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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2008年8月31日 (日)

身に降りかかる愚痴

2008/08/30 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松陸上競技場

 滝のような雨に打たれまるで修行僧のような気分でいるその時、ぼくは川崎にいた。そしてこの天候じゃ笠松も大変だろうと考えた。そして水戸戦に行けなかった自分を慰めるのだった。

 仕事中、ドクトルさんに電話した。笠松に向かってる途中の時間を狙って。そして運転中ということで同乗してる仲間と話した。お仕事大変ですねという慰めを貰った。そして試合に行けない恨み辛みをまたブログに書くのですかなどと言われた。ぼくってそんなに愚痴を書いてるだろうか。仕事は嫌いだから触れないことにしてるぞ。仕事はぼくのサンフ観戦の邪魔ばかりしてるぞ。みんなで寄ってたかってぼくを観戦に行かせないように仕向けてるような気がすることがあるぞ。あ、やっぱり愚痴になってしまったではないか。そもそもこういう気分になるということが分かっておきながら観戦に向かってる仲間に電話するぼくは何なんだろう。

 都内を中心に降ったり止んだりで読めない天気だった。夜は雷も鳴っていた。そしてサイトを覗いたら14の勝利、しかも雨なんか降ってないようだった。4点、4点、4点も入れた。よりによってぼくの行ってない時に4点も入れた。こういうもんだ。まあ笠松は関東とはいえ遠征地と思い行けなかったことはしょうがないと諦めることにした。ただ観客は3,259人、少なかった。確か水戸はこの日

水戸市

内の人は無料で入ることができる企画をやってるはずだった。それでもこの人数、かわいそうな気さえしてくる。荒田のような日本人ストライカーが突如現れて見所あるはずなんだが。そういやその荒田に先制点を決められたんだな。こういう話題に上ってる選手にキッチリ決められるとこなどまさにサンフレッチェらしい展開であったようだ。

 後で水戸の選手の試合後のコメントを読むと甲府戦を参考にしたということだった。ということは前からプレスを掛けるということだ。これはサンフレッチェの最も苦手とする先方であるには間違いないが上手くかわすことさえできれば逆に大量点を取ることができるということはこれまでの試合から経験してることである。まさに今回はそれが良い方向で当たってくれたようだ。

 『スーパーサッカー』で珍しくJ2の試合をハイライトで流してくれた。サンフレッチェは長めだったのが嬉しかった。寿人が試合後にサポーターへこれで気持ちよく代表のバーレーン戦に行けるとメガフォンで喋ってた。ああ、楽しそうだな。ただゴール裏のサポーター少なかったな。やっぱり笠松は簡単に行けるとこじゃないからしょうがないんだ。身内の不幸で行けない仲間がいたな。ぼくは身に降りかかった不幸で行けなかった。ああ、やっぱり仕事は不幸の連続だ。やっぱり最後は愚痴になってしまうのだった。

2008年8月29日 (金)

敵である水戸戦ホーリーホック

2008/08/30 水戸ホーリーホックvsサンフレッチェ広島 笠松陸上競技場

 毎日毎日雨が降り土曜も雨だという予報が出ている。第1クールでも大雨の予報で雨具の準備をして行った記憶のある笠松だがアウェイの水戸戦はそういう運命にあるようだ。もっとも前回は予報が見事に外れ直射日光を浴びるという辛さがあったが。

 水戸ホーリーホック。J1J2というカテゴリー分けをして以来始めてJFLからJ2へ昇格したチームである。あの当時は横浜フリューゲルスが消滅しそのサポーターの意思を継ぐべく結成された横浜FCJFLに参加した初めてのシーズンであった。横浜FCのライバルとして君臨した水戸だったが1年先に昇格を果たしたのだった。JFL時代に3千人を入れたことがあるという実績に時間を掛ければ地元に根付くのではなどと思っていたがその地位も存在も8年経った今当時と大して変わりはない。むしろ経営難の情報がいつも飛び交い存続も危ういというのが実情だろう。どうしてここまで人気がないのか。弱いから。それがもっとも大きな理由であるのは間違いないだろう。

 ただ、例外が2003年だった。サンフレッチェからレンタル移籍したトゥーリオの活躍でそれまで最下位争いの常連だった水戸は上位を脅かす存在となった。その時に水戸もやるんだぞというアピールを地元にできただろうが翌年トゥーリオが浦和に移籍してまた元の順位に戻るようになってしまった。チーム消滅と言われ再生した甲府や鳥栖といったチームがある反面どうしたって浮上することのできない水戸のようなチームもあるというのは見事にJ2において明暗を分けている。

 そんな中水戸は少ない予算である以上当然注目選手など取れないことから無名の大学生選手に焦点をあてるようになった。これが何気に良い選手の発掘となっている。金がないならないなりに知恵を使えばいい。かつてサンフレッチェが久保竜彦や服部公太を発掘したように無名の選手を育てることができれば水戸のブランドも上がっていくだろう。成績ではどうしようもなくても何か一つ特徴があれば見る目も変ってくるのではなかろうか。

 正直今の水戸にJ1に上がる意思はないだろう。遠い目標としては設定してるだろうが現状としてはもうちょっと観客動員が上がって戦力的にも充実しないと無理である。まるで潰れないことが目標と言わんばかりの存在でなかなか地元でアピールするのは難しいだろう。弱くても誇れる何か。ようやくそこに行き着く一つの光が差してきたのではないだろうか。

 5年経ってまた戦うことになったJ2の舞台だが水戸のようなチームが以前とは違った輝きを放ってるのを見た時、敵でありながらちょっと嬉しくなったりするのだった。

2008年8月27日 (水)

寿人代表選出、W杯予選に想う

2010FIFAワールドカップ南アフリカ アジア最終予選(9/6 vs.バーレーン代表@バーレーン・マナマ)の日本代表メンバーにサンフレッチェ広島所属の佐藤寿人選手が選出されましたのでお知らせ致します。

(サンフレッチェ広島公式サイト)

 まあ選出されるだろうなとは思ってたが予想通り選出された。こういうW杯の予選という舞台に選出される辺り完全に戦力と考えられてるのだろう。もはやサンフレッチェもJ1昇格は計算できるようになったので戦力として取られるのはそれ程痛くない。むしろあえてJ2に落ちたチームに留まった寿人のキャリアの為にも是非参加して欲しい大会だった。

 ただ代表では寿人の特徴を今一つ生かしきれてないように見える。それもそのはず、TVなんてボールを持った選手しか映さないから終了間際に出る寿人に存在感がある訳がない。そして寿人の特徴、それはマークをされシュートを打てないまでもどこかで決定的な仕事をすることだ。そしてチームに安定感をもたらす。絶対に代表でも使うべき人材である。

 しかしこれにより岐阜戦は寿人がいないことが決定となってしまった。こういう時平繁がいないというのが残念だ。他にFWが久保しかいないというのが何とも乏しい。また0トップでもやるのだろうか。やるかもしれない。まあそんな先のことなんか考えてもしょうがないんだが。

 2002W杯の時は久保が選出されなくて寂しい想いをした。寿人も2006W杯へ選出の可能性がありながらも最終段階で落選した。その時のことを思い出せばやはり代表選手であるということは誇りであるし出て欲しいと思う。それがここのところの風潮として代表よりクラブを優先しろという空気はどうしたものだろうか。

 それもこれも代表人気が落ちた影響が大きいのだろう。選ばれても以前程名誉じゃなくなった。TV視聴率も悪いので観てる人も少ない。そうするとそこでがんばったところであまり出場した選手にメリットがなくなる。そしてその所属クラブのサポーターにしてみれば怪我やコンディションの崩れがないか心配になる。それで肝心のクラブの方が負けるようになればそういう心理も当然ではある。

 だが本来その国のトップの内のトップの選手が他の国のトップの内のトップと試合をするのである。楽しみじゃないはずがないはずだ。それがこんなにもブランド力が落ちたというのはどういうことなんだろう。やっぱりこの辺で日本もまだサッカーにおいては過渡期ということなんだろうか。

 ドイツW杯予選の時にはもっと注目されてたような気がする。それが今回は実に世間の注目が低い気がする。一体どうしたんだろう。あらゆる意味で不安な予選なのだった。

2008年8月24日 (日)

福岡戦~不安の後また不安

2008/08/23 サンフレッチェ広島vsアビスパ福岡 広島ビッグアーチ

「あ、今日試合あったんだ」

 電話をした時何気なしに相手から今2点入れたということを聞いた。たまたまインターネットの速報を見てたらしい。てっきり明日だと思ってたぼくは試合を見逃したのだがハッキリ言ってそれはどちらにせよ同じことだった。土曜も日曜も仕事、しかも残業、家に帰ったらもう試合は終わってるのである。殺されてしまいそうな労働環境にいるぼくは何よりもデーゲームならまだしもナイトゲームにさえ立ち会えないことに憤りを感じるのだった。

 ただこの試合は期待してなかった。浩司、青山不在、得点力の低下、引き分けの後完封負けという流れ、そして福岡の好調さは不利な戦いを想像させた。特に高柳一誠の出場は不安を大きく煽るのだった。

 帰りにタイセイさんに電話をした。

「今日試合あったんですね」

「そうなんですよ」

 それからぼくの今の惨状を刻々と告げる。

「それは大変ですね。まあ今日の試合はDVDに焼いてあげますよ。それにしても今日は驚いたことに高柳が良かったんですよ。2本もミドルシュートを狙って積極的でした。先制点は槙野でしたね。久々の得点ですよ。そして柏木がGKが後ろに逸らしたボールをそのままゴールに入れたんですよ。いえ、オウンゴールじゃなくてDFGKをかわして抜け出したんですがボールはGKがキャッチせずにそのまま後ろに逸らせたものだったんですよ。そして高萩が柏木のパスから決めてますね。これも久々のゴールですが試合の中ではあまり良くなかったですよ。そして最後にカズのゴールですよ」

「おお、カズ今期初ゴールか。カズってやっぱりボランチで出てたでしょ?」

「うん、やっぱりカズはボランチの方がいいですね。ストヤノフと軸ができてますよ。あ、そういえば福岡のハーフナー・マイクがストヤノフと盛んに言い合ってましたね。まあ完全に押さえ込まれてましたからね。あと黒部が交代で出たんですけどまるで存在感がありませんでしたよ。まあ完勝じゃないでしょうか。観客数は12,166人と夏休み最後としては微妙な数字ですがこの試合の告知がゴールの花火を観に行こうだったんですよ。見事その告知通りになりましたね」

 素晴らしい。こんな展開になっていようとは。これでぼくも活力を貰い明日からはりきって仕事ができるだろう。いや、そんなことは絶対にあり得ないのだった。

 それよりもぼくは来週笠松へ行くことができるのだろうか。かなり怪しい。タイセイさんは笠松へこの試合のDVDを持っていくと言ってたがそもそもぼくは行けるのだろうか。不安である。不安で不安で不安である。結局勝っても負けても不安が募る要素はいくらでも転がってくるのだ。

 ああ、サッカーの神様よ、ぼくを救いたまえ。ぼくを笠松へ連れてって。

2008年8月21日 (木)

FWのいないウルグアイ戦

2008/08/20日本vsウルグアイ 札幌ドーム

「ドヘエエ~ッ!」

 思わずふんぞり返ってしまう。ゴール前の決定的チャンス、シュートチャンス、それらで日本の選手はパスをする、余計な切り替えしをする、シュートを打たない。日本の悪癖が露呈してしまった。これで得点を入れるというのは至難の業だ。どうらればいいんだろう。中村憲剛はオウンゴールを誘った。それも手だろう。少なくともゴールにボールを持っていく動きをしなければ何も生まれない。

 特にFWのシュート意識の低さは深刻だ。シュートの場面でどうしてももたついてしまう。不思議だった。FWなら自分で点を取りたいはず。そのFWがシュートを打つ時に言い訳のようなプレーに走ってしまう。シュートを打てないよりシュートを外すことを恐れてるようだ。こういう場面ばかり見ているのでもう得点する気が起こらなくなってしまった。

 どうして日本のFWはシュートを打たないのか。それは所属チームで1番手にいないということが決して小さくない理由となってるだろう。先発の田中達也も玉田圭司も所属チームで1番手ののFWではない。1番手は外国人ストライカーだ。そしてそれは他のJ1のチームも同様である。そこで自分がシュートを打つよりその外国人ストライカーの決定力に頼ることに慣れてしまうのではなかろうか。

 その点J2は日本人ストライカーが育ってる。かつては守備を固めて外国人ストライカーが1人で得点するというJ1昇格への王道というものがあったのだが段々とそういうスタイルがなくなってきた。特に今シーズンは外国人のFWの決定力に頼るというチームが極度に少ない。それは金銭的な問題もあるだろうが結局そうやって特定の選手に頼って昇格したところでチームに幹が通ってなかったらすぐに降格してしまうということに気付いたのではなかろうか。その為J2においては日本人ストライカーの活躍が目立つ。恐らく今後FWの選手においてJ2からJ1への移籍が活発になっていくだろう。

 そんな中J2のチームに所属する寿人が登場したが残念ながら時間が短かった。せいぜい3回くらいしかボールに触ってないように見えたがその3回だけのプレーで他のFWとは違う動きを魅せた。他のFWより心踊ったのは決してひいき目からではないと確信した。この辺が普段1トップをやってるFWと外国人FWの影に甘んじてるFWとの違いだろう。寿人がJ2にいるのは勿体ないと思ったがJ2にいることが決して選手としての質を落とすことになってないと思い知らされたのだった。

 それが分かっただけでも良かった。13とボロ負けしたけど楽しめる試合だった。ああ、せいせいした。でもよく考えたらこれってW杯予選最後のテストマッチだったんだな。ドヘエエ~ッ!またしてもわめいてしまった。本当にこんなのでW杯出場できるのかよ。特にFW、点を取りそうな選手がいない。玉田が先発してる時点でもうこれは・・・。結局最後は頭を抱えてしまった。その内寿人に頼られるのは目に見えてる。どうするんだよ、サンフレッチェFWいないんだけど。

2008年8月20日 (水)

岡本負傷

岡本は加療2ヵ月 右ひざ靱帯損傷

 J2広島は19日、MF岡本知剛(18)が「右ひざ内側側副靱帯(じんたい)損傷」で復帰に2カ月を要する、と発表した。17日のJ1神戸との練習試合中に負傷した。18日からU19(19歳以下)日本代表として参加する予定だった静岡県での合宿と、同県で23日から3日間あるSBSカップ国際ユースには不参加となった。 

(中国新聞)

 呪われてる。ここまで怪我人が多いのは呪われてるとしか言いようがない。どうしてここまで怪我人が出るのか。しかもそれが公式の試合中ならまだしも練習試合で負傷をしてしまうってどういうことだろう。医療制度がおかしい、まあそれは今年散々言われたことだ。だけどそれ以上に運もないというのも事実ではなかろうか。

 岡本知剛、ユースから飛び級でトップにはいりベンチ入りもしてたが試合展開から試合に出すには厳しい状況だった。そして甲府戦で青山と浩司がイエローを貰い累積警告で次節出場できない状況で岡本にも出場のチャンスがあったがU19の代表に選出されてしまった。それ自体運がないと思ってたら今度はそれさえも棒に振ってしまう怪我をした。ついてないとしか言いようがない。この運の要素、サッカー選手においては結構重要な要素なだけに岡本に付きまとう運がないというイメージはどうなんだろうか。

 しかし、ユースに詳しい人の話によると岡本は相当の選手だということだ。性格がキレやすいがそれもかなり改善してきたということ。そしてサテライトの試合では他の新人選手を押しのけて常にメンバーに入ってることからも能力的に抜けてるのだろう。ただぼくのようなユースの情報に疎い人間にとって非常につかみ辛い状況なのだ。

 せめてU19代表の試合に出場してくれればそこでの活躍を多少なりとも聞くことはできる。今のままでは何のイメージも沸かない。まあ試合に出てても特徴の分からない選手もいるが岡本ってどんな選手なんだろう。やっぱりここで怪我をしてしまうなんて運がないのだろう。いや、それとも次々と選手が負傷してしまう今のチーム自体が呪われてるのか。どちらにしても頭が痛いのだけはたしかだった。

2008年8月17日 (日)

甲府戦~イリヤンの救済

2008/08/16 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 小瀬陸上競技場

 甲府に着いたのはずいぶん早い時間だった。お盆のUターンラッシュに合うこともなくスムーズに来ることができた。ただ反対車線はとんでもない渋滞をしており帰りのことを考えると恐ろしいものがあった。

 開門より早く着いたぼくたちはアウェイ・ゴール裏に並んでる列に加わった。照りつける太陽が眩しい。皆影を探して何とか直射日光を避けようとしていた。ぼくも荷物だけ列に置きコンクリートの影に身を潜めたのであるが自分の持ってるチケットはA自由席だった。これで入れてくれるか不安だったがいざ開門が始まると何の問題もなく入れてくれた。この辺がJ2のおおらかなとこである。

 アウェイ・ゴール裏のスタンド、上がってみるとゴール裏の半分くらいに縮小されてる。サンフレッチェのサポーターも増えるには増えたが単に甲府がアウェイ・エリアを狭めたのもチケットが不足する原因なのだと気付いた。まあそんなのは最初から想像はしてたのだが。

 甲府もぞくぞくと客が入ってきて小規模な小瀬陸上競技場の8割はギッシリと詰まってきた。そして選手入場の時には青と赤のプラカードを掲げてスタンドをチームカラーで染めた。素晴らしい、素晴らしいがあの中に入りたくなかった。改めてA自由席に行かなくて良かったという気がした。

 ただ以前よりはマシになったとはいえ小瀬のゴール裏は観辛い。傾斜が緩いので反対のゴールになると何が起こってるか分からない。だけど試合が進むにつれて一つだけハッキリしてることがあった。それは圧倒的にサンフが攻める回数が少ないということだ。そしてシュートまでいけない。ピンチ、ピンチ、ピンチの連続。何だこりゃ、一体何をしてるんだ。

 車の中でストヤノフの復帰戦となるこの試合は不安だと言ってる仲間がいたが確かにストヤノフはおかしかった。パスの精度が悪い。ただパスの精度が悪いのはストヤノフだけではなくみんながみんな悪かった。これは甲府の前からプレスを掛けるプレッシャーに押されたということだろうか。でもそんなの最初から分かってるのに同じように戦って同じようにやられてるということではなかろうか。カズがストッパーのポジションに入ってた時点で期待感が薄らいだがそういうカズのディフェンスがどうのこうのという問題ではなくチーム全体が悪かった。

 この原因は高萩の不調が大きいだろう。まるでボールが収まらず何もできない。今のチームで高萩の存在は大きい。攻撃の中心となりつつある中でその中心が駄目だと攻撃がままならない。仙台戦から調子が悪いのだがその影響が得点力不足という結果にモロに現れているのだった。

 それでもピッチには11人立ってる訳で一人の選手の不調だけでまるでシュートまでいけないというのはどういうことなんだと疑問を感じ始めた。2点を失うと一体このチームの選手は何をやってるんだという気が起こり応援する気も起こらなくなってしまった。コアサポーターもコールの中に「戦え広島」というフレーズを入れるようになった。それだけはぼくも声を大きく反応させてしまった。

 ピッチの左側に座ってたぼくはラインの一直線上に位置しメインスタンド側にいた副審の判定ミスにモロに気付いてしまった。それが1回ではなく2回も3回もだったからしょうがない。主審もサンフの選手には平気でイエローカードを出すようになり選手もやりにくかったのだろうという気はする。それでも審判にそういう負けてるチームがファールをしているという審理に持っていったのは紛れもなくサンフのパフォーマンスの悪さからだった。

 20の完敗だった。後半の途中からは怒涛の攻撃を見せたが入らなきゃ意味がない。というよりそれだったら最初からそれくらいやれと言いたかった。何やってるんだ、こんなことやってて本当にJ1で戦うつもりがあるのかと憤りを感じ挨拶に来た選手にブーイングの一つでもやってやりたい気分になった。

 そしたら最後に残ったストヤノフがサポーターの真近に寄り両手を合わせて何やら話していた。その姿にイリヤン、次は信じてるよという気持ちに変わってしまうのだった。実に単純である。でもその単純な心理を動かすことができるというパフォーマンスもプロとして必要とイリアンから教えられたのだった。

 次、次勝てばいい。でも甲府との対戦はもう残ってないんだよな。外国人を2人補強し戦い方からもJ1で戦うには一番良いシュミレーションとなる相手だった。それがこんな形で完膚なきまでに叩きのめせれた事実にやはり辛いものを感じた。何だか昨シーズンの勝てない時期と同じように見えた。辛い辛い辛いサッカー、これこそがサンフレッチェのサッカーなのだろうか。ただイリアンの御免なさいのポーズを思い出すことによって感情を癒すのだった。

2008年8月16日 (土)

甲府戦~ゴール裏のチケットがなかった

2008/08/16 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 小瀬陸上競技場

「う、う、売り切れーっ!」

 ロッピーの前で思わず声を出してしまった。まさかこんなことがあるだろうとは。去年はこんなことなかったぞ。アウェイゴール裏のチケットがなくなっていたのである。想定外の事態だった。

 実はローソンチケットなんてのは割り当てがあるので現地に行けば当日券があったなんてことも考えられた。それに他の筋をたどればまだ残券に巡りあえたという可能性はあるにはあった。だけどぼくの近所にはローソンしかない。さらにここでコンビニを廻っていくという気力もなかった。だから素直にA自由席を購入したのであった。

 甲府には仲間と車で乗り合いで行くことになってる。それなのにスタジアムに着いたら別々になってしまうのだ。これは何という皮肉なんだろう。こんなことってあるだろうか。みんなが応援してるとこをぼくは遠目で眺めないといけないのだ。よりによってぼくがこんな境遇に置かれるとは。

 でも悪い話ではない。人気がないと言われアウェイゲームではゴール裏のエリアをどんどん縮小される傾向のあったサンフレッチェだけにこれはいい傾向だ。この調子であらゆるスタジアムでアウェイエリアのチケットが完売することによってその縮小傾向に歯止めが掛かるのではなかろうか。そして今度は広島はアウェイなのに人が集まると言われるようになりたい。すでにJ2だとそう言われるようになってきたがJ1に行っても広島といえば不人気カードというレッテルがなくなるようになってもらいたいものだ。

 もしかして今はその過程なのだろうか。そしたらその過程を外から眺めるのも悪くはない。また違ったゴール裏を見ることができるだろう。でもそれだったらやっぱりその中に入ってる方がいいじゃないか。

 どうせぼくの買ったチケットはゴール裏より高いチケットだ。お願いをして入らせてもらおう。といってもそれこそ8年前のようにアウェイゴール裏に10人くらいしかいない状況ならそれも可能だったが今は厳しくなってしまった。これぞ人が増えてきた悩みというとこだろうか。嬉しい悩みとはこういうことを言うのだろう。でも実際現地に行かないとどれくらいサンフレッチェ・サポーターが来てるか分からない。こればっかりは行かないと分からないのだ。

2008年8月15日 (金)

小野技術委員長の言葉

小野技術委員長は評価=3戦全敗のサッカー男子〔五輪・サッカー〕

日本サッカー協会の小野剛技術委員長は14日、3戦全敗で1次リーグ敗退した北京五輪の男子代表について「アジア予選のころはひ弱さがあったが、最後は世界と渡り合ってくれた」と述べ、一定の評価を与えた。

その上で、課題については「(他国と)同じことをやっていては勝てない。ここぞというときにリスクを恐れずにいかなくてはいけない。時間をかけてでも解決しなくては」などと話した。
 今大会は24歳以上のオーバーエージ枠を使わないでの戦いとなった。それについて同委員長は直接の言及は避け、 「五輪は最終目標ではない。どれだけ(の選手が)フル代表の柱になっていけるか。そういう視点が大事」と語った。

(時事通信社)

 この人本当に駄目な人だったんだ。そう確信させてくれるコメントだった。一体何でこの人がこのポストにいることができるのか。そこはもうミステリーだった。

 サンフレッチェは間違いなく不人気クラブである。それだけに注目されることがない。その弊害として久保があの能力を持ちながら代表に呼ばれることがなかった。そして今度は別の意味での弊害が起こった。小野が監督をしてた頃のサンフレッチェを知ってる人がいない。ただ表面的に1年でJ1へ昇格させた、その後2年半J1で指揮を執りそこそこの結果を残した。それでサッカー協会の技術委員長というポストに留まることについて何の異論も出なかったのだ。

 小野が監督をしてた頃、実はサンフレッチェはボロボロだった。自分の意向に合う選手を次々に補強しユースから上がった若手や高卒で入った選手を揃ってスポイルさせていった。それでもユース主体に成り立たせたいというチーム事情を勘案しようとまだトップに上がってない選手を試合に出すというハチャメチャぶりだった。そしてそういう選手が実際にトップに上がったら干してしまうという意味不明なことを繰り返してた。クラブは選手獲得で多大な借金を抱えチームとしては何の上積みも得られないまま時間ばかりが過ぎていった。そんな小野カラーに染まったサンフレッチェにどこか引っかかるものがあった。純粋に応援できなかった。勝っても本当に喜ぶことができなかった。愛情を持てないチームにしてしまうのには恐ろしいくらいに巨大な才能を持ってる人だった。そう考えるとこの人が技術委員長になってから代表に関心がもてなくなった。やっぱりこの人はサッカーに関わっちゃいけない人なんだ。

 成績不振でサンフレッチェを辞めた後、どこのクラブでもいいから小野にオファーを出したクラブがあるだろうか。その結果からいってこの人に重要なポストをやらせては駄目なのは明白だった。それなのにこのポストにいるということは学閥というやつなのだろうか。案外サッカー界もそういうところがあるようだ。

 そういえばこの人が監督をやってたらその内小野伸二にオファーを出すだろうとぼくは言ってたんだが本当に代表に小野伸二を推薦していた。かつて程の存在感がないにも関わらずとにかく上手い選手が好きだ。試合で使えようと使えまいと上手いことが条件。あのマルセロを使い続けたこの人の好みにビッタリはまってる。3年半もサンフレッチェでこの人に付き合っただけにもうその行動が読めてしまうのだった。

 一体こういう人が重要なポストに付ける日本サッカー協会って何なんだろう。本当に能力のある人間、もっと適した人材を据えることをする人っていないのだろうか。ただ筑波の学閥で寄り集まってるだけの組織ではなかろうか。果たして日本サッカー界ってそこまで人材難なんだろうか。

2008年8月14日 (木)

オリンピック惨敗

2008/08/13 オリンピック予選リーグB組 U23日本vsU23オランダ 瀋陽

 もはやこの試合に何の希望もない。あるのはただ全敗は免れたいという意地だけである。それだけにまるで注目度がなかった。その証拠に朝のニュースでは今日のオリンピック種目としてサッカーの試合は紹介されなかった。寂しい、試合があるのに紹介もされない。ここまで疎外される存在になってしまったのは大きな失態だ。関係者は責任を感じて欲しい。

 そしてもはや敗退が決まり日本にとっては消化試合となった試合だが今までの試合と比べると善戦した。それでも本田圭介が相手のユニフォームを引っ張りPKを献上。これで全てが終わってしまった。せめてスコアレスドローで終わったかもしれないのに勝ち点0で大会を去ることになった。とどめを刺されたのがPKというのが何とも空しいものだった。

 単純に実力がなかった。3人でボールを取りにいっても取れない。取ったと思ったらファールの判定、パスをすれば相手に引っ掛かる、これでは勝てる訳がない。

世界では通用しない。哀しいが日本の選手はそういうレベルだった。反町監督はハートの強い選手を選んだということだったがとてもハートの弱い戦いをされた。本当に柏木や青山敏弘がそこにいた選手より劣ってるんだろうか。それどころか槙野や高萩が通用しないのだろうか。そこがどうも納得できないのだった。

それでもこのオランダ戦が一番希望の持てる試合だった。負けたけど負けて当たり前というレベルでもなかった。惜しいシーンもあったしほんのちょっと運があれば勝てたかもという気もする。だから賞賛しよう。よくやった、胸を張って帰って来い。と言ってやりたいもののやはり胸につかえができる。そもそもこういう試合ができるのなら最初からやれというのだ。どうにもならなくなって意地を出されたってどうしようもない。

日本は監督も含めてオリンピックをナメてた。実力で劣ってるのに気力で相手を上まろうという気概がなかった。少なくともJ2でサンフレッチェと対戦する下位チームは全精力を掛けて戦ってくるという点においてまるでこの代表よりも気持ちが上まってる。そこが歯がゆくてしょうがないのだ。

やはり日本代表は恵まれ過ぎてるんではないだろうか。今回オリンピックに出場した選手は監督も含めて一度JFLからやり直して欲しい。もしくはJ2の下位チームでやって欲しい。そこで少しでも上のレベルに行こうともがく中でもまれてもらいたいものだ。いや、冗談抜きでこの中の何人かは数年後はそういうところでプレーしてそうな気がするのだった。

2008年8月11日 (月)

勝てない仙台との戦い

2008/08/10  ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 ユアテックスタジアム

 タイセイさんからメールがあった。結構人がいると。そして写メールの画像も添付してもらった。少しでもその雰囲気を味わってもらいたいという心遣いだろうがぼくの携帯は古い機種なので画像が鮮明ではない。それでもドクトルさんや他の仲間がいるのだけは分かった。ああ、何か楽しそうだな。

 試合を観れないぼくはTVを付けオリンピックのナイジェリア戦を観る。つくづく何かが間違ってるという気がする。ここに柏木がいればという気がした。佐藤寿人がオーバーエイジで選ばれていればもうちょっと可能性があっただろう。観ててピッチに立ってる選手が可愛そうになってきた。明らかに何人かは選ばれるべきじゃなかった選手。こういう大舞台に出てしまって何もできない。やっぱり気の毒だ。もうちょっと人選考えた方が良かったんじゃないのか?

 だがそうすると怪我人が多いサンフレッチェにしてみれば一層台所事情が苦しくなってしまう。そもそも仙台に行ってるぼくの仲間はオリンピックのことなんてちっとも頭にないだろう。それなのにそれが頭にあるぼくは単に家にいてそれしか観ることができないからだ。ああ、やっぱり一番可哀想なのはぼくじゃないか。パソコンの電源を入れ得点の経過だけでも追うのだった。

 寿人のゴールが出た時にはもう勝ったという気がした。それがしっかりと失点してる。どうもこういう舞台で確実に勝利するということができない。そして選手交代、何と寿人を下げ桑田が入った。水戸戦でやっぱり通用しなかったゼロトップである。絶対点取れないだろうなと思ったが期待通り点が取れなかった。そして11ドローで終わったのである。これは仙台まで行った仲間は悔しいだろうな。メールが入った。やはり悔しいと言葉少なに書いてあった。

 オリンピック代表も負けまあサンフがあるからいいやと踏んでるとサンフも引き分けてしまった。散々だ。でも正直なところこれでJ1昇格が厳しくなったとかそういうことはない。実際もうこれだけ勝ち点を積めば後は2位以下が潰しあいをしてくれれば昇格できるだろう。そういった余裕はある。それでも仙台に勝てなかったというのはどうしても納得できないのだった。

 カップ戦を除いて一度も勝ったことのない仙台。相性がどうのとかあるだろうが正直そこまで言える程このチームと対戦してない。だからこそこの少ない機会を生かしたかった。でも生かせなかった。これは客が多いと勝てないといういつもの癖が出たのだろうか。それとも単に力が足りなかったのだろうか。試合後アウェイゴール裏はどんな様子だったんだろう。タイセイさん、肝心なところでメールがないよ。

2008年8月10日 (日)

仙台へ行けないぼく

2008/08/10  ベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島 ユアテックスタジアム

 場所的に言えば東京から遠征バスが出てもいいくらいだ。それができなかったのは日曜の19時キックオフというスケジュールのせいだ。行ったはいいが帰ってこれない。それ故ぼくも断念したのだがぼくの仲間は断念してなかった。車で行く者、新幹線で行き最終便で帰ってくる者、はたまた泊まってくる者もいるのではなかろうか。だからぼくも車に便乗させてもらえば行けないこともなかった。でも諦めた。根性がない?そうだ、ぼくは根性がない。でもそれ以上に物理的に次の日の仕事に間に合うかと考えた場合かなり不確定要素があるので見合わせたという次第だ。よりによって群馬まで行かなきゃいけないことになってる。つまり朝早く出なければいけないという訳だ。

 それでも寸前まで悩みに悩んだ。そして行かないことを決めた瞬間ぼくの週末は限りなく味気ないものになった。そしてせめて中継を観ようと考えたところ8月はパブリック・アローズもオリンピックを放映するということで中継がない。そして頼みの綱、タイセイさんも仙台に行ってしまうというのだ。つまりぼくはどんなことをしても観戦する術がないということだ。何ということか。

 Jリーグ公式サイトを観るとユアテックスタジアムでビッグフラッグが棚引いてる写真が出てる。ああ、やっぱり行きたかった。そして試合が観れないぼくは誰かにお願いして中継を録画してもらうしかないのだ。ただしこれも負けてしまったら限りなく観る気がおきない。せっかく頼んでおきながらそのまま観ないで終わるということもあるのだ。だから勝たないといけない。絶対勝て、サンフレッチェ。

 といって限りなく自分勝手な理由を振りかざすのだがいいんだ、ぼくは一人のサポーターでしかない。そしてサポーターなんてそういう各自それぞれの事情を持った人が集まってるだけだ。それなのに試合があれば同じとこに集まって同じように応援している。つくづく不思議な関係だ。

 いずれにしても試合を観れないぼくはどうやって過ごせばいいんだろう。でも考えてみればほんの5年前まではこんなの当たり前のことだった。調度観戦会もやり始めた頃だったが観戦の手段としては本当に限られてた。だから観戦した試合より観戦してない試合の方が多い。今みたいに全試合観るなんて不可能に近かった。そういやあの当時スカパーにも入ってたのだがそれさえ全試合は放送してなかったのだ。今はちょっと贅沢になったのかもしれない。

 願わくば現地まで応援に行った仲間がメールで様子を伝えてくれないだろうか。まあ放っといても誰かしら教えてくれるだろう。そうやってふんぞり返ってると誰からも音沙汰なしということがある。人望のないぼくは何も期待せずに過ごすことを決めた。あっ、そうだ。そういやオリンピックのナイジェリア戦があるんだった。そっちを観ればいい。どうせ負けるのは分かってるがそれでもまあサンフの選手出てないしどうでもいいやと思える。非常に精神衛生的には都合が良いのだ。そしてサンフの試合の方が重要だというのも良い。オリンピック代表は負けたけどサンフは勝ったとなればそれでいいんだ。

 でも、両方負けたとしたら。そんなことは考えるのを止そう。

2008年8月 8日 (金)

それでも五輪代表応援するよ

2008/08/07 北京五輪 男子グループB  日本 vs アメリカ  [天津(中国)]

 何でこんな時間にやってるんだ?これは中国の陰謀だ。そうでなければどこの陰謀なのだと不可解に早い時間のキックオフに理由を付けようとしてしまう。日本の選手の体力的に不利だとかそういうことではなく単にこんなに早かったら普通に日中の仕事をしてれば観れないじゃないか。ただ急いで帰った甲斐あり何とか後半から観れたもののやっぱり負けてしまった。予想通り。いや、予想では03で負けると思ってただけに01というスコアは善戦かもしれない。このメンバーで勝てる訳ないだろというのは最初から分かっていた。

 それにしても日本は酷い。決定力のなさは本当に深刻だった。シュートチャンスがあっても決めきれない。酷い時にはシュートすら打てない。アメリカはわずかなチャンスで決めてしまう。そこからして違いすぎる。日本のサッカーは一体何の競技だか分からない。ボールを前に運ぶのではなくやたらとバックパスをする。そのバックパスを取られた時にはもうサッカー辞めた方がいいよと呟いてしまった。

 この代表ならなでしこの方が強いんじゃなかろうか。勿論男子と女子じゃ男子が勝つに決まってるがそうも言いたくなるような体たらくだ。果たして日本がアジア予選で戦った国、そういう国が日本の代わりに出てもああいう情けない試合をやるのだろうか。そういった予選で涙を呑んだ国にも申し訳ないことをしてしまった。

 決定力不足。その言葉が囁かれる度に色んな議論が起こる。その分シュートチャンスを多くすればいいとか。だったらそのシュートチャンスは何回あればいいんだろう。1回や2回じゃ決められない。だったら10回あれば1回くらいは決まるということか。よし、じゃあ決定的場面が10回来るまで待つことにしよう。

 そう腹に決めたぼくはシュートを外しても外してもまだ決定的場面は5回目だ、6回目だと自分に言い聞かせ10回目のチャンスの到来を待ち望んだ。しかしチャンスは6回目で終了しゴールをするにはあと4回足りなかった。後4回だったな。残念だったな、あと4回・・・ってあと4回も決定的な場面をつくらないといけないということかよ。アメリカが1回あれば決めてしまったのに比べその数の違いに気が遠くなりそうだった。

 こう考えるとメキシコ・オリンピックの代表って凄かったんだなと遠い目をしてしまう。あの頃はプロが出てないとか今よりレベルが低いとか色々言われるが日本だってアマチュアだったのだ。そして練習環境だって劣悪だったはずなのに3位になった。どうしてあの頃の代表がああいう偉業を成し遂げて今の代表は設備も環境も全て整ってるのにも関わらずあんな試合をするのだろう。

 もう予選リーグ敗退は決まったようなものだろう。だったら一度くらいは誇りを持てるような戦いをして欲しい。最初から期待はしてなかったけどやっぱり始まれば応援してしまうものなのだ。やっぱり勝つとこが観てみたいよな。

2008年8月 7日 (木)

なでしこジャパンのサッカー、女のサッカー

2008/08/06 北京オリンピック女子代表 日本vsニュージーランド Qinhuangdao Olympic Sports Center Stadium 

 何たるこのアウェイ・ジャッジ、と思ってたら審判はアフリカの人だった。あれがファールかよとイライラしたものの段々諦めの境地になっていった。だって中国だもん。まともに試合ができる訳がない。それに北京オリンピック自体あんまり盛り上がってないからどうでもいいという感情もある。ただ男子よりも期待値が高かった為に残念な試合であった。

 まさかニュージーランドに2点も奪われるとは思わなかった。それは不可解なジャッジもさることながら訪れた決定機を外したのが大きい。この決定力不足というのは男女共通のものなのだろうか。もはや日本人であるからにはそこは諦めなきゃいけない部分なのだろうか。そんな哀しい気分になった。ただこの状況になっても諦めてない選手には女性ながらも逞しさを感じた。

 だが実は極限において実は男より女の方が強いのではと思うことがある。それは気持ちの切り替えの早さと辛抱強さにおいて。そして後ろを見ることがない。ぼくのようにフラれてばかりいると「ああ、駄目だ駄目だ、この世は終わりだ。こんな世界終わっちまえ」とすぐに世の中のせいにして内に閉じこもってしまうが女の子は失恋したといったってすぐに新しい彼氏を見つけてケロッとしている。そういう性質がサッカーにも現れていた。

 なでしこジャパンと呼ばれる女子代表はあくまでも攻めていった。ボールを前に前に運ぶ。自分の応援してるチームがバックパスが多いのでそれが何とも新鮮に見えた。そしてそこまで果敢に挑む代表選手を本当に応援したくなった。ほとんどアマチュアに近い彼女らがここまでがんばってる。勝たせてやりたい、点を取らせてやりたいと日本を応援する気持ち以上にここで戦ってる選手の努力を報いてやりたいという気持ちになった。そして運良くPKを貰った時気づいたら拳を振り上げてた。

 そのPKを決め今度は終了間際にFKから澤が決めた時ぼくも本当に喜んでしまった。一体代表の試合を観てここまで喜んだのはいつ以来だろう。応援したいという気持ちになったことさえも久しぶりのような気がする。

 引き分けは数字の上では残念だった。ただぼくは満足だった。審判が悪い、ピッチが悪い、スケジュールが悪い、色々な言い訳がある中やっぱりそんなもの関係ないという気を起こさせてくれた。予選リーグとしては厳しいがぼくは望みを持っている。望みを持ってるから観戦のし甲斐があるのだろうし負けると悔しいのだ。日本では負けた時の言い訳ばかりが蔓延してるような気がする。

 ただ、それでもこのスケジュールはどういうことなんだ。1730分キックオフって普通の人試合観れないじゃないか。これは絶対に中国の陰謀だ。こんなオリンピックなんかボイコットしちまえば良かったんだ。そういや中国国内でも食品による食中毒被害が出たっていうじゃないか。やめれやめれ、中国なんかでオリンピックやるんじゃない。

 ああ、やっぱり男はこういう屁理屈に帰結するんだな。

アローズ8月放送中止

 毎回サンフレッチェの試合を放映してくれるパブリック・アローズですが、8月10日(日)のベガルタ仙台vsサンフレッチェ広島の試合については同時刻にオリンピック代表のナイジェリア戦の放送があるのでそちらの放映をするそうです。ただ、希望者がいれば放送の合間に仙台戦の中継にチャンネルを切り替えることは可能だそうです。

 さらに8月はオリンピックの別競技の放映を優先するそうなので実質観戦会はありません。

 下北沢に比べてまだまだこちらは観戦会に客が少ないのでお店側の判断はしょうがないです。それでも千葉で唯一サンフレッチェの試合を放映してくれる店なので放映のある時は一緒に観戦しましょう。

2008年8月 5日 (火)

鳥栖戦~1-0の試合

2008/08/03 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 広島ビッグアーチ

 しばらく席を空けて戻った頃にはドクトルと呼ばれてる仲間が座ってた。いつも同じ席で観戦するからここで待ってれば会えるということは織り込み済みだ。そしてドクトルさんと一緒に座ってると何人か知り合いにも出会った。まあ大体仲間内でこの試合は誰と誰が現地に行くという情報は共有しているので別に驚きもしない。

 その内選手のアップが始まりB6は盛り上がった。そんなの当たり前だがその横にいる人まで手を叩いてる。そしてその瞬間ズラッと前列へ人が押し寄せるのは選手がTシャツを投げ込むからだと気付いた。その為になるべく前の席に詰めようという意識が出てきたのは思わぬ効用であった。さらにB6付近だと勝ち試合の後はカシマキ劇場が真近で見れるというメリットがある。果たしてそういう目的があったかどうかは分からないがスタジアムの雰囲気を上げるためにポジティブな効果を生んでるのは間違いないようだ。

 アップを終え選手入場。『スモーク・オン・ザ・ウォーター』のコールが起こる。これぞホームの儀式。神聖な瞬間。だけどこの時ぼくはどこか違和感を覚えた。何かが違う。そう、ぼくはアウェイの試合ばかり行ってるものだからアウェイ・ゴール裏という狭い空間でしかこのコールを聞いたことがない。しかも選手が紫のユニフォームを着ている。それこそあまり出くわす機会がないだけにいつもと違って見えたのだ。そして正直なところやはりビッグアーチのスタジアムとしての臨場感のなさも違和感を募らせる役目に大きな役目を果たしているのは言うまでもない。

 試合開始。白いユニフォームの鳥栖は前からプレスを掛けてくる。これはサンフレッチェ対策というより元々と鳥栖はそういうプレースタイルということらしい。だがある程度こういうプレスを掻い潜るともう前からは来なくなってしまった。こうなるとサンフの攻撃は楽なのだった。

 ボールは持てるし攻めることはできる。だがゴールが決まらない。服部のところが度々フリーになりロングパス1本でチャンスになるのだがクロスを入れるタイミングが遅くほとんど相手に引っかかってしまってる。チャンスはあれども生かせない。その度に頭を抱えてしまうのだった。

 シュートを打っても枠に入らない、キャッチされる、弾かれるといった中で生まれたゴールはやはりシュートの跳ね返りを浩司が打ったものだった。どんなことがあろうと打てば何とかなる。このチームはシュートが少なすぎる。打って打って打ちまくれ。そしてその後この言葉通りシュートを打った青山のボールはポストに直撃してそれを受けた鳥栖の選手にカウンターを食らいピンチとなった。失点も覚悟しただけに闇雲にシュートを打てばいいというものじゃないのかとまさにこちらの信念を揺るがすような場面を見せ付けられてしまった。

 それにつけてもこの試合はゴールポストに当たることの多い試合だった。サンフだけでなく鳥栖もあわやという場面を作った。佐藤昭大がクリアしたボールをブロックした鳥栖の選手のボールはそのままゴールに入ったかと思われた。それもポストに当たって弾き返された時は本当に肝を冷やされた。あらゆる意味で両チーム共見せ場を作ってくれるのである。

 何とかこのまま失点せずに終わらせることができた。正直J2においてはもうタイムアップの笛は勝っても1点取れなかった物足りなさを感じることが多いのだがこの時はホッとした。

「いやあ、勝てて良かったよ。鳥栖はいいチームだねえ。2、3点やられてもおかしくなかったよ。これで勝ち点64だからかなり優位に立ったねえ。ただこれでJ1に上がっても失点は防げないよ」

 ドクトルさんの感想に頷くしかなかった。確かにJ2では独走状態。だがこれがJ1で通用するとは到底思えない。せめてこの鳥栖にもう1点取ってればもっと気持ちが違っていただろう。選手層も厚くない、そしてお金も掛けれない鳥栖がここまでのチームを作り上げたのは敵ながら賞賛に値した。

 そんなことを言いながら足は素早くバス停に向かうのだった。勝利試合特典のカシマキ劇場は見てる余裕がない。だって1時間後には終電出てしまうんだ。ここが広島に家がある人と山口から来てるぼくとの違い。ぼくにとって一番の勝負はここからなのだった。

2008年8月 4日 (月)

鳥栖戦~ビッグアーチの広さ

2008/08/03 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 広島ビッグアーチ

 千葉からサンフのレプリカで電車に乗る。朝だったので人通りが少なかったことから目立っただろう。といってもそんなこと構やしない。ぼくの行き先は広島ビッグアーチ、何の問題もないだろう。願わくば広島に近づくに連れてその意味を理解してくれる人がいるのを期待する。

 当初の予定より早く出発したのは家にいても落ち着かなかったからだ。早く広島に行きたいという気持ちが先走ってしまい家を出たのだが早朝の掃き掃除をしてた近所のオバサンはなたどこ行くんだろうという顔をしていた。ただ実際に広島に着いた際には隣に座ってた青年が身体を避けてくれたためこの人広島で降りるんだというのは想像されてたようだ。

 新幹線から降り立った時、モワーッと熱気がまとわりついた。ただし新幹線の冷房により身体を冷やしていたぼくにとってありがたくも感じられるのだった。

 それから可部線で横川へ向かった。確か山陽本線と可部線両方とも横川に停まるんだよなと記憶の糸を手繰り寄せるのだった。だけどここにはそれ程電車の線路もないのでそうそう間違うこともないのを思い出した。

 横川でバス発射時刻の15:00になったのでバス停に並んだ。バス停の前にはすでに列ができており一番最初に走ったバスに乗れたのはちょっとした。優越感だった。だからどうしたという訳でもないのだがサポーターというものは一々しょうもない理由をつけて自分のやった功績を自慢したいものなのだ。一番最初のバスに乗る。おお、やはりなかなか真似ることができないな。といって冷静に考えてみたらやっぱりどうでもいいことだった。

 ビッグアーチに着いた時はすでに人が多かった。一般チケットしか買えないぼくは開門を待つ行列に加わるしかなかったのだ。年間パスを持ってる人はすぐに入れるためにやはり羨望の眼差しを向けるのだった。

 そうこうしてる内に入場していったのだが入ったら入ったでファンクラブ用のプレゼントや夏休み企画のステッカー配布、さらには席の確保ということをやっているとせわしないのだった。お陰でピッチでやってた少年サッカーにはほとんど目を向ける余裕がなかった。ビッグアーチも何気に全てを堪能しようとするとキックオフまでで時間が掛かる。まあ人が来るというのは喜ばしいことなので不満ではなかった。ただ改めてビッグアーチは無駄に広

2008年8月 3日 (日)

鳥栖戦~広島へ出発

2008/08/03 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 広島ビッグアーチ

 年に3回ビッグアーチへ行く。そんなことを昨シーズンやってしまったが今シーズンもやってしまった。大体こういうものはお盆の帰省時期に試合をやってれば観に行くという感じだったのに試合があったら帰ってもいいというように本末転倒してしまった。まあこの試合に合わせてわざわざ帰省する人はほとんどがそういう人だろう。

 そういうぼくにクラブからホームゲーム開催の案内が郵送されてきた。ステッカー引換券も入っていたがたまたま行く試合でこういう企画をやってるのは運がいい。いつもこういう案内がきてもそのままゴミ箱行きになるのだが今回ばかりはカバンに詰めることになるのだった。

 それはそうと普段ビッグアーチに行ってる訳じゃないぼくにとってその時々の予測というものがつき難い。Jリーグ公式サイトのチケット販売状況によるといつもより前売り券が売れてるようだ。ということは2万人くらい来るのだろうか。いや、ビッグアーチに限ってそんなことはない。それとも広島で何かしらの動員作戦を実行したのだろうか。分からん、全ては予想でしかない。あまり人が多ければ早めに出た方がいいのではなかろうか。

 それよりも困るのは帰りのことだった。広島に実家がある訳ではないので新山口行き山陽本線の終電になんとしても間に合わなくてはいけない。これがギャンブルである。試合終了1時間後であるからシャトルバスに飛び乗って行ければ問題ない。ただバス停で行列ができていれば厳しいのだ。果たして無事帰ることができるか。あるサポーター仲間は行くのが困難であればある程燃えてくると言っていたが何気にこうやってどうやって行ってどうやって帰ろうかと案を練ってる時というのは実は楽しいのであった。

 そういうことを抜きにしても鳥栖戦は非常に楽しみな一戦だ。第1クールで対戦した時は一番チームとしてまとまってるような気がした。バランスが取れてて守備も機能している。これで決定力のある外国人FWでもいたものなら相当な強さになるはずだ。他のチームとの対戦なら今日は何点取れるかななどと考えるのだが簡単に勝てる相手ではないというイメージができた。下手をすると足元をすくわれかねない。

 でも鳥栖のサポーターもサンフレッチェがJ2に落ちた時には喜んだだろう。佐賀から広島だったら近いほうだから遠征もしやすいはずだ。果たして鳥栖サポーターは何人ビッグアーチに詰め掛けるだろうか。

2008年8月 1日 (金)

鳥栖戦に行く

2008/08/03 サンフレッチェ広島vsサガン鳥栖 広島ビッグアーチ

 夜になりタイセイさんに会いチェーン店の定食屋へ行った。ビールを一杯飲んだが隣の家族連れがスプーンがないなどと大騒ぎするのですっかり興醒めだった。こういう単価の安い店は客の質が悪い。少なくともそこの席に座ったとこを大いに後悔したのだった。ただ、逆に言うと隣がそういう客だったから別に気も使わずサンフレッチェの話もできるのだった。

 ぼくは横浜FC戦のDVDを受け取った。こういう映像を焼くのは意外と時間が掛かるだけにとてもありがたかった。そこまで思うなら自分でスカパーに入ればいいのだがいかんせんアンテナの付け方が分からない。さらに業者に頼むにしてもどこに頼んでいいのか分からない。それ以前にTVがポンコツ過ぎるという理由で加入できないのだ。そういえばいつもパブリック・アローズに来る人の中にはTV持ってないという人までいたのだった。

 そのパブリック・アローズだが鳥栖戦は行けない。ぼくは現地に行ってしまうのだ。お盆に甲府へ行く予定のぼくは早めに帰省してしまうのだ。といって3日しかいない。その内1日はビッグアーチ、サンフレッチェが目的で帰るのは見え見えなのである。ぼくの家の人も呆れてはいるのだろうがもう口にだすのもバカバカしくなったようだ。

 ただその休みを取るのに苦労した。仕事上どうしてもぼくの代わりとなる人間を確保する目途が立たなかったのである。休みは申請してあったもののそれ以後のことまで面倒を見てくれる人なんて誰もいない。結局みんな他人事なのでどうでもいいのである。まあ会社なんてそんなもの。だからぼくも会社では付き合うこともなく事務的に接しているのである。すったもんだの挙句何とかぼくのいない時の段取りにこぎつけた。こういう時協力してくれた同僚には会社嫌いのぼくでさえ深い愛情を感じるのだった。

 これで心置きなく広島へ行ける。現地では一体何人関東のサポーターに会うことになるんだろうか。ちなみにぼくはいつもバックスタンド自由席のチケットを購入する。そしてゴール裏との境界線に座るのだ。だから観戦仲間は連絡を取り合わなくてもここら辺に座っていれば大丈夫だというのがある。もしこのブログを読んでる人の中で気が向いた人がいたらその辺を見回してもらいたい。17番のユニフォームを着ているので声を掛けていただきたい。

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