敵となった高橋泰
2008/04/26 ロアッソ熊本vsサンフレッチェ広島 熊本県民総合運動公園陸上競技場
J2にいる限りサンフレッチェにとって勝利以外受け入れることができない。それが当たり前でありほとんどのサポーターが感じてることだろう。それなのに甲府戦は負けてしまった。決して許せることではなかった。やる気あるのか、勝つ気あるのかと叫びたくなってしまった。この憤り、どこに納めるべきかといってそんなの次節の勝利以外に気持ちの持っていきようがないのは明白だ。熊本戦は今までより厳しい目で観ざるを得なくなる。
ロアッソ熊本、その名前で頭に浮かぶのは高橋泰だ。トムソン監督時代久保と2トップを組みルーキーイヤーに5ゴールを奪う。その後もヴァレリー監督の下で躍動感のあるプレーをしてこれからが楽しみなストライカーだった。それなのに翌年ガジエフ監督からは評価されなかった。ベンチを温める日々、チームも勝てなくなり遂にはJ2に落ちてしまう。ここで久保がマリノスへ移籍、高橋にとってはエースになれる絶好のチャンスだった。サンフの顔になる体制は整ったのだった。
しかし、その時指揮を執った小野監督は空気を読まない人だった。そしてセンスのない人だった。この人は音楽家なら理詰めで素晴らしいテクニックを身に着けるのだが売れないというタイプだ。逆に大して演奏は上手くないのに世界的に大ヒットしてしまうローリング・ストーンズのようなカリスマは絶対に持ってない人だ。だから理屈で上手くかないという選手は使わないという主義だ。逆に本番でどんなに上手くいかなくても自分の頭の中で上手くいっていればとことん使うというまさに外から見れば呆れるばかりの人だった。そんな中で高橋は才能を埋もれさせた。
こういう時の小野監督の言い分というのはプロの選手というのは駄目でも自力で這い上がっていかないと通用しないというものだった。確かに実力の世界だからその通りなのだがそれで潰れた若手選手というのが1人や2人ではなく毎年毎年入ってくる選手軒並みなのでこれで選手が悪いといったらじゃあこの監督の目に適う若手選手ってどこにいるんだろうということになる。そうやって潰れた内の1人が高橋泰だという目を向けてもあながち間違ってはいないだろう。
2003年の第1クール、ダントツで1位だったサンフレッチェは第2クール、第3クールと入るに従って段々順位を落としついには3位まで落ちてしまった。この時絶対的にポジションを確保してたのがテクニックはあるけど得点能力ゼロのマルセロだった。マルセロを使ってチームが勝てないというのが本当に許せなかった。そもそもこの人ヘディングができないという欠点があり尚更高橋が見たいと思ったのであった。高橋となら心中できるという気持ちだった。
結局サンフレッチェは1年でJ1に上がれたものの高橋は大宮にレンタルで出されることになった。本人はまたサンフに戻る気でいただろうが大宮でも思ったような結果が出せず千葉に行き流れ着いた先が当時JFLのロッソ熊本だった。もうサンフに戻ることはない選手とは分かっていながらその動向が常に気になる選手だった。そしてJFLにまで落ちたのかとため息に似た感情が起こるのだった。
ただそのロッソがJ2に昇格、同時に高橋もJ2の選手となることが決まった。それは嬉しかったが同時にサンフレッチェもJ2に降格してしまい同じカテゴリーでの対戦となったのは皮肉だった。昨日の友は今日の敵とは言うがそう割り切れるものでもないのはそれまでの経緯を知ってるものであればこそである。ああ、あの高橋と対戦しなければいけないのか。完全な敵としての目を向けられるだろうか。勝利以外は許されない、そう言っておきながら妙な感傷が湧きあがってしまう。ぼくは甘いのだろうか。少なくとも世間のぼくに向ける風当たりよりは甘いだろう。


コメント