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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2008年5月29日 (木)

草津戦~J2のレベル

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 試合が始まり目に付いたのは審判のオフサイドの判定だ。あれはオフサイドかな、うーんと考えてると草津もオフサイドの判定をされたがそれも怪しく見えた。確かにサンフのボールになってラッキーではあるがぼくの目の前でのプレーだっただけにあれは違うでしょと一緒に観戦してる仲間と話した。彼女は4級審判の資格も持ってるのでぼくより判定に関する目は持ってるはずだ。やっぱりJ2、ぼくらのいるリーグはそういうリーグなんだと諦める他なかったのだった。

 こうなってはせめて自分達だけはこのレベルに染まらないようにたくさん点を取って勝ちたい。だけどまたしても点が入らない。突破ができない。はね返される。枠に行かない。またいつものパターンかと思ったら寿人がPKを貰った。ラッキーである。ただスタンドはそれ程盛り上がってなかった。何だか分からない内にPKになったという拍子抜けの感覚があったのだろう。そして浩司がキック。そのキックはまるでGKの練習でもやってるかのように飛びついた手にピッタリと当たるキックだった。ボールは枠を外れ脱力してしまう。本当にスタジアムに脱力感が漂った。ただ、その後槙野がCKからボールを押し込みゴールを奪った時はホッとした。嬉しいというより溜飲を下げるという感覚だった。

 そしてその後は1点も取ることはできなかった。草津も負けてる割には焦ってる雰囲気がなく大したプレシャーも掛けないのだがそれでもシュートが打てない。どうもゴール前の一瞬の閃きやスピードといったものがない。教科書そのままのプレーをしているという印象だ。そしてそれは草津にもそういうふうに見え教科書通りの守備でただ時間が過ぎていった。ファンタジーもエキサイティングもなく終了のホイッスルが鳴り歓喜する気分にはなれなかった。スタジアム全体もあまり喜んでる雰囲気はなかった。

 ここでぼくは席を立った。新幹線に乗り遅れてはいけない。隣にいた仲間は槙野・森脇劇場見れなくて残念ねと言っていたがこんな試合の後でもやるのかなという気がした。少なくともぼくはこの後槙野と森脇のパフォーマンスに盛り上がるという気分ではなかった。残念でうなだれていたのである。サンフもJ2のレベルに染まってしまったんだろうか。

 広島駅まで行き新幹線の改札を通るともう紫の姿はぼく一人だった。だが草津のレプリカを来た年配の夫婦はいた。当然ぼくの存在も気付いている。そして東京駅で降りた時もその夫婦に鉢合わせた。エッ、という顔をされた。まさか東京からわざわざ広島まで見に行くサンフレッチェ・サポーターがいると思わないんだろう。関東のサンフレッチェ・サポーター、それは以外にも他のクラブのサポーターには知られてない存在なのだなと思ったがその奇妙な目で見られたのがちょっと面白いのだった。

2008年5月27日 (火)

草津戦~スタジアムに着き

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 初めてのホーム一人観戦。それでも現地に行けば一人や二人は知ってる人がいるはずだったが誰にも会わなかった。唯一ランちゃんと呼ばれる体格のいい青年に会っただけだ。ランちゃんは遠いところ、ご苦労様ですと声を掛けたのだがその本人にしたって関東の人間である。年間パスを持ってたことから相当来てるのだろう。本人はお布施のつもりだと言ってたが。

 一方のぼくは当然のことながら一般チケットだ。チケットの種類で入場の順番が違うというのを初めて知った。確かに先に入れる方が限定来場者プレゼントも貰いやすいし何となく優越感がある。ちょっと羨ましいなという気がしながら来場の順番が回ってきた。スタジアムに入る、スタンドを見渡す、うーん、どうも今日は客が入ってないなというのが正直な感想だ。最近いい具合に客が入ってたがついにJ2のマンネリに陥ってしまったか。強い敵もなく、強力外国人FWもなく、これといったプレッシャーもない。心の奥底ではまあ勝てるだろうと思ってる相手に1点入れて何とか勝ってる試合が続いている。もっと高いレベルを目指してるのかといったらそのスコアではそうは感じない。ただ勝てばいい、ただ昇格できればいいというだけなら昇格が決まる試合だけ観に来ればいいのではなかろうか。そういう意識が段々とサポーターの中で燻り始めたのではなかろうか。

 ピッチでは少年サッカーの試合が前座として開催されてた。ぼくはいつも座るG裏との境界線沿いのバックスタンドに座った。関東の仲間と観戦する時はいつもこの場所だ。一人であっても同じ場所に来るというのは習性というやつだろうか。そして客入りはどれくらいか確かめるべくスタンドを見渡すのだった。そしたら彼方から見覚えのある顔が向かって来る。いや、他人のそら似だとうと平然としているとやっぱり似てる。似てるというかあれ本人じゃないか。な、な、な、何で?

 現れたのはいつも千葉の観戦会で一緒の女性だ。前回の観戦会の時来週ホームに行けていいなあなんて言ってたのである。まさか広島で会おうとは。

「実はユースでとても重要な試合があったので」彼女はちょっと照れくさそうに話した。ずいぶんフットワーク軽いですねと言ったら「これでも2日間真剣に悩んでたのよ」と返されてしまった。まあそうかもしれないが女性なのに行動だけはパワフルである。

 しかし、ぼくとすれば予期せぬ仲間との合流が嬉しかった。やっぱりサッカーは仲間と観戦するのが楽しい、平静を装いながらも実は喜んでいたのである。ただ、こうやってわざわざ関東から来る人間がいるというのに広島の人がスタジアムに来ないのは本当に寂しいことなのであった。

 しばらくして選手が入場をする。ぼくもタオルマフラーを掲げて『Smoke on the Water』を歌う。一人でいてもやってるだろうが二人なので余計に勇気が出た。ぼくのデカイ声に座って観戦してた小学生の女の子が「何だ、この人」という顔をして見たのだった。

2008年5月26日 (月)

草津戦~スタジアムへ向けて

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 雨上がりの朝、霧が少し掛かっている。ホテルニューヒロデンから散歩に出てみた。どうやら今日は雨は降りそうもない。路面は濡れてるけど降らなきゃいいのだ。

 路面電車やバスが走る。だが人の動きは少なくせいぜい並木の落ち葉を清掃してるおじさんくらいしか目に付かない。もっともこの時間に広島駅に向かってる集団なんて飲み屋で一夜漬けでもしたんだろう。たまにそういう連中もすれ違い話し声が広島の街に響き渡るのだった。

 ホテルをチェックアウトした後本通りに向かって歩いた。稲荷町、幟町、鉄砲町など広島の町には由緒ある名前が付いている。一々その名前の由来を知らないのは学生時代勉強しなかったことを悔いる。

 本通に出るとVポイントに立ち寄る。以前のガラガラな雰囲気はなく必ず客はいる。グッズも増えたようだ。店員と客の会話が聞こえたが一昨日ダバツが帰国前に朝店に寄ったようである。本当にいい人だったようだ。

 そして店内では白人男性がレプリカユニフォームの試着をしてた。おお、外人がサンフのユニフォームを買おうとしてる。ぼくは何だか誇らしい気分になった。もしかしたら観光土産かもしれないがこれも全世界で共通の競技であるサッカーだから成り立つ話だ。いずれは宮島などの観光スポットにもサンフのグッズを買う外国人の姿が見れることを期待したい。

 その後横川へ行きシャトルバスの列に加わる。本通り付近ではほとんど見かけることがなかったサンフレッチェ色だがここに来ると一応商店街でフラッグが掲げられている。所々ポスターも貼ってあるからこの地域との関係においてはクラブとして努力しているのだろうか。そしてバスに乗ると『光の射す方へ』に乗せて選手のコメントが流れる。これは以前クラブに指摘したことであったが実現されてたことからやっと本気になって観客を楽しまそうとする姿勢が読み取れた。ただ、これも関東でやったなら途端にバスの中が大騒ぎになったはずである。それが広島ではシーンとしている。耳を澄まして聴いてるんだろうがそこが関東とは違うとこだった。やはり広島では個人観戦者が多いということではないだろうか。サンフの好きな仲間とくるという環境がもっと浸透していればもっと盛り上がるような気がするのだった。

2008年5月24日 (土)

草津戦に向かう

2008/05/25 サンフレッチェ広島vsザスパ草津 広島ビッグアーチ

 水曜に試合があると忙しい。終わったと思ったらもう次の試合だ。大変だという反面嬉しい。このリーグ戦が途切れないというのがJ2の最大の魅力だ。J1だとしょっちゅう中断してどうもリズムが狂う。J2にいることは満足してないが毎週試合があるというのは本当に幸せだ。

 そんなに忙しいと言っているのによりによってホームへ観戦に行くことになった。これは前日に友達の結婚式が入って調度良い具合に試合があったのである。ただ18時に終わることから東京へ帰るのはギャンブルである。いや、事前にこのタイムスケジュールで可能だという確認を取ったから実行にうつしたのだがいざやるとなるとやはり慎重になる。よりによってぼくの帰りの新幹線の切符は終電一つ前だ。上手く帰れるかどうかそれが心配だ。

 そもそもぼくは土曜に仕事が入ることが多く本当に行けるのかどうか分からなかった。それでも冠婚葬祭という口実があったことで強気に予約を入れておいたのだが、やはり仕事が入ってしまった。そのやりくりにどうしようかと悩んでたところ都合よく相手の事情で休みになった。ぼくって何て運がいいんだろう。これぞぼくの執念、念ずれば叶うというやつだ。ぼくは今までこういう無謀な予定をたててそこそこ観戦できてるのは本当に念意外に説明できることではない。

 しかしぼくは今回初めて一人でホームの試合へ行く。夏休みや大型連休といった特別な日ではない試合、ある意味日常的なサンフレッチェの試合に初めて行くのだ。そこで本当のホームの姿が見れるだろう。といって関東の人間を見かけたりするんだろうな。一体何人会うことができることか。

2008年5月22日 (木)

横浜FC戦~感化させた勝利

2008/05/21 サンフレッチェ広島vs横浜FC 広島ビッグアーチ

 平日の夜、サッカー観戦をするには様々な障害を乗り越えなくてはいけない。しかもその障害はそう頻繁に乗り越えられるものでもない。通常そういうものは生観戦の時に取っておくのだがモニター観戦に使ってしまった。といってもまあ仕事を定時で終えるというごく普通のことだ。残業が出る訳でもないのだから当然のことをやってるまでのことであるが。

 ただ、ぼくが店に着いた時にはもう試合が始まってた。いつもの観戦仲間が4人最前列のテーブルに着いてた。何でもこの日は通常営業ということでサッカー観戦の人はこちらでとエリアを決められたらしい。ということはそこそこ埋まってる店内の客はぼくらの一喜一憂をうるさいなあという冷めた目を向けるのだろうか。まあ仲間とモニターに神経を持っていくとそんなこと意識からなくなってしまうのだが。

「段々とスタンドが埋まってきている。みんな職場からやっとたどり着いたんでしょう。私たちもそうよね」と時間と共に人が集まってきたアローズと同じ様子がスタジアムにも起こってるのを指摘した。やはりそう簡単に平日は集まれない。それでも6,954人集まった。多いとは言えない。でも絶対にスタジアムに行きたいという人の分母が確実に多くなってないだろうか。

そんな中試合はじれったかった。圧倒的に攻めながら最後の崩しで躓く。ボールを前に運んでも運んでもゴールには結びつかない。クロスは跳ね返される、ミドルシュートは枠の外、CKもキーパーにキャッチされてしまう。頼みの寿人は決定的チャンスを2回も潰してしまった。疲れてるのだろうか。つかれてるのなら交代枠があるだろう。ベンチには久保がいるんだよ、久保久保久保―っ!

しかしミシャの選んだのは平繁だった。高柳との交代だ。この時高柳の髪型って天然パーマなのなどという会話がされたことがいかにプレーに印象がなかったが分かる。10年に1人の逸材ぐらいの勢いで語られた才能はその片鱗さえもピッチで見せることがない。詳しい人が見ると分かるものなのか?だけどプロサッカー選手を支えているのはぼくのようなサポーターだぞ。そのサポーターに何のアピールも与えられない選手にプロとしての価値があるのだろうか。期待が大きかっただけに失望感が大きいのだった。そういえば高柳はすぐにネガティブな感情になるということだが最近の研究で楽観主義者は脳の偏桃体という部位が活発になってるという研究結果が出たらしいがその内高柳でも前向きになれる薬でも開発されるのだろうか。いや、それを世間ではドーピングと言うんだった。

そしてこの膠着状態を打破すべく入った平繁だったがなかなかボールが渡らない。ペナルティ・エリアでのドリブルを期待するがいい位置でボールが持てない。相手も平繁がドリブラーということは分かってるはずだからそう簡単には事が運ばない。そしてどんどん時間が過ぎていく。ああ、じれったい、じれったい。攻めて攻めて鍵がこじ開けられなくカウンターを受けることもあった。アンデルソンは確かに恐かった。それでもストヤノフと槙野は負けなかった。横浜FCの精度のなさにも助けられた。そしてこのままタイムアップかとやきもきしながらも高萩の蹴ったボールはゴール前を跳び越してしまった。だがそこに森脇が上がっていたのである。そして深い位置からの横パスに平繁が押し込んだのだ。

ウォーッ、という歓声が起こる。しかしそれはぼくらのテーブルだけではなくてその他他の客からも声が上がっていた。いつの間にかぼくらの応援に感化されてたらしい。この恐らくサンフを見に来た訳ではない人達が盛り上がってたのはゼロックス・スーパーカップで優勝した時のような感覚だった。さっきまで片隅に追いやられたと思ってたぼくたちだが店内の一つになってたのだった。

ただそこからお決まりで点を取った後不安定になるのだった。そして今度は早く終われ、早く終われとなるのである。ボールがつながらない、トラップミスをする、ボールを取られる、またしてもじれったい展開だ。横浜FCの選手が倒れてしまって時間を稼いでくれたので助かった。もうこうなったらどんなでもいいから審判に早く笛を吹いてもらいたかったがロスタイムに入って投入された久保をもうちょっと見たいという気がしないでもなかったのだ。

ほどなくしてタイムアップの笛。店内みな拍手をしているのが印象的だった。後で聞いてみるとサッカーが好きでこの店に来てるとか本当は柏サポーターだという人もいた。だから何気に観戦は楽しんでたようである。最後に柏スタジアムにも今度来てくださいと言われたが来年絶対行くつもりだよ。今年行けないのが残念だと言っておいた。

「今日の観戦面白かったね」と帰りしなメンバーの女性が言った。「これからナイトゲームが増えていくから今日みたいな観戦会も楽しいよね」ということだった。確かにこれまでの貸切とは違って徐々に周囲を巻き込む雰囲気、これは面白い。これからまたこのような雰囲気で観戦できたら最高だなと思うのだった。

2008年5月21日 (水)

ダバツ退団

2008/05/21 サンフレッチェ広島vs横浜FC 広島ビッグアーチ

 予想はしてたがダバツの退団が決まった。運がなかったとも言える。怪我が多かった。そしてリハビリをしている間に盛田にレギュラーを確保されてしまった。ただ、右サイドもやったこともあるしDF、左右SBとユーティリティーな選手だったんだろう。ただ印象としてはあまりにも普通だった。悪くはないが普通という感覚しかない。普通であったなら外国人でなくてもいい。次第にダバツの出場がなくなったのは単に怪我の問題だけではないのだった。

 だが、疑問なのが元々この選手はミシャ自らが連れてきたということだ。だからどんなことがあっても使うのだろうと思ってた。そして監督自ら連れてきたということはまだ見ぬヴェールが隠されてるのかとも思った。それらの憶測は全て外れてしまい実力としては期待外れの部類に入るだろう。それでいていざ退団となると少し寂しい気もしてくるのだった。

 しかもこともあろうにこの退団の発表があった日に来場者プレゼントのカードがダバツのなである。何たる皮肉、何たるタイミング、やはりダバツは辞めるべくして辞めるんだろうか。これぞ運命の悪戯である。いずれにしてもどこかでサッカーを続けててもらいたいものである。

 ダバツに関して残念な報告を受けたが実はもう一つ残念な報告があるのである。それは2003年から関東のサンフレッチェ・サポーターの観戦会場所として存在してくれたサッカーバー「トレブル」が閉店するそうだ。この報告も突然来たそうでとりあえず6月一杯の放送はするということだった。サンフの試合の時立ち見が出る程の盛況ぶりだったのだがやはり普段からそんなに客が来るわけでもないので営業的には厳しいものがあるんだろう。そういえば「トレブル」の前に観戦会をやってた吉祥寺の店も突然店をたたんでしまった。潰れる時って本当に一瞬なんだな。そういえばぼくも仕事をやってて数社の倒産を目の当たりにしたが会社が潰れる時もそうだった。サッカーバーとはいえこれも一つの会社なんだなと現実を突き詰められたような気分である。

 人生には色々とある。サンフレッチェを応援してても色々とある。だが間違いなくその色々ある問題をみんなで乗り越えてきた。だから今回も何とかなるだろう。週に1度必ず30名以上集まる集団、このパイを欲しいと思う店は必ず出てくるだろう。サッカーバーなんてどこも零細だし2003年の5人ぐらいでやってた頃を思えば格段に話はまとまりやすいだろう。幸い6月一杯は営業をやるというので時間の余裕もある、ぼくはこの点においては楽観的に考えてる。

 話が飛んだ。ダバツの話だった。だけどダバツに対してそれ程印象がないのだ。学校のクラスでもいたって普通で何ら特徴もない奴がいた。先生からも睨まれることもなく成績もいたって無難にこなす、そういう奴とは気が合わなかった。というかぼくがはぐれ者だったからしょうがない。そういえば学校の先生をやってる友達がいてそういう平凡で特徴のない子供の成績表に何てコメント付ければいいか分からないと悩んでたのでアドヴァイスしてやった。「大衆に同化する能力がある」と。そしてダバツもそういう能力があると思う。日本では外国人だから目立つが外国では見分けることができないだろう。そしてプレーでもしばしば日本人の中に紛れて同化していた。正に姿を知覚することができない。

 だけどダバツは最後の最後に印象付ける仕事をしてくれないのだろうか。2002年に在籍したミロは役に立たなかったけど最後の試合だけはCKで浩司に合わせるボールを蹴って得点に結びつけた。その試合の後ミロは戦力外とされたにもかかわらず「I love Sanfrecce」と言ったという。ダバツにもそういうチャンスはあるのだろうか。限りなく可能性がないのだが。

2008年5月19日 (月)

鳥栖戦~ファールの習性

2008/05/17 サガン鳥栖vsサンフレッチェ広島 ベストアメニティスタジアム

 この試合で改めて気付いたことがあった。寿人はPKを取ってもらえない。ちょっと触れただけで大袈裟に転んだり倒れて痛いふりをしたりわざとファールを貰いにいくことをしない。むしろ倒されまいと身体を張るプレーからややもすると自分から突っ込んで行ったというように見られるのだろうか。この試合も明らかにボールに触った後から相手GKに強い接触をされ倒されたが笛は吹いてもらえなかった。倒れるのが上手い選手ばかり笛を吹いてもらって倒れないように努力してる選手が笛を吹いてもらえない。これでは安直に倒れた方がトクだと考えるのも無理はないだろう。中には明らかに倒れる練習をしてる選手もいるということだ。

 こういう話になると審判はシュミレーションをする選手に対しては苦言を呈するが現状としてシュミレーションをする選手の方が有利な判定をされてる。日本のFWが代表の試合で全く通用しないのはこの辺にも理由があるのだろう。日本では吹いてもらえる笛が外国では吹いてもらえないのだ。そりゃそうだろう、ぼくでさえあんなんじゃこけないという接触で簡単に倒れる。単純に観客という視点からももっと足腰鍛えろと言いたくなるのだ。

 しかしこんなんでいいんだろうか。Jリーグの得点ランク上位は全て外国人。誰かそれに割って入る日本人いないのかと歯がゆい想いをしながらも逆にそれが故倒れてファールを貰おうとしてる。もっと観客の空気を読んで欲しい。確かにその場では得点に結びついて喜ばすことができるだろうがPKの得点より流れからの得点の方が嬉しいに決まってる。だから勝った試合であってもセットプレーだけで決まったとしたら流れからの得点が欲しいという論調になるのだ。こけるかどうかというより突破できるかどうか、シュートが打てるかどうかという展開こそが熱狂できるのだ。ここは選手達にも安直な方向へ走らないでくれという注文を付けたい。

 ここでせっかくだから審判の人には引退した人でいいから際どいプレーのジャッジを講義で解説してもらいたい。CS放送とかでいいので映像つきで素人にでもわかるような説明をしてもらえないものだろうか。例えミスジャッジだったとしてもこれはこの角度からじゃこう見えてしまうというとか試合の流れからいってここは流したが裏目に出たといったことを。それがないから審判に対してどんどん不信感が募る。その結果負けた方は審判のせいで負けたと責任転嫁をしてしまうのだ。

 それにしても一体いつから日本のサッカー選手は倒れることを覚えたんだろう。ブラジル人の影響だろうがとにかくその倒れ方がみっともないものが多い。そしてプレーを止めたかと思うとピッチに出されそうになったら途端に起き上がってプレーに戻ったら走り回ってる。そんなものを観て面白いと思えるだろうか。一体日本のサッカー界に蔓延ったこの習性はいつから始まったんだろう。

2008年5月18日 (日)

鳥栖戦~鳥栖は堅かった

2008/05/17 サガン鳥栖vsサンフレッチェ広島 ベストアメニティスタジアム

 昼前にメールがあった。続々と押し寄せるサンフサポに会場のスタッフは対応が追いついてなかったようだ。普段アウェイのサポーターがここまで来るということがないようで大人数の対応には慣れてないようである。何でも「J2のレッズ」なんて呼ばれてるらしい。わざわざ「J2の」という枕詞がつくくらいだから小規模な枠内のことであるがそれでも2003年のサンフでは考えられないことだった。あの当時はオフィシャルバスツアーをやっても満席になったのかどうか。少なくとも今回はオフィシャル外を含めてバス5台が鳥栖へ向かったそうである。

 そしてぼくは関東で第2の観戦会会場であるパブリック・アローズへ足を向ける。これも2003年から下北沢トレブルで観戦会を始めてもはやそこが定員を超える人が集まるようになり第2の観戦会の場所として出来上がった。これも当時であれば考えられないことだった。

 ただ、映像に映し出されたベストアメニティスタジアムはそれ程客が入ってるという印象はなかった。空席が目立つなという気がしたがこれが「J2」というカテゴリーなのである。「J2」というカテゴリーではこれでもちゃんと集客した方なのであった。そしてその「J2」としてのカテゴリーにおいて格上となるチームとして挑んだサンフレッチェだったがなかなか点が取れなかったのだった。

 鳥栖は守備が堅い。これは対戦前からデータとしてあった。ただそれがストヤノフに万マークを付けるとか最初から7バックになってカウンターをするとかいうものではなくて極端なものではなく攻められたら引くとい理になかったものだった。甲府戦で前から守備をされると弱いという欠陥を露呈して以来対サンフレッチェ布陣として甲府の真似をするチームがあったがそういうものとは違った。これは鳥栖がチームとしてちゃんとした幹があるということなのか、それともそういう戦術に対していい加減サンフレッチェも慣れてきてもはや通用しないという感覚に導いたのかはわからない。ただそういうのを抜きにしても鳥栖のDFは堅いというのは間違いなかった。

 打っても打っても入らない。というより遠目のシュートが多い。それ程ペナルティエリアには進入させてない。却って鳥栖の方が枠内のシュートを打っている。決定的ではないが段々と危機感を抱き始めてきた。今期ホーム無敗を誇る鳥栖の餌食になるんだろうか、仙台戦のように攻めても攻めても点が入らずカウンターでアッサリ失点してしまうのだろうかという不安が過ぎってくるのだった。

 しかしその不安は寿人のゴールでかき消された。密着マークされてた寿人はこの試合唯一フリーになった場面で決めた。この90分の中でたった1度のチャンスを決めてしまうのが寿人である。だから実はゴールダイジェストでも作れば大したゴールがないような気がする。それでもゴールは挙げるという寿人の真髄を見た気がした。

 ただ問題はその後だった。残り時間が近付けば近付く程サンフは不安定になっていった。こういう時ベンチから的確な采配があればいいのだが交代は高柳だけである。この高柳という選択も最悪なものに思われた。一体守備をするのか攻めるのかわからない。正直高柳に対しては曖昧なイメージしか持っていない。その曖昧な選手がこの時間にピッチに出てまともなパフォーマンスができるのだろうか。

 果たしてその不安は当たってしまった。どんどん攻め込まれ高柳も明らかなミスを犯しピンチを招いてしまった。FKCK、鳥栖はキーパーまでゴール前に上がって攻めてくる。残り時間が少ないとはいえ裏を返せばピンチをしのげば大チャンスになるはずである。それがボールはつながらない、クリアすればいいのに後ろでつなごうとする、ゴールキックさえも敵にパスをするようなボールを蹴るといった具合に自ら苦しい立場に追い込んでるようだった。苦しい、苦しかった。解説は無理に攻めてないと言ってたがとてもそんな風には見えなかった。

 終了のホイッスルにグッタリときた。やっと終わってくれたぜ。そしていつもながらの監督の采配に頭を抱えてしまった。交代枠を一つしか使わないとは。せめて久保は見たかった。久保がいるだけで相手はビビッて上がれなくなるんじゃないのか。最近はベンチには座るようになったが依然としてピッチには立たない。臥竜という言葉があるがまさに臥したまま出てきてくれないな。あれだけ流れが悪いのに出さないって監督空気読まなさすぎ。せめてもう一人の龍でもいいから出して欲しかった。もはや監督が試合の流れを読んで采配をするということができないことは皆織り込み済みなので半分はしょうがないかという気もする。だけどな、久保が見たいんだよ。久保久保久保。

2008年5月16日 (金)

青山敏弘、U23代表選出

トゥーロン国際大会に向けてU23日本代表に、青山敏弘が選ばれた。これにより21日の横浜FC戦、25日の草津戦の2試合に出場できない。とはいえ青山が選出されるのはほぼ予想がついてた。そして青山不在に関してはチーム内に高柳、高萩といった選手がいるのでまず問題はないだろう。あまり代表に呼ばれても戦力を取られるので都合が悪いという事情もあるがぼくとしては選ばれるなら選ばれて欲しい。そういった意味で槙野がメンバーに入らなかったのは残念だった。十分通用する力があると思うのだが。純粋にU23日本代表にとって勿体ないという気がする。

代表の選出について最近はプレミア感が落ちてしまった。これはオシムのせいだろう。ジーコの後に日本代表監督に就任したオシムはやはり前任者のやり方とは180度違う方針を打ち出した。海外でプレーする選手を中心に選んだジーコに対して自らの構想で必要な選手を呼ぶオシム。その手法は賞賛されはしたもののやはり地味に見えた。そして今まで代表に呼ばれなかった選手が呼ばれるようになり代表への敷居が低くなった。そしてオシムが病床に倒れた後監督に就任した岡田は内田など若いというだけで選手を選んでしまい益々そのプレミア感を失わせたのである。だから以前のように自分の応援するクラブから代表選手が出たからといって単純に喜びが出てこないのだった。

そもそも同日発表されたA代表にしたって寿人の名前が入ってない。他の選出されたFWと比べて絶対的に得点の可能性があるにも関わらず。このように本来の実力から考えれば選出されてしかるべき選手が選出されない、そしてこの選手を選ぶかという人選があれば最初は疑問を感じたものの段々それに慣れてしまうとどうでも良くなった。それに比例して代表自体どうでも良い存在となってしまったのだ。

とはいえ青山が出るトゥーロン国際大会は日本代表を応援する。ただ前回オリンピック予選に出場した時怪我をしてしまったのでそれだけが心配だ。そして見事オリンピック代表に選出されるとやっぱりそれはそれで嬉しいだろう。といって本戦で予選リーグで終わってしまうのは目に見えてるんだよな。うーん、微妙。微妙だけどやっぱりオリンピックには出てくれないとオリンピックの楽しみがなくなってしまうのだった。

2008年5月15日 (木)

鳥栖戦の思い出

2003.3.23 J22節 サガン鳥栖vsサンフレッチェ広島 鳥栖スタジアム

 1-4のスコアになってもはや安心と思ってた。それが2点目を入れられ3点目を入れられもはや同点にされるのではと本気になって不安になってしまった。上手い具合に時間切れとなってくれて無事勝ち点3を取れた時はホッと胸を撫で下ろした。危なかったというのと共に何でここまで有利なスコアになっておきながら攻め込まれるんだという情けなさも感じJ2では圧倒的な試合をしないといけないという意思込みに影がチラつくのだった。ただ、それ以上に3失点目を決めたのが井手口というのはショックだった。

 井手口は2002年にJ1残留の正念場とも言える仙台との試合で致命的なミスを犯した。最終ラインでボールを持った井手口は明らかなプレゼントパスを仙台にしてしまいアッサリ失点してしまった。それはもう許すことのできないミスだった。特に井手口は残留の為に補強してきた選手なのにそういう選手が足を引っ張ったというのが許せなかった。ただ移籍前はJ2湘南にいたことからそれ程レベルの高い選手ではなかったのである。これは獲得したサンフレッチェにも見る目がなかったとも言えなくもない。

 そういう経緯もありJ2降格と共に当然の如く放出されたのだが敵となった時に得点を決めた。サンフにいる時は重要な失点を導いたのに敵となったらがんばるんだなという怨恨に近い感情を抱いたのも無理もない話しである。だから試合後サンフサポが鳥栖のバスに向かって井手口を罵りをしてしまったのも致し方ない話だろう。道義的にやっていいことかどうかは置いといてその行動をしてしまったサポーターの気持ちはよくわかるのだった。この辺の事情も知らずに単にサンフサポがチームを去った選手に罵声を浴びせたと言ってる人がいたのは心外な気がしないでもなかった。まあそれ程までにサンフレッチェのことを知ってる人がいなかったというのが一番の理由なんだろうが。

 実はあと二人サンフレッチェからの移籍組がいて井手口と同じくシーズン途中に入った鳴尾と中村だった。二人ともサンフレッチェでは戦力として機能したかといえば難しいものがあり放出も止む無しの印象があったがこの鳴尾にしてもこの試合で2点目の基点になってた。うちにいる時は駄目だった癖にという感情があったものの鳴尾については可能性だけは見せてたのでそれ程怨念めいたものを感じないのだった。

 ただ、ここまで善戦した鳥栖だったがスタジアムは悲惨だった。本当に客がいないという雰囲気があり現地に行った人の話によると数年後には潰れるだろうということだった。せっかくサッカー専用で試合をしているのに地元では全く関心を持たれてないようだった。この当時は甲府がある程度存続の目途が付いてきた後にこの鳥栖と水戸が存続の危機が表面化し厳しい経営だったようである。そう考えると井手口などそんなクラブでよくがんばったものである。他に行き先がないとはいえ鳴尾も中村もよくやったものだ。彼らが鳥栖でプレーすることにより鳥栖は再生することができた。その影響力は小さかったろうが少なくとも選手の一人として在籍してたのは事実である。そしてあの時潰れなかったからこそこうしてまたサンフレッチェも対戦することができるのだ。そう考えると井手口に野次を飛ばしたことを賞賛する気持ちでいた自分が恥ずかしくなるのだった。

 その鳥栖も経営者が代わりJ2では中位の観客動員を記録できるようになった。戦力的にも現在千葉に所属する新居辰則というストライカーを輩出したりなかなか面白い存在になった。これらはGMに就いた松本育夫の貢献も大きいのだろう。甲府に続くサプライズを起こすクラブは鳥栖であるのは大方の予想することである。果たして2003年のような試合結果になるのだろうか。楽しみな一戦である。

2008年5月14日 (水)

『祖母力』

 ジェフにオシムを呼びそれまでの成績不振が嘘のようにチームを再生させた祖母井秀隆の執筆した自伝。ぼくはこの本に興味を持ちながらも持ち前のせこさから図書館にリクエストした。程なくして届いたその本は『祖母力』ではあるが作者は樋口恵子であった。図書館で間違えたようでバアさんの力なんて読んでもしょうがないと読むこともなく返してしまった。ただ、後になって本来読みたかった方の『祖母力』の最初の項に樋口恵子の『祖母力』からタイトルを引用したという記述がありあながち関係ないものでもないようだった。この辺にぼくの浅はかさがあるもののその表紙のデザインは婆さんが子供を両手で引っ張ってる絵はパンクやハードロックで育ったぼくにはどうしても下らないものという偏見を持たざるを得なかったのだった。

 しかし、著者は結局この婆さんの力というのを強調してた。いかに自分が黒子として根回しして組織が上手く機能するようにするかというそれこそ家庭におけるお婆ちゃんの役目をやってきたということだった。確かにそういう機転があったからこそオシムが日本に来たんだろう。そして毎年降格争いをしてたジェフにナビスコカップというタイトルをもたらし優勝争いをするチームに仕立てていったのだろう。羨ましかった。やはり監督によってチームは変わるのだなと思ってたがその根底にはこうやって支える人がいたんだというのがわかった。いかに優秀な監督を呼んだって監督だけでチームは良くならない、どんな選手が来ようとどんな監督が来ようと一向にチームが良くならないというのはその組織に何らかしらの欠陥があるのだろう。果たしてサンフはどうなのだろう。

 サンフレッチェにはゼネラル・マネージャーというポストがない。一応強化部長がその立場になるのだろう。だとすれば織田である。この織田強化部長に『祖母力』を期待することができるだろうか。限りなく不可能な気がする。会ったこともないし顔もよくわからないのだがそもそもこの顔がわからないという時点で駄目である。本当に駄目かどうかの材料は持ち合わせてないのだがそのイメージが沸かないというのがどうしようもない。いかに自分がこのチームの戦力の責任者ということでのアピールを怠ったかということである。その辺がこのチームの残念な部分である。

 今でも印象に残ってるのがJ1J2入れ替え戦第2戦目である。試合に勝つことができずJ2降格が決まった瞬間久保社長は自らの責任を1人で詫びた。しかし久保社長1人謝るの?という疑問は残った。そこは戦力についての最高責任者である強化部長も出てくるべきじゃなかったのだろうか。それは罵声を浴びるかもしれない。気分のいいものじゃないかもしれない。それでも自分が責任者だからと出てきたのと出てこないのとではその後のサポーターの目も違ってこないだろうか。あの時は織田のせいで落ちたと言われただろう。だけどJ1に上がって上位に食い込んだとしたら織田強化部長のお陰だとなるだろう。サポーターなんて都合のいいもんである、いざ状況が好転するとすぐに賞賛するもんだ。だけどその存在すら知らないのであれば賞賛のされようもない。そういう意味で強化部長のパフォーマンス不足は指摘せざるを得ない。

 正直なところ祖母井秀隆の書いてることが全てだとは思わない。確かに共感するしやってきたことは素晴らしいがみんながみんな真似しなくてもいい。それぞれが個性があるのだからそれぞれのやり方でやればいい。ただ、今までのサンフレッチェのように誰が戦力の責任者で誰がこのクラブを動かしてて誰が何やってるのかサッパリわからんというのでは問題があり過ぎる。ぼくは時々実体のない紫の看板でも応援してるような気になってしまったものだ。

 ただ最近になってクラブ関係者が『紫熊倶楽部』に出てインタビューに応えるようになってきた。以前もたまに出てたがいかにも紙面を稼ぐ為にやってた感があり中身に欠けてた。クラブのスタッフの顔が出るということはいいことだと思う。共に戦おうという気になる。できればいつかこのクラブは素晴らしいとサッカー雑誌が取材に来るようになったら願ってもないことだ。

 だけどサッカー関係はこのように運営や管理といったものまで色んなジャンルの本が出版されてるのだがそういったものサンフレッチェの関係者読んでるんだろうか。もしかしてぼくのような読んでも全く何の影響も与えないような者ばかりが読んでるんじゃないだろうか。どうもそんな気がしないでもないのだが。

2008年5月12日 (月)

福岡戦~信頼回帰へ向け

2008/05/11 アビスパ福岡vsサンフレッチェ広島 レベルファイブスタジアム

 関東は寒かった。福岡は冷たい風が吹いたり晴れ間が覗いたり気まぐれな天気だったらしい。スタジアムのアウェイ・エリアには結構広島からサポーターが来てたらしい。その対照にホーム福岡のエリアは以前と比べずいぶん閑散としてたらしい。J2だからしょうがないと考えるべきか。それとも福岡自体が地元で支持を得てないということなのだろうか。少なくとも胸スポンサーもない福岡は厳しい立場にいるのは間違いなかった。

 サンフレッチェは優位に試合を進めるもまた得点の入らない雰囲気だった。ここ2試合続けて攻めてるのに点が取れなかった。この試合もそうなりそうな気がした。寿人に2人密着マークが付いてるだけになかなかチャンスにならないのはわかるが1人の選手にそこまで人数を割いてるのに他の選手がゴールまでボールを持ち込めないのは疑問だった。ただそれでも浩司がゴールを奪うと状況が一変してきた。

 これで勝てるとは思わなかったもののやっぱり得点は浩司の積極的なドリブルが基点となってた。前に進む意思、それがないとゴールは生まれない。そういう意味でハンジェと高柳には散々ため息をつかされたのだった。攻めればいいのにバックパス、シュートすればいいのにパス、そういう消極性が攻撃の勢いを殺してるように見えた。そういう意味でこの日のヒーローは森脇だった。

 最終ラインから駆け上がりシュートまでする姿勢は大いに盛り上げた。しかも1試合に2回もポストに当てるという狙ってもできない芸当をした。ただCKから2点目を決めてこの試合を決定付けもした。これだけシュートを打てるのならもっと前でやって欲しいという気がした。

 バブリック・アローズからタイセイさんと一緒に帰った。やはり森脇ハンジェのポジションでやらせたいよなと話した。

「でも・・・」タイセイさんは切り出した。「開幕戦の時森脇が右サイドで出てたけどやっぱりハンジェの方がマシだなんて話してましたよね」

 あっ、そうだった。あまり安定してない印象があったのにやはり試合に出てると変わるんだろうか。

「そうだったね。試合に出てると違うのかね。そういや何げに木寺も安定してきたよね。今日も何点か防いでたもんね」

 試合に出ると変わる。もしかしたら高柳もそうやって変わっていくのだろうか。だったらもっと積極的に選手交代もやって欲しい。後半の終了間際散々流れが悪いのにどうして交代枠を使わないのか。結局交代したのはロスタイムに入ってからだ。これには一緒に見てたみんな何でという声を上げてた。

 そういえば試合後福岡ベンチのリトバルスキー監督が映った。やはり苦しい表情で可哀想な気がした。監督業を営むようになってそれ程成功したというイメージがない。リティへのシンパシーを感じながらも勝負は非情というサッカーの厳しさを味わった。日本語堪能なリティには是非日本で成功して欲しいのだがこの試合で勝てないと解任という噂だった。もうちょっと戦力の劣るチームを率いてたという不運もあるのだが、かといってミシャの代わりにサンフの監督やってもらいたいという気も起こらないのだった。1度付いたイメージというのはそう簡単に覆らない。そしてぼくらはミシャに対してJ2に落とした監督というイメージは消えることはない。だからどんな試合をやろうと猜疑心を持って見てしまう。果たして本当の意味でミシャの信頼が回復することはあるのだろうか。

2008年5月10日 (土)

背番号10=ファンタジスタの重み

柏木が筋断裂 来月中旬復帰か

 J2広島は7日、MF柏木陽介(20)が「左恥骨筋断裂および左短内転筋の損傷で、復帰まで1カ月を要する」と発表した。今月中の4試合に加え、6月序盤の数試合も欠場する見込み。

 柏木は6日の仙台戦(広島ビッグアーチ)で後半13分から攻撃的MFで途中出場。試合中に、左脚付け根に強い痛みを感じたといい、7日に

広島市

内の病院で検査を受けた。手術はしない。

(中国新聞)

 柏木のそれまでのパフォーマンスの悪さに合点がいった。山形戦の後本人はやっと調子が上がってきたなどと言ってたがこれで調子が上がったのかよと半ば諦念の感覚に囚われたが結局まだ体調が良くなかったようだ。だけどそれならそれで試合には出て欲しくなかった。焦ってるんだろうか。曲がりなりにも10番という背番号を貰ってベンチにも入れないことに苛立ちを感じたのだろうか。

 この10番という番号は厄介だ。なぜなら一番凄い選手、一番華がある選手、一番得点を演出できる選手というイメージがあるからだ。事実そういう期待を込めて柏木にこの背番号を渡したのだろう。確かに昨シーズンの好調時にはそれに値すべきプレーをしてた。それが10番を付けた瞬間に怪我に見舞われるようになったということは柏木にとって決して縁起の良い番号ではなかったんだろう。

 背番号10のファンタジスタ。その響きは何とも甘美だ。それ故に10番の選手がトップ下のようなポジションかセンターFWに就くのが一般的なイメージだ。だからぼくは中田英寿がパルマに行ってから活躍できなくなったのは10番を付けたからではないかと思ってる。トップ下のポジションへのこだわりが強過ぎて右サイドでのプレーに納得してなかった。それは監督にしてみれば自分の指示に従えないのかということになる。そして選手をコマとして考えた場合複数のポジションができるというのは戦術的に広がりを持つことになる。オシムが流行らせたポリバレントという言葉を持つ選手は今になって必要性を帯びてきた。もっと柔軟に監督の指示するポジションへ新たな挑戦という風に挑めば新境地が開けたのかもしれないと今になってみれば考えてしまう。

 ただ、どうしても10番を付けた選手がFWや攻撃的MFの位置にいないと都落ちのような感覚に観てる方も感じてしまうのは事実である。10番とはこいつがいれば絶対に点が取れるという選手であるべきだ。ということはそもそも柏木に10番は必要だったのだろうか。

 柏木の特徴は勿論攻撃だ。2、3人囲まれても突破するドリブルの力とキックの精度、そして運動量とある。ただ、この運動量が豊富なだけに中盤の底でのプレーの機会も多い。その特徴を考えると得点にこだわる10番が必ずしも良かったのかという疑問が出てくる。J1のクラブへ移籍の可能性があった柏木に対して残ってくれたんだからこれだけの待遇を与えるよというつもりで渡した10番なんだろうがこれまでそれが吉とは出てないようだ。

 しかし、幸か不幸か怪我ばかり繰り返す柏木にそろそろ期待をしなくなってしまった。高萩や高柳が良いプレーをしている。正直柏木に助けられた試合というのも今シーズンは存在しない。それでいて勝っていれば必要性を感じなくなるだろう。そしてその大して期待されない状態で帰ってきた時、柏木の本来のパフォーマンスが戻ってくるのではないだろうか。そう考えて柏木の復調を首を長くして待つことにしよう。

 いや、こう考えるだけでもやっぱり期待してるんだな。だから思い出すことにしよう。柏木の外したシュートの数々、自分でシュート打てばいいのにパスをして潰したチャンスの数々、ああ、やっぱりまだ少し足りないとこがありそうだ。やはり10番は重かったのだろうか。

2008年5月 9日 (金)

広島へ行き

2008/05/03 サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

 試合が終わり横川駅行きのシャトルバスに乗るため列に並んでた。後ろに3人の男性が並んでいて気にかけることもなかったのだが会話が聞こえてしまった。どうやらその内の1人は徳島まで遠征へ出掛けたみたいである。

「あの試合って寿人が決めた4点目ってTVでは凄い歓声があったように聞こえたんだけど」

「ああ、凄かったよ。だって徳島のサポーター席からも歓声が上がってたんだもん。徳島の小学生が近くにいたんだけど紫のユニフォーム超かっこいいなんて言ってるんだもん。そんなこと言われたことないよな。何だかスタジアム自体サンフレッチェを見る目が銀河系軍団という感じだったんだよ」

「うははははは。サンフがそんな風に言われるんだ。銀河系軍団になってしまうとは。でも徳島も青のユニフォームにポカリスエットのプリントってかっこいいと思うけどな」

「そうだよ、かっこいいよ。でもどうせだからホームはポカリスエットの青だからアウェイはステビアのプリント入れて薄緑にすればいいんだ。それにしてもあそこは本当に大塚製薬しかない町だったね」

 ププッ、聞いてて思わず笑ってしまった。どうせだから関東から来た者だがもっと詳しく教えてくれと話しかければ良かったのだがバスへの乗車が可能だったために乗り込んでしまった。これから山口まで向かうぼくとしてはそんなに余裕がないような気がしたのだ。もっと広島の人に色々なことを聞いてみたい気はした。

 ぼくは横川から山陽本線で下って行ったが紫の人は段々と少なくなり岩国を過ぎた辺りからはほぼ皆無となった。だけど徳山で家族連れが1組降りていった。そして紫の服装はぼく1人になったのである。さすがに3時間以上も掛けて来る人はそうそういないだろう。だけどぼくはこの観戦後の終電近い山陽本線の下り電車というのが好きだ。宴会の後のような気分が暗くなった車窓の景色が盛り上げてくれる。最初一番前の車両で立ってたんだが車掌が巡回の際に後ろの車両は空いてるとわざわざ教えてくれるのだ。そして席に着いたら駅前で買ったパンを食べる。地方の電車だからできることだ。このローカルな雰囲気がいい。

 そしてほんのたまにだが山口でサッカーのレプリカユニフォームなんて着てる人ほとんどいないからぼくの紫のレプリカを見た高校生辺りが「サンフレッチェだ」なんて会話されるとどこか気分がいいのだ。だからぼくは実家の山口に帰る時は必ずサンフレッチェグッズを身に着ける。もっともぼくの衣類は今やほとんどサンフグッズになってしまってるんだが。

 広島の遠征ではいつも面白いことがある。今年に入ってクラブ主催のアウェイバスツアーも満席となると聞く。サンフレッチェを取り巻く環境が一層面白くなってきている。そしてぼくは広島の人が関東へ来た時面白いと感じられるようにまた関東を盛り上げていきたい。

2008年5月 7日 (水)

仙台へのリベンジに燃える

2008/05/06 サンフレッチェ広島vsベガルタ仙台 広島ビッグアーチ

「うわぁ~あっ!」

 高柳が、高萩が、ハンジェがシュートを外す度に頭を抱えてしまう。そして寿人が、公太が、ハンジェがオフサイドにかかりまたしても頭を抱えてしまう。点が入らない。打っても打っても入らない。いや、いつものシュート打たない病はこのチームでまだ健在だったのだがそれでもたまに打ったシュートはことごとく入らない。服部の機を見たシュートも、ストヤノフの意表を突いたシュートも平繁の絶好のシュートもキーパーやポストに嫌われてた。そして最後には簡単なクロスからヘディングを決められ負けてしまった。開いた口が塞がらない。悔しいのと唖然とした気分が混在している。圧倒的に攻めてたから悪いとは言えない。だけど最後にフィニッシュを決めなかった、結局はその差だけだった。

 その結果を受けて戦術がどうのこうのと論じるほどぼくはサッカーを熟知してない。といっても連戦で疲れてるのは最初からわかってたことだ。そこをミシャは浩司を休ませただけである。せめてあと23人替えても良かったのでは。J2において唯一ターンオーヴァー制を行えるのはサンフレッチェだけだ。それなのにこのほとんどメンバーを替えないというミシャの采配にはほとほと頭が痛くなる。一旦固定したメンバーを替えないという石頭な発想はJ2に落ちてからも変わらなかったのであった。どうせだから久保やユキッチをもっと積極的に使ったみたら良かったんじゃないのか、戸田は出せないのか、ダバツはそんなに駄目なんだろうか。負けた後は色々と考えてしまうのだった。

 そういえばハーフタイムに現地のMさんから電話があり小学生が木寺恐いよと言ってるらしい。ビッグセーブもあったがやはり観てる身としては不安だ。これ程スリリングなキーパーは見たことがない。仙台のキーパーはJリーグ初先発だという。それなのに木寺に較べて100倍くらい安定感があったというのはどういうことなんだろう。

 観に行かなくて良かった。漠然とそんなことを考えてしまった。ただし負けた試合であろうとTVで観るよりスタジアムで観る方がよっぽどいいに決まってる。ただこれでスタジアムに寄ることなく広島を通り過ぎたことに自分なりの言い訳を見付けることができたのだった。

 スタジアムでは多少ブーイングはあったものの粗方拍手で選手を見送ったらしい。どんなに素晴らしい試合をしようとも勝てなきゃどうしようもない。考えてみれば山形戦も危なかった。このままスコアレスドローで終わるかもというとこでギリギリ決めた。つまり試合内容はいいという評価のできる2試合でいずれもシュートが入らなかったのである。逆に熊本戦のようなどうしようもない試合で2点も取っている。つくづくサッカーってわからないものだ。

 歓喜に沸く仙台ゴール裏の映像をサメザメとした目で見るのだった。

「ええい、この借りは仙台で取り返してやるわ」

 ぼくの隣に座ってた女性がそう意気込んだ。ぼくも今すぐにでも仙台に乗り込みたい気分だ。そして仙台での試合は悪名高い宮城スタジアムだ。これでは対決意欲が殺がれてしまう。もしかしたら仙台にとってこのことそこアドバンテージとなるのではなかろうか。まあビッグアーチだって決して素晴らしいスタジアムという訳でもないが宮城スタジアムと比べたらよっぽどマシだ。今シーズン、J2きっての注目カードとして持ち上げられてるがとんだとばっちりを受けてしまった。ただ仙台のサポーターにとってあのスタジアムとビッグアーチを比べてどちらがマシに感じたのだろうか。

仙台戦~広島を通り過ぎた

2008/05/06 サンフレッチェ広島vsベガルタ仙台 広島ビッグアーチ

 ゴールデンウィークの書き入れ時に2回も試合があるのは広島にとって幸福だった。対する仙台は前節休みという試合をする上ではこの上ないハンディを貰っているのだがクラブとしてこの連休中にホームで試合ができなかったというのは興業的には厳しいものがあるのではないだろうか。この辺でやはり現状J2が奇数のチーム数になっている不憫さを感じる。

 できることならこの試合も広島で観戦したかった。だけど16時のキックオフということで断念した。仲間の中にはそれでも広島に残りこの試合を観戦して終電の新幹線に乗るという者もいる。そういえばその中の一人が吉田からメールを送った。ユキッチがいたというのだ。ということは久保がベンチに入るということだ。久々に久保が出るということで期待が高まった。

 もう試合はモニター観戦だということが決まってからというものぼくの行動は早かった。早朝の新幹線に乗り東京には午前中に着きしばらくいなかった部屋の掃除をし荷物の整理もした。こんなこと大したことではない。だけどぼくはそれ程几帳面ではないだけにこの程度のことが大仕事のように思われるのだ。そう、ぼくは試合を前に神聖な気分になってるのである。

 そんなことをしてたらすぐにキックオフの時間が近付きパブリック・アローズへ向かった。広島に残れなかったことを心残りにしながらそこへ行くといつもの知った顔がいるのに安心した。スタジアムじゃないけどぼくの心は大いに慰められたのだった。「こんにちは、ビッグアーチではMさんに会えて一緒に観戦しましたよ」 ああ、会えたんだという反応からスタジアムの雰囲気が良かったことなどを話した。そしてモニターに映ったスタンドは結構客が入ってるような気がした。今日はフラワーフェスティバルもないし他の競技も試合がないからという意見があったが実は入場者数は前節の方が多かったのである。つまり、最近ぼくが気付いたことであるが他のスポーツ競技の影響はほとんどないと言っていいだろう。客層が被ってないはずだ。今まであまりにも客が入らない言い訳に他の要素を持ち込み過ぎた。それなら立地の良いサッカー専用スタジアムがあって毎試合広島で他のイベントが何もない状態なら常に2万人以上入るのかといったら自信を持って肯定できる人がいないだろう。逆に言うとまだまだ開拓の余地が残されてるとも言える。最近になってスタジアムの雰囲気が良くなってきたというのは広島でもサッカーの観戦に慣れてきた人が増えてきたということではなかろうか。まだまだこれからと肯定的に捕らえたい。

 そして店内に目をやるとまたご新規さんがいらっしゃってた。トレブルのように35人なんて大所帯ではないのでアローズではまだ一人一人の顔がわかる。少ないながらも徐々に集まってきてくれる、それがかつての関東の雰囲気に似ていて懐かしい気分がしてくる。このアローズがどこまで定着するかわからないがどちらに転ぶにせよ今だけ味わえる雰囲気という気がするのだった。

2008年5月 4日 (日)

山形戦~祭りのビッグアーチ

2008/05/03 サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

 スタジアムに入りしばらく時間を潰してると電話が鳴った。もう席に座ってるので来てくれといったのは市川の観戦会でいつも一緒のMさんだ。人でゴッタ返しているコンコースを抜けてバックスタンドに出た。予め指定しておいた場所にMさんはいた。アタッシュケースを脇に置き結構な荷物である。そんな重装備で何と午前中吉田の練習場へ見学へ行ってたらしい。ユースの試合を観るのが目的だがそこで久保を見かけて今日のベンチ入りがないことを知りガッカリしたらしい。久保の様子はというと元気そうだったから特に体長が悪いということではなさそうだ。

 スタジアムに目を回すと以前より紫の人が増えている。大体半分くらいは紫だという印象があった。ゴール裏は結構詰まってるので統一感がある。どうしてもサンフレッチェの応援に厚みがないのはこの広大なゴール裏に人が埋まってないというのも大きかった。人がいないとどうしても閑散とした雰囲気になる。選手入場のコールをやった時も結構声を出してる人が増えたような気がする。ぼくの前に座ってた小学生達は必死に声を出していた。そしてタオルマフラーを掲げていたのだがその後ろに陣取ってたお母さん達はわたし持ってないわ、どうしようという様子がおかしかった。でも自分もその応援にしっかり加わろうとしてるとこはスタジアムの雰囲気に同化したんだろうか。

 試合が始まるとそのお母さん達はまた熱心にマッチデープログラムを開き、あの人が誰選手であの人が誰選手ねという会話をしていた。そして18番のこの選手、リュウって言うんだ、若い~とピッチのどこにいるのか探してるのだが残念ながらスタメンではない。そんなほとんど知識のないお母さん達が子供以上に騒いでる気がした。

 ピッチの上ではほぼサンフレッチェがボールを持って回している。回して回して回している。だけどシュートは打たない。どこかで強引さがない。かといって危ない場面もない。山形も無理をしてこないのだがこの辺は小林監督の影響だろう。クリーンなサッカー、ファールで止めるとかコケてFKを貰おうという姿勢は山形にはなかった。圧倒的にボールを支配されながらも実力で勝負するというそのスタイルは敵でありながら好感がもてた。

 ただサンフのあまりものシュートを打たないのにはMさんとハーフタイムに呆れた顔で目を合わせることになってしまった。このチームはシュートを打たないというのが伝統でもあるかのようだ。もうこの試合スコアレスドローで終わってしまう、そんな気もし始めたのだった。

 後半、またしても同じ展開。いい加減ヤキモキしてきたがこういう誰もシュートしない時にシュートするのが槙野なのである。少々遠目で無謀だったがそれでもこのシュートでスイッチが入ったかのようにシュートを打てるようになった。そしてそれは珍しくミシャの采配が当たったのかもしれない。平繁がピッチに入ることの影響も大きかったと思う。平繁の登場シーンでは先程のお母さん達が「リュウよ、リュウよ」なんて言いながら手を叩いてた。そして実際にドリブルで仕掛けるプレーに「リュウ凄い~!」なんて言って微笑ましくなってしまった。そしてその平繁がドリブルでシュートした跳ね返りを寿人が決めると「キャーッ!」なんて騒いでた。でも何気に最初から平繁に目をつけてたとはなかなか侮れないお母さん達だった。

 このゴールはトンネル工事でツルハシで岩を砕いて砕いてやっと貫通したような達成感があった。勿論ぼくも負けじと飛び上がり大喜びした。これで展開が楽になってきた。もう1点は欲しい。寿人に代わってユキッチが入った。未だ脱がないヴェールを脱いでくれと祈った。試合の流れからいってそれは可能であった。そしてユキッチ再考のチャンスが訪れた。ゴール前に来た浮き球、ユキッチは見事に外してしまった。ヴェールはやはり隠されたままなのであった。

 試合終了。もう終わりかよという感覚があったがでも勝ったんだから喜ばなくちゃなと皆ワンテンポ遅れて勝利を喜ぶのだった。もっと点を取らなければいけない、しょうもないミスがある、ゴール前のパス回しが余計だという不満もあるにはあった。それでもこの場は喜びで満ち溢れていた。なぜなら今日はゴールデン・ウィーク、祝うべき日だ。市内ではフラワーフェスティバルをやってるがこっちも祭りだ。ビッグアーチの祭り、それは決してどこにも引けをとらないものだ、そんな気分になった。

2008年5月 3日 (土)

山形戦~広島へ出発

2008/05/03 サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

「しまった!」

 プラットホームの長蛇の列を見た時思わずつぶやいた。広島行きのぼくの新幹線の切符は自由席だったのだ。そして東京なら早く行けば座れるという見込みをたてたが甘かった。もう30分遅かった。そういえば在来線も東京駅でゴッソリ乗客が降りていった。結局みんな新幹線利用客だったのだ。つまりはぼくと同じく自由席を何とか座って行こうという人達だったのだ。ぼくはそんなライバル達に出し抜かれた心境になった。

 ただぼくにとって幸運だったのは新幹線に乗車した時エアポケットのように目の前に空いた席に出くわしたことだった。これでぼくは席を確保することができた。これで朝飯も食える、本も読める、寝ることもできる。まさに新幹線は座ると立つとでは天国と地獄程ちがうのであった。

 落ち着いた気分になり出発を迎えると駅に停まる度に車内は混雑してくる。どんどん人と荷物で埋まってきてそれは都心の通勤電車と変らない様子だった。毎朝毎朝満員電車に揺られそして休みの日も満員電車。何だか不憫な気がした。どうしてこの社会は活動をしようとすると何事も一辺に人が集まるようになってるんだろう。

 そんな車内だったから座っているとはいえトイレにも行けない状態だった。いつかもうちょっと空いたらと考えたがそれは岡山だった。岡山でこんなに人が降りるものなんだというのをこの時初めて知った。ただせっかく車内に余裕ができたのにもう広島もすぐに着いてしまうのだった。

 広島。ぼくの生まれ故郷ではない。ぼくの実家がある訳ではない。ただ育った場所だ。そして数少ないその当時の友人に電話する。今着いたと。こんなに早い時間にと面食らっていたがすぐに出ると言ってくれた。海田なのですぐに来れるみたいだ。そこで友人が来る間外で広島の街を眺めてみることにしたのだった。

 強い日差しだった。東京を出る時には雨がふっていたのに。そして人が多かった。何だ、祭りでもやるのか?そう、祭りだ、フラワーフェスティバルだった。

 しばらくして友人が車でやって来たがフラワーフェスティバルの話題になった。そういや前にフラワーフェスティバル行こうと言ったら「エエ~ッ、ふらわ~ふぇすてぃばる~!」って言ってたよなと話すと確かに言った記憶があると答えてた。さすがにノリピーが来た時には行ってしもうたがそんなんでもなきゃ行きとうないよということだった。

 そしてお好み焼き屋で昼食を摂ったがそこでも長蛇の列だった。その後横川駅へ送ってもらったが市内のあちこちで駐車場の順番待ちをしていた。ビッグアーチで客が入らない理由として駐車場の問題を聞くがそれについては広島はどこでも付いて回る問題のような気がした。その逆にこうして有料駐車上に列を成しているということはビッグアーチでも駐車場にお金を取るというのをタブーとする風潮はどうかとも思えるのだった。もっと便利な場所に駐車場を作っても有料なら誰も使わないという話だが果たしてそうなのだろうか。

 横川駅ではすでにバスが待っていた。レプリカに着替えてバスに乗り込んだが結構車内もレプリカの姿があった。昨年来た時にはぼく一人だけだったような気がするのだが。そしてバスが発車すると『光の射す方へ』が流れる。車窓からはサンフレッチェの旗がなびいてるラーメン屋があった。広島でサンフレッチェを感じられることができない、常々そんな感覚を持っていたが少し変化してるのではないだろうか。気のせいだろうか。

 ただ、ビッグアーチでバスを降りた時は愕然としてしまった。何と人の姿のないことか。自然、スロープを登るぼくの足取りも元気がなくなったのだが登りきるとそこは入場を待つ長蛇の列があるのだった。おお、素晴らしい。フラワーフェスティバルがあるから客が来ないのではという憶測があったがそんなことはなかった。何があろうと来る人は来るのである。逆に誰もがフラワーフェスティバルに行く訳でもない。暑い中、開門を今や遅しと待ってる人がこれだけいるというのは捨てたもんじゃないという気がした。

2008年5月 2日 (金)

山形戦へ向けて準備

2008/05/03  サンフレッチェ広島vsモンテディオ山形 広島ビッグアーチ

 連休を挟んだ平日、世間もこういう時はゆったりとしている。ということで仕事も暇になってきたので1日早く休みを取った。もっとも普通にどこか旅行しようとか考えてる人はすでに休暇の申請なんてやってる。ぼくみたいに暇だから休むなんてナンセンスだ。いずれにしてもこれで早朝に新幹線で広島に行こうと思ってたぼくは準備をする時間ができたのである。

 準備なんてそんなに必要か?必要なのだ。そもそもぼくは新幹線の切符さえ買ってない。ということは当然自由席だ。元々この日に広島へ行くというのも思いつきのようなものだから指定席はすでに売り切れてた。新幹線を立って乗ってると物凄い惨めな気分になる。どうせだから新幹線も席のない車両を作ってそこだけ運賃安くしてくれないだろうか。新幹線も速度を早くする努力はするが運賃を下げる努力をちっともやらないのはどうしたものだろう。まあ現状、新幹線が高くて乗客がいないなんてことはないので絶対に料金は下がらないのだが。

 他にも準備といったら『エル・ゴラッソ』を買うことだ。サンフレッチェの記事なんてほんの片隅にしか載ってないのだがこれをビッグアーチに持って行って広島の人にあげることにしている。たった130円の新聞だがこれが広島であげると結構喜ばれるのだ。去年入れ替え戦の時などは全く知らない人だが帰りがけに話をしたついでにあげたこともある。そして新幹線で読む本と弁当、飲み物の用意だ。何だか遠足だな。いや、遠足と大して違いないのだろうが。

 そして広島行きを前にして色々な人と連絡を取り合ってる。観戦場所はどこだとか何時くらいにスタジアムに着くといったところだ。そうやって現地で会おうというのだが中にはHさんのようにいつもの場所と言っただけで分かる人もいる。そしてB6付近に行ったら知ってる顔も結構いて関東と錯覚してしまうこともある。中にはファンクラブの招待券の期限が切れるからその前に行っておこうという人がいたが何かが違う気がする。無料チケットの為に高い新幹線料金を払って広島へ行く、まさに本末転倒だ。そう、ぼくを含めてそこには関東からの常識の捻じ曲がった人がたくさん集結するのだ。ゴールデン・ウィークとはそういう日でもあるのだ。

 ある意味それこそが非日常空間となってるのだからゴールデン・ウィークやお盆はそれ自体がイベントではないだろうか。ファミリーJoinデイズとしてクラブから案内が来たがぼくはこういうイベントに参加したことがない。確かに色んなことやってるんだなという期待感は与えるがもっとスタジアムそのものを楽しめるはずだ。こういう案内を年に1回しか来ないような人に配布するには意味あるだろうがファンクラブの会員に郵送するのは意味あるのだろうか。ファンクラブの人はそれでなくても好きな人である。ぼくのように関東に住んでて特に恩恵のない人でも入る人は入ってる。

 当日何人関東の人間に会うだろう。そして広島の人にも会うことができる。ぼくにとってはそれこそがイベントだ。今や叩かれることが多くなった17番ユニフォームを着てビッグアーチに乗り込む。たくさんお客さん来るともっと楽しいんだろうが。

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