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2007年6月30日 (土)

新潟は遠かった

2007/06/30 アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島 東北電力ビッグスワンスタジアム

 土曜は休みになりそうだ。そう思った瞬間ぼくは新潟へ向かうことを決意した。そして関東バスツアーの申し込みをしようと検索したらもう定員を満たしていた。ただし往路だけはまだ席が残ってるらしく色々な可能性を考えた。が、それなら別な高速バスで行くという手段も残されてると新潟行きのバスを検索した。そしたらこちらも試合日には全て満席だった。結局行く手段としては新幹線しかなく高い運賃がネックとなったのだが、その後になって仕事が入りぼくの計画はアッサリと闇に消えてしまった。まあどうせ行く手段がなかったと思えば気が楽だった。

 でもそもそも前節の神戸戦を観た後ではぼくはもう2度とサンフレッチェの試合を観ないだろうと思ったのだが結局観に行く手段を模索していたのだ。あれだけ辛い思いをしたのに、そしてもうこのチームは勝てることがないだろうと諦めたのに。しょうがない、これが腐れ縁というやつだ。一度好きになったクラブはそう簡単なことでは辞められない。サポーターを辞めるのなら小野監督の時代にとっくに辞めていただろう。

 だが勝利のイメージというものがどうしても沸かなくなってしまった。これについては神戸戦のダメージが大きかった。あれだけ有利に試合を進めてて、そしてどう考えても選手のレベルだって上回ってたのに負けてしまった。そして先制点を入れた柏木がいない。となると厳しいという感じがする。ただ、新潟がそんなに良い選手揃えてるかというと正直そんな気はしない。だけど勝つイメージが沸かないなんて異常だ。

 美しく勝利せよというヨハン・クライフの言葉があるがどうも最近のサンフレッチェは美しく敗北してる。サッカーとしては素晴らしいものを持っていながら終わってみれば負けている。鹿島戦、神戸戦は負けたのが信じられないという感覚だった。どこかでその美しさにぼくらも酔ってしまったとこもあるのかもしれない。恐らくその2戦において一杯一杯の勝ち方をしても「あんな試合しやがって」と言っただろう。それだけチームへの要求が高くなってしまった。

 ただ、今回ぼくは試合を観れない。だから結果だけを出してくれれば満足してしまう。これこそ今のチームにとって望ましい環境ではなかろうか。いや、ぼく一人がどうのこうので試合が変わるわけがないのだが。その辺は一人のサポーターの妄想と判断して欲しい。でもそろそろ美しさより執念を見せなければ勝てないというのは当たらずとも遠からずではなかろうか。

2007年6月27日 (水)

広島で観戦会

 まず最初は2002年日韓ワールドカップの時だった。サッカーを観るのも仲間と一緒に観る方が楽しいだろうということで三鷹のちょっとしたレストランというかカフェのような所で観戦会をした。それは当時まだ知り合ったばかりの関東のサンフサポ数名での集まりだったがその中心はある女性だった。彼女がいつも店の予約をしてワールドカップの試合を食事をしながら観るということをやった。そしてその内にワールドカップも終わり今度はその店でサンフレッチェの観戦会をやることになったのである。といっても集まるのはせいぜい4、5人で決まったメンバーである。それでもホームの試合を共に観る仲間がいるというだけで満足だった。

 その後1年も経たずしてそのレストランは閉鎖してしまった。せっかく集まってモニター観戦する場を得たぼくらだがその後は流浪の民のように各店を転々としてたような気がする。まずは渋谷のワールド・スポーツ・カフェ。結構広い店舗だったが値段は少々高かった。それでもここで観戦会をやるとネットで告知して観戦会としてはそこそこ成功したと思う。ただ、これもスカパーへの放映権料が高かったのがネックになったのか閉鎖してしまった。恵比寿のサッカーカフェに行ったりしたが最後に下北沢のトレブルというサッカーカフェに落ち着いた。なぜそうなったかというと料理が良かったのと予約をすれば営業時間も合わせてくれる店のフレキシビリティにより利用しやすいという感覚があったからである。そして関東以外での試合ではここに集まって中継を観るというサイクルが出来上がった。

 この観戦会、毎回やることで徐々に人が集まるという効果を生み出した。例えば初対面が苦手な人もいるだろうが毎回行ってる内にお互い顔も覚えてくる。そしてそうやって一箇所に集まるものだからバスツアーの告知もしやすい。その他何か伝達事項などあればその場でできるのだ。こうやってどんどん観戦会は人数を増やしていった。恐らく関東でサポーターが増えた要因の中でこの観戦会の役割は小さいものではなかっただろう。

 実は言うとぼくは今この観戦会には参加してない。家がちょっと遠いのもあるがもはや立見になるくらい店が一杯で遠慮してる面がある。ぼくはいいから他のまだサンフレッチェの話ができる仲間が欲しいと思ってる人に譲ってるのだ。ぼくもこの観戦会でずいぶん仲間が増えたが同じことを他の人にもやってもらいたい。

 何にしても観戦会というのは絶対に面白い。サンフレッチェを応援してるという同じ目的の人が一緒の空間に集まるのだから。そして知り合いができていく。そして輪が広がれば色々なことが可能なのだ。とりあえずそこに行けば輪に入れるというものがあるのがいい。こんなことホームの広島でもできないものかといつもおもっていたのだった。

 しかし、ここにきて広島でもやろうという動きがある。まず最初の試みとして新潟戦を開催するそうだ。何人集まるかは分からない。どんな人がいるかも分からない。でも動かなければ何も変わらない。もっとホームを盛り上げたい、もっとサンフを応援する仲間が欲しい、ただサンフレッチェの話をできる仲間が欲しい、そういった要望は自ら動いてこそ成り立つものなのだ。それをぼくは関東で自ら実践した。たった一人でいるかいないか分からないような関東でサンフレッチェの好きな人を探した。大袈裟なようだけど最初は本当に一人だった。でも今は関東でサンフレッチェの試合があればまとまった人が集まる。本当にこんなことは考えられないことだった。

 ぼくもホームには年に一回行けるかどうかでほとんど何もできない。でも盛り上がってもらいたいと思ってる。行くことが可能な人は是非とも参加してもらいたい。

日時:6月30日(土)16時キックオフ!
  お店は15時45分からです。
場所:【バー冒険王】
   広島市中区流川町3-6明星ビル8F
   地図はこちら
会費:1ドリンク制(1杯800円程度 スカパー料金別途 1人約200円)

今回はじめての開催ということでどのくらいの参加があるか予想が付きません。

参加の場合は事前に参加表明をして欲しいとのことです。

2007年6月26日 (火)

やはりサンフは辞められない

2007/06/23 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームスタジアム

 サッカー番組のダイジェストで見ると尚更あの敗戦が腹立たしかった。このような憤慨は昨年なら起きなかっただろう。残留できれば御の字といったチームだったし戦力的にも厳しかった。確かに戸田もウェズレイもいたが両者ともチームで機能してなかった。そして何よりも監督が無能だという諦めもあった。だけど今シーズンのサンフレッチェには期待した。Jリーグを見回してもこれだけのメンバーを揃えられるクラブはそうないだろう。それが後半ロスタイムにPKを決められ負けてしまったことにもう2度とこのチームの試合を観ることはないだろうと思うのだった。これだけ応援しているのにこの仕打ちは酷い。思いっきりブーイングしてやりたい気分だ。そしてぼくは手帳を広げる。次節はアウェイ新潟戦。関東バスツアーもある。参加できるだろうか。今度こそ勝ちたい。絶対勝たせてみせるぞ。仕事が入らなければいいのだが。

 結局ぼくはサンフレッチェの応援を止めることも観戦するのを辞めることもできない。そりゃそうだ。小野監督の暗黒時代を3年半も我慢したのである。ここ数試合程度でサポーターを止めるなんてことがあり得るはずがない。そもそも関東でサンフレッチェを応援してる人がいるとは思ってない頃一人で関東のアウェイの試合を観てたんだ。あの寂しさを考えれば神戸戦の敗戦なんてどうってことない。そう、辞められるはずがないんだ。だからこそ余計に腹が立つのだ。

 しかし神戸にはホームからバス2台、サポーター主催のバス2台、そして関西のサポーターも集まって結構なサポーターが集まったようだ。モニター越しにもこんなに紫の人がいるのかと驚いた程だ。応援の声もよく聞こえてて良い雰囲気なんだろうなという気がした。それだけに勿体ない敗戦だった。

 でもこうやって各地に少数で散らばるサンフサポが集える環境ができてきたということはいいことである。これこそぼくの望んでたことだ。関東では一応まとまったコミュニティーができたがどうせだから関西、九州でもできないかなと思っていた。正直ぼくは以前そういうことをあるサポーターグループの人に話したことがあるのだがそれは話が飛躍しすぎだと相手にされなかった。でも関東ではできたのにと腑に落ちない気分だった。それがまず東海で数人の集まりができ関西でもまとまりができてきたという。ぼくは関西まで遠征できないが関東の人間も交流があるみたいだ。当然東海にも交流があり各地域がつながってる。非常にいい傾向だ。できれば九州でもこういうまとまりができて欲しいのだがまあここはゆっくりと待つことにしよう。なにせほんの6年前には全く考え付きもできない状況だったんだから。

 段々思考がポジティブになってきた。やっぱりサンフレッチェを見放すなんてことはできない。それが圧倒的な苦渋に満ちてるとしても。つくづくサッカーっていうのは苦行だな。

2007年6月24日 (日)

そして勝ち点0

2007/06/23 ヴィッセル神戸vsサンフレッチェ広島 ホームスタジアム

 「ハア~ッ」

 深いため息をつく。絶対勝てると思った。勝ったと思った。これがどうして負けるのか。不思議で不思議でしょうがない。どうやったら負けるんだ。さすがにこれはこたえた。同点にされただけでも不本意だったが逆転のPKを献上した時には開いた口がふさがらなかった。茫然自失、意気消沈、悲憤慷慨、信じられないという感情と共にチームに対する激しい怒りを感じるのだった。

 「柏木が得点をすると負けてしまうな」

 一緒にモニター観戦をしてたMさんが口にした。でも清水戦は柏木のゴールで勝っただろと思ったがここで気付いた。確かに早い時間での柏木のゴールは負けにつながってる。これは決して偶然ではない。柏木の得点はいつも芸術性に富み一度は決めてみたいゴールを決める。これにより相手チームより自分達の方がレベルが上という錯覚を起こしてしまう。確かにあんなチームが連動した中でのゴールは実際の試合では起こりにくい。それだけに酔ってしまうのだ。ぼくも酔った。Mさんも酔ってた。そしてアウェイ・ゴール裏のサポーターも酔ったことだろう。いい試合をしている、今日は勝ったも同然だと。

 しかし、その後2度も追いつかれ最後はPKで逆転をされるという結末にはもう怒りを感じた。度々あるシュートチャンスはことごとく外し相手には下らない得点ばかり許す。本当に点をやらないという気があるのだろうか。そして得点のチャンスはいくらでもあると思ってるのではないだろうか。寿人も浩司も本当に点を入れない。寿人は以前なら入れたはずのシュートが入らない。この辺が選手層の薄いチームの厳しいとこだ。

 以前森崎ツインズについてカズが良い時は浩司が悪い、浩司が良い時はカズが悪いと言われてた。そしてサイドの服部が良い時は駒野が悪い、駒野が良い時は服部が悪いと言われてた。そして今は柏木が得点をするようになれば寿人が得点できなくなってしまった。本当に一つを得れば一つを失うクラブだ。守備的になれば得点力がなくなり攻撃的になれば守備力がなくなるというのもそうだし。結局このクラブは理想の域に達することができないのではないだろうか。まるで戦力の能力値というものが決まっていてその容量を超えることができないかのようだ。

 「来週わたしが新潟行って勝たせますから」

 Mさんは別れしなそう言い残した。本当にここ数試合は魂を感じさせない。望月監督の頃の不細工でも勝ち点を重ねるサッカーをやってた頃と今とでは明らかに精神が違う。個々のレベルでは相手より巧いと感じることが多いが試合をやれば負ける。ガッカリだ。シーズン前はどれだけ躍進してくれるのかと期待したのにこんなものだ。サポーターの中にもこんなものじゃないのに勝てないという現状にやり場のない気持ちがしているだろう。

 せっかく神戸には結構サポーターが集まってたというのに。鹿島の時はサポーターが少ないから乗れない感覚があったのだろうと思ったがそうでもなかったみたいだ。一体どうすればチームを勝たすことができるのだろうか。弱いと感じてないだけにこのジリジリと負けてる現状は頭を抱えてしまう。そういや以前だったらこういう時小野監督の悪口大会をやって憂さ晴らしをしてた。もう一人の避雷針として大木のだめっぷりも大いに話題になったが。今にしてみればあれはあれで結構楽しんでたのかもしれないのだった。

2007年6月22日 (金)

神戸戦に向けて

 過去において神戸ほどその対戦に印象が希薄なクラブもないだろう。強豪とは言えないし話題性があるわけでもない。破産して買収により楽天の三木谷オーナーになった時に一時的に話題にはなった。オーナーの資金力で2002W杯で活躍したイルハン・マンシスを獲ったりカズを獲ったりスタジアムがサッカー専用になったりと追い風が吹いてる気がしたが結局イルハンは期待外れで終わったし補強も中途半端という印象が強い。てっきり日本のチェルシーになるのかと思いきや逆にJ2に降格したりと破産しないだけマシのような状態であった。だから神戸に対する思いが少ないのもしょうがないところではある。

 しかし、だからといって完全な安全パイであるかといえばそうでもなくかつてトムソン監督の時代には磐田のような強豪に勝っておきながら下位に沈む神戸にポロッと負けてしまう傾向があった。当時のカウンターサッカーでは似たもの同士の対戦ではその戦術が生きなかった。当時のスカパーの中継でもこの両チームが似ているということを解説の人が言ってた記憶がある。

 その後神戸はハシェック監督を迎えたがこれが結構結果を残していた。チームとしてもなかなかの戦いを見せるようになったのだが本人にやる気がなかったのだろうか、1年で監督を辞めてしまった。その当時小野監督の無能ぶりに振り回されてたサンフレッチェでは次の監督候補に関する話題が一部のサポーターの間で交わされてたがこの過去にサンフレッチェでプレーしたことのあるハシェックの名前が挙がることがあった。

 正直サンフレッチェの中には神戸には勝てるという感覚がある。実際ナビスコカップは神戸との対戦で2回とも勝てたのが決勝リーグ進出の足掛かりとなった。ただこの「勝てる」という感覚こそが今まで悲惨な結果を招いてることが多い。今シーズンで言えば横浜FC戦とアウェイの鹿島戦だ。どうも今シーズンは強くなったのかと思うと無残に負けたりと1試合1試合に安定感がない。勝ったり負けたり引き分けたりとその比率も均等に分け合ってるような感じだ。得点力だけはあるとことか失点の多いとことかかつてのヴァレリー監督時代と似ている。ただヴァレリー監督が帰国してしまった時本当に残念な気持ちになったことを考えれば実は今は理想的な状況かもしれない。

 でもミシャはメンバーを固定し過ぎてる気もする。そりゃ試合に出る能力がないと出すわけにいかないのは分かるがヴァレリーの時は次々に色んな選手が試合に出てくるという楽しさもあった。いや、まあだからこそ降格争いしてしまったのかもしれないが。順位的に安心できる位置にいるだけやっぱり今のほうが幸せなのかもしれない。

2007年6月21日 (木)

水曜日のナイトゲーム

2007/06/20 サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 広島ビッグアーチ

 どう向き合えばいいんだろう。11という結果に喜べばいいのかホームで勝てなかったことを憂えばいいのだろうか。どうにも対応に困る試合だが目の前で5失点もしてしまった試合を観た後なのでまあ良かったのではという感覚に落ち着いた。得点は取れるような気がする。でも鹿島戦のようにプレゼント・ゴールを3つもやると勝てることはできない。そしてシュートチャンスにきちっと決めることができないとやはり勝てることができない。ある意味そういうどこか抜けきらない要素はこの試合でもあったみたいだ。

 まず失点はセットプレーから。本当にこのチームはセットプレーに弱い。そして自分達のセットプレーはことごとくチャンスになってないのだからどうしようもない。キッカーに関してはウェズレイ、駒野、浩司、柏木と選手は揃ってるはずなんだがそれがちっとも得点に結びついてないというのがフラストレーションを感じる。これはどうしてなんだろう。やはりゴール前でのヘディングに強い選手がいないせいか。盛田のような背の高いディフェンダーがいるのにちっとも生かせてないじゃないか。と言ったらそこで盛田がゴールを決められるんなら最初からFWの時点を取ってたと返されたことがある。確かに、利き脚頭と豪語した男の頭はゴールネットを揺らすためにはできてないようである。

 そして攻撃においては浩司のシュートが入らないというこのところの特徴をいかんなく発揮していた。浩司がゴールすれば勝てると言われてた時期があったのが信じられない気がする。もう浩司の得点は永遠にないのだろうかという気がしてくるのはぼくだけだろうか。選手として絶頂期に位置する年齢になった時肝心のシュートが入らなくなったというのは皮肉だった。

 ゴールはドリブルで仕掛けた駒野が倒されてPKをウェズレイが決めたのだがこのところ見事に駒野サイドでしか攻撃の可能性がない。それなら相手も対策を立てやすいだろうがそれでもチャンスをつくってる駒野はやはりスーパーだ。そしてスーパーと言えばやっぱり下田だった。

 数多くのビッグセーブ。下田がいなければ何点入っていたら分からない。サンフレッチェのゴール・マウスに立ってるのはこの選手以外に考えられないしこの選手以外にサンフのゴールを守れる選手はいない。それだけ絶大なる信頼をこの選手に向けてるのだがどうも日本サッカー界の中では存在が希薄だ。もっと評価されて良さそうだがその地味な存在感もサンフレッチェに似合ってる。

 そんな諸々のことを考えながらやっぱり引き分けは妥当だったんだろうか。でもやっぱり勝ちたかった。もう1点欲しかった。どうして肝心なところで点が入らないのだろうと考えあぐねてる内にもう週末は試合だ。やっぱり水曜開催のある週は忙しいな。J2のころって毎週こんな感じだった。でもこのあわただしさがいい。将来的にJ120チーム必要ということだろうか。

2007年6月19日 (火)

広島の広島化

2003.3.15       サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ 広島ビッグアーチ

 J2に落ちてからの最初のリーグ戦、客足が延びないという予想の下試合会場は広島スタジアムを中心に使うことになってたが開幕戦ということで広島ビッグアーチでの試合となった。そして意外なことにこの試合で12,426人も客が来た。とりあえずはホッとした。一番客が来るだろう開幕戦から客が来ないという事態だけは避けられた。しかしそこはJ2の舞台だということでいままでの開幕戦とはやはり気分が違った。

 この当時の川崎フロンターレはまだ特徴のないチームだった。1J1に昇格するも1年で降格。それも外国人選手をとっかえひっかえするというビジョンのなさ。といってJ2の中では資金力があるからそれなりの選手を揃えまあ昇格争いはするだろうが昇格はできないという何ともファンになろうにもなれないようなチームであった。この永遠にJ2にいそうだが上位に絡むチームとの対戦は当然勝つものと考えてた。

 しかし、22の引き分け。終了間際アウグストに決められてしまった。アウグストは昨シーズンまでJ1鹿島にいた選手。年齢によるパフォーマンス低下により戦力外となった形で川崎に移籍した選手だ。この選手がこの後J2を戦うにおいて脅威となるのだった。それはやはりサンフレッチェはJ2のチーム力なのかと思わされた。だけどプライドはJ1だった。思えばその葛藤に苦しむ1年だった。

 この当時のJ2の目玉はサンフレッチェだったこともありサッカー番組ではJ2情報としてサンフレッチェの名前を出すことが多かった。そしてこの開幕戦も「サンフレッチェ勝てませんでしたねえ」「簡単にはいかないんですよ」というコメントで締めくくられてた。ただその後の試合では10連勝。やはりチーム力として他のJ2のチームと差があったのは歴然としていた。

 ところが1年でJ1復帰を果たすものの予想もしなかったことにこの1年で1度も川崎に勝てなかったのである。そして石崎信弘監督に率いられたこのシーズンを境として川崎はそのチームスタイルを超攻撃的というものに見事に変貌していったのだった。とりわけジュニーニョは大当たりでそれ以後チームの顔となっている。そして外国人選手の外れというものを引かなくなってきた。箕輪、我那覇、中村憲剛といった選手はその後日本代表まで上り詰めたことからも選手が成長しているのが伺えた。若手選手が次々に戦力外になるサンフレッチェとは対照的だった。やはり監督の差だったんだろうか。

 川崎はJ1に上がり石崎監督から関塚隆監督へチームを上手く継承されたという印象がある。一方サンフレッチェは小野監督のチームをペトロビッチ監督は継承せず新しくした。それが良い効果を生んでいるが勝てるという自信がない。それだけ川崎が強くなってしまったからだ。同じJ2で戦いこちらの方が早くJ1に上がったというのにこの違いは何だろう。やはり継続性の違いだろうか。だとしたらサンフレッチェは目先の勝ち負けよりミシャのサッカーをより血肉化しサンフレッチェのサッカーをすることを目指すべきなのだろうか。いや、恐らくそうなのだろう。日本代表でオシム監督が「日本の日本化」と言ってるが広島の広島化が必要なはずだ。だけど勝たないと客は来てくれない。難しい土地柄だ。

2007年6月18日 (月)

渦巻く潮流

2007/06/17 ジェフユナイテッド千葉 vs ヴァンフォーレ甲府 フクダ電子アリーナ

 千葉に住んでるぼくは蘇我には行きやすい。その為ジェフの試合は年に何回か行くのだが今年に入ってこのスタジアムでの試合は全部面白い。ホームチームだけでなくアウェイチームも盛り上がれる何かがある。サンフレッチェもここで試合した時は盛り上がったし甲府も盛り上がってた。まさにホームを飲み込むような勢いを出していた。ジェフにとって試合を進めるに当たって決して有利な状況ではなくなる訳だが試合としては盛り上がる。ぼくのような第3者にとっては理想的な状況になるのだ。

 アウェイ・ゴール裏は正に満員でみんながみんな手を叩いてる。座ってる人も声を出してる。じっくり観戦したいという人はコーナー自由席に座ってるという棲み分けになってた。甲府の選手もそんな声援に押されるかのように積極的に攻撃に守備にと動き回る。そしてジェフも決してそれに負けてはいない。それでも最初にゴールを決めたのは甲府だった。この勢いは甲府の方に部があったようだ。このまま大きな波となって甲府が試合を支配しそうだった。が、ジェフはこれにひるまず突き進んでいったのである。

 点が取れないということで批判の矢面に立ってる巻だがやはりこの選手ヘディングは強い。競り合いの場面では全部勝ってる。足が遅い、足元が上手くないという欠点もあるがあのフィジカルの強さは頼りになる。といって先制点のループシュートはよく決めた。これによってジェフも息を吹き返し再び接戦となったのだ。ジェフに勢いが出てきたが甲府も決して怯んではいない。本当にこの試合がどちらに傾くのか分からなかった。

 巻はこの日2ゴール目を奪い闘志を感じさせた。そして同点にされた後のPKのチャンスでは自らボールに歩み寄ってPKを蹴る。これがゴールバーの上に逸れて行く。横に逸らしたりするのは見たことあるがキーパーの真上に外してしまうPKは初めて見た。やはり上手い選手ではない。そしてこのPKの失敗が甲府に再び息を吹き返したのだった。

 押し寄せる波のぶつかり合い。互いに水しぶきを上げながら激しさを増していく。こんな試合をしてたら応援する方も気持ちがいいだろう。どちらも1点が欲しかったがその1点を取ったのはジェフだった。それでも甲府はサポーターも含めて誰一人怯むことなく突き進んでいた。

 あと一歩足りなかったのだろうか。甲府は試合には負けた。それでも出し切るものは全て出し切った。これだけやれば負けても不満はないだろう。選手を称える気持ちになれる。次はがんばれと声を掛ける気にもなる。そういう試合を観ただけに前日のサンフレッチェの鹿島戦にはなおさら寂しさを覚えたのだった。

 試合後のあのシーンとした空気、居心地が悪かった。選手を非難するのは簡単だろうがそれができなかった。それは選手を突き動かす波を作れなかったゴール裏にも原因があるのではなかろうか。もっとも、人数からして甲府の方が多かったが甲府サポーターを見て考えさせられるものがあった。

2007年6月17日 (日)

鹿島への道②~魂の抜けた試合

2007/06/16 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 カシマスタジアム

 惨敗、51、虐殺。まるでもぬけの殻のような試合を見せられた。戦う気持ちがない、勝つ気がない、闘志がない、全てのふがいない言葉が当てはまるような戦いぶりだった。これは一体どうしたことなのだ。ウェズレイがいないから?いや、そんな単純なことではないだろう。

 正直なところゴール裏のサポーターも元気がなかった。なぜか魂の抜けたような状態だった。いつもより人数が少なかったせいだろうか。でもこれよりも少ないのに盛り上がった試合はある。3週間の中断期間の後だからみんな待ちに待った試合じゃなかったのだろうか。冬眠から覚めたばかり、気の抜けたサイダー、アルコールのないビールのように弛緩した空気が流れていた。それはどこかこの試合は勝って当たり前という過信によるものだったと言っていいだろう。過去にサンフレッチェはこのカシマスタジアムで結構勝っている。だからこのスタジアムに悪いイメージがなかった。そしてこのところの戦績の良さがいつでも点が取れるという安堵感になってしまったみたいだ。

 実際サンフレッチェにはチャンスがあった。完全な得点のタイミングで放たれたシュートはバーに当たったり枠を逸れたり力なく転がってキーパーにキャッチされたりとチャンスをことごとく潰していた。特に浩司のシュートが入らなくなったのはショックだった。もう浩司からは得点を期待できないのか。今シーズン1点も取れてないというのはどういうことなんだ。

 しかし、同点にした場面は寿人、平繁、柏木と美しい攻撃で決めた。その得点の質は鹿島には絶対にできないことだった。だからこそ得点はいつでもできそうだった。それがこの試合でのヌルさに拍車を掛けたのかもしれない。それからはボールに対する執念、勝つという意思、ゴールへの渇望というものがまるで感じられなかった。その内勝てる。そんな空気が漂ってた。それは自信ではなく過信であった。

 ゴール裏はこのような状況になっても野次が飛ぶわけでもなくブーイングが起こるでもなく淡々としていた。選手以上にこの状況に無反応だった。みんながみんな魂が抜けたような状況だった。そしてこのぼくもその状態に大して変わりはない。

 自分なりにこの状況を打破しようとコアサポの中に入り声だしに加わる。声を張り上げる。それでも何か乗り切れない。一体どうしてしまったんだろう。周りが乗り切れないのではなくぼく自身も乗り切れない不思議な感覚だった。まるで湿ったマッチで必死に火を付けようとしているようだった。

 試合後の挨拶では何の反応もなくただ呆然とチッピに視線を落とすサポーターがいた。何が哀しいといってこの敗戦に悔しいという感覚がないということだった。やられてしまったというより勝たせてあげたと言ってもいい試合だ。その証拠に3失点目までは守りのミスのような防げる失点だった。残り2点は完全なカウンター。そして鹿島の選手はあれだけ点差を広げながらも露骨に時間稼ぎをしていた。余裕はなかったんだろう。それだけに勝つチャンスをふいにしてしまったのが勿体ない。ただ悔しいという感覚はない。

 本当にどうしたんだろう。おかしい、何かがおかしい。今シーズンガンバ大阪と磐田に惨敗してるがこの時は本当に打ちのめされた気分だった。それがないというのが深刻だ。ホームではこんな試合して欲しくない。そして関東でもこんな試合あってはならない。勝っても負けてもどうでもいい、そんなことあってはならない。サンフレッチェはぼくが最も血肉騒ぐ存在のはずだから。

2007年6月16日 (土)

鹿島への道

2007/06/16 鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 カシマスタジアム

 天気予報で雨が降らないことを確認する。おおっ、雨は降らないようだ。入梅宣言をしたから怪しかったがこれで安心だ。まあ雨が降ろうが試合には行くということに関しては変わりがない。ただカシマスタジアムの構造上ゴール裏に屋根がないというのが生半可他の席が屋根で覆われてるだけあって辛さを感じるのだった。

 サンフレッチェにとっては長い長い中断期間だった。まるでシーズンオフのようにサンフレッチェの話題がなかった。辛かった。寂しかった。待ちどうしかった。前節などはJリーグはあったものの対戦相手の浦和がA3出場で試合日が延期になったというのが痛かった。この大会に関しては罰ゲームという呼称がある。罰ゲームというのは出場チームにも言えることだがサンフレッチェのように試合日程をずらされるチームにとってもとばっちりである。まあ言っても始まらない話ではあるが。

 とにかくやっとリーグ戦の再開だ。そういえばJリーグの後期日程、こちらもやっとのことで発表された。ぼくはすぐに手帳を取り出しサンフレッチェの試合日をカレンダーに書き込む。日曜日の試合はほぼ行けるだろう。問題は土曜日だ。仕事と重なる可能性が高い。まだ2ヶ月も3ヶ月も先のことまで考え悩んでしまう。そんなのは結局2、3日前にならないと分からないというのに。そして今日も分からない日なのだった。

 鹿島で試合がある日、ぼくは仕事だ。どうやって観に行くんだといったら抜け出すしかない。そんなことできそうもないのに不思議と今までそれで仕事を済ませている。だからまたその不思議なことが起きることを期待してる。というよりももう意識はそういう方向に進んでる。誰かに迷惑を掛けたり仕事を投げてる訳でもないのに自然とそういう流れになっているのはぼくがここまで生きていて世渡りが上手くなったせいだろう。それともここまでサッカーに情熱を捧げるぼくに対してサッカーの神様がぼくを見守っててくれてるのだろうか。だからぼくはサッカーの神様は後期日程も関東の試合は観戦できるように力を添えてくれることを期待してる。そして手帳に日程を書き終えるのだった。

 今回の鹿島の試合、ただのリーグ戦の一戦とは違うのだ。それはこの後ナビスコカップでも対戦がある。同じチームに3回勝つというのはかなり困難なことはJ2を経験したサンフレッチェにとっては分かってることである。しかも1ヶ月の内に3回だから今シーズンの鹿島との対戦は因縁めいたものになりそうだ。とりあえずその最初の対戦である今回は勝っておきたいものだ。そしてナビスコは11分くらいの成績でいいのではなかろうか。リーグ戦で勝ってナビスコは全部勝たなくても駒を進められればいい。ああ、ワクワクしてきた。

 こういう想像を鹿島ではいつもさせられる。いや、決して良い想像ばかりじゃないな。2002年は絶対にこの試合で降格すると思ったし2004年はグダグダな内容になりそうだという予想通りの結果となったし。ただ色々と想像をしてしまうのは事実である。なにせ鹿島は遠いんだから。

2007年6月15日 (金)

人が集まる時

2007/06/13 A3チャンピオンズ・カップ 浦和レッズvs上海申花

 いい迷惑だった。浦和レッズがこの試合に出場するためにサンフレッチェは1試合延期という形になった。しかも日本のクラブとしてこの大会でタイトルを取って帰るのかと思ったら3位だって。4チーム中3位。下から2位。ちょっと情けなさ過ぎる。といってもこの大会にそこまで力を注ぐ訳にもいかないというのも分かる。結局こんな大会出なけりゃよかったんだ。そうすればサンフは正規の日程で浦和とリーグ戦を戦うことができたしぼくは8月の平日の夜スタジアムに行けるかどうかという心配をしなくてすむのだ。全くもって迷惑な話だ。

 しかしそろそろこの大会も限界がきている。元々は日中韓の3国でサッカー・リーグの地位向上、人気向上の為に開かれたのだがその目論見は見事に外れた。どこの国でやっても客は入らない。もっとも盛り上がる可能性があるのは日本だがこう毎回負けてしまうんじゃTV局だって取り上げることができない。といってリーグ戦とACLもあるのだから出場クラブにとっては過酷だ。罰ゲームと言われるのも分からないでもない。

 そこで色々な案はあるみたいだ。A5にして参加国を増やすとか。でもサポーターからしてもこの試合よりもリーグ戦の方がよっぽど重要だ。そしてACLがある現在A3は意味をなさなくなっている。浦和レッズのように日本一の資金力を誇るクラブでも勝てないんだ、他のJリーグのクラブが勝てるわけがない。そろそろチャンピオン・チームの参加というのを止めたらという人もいる。これは悪くない案ではなかろうか。

 そもそもJリーグでチャンピオンになるとその次のシーズンはACLA3にと一気に試合数が増える。JリーグもACL出場クラブへ日程の面などで考慮はなされるようになったのだがあまりそしらを優先されても他のクラブはどうなるのだという気がする。だからせめてA3はリーグ戦の3位のクラブが出て日程もACLと合わせればいいのではないだろうか。そうすればサンフレッチェのようなACLには絶対に縁のないクラブでもアジアでの真剣勝負の場に出れるというチャンスがあるのだ。そういうクラブの方がモチベーションも高い気がする。3試合しかないからリーグ戦への影響もそれ程大きくないという気もする。ヨーロッパだってチャンピオンズ・リーグに出場できないクラブがUEFAカップに出るのだ。それと同じ感覚でできないのだろうか。まあぼくが一人でこういうこと妄想したって世の中は動いてくれないのだが。

 でもJリーグを中心にした日本のサッカーはまだ発展途上という感覚がある。現にJ2なんて数年毎にクラブが増えるしナビスコカップのルールだって変わってる。だからぼくらファンはあれやこれや制度をこう変えるといいと考えるのだがサッカーにはそれが許される土壌がある。声が大きくなれば変わっていく可能性がある。そこが日本のサッカーの面白い点だ。だからこそみんな仲間を作るべきだ。そして一緒に色んなことを考えるべきだ。そしてそうやって考えることで自分自身が変えることができる。そしてぼくはそういう仲間を探してる。サンフレッチェを応援する仲間を探している。サンフレッチェを良くしていける仲間を探してる。大層なことではない。ただ集まるだけど。人が集まれば何かが起こる。現に昔じゃ考えられなかったが関東ではカシマスタジアムへのバスツアーも行われるようになった。まだまだ関東でもサンフレッチェを開拓する余地が残されてるとぼくは考える。

2007年6月13日 (水)

雨の日の鹿島

2004.10.3       鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 カシマサッカースタジアム

 本当にJリーグのある日は雨が多い。土曜と水曜に限って雨が降ってる気がするが決して気のせいじゃなかった。ここまで狙ったように試合日に雨が降られるというのは呪われてる。よりによってこんなに雨が降らなくてもいいのに。

 鹿島まで車で乗り合いで行くことになってたが出掛ける前にリフティングの練習でもしようかと思ったものの外を見たらとてもそんな天気じゃなかった。多少の雨だったら気にならなかったが多少ではなかったのである。そして時計を見たらもう9時だった。どっち道もう出掛けなきゃいけない時間だった。鹿島は遠いのである。同じ関東であるがとてもとても遠い場所なのだ。

 それぞれが待ち合わせ場所に集まり5人乗りあわせで鹿島に向かう。雨は強く降り続ける。こうれはもう嵐だ。嵐の中を車は走る。この天候で潮来の橋を渡る時は本当に地の果てに来たという錯覚がした。海の上に掛かった長い橋の上。そこには波のない海と島と島を結ぶ橋しかない。ここは落ち込んだ時来たら精神衛生上よくない所だ。

 カシマスタジアムの数ある駐車場の一つに入る。ここまで来るのに高い高速料金が掛かる。成田を過ぎると急に料金が跳ね上がるのだ。結局走る車がないものだからそうなるなるのだ。だからこそ乗り合いで来なければ割に合わない。ただ駐車場もしっかりと駐車料金を取る。こんな田舎でという気も起こったが頭数分の缶入りのお茶をくれたので単純にも機嫌が直った。といってもスタジアムじゃ缶の持込禁止されてるからどうすればいいのか困ったのも事実だが。

 そしてカシマスタジアムに乗り込んだ。観戦は当然ゴール裏であるがここの部分だけ屋根がない。嵐のような雨は一向に勢いが衰えず少しでも雨をしのげる最後列に皆集まる。寒い。辛い。改めてこの天候を恨めしく思うのだった。

 試合は上位を狙う鹿島と毎年残留が目的のサンフレッチェの戦い。鹿島の選手はパスがよく通る。しかしこの雨でフィニッシュの精度が落ちたという印象を受けた。一方サンフは盛田、大木の2トップという今にしてみればとても点の取れる見込みのないメンバーだった。いや、今でもこの2人に得点を望むことはできないだろう。その後盛田はDFに転向、大木は愛媛FCに移籍したのだが技術の高さはあった。小野監督はこういう点を取りそうなオーラのない技術のあるFWが好きな傾向がありいつもメンバー発表の段階でガッカリさせられたものだがこの日もその期待に違わずスコアレスドローだった。ガッカリだよと言いたいところだが鹿島相手に妥当な結果と受け止めるべきだろうと釈然としないものを抱いた。

 試合後鹿島はサポーターからブーイングを受けてた。勝てる相手なのに点を入れられなかった苛立ちだ。まあそういう感覚になるのはしょうがないなとぼくらも弱小クラブを自覚してるのだった。そしてまた5人で車に乗って帰る。小野監督の悪口大会。遠征に行くと毎回毎回同じことを繰り返すのだった。

2007年6月10日 (日)

リーグ戦中断の週末を迎え

 2007年シーズン第14節、サンフレッチェは試合がなかった。他のチームがその勝敗により順位を変動させてるというのにサンフレッチェはサッカー番組のハイライトにも出ることもなくまさに蚊帳の外という感じだった。今回は浦和レッズがA3チャンピオンズカップ出場による試合の延期だったが先週の代表戦による中断も合わせると3週間試合がないことになる。そんなのは最初から分かってたことであるが実際にその期間に入ってしまうと長い。長く長く長い。こうやってしょっちゅうリーグ戦が中断してしまうのがJ1だ。J2にいる頃唯一幸せだと感じたのはこの点だった。毎週1回は試合がある。代表戦があろうとなかろうと関係ない。これだけはJ2で良い点だった。代表で選手が抜かれるという配慮があるのだろうが基本的に代表戦あっても試合日が重ならない限りリーグ戦中断しなくてもいいじゃないか。サンフレッチェにも代表選手いるのだが別に2人くらい抜けても試合はできるだろう。

 こういう長い中断期間を迎えて初めてホームの感覚を味わったような気がする。関東では元々サンフレッチェの試合を観れるのは中継だけ、そしてたまに関東のチームとの試合でアウェイ観戦ができるという環境だが遠方の試合でもトレブルのように集まって観戦できる場所がある。試合前には必ず関東サポーターの誰かが店に予約を入れて告知もしてくれる。だから関東では生で観戦できる機会は少ないものの試合が行われてるという感覚がある。だがホームはどうだろう。TVで地上波放送がある訳じゃない、どこかで集まって観れるモニター観戦の場所がある訳じゃない、それ以上にサポーター同士が集まれる環境がある訳じゃない。そういう状態ではホームで試合がある時以外サンフレッチェは存在しないも同然である。だから2週間に1度ビッグアーチで試合をやるという感覚くらい、もしかしたらたまに試合をやるという感覚しかないのではなかろうか。

 結局人気がないというのは広島という地域の特殊性が招いてる面があるというのも否定できない事実である。選手は他のチームが見たら羨ましがられるような人材が揃ってる。監督だってそれなりの実績のある人だ。ユースチームも充実し毎年トップに選手を上げている。チームとしては非常に魅力的であるはずだ。それが受け入れられてないというのはそもそも試合がないからだ。試合がなければ当然話題にもならない。

 2週続けてサンフレッチェの試合のない週末を迎えたのだが広島ではこういう感覚なんだろうと想像することができた。ぼくのようにサッカーの好きな人間でさえ全く名前を聞くことがなければ情熱も持続はしない。それでも何とか続けていられるのは関東ではどこかしら試合をやってて現在進行形なのだという感覚が養える、そしてまとまった仲間がいるということに理由がある。

 とても的を得た分析だろう。でもそのほとんどはホームまで足を運んでるSさんから聞いた話だ。まあ受け売りといったとこだろう。でもこういうことを話せる仲間がいる関東。関東のサポーターは試合以外でも集まったりする環境がある。それこそが熱を絶やさない秘訣だ。でもホームのサポーターだってネットなどで色々と考えているのは分かる。だから今度はネットと試合で配布してるビラとモニター観戦と全部がリンクできるような形を作りたい。そうすればホームのサポーターも参加できるしホームに影響を与えることもできるだろう。これはいいアイディアだ。もっとも全部Sさんの構想なんだが。

2007年6月 9日 (土)

出会いから別れ

 身内の入院がありやっと退院したと思った時一通の訃報が届いた。関東のサンフレッチェ・サポーターの突然の死だった。いや、正直身体は良くないと思ってた。病気で苦労してるんだなという気はしてた。だからこういう形での別れとなってしまったのには驚きはしなかったものの残念であった。

 その亡くなったサポーターは女性だった。2003年頃から彼女の存在に気付いた。というのもその当時関東のサンフレッチェ・ゴール裏なんて数える程しか人がいなかった。しかも女性となると尚更希少である。だから毎回来てる人なんて大体顔を覚えてしまうのだ。池袋で下田のトークショウで見かけた時、下田のファンだというのを知ったのだった。その後関東サポーターの一人としてぼくらと一緒に応援するようになったのである。声を掛けようかなと思ってたけど女の人と話すの苦手でと言うといくらでも話してくださいと応えられたのを今でも覚えてる。

 ぼくは仕事を定時で上がり斎場へ急いだ。何だか電車が遅い。いや、電車はいつもと同じ速度を保ってるんだろうがぼくは自分が到着する時間がとても遅くなるようで絶望感を抱くのだった。もしかしてぼくが着いた頃にはもうみんないないのではなかろうか。それよりももう通夜がお開きになってたらどうしよう。こんなところまで来て何もできずに帰るのかよともしかして来ない方が良かったのかと極まりの悪さを感じていた。

 しかしぼくが着いた時はまだ弔問客を受け入れてて最悪の事態は避けられた。ホッと胸を撫で下ろす。そしてご焼香をする。元気な頃の写真が飾ってあるもののぼくはそれをよく見ることができなかった。果たしてぼくなんかが来て嬉しいんだろうか。ぎこちない仕草でご焼香をする自分が無様だった。ああ、こんなぼくでも気兼ねなく話してくれたんだよな。

 そして2階で休憩するように案内されたので行ってみるとみんないるではないか。いつもの紫のシャツではなく黒の喪服だが。この人達、何のつながりがあるんだろう。そう、ただサンフレッチェが好きというだけで集まってるんだ。そして亡くなった彼女もサンフレッチェが好きというだけでこれだけの弔問客がいる。幸せなことではなかろうか。

 最後に親族が特別にぼくらサポーター仲間にお別れをさせてくれた。男子たる者人前で涙を見せるべきではないという信念の下、ぼくは常に平常の顔だった。しかし再び棺の前に立った時供花の中に下田崇の名前に気付いた時はこらえられなくなりそうだった。サンフレッチェっていい選手がいるなとそんな選手のいるチームに誇りを感じると共にますます応援したくなった。

 でもぼくは彼女が生きてる間何の気の利いたこともしてあげられなかったなという気がした。開幕戦で味の素スタジアムで会った時もすれ違っただけで終わってしまった。あれが彼女に会った最後だったなんて。改めて今ある出会いを大切に、そして一日一日を大切に生きないといけないという気がした。

 帰りに数人で居酒屋に寄った。クラスメイトでも職場仲間でもない何の関係もない人達。サンフレッチェがある為に知り合うことができたし楽しいことも悲しいこともある。しばらく顔を見なかった仲間もいるがそれでもこうやって集まることができる。それこそサンフレッチェがあるから。ぼくらはサンフレッチェと共にありサンフレッチェもぼくらと共にあるのだった。

2007年6月 7日 (木)

谷間の深度

2007/06/06 北京オリンピック2008 2次予選 U-22日本代表 vs U-22マレーシア代表 国立競技場

 またしても位置付けの難しい試合だ。ピッチに立ったのは知らない選手ばかり。それでも何かしら新しい発見があるかと思いきや全くない。いつもこの世代の試合を観ると他にいい選手いないのかと思うが他にいないというのがよく分かった。でもそれなら平繁とか試してほしかったなという気がするが。

 2次予選通過の決まった日本にとっては消化試合。それだけにメンバーを総入れ替えをして新しい戦力を試したのであった。仙台の萬代とか清水の枝村とか一度は見てみたい選手もいた。どうせ2軍の試合とも言えるがだからこそ新しい発見があるとも言える。ただやっぱりそれでも代表であるからそれなりのものは見せて欲しいとは思うのだった。

 確かに全く初めてのメンバーといきなりピッチに立たされたとしたらそのパフォーマンスはどうしてもぎこちなくなる。連携とか連動した動きは期待できない。だったらアピールの為にも個人技を生かせばいい。ただその個人技に関しては尚更物足りないのであった。

 そういえばまだストイコビッチが現役の頃、オールスターサッカーでやたらとストイコビッチが輝いてた。それはやはりいきなり集められたメンバーで連携プレーを期待できない状況では個人技に頼らざるを得ない。この時ストイコビッチの個人技のレベルの高さと日本人選手の物足りなさを感じたものだった。この辺が日本人選手の中でスターが出ない原因ではなかろうか。

 正直マレーシア相手にギリギリ戦ったという印象がある。確かに知らない選手が多かったがそれだけに新しい戦力を期待した。だけどそれはなかった。反町監督にあの選手を使えとかこの選手を出せといった議論にならないのが悲しい。正直前のアテネ世代の方が良く見える。あの世代こそ谷間の世代と言われて一番レベルが低いのではなかったのだろうか。もしかしてその谷は毎回どんどん深くなっているということだろうか。どうにも危機感を抱かずにいられなかった。

2007年6月 6日 (水)

オシムへの疑問

2007/06/05 キリンカップ 日本vsコロンビア 埼玉スタジアム

 この試合にどのようなモチベーションを抱けばいいんだろう。サンフサポのぼくとしては駒野の活躍を逐一見守っていればいいんだろうか。それとも寿人のゴールを期待すればいいんだろうか。そのどちらも今や観戦のモチベーションにはならなかった。それどころか寿人はピッチに姿を現すことがなく尚更冷めてしまった。

 日本代表の試合もかつてと意味合いが変わった。かつては日本が世界の中でどの位置にいるのか全てが手探りだった。とにかく外国だったらどれも意味があったのである。日本にとって外国の国は全てが未知の世界だった。だから国際試合に勝てば偉業を成し遂げたような気分がしたものだ。それが3回のW杯出場が状況を変えてしまった。つまり外国の中でもサッカーの強い国と弱い国というのが分かるようになってしまった。そしてあの国は大した選手いないとかあの国に勝ってもなという感じになってしまった。それが真剣勝負というまらまだしもほとんど親善試合という意味合いしか持たないキリンカップだとどうしてもモチベーションが入り難い。日本代表という名前だけでは駄目なのだった。

 しかしその日本代表という存在自体価値が落ちてしまったというのがある。それは日本で一番上手い選手が選ばれるチームでありながら成績不振のジェフ千葉から6人も選ばれているからだ。かつてジーコが鹿島の選手を偏って選んでたがそれも段々と変わっていった。オシムはかつての所属チームから選手を選んで試合でも使ってる。FWの巻など自分のチームでも得点できないのに代表に出る資格があるのだろうか。普段のリーグ戦でもずば抜けた才能を魅せてるから代表でも見たいと思うのではなかろうか。だったら本来寿人が出場すべきだった。

 FWは水物と言う。だからといってちょっと活躍したらすぐに代表に呼ぶ訳にいかないというのも分かる。だけど3シーズンずっと結果をだし続けてる寿人は安定してるストライカーではないのだろうか。なぜもっと選手の起用法にもっと批判が起きないのだろうか。

 やはりオシムのやることは全て正しいという風潮がある。そもそもへそを曲げて辞めてしまった元も子もないという感覚ではなかろうか。信頼するのはいいが批判すべきは批判すべきだろう。元々オシムはそういう外からの批判に打ち勝って結果を出してきたという触れ込みじゃなかったのだろうか。

 千葉での成功もヨーロッパでのキャリアも理解してるつもりだ。オシムの弟子ともいえるペトロビッチがサンフレッチェで素晴らしいチームを作ってるのも知ってる。だけど今のオシムのやることは全て正しいという風潮、これはどうも健全と言えないと思うのはぼくだけだろうか。

2007年6月 2日 (土)

日本代表の試合

2007/06/01 キリンカップ 日本vsモンテネグロ 静岡エコパスタジアム

 スタンドには空席が目立った。これもしょうがないだろう。こうなることは想像ができた。代表であれば何でもかんでもチケットが売れる時代は過ぎ去ったのである。まあJリーグで特定のチームを応援している人はずっと前からそういう感覚だった。ぼくなど4年前に会社の先輩が代表の親善試合のチケット余らしてるから行かないかと連絡を貰いチケットくれるのかと思ったら額面の値段だと言われた。ぼくがサッカー好きということで飛び付くと思ったみたいだが唖然とした反応をしただけだった。そういう本当のサッカーファンとそうでない人の意識のズレが生じてきてた。

 しかし日本代表といえば唯一地上波で放送できるコンテンツ。それが人気なくなったのは寂しい気はする。せっかくオシム監督が就任し世界で戦えるサッカーを目指してるというのに。でもこの状況何かに似てる。そう、サンフレッチェの状況と一緒なのだ。ペトロビッチ監督になって良いサッカーをしている。毎年降格争いをやるようなチームじゃなくなった。試合は面白い。それなのに客が減ってる。どういうことなんだろう。

 ぼくは両者に通ずるものとして監督の持つ地味さがあると思う。オシムはそのウィットに富む発言によりオシム語録などとメディアは伝えたがいかんせん発言だけじゃ映像にならない。ペトロビッチも分別のある行動を取る監督なだけに記事になるようなことがない。サポーターの間でこういう発言をしたと発信される程度である。結局玄人好みなのである。だから一般の人が入り込めなくなっている。

 その点過去の日本代表監督は注目度が違った。その最大のパフォーマーは何といってもトルシエだった。そもそも本当に監督として有能なのかどうなのか分からない。それでもU23の監督も兼任し若い世代では結果を出していた。その割にはA代表ではちっとも勝てない。勝てなければイライラが募る。本当にこの人で大丈夫かとなる。でも下の世代では結果を出してる。だったら下の世代と入れ替えればいいじゃないか。それとも一度A代表vsU23の試合をやってみればいいといった議論が出てきた。そしてトルシエそのものも興奮して激高するキャラクターや妙に自信を持ったとこや協会と意見の相違で揉め事を起こすといったことで突出していた。これがジーコ、オシムと継がれた中で失われた要素であった。

 ジーコにしてもオシムにしても協会は絶対の信頼を寄せている。特にジーコは試合がつまらなくなることが多かったがそれなりの成績は残した。そしてかつて名選手だったこともあって知名度はあった。ただメンバーの固定や海外組重視という姿勢に批判があったもののそれ程ストレスもなく日本代表の仕事をできたのではなかろうか。それでもジーコには批判する要素があったもののオシムはどうだろう。これこそ日本が待ち望んだ理想的な指導者であったはずだ。日本のサッカーを日本化すると言ったがその意図も共感できる。選手からもオシムは良い監督だと評判でJリーグとも協力的である。一言で言えば優等生。どこにも非がないのである。この叩いても埃が出ない、もしくは埃が出ても言ってはいけないような雰囲気を持つオシムという監督は非常に記事になり難い。サッカーファンなら選手の起用法を含めて色々と興味のある話があるのだが一般の人に受け入れられるキャラクターではないのである。それが代表の急速な人気低下であろう。

 まあそもそも平日の夜に静岡スタジアムに人が集まるかといったら物理的に無理なのは確かなことであんな場所で同じ条件で試合をやるのならどんな競技だって満員にはできないだろう。平日にやるのなら都内にある国立競技場でやって欲しかった。それとも一日ずらして土曜日にするとか。そういう単純な発想もできなかったのではと勘ぐるような今回の日程、それが一番悲しかった。まあ日程の問題は色々な要素が絡み合うからそれだけじゃないのだろうが今後客を呼ぶ為に代表の試合も工夫をしないといけないということだろう。

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サンフレッチェの魂~リンク集

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    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

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