無料ブログはココログ

ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月31日 (水)

開幕前夜祭告知

 サンフレッチェの開幕は味の素スタジアムでFC東京との対戦だ。いきなり関東での試合ということになる。2006年シーズンはここで紫で塊るという企画をやってそれ以来アウェイ・ゴール裏のレプリカ着用率が上がり応援に一体感が出たような気がする。それ以前にはここで久保がゴール前の絶好機を外してそれ以来チームが不調に陥りJ2に落ちたという経験もした。更に2005年などはヴェルディ戦でそれまでちっとも勝てなかったのに14で大勝して以来チームが乗って連勝したという経緯もある。そんな感じで何かと思い出深いスタジアムである。

 そんな開幕を前にして関東では決起集会なるものを企画している。少々大袈裟なタイトルだが単に開幕を前に普段使ってる下北沢のサッカーバーで懇親会をやるというものだ。多分どうせ予約取って集まるので過去の試合をモニターで流すのだろう。どうせだから盛り上がったFC東京戦ならいいんだが。まあそれは企画した人に任せるとしよう。

 しかし、この企画の主催者の熱意は並々ならぬものがあり色んなとこから景品を集めてきたようだ。だからサポーターによる独自の企画といっても参加して損はないと思う。この機会に是非関東でサポーター仲間がいない、もしくはもっと仲間を増やしたいと思ってる人は参加して欲しい。それが主催者の人も望んでることなのだから。

 関東のサンフレッチェ・サポーターはいつも人を増やそうとしている。そして盛り上げようとしている。それがこういう企画の立ち上げなのだが告知しても新しい人が来てくれないのではどうしようもない。間口は広げているのだから仲間が欲しいと思ってる人は参加できるなら参加して欲しい。きっとこれからの観戦が面白くなるだろう。

 こういうことも紫熊倶楽部の掲示板で告知できたら便利なんだが。改めてあの掲示板が閉鎖されてしまったのは痛い。とりあえず2月25日(日)午後3時より、下北沢トレブル(http://treble-football.com/に集まって欲しい。

2007年1月30日 (火)

勝ち組への提言

「スタジアム離れが進むイタリア。サポーターの本音は!?」

スタジアム離れ現象が続く近年のイタリア。パレルモ、カターニャ、フィオレンティーナなど満員サポーターの声援・後押しを受けるクラブは稀で、大多数のスタジアムでは観客数が年々減少している。以前からスタジアム離れの危機を訴えている現地有力紙コリエレ・デッロ・スポルトはサポーターからメッセージを募り、彼らの本音を紙面に反映させている。28日付けの紙面に紹介されたサポーターの声は以下の通りとなった。

「チケットの値段を下げて、開始時間を以前のように戻す。カルチョを支えるのは心であり、財布ではない(エレナ・インテリスタさん)」
「サポーターをスタジアムから遠ざける作戦ならば、おめでとうと言いたい。作戦はもはや成功に終わった(ジャンルカさん)」
「子供達は試合を見に行きたがっていたが・・・、(夜遅い時間帯では帰りのこともあり)大都市でしかスタジアム観戦は無理(マウロさん)」
「カップ戦、リーグ戦ともにこの時間帯での試合開始はもうやめろ!!(ジャンニさん)」
「イングランドから学べ!!なぜプレミアは常にスタジアムが満員なんだ?まずはアホみたいな値段を下げろ!!(匿名希望)」
「イタリア杯で数少ない真剣勝負(26日夜のミラン対ローマ、21時15分開始)をなぜ中途半端な時間帯でやるんだ!!(匿名希望)」
「値段と時間帯をもっと考えろ!!サポーターは疲れるだけだ(匿名希望)」
「もはやサポーターへの配慮など何もない(ステファノさん)」

チケット代の高騰、交通網の不備、スタジアムの老朽化、スタジアム観戦に伴う危険、チーム数増加による試合内容の低下、時間帯などスタジアム離れの原因は様々だが、最も多い声が「値段」「時間帯」に対する不満だった。莫大な放映権料に浮かれている間に、サポーターがスタジアムから遠ざかっている事実を関係者は真摯に考える時期に来ているだろう。W杯優勝国のイタリア、国内リーグ戦・カップ戦に観客が集まらないのは選手達の責任ではない。

佐藤 貴洋/LIVEDOOR SPORTS

 イタリアといえばカルチョの国、サッカーに関しては絶対的な関心のある国だと思ってた。それには違いないのだろうがこうやって観客離れが進む現状はそのイメージを崩しつつある。言わばサッカーにおいて頂点だと思ってたものが実はこんなものだったという現実を突き詰められた格好だ。これによってセリエAは放り込みサッカーで面白くないとかいう声を聞く。でもちょっと前までそういう人こそJリーグをバカにしセリエAこそ最高だと言ってたような気がする。

 そういえば川端康生の『Football Time』にこんな記述があった。ドイツW杯の日本対ブラジル戦でブラジル・ユニフォームを着たカップルがフェイスペイントをしてるのをよく見ると日本人だったと。他国同士の試合ならまだしも日本の試合で対戦国のユニフォームを着るメンタリティが理解できないと。これなども同じ精神構造なのだろう。

 結局ブラジルが日本に勝つのは明白だ。だから自分たちは弱い日本代表なんか応援せずに強いブラジル代表を応援する。自分たちの応援するチームは勝つ。優勝も視野に入ってる。日本なんか応援して惨めな思いをするくらいなら強いチームを応援した方が高みに立っていられる。それはセリエAが世界最高峰リーグと呼ばれてた頃セリエAを観てるとJリーグなんか観てられないと言ってた人達と似ている。自分たちは世界最高峰の試合を観てるという高みに立ちたいと考えてるのだろう。

 だけどそういう人達は本当にサッカーのこと好きなんだろうか。そういえばタレントでもやたらとヨーロッパのクラブを応援する人がいるが世界クラブW杯でリバプールのレプリカを着てたかと思ったら翌年にはバルセロナのレプリカを着ていた。ぼくには「エエ~ッ!」ととまどってしまったが結局そのタレントにとってヨーロッパのクラブだったら何でもいいらしい。その癖そのタレントがベガルタ仙台の名前を言えなかったのをぼくは知ってる。結局大してサッカー好きじゃないんだろう。

 結局こういう人達のこのような行動は日本を卑下するとこから来てるのだろう。確かにJリーグはヨーロッパの5大リーグに比べてレベルは落ちる。それは選手の年棒からして違うのだから太刀打ちのしようがない。それでもぼくはJリーグこそが世界で一番興味のあるリーグである。そして世界で最も応援してるクラブがサンフレッチェ広島だ。ぼくはそれをバルセロナに行こうとマドリードに行こうとマンチェスターに行こうとロンドンに行こうとミランに行こうとそう答える。恐らく世界中のどこの試合を観て興奮しようともその心は変わらないだろう。ぼくは広島に誇りを持っている。

 自分の国、自分の地域に誇りを持つというのがどうもこの国においては欠けているような気がする。いつでも日本は駄目、世界に合わせないといけないと国際人になれないと。国際人というのもどこか歪んだ解釈をされたようだ。自分の住んでる国に対して誇りを持ってない人間がどうやって国際人になるというのだろうか。だから現在政府が推し進めようとしてる愛国心への教育もあながち間違ってはいないという気がする。ただ、ぼくにとって愛国心なんて教育されて培われるものなのかなという疑問は持っているが。

 日本だって歴史のある国だ。そして奇跡の経済成長を遂げた国である。それなりの文化もある。それでいて明治維新で過去のものを一切合財投げ捨てた国でもある。そういう意味では昔から強いものに敷かれるという特性はあったのかもしれない。あるいはそうやって柔軟に外からのものを吸収するからこれまでの発展があったと言っていい。だけど外のものを吸収するのと自分の国を卑下するのとは別物だ。だから海外リーグの良い面、そして日本に馴染む面だけはどんどんと取り入れればいいと思う。だけど何でもかんでもヨーロッパのサッカーを真似る必要はないと思う。そこは日本ならではのスタイルがあっていい。応援に関しても本場のヨーロッパはこうだと合わせる必要はない。もっとオリジナルティを出していけばいい。それがヨーロッパじゃそんなことしないというのでもいいではないか。ここは日本。日本独自のスタイルがあっていい。逆にいつか日本に観光に来た外国人がJリーグを観てヨーロッパとは違う楽しみを感じてもらえるようになってもらいたい。Jリーグだって世界の中の一つのリーグなんだから。

2007年1月27日 (土)

サンフレッチェへの思い

 又聞きした情報で申し訳ないがぼくはどうしても言わずにおれなかった。本人の承諾も得てないのだがぼくのブログがそれ程影響力がないという判断で書かせてもらう。

寿人も駒野だがオファーがあってもクラブで止めて断って良いと言ってるらしい。そして戸田は年俸は増やさなくて良い、厳しい財政の中、完全移籍で広島に入れてもらえただけで感謝していていると話したらしい。さらにミーシャはその人柄の良さと、チーム事情への理解と、育成への情熱の為に選手が全員残ってくれたということだ。ぼくは何て素晴らしいチームなんだろうと思った。

一体何でみんなここまで広島のことを考えてくれるんだろう。人気もない、金もない、マイナーなクラブなのになぜここまで。寿人や戸田なんて元々外から来た選手なので広島に縁もゆかりもないはずなのに。駒野も自身のステップアップには移籍という選択肢も有効なはずだ。さらにミーシャにいたっては日本の地方都市ではなくヨーロッパのクラブでも仕事はあるはずだ。それがなぜこれだけの情熱を注ぐことができるのか。そういうものを含めてぼくはサンフレッチェ広島というクラブが素晴らしいクラブだというのを感じた。本当にサンフレッチェを応援してて良かった。

選手の中には移籍の理由にフロントへの不審を挙げることがある。サンフレッチェに関してはそういうことがないのだろう。そういえば小野監督時代、久保社長が若手育成への不満を口にしたがそれでも契約が決まったからには全面的に支援はすると小野監督にエールを送ったがそういう今いる人材に関しては信頼するというスタンスを持っているのだろう。

ぼくも広島はもう10年も前に離れた。実家だって広島じゃない。それでも広島のサッカークラブを応援している。それは広島への郷愁もあるのだがやはりサンフレッチェというチームカラーもあるのだと改めて感じる。サンフレッチェがなければ特定のチームを応援することはなかっただろうし広島への思いもなくなってきただろう。これから先も金満チームになることはないだろうが安定した経営ができるチームになって欲しい。その為にも今シーズンはもっと観客が入って欲しいものだ。ぼくもとりあえずは新しいレプリカは買うことにしよう。

2007年1月26日 (金)

日程発表

 やっとのことでJリーグの2007年の日程が発表された。Jリーグ公式サイトをチェックして手帳に予定を書き込む。噂通り開幕戦は味の素スタジアムでFC東京戦だ。一応全てのサンフレッチェの試合をカレンダーに書き込むのだが段々と面倒臭くなってきた。だから会場と時間が決まってる6月までで止めてしまった。

 ぼくの場合当然広島の試合は行けないと考える。が、中には広島や大分や大阪に試合でも当然の如く行く人がいるからサンフレッチェを応援してると感覚が鈍ることがある。まあぼくの場合あくまでも関東の試合が中心となる。それでホームの時は帰省を兼ねて行ければ行くというスタイルだ。だからホームの試合なんて3年に2回というくらいの観戦頻度となっている。やはり交通費が高くてなかなか遠征はできない。高い交通費を払うくらいなら近場で他のチームの試合を観た方がいいというスタンスだ。勿論それではサンフレッチェにちっとも収入はないのは分かってる。でもJリーグという範疇では共存共栄という考えで決して意味のないことではない。潤うチームがあればそれはそれでリーグが盛り上がる要素になる。リーグが盛り上がれば必然的にサンフレッチェにも恩恵があるだろう。

 同じ考えでぼくは買い物をする時はなるべくJリーグのスポンサーとなってる企業のものを買う。他のチームのものでも構わない。サッカーに金を出しているということのメリットを感じて欲しいとぼく一人でも貢献しようとしてる。これも共存共栄の精神だ。

 しかし、以前この共存共栄の精神に反する行動を取られたことがあった。2003年、J2にいる時サンフレッチェは他チームに戦術の情報が漏れるという事態が発生した。それもチーム関係者が足を運んで練習を見学に来るとかビデオや試合から戦術を分析するというのならいい。何と、サポーター向けに配信されてたメール・マガジンから情報を取っていたのである。ファンになりすまして会員登録しタダで情報を仕入れてたのだ。この事実が発覚してからメール・マガジンでは練習や戦術の情報を載せなくなった。そして翌年にはマール・マガジン自体の廃止という事態になったのだがこれなどせっかくのサポーター向けのサービスを踏みにじられたようなものである。共存共栄という精神を持っていればこういう行動はできなかったはずだ。サンフレッチェもこんなことをやったクラブの名前は公表しても良かったと思う。

 いずれにしても日程は決まった。後はぼくが土曜日に試合がある時いかに仕事とぶつからないかである。これだって要領のいい人は上手く休めるように段取り取るのだがぼくはそんな要領のよさは持ち合わせてない。そして関東で試合があるのに行けないと本当に辛い。試合の勝敗よりも辛い。今年も自分の日程との戦いの1年となりそうだ。

2007年1月25日 (木)

マスコミとの距離感

 宅急便の中に入ってた中国新聞。実家からの小包に同封されてた。別に頼んだわけでもないが気を利かせたらしい。何せ一面にはサンフレッチェの写真がカラーで掲載されている。ただチームが始動していきなりナイターの練習をしたというだけなのに。中国新聞のサンフレッチェへの応援する姿勢はありがたい。ぼくのような一関東サポーターが言うのも変な話なんだが。

 そういえば以前関東の試合の後中国新聞の記者の人が飲み会に顔を見せたことがあった。あの人今もサンフレッチェの担当なんだろうか。あれ以来顔を見たこともないし仲間内で会話に出ることもなくなった。まあぼくとしては交流をはかりたいと思いつつもああいうマスコミの人とは一線を引いておくべきだというスタンスだ。紫熊倶楽部のような本当のサポーター・マガジンのような雑誌ならまだしも中国新聞というそれなりのメディアである。そこに私的な関係を築くのはお互いにとってうまくないことがあるのではないだろうか。まあ協力を頼まれれば断りはしないし話をしたいと言われればこちらとしても乗る気はあるが。

 本場イングランドのコアサポ・グループの人達は警察とマスコミは毛嫌いしてるらしい。それだけ本人達が問題を起こしてるというのもあるのだがマスコミはあることないことデッチ上げるからというのが理由らしい。そう考えれば日本のマスコミだって負けてない気はする。

 最近の不二家の不祥事にしても姉歯建築士の偽装設計にしても三菱自動車のリコール問題にしろマスコミは一つチョンボを見付けるととことん突っ込みその企業を潰すんじゃないかというとこまで追い込む。確かに不正や欠陥があったにしろもっと外に見えない視点など多様な対応をしないといけないのに勧善懲悪的に叩くことしかやらない。マスコミは日本の企業を潰すつもりじゃないのかという気さえしてくる。

 具体的な例を挙げると不二家の期限切れの牛乳を使うということはどこの菓子メーカーもやってることだ。実際ある菓子製造会社社長は自信のHPでそういう期限切れの牛乳は熱処理などをして利用する為にその専門の業者までいると言ってる。結局これはどこからどこまでが加工という概念になるかの問題だ。熱を加えたら加工か、それとも完全に製品としてパッケージに包まれるまでなのか。どうも不必要に騒ぎ立ててるような気がする。それならイラクに行けば砂の入ったコーラが平然と売られてるし韓国では寄生虫入りのキムチや残飯の入った餃子が売ってたなど外国はもっと酷い例はいくらでもあるのだ。こういう重箱の隅をつつくような報道はどうなんだろうか。

 ついでだから姉歯建築士の耐震強度偽装問題について。これなどは確かに手抜き設計だが買った人は相場よりも相当安い値段でマンションを買ってるという事実が抜けている。これはぼくの知り合いで実際にいるのだが都内でこんな安い物件を見付けたと興奮してる人がいたのでその値段はちょっとおかしいと助言をされてたが結局その物件を買って後で耐震偽造のマンションだというのが発覚してしまった。姉歯建築士の問題が出て真っ先に名前が出たマンションだけに周囲の人はやっぱりねという冷めた感覚だったがマスコミは買った人が被害者というスタンスだった。あれだって多分買った人は購入を決めた当時は見えないとこよりも見栄えが良くって安いマンションが欲しいという感覚だっただろう。それであればその購入者の希望は叶ってるので何の問題もなさそうだが。

 さらに三菱自動車の問題に関しては全く論点がズレてた。当初三菱ふそうのトラックが起こした事故が発端だがそれが自家用車まで叩かれるようになった。ふそうと自動車の区別がついてないのが理由だがこの当時三菱自動車の自家用車が炎上してしまうとそれだけで報道されてしまった。これだって他メーカーのディーラーに聞いたが車が燃えるなんてのは三菱に限らず11回はどこかしらあってほとんどの場合ユーザーの方に問題があるというのだ。ジープに普通タイヤを使うなどするとエンジンに負担が掛けてそれがキッカケで車が燃えるというのはあるらしい。

 結局マスコミも商売だ。自分達の記事が売れればそれでいい。社会的責任とか何とか綺麗事言ってるがそこは一企業と変わりはしないのだ。そんなとことあまり親身になってもというのがある。勿論サンフレッチェの認知度を高めるのに利用できるのなら利用したいがそれもマスコミにとって利益がなければできない話だ。だから一定の距離を置いて利用できれば利用する。変に仲良くなろうとかは考えない。それが健全な関係ではなかろうか。

2007年1月24日 (水)

チーム始動

 122日に1007年のチームが始動した。e-vpointのメールによって知ったのだがやっと始まったかという気がした。選手にしてみればもうちょっと休みたかったのかもしれないが。いや、結局自主トレをやったりなんだでそうゆっくりもしてられないのだろうが。まあオフはオフでしっかりと休んで気分を切り替えてくれればいい。ガジエフの時は早く始動したはいいがチームも降格してしまったのだからあまり選手に余裕を与えないのは良い効果を生まない。ということで今年のシーズンの始動は適当な時期ではないだろうか。

 ただ、そんな中でも寿人は色んなとこへファンサービスに出てた。関東でもトークショウをやり広島でもイベントに参加し本人の企画でフットサル大会もやったみたいだ。この選手は広島はもっとサンフレッチェをアピールしなきゃいけないというのが分かってる。この辺が外から来たから気付く感覚であるがそれを行動に移す寿人は素晴らしい。改めてこの選手が広島に来てくれて良かった。この選手を獲得したのは得点を取るということ以外にも広島のために貢献するという意識の高さ、そういうものを考えると本当にこの補強は成功だったと思う。大枚をはたいて取った価値が十分ある。若い選手は寿人のこういうとこを見習って欲しい。

 考えてみればぼくらサポーターはいつもどうやったら客が入るのかとかどうやったらもっと認知度が上がるのかということを考え続けてる。それが選手の中でもこうやって取り組んでくれるというのは非常に嬉しい。

 寿人のこうした献身的な活動はどれくらい効果を現すんだろう。それは全く分からない。もしかしたらほとんどないかもしれない。だかど続けなきゃいけない。本当に人を増やすというのは地道なことをやり続けるしかないのだ。選手もフロントもサポーターも一営業マンなのだ。

2007年1月23日 (火)

今西さんからの脱却

今西氏が広島顧問を退任

 広島は22日、ゼネラルアドバイザー(顧問)の今西和男氏(66)が1月いっぱいで退任すると発表した。今西氏はJリーグ創設時に広島の総監督を務め、日本サッカー協会強化副委員長なども歴任した。(nikkansports.com

 今西さんがサンフレッチェを離れることになった。広島という地でサッカークラブを運営するのは砂漠に水をやるようなものだった。実際にクラブ消滅の危機さえあった。それなのにここまでサンフレッチェに携わってくれたことには感謝したい。この人がいなければサンフレッチェは今の地位にいなかっただろう。

 ただ、こうやって一人の人間に依存する組織というのはどうなんだろうか。それはクラブとして足元が危ういといわざるを得ない。確かに今西さんの離脱には不安がある。ただここは今西さんの手を離れてもクラブとして発展させなくてはならない。今シーズン新しい体制になってやっぱり今西さんがいないと駄目だったというようにならないことを祈る。

 しかし、人事面で不安がない訳ではない。フィジカル・コーチなど裏方の人材が流出している。獲得選手もユースの2人だけだし本当に金がないようだという台所事情をうかがわせてしまう。それが故に他クラブからは大したことないように見られてしまうだろう。

 ただこればっかりはやってみないと分からない面も大きい。そして今シーズンこのメンバーでやれたらクラブにとって凄い財産になるはずだ。お金がなくても戦える、地方クラブのサンフレッチェが目指すべきスタイルだ。そういう意味で今シーズンは最も注目するシーズンといえるだろう。

2007年1月20日 (土)

新ユニフォーム発表

 2年振りに新しいユニフォームが発表された。元々サンフレッチェは3年置きのユニフォーム変更をしてたが2003年からは2年置きになった。これでも他クラブは1年置きに変えてるのでまだ遅い方であるがサンフレッチェの現状のマーケットを考えれば2年置きというのは適当な間隔だろう。実際全部のユニフォームを揃えたいという人にとって毎年変えられてたらたまったもんじゃない。要は個人のお金の問題なのだが。

 そんなサンフレッチェのユニフォームだが一部のサポーターの間では2代目のユニフォームに感心が高い。全身紫にチェックの線。シンプルだがどこのクラブもやらないようなデザインだ。紫の色具合からいっても特徴的である。また何年か後には原点回帰でこういうユニフォームも作ってみたら面白そうだ。まあユニフォームもその時々の流行りに合わせてるのだろうからそういう可能性もなきにしもあらずだ。そもそもメーカーのミズノというのはずっと変わらないのだろうし。

 実はこのミズノを好まない人は多い。なぜなんだろう。腕のミズノクリスタルというラインが気に入らないんだろうか。前ユニフォームにはなかったが今回はまた復活した。そういうメーカー独自のデザイン性というものを考えればカッパなどは高いデザイン性を持っている。ナイキやアディダスもブランド力がある。だからミズノからの脱却を願う人がいるのも分からないでもないがそんなに違うものだろうか。

 そもそもレプリカユニフォームの購買に関して好みのメーカーになったというだけで買う人がいるんだろうか。それとも好きなメーカーのユニフォームだから急に興味が沸いたという人がいるのだろうか。それで観客動員につながるのだろうか。ぼくは限りなくゼロに近い可能性だと思う。だからミズノに決まったんだったらミズノでいいじゃないかとぼくは思うのだが。

 そんなぼくも1代目、2代目のレプリカは持ってない。そして昨シーズンのレプリカも買いそびれてしまった。どうしても関東にいると背番号を入れようとすると通信販売くらいしか方法がない。そうすると送料が掛かるだけに何か他のグッズと一緒に買わないとという強迫観念が生まれる。その結果高い注文になってしまい腰が重くなるのだ。何だか本末転倒のような。でも今回のレプリカはずいぶんと売る気満々になってるようだ。今までだと発表されてすぐに注文を受け付けるということがなかった。オンライン販売のeV-pointでアウェイまで売り出してるのには今回のレプリカへの意気込みを感じる。背番号の下に選手の名前が入るというのも選ぶ楽しみがある。

 今回はぼくも買おうかな。誰の背番号にしようか。その前に前のレプリカも揃えておきたいな。余ったの在庫処分で叩き売りしないかな。前回この時期に叩き売りをしたのだが当然なくなってしまった。それを考えると前はそんなことしようとも売れ残っただろう。徐々にではあるがサンフレッチェも認知されてるということだろうか。勿論まだまだとても足りないが。

2007年1月19日 (金)

上村健一、ロッソ熊本へ

 

上村

のロッソ熊本移籍が決まった。これで高橋泰と共に
2人の元サンフレッチェの選手が所属することになる。2人共サンフの顔だっただけに必然的にロッソへの感心も高くなっていった。

 ロッソ熊本もてっきり昨シーズンJ2へ上がるものだと思ってた。JFLで快進撃を続けるも終盤で失速、結局5位で終わるという期待外れな結果に終わってしまった。まだ3位なら特例でJ2に上げてもらえるかもと言われてたが5位じゃシャレにならない。上がれないにしても5位という成績はガックリだった。あくまでも第3者的な目で言わせてもらうとちょっと昇格を甘く見てたとこがあるのだろう。

 2006年、愛媛FCが昇格したためJ213チームとリーグ戦をするには不都合な奇数のチーム数になってしまった。その為早くもう1チームJ2に上がって欲しいとは思われてた。それがロッソにJ2に上がるという貪欲さを欠く要因になったかもしれない。条件を満たしてもその都度ハードルを高くされてなかなか昇格できなかった愛媛FCとはその辺で環境が違う。それでもめげずに昇格を争った愛媛FCは本当にJ2に昇格したいんだというのが傍からも分かったし実際昇格した後もそこそこの戦いをやってる。ロッソが特例を使って昇格したとしても昇格への意思が甘いだけにお荷物になるのは目に見えてる。だから昨シーズン昇格しなかったのはやはり妥当だったのではないだろうか。

 そもそも今までの昇格チームを思い返せば皆JFLでは強豪だった。横浜FCなどは最たるもので2年連続の優勝を果たしてる。水戸ホーリーホックだって横浜FCの最大のライバルの一つだったし徳島ヴォルティスにしてもザスパ草津も強豪だった。それでもJ2に昇格した最初はなかなか勝てない試合が続いたのである。ロッソがこのまま昇格したらそう以上に悲惨なことになりそうだ。やはり結果を残したチームが上がるというのは最低限の条件であろう。

 しかし

上村

もそのようなカテゴリーにまで身を落としてまでサッカーを続けたいというのは凄い情熱だ。今でもプロを続けているのは予想しなかった。それは2003年、サンフレッチェでの最後のシーズンのプレーを見てるとそう思ってしまうだろう。J2の舞台で靭帯断裂から戻った

上村

はどうも昔の当たりの強さがなくなってた。迫力に欠け疲れてるような印象があった。そんな時もう足が痛くてしょうがないという噂を耳にした。
3回も靭帯を断裂し今回の手術は相当に無理がありサッカーをやるには負担が掛かりすぎると聞いた。だからそのシーズンで引退するという話だったがそれから3年も現役を続けてしまった。そしてまだ辞めそうな気配もない。毎年今年で最後だろうなというぼくの予想を裏切り続けているのだ。

 でもどうせだから今シーズンはロッソを昇格させて欲しい。高橋が点を取って

上村

が守る。何て素晴らしいんだろう。今年はJFLまで楽しみになってきた。

2007年1月18日 (木)

ネットならではの悩み

 ぼくは今とてつもなく悩まされている。ホームページ、ブログを公開してる人なら誰でも行き当たることだが所謂スパム業者のリンクである。消しても消しても次々と書き込まれいっそのこと書き込み禁止の設定をしてしまおうかと思った。そうすると本当に閲覧だけのブログになるわけだ。それはそれで、と言いたいとこだが正直なとこまともなコメント付けてくるひとなんて皆無に近いし今の状態は単にスパム業者を喜ばすだけの状態になってる。なのでこれからはコメントの投稿欄は閉じてしまうことにする。申し訳ない、って誰も困ってないんだった。

 このスパム業者、本当にたちが悪く様々なとこでホームページの掲示板を荒らしている。そのもっともぼくに影響があるのが広島フットボールだった。これはサンフレッチェの準オフィシャル・サイトとしてぼくらも様々な告知に利用してきた。試合毎の駅での集合告知やサッカー・カフェのモニター観戦の告知には欠かせないものだった。それがスパム業者によって荒らされ掲示板は閉鎖に追いやられてしまった。全く腹立たしいったらありゃしない。サンフレッチェのような経営規模の小さいクラブにとってネットというのは重要な伝達媒体である。それを妨害するんだからぼくもスパム業者へ攻撃を仕掛けよう。よし、これからスパム業者退治をしよう。

 といって考えてみたが怨念めいた発想ばかりが浮かぶ。メールに邪念を埋め込んで送り返すとかスパム業者に悪霊を送り込むとか。ああ、ぼくって本当にこのエレクトロニクスの発展した世の中の人間なのだろうか。自分でも呆れてしまう。結局有効な手だてはないのだ。つまりは広島フットボールの掲示板がなくなろうとぼくのブログが汚されようと泣き寝入りしかないのだ。何か理不尽だな。

 でももはやネットで人を集めたりするのは難しくなりつつある。ぼくが2001年に関東でサンフレッチェ・サポーターを集めたのはある意味不幸中の幸いだったのかもしれない。これからネットの世界というのはどうなっていくのだろうか。

久保、横浜FCへ

 久保の移籍先がよりによって横浜FCだとは。よりによって高木監督の下に行くとは。ぼくは一ファンでありながら嫌な存在だ。昨シーズンの日産スタジアムでは見事にやられてしまった。その久保がこれまた広島をよく知る高木監督のチームに入るのである。厄介な存在になってしまった。

 横浜FCというのは2003J2リーグで4回の対戦で全部勝てた相手である。その当時はせいぜい最下位にならなければ御の字のようなクラブでボーナスステージのような対戦だった。サンフレッチェは1年でJ1に上がれたが2004年に天皇杯で対戦した時は負けてしまった。まあこれは小野監督の采配ミス、人選ミスの色彩が強いが1度も負けなかった相手に負けてしまったのである。チーム力が落ちたのではと考えてしまった。だが横浜FCもこの頃から徐々に進化していたのだった。

 とはいえ昨シーズン開幕前に横浜FCが昇格すると予想した人はいないだろう。何だかんだいって高木は監督としての力量があったのだ。こんなことなら早いとこ高木を広島に引き込んで小野の代わりに監督をやってもらえば良かったとこの頃は考えたものである。まあ今となってはミーシャが来て結果的には良かったのだが。

 しかし久保竜彦という選手はその能力の割には数字を残せてないイメージがある。だけど記憶に残る選手だ。だから2002年のW杯の落選には心底落胆させられたしその後チームがJ2に降格した時も移籍は仕方ないと考えたものだ。ただ広島以外で結果を残せるのかという不安もあったがそれも今では解消している。実は久保本人にとっては横浜Fマリノスの移籍は成功だったみたいだ。

 今でも思う。2002年久保がサンフレッチェではなくもっと注目されるクラブにいれば間違いなくW杯に出られただろうと。でも攻撃を久保に頼りきったサンフレッチェだからこそ久保は成長できたとも言える。2001年の清水戦での40mロングシュートを観たのも最終戦のゴール前で切り返しから数人の隙をぬって入れたグラウンダーのシュートもサンフレッチェ・サポーターしか知らないだろう。あれだけストライカーがいないと言われてたのに勿体ない話だ。後に横浜Fマリノスで優勝を決めるゴールを決めて脚光を浴びたがあんなのは広島時代にもやってたのだ。

 ぼくは思う。久保にはいつか広島に戻って欲しいと。そして広島で現役を終えて欲しい。もはや敵となってしまったがファンであることはやめられない選手。それが久保竜彦だ。といっても今や結構広島の久保を知らない人多いんだよな。サンフレッチェ・サポーターの中でもJ2に降格してからのサポーターも多いだけに。実はそういうぼくも高木の現役時代を知らないのだった。

2007年1月16日 (火)

『フーリガン』

 タイトルの通りフーリガンの映画だ。フーリガンといえばイングランドで暴れるサポーター集団という認識だがその認識はある意味では当たっていてある意味では当たってない。彼らは社会階層的に下のものなのか。そうではない。フーリガンをやって飯が食える訳でもないのでそこはちゃんと定職を持ってる。そして決まった曜日にパブで集まり愛するクラブの勝利へ向けての決起を行いスタジアムに行き応援をする。その行動はバカバカしくもありなぜそこまで熱狂できるのかという疑問さえ感じる。この辺はイングランドの風土も関係してるのだろうが日本にも同じようなものがない訳ではない。ここではその名は伏せておくがどちらにせよ一般人からしてみれば情報のない世界である。だから日本でフーリガンというものが理解されないのは仕方のないことだろう。

 日本でもJリーグの試合で何件か暴力事件が起きた。それもほんのささいなすれ違いや感情の爆発といったものだろう。それをフーリガンと結びつけるのはちょっと拡大解釈しすぎる嫌いがある。そもそも本場のフーリガンは相手を挑発し貶める、そして仲間で団結して敵のサポーター・ファーム(コア・サポーター)と戦うことを目的としている。Jリーグのスタジアムで起きた暴力事件など遠く意味からしてかけ離れてるものではなかろうか。ぼくがここまで指摘するのはどうも最近Jリーグの試合はホーム、アウェイの仕切りが強すぎてアウェイ・サポーターにとっては不便になっている。せっかく同じお金を払ってスタジアムに来てるのに売店が使えないってどういうこと?試合が終わったら一番近い出口から出させてもらえないの?ホームとアウェイの仕切りを多く取りすぎて予想外に客が入ったら席に着けない人が出てる。別にどっちの応援してる訳じゃないけど空いてるからアウェイの席に座ってるひともいるんだけど、という疑問を感じる。特に関東でサンフレッチェ広島のサポーターをやってるぼくとしてはこのような疑問を大いに抱くのだった。

 まあとはいっても例えばアウェイ・ゴール裏にホームのサポーターが座って自分のチームのレプリカを着る、これは止めた方がいい。ここについては係員が注意してるのでこれだけ残して後はもうちょっとホーム、アウェイの境界を緩めて欲しいものだ。そもそもぼくらのようなサンフレッチェ・サポーターなんて暴れたって大して人数いないんだから簡単に取り押さえられるだろう。まあサポーターの中には女性もいるし子供もいる。そういう状況で暴れる人がいるんだろうか。

 そういえば過去にはガンバ大阪でいた。スタジアムで器物破損を繰り返し出入り禁止になったサポーターが。確か5人だったが今も出入り禁止なのかどうかは知らない。ガンバも人気面では苦戦をしてるクラブだけにそういうところから暴力行為に出た人がいるとなるとやはりサンフレッチェとはいえあなどれんということになるのだろうか。そういえば規制が一気に強くなったキッカケは柏スタジアムで名古屋のサポーターが暴れたのだった。これだって名古屋のサポーターなんてここ近年は減少してそれ程多くないのに起きた。だから主催者としては危険は予め摘んでおかなければいけないという発想なのだろう。だけどJリーグはもっとおおらかであって欲しい。これではフーリガンどころか肝心の一般客の足まで遠のいてしまいそうだ。

 しかしイングランドでフーリガンが蔓延る原因は退屈じゃないだろうか。基本的にヨーロッパというのは先進国の割には娯楽が少ない。美術館や中世の建物はあるがそれ以外にあるだろうか。外食をするにしても高いしゲームセンターもパチンコも漫画喫茶もない。そしてどこかどんよりと曇っていて面白いという雰囲気がない。そういう環境にいて週に1回のサッカーのゲーム、そしてそれを応援する仲間たち、そして仲間として戦う喧嘩、それらが血肉踊るような体験となってるのだろう。

 この映画を観てフーリガンを理解したとするのは早計だろう。だが垣間見ることはできる。そしてイングランドでフィジカル主体のサッカー、言い換えてフットボールが行われる土壌というのも日常に備わってるようだ。そう考えると日本の日常って何なんだろう。ますます分からなくなってきた。とりあえずぼくはサンフレッチェのフットボールで日常を突き詰めたい。サンフレッチェの日常、広島の日常、そしてぼくら関東でサンフレッチェを応援する日常を。

2007年1月15日 (月)

ベッカム移籍

 ベッカムがMSLのロサンジェルス・ギャラクシーへ移籍する。何を今更といった感がするがぼくには二つの意味で衝撃的だった。それはあれだけの選手がアメリカというサッカー不毛の地に行くということ。もう一つはJリーグに来なかったということだ。ベッカムが所属のレアル・マドリードで出場機会に恵まれないというのは分かってたことだ。それなのにどこのクラブもオファーを出さなかったんだろうか。Jリーグを盛り上げる為に是非どこか穫って欲しかった。が、5年で300億円という金額を聞いてやっぱり無理だったことを知ったのだった。

 このベッカムについてはどうも誤った認識が横行してる。多くはそのルックスのせいで単なるアイドルとしての見方しかされてないということだ。言ってみればベッカムのファンになるということはミーハーでサッカーをちっとも分かってない人というのがサッカー通と言われる人の固定観念らしい。でもマンチェスター・ユナイテッドに所属してる当時、ベッカムがボールを持つと相手サポーターからすざましいブーイングが起きてたのを知らないのだろうか。それだけ相手にしてみれば憎ったらしい存在であったと伺える。

 そしてぼくはどうも海外サッカーしか観ないというサッカー通と称する人とは同じサッカーファンという土俵に上がれない気がする。端的な例がレアル・マドリードの日本のファンクラブによる応援ツアーでのことだ。7、8人来たそのレアルのファンクラブ会員はみなそれぞれお気に入りの選手がいてその追っかけのような性格を持ってた。ただ、それだけならいいがその中でベッカムのファンというのが一人もいなかったというのが奇妙だった。確かにロナウドやフィーゴやジダンは素晴らしい選手だがベッカムについて聞かれたそのツアー客は皆あまり評価してないような素振りだった。ぼくにはそういう人達の評価の基準というものが分からない。

 そういえば昔イギリスにジャパンというバンドがいた。メンバー全員メイクをして中世的なルックスは日本の女子高生に人気が出た。が、やはり当時はバカにされたものだ。単なるアイドル・バンドだと。そのせいもあって日本以外では売れずに解散してしまったのだが解散後にその音楽性を高く評価されたという経緯がある。ロックの名盤という本でも観れば大抵このジャパンのレコードを推薦してる音楽評論家がいる。ベッカムについてはどうしてもこのジャパンと被る思いがあるのだ。

 しかし、人の評価というのはその時々において変わるもの。ベッカムが本当にMLSの人気に火を付けたなら掌を返したように賞賛されるだろう。そしてMLSの地位が上がった場合Jリーグとの関係はどうなるだろうか。今度はアメリカにも選手を穫られるようになってますますJリーグに有名選手が来れない状況になるのだろうか。それとも2001年に浦和レッズがプレシーズンマッチを行ったように相互のレベルアップに良い効果を生み出すのだろうか。先のことは何とも言えないが少なくともサンフレッチェにはあまり関係ない話になりそうなのは哀しいことだった。

2007年1月14日 (日)

驚きから確信へ

 新しい年度になって背番号が一新した。やはり注目するのは青山の6番へのコンバートだろう。この番号はサンパイオ、ベットとここ何年かチームの中心となる外国人選手が付けていたことからももはや青山がチームにいなくてはならない存在になったと言えるだろう。正直去年は安定したパフォーマンスをみせてサポーターを驚かせたと思う。だけど今年はもう驚きはしない。もはやいいプレーをするのは当たり前になってしまった。だから青山にとっては厳しい環境になったと言えよう。だがそれを乗り越えた時、青山は選手としてもう一段上に行くだろう。

 もう一人一桁番号になった選手がいる。吉弘だ。こちらは正直まだ野のものとも山のものとも分からない。昨シーズンは怪我で出場がないしその前のシーズンは出てたけどそれ程の印象はなかった。がんばってるなという印象はあったが青山のように驚いたということはない。でも3番という番号を貰ったということはレギュラークラスの活躍を期待されても仕方がない。本当に吉弘が戦力として計算できるようになればこれ程心強いことはない。怪我をしてる間もずっと待望論はあった。だから活躍してくれると嬉しいという存在だ。

 後きになる存在が15番の背番号を付けることになった高萩洋二郎である。ポジションとしては青山と被る。こちらは17歳でデビューしてユースから飛び級でトップに上がったことからずっと期待されていた。その割には試合に出ることができず段々と小野監督は何の為に飛び級させたのかという疑問が沸いてきたのだった。そして2006年は愛媛FCにレンタル移籍するがそこがチームの中心として大活躍、やっぱり高萩は本物だったとサンフサポを喜ばせたのだった。

 ただ高萩はまだサンフレッチェで喜ばしたことはない。それにいたっては吉弘も一緒だ。2人ともまずは喜ばして欲しい。そして確信へという階段を登って欲しい。そんなのは今までだって色んな若手選手に期待を寄せたが今回は現実身がある。それはミーシャが青山と柏木をスタメンに定着させるという実績をやってのけたからだ。逆に若手にとっては今はとてつもないチャンスだ。こうやってぼくらサポーターは今期のスタメンとサブメンバーの予想をする。でもメンバーはほとんど変わってないんだよな。そう考えると本当に楽しみなシーズンだ。

2007年1月12日 (金)

観客増員に向けて

 今年はもっと観客を増やしたい。どこのクラブも考えることをサンフレッチェは本気で考えなければいけない。ぼくたち関東のサポーターはホームは関係ないようだが実は結構真剣に考えている。どうやったらいいのか、色々な場所で議論されるが有効な手立てはない。だが地道なアイデアは出る。実は特効薬みたいなものはないがこういう地道な活動が将来的には一番効果があるような気がするのだ。

 そもそも関東にはサンフレッチェを応援する環境はなかった。Jリーグ開幕当初はいたみたいだが2000年頃には存在してなかったと言っていい。ただそれでもコアサポという人達がゴール裏には集まっていた。せいぜい10人程度だがあの当時よくやってたと思う。ぼくもその10人程度の内の何人かその後話す機会はあったが彼らも人を増やそうと仲間に引き入れようとしたこともあったが1回一緒に応援しても次回は来ないというのれんに腕押しの状態だったみたいだ。結局ゴール裏の応援としてはこれ以上増えないと諦めてしまったようなとこがあったみたいだ。しかしその後関東でサポーターが増えていき現在では襷の下に100人くらいは集まっている。その理由はこれもやはり地道な活動にあった。

 2000年にある関東在住のサンフレッチェ・サポーターが関東でネットワークを作りたいという思いからメーリング・リストを作った。これは海岸でコンタクトレンズを探すようなもので関東にサンフレッチェを応援してる人を探すというのは不可能に近いような状態であった。何せそんな人が存在するという気がしなかったからだ。だがやはり広島出身者もいる訳でそういう人が徐々に集まってきた。彼らはただサンフレッチェを応援する仲間が欲しいだけだった。実はそういう人はいたのである。

 メーリング・リストのメンバーを増やす過程において実はぼくも色々とやった。スタジアムに行ってはこの前もいたなと思った人には声を掛けてメーリング・リストを紹介したりHPの掲示板に書き込みしてる人で関東に住んでそうな人にいきなりメールを送ったり。今にしてみるとそんなのよくやったなと思うのだがそういう地道な活動があってからこそ今の関東のまとまったサポーターというのが存在するのだ。

 正直関東においては今までと同じ方法で人を集めるのはかったるい気がする。例えば5人しかいなかったのがもう5人増えれば劇的な変化だと感じる。だが100人いるのに5人増えてもどうってことない気がする。それでもその5人が大切なのだ。5人でもいいから増えてくれればいい。元々少数民族なんだからそのスタンスは崩すべきではない。

 ホームでももっとお互いがコミュニケーションを取れるような環境があればいい。結構そういう問題点は関東のサポーターの方が見えている。外にいる方がよく見えるのだ。だから関東のサポーターはもっとホームに対して意見を発するべきだ。そういえば寿人が広島の問題点をよく理解してるというのも当然の話だ。外から来た選手なだけに他の選手より見えるのだろう。

 とりあえずぼくは広島の人に理解して欲しい。サンフレッチェは最高だ。広島といえば燃え上がるしサンフレッチェといえば広島を感じる。ミーシャが来てチームはとても魅力的になっていったし関東での試合はいつも楽しみだ。こんなに興奮できるのにホームの人が試合を観に行かないというのは勿体ない話だ。ホームに行きたくても行けないぼくら関東のサポーターの気持ちをほんの少しだけでもいいから感じ取ってもらいたい。そして何とかビッグアーチに足を向けてくれる一つのキッカケになってくれればというのが願いだ。思い上がりがあるのも重々承知だ。だけどこんなに熱くなれるものが広島にあるのに空気のように存在感がないのはどうしても納得できないのだった。

2007年1月11日 (木)

スーパーセブンの行方

 八田 康介、2000年に入団したスーパーセブンの一人だ。ついにこの選手もかという感じだがFC東京への完全移籍が決まってしまった。確かにDFとして絶対的安心感や際立った特徴が見出せなかったような気がする。ただ輝いてた時期があったのも確かだった。皮肉にもそれは2002年の降格したシーズンだった。

 2002年の最終3節は奇跡的だった。誰もがもう落ちると思った鹿島戦で20で勝利、ホーム最終戦の柏戦も20で勝利、最終節の札幌戦も途中までは勝って残留への光が見えてた。その時のDFラインには八田がいたのである。

 この頃は選手層の薄さから八田、

上村

、駒野という3バックだった。駒野はもっと前で使いたい、八田もまだ試合に出すまでの信頼感はない。だけど他にメンバーがいないという苦肉の策だった。が、このメンバーが結果を出す。特に八田は練習では今一ということだったが試合に出ると素晴らしいパフォーマンスを魅せた。

 その後J2に降格するも若い選手の多いチームにとって経験を積むには良かったかもしれない。八田もDFの要として成長するにはいい機会だった。が、シーズン途中でレンタル移籍した井川がスタメンをはることになる。この井川の加入は素晴らしい効果を生み出し途端にDFラインが安定した。J2リーグで思うように勝てなくなったサンフレッチェにとって井川は欠かせない存在になる。そして八田は

上村

、リカルドの代わりとしては役不足の感はどうしてもしてしまった。その為よく分からない使われ方をされサイドで時間稼ぎ要因として出場したこともある。やはり絶対的な戦力というには物足りない気はした。

 2005年はJ2鳥栖へレンタル移籍し29試合に出場。鳥栖自体も好調を維持し八田も貢献した。その実績から2006年に戻ってきた時は期待したものだ。チームから2番という番号を与えられたことからも期待されたのは事実だろう。それでも2002年に魅せた衝撃は得られなかった。2006年の出場が4試合ということからも監督の信頼を得てないのが分かる。

 といってもJ1FC東京への完全移籍が決まってる。J1のチームへ行く辺り能力的には高いものがあるんだろう。ここで終わって欲しくないものだ。札幌で奮闘してる中山元気、川崎の松下、福岡で10番を付けた山形恭平、今までサンフレッチェを去った選手はたくさんいるがその中でもスーパーセブンだけは特別な感情を持ってその動向が気になる。サンフレッチェでは駄目だったがみんながんばって欲しいものである。といってもうみんな若手といえる年齢でもない。つくづくサッカー選手の寿命の短さを感じるのだった。

2007年1月 9日 (火)

素人は出て来れない

2007/01/08 高校サッカー決勝 盛岡商(岩手)vs作陽(岡山)国立競技場

 中国地方の高校として作陽を応援してたが空しく負けてしまった。勝つチャンスはあったのだがまあしょうがない。これが勝負というものよ。ただ試合としては緊迫したいい試合だったと思う。両校とも個の力で勝負する場面がよく見られ一般に言われる組織重視という日本のサッカーとは違うように見えた。が、そんなのはぼくの素人の目である。本当かどうかは分からない。ただ、見てる人はの大半はぼくと同じような素人であるのは間違いない。

 その観客だが予想外に35,939人も入っていた。地味な高校同士の対戦だから客が入らないことが予想されたが杞憂に終わった。どうも決勝戦だけは一般客も来るらしい。理由は試合前のイベントで歌手が歌うらしいのだ。その歌手によってはとてもじゃないがチケットが手に入らない状態になるらしい。実際2年前はかなりの人気歌手が来たらしくスタンドにはサッカーの空気とは相容れない客層で埋まってたらしい。だが歌手目当てだけでここまで集まるのだろうか。それだったら人気のないスポーツイベントは歌手を呼べばいいという安直な発想になるが今までJリーグでも何回か歌手が来たのを観たことがあるがそれが目的で来てる人がいるかどうかは疑問であった。

 ただ、ここまで客が来てたのでぼくの仲間の目的は達成できなかったことであろう。バックスタンドに行って青山を探すという。さすがにここまで人がいたら分かりっこない。といってぼくも一瞬考えたことではあったが。

 しかしこの大会、決勝以外は40分ハーフだ。ぼくはてっきり高校は40分ハーフなんだと思い込んでたが決勝が45分でやるのを考えるとそうじゃないというのが分かる。ということはやはり40分でやるのが変則なのだがそれはTVの関係らしい。きっちり2時間の放送枠に納めようとしたら40分ハーフになるのだがこれってどういうことだという気がする。通常サッカーの試合では最後の5分というのが一番濃い時間であることが多い。Jリーグでも延長戦を廃止したのはこの最後の5分~10分の時間の緊迫感をなくしてるという理由も当時の鈴木チェアマンは言っていた。高校サッカーで一番注目される大会が変則ルールというのは何とも哀しいのだがかといって放送局にソッポを向かれたらこれも困る。現状を考えるとしょうがないのかもしれない。願わくばもっと日本にもサッカーを観る人が増えてこの変則ルールに疑問を感じる人が多くなってもらいたい。結局これもサッカーを観てる人が少ないというのが根本的な理由なんだろう。

 少年サッカーやフットサルなど市井レベルでぼくも顔を出すことがあるがそういうとこでもサッカーを観てる人はいなさそうだ。その割には戦術や技術的には口うるさい人も多く実態が伴ってない。だからぼくのようにサッカーの指導を受けたことのない人間にとって「エッ」と思うことも多い。決して口には出さないがそうかなと思うことがある。どうせ口にしたって素人という目で見られるのは明白なのだが本当はその素人の目こそ一番重要なのである。プロになったって高校サッカーで決勝に出たって結局観客として観てるのはそういう素人なのだ。どうも日本のサッカーにはこういう素人は出てくるなという雰囲気を感じるのはぼくだけだろうか。

2007年1月 7日 (日)

新年会

 とある台湾料理店。シーズンオフ企画として新年会をやった。近場の人間に声を掛けたのだが遠方からも参加者が来て9人集まった。中には池袋のトークショウに行った人もいてどんな感じだったか詳細を聞いたが行って良かったということだった。さすがに仕事を休んでまでは行けないと思っていたがしっかりと休んで行った人もいたのには恐れ入ったのだった。

 そんな熱いサポーターの集まりであるが実は皆それなりの肩書きを持っている。出身校を聞くとかなりの進学校へ出てるケースが多い。現在の職業もそれなりの地位を築いてる。だから所謂世間一般が持ってるサポーター像からはかけ離れてる人達だ。そもそもここにいる全員が自分をコアサポとは思ってない。だけども関東の試合には必ず足を運ぶぼくらは遠目ではコアサポになるらしい。サポーターグループを作って躍起になって自分の存在感を知らしめようとする人がいる一方でぼくらのような特にそんな意識ないのにコアサポと見られるのは奇妙なきぶんだった。

 それはともかくそんな熱い思いを持ってる人達なのでトルコ・キャンプに行こうかという話が出た時本当に行くのかという気になった。そもそも年がら年中広島に遠征してJALのマイルが溜まってるんだという人もいた。一緒にどうかと言われたがトルコなんて・・・行きたいよな。

 実はぼく、10年以上前にトルコに行ったことがある。あれから大分変わったというのは聞いたがまた行きたいとこだとは常々思ってた。料理もおいしい、観光もできる、買い物も面白い、日本人をバカにしてない、おまけにサンフレッチェの練習まで観れるのだ。これ程面白い旅行もないだろう。ああ、マズイ。本当に行きそうになってくる。ここの連中と一緒にいると正気じゃなくなっていく自分が恐ろしい。

 しかしこうやってJリーグの中断期間中サンフレッチェの話題で盛り上がれるというのは何と嬉しいことか。普通に生活している限り絶対に聞くことのないサンフレッチェ広島。広島という地名もそう頻繁に出会うこともない。そこで2次会はカラオケで皆広島につながりのある歌を歌った。『ときめいてハットトリック』でモニターに映った過去のサンフレッチェの映像に釘付けになり『Smoke on the Water』に『Saturday Night』といったサンフレッチェの応援で使ってる曲を歌い、それぞれ広島に関係のある歌を披露した。あ、この歌があったかと手を叩くものもいたがぼくの歌った『Hiroshima Mon Amour』は誰も知らなかった。あんなに最後に「Hiroshima!」と叫ぶのに。

 まあでもこうやって集まってくれて楽しい夜を過ごすことができた。これでまたシーズンが始まるのが楽しみになった。スタジアムに行けばまたみんなに会えると。元々少数民族なんだからこういうつながりを大切にしたい。また今年も地道に1人でも応援する仲間を見つけたいものだ。

2007年1月 6日 (土)

サッカーの難しさ

 この時期の話題といえば高校サッカーくらいか。広島皆実高校は1点も取らずにベスト8まで行った。どうせだからこのまま1点も取らずに決勝まで進んで欲しいと思った人は多いだろうがあえなく破れてしまった。そういえば天皇杯も準決勝でコンサドーレ札幌がガンバ大阪に勝てば面白かっただろう。だけど往々にしてそういう大会の盛り上がりとは無縁な結果に終わってしまう。サッカーとは無情なスポーツだ。

 強いチームが勝つとは限らないのがサッカー。だから世界クラブW杯はバルセロナが負けたし2002年のユーロ大会ではギリシャが優勝した。その為に翌年開催されたコンフェデレーション・カップではヨーロッパ代表としてギリシャが出場してちょっと残念な気分になった。特に日本と同じ組で予選を戦うことになったのでどうせ日本も予選敗退するのは目に見えてたのでもうちょっと有名選手のいる国と当たりたかった。そういう意味で日本にいるサッカーファンにとっては好ましい結果じゃなかった。

 とはいえ実際に思い通りの結果となったとしてもそれで好ゲームが行われる訳でもない。特に決勝戦なんて1点を争う試合が多くそれ程いい試合にならないことが多い。サッカーとは本当に操作もできない難しいスポーツだ。ぼくのしてることはこの難しいスポーツでさらに人気のないサンフレッチェ広島というクラブの人気を上げようとしているのだ。これがいかに困難な作業か上記のような事実を考えれば気が遠くなりそうだ。一体他のクラブはどうやって人気を得ていったのだろう。

 といって日本で本当に人気クラブと言えるのが浦和レッズとアルビレックス新潟くらいしかない。他はどこも似たり寄ったりの状況で皆何とか観客を増やそうと知恵を絞ってる。中には川崎フロンターレのように徐々に観客を増やしていったクラブもあれば名古屋グランパスや鹿島アントラーズのように観客を減らしたクラブもある。できればそういう理由をもっとサポーター・レベルで聞きたい。どうやってサポーターを増やしたか、どうやって客が離れたか。どこかで他サポーターと交流を持てないだろうか。試合は敵同士だがお互いに情報交換をやって知恵を出し合いたいものだ。

2007年1月 5日 (金)

ループ

 毎年毎年徐々に増えていった関東のサンフレッチェ・サポーターであるがここらでそろそろ頭打ちという感じがする。2003年のJ2時代が一番伸びたのだがそれからはそれ程目立った増加はない。特に話題性がないというのもあるだろうが関東でサンフレッチェを応援してる人はほとんど出尽くしたのではなかろうか。そもそも100人くらいは毎試合詰め掛けてるのだから地方クラブにしてはいいほうかもしれない。

 しかし、毎年広島から関東へ出てくる人はいるのだからそれなのにこの数字は寂しい気がする。その為広島出身者へもっとアピールをと考えて広島県人会に出席する人もいて実際に試合にも足を運んでもらった例はある。それでもそういう人が本当に自発的にスタジアムに通うようになったかどうかというとぼくはよく実態を把握できないのだ。

 実はぼくも何人か広島出身者と関東で会ったことがある。そこでサンフレッチェの話をするのだが反応はハッキリ言って鈍い。「サッカーは・・・」という反応がほとんどだ。どうも一般人にとってサッカーはつまらないものという認識があるらしい。正直ぼくも以前はそっちの部類にいたから分からないでもないが一体この障壁は何だろう。一度入ってしまえば抜け出せないくらいに熱狂してしまうが入り込むのにどこか腰が引けてしまうとこがある。そこを探り出さない限り観客増は見込めないだろう。

 とはいえ個人的にサンフレッチェを応援してたが仲間を見つけたことによりより熱狂的なサポーターになったという例はある。やっぱり地に足を付けて一人で観戦に来てる人を取り込むことに地道にやっていくべきだろうか。といってもそれはそれでもはや100人を超えた状態でやるには難しいものがある。一体この先どうしていったらいいのだろうか。

 こんなぼくの悩みはきっと何もなされることもなくそのまま時が流れるのだろう。でも去年はスタジアムでレプリカで塊ろうという企画をやってそれなりの効果はあったし今年も何かやっていきたい。でも一体何を。ああ、同じことを延々と繰り返してしまう。

2007年1月 4日 (木)

謹賀新年

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 毎年年明けの4日になると池袋の西武デパートでサンフレッチェの選手のトークショウがある。去年、一昨年と続けて森崎ツインズだった。今年はカズと寿人らしい。これこそぼくの年初めとでも言わんばかりに息込んでいたのだが仕事だった。4日から仕事。4日から。4日だぞ。ぼくの経験でそんなことはなかったために大きな落胆を新年から味わっているのだった。これでトークショウには参加できないのだがどっちにしたって同じかもしれない。毎年整理券なんて貰えなくて朝5時から並んでる人にだけサインが貰えるというのが決まっているからだ。それでも去年は整理券が余っていたのだが今年は寿人が来るということで無理だろう。正直その光景を見ると関東にはこんなにサンフレッチェ・サポーターがいるのかと勘違いしてしまうがそのほとんどは有名選手なら誰でもいいからサインが欲しい人達なのであった。

 それでもぼくは行きたかった。後ろの方で立ち見でもいいから参加したかった。ああ、何で正月なのにこんなに暗い感情を抱かねばならないのか。今年初めて書くサンフレッチェの記事がこんなにもネガティブなのか。これはいかん。何とかせねば。

 でもこれが試合じゃないのでまだ良かった。関東で試合があるのに行けない時というのは本当に辛い。意識して試合のことを考えないようにするのだがそうしてる自分が余計に辛く感じるのだ。果たして今年は何度そんな目に遭わなければいけないだろう。逆に今年は何試合見に行けるのだろう。勝敗よりそっちの方が気にかかる。

 そんな感じでチームの成績とは関係なく一喜一憂する一年がまた始まった。願わくば去年の暮れのように終わってみれば楽しい一年だったと振り返られればいい。今年もサンフレッチェを応援しよう。

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30