期待と不安

 Jリーグ2部(J2)サンフレッチェ広島の5選手が2日、広島市西区の球団事務所で1回目の契約更改に臨んだ。MF柏木陽介は200万円増の2000万円の提示に渋い表情。 「(他球団からの獲得打診が)あればしっかり考えたい」と移籍の可能性も示唆した。「納得していない」。柏木は約30分間の交渉後に漏らした。今季は2度のけがに苦しみ、北京五輪にも落選した。復帰後はリーグ30試合で4得点を挙げている。
 昨オフは数球団から獲得の打診があったが、広島への残留を決めた。1年でのJ1復帰を果たし「チームのために頑張ったことをもっと評価してもらいたい」と絞り出すように話した。

(中国新聞)

 契約の話は非常に繊細なのでこれについて言及するのは神経を使う。ただ、柏木の契約更新の慰留については大方の人が違和感を感じるだろう。そもそもそこまで言う程活躍したのかと。

 開幕前に怪我をしてしまい春から復帰するものの一行に上がらないパフォーマンスにぼくらは歯噛みしたものだ。柏木ってこんな選手だったっけ。これではJ2の選手に較べても見劣りしてしまう。背番号10が泣いている。わざわざ試合に出す必要あるのだろうか。柏木がいなくても試合には勝てる。それなのに出してもらってるのはミシャの温情だろう。ぼくはここまで柏木に拘るミシャはもしかしてあっちの気でもあるのではないかと思ったがそこはちゃんと娘もいるということで安心したのだった。

 いずれにしてもシーズンを通して4ゴール、これを評価しろと言われても困るのだ。PKのチャンスがあったのに見事に外してしまうナイーブさ、シュートを打てばいいのにパスを出してしまう、シュートを打っても決定力がない。これらは柏木の選手としての価値を大きく下げている。まだ高萩や浩司の方がゴールへの期待感があるのだ。

 こう考えると柏木の現状は実に曖昧だ。システムの中でフルメンバーなら柏木を入れるならカズをDFに入れないといけない、もしくは高萩を外すか、それとも寿人不在でゼロトップにするか。どれも難しい選択ながらもそれでもカズ、浩司、青山を外すことは考えられないという現状において果たしてチームでそこまでの存在感があるのだろうかという気がする。他のチームへ行って欲しくないとは思うがそれは感情的なもの、柏木が敵になると脅威というイメージがそれ程沸かないのだった。

 2007年、チームがJ2に降格するもよそからのオファーを断ってチームに残ってくれた。それは感謝をしている。だけどその後怪我をしてキャンプもまともに練習もできなかったことを考えればあの時残って正解だった。そして2008年になっても調子が上がってきたのは後半に入ってから。そんな状態の選手を移籍金を払ってまで取った選手として期待外れのレッテルを貼られるのは想像できるところだ。恐らくサンフにいなかったら試合にも出れずに無駄な1年を過ごすことになっただろう。

 以上は全てがぼくの想像だ。想像だけに何の信憑性もない。だけど一人の応援する者の気持ちとしてはそこまでゴネることはないだろうとなる。そこまで言うなら他へ行くのもしょうがないのではというのも正直なとこだ。

 でもその辺は選手でしか分からない事情もある。将来のこと、そして今シーズンのパフォーマンス、自分の考え、そういうものをひっくるめての判断だ。ぼくらはどうしてもゴールがないと大したことないと考えてしまう。だけどそれ以上のものがあると本人なりに主張するならそうかもしれないしそこは踏み込めない部分だ。だから納得するまで交渉すればいい。別に新聞に何を書かれようと来シーズンサンフレッチェの選手としてピッチに立ってたら応援するしよそへ行ってしまってもそこは個人のキャリアの問題だからしょうがないところだ。だけどサンフに残って欲しいのが本音であるが。

 柏木には本当の意味でのサンフの10番になってもらいたい。チームの中心、サンフの顔。日本代表の救世主となり代表でも欠かせない選手となる。そして試合を観たヨーロッパのクラブが高額の移籍金で獲得オファーを出す。その時こそ柏木がサンフを離れる時だ。

そう考える時もあった。今でもその期待は持ってはいるものの霞かかっておぼろげなるイメージとしてしか抱くことはできなくなった。サッカー選手は期待通り成長してくれるのなんて稀だ。むしろ現役でやってるということ自体幸せなのかもしれない。稀有な才能としてプロ入りするも芽が出なかった選手が大半なのである。

柏木には夢を感じた。そしてそういう夢というものは得てして肥大化するものだ。思い描いた夢とのギャップの狭間に柏木はいる。厄介な立場にいるものだ。でもやっぱり来年も柏木はチームにいるはずだ。そして今度はJ1でスペシャルな存在になるはずだ。柏木の一番の敵はそういう肥大化する妄想なのだった。

2008年12月 2日 (火)

木寺と戸田

 木寺と戸田に来シーズン契約をしないことが決まった。千葉にレンタル中の戸田については予想通り、そして木寺についてはすでに非公式に情報が入っていた。広島は去るが本人はまだ現役を続ける意思があるようでそれについては戸田も変わらないだろう。

 木寺が解雇で下田が契約更新というのは理不尽かもしれない。だがそこは生え抜きと移籍して来た選手の違いである。同じ能力なら下田を残して欲しいと考えるのは当然だ。ただこの場合下田がリハビリからなかなか抜け出せないというのが問題だ。結局1年リハビリに費やしてしまい来シーズンも治るかどうか分からない。非情に徹するなら下田を解雇するのだろうがそうしなかったのは判断として間違ってないと思う。

 2008年、サンフレッチェのGKは木寺で始まった。最初こそ不安定なセービングに肝を冷やされたが段々と安定感が付いていった。真正面に来た何でもないボールをキャッチしただけで拍手が起こるというおよそプロではあり得ない光景は少なくとも今までは見たことがなかった。そしてキックをすればコートの半分も跳ばない、しかもラインを割ってしまうという素人顔負けの精度。キックがヘタという意味ではサンフのGKとしてちゃんと伝統を守ってるGKなのだった。

 しかし、試合に出続けてる影響かいつの間にか木寺のプレーは徐々に安定し堅実なものとなっていった。明らかなウィークポイントと思ってたGKは手堅い存在となりこれでこのシーズンは下田が復帰しなくとも安泰という雰囲気になった。そして木寺が負傷をしたのはそんな時だったのだ。

 水戸戦での負傷。相手との接触で肩から落ちてしまった。駆けつけたトレーナーがバツのサインを出した時せっかく築き上げたものを崩されたような気がした。そしてピッチに立ったのが佐藤昭大、不安で不安でたまらなかった。木寺と較べて経験も少なければ見た目の迫力もなかった。GKは他のチームから補強するしかないだろうと思われた。

 それが大誤算だった。確かにGKの補強は行ったが昭大はなかなかだった。それどころかキックの精度は歴代サンフレッチェGKの中では間違いなく1位だった。相手のプレスも冷静にかわし見方へパスをつなげる。昭大になってGKからのパスが攻撃につながるというスタイルができていった。こういうのは下田では無理だろう。そして課題だった守備範囲の広さも試合を重ねる毎に広くなっていくのだった。

 もはやサンフレッチェにはアキがいる。そういう雰囲気になっていった。来シーズン木寺が昭大からポジションを奪うことはできないだろう。そうなると決して若くない木寺ははじき出されるのは当然だった。

 ついてなかったのだろう。そして昭大はついていたのだろう。サッカーは得てしてこういう理不尽なことが起きる。特に1人しか出られないGKは尚更理不尽なポジションである。木寺は来年どこかのチームでプレーしている姿を見れれば幸いだ。

 こうやってもう来年の人事に向けた話が出る時期になってしまった。それなのにサンフからは他にこれといった話が出ない。これは天皇杯があるせいだろう。やはりあまり早くから人事のことを発表したチームというのはもう今シーズンは終わったという印象を持ってしまう。そういう状態になったチームはどうしてもモチベーションが低くなる。このモチベーションの低さが天皇杯の試合の質へ影響を及ぼすとこれまで何度も問題になったものだ。

 実はこのモチベーションの問題になるとこの時期のサンフは強いかもしれない。Jリーグの中でも比較的選手の入れ替えの少ないチームである。だからこそ3度も決勝まで進出したのだろう。そう考えると小野監督の時は入れ替えが多かった。それに比例して天皇杯ではまるで勝てなかった。見事な相関関係が成り立ってるじゃないか。

 木寺の話してるのに小野の名前が出てしまう。本当は名前も出したくないのに。ある意味恐ろしいまでにインパクトのある人だ。

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