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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2008年3月31日 (月)

千葉方面で観戦会決定

 現在下北沢トレブルで観戦会をやってるが正直千葉に住んでるぼくとしては遠いという気がしてた。これは都内千葉よりの人にとってもちょっとネックになってたとこではないだろうか。それともう一つ、トレブルの収容力を考えると現在の来場者は限界である。ということでぼくは千葉方面で観戦会をやってくれる店はないかなと思ってたところ先日ふと立ち寄った店でその話をしたら興味を持ってくれて開催することが決まった。ということで観戦会のご案内をします。

413日(日)16時~ セレッソ大阪戦

千葉県市川市市川南1-1-8

駅前サンハイツ1F
パブリック アローズ
047-324-1535
www.arrows-project.com
市川駅南口より徒歩5

2008年3月28日 (金)

アンゴラ戦~オリンピック代表に選ばれたい

2008/03/27 U23日本vsアンゴラ 国立競技場

 こんな親善試合にアンゴラはよく来てくれたなという気がした。しかも相手は23歳以下、アンゴラにとって何らかのメリットがあったのだろうか。それでも来てくれるのはやっぱり日本がお金を出してるのだろうか。いや、ぼくが知る由もないのだが。

 こんな試合に何の興味も沸かなかった。世間の関心も低いらしくスタンドには空席が目立った。夜の景色と相まって宴の後の裏通りのような雰囲気があった。やはり2世代前のシドニーオリンピック代表のスタジアムは常に満員というイメージがあるから寂れた感覚はどうしても持ってしまう。そういえばあの当時吉原宏太が唯一のJ2の選手ということでちょっと注目されたが今は何人かいる。その内の一人に青山敏治もいるのだった。

 青山の印象は地味だろう。凄くよく動いてるものの大人しそうなキャラクターのせいで存在として目立たない。だがサンフサポのぼくとしては当然青山を注目してるのだがそのアグレッシブで粘っこいディフェンスと機を見た攻撃参加はやはり効いてると思う。物静かな印象の中に強い意思を感じる。そして大胆である。それはあそこでシュート打つくらいならパスをした方がいいというような距離のある位置からもゴールを狙ってる。外れれば大きなマイナスポイントになりそうなのにやってしまう。そして実際に枠を捉えなかったがそれでも自分は間違ってないという確信に満ちた表情が伺えた。別に会ったこともないのだがそんな選手だという気がするのだった。

 そんな青山敏弘の出場した試合でゴールを決めたのは同じくJ2山形の豊田である。後にはJ2セレッソ大阪の香川がドリブルで会場を沸かせてたしもはやこの世代の代表でJ2の選手が出るのは驚きでも何でもなくなった。というより今までのメンバーからガッポリ入れ替えた今回の試合の方が試合としてずっと楽しいのだった。1点返されてしまったもののもうちょっと観たい、もうちょっとやってくれ、あぁ~タイムアップかよという感覚を味わったのはいつ以来だろう。前日やってたA代表のバーレーン戦とは大きな違いであった。

 正直J2の選手が活躍するのはサンフレッチェが昇格するのに大いに支障となる。豊田や香川は厄介な選手だった。だけどこういう選手がJ2にいてくれるのは嬉しさを憶えるのだった。J2J1のサテライトリーグではなくて立派なプロのリーグなんだという証明になる。そしてそういうプロのリーグで戦うということは観る方もモチベーションが上がる。この試合を観た後山形やセレッソが簡単じゃない相手という印象を持ってしまった。それでこそ対戦が楽しめるのだ。

 客もいないし勝った訳でもないのに妙に嬉しくなる試合だった。青山も代表に行って怪我をして帰ってきたという経験があるがこの代表ならサポーターの一人としては快く送り出したい気分だ。怪我から復帰する予定の柏木を含め絶対にオリンピックに出場して欲しいとさえ思うようになった。これってしばらくなかった感情だな。代表があると選手が抜かれて大変だとかいう風潮があったがそれでも自分の応援してるクラブの名誉があったはずだ。そういう正常な感覚を呼び戻してくれたような気がする。

2008年3月27日 (木)

冷めた代表

2008/03/26 W杯第3次予選 バーレーンvs日本 バーレーン・ナショナルスタジアム

 ぼくは寝てしまった。がんばって起きてるつもりだったけど気付いたら朝だった。それだけぼくの忍耐力がなかったとも言えるだろうが興味の指数がその程度だったのも事実である。アウェイとはいえ勝って当たり前、負けたら屈辱、そういった意味で状況は今J2にいるサンフレッチェに似ているのだった。

 しかしこの日程によりJ1のリーグ戦が1週抜けることになった。そして次の日もU23の試合があることからJ1は常に代表とリンクされたスケジュールとなる。サンフレッチェはJ2だから関係ないと思ったがチーム数が奇数の現状ではどうしても毎節1チーム休みが出る。計ったようにサンフレッチェは次節が休みとなってるがこれは偶然だろうか。偶然ではないだろう。サンフレッチェからも代表選手が選出される可能性があるのでわざわざ意図的にこういう日程にされたのだろう。

 駒野は移籍してしまったので問題ないにしてもやはりFWで寿人は必要だった。得点を期待できる選手がいない。クロスに飛び込む選手、数少ないチャンスをモノにする選手、前線でプレッシャーを与えられる選手、寿人こそは今の日本の中で1番のFWだろう。J2にいることで選ばれなかった。J2に落ちたことで大したことないというレッテルを貼られてしまった。J2でプレーしてる為にそのプレーを見る人が少なくなった。日本人FWの場合たまたま調子が良くまとめて点を取る選手もいるがなかなか毎年決まった数字を挙げる選手がいない。寿人はその条件を満たしている稀有な選手であるのだ。

 といって寿人待望論なんて聞いたことがない。正直このぼくだって本当に寿人が入ったら勝てるのかと問われると答えに窮する。それはドリブルで突破するとか意表を突いたミドルシュートを打つとかとてつもない身体能力を持ってるという特徴がないせいだ。ただゴール前のここだという場所には必ず現れる。そしてヘディングでゴールをする姿はたまたまそこにいたからというようにも見える。だけど確実にゴールを重ねるという選手なのだ。ということはもう一人コンビとなる選手がいる。まさに先に挙げたような特徴を持ってる選手だ。そんな都合の良い選手がいるものかというといるのだ。久保竜彦だ。もしかしたら日本代表よりも強力なFWを抱えてるかもしれない。そんな幻想を抱いてしまうのだった。

 それも無理もない。DVDに録った放送を朝早く観たがまるで希望の持てないものだった。本当にこれが日本の代表なのかと疑わざるを得ない。バーレーンの方が圧倒的に攻めてる。技術的にはバーレーンの選手の方が劣ってるというのは数あるシュートシーンなどでそのキックの質の低さは感じた。だけどそういう選手に対して日本の選手は一人も密集を突破できなかったしパスを通すことができなかった。情けなかった。情けなかったがこんなものかという冷めた感情しか抱かなかった。

 どんなレベルの低い相手との試合であろうと熱くさせてくれる選手がいない。観たい選手がいない。ここに久保と寿人がいればどんなに燃え上がるだろう。果たしてそれはぼくだけなのか。ゼロックスで沸き立ったあの雰囲気は代表では無理なのか?でもJリーグの試合でもピッチに立ってるだけで何かやってくれそうな存在感を持った選手っているのか?少なくとも日本人選手には思い当たらない。

 結局試合は負けた。驚く程冷静なぼくがいた。まだやれるはずだと頭の中では考えつつもこんなもんだろうという諦めが腹の底にあったのは確かだ。やはり何かが足りない。それはもしかしたら自分自身の内に代表への冷めた感情のせいかもしれない。いや、日本がW杯に出れないとそのダメージは限りなく大きいはずだ。だからそんなことはあってはならないと認識してる。それなら全く賞賛に値しない試合ばかり続けている岡田監督や選手のせいだろうか。分からない。分からないがこの冷めた感情が決してぼく一人じゃないというのは最近の代表戦の視聴率の悪さが物語ってるのではないだろうか。

2008年3月26日 (水)

中断中の思考

 日差しはすっかり春の様相を呈してきた。開幕した時はまだ寒かったというのに。改めてサッカーを見てると月日が経つのが早いと感じる。

 それはそうとカズと柏木が練習に参加しているという情報が流れた。本格的に参加してるのかどうか分からないが復帰は近いと見ていいのだろうか。そしたら1週間試合がないだけに翌週の岐阜戦から参戦できるのだろうか。それはかなり楽しみである。といって楽しみにしていいのだろうか。

 怪我により乗り遅れた2人。キャンプもロクに参加してないのに簡単に試合で適応できるのだろうか。柏木が出ればもっと素晴らしい試合が見れるとかいう風潮があるが段々と不安になってきた。あの監督なら調子が悪くても柏木を使うかもしれない。去年あれだけパフォーマンスの落ちたウェズレイを使い続けた監督である。どんなにコンディションが悪かろうと良いイメージの残ってる選手を使いそうである。これはマズイ。誰かミシャを阻止してくれ。

 といって高萩、ストヤノフが出場停止の状態じゃ出場できるのなら使わざるを得ないかもしれない。そこが不安である。そして1度出てしまうとミシャは調子が悪くても使い続ける。どんなに成績に響こうとこの監督は引かないだろう。その結果本人も焦りが生まれ無理からまた怪我をする、そんな流れが最悪だ。誰かミシャの暴走を止めてくれ。

 もっと違う監督いないのか。そんな議論は仲間と何回もした。だけどぼくは小野監督に較べればずいぶんマシに思えるから交代して欲しいとは思わない。思わないが実際に不安は感じている。だって1年で昇格できなければ小野前監督にわたしは1年で上げたよと胸を張られそうじゃないか。わたしの方が有能だったろうと口元に笑いを浮かべそうじゃないか。わたしのいる間はJ2に落としませんでしたよなんて顔をされそうじゃないか。別にぼくは小野前監督がそこまで性悪だと唱えているのではない。むしろこの人は大きな勘違いをしていそうなのだ。どんなことがあっても自分は間違ったことをしてないという信念を持ってそうだ。確かに協会で強化部長なんてポストはそういう人にしかできないだろう。小野さんの就職先としてはうってつけである。時々代表人事を巡ってのインタビューを読むとこの人は大きな信念の下に行動してるように見える。だけどそれが故に空気を読まないとこがあった。クラブの方向性がこの人によってどんどん変わっていった。そしてそれらの変化が負のベクトルを取っていたのである。

 そう考えるとやはり人間は適材適所にいてこそその真価が表れるのだろう。小野さんは代表の強化部長は適材かもしれない。ミシャはどうだろう。確かに若手をどんどん試合に出し育てようという意図は見える。しかし試合の指揮官としてはどうなのだろう。どこか1試合の重みを感じてないような印象がなきにしもあらずだ。結局監督として適材なのだろうか。

 これについては分からん。本当にそこまでどうしようもない監督なんだろうか。それともまだ爪をかくしているだけだろうか。分からん、ちっとも分からない。優秀なのかどうかどこで判断すればいいんだろう。霞が掛かったかのように不透明だ。

 試合のない週、次まで期間があるから1人でこんなことばかり考えてなきゃいけないのであった。

2008年3月25日 (火)

正気と狂気の狭間で

2008/03/23 サンフレッチェ広島vs水戸ホーリーホック 広島ビッグアーチ

 正直ぼくはこの試合を観ていない。自分の通ってるサッカー教室の納会があったというのと時間的に都合の付く人がいなかったことからだ。一々人の家に行って中継を見せてもらうってぼくはまるでTVの普及してない時代の子供のようだ。といってもぼくの場合は交通費を掛けて行ってる。考えてみればその交通費で視聴料金は払えてしまうのだ。だけど、だけどぼくがサンフレッチェの試合を観てておとなしくしていることができるだろうか。2人も退場者が出て平静でいられるだろうか。もう駄目だろうと思った後半ロスタイムに森脇が同点ゴールを決めて黙っていることができるだろうか。そんなことを住宅地の只中に位置するぼくの家でやると狂人と思われてしまう。いや、それならそういうことを他人の家でやるのはもっと正気ではないのだが。

 ただ、そこに一緒にいる仲間がいるとぼくも正気を保つことができるのだ。一人だともうその世界に入りきってしまう。だからぼくは音楽活動をしてた頃は家でお構いなしに練習などをして度々苦情を受けるということをやってしまった。つまりサンフレッチェのお陰で仲間を作りぼくをマトモな社会生活へと導いてくれてもらえる。と同時に頭に血が上る存在でもある。ということは果たしてぼくにとって正の存在だか負の存在だか分からなくなった。いや、少なくともぼくはサンフレッチェで楽しんでる。それでいいだろう。

 それはそうとサッカー教室でぼくがサンフレッチェを応援してるというのは皆が知ったところとなってる。そもそもぼくは運動着というものを持ってなくて事ある毎にサンフレッチェグッズを買ってる内に結局それが運動着になってしまった。いつもサンフレッチェのグッズを身にまとってるぼくを見て最初サンフレッチェの関係の人だと勘違いしてた人もいたみたいだ。学生時代に水泳で鍛えただけあってサッカーもそれなりにできるようになったものの実はサッカーなんてやったことはなかったのだった。知識なんてJリーグの選手や監督の名前とかプレーには関係ないことばかり覚えている。だけどそんな目を向けられてちょっと気分のいいぼくあのであった。

 あるお父さんと話をした。最近息子がJリーグの試合観に行きたいと言い出したという。よし、それならサンフレッチェの試合に連れて行こうと言い掛けたその時気付いた。J2に落ちたサンフレッチェは関東で気軽に行けるスタジアムでの試合がなくなってしまったのだ。

「広島にも観に行くんですか?」

 そう聞かれて年に1、2回と答えると驚かれた。昨シーズンは3回行ったがそこまで凄いことなんだろうか。もはや麻痺している。だって仲間の中にはどこに住んでようが全試合観に行ってる人もいるんだから。果たしてサンフレッチェに入れ込むということは正気なのか狂気なのか分からなくなってきた。といって止めなさいと言って止められるようなものじゃないんだが。

2008年3月24日 (月)

水戸戦~薄氷の引き分け

2008/03/23 サンフレッチェ広島vs水戸ホーリーホック 広島ビッグアーチ

 まさか2試合続けて雨とは。本当についてない。どういう意味でというと勿論興行的にだ。6,677人、雨の中でよく入ったほうだと思う。だけど開幕戦で17千人も入った後で1万人以上観客が減ったのはダメージが大きい。来場者プレゼントで用意した11千枚のタオルは半分近く余っただろうに一体どう処分されるのだろう。

 しかしこの日の敵は審判だった。1試合で3人も退場者を出す審判は普通じゃない。こんなレベルの低い審判なんか使うな、と言いたいとこだがそうもいかないのがJリーグの現状である。J1J2、そしてJFLといったプロ、もしくはそれに近いカテゴリーになると審判がいないのだ。必然的にレベルの高い審判はJ1、そのお余りがJ2に来てもらうという構造になっている。だからいくら審判のレベルについて激論を交わそうと審判をやる人の絶対数が足りない現状では絶対に改善されないと思う。むしろ週に1回本職の傍ら笛を吹いてくれる審判はありがたい存在なのだ。それなのにこの審判はヘタだの自分の世界に入ってるなどと言われるのだからあまり魅力的な仕事とは言えないだろう。

 そういった事情があるだけにあまり審判の是非を問うても意味が無い。もんだいはむしろその審判の性質を見抜けなかった選手にあるのではなかろうか。ゼロックスで審判のお陰で勝ったというような風潮が立った。でもそれはこの日の審判が厳しい判定をするという空気を読まない選手がカードを貰ってただけ。水戸戦もサンフレッチェの選手が試合の空気、審判の傾向を見誤っただけの話ではなかろうか。どんなジャッジをされようとそんなのは国際試合では当たり前にある。そして審判という人間も十人十色であると考えれば軽率なプレーがなかったとは言えないのではなかろうか。

 ただこの試合で勝てなかった理由は前半の内に点を取らなかったことだというのはハッキリしている。そこは残念だが2人少ない状況で終了間際に同点に追いついたというのは精神的に大きい。相手も1人退場を出したとはいえ2回も勝ち越した後に追いつかれたというのはダメージが大きいだろう。実際森脇のゴールの後は水戸の選手がガックリ崩れ落ちてた。ここまでの状況へ持ち込んだのにやっぱり勝てなかったという負のイメージが付くだろう。勢いというものは理詰めでは対応できないとこがある。

 よし、この勢いで次も勝つぞと思ったら次週は試合がないのだった。とんだ肩すかしを食らったような感覚だ。J2の唯一良い点は毎週試合があることだった。チーム数が奇数の為どうしてもこういう休みの節ができてしまう。これって早く解決してもらえないだろうか。いや、J2は今年だけで十分なんだが。

2008年3月22日 (土)

湘南戦~5年の月日

2008/03/20 湘南ベルマーレvsサンフレッチェ広島 平塚競技場

 大雨の中スタジアムのゲートを潜るとみんな階段下で待機してた。それはそうだろう、屋根も無いこのスタジアムで試合が始まる前からあえて雨ざらしになる者はいない。といってもしばらくするとコアサポの数人が旗を持ってサンフレッチェ・コールと共に階段を上って行った。カッパも身にまとってなかったので濡れる覚悟なのは明白だった。

 そんな中階段下はまだゴッタ返している。各自カッパを着たり荷物をビニールに包んだりしている。さしてさらに混乱を大きくしてるのは数人のグループだった。何やらバッジを作ってるようだ。自分の住んでる地域をマジックで書いてそれをバッジとして付けてればご近所さんが見つけることができるというものだ。何だこの企画、ぼくはちっとも知らなかったぞ。でも発想は素晴らしい。ぼくは前々からもっと地域毎に集まれるような環境を作りたいと訴えたことがあるがそれをこんな形で実現しようとしてるとは。いや、カンバッジなんてよく思いついたな。

 ただ、残念なのがこの日雨だったということだ。スタジアムに来た人はそういうサポーターのイベントに興味は示しながらも身支度で忙しい。しかも雨に濡れないその1階スペースは人で溢れてる。さらにバッジを作る速度に限界があることでとても効率が悪かった。挙句の果てがそうやってせっかく作ったカンバッチもカッパを着てしまえば隠れてしまって用をなさないということだ。これは残念だった。本当にこの天気を恨めしく思った。

 それでもこの日は多くのサンフサポが来た。4,027人の観客の内湘南とは半々くらいの印象があった。5年前は湘南の応援ばかりが耳に付いたけど今回は湘南の応援が耳に入らなかった。それは風で音が流されたというのもあるだろう。だけどサンフレッチェの応援席に人が多くなったのも事実である。こういった状態では以前のようにポッと来た人がスタジアムで知り合いを見つけるというのは難しいだろう。それについても色々と考えている人がいるようだ。ただ、これも伝達方法がネットだけというのが厳しい。この辺は今後の課題だろう。

 正直これらの活動はどれがどれだけ効果があるのか分からない。それでもやらないよりはやる方がマシだ。何もやらなければ何も生まれない。関東で人が集まるようになったが本当に少しずつ長い道のりがあった。5年前ここで試合を観た時今のアウェイ席を想像できただろうか。いや、それ以上に想像できなかったのがこんな酷い天候で同じ場所でまた試合を観なきゃいけないということだった。

2008年3月21日 (金)

湘南戦~嵐の平塚

2008/03/20 湘南ベルマーレvsサンフレッチェ広島 平塚競技場

5年前と一緒だな」

「いや、5年前の方が酷かったでしょ。あの時は風も吹いてたから」

 2003年の記憶を手繰り寄せそんな会話をしてたが時間が進むに従ってどんどん風も強くなってきた。嵐のような天候、やっぱり5年前と一緒じゃないか。

 その天候はキックにおいて多大な影響を与えGKの蹴るボールは高く舞い上がり上空で進路を戻すのである。普通じゃ見れないボールの軌道、グラウンダーで蹴れば水を含んだ芝がボールを止めてしまう。かといって場所によってはボールが走るしボールは予測不可能な動きをしてた。平塚競技場のピッチは見た目の鮮やかさとは裏腹に水捌けは良くないようだ。

 果たしてこれはサッカーと言えるのだろうか。いや、これは別の競技に違いない。パスをつなぐとか連携を取るとかボールのないとこでの動きだとかそんなの関係ない、ただボールが来たら蹴る、そして攻められればタックルに行くというような試合だった。といってもルール自体はサッカーに変わりないのでこの状況でどうやって点を取るかであった。そこで浩司がとても理にかなった方法で点を取ったのである。直接FK、見事に決まった。浩司のFKは本当に武器になってきた。できることなら去年見たかった。こういうキックを蹴るのになぜちっともチャンスに結びつかないウェズレイにFKを蹴らしてたんだろう。

 しかし試合は押されっ放しだった。ボールがセンターラインよりも後ろばかりに来る。サンフは守備してばかりだ。こいつら、やる気あるのかよと穏やかでない感情が生まれたものの後半になりピッチが変わるとと今度はサンフが攻めていた。単に風上に立った方が有利で選手のパフォーマンスの問題じゃないとこの時気付いたのだった。

 そしてこの日の2点目はゴール前の混戦で槙野のバイシクル・シュートだった。これは入れ替え戦第2戦目のロスタイムと同じ光景である。違うのはあの時は外れて今回は入ったというとこだ。ああ、あの時入ってれば今頃こんな所にいなかったのに。でもあの時は入れることはできなかったが今回は入れることができたとも言えるのだった。

 槙野はゴール後にサポーター席に向かって弓矢を射るパフォーマンスをやった。ウェズレイが発案したこのパフォーマンスを誰が引き継ぐのかと思ってたが槙野がやってのけた。槙野の放った矢にサポーターは仰け反る。皆カッパ姿で動きが鈍いが精一杯の動作で応えてやった。何だかピッチとスタンドが一体としてるようで楽しかった。

 試合はこのまま02で勝つことができた。この日もストヤノフは大活躍で最後の場面はストヤノフで全て跳ね返してしまった。そしてキックの危うい木寺は途中からゴールキックを全てストヤノフに蹴ってもらってた。キーパーのプライドとしては色々とあるだろうが正しい判断だった。蹴っても風でどこに流されるか分からないがそれでもキック力のあるストヤノフが蹴れば遠くには飛ばしてもらえる。そして威力があるから風の影響も受けにくい。ストヤノフは1回でもいいからミスというものがあっただろうか。11では抜けない、それでいてポジショニングもいい、ボールは失わない、完璧である。あの状況下でサッカーをやってたのはストヤノフだけではないだろうか。まあ湘南のアジエルもドリブルで3人、4人と抜いてたのでレベルの高い選手は悪条件でもサッカーという土俵へ持って来れる軸を持ってるのだろう。そういう意味で平繁がボールを前に運べなかったのは残念であった。

 試合後あまりにもバス停に人が並んでたので駅まで歩いて行くことにした。道路は渋滞でとてもバスが来るような気配がない。やはり歩いたのは正解だったろう。

「そういや5年前も酷い天候だったけどゴールキックが空中で戻ることはなかったよね」

 一緒に帰った数人の内の一人が言った。

「いや、あの時もしっかりとボールが戻ってましたよ」

 記憶は曖昧だ。そりゃそうだ。嵐の中で観戦して今は辛い。だから今が一番とんでもない状況にいると感じるのは当然。もう二度と平塚は来たくない。もしかしたら5年前もこんなことを言ったのかもしれない。

2008年3月20日 (木)

湘南戦~また雨が降っている

2008/03/20 湘南ベルマーレvsサンフレッチェ広島 平塚競技場

 平塚は雨が降る。そういうイメージがあるのは2003年の第4節の記憶があるからだろう。春とはいえ嵐のような雨は屋外では体温を蝕んだ。サッカーの試合でもなければ絶対に行かない地であるだけに平塚は普段からこんなに風が強いのかという感覚に捕らわれた。当然そんなの単なる思い込み以外の何者でもなくスタジアムのスタッフもこんな天候は普段ないですよと話してた。

 ただ、5年越しに訪れた平塚での試合はまたしても雨という予報が出てる。これが偶然というものなのか。いや、偶然ではない。それはぼくがサンフレッチェの試合を観に行く時に限って雨が降る、それだけでもう十分作為的なのだ。この天候さえもアウェイの洗礼だ。アウェイの洗礼と言えば語弊があるな。なにせ雨が降ればホームの湘南にとっても観客動員に影響する訳だから。となるとこれはサンフレッチェの試合観戦を妨害する何らかの力が存在するのだ。何だか落合信彦のようになってきたな。

 天気予報のチェックをする。1日雨。朝起きて予報に変化はなかった。屋外には屋根を伝って落ちる雫の音がする。早い時間だったので今の内にもっと降ってくれればいいのにと願う。そしてスタジアムの気温を予測する。やはり暖かい格好をして行った方が良いのだろうかと。カッパは必需品だが生憎ぼくはサンフレッチェ・カラーのカッパを持ってない。かろうじて日本代表のカッパを持ってるのはそっちの方が凡庸性があるからだ。サンフのカッパなんか持ってても一体使う機会があるのだろうかなどと思って買ってないのだが、何年も関東のアウェイの試合に行ってればそこそこ使う機会があったのに気付くのだった。ただ、スタジアムで売っていればいいのだがわざわざ通信販売で購入となると気が進まないというのは正直なとこだ。

 それはそうとチケットを買ってないのに気付くのだった。湘南だから当日券がないということは100%ない。それでもスタジアムで一々当日券売場まで廻って購入するのは時間的に大きく無駄になる。何で買いに行かなかったんだろう。すっかり忘れてた。日々の生活に追われてそこまで発想が行かなかった。それもこれも全ては試合に行けるように調整する為、だけど詰めが甘い。こういうことだから過去に前売券を買っておきながら試合にもって行くの忘れて当日券を購入するなんてことをするんだよな。ぼくって何て良いお客様なんだろう。

2008年3月19日 (水)

【駅前集合】第3節湘南戦 平塚

首都圏の試合では、馴染みのないスタジアムまでご案内する企画をやっております。
第3節は、5年ぶりに試合をする平塚競技場です。

3月20日14時半に、JR平塚駅北口へ向かう改札(茅ヶ崎寄りの出口)に、いつものように黄色い下田ユニでお待ちしています。
そこからバスで競技場入りをします。

もしよろしければ、皆さんでスタジアムへ向かいましょう。
どうかよろしくお願いいたします。

(SANFRECCE Supporters' Blog)

 毎回やってるこの駅前集合企画、何人集まるかは本当にその日にならないと分からない。それでもやり続けてる黄色い下田ユニの青年は素晴らしいです。皆さん、是非この企画に参加してください。

 ぼくもこの駅前集合に合わせる如く13時15分に東京駅、東海道線ホーム最前列にて待ち合わせをしています。もし、時間のある方がいたら一緒に平塚まで行きましょう。東京から1時間余りもあるので皆で行けば楽しいと思います。よろしくお願いします。

2008年3月18日 (火)

愛媛FC戦~ストヤノフのチーム

2008/03/16 サンフレッチェ広島vs愛媛FC 広島ビッグアーチ

 高萩の2ゴール、寿人の1ゴール、結果として30で勝ったなら何も不満はないだろう。だけど愛媛とサンフレッチェではクラブの予算規模が違う。果たしてその予算規模に見合った差が出せたかというとかなり怪しい気がした。

 というかこのチームにストヤノフがいなかったらどうなるんだろう。ピンチもストヤノフが摘んで攻撃もほとんどがストヤノフのロングボールで始まる。高萩の得点などもその典型であった。J2の必勝パターンとしてDFをガチガチに固めてトップに外国人ストライカーを入れるというやり方がある。結構そのパターンが有効でそういうスタイルで昇格したチームも多い。ただそういうチームがJ1で戦えたかというと大抵の場合厳しくなってしまった。それはそのはずだ、外国人ストライカーに頼って昇格しても根本となるチームの軸がなければその選手がいなくなったら途端に今までの積み上げが白紙に戻る。だからJ1に残留できるかどうかというのはJ2での戦いを見ていれば大体分かる。

 そういう意味でサンフレッチェはストヤノフに頼り切ってる。ディフェンダーだからポジションが違うがまるでその依存度がストライカーに代わりにディフェンダーにしてるようなものだ。こんなので昇格できてもJ1で戦えるのだろうかという疑問が残る。

 しかし、それでいてゼロックスから得点者が久保、寿人、青山、平繁、高萩と多彩だ。これは小野監督がどこからでも点の取れるチームにすると言っておきながらまるで駄目でその理想に数字の上では近付いてるという兆候がある。皮肉にも小野監督の場合はどこからも点の取れないチームにしてしまった。やはりまだミシャの方がマシなんだろう。

 それはいいとして守備も攻撃もストヤノフ頼み。こんなサッカーがJ1に通用する訳がない。J2でもすぐにサンフレッチェ対策を講じられて点が取れなくなるだろう。というかミシャの目指すサッカー自体こんなものなのだろうか。

 数あった愛媛の逆襲は効果的なものだった。愛媛に外国人ストライカーがいたら失点してただろう。やはりそこにはJ2というレベルの低さがある。そしてサンフの選手にもミスが連発してきた。高萩にしても森脇にしても愛媛在籍時輝いてたのは周りに大した選手いなかったせいではなかろうか。サンフレッチェに戻ってくると周りのレベルが高いとミスが目立つようになる。そこからもJ1J2の違いを感じるのだった。

 勝ってもそれ程喜びを感じない。勝って当たり前、引き分け以下なら許すことができない。やはり厳しいリーグだ。でも今更ながらストヤノフがもっと早くチームに馴染んでいたなら昨シーズンもうちょっと安定した戦いができたのではないかと勘ぐってしまう。選手の移籍のタイミングだけでここまで影響を与えるんだろうか。それならもっと早い時期にフロントはストヤノフ獲得に動いても良さそうだった。

 昨シーズン、能力があると言われながらも戦力として噛み合わなかったストヤノフがJ2で攻守の要として存在してるのは皮肉な話だ。でもJ2の開幕戦で昨シーズンよりも5千人も観客が多かったというのも皮肉な話だ。改めて今回のJ2落ちは何とかならなかったものだろうかという疑問が残るのだった。

2008年3月17日 (月)

愛媛FC戦~TVから見た観客席

2008/03/16 サンフレッチェ広島vs愛媛FC 広島ビッグアーチ

 午前中近所の小学校でサッカーをして昼はマツダさんの家に試合を観に行った。これがたまたま近くまでマツダさんが来る用事があったらしく車で拾ってもらえたので非常に助かった。ああ、何て素晴らしい人なんだろう。

 こうやって色々な人の家にサンフの試合を観に行くぼくはさながら観戦ジプシーとでもいったとこだろうか。時々自分でもかっこ悪さを感じる。やっぱり千葉方面に観戦会を開ける店を探すべきだろう。実はそれについてはマツダさんも考えていて色々な店に当たってみてるらしい。といってもサッカーバーとか言っておきながらスカパーに入ってなかったり名前だけのとこも多いようである。要は代表戦だけ店を観戦に使えますよというようなスタイルみたいだ。結局Jリーグでは商売にならないと思われてる。まあ地上波の放送があっても3%ぐらいしか視聴率取れなければしょうがない話ではあるが。

 そんな話をしながら家にたどり着いた時にはすでに試合は始まっていた。観客の声援が聞こえる。何か客が入ってるような気がするのだが。これだと9千人は入ってるでしょう。いや、2003年の開幕戦でさえ1万人入ってたんだから9千人じゃマズイでしょ。そうだな、でもよく見てみるとゴール裏付近は結構ギッシリ詰まってる感じがする。もしかしてもっと入ってるんじゃないか?

その結果後で分かった観客数が17,250人だった。17,250人、予想以上に入ってた。一体これらの人はどういう経緯で来たんだろう。開幕前のイベントが効いたのだろうか。それともゼロックスの優勝がアピールとなったのだろうか。いずれにしてもクラブも努力したんだな。凄いよ。それだけで感動した。J2降格はピンチでもありチャンスだとも捉えることができる。ここでこれだけ来てるんだからこれらの人をちゃんとリピーターとして年間パスを買うようにできればもっと安定するだろう。

2003年、新潟戦では2万3千人入れた。今年はそういう試合があるだろうか。そして次はどれくらい客が入るか。サンフレッチェにとって本当の戦いはピッチの外にあるのだった。

2008年3月15日 (土)

桑田負傷

サンフレッチェ広島所属の桑田慎一朗選手の負傷についてお知らせ致します。

  
右足関節 距骨内側軟骨損傷
 
3週間

(サンフレッチェ広島オフィシャルサイト)

 何ともバツが悪い。桑田が試合に出るチャンスは柏木やカズが負傷してる今のはず。そして右サイドも固定されてない現状を考えるとチャンスはあった。それがよりによってこういう時怪我をしてしまうとは。サポーターにしてみてもこの時期に試合に出て戦力となってもらいたかったのに。

 まあわざと怪我をする選手はいない。本当に悔しいのは怪我をした本人である。だからそこで選手の体調管理が悪いとか意識が欠けてると言うつもりはない。ただサポーターとしての立場ではそう愚痴りたくもなる。ただこの桑田の負傷について愚痴ってるサポーターっているのだろうかと考えてしまう。

 正直微妙な選手だ。ルックスのせいかあまりスター性を感じない。特徴というのも今一捉え切れてない。桑田と言ってどういう選手だと明確に説明できる人がいるのだろうか。空気のような存在となりつつあるというのは言い過ぎだろうか。明らかにかつて試合に出てない浩司に寄せてた期待みたいなものを感じてる人がいない気がするのだ。これもやはり強烈な印象を残してないせいだろう。

 公式戦でゴールはある。だから全く駄目だったという訳ではない。それでもメンバーがいない時の補充要因としかなってないことから印象が薄い。そして草津戦のようにスタメンで出ても目立つことがない。ただ目立つだけが良い選手の条件ではない。小野もミシャもこの選手を試合に使うことがあったということは能力は認められてるんだろう。ただ外で観ている観戦者の立場としてはどうしても分かりにくいのだ。それでいて今年駄目だったら戦力外だろうという切迫したものもない。

 そういえばサンフレッチェにはかつて似たような選手がいたな。大木勉。どこが特徴なのかよく分からない。それでいてメンバーに入ってしまってほとんど活躍しないのだがチームが点が取れないで喘いでる時なぜか点を取る。もういらないと言ってたもののそうも言ってられなくなってしまう。そしてそれが引き金となってゴールを量産するかといったらそんなこともない。平均の中をフワフワ漂ってるような選手だったのだ。そういや桑田も背番号20番、宿命のようなものを感じる。

 地味で目立たないルックスの大木はある意味サンフレッチェを象徴する選手だった。野次を飛ばすのも大木だとやりやすかった。ゴールをすると地震が起こるなどという逸話まで作られた。クソミソに言いながらも大木で楽しんでた面がある。

 桑田、20番を継承する者として足りないもの、それはネタとなるキャラクターだろう。そういう意味では若いのにオジサン顔の橋内に完全に負けている。プロサッカー選手なんてサポーターに愛されて何ぼ。そういう愛され方もありだと思う。であれば愛媛にいる大木と新旧20番対決をしてもらいたかったものだ。そういうとこなんだよな、肝心な時に怪我をしてしまって。まあぼくもサポーターの一人として好き勝手言ってしまうな。こう考えると選手のキャラクターとか言ってるが単にこちらで勝手に話を膨らませてキャラクターを作ってるという気がしないでもない。でもそうなるにはやはり試合に出てぼくらの前でプレーをしないと始まらない。桑田よ、怪我は慎重に治すべきだが復帰したら怪我にだけは気をつけるように。

2008年3月13日 (木)

ホーム開幕戦、どうやって見よう

2008/03/16 サンフレッチェ広島vs愛媛FC 広島ビッグアーチ

 ホーム開幕戦に行こうといきり立っていたものの何だかんだでやはり都合が付かず断念したのだがそういうことを言うと周りの人はしっかり覚えているものである。ホーム開幕戦行くとHさんから聞きましたよと言われたがその時どこか決まりの悪さを感じたのだった。

 そういう訳で生観戦のつもりがモニター観戦となってしまったがこれがまた問題である。ぼくは未だにスカパーに入ってない。実はアンテナもチューナーも持っているのである。月3千円くらいなら惜しいとも思わない。そうでなくっても色々な所へ中継を観に行ってるのだからその交通費を考えれば同じなのである。それなのに加入しないのはアンテナをセットするのが面倒くさいからだ。かといって業者に頼むのも一体いくら掛かるのか分からないので気が進まない。結果スカパーはいつまで経ってもうちで観れないということになってる。

 ただ、関東ではトレブルというサッカーカフェがある。ぼくも以前はよく利用したがあそこはうちからだと遠い。下北沢まで行くのにぼくにはハードルが高いのだ。しかも最近は多くの関東サポーターが来ることにより店も狭くなってる。そこでもっと別な場所で観戦会が開けないものかと考え近場でサッカーカフェを探した。その結果あるにはあったが昼間は営業しないということだった。どんな時間だろうがサンフレッチェの試合がある限り店を開いてくれるトレブルはやはり貴重な存在だったと改めて気付かせてくれるのだった。

 さて、日曜はどこで観戦しようか。こうやっていつもいつも人の家にお邪魔してる。そして試合後に濃い濃い話をするものだからその家の人に異次元の会話でもしてるのではという顔をされる。きっといつかまた行くと言ったら「ええ、またあの人来るの?」なんて言われるんだろう。

トレブル観戦会

キックオフは14時

お店はキックオフ30分前に開店していただいております。

場所はこちら↓
http://www.treble-football.com/map.html

2008年3月12日 (水)

草津戦~モニターでは分からないそこの空気

2008/03/9 ザスパ草津vsサンフレッチェ広島 群馬県立敷島公園県営陸上競技場

 実際にスタジアムで観戦したマツダさんに電話してみた。実際02で相手は退場者を出すまで一杯一杯だったのだからまずは評価できるだろうと思いきやマツダさんは違った。まずスタジアムに入った雰囲気、これが相手が広島だから来てるという雰囲気じゃなかったという。スタジアム全体に草津を応援するというオーラがあったという意味でもしかしたらその内甲府のようになるかもしれないと感じたらしい。草津がJ1への昇格争いをやるなんてそれはないだろうと断言できる。予算規模も小さいしそもそもこのまま存続できるかどうか分からないようなクラブだ。まあこれが一般のサッカーファンの考えである。だけど甲府を考えてみるといい。甲府は草津よりも酷い状況だった。平均観客数1,500人~2,000人しか入らずもう潰れるというとこまで来たクラブがJ1に上がりサンフレッチェより観客を集めた。草津がそうなる可能性があると感じたということは益々サンフレッチェはうかうかしてられないということだ。その内草津にさえ追い越せれる可能性があるのだ。

 現在草津は敷島陸上競技場のレンタル料が高いことから色々な面で工夫をしてるらしい。それがサポーターによるスタジアム内での看板の取り付け作業だ。こんなのでも手伝ってもらえば試合運営の人工が1人でも2人でも減らすことができる。そして手伝うサポーターにしてみれば自分たちが支えてるクラブだという誇りを持つことができる。対してサンフレッチェはクラブとかかわりを持つことができるだろうか。サンフレッチェの為に何かしたい、そう考えても大きな壁があるような気がしないだろうか。

そして試合においては草津の選手の方が声が出ていたということだ。サンフレッチェの選手の声の無さは相変わらずだったようだ。そしてベンチに目をやるとどこか一体感がないという。例えば戸田なんかベンチからもっとチームを盛り上げることをやってもいい。その為の高い年棒だし1人モクモクとウォーミングアップをしているのはどこか違和感があるというのだ。確かに2002W杯でベンチに入った中山雅史や秋田豊のような役割をやっていない。試合に出てなければそれだけというだけの選手なのだろうか。戸田のような実績のある選手が自分が試合に出て無くてもチームを助けようとする姿勢は観てる方も共感を呼ぶ。そしてそういう共感を持てた時ピッチに出たら本当に盛り上がるのではなかろうか。サッカーはメンタルのスポーツだ。確かにイングランドやオランダではそんなことやらないということかもしれないがここは日本。日本式の和を持って菊となしてもいいのではなかろうか。

他にも木寺の度重なるキックの失敗に失望したとか積極性のない選手がいるなどという話が飛び出したがこれも現地じゃないと分からない話だ。まあ木寺のキックミスはTVでも分かったが本当にこれで1年でJ1に上がれるのか大いに不安を感じたということだった。そして色々なサイトを覗いてみると似たようなことを書いた人もいた。あながち悲観主義的な自虐思考でもないようである。というか今までマツダさんの言うことは結構当たってるだけに聞き逃せない内容だった。

ただ、そんな中でも嬉しいこともあった。それは関東バスツアーで3分の1くらいは新規の人だったということだ。それぞれがネットで知ったとかゼロックスの勝利の勢いで申し込んだとかいうことだったがやはりゼロックスで勝利して一瞬でも露出したのは影響があったようだ。そういう新規の人になるべく馴染んでもらおうとある女性は一人ずつ声を掛けていったようである。そういう活動が次につながるのだ。来てもらったらそれでお終いではない。その人達をつなぎとめたら今度はその人達がまた新しいサポーターを呼び込む原動力となるのだ。そういうのを理解して欲しいが為に1度でいいからサンフレッチェのスタッフには関東のバスツアーに参加してもらいたいものである。それこそ草津に抜かされない為にも。

2008年3月11日 (火)

草津戦~安定して勝った

2008/03/9 ザスパ草津vs サンフレッチェ広島 群馬県敷島県営陸上競技場

 広島優位の試合だった。口では厳しい戦いがあると言いつつも特に不安も感じなかったのはゼロックスでの勝利で自信を持てたからだと思う。各年代の代表選手を抱えるサンフレッチェにしてみれば格の違いは当然にあった。また、そういう格の違いがあるのだからもうちょっとここはやって欲しいという欲が出てくるのだった。

 そういう欲というのは高萩がゼロックスの輝きがちっとも感じられなかったのや相変わらず後ろで無理なパス回しをするとこや木寺が不安定なキックをするとこだった。ついでに平繁はボールが納まらない。トラップができないというとこにやはり限界があるなと感じてたところだった。強引な切り込みからシュート、GKが弾いたところに青山が押し込んだ。これは2003年にはなかったことだ。ゴール前で切り込む選手もこぼれ球に対応する選手もいなかった。開幕戦を勝利で終われたこと自体あの頃よりチーム力が上だという意識がある。

「そういや2003年ってFW、マルセロと中山だったんですよね。よく昇格できましたね」

 タイセイさんが笑った。これが笑えるのもサンフサポだけである。今になってみればよくあのメンバーで昇格できたという気がする。あの当時駒野も怪我をしていて松下が右サイドをやったりしていた。

「松下って今日出てないんですか?ああ、残念ですね」

「私も見たかったんですけどね。FKって松下が蹴ってるんでしょうか。綺麗な軌道の割にはゴールに結びつかなかったですよね。器用貧乏というか。」

 中には浩司のように大したキックを蹴る訳でもないのにゴールに入れてしまうキッカーもいる。そういえば寿人もストライカーとしては大したゴールがないように見える。あれはたまたまあそこにいたから入ったんだろという類のゴールで個の能力で奪ったようには見えない。だけど間違いなくゴール数は上げる。この辺、上手い下手じゃなくて何かあるんだろう。そう、歌だってそうだ。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーの歌を上手いという人はいないだろうがどんなに歌唱力に優れてる歌手よりもレコードは売ってる。やはり音楽とサッカーは通じるものがある。高いレベルのサッカーには音楽を感じることがある。サンフレッチェのサッカーに音楽は感じられただろうか。

 この日平繁は自身もヘディングから点を決めている。2点いずれも平繁の得点のようなものだ。果敢に前で勝負を仕掛けるプレーはこちらも勇気を与えられる。服部もクロスが入れやすいようで左から良いクロスが上がる。全てはJ2だからだろう。さすがに最終ラインにストヤノフがいるのはJ2では反則のように見えた。といってもいつ勝てなくなるとも分からないのは2003年に身に染みて分かってる。そしてこちらが他のチームの情報を持ってないというのも不利な条件だ。そういう不安を残しつつも今は誰が何点取るかとかどの選手が成長するかとかそういったことに期待を寄せてる。だって、やっぱりJ2じゃ勝って当たり前、それで何か喜びを見出すといったら誰が何点取ったとかこの選手がこれだけやれるメドがついたとかそんなものになってしまう。まあこういう余裕めいたこといつまで言えるのか分からないのだが。

2008年3月10日 (月)

J2開幕

2008/03/9 ザスパ草津vsサンフレッチェ広島 群馬県立敷島公園県営陸上競技場

 リーグ戦の開幕。よりによってこんな日にぼくは仕事の講習だった。スタジアムに行けず哀しかったがぼくにはタイセイさんがいた。タイセイさんも夕方まで所用があって自宅観戦になると言っていたので講習が終わると家に駆けつけた。ぼくは家に入るや否や早く見ようとせかしたがその様子からタイセイさんは結果をもう知ってるようだった。だがここで絶対に結果を言わないのがタイセイさんだからそれについては触れなかった。今までだって映画や小説の結末を教えてくれたことはない。その作品の興を削ぐという理由があるのだろう。

 ただ、そんな時である。ぼくの携帯電話が鳴った。相手は広島の友人だった。唐突だったが結婚報告だった。ついては5月にパーティーをやるので出席してくれないかということだった。当然行ってやるつもりだがどうせ行くならサンフの試合も観たい、上手く試合日程と合わないものかと思案した際少し沈黙してしまった。もしかしたらその様子があまり行きたくないととらわれたかもしれない。そんなつもりはないのだが確かに100パーセント行けるとは言えなかった。

 また電話すると言い残し録画中継を見る方へ頭を切り替える。ずいぶんドライなようだがもうすでに相手も知ってるので別に驚くこともない。だからお目出度いというよりもやっとかという感情の方が大きく取り立てて騒ぐこともなかった。といって男の場合こういう時そんなに大騒ぎするものでもないだろう。ぼくはモニターに意識を集中した時タイセイさんが言ったのだった。

「そういえば私ら今年敷島行くことないんですね」

 3回総当りとなる今年のJ23回目の対戦場所がランダムになる。だから2回訪れるスタジアムとそうでないスタジアムが出てしまう。敷島なんてこんな機会でもなければ絶対に行くことないので残念だった。やっぱり行っておきたかった。

「ピッチの芝が酷いですね。もしかして今年はずっとこういうピッチでやらなきゃいけないんですかね。あ、さっき甲府の試合観ましたけど小瀬のピッチはきれいでしたよ」

 やっぱり一度J1に上がると違うみたいだ。スタジアムもピッチもJ1仕様に変わる。そういう意味で敷島はあらゆる意味でJ2仕様だ。ゴール裏にスタンドがない、ピッチの状態、スタジアムの雰囲気、これらは上を目指してると言えるものではない。とりあえずプロとして経営を存続できることが主たる目的となってる。J2とはそんなチームと上を目指すチームが混在するリーグでもあるのだった。

 そんなJ2での戦いとなってしまったにのかかわらずアウェイ席は紫で埋まってた。2003年の関東の初戦でもここまでは埋まってなかったような気がする。アナウンサーがしきりに広島からもこれだけのサポーターがやって来てますと言っていたが実は大半が関東のサポーターだと知っているのがぼくらサンフレッチェ・サポーターぐらいなのだろう。ただせっかくアウェイでこれだけ人が集まったのにホームでは何人集まるか見えていない。その辺の不安を口にするとタイセイさんも同意した。

「そうなんですよね、1万人は入って欲しいんですけどね」

 2003年平均観客数が9,000人。果たしてそれを越えることができるだろうか。サンフレッチェにとって厳しいシーズンが始まった。

2008年3月 8日 (土)

開幕戦への思い

2008/03/09 ザスパ草津vs サンフレッチェ広島 群馬県立敷島公園県営陸上競技場

 ゼロックス・スーパーカップで勝ったことにより勝利の余韻に浸ってるのも束の間、もうリーグ戦が始まってしまうのである。普段選手には気合が足りないだの気持ちを強く持たなければいけないなどとのたまってるが当の自分は良かったことについてはいつまでもいつまでもその余韻に浸かっていたいのである。ぼくのようなタイプは受験の時彼女でもできようものなら妄想の時間ばかり費やして勉強できず試験で落ちてしまうのだろう。もっともぼくはどちらにせよ大してデキは良くなかったが。

 それはいいとして草津戦には困ったことが起きた。何とよりによってこの日に会社で講習を申し込んでいたのである。4万円もする講習なのでトンズラする訳もいかずぼくの貴重な時間は潰されるのであった。しかもこの講習、本来なら去年受けるように言われてたのだがその命令した本人が申し込むの忘れてたというから尚更納得がいかない。何でこんなものよりによってこの時期に受けなければならないんだ。

 今更怨み辛みを言ってもしょうがないからこの辺にしとこう。ただぼくの仲間は当然来るものだと思ってたみたいで行けないことを告げると意外とも残念とも表現のしようのない表情をされる。その表情がまた敷島に行けないことに無念さを募らせるのだった。

 しかし、ザスパ草津ってどうなんだろう。当然勝てるという空気があるがそんなものだろうか。ぼくは一度だけ草津の試合を観たことがあるがぶっちぎりで昇格した横浜FC相手に2点入れてほぼ一方的な試合をした。あながち侮れない相手という気もする。それでいてある程度の差を見せ付けないと今シーズンのリーグ戦で精神的な優位を保てない気もする。

 そういえば草津には元サンフの佐田と松下がいるな。彼らの能力は大概分かってるつもりだ。松下はとにかく守備ができない選手だった。佐田は全くレギュラーにはなれない存在だった。要するに恐るに足らずという印象だ。それがまた楽勝ムードを助長させるのである。

 まずい、本当にまずい。こんなので長いJ2リーグを戦い抜けるのだろうか。やっぱりぼくが敷島に行かなくてはいけないな。でも行けないんだよな。ああ、結局ぼくは試合が終わるまでずっと同じことを言ってるんだろう。

2008年3月 5日 (水)

ゼロックススーパーカップ~宴の後の報道

2008/03/01 ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

 ゼロックスの後、スポーツニュースも見た、『スーパーサッカー』も見た、『エル・ゴラッソ』も買った。だけどどれも審判問題ばかり取り上げている。それどころかまるで負けた鹿島が主役で勝ったサンフレッチェが脇役のような扱いだ。これには閉口してしまった。今まで相手チームの引き立て役ばかりやってると思ってたがそもそも世間は主役になることを望んでないという感じだ。まるでサンフレッチェは審判のお陰で勝てたかのような論調に気分の悪さを感じるのだった。

 そもそもサンフレッチェにとって審判はいつも不利に働いてた。昨シーズン取られたPKの内で本当にPKらしいファールがどれだけあっただろうか。単に相手が勝手にこけただけで取られたりこちらがファールを受けても取ってもらえなかったり。それでもサンフのサポーターはピッチに乱入することはなかった。中には明らかなファールがリプレイでオーロラビジョンに映り確認できたものがある。それでも審判はゴールを取り消さなかった。サンフレッチェに有利な判定ってあり得ないのだ。

 まず疑惑の判定として取り上げられたのが久保のPKだ。確かにアップの映像ではぎりぎりクリアしたかに見えるが後ろからの映像では明らかに押してる。それで久保が進路を妨げられ倒れてしまったというのは明白だ。そして真に疑惑があるとすれば久保の蹴ったPKがやり直しさせられたことである。あれは何が何だか分からなかったものの2回目も決まったせいで取沙汰されなかった。あんなことがあったのにそれでもサンフ有利なジャッジだったのだろうか。

 それとも岩政の退場のことを言ってるのだろうか。でもあれはGKのキャッチしてるボールに故意に身体をぶつけて邪魔をした訳だから明らかにカードの対象だろう。その後サンフからも退場が出たことは無視してるような気がする。あれでジャッジの基準を厳しくやるんだというのが再認識できたし事実最初からそういう傾向はあった。それを上手くコントロールできなかったハンジェは退場したし岩政もどうようなのではなかろうか。

 さらに2回もやり直しを指示されたPK戦だが確かにGK曽ヶ端にしてみればせっかくセーブしたのに納得いかないだろうがあれも旗を上げたのは副審である。主審はその判定に準じてやり直しを命じただけだ。蹴った瞬間に旗が上がってたことからやっぱり曽ヶ端の問題があったのだろう。そのことは『スーパーサッカー』でも認めてるではないか。しかし『スーパーサッカー』ではあまり厳密に判定せずに試合の流れに沿ってやって欲しいとコメントしてる辺り最初から鹿島が勝った方が番組として盛り上がるとでも言いたげだったというのは穿った見方だろうか。

 とにかくどれもこれも鹿島視線。何で鹿島は負けたのか。不運だった、ここに死角があるといったものだ。そんなにサンフレッチェって人気がないと言いたいのかよ。いや、確かに人気ないけど。あまりもの鹿島びいき報道にに憤りを憶えつつ煎じ詰めればその理由が分かってしまうとこに哀しさを感じた。もっとマスコミに相手にされるようにサポーター集めようと胸に誓うのだった。

2008年3月 4日 (火)

ゼロックス・スーパーカップ~カップを手にした

2008/03/01 ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

「ビデオ録るの忘れてたよ」

「あ、私もだ」

 何とも勿体ないことをしてしまった。家に帰ったら10回くらい見たいのに見れない。まさか勝つと思ってなかったから録画予約なんてしてなかった。タイセイさんもそうなのだろう。そして勝利でゼロックス・スーパーカップを手にしたサンフレッチェの選手達もそんな雰囲気を感じた。今までカップを手にすることがなかったのでどういうリアクションをしていいか分からないといった風だった。表彰台でストヤノフがカップを掲げた時天皇杯で準優勝の銀メダルを頸から外したのを思い出した。金メダルを掛ける為これは外すと豪語したこの選手は見事実現させたのである。そして優勝争いをするチームへ行きたいと駒野がチームを去った直後にカップを手にし2002J2に降格した時チームを離れた久保が帰ってきてタイトルを取った。色々な意味で感慨深いものがあるのだった。

 表彰台を降りた選手達がゴール裏へ凱旋に来る。一斉に勝利を称える。ただ選手同様サポーターもどうやって祝ったらいいか分からない雰囲気があった。やはり勝つと思ってた人いなかったのではなかろうか。キャンプで1度も勝てなかったチームが公式戦でJ1の優勝チームに勝てると想像することはできないだろう。JFLのチームにまで勝てなかった時にはもう絶望的なものを感じてしまった。

 至福な時間、幸福な時間、それらを再び体感する為に帰ったらニュースのスポーツコーナーと『スーパーサッカー』を見なければならん。『スーパーサッカー』なんて見るのいつ以来なんだろう。そういえば帰る際マッチデープログラムとグッズ売り場に人だかりができてた。やっぱり勝てば売れるんだな、勝たなくても人を集める方法はあると訴えてたぼくだがやっぱり勝利って追い風になるんだなと自らの信念が揺らぐ瞬間だった。

2008年3月 3日 (月)

ゼロックス・スーパーカップ~PKの末の勝利

2008/03/01 ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

 ピッチに現れた久保。その動きはダイナミックでそこにいるだけで存在感が違う。久保がボールを持った時それだけで期待感が漂う。クボクボクボとコールが起こる。昔のコールと違うから違和感があるが本当に久保がサンフレッチェでプレーしてるんだという嬉しさが沸き起こった。そしてそれがぼくらの知ってる絶頂期の久保だった。怪我が多く昨シーズンは横浜FCでほとんど出場できなかったが久保はまだ死んだ訳じゃなかった。

 その後ユキッチが出ると本当にサンフペースになる。そこで久保がペナルティエリアで倒されてPKへ。久保がいとも簡単に決めてしまう。が、このPKにやり直しの判定が下され納得ができない。一体どこがどういけなかたんだ?曽ヶ端はさも当然だろという振る舞いで再びゴールマウスに立つ。そして久保が再度蹴ったボールはこれまた当然だろと言わんばかりにゴールに入ってしまった。2度も決められたら文句ないだろう。

 アウェイ・ゴール裏は盛り上がる。たださすがに時間がないので一矢報いただけでもよくやったという気分であった。それでもこの調子のよさはもしかしていけるのではという希望をもたらせてくれたが左からのクロスに寿人が合わせた。とても際どいヘディングだったがゴールの隅によく入れてくれた。これで同点、考えもしなかった展開。新旧のサンフレッチェのエースが揃ってゴールを決めるという夢のような展開である。こんなストーリー、夢想したとしても誰が現実に起こると思っただろうか。

 後1点、後1点だった。この勢いがあれば不可能じゃなさそうだった。そしてロスタイムに怒涛の攻撃をする。揺さぶり翻弄しシュートを打つのは今か今かという時に終了のホイッスルが鳴った。エッ、そこで笛を吹くかよ、ボールが激しく動いてるのに切ってしまうのはどうも納得いかなかった。そもそもPK戦になれば負けるようなきがしたのだ。

 PKは鹿島側のゴールで行われた。やっぱりあっちの方だろうなと諦めの感情だった。TV映りにしてもあっちの方が栄えるだろうし当然鹿島に有利なシチュエーションにされるのは想像できた。鹿島の選手が先にPKを決めて浩司がボールを置くと当然ブーイングの嵐、この状況で精神の脆いサンフの選手がまともにキックできるかという不安が襲ったが浩司はいとも簡単に決めてしまった。浩司、やっぱり頼りになる奴だったんだな。だが問題はその後だった。絶対に決めてくれると思ったストヤノフはキーパーに阻まれてしまった。うぉー、イリア~ン、どうしちまったんだと思ったら副審の旗が上がってやり直し。おお、助かった。何だか分からないが次にはきちんと決めてくれたぞ。

 しかし本当に興奮したのはこの後だった。まさかのまさかで鹿島の選手がPKを外したのだ。そして今度は槙野がこれまた少しも物怖じすることなく決めてしまう。喜ぶ槙野。はしゃいではしゃいではしゃぎまくってる。おい、まだ試合終わってないんだぞと槙野の喜びように不安を覚えるのだった。だがそれが流れを呼んだのか次に蹴った本山がPKを外してしまう。こ、これは次決めれば勝ちじゃないか。誰だ、誰が蹴るんだと思ったらユキッチである。これで決まるだろうと張り詰めたものが少し解けた。それがまずかったのだろうか。ユキッチのキックは曽ヶ幡の足に止められてしまう。ええ!失敗しちゃったよと腰が砕けた。でも次木寺が抑えてくれると勝負が決まる。木寺よ、止めてくれと願ったものの試合中とても不安定な守備をしていた木寺がこの場面で急に神掛かることもなく小笠原にアッサリ決められてしまった。ここで最後のキッカーである。当然久保だろ。久保だろうと思った視線の先には寿人の姿があった。何と5人目のキッカーは寿人だった。

「寿人のPKって見たことないんだけど」

 そんな言葉を発してしまったがぼくの周りにいる仲間も大丈夫かと興奮しつつも妙な緊張感が漂った。そしたらやっぱり抑えられた。やっちゃったよと思ったらまたしても副審の旗が上がってやり直し。

「あれ蹴った瞬間に旗上げたよ」

 ぼくが気付きもしなかったとこをHさんはよく見てたものだ。そしてもう一度蹴ったら見事ゴールネットに突き刺さった。決まったー!勝っちゃったよ。一体この展開を誰が想像しただろう。当のサポーター自身がまさか勝つとは思ってなかった。周りにいる人は皆立っていて知らない人でも構わず手を叩きあった。いつもいつも引き立て役として君臨してきたサンフレッチェが始めて主役の座を手に入れたのだ。しかも相手は天皇杯決勝でボロ負けにされた鹿島。何て気持ちがいいんだろう。まあこれもタイトルと言えるのかどうか微妙なとこはあるが嬉しいものは嬉しい。サンフレッチェを応援してこんなに喜べることがあるんだなといつまでもいつまでも見捨てなくて良かったと思った瞬間だった。

2008年3月 2日 (日)

絶望のゼロックス・スーパーカップ

2008/03/01 ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

 鹿島のまとまった応援に比べてどうしてもサンフレッチェは人数で負けてしまう。それはしょうがない、あっちはホームでこっちは遠く離れた広島のチームなんだから。だがそれにしてもこの圧倒的なスタンドの違い、あっちは赤く染まって統率間があるがこっちの紫は襷の一角だけであとはポツポツと点在するだけである。別にそんなのサンフレッチェを応援してる限りいつも一緒なのだが国立競技場という中立地でカップ戦をやるのにこの劣勢な環境はまたしてもぼくの闘争心をメラメラと燃え滾らせるのだった。お前ら、絶対に勝てよと叫びたくなった。

 ただ、キックオフの時間が近付くに従ってアウェイ席にも客が入りだした。ぼくの周りもギッシリ詰まってきたのである。ああ、良かった、これでアウェイ席スカスカだったら惨めだもんなとさっきまで燃え滾ってた情熱をよそにそんなことを考えたのだった。

 キックオフ。いよいよ始まった。サンフは天皇杯の雪辱を晴らすべく果敢に攻める、と思いきやズルズルと後ろでボールを廻す。前に出るスピードが足らない。シュートを打てない。これってもしかして去年とちっとも変わってないじゃないか。一体キャンプで何してたんだ。どうりで練習試合で1回も勝てない訳だと諦めの心境になっていった。

 恥ずかしくない試合をしてくれ。燃え滾ってた情念は次第に尻すぼみになっていきボロ負けだけはしないでくれという弱気な発想になっていた。それもそのはず、まるで攻撃の芽がない。依然としてボールを後ろに運ぶ。お前ら、ゴール反対だぞと言ったら隣にいるHさんも「去年と全然変わっとらんな」と皮肉めいた笑いを浮かべるのだった。そうだ、これはもう笑うしかない。ぼくらのチームはこんなチームなのだ。

 そんなことをやっていたら鹿島に退場者が出た。GK木寺のキャッチしたボールを後ろから体当たりで妨害したのだがこれはどう見てもカードものだった。これはラッキーだったもののこれでこの日のジャッジが厳しくなるという予感が起こった。そしたら案の定リ・ハンジェが突破しようとする相手を倒してカードを貰い退場してしまった。この流れを見たら慎重にならなければいけないのにどうも自分をコントロールすることができないようだ。こういうところがやはり足りないとこだと思う。これで開幕戦は出場できないと共に右サイドハンジェで大丈夫かという疑問が残った。

 これでせっかくの数的優位もなくなりイーブンな形での試合となった。ぼくとしては久保とユキッチを楽しみにしてただけにこれで出場の可能性が低くなったという気がした。このことの方がよっぽどショックだった。それは勝つことが最大の要望ではあるがもはや勝利は望めそうもない、それ以前に最初から誰も勝つと思ってなかったのでそれならせめて久保とユキッチを見たいと別の楽しみを見出そうとしていたのである。そしたら後半になってやはりやられた。この1点で決まった。さらにその3分後にまたしてもDFでうろうろボールを廻してる内にボールを掻っ攫われて2点目を決められてしまった。ああ、これでもう終わった。もうちょっとマシな試合をして欲しかった。そんな絶望感を感じながらベンチの前の久保の姿を見たのである。久保だ、久保が出る。その瞬間アウェイ・ゴール裏がワッと沸いたのである。

初めてのゼロックス・スーパーカップ

2008/03/01 ゼロックス・スーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

 暖かい昼を迎えようとしていた。その陽気は春の日差しを含めていてシャツ1枚でも良さそうだった。ただ昼と夜の気温差が激しいので年の為に上着を着ていく。暑い、歩いていると本当に暑い。理屈では分かっていても本当に時間が経てば寒くなるんだろうかという疑問が頭に沸いてくる。ゼロックスに行こうと駅へ向かってる時間はそんな感じだった。

 しかし、千駄ヶ谷の駅に着き仲間と合流した頃異変を感じた。そしてスタジアムに入り実際にスタンドに出ると太陽は姿を消し風が吹きすさんでいた。寒い、本当に寒い。一体2時間の間に何でこんなにも気温が変わってしまうのだろうか。お陰で出る時は少々大袈裟だと思ってた格好も現地に着くと薄着に感じられた。全くもって春の気候は予測し辛い。

 ゼロックス・スーパーカップ、こんな大会に出場できるのは降って沸いたようなものだった。文字通りのタナボタ物である。これまで縁のなかった大会なだけに単純に嬉しい。嬉しいがこの大会へのモチベーションとしてどう臨めばいいか分からない。それこそこういう大会に慣れてないせいでもある。というよりキャンプでの練習試合で1回も勝てなかっただけに結果は期待できなかった。だから最初から諦めの意識もあるにはあった。せめてあまり恥ずかしい試合はして欲しくないといったところだった。

 ぼくはアウェイ・ゴール裏に入った時どこに座ろうか見渡して応援席の近くにジーナさんが1人で座ってるのを見つけた。見た目はロック系で気難しい感じだが実はとても気さくな人でぼくの姿を見てお久しぶりですと頭を下げた。そこでぼくはその隣に座ったのである。

「久しぶりですね。実はオフの間もみんなと会議やったり色々とやってたんですよ。それでこんなことやったりあんなことやったり・・・」

「そうなんですか、それは凄いですね」

 ジーナさんは長くサポーターをやってる人だが自身が忙しいのと控えめな性格の為関東のサポーターの中でもあまり存在感は大きくない。でも実はこうやって目立たないけど試合になるとやって来てくれるサポーター一人一人のお陰で関東の応援が盛り上がってるのも忘れてはいけない。実際応援が始まるとジーナさんは荷物をぼくの脇に置いたまま襷の中へ行ってしまった。

 その後タイセイさんがどこで申し合わせをした訳でもないのにぼくの場所を突き止めて隣に座った。そしてHさんにOさんと。もういつも一緒に観戦してる人は大体どこに行けば合流できるかというのが分かってるのである。以前だったらそんなこと考えなくても簡単に見付かった。なぜなら全然人がいなかったから。それが時間が経つに従ってどんどんゴール裏が埋まっていったのである。勿論ホーム扱いの鹿島側は別として単にサッカーを見に来たという人はアウェイ席に座るだろう。だからそこにいるのがサンフサポとは限らなかった。それでも確かに紫の人が結構いたのである。一体この人達はどこから湧き出たんだろう。関東にももっと仲間がいるのではなかろうか。そんな話をしながらキックオフを待ってたのである。話に夢中になり過ぎてウォーミングアップの練習を見るのに意識が行かなかった。今日の選手のコンディションはどうだろうなんてことはまるで考えることができなかった。というかどうせ怪我人多くてベストメンバーが組めないので結果が望めないというのもあったのかもしれない。

2008年3月 1日 (土)

いよいよ開幕

2008/03/01 ゼロックススーパーカップ 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 国立競技場

 まだまだだと思っていたらついにこの日がやってきた。世間的な注目度は知らないがぼくにとっては特別な日だ。J2降格チームが始めての出場となるがある意味興味深い対戦ではなかろうか。大体リーグ戦の優勝チームと天皇杯の優勝チームの対戦なんてそのシーズンの節目となるカードになることが多くこんなプレシーズンマッチに近い大会にいきなりそういうカードを持ってくることにその対戦の希少性を下げてるような気がしてた。だから今回のこの対戦は今シーズンはまずないだけに組み合わせとしては面白いだろう。試合としては正直見妙なものがあるが。

 結局サンフレッチェはトレーニングマッチで1回も勝つことができなかった。最後にはJFLのチームにさえ勝つことができず見事に未勝利でキャンプを終えたのである。こういう事実をサンフサポ以外の人が知る由もなく中にはサンフレッチェが勝ってしまうんじゃないかと言ってる人がいるが実際には勝てる訳がない。しかも怪我人を多く抱えてベストメンバーを組めないときている。一体何点差で負けるか、また天皇杯決勝のように全く歯が立たずに負けてしまうのかといった諦めがある。だから意外と冷めた感覚を持っているのだ。

 とはいえ現地に行ったら圧倒的な鹿島サポーターの数に絶対に負けるかと逆に血流が流れてしまうのだ。今までそうだったように完全に応援の数で負けてたら試合では負けるなと意地になってしまうものだ。ぼくがここまでサンフレッチェにはまったのもそれが大きいのかもしれない。一人でポツンと見てた時から段々と仲間が増えてそしてまとまった輪ができていった。それでも関東のアウェイでは圧倒的に劣勢な人数だ。そういう時「何だ、あの集団黙らせてやれ」という情熱に駆られる。そして最後にはこちらがやられて帰ってくことがほとんどだがそういう不人気ゆえの逆境がよりぼくの情熱を燃え滾らせたのかもしれない。果たして今回はどんな情熱を発することになるのだろうか。

 試合に備えて昨夜は早く寝た。それなのに何の準備もしていない。しかも朝は仕事に行かなくてはいけないときてる。一体何の為に寝たんだ?でも昨シーズンはこうやって午前中で仕事を切り上げて何とかスタジアムに駆けつけたりしたが今シーズンはそれができそうもないのだ。なぜならJ2に落ちたことによって近場での試合がなくなるからだ。だからこの試合こそ本当の意味で今シーズン最初で最後の関東での試合になるのだった。

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