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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2007年11月30日 (金)

ガンバ大阪戦に向けて~Break on Through

2007.12.1       サンフレッチェ広島vsサンバ大阪 広島ビッグアーチ

 メンバーが大幅に入れ替わるらしい。それはそうだ、戸田、森崎和幸、ストヤノフが出場停止、そして青山、桑田、ウェズレイが負傷で出られない。満身創痍といいたいとこだが意外と悲壮感が無い。というより望むべき姿になったと言える。本来ならここまで勝てないとなるとやはり出てるメンバーに問題がある訳でチーム内の競争を煽る意味でもメンバー変更は必要だ。それが何もなされないからスタメンで出てる選手に危機感が出なくなってしまう。川崎戦、いやもっと遡って大宮戦や甲府戦といったように絶対に負けてはいけない相手にも簡単に負けてしまうという失態を繰り返している。思えばナビスコカップのガンバ戦なんて誰もが誰も負けると思ってたのに勝ってしまった。あの時もメンバーが揃わずサブのメンバーで戦った。そういう変化が必要な時ではないだろうか。

 ぼくは一人のサポーターというだけあってクラブの内部は何も知らない。ましてや関東に住んでるものだからホームの状況なんてほとんど分からない。まあこれについては広島にいたってサンフレッチェと接する機会という意味では大して変わらない気もするが。それでも一部では選手の間であの選手はどうたらこの選手はこうたらという噂を耳にすることがある。本当かどうかは分からない。でも色んなとこで仲良しクラブではいけないという話が聞こえてくるということはやはりヌルイ空気があるのだろう。

 正直最終節のガンバ戦は勝っても負けても大して変わらない試合となった。だからこそ普段出てないメンバーが活躍してくれることを願う。そしてチームに勢いを与えること。相手に心理的プレッシャーを与えること。与しやすい相手だと思われないこと。そう、入れ替え戦はもう始まってる。そしてこれを乗り越えた時、不甲斐ないシーズンを送った後に見えてくるものがあるだろう。

2007年11月28日 (水)

信頼を寄せたいが

▽「

団結し残留」球団からげき

 Jリーグ1部(J1)広島は24日の第33節を終え、2部(J2)3位との入れ替え戦(12月5、8日)に回る16位が避けられない事態に陥った。球団の首脳や幹部、後援会など関係者は一様に厳しい現実を受け止め、J1残留へ「全力を尽くす」という姿勢をあらためて示した。

 週明けの26日、広島市内であった球団の取締役会。織田秀和取締役強化部長は沈痛な面持ちで社外役員らにチームの現状を報告し、成績不振の理由を問う質問も出た。会議は通常の2倍近い約50分間に上った。

 取締役会の後、久保允誉社長(デオデオ会長)が織田強化部長ら常勤取締役にげきを飛ばした。「選手もフロントも、ぼちぼちやればいいと思っているのではないか」。より一層の危機感を求めながら、残留に向けて「みんなで盛り上がっていかなければ」と団結心を強調した。

(中国新聞)

 「ぼちぼちやればいい」

 正直サポーターとして見た視点ではいつも思ってたことである。攻められた場面での身体の寄せの甘さ、攻撃時の相手ゴール前でのパス回し、運動量の少なさ、本当に試合をした後疲れてんのかなと疑問に感じることが多かった。2002年J2に落ちたがその時は沢田健太郎の獅子奮迅、いや孤軍奮闘とも言えるがんばりを感じることができた。あのヨレヨレになりながらも目の輝きを失わなかった沢田の姿を今でも覚えているだけに今の選手にがんばりが足りないと思うのは当然のことだった。それを含めて一体クラブのフロントとしては今の勝てない状況をどう考えてるのか見えてこない。そもそも責任者というのは存在するのだろうか。監督?社長?強化部長?どれも的を得てないような気がする。クラブのフロントに顔が見えないというのも問題ではなかろうか。

 入れ替え戦の相手は京都か札幌になる可能性が高い。どちらがいいとも言えないが少なくとも3位以内が確定している中では東京ヴェルディだけは避けたい。フッキという怪物ストライカーをサンフのDFは止められないだろう。だから京都と札幌のどちらかならいい。正直それでも勝利を確信させてくれるだけ今のチームに信頼を寄せられないのだが。

 『スーパーサッカー』でも小倉がサンフレッチェには選手同士での要求が足りないというコメントをしてた。何となく想像できた話である。そこはどんなに低調なパフォーマンスでも常にスタメンに名前を連ねるメンバーがいることや今期選手補強をしなかったことも大きいだろう。やはり外からの血を入れないとチーム内での競争原理は生まれてこない。今のままでいいとなってしまう。金がなかったことが大きかったがそれは大きな失敗だった。逆にチームを去った大木やベット、もしかしたら西河も使う場面があったような気がする。その辺の先見の明のなさに今のフロントの頼りなさを感じる。小野監督時代からそうだったが監督の要望を100%応えれるよう努めることしかやってない。この選手は要らないと言われたって必要じゃないのかとフロントとして決断することはないのだろうか。何だか全てが全て監督任せになってるような気がする。

 入れ替え戦というのは本当に厳しい。この期に及んで本当に残留させる気があるのだろうかと疑問に思う。当のやってる関係者がやる気がなくて応援してるサポーターだけがやる気になってる。何か歪な構造だ。ぼくはクラブ内部の何を知ってる訳ではないが悔しかったら残留させてもらいたい。来年もJ1で戦ってもらいたい。選手は落ちたら移籍すればいいのだろうがサンフの選手で他のJ1クラブから声が掛かるのは3人くらいだ。そういう意味では選手も崖っぷちである。この追い込まれた状況でどんな戦いを見せるのか。やってくれるはずだと信じたいながらも負けたら入れ替え戦確実と思われた川崎戦の魂のない試合を観てるだけにやっぱり悲観的にならざるを得ないのだった。

2007年11月26日 (月)

川崎戦~スタジアム問題

2007/11/24 川崎フロンターレvs サンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 入れ替え戦のホーム、一体何人入るんだろう。そんな不安を口にしている内にそもそもビッグアーチに人を集めるというのは構造的に無理があるという話になった。ビッグアーチへの交通手段としてアストラムライン、車、シャトルバス、この3点をフルに使ったとしても一辺に受け入れることのできる人数は限られている。この点においていくら専用スタジアムにしようとあの場所にある限り無理がある。道が一本しかないというのは最初から限界がある。そういう点においてこのスタジアムを建てた時計画になったのだろうか。ただ造りゃ後はサンフレッチェが使ってくれるという安直な発想が伺える。所詮役人なんて街がどうなろうとましてやサンフレッチェがどうなろうと自分の給料には関係ない。もっと大きなビジョンを持ってやらないといけないのにあんなスタジアムにしてしまった。観客をスタジアムから遠ざけてる、それでどうやってホームで人気を上げろというのだろうか。

 ぼくは元々サッカーには興味がなかった。ただJリーグだったら広島のチームだから何となくサンフレッチェだなという気がしてた。そして初めて観た試合は勝ったものの別に面白くとも何ともない試合だった。それが今のようにのめり込んだのはヴァレリー監督時代の開幕戦だった。あのクルクル回るボール運びと積極的な試合に臨む姿勢にすっかり虜になってしまったのである。その後あの時の興奮を再び感じることはあるにはあるがほとんどの場合はガッカリすることの方が多い。それなのに見続けてるのはあの時の記憶があるからだ。だが観戦する機会さえなかったらその興奮を得られる機会さえもない。やはり観戦できるという環境は必要なのだ。

 勿体無い話だ。1ヶ月に2回くらいしかないサッカーの為に金を掛ける必要はないとまるで議案にも上がってないようだがサッカー専用スタジアムがもっと便利な場所にあれば色んなことが考えられる。そもそもサッカーは他の競技と違ってアウェイのサポーターがわざわざ県外から来るというのを知らないんじゃないだろうか。そういうサポーターにとって応援が終わったらついでに広島のお好み焼きを食べて生きたいと考えるのは普通じゃないだろうか。そして通信販売の案内などもアピールできるのではないだろうか。お好み焼きに限らず他にも色んな可能性があるんじゃないだろうか。他に県外から人が集まるというイベントがあるのだろうか。そういった諸々の議論が抜けてるような気がする。

 ただ、現状においては毛ほども考えてないという状況なので今のままでできることを考えたい。インフラ改善したいがこちらはそう易々とどうにでもなるものではないだろう。ではせめてもっとホームらしいスタジアムにすることはできないだろうか。サッカー専用スタジアムは一番いいのは明白だがそんな金がないとなればビッグアーチのホームゴール裏だけ仮設スタンドを付けてピッチに近づけるというのはどうだろうか。そしたらホームの応援がピッチに近くてよりホームの雰囲気を出せるような気がする。ぼくはいずれこの案をクラブに何らかの方法で伝えようと思う。相手にされなくてもいい。ただ何もしないというのが嫌なのだ。

 関東にいる限りサポーターは増えたと思う。だけどホームに行った時もレプリカ着た人増えたなという気がした。そういう意味では非常に可能性を持ったクラブだと思う。サポーターの中には有能な人、社会的に地位のある人もいる。今は沈んでいるけどもっと浮上させたい。ぼくはそう思ってるし他にもそう思ってる人はいる。必ずもっと良くなるクラブであるはずだ。

2007年11月25日 (日)

川崎戦~入れ替え戦決定

2007/11/24 川崎フロンターレvs サンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 もうちょっと覇気、気力、闘志というものを見せられないだろうか。残念ながらその闘志を見せてくれたのが試合終了の挨拶をする時だけだった。本末転倒もいいとこだ。多数いる報道カメラマンを押しのけてサンフレッチェ・コールを繰り返すサポーターの近くまで挨拶をしに来た。負けたのに全く相手になってなかったのにプロらしい試合をしてないのにコールを繰り返す。みんなどうしてそこまで応援をすることができるんだ?ぼくは情けなさと悔しさでタオルマフラーで目頭を拭ったのだった。

 サポーターは後半途中からずっと声を出し続けた。そして試合が終了しても声を出す。ぼくはとても声が出せなかった。恐らく周りがブーイングしてたらぼくもやっただろう。それでもコールを続けるサポーターの態度というのはどんな状況になろうとチームを信じてるというポーズなのだろうか。

 隣にいたOさんが携帯で他会場の結果を調べた。甲府が負けて大宮が勝ってた。とりあえず自動降格は免れた。安堵の表情というより引きつった笑い、まだ良かったなという自嘲を込めた笑いが顔に浮かんだ。さすがに自動降格はキツイ。それだけは避けたかった。でもこの状況において勝ってしまう大宮は本当に執念がある。サンフレッチェにそれだけの執念を感じられたか?まるで川崎のシュート練習でもさせてるかのように3失点。川崎はサイドの守備では身体を寄せてクロスも打たせないという気概が見えた。サンフの選手であんな守備をした選手がいたか?それが寂しかった。絶対に勝たなきゃいけない試合でヌルイ試合をしてしまったのだ。もうヌルくてヌルくてヌル過ぎる。情けないったらありゃしない。負けてもがんばったなと感じたことがまるでないのだ。

 帰りは武蔵小杉の駅まで歩いた。川崎サポーターの中を歩いたが極まりが悪かった。ぼくらはいつもこんな思いをしている。仮にこの時どこかから「今日は余裕だったな」なんて会話が聞こえてきても何の反論もできない。本当に選手の一人でも、フロントの一人でもいい、この中を歩いて欲しいものだ。本当にぼくらの気持ちを感じてくれてるのか疑問に感じることがある。

「あれじゃ点取れないな」 2階席で観てたHさんが言う。「高柳はやっぱり駄目だね。まるでボール貰いに来ないし持っても取られるし。だからボールが前運べないんだよ」

 でも一番萎えたのは3点差で負けてるというのにロスタイムになってバックパスを繰り返してるということだった。無理でもなんでもいい、前線に放り込めばいい。だって時間無いんだから。それなのに無駄に時間ばかり掛けてボールキープしようとする。一体分かってるんだろうか。残留争いをしてるということすら忘れてるのではないだろうか。

「入れ替え戦で勝つメンタリティ持ってるかな。今日の試合観る限りじゃとても耐えられないきがするんだけど」

 そうだよな。入れ替え戦においても事の重大さが分かってないような試合をしそうだ。それ以上に入れ替え戦のホームの試合の観客動員の方が心配なのだった。もし1万人も入らなかったら、考えたら目の前が暗くなりそうだった。関東では明らかに熱心に応援してるサポーター増えてるのだが。

2007年11月24日 (土)

川崎戦~出発に向けて

2007/11/24 川崎フロンターレvs サンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

「川崎戦の後食事にでもいきましょう」

 いつも一緒にいる仲間にそう言われたがそもそも土曜日なので絶対に行けるとは限らなかった。それでも声を掛けられたのは絶対に来ると思われてたのだ。そりゃいつもいつもウルトラCを使って来てしまうぼくは何があっても来る人だと思われて仕方が無いだろう。

 でもそもそも打ち上げという形で関東でサポーターの取りまとめ役のようなS氏が大規模に飲み会を企画いようとしてたみたいだ。時期的にも調度いい。だがチームが残留争いをしてるのでその企画も浮いてしまった。チームの成績がぼくらの予定までも狂わせてしまった。

 川崎戦を前にして青山が五輪予選で怪我をしてしまった。今期絶望だということだ。全く余計な試合に出たものだと言いながらその試合をしてる時はしっかり応援してたのだった。そういや戸田も出場停止だった。何から何まで不利に進んでしまう。

 この試合当初から星勘定には入れてない。絶対に負ける試合だと当初から位置づけていた。最終戦のガンバ戦なんて尚更勝てない相手だ。だからこそ勝ってほしい。そしたら残留争いをしてる大宮、甲府は相当は自分たちに結果に関わらず精神的にダメージを受けるだろう。そういうのが最後に効いてくるのではなかろうか。

 でも今更ながら甲府と大宮の直接対決に負けたことが悔やまれる。というより思い出すと腹が立ってくる。本当に勝ちたいという気があるのだろうか。あのナヨナヨっとしたサンフレッチェに火がつくことはないのだろうか。大宮戦であれだけ声援を送ったのにちっとも効果がなかったチームだ。一体どうやったら奮起を促してくれるのだろう。本当にどうしようもないチームだと思いながらまたスタジアムに向かうのだった。

2007年11月23日 (金)

川崎戦に向けて~先を越されたクラブ

2000.3.26       川崎フロンターレvs サンフレッチェ広島 等々力競技場

 よく晴れた日でその光は春のものだった。上着1枚羽織ると充分な気温で観戦するには都合が良い、だがスタジアムには5,000人くらいしか集まらなかった。昇格したての川崎だけにまだ地元でも認知されてないというのはあるがぼくはその前の試合の鹿島戦で15千人集めたのを知ってる。鹿島のサポーターも3千人は来ただろうが積極的なビラ配りなどの告知活動により観客を集めた。その余韻でもうちょっと来るかと思われたがこのあり様は川崎にとってもショックだったろう。

 この当時川崎もサポーターというのも少なくスタジアム全体で応援してるという雰囲気ではなかった。それもそのはず、J2から始めた川崎にしてみれば注目されることもなくいつの間にかJ1に上がってしまったからだ。確かにクラブとしては全力で勝ち取ったJ1昇格だろうが

川崎市

民にしてみればまるで降って湧いたような話だった。しかももうすでにヴェルディ川崎がホームとしてることもあり何を今更という感もあった。ヴェルディでさえ人気がなくて喘いでる地でもう一つサッカークラブをつくる、どこか無理のあるような話だったように当時は思われたのだった。

 そんな等々力のスタジアムでサンフレッチェ・サポーターは尚更少なかった。正確に数えて10人ちょっと。いるのかいないのか分からないような常態だ。まあ広島は遠いからしょうがないのだろう。その時ぼくはそう考えたのだ。実はぼくはこれが初めて観るサンフレッチェの試合だった。

 試合前のアップ。選手が入場してきたが知ってる選手は一人もいなかった。いや、名前と顔くらいは覚えてる。ただ、発行されたばかりの『紫熊倶楽部』を読んで覚えただけだ。だからどこか実際の選手と浮遊してた。そもそもその『紫熊倶楽部』だって広島に行った際たまたま見かけて年間購読したくらいだ。正直サンフレッチェのことが知りたいというより寄付のようなつもりだった。どうせこんなの読む人いないと。

 だが席を見回すとバッグの脇にその『紫熊倶楽部』を抱えてる人がいたのには驚いた。やっぱり読んでる人いるんだと意外な気分になったものだった。

 練習を続けるサンフレッチェ。ウォーミング・アップを終了してくださいというアナウンスがあったものの構わず練習を続けるサンフレッチェ。川崎の選手はとっくにピッチを去ったというのに図々しく見えた。早く止めろよという声がホーム側のスタンドから聞こえた。こんなに直前までみっちりと練習したいもんなんだろうかと不思議な感覚がするのだった。

 しかし、その不思議な感覚は試合が始まると一層強くなるのだった。何だか一進一退というよりもぼーるの落ち着きどころのないサッカーが展開されてた。正直この当時はJ1といえど下位チーム同士の試合となると酷い試合が多かった。今まで一緒に練習したことないのかというくらいにパスがつながらない。特に川崎は長いパスは100%通らない、カウンターのチャンスになったボールを必ず途中でカットされる、攻撃のパターンがサイドからのアーリークロスでことごとく相手ディフェンダーに跳ね返されるというチームだった。だから1年で降格してしまったのは当然であろうがサンフレッチェもそのグダグダ感にお付き合いしていた。一言で言えばつまらない試合だった。

 この試合の得点はポポビッチのPK1点のみ。そして終了間際にはCKから2人の選手が時間稼ぎをするだけ。なんじゃありゃと思ってたが川崎の選手のイラつきようは尋常ではなかった。01で勝利。この少ない得点で勝つというのはこの当時のサンフレッチェの特徴でもあった。

 あれから7年。1J2に落ちた川崎は地道に活動をし地元民の認知を上げていって今では平均1万人は行くようになった。チームもJ1にタイトルが届きそうなとこまで勢いづいてACLに出場しベスト4にまでなってしまった。A代表に入る選手も出てきてクラブとしての価値を上げてしまった。要するにサンフレッチェは抜かされたということである。

 サンフレッチェもJ2を経験した。それで這い上がってステップアップしたクラブ、ただのエレベータークラブとなったクラブ、ずっとJ2に居座るようになったクラブ、色々だが毎年降格争いをやるサンフレッチェはどの位置づけなんだろう。一つ言えるのはJ2には落ちたくないということだ。そして川崎には絶対に勝ちたいということだけだ。もはや誰もがサンフとの対戦では川崎が勝つと思ってる。そんなの悔しくないか。意地、心魂、気力、ぼくは全てを川崎戦に捧げる。そして多くのこの日アウェイ・ゴール裏に集まる同士がそうだろう。絶対に勝たせてみせる。

 といって大宮戦見事にやられたからな。やっぱりサンフレッチェを応援する限り苦行は続きそうだ。

2007年11月22日 (木)

五輪最終予選に喜びつつも

2007/11/21北京五輪アジア最終予選 第6戦 U22日本vs U22サウジアラビア 国立競技場

 スコアレスドローながら勝ち点差で日本は北京五輪出場を決めた。最初はそのパフォーマンスの低さにこれは出場難しいかなと思ったがキッチリと結果を残した。ということで決して今までの五輪代表と比べて力が劣るという訳ではないということを証明した。何だか試合を重ねる内にいつの間にかチームとしてまとまったような気がする。もしかしたらこのチーム、本大会で好成績をあげるのではなかろうか。

 そう思う要員として世間のこのチームへの期待感のなさがある。知名度でも欠ける選手が多く人気も今までの五輪チームと比べるとない。確かにFWの李忠成、岡崎じゃ点を取れる気配がない。2人とも闘志溢れるプレーでぼくは好きなんだが柏木からの絶好のパスを決められなかった岡崎を見た時ストライカーとしての見解を感じてしまった。やはりストライカーがいてその選手が目立ってしまうのはしょうがないことである。このチームにはそういう華がないのは認めないといけない。

 ただ意外と中盤以降は安定した選手が揃っている。そこで目立ってたのは柏木だがこれはTV中継が柏木中心に構成されてたせいかもしれない。普段サンフレッチェには目もくれないTVだが中心選手のような扱いを受けてた。確かにプレーも効いていて良い選手という印象付けにはなったろう。だがここでやっぱりゴールという明白な結果が欲しかった。そうすればもっと取り上げてもらうことができた。

 同じことは青山敏弘にも言える。守備では良い仕事をしてたがせっかく前線まで上がってもシュートを外してしまった。よくそこまで上がったと言えるのだがあのちょっとの差で選手としてのイメージが大きく変わる。サッカー選手なんてそのちょっとの差で成功と失敗が分かれるんだろう。

 でもこの試合で柏木と青山がやはりレベルの高い選手だと認識できた。結構自分のチームでは活躍できても他に行けばてんで駄目という選手がいるがこの2人はそんなことなかった。それだけにこれだけの選手を抱えておきながら何でサンフレッチェは勝てないんだ。何かが間違ってる気がする。それも後ちょっとの差を埋めきれてないからだろうか。五輪出場に安堵したもののこの週末には験の良くない等々力での試合があるのだ。2人ともよく動いてたな。週末には体調戻ってるだろうか。喜び束の間とはこのことを言うのだろう。

2007年11月19日 (月)

神戸戦~やはり勝てなかった

2007/11/18 サンフレッチェ広島vsヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ

 日曜なのに仕事に出掛け何でこんな日に仕事をしなきゃいけないんだと考えてた。いや、世の中日曜に仕事をしてる人はいくらでもいるのは知ってるが。まあどの道現地で観戦できる訳でもないので大して変わりはなかったのだがハーフタームの時間になってマツダさんに電話してみた。その声はどこか暗かったのでこれは良い結果になってないなというのは察しが付いた。

「何かあまりかんばしくなさそうですね」

「ええ、これはちょっと・・・柏木の代わりに桑田が出てるんだけど今までと何にも変わってないよ。」

「その調子だともう負けてるんですか?」

「いや、まだスコアレスです。でもその内やられるな。どんなチームでも12回も攻め込まれたらやられてしまうでしょ。10回までなら食い止められても12回じゃやられてしまうでしょ。もう入れ替え戦も見えてるんだからこのままペトロビッチでやる必要ないでしょ」

 厳しいようだ。甲府vs大宮の結果も気になる。つくづく何で日曜に仕事なんだと思う。というか今だったら携帯の速報サイトとかあるみたいだがぼくは未だにその手のITサービスに付いていけてない。だから一々こうして中継を観てる人に電話を掛けて途中経過を教えてもらうという何とも非効率なことをやっているのである。

 家に帰ると今度はHさんから電話が掛かってきた。

「電話貰ったようで。もう結果は知ってますよね。あ、今帰ったばかりですか。11の引き分けですよ。甲府vs大宮も引き分けなんで勝ち点4差ある甲府は自動降格決まったようなもんでしょ。ということで入れ替え戦ですね。J23位ってどこになるんだろ」

「うーん、仙台辺りじゃないですかね」

後で調べたら京都の方が可能性が高かった。それでもまあ勝ち点0という最悪の状態は回避できたとは言えるだろう。決して喜ぶことはできないが自動降格だけは免れたかった。その目的だけは達成できただろう。

『やべっちFC』のハイライトで確認したが寿人の得点は裏に抜け出した形で決まった。これこそ寿人の得意の形だ。この状況にすることができないのは明白だった。ボールを持っても後ろでウロウロとボールを廻してばかりいる間に相手にガッチリと守備を固められてしまうからだ。

残り川崎とガンバ大阪の2戦。両チームとも勝てる見込みがない。結局他力本願。せめてどちらか一つ引き分けに持ち込めたらいいのだが。それよりも入れ替え戦になったらミシャが指揮を執ってる可能性は少ないだろう。それだったらもう監督交代するのも手かもしれない。というより本当にクラブはその辺のこと考えてるのだろうか。

 そういえば観客動員13,555人。サンフレッチェにしては入った方なんだろうが厳しい。広島ではサンフレッチェがJ2に落ちようがどうでもいいと考えられてそうな気がする。結局クラブの成績もその辺の温度差なんだろうな。

2007年11月17日 (土)

神戸戦へ向けて

2007/11/18 サンフレッチェ広島vsヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ

 ミシャは最初からこの試合に標準を合わせてたということだ。清水戦はその前哨戦ということか。だけどどうもその発想には違和感があるというのには誰もが思うとこだろう。

 神戸は強くなってしまった。思えば神戸ウィングで戦ったあの試合が全てのターニングポイントだった。サンフレッチェはあの試合から勝てなくなり神戸はあの試合から調子に乗ってしまった。結局1試合というのはその1試合だけでなくその後ずっと影響を残すということに関して無頓着だった。これを長いシーズンのたったの1試合とするか、意味をこめた価値在る1試合とするか。今シーズンサンフはあまりにも試合を無駄にしてしまった。

 31節時点で紛れもない降格争いをやってる。自動降格は免れても入れ替え戦は逃れられないとほとんどの人は感じてるだろう。入れ替え戦のメンタリティに勝てるかというとかなり厳しいものがある。だが落ちるにしても2002年の頃と感覚が違う。どこかあの頃のドキドキハラハラ感も切羽詰った感覚もない。どこかヌルイ。最後にはどうにかなると思ってる。実はそれが一番恐ろしい。

 これはやはりミシャが監督をやった弊害だろう。オシムの愛弟子ということでオシムと同等の能力を期待してしまった。いつかは勝てる、いつかは素晴らしいサッカーを完成させてくれると信じていた。結果がこれである。勘違いしてた部分がぼくらにもあった。そしてその勘違いによってもたらされた〞いつかは〝という感覚は未だに消えることなく残ってる。

 しかしここにきて寿人が体調不良で練習をリタイヤしたとか五輪予選で柏木、青山不在と不利な条件が重なってる。それでいてベストメンバー揃ったとこでいつも負けてるのでそのこと自体に不安も感じない。実はどういう状態になろうと勝つような気がしないのだ。

 弱い弱い弱いサンフレッチェ。どうしてぼくはこんなクラブを応援するんだろう。本人がそういう疑問を感じてるのにサポーターを増やそうとしている。こういうのを矛盾と言うんだろう。

2007年11月15日 (木)

嬉しくも空しい

2007/11/14 アジア・チャンピオンズリーグ決勝 浦和レッドダイヤモンズvsセパハン 埼玉スタジアム2002

 ねばって踏ん張って走り抜いて勝ちきった。20、レッズはACLで見事優勝することができた。やっとJリーグのチームがこの大会で優勝することができた。長い長い道のりだった。本当にこの日を待ち望んでいた。

 正直なとこ日本の中にはこの大会を当然勝てるものとナメてた部分があった。だがこれまで優勝どころか予選リーグも突破できなかった。ガンバ大阪みたいに国内では圧倒的な強さを誇るのに外国のクラブとやるとてんで弱くなるクラブもある。相対的にJリーグのクラブにはそういう傾向があった。

 満員のスタジアム、地上波での放送、メディアでの露出、あらゆる要素が浦和レッズを優勝たらしめた。羨ましかった。あんなタフでギリギリでしぶとい戦いができるなんて。これはまるで次元の違う試合だった。サンフレッチェがこんな試合出ると6点くらい取られて負けてしまうだろう。結局サッカーで勝てるチームというのはしぶとさがないと駄目なんだろう。

 哀しいかな、好きになったクラブがこんな大会とは無縁のクラブ。国内リーグでも残留が目標。気力、体力の戦いとなるとすぐにへし折れてしまう脆さを持ってる。完全な有利な状態でしか戦うことができない。ハァ、ぼくの愛するクラブがレッズのほんの少しでもいいからしぶとさを持っていれば。レッズの優勝はJリーグを応援する者の一人として嬉しくもあったがちょっと空しさも覚えるのだった。

2007年11月14日 (水)

清水戦~試合終了

2007/11/11 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 日本平スタジアム

 31、スコア的には惨敗といっていいだろう。清水の伊藤輝悦の400試合出場記録に花を添えたという訳だ。『やべっちFC』辺りでまたやられ役として出てくるのが想像でき空しかった。

 サンフレッチェは日本平で勝ったことがない。だが正直行ってみてそんなに戦い難い所のようにも感じなかった。ピッチも整備されててむしろやり易いのではなかろうか。スタンドも満員という訳じゃない。その点で清水も観客動員に苦しんでるような気もしたが駐車場にたどり着いた時その理由が分かった。車に乗ってもなかなか道路に出れない。そして道路に出ても渋滞。なかなかインターまでたどり着かない。もし車以外の手段を考えるとすればバスしかない。つまり交通手段がごく限られてるのだ。この辺が元々Jリーグを念頭に置いてない不憫さを感じる。それはビッグアーチも同じだが結局のところ収容人数なんていくらハコを大きくしようともインフラを含めたとこで対応しないと何の意味もないというのを確信させられた。

 ぼくらは車の中で浮かない気分だったものの行きの車の中で話してた内容の通りの試合となってしまった。予想通り、当たり前にやって当たり前に負ける。やるせなかった。こんな試合を5月以降ずっと見さされてるのである。

「ペトロビッチって良い監督だと思ったのにな」

 ぼくがつぶやいた。Hさんが失笑した。

「そりゃ同じパターンしかやらないからね。去年勝ってたけどあの時からやってることは全く同じだからね。あれしかないんだね」

「引き出しがないんだよね」

 マツダさんが口を挟んだが、マツダさんは結構早い時期からこういうことを言ってた。ペトロビッチで本当に大丈夫かという不安を指摘してたが今になってみればその分析は当たってたというのが分かる。この戦い方ではどうやっても勝てないのは明白だ。相手ももう研究をしてしまってその研究をされたという前提での戦いができてない。パターンAしかない。パターンB、パターンCもやったことはあるがそれはメンバーが欠場した時のみ。意外とそういう時の方が結果が付いてきた傾向もあるのだがそれでもミシャはパターンAにこだわる。大きな誤算だった。

「今度の神戸戦広島までいこうかな。でも日帰り3万だもんな、最終戦にしようかな。それとも入れ替え戦まで取っとくべきかな」

 ハンドルを握るHさんが話したがもう良くて入れ替え戦だという認識を持っている。

 もはやペトロビッチでは勝てない。また望月監督の復活か。でも今のDFのメンバーで望月サッカーができるか疑問もあるがもうそこしか希望がないのだ。ポポビッチコーチの解任の理由を発表しないことからも何らか指導方針に違和感があるのを想像してしまう。それだったらもう残留の為に望月監督に託すのも手じゃないだろうか。運が良ければ入れ替え戦。もうこの先勝てると誰も思ってない状況で望月監督で落ちてしまっても誰も文句は言わないだろう。

 ああ、それにしても車は進まない。オレンジのフラッグを乗せた車に紛れてとても気分の悪さを感じるのだった。

2007年11月13日 (火)

清水戦~メンタルの弱さ

2007/11/11 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 日本平スタジアム

「浩司のあのポジショニングはありえないよね」

 ぼくの隣に座ってたOさんは言った。全く走ってないということだがそう言われてみれば動いてない。だからDFからボールの出し所がなく後ろでボールを廻してるだけの状態になる。そして一発を狙ってロングボールを蹴るが全部跳ね返され逆襲を受けることになる。そして堪えて堪えて何とかボールを奪ったらまたパスの出し所がない。柏木は攻守にわたって動き回ってるというのに中盤に人がいない。戸田はDFからボールをもらうがそこからがない。単に中盤に行けば他にスペースができるし自分でボールを持つことができる。それなのにそれをしないというのは自らボールを持つことを拒否してるということ。恐らくビビッてるんだろう。ボールを持てばミスをするかもしれない。それならば敵の背後でパスの来ない所にいた方が無難なんだ。少なくともそこには自分から状況を打開しようとする意思は見出せなかった。

「代えるんなら浩司だろうな」

 そんな声が囁かれたのだが最初に交代したのは戸田だった。確かにかなり深い位置で信じられないようなミスをしてたがそれでもミスを償おうとしてた。本人もこの交代は納得してないようで試合後のコメントでは不満を露わにしてた。

 中盤がいない。

 そんな状況は今に始まったことじゃない。それなのにそれに関して改善の兆しがちっとも見えなかった。一体今まで何のトレーニングをしてたのか。試合運びにしてもせっかく柏木が得点したというのにそのすぐ後に失点してる。本当にプロとしての力量に疑問を感じてしまう。ロスタイムに失点したり1点の重みを感じてないように思える。そしてついに一体どうしてこんなことを繰り返すのかという疑問を抱くようになるのだった。

「メンタルが弱い」

 Hさんが口走った。確かにあり得ない時間での失点、ドリブルをしない、ボールを呼ぶ動きをしないといったことはそう言えるかもしれない。そして公太がゴールエリアでキーパーと1対1になりながらもシュートを打たずにパスを出した時それを確信させられた。

「あれを打たないかよ」

ぼくの周りにいた人はみなそう口走った。

2007年11月12日 (月)

清水戦~日本平へ行く

2007/11/11 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 日本平スタジアム

 予報は雨、今にも雨が降りそうな空の下、3人で車乗り合いで静岡まで向かった。天気はどうなるか分からないがやはり行ってしまう、そんな3人が集まった。しかしそれ以上にはっきり言って勝てる訳がないと分かっていながら行ってしまう。だから当然車内での会話もネガティブなものばかりだ。勝ってないのだからしょうがない、勝てる気配さえないのだからしょうがない。その批判は選手、監督、フロントへと及ぶのだった。

 途中海老名パーキングで車を止めた。そしたら見慣れた顔の紫の団体が。バスツアーの人達だ。大体同じくらいの時間になるんじゃないのかなんて言ってたがやっぱり一緒になった。そのバスツアーの参加者の一人に車内の雰囲気を聞いたが朝早かったという理由がありながらもやはり暗かったらしい。やはりどこも同じようだ。

 実はこのバスツアー、ぼくのところにも案内が来てたのだがHさんと車で行くということでお断りをした。断ったといっても人数が集まらなかったらそっちに参加するという協力姿勢は示しておいたがその後連絡がなかったとこをみると満席になったようである。主催者に聞くと1週間前になってまだ席空いてますかという問い合わせが何件か来てまいったよということだった。

 海老名パーキングを出て再び車を走らせたが静岡に入った辺りで事故渋滞。これって時間間に合うのかよと不安になった。その上雨まで降り出す始末。これは最悪の観戦になりそうだと思ったものの渋滞も予想外に早く抜けられ静岡インターを出る頃にはカラッと晴れてたのだった。青い空に太陽が眩しい。厚着をしてたので暑いったらありゃしない。出る時は寒かったのに。車を有料駐車場に停め坂を登って行った。その経路は広島ビッグアーチと似ていた。

 スタジアムにはバスしか交通手段がないようだ。車は坂の下の駐車場。それも台数に限りがある。清水エスパルスが今一客が入ってない印象があるがこの交通手段の無さという要員もかなりあるような気がした。何だか山の中にポツンと建つスタジアム、そこもビッグアーチと似てたのだった。

 オレンジの群集にまぎれて坂を登ってたが途中でHさんがこっちに曲がった方がアウェイ・ゴール裏は近いですよと先導した。予備知識なしで行ったらとんでもなく苦労しそうである。しかもチケット買っておいたから良かったものの当日券はやはり正門でしか売ってないようでチケットがなかったらとても歩かされるハメになったようである。

 日本では数少ないサッカー専用スタジアム。2階ゴール裏からはピッチをよく見渡せた。これはスタジアムとしては良かった。ただ真中に手すりがあってそこが遮られてゴール裏の一体感が出せないという感じはした。だからコアサポも一々連絡事項を後ろまで下がって来なければならなかった。一枚ずつパネルを渡され選手入場時それを掲げるということだった。確かに揃ったら壮観だろう。だが圧倒的に人数が足りない。前方は埋まってるものの後ろはスカスカだ。だけどそれは静岡なのにこれだけ集まったと言える人数だった。以前だったら関東の試合でもこんなには集まらなかった。一体みんな何を求めてこんなに集まるんだろう。スタジアムでぼくらを見つけたSさんの言葉が印象的だった。

「またMな人達がやって来ましたね」

2007年11月10日 (土)

清水戦に向けて

2007/11/11 清水エスパルスvsサンフレッチェ広島 日本平スタジアム

 数日前バスツアー主催者から電話があった。もうバスは出せるだけ人が集まったがまだ若干空席がある、日曜だから行けるだろうと思ったんだがどうだろうかということだった。確かに日曜だから絶対に行くつもりでいたのだがこんな時に限って仕事が入ってしまった。まあどうしても空席が埋まらないなら何とか都合付けるので連絡してくれと言っておいた。ただその後連絡がないとこをみると空席は埋まったようだった。

 しかし、この後Hさんが車で一緒に静岡まで行こうという連絡が来た。何でみんながみんなぼくに仕事を休まそうとするのか。そのみんなの熱意に負けてぼくは仕事を休むことにした。いや、日曜はどうかよろしくお願いしますと職場の人間に手を合わせたのだった。

 そしてマツダさんにも連絡を取り3人で行く段取りを付けてしまった。他にも数名声を掛けたが予定がある者、新幹線の切符をすでに取った者とでそれ以上増えなかったのだがしっかり新幹線の切符を手配してる人間もいたのである。その熱意、選手は応えてくれるのだろうか。

 そういえばこの試合の同日に行われる等々力とNACK5スタジアムの試合はチケット完売だった。注目度がまるで違う。それでもぼくらのようにバスや車や新幹線といった方法で静岡まで駆けつける人間がいるんだ。いい加減勝利を見せてくれ。そう念じたものの日本平で勝ったことないんだよな。期待もできないのに向かってしまうぼくらは一体何なんだ。まあそれがサポーターというものだろう。

2007年11月 4日 (日)

順当に天皇杯で勝つ

2007114日(日)天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島 vs 湘南ベルマーレ@鳥取バードスタジアム

 それはここのところの調子の悪さを考えると不安でもあった。それでいて安心もしてた。それが天皇杯の持つ特殊性だろう。勝つのが当たり前だが負けることもあるかもしれない。それくらいの感覚だ。実際この大会はどうもボワ~ンとしてて公式戦という雰囲気がない。それが結局3,372人という観客しか入らないことにつながってるのだ。まあ普通のリーグ戦をやったところで鳥取でもっと客が入るかというと微妙な気がするのは確かだが。

 他会場の結果では今年も下克上ともいえる波乱があった。清水が明治大学とPK戦までもつれ新潟がJ2の鳥栖に負け柏がJFLHonda FCに負けた。そしてJ2降格が決まった横浜FCが大宮に勝った。ってそれだったら1週間前のリーグ戦で大宮に勝ってくれよ。どこか間違ってると思うのだが天皇杯はこういうJ2に落ちたチームが意地を見せ付ける場でもある。そういう意味ではやはりJリーグが終わってから開催される方が理にかなってると思うのだが天皇杯の注目度の低さとJリーグ・クラブのモチベーションを引き出す為に今の日程になってしまった。やっぱり以前の方が良かった気がする。

 正直この試合は観てない。どこにも観れる環境がないのだ。スカパーもない、地上波、衛星、どこもやってない。何だかやる意味あるのかという気さえしてくる。まあ勝ったからいいのだが。勝ったからいいだろう。

 しかし、メンバー表をよく見てみた。そしたらこれは横浜Fマリノス戦のメンバーだった。あの時このメンバーとフォーメーションは安定してたねと皆が話してたものだ。J2相手とはいえやはりこのメンバーが良かったのだ。寿人ワントップに戸田のボランチ、ストヤノフのリベロだ。ただ膠着状態になった時はウェズレイの強引さが欲しくなるのでそこで投入というやり方で簡単に勝てるような気がする。そんな簡単なものじゃないかもしれないが本当にそんな気がするのだ。一体監督の構想はどうなってるんだろうか。わざわざ負けるような配置をしてるような気がしてならないんだが。

 ただこれまでずっと勝てない状態が続いてただけにこの試合の勝利は大きかった。もはやJFLにチームにもまけるのではという雰囲気があっただけに選手も自信を取り戻しただろう。ぼくも自信を取り戻した。そしてこの自信というものが大きな気迷いとなり次節リーグ戦の清水に勝てるという錯覚を生み出すのだった。本当は最初から負けると思ってた方が気が楽なのに。

 でもやっぱり自信を持つということは行動にも影響を与えるんだな。ぼくはせっせとどうやったら清水に行けるか模索を始めたのだった。

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