無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月28日 (木)

何げにあと1週間もない

 今シーズンはゼロックス・スーパーカップに出場するためもう開幕まで1週間なのに気付いた。ゼロックスは開幕とは言えないのかもしれないが公式戦である限りぼくにとっては待ちに待った開幕なのである。天皇杯準優勝なのに出場できるのは棚ボタものだがそれを含めて運がいい。サッカーではこの運というものが勝負を左右するくらい影響することがあるのでこれは縁起がいいと素直に喜びたい。今度こそ鹿島をコテンパンにやっつけてやりたい。代表戦を観てると鹿島に負けるわけが無いと感じてしまうのだがそれは錯覚なのか?中には代表ではサッパリ駄目なのに自分のクラブに戻ると真価を発揮する選手がいる。だから油断はできないのは忘れてはいけない。しかもこちらは怪我人が多い。そういうハンディキャップも負っている。

 だがここでまたしてもサンフレッチェに言い訳が用意されているのに気付いた。ベストメンバーが組めないという、天皇杯決勝でも柏木が累積警告で出れなかったが今回はさらに森崎カズに盛田が出場できないし青山も負傷明けだ。残ったメンバーで戦うとなるとかなり不利なのは最初から分かる。だがぼくはもし負けたとしてもメンバーが揃わなくて負けたというコメントだけは発して欲しくない。

 ただこの言い訳はキャンプの間ずっと続けられてるのだった。プレシーズンマッチとはいえ今年に入って1回も勝ってない。実は同じJ2降格組の甲府にまで負けてしまって不安感を募らせるのだった。本当に大丈夫か?本当に昇格できるのか?高い金をを注ぎ込んで選手を慰留させたのに勝てなきゃ何の意味もないぞ。というかここまで勝てないとなるとほとんどの選手がチームに残ったと喜んでたが本当にそこまでレベルの高い選手だったんだろうかという疑問がある。そこまでレベルが高かったら最初から降格しなかったんじゃないだろうか。色々な憶測が頭の中を飛び交い疑心暗鬼に陥ってる。昨シーズンの開幕と較べればたいそうな違いだ。不安で不安で不安になってきた。

 でもぼくらにできることはただ開幕へ向けて妄想を膨らますことだけだ。駄目な時はどうやったって駄目になる。いくらこちらで不安を募らせようとチームは勝手に沈んでいく。それならばまだ見ぬ公式戦へ輝かしいような戦いを想像してる方が精神衛生上好ましい。ぼくがどんなにあがいたってどうにもなるものでもないのなら期待を膨らます方が良いだろう。それこそ開幕前にしかできないことだ。

ここでまたしても『吾輩は猫である』を思い出してしまった。エンディングで猫が足元を誤り池に浮かぶ瓶の中に落ちてしまったがどんなに足掻こうと状況は好転しない。むしろ足掻けば足掻く程状況は悪くなる。どうせこのまま沈んでしまうなら座して死を選ぶほうが良い。猫はこういうことを考えながら最後は死を待ちながら終わる。いや、縁起でもないな。

2008年2月24日 (日)

ゴールができない原因

2008/02/23  東アジアサッカー選手権2008 決勝大会 日本vs 韓国 オリンピック・スポーツ・センター

 やっぱり勝てなかった。最初からそんな気がしてた。序盤から激しく行ってたから今日は期待できるなと思ったが結果はいつもと同じだった。準優勝、4か国中2位。とても賞賛できる結果ではないだろう。それは選手も同様なようで終了ホイッスル後は皆憮然とした顔をしていた。

 しかし日本はいいとこまで行ってもシュートが入らない。それ以前にシュートを打たない選手がいる。多くの人が言ってるように世界との差はそこなんだろう。そしてこれらは日本人の気質にも関係している。

 負けたけどよくがんばったという言葉がある。がんばれば何事も報われる、例えそれで結果が伴わなかったとしてもこの先人生の糧になるという考え方だ。別にそれは否定しない。むしろそういう発想があるから戦後の焼け野原から再生し脅威の経済成長をしていったんだと思う。だけど時と場合によってそれは都合の良い言い訳にもなるのは事実だった。

 Jリーグの試合なども負けたけど試合内容は良かったというコメントが聞かれる。逆に勝ったけど内容的には乏しかったという表現をされることがある。これは日本人の感覚としてゴールよりもゴールを目指す過程を好む傾向があるのではないかと思われる。だから中盤の選手層だけは多くなる。中盤でなるべく美しく華麗にボールを進めることが重要とされる。ゴールは外れたとしてもああいう中盤が作れるならまたチャンスはあると感じる。確かにチャンスはある。だけど結局最後のとこで決めれないと何回やっても一緒なのだ。

 そういった意味でFWには絶対的な決定力を求めたい。数少ないシュートチャンスを確実にモノにする。日本人では誰になるんだろう。佐藤寿人しかいないではないか。改めてそういう選手を抱えておきながら今シーズンJ2で戦わなければならないのを勿体ないと思う。それ以前にそういう選手がいながらJ2に落ちてしまった。やっぱりサッカーは奥が深いのであった。

2008年2月22日 (金)

観客動員に関する記事から

 『紫熊倶楽部』3月号の記事の中に事業部営業部長とサンフレッチェ広島後援会会長のインタビューが掲載されていた。両者共J2に落ちたにも関わらず観客動員を伸ばすという意欲を表明してくれて頼もしい限りである。これでクラブの今シーズンの意気込みが感じられる。と言いたいところだが実はこういう話はこの時期毎年掲載されてるような気がする。昨年も下村専務が平均観客数15千人目指すということを表明してたし忘れた頃に久保社長の観客を増やすという話が掲載されてる。そしてそのどれも実現してないのだ。そりゃ初めて『紫熊倶楽部』を読んだ人なら今年はやってくれるのかという期待を込めるだろうがぼくのように創刊から定期購読してる人にしてみればそろそろ「またか」という感覚に囚われてるのではなかろうか。そう否定的な見方をしてしまうのにはこのインタビューで何も具体的なことが出てないからだ。

 例えば事業部長だがいつか5万人入れたいとあったがどうやって客を入れるのか。アピールすると言うがどこにアピールするのか。どういう方法を取るのか。社内営業を掛けるというがそんなので客が増えるくらいなら初めから苦労はしない。そもそも初めて観に来た人がその試合に魅せられて年間パスを買ったケースがあるということだがそれ以前に1年に1、2回来る人は何で年間パスを買わないのか。そういうとこを詰めないでスタジアムに来てくれさえすればファンになってくれると勘違いしてるような節がある。これはぼくの考え過ぎだろうか。

 もう一つ、後援会会長だがそもそも後援会って何というところの説明が抜けている。自分はこれだけサッカーが好きだというアピールはしてたがそれ以前に後援会が普段どういう活動をしてどういうことをやってサンフレッチェをサポートしていくのかというのが見えない。そういう説明もなしに後援会の人数を増やすと言ったって意味がない気がする。後援会に100万人はいったとしても試合に来る人が1万人もいないんじゃ本末転倒だろう。そもそもその後援会の会員がみんなスタジアムに足を運んでるのか怪しいものだ。

 せっかくのサポーター・マガジンなのに難癖ばかり付けてるようである。だけど忘れないで欲しい。ぼくは創刊からずっと定期購読してるのだ。だからこの雑誌を応援したい気持ちはある。だけどせっかく載せるのならもっと実態の伴ったものにしてもらいたいのだ。どうせだからクラブとしてはこうやって客を増やそうと思うがサポーターの人も手伝って欲しいとかサポーターカンファレンスのような場をもっと増やすのでみなさんのアイデアを広く組みたいとか後援会の会員をスタジアムに来てもらう為にこんな企画を考えてるだとか。本当に客を集めたいのなら毎日先頭に立ってビラ配りするくらいのことをやって欲しい。最初は鬱陶しいと思われながらもあの人毎日毎日大変だな、一度くらい行ってみてやろうかというものじゃないだろうか。基本的に車のセールスも家電のセールスも同じようなものじゃないだろうか。ほとんどがマツダ、デオデオの出向なのにこんな安直な方法ばかり取るのはどうしてなんだろう。数年で戻るという公務員的発想の為なのだろうか。

 正直ぼくはクラブ内部の何が分かる訳じゃない。個人的に話をしたスタッフの人もいるにはいるが言葉を交わした程度だ。だけどそんなぼくがこういう感覚を持ってしまうというのは外から見てそういうように見えるということではなかろうか。本当に努力してるんならもっと見えるような形にして欲しいし努力してないのならもうちょっとがんばって欲しいのだ。だからせめての願いでフロントの人達には一度でいいから関東のゴール裏に来て欲しい。そこで一人ひとりに挨拶を交わす程度でいい。そして関東の雰囲気を感じ遠く離れた地でこれだけ応援している人がいるんだということを肌で感じてもらえればそれでいい。そう思うのはぼくだけだろうか。

2008年2月21日 (木)

四面楚歌サッカー

東アジアサッカー選手権2008 決勝大会  日本 vs 中国  [中国・重慶]

 もはやこれはサッカーだったんだろうか。岡田監督も何とかしたかったんだろうがベンチから両手を挙げるのがやっと。何とか選手がこれ以上怪我をしなく終わってくれることだけを願ったことだろう。もはや勝敗よりも怪我の方が心配なのではなかったろうか。ただその為にも追加点を入れて中国のやる気をなくしてしまいたかったというのが本音のとこなんだろうが。

 中国はラフプレー、ラフプレーのオンパレードだ。そしてそれに呼応するように客席も荒れる。そして審判も中国びいき。まさに四面楚歌の状況だ。ただこういう逆境にいると仲間同士に結束感が生まれる。会社でとんでもない人間の下で働くハメになるとその下の人間はまとまってしまう。その上の人間の無茶無茶さの存在が大き過ぎて個々の落ち度なんて目に付かなくなるからだ。逆にそういう至らない面があったとしたらみんなでフォローしてやらないとという気になるのだ。今回の中国戦で同じようなものを感じた。試合後の中澤のチームメイトへの勝利への声掛けと力強いタッチは見せしめの意味もあったのだろう。

 ただ完全アウェイであることはあったがどことなくまとまりを欠いていた。2004年のアジアカップで対戦した時は超満員という印象があったが今回は空席が結構あったような気がする。そして声援もどこかまとまりがない。まあこれについては以前からウワーッという歓声がメインでチャントや太鼓を使ったコールはなかった。この辺が本当のサッカーファンが集まってるのかなという疑問を感じる。どこか無理矢理動員を掛けて中国を後押しするように扇動されてるように見えなくもない。これでは中国でサッカーが強くなることはないだろうという気がした。

 確かに日本も代表戦には普段サッカーを見ないような人も観戦に訪れることがある。といってもその核にはちゃんとサッカーに心魂込めた人が存在する。そこが絶対的に違うような気がする。そしてサッカーを真剣に考えてる人ならもはや中国とは試合をしたくないと考えるだろう。

 そういう意味でも中国は損をしている。こういうラフプレーを公然とやってしまったら恐ろしくて試合をしてくれる国はなくなるだろう。日本なんて地理的にも近いし格好の対戦相手なのにもう試合を申し込まれないだろう。これで国際試合ができずにますます強化が遅れる。まさに自分で自分の首を絞めてるようなものだ。実際ジダンも中国とは試合をしたくないと言ったそうである。

 残り韓国戦があるがここでもし今回のような異常事態があるとこの大会そのものの存在意義が怪しくなる。こんな大会にうちのクラブの主力を連れて行って欲しくないという世論が生まれるのではなかろうか。そしたらB代表のようになって何のために開催してる大会か分からなくなってくる。

 しかしスターのいない日本代表にあって朝のニュースではよく取り上げられてた。中国がヒール役として悪質プレーに堪えて勝利した日本という演出ができるからだ。そういう意味でこの中国の蛮行もあながち悪いことばかりではなかったのかもしれないという不謹慎なことを思ってしまうのだった。

2008年2月20日 (水)

いかに客を集めるか

 5万人収容の広島ビッグアーチ。名前だけはかっこいいが現状はボロボロだ。客が入らない、臨場感がない、交通アクセスが悪い。あんな山の上におっ建てて客が入るわけないだろ、作った人間は万死に値するというのがサンフレッチェ・サポーターの見解だろう。ぼくもそう思ってた。だけどこのところそれはちょっと違うんじゃないだろうかとも感じてきたのだった。

 確かにもっと立地の良い場所に屋根つきのサッカー専用スタジアムができたら客がはいるだろう。だけど最初の1回は入ってもそれ以降はどうだろうか。ヴィッセル神戸やジェフ千葉が専用スタジアムで試合をしているが満席になっているだろうか。これは逆にサッカー専用スタジアムができてしまったら客が入らないということに関して言い訳のできない事態に陥ってしまう。だから危険だ。今の時点でサッカー専用スタジアムを持つことはサンフレッチェにとっては諸刃の剣、いやむしろ大いなる重荷となるだろう。だから今あるビッグアーチでいかに客を集めるかということを考えないといけない。

 ぼくはこれは簡単なことだと思ってる。これだけ不人気を極めたサンフレッチェだがぼくの周りにはサンフレッチェを精神の拠り所としてる人が多くいる。その為関東のゴール裏にいるとサンフレッチェってもしかして人気あるんじゃないかという錯覚が起こってしまうのだ。これはどうしてだろう。広島にもサンフレッチェを応援してる人は少なからずいるはずなのに。それは関東のサポーターがお互い仲間となってるからだとぼくは分析する。スタジアムに行けば知ってる人がいる、知ってる人と一緒だから応援も盛り上がる。盛り上がることができたから試合後お互い仲間同士で試合を振り返ることができる。駅まで数人の仲間と監督の悪口を言い合ったりしていれば例え負けたとしたってストレスを発散することができる。こんなことをやってるぼくはサンフレッチェの試合を観に行く時は正に家を出た時点から試合が始まってる。スタジアムに行く過程、そういうものも含めて楽しいのだ。ここが広島との決定的な違いであろう。

 結局のところ仲間を見つけること、これが一番手っ取り早いのだ。ぼくはかなり確信を持って言うことができるが1人より2人、2人より3人と集まった時可能性はどんどん膨らんでいくのだ。それでは新規の顧客の開拓につながらないようだがそれでもサンフレッチェが好きな人同士がお互い仲間となるのが一番効果がある。それは今まで一人でスタジアムに来てたような人が同じく普段サンフレッチェの話をする相手がいないという人と仲間となることによってお互い観戦の楽しみは増すはずだ。そしてその2人がまた別の人を仲間とすることによってまた楽しい雰囲気はできていく。そうやってできた雰囲気はまた来たいという感覚を他の人にも与えるはずだ。ぼくは関東ではそうやってサポーターが増えていったと思ってる。そしてそれは広島でも可能だとも思ってる。

 でも広島も徐々には変わっている。それは関東の中から広島に帰った人、もしくは関東へ遠征に行くサポーター、さらに関東からホームへ遠征するサポーターが少しずつ交流を持ちお互い影響を与えてる。コーヒーにミルクを入れ本当に少しずつ混ざっていってる様のようだ。本当に少しずつ少しずつ。でももっと広島の人たちに自分たちのホームを盛り上げるため、そして自分たち自身が楽しむために仲間を増やして欲しい。余計なおせっかいみたいだがそれこそが良い雰囲気を作り観客を増やす方法なのである。

 本来関東に住んでるぼくが広島のことをとやかく言うのは本意じゃない。できればいつの日か広島のことに一々口を出すなと言わるようになればぼくも本望である。

2008年2月18日 (月)

一流のエリート意識

2008/02/17 東アジアサッカー選手権2008 決勝大会 日本vs朝鮮民主主義人民共和国 オリンピック・スポーツ・センター

 日本にスターはいなかった。才能ある選手なくどんどん選手が小粒になっている。だから日本で代表戦を開催しても客が入らなくなったしTV視聴率も落ちている。そんなことはないという反論は出るかもしれないが事実かつての中山や三浦カズを越える存在がいるだろうか。日本全国でトレセンをやるようになって全体のレベルは上がったが選手が均質化し得意な才能が出てないような気がするのはぼくだけだろうか。

 FWPA内で足元に入ったボールをすぐバックパスし、前向いてシュート打つ意識のある選手もなく戻したボールは後ろのからのシュートで遥か彼方まで飛ばされ、サイドに回しては密集地にクロス、まるで点が取れる気配がない。揚げ句の果てにパスミスからカウンターを受けた時には失笑してしまった。

 正直試合が始まった時点で勝てないオーラが充満してた。メンバーを見てもどう考えても分不相応な選手もいる。そういう選手はやはりまともなプレーもできず何だかその場にいるのが可愛そうな気さえしてきた。と同時にこれは最初から負けた時の言い訳が用意されてたようにも感じるのだった。

 メンバーを落としたから勝てなかった。この駒ではよくやった方だ。こういういい場面が作れた。経験を積むことができた。サブのメンバーの底上げになった。そういうコメントが作られてるのではなかろうか。そのせいか選手にもそれ程覇気を感じることができなかった。

 これでは北朝鮮の方がレベルが上のような気がする。試合は引き分けで終わったが個々のレベルでは日本が上だというエリート意識だけはしっかりと根付いて見えそういうところが余計に腹立たしい。これもトレセンの弊害ではなかろうか。小さいころから選抜に入って特別な人間という感覚を植えつけてプロにまで行き着いたはいいが一旦日本の枠を外れたら何もできなくなる。それは海外遠征などもやるのだろうがお金を掛け人力を掛け労力を掛けてる割には大した選手が出てきてない現状を考えればどこか間違ってるんじゃないかと考えてしまう。もしかしてトレセンがプロへの登竜門になっててそこに入れなかった子はもうサッカーを諦めるという風潮ができてるのではないだろうか。

 そんなことを考えたのはある少年サッカークラブの話を聞いたからだ。ボランティア主体でやってたがここにきてプロのコーチを雇って上を目指すと方針転換したらしい。今までは非常にアットホームな雰囲気で気軽にサッカーを始められたものの小学生になると段々と試合に勝てなくなるということだった。中心で運営してる人達でそれではいけないと奮起したようでそれまで学年が上がるに従って他のクラブへ流出してた子供を繋ぎ止めることを考えたのだ。

 ぼくはサッカークラブなんて色んなレベルがあっていいと思う。それぞれ自分のレベルに合ったところへ行けばいいんじゃなかろうか。確かにせっかく育てた子供が他に移ってしまうのは心外なんだろうがそれはそれでその子にとっては意味のある経験だったのではなかろうか。みんながみんな上を目指し同じような指導をし同じような練習をする。そういう兆候にあるんじゃないかと考えてしまったのだ。今よりずっと遅れた指導方法でや組織でゴン中山や三浦カズが生まれたことを考えるとぼくのような素人は考えざるを得ないのだった。

2008年2月16日 (土)

ユキッチ獲得

FWユキッチ獲得 クロアチア1部で今季13戦6得点

J2の広島は15日、クロアチアのFWステパン・ユキッチ(28)を獲得したと発表した。同国1部リーグのオシエクに所属し、181センチ、79キロの左利きストライカー。今季200708年シーズンで13試合に出場して6得点を挙げ、個人得点ランキングは14位。

 今季、J2で戦う広島は、FWウェズレイ(現J1大分)が昨季退団した。J2に降格した横浜FCからFW久保竜彦を獲得したものの、1年でのJ1復帰を目指すにはFW陣が手薄。長身で打開力のある外国人FWを探していた。ユキッチはスピードがあり、競り合いに強いという。契約期間は09年1月1日まで。21日から宮崎キャンプに合流する予定。

 オシエクは現在同リーグ5位。広島と同じトルコ・アンタルヤでキャンプを実施している。7日に広島と練習試合をし、11で引き分けた。(広重久美子)

(中国新聞)

 やっと新外国人が決まった。ネットで動画を見たがなかなかの選手のような気がする。まあ正直こういうゴール集とかいうのは良い場面だけを集めているからマルセロのような3流選手でもスーパープレイヤーとして映ってしまうのだが。まあ宮崎キャンプで合流というからそこでどれだけチームにフィットできるか楽しみになってきた。これでFWは寿人、平繁、久保、ユキッチと4人も計算できる選手がいる。何だか楽しみになってきた。明らかに2003年の高橋泰、茂木、大木、真中、マルセロとは一つランクが違うだろう。どんなに酷い試合をしようともゴールが生まれればそれだけで良かったような気がしてしまう。ロックバンドで演奏は下手でもヴォーカルさえ上手ければかっこ良く感じるのと一緒だ。やはりストライカーは必要なのだ。いや、ストライカーは昨シーズンもいたのに降格してしまったというのは重々承知だが。

 これで今シーズンの選手はほぼ揃ったといっていいだろう。このほぼというのは怪我人のせいだがこれもじきに治るだろう。ただトルコでは練習試合で1回も勝てなかったというのは大きな不安材料である。色々なレポートによるとつまらない失点や一瞬の隙にやられた失点はまだ多いらしい。これがまた不安であるのだった。若い選手が多いからというのでそういうとこを甘く見すぎていたため降格したのではなかろうか。そういう感覚が服部や下田のようにベテランの域に達したにも関わらずどうも重い存在感を発することができない原因にもなってるのではなかろうか。

 まあそれはいいとしてこうやってクロアチアから来る選手にとって日本のリーグはどう映るんだろう。ましてやJ2だからまだプロのクラブとして整備されてない地方クラブとの試合ではカルチャーショックを受けるのだろうか。まあそれはユキッチに限ったことではないだろうが。

 しかしサンフレッチェの外国人は監督も含めて全てヨーロッパ系になった。やっぱりサンフレッチェはヨーロッパが似合う。ブラジル人というのはコストパフォーマンスがいいんだろうがイメージが合わなかった。そういう意味でも小野監督はサンフレッチェをよく分かってなかったという気がするのだった。

2008年2月15日 (金)

不安なトルコキャンプ

 キャンプ情報というのは映像も何もない、ただの一方的な取材者による記事しかないのだが少なくとも練習試合で1回も勝ってないというのだけは分かる。昨シーズン大したチームとやらなくて勝ち続けたものの実際にリーグ戦を戦うと負け続けて降格してしまった訳だがこうも勝てないと不安にある。言い訳として負傷者が多くベストメンバーを組めないということだがこの時期にここまで負傷者が出るって呪われてないか?ちょっと異常事態に見える。そういうことも不安を助長させるのだった。

 ただ見方を変えるとあくまでも固定メンバーに固執するミシャにとってこの状況は様々なオプションを試すいい機会ではなかろうか。これでサブメンバーの充実を図ることができる。といってこんなことサポーターの立場で考えることではないような気がするのだが。

 一体ミシャはどうなんだ。J2降格後もほとんどの選手が残ったのも監督が替わらなかったというのを理由に挙げる選手もいるが選手としてみればいい監督なんだろう。どこがどういいのかというと分からない。客観的にはチームをJ2に落とした監督なんだからそんなに大した監督ではないような気がする。といって他の監督が来れば劇的に変わるかというとそれもないような気もする。ということはどうすればいいんだろう。

 それに対する回答をぼくなどが持ち合わせてる訳がない。ただ応援する者の一人としてはぶっちぎりで1位通過をして欲しいと願うのみだ。それなのにぼくの仲間の中には良くて入れ替え戦じゃないかという者もいる。そこまで落ち込むかなと思いきや得てしてこういう楽にJ1に復帰できると考えてる風潮がある時というのは案外勝てないものである。そういう影響が練習試合で勝てないというのにも反映されてるのだろうか。

 こうやってトップが勝てないと現実逃避のように目を向けてた優秀なユースだがこちらの方も高校のチームとやった練習試合では押されまくってたらしい。怪我人が多いというのも含めて何だか良い話題のないプレシーズンだという気がするのはぼくだけだろうか。

2008年2月14日 (木)

『紫熊倶楽部』の過去現在

 『紫熊倶楽部』が届いた。この雑誌の創刊は2000年だったと思う。たまたま広島に訪れたぼくはVポイントで定期購読の申込用紙が置いてあったのでFAXで送ったのだった。そしたらFAXの印刷が悪く字がよく読めないという理由でEメールで再度申し込みをすることになった。あれは多分関東の住所だったからこの人本当に年間購読するんだろうかと不審に思ったのだろうと想像した。

 その当時のサンフレッチェの情報量ときたら散々たるものだった。今でも関東で情報を集めようとしたらネットで調べたりしないといけないがそれでも『紫熊倶楽部』の他にTSSの携帯サイトもある。スカパーではJリーグ全試合放送をすることになった。お金を出せばそこそこ情報は集めることは可能だ。だがあの当時お金を出す気があってもその媒体自体なかったのだからまるでサンフレッチェって蜃気楼のような存在だった。だから『紫熊倶楽部』には初めてできたサンフレッチェとの接点のような気がした。

 ただ、創刊当時の紙面というのは酷かった。明らかにネタがないのに無理に紙面を埋め尽くそうとしてるのが見えてどこか痛々しかった。それでも年間購読を続けたのは寄付のようなつもりである。いつなくなってしまうか分からないサンフレッチェの情報誌がなくなってもらいたくないという思いだ。だからぼくはなるべく頻繁に投稿をした。多分投稿する人いないだろうと思ったからせめてぼくくらいはという気持ちだった。実のところ以前は年に2、3回ぼくの投稿が掲載されてたのである。

 そんな経緯を踏まえた『紫熊倶楽部』だが編集者の体力的問題から月2回から月1回の発刊に変わった。これは逆に良かったのではないだろうか。この頃から段々と内容が上がっていったような気がする。これは編集者の技量が上がったというのも関係あるのだろうが段々とサンフレッチェにもメディア受けする選手が出てきたのも大きい。そして関東でサポーターが増えた影響でこういう遠隔地にいても手に入る情報というのがより重要になりこの雑誌自体も以前のような独りよがりな存在ではなくなったのである。

 入れ替え戦後にVポイントに行ったという友人の話だがその月の号は売り切れてたという。やっぱりこういう雑誌必要なんだな。本もDVDもないサンフレッチェにとって『紫熊倶楽部』は唯一無二の刊行物となってる。ただ準オフィシャルなだけに出版前に全てクラブが目を通してるというのが想像できる。その為少し踏み込みが足りないと感じることが多くなった。でもわずか35ページ程度の雑誌としてはよくできてる。こういう不満がでてきたのも『紫熊倶楽部』しかないという現状のせいだろう。近い将来別の何かがでてくれればいいのだが。もしかしてそう考える人がいるからこそサンフレッチェって人気がない割に個人のホームページなどが多いのかもしれない。

2008年2月13日 (水)

無頼漢遊佐

 初めて遊佐を見た時面白いと感じた。面白いというのはそのヘアスタイルだった。金色に染まった短髪には何やら黒い模様が入ってた。ミズノのマークに見えたが真相は分からない。試合に出たことがないのでどんな選手なのか分からない。ただ平繁と同期だというだけしか知らないのだがそれまで試合に出てないことからあまり期待してなかった。その想像通り途中出場でプレーしたガンバ大阪との最終戦ではプロでは通用しないという消極的なものだった。それがある時間を過ぎてからというもの自分の持ち味を出そうと積極的な守備、強気な前線への上がりといった面白さを見せた。本当に面白かった。その可能性はこれからの戦力として充分期待できるものだった。

 そういうこともありサンフレッチェのメンバーの中で一番注目してるのは遊佐だ。この選手がどれだけ公式戦に出ることができるか。あのヘアスタイルに負けない存在感を出すことができる。見たい、もっと見たい。そのためにもチームがJ2に落ちたことは悪いことばかりじゃないような気がするのだった。

 こうしてみると2003年の若手と比べるとそのレベルは現在のメンバーの方が上だ。実際柏木、槙野の2006年入団選手、平繁、遊左の2007年入団選手はそれ以前の新人選手に比べると本当に戦力として考えることができる。それまでの新人選手は成長すればいいなという感覚でしか見れなかった。そして3年くらいしてみんなクラブを去るという焼き畑農業のようなことを繰り返してきたのである。その点ミシャは一度使ったら使い続けるので選手を成長させるのには適してるのかもしれない。勿論降格させたのだから手放しで賞賛できる訳ではないが。

 そういえばあるアナウンサーのインタビューでJリーグのクラブではユースの価値を高めるためにユースの選手を無理やり試合に出すというのがあった。それでこのクラブのユースは公式戦に出れるという印象を与えて入りたいという魅力を与えてるということだ。それってサンフレッチェのことじゃないかと思ったがあれだけ若い選手をつまみ食いのように使っては捨てていったのはクラブの方針もあったみたいだ。まあそれでも小野監督のコントロールは足りなかったと思うが。

 どの時代にも若い選手には期待を込めた目で見てしまうがこの遊佐は本当に主力にまで上り詰めて欲しい。柏木、槙野、平繁と違って遊佐だけは武骨なイメージがある。そこがぼくのような女の子に相手にされない者としては親近感が沸くのだ。といってこんなので親近感を持たれても当の遊佐にとっては迷惑な話なんだろうが。

2008年2月12日 (火)

バスツアーのご案内

2008年開幕戦ツアーのご案内です!

===
日時:3月9日(日)

【行程】
東京駅丸の内口 日本工業倶楽部ビル横 08:45集合 出発 09:00===

(関越道)===11:30 群馬県立敷島公園県営陸上競技場

(13:00キックオフ) 15:45 出発===(関越道)===18:15頃 東京駅

【費用】
おひとり様 3,500円(日帰り保険100円含む) 大人・小人同額
※観戦チケット代は含みません。 各自購入下さい。

【定員】
44名 (最少催行人員30名) 

【申込先】
佐久間携帯 090-1550-3821 /清水携帯070-5583-1760
※日中は電話に出れないことが多いので留守電にメッセージ下さい。

このバスツアーでお互い知り合いになったりするケースがあります。

主催者も楽しいツアーにしようと配慮してるのでまだ参加したことない人、関東でサンフレッチェの仲間が欲しいと思ってる人は是非参加してください。

2008年2月10日 (日)

『売れないのは誰のせい』

 本屋へ行くとどれもこれも魅力的に見えてしまう。全部読んでみたいと思わすのはそのタイトルとカバーリングだろう。もしかしたら本屋の陳列などの演出も関係してるのかもしれない。いかにも今話題の、これぞ名著という印象を持たせるポスターなどが貼ってあるのは購買意欲をそそるものだ。そういうもろもろの演出に負けてぼくは1冊の本を手に取った。タイトルは『売れないのは誰のせい』。この本そのものが売るための心理を付いたタイトルを付けている。売ろうという魂胆まる見えなのに読者のために教えますという謙虚さを感じさせる上手い演出だ。

 しかしパラパラと23ページ読んでみると確かに面白そうだった。そしてレジに並んだんだがいざ家に持って帰ると一気に全部読むかというとそうでもなくまず飯を食って風呂に入ってくつろいでと本は一旦隅に追いやってしまった。仕事帰りということもあるがまたその内読めばいいやという感覚に陥ってしまう。結局買っただけで満足してしまったのだ。何だか中学生辺りがここの塾に通えば東大まで行けるんだという安直な発想をするのと似てる。自らは消費文明に否定的でありながらその実消費文明に加担してるのだった。精神構造は中学生と変わらない。いや、ちゃんとした中学生の方がよっぽどマシかもしれない。

 でもそもそも何でぼくがこんな本を読もうと思ったのか。それはぼくも市場原理とか人々の関心や心理というものを研究したかったからだ。そこは全てサンフレッチェのためだった。なぜサンフレッチェは「売れない」のか。それこそそれは誰のせいなのだろうか原因を突き止めたかった。そしてそこから今後の展開というものを考えることができるのではなかろうか。実際ぼくは色々な改善案を作って文章としてまとめた。実は関東でこういう動きがあってそれをクラブに提出することになるだろう。サポーターカンファレンスなど出席できないがためこういう形でしかクラブに意見を言えないのだ。

 そのためやっぱりこの本は読んでおこうと考え直した。そして再び手に取ったのだがその時思った。何でぼくは自分の仕事のために何もしない癖にサンフレッチェのためにビジネスの知識を身につけようとするのだろうと。

2008年2月 9日 (土)

しばらくコメント解禁

 しばらくコメントとトラックバックは閉じていたのだが解禁しようかと思ってる。なぜならこのブログを観てる人の感想や情報などが得られるのではないかと考えたからだ。そもそもなぜコメントとトラックバックを閉鎖したかというとスパム業者ばかり書き込むものでそれらの削除に嫌気が差したからだ。試験的に何日かやってみてやっぱりスパム業者のしつこさに辟易したら止めることにする。

 といってもどうかみなさんこの機に書き込んでください。

2008年2月 7日 (木)

スター不在代表

2008/02/06 W3次予選 日本vsタイ 埼玉スタジアム2002

 4-1、そのスコアだけで喜べばいいんだろうか。まあ大抵実力差のあるチーム同士の対戦だと後半の終了間際になると力が上のチームが得点するという傾向がある。まあタイは健闘したということだろうか。それでもこれが日本の代表チームかという感情を感じざるをえなかった。

 日本にスターがいない。これは紛れもない事実だろう。中田英寿引退後それに代わる選手がいないのが現状だ。中村俊介が今回召集されなかったが中村でもちょっと印象が弱い気がする。ドイツで活躍した高原はその期待が高かっただけに失望感しかない。かつての中山や三浦カズのインパクトは出せなかった。

 本当に人材難なんだなという気がしたのは右サイドの内田の存在である。ドリブルは突破できないし守備ではファールでしか止めれないしシュートは打てない。一度相手に倒されてもファールを取ってもらえなかったがレベルの低い選手が倒れても審判は笛を吹かない。恐らく審判の眼にも一人だけ実力が低く見えてしまったんだろう。改めてこんな選手に天皇杯決勝でゴールされたというのが悔しい。サンフレッチェのDFはタイのDFより軽いということが証明されてしまった。それならトルコなどへ行かずタイでキャンプをすれば良かった。そんな愚痴も言いたくなるのだった。

 しかし段々試合を見てる内に内田が可愛そうになってしまった。駄目だ駄目だとTVの前でほざいてたがこの場に相応しくない選手を出した岡田監督も鬼だなという感覚になるのだった。もしこのアジア予選で負けるようなことがあれば内田のせいだとされる声が上がるのは眼に見えてる。確かに代表で試合に出ることは名誉だが実力の見合ってない選手にとってそれが良いことなのかどうか。恐らく若い選手を育てたいという考えもあるのだろうがさすがにここまで実力差があると厳しい。

 全く魅力のない代表戦だった。これなら佐藤寿人や柏木陽介や槙野智章のいるサンフレッチェの方が魅力的だ。彼らの方が見たいと思える選手である。といってその選手で1年戦ってJ2に落ちてしまった。ということはやっぱり今の代表選手の方が実力が優ってるということなのだろうか。サッカーって何だかよく分からないな。

2008年2月 5日 (火)

ファンタジーなイメージを抱かす高萩洋次郎

 デビューは2003年だった。J2とはいえまだ高校生の高萩は湘南相手にまるで違和感なくプレーをした。その若さと安定したプレーに翌年はユースから昇格した。高校卒業前のトップ昇格は異例のことだったがこの選手ならトップで充分やっていけるという期待を抱くのだった。

 しかし、トップに昇格したはいいがそれ程試合に出ることはなかった。試合に出ないことで段々と高萩のイメージというものができなくなり果たしてトップに上げたのは正解だったのかという疑問が出てきた。早くプロの空気を吸わせたいということなのかもしれないが普通にもう1年ユースにいても良かったはずである。高校卒業前にトップに昇格するというのは試合に出るからではなかったのか。これには小野監督の見込み違いがあった。昇格させたはいいが自分の思った程の成長を見せなかったということだろう。でも成長を見込むなら尚更ユースでトレーニングしてもらえばよかったのではないか?

 高萩の早すぎた昇格は小野監督の功名心があったろう。自分が育てた選手として実績が欲しかった。そういった功名心は高柳などでも実践されたがどれもものにはならなかった。そういう意味で小野監督に振り回された被害者の一人と言えなくもないが大事なとこで期待に添えないというのも事実である。2006年に愛媛FCにレンタル移籍しそこで大黒柱として活躍するが翌年戻ってきても試合に出れなかった。愛媛での躍動感あるサッカーの中心に高萩はいたのだがそのプレーをサンフレッチェで見ることができなかったのだ。どうもぼくらの期待だけが空回りしてるという印象がある。

 しかし、2007年最終戦に出場するとなかなかのプレーをした。面白い、やはりこの選手のプレーが見たいと思わせたのである。非凡なる才能は天皇杯でも堪能できた。中盤で選手は揃ってるものの途中出場では明らかに流れを変える。敵はやっかいな存在に映るだろう。そしてぼくらはやはりこの選手の才能を信じることができるのだった。

 ただ、だからこそこの選手の欠点が見えた。それはシュートが下手ということだ。今までも期待されながらもどうもトップの試合に出場できないということが多かったがその理由が分かった。愛媛も試合にワクワク感があったものの試合自体勝ってた訳ではない。つまり楽しむ分にはいいが勝利に貢献するには厳しいのだった。天皇杯ガンバ大阪戦では終了間際にシュートを打つだろうと思われた場面でサイドに流れていった。たまたま高柳が詰めていてゴールで終わったがあれがゴールになってなかったらそのシーンは問題な場面として議論の対象になっただろう。そしてスタメン起用された決勝での存在感のなさ、あの試合で今まで試合に出れなかったことを証明させたような形となってしまった。

ある程度のレベルと条件が揃えば輝くことができる。だが勝敗を考えた場合使い難い。やっかいな選手である。それでもまだ希望を捨てきれないものがある。考えてみればサンフレッチェにはそういう選手多いな。いや、それとも単にユース上がりの選手に肩入れしてしまうサポーターならではの心理なのだろうか。そんなことを考えながらもピッチに立ったらやはり喜ぶんだろう。

2008年2月 4日 (月)

トルコへ出発

 試合がない、シーズンオフだといってもチームはすでに動いていてすでに開幕に向けたトレーニングを始めてる。広島でのトレーニングを見学してた人から連絡がありダバツが負傷したのを目の当たりにしたということだった。昨年怪我でシーズンを棒に振ったダバツ、またかよという気がする。どうもついてないようだ。

 正直なところ昨年のトルコキャンプは成果がなかったという見方もある。このシーズンにヨーロッパ辺りに行っても大した対戦相手がいないだろうということだ。だから大したFWとは対戦できずDFの弱さを感じることもなくシーズンに突入してしまったと。この辺はぼくにはどうにも分からない。お金に関しては国内も国外も大して変わらないという話もあるし対戦相手が重要という話もある。ということはやっぱりミシャの顔の効くトルコでいいのかもしれない。

 しかし、チームが上手くいかない時ぼくらはどこかに原因を探すものだ。監督の采配や選手起用、そんな話から始まって行き着いたところでキャンプでチームを作れなかったという話になる。国内でトレーニングした方が良かったのではとかミシャは自分の顔の広さを見せ付けたくてトルコを選んだとか。といっても開幕直後は上手くいってたしその頃はトルコキャンプに疑問視する声はなかったのである。そもそも小野監督時代国内キャンプをやっててそれが必ずしも上手くいったかというとそうも言えないとこもある。そもそも国内だと対戦相手はJリーグのチームとなるしお互いの手の内を晒すことになる。かといってKリーグのチームだと怪我をさせられる危険がある。結局どこがいいなんていうこともないんだろう。どこも一長一短だ。ただ小野監督のように自己啓発で山篭りやサイクリングをさせられないだけマシと考えることにしよう。

 そういえば今年はトルコキャンプ帯同ツアーの申し込み案内が来なかった。去年申込者がいなくて企画が中止になったせいだろう。確かに何日もトルコへ行くのは日程的に厳しいからしょうがないのだが。それでも中にはトルコまで行って映像を撮ってきたサポーターもいた。そして開幕前の決起集会でその映像を披露してくれたものだ。果たして今年も行くのだろうか。

 今年も決起集会はやるらしいしこの前はサポーター会議なるものを都内の会議室を借りて行った。シーズンオフじゃないとできないことであるが結局試合がなくったってやることは一杯あるのだった。そしてまた試合が始まればカレンダーとにらめっこして何とか1試合でも多く参戦できるよう試案する。何だか仕事よりも忙しい気がするのだが。

 でもこうやって熱中できるのもサッカーの特性。夜になったら

広島市

内に繰り出す若者たちも引き込むようなオーラがサンフレッチェにあったなら、広島はもっと雰囲気の良い街になるだろう。街でたむろするのがかっこいいと勘違いしてる若者たち、一度でいいからぼくらの熱狂を味わさせてやりたいものだ。

2008年2月 2日 (土)

鉄人と呼ばれる服部公太

 Jリーグ連続出場最長記録、鉄人服部公太。その触れ込み何とも頼もしい。恐らくこれは破ることができない記録となるだろう。怪我、カード、メンバーの選考、そういった要素を常にクリアしないといけない。1年、2年、3年と続けないといけない。本当に気の遠くなるようなことである。ポジション的にも左サイドと希少性があるだけに服部の存在は重宝されてると言っていいだろう。

 ただし、本当に戦力になってるだろうか。いつしかそんなことが言われるようになった。単に連続試合出場記録を更新したくてスタメンに選んでるんじゃないだろうかとさえ言われた。どんなにコンディションが悪かろうが服部だけは試合に出るように決まってるんじゃないだろうかと。それくらい服部のパフォーマンスは悪かった。いや、もしかしたらそこそこやってたのかもしれない。だけど20031人で左サイドを崩してた公太は今では見る影もない。本当にあの頃は代表に入ってもおかしくないとさえ感じた。惜しむらくは当時チームがJ2にいたこと。あの全盛期にJ1でプレーしてたら一体どうなってたんだろうという勿体なさが今でもある。

 元々スピードのある選手ではなかった。サイドに切れ込むというより1人、2人と囲まれてもなぜかボールを取られずにクロスを上げるというスタイルだ。ただそのクロスがふんわりとした柔らかいものなので相手GKも対応しやすかった。だから服部のところからゴールが生まれたという印象があまりない。絶対にボールを取られないという安心感から左を警戒されたのか、もしくは松下みたいに守備に弱い選手が右をやってたせいでその分左からの攻撃というものに対応されたのだろうか。何とも説明もできないのが苦しいところだ。

 そのせいで服部には常に地味な印象が残る。恐らくサンフレッチェのサポーター以外に服部の存在を知ってる人は少ないだろう。J2においては抜けていた。ただあれはJ2だからこそそう見えたのかもしれない。いや、2000年のヴァレリー監督の時も足に疲労骨折を抱えながらも残留が決まるまでは試合のメンバーに選ばれてた。そしてたまに左サイドの後方から前線までぶち抜けるドリブルは圧巻だった。強烈なシュートも放つ。あれが1試合に1回見れればもっと注目されたんだろうが。

 今の服部に多くを望むことはできない。すでに遊左や桑田など若手に切り替えたらという声もある。ジェフ千葉の水野とマッチアップした時には尻餅を付いてしまった。シュートも枠には行くが威力がない。厳しい、もはや存在価値が連続試合出場しかないのだろうか。いや、そんなことはない。だがそこに根拠はあるか。正直サポーターたしての心情的なものだけだ。せめて後3歳若ければ。今のメンバーにピーク時の服部がいれば。いつもいつもこのポジションの選手が成長したと思ったらこのポジションの選手が衰えた、このポジションで良い選手が入ったと思ったらこっちのポジションの選手がいなくなったという感じである。一体サンフレッチェにとって究極のメンバーというのはいつ実現するのだろうか。

2008年2月 1日 (金)

ストライカー寿人

 佐藤寿人こそ広島のストライカー。もっとも得点の見たい選手。そして得点の期待できる選手。それなのに、いやそれが故に得点できないと一番歯痒い思いをする存在である。

 2007年シーズン、2年連続日本人得点王になった実績からシーズンに賭ける思いは強かったと思う。日本人の中ではなくJリーグの得点王を目指そうという志があったろう。実際にインタビューでもそう答えてたし周囲も今シーズンは何点取るのかと期待してたはずだ。それがシーズン中盤以降パッタリ点が取れなくなり本人も焦っただろう。期待が大きかっただけに失望感は相当なものだった。

 応援席から仙台に帰れという野次が飛んだ時思わずスタンドに詰め寄ってしまった。人間本当に気にしてることを言われるのが一番ムカつくものである。寿人はあの時ゴールが奪えないということを誰よりも悩んでたんだろう。それだけ真剣に考えてたのである。ゴールのことを、試合のことを、そして広島のことを。

 正直寿人を本当にサンフレッチェのエースとして受け入れるのには時間が掛かった。確かに点は入れるけどどこか印象に欠ける。それは久保竜彦のような驚くようなとてつもないゴールでもなく高木琢也のような欲しいとこで取るというゴールでもない。それを寿人を広島になくてはならないと感じさせたのは2006年シーズンだ。チームが連敗を重ねる中望月監督が指揮を執り90分の内に本当に1回しかないチャンスを決めるという信じられないような決定力は圧巻だった。よくあの試合展開で勝てたなという会話をしたものだ。俗に宇宙開発と呼ばれるふかすシュートを打つ日本人の多い中で寿人だけは純粋にゴールゲッターだった。

 そもそもぼくが初めて寿人を見たのはまだデビュー間もないジェフ市原の頃であった。その時の印象はとにかくゴールを目指してる選手だということだ。自分がゴールできなくてもチームが勝てばいいと自信の決定力のなさを肯定するような風潮の目立つ日本サッカー界において貴重な選手だという気がした。その後どんなに活躍するかなと思ったがチームを渡り歩いてJ2仙台に行ってしまった。ただここでゴールを量産する。やっぱりゴールのできる選手なんだとJ1で活躍するのはいつなんだろうと人事のように考えてた。だから広島に来ると分かった時絶対に計算のできる選手だという確信はあった。ただ今までのサンフレッチェのスタイルとして大金をはたいて選手を獲得するというのはどうもしっくり来なかった。だから本当の意味で寿人を応援する気にはなれなかったというのが正直なとこである。

 それなのに今や広島の顔だ。降格が決まった時も誰よりも早く絶対に昇格させると残留を誓ったしサポーターのコールに対しては胸のエンブレムに手をかざして応える。そしていつもゴールを狙うというストライカーとしての姿勢は決して崩さない。それでいて自分が点を取れない時守備やサポートに廻って見方を使おうとするプレーも見られた。そんな寿人なのだから負けても寿人は悪くないと言いたいとこだが点を取れなかった責任を投げつけてしまう。冷静になればよくやってると感じるのだ。でもやはりシュートチャンスで決めきれずに負けると寿人のせいだと思う。たった1度しかないようなチャンスにそれは酷な話かもしれない。

 だが、そこまで決定力を期待するのもこの選手が非常にゴールを決めるのが上手い選手だという認識があるからだ。優勝争いをしてるチームでもいい、日本人FWにそこまでの決定力をサポーターが要求するだろうか。まあ確かにサンフレッチェが試合の中であまりのも決定機が少ないというのも無関係ではないがたった1度のチャンスにあれが決めれないと駄目だという目を向けられるだろうか。

 移籍しようと思えば移籍できたはず。もっと人気のあるクラブでプレーしたいという欲望は選手ならあるだろう。こんなにサンフレッチェのことを想ってくれる、しかもレベルの高い選手がJ2にまで付き合ってくれる。ありがたい話だ。このありがたさを広島の人達は感じ取ってくれるのだろうか。

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31