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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2008年9月28日 (日)

J2優勝

2008/09/28 セレッソ大阪vsサンフレッチェ広島 長居陸上競技場

 昇格はノルマ、優勝もノルマとしているぼくらにしてみればこの試合は勝って当然だった。というより初めから勝利以外を念頭に置いてなかった。だからこの試合でJ2優勝が決まるというのが規定路線だった。

 その為、ぼくの仲間は結構大阪へ出掛けてる。羨ましい。ぼくも行きたかった。律儀にタイセイさんは現地からメールをくれた。結構サンフサポが集まってるということだった。スタジアムの雰囲気もいいらしい。ぼくはこの試合を観ることもできず寂しい想いをするのだった。

 セレッソ大阪、それは昇格を争うライバルのはずだった。開幕前まずマークすべきはセレッソだと思ってた。それがどうも成績が上がらず今や2位昇格を目指すもののそれもかなり不利なポジションにいるというのが現状だ。どうしてこうなったか。これもやはり客が入らない、地元で注目されてないというサンフレッチェと同じ要素で伸び悩んでいるのである。ただサンフレッチェの場合少なくとも成績に関しては早くも昇格を決めてしまった。セレッソ大阪、敵であるはずだがかつてはJ1でも優勝争いをしたことがあるというチームだけに今の低迷は少し同情してしまうのだった。

 結局この試合も23で勝った。結構呆気なく勝ったということだった。結城がPKを与えたのが余計だけど寿人が3点目入れた時はそれはそれは盛り上がったということだった。はあ、ぼくは全く蚊帳の外。スカパーもないぼくはタイセイさんから送られてくるメールで精一杯イマジネーションを広げなければいけないのだった。

 高萩の2ゴール、寿人の1ゴール、でも2失点もしている。最初の失点は香川みたいだ。香川は意地を見せたな。でもこちらも意地がある。特に柏木、ゴールを決めて欲しかった。といって2点目は柏木のカットからドリブルで切り込み高萩へ送ったものだということで立派に仕事はやっていたのだ。

 そしてJ2優勝。名誉というにはとても微妙なものがあるがこれまでシルバー・コレクターとの異名を持っていただけにJ2であっても優勝という文字は何かが吹っ切れたような気がする。それは単にレコードブックに最高順位が2位しかないという負い目を払拭してくれるというのに都合が良かった。2003年のJ2も一番早く昇格を決めたのに優勝はできなかったという腑に落ちない部分があった。J1でも優勝できないがJ2でも優勝できないというシコリが残った。今回は優勝できてとりあえずは1位という記録を使うことができるのだ。その内いつか、ぼくの生きてる内にあるかどうか分からないがJ1の優勝だってあり得るかもしれない。そういう妄想を抱かせてくれるのは素晴らしい。

 ネットで探すと早速長居のJ2優勝の記念写真を見つけた。みんな嬉しそうだった。とりあえずのノルマは果たせたろう。良かった良かった。もう昇格は決まったのだから勝敗もたいした意味も持たない。それでも勝つことしか考えてない。ずいぶん贅沢になったものだ。といってもまだJ2のチームなんだよな。この辺の意識、どうもチグハグになってる。強いという錯覚を起こしてる。一体強いのか弱いのかそれは断言できない。と言いつつ腹の底では来年J1で旋風を巻き起こすと考えてるのだった。我ながら実に短略的な発想だと思うのだった。

2008年9月24日 (水)

昇格決定

2008/09/23 サンフレッチェ広島vs愛媛FC 広島ビッグアーチ

 昇格は計算外でありながら想定内であった。ぼくの仲間はこぞって広島に駆けつけたものの前節引き分けたことで勝っても昇格は決まらないと考えていたのである。それでもこの試合で決まる可能性も高く祭日の日と日程的にも広島に行くには都合がいい。正直ぼくも行こうとも思った。だけど今年は3回も広島へ行ったのでまあいいかと諦めたのだった。どうせこういう時行っても手頃なホテルはみんな押さえられてる。去年の入れ替え戦がそうだったように。

 そこでぼくはアローズに出掛けた。みんながみんな広島に出掛けてしまったので人数は少なかった。ぼくの計算ではこの頃には店にもっと人が押し寄せるようになってるはずだったのでが今ひとつ店も協力的じゃなくなってきたので段々と人が離れていったような気がする。それでも観戦をするにはここしかないのでお願いするしかないのだ。

 店に入ったらタツくんとタイセイさんがいた。てっきりタツくんは広島に行ってると思ってた。本人曰く18時キックオフじゃどうやっても帰れないということだった。まあ当然明日休める人が行ってるんだろう。

「今日どれくらいお客さん来るんだろ」

「うーん、どうなんでしょうね。ビッグアーチって結構人入ってるように見えて実は入ってなかったりするんですよね。長椅子だから席の割り振りが曖昧なんだよね」

「その通りなんですよ。でも今日サポーターズシートは売り切れたらしいですよ。まあいつもよりは入ってるようですね」

 一体どこからそんな情報を取り寄せるのか。そしてお互い携帯をガチャガチャやりながら山形が負けたという情報を見つけた。ということはこの試合で勝てば昇格、行った人は運がいい。思い起こせば2003年の時も最終節を残して他会場の結果により昇格が決まった。今回も同じ状況になったのである。ただ、あの時は他会場が同時刻に行われていて今回は時間がずれてるということだった。Jリーグの日程を決めた時まさかこれ程早く昇格が決まるチームがいるという予測はできなかったのだろう。

 これによりもう昇格が決まったような気分になった。こういう弛緩した空気が横浜FC戦のようになるというのは重々分かってるつもりなのだが。そして愛媛ってたまに強くなることがあるんだよなという声が出た。あっ、やっぱり気をつけねば。

 ただ試合が始まってしまえばもうサンフのワンサイド・ゲームだった。愛媛も前線からプレスを掛けようにも上手くいかない。そうこうしている内に寿人がさすがはストライカーというゴールを決めた。そして服部がハンジェのクロスを弾道が見えないくらい早いボレーシュートをゴールに叩き込んだ。浩司がインターセプトから駆け上がり自分でゴールを決めた。ボランチの青山はなぜかゴール前にいて見方のパスを流し込んで決めた。ゴールは全て素晴らしいものであったがアッサリ4点入った。こういう時燃える男が一人いるのである。

「絶対に槙野自分も点取ろうと思ってるよな」

 そんな会話をしてたらゴール前でのヘディングシュートはバーの上へ外れてしまった。倒れたまま悔しそうにジタバタしてたが本当に攻めあがってたのに笑ってしまった。ただこうやって槙野が上がりだすとカウンターを与える欠点がある。相手もさすがにそこを突いて1点返したのは水を差された気分だった。

 最後は久保の登場に久保にパスを出せ、久保にパスを出せと何だか今シーズン何度も繰り返してきた台詞を出すことになった。久保がシュートを打つ、それだけで沸いてしまうものがあるのである。

 終了の笛。昇格おめでとうという感覚よりももう終わったのかよという感情が大きかった。もう2、3点決めて欲しかった。昇格はもう決まってたようなものだからそれが決定したというだけだった。とはいえ後からボチボチやってきた仲間4、5人と乾杯したのだった。

 後から現地にいる仲間からメールを確認した。サポーターズシートは大混乱だと。関東からも一杯来てるはずなのに1人しか合流できなかったということだった。そんな大パニック、やっぱり行ってみたかった。とりあえず昇格バンザイ。

2008年9月22日 (月)

横浜戦~帰路の中で

2008/09/20 横浜FC vsサンフレッチェ広島 ニッパツ三ツ沢球技場

 負けてしまった。

 実際には引き分けであるのだがJ2において引き分けは負けに等しかった。当然にぼくらの感情の中では負けという烙印を押された印象しかなかった。反対に横浜FCのゴール裏では歓喜の渦に巻き込まれてる。それが全てを象徴してるようだった。

 正直なことろ早い時間の得点にまずいなという感覚があった。それまでの3試合で圧勝してるだけにああも簡単に得点を決めることができるともう楽勝ムードがあったのは否めない。それは選手がどうのこうのというよりぼくらの中にそういう雰囲気があったのは確かだ。だから度重なる相手によるシュートも一時的な危機くらいにしか感じてなかった。だけどああも攻めることができなければ相手も調子に乗ってくる。そして失点はいつもするような形だった。改めてこのチームの守備の弱さが露呈したのだった。

 帰る時いつも観戦会で一緒のお姉さんに会ったが浮かない顔をしていた。「点を決められたのが難波だってのがねえ」と言ってたがその時あの同点ヘッドが難波だというのに気付いた。何とも打ちのめされたような気分が促進されたのだった。そしてその後会った人には何か言いたいことが一杯ありそうな顔をしてるなどと言われてしまった。浮かない顔というならぼくも負けてないということだった。

 そしてぼくはマツダさんの車で家まで送ってもらったのだがそこからが本番である。車という閉ざされた環境に身を置くともう何も気を使う必要はない。ここでもう愚痴のオンパレードであった。

「最後の浩司のアレ、シュート打てよな。どうしてみんなシュート打たないんだよ」

「青山ってクロスの精度ないよな。といってハンジェじゃフリーの時はいいクロス上げれるんだけどそれ以外はな」

「何で久保を出すのがあの時間なんだよ。残り5分で何ができるっていうんだ。全くあの監督はまともな采配ができないよな」

 言いたい放題であった。むしろ負けた時はこういう言いたい放題をやらないと気持ちが治まらない。そして奇しくもこの試合はマツダさんが警告を発してたのと同じような試合となっていたのに気付いたのだった。

 試合前、さんざんこんなんじゃJ1で戦えないと唱えてたマツダさんだが聞いてたぼくはそんなことないだろと楽観してた。ただ、横浜FCのようにJ1仕様の戦いをしてくるチームに実際に勝てなかったのである。失点のシーンも人数は揃ってたので他のJ1のチームでは防げた気がした。いくら勝っても今サンフがいるのはJ2なんだと現実を突きつけられたようだった。

「今日横浜FCはミスをしなかったでしょ。やっぱりJ1だとミスをしないんだよ。他のJ2のチームを見てるとしょうもないミスをするんだよね。やっぱりそういう中でやってるとどうしても温くなってしまうよね。J21位独走してるといったって何のアテにもならないよ。やってる相手が違うんだから」

 反論する材料がなかった。かといってマツダさんは自分に先見の明があったと自慢してる訳でもなかった。それだけにこの現実が重く圧し掛かるのだった。

 そんな重い空気になりながらまた監督の采配の不味さに戻りフロントの強化の稚拙さに行きゴール前で崩しきれない選手の不甲斐なさを嘆くのだった。そう、話は同じことを延々と繰り返しているのである。

 そういえば試合前に中野さんとの会話でこんなことを話したよな。

「どんなに負ける試合だと分かってても車乗り合いで遠征したりしましたね。予想通り負けたら帰る時はもう監督の悪口大会になったりして。でもそれが面白いんですよね。やっぱりサッカーは仲間と観るのが楽しい競技ですよね」

 高速道路が空いてるのもあったが帰りの時間が妙に短い気がした。試合の後はいつもそんな気がするのだった。

2008年9月21日 (日)

横浜FC戦~早すぎた来場

2008/09/20 横浜FC vsサンフレッチェ広島 ニッパツ三ツ沢球技場

 横浜の駅はよく分からない。来る度に駅が変わってるという印象もある。それだけ横浜は滅多に来ないとこであるということの証明だ。サンフの試合以外で来た試しがない。いや、そもそもぼくがサッカー以外のことで出掛けることなんてないのだった。

 土曜ということもあり駅は大混乱であった。そしてこれだけ人がいるのに三ツ沢には大して人が来ないという想像もついた。三ツ沢はここからバスに乗って坂を登っていく。歩いても行けなくもないがその坂は横浜の街との大きな隔たりとなってるようだった。まるでこの坂を越えられる者だけ来いと言ってるかのように。

 そしてぼくはその坂をバスで登った。まだ早い時間だったので三ツ沢で降りた人はぼくを含めて2人だった。いくら何でも早すぎたか。そう思いながら正門へ向かってると大急ぎで通り過ぎる影が。おお、きのりん。ぼくにとっては余裕のある時間でも応援に何かと準備のいる人にとってはギリギリの時間なのだった。

 アウェイゲート前には開門を待つ列ができていた。ぼくはその列には加わらずその前の広場のベンチでくつろいでるのだった。横浜FCも開門を待つ人がいるなとそれぞれの様子を眺めていたら『紫倶楽部』編集長の中野さんが現れた。何度か会ったことはあるので顔は分かったようで少し話をした。初めて観た関東での試合であまりにも応援してる人が少なかったことからせめて自分だけは応援してやろうと思ったということ。それについてそうですね、確かにあの頃は少なかったですよねとしみじみと答えてくれたがその言葉一つ一つがこの人本当にサンフレッチェが好きなんだなという気がした。その後も広報担当の工藤さんや真鍋さんと話すことができた。みんな良い人だった。特に真鍋さんは本当に本当に憎めない人だった。こういう人が正面にいたらどんな苦情があってもフェードダウンしてしまいそうだ。

 その内にマツダさんが現れたのだった。山形まで旅行を兼ねて行ったマツダさんはその時のことを色々と教えてくれた。実はそこで偶然にもサンフレッチェの関係者に接する機会があったようなのだが詳しくは明かさない方がいいだろう。

 ついに開門、ぞくぞくとスタジアム内に乗り込むが中で「All for J1」のステッカーを配ってた。「あっ、これ広島まで貰いに行ったんですけど」と言ったら「いや、ありがとうございます。本当はこれ2試合観に来た人限定だったんですけど関東の人にはハードルを低くしてるんですよ」ということだった。でも確かにこのステッカーが欲しいけど広島まで行けないという仲間がいたのでこのサービスは喜ばれたのではなかろうか。

 7月に座ったゴール裏の上のエリアに座る。段々と席は埋まってくるが顔見知りは大体の見当をつけてそこに集まってきた。そしてアウェイゴール裏自体も紫で染まってきた。こっちの方が人入ってるんだねと言ってる人がいた。

 しばらくして選手のアップが始まる。ここでの興味の中心はやはりシュート練習だった。何年か前はこのシュート練習でみんな外していた。練習で入らないものが試合で入るかと言ったら本当に試合では点が取れなかった。それを考えるとみんな上手くなったもんである。ただ槙野のシュート精度がなかった。今日は槙野のゴールはないなと思ったらその通りになったのだった。やはり試合前のシュート練習は貴重だ。

「昔大木がFWの癖にシュート練習で外しまくっててオイオイオイオイって感じだったよね」

 ぼくが言うと周りにいた仲間があれやこれや言い出した。

「でもヴァレリー監督の時の久保、大木、藤本の3人は破壊的だったよ。あれは凄かったな。大木もあれが全盛期だったんだよな」

 ヴァレリー監督、奇しくも中野編集長との会話でヴァレリー監督の時のサッカーが本当に面白くてもう一度ああいうサッカーが観たいと思って今日に至ってると話したばかりなのだった。

2008年9月20日 (土)

横浜FC戦~台風は過ぎ去る

2008/09/20 横浜FC vsサンフレッチェ広島 ニッパツ三ツ沢球技場

 台風の予報があった。そのせいで試合に影響があるのではという恐れもあったものの夜雨が降ってきたので大丈夫だろうという気がした。大体台風は一過性で過ぎ去ってしまえばカラッと晴れてしまうものだ。そして関東の場合そんなに長い時間滞在してることもないというのも経験で分かるようになっていた。

 そういう訳で明日は試合に支障は無いだろうということをいうことを教えてあげたらローソンにチケットを買いに行った人がいた。7月の試合はアウェイゴール裏は完売したというのに今回は前日でも買えたということだった。ということはあんまり人集まらないのだろうか。ちょっと残念な話である。ただそれよりも自分が観に行ける、それこそをこの場合感謝すべきだった。サンフレッチェの試合を観に行ける、神様ありがとう、ぼくの周辺にいる人ありがとう、人類ありがとう、急に慈愛に満ちた精神になるのだった。今だけならぼくはどんな思想家よりも崇高な精神を見出すことができるだろう。ただし試合が始まるとそんな精神など吹き飛び狂気をまとってしまうのだが。

 こんな試合のある朝ぼくは会社に向かった。月に1回くらい存在する半ドンの日だ。それはせっかくの試合日にと言えなくもないが実は会社が総武線沿いにあるので調度良いのだった。少なくとも交通費を浮かせることができる。本来なら千葉の先の方へ行ってなきゃいけなかったのだが色々不都合があり会社に来ることになった。これこそぼくが望んだ結果だった。やはりぼくは強運だ。ぼくは星を持ってるのかもしれない。まあほとんどの人にとってはどうでもいい星屑のような話なんだろうが。

 実はこの試合、ぼくの近所の人が数人来る。元々サンフレッチェに興味ある人ではないが、ぼくがいつもサンフレッチェグッズを身に着けているので子供が観てみたいと言ったらしい。たまにサンフレッチェのことを聞かれるのでこんなチャントがあるんだとか今年は3回広島に行ったという話しをしている内に何か面白いのではと思ったらしい。ぼくは今まで興味のある人をなるべく引き込もうと努力したことはあるがそうでもない人を無理に引き込もうとしたことはない。でもぼくの話で行ってみたいと考える人がいた。この辺に集客のヒントが隠されてるのではなかろうか。

 そういえば関東では応援してる人を集めようと活動を始めて8年くらい経つが確実にサポーターは増えてるのである。でもそれってどういう要因でとなると少なくともマスコミの力を借りてるのではないという気がする。確かにゼロックスの優勝などの効果はあったがJ2に落ちて注目度が下がった中でも関東のゴール裏が減ったという印象は受けない。これはサンフレッチェのサポーターが間違いなく口コミで広がったことを意味する。関東にいる、そして広島のサポーターも遠路はるばる遠征してゴール裏を盛り上げてくれる。そして各自が色んな企画を打ち出し楽しめる環境を創ろうとしている。その結果である。これって凄いことではなかろうか。

 多少誇張した部分はあるがマスコミに相手にされないことで歯痒さを憶えたのは事実である。それでもここまできた。でもまだ通過点、そしてJ1昇格も通過点。ぼくらは少しずつ変わるその様を実感することができる。これぞ地方クラブを遠方で支える者の楽しみではなかろうか。

 といって試合のことをちっとも考えてないな。もう昇格したような気分でいる。といって気が抜けてる訳でもない。ぼくは結構今回のJ2は楽しんでるような気がする。

2008年9月19日 (金)

『レジェンド・オブ・スターズ』

 夜福山通運から宅急便が届いた。不在連絡票があったので明日にでも届けてもらおうと思ってたが気を利かせたのだろうか。まあ大体宅急便の運転手も担当地区は決まってるのでこの家はこの時間になったらいるというのが分かってるんだろう。そして福山通運ということでその中身が何かはすぐに分かった。e-Vpointからの発送品は必ず福山通運なのだ。そしてそれが予約注文していたDVD『レジェンド・オブ・スターズ』だというのは分かっていた。

 実はこのDVD5枚も注文してしまった。理由は近場の仲間と共同購入ということだ。それにより送料の500円を割り勘するということだ。これを提案したのはぼくだ。だから誰が注文するかというとこになって結局ぼくがやることになってしまったのだ。

 e-Vpointから発送のメールが来た時すぐに共同購入をした仲間に連絡を入れたがみんな週末の横浜FC戦に持って来てくれということだった。やはりみんな早く観たいということだろう。でも週末台風の予報もあるんだよな、大丈夫かなと思いつつも一刻も早く渡してやりたいという気もするのだった。

 早速箱を開け5枚の内の1枚を抜き取るとそれをDVDプレイヤーに挿入した。サンフレッチェのDVD、こんなものが現実のものとして画面に現れたのだ。もうそれだけで感動だった。正直なところこのDVDに登場する選手のほとんどをぼくは知らない。ぼくがサンフレッチェを観だしたのは1999年辺り、ちょうどこのDVDの選手と行き違いになってしまった。だからどこか他人事のようでもありつつもやっぱりそこに映し出されてるのは紫のユニフォームを着た選手なのだった。ああ、こんな選手がいたのか。ビッグアーチもこんなにお客さんが来たこともあったんだなと遠い目をしてしまうのだった。

 ただ、風間八広で始まったインタビューを中心にした構成であったためどうも聞き取りにくかった。いや、これはDVDの宿命とも言えるのだが人間の話してる音声というのがどうも鮮明ではない。ぼくの使ってる機器の問題かというとそうでもないような気がする。家電にそれ程詳しい訳でもないのであまりハッキリと名言はできないのではあるが。

 そういう訳で本当に内容を把握したかったらヘッドフォンが必要だということが分かった。ヘッドフォンもどこにいったやら自分でも検討がつかない。昔は自分で曲を作ろうと躍起になってパソコンで曲作りに励んでいたが段々とその手間の膨大さと自分の作ってる曲のクオリティの低さに呆れてやらなくなってしまいそれと同時にそれらの備品は倉庫の奥深く沈むこととなったのである。ああ、もう無用の長物と思ってたものも何かしら役にたつこともあるんだな。

 それでもザッと観た感想だが、こういうDVDなんて良い場面ばかり抜き出してるのでそう見えて当然なのだろうがサンフレッチェって過去に良い選手がいたんだなという気がした。確実にこれらはサンフレッチェの歴史の一部であり今につながってるはずである。柏木や高萩が活躍してる今、ずいぶん変わってきたなという印象はある。そして時々映ったスタンドの様子、これこそかなり変わってきたという感じがする。どっちが成熟してるかというと当選に今の方がプロっぽい。やっぱりサンフレッチェも何だかんだ言って進歩を続けてるんだ。経営難に陥ったりJ2に落ちるようなこともあるがクラブとしては歩みを続けてる。そんな認識を与えてくれる1枚だというのは間違いないだろう。

2008年9月15日 (月)

山形戦~試合を壊した真犯人

2008/09/14 モンテディオ山形vsサンフレッチェ広島 NDソフトスタジアム

「イッセェーーーーイッ、あれ外すか~!」

 当たれば1点、そんなゴール前の絶好機に高柳は宇宙まで飛ばしてしまうようなキックを蹴ってしまった。こんなことだからレギュラーが取れない。しかもその後モニターに映った高柳の笑ってる表情があり「笑ってる場合かあ!」と叫んでしまった。

 といっても高柳がゴールしようとゴールすまいと結果には変わりなかった。もうその頃には久保にゴールを取って欲しい、ただそれだけだった。ボールを取れば久保にパスをしろ、クロスを送れ、久保がボールを持つとシュートだ、シュート、パスなんかするなよと叫ぶのだった。その様子、もはや試合としては成立してないことを意味していた。「もう試合としては壊れてしまったな」と発言したらみんな笑ってた。「それは禁句ですよ」と言われたものの笑ってるということはそう思ってるということだろう。

 2位に位置する山形。集客活動をした効果もあって14,392人も客を入れた。そして第2クールでは先制するも負けてしまったこともあって苦労する試合になる予想もできた。実際に危ない場面もあった。それもシュートの精度の悪さと佐藤昭大のファインセーブによって救われた。やはり手強い相手と思ったものの3点目によってもうこの試合は終わったと見ていい。その3点目、それを入れたのは槙野だった。

 本来ならここで1点目を入れた寿人、2点目を入れアシストも2つ決めた高萩を称賛すべきだろう。でもインパクトを残したのは槙野だった。もう最初からゴールを決める気満々であるのが見え見えだった。最後列からいつの間にか前線に上がって空きあらばシュートを打つ。前半に放ったミドルシュートはバーに当たってしまった。よっぽど7点も取って大勝した岐阜戦でゴールできなかったことが悔しかったんだろうという気がしたんだが一体どういうメンタルをしてるんだろう。もはや槙野がボールを持ったらそれだけでゴールを狙いそうだ。特にそれがサイドだったら尚更だ。ハーフウェーラインより後ろだったが果敢にドリブルで上がり一度は止められたものの服部に渡したらそのまま前に走っていった。そしたら服部は上手くパスを出してくれた。よし、そのままシュートまで行けと半端無謀な挑戦のように思われたぼくらの声のままシュートしたのである。それがゴール、あんなシュートを決められたらもうまともな感覚では観ていられない。試合を壊したのは槙野と言っていいだろう。

 その他にも相手ゴール前の混戦で靴の脱げた槙野は靴が脱げたままプレーをしたのが印象に残った。見方に必死に叫んでるように見えた。ボールを外に出せと叫んでたのではなかろうか。たがなかなかボールが出ない。そこで自らボールを外に出したのがいかにも槙野らしい。サンフレッチェもいつの間にか個性的な選手が揃ってきたような気がする。

 これで4試合連続で4点以上得点したことになった。まあ他のチームとの予算規模を考えるとこれくらいの差が出て当然である。それでも開幕当初のあのギリギリで勝ってた状況に比べると明らかに昇り調子だ。勢いがある。出場停止のリ・ハンジェの代わりに右サイドに入った青山も良かった。チーム内のポジション争いも熾烈になってきた。サンフレッチェ・サイコー、広島・サイコーである。ただ、この監督だけはまだまだ空気を読む術を覚えて欲しい。浩司のゴールが決まり4点差になったのに久保が出てくるのが85分ってどういうことだ?せめて後5分早く出してくれよ。ってこんなこと言ってたぼくたち、実はぼくたちが一番試合を壊してたのかもしれないのだった。

2008年9月13日 (土)

7年前と同じ場所で

2008/09/13 高円宮杯予選リーググループF サンフレッチェ広島ユースvsFC東京U18

 西が丘サッカー場

 本蓮沼の駅から近かったような気がしたが。

 都営線の駅から出たぼくははるか昔の記憶を頼りにスタジアムに向かった。確か初めてこのスタジアムに行った時もユースの試合だった。そして奇遇にもその時も対戦相手はFC東京だった。

 あの時場所も知らずにスタジアムにたどり着けたのは何となく人の流れに付いていっただけである。そして今回もいかにもサッカーを観に行く感じの人に付いていったらたどり着いた。久々に訪れた感想として記憶よりも駅から離れてたもののその順路は駅から真直ぐで別に迷うようなものではなかった。そしてスタジアムに入ると地元だというのにFC東京のサポーターが少なかった。これもかつて訪れた時と同じだった。

 さすがにサンフレッチェのゴール裏もトップの試合に比べると圧倒的に人が少ない。でも大体いつもの面子は揃ってた。そしてそこまで来る人はユースといえど結構選手のことを知っている。ぼくはといえばトップにもベンチ入りしてたGKの原ただ一人だ。それ故に注目選手は誰と聞いたらそこかしこに何番の誰、何番の誰と次々に名前が飛び出したのであった。前はみんなメンバー表を持ってきて一々それを参考にしながら応援してた。あれからサポーターも進化した。ぼくだけが時が止まってるということだろうか。

 そう、ぼくは時が止まってた。あの日あの頃にだ。それはまさに7年前初めてぼくがサンフレッチェの話をした仲間に出会ったのはこの場所だった。それまでお互いメール交換をして顔を知らない存在だったどんきさんと実際に会ったのはぼくにとって信じられない程嬉しい体験だった。そしてその時少ないながらも応援してた人たちに混じってぼくら2人も声をだしたのだった。

 その試合の後、その応援してた人に広島から来たんですかと聞いたらみんな東京の人だということで関東にもサンフレッチェが好きな人いるんだという確信が持てたのである。そこでぼくはかつてから温めてた構想、関東でサンフレッチェが好きな人を集めることにどんきさんと真剣に行動を進めるのだった。そこでどんきさんが立ち上げたのがメーリングリスト、全てはそこから始まったという気がする。

 そんなことばかり考えてたぼくは正直なところ試合のことはあまり記憶に残らなかった。何だか簡単に失点したなと思ってたら終了間際は怒涛の攻撃をやってあと5分あれば勝てそうだった。理論的には何も説明できない、感覚的なものだけだ。まあ引き分けだからいいんじゃないか。7年前の試合は負けた。少なくともぼくが西が丘に来ると負けてしまうというジンクスを作らなくて済んだのだ。

 試合後選手が挨拶に来た。真近で原を見るのは初めてなので思わず見入ってしまった。一瞬目が合った。何だこいつ、気持ち悪いやつだなと思ったかもしれない。でもなかなかいい顔をしてる。こう言うとますます気持ち悪い男になってしまうがGKというのはやはり迫力のある顔の方がいい。そういう意味で期待感を抱かせてくれたのだった。

 その後何人かの人は2日後に藤枝に行く話をしてる。さらに明日山形へ行くという話をしてる人もいる。7年前を思い返し、やはり相当変わってるなという気がするのだった。

2008年9月11日 (木)

少年からの質問

「何でサンフレッチェが好きなの?」

 千葉に住んでるぼくに近所のサッカースクールに通う子供に聞かれた。

「広島で育ったからね」

「サンフレッチェで好きな選手って誰?」

「うーん・・・」

 言葉に詰まった。これだけサンフレッチェを応援してきて特定の好きな選手と言われて名前が出てこない。挙げてしまえば全員なのだが1人だけとなると困ってしまう。こういう時嫌いな選手はすぐに思い浮かぶものだ。2003年のマルセロとか監督であるが小野剛とか。だけど特別に好きな選手というのが難しい。

「サンフレッチェのチームが好きで選手としては特にいないなあ」

 こう答えたぼくはあまりにもイマジネーションがなさ過ぎた。こういう場合寿人のゴールへ対する嗅覚を賞賛するとか高萩のボールキープの巧みさや柏木の運動量の多さなどを吹き込んでやるべきなのかもしれない。せっかく聞かれたのにサンフレッチェを宣伝することができなかった。

 とはいえ最近そのサッカースクールで紫のユニフォームを着てくる子が出てきたのである。千葉なのにサンフレッチェ広島、何だか妙な気分だが誇らしくもある。それでいてずっと前からサンフのユニフォームを着ていたぼくは自分の専売特許を侵されたような気もしたのだ。かつてはどんなに忘れ物ををしようとそこにサンフレッチェのロゴが貼ってある限り必ずぼくの手元に帰ってきた。そういう経緯もあり実にややこしい心理に陥ったのである。

 でもこんなことほんの8年前には想像もできないことだったのだ。アウェイのユニフォームなんか着ようものなら誰もどこのユニフォームか分からないという状態だった。進行は遅いが徐々に認知度は高くなっている。そういえばぼくは同じ町に2人もサンフレッチェを応援してる人を見つけた。そんなこと考えられなかった。

 しかし多くの人はどうなのだろうか。どの選手が好きと聞かれどう答えるのだろう。ぼくが応援しだした頃はまさに久保と藤本主税と下田以外地味な選手ばかりだった。よほどのサッカー好きでもその3人くらいしか名前言っても分からなかったのではなかろうか。いや、もしかしたらその3人でさえよく知られてなかったかもしれない。そういう時期に応援を始めたぼくとしては誰か特定の選手という概念がないのはしょうがない話だ。

果たしてぼくが特別なのかどうか。今度仲間に聞いてみることにしよう。

2008年9月 9日 (火)

FC岐阜戦~ゴール獲得合戦

2008/09/08 サンフレッチェ広島 vs FC岐阜 広島ビッグアーチ

「オレオレ、オレの得点だ~!」と言わんばかりに柏木は自らを指差してアピールしていた。確かに柏木のシュートだが高萩に当たってコースが変わった。80%は柏木のゴール。でも記録は記録。最初得点者は柏木となってたものの後で高萩へと変更されてた。まあしょうがないだろう。

3点目が入ったこの瞬間試合としては終わったと言っていいだろう。確かに相手に退場者が出て3点差に付けたにもかかわらず立て続けに2失点してしまった日本代表の記憶は過ぎった。だけどこの10分後にオウンゴールが出るともうみんな自分の得点が欲しいと攻めて攻めて攻めまくっていった。服部が上がる、槙野が上がる、青山が上がる、みんながみんなゴールを決めようとした。正にこれはサッカーの試合というよりゴール収穫大会とでもいう様子だった。ただ、あまりにも調子にのって失点した時は少し兜の緒を締めたのだった。

それでも5点、6点と入っていってやはりゴールラッシュは止まらない。そんな中交代で出た久保にぼくらの期待が集まる。ここで久保のゴールだろと思ってたら肝心なとこでパスを送ってしまった。ク、ク、クボ~、どうしたんだ~!転生のストライカーとしての感覚を持ってる久保がまるでシュートを打たないサンフレッチェ病にかかったかのようだった。むしろ普段シュートを打たない選手がどんどんゴールを狙ってる。異様な光景だ。もうこうなったら訳が分からない。

そしてその最たるものは青山のゴールだった。久保のキックをGKがキャッチしたまでは映像があった。その後久保の顔を映したかと思うと次に画面が変わった時にはボールはゴールに入っていたのである。あれ、ファールがあったのかな。何だ、ゴールキックやり直し?でもみんな喜んでるみたいだな。あ、ゴールなんだ。どうしたんだ?GKが自分で入れてしまったのか?

その後青山の喜んでる映像が流れ青山のゴールということが分かった。分かったもののそれはミステリーだった。あの短い時間でどうやってシュートまで行くんだろう。考えられるのはGKが青山の正面にボールを出しそれをそのままシュートしたということだ。横浜FC戦と同じことをやったということだ。そしてリプレイがないことからカメラもその場面を撮ってなかったとみえる。この辺がカメラ台数の少ないJ2の哀しいとこである。

終わってみれば7-1。考えられないような大差がついてしまったがよりによってこれが寿人のいない0トップの試合でやってしまったということだ。寿人がいたらどうだっただろう。案外こんな大差がでなかったように思う。それでも寿人がいる方が安心感がある。とはいえ高萩が最前線に出る形、キープ力があるのでこれは新しいオプションとして有効であった。

 試合後のハイライトの映像で前半の柏木がPKを外した場面ははるか昔のことのように感じられた。それくらい後半は別のゲームとなってしまったのである。でもよく見ると結構危ない場面もあったのだ。そういう危ない場面、J1ではやられてるような気がする。といっても今はこの大勝の気分に酔いしれるのだ。

これぞ特定の選手に頼らない、どこからでも点の取れるチームだ。前監督がそういうチームを造るといいながら気に入った選手に固執してどこからも点の取れないチームにしてしまった。ミシャには色々と批判はあるもののその点だけは少なくとも前監督よりマシだと思うのはぼくだけだろうか。

2008年9月 8日 (月)

FC岐阜戦~0トップの実現

2008/09/08 サンフレッチェ広島 vs FC岐阜 広島ビッグアーチ

 0トップ。その言葉を聞いた時嫌な予感がした。寿人のいない布陣としてミシャの頭にはこういうオプションしかないのだろう。何だか苦労しそうな気がした。点が入らないで最後の最後は久保頼みという展開が予想できた。大方のサポーターの考えもそんなとだったのではなかろうか。

 夕方になりぼくはパブリック・アローズを訪れた。いつも一緒の仲間がすでにいたが何だか久々に会ったような気がした。水戸戦にも行ってないぼくは確かにこの中ではしばらく見ない顔であった。といってもせいぜい3週間くらいの話だが。

「おや、最近大変だったようだね。色々と話は聞いたよ」

 ドクトルさんから労いの言葉を貰う。まあ大変だったがサンフの試合が観れればどうってことない。これから先これから先、このような不幸のないことを祈る。

 どうして今日はみんなこんなに早く集合してるのだろうと思ったらみんな高円宮杯へ行ってユースの試合を観戦した後だったのだ。あんたが来ないから負けちゃったと言われたがまあしょうがない。だけどその試合にSさんが来てたらしい。それから広島に向かったということだがモニターにゴール裏が映し出された時、Sさんの姿があったのである。昼まで都内の西が丘にいて夕方の広島での試合に間に合わす、そんなことが物理的に可能なのだということを初めて知った。知ったもののだからといってマネできることではないのだった。

 しかし観客席は少なかった。バックスタンドが埋まってないのが明白だった。後の発表では8,843人だった。やはり少ない。結局こうやって毎試合何とか観たいといって集まるのはぼくを含めまだまだ特殊な人種だけということなのだろうか。

 試合が始まると岐阜の選手は前からプレスをかけてきた。J2のほとんどのチームはサンフレッチェに2勝した甲府の戦い方を参考にしてきている。ただ、ほとんどのチームが前半の最初だけプレスをかけてくるものの長続きはしない。やっぱりそれが普段やってるチームと付け焼刃でやってくるチームとの違いだろう。サンフレッチェはいとも簡単にプレスを掻い潜り前線へとボールを運ぶ。そしてそれを可能たらしめたのは高萩の存在が大きいのだった。無理な体勢でもキッチリとボールを収めてくれる。岐阜の選手はボールが取れない。だから浩司や柏木がどんどんと上がることができる。青山も上がる。服部もよく顔を出すようになった。そこで生まれたのが柏木のPKだった。ペナルティエリアで後ろから蹴られたがあれは取られてもしょうがない判定だった。

 PKのキッカーは柏木。この時ミシャは顔半分を手で隠しマズイな~という顔をしていた。そして柏木自身も緊張した表情だった。そしたらやっぱり外した。GKが反応したとかそういうことではなくゴールマウスを大きく外してしまった。ミシャもああ~、やっぱりというリアクションをしていた。

ただ救われたのはCKからの岐阜のオウンゴールだった。小峰の頭に当たったが第1クールで対戦した時この小峰の存在が邪魔で邪魔でしょうがなかった。それが第2クール、今回の第3クールとなるに従い段々存在が軽くなっている。やはり年齢的なものがあるのだろうか。そういえば岐阜自体開幕の勢いがなくなり最近ではめっきり勝てなくなってしまったのはやはり年齢的に高い選手が多いせいで連戦による疲れが影響してるとも考えられなくもない。

それでも時々喰らうカウンターには肝を冷やされた。全くこのチームはカウンターに弱い。J1で大量失点をしたというトラウマもある。だから早く追加点が欲しかった。そして前半終了間際に流れるようなパス回しで浩司が決めた。浩司のシュートも素晴らしかったがその前の高萩の一瞬溜めたパスが絶妙だった。0トップの得点、まさにこんな場面を想定してたのだろう。前半で2点、もはやこれで勝ったような気がしたのだった。

2008年9月 7日 (日)

不思議の国、バーレーン

2008/09/07 W杯最終予選 バーレーンvs日本 バーレーン

 この試合を観た人なら誰でも日本の得点シーンより失点シーンの方が頭に残ったことだろう。日本の得点は技術、アイデア、戦術を駆使した得点であろうがバーレーンの得点はいともアッサリとしたものだった。あの得点シーンだけ観ればサッカーって簡単に点が取れるスポーツなんだと思ってしまう。あれは別の競技だった。そう、中東でのサッカーは何かが違う。

 まずは審判。これは中立な立場の審判が来てるのでどちらが有利不利という話はないはずなんだがどうも中東寄りなのである。いや、中東のチームをひいきしてるという意味ではない。ジャッジの基準が中東のものになってしまうのだ。だから日本のジャッジに慣れているぼくはあれがファールじゃない、それ違うだろというものがある。かといってバーレーンが有利かというと一人退場してしまったことからやはり公平なのだ。どうもその独特のジャッジという印象はスタジアムの雰囲気によるとこが多いような気がする。

 まだら模様になった芝生。中途半端に入ってる観客、そしてスタジアムに鳴り響くお経のような歌。それらがどこか独特の世界観を醸し出し中東のサッカーにさせているのだ。そこはまるでサッカーとは別の競技をしているかのようだ。異世界、アウェイの戦いではこういう難しさがある。

 それでも勝てたのだからいい。結果としてはそうだろう。だけどどうしても03とした後に立て続けに2失点してしまったのはW杯予選を戦う上で大いなる不安を感じさせるのだった。やはりこの代表は弱い。本当にW杯へいけるのだろうか。期待感が薄らいでしまったのだった。

 ここに来て未だにメンバーが固まってないように見える。寿人がスーパーサブとして出ることからしてあまり選手の特性が生かされてないような気がする。もっと長い時間寿人を見てみたい気がしたのはやはり前でボールに絡んだら面白い展開になってるのだ。少なくとも寿人が入った後1点入った。ただ、2失点もしてボールが前に来なくなってしまった。寿人は代表ではついてないようだ。やはりJ2にいることで監督の印象も1ランク下にあるのかもしれない。もう寿人がW杯に出ることはないのだろうか。

 うーん、寿人ってサンフ止まりの選手なんだろうか。何だか腑に落ちないんだよな。まあサッカーなんてそんなもんかもしれないが。

2008年9月 6日 (土)

岐阜戦観戦会案内

「アローズに電話しました。いつも通り17:3018時の間に開けるので、またよろしくお願いします。とのことでした。

 仲間からそのようなメールが来た。オリンピックが終わって店もサンフレッチェの放送をやってくれるということだ。オリンピック、長かった。サンフはオリンピックに負けた。当たり前といえば当たり前だがそんな中でも下北沢ではサンフレッチェの放送をやってくれたようだ。負けなかったとこもあったのだ。

 ついでにこの日11時に西が丘で高円宮杯でユースの試合があるのも指摘された。朝はユース、夜はトップ。まさにサンフづくめの一日である。ということでみなさんご予定の都合がつけばいらっしゃってください。

97日(日)18時~ FC岐阜戦 

パブリック・アローズ 

272-0033

市川市市川南1-1-8

 

サンハイツ1 

JR

市川駅

南口徒歩1 

http://public.arrows-project.com/index.html 

お店はキックオフ30分前に開店していただいております。 

2008年9月 5日 (金)

復活宣言

 辛く厳しくハードな毎日だった。詳しくは語れないが少なくとも恐い人を相手にしなければいけないのは不幸だった。よりによってぼくがそういう業務に当たったのは運が悪いとしか言いようがなかった。お陰で休みなしで残業続きという生活を3週間近く続けざるを得なかったのだ。その精神的負担、肉体的負荷、そして時間の制約というものはぼくをサッカーから遠ざけるのに充分な効果を発揮したのだった。この間ぼくがしたことといえばせいぜいタイセイさんに電話してサンフレッチェの試合がどうだったか聞くくらいのことだった。

 水戸のプレーは荒かったということだった。アフターチャージが多いと。それでも14というスコアになってしまう辺り相当実力差があったのだろう。水戸には期待してただけにちょっとガッカリだ。敵であるはずの水戸に対してこんな感情を抱いてしまうのはやはりもう余裕があるからだろう。J2下位のチームにはJリーグのレベルを上げてもらうためにもやはりチーム力を上げてもらいたいという気持ちがある。

 こうやってサッカーのことを考えられるようになった。精神的に行き詰ってしまったらとてもそこまで思考回路が行き届かなかった。そういえばかつてもそんなことがあったな。あれは小野監督の3年目のシーズン。勤めていた会社が廃業することを決めてしまい途方に暮れていた頃だった。一体これからどうすればいいんだろう、そんなことを考えながらなくなると分かってる会社で働くのである。これはモチベーションが上がらなかった。そしていつもいつもこの先どうするんだろうという考えに支配されていた。さらに小野剛が監督をやってるということがさらにぼくにサンフレッチェへの関心を遠のかせるのだった。実はこの年の鹿島戦の時ぼくは千葉の

四街道市

にいた。そして鹿島から来てる人がいたので帰りに同乗させてもらえばナイトゲームに間に合ったのである。それなのに行かなかったという試合があった。あれも相当追い詰められてたのだろう。と同時に小野監督をそれくらい嫌ってたということだった。

 後で考えてみてあの時鹿島に行かなかったのはショックだった。自分で取った行動ながらすぐ近くで試合があるのに行きたいという気が起きなかったということが哀しかった。だからサッカーに関心が出てきた今、実に精神的に安定してるんだろう。そして早く試合が観たいと思ってる。寿人は代表でいないが柏木や高萩のゴールが観たいという気持ちがある。関東での試合だったら最高だったな。大声でサンフレッチェ・コールをしてみたい。

 サンフレッチェを応援すること、これがいかに幸せなことかというのに気付かされたのだった。今回仕事上の任務は最初から苦労するのは分かってたが他にできる人はいなかった。だから水戸戦も他の人に代わってもらうということができなかった。こういうとぼくがいかにも優秀でできる奴と思われるかもしれないがそれは単にぼくが色んな会社を廻ってたせいで自然と業界で顔が広くなり色んな人に無理を聞いてもられるというだけだった。その転職もヘッドハンティングされたとかそういう訳ではなく単にぼくの行った会社は軒並み潰れてしまい必要に迫られて会社を替わらざるを得なかっただけである。今の会社に面接に行った時など履歴書を見られてキミは運が悪いなと言われてしまった。

 同じとこで働けて同じように週末にサンフレッチェの試合を気にかけることができる、それが何と幸せなことか。それを改めて思い出させてもらったこの1ヶ月だった。とりあえず今度はホームの岐阜戦。果たしてアローズは放映してくれるんだろうか。とりあえずは仲間が確認してくれるという連絡があった。その報告を待つことにしよう。

 いや、待てよ。月曜も休みをもらったから広島まで行けるじゃないか。一瞬考えてしまったがそれはぼくの財力が許さないのだった。

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