無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月30日 (日)

熊本戦~上村引退

2008/11/30 ロアッソ熊本vsサンフレッチェ広島 熊本県民総合運動公園陸上競技場

 上村の引退試合。敵でありながら記念すべき試合である。熊本にしてみれば最終節となった最後のホームゲーム、集客もがんばって20,635人を集めた。上村を含めて4人の選手がこの試合で現役を引退するということでチームとしてのモチベーションが高い。そのような舞台でありながら正直なところサンフレッチェとしてみれば練習試合くらいのモチベーションしかないのだった。

 気持ちはすでに天皇杯。こうなってしまうのは致し方ない話だ。ストヤノフ、森脇が出場停止であるもののそういう事態を想定した試合ができるという余裕は声に出さないでもあった。実際寿人が先制するも同点にされてしまった場面があったがミシャの表情は穏やかだった。やはり背負うものがない試合はこんなものだろう。 

ただ、引き分けになったことによって精神にギアが入った。見てるぼくにしてもそこでようやく焦りを感じたのだった。数々あるチャンスをGKの好セーブや鬼気迫るDFによって阻まれてしまった。その中心にいたのは上村だった。途中出場であるがこの試合に懸ける気持ちは強かったのだろう。簡単に考えていたが熊本のDFは思った以上に堅いのだった。

「どうせだから上村のロングスロー見たいな」

 一緒に中継を観てたタイセイさんが言った。

「もうできないんじゃないかな。怪我を繰り返したから」

「そうなんでしょうかね」

 実際上村はヴァレリー監督になった2000年からロングスローを見せてない。恐らく監督に封印されたんだろう。そして実践でやってない内に怪我で戦列を離れ本当にできなくなってしまったのだろう。全ては想像でしかないのだが。

 上村に弾き返される。そんな気がしたが最初から出てないのが不思議だった。もしかしたら90分は持たないという判断だったんだろうか。

 引き分けだと勝ち点100が実現できない。だがどうもパスがつながらない。いつもとメンバーが違うせいだろうか。柏木がよくボールに絡むがシュートが打てない。だんだんイラついてきた。オラ、そこでドリブルしてシュート打てよ。そんなことを叫んでたらゴール前に緩いボールを放り込んだ。何という適当なボールなんだよと思っていたらその落下地点で寿人が蹴りこんだ。フワッ、ビシッという感じでゴールに入った。ああ、柏木はあれを狙ってたんだ。

 これでスコアを12とすることができタイムアップ。ギリギリ勝てた。もっと楽勝するはずだったが考えてみれば今期熊本との試合は全てギリギリの試合なのだった。それでも途中までは11の引き分けでもOKだった熊本に引導を渡した。夢を砕いたという意味では良かったのではなかろうか。何より勝てばいいのだ勝てば。

 試合後ピッチを一周する上村はサンフサポの前で上村コールを受けた。涙ぐんでたが最後の試合がサンフとの試合だったからこそあった光景であった。幸福な瞬間だったんじゃないだろうか、上村にとってもサンフサポにとっても。この試合を糧にして熊本の今後の発展を期待したい。

 でもこの引退セレモニーの時にはすでに来場者の半分はスタジアムを去っていた。まさに一見様の行動だ。最終節ということで動員を掛けたんだろうがこの日来た客がリピーターとなってくれるかどうかは疑わしかった。それ以上にこの日の観客動員がサンフのホームで実現できてないことに愕然となるのだった。早々にJ1昇格、J2優勝を決めたとはいえまだまだサンフも課題が多いのに気付くのだった。

2008年11月26日 (水)

熊本戦~高橋と上村

2008/11/30 サンフレッチェ広島vsロアッソ熊本 熊本県民総合運動公園陸上競技場

 高橋泰、上村健一。熊本といって頭に浮かぶのはこの2人の名前だ。どちらも2003年の昇格には貢献したメンバーだ。そして昇格と同時にチームを離れた選手である。この辺がサッカーの理不尽さである。サンフレッチェの期待の星のような存在だった高橋、日本代表にも選ばれるも靭帯損傷でW杯の夢を絶たれるも復帰を果たしてサンフの守備に貢献した上村、どちらもサンフの顔のような存在だっただけにその素気ない戦力外のやり方に違和感を憶えたものだ。その戦力外とした人物とは紛れもなく小野剛なんだが。こういう空気の読めなさもこの人の嫌いなとこだった。

 ただ、高橋においてはその後J2大宮にレンタル移籍するも芳しい成績は上げれなかった。当時の三浦監督は高橋のことを買ってるらしくシーズン前半はスタメン起用だったものの次第に出場機会を失っていった。いつかはブレイクしそうであってブレイクしない、それが高橋だった。そしてJ1の千葉に移籍するも出場はなし、とうとうJFLの熊本に落ち着くのだった。

 都落ち、そういう感覚は拭えなかった。やっぱりJリーグでは通用しないのかと寂しい気持ちと小野の判断が正しかったと認めざるを得ないという理不尽さに複雑な思いがあった。が、熊本で試合に出ている内に得点感覚に磨きが掛かったようで得点ランキングの上位に名前を出すようになった。そして熊本のJ2昇格という仕事をやってのけたのである。高橋は自らの手でJリーグに戻ってきたという点においては評価していいのではないだろうか。

 ただJFLからJ2へステップアップしたもののJ2でも活躍できるのか不安はあった。だがそれも得点ランキング上位の成績を残すことになり十分通用したのである。この得点力が5年前にあればとも感じるが逆にもう5年も経ってしまったのかという気もする。選手としてピークの年齢にJ1でプレーしてないというのが何とも勿体ない。だがその陰に期待されつつも消えてった数々のサッカー選手のことを思えばまだ幸せなのかもしれないという理想と現実に揺れ動くのだった。

 そして上村健一である。2002年、サンフレッチェは上村のせいで降格したとも言える。守備のリーダーだった上村が怪我で戦列を離れたのは精神的にダメージが大きかった。そして終盤に復帰するも残留の掛かった最終戦では足を引きずりながらプレーをしたのが印象的だった。あの判断には満足なプレーができないなら自ら交代すべきだったという意見もあるしその心意気を買うということもできるし難しいところだ。だが少なくとも監督は交代させなかった訳だし一概に上村のせいという訳でもない。ただその試合で5失点した責任はDFならないとも言えないし上村で始まって上村で終わった1年だったという気もした。

 その上村、チームがJ2に落ちるも早々に残留を決め再度昇格させるべく奮闘する。が、どこかおかしい。以前のフィジカルの強さがない。やはり怪我の影響なのだろうか。この当時ぼくの周りでは2回も靭帯を断絶したために足が痛くてしょうがないなどという噂が誠しやかに囁かれた。多分今シーズンで引退だろうと言われたが結局あれから5年も現役を続けたことになるのだった。こちらは長い期間がんばったという気がする。

 サンフがもっと人気が無くて見向きもされない頃にチームを支えてきた2人、色々な想いはある。だけど試合となれば勝たないといけない。というより高橋にだけは点を入れさせたくない。そして上村に押さえられたくない。この心理は一体どういうことなんだろう。実に不可思議なサポーター心理なのであった。

2008年11月23日 (日)

草津戦~そこにサンフのある限り

2008/11/22 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 昼過ぎにドクトルと呼ばれてる仲間の家に観戦に行った。ドクトルの家のTVは大きかった。おお、この画面で試合を見れば臨場感あるなと思ったもののスカパーはアナログ放送のため画面の両端が切れてるのだった。画面が大きいだけに尚更物足りない気がする。来シーズンからJ1の為e2スカパーでも放送が観れるということなので来年は契約を切り替えると言っていた。

 画面に映った広島ビッグアーチ、何だか人が少ない気がした。確かに消化試合だが広島の人はもはや興味の対象ではないのだろうか。あの西が丘でパニックになりそうなくらい満員のスタジアムを経験した身としてはやはりホームとアウェイの温度差を感じてしまう。あの関東での熱気をホームに持ち込めないものかと思ってたらスタンドのアップの画像に知ってる顔がいくつも映っていた。関東からも結構行ってるじゃないか。3連休だもんな、行けるよな。行きたかったよな。

 だが試合はぬるかった。どうせ草津相手だ、楽勝だろという雰囲気で満ちていた。それはもしかして浩司がリベロをやってるからそう見えたのかもしれない。出場停止のストヤノフとカズの代わりに浩司が最終ラインの真中にいるということは見てる方としてはとても違和感があった。そしてそれ以上に本人に違和感がありそうだった。いつもならやりそうもないパスミス、判断の迷いが多かった。そしてそれが相乗したのかチームもいつものパス回しが見られなかった。おかしい、今日はおかしいぞ。

 そして先制を許してしまうともう余裕はなくなった。負けるかもしれない、そんな考えが頭に浮かんだ。そしてストヤノフとカズがいないと試合にならないという現実を突き詰められた。ミシャはCBを攻撃の基点と考え一番ボールを失わない、そしてボールの供給できる選手を置くのだろうがチーム2位の得点力を持ってる浩司はDFとしての適正はどう考えてもなかった。ただそれでも高萩が綺麗な弾道のシュートを決めた時はホッと胸を撫で下ろしたのである。

 後半に入り結城がDFに入った。やっぱりミシャも上手くいってないと思ったみたいだ。だが安心した。これで浩司も前に上がって本来のプレーができるだろう。その後寿人がPKを取る。槙野が十八番である後ろ向きから振り向いて蹴るキックを決めた。何だかGKに取られそうな気がしたのだが意外とGKも読み辛いのかもしれない。

 こうして逆転してからはまた気分に余裕が生まれた。やっぱりこうなるんだろう、草津もここまでだな。選手が本来のプレーエリアに戻ったこともあり安心をしてたのも束の間、またしても失点をしてしまった。そしてこともあろうか逆転も許してしまった。草津に3点。あり得ん、考えられない。こんなんじゃJ1で通用する訳ない。この勝敗で何が変わるという訳でもない。だがぼくらは1J2にいることで負けるということに免疫がなくなったのである。

 ボールを持ってもパスがつながらない。やはり今日の浩司はおかしい。ロスタイム4分。長いが1点を取るには短すぎる時間だった。草津はもう守備に人数を掛けブロックを造ってる。あれを崩すのは難しい。セカンドボールが拾えない。苦しい、負けてしまうのか。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。そんな必死さからかペナルティエリアで槙野がシュートを打った。バーに当たった。ああ、そんな。だがその跳ね返りをまた槙野が蹴った。入った。入った入った。槙野やったよ。というか槙野何でこんなところにいるんだよ。DFとして3失点もしてしまった責任はあるはずだがここで帳尻を合わせてしまった。草津も勝てると思ってただけにガックリきていた。

 だがその後である。またしても草津に攻められたもののクロスの制度の悪さに助けられてボールを拾うことができた。そして前線の久保にボールが渡る。久保行け、シュートだと叫んだがボールをキープ。どうも昔の強引さがなくなった。これで時間が掛かってしまいもう駄目だという気がした。それでもボールを廻す。浩司に入ったボールは振り向いてシュートではなくそのまま後ろにパスをしてしまった。だがそこに来た森脇はしっかりとコースを狙ったシュートをゴールの隅に決めてしまった。おおお、モリワキーッ!

 ロスタイムに2点入れて逆転という演出をしてしまった。しかもその2点をDFが取ったんだなとドクトルは話した。そして今日行った人は楽しめただろうなとも。色々とあったけど試合としては楽しめたよね。そうだよ、9,194人しか入ってないのが勿体ないよ。でもそれを言ったらぼくも広島行き断念したんだよな。

 消化試合であって消化試合でない。そこにサンフがある限り何かがある。今のサンフレッチェにはそんな雰囲気があるのだった。だからホームの人、最終戦は一杯観に行ってあげてね。

2008年11月21日 (金)

草津戦~遠方での想い

2008/11/22 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 もはや意識は天皇杯、これがほとんどのサポーターの本音だろう。草津にしてみればもはや昇格もなくなったこの試合、どういったモチベーションなんだろうか。個々の選手にしてみれば来期の契約のことがあるので圧倒的な強さで昇格を決めたサンフレッチェに対して良いパフォーマンスを見せることができれば有利な契約に漕ぎ着ける可能性もある。そう考えれば単なる消化試合という様相ではなくなるだろう。サンフレッチェ以上に草津は必死になるのではなかろうか。

 ただ、サンフレッチェも勝ち点100という目標がある。どんなにがんばっても今シーズンはJ2の優勝という成績しか上げられない。それは屈辱以外の何者でもなかった。ゼロックスで鹿島に勝って優勝してもその次の試合はJ2の舞台だった。負けた鹿島はJ1でプレー。あの空しさは大きかった。そしてそのJ2における第1戦こそ草津戦だった。

 あの時、やはり降格したという敗北感を引きずっており、何とか勝ったという試合展開にやはり落ちるべくして落ちたんだと自己嫌悪に陥った。勝っても大して嬉しくも勝って当たり前、引き分けで敗北という精神状態だった。1試合の勝利が軽い。J1のような凌ぎを削るような感覚はなかった。J2で過ごすということは劣等感の塊であった。

 だが第3クールに入りチームが大勝を繰り返すようになると段々と楽しくなっていった。いや、そこに行き着くまでにもチームが徐々に調子を上げているのが感じられた。相手が弱いからここまで上手くいくのかとも考えられたがそれでも点が入るのは面白い。パスがつながる、色んな選手が点を取る、試合が攻撃的、いつしかこのサッカーができるようになったのもJ2にいたからだと考えるようになってきた。そして天皇杯ではJ1のヴェルディと川崎を破るという結果を残すことにより自信を持つことができた。J2に落ちたことは決して間違いじゃなかったと。だからこそタイトルに代わる何かを残したい。それが勝ち点100なのだった。

 その他にも総得点100という目標もある。そこまであと10点だ。3試合で10点とは高いハードルのようだがそうでもないだろう。というか達成できる設定だと信じ込んでる。サンフレッチェを応援しててここまでポジティブになれたことはあるだろうか。

 ビッグアーチでは『THANKS FOR ALL 記念コイン』なるものを配布するそうだ。毎度毎度こういう案内のハガキが来るのだがこれがもう嫌がらせのようにも感じてしまう。調度3連休だし広島行ってしまおうかと考えるじゃないか。折りしも世間は景気の減速傾向を憂う声がするというのにサッカーの試合のためだけに広島まで行くのはさすがに気が引けた。といってそれでも行く人は行くのだが。

 しかし、正直に言おう。金銭的な問題より大きな問題をぼくは抱えているのだ。自由に広島まで行くことができないとなれば金がないから行けないと言った方が気分が楽じゃないか。そう、ぼくは金がないのだ。金がなくって行けないのだ。そういうことにしてくれ。

 そこで今度はどこで中継を観ようか探すことになった。いつもお世話になってるタイセイさんはよりによってスカパーチューナーが壊れたらしい。別の人、と思ってたら上手く手を差し伸べてくれる人がいた。やはり持つべきものは仲間だったのだ。

 でもその仲間がこの前の天皇杯の川崎戦も観ようなどと言ってきた。ぼくも観たいとは思ってたがやはりみんな考えることは同じようだ。この狭き世界の共通理解、頼もしいと共に少し呆れるような気もするのだった。

2008年11月17日 (月)

川崎戦~長崎から、吉田からメール

2008/11/15 天皇杯5回戦 サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 長崎県立総合運動公園陸上競技場

長崎へ行った仲間からメールが来た。

暖かかったのですが、試合後急に冷えこんできました。

アップの時、みんな「槙野~」と言ってあげたら槙野が大きく手を振り返してて笑えました(紫熊倶楽部のインタビューで自分へのかけ声がなく物足りない気持ちがすると言及)J1って…来年はずっとこんな相手とやるのかと最初はびびって見てました。チョンテセ巧いな~ハンジェが代表呼ばれないのも仕方ない、と思ったが、テセは90分もたず(ハンジェも)。ジュニーニョ以外のブラジル人がうちをナメてたのも幸いしました。もっと早く大橋入れられてたら苦しかったかも。序盤からアオの好調が目立ちました。みんな前への意識が高く、パスが面白いようにつながる。ハンジェだけは気持ち引けて丁寧に行き過ぎてバランス崩してたかと。槙野も普段通り?上がれたし、槙野森脇イリアンすごく効いてました。ジュニーニョの裏をかく森脇とか見れて、どこにこんな頭の良さがあるのかと()。アキも反応さすがだし。守備は正直うちのほうが上?今日に限っては。広島ユース出身田坂がスタメンで浩司突き飛ばしたり、陽介削ってたのはショックでしたが。井川も何かやってたし。谷口も陽介にかなりガチガチきてました。審判がかなり無茶苦茶で、イエロー乱発は最初の基準を誤ったせいかと。森倒れて近くのアオにカード出したり。カード以外でもうちのチャンスに、うちの選手後方で倒されたからって相手ファウル取って止めたり。これは槙野が猛抗議。チャンスを止めたからには相手イエローでしょって。ピンチも(サンフレッチェコールをどれだけしたか)多かったけど、集中して守りきれましたね。2点目取ったら、34点いけそうな雰囲気もありました。久保を入れたタイミングもよかったです。この勝利の味は格別です!ヴェルディに勝ったときとは全く違う気分です。今日の試合を見た長崎の子供達がまたサンフレユース(県外では長崎出身が多い)に入ってくれたらいいな~と思います。

吉田に寄るとトモがリベロをやってた。

吉田行きの理由は携帯サイトの中野さんのレポを読んでいただくとして…。

いきなりトモをリベロに置くとは、いくらミシャでも考えがたい…。ミシャは期待する選手はとりあえずリベロに置いてみる?そういえば去年吉田で洋次郎リベロも見ました。横竹もやらされてたし…。でも、期待の表れというより、何か共通点があるんでしょうかね。ミシャは洋次郎は溺愛してないけど、出来が良いので仕方なく使っている気がします。

後からハンジェが怪我してたと聞いて、あのパフォーマンスも納得ですが、出る以上あれはまずいし、ミシャは楽山に90分任せるのは不安だったのだろうなと。それで代わった楽山は可もなく不可もなく、だから合格点だったと思います。

2008年11月16日 (日)

川崎戦~J1、J2の入り乱れ

2008/11/15 天皇杯5回戦 サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 長崎県立総合運動公園陸上競技場

 午前中の陽気はどこへやら、どんより曇った空の下、ぼくはフリースを着込んで歩いていた。天皇杯の放送を観るため仲間の家に向かっていたためフリースの下にはサンフの練習着を着ていた。それがフリースの下から中途半端に出ててもしかしたら不恰好かもしれなかった。といってそんなことを気にする人なんかいやしない。そして当の本人でさえもそんなのどうでもいいのであった。ファッションや見た目なんて気にもかけない、まるで世捨て人のよう。いや、一応仕事はやってるのでニートの部類には入らないのだろう。まあニートなんていったってその分類は実に曖昧である。夏目漱石の『こころ』や『それから』に出てくる人物はどう考えたってニートだ。昔からこういう人はいたにも関わらず現代病のように分析する専門家。まあ時として明確化した境界線は限りなくぼやけてしまうということだろうか。

 J1J2の対戦、当然のことながらJ1の方が有利であった。1年間レベルの違うリーグで戦ってきたというハンディがある。だからこの試合は厳しいと考えながらも行けるような予感もあった。そして試合が始まれば圧倒的なサンフペース。後ろから敵の出方を伺いながらパスを出しパスをつなげパスをしてパスをしてパスをする。そしてポッカリと空いたスペースでフリーでパスを受ける選手はまた前戦にパスを出す。そしてそのボールは中央、サイド、逆サイドとボールがつながり時としてシュートまで行く。選手達もJ1相手だと気負うこともなく実に冷静にプレーしている。これはまるでカテゴリーの違うチーム同士の対戦には見えなかった。

 高萩や浩司がシュートチャンスを捉えるも決められず頭を抱えた。逆にカウンターからシュートを打たれ肝を冷やす。そして佐藤昭大のセーブに勇気付けられる。敵のプレッシャーも平然と掻い潜る昭大に風格すら感じた。もしかして下田の後継者となれるか。下田も前川の怪我によってスタメンを確保した。そして昭大も下田と木寺の怪我により出場するようになった。不安で不安で仕方なかったGKだが昭大を見たいと思うようになってきた。

 圧倒的なボール支配から先制点はサンフレッチェだった。服部がクロスを上げた時、ペナルティエリアには4人の選手が向かってた。その時点でもうゴールの予感があった。そして浩司のシュートがGKに弾かれるも青山が頭で押し込んだ。中盤の底から長い距離を走ってる。まさに今のサンフを象徴する選手である。

 ただ後半は厳しかった。川崎のシュートの雨あられ。スタジアムも雨模様が強くなってきたがボールが滑りやすいという利点を生かしてとにかくシュートを打ってくる。それも昭大のファインセーブや運にも救われてやり過ごすと今度はカウンターをかけた。高萩が全くフリーでボールを受け全速力で駆け上がる。そして中央に入れたパスは走りこんでた浩司の脚にピッタリと合った。それまでシュートを外し続けた浩司は綺麗にゴールの中に蹴りこんだ。これが大きかった。攻められ攻められ攻められ続けた中で逆に追加点を決めたこと。点差以上に川崎に与えたダメージは大きかっただろう。

 その後も攻められ奪ってはチャンスも創ってという展開だがもう時間の進むのが待ち遠しかった。早く終わって欲しい。次第に口の中が乾き時計を覗き込むことが多くなった。この辺がJ2とは違うとこかもしれない。J2だともっと見たい、まだ試合よ終わらないでくれという感覚だった。久保も交代で出てきたがゴールを狙うというより時間稼ぎをするようになった。早く時間よ過ぎろ。

 ロスタイム5分。エエエ~、という声が出てしまう。特にプレーが止まった印象はなかったがこの異様に長いロスタイムの意味は何なんだ。何だかサンフの選手には安直にカード出すなとは思ってたがそれでも審判の判断なのだからしょうがないとは思ってたもののこのロスタイムだけはどうしても納得できなかった。だが少しずつ消え行くロスタイムの残り時間もやり過ごすことができ無事タイムアップの笛を聞くことができたのである。そして審判への不平不満は何もなかったように忘れたのだった。ついでにカズがカードを貰ったせいで準決勝には出場できないということももう忘れてたのだった。

 それにしてもやはりJ1との対戦は1試合の重さが違う。嫌な選手も多いしちゃんと試合の中で修正もしてくる。それだけに勝った時の喜びも多い。そして他会場では鳥栖が神戸に勝った。J2の中では一番手強いというイメージがあっただけにこの結果も嬉しかった。

 J1J2も入り乱れる、今年の天皇杯は面白い。そして準決勝の相手は柏レイソルに決まった。果たして会場はどこなのか。関東になることも結構期待してるのだった。

2008年11月15日 (土)

J1強豪、川崎との対戦

2008/11/15 天皇杯5回戦 サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 長崎県立総合運動公園陸上競技場

 例年になく熱の入る天皇杯。これが一足先に実質リーグ戦を終えた強みだろう。だけど川崎は本当に厳しいと思う。安易に勝てるというイメージが沸かない。ヴェルディ戦は相手が不調の真っ只中にいただけに勝つことを想定できた。そういう意味でこれこそがJ1との対戦という気がする。ここで勝つことができれば本当に自信になるだろう。

 だがなぜ川崎とここまで差が出てしまったのだろう。2003年には同じJ2で戦ってた。しかもそのシーズンにサンフはJ1に上がれて向こうは上がれなかった。翌年J1に上がり完全に定着してしまった。それどころか優勝争いに絡むようになりクラブとしての認知度も上がっていった。観客も1万人以上は常に入れるようになり抜かされたのは明白だ。その抜かされた理由は外国人の影響力が大きいだろう。毎年毎年川崎の外国人は外れない。前線に4人外国人を並べるのは日本人軽視のようだがむしろそれを売りにしてしまってるようなところもある。これはこれで新しいクラブのスタイルとして斬新であった。

 日本にはストライカーがいない。だから外国人を使うのだが下手をすると攻撃は外国人頼みというレッテルを貼られかねない。ある程度外貨を稼いだらすぐに帰ってしまう外国人、よそ様の力、助っ人、愛着を持つにはハードルが高い。だが川崎はそれをスタイルとして定着させたのはなぜか。それはジュニーニョのように結果を出す外国人が数年に渡って在籍するようになったからだろう。そして現在名古屋に在籍するマギヌンからでも分かるように他のチームが使いたくなる外国人をちゃんと連れてきてるのだ。だから毎年川崎の外国人は楽しみでもある。ここまで当たり外国人を連れてくるクラブは他に見当たらない。

 だが、川崎も最初は酷かった。トゥットなど在籍したが2000年のJ1昇格時にFC東京へレンタルで出してしまった。これはJ1では戦力として計算できないと見越したのだろうが結局FC東京で大活躍してしまい逆にその年川崎に来た外国人はどれも外れという憂き目に遭った。そして選手をとっかえひっかえやり繰りするもどれも機能せずそれがチームとしての一体感が出せずに1年でJ2降格、以後昇格争いはするものの昇格まではしないというはっきりしない位置に落ち着くようになった。

 結局そういう場当たり的な強化策では駄目だと気付いたのか、それとも親会社の影響力から独立できたのか川崎は2003年頃から徐々に変わりだして2004年にJ1昇格、以後着々とステップアップをするのだった。そして中心にいるのは昔からいる選手で幹が通ってる。その相乗効果か次々と選手の能力が花開いてるような気がする。そういえば昔松本育夫が社長をやってた頃ディフェンダーの寺田のことをいずれ日本代表になる逸材と評していたが本当になってしまったのには驚いた。当時は大袈裟なことを言うなくらいにしか思ってなかったのだが実はそういう選手を抱えてたということだろう。結局選手の育つ育たないはそのクラブに置かれてる環境が影響するのだろう。

 そういう意味でサンフレッチェも育成型のクラブ、負けるわけにはいかない。川崎が強力な外国人の攻撃力とそれに触発され頭角を現した日本人の力とするならサンフレッチェは外国人に頼らない自らの育成によって育った力である。こういう対比をできること自体Jリーグもチーム毎に特徴が出てきたなという気がする。いずれにせよ楽しみな対戦である。

 でも、正直言って川崎はこの試合大して気にかけてもないのだろう。色々な意味があるがそこがちょっと哀しいとこでもあるのだった。

2008年11月14日 (金)

日本サッカーの危機

2008/11/13 キリンカップ 日本vsシリア ホームズスタジアム

 圧倒的に攻めていたのに何かが違う。一体何なんだろう。日本が強いというよりシリアが弱いというようにしか見えなかった。そして後半に入り段々と日本も駄目になってきて低調な試合となった。正直サンフレッチェの試合の方が面白い。今までどんな人が監督をやろうと批判を集めてきた日本代表だが今回は批判すらも起きない。岡田監督になって日本のサッカーがよく分からなくなってきた。それは皮肉にも日本サッカーの日本化という言葉を掲げた前監督のオシムの後任として選ばれたのが日本人監督の岡田だが逆に特徴の分からないものとなってしまった。

 この前ラジオで江川紹子がピッチでサッカーをやるのは選手だ。勝てないのはシュートを外す選手が悪いのであって監督のせいじゃないと言ってたがそれはやはりサッカーには縁のない人の発言だなとため息が出てしまったことがある。そもそもそのシュートを外す選手を選ぶのは監督であってメンバー表を見てこれはないだろといつも洩らしてしまうのが普段からサッカーを見てる者の正直な感想だ。代表というにはちょっと物足りない選手がどうしてこうも選ばれるのか。これは岡田監督の功名心があるのだろう。自分が見出したという選手を作りたいに違いない。そうでなければ香川の選出なんてあり得ない。こういう若い選手を青田買いのように使うやり方、こういうところも小野そっくりだ。やっぱり今の日本サッカー協会ってこういう人で蔓延ってるんだろう。人気もなくなって当然である。

 あの終了間際に駒野が入った時の安心感は何なんだろう。時間が短く特に仕事をした訳でもないのに妙に安心することができる。それはやはり単なる岡田監督の功名心から選ばれたのではない選手だからだ。どの監督になっても選ばれる選手。逆にこの日のスタメンの何人が監督が替っても選ばれるのだろう。今になってみればジーコ監督の頃は幸せだった。あの頃だって決して満足してた訳じゃないが今と比べるとよっぽどマシに思えてくる。

 そういえば犬飼会長は天皇杯でベストメンバーを出さなかったチームを非難している。それよりも先に日本代表こそベストメンバーを選ぶようにしてくれよ。ついでにベストな監督を選んで欲しい。もっと言えばその監督を選ぶ立場の人をベストな人にして欲しい。他にどこの国がクラブチームの監督をクビになって4ヶ月の人間を技術委員長なんてポストに就けるんだろうか。この先日本サッカーがどうなっていくのか心配である。もしかしてこの試合ボロ負けした方が良かったのかもなどと考えてしまうのだった。

2008年11月11日 (火)

仙台戦~引き分けに言葉失う

2008/11/09 ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 宮城スタジアム

 仙台にはリーグ戦で1回も勝ってない。それが相性というなら仙台には絶対に勝てないということになる。許せん、絶対に許せん。数あるJリーグのクラブの中で仙台にだけは勝てないというのは許せない。かつては全盛期の磐田や鹿島にも勝ったことはある。それなのにJ2の仙台に勝てないってどういうことだ。到底納得できないことなのだった。

 ぼくは仙台に行かなかった。行けなかったという表現を使うならそれは単なる経済的な理由だった。昇格も決まりよりによって宮城スタジアム、仙台までの交通費を考えるとやはり行けなかった。ということでぼくはタイセイさんの家に行くのだった。

 外は寒い。だけどタイセイさんの部屋は温められていた。モニター観戦だがとても快適だ。今サッカー界には秋春制に移行しようという動きがある。11月の関東でも寒いというのにこれ以上寒かったら観戦にはかなりきつい。犬飼会長もビップ席でしか観たことないんだろう。それよりも今現在仙台に行ってる人はさぞ寒いことだろう。全くもってその根性は素晴らしい。

 スタジアムの光景は何だかガランとしてた。これは全ての巨大スタジアムに共通する光景である。あまりにもハコが大きいためざっと見ただけでどれくらい人が入ってるのか分からない。どうしても空席が多くなるため臨場感に欠けてしまう。2002年のW杯でこのスタジアムで試合をした日本代表がトルコにあっさりと負けたがこのスタジアムでなければもうちょっと違った結果になったのではという気が今でもする。アーチのような屋根が付いていてビッグアーチに似ている。早く言えばここはスタジアムとして失敗作だったということだ。

 この試合に臨むにあたってぼくは勝って当然くらいに考えてた。大量得点も視野に入れていた。勝ち点100に向けて着実に突き進むはずだった。が、まるで点が取れない。それどころか先制を許してしまう。人数は揃ってたのにヒールキック1本でやられてしまった。そして追いつこうと攻めるもどうもいつもとリズムが違う。おかしい、一体どうしたんだろうか。

 漠然とだが森脇の調子が悪い気がした。そのせいか後ろからの攻め上がりが槙野1人だった。これは負けるかもしれない、そんな考えが浮かんだのだった。が、そこで決めたのが寿人だった。高萩もギリギリのところでボールに追いつきマイナスのクロスを上げた。高萩はこういうところが自身の成長につながったのだろう。最近ゴールから遠ざかってるもののルーズボールを全速力で追う姿勢は素晴らしい。あれ、高柳だったら走らないだろうななんて台詞が出るくらいボールに対しては貪欲だ。それなのに気合とか根性といった言葉が似合わない。見た目のせいなんだろうか。

 後半に入りミシャは勝負に出た。高柳と楽山の投入である。天皇杯の決勝ゴールの再現を期待した。すると本当に楽山から高柳への絶妙なパスからシュートがあった。残念ながらGK正面で得点にはならなかったがこの2人ホットラインがあるようだ。

 ところが高柳はこのシュートは良かったもののこれでこの試合の仕事は終わったような気がした。そう感じさせてしまうところが高柳の足りないところだった。そして最後の望みを清水に託すのだった。デビュー戦でいきなりゴールを決めたこのルーキー、やはりシュートを放った。CKからのヘディングだったがこれもGK正面だった。ああ、これで清水も今日は終わったなという気がした。出すものを出し尽くしたといった感覚だった。

 終了のホイッスルは負けた気分だった。チャンスはあっても生かしきれなかった。まあピンチも多かったのだがやはり残念である。TVに映ったサンフサポーターは言葉が出ないという雰囲気だった。色々な想いがあるのだろう。こんなので天皇杯で川崎に勝てるのかとか勝ち点100でリーグ戦を終えるのが難しくなったとか。やはりそれはJ2での戦いをした1年で無駄じゃなかったという何かを残したいというのがあるのだろう。

 もう今年は仙台とは試合がない。果たして仙台とは来年試合があるのだろうか。J1昇格のチャンスがまだあるだけに気になる。次こそはユアスタに行くことはできるだろうか。

2008年11月 9日 (日)

牧内の経緯

2008/11/08 AFC 19選手権 準々決勝 日本 vs 韓国 [サウジアラビア:プリンス・ムハマード・ビン・ハファド]

 牧内辰也の経歴、2003年にサテライト専任の監督を探していたサンフレッチェ広島に招かれ、サテライト監督兼コーチに就任し、2006年シーズン終了後、退職。サンフレッチェ広島広のサテライト監督当時、ユースで数々の好成績を残した選手達を擁しながらサテライトリーグを4年連続で最下位という不名誉な結果を残す。(ウィキペディア フリー百科事典)

 この牧内が監督を務めたU19日本代表が韓国に負けてU20W杯への出場を逃してしまった。成績不振が全てが全て監督のせいという訳でもないがこの人選は明らかに間違っていた。それまでの実績からこの人は適任ではないのは明白だった。それなのにこういう人が監督に就任してしまったのは技術委員長の影を感じざるを得なかった。

 そもそもこの人がサンフレッチェに在籍した期間は小野が監督として在籍した期間にピッタリ重なる。ということは小野監督の意向によって呼ばれたのは容易に想像できる。そしてこの人が在籍した時期は根無し草のように何も残らなかった。入ってくる新人がみな潰されてモノにならなかった時期でもある。小野のせい、小野のせいと思っていたがこの人の影響も相当大きかったようだ。まあそれを含めてそういう人を呼んだのも小野のせいではあるのだが。

 そして今回、U19の代表監督への抜擢が誰によって行われたのか、これも想像がついた。技術委員長の小野剛だ。よくよくこの人は人を見る目がない。結局自分の気に入った人間に重要なポストを与えるのだがその本人に能力がないので碌な結果にならない。今の代表が面白くないのはこの人の影響がかなり大きいと見ていいだろう。どうもここのところの代表に流れる空気がこの人が監督をしてた頃のサンフレッチェと似ているのだ。

 これはあるメディア関係の人に聞いたがサンフレッチェを取材してて小野が監督をしてからサーッと引いていくような感じがあったという。今まで来てた人が来なくなったり。ぼくもサンフレッチェがJ2に落ちようとサポーターを辞めようとは思わなかったが唯一小野が監督をやってる時は心が離れそうになった。そして今代表の不人気ぶりを見てると多くの人が日本代表に心が離れてるようだ。この現状を誰か正してくれる人いないんだろうか。絶対にこの人が今のポストに就いていることは不幸だと思うのだが。何かがおかしいと感じてくれる人が協会にいないのだろうか。とてもミステリーだった。

2008年11月 8日 (土)

縁のない仙台

2008/11/09 ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 宮城スタジアム

 よくよく仙台には縁がない。いや、これは個人的なことなんだが1度くらいはユアテックスタジアムに行ってみたいと思ってた。そしたら宮城スタジアム。第2クールであったがこの時バスが確保できないということで関東からの遠征バスが出なかった。さらにバスが出ないというのは今回も同じで新幹線ツアーも組まれたがそれも満席、結局ぼくは仙台に行くことはできないのだった。まあここは消化試合という要素も大きい。この試合に行くくらいならそれを来年の遠征に取っておこうと我慢するのだった。

 仙台には相性が悪いのだろうか。リーグ戦で勝ったことがない。といってそこまで明確に論ずることができる程このカードの対戦はなかった。ただ確かに第1クールのビッグアーチでの対戦では一方的に押していながら1本のカウンターでやられた。まさにJ2ならではの戦いであるがああいうのを見るとやはり相性は悪いのかとも思ってしまう。

 一時期J1にいたもののJ2においては郡を抜いた観客動員数を誇る仙台。ホームのユアテックスタジアムはサッカー専用で評判もいい。それなのにこのチームはどういう訳か昇格ができない。そしてフロントの無能さを嘆く声もよく聞く。地方クラブにありがちな大きなスポンサーを持たないがために金銭的に厳しいという理由からだろうか。それでもそんな中でもやりくりしてる甲府のようなクラブのことを考えればやはり何かが足りないのかもしれない。

 仙台にとって昇格を掛けた大事な一戦だ。そしてサンフレッチェにしてみれば唯一勝ってない仙台に勝つというのはそれはそれで至上命題である。だから熱い戦いになるだろう。これは注目の一戦だ。絶対に観ねば。ああ、自分で言っといてあんまり煽ったらやっぱり行きたくなってきた。だからこの辺で止めとこう。

 この試合に掛けて色々と情報が飛び交ってた。といってもインターネットで探し回っての結果だが楽山と高柳が出る可能性が高いようだ。天皇杯の決勝ゴールのイメージがあるのでこれは嬉しい。やはり一度でも結果を出すとまたやってくれるのではと期待してしまうものだ。こういうとこがミシャのいいとこだ。

 昨シーズンあれだけメンバーを固定して戦って結果J2に落ちたのだがミシャも経験になった部分はあるのだろう。デビュー戦でいきなりゴールを決めた清水も見たいしユースから飛び級で上がった岡本だって見たいし湘南戦で美しいゴールを決めた桑田だって見たい。まだまだ見たい選手はいるのだ。だからチャンスがあれば使って欲しいし決してメンバーを固定するというのが良い結果につながるとは限らない。それだけに犬飼会長のカップ戦に普段出てない選手を使うのは不当だというベストメンバー発言には異論を感じる。当のお金を払って応援してるサポーターでさえそんなこと望んでない。その試合のメンバーはそのチームの監督が決める。そして本当にそのメンバー選考が不当であればサポーターは文句を言えばいいしクラブは監督を代えればいい。それだけの話ではなかろうか。ちょっとこの会長は余計な部分にまで口を出し過ぎな傾向があるようだ。決して嫌いな人ではないんだが。

 それはそうとこの試合、前売り券が売れてるらしい。評判の悪いスタジアムだがたくさんの人で溢れる宮城スタジアム。やっぱり行きたかったな。

2008年11月 5日 (水)

ヴェルディ戦~一誠ゴール

2008/11/02 天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vs東京ヴェルディ 西が丘サッカー場

 交代カードは高萩と高柳と楽山。高萩は切り札という意味合いが強いが高萩と楽山は期待の持ちようがなかった。その象徴的なシーンがある。ゴール前、右から抜けたボールが無常にもゴールラインを割ったのだがその目の前にいた高柳は走りもせずに見過ごした。恐らく走っても追いつかなかっただろう。だけどほんのわずかでも可能性があるならあそこは走って欲しかった。交代出場で体力的にキツかった訳でもないだろうに。あの時ぼくは反射的に「一誠、走れよ!」と叫んでしまった。

 後で聞いたのだがこの時みんなぼくと同じ台詞を吐いたらしい。元々高柳はボールに対して淡白なとこがあり取れそうになくても踏ん張るとか喰らい付くといった姿勢が見れないのだ。そこが足りない部分と思ってただけにそういう場面を目の前で見せられて叫ぶのはいたし方ないだろう。ただ、ぼくは高柳の正面前列にいたので声は聞こえたと思う。

 そんな高柳なのだが実は高萩に絶妙なクロスを上げたり全く駄目だった訳ではない。だけどこれを高萩が決めることができずぼくらの印象からは忘却させられた。その為やっぱり高柳は駄目だと深いため息をついたのだった。高柳は駄目、楽山はもっと駄目。何でこんな選手送り込んだんだ。この一発トーナメントでこういうギャンブルな采配をやる意味が分からない。改めてミシャの監督としての能力に疑問を抱くのだった。

 だがそこからである。右サイドでポッカリとフリーになってた楽山は手を上げて見方にその存在をアピールしてた。逆サイドにボールがあったためすぐにはボールが出なかったが真ん中を経由して楽山にボールが渡った。ここでハンジェならパスをしただろう。だが楽山はペナルティエリアに侵入した。そしてマイナス気味のパス、これを高柳が決めたのだ。欲しい欲しい得点を高柳が決めた。うおおお、イッセーイッ!歓喜のあまりゴール裏のスタンドまで走ってきた。そしてよりによってそれはぼくの目の前だった。一誠、さっきは言い過ぎて御免、という申し訳ない気持ちでぼくは手を伸ばせば触れられる位置にいたにも関わらず手を叩いて称賛するに留めといた。

 それからすぐにピンチ。相手CK。こういう得点後に失点するというのはよくあることだ。だがこれを何とか食い止める。正直ヴェルディの得点チャンスというのはこういうセットプレーとカウンターしかなかった。とはいえこのセットプレーとカウンターが脅威になってた。後半になって人数を掛けて攻撃した分ボールを取られたらフリーで駆け上がるという場面が何度もあった。その為後ろに残った選手がファール覚悟で止めそこでフリーキックを与える、そんな展開だった。攻めても点が入らない状況が続くと次第に嫌な予感が漂ってはいたのだ。

 それでいながらヴェルディはディエゴが退場してからはもう時間稼ぎをする場面が多く見られた。特にGK、不必要にボールを蹴らない。恐らく引き分け、PK戦狙いだったのだろう。引き分けでOKというある意味J2サッカーをやられたのである。やっとのことでJ1との対戦と思ったらJ2サッカーをやられたのは皮肉であった。

 終了のホイッスルが鳴った。試合前は勝つという気満々でいたのに本当に勝てたんだなという気分だった。しかもその決勝点を入れたのが高柳とは。天皇杯男なる異名が付いたのは昨シーズンの準決勝でガンバ相手に終了間際に追加点を決めたからだ。そして今シーズンも3回戦でゴールを決めてる。そして今回の決勝ゴールのせいで一気に高柳への期待が大きくなった。次も決めてくれるだろう。そしてそんな高柳が見たいという気になった。もしかしたら才能あるサッカー選手が潰れるのはこういった過度な期待がプレッシャーとなるのかもしれないとこの時思うのだった。

 帰りにタイセイさんに会った。実はあのゴールのすぐ前に一誠、走れと叫んでしまったと言ったらそれは私の周りの人みんな言ってましたと答えた。そういえば今日はいつも一緒に観戦する仲間とあまり会ってない。かろうじて本蓮沼の駅でドクトルさんに会えて一緒に帰ることができた。ドクトルさんはバックスタンドで観戦したらしい。

「今日はこれだけ混んでるから誰にも会えないと思ってたんですよ」

 まさにパニックだった。まさかサンフレッチェの試合でこんな苦労することがあるとは。でも不人気クラブというレッテルを貼られてるサンフレッチェ、来シーズンのアウェイの試合はこういう状態になるのが予想できた。格クラブ、サンフレッチェとの試合ではアウェイエリアをどんどん縮小する傾向があった。来シーズンのリーグ戦、この西が丘のようになるかもしれないと思うのだった。

2008年11月 3日 (月)

ヴェルディ戦~割れないゴール

2008/11/02 天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vs東京ヴェルディ 西が丘サッカー場

 『スモーク・オン・ダ・ウォーター』のチャントで選手は入場しキックオフが始まってもアウェイ・ゴール裏のチャントは続いた。ゴール裏全体、そしてバックスタンドまで手拍子を合わせてたのは期待の現われだったのだろう。攻めている。相手ゴール前まで行ってる。チャンスはある。後は決めるだけ。だがこの決めということができないのだった。

 やはりJ1は守備が違う。そう考えたのは寄せの速さやラストパスを跳ね返す粘り強さだった。GKを含めとにかく最後に仕事をさせない。そこはやはりJ2とは違うのだった。幾度もあったチャンスにいつ点が取れるかと期待が膨らむ一方で現実はまるで点が取れない。ええ~、そこで外すかよ、そこシュート打つの遅いよ、ああ~持ちすぎたというので段々と頭を抱えることが多くなった。それに伴い活気付いてたチャントも声量が下がっていった。攻め疲れである。攻めても攻めても点が入らない時、段々と士気が下がるのはサポーターも一緒である。

 そんな時ヴェルディのディエゴがストヤノフを突き飛ばして一発レッドを貰ってしまった。警戒してた選手だがそれ程存在感を示せなかった。それ故に本人もイライラが募ってたんだろう。ただストヤノフもタックルを受けて倒れた後詰め寄ったからその点でイエローカードを貰ってた。とはいえ相手のエースがいなくなったことでサンフは俄然有利になった。これで守備の心配はしなくてもいいとさえ思ったものだ。スコアレスドローのまま前半を終えたが安心した気分でいた。

 ハーフタイムに入りぼくは三田線で一緒だった青年のところへ場所を移した。そっちの方がピッチが近かったというのもあるが正直それまでの観戦位置に窮屈さを感じてたのだ。まだ移動後の場所の方が余裕があって観戦もしやすかった。とはいうもののさらに傾斜がなくなって尚更距離感がつかめなかったというのも事実だった。そんなことはないのだろうがどうもこのスタジアムはピッチが狭いように感じる。これぞ目の錯覚なんだろうが一体選手の感覚としてはどうなんだろうか。一度聞いてみたい気がする。

 そして後半戦。この後半というのが厄介なのだった。攻めながらも点が取れないチームがハーフタイムに作戦を練られた相手チームにやられてしまうというのはよくある話だ。ぼくは嫌な予感がした。やはり点が取れないしヴェルディも段々とカウンターが効いてきたのだ。マズイ、これはやられる。そんな予感が走った。そして寿人が、浩司が、高萩がシュートを外す度に大きくため息を漏らす。苦しい、苦しかった。今まで楽して勝ちすぎたのだ。J2にいた代償はやはり大きかったのである。

 もしかしたらヴェルディは引き分け狙いなのでは。そう思える節がGKの時間稼ぎの多さに垣間見れるのだった。延長引き分けでPK戦狙い、だったらやはり90分で1点取らなければいけない。寿人、決めてくれよ。少なくともこの試合3回はシュートチャンスを決めることができなかった。膠着状態だった。こんな時久保がいれば。ふとそんな考えが頭を過ぎった。だが交代で入ったのは高柳と楽山だった。こんなのリーグ戦でほとんど出番のなかった選手である。なぜにこの重要な場面で出すんだ。頭を抱えもうこの試合だめかもと負けることも覚悟した。1人少ない相手に点が取れない。やっぱりJ2のチームなんだと自己を卑下したと同時にミシャの采配の不可解さを嘆くのだった。

ヴェルディ戦~西が丘の混雑

2008/11/02 天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vs東京ヴェルディ 西が丘サッカー場

 都営三田線に乗った時、仲間の青年から声を掛けられた。あ、やっぱり紫のユニフォーム着てりゃ分かってしまうわなと思ったが青年はそれでなくても分かったと言った。ぼくってそんなに目立つ風貌なのだろうか。嬉しいような哀しいような。まあこうやって人に見つけてもらいやすいというのは長所かもしれない。

 電車の中はそこそこ混んでいたがいかにもサッカー観戦に向かうというのはぼくとその青年くらいのものだった。だが、本蓮沼に着いた時ゾロゾロと人が降りていった。確かにチケットは売れてたようだったがこんなに人が来るとは。用事があって早めに出掛けることができなかったぼくは場所の確保に不安を抱いた。ただそれでいて仲間さえ見つければ何とかなるだろうという気もあった。

 そしてスタジアム、そこは別世界だった。今まで西が丘の観戦はユースの試合ばかりだったのでスタンドはガラガラというイメージしか持ってなかった。歩くのも苦労する、バックスタンドにも空席はない、そこまで集まるとは。そしてそこには明らかに緑の人より紫の人が多いという光景があったのだった。

 今シーズン2回あった三ツ沢競技場での試合ではアウェイ・ゴール裏を満席にした。だから予感がなかった訳ではない。だけどこうして天皇杯の試合でここまで集まったことに決してあれがバブルだった訳ではないと気付いたのだった。しっかりと根を下ろしてきている。素晴らしい。

 後の発表では入場者数5,411人だった。少ない数字だがスタジアムとしては満員もいいとこだった。だから実際の最大収容人数も相当さばを読んでるようだった。バックスタンドにイスを設置して収容人数減ったということだったが座れず立ち見の人で溢れてたのでイスがあろうとなかろうと9千人は入りそうもなかった。そういう意味でも刻々と移り行く各チームの観客数の推移に無頓着なのもこの天皇杯の特徴なのだった。

 ぼくはゴール裏を歩いてるとバンデーラから色んな人から声を掛けられた。そうやって一々少しずつ会話を交わしていると空いてる空間がいよいよなくなった。ああ、ぼくは一体どこで観戦すればいいんだ。そんな時タイセイさんを見つけたのだった。23人で占拠してたスペースがあったのでそこにぼくも割り込ませてもらった。幸いその隣にいたのが女性だったのでその女性の頭越しにピッチを見ることができた。それでも逆サイドのコーナーとか人の頭が障害になって見えないとこはたくさんあった。ここは、ここは正直苦しいスタジアムだ。

 ただピッチは近い。こんな間近でプレーする選手が観られるのは滅多にないことである。そのせいかカメラを持ってる人が多かったような気がする。ぼくの隣でもでっかい望遠レンズをフル活用してた人がいた。それでいてチャントに声を合わせているのだから忙しいったらありゃしない。とはいえそんなのこのゴール裏の混迷状態の単なる一端である。もう人が多くて訳が分からない。サンフレッチェは客が来ない、それがデフォルトとなってる為今後関東でこういう状態は続くことが予想できる。どこのスタジアムに行っても簡単に当日券が買えて余裕で観戦できる。そんな関東でのアウェイ・ゴール裏はもはや過去のものとなったのかもしれない。

2008年11月 2日 (日)

ヴェルディ戦の朝

2008/11/02 天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vs東京ヴェルディ 西が丘サッカー場

 近所に住む同じサッカーチームに入ってる人が観戦すると行ってた。広島にいる頃たまにビッグアーチにも行ってたが今年に入ってまたサンフレッチェに注目するようになったということだ。広島出身ということだが以前ならそれだけで猛烈に試合に誘ったものだが今はもし興味があるなら一緒に行きましょうくらいに留めてる。それはぼくが以前に比べて貪欲さがなくなったせいもあろうが今はそこまでしなくてもいいような気がする。却って大して興味もないのに来てもらってもスタジアムの雰囲気にも影響するだろうしその人が絶対に楽しめるという保障もないからだ。だけどちょっとでも興味のありそうな人、そういう人は絶対に逃すまいとする。ただ、この人の場合このちょっと興味のあるという部類であったのだが自らスタジアムに足を運ぶようになったようだ。実はこれまで関東でサンフレッチェを応援する人を探してきたぼくだがこちらから手繰り寄せなくても自然に集まってくるような傾向がある。非常に良い環境になってきてると言えるのではなかろうか。

 実は先日の記事で西が丘に会場が決まったのはヴェルディの人気のなさからという記述をしたが実はこの日他に空いてるスタジアムがないということだった。だから必然だったということだがそれではこれがレッズのような人気クラブが同じような境遇に立たされたらと考えるとやはり違った対応になったのではと考えてしまう。まあ天皇杯なんてどこもガラガラなんだからそれを考えると身の丈に合った選考である。西が丘の収容人数で何の問題もないと主催者の判断も間違ってはなかったと思う。

 ぼくは4時にはもう目が覚めた。やはりこのシーズンの夜明け前は寒い。昨日も晴れてたとはいえ暖かくはなかった。一体どういう格好で行こう。寒かったらいけないしレプリカはトレーナーの着ることにしようか。こんなどうでもいいようなことで昨夜から延々と悩んでるのだった。

 レプリカにタオルマフラーにデジカメにメモ帳、筆記用具にジュースにお菓子。考えられるもの全てカバンに詰め込みそれでもまだ不足はないかと思案する。大袈裟な。何て大袈裟なんだろう。だけどしょうがない、これが今年関東で観戦できる数少ない試合なのだから。そして関東の試合だから知り合いも一杯いる。どんな雰囲気になるのか気になってしょうがないじゃないか。

 何でもローソンやぴあなどでは前売りチケットが売り切れたそうだ。元々チケットの割り当て自体が少なかったのだろうが考えられないことだ。以前ならサンフレッチェの試合は当日券で余裕で入れるというのは広く浸透した観測だった。だがそれが徐々に変わりつつある、来年J1ではサンフレッチェってこんなにサポーターいたっけと他のチームを当惑させたい。それこそが勝利以上の快感というものではなかろうか。

2008年11月 1日 (土)

天皇杯、J1との対戦

2008/11/02 天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vs東京ヴェルディ 西が丘サッカー場

 その対戦が西が丘という辺りがヴェルディの人気のなさを表してるのだった。最大収容人数が9,038人、つまりは9千人以上の人が来るわけないという前提だ。実際天皇杯自体決勝以外で客が入ることはないので妥当な選択ではある。ただ、ヴェルディについては人気がない、親会社の影響力が強い、クラブに妙なプライドがあるという点においてサンフレッチェと似ているのだった。

 そのヴェルディ、よりによって天皇杯はベストメンバーで臨むと公言してきた。リーグ戦で残留争いをやってるので本来そっちの方へ力点を置くはずなのだがこの辺も親会社、日テレの意向が反映されてるのだろう。クラブ・ワールドカップの放映権を持ってる日テレとしてみればヴェルディがその大会へ出場してくれると都合がいい。確かに天皇杯で優勝するとACLの出場権が得られCWCへの出場資格を巡る大会へは出られる。ただ過去に出場はしたものの予選リーグでアッサリ敗退したということからいかにそれが困難なことかというのを理解してないようにも思える。それよりもリーグ戦で安定した成績を上げる方が先決だろうというのは余計なお世話というとこだろうか。

 今回の対戦、注目はやはりディエゴだろう。個の力、テクニック、パワー、それら全てを兼ね備えたスーパーな外国人、今シーズンのJ2にはいなかったタイプだ。それだけにこういった選手のいるチームに対してどういう戦いができるのかというのは気になる。それこそJ1にはこういった選手が普通に1人や2人はいるのだから。

 今のところ期待半分、不安半分といったとこだろう。何だかんだ言ってJ1のチーム。それでいてやはり選手の意識の中には残留争いをしているリーグ戦に比重が傾いてるのではという希望的観測もある。そのどちらも真のような気がしてぼくの中で互いにシーソーのように揺れ動いてるのだった。

 そういえばヴェルディとは結構ポイントとなる試合が多かったような気がする。味スタでヴェルディに勝ってから調子が良くなったとか、チケットを買ってたのにぼくが風邪をひいて行けなかったとか、他にも・・・いや、くだらないことしか頭に浮かばない。でも今回も天皇杯で当たる最初のJ1チームというポイントがある。これで無理矢理にでも理屈が通るような気がするのだった。

 一応『エル・ゴラッソ』の天皇杯プレビューでは一番扱いが大きかった。一応注目の試合と位置付けてくれてるようだ。これは勝たなければ。勝て、勝て、勝て、サンフレッチェ。ああ、こういう一戦に掛ける意識の大きさ、久しぶりだ。少なくとも勝った時の快感はJ2での対戦よりも大きいような気がするのだった。

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31