鳥栖戦の思い出
1-4のスコアになってもはや安心と思ってた。それが2点目を入れられ3点目を入れられもはや同点にされるのではと本気になって不安になってしまった。上手い具合に時間切れとなってくれて無事勝ち点3を取れた時はホッと胸を撫で下ろした。危なかったというのと共に何でここまで有利なスコアになっておきながら攻め込まれるんだという情けなさも感じJ2では圧倒的な試合をしないといけないという意思込みに影がチラつくのだった。ただ、それ以上に3失点目を決めたのが井手口というのはショックだった。
井手口は2002年にJ1残留の正念場とも言える仙台との試合で致命的なミスを犯した。最終ラインでボールを持った井手口は明らかなプレゼントパスを仙台にしてしまいアッサリ失点してしまった。それはもう許すことのできないミスだった。特に井手口は残留の為に補強してきた選手なのにそういう選手が足を引っ張ったというのが許せなかった。ただ移籍前はJ2湘南にいたことからそれ程レベルの高い選手ではなかったのである。これは獲得したサンフレッチェにも見る目がなかったとも言えなくもない。
そういう経緯もありJ2降格と共に当然の如く放出されたのだが敵となった時に得点を決めた。サンフにいる時は重要な失点を導いたのに敵となったらがんばるんだなという怨恨に近い感情を抱いたのも無理もない話しである。だから試合後サンフサポが鳥栖のバスに向かって井手口を罵りをしてしまったのも致し方ない話だろう。道義的にやっていいことかどうかは置いといてその行動をしてしまったサポーターの気持ちはよくわかるのだった。この辺の事情も知らずに単にサンフサポがチームを去った選手に罵声を浴びせたと言ってる人がいたのは心外な気がしないでもなかった。まあそれ程までにサンフレッチェのことを知ってる人がいなかったというのが一番の理由なんだろうが。
実はあと二人サンフレッチェからの移籍組がいて井手口と同じくシーズン途中に入った鳴尾と中村だった。二人ともサンフレッチェでは戦力として機能したかといえば難しいものがあり放出も止む無しの印象があったがこの鳴尾にしてもこの試合で2点目の基点になってた。うちにいる時は駄目だった癖にという感情があったものの鳴尾については可能性だけは見せてたのでそれ程怨念めいたものを感じないのだった。
ただ、ここまで善戦した鳥栖だったがスタジアムは悲惨だった。本当に客がいないという雰囲気があり現地に行った人の話によると数年後には潰れるだろうということだった。せっかくサッカー専用で試合をしているのに地元では全く関心を持たれてないようだった。この当時は甲府がある程度存続の目途が付いてきた後にこの鳥栖と水戸が存続の危機が表面化し厳しい経営だったようである。そう考えると井手口などそんなクラブでよくがんばったものである。他に行き先がないとはいえ鳴尾も中村もよくやったものだ。彼らが鳥栖でプレーすることにより鳥栖は再生することができた。その影響力は小さかったろうが少なくとも選手の一人として在籍してたのは事実である。そしてあの時潰れなかったからこそこうしてまたサンフレッチェも対戦することができるのだ。そう考えると井手口に野次を飛ばしたことを賞賛する気持ちでいた自分が恥ずかしくなるのだった。
その鳥栖も経営者が代わりJ2では中位の観客動員を記録できるようになった。戦力的にも現在千葉に所属する新居辰則というストライカーを輩出したりなかなか面白い存在になった。これらはGMに就いた松本育夫の貢献も大きいのだろう。甲府に続くサプライズを起こすクラブは鳥栖であるのは大方の予想することである。果たして2003年のような試合結果になるのだろうか。楽しみな一戦である。

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