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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2007年5月31日 (木)

前田俊介の思い出

2005.4.13       東京ヴェルディvsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 2005年、サンフレッチェにしては異例なまでに補強をし、J2得点王の佐藤寿人、柏から茂原、外国人枠でガウボン、ジニーニョという新戦力を入れた。その割には第5節まで勝ちがなく41敗といういつものような降格争いをしそうな雰囲気だった。そろそろ勝ちが欲しいと思ってたところに味の素スタジアムでの試合だった。平日の夜、集まったサポーターはスーツ姿が多かった。普段レプリカの姿を見ることが多いそれらサポーターの見慣れない格好に何だかおかしくなってしまった。ただほとんどの人は鞄にレプリカを忍ばしておりスタジアムに着くなり着替えたのだが。

 この試合、平日ということで当然客が少なかった。3267人、それ以前のヴェルディの最低入場者数を更新してしまった。ちなみにその前の最低入場者数も2001年の6826人で対戦相手はサンフレッチェであった。ヴェルディはサンフレッチェによって不名誉な記録を次々に更新するのだった。そしてヴェルディにとって不名誉な記録は試合結果となってまた一つ増えたことになった。

 14。まさかこんな形で勝てるとは。前半にガウボンがシュートを外した場面は考えられないと頭を抱えてしまったが前半で1点先制した後のハーフタイムでは今日は勝てるのではという雰囲気が漂ってた。そしてその先制点を決めたのが前田俊介だったのだ。

 開幕から勝てない状況に何とか現状打破をしてくれる魔法のような効果を期待した。だがそんなことができるのなら最初からやってる訳でサポーターがこの選手使えあの選手使えと言ってるのはせいぜい空論でしかない。それでも前田俊介がスタメンで出るという情報に妙な期待をしたのだがその期待が見事に実現されてしまった。自ら決めた先制点を始めとしてFKからカズへのアシストを決めてる。この試合のMVPは明らかに前田俊介だった。得点力不足のチームにあって前田という素晴らしい素材を持ってたということにウキウキしてしまった。

 その記憶があるだけに前田がベンチにも入れずくすぶってるというのが納得いかなかった。あれだけの選手なのに何が悪いんだろう。出場した試合は結果も出してる。悲しいのはチームがまるで点が取れない時期にも出場できなかったということだ。上野が試合に出て前田が出れないってどういうことだと不満は募るばかり、その不満は小野監督に向けられたがミシャになってからも試合に出れないというのは何らかの問題があるのだろうと諦めに入ってた。だから大分へのレンタル移籍には肯定的なイメージもある。多分試合にも出れるだろう。そこで試合経験を積んで日本を代表するストライカーになって欲しい。そうなったらもう広島には帰ってこないかもしれないけどそれはそれで仕方ない気がする。あの水曜の夜に観た前田俊介をもう一度観たい。それはチームが変わってもだがそう思わせる数少ない選手であるのは間違いない。大分でどんな活躍をするのだろう。

2007年5月30日 (水)

前田俊介の移籍

 前田俊介大分にレンタル移籍。ぼくは今の試合に出られない状況ならあり得るとは思ったものの同じJ1のクラブへの移籍だとは思わなかった。正直嫌だ。ただ大分とはすでに1回対戦してるしナビスコカップも敗退しているので後1回しか対戦が残されてないというのは幸いだ。活躍した試合での印象が強いだけに敵にはしたくない存在だ。できることならJ2へレンタルして欲しかった。

 しかしどうしてここまで試合に使われないんだろう。絶対に実力はあるはずだ。ミシャも使わないということは何か問題があるんだろう。そういうことでサポーターの中でもある種の諦めがあった。とはいえこのまま試合に出ないでいるにはあまりにも勿体ない存在。どこか引っかかった気分がしていた。だからレンタル移籍には賛成なもののどこか手放しで喜べないという状態だ。

 元々この前田俊介、小野監督がユースの頃からトップの試合に出した程の逸材である。といってもこの当時の小野監督の起用法には疑問があった。ユースの前田を使うことにより当然トップの選手は出場枠が1つ減る訳だ。これでモチベーションを落とすなという方が無理だ。そして実際にトップに上げたら大して試合に使わない。こんなことをしているから次々とサンフの若手は才能を開花させることができずにチームを去っていったんだろう。そんな人を4年目も契約を結んでしまったクラブもクラブである。まあある意味小野が監督として無能だったことがペトロビッチという監督が来てくれることにつながったのだろうが代償も大きかった。高橋泰や茂木弘人なんかは勿体ない素材を潰したという気がする。そして前田俊介も潰されるのかと思ってたところだった。

 それまで見向きもされなかった青山と柏木を試合に使い見事に戦力としてしまったミシャ。きっと前田もそこまでのレベルに持っていくものと思っていたら小野監督の時と扱いが同じだった。やはりボールを追わないとかもっとボールへの執着心が欲しいといったことがあるのだろう。こういうところで前田は元々才能に恵まれた選手だったと想像できる。

 人間には天才型と努力型がいる。天才型は当然のことながら持って生まれた才能がある。努力型には才能がない分努力しなきゃいけない。ぼくが昔予備校に通ってる時本当に成績の良い友達がいたのだが彼は勉強をしてたものの分からない問題でも勘で解けるという才能を持ってた。一方ぼくはそんな器用な感覚はなく一々調べて覚えないと駄目だった。だけど最終的にその天才型の彼は自分の志望校に入れなかったことで大学を諦めてしまったみたいだ。ぼくは志望校に入れたもののその彼よりランクの落ちる大学だった。恐らくもっと下のランクのとこしか入れなくてもぼくは行っただろう。ぼくは才能がない分元のハードルが低かったのである。どうも天才型の人間には元の才能があるが為にアッサリと諦めてしまう傾向がある気がする。

 同じ時期上野優作が栃木SCに完全移籍した。この移籍は想像はできたが上野はJFLへの移籍にプライドを感じてないという気がする。というのも上野が努力型の選手という気がするからだ。まあ年齢的にもそういう時期なのだろうが。

 果たして前田はシャムスカの下でどうなるのだろうか。上野と共にその後の経過が気になる存在だ。

2007年5月28日 (月)

鹿島への道

 ちょっとした用がありMさんの家の近くに行く。電話をしたら駆けつけてくれてマクドナルドに行った。手には2枚のDVDがあった。甲府戦と名古屋戦の試合だ。特に甲府戦はまだ観てなかったのでありがたくいただくことにした。

 ここのところ予想に反してチームが調子がいいので会話も明るくなる。清水戦は最初膠着状態、というかサンフはちっともボールが取れなかったこと、先制された時にはもう駄目だと思ったこと、まさか戸田がシュート打つと思わなかったこと、柏木がやっと点を取ったということを中継を観たMさんに聞いた。ぼくは柏木に関しては千葉戦でも同じように内にスワーブの掛かったシュートを放ったもののバーに当たったと教えてやった。そして話は鹿島戦のことへ移った。次節が浦和のA3出場の為休みとなる。その振り替えが81日の水曜という平日に開催されるのは運が悪かった。まあどうせ日程を組む際にどのチームをこの日に割り当てようかと議論になった時広島だったら人気がないから影響はないだろうといって決められたような気がする。被害妄想だろうか。いや、案外当たってるような気もする。

 いずれにしてもそういう事情で1週間休んで鹿島戦というスケジュールだ。そしてこの試合は鹿島スタジアムなのでぼくらが観戦できる試合である。Mさんはどうやって行こうかと切り出した。

 ぼくもどうやって行こうか色々と考えているのだがそもそも仕事との折り合いで行けるかどうかまだ分からない。行けたとしても近場に住む仲間が行けるかどうかで車で乗り合いで行けるかどうかが決まってくる。バスツアーもあるのだが千葉に住んでるぼくとしては一旦東京に行くというのは実に無駄なことに思えてそれだったらまだ電車で行った方が良いと考えてしまう。いずれにしても鹿島は同じ関東とは思えない程行くのに困難な場所だ。今更ながらよくこんな所に4万人収容のスタジアムを造ったものだ。といっても日本では数少ないサッカー専用スタジアム、贅沢は言えないのである。

 結局のことろ近場の仲間と連絡を取り合いどういう交通手段を使うか相談することにした。理想は車で乗り合いで交通費の割り勘である。交通費は安ければ安い程いい。そういった意味でも近場に応援仲間がいるというのは便利だしそういう人を集めるというのは意義のあることだ。だからできることならホームのサポーターもホームで駐車場がないのなら近場同士乗り合いで来るとかして1台でも多く駐車場を確保できるようにするとか協力してくれればいいのにと思うがそれは現地にいないぼくが考える勝手な妄想なのだろう。

 しかし鹿島は遠い。これまでも何度か乗り合いで行ったことはあるのだが一人で行くのはちょっと辛い場所である。風景からして地の果てに来たというイメージがありかなりの決意がないと来れない場所だ。だからこそ多少金が掛かってもバスツアーに参加するというのは意味がなくもないのだがどうしても交通費というのは一番減らしたい要素である。だから試合日までに様々な可能性を探る。といっても結局は自分が行けるかどうかに掛かってるのだった。ああ、鹿島は厄介な存在だ。

2007年5月27日 (日)

まどろみに漂う

2007/05/26 サンフレッチェ広島vs清水エスパルス 広島ビッグアーチ

 最近のサンフときたら勝ったり負けたり引き分けたりと本当に中位まっしぐらの試合結果を残してる。しかもどちらかというと期待した試合に限って結果が伴わない傾向がある。だからナビスコカップを含めて2連勝中だから次は負ける番だという気分だった。そのせいか中継も何も観なかった。もっともぼくが中継を観るなんて下北沢のサッカーカフェ・トレブルに行くかMさんの家に行くかのどちらかだ。ただその時ぼくは千葉にいてどちらに行くにしても遠い気がした。

 その代わりとしてぼくはフクダ電子アリーナに行ってジェフvsガンバ大阪の試合を観た。すでに試合は始まっていてジェフが1点先制してた。もうちょっと早く来たかったものの土曜の夜に限って仕事がなかなか終わらない。どこか見えないとこにぼくの楽しみを邪魔する魔物でもいるんじゃないかと思ってしまう。

 まあハーフタイムになると他会場の試合結果を放送するだろうと思いきややらなかった。最近Jリーグのハーフタイムはプレゼント抽選やスポンサー紹介、ハーフタイム・ショーをやったりして結構忙しい。そもそもわざわざフクアリまで来たのはどうせ家にいてもパソコンをいじくって試合経過を追ってるんだからまだ他の試合でも観てた方がいいと考えたからだ。そしてハーフタイムにサンフレッチェの試合結果が見れるというのもあった。まあそんなにきになるのなら携帯サイトでも観ればいいのは分かってる。自慢じゃないがぼくは未だに携帯の使い方がよく分かってないのだった。

 それでも自分が観に来た試合がなかなか白熱していて激しい身体の当たりなどが見ごたえあった。そしてそんなファールギリギリのプレーにも審判は的確な判断でゲームを進めた。ちょっと前のJリーグならみんな笛を吹いて試合を止めてとてもイラついたものだ。何だかんだでJリーグも進化してるというのはぼくの思い込みだろうか。

 試合が終わってからというものぼくは急いで帰路に立った。といってもみんな一斉に帰るので気持ちだけが焦ってるようなものだった。それでも何とか家にたどり着くとネットでサンフレッチェの結果を確認する。おっ、勝ってるじゃないか。しかも戸田、柏木のゴールって今までずっと言われ続けた2トップ以外の得点が生まれている。ウェズレイが出場停止のこの試合、多くの人は広島の勝利はないと考えただろう。それだけにこの勝利はチームを波に乗せるのに大きかった。

 我慢して『スーパーサッカー』まで起きる。ナビスコカップ決勝トーナメント進出の映像もちょっとあってしかも今節が土日分散開催の為今日の各試合のハイライトが長めだった。戸田のシュートも柏木のシュートも気持ちが良かった。

 しかしぼくにとって『スーパーサッカー』の時間は遅過ぎる。もうサンフレッチェの試合を観たら目が潰れてしまった。正直サンフレッチェの試合もかなり意識が朦朧とした状態で観てた。子供のようだが日々の習慣だからどうしようもない。まあいい、明日録画した映像を起きてから観ることにしよう。でもこんなハイライトの映像ばかりみるのももどかしいな。やっぱりスカパー入ろうかなと毎週土曜の夜は考えるのだった。

2007年5月26日 (土)

因縁の対決

 2001年は清水戦で残留を決めた。2002年は清水が手を抜いて降格ライバルに勝ち点を奪われ降格した。この2年で清水というチームが大きくインパクトを持つようになった。

 清水というのはホームでは強いもののアウェイではそれ程の強さがない。実際サンフレッチェも日本平ではまだ勝ったことがない。だから今回はチャンスといえばチャンスだ。ビッグアーチだから相手もそれ程でもないとも考えられる。が、ここがサンフレッチェの困ったとこなんだが最近はホームで勝てないのだ。ホームで勝てないがアウェイで勝ち点を稼ぐ、こういうクラブも珍しい。

 それはいいとして今でも印象に残ってるのは2001年2ndステージ13節の清水戦だ。ヴァレリー監督の攻撃サッカーは魅力的だが失点の多さから降格争いを演じてしまった。ただし2ndステージに入ってからオレグ・パニシンというディフェンダーが入ったことによりDFが安定。その結果勝てるようになったのである。そしてこの清水戦は勝てば残留決定という試合だった。そこで先制点を入れたのもオレグだった。

 その後半もう1点欲しいとこで久保がセンターライン付近からロングシュートを放ったのである。ぼくは最初トラップミスをしたように見えた。左にボールを移動させ必死にボールを失うまいとしてるのかと思ったらシュートを打った。一説によるとヴァレリー監督はこの時「またこんなとこからシュート打ってから」と思ったらしい。しかしこれがゴールに入ったのである。40mシュート。久保が日本一のストライカーであると確信した瞬間だった。今だったらサッカー専門番組で何回も映像を流すだろう。ぼくはFW不足の日本で誰が代表のFWにふさわしいかという議論をインターネットでやってる時、真っ先に久保竜彦の名前を挙げこの40mシュートのことを書いた。そしたらその反応は1回決めただけというものだった。例えばジダンなんかはいつも凄いプレーをしていると応えられたがジダンだって40mシュートなんか決めたことなんかないだろうに。それだけサンフレッチェという存在が地味で目立たないものだったのだ。

 2001年はそれで残留することができた。しかし2002年は最後の最後までもつれてしまって最終節に委ねられた。結果的にサンフレッチェは札幌に負けたのでどう転んでも降格には変わりなかったが同時刻に行われた降格ライバルの神戸vs清水と柏vsG大阪の試合は酷かった。残留を守ろうと必死の神戸と柏に対してまるでやる気のない清水とG大阪だった。清水はルーズボールを拾いに行かないしアレックスなど走れば間に合うようなボールを簡単に諦めてタッチラインを割って相手ボールにしてしまった。ガンバなどはちっともシュートを打つ気がなくこの試合が勝っても負けてもどうでもいいというのが見え見えだった。これはぼくだけじゃなく中立な目を持ったサンフサポじゃない人からも聞いたので間違いはない。そしてサンフレッチェは降格をしその返り討ちをしたくても清水と試合をすることはできなくなってしまった。この時は札幌より、神戸より、柏よりもこの両チームに憤りを感じたものだ。確かにどっちにしろ降格しただろう。それにしたってまともに戦ってくれたらまだ納得もいったがあれは酷かった。だからぼくはこの2チームの時の対戦は異様に対抗心を燃やすのだった。

 ただ選手はどうだろう。当時清水に在籍した戸田がいる訳だし当時の選手なんて4人くらいしかいない。サポーターにしても降格してから応援するようになったという人が結構多い。だかとしたらこんな記憶を持ってるのはごく限られたサポーターだけになる。だからぼくも過去のことを伝えよう。といってぼくもその2年くらい前のことは何も知らないのだった。

2007年5月24日 (木)

初めての予選突破

2007/05/23 ナビスコカップ予選リーグ サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

 ああ、ああ、ああ、勝った。ナビスコで決勝リーグ進出決めたのだ。毎年毎年毎年毎年この大会は縁がなかったのでたかだか決勝リーグ進出を決めただけなのに興奮してる。しかしこのクラブ史上初めての予選リーグ突破を決める試合に中継も何もないので緊張しまくった。ネットで1点入ったことが分かるとその後は時間が過ぎるのをただただ祈った。そういうのはぼくだけではないようだ。仕事中のサポーター仲間もパソコンを前に仕事どころじゃなくなってるだろう。試合が観れないとはいえ仕事中でないだけぼくは幸せなのかもしれなかった。

 これでサンフレッチェの試合が2試合増えた。相手は鹿島。関東のチームだ。ということはぼくにも観戦の可能性のある試合が1試合増えたということである。単純にそれだけでも嬉しい。しかもそのまま勝ち進めば関東のチームと当たる可能性が高い。何て素晴らしいんだ。まあこれこそがJリーグが戦力的に関東に偏ってるといえ、それだけにその中で決勝トーナメントに進出したサンフレッチェは貴重な存在ともいえる。

 正直なとこ、ぼくはナビスコについては諦めていた。どうせ縁のない大会だと。だからもっと若手を大胆に起用して欲しいと思っていた。ある意味ミシャはそういう意図も含めてバランスのいい起用をしたと思う。平繁が出場したガンバ戦で勝ったのが大きかった。運もあっただろうがこの辺がリーグ戦のメンバーをそのまま使って見事に負けてしまった小野前監督と違うとこだ。

 ここまで来たら決勝、そして優勝を目指して欲しい。タイトルが欲しい。クラブの歴史の中でタイトルがないというのは寂しい限りだ。ナビスコカップがV-pointかビッグアーチで飾ってあったらどんなに誇らしい気分になれるだろうか。確かにそれだけを見に広島まで行くことはないので実際に目にするまで何年掛かるか分からないが。といっても決勝は国立競技場だからそれこそぼくは生観戦できる場所にいるのである。そしてニューヒーロー賞は佐藤寿人が受賞。いや、妄想が膨らんできた。

 もっと落ち着こう。決勝トーナメントは7月の話。まだ時間はある。ナビスコカップがこんなに楽しい大会だとは思わなかった。これこそが当事者と部外者の違いである。

 しかし、翌朝の読売新聞朝刊の扱いは小さかった。まだACLで決勝トーナメント進出を決めた浦和の記事の方が大きかった。ナビスコについては「千葉V3の夢散る」とあり広島という文字は本当に脇役としての扱いだ。そういうのには慣れているがだからこそ旋風を巻き起こしたい気がする。これを機に広島でももっと盛り上がってくれるだろうか。

2007年5月23日 (水)

ナビスコカップ予選リーグ最終戦を前に

 2007年、シーズンが始まる前の予想と比較して上手くいってないと感じてる人は多いのではなかろうか。2006年の終わりには連勝をしたチームはメンバーも現状維持できた。レンタルだった戸田はまあ完全移籍するだろうとは思ったがウェズレイがもう1年契約したことは大きなプラス要因だった。新戦力がユースの2人というのも別に不安はなかった。とりあえず今のままのメンバーが残るのなら旋風を巻き起こすことができると考えた。

 それらの期待はトルコキャンプでヨーロッパのクラブチームと互角の結果を出すことによって確信に変わった。ただこの頃からどうも新しい戦力、つまり青山や柏木のような今まで試合にも出てなかったのにいきなり高いパフォーマンスを発揮できるようになる選手が現れなかった。まずそこから期待外れだった。ミシャが試合であまりメンバー交代をしないのもそのレベルの選手がいないことを物語ってた。

 しかし開幕戦で大勝をしたためそんなことは考えなかったもののその後思うように勝てなくなり選手層の薄さはどうしても目に付いた。そもそも途中出場でさえも出てくる選手がいないというのは手詰まり感があった。やっぱり青山と柏木が別格だったのだろうか。試合もその選手層の薄さがそのまま試合結果となるように勝ったり負けたり引き分けたりと中途半端な成績になっている。こんなはずじゃなかったのに。そういうのが昨シーズンからサンフレッチェを観てるサポーターの本音ではないだろうか。

 モダンディフェンスと呼ばれたDFは本職のディフェンダーがいないものの失点を抑えていた。それが今シーズンは失点を重ねている。攻撃においてもウェズレイと寿人しか得点できない。シュートの意識が低い。それでいて全く駄目かというとそうでもなくいい試合をしている。そしていい試合をした時に限って勝てなかったりしている。本当にチームはさ迷ってる。

 とはいえ今のサッカーを続けて欲しいとは思う。面白いチームになってきている。魅力はある。それなのにホームで客が入らないというのはサッカーの質よりも勝ち負けという判定基準しか持ち合わせてないからだろう。だけど結果が出れば多少は注目度は増す。だからある意味ナビスコカップで予選リーグを突破するというのはクラブにとって大変な分岐点になるのではなかろうか。

 ナビスコの予選リーグ最終戦。毎年この試合は消化試合となってたサンフレッチェにとって初めてのプレッシャーの掛かる戦いになった。嫌がおうにも気になる。だけどTVじゃやってない。ラジオでも情報がない。ネットで調べるだけだ。はあ、せっかくの舞台もこういう扱いなんだな。ナビスコなんてどうでも良かったがそれは今まで縁がなかった大会だったからだ。今回のように勝てば決勝トーナメント進出となると話は別だ。広島ではこの試合どういう扱いなんだろうか。いや、何か記事にもなってないようで知るのが恐いんだが。

2007年5月22日 (火)

一日遅れの祝勝会

2007/05/20 東京ヴェルディ1969 vs 湘南ベルマーレ 国立競技場

 スタジアムに遅れてたどり着いたぼくはスタンドで友人を見つけて合流できた。ヴェルディは退場者が出てるがそれでも湘南にとってはこれで調度いいくらいだと言ってた。確かに言われないと湘南の数的優位はちっとも感じられない。そう思ってたらアッサリとヴェルディが点を入れてしまった。とても順当な結果である。

 しかしこの試合に来てるはずの薬剤師先生は見つけることができなかった。まあいい、どうせこの後昨日の祝勝会で会うんだから。と夕方には先生とHさんと集まり千葉戦の一日遅れの祝勝会を開いたのだった。

 当選のことながら最初は昨日の勝利について余韻に浸った。ウェズレイはやっぱり凄いだとか高柳はあそこでシュート打てよなとか下田は本来の下田でスーパーだったとか公太は水野の切り返しに尻餅付いてしまったとか。そういう試合の話をしている内にいつしかホームの話題になっていった。

 ホームには当然ほとんど行けないぼくらだがたまに行くと色々な点で気付くことがある。それはサンフレッチェを当たり前に観れる環境にないから尚更観察してしまうからだ。そして最近の観客動員の現象については3人とも憂慮していた。

 「この前のゴールデン・ウィーク、13千人というのは寂しかったな」

 Hさんが切り出した。この試合はぼくと先生が行った試合だった。

 「そうですね、でも正直13千人でも結構パニックになってるんですよ。駐車場へのシャトルバスは長蛇の列だし駐車場から出るのも時間が掛かるし。公共交通機関といったってアストラムラインじゃ輸送力に限界があるでしょ」

 「そういや横川駅からもバス出てるんじゃなかったっけ」

 「いや、それにしてもバスに乗るメリットがないとどうにもならないでしょ。例えば家族4人でバスに乗ってくるんだったら車の方が絶対に安いんだし。それだったら回数券みたいなの作って集団だったらある程度安くなるようにしないと使わないでしょ」

 そこで先生が口を切った。

 「そうだね、でもそもそもあの周りベッドタウンとしてどんどん人が増えてるんだからそういう人を巻き込まないと駄目だよ。無料券配ってでもさ、あの辺の人が通ってくれれば自転車や徒歩でこれる訳じゃない。広島の本通りでティッシュ配ったりしたみたいだけど呼び込む対象を間違ってるよ。川崎なんてさ、家族連れが多いっていうじゃない。ああいうの参考にしないと駄目だよ」

 「そうですね。ティッシュ配るんだったらアストラムラインの駅で通勤帰りの客とかに配った方がいいですよね。そういえば川崎なんかは今客が入ってるけど昔は小中学生にフロンターレの旗を持ってきたら100円で入場という企画やってたんですよ。そうやって地道に増やしていったんですよね。観客を増やすというのはそういう地道な作業で時間が掛かるんですよ。だからとりあえずサンフレッチェには適正人数というビジョンがない気がするんですよ。一体何人来るのが適正なのか。それによって駐車場の確保も違うし誘導員の数も変わってくる。今の体制じゃ5万人のキャパシティがあっても2万人でさえさばききれないような気がするんですよ」

 「そういや関東でもサポーター・カンファレンスやって欲しいよね。広島じゃ定員割ったんでしょ。関東でやったら絶対に50人は集まるよ」

 確かにそうである。ぼくらがここで話してる内容も決して無視できないような内容だと思う。でも試合にも行けないぼくらがこんなこと話し合ってるというのは奇妙なことだ。でもそれはしょうがない。サンフレッチェの試合があったらまず結果を気にするがその後に必ず観客動員数を調べる。そしてガッカリすることの方が多い。このままではマズイと思ってる。それは多くの関東のサポーターがそう思ってるはずだ。是非関東でもサポーター・カンファレンスを開いて欲しいものだ。

2007年5月20日 (日)

フクダ電子アリーナへ②

2007/05/19 ジェフ・ユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 改札を出ると黄色い下田ユニを着たはみさんが数人と立ってるのが見えた。ぼくは片手を挙げ来たことをアピールした。もっともその時にはすでに紫のレプリカを着ていたので遠目からでもすぐに分かったはずだ。こうやって敵地へサンフレッチェのレプリカを着て行くのは本当に目立つ。前はさすがに気が引けたものだが今はぼくはサンフレッチェのサポーターであることをアピールしようと堂々とやってる。でもさすがに家の近所のようにスタジアムと全然関係ないようなとこで着ているとどこのユニフォームなんだ?というような目で見られふと我に返った時はバツの悪さを感じるのだった。

 駅前集合企画としてはみさんが中心に最寄り駅から集まってスタジアムに行くことにしてる。これはまだサンフレッチェを応援する知り合いのいない人にコミュニケーションの場を与えるのが狙いだがここのところ集まりが悪い。それも紫熊倶楽部のBBSが閉鎖してしまった関係で告知手段が限られてしまったからだ。といってもまるで意味がない訳ではない。実際この日も初めて話すことができた人がいた。結局スタジアムでもその人と一緒に観戦することになるのだった。

 蘇我駅というのは周りを見渡せば工場と街と民家が混在する所だ。だから千葉から2つ目の駅で都会のようでありながら工業地帯のようでもあり立地的に便利なことから住んでる人も多い。電車も内房線、外房線が通り千葉から来る場合も本数が結構ある。しかも京葉線で東京から1本で来れるという手軽さ。ジェフの観客動員が増えたのもここにスタジアムができたからというのはかなり大きい要素だった。

 しかし、その割には増えてないというのも正直なとこだ。完全な工業地帯と言っていい五井駅からバスに乗って行ってた市原臨海競技場でさえ6千人くらい来てたのにこれだけの立地条件でスタジアムが満員になるというのはあまりない。まあそれはサンフレッチェが相手だから尚更客が少ないのかもしれないが。

 とはいえ駅で立ってるとその行き交う人は結構ジェフのグッズを付けている。やはり以前より感心を持ってる人は増えてるのだろう。そういう雰囲気は感じられる。そして殺伐間がない。ジェフのサポーターは感じのいい人が多いというのがサンフレッチェ・サポーターからの視点だ。あくまでも外から見た感覚ではあるが。

 電車が来る度に押し寄せる改札の人並みを見つめそろそろ行こうかと促した。結局このとき集まったのは10人程度。その10人はスタジアムに歩き出したのである。

 スタジアムまでは一直線。歩道橋を渡り真直ぐ歩く。アウェイなのでスタジアムをグルッと反対まで廻らないといけない。そして裏に廻ると人はまばらになり空いた空間でサンフのサポーターがビッグフラッグを広げてた。試合への準備は着々と進んでるようだった。

 ぼくはどこで観戦しようか迷った挙句一緒に来ている友人が家族連れなので2階に上がることにした。1階の方がコアサポとの一体感はある。でも2階からも1階が目に入るのでそれ程の隔離感はない。しかも2階のほうが試合はよく見えるのだ。ただ後々この時2階席を選んだということが正解だったことになる。雷を含む大雨が降ったのだ。その結果1階席の客は途端に人数が減った。屋根はあるものの1階は構造的に雨に当たるようになるので2階に非難する人が多く見受けられた。ぼくらも余裕を持った座り方をしてたが席を詰めてやったのだった。

 それまでサンフレッチェは応援を含めていい雰囲気だった。まさにチーム一丸という感じだったのだがこの雷雨のために急にサポーターの声が小さくなった。そのせいか前半は怒涛のように攻めてたのに後半は元気がなくなったように見えた。事実前半の内に3点も取ったのに後半はまるで点が入らず失点までしてしまった。せっかくチャンスになってもシュートが入らない。なぜかシュートを打つ前に迷う。ぼくらが「打て!」と叫んでから打つ。正直その時ではもう遅いのだ。2トップ以外に得点がないというのはこの迷いが大きな要素となってるのだろう。

 それでもこの日カズは激しいディフェンスをしていた。下田も何回スーパーセーブをしたか分からない。ウェズレイはこれは決められるだろうというとこでキッチリと決めハットトリック。寿人の献身的な動き。駒野の切り込み。何て魅力的なんだろう。その反対にまたしても2トップ以外での得点がなかったこと。寿人のヒールパスは見方にことごとく反応してもらえなかったこと、服部は水野にやられてたこと、もっと点が取れるチャンスがあったのに取れなかったこと、決定的なシュートを打たれ過ぎてること、マイナス要因もはっきりと伺える。まさに今日の天候と一緒。晴天と雷雨。そんな表裏一体の試合だった。だから1-3という野放しで喜んでいい結果もどこか奥歯にものが挟まってる感覚があったのも事実。でもまあいいか。関東で勝ったんだから。自分が観た試合で勝ったんだから。そういや前は関東では必ず負けてたんだよな。関東の方が勝率がいいなんてどうしてこうなったんだろう。でも一つは関東でサポーターが集まるようになったのも影響はしてるだろう。昔は誰も応援してないような状況だった。そして関東でサポーターが集まるようになって選手も関東のサポーターという意識を持ってくれるようになった。応援も試合に影響するんだな。改めてサッカーはメンタルなスポーツなんだな。

フクダ電子アリーナへ

2007/05/19 ジェフ・ユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 空色が悪い。家を出る前感じたことだ。元々天気予報だって良くなかった訳だからこの天気も想像はできたとはいえ雨は降って欲しくなかった。もっとも雨が降ったとはいえ大した影響はない。何せフクダ電子アリーナには屋根が付いているのだから。

 そんなことよりもぼくは午前中の仕事を終えて無事にスタジアムにたどり着くことができるのかどうか、そっちの方が心配だ。こういう日に限って横浜で仕事がある。どうせなら日産スタジアムで試合があれば近くていいのに。横浜から蘇我じゃ2時間は見なくてはいけない。それを見込んだ場合一体何時に仕事を終わらせなければいけないのだろうか。

 とはいえそんなこと大して関係ないのであった。試合日に仕事なんて過去にもたくさんあったが鬼神のような速さと要領の良さで仕事を片付ける。まさに土曜日のぼくはスーパーだ。人間、追い込まれるとその能力がすざましいまでに向上するようだ。

 ここまでして試合に行きたいと思うのはぼくが関東に住んでるからだろう。広島から離れた地にいるぼくとしては必然的に生観戦の機会というのは限られてしまう。だからJリーグの日程が発表されたらすぐにカレンダーでチェック。そして全てはそのマーキングした日程に合わせた予定を組むのだった。

 といってもぼくは関東にいるからまだいいのだった。やはり首都圏ということでJ1のチームが多いため観戦可能な試合というのが多くなる。これが関西などではJリーグのクラブはあるもののJ2にいるクラブもありサンフレッチェの試合としてはグッと少なくなる。そして他の地域となるとJリーグのクラブ自体あまりないので観戦の確率はもっと低くなり年に1回、もしくはそれ以下の頻度になってしまう。だから広島にいないとはいえアウェイの地でもっともサンフレッチェを観れる環境にいるのだった。

 とはいえ実際に住んでると広島との距離は感じてしまう。そもそもそんな簡単に広島に行けないというのもあるし。不思議なもので広島にいる時には特に広島を意識することもなかった。それなのに広島を出たら広島で育ったということを痛烈に意識する。そしてその広島人としてのアイデンティティーを出せるのがサンフレッチェの試合。スタジアムで「ヒロシマ」と叫び広島を応援するのだがそんなことができるスポーツチームはサンフレッチェだけだ。他に「ヒロシマ」と応援するスポーツチームがあるだろうか。そう思うとサンフレッチェは広島のシンボルとしては希薄な感じがする。それだけにもっと盛り上げていきたい。その為に同士をもっと増やしたいという意識がある。

 もしかしたらぼくのやってることは滑稽かもしれない。こんなことやって得をする訳じゃない。モテる訳でもない。会社では変な奴だと思われる。自分でも何やってるのか時々分からなくなってくる。でもそんな時思い出すのだ。数年前一人でスタジアムに出掛けサンフレッチェの勝利も敗北も共有できる仲間がいなかったことを。アウェイ・ゴール裏なんて応援してる人がいないのではというくらいに人がいなかった。それを考えると今は幸せ。結局自分の幸せの為にやってるんだ。

 しかし得てしてこういうサンフレッチェの試合のある日に限って仕事でトラブルが起きる。そして土曜だからどこにも連絡がつかないという事態に陥る。その為尚更仕事先では頼みの綱というように頼りにされる。悪循環だ。結局そこまでの事態になったらぼく一人の力ではどうにもならず月曜まで待ってくれと説き伏せるのだ。そして今日はこれ以上やっても仕方ないから切り上げる段取りをする。これこそ普段誰にも言いくるめることができないのにオーラを身にまとって皆を説き伏せることができる。この時のぼくなら宗教団体でも簡単に作れるだろう。

 そうやって仕事を切り上げて駅へ向かう。先に早めの昼食を取ろうと立ち食いそば屋でカレーを食べる。もう早いということこそがこの時は最大の魅力であったのだが土曜日のサービスで半額だったのが嬉しかった。

そして電車に乗り込むのだった。そうなれば後は着くのを待てばいい。落ち着けばいい。ただこういう時は本を読んでも頭には入らず席が空いても座るのがもどかしくなってしまう。結局腕組みをして外を眺めるだけだった。

空模様は幸いにも良くなってきた。午前中雨が降ってきたがもう日も差している。これでスタジアムに行くのに何の支障もなくなってきた。さあ、後は蘇我に着くのを待てばいいだけだ。

 そこまできてやっと試合のことへ頭が回る。果たして勝てるかどうか。浩司、柏木から得点が生まれるだろうか。カズのところから失点しないだろうか。駒野はどれだけマークされるのだろうか。両サイドに質の高い選手を揃えるがそこからも得点できないものなのか。そしてメンバー交代はあるのだろうか。平繁、高柳、出てくるとしたらこの辺だろう。ジェフとはいつも攻守の展開が速い試合になる。それが勝っても負けても同じような試合になるのはこの両チームが似たような特徴を持っているからだ。だから他のチームとの対戦とはちょっと違った試合が観れる。

 それよりもカバンにしまったレプリカユニフォーム。どこで着替えようか。蘇我駅を降りる時には紫でいたいな。だって改札前には仲間が待ってる。その時にぼくが紫のユニフォームを着てないというのはとても納得できないのだ。まあそんなこと気にせずその待ち合わせ場所かスタジアムでゆっくりと着ればいいというのは分かってるつもりだが。

2007年5月17日 (木)

Man in the Mirror

2007516日 北京オリンピック2008 2次予選 U22日本vsU22香港 Hong Kong Stadium(香港)

 日本はすでに2次予選突破を決めている。だから消化試合と言えなくもないが最終予選に向けて少しでも有利な条件にする為には勝ち点を稼いでおきたい。というのは前提であるがそこまで切羽詰った状況ではないのは事実。せいぜい今までアピールできなかった選手にとってのチャンスの場、もしくはチームとして完成度を高めるという意味合いが強い。そのせいか選手たちが実にのびのびとプレーしてるように見える。日本での試合では3点取ったといってもどこかギリギリ勝ったという印象が強かった。やはりプレッシャーがないというのは大きいらしい。

 日本と香港は技術の差が大きい。そんな当たり前のことがこの試合で初めて確認できた。それくらいこのチームは頼りない試合を続けてた。アジア相手に1人も抜けないドリブラー、DFラインからなかなか攻めあがらないボール、余裕のないボール回し、決定力のないシュート、それらの今まで見せていた醜態がこの試合ではない。本田圭介などあれだけ精度のないキックを蹴りまくってたのにこういう時に限って凄いFKを決めた。このゴールは誉めていいのか呆れていいのか分からなかった。いや、今後に向けてどういう試合であるにしても決めるのはいいことなんだろうが。

 もしかしたらあまりにも香港のモチベーションがなかったのかもしれない。それを差し引いてもアマチュアとプロの違いがあった。実力差がちゃんと表れた試合、ホッとしたというのが正直なとこだ。22歳以下とはいえこのカテゴリーで日本で一番上手い選手が出てるはず。もしかして自分の方が上手いんじゃないのかという幻想を抱かせなかっただけでも安心した。でもそういう見られ方ってプロとしてあるべき姿なんだろうか。

 そういえばこの試合プロじゃない選手が一人出てた。青山敏弘の代わりに出た本田という選手だ。ぼくはこのどちらの選手が優れているのか判断はつかない。でも青山に出てもらいたいと思うのは当然のことだ。まあサンフレッチェの中心選手である青山をこの試合で使う意味はないのだがTVの前に座るぼくとしては楽しみが一つ減ってしまった。いや、サンフレッチェのチーム事情からしてこんな試合よりリーグ戦に力を注いでもらった方がいいに決まってるんだが。

 それにしても香港のスタジアムの盛り上がりのなさとは何だろう。香港ではサッカー人気ないんだろうか。そう思ったがスタジアムはサッカー専用なのである。しかも屋根まで付いてて立派に見えた。一方プロリーグができてアジアの中では最も成功している部類に入る日本はどこに行ってもスタジアムに使いもしない陸上トラックが付いている。日本においてサッカーはそこそこ成功してるようでいてどこか地に足が着いてないような気がするのは気のせいではないだろう。やはりサッカー専用のスタジアムの少ない日本ではサッカーを本気で強くしようという気概が見えない。当然サッカー協会もJリーグのクラブもJリーグの選手もサポーターだってがんばってるのは分かってる。だけどそれがそれら限られた人だけになってるということだ。つまりサッカーはサッカーに携わってる人だけに任せればいいというようになってる。結局U22日本代表の心もとない試合内容もそんな日本のサッカー事情を反映してるのではないだろうか。

 中田英寿クラスの選手が現れればグワーっとそれを追いかける風潮になるのだがそういう光の差す部分にしか関わろうとする人がいるのは悲しいことだ。実は敵は内に潜んでいたのかもしれない。つまらない、頼りない、気迫がない、実はそれはぼくらを映した鏡だったみたいだ。サンフレッチェにも同じことが言えるだろう。人気がない、注目されない、相手にされない、ああ、段々言ってて悲しくなってきた。

2007年5月16日 (水)

千葉戦に向けて

千葉戦駅前集合企画

519午後2時半、JR

蘇我駅

西口(改札口が狭そうなのでフクアリ寄りの出口)

 フクダ電子アリーナで千葉戦がある。アウェイだけど関東の人間にとってサンフレッチェを観れる貴重な試合。そこで関東では恒例となってる駅前集合企画が行われる。黄色い下田ユニを着たはみくんが主催するのだが長身なので目立つので是非参加していただきたい。以前であれば紫熊倶楽部の掲示板で宣伝できたのだが今は掲示板の閉鎖で告知方法が限られてしまってなかなか不特定の人にアピールすることができなくなってしまった。今までもこういうことをやっていくことによってお互いの顔を覚えて交流をすることができたので続けていきたい。特に新年度になって最初の試合だから初めて上京してきた人もいる可能性もある。そういう人を取り込んでいけたら願ったりだ。

 関東では他にもフリーペーパーを作る人、試合後の飲み会を企画する人、ゴール裏でのイベントを考え実行する人、色んなことをする人がいるがそれが単発に終わらないというのは凄いことではなかろうか。その中の多くの人はかつては一人で観戦してた人達だ。かつては関東でのサンフレッチェのゴール裏なんて10人くらいしか応援してる人がいないように見えた。それが探してみると10人が20人、20人が30人、40人、50人というようにどんどんと増えていった。そしてそういった人達に話を聞くと結構同じ試合を観てたのである。結局集まれる環境があれば集まってたのだ。そしてかつて一人で観戦してた人達は当時の寂しさをよく知ってるからとても活動的である。

 ぼくもかつては色々と活動をした。スタジアムに行ってこの人この前もいたなという人は声を掛けてみてメールアドレスを聞き一緒に関東でコミュニティーを作ろうと持ちかけた。実ははみくんもそうやってぼくが声を掛けた一人であるが今では毎回駅前集合企画をやってくれてとても頼もしい存在となっている。そしてそういう人を関東ではまだ求めている。いや、別に活動をしなくてもいい。単にサンフレッチェが好きだということを知らせてくれるだけでいい。一緒に観戦してくれるだけでもいい。もっと言えば駅からスタジアムまで一緒に歩いて試合はゴール裏じゃない場所で観るのでも構わない。関東ではサポーターの集まりはあるがグループではないのだ。ただお互いがサンフレッチェを応援してる者同士という仲間になれればいいのだ。

 正直なところかつてはもっと人数が少なかったからほとんどの人の顔も覚えることができた。今はなかなか難しくなってる。それでもまだこういった活動は続けていくつもりだ。これを読まれた方でまだ関東にサンフレッチェ仲間がいない人は是非参加して欲しい。仲間になりましょう。

2007年5月14日 (月)

現実と非現実の狭間で

サッカーくじ:6億円「BIG」、1等出ずまた持ち越し

 最大当選金が史上最高の6億円となったスポーツ振興くじ(サッカーくじ)の「BIG(ビッグ)」は、今回(第277回)も1等当選が出ず、持ち越しとなった。運営する「日本スポーツ振興センター」(東京都新宿区)が13日、発表した。

 繰越金は14億9379万7800円に達した。次回に1等当選が1口か2口だった場合、当選金は上限の6億円となる。ビッグは、Jリーグ(1、2部)の試合結果の勝ち・負け・引き分けをコンピューターがはじき出して発券される。12、13日の14試合が対象の今回は、高額当選金が話題になっていた。

 12日には販売が集中したためシステムに接続障害が起こり、一部のコンビニや特約店で購入できなくなった問題で、同センターは14日午前8時まで販売を停止した。13日にはさらにシステムを増強することになり、14日の販売は午前8時から午後6時までとなった。通常販売は15日午前8時以降となる。【来住哲司】

毎日新聞 2007513日 2114

 会社の休憩中、ぼくの背中越しに会話が聞こえた。年配の偉い人が若手社員に質問してた。

 「サッカーくじって15億も繰越金が出てるのか。これってどうやってやるんだ?」

 「J1J2の全部の試合を予想するんですよ。繰越金の出てるビッグっていうのはその予想を機械がランダムにするので当たりにくいんですよ」

 「J2まで全部か。それは分からないな。それは勝ちと負けでいいのか?」

 「いえ、90分以内の勝ちと90分以内の負けと後は延長戦に入った場合はその他という3通りあるんですよ。ただこれは全部機械が予想しますからね。自分で予想する必要はないんですよ」

 「全部機械がやるのか。いずれにしても早い内に勝っておいた方が良さそうだな」

 別に聞く気もなかったが聞こえてしまうものはしょうがない。その会話にあまりにもサッカーへの知識のなさに暗澹たるものを感じたのだが結局日本の一般人なんてこんなものなんだろう。ぼくはもう延長戦なんかないとか色々と突っ込みたくなるのをこらえた。そう、ぼくは会社では無口な男として通ってる。誰とも喋らないから得体の知れない男として見られてるだろう。お陰で飲み会に誘われることもなくぼくとしては願ったりの状況だ。

 そもそも機械任せの予想だったら全然totoの意味がないだろう。まあ自分で予想したって当たりゃしないのだが機械任せじゃ買った瞬間に紙くずかどうか分かってしまうじゃないか。といってもやっぱり6億円は魅力的だな。

 Jリーグにおいて足りないと思うのはこういった大きい話だ。健全経営を目指すあまりあまりにもこじんまりとしている。それはそれでいいんだが先進国の日本でそんな規模の小さい話では注目度が下がるのもいたし方ないだろう。例えば限られたクラブだけでもいいからもっとパッとした話題が欲しい。有名外国人を獲得したとか優勝賞金10億円獲得したとか海外クラブへ5億円で移籍したとか。いつかヨーロッパと肩を並べるリーグを目指してるのだと思うが低空飛行を続けてるだけのような気がする。だから今回totoというくじの話題だが久々に景気のいい話が出た。これを利用してJリーグをもっとアピールするべきだろう。

 ぼくも6億も当たったらサンフレッチェに1億くらいなら寄付するだろう。いや、それよりも毎試合ホームへの遠征を含めて試合を観に行くかもしれない。そして席は一番高い席。ああ、何て夢に満ちているんだろう。

 といってこれも一般人にはみみっちい夢。すでにぼくはサンフレッチェに洗脳されてるものだからまともな思考ができない。こういう偏った脳内環境を持った人間がいくら考えたってまともな考えができる訳がない。何でサンフレッチェはこんなに人気がないんだと思い悩んでも一般人の思考とはかけ離れた発想ばかりが出てしまう。だからサンフの集客を上げるために全くサッカーとは別の畑からイベントのプロでも雇った方がいいのではなかろうか。

 まあこんなことでうまくいくくらいなら最初からやってるな。所詮はぼくの浅知恵だ。ぼくにできること、それは関東でサンフレッチェを応援してる仲間を探すこと、関東の試合ではスタジアムに駆けつけること、サンフっを応援すること、そしてtoto6億円当てること。あれっ、何か途中から非現実的になってしまった気がする。やっぱりぼくの脳はサッカーに毒されてる。

2007年5月13日 (日)

サンフレッチェ・クオリティ

2007/05/12 サンフレッチェ広島vs横浜FC 広島ビッグアーチ

 悪い冗談だろ。その試合結果に身体に穴が開いたような衝撃を受けた。02。スコアの上で完敗である。カップ戦を含めて3連勝の後だったから当然勝つものだと思ってた。それがこうも易々と負けてしまうとは。結局柏木も浩司もゴールを決めることができなかったようだ。当然寿人とウェズレイも決めてないのだがこのチームの課題が2トップ以外の選手の得点というのがハッキリしてるだけにやはりそこに目が行ってしまう。一体浩司なんてどうしてこんなに点が取れなくなったんだろう。

 後で『スーパーサッカー』でハイライトを観る。何だか一番最初にエンエアされてまさに横浜FCの勝利を放送するのに良い引き立て役になってた。しかもキングカズの今期初ゴールは最高の演出だったようだ。いつもこういう引き立て役をやる。それがサンフレッチェ・クオリティというやつだ。

 この日の観客13,636人。サンフにしてはよく入った方だ。いや、これでよく入った方だというなら本当はビッグアーチのキャパシティは必要ないことになる。色々なところで運営が悪いという声を聞くがそうなる理由の一つはこの無駄に広いスタジアムにも原因があるのではなかろうか。同程度の動員の柏レイソルなんかは本当に15,000人入るのか怪しいスタジアムであるがサッカー専用だし臨場感あって面白い。スタジアムもコンパクトなので運営も管理しやすいのではないだろうか。あの程度のスタジアムならそんなにお金も掛からないだろうにと思うがそれは素人考えなんだろう。

 サッカー専用の新スタジアムが欲しいと数年前ちょっと沸いたことがあったがそういう声も聞かなくなった。それもそのはず、現実味がないからだ。ビッグアーチがあるじゃないかという議論に必ず行き着く。それにサッカー専用にしたら客が入るかという問題もある。確かにジェフ千葉のようにスタジアム移転して観客動員の上がったクラブはあるがそれはサッカー専用にしたからというより場所の問題が多いような気がする。だからサンフレッチェが試合をするのはビッグアーチ。しょうがないけどここしかないのである。ここで満足するしかない。そしたらどうすればいいんだろう。

 ぼくは非常に単純なことだと思う。お客を満足させることである。それは試合結果が良ければそれにこしたことはないがサッカーは何が起こるか分からない。絶対に勝てると思ってた相手に負けてしまうのである。逆に中途半端に勝ち続けるとまた客が入らなくなるような気がする。勝てないから悩み勝てないから考えるのだ。そういえばギャンブルの達人という人がギャンブルは負けてる内が一番面白いと言ってたがそれと似ているような気がする。結局ピッチでのことは選手や監督による部分が大きいので手の届かないとこだ。だけどピッチの外は違う。スタジアムに集まり試合を観て帰る。これをスムーズに行うだけでお客の印象はずいぶん変わるのではなかろうか。

 いや、といって勝った後は帰りの順番待ちも大して苦にならないのも事実。だからホームでは絶対に勝とうという姿勢だけは見せて欲しい。そしてなるべく前売り券を売る努力をしてもらいたい。そもそも当日券に頼ってるからその日にならないとどれくらい客が来るか分からないといった状況になるのだ。客が来ると見込んで来場者プレゼントを用意すれば思った程来なくて大量に余ってしまう、来ないと思ってたら結構来てパニックになってしまう。何だかかみ合ってない。これもサンフレッチェ・クオリティというやつだろうか。

2007年5月11日 (金)

新旧サンフレッチェのエース達

2003.9.20       横浜FCvsサンフレッチェ広島 夢の島陸上競技場

 あれは9月だった。激しい雨の日だった。J2での横浜FCとの試合はなぜかみな印象に残ってる。この頃の横浜FCは手が付けられないくらい弱くて連敗を重ねてた。しかもクラブ内のゴタゴタがあり何とかクラブとしての体裁を整えているという感じだった。それでも元日本代表の城が入ったり外国人選手を入れたりとそのクラブの実態を知らない者にとって不思議な存在であった。ただJ1に上がらないといけないサンフにとっては絶対に勝たなければいけない相手であるのは間違いなかった。

 それまでのデータでJ1に昇格するチームは4回の対戦で4回共勝つチームがあることというのがあった。単に勝ち点を稼げばいいだけの話だがこういうジンクスみたいは話は応援してる立場としては不吉な響きがあった。すでに第4クールに入り4回勝てる見込みがあるのが横浜FCのみとなってしまって妙な緊張感を憶えたものだ。理屈でいえば勝てる。それくらいの戦力差はある。だが第3クールに入ってからの苦戦をそのまま引きずりこの試合も苦しかった。なかなか点が入らなかった。何とか大木の1点で勝てたのだ。正直一杯一杯だった。どうしてここまで追い詰められたのか。チームはどんどん弱くなってる気がしてたが横浜FCに普通に勝てないのでは本当に弱くなったという気がした。

 試合後安堵と喚起の入り混じった表情を見せるサンフサポーターとは離れた場所で連敗中のチームに怒号を浴びせる横浜FCのサポーターがいた。まるで右翼のような荒々しさだがその声の大きさは人数の割には迫力があった。特に印象に残ったのはサンフレッチェからレンタル移籍した河野淳吾へのブーイングだった。太鼓を叩きながら「広島帰れ」という声が響いた。でもそれを聞いたサンフサポは声に出さずとも思っていたはずである。河野にはもう広島に戻る場所がないということを。

 あれ以来もう横浜FCとは対戦したくないと思ってた。それはJ2はもうこりごりということ。同様に小瀬にはもう行くことはないだろうと言ってたがしっかり行ってる。つまり絶対にJ1に上がらないと思ってたクラブが結構J1に上がっているのだ。J2からJ1へと舞台を変えてまた対戦するようになった。こんどはもうちょっとレベルの高い戦いが見れるだろう。というかやはりサンフを応援するぼくらの心の底には今回は勝てるなという慢心がある。実際J2の第4クールでも最後には勝てるだろと思っていた。横浜FCはどうしも弛緩した気持ちになる。それが2004年の天皇杯での負けにつながったのだろう。

 それにしても、久保は来るだろうか。どこに行こうとやっぱり久保はサンフレッチェのイメージが強い。横浜FCに移籍し開幕でとんでもないゴールを決めたかと思うとそれ以来沈黙している。やっぱりたまたまだったのかと軽く見てると思いついたように活躍する。非常に計算のできない選手であるがインパクトは大きい。それに対して今のサンフレッチェのエースは佐藤寿人。ゴールは重ねるもののあんまり印象的なゴールはない。結構誰でも取れるようなゴールを決める。実はそんなに簡単じゃないのだろうがそう見えてしまうのはその小さい体格による印象もあるのだろう。ここまで対照的なサンフにとっての新旧のエースが対決する。しかもDFに小村までいる。さらに監督は高木卓也だ。これは面白い試合になりそうだ。といってまた客来ないんだろうな。

2007年5月 9日 (水)

まさか勝利するとは

2007/05/09 ナビスコカップ サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 万博陸上競技場

 ナビスコカップでぼくができること、パソコンの画面をクリックだ。いたって冷静な気持ちで画面を覗く。どうせ負けてるだろうとほとんど他人事のようにスコアを確認したら前半終了01、サンフレッチェが勝ってるではないか。しかも平繁のゴール。そうか、勝ってるんだ。ナビスコだしな、どうせ相手も主力じゃないし。まあこれでサンフの若い選手にも経験を積んでもらって戦力の底上げになればいい。さあ後半だ、って勝ってるじゃないか。いや、勝ってるんだよな。あの2回対戦して2回ともメタクソにやられまくったガンバに勝ってるじゃないか。これは勝て。絶対に勝て。勝て勝て勝て勝て。ぼくのパソコンを見る眼差しが急に血走ってしまった。

 一体どんな試合をしてるんだ。もどかしい。中継が見れないというのは何ともどかしいことか。いつもならナビスコなんてどうせ負けるからとどうでもいいと気持ちを落ち着かすことができる。しかし先制した今、ぼくはどうしようもない不安にさらされたのだった。胸が苦しい。このまま時間が過ぎるのだろうか。失点しないだろうか。何とか踏ん張ってもらえないものだろうか。ここに来てぼくはマイナスのイメージばかり頭に浮かべるのだった。勝ってるのを知って逆に気分が悪くなるってどういうことだ。

 1点入れられたら、その後は怒涛のようなゴールラッシュを受けるだろう。何でそんなマイナスイメージばかり持つのか。それは過去にそんな試合を一杯見てるからだ。ぼく個人としては2002年のレッズ戦だった。久保が先制点を入れて盛り上がったと思ったら失点したのを機にその後は堤防が切れたように失点を重ね終わってみれば41のボロ負けをしていた。どうもサンフレッチェにはそういう脆いイメージが付きまとう。だからガンバも余裕を持ってるだろう。相手が焦ってるような気がしない。ああ、いくらなんでも何でここまでマイナス思考なんだろう。

 落ち着かない、落ち着かない。ネットの情報で柏木と高萩が交代したことが分かる。高萩、頼むぞ高萩。この選手も期待に期待を重ねながらも出場機会がない。ここらで本当にぼくの期待に応えてもらえないだろうか。高校生の内からトップチームで試合に出てその才能を見せていたのにどうもサンフで戦力になったという印象がない。これがもう最後の試合だと思ってがんばれ。かつて大木はナビスコカップで首をつないだ。高萩もこの試合で首をつなげるというような気持ちを見せてくれ。それについては高柳も槙野も平繁もみんな同じ気持ちを持ってくれ。背水の陣のような切羽詰った気持ちになるのだ。少なくともぼくはそういう気持ちだ。いや、ぼくがこう言ってるまさにその時ピッチにいる選手は戦ってる。そしてぼくはただパソコンの前に立って一人顔を紅潮させているのだった。

 残り15分を切った時ぼくは本当に胸が苦しくなってきた。何で勝ってる時ってこんなに苦しいんだ。その理由は簡単だ。勝ちなれてないからだ。そして時間は進む。時間は進む。依然としてスコアは終わり。その内に試合終了の文字が。おおおおっ、勝ったのか。勝った勝った。絶対負けると思ってた相手に勝った。ガンバにしてみれば絶対に勝てる相手だと思ってた相手に負けたのである。悔しいだろ、悔しいだろ。だけどぼくは気分がいいぞ、ハハハハハハ。いやあ気分がいい。

 さっきまで胸が苦しいとか言ってたのが嘘のようだ。今は目の前にあった靄が急に晴れたようなすがすがしい気分だ。というかすでにナビスコカップを諦めてたぼくは何て不甲斐なかったんだろう。まだまだいける。今度ばかりは予選リーグ突破の可能性が見えてきた。急にナビスコに興味が沸いてきた。よし、このままタイトルを目指そう。ナビスコを獲ろう。そして何のタイトルもないクラブに唯一のカップを持ち帰ろう。胸が高まってきた。こんなに期待していいんだろうか。こんなだから負けた時内臓を抜き取られたように萎んでしまうのは自分でもよく分かってるのだが。

ダバツの負傷

 ここまで悪いとは思わなかった。左膝前十字靭帯断裂、全治8ヶ月。大宮戦で受けた怪我は大きかった。もしかしたらもう出場はないかもしれない。まあ監督が連れてきた選手だからあまり邪険な扱いはしないだろうが。

 ダバツについて初めて見た印象は普通だということだった。11人の内の1人。特に悪くもないが取りとめて良いという訳でもない。それは今までサンフレッチェにいた外国人ディフェンダーのレベルが恐ろしく高かった為どうしても見劣りする。オレグを筆頭にポポビッチ、ジニーニョ、リカルド、唯一ビロングだけには良い思い出がないがみなそれぞれ高いレベルでDFに君臨してくれた。特にオレグの能力は突出していてサンフレッチェにいなかったらスーパー外国人プレイヤーとしてJリーグでもっと注目されたはずだ。半年という在籍期間の短さも印象を薄くしたかもしれない。サンフのサポにとってはその在籍期間の短さからなおさら神掛かった記憶となってしまっている。

 ただダバツが試合に出るようになってDFが安定したのは事実だ。2006年シーズンダバツが入ったDFラインは無失点に抑えたりと安定感をもたらした。そして監督が連れてきた選手ということでコンディションが上がるとやはり凄い選手なのだろうと期待をした。確かに時折相手のボールを力強く取る場面があった。駆け上がった時はなかなかの迫力があった。キックの精度もなかなかのものだ。ヘディングでの得点も決めた。だけどやっぱり普通という印象から抜けないのはそういった高いレベルのプレーが1試合に1回という頻度でしか見れないからだ。それだったら他の選手でもやってることである。だから外国人としては物足りなさがあるのだった。

 それでもダバツに関してはどこかシンパシーを感じてしまう。盛田にポジションを奪われてベンチを温める時期も続いた。大宮戦の失点は明らかにダバツのミスだった。外国人でこれじゃなと言えなくもない。だけどそれが批判につながらないのはやはり監督が連れてきた選手というのがあるだろう。そして何よりも見た目が外国人ぽくないのだ。あまりにも普通の容姿の為日本人と同等な視線を送ってしまう。実際日本人と比べて悪いというならまだしも日本人選手の平均レベルにはある選手だ。批判もできない、賞賛もできない、非常に立ち位置の曖昧な選手だ。

 しかしダバツが負傷した今、盛田がレギュラーに戻るだろう。サブは槙野や吉弘だろう。若い選手にはがんばって欲しいがやっぱりダバツの方がまだ安心してられるような気がする。そういえば右サイドをやったこともあるし結構ユーティリティでもあった。いなくなって分かるダバツの便利さだがいなくなったことが感じられない選手だ。どこか大衆に同化するようにいなくてもその不在感を感じさせない。誉めていいのか貶していいのか分からない選手。不思議な選手だ。

2007年5月 7日 (月)

審判により勝利

2007/05/06 大分トリニータvsサンフレッチェ広島 九州石油ドーム

 微妙な判定が波紋を広げてる。ウェズレイがPKを貰った場面で足を出した三木ではなく藤田にカードが出てしまいイエロー2枚で退場となってしまった。それで大分は10人となり同点になる気力を奪ってしまった。正直PKもウェズレイのシュミレーションと言ってもいい。こういう微妙な判定は『スーパーサッカー』で結構取り上げるのだが生憎日曜開催の為放送がない。このお陰で勝ったとはいえ見逃してたら審判の向上につながらない。そうでないと今まで受けてきた不可解な判定の記憶から明日はわが身という気がするからだ。

 しかし考えてみるとなぜこのような判定を大分が受けたか。それは大敗が続いてるからだろう。チームが弱い、だから反則をしてでも止めにいくといったことが審判に固定観念としてできあがってるみたいだ。考えてみればサンフレッチェも勝てない時期に審判で泣いたことが多い。負けてるとそういう負のスパイラルへと入るらしい。やはりどんな形でも勝っておかないと。

 そういった意味でもウェズレイがいるというのは大きいみたいだ。審判はウェズレイはファールじゃないと止められないという固定観念ができている。これは以前浦和のエメルソンが持ってた固定観念だが審判がエメルソンのスピードに付いていけずシュミレーションをファールとして判定されたことがあった。これでサンフは泣かされたことがあった。そして段々と審判もエメルソンのシュミレーションの多さに気付いてきたのだがその頃にはサンフはJ1にいなかった。ウェズレイも気をつけないといけない。一度シュミレーションでファールを貰うと今度はファールをシュミレーションと取られることがあるからだ。

 それでも日本の審判の質は徐々に向上してると思う。審判もやってみると意外と難しい。ぼくなどは副審をやってオフサイドばかりに気を取られボールが外に出た時どっちのボールか分からなかったことがある。そういった意味ではJリーグで笛を吹いてる審判は日本でもトップレベルの審判だ。だからもっと賞賛してもいいはずだ。良いレフリングをしたらそれも取り上げて欲しい。といってもぼくは観客の一人だから罵声を浴びせるのはしょうがない。

 それにしても、サンフのシュートは入らない。また寿人とウェズレイの得点か。こんなこと言うのは贅沢だというのは分かってるがその内シュートでミスジャッジされるのではないだろうか。どうせサンフレッチェのシュートは佐藤とウェズレイしか入らないと判断されて。

2007年5月 4日 (金)

ビッグアーチへ行く

2007/05/03 サンフレッチェ広島vs大宮アルディージャ 広島ビッグアーチ

 山口から叔母の車で身内を含んだ5人で広島に向かった。車で行ったのは初めてなのだがそもそもぼくは高速の乗り口自体どこにあるのか知らないという運転者としては恐ろしく地理感のない者だった。それなのにハンドルを握るのはぼく、単に観戦暦があるというだけの理由だ。そりゃ電車では行ったことあるんだが。だから高速道路では宮島パーキングに下りて道を確かめようということになった。

 宮島パーキングでは紫のシャツを着ているぼくは目立っただろう。だけどサンフレッチェ後援会のフラッグが並んでるのを見て妙に誇らしい気分になったのだった。しかも屋内ではグッズも売ってるではないか。感動だった。サンフレッチェが公共の場所に姿を出してるというごく当たり前のことが嬉しかった。そしてそのグッズ売り場の隣ではサンフレッチェのロゴの入ったシャツを着た人が案内係をしている。その案内係はビッグアーチへの案内図をぼくにくれた。こんなものが用意されてたことにぼくはまた感激してしまった。

 再び車を走らせ五日市ICを出る。地図の通り進んだが駐車場満車という知らせと共に臨時駐車場へと誘導された。といっても余所者のぼくはさっぱり分からない。案内看板が出てたが一人だったらたどり着けたか怪しい。何せこんな遠回りをして離れた場所にある。しかもそこはマンションやショッピングモールが建ち並んでる。とてもビッグアーチの雰囲気に似つかわしくない。といってもそれはぼくが知らない間に開発が進んでたみたいだった。もうすでに東京の感覚に慣れてしまってるぼくとしてはそんな山の中を開発するというのが信じられなかった。それでも何とかLet’s駐車場に着き車を入れることができた。そしたらどこかで見た顔が。あっ、先生!東京の友達の薬剤師先生だった。先生も一緒に駐車場から無料シャトルバスでスタジアムに向かうのだった。

 「いつの間にか開発が進んでたんですね」

 「そうだね、こんなにマンションが建ってるとは思わなかったよ」

 「でもこれだけ住んでる人いても試合を見に行ってる人いなさそうですよね」

 「却って試合日は道路が混雑して迷惑とか感じてるんじゃないの」

 先生の言葉は本当にそんな感じがして寂しい気がした。でも今日はそこそこ客が入るのではないだろうか。ぼくがバスに乗ってる間も次々に車が入ってた。最近客が少ないので歓迎すべきことだがもしかしてぼくや先生みたいに単に帰省客のせいかもしれなかった。

 バスは思ったより早くスタジアムに着いた。スタジアムに入る前にぼくはペトロビッチ弁当を買った。700円、果たして売れるのだろうか。というかミシャによってチームがどれだけ変ったか認識してる人がどれくらいいるのだろうか。そんなミシャだがメンバー交代をしないというような話を先生としながらスタジアムに入った。

 ぼくはゴール裏との境界のバックスタンドの席に着いたのだが知り合いのママさんが子供を抱えて会いに来てくれた。羽田空港で買った『エル・ゴラッソ』をあげると喜んでた。そしたらそんな姿を見たタツくんが声を掛けてきた。ぼくはママさんに千葉に住んでるタツくんを紹介した。そしたらママさんは顔を知ってるらしくてっきり広島の人だと思ってたらしい。一体君、何回広島来とるんじゃ。まあ他にも4、5人関東の人間が来てるようだった。

 そんなことをしてたら選手がアップでピッチに入ってきた。ゴール裏は前に詰め掛ける。みんな前に詰めて応援するんだと思ったら選手がグッズを投げ込むのを取ろうとしてるだけだった。そしてコアサポはコールを始めるがその周囲は手拍子はするものの声は出してなかった。だから座って声を出してると目立ってしまう。それがさらに声を出し難い状況になってる。関東では座っても声を出せるエリアを意識的に作っていき今では自然にコアサポとの一体感がでるようになったがホームでも何らかの工夫が必要ではなかろうか。正直なところ大宮のサポーターは数が少ない。それでも声がよく通ってる。正直どこかもどかしい気分になった。

 それでも試合が始まると手拍子をする人はいる。それはバックスタンドにもいた。だから本当はもっと応援したい人もいるみたいだ。そう考えるとまだまだ開拓の余地は残されてる。そして開拓の余地はサンフレッチェの試合自体のも残されてるといつも思うのだがまた今日も開拓されないまま失点してしまった。いつもと同じパターンの失点に目の前が暗くなった。が、すぐに寿人がゴールを決め同点にする。おおっ、寿人寿人ヒサトーッ!

 しかしその後はチャンスがあれどもあれども決めれないいつものサンフレッチェ。服部は絶対決められる場面で力のないゴロのシュート、キーパーの真正面、浩司は枠に行かないシュート、ヘナチョコシュート、どれもこれもやっぱり決められないかといつものパターンを繰り返すのだった。何だかゴールは自分の役目ではないと割り切ってるとさえ見えてしまう。そんなフラストレーションを溜めながらもう終わりだろうと思ってた時、駒野の放ったシュートはバーに跳ね返ってしまいまたかよと思ったら詰めてた駒野が入れてしまった。何という演出。チームに何の希望も見出せない状況でしかも一度は外れたと思ったものを入れてしまう。去年の連休も駒野のFKで決まり今年も駒野のゴールで決まった。

 すぐに試合終了のホイッスル。ぼくの周りでは同じような会話をしてる人がいた。やっぱりみんな思ってることは一緒と同時に潜在的に応援してる人はいるような気がした。まあ何にしても気分がいい。お陰で帰りの気の遠くなるようなバスの順番待ちも駐車場の混雑も気にならなかった。さらばビッグアーチよ。また来る日はいつのことになることやら。

2007年5月 2日 (水)

久々のホームに備えて

 頭が痛い。いや、それ程の痛みでもないのだが2日前に出した高熱の後遺症がまだ残ってるとみえる。実際ぼくはここ何日か熱で寝込んでいた。そしてその熱が完治しないまま飛行機に乗り込んで帰省したのである。実家の山口に着いたもののぼくはまだ調子の悪さを引きずってた。

 せっかく実家に帰ったというのにぼくは寝てばかりいる。確かに買い物にも少しは行ったが頭痛の影響からか以前虫歯治療をした歯までもが痛くなってきた。そこでまた虫歯の再発かという不安が脳裏に駆け巡りまた布団に就く、それの繰り返しだった。

 しかし、実を言うとぼくはそれ程調子が悪くないのかもしれない。熱は下がった訳だしぼくの過剰なまでの病気への恐怖なのかもしれない。そうは言っても神経質にならざるを得ない。全ては明日のため。ビッグアーチでサンフレッチェを観るためなのだ。普段ホームで何もできないぼくが年に一度、もしくはそれより低い頻度での唯一貢献できる日。ぼくが観客の一人としてカウントされる日、ぼくはこの為に実家に帰ってきたのだ。

 スタジアムではぼくの仲間もいるだろう。すでに同じ時期に帰省するという連絡を何人かには受けた。当然スタジアムで会おうという話になった。関東の仲間と広島のスタジアムで会う。考えてみれば奇妙な話だった。でもそういう仲間も話してみると結構ニアミスをしている。あの試合を観た、あっ、それぼくも観た、この試合ビッグアーチで観た、その試合わたしも行きましたよという感じだ。今はそういう人達が一人一人バラバラではなくお互い一緒に観ているという状態だ。それってとても幸せなことだと思う。

 常々思う。ホームのサポーターもぼくらのような環境があればと。そしたら絶対に楽しめるしいろんな事ができる。中には関東のサポーターでも広島に駆けつけて何らかの活動をしている人もいる。それなのにぼくは何もできなかった。だが明日は違う。ぼくが観客の一人になれるんだから。そして仲間と関東の雰囲気を少しでも出せたらと思ってる。そんなの一人来たぐらいで変わるわけないだろと言われそうだがそんなことはない・・・と言い切れるほどぼくも立派な人物ではないのだった。まあ明日はみんな楽しもうね。

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