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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2007年3月31日 (土)

地域とクラブ

2007/03/31 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

 Fっているのか?

 フリューゲルスとの合併により付いたFという文字だが横浜FCJ1に上がるような立派なJリーグのクラブとなった今果たしてFという文字が必要なのだろうか。疑問に思いつつももはやそんなこと気にしてる人はいないだろう。合併が決まった当初大騒ぎしてた人もいたが今やFマリノスというのがもう語呂として覚えられてしまってもはや変える必要ないといった感じである。こういうのはJリーグが長い歴史を持つようになるとこのFの意味合いは何だろうということになるのだろうか。

 横浜Fマリノスもどこか釈然としないクラブである。応援は数の割には声量がない。それは女性の比率が高いというのがあるのだろう。そういったミーハーな雰囲気がある割にはスタジアムは空席が目立つ。もっとも7万人収容のスタジアムだからどんなに入っても空席は出てしまうという事情はあるのだが。そしてそんな大きいスタジアムを使ってることからビッグクラブという認識を持たれてる割には選手の獲得には地味だ。そしてどうもここに行くと選手が劣化するというイメージがある。まあそれに関しては最近解消されつつあるが。

 横浜というのは地方出身者が訪れるととてもお洒落で洗練された印象を持つ。だがしばらく訪れる内に何だか大したことのない街へと印象が変わってしまうのだ。それは建物や街の景観といったものは確かに手が込んでいるものの実際に利用してそれが役に立つわけでもない。デートスポットにするにもどこか中途半端な印象がある。そういえばぼくは外人のロックコンサートに行く時は神奈川県民ホールを選んだ。これも横浜にあるのだが都内のサンプラザ中野や武道館に比べて数段とチケットが取りやすいという状況があった。場所も横浜駅から歩いて行けるのでそれ程不便でもないのだがそれが横浜という街を象徴してるようでもあった。そしてマリノスもその横浜の雰囲気を持ってるのだった。

 こうして考えると画一的に見えるJリーグのクラブもその地域の特徴を受け継いでるのだ。人気がなくて別にその地域にいなくてもいいようなクラブもある。だがそういう面を含めてその地域の特徴とダブるとこがある。人気がなくて市民の感心が低い。そして一部であるが関東に熱烈なサポーターがいる。そういうとこも広島らしい。

 そんなサンフレッチェだがマリノス戦はいつも気合が入るのだった。それはどういう訳かマリノス戦は毎年客の入りがいいからである。広島のような地方都市にとって横浜という名前だけでもブランド力があるのだろうか。だからこそマリノスにはもっとビッグクラブになってもらいたいのだ。といって他力本願な発想になってる。実はこれも中央が何とかしてくれるという広島的な考えなのかもしれない。

2007年3月29日 (木)

日本の決定力の低さ

2007/03/28 北京オリンピック2008 2次予選 U22日本vs U22シリア 国立競技場  どうせ面白くないというぼくの予想とは裏腹に日本は調子が良かった。一体今までの素人がやってるようなサッカーは何だったんだろう。凄く意欲的で躍動感に満ちている。正直観てて楽しかった。ただこの中に青山敏弘がいないことを除いて。青山がいない時に限ってチームが良くなったことでぼくは日本の調子の良さに安心感を憶えながらもどこか寂しい気分になったのだった。  試合も3-0で快勝。結果も出してしまった。が、ここまで一方的な展開になっても日本は決定力不足を露呈した。とにかくシュートを外す。完全に崩しきっても外す。ミドルシュートも外す。ペナルティエリアでも外す。FKも大きく枠を越える。外して外して外しまくる。どうしてここまでシュートを外すのか。これはもう日本の伝統かもしれない。家長などDFをかわして豪快なゴールを決めたかと思うと絶対に決まりそうなゴール前のグラウンダーのパスを大きく逸らしてしまった。枝村などは見事なゴール前のパスをしたものの見方が外してしまってアシストにならず「あれ入れないか?」という顔をしてたが自分がシュートをする役になると見事に外してしまった。伝統とはいえここまでシュートの精度がないというのはどういうことなんだろう。  そんなものやってみると難しいんだというかもしれない。確かにぼくにできるという訳ではない。とはいえ彼らはプロだ。しかもこの年代において日本で一番上手い人たちである。それがとても簡単なシュートを決められないというのに危機感を憶える。こんなのでこの先大丈夫だろうか。  どこか日本の選手にはシュートを打つことに対して罪悪感でもあるのか腰が引けてるように見える。中山雅史や佐藤寿人のように何が何でもゴールを決めたいという姿勢が見えない。快勝した試合だからこそこの後の試合を考えると不安になったのだった。

2007年3月26日 (月)

若手の登場

2007/03/25  ナビスコカップ ジェフ千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 雨が降る。こんな一日中雨なんて予報だったかなと天気予報を恨んだ。お陰でちっとも客来ないじゃないかと駅前で立ってたぼくは考えたもののそれは単なる言いがかりであった。なぜなら屋根のあるこのスタジアムでは客足がそれ程天候に影響されるとは思わない。どうしてもカップ戦はリーグ戦に比べて注目度が下がってしまう。それはどこの国だって同じだろう。

 しかし、リーグ戦で優勝できないようなクラブにとってカップ戦というのは狙い目である。現に千葉もリーグ戦では優勝できないがナビスコカップは獲ったことがある。だからサンフレッチェも初のタイトル目指してまずはナビスコカップを獲りたいものだとは思うもののこれがサンフにとって本当に縁のない大会だ。まず予選リーグを突破した例がないというのが全てを物語ってる。だから開き直って若手を大胆に起用してもよさそうなものだが前監督の小野はベストメンバーで臨んで無残に負けるという不毛なことを繰り返していた。果たしてミシャはどうするのだろう。

 正直なところ1戦目で3点差で負けてしまってもう予選突破の可能性は薄い。グループ1位抜けというルールから1回こういう負け方するともう終わりという意識を与えてしまう。大会の構造的な欠点だ。だからどちらかというと普段観られない選手を観たいという気持ちの方が強かった。勿論勝ってくれればそれにこしたことはないんだが。

 そして試合はいつものスタメンではなかった。特にFWの平繁はこの日の主役だろう。まさに平繁に始まり平繁で終わったような試合である。開始わずかでのプロ初ゴール、そして終了間際での同点になると思われたシュートを外す。歓喜をもたらし絶望を与えてくれた。ある意味物凄いインパクトである。

 ただ、実を言うと最初のゴールは平繁ではなく桒田だった。これはアウェイ・ゴール裏では電光掲示板がちょうど死角になって分からないという事情がある。そうとも知らずぼくらはこれで平繁の使えるめどがついたとか桒田は動き出しが遅いなどと知ったようなことを話していたのだった。

 結局試合は負けた。何か負けるような気がしなかったんだが。それでも平繁や高柳や高萩や田村がピッチを駆け回る姿は嬉しかった。そのせいか試合後の挨拶では負けたにも関わらず拍手が起こってた。元々選手層の薄いチーム、全部勝てるわけはないんだ。こうやって若手を育てながらチーム力を上げていくクラブなんだ。だけど、これで公式戦3連敗なんだよな。

2007年3月25日 (日)

親善試合

2007/03/24  日本vsペルー 横浜国際総合競技場

 昼間横浜線

で小机駅

を通ったらスタジアムに進む人がいた。それで今日代表の試合があるのを思い出した。そのままぼくもスタジアムに行きたかったがまだ時間が早かったのと体調が悪いのとでそのまま通り過ぎた。全ては次の日の千葉戦に備えて。

 ということで試合は家でTVで観たが駒野がピッチに立ってた。寿人は結局出場しなかったが20と勝利できたことで出る幕がなかったという感じだった。そこは寂しかったものの駒野の積極性は嬉しかった。左サイドからどんどんと切り込みクロスを上げる。自分でもシュートを狙った。ただ、こういう時の駒野のシュートは100%入らない。打った瞬間入らないだろうなと思ったがやっぱりボールは枠を逸れていった。ああいうのが決められるようになればサンフレッチェも楽になるのだが。

 ただ、駒野の突破からFKを貰った場面があったがそこから得点が生まれた。中村俊介のFKを巻がヘディングで決めたのだがその後のサッカーの番組では高原が貰ったFKから生まれたような編集をされてた。あれは酷い。まるで高原と中村2人でサッカーをやってるような。これではサッカーの本質を表してない。だから日本では目立たない選手は駄目な選手という評価がされる。駒野のような地味な選手はそういう面で損をする選手だがそれでもずっと代表に呼ばれてるということはやはり高いレベルの選手であるのが改めてうかがい知れる。

 とはいえ高原、中村と現在ヨーロッパで活躍してる選手が参加したとあって興行面でも成功した試合であった。確かに高原も強引に得点を取ろうというシーンもあって以前のような中村も絶対呼ばれる存在としてお高く留まってるイメージがなかった。こうやって海外組と呼ばれてる選手が海外にいることが代表での地位を安泰にしているという意識を持たなくなったのは良い傾向だと思う。確かに実際には選手にはそんな意識はなかったと言うだろう。だけどぼくら観戦者はそう見えてしまうというのは観てて非常にしらけるものがあった。良い方向に進んでるのではなかろうか。

 何となく曖昧な反応になってしまったな。特に何のモチベーションもない親善試合なんてこんなもんだろう。それでも横浜国際競技場をほぼ満員にしてしまう海外組2人。やっぱり海外組は必要ということだろうか。

2007年3月24日 (土)

病魔におかされ

2002.8.9 東京ヴェルディ1969 vs サンフレッチェ広島 東京スタジアム

 最近世間で騒がれてるインフルエンザ抗生剤「タミフル」。あなたがもし気が狂うかもしれないけど飲むかと言われればどうするだろう。しかしそれを飲まないとウィルスは殺せないとなると悩んでしまうのが普通なのだろうか。実はぼくもそういう二者択一に迫られる事態に陥った。そう、インフルエンザにかかったのである。鼻の粘膜を取り出した検査薬はハッキリと陽性の反応をしていた。あ、通りで熱が下がらなかったわけだと妙に安心してしまったのだが大変なことを思い出したのである。その4日後には千葉戦があるのだ。もしかして病気で試合に行けないのか。そんなことあってたまるか。ぼくは医師にタミフルを使うことになることへの抵抗感を聞かれたが何もないと言った。もし異常があったらすぐに連絡をするように言われたが「ハイ」と一言言っておいた。ぼくにとってクスリで気が狂うことなんて大したことではないのだ。それよりも病気の為に試合が観れないというのは身を引きちぎられる思いだ。

 実はそういう経験は一度ある。それが2002年のヴェルディ戦だ。夏だったにも関わらず熱を出してしまったぼくは試合に行くことを断念、家で寝てたのである。勿論前売りチケットは購入済みだった。ぼくは熱にうなされながら今頃どんな試合をしてるだろうと思いを寄せるのだった。そして試合が終わるくらいの時間に体温計を計るとかなり熱も引いていた。その時、やっぱり行けば良かったと思ったものである。後からその試合のことを探るとビロングが素晴らしい守備でエジムンドを抑えたということだ。あの外れ外国人のビロングが珍しく活躍してたという。やっぱり観てみたかった。熱なんかいつかは下がる、だけど逃した試合は2度と戻ってこない。やっぱり行けば良かった。そうやってその試合のことは観てもないのにしっかりと記憶に刻まれてるのだった。

 もしもぼくがタミフルを飲んで狂ったら。2階から飛び降りたら。暴れたら。やっぱりどうってことないだろう。狂ってしまったら近くにいる人は逃げればいいだけだ。2階から飛び降りても死にはしないだろう。暴れて自殺行為に出たら、これは困るがこれはないと根拠のない自信を持ってる。大体本当に薬のせいなのかどうかわからないくせに騒ぎすぎだっての。普通に高熱が出たら頭おかしくなってしまうだろうに。

 ということでぼくは千葉には行く。タミフルを飲んで行く。といって完治してないと周りにうつしてしまう危険があるんだよな。いや、その頃には回復してるだろうし後ろの方で離れて観てるんでどうかご勘弁してください。

2007年3月22日 (木)

悪夢再び

2007/03/21 ヤマザキナビスコカップ Aグループ  第1  サンフレッチェ広島vsガンバ大阪  広島ビッグアーチ

 どうもここのところ体調が悪い。祭日ということで明るい日差しを窓越しに浴びながら寝ていた。天気がいいだけにそうやって寝ているというのが凄く空しい感覚だった。だけどその後試合結果を知ってからは尚更体調が悪くなりそうだった。03、もしかしてこれはリーグ戦の結果と間違えたのかと思ったのだが違った。またしても同じスコアで負けたのだ。リベンジどころか再現をやられてしまった。情けない、本当に情けない。

 といっても試合内容についてミシャは納得してるコメントが出てた。だからそれ程悲観することはないということらしい。考えてみればガンバは開幕前のゼロックス・スーパーカップでも浦和に全く付け入る隙も見せないような試合をした。今シーズンに掛ける意気込みは違うのかもしれない。今年は優勝を狙ってるのだろう。まあサンフに関する限り優勝は無理だと思ってるからまあガンバが優勝してもいい。だけど優勝したらどうかアジアのクラブとの試合でボロ負けするようなことは止めて欲しい。ましてやA3のように自分たちが優勝しないことが分かってて他のJリーグのクラブの優勝を阻むという空気の読めないことをやらないで欲しい。他所のクラブのことをとやかく言うなと言われそうだがせっかく強いチームとなれたんだからそれなりのブランド力というものを持って欲しいのだ。正直ガンバに強豪というイメージは抱けない。もしガンバにアーセナルやマンチェスター・ユナイテッドのようなブランド力があればそれだけで対戦が楽しみになるはずだ。サンフレッチェの試合を楽しむ上でももっとがんばって欲しいのだ。

 そういえば同じ日浦和はシドニーFCとのアウェイ戦で引き分けたがそれなりの結果を出せばスポーツニュースでも取り上げてくれる。その宣伝効果を考えればお金を出してTVコマーシャルに費やすのと同じくらいの効果が得られるのではなかろうか。アジアCLは罰ゲームなどと揶揄されるがそれは勝てないことからの言い訳のような気がしてきた。選手にしてもやたらとヨーロッパに行きたがるがその前にアジアで勝って欲しい。目の前の試合に勝てないのにどうもそれを飛び越えた発想ばかりしてるような気がする。

 でもよく考えたら目の前の試合に勝てないってサンフレッチェのことじゃないか。

2007年3月21日 (水)

駅前集合企画告知

325() 16:00 ジェフユナイテッド千葉 フクダ電子アリーナ

 関東での次の試合はナビスコカップの千葉戦だ。毎回関東の試合では駅前集合企画というものをやっていて最寄り駅に1時間半前に集まってみんなでスタジアムへ行くということをやってる。主催者のはみさんが目印に黄色のGKユニフォームを纏ってるが今回は参加できないとのこと。それでぼくが同様の企画の実施を頼まれたのだった。

 元々この駅前集合企画、そんな大袈裟なものではなくもっと関東でサポーターが少ない頃どうせだから駅から一緒にスタジアムに行こうと呼びかけたのが始まりだ。スタジアムに行ってもなかなか話す機会もないし駅で集まってお互いに親交を深めようというようなものだった。それが規模が大きくなり関東では恒例となってしまった。それもはみさんが毎回告知して段取り付けてくれるからである。そしてはみさんが来れない時は誰かが代理を勤めないといけない。ずっと続けてきたことだから絶やしたくない。

 まだまだ関東の中にはサンフレッチェを応援したい人、ちょっと興味があるなという人がいるはずだ。ここまで断言できるのはぼくが今まで関東で応援してる人を探そうとしてた経緯から実感があるからだ。そして今まで一人で応援してた人が集団に入ることにより物凄い活動的になったりするのである。

 まあそれはいいとして一人で観てるより一緒に応援してる仲間がいるというのは楽しいものだ。だからぼく自身がそういう仲間が欲しくて色々と活動をしてきたとこがある。そしてまだそういう仲間が欲しいなと思ってる。関東でサンフレッチェを応援してる人は是非この駅前集合企画に参加してもらいたい。始めはなかなか打ち解けないかもしれないけど何度も来てるうちに顔を覚えられて親しくなっていくもの。一緒にお盛り上がりたい。

日時:325日(日)1430

場所:蘇我駅改札前

2007年3月19日 (月)

サンフの今後を占う

2007.3.17       ガンバ大阪vs サンフレッチェ広島 万博記念競技場

 この次の日、ぼくは何もする気力がなかった。30というボロ負け。今シーズンはイケルと信じていただけに辛かった。まるで後ろからハンマーで叩かれたように打ちのめされてしまった。こんなことで打ちひしがれてるぼくを普通の人は奇異な目で見るだろう。

 そんな精神状態だったが何とか近所の草サッカーには出掛けた。ぼくはいつもよりも走った。走って走って走りまくった。昨日の試合でサンフの選手ができなかったことをやろうとした。が、失点をしてしまった時やっぱり駄目だったかと昨日の試合をダブらせてしまった。

 空しかった。何もかもが空しかった。こんなことしてて何が変わるわけでもない。ましてや世間一般の人はサンフレッチェが大敗したということさえも知らない。ぼく一人がこの世で不幸な感覚に襲われてるという事実がまた一層空しかった。

 ただ、サンフレッチェも相当に研究されてたという感覚はあった。これが選手層の薄さによる限界なんだろう。どんなに戦況が悪かろうとも交代枠を使わずに終えてしまった。これも交代したからといって局面を変えれる選手がいないというのが現状だからだ。だけどこういう試合だからこそ平繁や高萩などを使って欲しかった。

 またしてもガンバに煮え湯を飲まされた。これがこともあろうにナビスコカップでまた対戦するのだった。今度こそ勝ちたい。負けたくないではない。勝ちたいである。ただ、真正面からいっても今回のように粉砕されるのがオチだ。もっと相手の心理を付くべきである。絶対に勝ち点3を取りたいガンバ、ボールを前に運べなかったら後ろで回してていい。時間を稼げばいい。こっちは勝ち点1でもいいという戦いをすれば相手は勝手に焦ってくれるだろう。その焦ったところに付け入る隙が出てくる。大事なのは失点しないことだ。

 どうもガンバというチームは強いんだけど国内限定でアジアの試合に出ても簡単に負けてしまうので勝って欲しくないというのがある。その癖A3のように韓国のチームにはボロ負けしてジェフにはきっちり勝ってジェフの優勝を阻止したというようにどこか空気を読まないとこがあって好感が持てない。といってもこの国内限定の強さは手強い。といっても国内限定の強さなのでサンフがトルコで戦ったチームと戦っても勝てないだろう。逆にサンフはそういうチームに勝ってきたのだ。絶対勝てない相手ではない。ただいままでとはちょっとやり方を変えないといけないのは事実だ。ナビスコカップでの戦いは今後のサンフの行方を占うような一戦になるだろう。

2007年3月18日 (日)

As Tears Go By

2007.3.17       ガンバ大阪vs サンフレッチェ広島 万博記念競技場

 哀しかった。涙が出そうだった。これはまるで違うカテゴリーの試合だった。文字通り何もさせられず完膚なきまで叩きのめされてしまった。この気持ちのやり場をどこに持って行けばいいんだろう。

 友人の家でモニター観戦したぼくは人の家だというのに散々罵声を浴びせてしまった。試合前に映ったゴール裏の映像には知った顔もチラホラ見えた。大阪まで行ってこんな試合見せられたらどんな反応をすればいいんだろう。一体試合後の挨拶に来た選手にどんな態度で臨んだのだろうか。ブーイングすべきなのか。ただブーイングするにしてもどこか惨めな気がするのだった。

 正直浮かれすぎてたのかもしれない。トルコキャンプでは欧州のクラブ相手に互角に渡り合い開幕は破竹の勢いで勝った。第2節も先制されたのを同点に持ち込んだ。しっかりとした力が付いてきたと思ってた。全てが幻想だったと気付いた時空しさだけがのこったのだった。

 前節からウェズレイの100ゴール、寿人の50ゴールが今日生まれるかと言われてたのだが得てしてこういうメモリアルが掛かってるとなかなか得点できないものだ。ジュビロの中山雅史も100ゴール目になるまで大分足踏みをしてしまった。だから周囲が騒げば騒ぐほど2トップはゴールできないだろう。だけどそもそも2トップにゴールが集中してるという時点で相手にとっては対策が立てやすい。といってこんなのもずっと言われてたことなのに今まで何の改善もできてなかったというのが空しい。

 ぼくは友人に例を言い帰路に立った。夜だったせいか全てが灰色に見えた。一人向かう駅の中で夜風が身にしみた。

2007年3月17日 (土)

ミシャが来る前

2006.3.25       サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 広島ビッグアーチ

 ぼくは仕事を終え調度近くに友人の家があるのに気付き電話してみた。今近くにいるけど行っていいかと。今ガンバ戦の中継やってるでしょと。そう、その友人宅にはスカパーがあったのだ。

 ぼくが来るということでもう試合が始まってたにも関わらずその友人は録画してぼくと一緒に観ることにしてくれたのだ。だから30分遅れくらいで試合を追うような状態だったがまあ2人には生中継のようなものだった。

 しかしぼくもこんな子供もいるような家庭に急に乗り込んで中継を見せてくれとせがむなんて厚かましいもいいとこだ。しかもビールも出してもらって。そこまでやってくれなくていいのに。というかぼくは酒飲まないんだよ。大抵の成人男性はアルコールを飲むという風潮があるがそれは間違いである。ぼくは酒を飲まないしタバコも吸わない。そしてギャンブルもしない。それで何が楽しくて生きてるんだと言われたことがあるがそんなこと決まってるじゃないか、サンフレッチェが楽しくて生きてるんだ。まあそう答えて埴輪のような無表情な顔をされるのが眼に見えてるので答えた例がない。

 でもこの友人もぼくと同じようにサンフレッチェが楽しくて生きてる人間だ。だがぼくと違い海外出張などもするような人でその身なりも紳士だ。ただ、それだけに観戦の時豹変するその態度に呆気に取られる。どうして試合になるとそこまでボロクソ言えるんだと聞いたことがあるが一言、「あんたもだろうが」と言い返された。

 その友人と観てた試合だが遠藤がこの年の彼のベストゴールではないかというようなFKを決めてしまった。GK木寺は一歩も動けなかったがこれは下田でも取れなかっただろう。といっても何でこんなゴールがサンフレッチェの時に限って決まるのだろう。それ以後遠藤のFKの映像としてこのシーンが使われることが多くある。本当にサンフレッチェはよく映像に表れる。やられ役として。

 だがその後寿人のゴールで13と追い上げる。これから追い上げるかもしれないぞ。ここでぼくら2人は盛り上がったその時電話が鳴った。ぼくは携帯に手を取ると広島に行ってるMさんだった。

 「いやあ、散々でしたよ。3点も取られてしまいましたよ。寿人が点を入れた時には盛り上がったんですけどね。あれだけでしたよ」

 これでさっきまで盛り上がってたぼくは一瞬にしてしぼんでしまった。せっかく盛り上がってるとこを水を差されたとも言えるだろうがあまり関係なかった。どうせこのまま中継を観ていればこの結果を知ってしまうのだから。そして2人でその試合を観終わった後にはこの頃の当たり前のようになった口論が始まるのだった。それが小野監督の悪口大会である。もうこんなことをぼくらは3年も続けているのである。いい監督、それをぼくらは待ち望んでいたのだった。小野さんではない人が監督をやるとどうなるかということよりこの頃にはとにかく小野じゃなければ誰でもいいという感覚だった。それからちょうど1年が経った。

2007年3月16日 (金)

執念は続く

2002.7.24       サンフレッチェ広島vsガンバ大阪 広島スタジアム

 ガンバにはいつも煮え湯を飲まされる。そんなイメージがある。それも元はといえば降格したシーズンの試合に端を発する。

 あれは暑い夏の日だった。一向に勝てる気配のないサンフレッチェはついにガジ・ガジエフからヘッドコーチの木村孝洋を昇格という形で監督を代えた。そしてこれは監督交代から3戦目となる試合だった。観客も11,177人と広島スタジアムにしてはよく入ってた。いや、ビッグアーチでも1万人入らないことが多い中でこれはよく入った方である。サンフレッチェを応援しようという気運が高まってたというべきか。正直どうだか分からない。この当時はコアサポと言われる人達が集まって応援してただけである。クラブはしゃもじを配って観客に応援を促してたが一方のコアサポはしゃもじじゃなくて手を叩けばいいとどこか噛み合ってなかった。これはどちらが正しいとかいう話ではなくまだこの当時サッカーの観戦とはどういうものか、Jリーグの観戦スタイルはどういうものかという暗黙の了解ができてなかった。これは広島という地方都市にとって他にチームがないだけに尚更そういう傾向が強かったのだろう。現にガンバ大阪もこの当時は分裂応援をしてて批判されたものだ。

 そしてこの当時ガンバ大阪も強豪というイメージはなくサンフレッチェよりはマシというくらいの地味なクラブだった。一応宮本や遠藤や吉原といった期待の若手がいるために多少は認知度があったという程度である。だからサンフレッチェとしても勝ちたい相手であった。そして勝たないと本当にJ2降格が見えてきそうな状況だった。

 ところが期待に反して失点をしてしまう。何とか点を入れたい。せめて負けることだけは避けたい状況だった。ロスタイムに入りもはやこれまでというとこで沢田がゴールを決めた。沢田は苦しい時にいつも獅子奮迅のプレーをしていた。チームがいい時には目立たず悪い時は目立つという印象があった。その為沢田の奮闘振りには同情の感さえあった。

 もうこれで引き分けることができたと思っていた。もうロスタイムの3分は過ぎている。だがガンバ側からキックオフされたボールはすぐにゴール前へ運ばれそれを拾おうと双方の選手が絡まり倒れた。この時のサンフのDFはトゥーリオ。見た目には相手のシュミレーションか何かという印象だったがこれがPKを取られてしまった。どこをどう見てもPKではない。そしてキッチリとPKを決められ負けてしまった。その時にはロスタイムすでに5分は過ぎていた。ちなみにこの時の審判は辺見。翌年J2でも甲府戦の時不可解な判定ばかりされ勝つことができなかった。審判への不満は負ければ当然あるがこの人の場合2回もそういう事例があった為にサンフを色眼鏡で見てると勘ぐっても仕方がない。審判のせいで負けたと言わざるを得ない試合だった。

 そしてこの時からガンバには全て負けてる。更に2002年の最終節などは降格のライバルチームである柏と戦ったのだがサンフレッチェが札幌で生きるか死ぬかの死闘を演じているのにちっともやる気のない試合をして柏をいとも簡単に勝たせてしまったという経緯がある。あの時いつかきっと借りを返してやりたいと思ったものだ。

 といってこんな昔のこと覚えてるひといるんだろうか。選手だって当時の選手は数える程しかいない。それでもぼくはガンバに対して執念を持ち続ける。強豪になったとはいえ勝てるチャンスはあるはずだ。がんばるぞ!さあ、手を合わせて合掌だ。

 といって肝心のぼくが神頼みになってる。どうか選手のみなさんこんなぼくのヘタレの精神を持たないように戦ってください。

2007年3月15日 (木)

スポットライトの当たらない対戦

2007/03/14 オリンピック競技大会 北京2008アジア地区2次予選U-22マレーシア代表vs U-22日本代表

 青山の活躍を観ようと思いきやTVの生中継がなかった。このチームでの一番の有名選手というのが平山相太というのでは視聴率が取れないと踏まれたのだろう。確かにその通りだが哀しかった。仮にも国の代表。そしてオリンピックとなると他のどの国よりナショナリズムを振りかざしてメダルの行方を見守るも国民性を持つ国なのにまるで無視されてる。結局3大会連続で本大会出場してしまったので一般人の間では本大会に出場するのが当たり前となっている。そして本大会で予選リーグで勝てなかったら日本は弱いとそっぽを向かれる。日本の代表サッカーとは非常に厳しい条件になっているのだった。

 しかし録画放送を観終わった感想だが酷いの一言だった。ここにいる青いユニフォームを着た代表選手は各年代の代表としてエリート街道を登ってきた選手がほとんどだ。そしてJリーグでもレギュラーとして活躍してる選手が多い。その為変なエリート意識があるのではなかろうか。マレーシアの方がボールに対する執着心やゴールに迫ろうという執念が感じられた。もう相手をバカにしてるとしか思えない。いや、バカにしてないのならこの程度の実力だったということになる。ピッチが悪いとか審判の判定がおかしいという理由もあろうが国立でやった時も似たような印象を得たということはやはりその程度のチームということなのだろうか。

 青山敏弘も2回得点の機会があった。ここはあえて入れなきゃいけないと苦言を呈したい。得点をすれば一応メディアは名前を取り上げてくれる。そうすればサンフレッチェ広島という名前が出てくる。そしてそれがサンフレッチェの認知度の貢献につながるのだ。これだって立派なファンサービスでありクラブへの貢献だ。代表でがんばること、一見クラブとは関係ないことのようだがこれはもの凄いアピールポイントだと思う。

 結局メディアが取り上げてくれないのも映像にならないからだ。ゴールシーンが一杯あれば一杯取り上げる要素がある。アジアの相手に踏ん張って踏ん張ってやっと勝ったというんじゃ取り上げようもない。対戦相手のスカウティングもしてただろう。専属のトレーナーもいただろう。移動の段取りも整えてもらっただろう。そして何よりも世界的にもまれなくらいな金を日本サッカー協会は持ってる。それがちっとも生かされてない。もしかして恵まれすぎて駄目なんじゃなかろうか。そしたらJFLの選手でも集めてやったらもっといい試合をするような気がする。少なくとも切羽詰った何かを感じさせてくれるだろう。

2007年3月13日 (火)

広島のサッカークラブという貴重性

 「今いる人数より減らしたくないよね」

 サンフサポの仲間が発した言葉である。関東はいい感じで増えてるのに後ろ向きな発言のような気がするがそうではない。10年後、20年後の話をしているのである。ぼくらも必ず年を取るがその時に昔は良かったと言わないようにしたい。その為にも今できることを考えていきたい。

 これは単純に次の世代のサポーターの育成である。中には自分の子供を連れてくるサポーターもいるがそういう子供は大切にしたい。もう何回も顔を合わせているのだからみんなでそういう子供は持ち上げてやりたい。その為にも選手入場のコールを行う時はサポーターの最前列に並ばして旗を掲げさせるということをやって自分が応援を引っ張ってるんだという感覚を与えてやりたい。それで応援することに楽しさを感じてくれればめっけもんだ。もっと子供を持ち上げるようにしてやりたい。

 これについてはいち早くやってる人もいる。昨シーズンサポーターの看護婦さんは寿人の応援にやってきた少年サッカー団に応援の先導をやってた。それによりその一角はまとまった声が上がり盛り上がりを見せた。多分あの時いた子供たちは自分たちが応援を盛り上げてるという感覚があっただろう。実際にその後その中の何人が再びサンフレッチェゴール裏に来てるのかは分からない。もしかしたら一人もいないかもしれない。でもやらない限り何も生まれないのだ。それは当初関東でサンフレッチェを応援している人を集めようとしたのも同じことだった。

 今関東では開幕決起集会をやったりモニター観戦会をやったりしている。これらは全てサポーターが自主的にやってるものだが広島の人にもこういうイベントが羨ましいと感じてる人がいるはずだ。事実決起集会にはわざわざ広島から駆けつけた人もいた。選手が来るわけでもない、ただのサポーターが集まるというだけのイベントなのに。関東でできるとこが広島でできないというのはどういうことなんだろうか。

 実はこれについては話したことがあるのだが広島では規模が大きくなりすぎてできないということらしい。何かやろうとしてもこっちに連絡したのにこっちには連絡きてないというので問題がでるらしい。果たしてそういうものだろうか。別に自分の仲間内で集まるという感覚でいいんじゃないだろうか。何も全部集めないといけないという訳でもないのではなかろうか。これなどもトラブルを想定して何もやらないから何も生まれてないという例ではなかろうか。

 勿論関東でも色々と問題があった。トラブルがなかったわけはない。でもそういったものを経験して成長するものだと思う。別にぼくは自分が偉いというつもりはない。だから横柄に感じる記述があったかもしれないがそれは勘弁して欲しい。だけどぼくは個々に色んな人と話をするとそれぞれが非常にいいアイデアを持っている。そういったものを現実に向けていくといい方向に向かうような気がする。足りないのは実行だけなのである。

 せっかく広島にサッカーのクラブチームがあるのにその価値が浸透してない。それがもどかしい気がしてしょうがないのは自分が広島にいないからだろうか。仲間内では「今年はビッグアーチ行く?」とか会話してるのに勿体ない話だ。特にミシャが来てサンフレッチェはチームとして非常に魅力的になった。Jリーグはレベルが低いとバカにする人もいるがトルコキャンプではヨーロッパのクラブと互角に試合をして現地の人を沸かせたらしい。世界に通じるサッカーをしてるのだ。絶対に今年のサンフレッチェは見所が多い。観客を集めるチャンスだと思う。

2007年3月12日 (月)

今年のサンフレッチェ

2007/03/10 サンフレッチェ広島vs柏レイソル 広島ビッグアーチ

 服部公太の100試合連続フル出場。何とこの記事をぼくは日経新聞で読んだ。しかも写真入で。こんな一般紙に写真入でサンフレッチェの選手が出たのは初めてだろう。代表選手でもないので一般には知られてない選手だ。だからこそこの程度のことで興奮してしまう。それだけに勝てなかったのは残念で仕方がない。

 だがぼくは試合のDVDを借りたのだが同点になった戸田のゴールには本当に感激した。先制され苦しい中でも最後には点を入れるというしぶとさを見せた。やっぱり今年のサンフレッチェは違う。ただ、平繁のシュートは間違いなくゴールだった。あれをファールを取るとはどういうことなんだろう。実際に解説の人も疑問を感じるようなコメントを出してた。まあこれはGK南の演技力の勝利といったとこだろう。別に痛くもないことは容易に想像できた。こんなのでファールの判定を出してしまう日本の判定基準に不安を憶えた。イングランドなどはもっとゴール前で肉弾戦が繰り広げられるが日本のこういう痛がった者勝ちという風潮は試合のダイナミックさを欠く要素となりそうだ。

 試合後は監督のインタビュー。これがきっちりとした内容を聴いており試合を観た後では興味深い。さすがにスカパーも大金を払っただけあってJリーグの中継の中身を上げようという意気込みを感じる。それだけにこういう放送が衛星放送という限られたコンテンツとなってることが勿体ない。

 それにしてもサンフレッチェは可能性に満ちている。最後には結構押してたような気がする。柏木などは2人に当たられても絶対に倒れない。昨シーズン初めてこの選手を観た時「こんな選手がうちにはいたんだな」とみんなで話したものだった。そして次節はガンバ大阪戦。「ガンバには勝ちたいよね」と仲間が言ってた。こんな優勝争いをするチームに勝ちたいと言える今のぼくたちの何とポジティブなことか。昨シーズンの今頃あと何ポイントあったら残留できるか考えてたのが嘘のようだ。やっぱりサッカーは監督なのだろうか。だったら今のうちに沢田謙太郎にはミシャの元でしっかりと監督業を学んで欲しいものだ。

2007年3月11日 (日)

春の寒さの中で

2007/03/10 大宮アルディージャvs FC東京 埼玉スタジアム

 昼間の陽気が嘘のように冷たい風が吹きすさび寒さが身にしみた。こんな時ぼくはフリースを着てたもんだから風の影響をもろに受けちっとも防寒になってなかった。スタジアム観戦はやはりナイロンのものに限る。

 元々このスタジアムは風が強い。果たしてそれは地理的なものなのか構造的なものなのかは分からない。が、スタジアムに入るまではまるで風が吹いてるという感覚がないのだ。だからスタジアムの構造とスタンドの高さがうまい具合に風を呼び込んでいるみたいだ。ゴール裏に屋根が付いてないとか無駄にアーチ型になった構造とかこのスタジアムはどこかサッカー専用としては首を捻りたくなるとこがある。首を捻りたくなるといえば駅からスタジアムまでの距離、これはどうにかしてもらいたいものだ。どうしてスタジアムのもっと近い場所まで鉄道が延びないのだ。それで遠いからといって駅前から出てるシャトルバスに乗ったらまた100円掛かってしまう。それでなくても高い埼玉高速鉄道に乗らなくちゃいけないのにサッカーファンをバカにするにも程があるというものだ。

 そんな埼玉スタジアムだったが観客の比率としては大宮、FC東京それぞれ半々であった。大宮は同じ地区にレッズという人気クラブがあるため人気が集めにくい。だから近郊のクラブとの試合でアウェイ・サポーターに頼らざるを得ないという状況だ。J1にいる時の東京ヴェルディもそんな感じだった。ただ、大宮では藤本主税がキャプテンマークを巻いて奮闘してる。ぼくとしては藤本を観に来てるようなものだった。

 サンフレッチェにいる当時から思ってたことだが藤本は主役として君臨するには似つかわしくない選手だ。それは高い個人技やトリッキーなプレーがあまりにも異端過ぎる。だから名古屋では成功しなかったんだろう。もっと準主役のような立場、アクセントとなるような役割が向いているような気がする。それであれば時折魅せるゴール前でのドリブル、トリッキーなシュートなどが生きてくる。そう考えると能力はあるのに難しい選手である。

 でも成功してるのはいずれも弱小クラブである。アビスパ福岡、サンフレッチェ広島、大宮アルディージャ。良い選手はビッグクラブへどんどんステップアップしていくというのがサッカー界のセオリーだがそれに当てはまらない選手もいるということだ。この試合も得点のチャンスは何度かあったが決められなかった。逆にクリアミスでFC東京の福西に2点目のアシストをしてしまった。ああ、主税。結局阿波踊りどころか大失態を犯した主税を観て帰るハメになってしまった。

 だがぼくの落ち込みはこれだけじゃなかった。というよりこっちの方が大きかったのだがハーフタイムに広島―柏、11のドローという結果をオーロラビジョンで観たからだ。先週の怒涛のような素晴らしい試合を観たからてっきり勝ってると思ってた。しかも相手はJ2上がりの柏。ショックだった。でもこの時点で昨年とはぼくのメンタリティが変わってるのに気付いた。昨年ならこの結果でもせいぜいまあ負けなかったから良かっただろうだった。まずは勝ち点1、あと残留までに勝ち点いくついるのかということばかり考えてた。チームというものは変われば変わるものである。そういう意味で大宮は昔のサンフレッチェに被って見えた。ゴール前でパスを回し続ける。シュートを打たない。やはり調子の上がらないチームというのは同じような症状を持つものなのだろうか。

2007年3月10日 (土)

パラサイト・サポーター

 ホーム開幕戦の朝だ。ぼくは当然行けない。遠いからと当然のように言っていたぼくだが最近あまり堂々と正当理由として響かなくなっている。なぜなら関東から駆けつける人が結構いるからだ。いや、普通じゃない。普通じゃないのにサンフサポをやってる限り普通じゃないのが普通になってしまうのだ。

 ただほとんどの人が行けないのでそういう人のためにサッカーカフェで集まる企画がある。ぼくはこれにも参加できない。そう、仕事なのだ。といってもモニター観戦だからそれ程残念に思ってないのも事実である。それにぼくはタバコをすわないので密室でタバコを吸われる環境というのは結構辛いものがある。実はそれが堪らなくて観戦会に参加しない人もいるのだった。

 それよりもぼくはどうにかして試合を観る方法を考えてる。結局昨シーズンは1試合も中継を観なかった。『スーパーサッカー』や『やべっちFC』のダイジェストだけで過ごした1年。たまに物凄くいい試合をした時なんかはもうもどかしくてしょうがない。やっぱり試合が観たい。

 結局友達にDVDで録画したやつを借りる手段に落ち着いてしまう。こんな寄生虫のようなことばかりやっててぼくはサンフレッチェへの愛情が足りないのだろうか。いや、そんなことはない。今度広島に行くという友人にサンフレッチェクラブの会員証を渡してレプリカ購入を頼んでおいた。確かにネットでも買えるのだがそれだとファンクラブ割引がないし送料も掛かってしまうのだ。って何だかケチ臭いな。やっぱりぼくは寄生虫なのかもしれない。寄生虫は宿主がいないと生きていけない。そしてぼくもサンフレッチェがないと生きていけない。何とも奇妙な類似性を持ってるものだ。

2007年3月 8日 (木)

盛田の復活

 「モ、モリタ~ッ?!」

 2004年大宮から盛田剛平の期限付き移籍が決まった時唖然とした。得点力のないチームに得点力のないFWの補強。J2でも点が取れないのに使えるわけない。当時J2の大宮の試合は何度か観たことがあるがまるで脅威のない選手だった。利き足は頭と言ったエピソードがあるそうだがヘディングでゴールしたとこを見たことがない。ただ背が高いだけじゃないかというのが正直な感想だった。こういう中途半端な選手を獲って高橋泰を放出し茂木弘人を干してしまう小野監督に尚更嫌悪感を抱いたのだった。

 その盛田を初めて観たのがアウェイの柏戦だった。期待するにも程度が知れてるので期待のしようもないというのが正直なとこだった。応援するにも熱が入りにくく得点のイメージも沸かなかった。どうやったら勝てるのかさっぱり分からない状況であった。

 しかし、この試合で盛田がゴールを決めた。それも負けてる状況での同点ゴールだったので意味合いとしても貴重である。全体を通しても前でよくがんばってるというイメージだった。ポストになって、ボールをキープしてと本当によくがんばってると感じた。がんばってるというのはプロの評価としてどうかというのもあるがサンフレッチェにはそのがんばってると客観的に感じることができる選手がいなかったのである。この試合を観て盛田を応援してやろうという気になった。

 その後やはりFWとしては大成しなかった。翌年佐藤寿人が入団してゴールを量産するともう出番はなくなった。ついに解雇かと思ったがクラブは契約を延長した。ただ、2006年上野優作を獲った時はそれなら盛田がいるだろうという気がしたがそれ以後盛田をFWで見ることはなかった。CBへコンバートされたのだ。もう30歳になろうかという選手のポジションのコンバートに戸惑ってしまったがこれがなかなかに良かったのである。第9節に出場した盛田は結構いいじゃないとサポーターに笑顔をもたらせた。元々技術はある選手だからフィードの面では他のDFより正確だった。そしてここでもがんばってるという印象を得た。

 しかしその後CBとしての信頼感を堅固なものとしていった。ペトロビッチ監督になってからも外国人ダリオ・ダバツを押しのけてスタメンに定着したのには驚かせた。もっと早くDFのポジションにコンバートされれば良かった。それと共に盛田自身にとってもサンフレッチェに移籍したことは正解だった。正解というのは正確な表現ではない。なぜなら他に盛田を獲るクラブはなかっただろうから幸運だったと言っていい。あの時サンフレッチェに移籍できなかったらもうJリーグにはいなかっただろう。

 そういう選手の再生というのをサンフレッチェはよくやる。現在コーチをやってる沢田謙太郎などがそうだろう。柏を解雇されてタダで獲得した選手だがその後チームの中心となった。お金のないクラブだからそういう選手の再生などをしないと戦力的に揃わないという事情があるにせよここにきてそういう本来のサンフレッチェのクラブとしての特徴がでてきたのは嬉しいことだ。こういうクラブは選手にとってもお金ではない何かを感じてくれるのではないだろうか。

 しかし、開幕のFC東京戦。盛田についてはサッカー専門誌の評価は一様に低かった。確かに単純なフィードで精度がなかったり危なっかしい場面もあった。それでも試合後には必死に盛田の名前を叫ぶサポーターが何人かいた。もはやサンフレッチェの選手として完全に市民権を得ているのである。それはやはり盛田への期待が高いことと技術の高さは認められてるからだろう。この試合でも1回テクニカルな切り替えしをして驚かせた。だがそれをもう1度やった時は相手ももう警戒してて相手をかわすことができなかった。もっとシンプルにやれば良かったのに。

 思うに盛田はDFのポジションに慣れてしまったんだろう。素人のぼくの経験でもサッカーをやり始めた当時というのは自分がヘタという認識があるのでできるだけシンプルにやろうとする。それがある程度上手くなっていくと色々と欲が出てきてこうじゃなきゃ駄目だというような感覚が出てくる。結果、ボールを蹴るタイミングが遅れたり簡単にボールを奪われたりということがある。恐らく他人がそういうプレーをしてたら何やってるんだと言ってしまうんだろう。盛田は今そういう時期にいるのではないだろうか。

 盛田には1度昨シーズンのビデオを観て欲しい。そしてDFをやった最初の頃を思い出して欲しい。そんな簡単なことで盛田はまた安定を取り戻すような気がする。技術も高さも持っている選手なのだから。いつの間にかぼくも盛田に陶酔してしまってるのだった。ただ盛田のファンって男しかいないような気がする。そういうとこも親近感を憶えるのだが当の盛田もそんなので親近感を持たれてもなというとこなのだろう。

2007年3月 6日 (火)

夢は膨らむ

 「広島凄いですね。アウェイなのに4点も取っちゃって」

 机に向かってたぼくに事務員の女の子は声を掛けてきた。ぼくは面食らったような心境で顔を上げた。職場ではほとんどは話をしないぼくはよりによって女の子と口を利いてる。こいつスケベなんだなと周囲は思ったかもしれないがピッタシカンカンだ。でもそれ以上にサッカーの話になるとそれまで会社という場所でぼくの血流は止まりかかってたようにトーンダウンしてたのに急に熱い血流が流れ出したようになった。

 「そう、まさかあんなにいい試合をするとは。FC東京もあんまり良くなかったというのもあるんだけど。ただFC東京は開幕戦に強いという傾向にあるから警戒してたんだけどね。もう関東の試合に来る人は大体顔見知りになってるからみんなで盛り上がったよ」

 「いいですね、うちなんてサポーターの人数が多いから顔見知りなんかできないですよ」

 そう、その女の子はレッズサポだ。いいですねってサポーターが少なくていい訳がない。それを言うならこっちの方がレッズは羨ましいと言いたいのだ。あんなにスタジアム一杯にチームカラーで染まったサポーターが集まって大声援を送って、恐らく味の素スタジアムで行ったぼくらの応援も彼らにしてみればショボイものなんだろう。いつかいつの日かビッグアーチが紫に染まれば。

 それにしてもぼくは今まで他のサポーターだという人に会っても憎き敵サポーターという眼で見られたことがない。というか不思議な眼で見られるのが通常だ。何で広島とか広島って有名選手いるのとかそもそも中国地方の地理関係を理解してる人が少ない。隣の山口など九州と思ってる人もいたくらいだ。それくらい影が薄い。だからこそ人畜無害な感じがするんだろう。それだけにサンフレッチェの露出を多くするというのは広島をアピールするのにいいのではないだろうか。そして中国地方唯一のJリーグ・クラブということでもっと中国地方でも貴重な存在として認識してもらえないだろうか。そこはいつも物足りないと思ってるとこだ。

 開幕してしまうとやはり忙しい。試合があったらあちこちのサイトをチェックしないといけないからだ。メディアの露出が少ない割りに個人のHP等は充実してる。それがサンフレッチェだ。

 こんな個人のHPなど観なくてもいいようなものだが他に扱ってるものがないのでしょうがない。それでいて結構役に立つ情報、読み応えある記事が多い傾向がある。こういう人達を集めてオムニバス形式でサンフレッチェの本でも出すと面白いだろうにと思う。要は巷に溢れているサッカー雑誌や書籍をサンフレッチェ一色にするというだけだ。これは楽しそうではあるがまず実現しないだろう。だって、買う人あんまりいないだろうし。せめて紫熊倶楽部の企画として今までの記事を抜粋して1冊の本にするとかできないんだろうか。できないだろうな、誰かボランティアでやってもいいという人でもいない限り無理だ。だからサンフレッチェにはいつまで経っても関連本やDVDが出ないという現実がある。

 他のクラブはやってることをやってないというのがこのクラブには多い。DVDなどもそうだがやっぱり映像が一番観たいというのに全く出してない。それで認知度が上がるというものでもないだろうがDVD売り場にそんなのが1枚紛れてるだけでも存在価値はあると思うのだが。

 将来、ぼくが金持ちになったら自主制作で作ってやろうか。とそんなことはサンフレッチェ・サポーターはほとんどの人が考えてるのではないだろうか。

2007年3月 5日 (月)

気持ち良さの持続

2007/03/03 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 朝目覚めて気持ちの良い気分を味わい録画していた『やべっちFC』を観る。昨日も『スーパーサッカー』を何度も観た。正直スタジアムでは選手がよく分からないのだがTVの映像によって寿人の2得点が駒野のアシストだというのを知った。正直試合中は突破をできなかった場面やボールを取られた場面ばかり印象に残ってたんだがそれは駒野のプレースタイルにもよるんだろう。元々派手なプレイヤーではない。だからどうしてもそのプレーが過小評価される傾向にあるが代表に呼ばれてる現在やはり分かる人には分かるようだ。

 しかし4点目のウェズレイのゴールはゴールパフォーマンスまで見せて欲しかった。寿人はウェズレイが2人並んで弓矢を射るポーズ、あれを流してくれなかったのは惜しかった。確かにサンフレッチェ・サポーターしか喜ばない場面かもしれないが盛り上がる場面だと思うのだが。

 そのゴールパフォーマンスでいえば横浜FCの久保竜彦の開幕戦でのものがやたらと取り上げられてた。口をとんがらがして手を振りかざす。そのゴールもまさかこんなとこから打つとはというシュートが決まって驚かしていたが正直こんなのサンフレッチェの時代もやっていたのだ。2000年のホーム、清水エスパルス戦、残留の為にどうしても勝ちたい試合だったが40mのシュートを放って試合を決めた。そして最終節はゴールラッシュをして先のパフォーマンスで大木勉と喜び合ってた。あの時は全くといっていい程メディアは黙殺した。本当にあの当時は関東と東海ぐらいにしかJリーグのクラブがないかのような取り扱いだった。今でこそ新潟で多くの観客数を誇りガンバ大阪が優勝争いを行うようになり報道の幅が広がったような気がするがサンフレッチェに関してはそれほど変わってもないのも事実だ。それだけに寿人と駒野という代表選手は貴重な存在となっている。

 それにしても、FC東京は開幕戦に強いチームである。いつも開幕戦だけは圧倒的な強さをとモチベーションを持ってたがそのジンクスを打ち破ったのは自信を持っていいだろう。開幕戦で5点取ったというのは2002年の札幌戦という過去にも実績はあるが正直当時の札幌の実力を考えるとそんなものだった。だから今年はいける、と言いたいとこだがその5点取って大勝した年ってJ2に落ちてるのだ。まだ第1節が終わっただけだ。こんなに序盤に成績が決まってしまうくらいなら2006年シーズンはJ2に落ちていたことになる。しかも次節対戦する柏レイソルはJ1復帰クラブながらジュビロ磐田に40で勝ってしまった。昇格の勢いをもっていて侮れない。こういうチームに勝てればより勢いが出るだろう。だから気を抜いてはいけない。といってサポーターであるぼくはこの気分の良さが3日くらい続いていくのだが。

2007年3月 4日 (日)

What a Wonderful World

2007/03/03 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 ここはいつだって印象に残る。もっともサンフレッチェの試合を関東で観て印象に残らないことなんてないのだが。それにしてもここは印象的な出来事が起こるのだ。そして今回も良い方向に印象に残る出来事が起こった。

 まずはいつものように飛田給駅にノッポさんは待ち合わせをしてサポーター数名でスタジアムに向かった。先頭に立つ姉御さんはサンフレッチェのフラッグを高く抱え自分達の存在をアピールしてた。そのせいかスタジアムへの陸橋を渡ってるとカメラマンにビデオカメラを向けられた。何でも広島のTV局らしい。いや、ぼくたち広島のTVに写るのかなと妙な期待感を持った。そしてやはりこうやって固まってスタジアムに行くということは目立つんだと意義を感じた。

 昨シーズンはこのカードは3万人入った。だからどうしても去年を基準に考えてしまうが25,257人。決して悪い数字ではないだろう。何せサンフレッチェが相手となるとどこのクラブも途端に客足が減る。2年前ここでヴェルディと対戦した時なんか3,000人くらいしか入らなかった。そもそもホームの広島ビッグアーチでも2万人を超える試合なんて滅多にないので開幕としていい舞台が用意されたのではないだろうか。まあ観てる人は圧倒的にFC東京の応援をしてるのは当然のことだが。

 それでもこのスタジアムはなぜかサンフレッチェ・サポーターが集まるという傾向がある。そして妙な一体感が醸し出される。それは人が多いというのとそれに伴う準備を進めてる人がいたからだ。貸し出し用のフラッグやタオルマフラーを準備しそれを配って廻った人、サポーター自主制作のチラシとポケット選手名鑑を配って廻る人、コアサポと座っての観戦だが紫を身につけた人のエリアを決めた席割りとその案内、手拍子を促す声、どれもこれもが皆が開幕前から進められてたのだ。一種の祭りのようだ。老いも若きもみんな仲間だという雰囲気が漂ってた。この雰囲気から今日はいい試合が観れるという予感がしたのだった。

 まずはアウェイの選手紹介がある。これがアナウンスの声が曇ってて何を言ってるのか分からない。だから選手の名前に呼応する声出しができなかった。拍子抜けという感覚もあるがこれぞアウェイの洗礼ともいえるだろう。ずいぶん些細なアウェイの洗礼という気がしないでもないがまあぼくらはそんな会話をしながら自分たちで盛り上がっているのだ。

 そしてキックオフ。コアサポはもっと固まろうと襷の下の者に呼びかけ密度が増した。そして隣の座ってる座席の人達に向けては手拍子お願いしますと促してた。必死になってフラッグを振りかざしてる小学生がいたのが印象的だった。そんな感じでこのゴール裏は誰もが主役、皆がサンフレッチェ・サポーターだという空気で充満してた。その空気は選手たちも感じ取ってくれたのではないだろうか。序盤押されながらも寿人がアッサリ2ゴール奪い盛り上がる。誰も彼もが周囲にいる人とハイタッチを交わしていた。そしてウェズレイの2得点。スコア的には24だったが圧勝と言っていいだろう。寿人はもっと盛り上がれと言わんばかりに試合中もサポーターを煽ってた。そして終了の挨拶も一番盛り上げようとしてたのには本当に好感が持てた。ぼくの隣には4年ぶりに観戦に来たという女性がいたが寿人のそういう献身的なパフォーマンスにすっかり魅了されていた。「佐藤って凄い選手に見えないのにいいねえ。ファンになっちゃいそう」と。

 それにしても紫の人が増えた。その女性が言ってた。確かに増えたのだがそういう実感があまりなかった。どこかで急に増えたというより徐々に増えていったという感じなのでいつも来てるぼくには感覚が鈍っていた。毎日一緒に生活してる子供の成長が眼に見えないのと同じである。昔に比べて増えたのは分かってるがそこまで驚くほどの変化だとは認識してなかった。

 帰る前、すぐ近くに座ってた一人の青年と目が合った。そういえば以前スタジアムで話したことのある人だ。お互い声を掛け合ったのだが彼も久々に話ができて喜んでた。いつも一人で来てるらしくサンフレッチェの話をする人もいないとのこと。今度いろんな告知を教えるよと言ってアドレスを聞いておいた。そうやって一人一人声を掛けて増えていった。それが今の関東のサンフレッチェ・サポーターだ。今ではぼくの知らない人もたくさんいるがあの人を知ってるとか共通の知り合いがどこかしらできている。そういうコミュニティーができあがってる。本当に楽しい素晴らしい空間だ。

2007年3月 3日 (土)

サンフレッチェがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

 いよいよJリーグの開幕の日がやって来た。この日をどんなに待ちわびたことか。しかも今年の開幕味の素スタジアムだ。関東での開幕なんて2001年の国立でのアントラーズ戦以来だろう。そしてあの時はヴァレリーのサッカーによってぼくはすっかりサンフレッチェの虜になってしまった。あれ以来サンフレッチェはヴァレリーの幻影を追い求め結果袋小路に入ってしまったという感がある。といっても当のぼくにしてもそれまで何となく勝ったらいいなと思ってたサンフレッチェを心の底から応援したいと思ったのはヴァレリーのお陰だ。1年で辞めてしまい中国のクラブに行ってしまったのはプロとして条件のいい方に行くのは当然だろうがそこに奥さんの体調を理由にしたのがまずかった。そして後任によく知りもしないガジエフなんかを推薦したというのもいい加減さを感じた。その紳士的な物腰とは裏腹に信用できない人間という烙印を押されても仕方ないだろう。といってもこの当時サンフレッチェも本当にサポーターがいなかったので当時を知る人は少ないのだが。

 しかし、今のサンフレッチェはペトロビッチという素晴らしい監督を手に入れた。2006年シーズンでその監督としての能力、特にチーム造り、若手の育成といった部分では非常に有能な人だというのは見て取れた。だから昨年の上積みということで期待感がある。こんなに期待した気持ちでしかも関東で観戦できるなんて初めてのことだ。考えただけでワクワクする。

 関東のサポーターは自前で決起集会なるイベントを開き皆の士気を高めた。そして応援歌を掲載したチラシを作り自身のブログ、HPで開幕へ向けてアピールをした。さらにバスツアーの予定もちゃくちゃくと進んでるようだ。みんながみんな開幕への準備をしてる。決して受身じゃない、自分達のクラブとして動いてる。そしてもっと多くの人に集まって欲しい。その為に最寄り駅の飛田給駅改札ではキックオフの1時間前に集合する告知をしている。そうすることによってサポーターの輪を広げようとしている。サンフレッチェを応援するなら誰でも構わないから一緒にスタジアムまで歩いていこうというだけだがそんなことでもしないとお互い声を掛ける機会もない。微々たることだが毎回辛抱強くやってくれるノッポさんには感謝だ。そして試合後には新宿で飲み会も企画されてる。これも事前に3000円くらいで飲めるとこを探してるようだ。こういったみんなの行動で開幕は始まる。Jリーグの開幕という決まったイベントに参加するのではない。みんながJリーグの開幕を造っているのだ。

 考えてみれば試合はたったの90分。それなのにこれらの準備作業なんて1ヶ月も2ヶ月も前から進められてる。だから試合の90分がより濃密に感じられる。そしてサポーターが濃密になれば選手もそれに比例したパフォーマンスを魅せる。明らかにぼくが応援しだした2001年の頃とは違って選手は関東での試合を意識するようになった。以前の10人くらいしかいないアウェイ・ゴール裏じゃ応援してる人いないのも同然の感覚だったろう。今では関東のサポーターは熱いと選手の中でも認識があるらしい。

 試合はどうなるか分からない。でもサンフレッチェの試合が観れるというだけで起こるこの胸の高まりは何なんだろう。もはやサンフレッチェの試合が観れるというだけで興奮できるのだ。緑のピッチに入るサンフレッチェの選手たち。ああ、やっぱり想像するだけでワクワクする。スタジアムに行くのが楽しみだ。そしてこのワクワク感を共有する仲間をまた今年も増やしたい。

2007年3月 2日 (金)

日本でサッカーを応援する

北京オリンピック2008 2次予選 U22日本vs U22香港 国立競技場

 一晩経ってもぼくとしてはこの試合が相当ショックだった。ここまでレベルの低い試合をした選手の多くがJリーグで活躍してる選手ということからだ。本当にその辺の高校生辺りの方が上手いのではと思ってしまうような丁重なパフォーマンス、これってどういうことなんだろう。

 本田圭介などFKになると嫌な選手であるがこの試合では全く駄目だった。絶対に入らない雰囲気がある。家長にしてもドリブルが持ち味と紹介されてたが香港相手に突破を図ったのはほんの2、3回だった。谷口など川崎では脅威を与える存在であるがベンチに座っているだけになっている。一体このチームは何なんだろう。Jリーグで活躍してた選手が代表となると途端にレベルダウンしてしまうのはどういうことなんだろう。それだけJリーグがレベル低いということなんだろうか。だとしてもFKなどどのレベルでやっても変わらない要素もある。そういうのも通用しないというのはどういうことなんだろうか。

 日本にはメッシやルーニーといったワンダーボーイが出ないと言われている。事実そうなんだがその為そのワンダーボーイの役を平山に当てようとしている。だが平山にはもう期待感がない。高校選手権で優勝した頃はあの年代で飛びぬけた才能を持ってるように見えたがそこから止まってる。一応オランダで7得点も挙げたことから実力はあったんだろうが成長は感じない。むしろ退化してしまってる印象がある。といって他に持ち上げる選手もいないから持ち上げてるというのが現状だろう。

 しかしこれは選手やマスコミだけに問題があるともいえない。そもそも日本では勝ち組、負け組みという言葉があるように皆勝ち組に入ろうとしてる。そしてその勝ち組に入るために日本でしか人気のない競技でも世界一になればその競技を賞賛する傾向がある。サッカーのようにどこの国でもやってて勝つのが難しい競技というのは勝てないものだから駄目な競技という目で見られる。駄目だからこそどうにかしてやろうとは考えないようだ。だけど中にはそんな人間もいる。それがぼくらだ。

 ついにJリーグも開幕する。本当に選手が駄目なのか。そしてサッカーで世界は目指せないのか。しっかり目を凝らしてチェックすることにしよう。とりあえず青山敏弘、世界に通用するプレーを期待している。

2007年3月 1日 (木)

日本サッカーの後退

北京オリンピック2008 2次予選 U22日本vs U22香港 国立競技場

 青山が帰ってきた。インフルエンザで倒れてしまい一時は入院したという噂がまことしやかに囁かれたものだ。ようやく体調も戻って代表にも合流したようである。そしてこの試合はオシムが観に来るということだ。A代表入りを本気で検討してるらしい。本来の活躍をすればそれは不可能ではないと思う。まだ青山の名前はメジャーじゃないがサンフレッチェ・サポーターだけは分かってる。A代表でも十分やっていける能力を持っていると。

 広島にはこういう選手が多い。下田にしても間違いなく日本一のGKであるがあまりそういう認識は持たれてない。佐藤寿人も結果を残してる割にはドイツW杯での選考には漏れたし駒野も代表に呼ばれるものの大した選手と思われてないようだ。そして柏木などはU20のアジア大会では全得点に絡む活躍をしてたのに飛び級でのU22代表召集の声は掛からない。これもそれも全てはサンフレッチェにいるからだ。マイナーなチームにいるがために代表に呼んで欲しいという世論がおき難い。サッカー専門誌にしても関東のチームばかり取材して地方のチームはほとんどやってないというのが現状だ。何でも東京に集中してる日本の悪い例であろう。どうせだから広島でサッカー専門雑誌を創刊してしまえばいいのに。

 しかしこういう広島の選手にとって代表はいいアピールの機会だ。これは単に代表に残るアピールというより試合を観ている一般人に名前を覚えてもらうチャンスなのである。まあそのチャンスを広げるためにも長く代表に呼ばれるのがいいのだが青山はそのチャンスを貰った。そしてぼくらは青山がサンフレッチェで見せたパフォーマンスを代表に注ぎ込むと信じている。サンフレッチェにはこういう選手がいるというのを思い知らせて欲しい。そしてこの選手は凄いと感じる人が広島に多く現れることを期待する。

 今の日本において良い選手の基準とは代表に選ばれるかどうかになっている。選ばれてなくてもサンフレッチェには魅力的な選手はいるのだが日本代表という肩書きがなければ凡庸な選手というのが今の日本では通説になってる。それだけに代表の試合は大切にしないといけない。そして期待を込めて観た試合だったがぼくは暗澹たる思いをしたのだった。

 この試合には何のエンターテイメントもなかった。シュートは入らない、パスミスはする、FKは蹴る前から入らないオーラが漂ってる。本当にこの選手たちはこの年代の最高の選手なんだろうかという気がした。だとしたら日本のサッカーのレベルは下がってるんじゃないだろうか。少なくとも年々個性のある選手がいなくなってる。線が細いと言われたアテネオリンピック代表の方がよっぽど良かったような印象がある。これはマズイ。

 選手個々の能力が劣ってるという訳ではない。明らかに香港の選手より足元の技術は高かった。それでもゴール前は決まったようにパスを回す。自分が点を取るという意思を持った選手が見当たらないのがもどかしかった。チームによって点を取るのが美しいとでも言わんばかりだ。だが観客はロナウドやシェフチェンコのようなストライカーを観てる方が盛り上がるのだ。裏を取る動きばかりで決して自分で仕掛けないFW、一体日本のサッカーはどうしてしまったんだろう。こんなものなんだろうか。

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