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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2006年11月30日 (木)

ワールドクラスの選手が欲しい

2006/11/29  ドーハアジア大会2006 2次予選 U23日本 vs U23パキスタン カタール競技場

 本田のFKがアッサリと決まり楽勝かなと思っていたらその後はどこか攻めあぐねてしまった。もっと圧倒的な展開を予想してたが期待外れな展開であった。ただ日本が国際試合をやる場合いつも同じような期待外れが訪れる。これも多分秀でた個の選手がいないからだろう。

 2、3人いてもドリブル突破できるとか圧倒的なスピードを持ったウィングだとか相手のマークをものともしない強靭なフィジカルを持った選手とか。そう、代表選手の中でも頭一つ抜けた存在だ。かつての中田英寿のような存在である。

 連携不足。日本の試合では本当によく聞くセリフだ。だけどサッカーの先進国ではこの連携不足という言葉を使わないらしい。それだけ日本が個に頼らず組織に頼ったサッカーをしてるというのが分かる。特にFW不足は日本の伝統とでもいうようにこの試合でも感じられた。

 得点力のあるFWがいたらどんなに楽だろう。日本はゴール前までボールを運ぶことはできるが恐さはない。まあこれは日本だけじゃなくアジアの国はほとんどそういう傾向がある。それだけに前田俊介の存在は貴重ともいえるがその前田も見せ場らしい見せ場がなかった。残念だ。

 残念といえば青山敏弘の退場である。激しいボールへのタックルであったがファールを取られてしまった。一体これのどこがファールなんだというのは退場する青山の表情からも伺えた。倒れたパキスタンの選手も相当痛がってたが多分痛くなかっただろう。実際タンカで運ばれた後はケロッとした顔をしていた。やはりアジアのレフリーの基準というのは難しい。

 そう考えると日本は色んなレフリーの基準に対応しなければいけないというのは苦労が多い。これが他の大陸と事情の違うとこだ。アジアの笛と国際試合の笛はあまりにも違いすぎる。アジアと世界、それは全く異質な世界。ヨーロッパの強豪国でもアジアで試合したら苦労するのではないだろうか。いや、でもワールドクラスの選手にそう下手な笛吹けないか。ということはやっぱり日本が苦労するのはワールドクラスの選手がいないからということじゃないか。

2006年11月29日 (水)

来期のチーム

 来年の人事において最大の関心事は戸田和幸の去就だろう。が、ぼくはほぼ戸田は残留すると思う。サンフレッチェも現在レンタルの戸田を完全移籍で獲る意思はあるだろう。問題は保有権のあるヴェルディが出すかというとこだが実際戸田にヴェルディの戻る意思はないと思われる。J2のチームだし良いシーズンを送ったという実感もあるだろうからサンフレッチェに残りたいだろう。でも他のチームからオファーが来るのではという危惧もあるがそれもないような気がする。実力はあるもののどこか使い難い印象がある。そうでなかったらエスパルスにずっといただろう。

 サンフレッチェにおいてもシーズン始めはどこかかみ合ってなかった。激しいプレスが売りだったがアッサリとかわされてた印象がある。正直あの時はもう旬の過ぎた選手だと思ってしまった。どうも元代表選手というのはどうしてもそういう印象は付いて廻る。

 もうこの時期になると各クラブ戦力外の選手の名前が出てくるが、その中には元代表選手もいる。奥大輔、平野孝、中西永輔、秋田豊、そういった選手がいる中であえて戸田を獲ろうというクラブがあるだろうか。可能性は低いだろう。ということで来シーズンの陣容は今年とほぼ変わらないだろう。

 しかし、新潟戦では戸田が風邪で出場しなかった。代わりにダバツが入ったがこれも勝つことができた。サブにも槙野や中尾や吉弘といったDFの選手が名前を連ねている。バックアップも充実してきたのは頼もしいことだ。これで安心、来年は優勝争いもできるだろう。そんな空気が出てきそうだ。最終戦の清水戦と天皇杯の成績によってはまさしくそうなるだろう。だがこれが結構恐い。

 思い出すのが2002年だ。前年ヴェレリー監督の下、最後にはチームとしてまとまってきて最後は2ndステージ3位という成績を残したのを受けて来年こそは優勝争いという空気が漂っていた。実はぼくはこの時すでに危機感を感じ『紫熊倶楽部』にて今年は降格の危機さえあると投稿したが見事に当たってしまった。関東に住んでるぼくは他のチームの試合を観ることも多くそう簡単に物事が進むような気がしなかったのだ。ちょっとでも気が緩めば足元をすくわれる。

 とはいえ今は本当に良いメンバーが揃ったと思う。このメンバーでシーズン始めからマトモな監督がついたらどうなるんだろう。それが本当に観れる機会が訪れたのだ。不安もあるが楽しみもある来シーズンであった。ってまだシーズン終わってないじゃないか。

2006年11月28日 (火)

安いサッカー観戦

2006/11/26 東京ヴェルディ1969 vs ベガルタ仙台 国立競技場

 ホーム最終戦だというのに閑散としたスタジアム。荷物置きっ放しにして席を立っても遠くからその荷物が見渡せるので安心だ。だけどあまり安心しすぎてバッグの脇に置いておいたぼくのスナック菓子はカラスに持っていかれてしまった。

 この試合、友達がチケット持ってるから行こうと言われたのだった。彼は読売ファミリー・サークルの会員でヴェルディのチケットが貰えるというのだ。年会費は掛かるが1回ヴェルディの試合を観れば元が取れるようになってる。その他にも色んなチケットを年間12枚まで申し込めるのでかなりお得だ。まあヴェルディの試合といっても試合日は限定されるのだろうが。

 そういえばJリーグのクラブの中ではファン・クラブに入ると1、2回行っただけで元が取れるものがある。無料招待券がついていたりすると年会費より安い場合があるそうだ。そうやって複数のクラブのファンクラブに入ってるサンフサポがいる。彼はサンフレッチェの応援をするために他のクラブのファンクラブに入ってる。というかそうやって複数のクラブのファンクラブ情報を一々調べたその労力は大したものだ。ぼくも近所のJ2のクラブが来年もJ2のままだったらファンクラブに入るとしようか。J1と日程がズレることが多いので今年も3回行った。J1にいたら3回も行けないだろう。

 そういう感じでJクラブの中ではJ2にいてくれた方が都合の良いクラブもある。実はこのヴェルディもそうでたまに国立競技場でやってくれるのでアクセス的に非常に行きやすい。そしてくつろいで観れるというのも良いとこだ。ってこんなこと書いて当事者のクラブサポーターはたまったもんじゃないだろうな。でもぼくはそういうクラブの試合に足を運んでいるのだからお許しいただきたい。そういえば同じ日横浜FCJ1昇格を決めたのだな。また関東で観れるサンフレッチェの試合が1試合増えたのはいいことだがますます関東にJ1のクラブが集中するんだな。

2006年11月27日 (月)

他人に依存

2006/11/26 サンフレッチェ広島vsアルビレックス新潟  広島ビッグアーチ

 勝った。21、駒野と寿人のゴール。凄いよ、本当に凄いよ。これで5連勝。これだけの実力はあったのだ。後半ロスタイムに勝ち越しのゴールを決めたことでホーム最終戦としては盛り上がっただろう。これでまた来年来ようという人もいたんじゃないだろうか。ぼくも1度だけホーム最終戦に行ったことがあるがあの雰囲気はいいものだ。スタジアム前にはセール品のグッズが並べられていて試合後は試合に出なかった選手がスタジアムの外に出て観戦客のサインに応える。とても楽しい光景だった。これも試合に勝ったからだというのは紛れも無い事実だろう。果たして今年のスタジアムはどうだったのだろうか。

 しかしよりによってこんな日に雨。今年のサンフレッチェは雨に泣かされることが多い。せっかくの最終戦なのに。せっかくの5連勝なのに。駒野と寿人がゴールしたのに。11,214人というのは物足りない。逆にいえばよくこんな雨の日にこんなに客が入った。うまくやればもっと観客動員伸ばせると思うのだが。

 聞けば広島にはサンフレッチェの試合告知をするようなポスターなどどこにも貼ってないという。これはサンフレッチェの認知度を高めることにおいてはマイナスポイントだ。といってそれだけのことをやる程マンパワーもないし金も無い。だったらサポーターに協力してもらうということはできないだろうか。例えばポスターを家の前や自分の店などに貼れる人に協力を訴えるとかサポーターは試合日には家にサンフレッチェの旗を立てるとか。これだったら金も大して掛からないし現実的ではなかろうか。

 しかしぼくもせっかくの最終戦ハイライトでしか試合を観ることができない。有料放送に入ってないからだ。これもサポーターとしてできることをやってないんだろうか。でもサッカーだけやってりゃいいんだけど他の余計なものと抱きかかえにされたようなセットしかないんだよな。それでぼくも止めてしまったという経緯がある。でも来年から全試合生放送なんだよな。こりゃ友達に入ってもらって毎週DVDに焼いてもらおう。ああ、何て他人任せな。

2006年11月26日 (日)

前田俊介の二面性

2006/11/23 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 前田俊介。得点力不足の中なぜこの選手が出てこないのか疑問だった。出てくれば必ず結果を出す。類いまれなる才能を持っている。それなのに出ても終了5分前。一体5分で何をやれというんだ。上野のような得点感覚ゼロのFWがなぜ使われるのか。そういう声はいたるところで聞かれた。それでもペトロビッチが来てからも状況は変わらないことで何か問題があるんだろうという気はしてきた。

 久々の先発出場。ウェズレイの帰国という事情があったが上野ではなく前田が選ばれた。昨シーズン前田が初めてスタメンとして出場したヴェルディ戦ではその後の快進撃を呼ぶ勝利を収めただけに期待感があった。そして試合ではキッチリとゴールを決めた。結果を出したことで監督の見る目も変わるだろうと思われた。だがそれも後半になると状況がかわった。

 ゴール前に詰めない、ルーズボールを取りにいかない、走らなきゃいけない場面で走ってない、そういった手を抜いてる印象が随所に見られた。これではいくら才能があっても監督としては試合に出したくなくなるだろう。決して前田の才能が錆びたわけではなくどこか意識が途切れてる時間帯があるのが許せなかったのだろう。そう思うと周りの選手と意識がまるで違うように見えたのだ。

 ビッグチャンスを決められなかった寿人だが前線でボールを追い掛け回す。公太は前田の前を通るボールを前田を追い越して追いかけて行った。寿人の放ったシュートも前田がゴールに詰めてればこぼれ球をゴールできた。そういった負の要素が目に付くようになってしまった。

 勿体ないことだ。あれで寿人のような泥臭さやゴールや勝利に対する執念が強ければワールドクラスの選手にもなれそうなのに。サンフレッチェとしても絶対的な戦力になる選手なのに。本当に使える戦力となって日本を代表するストライカーになる可能性を持ちながらこのままフェードアウトして名前を見なくなりそうな存在になりそうでもある。まさに成功と失敗、表裏一体なストライカーである。

2006年11月25日 (土)

盛田再生

2006/11/23 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 試合後関東サポーターの懇親会があり新日本橋の中華調理屋へ集まった。祭日のオフィス街はガランとしておりその為店は貸切、飲み放題食べ放題で低料金であった。まあ正直料理は安いには安いなりに油ぎってて野菜が少なかった。肉や油の料理なんてそんな食べれるものではない。まあぼくらには集まれる場があれば良いだけだったので目的は果たしてる。休日のオフィス街は狙い目である。

 その懇親会でその日の勝利について各自話をしていたが皆が皆盛田が良かったというコメントを口にした。確かにピンチを救った、凄いプレーをしたぞと思ったすぐ後に何やっとんじゃという場面はあった。だけど全体を通すと盛田のパフォーマンスは素晴らしかった。無失点で抑えきった守備に盛田は多大なる貢献をした。

 盛田剛平。大型FWとして期待されながらも浦和レッズからセレッソ大阪へ、そしてJ2へ舞台を移し川崎フロンターレ、大宮アルディージャといずれも得点を重ねることができなかった。だから2004年に広島に来ると報道があった時まるで期待してなかった。そしたら柏戦でゴールを決めたのである。得点力不足のチームにおいて1点が貴重であった。

 ただその後ポストとしてがんばっているもののやはり得点は生まれなかった。やっぱりここでも駄目なのかと思っていたらDFへのコンバートである。驚いたというよりいよいよ戦力外の空気が漂ってきた。そんな30近くの選手にいきなりDFに転向なんてどう考えたってポジティブな感覚はない。もう終わったなと誰もが思ったはずだ。しかしセレッソ大阪戦に出てきたDFの盛田は悪くはなかった。むしろ基本技術がしっかりしてて精度の高いフィードなどからDFとして可能性を感じさせた。この盛田のDFのコンバートは小野監督によるものだったが、小野の数少ないプラスの遺産である。数々の負の遺産を残した小野だがこれだけは賞賛してもいい。

 結局その後ペトロビッチ就任と共に出場機会に恵まれなくなったが川崎戦のダリオ・ダバツの負傷で交代出場を果たす。この時盛田は悪くはないがダバツに比べるとなという雰囲気が漂ってた。実際この試合も寿人がハットトリックを決めるも3失点してしまい守備の脆さを露呈してしまった。ただ盛田自身はここからスタメンに名を連ねるようになった。

 ダバツが戻るまで。盛田はあくまでもダバツの控えだった。ただ、ダバツが負傷で戦列を離れてる間盛田を含むDFラインは甲府とセレッソに負けたものの抜群の安定感をもたらした。特にここ4試合は連勝とあってメンバーをいじれなくなってしまった。実際千葉戦にはダバツもサブで入っており怪我によってメンバーから外れたわけではないことを伺わせる。盛田が実力で奪ったスタメンだった。J1のちーむでスタメンをはる盛田なんて一体誰が想像しただろうか。

 盛田が広島に来なかったら間違いなく今頃プロとしてはやってないだろう。巷ではラーメン屋になってただろうと言われている。本当に引退したらラーメン屋になるのかもしれないが盛田がラーメン屋になるのはまだ先のことになりそうだ。それと共にもっと早くからDFをやってればという気持ちにもなった。日本代表も狙えそうだが年齢を考えると厳しいかなとも思う。そういった意味では勿体なかったなと思う。ただ、久々に広島再生工場が機能したということで盛田の存在は非常に嬉しい。本当に広島に来て良かった選手だ。

2006年11月24日 (金)

ゴール裏からの勝利

2006/11/23 ジェフユナイテッド千葉vsサンフレッチェ広島 フクダ電子アリーナ

 関東では応援に一体感を持たせようと様々な試みをやった。応援フラッグの貸し出し、ビッグフラッグを掲げる、レプリカを着るよう呼びかけ紫の塊というスペースを造る、声だしまでしなくていいので手拍子だけでも合わせてもらう。そういったものをごく自然の光景のように行われていた。これはある意味奇跡だった。今まで誰かが苦労して呼びかけていたものが自発的にみんながやってた。アウェイ・ゴール裏はサンフレッチェの勝利を願う気持ちで満ち溢れてた。

 これには呆気にとられるものがあると同時に熱くこみ上げるものがあった。ウォーミング・アップの選手にコールする。それに応える選手。スタンドとピッチが一体化したような光景だった。かつては応援する人は応援する人、観戦する人は観戦する人とゴール裏も棲み分けができていた。だから横浜国際競技上など観戦する人は1階、応援する人は2階ということをやってゴール裏に一体感がなかった。お互い邪魔をしてはいけないという暗黙の了解があったのである。だから少ないサポーターが余計に少なく見えたのだ。

 正直フクダ電子アリーナの屋根による声の反響というものもあっただろう。そして今まで観たこともないような素晴らしいパフォーマンスをしたチームの影響もあっただろう。それでもこの日のゴール裏の一体感は素晴らしかった。試合前から絶対負けないような雰囲気になっていた。

 果たしてこの雰囲気は来期も続くのだろうか。続けていきたい。関東のゴール裏は確実に良くなってる。ジェフのサポーターもナビスコカップで対戦した時と同じチームとはとても思えなかっただろう。

2006年11月23日 (木)

監督の重要性

2002.9.22              J1ndステージ第5節 サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド市原 広島スタジアム

 ジェフにはお得意様というイメージがあった。それはジェフが弱かったことが大きいがベルデニック監督が就任し見違えるようにチームが良くなってもサンフレッチェはジェフには勝てた。これが相性というものだろう。試合内容としては絶対に勝てない試合だった。

 ぼくはこの試合を都内のサッカー・カフェで仲間と観てた。一方的に攻められながらも久保のPKで得点した。逆にジェフはチェ・ヨンスがPKを失敗した。そしてタイムアップの笛が鳴った時みんなで顔を合わせたものである。「これでよく勝てたね」と。本当に勝てる要素などどこにもなかった。

 それでも貴重な勝ち点を得ることができ次節につなげたかったものの京都パープルサンガにボロ負けしてしまった。だけどその時にはやっぱりという感覚しかなかった。ジェフに勝ったのは単に運が良かっただけ。チームの状態はちっとも良くなってない。だから当然の結果が出ただけだ。とはいえその後から情けない心情が腹の底からグラグラと沸きあがったのだった。

 ジェフはその後ベングローシュ、オシムと優秀な監督を招聘し強豪チームへと進化していった。一方でサンフレッチェはJ2に落ち小野監督となりさらに弱体していった。やっとの思いでJ1に昇格したもののその後ジェフに勝てることはなくなってた。もはやお得意様ではなくなっていた。

 そんなジェフを見てていつも悔しい思いがした。そんなに有名な選手がいるわけでもないのに圧倒的な試合をする。選手の質からするとサンフレッチェの方が有望な新人選手を獲ってる気がする。それなのにそういう有望な選手がその才能を開花させることなくどんどん広島を去っていってしまう。ジェフとはまるで反対であることでジェフには羨望の眼差しを持ったものだった。

 そして2006年に入りようやくクラブも小野が監督として駄目なのを認めてくれて一応本人の辞任という形でクラブを去ってもらうことができた。そして来たのがミーシャことペトロビッチ。これがオシム監督、もしくはジェフの仲介であったというのは何とも因縁めいたものを感じる。ただそれだけに最初からこの新監督には期待してしまった。

 そして驚いたことは青山や柏木といった選手を使ったのだがそれらの選手がこんなにもレベルの高い選手とは思わなかったということだ。こうやって埋もれてた選手がいたのである。もっと早くミーシャが来ていれば茂木や田中俊也や木村龍彦なんて選手はもっと活躍していたのではないだろうかと思ってしまう。各クラブ、そんなにお金があるわけでもないから保有選手を伸ばすというのは永久の課題だろう。監督というのは本当に重要だ。特にジェフにはそう考えさせられる。

2006年11月22日 (水)

まずぼくらが変わらなければ

2006/11/21 U21日本vsU21韓国 国立競技場

 こんなものなのだろうか。ひどく地味に見えたのは客が入ってないせいか。それともTVの演出のなさなのか。何かが足りない。それが何かは自分でも分からない。と思ってみたがすぐにそれはこの世代の知名度の無さなのだと気付いた。そのせいでTVも平山ばかり映している。後は水野が積極的に右サイドからクロスを上げてたので水野がよく映ってた。キャプテンマークを付けてた青山敏弘なんているのかいないのか分からないような扱いだった。中盤の底から前線に上がりミドルシュートを狙う場面などあってよくやってたと思うのだが。というか普段サンフレッチェの試合を観てたらこの選手の安定感はずば抜けたものがあるのだが残念ながら世間はサンフレッチェの選手には興味はないのだった。

 やはりこういう国際試合をやると顕著になるのが個の力の不足だ。韓国は3対1の状況で突破を図りゴールを決めた。日本はゴール前でどれだけ勝負しただろう。1度家長が2対1の突破を図ろうとしたがクリアされてしまった。こういうチャレンジをしなきゃいけないのだろうが失敗すると解説者までもが「あそこにフリーの選手がいましたね」と言ってる。結局日本が個の力で劣ってるのは日本の風土がそうさせてるのかもしれない。個人技で失敗したら駄目で連携で失敗しても惜しかったと言われる、そんな風土があるのではなかろうか。

 これは小学生の時からの教育にも関係があるだろう。小学校の授業では児童の答えで正解ならいんなで「いいです」と言い間違っていれば「違います」とみんなで声を合わせる。こんなことをやっていれば間違うということに対してとてつもないプレッシャーをかけられてるようなものだ。それによって児童はどんどん消極的になり年齢と共に授業中手を上げなくなる。先生はもっと積極的に手を上げて答えなさいと言うがそもそもそういう消極的な姿勢を作ったのは先生そのものだというのに気付いていない。

 そういう姿勢というものが小さい内から埋め込まれるものだから中学校、高校と上がるにつれなおさら生徒は授業に対して受身になってしまう。先生から質問されても誰かが答えるのを待っているという沈滞ムードが漂うようになる。そういう場合結局優等生がその唯一無二の答えを的確に答えてその状況が収まるという構造になってる。答えは一つ、そして間違いは犯せないとなると黙っているのが一番無難なのである。日本のサッカーを観てるとそんな日本の教育の成果というのがよく現れている。

 ゴール前でダイレクトでシュートすればいいものをトラップしてコースを切ってからシュートしてディフェンダーに阻まれる、ペナルティー・エリアで勝負しない、余計なパス回しが多い、こういった日本の欠点はもう日本の社会で血肉化してるものだからサッカー選手だけそれを止めろと言ったってできる訳がない。大袈裟に言えば変えるにはまずぼくらから変わらなくてはいけない。

 このところ教育基本法の見直しが国会で審議されてるがこれも信用できない。なぜならぼくらはその内容をほとんど知らない。一体そしてそんなものに一々関心を持てるほど時間を持て余していない。結果限られた人によって教育方針が決まってしまう。とても良い状況だとは思えないのだが。

2006年11月21日 (火)

大物外国人選手を呼びたい

 『サッカー・マガジン』でジェレミー・ウォーカーが書いたコラムでJリーグにベッカムを呼べというものがあった。他にもカーンやロナウドやロベルト・カルロスを呼べというのがあった。そうすれば世界的にもJリーグの価値が上がるし何より入場者数が増えるはずだというのだ。それなのになぜJリーグのクラブはこういった選手を獲ろうとしないのかというものだった。

 Jリーグも開幕当初は有名外国人がたくさん来たがその後そういう世界的な選手は来なくなった。というより身の丈経営をするようになり外国人は全くの無名選手ばかり来るようになった。たまにエメルソンみたいな飛びぬけた選手もいたがどこかこじんまりとしている。

 しかし、あの当時リネカーやリトバルスキーやドゥンガといった選手がいたが一体それらの選手の名前を一般人はどれだけ知ってただろう。おそらくほとんど知らなかったのではないかと思う。W杯得点王とか天才ドリブラーとかブラジル代表キャプテンという肩書きを説明されて「ああ、凄い選手なんだな」という感覚ぐらいしかなかったのではなかろうか。つまりそういった世界的な選手が観客動員に結びつかなかったのは受け手である一般人の知識が不足していた。Jリーグもそこが分かってないのではなかろうか。

 では今ならどうだろう。日韓W杯があってからというもの一般人がサッカーの世界的プレイヤーの名前を知るようになった。中にはそういった外国人のプレーしか興味ないといった外国人カブレの人も現れた。だからベッカムやロナウドやロベルト・カルロスの名前を一般人は知ってるのである。これは大きい。こんな時だからこそ大物外国人選手に投資するのは意味あることなのではないだろうか。

 とはいえサンフレッチェも一時はリバウドを獲ろうとしたが失敗した。結局金がないのだ。選手にしてみればまだ中東のリーグの方が金銭面での条件がいいんだろう。Jリーグもオイルマネーに屈してるのだ。有名外国人選手のいるリーグ、やっぱり観てみたいな。サッカー協会も金持ってるんだから協力してやったらいいのに。わざわざ遠征なんかしなくても自国のリーグに世界的プレイヤーがいた方が日本のサッカーにとってはよっぽど強化になると思うのだがどうなのだろうか。それともやっぱり日本でもアブラモビッチでも現れない限り無理な話なんだろうか。

2006年11月19日 (日)

あるお好み焼き屋で

2006/11/18 サンフレッチェ広島vs京都パープルサンガ 広島ビッグアーチ

 「やりました、残留決めました」

 Mさんは落ち着いた口ぶりで話した。中継がなかったので試合中ずっとネットで経過を追っていたみたいである。町屋駅で待ち合わせ祝勝会という名目でお好み焼きの店に行ったのだった。

 まあ残留といってももう前節でほぼその見通しはついていた。ただそれを数字の上で確固たるものにしたということに関しては意味がある。そしてカズがゴールを決めたというのが大きい。カズのゴールで残留を決めた、広島の顔が決めた。それこそは理想的な展開だった。

 ただ京都も切羽詰った状態で果敢に襲い掛かったようだ。サンフもその勢いに押されっぱなしだったという。恐らく試合の判定でもあったら京都の方が上だったんだろうが一つのゴールがサンフレッチェを勝利に導いた。そこがサッカーのもどかしいとこでもありそれこそがサッカーの醍醐味でもある。そしてこの勝利によってサンフレッチェはまた順位を上げることができた。あれだけボトムから這い上がれない位置にいながら知らない間に降格圏内を脱出している。サッカーにおいて一つの勝利がどれだけ大きいか。そして順位が上がらなくともコツコツと勝ち点を重ねることがどれだけ重要なことなのか思い知ったような気がした。

 ぼくはMさんとお好み焼きやで乾杯をした。注文はまず飲み物からというのに違和感を感じる。東京のお好み焼き屋というのはほとんど飲み屋の感覚だ。これが広島に住んでたぼくとしては違和感がある。お好み焼きを食べるというかお好み焼きがつまみのような感覚だ。しかしどっち道酒を飲むんならどっちでもいいだろうがと言われそうだが。

 ぼくらはお好み焼きができるまでの時間ビール片手にサンフのことを話してた。狭い店内なのでぼくらがサッカーの話をしてるのは周りにも気付かれただろう。しかもよりによってサンフレッチェ、マニアックだなと思われたに違いない。まあ確かに二人ともマニアックだが。

 そのうちぼくらは広島にいた頃の話をした。ぼくは外国のロック、Mさんは映画について深く感心を持つようになっていっては周りと疎外感を感じるようになったというのは共通してた。結局話が合う人がいなくなるのだ。だからぼくらが東京に来たのはある意味必然だったのかもしれない。地方都市では居場所がない気がして東京に出て結局東京で広島のサッカー・クラブを応援してる。そしてそういう人がサンフレッチェのサポーターには多いような気がする。だからこそ関東のサポーターが集まれるような環境ができたというのは喜ばしいことなのだ。他のチームよりサポーター同士の連帯が強いというのもそういうとこにあるんだろう。

 とりあえずは今日は勝った。細かいことはどうでもいいんで飲みまくろう。普段酒を飲まないぼくはしばらくぶりに酒を飲んだ。お互い話も進んで有意義な時間を過ごしたのだが次の朝目覚めは非常に悪かった。その度に思う。もう2度と酒は飲むまいと。そして忘れた頃にまた盛り上がったついでに飲んでしまうのだった。そして今度はその気持ち悪くなるのが好成績を挙げた後であることを祈るのだった。

2006年11月18日 (土)

勝つ条件

2002.9.29       京都パープルサンガvsサンフレッチェ広島 鴨池陸上競技場

 鹿児島で行われた試合はシュート4本しか打てないボロ負けの試合だった。試合後京都の選手には広島は勝つ気がないようだったと言われたのがショックだった。残留に向け絶対に勝ち点が欲しい試合だったのに気持ちの部分で負けていた。残留するつもりはないのか。そう選手たちに言いたかった。

 実際には選手も分かっていただろう。だがぼくらサポーターは選手が、そしてクラブに勝つ気がないというように捉えられた。そしてそれが絶対的なエースだった久保への信頼へ影を落とすことになったし木村監督の能力の無さとそういう人選をしたクラブへの不信感が漂った。何だかJ2に落ちても木村監督のままではないか、そんな気さえしていたのだ。

 サンフレッチェがJ2に落ちる。そしたら誰がチームを出るだろう。久保、藤本、

上村

、下田を始めとして森崎カズ、浩司、服部、沢田なんかはどうなんだろう。それよりもクラブとして存続できるのだろうか。J2に落ちたらサンフレッチェは潰れる。そういった強迫観念がぼくらを一層悩ませた。この時ぼくらはJ2に落ちることはサンフレッチェ広島が消滅することなのだという意識があった。とても辛い辛い日々だった。

 ぼくは毎週のように試合に負ける毎に暗い表情になった。そんなぼくを見て何をそこまで落ち込んでるのかと不思議に思われてた。だがそれは単なる応援してるチームの勝敗以上にクラブの存続に関わることだったのだ。その状況において1試合1試合の勝ち負けの重さが違った。

 当時J2というのはせいぜい3千人入ればいい方で甲府が存続の危機を向かえ一定の危機を乗り越えたと思ったら今度は鳥栖、水戸といったところが経営危機を訴えだした。選手もJ2というのはアマチュアのカテゴリーで見られJ2リーグそのものがアマチュアという感覚で捉えられていた。そんなところへサンフレッチェが行くのか。そんなことは考えたくもなかったしそんなリーグに身を置くのは経営的には成り立たないと思われた。だからJ2行きはクラブが潰れると考えたのだった。

 この時対戦した京都は若手が伸びこの後天皇杯も制覇した。こんな理想的なチームはなかったが今やJ1J2を行ったり来たりするシーソー・クラブになってしまった。あの時は若手の多さから数年は勢いが持続すると思われたものだったが。そういえばこの時のサンフレッチェのメンバーを見たら久保に藤本に沢田に桑原と魅力的な選手が揃ってる。一体サッカーのチームにおいて勝つことってどうやって決まるのだろうか。サンフレッチェもシーソー・クラブにならない為にも考えておかないといけないテーマだった

2006年11月16日 (木)

皮肉な現象

2006.11.15 AFCアジアカップ2007予選大会 グループA 日本代表 対 サウジアラビア代表 札幌ドーム

 日本が予選最終戦で逆転1位通過を決めた。それが全てである。まさかアジアカップの予選で敗退するということなんて誰も思ってない。そういう意味では緊張感に欠ける試合であった。駒野も出てたがもういるのが当たり前のようになってしまった。後半巻へピンポイントの高い精度の長いパスを送ったが見事にトラップミスをされてしまった。結局日本代表で素晴らしいという試合がなくなってきてるのはこの辺にあるのではないだろうか。

 しかしこの試合の主役は何といっても地震情報だった。北海道に津波警報が出たと中継を遮って放送してた。こんなのそこまで詳しく情報を知りたければNHKにチャンネルを替えるのに。しかも皮肉なことにこの試合が北海道の試合ということだった。スタジアムでは地震があったんだろうか。そういう機転を利かせて欲しかった。

 最後に高松の貰ったPKをトゥーリオが外すという場面があった。そのPKのキックは完全にコースを読まれていたので枠に入っていても防がれただろう。トゥーリオはレッズの試合でもPK戦で一番に蹴り失敗してることがある。決してPKは上手いといえない。ただ自分がチームを引っ張るという気概だけは感じる。最終的にトゥーリオはラモスのように日本の中心選手になりたいんだろう。そういう選手もいてもいい。だけどあそこでPKを外したことによってこの試合のクオリティーが下がったのは事実だ。せめて枠にでも入ってれば別だが際どいコースを狙ったというキックでもなかったというのが何とも痛い。あれによってこの試合別に勝っても負けてもどっちでもいいような雰囲気になってしまった。

 ここまで書くとトゥーリオに敵意を持ってそうだがそういう訳でもない。元々サンフレッチェにいた選手だしせっかく気化した選手だし成功して欲しいと思う。ただサンフレッチェにいる時はどうも駄目だった。テクニックはあるがディフェンダーの能力として安定感がなかった。スピード系にはビロング、川島といった構成でチンチンにやられた。だから広島にいる時貴重な選手というイメージがちっとも沸かなかった。

 そのトゥーリオも今や優勝争いをする浦和で主力選手となっている。一方サンフレッチェは降格争いの常連。サンフでレギュラーから外れた選手が浦和で主力で日本代表。どこか皮肉なものを感じるのはぼくだけだろうか。

2006年11月15日 (水)

選手のタレント性

2006/11/14 U21日本 1-1 U21韓国  昌原総合競技場

 青山がいない。とてつもない違和感がある。ただ協会としてみれば色んな選手を試してみたいだろうから今回はあえて外れたという格好なのだろうか。

 この試合の注目度はあまりにも低い。ぼくも忘れていた。たかがU21の親善試合だからしょうがないのだろうか。ただそれを伝えるマスコミがほとんど無関心なのが何とも痛い。あれだけ世界との戦いになれば煽りに煽るのに次のA代表につながる選手の試合はどうでもいいという態度なのだから。Jリーグも無視、代表もA代表だけ煽るというのはこの国おサッカー事情はいびつな構造をしている。しかし今のサッカー界にスターがいないのも事実なのだった。

 例えばラモスや三浦カズなら誰でも知ってる。そのプレーを一度観ればもう忘れないだろうというものがある。さらにゴン中山などもその闘志溢れるプレーは本当に応援したくなる。中田英寿はヨーロッパのビッグクラブでもプレーできるという存在感があった。そういう選手がいない。せめて前園真聖のように一時期でもいいから輝く選手がいればいいが。ある意味マスコミが取り上げるには地味過ぎるのだろう。

 そういう意味では前田俊介は希望の星である。だがゴールはできなかった。サンフレッチェの試合で何度か魅せた残り時間少ないとこで得点をするという劇的なゴールを決める選手なのだが今回はなかった。サンフレッチェの試合を観てる人ならこの選手の凄さを分かってるだろう。ただサンフレッチェの試合なんて観てる人は残念ながら少数なのだ。だから前田俊介が出るから試合観ようというひとなんてほとんどいないというのが現状だ。

 でも韓国のスタジアムも客が入ってない。所詮U21の親善試合なんてどこ行ってもこんなものなのか。ただ日本って若けりゃ若い程注目される傾向にあるのにな。21歳以下じゃもう年齢オーバーなのだろうか。だったらU19か。いや、これも地味な扱いだった。それならU17か。さらに話題にならない。やっぱりどの年代だろうと国際大会で立派な成績を収めないと扱ってはくれないということか。そして優勝でもしようものならずっと前から応援してたような報道をされスターになる。そしてスターになった瞬間アスリートとして引退する選手が多い。結局日本の一番のステータスはタレントなのかもしれない。タレントになるためにがんばろうというアスリートもいるかもしれない。それはモチベーションの上げ方は人それぞれなので構わないがサッカー界にそういう選手いるだろうか。そういえばこのU21の選手は結構タレント向きの顔をした選手が多いのだった。

2006年11月13日 (月)

国際試合の認識

2006/11/12アジアユース:日本vs北朝鮮◇決勝◇インド・コルカタ

 負けてしまった。柏木の素晴らしい個人プレーで同点にしたもののPK戦で負けてしまった。しかもそのPK戦でキックを失敗したのは梅崎。準決勝では他の選手が外す中キッチリ決めてたことからもこのPKでの失敗は非難したくない。結局PK戦に持ち込まれたことが敗因だったといえよう。

 でもこの試合で改めて柏木の存在の大きさが分かった。このチームでは欠かせない選手であることは間違いない。そして槙野のいないDFはどこか薄さを感じさせた。まあこれはぼくの主観的なものかもしれないがサッカーなんて元々そういう感覚でしか観ることはできない。ぼくのような一般人は自分のチームの選手がいるから熱狂的になり中継の解説者の説明を聴いてどういういいプレーをしてるのかを知る。特にDFのプレーなどはどこがどう良かったのかはなかなか分からない。それもボールしか追わないTVの中継じゃしょうがないだろう。

 でも北朝鮮に負けたというのはどうなんだろう。政治的な問題を抱え国際試合の経験をあまり積めない北朝鮮に負けるようじゃ世界と戦った時にはキツイのではと思ってしまう。それにしても北朝鮮のしぶとさときたら。一体どんなトレーニングをしてるんだろう。どう考えたって日本の方が選手の育成にも金を掛けてるしサッカー選手の裾野は広いはずだ。だからここに出てる選手というのはみんなこの世代のエリートのはずだ。でもいつも思ったような成果が挙げられない。一体何に原因があるんだろうと思ってしまう。

 確かに日本でのサッカーなんてW杯の時だけ盛り上がる構造になってる。そういうサッカーに認知不足だというのはある。だけどそれなら韓国だって北朝鮮だってそれ程サッカーが国内で人気があるようにも見えないのだが。もっといえばオーストラリアなんて去年国内のプロリーグができたばかりの国なのにW杯では決勝トーナメントに進出した。ヨーロッパでプレーしてる選手も多い。この差はいったい何なのだろう。

 日本人はサッカーに向かない。そういう結論になってしまうのかもしれないがそれだけじゃない気がする。そんなに選手のレベルが極めて低いという訳じゃないだろう。多分そこは国際試合に対する認識の違いなのではなかろうか。独裁国家や未発達な国は国をまとめるのにスポーツを使うということをやる。世界的に注目されるサッカーはそれにうってつけな存在である。だが日本はサッカーはあくまでもスポーツだ。結局日本が平和であり国として成熟してるということになるのかもしれない。まあある意味日本が国際試合で勝てないのも仕方のないことなのかもしれない。

2006年11月12日 (日)

ウェズレイの活躍に思う

2006/11/11 アビスパ福岡vsサンフレッチェ広島 博多の森競技場

 試合前はいつも今日のゴールを想像する。寿人、浩司、青山、駒野、一体誰が得点を決めるだろう。そう思うと40ぐらいのスコアにならないと希望する得点者が生まれないことになる。そうやってありもしないことばかり考えて逆にやられてしまう。こんな体験を何回しただろう。今日もそうなる可能性はあった。アビスパだって降格圏内から抜け出すには絶対叩いておきたい相手なはず。必死なはずだった。

 しかし、ぼくの心配などよそにサンフレッチェは02というスコアで勝ってしまった。スコアだけ見るとアッサリ勝ったという印象がある。そして『スーパーサッカー』でハイライトを観たがウェズレイがスワーブのかかった技ありのシュートを決めていた。そして2点目も寿人のパスをゴール前に走り込んで簡単にゴールに流し込んでいた。まさにウェズレイによって決まった試合と言えるだろう。いい外国人FWがいるだけで勝てるということはJリーグではよくある。それがサンフレッチェにも起こったのだ。どこか違和感があるのはぼくだけじゃないだろう。

 サンフレッチェにおいて外国人FWというのは外れまくっていた。2001年に期待されながら途中入団したスカチェンコから始まりエルツェグといったヨーロッパから来たFWは能力は感じられながらも試合でその実力を発揮することがなかった。続いて2003年に入ってブラジル路線となりマルセロという3流選手は練習で小野監督を満足させるためだけに存在してるような選手だった。試合ではシュミレーションを繰り返しディフェンダーの当たりには簡単に負けてしまうシュートを外すのが上手い選手だった。少なくともぼくはシュートをふかす外国人選手を初めて見た。そしてその次はチアゴ。その大きな身長は迫力があったもののあんまり上手いという気はしなかった。体調面で怪我を繰り返すこともあってあまり印象に残ってない。それで2005年のガウボンである。この選手も上手いには上手かったのだがスピードがなかった。足の遅い選手は他にもいくらでもいるのだろうがガウボンの場合は普通じゃなかった。もしかしたらぼくより足が遅いかもしれない。本気でそう思うのだ。一度流れたボールを追いかける場面があったがその5m後ろにいた相手選手に追い抜かれた時には一緒に観ていたサンフレッチェ・サポーターは失笑してしまった。そうやってサンフレッチェの外国人FWは柱となることはなかった。ウェズレイは長い間待った頼りになる外国人FWであった。

 しかし、ウェズレイも入団当初からここまで期待はされてなかった。34歳という年齢もあるし名古屋での退団前は力を落としたという印象があった。それよりもどうせサンフに来る外国人は外れに決まってるという諦めがあった。事実ウェズレイもシーズン始めは怪我が多く期待外れの感が強かった。それが今やいてくれて良かった存在となったのである。来年もいて欲しい。外国人FWにこんな感覚を抱いたのはぼく自身は初めてのことだった。

 だけどウェズレイの年齢を考えるとあと1年くらい。逆に考えれば来年はチャンスの年。それでも多くのサンフレッチェ・サポーターは前者の考えではないだろうか。サブの選手にあまり信頼を置けない現状ではそれは現実的な判断だろう。2005年にリーグ戦で2位に付けたことがあったがその時でさえサポーターの半分は優勝のことなど考えてなかった。ぼく自身落ちなければいいと思っている。こんな後ろ向きな姿勢はどうやったら改善されるのだろうか。

2006年11月11日 (土)

福岡への思い

2003.11.15      アビスパ福岡vsアルビレックス新潟 博多の森競技場

 アビスパ福岡の思い出はこれにつきる。アビスパは古賀のとんでもないシュートが86分に決まりアルビレックス新潟を破ってくれたことによってサンフレッチェはこの節でJ1に昇格することができた。本当に奇跡の瞬間だった。もう昇格の芽のないアビスパがあんなとこで奮闘してくれると誰が思っただろうか。しかも古賀のゴールはとてもJ2の試合とは思えないもの。アビスパには感謝した。苦しめられたけど最後には感謝した。何よりも昇格も何もないという難しいモチベーションの中ああやって必死に試合をしてくれたのが嬉しかった。今考えてもあれは軌跡だったと思う。

 プロなんだから全力で戦うのは当たり前。確かに当たり前だが世の中そう綺麗事では済まないことがある。例えば2002年の最終節、サンフレッチェは降格を免れようと札幌で戦ってたが同じく降格を争ってた柏と神戸の対戦相手であるガンバ大阪と清水エスパルスの両チーム共全然やる気のない試合をしてた。そりゃもう優勝も降格も関係ないというのは分かるがあれは酷かった。あんな試合をやっていながらJリーグは何の問題にもしなかったのである。かつてベストメンバー問題とかさんざん言ってきたのに。今度対戦することがあったらコテンパンにぶちのめしてやりたい。だが結局J2に落ちてしまった後ではもうそれすらもできなかった。何か去って行く奴だから何したっていいというような無責任で非情な態度にも思えた。

 実際には札幌に負けてどっちにしろ降格はしただろうが悔しかった。選手はこの2チームとの対戦の時は是非あの時のことを思い出して欲しいものだ。といってJ1に昇格した後もこの2チームに結構負けてるのが悲しいとこなのだが。

 そういうリーグ終盤ともなると各選手モチベーションというのが違ってくる。中には来期の契約のため奮闘する選手もいるし絶対のレギュラーであればどうでもいい試合にもあるし。または他のチームへのアピールの場と考える選手だっているだろう。そんな中で見せた福岡のパフォーマンスは素晴らしかった。

 元々この年の福岡は福嶋、林という若手のFWが台頭してきて後半からとてつもない強さを見せた。これは来年の昇格は福岡で決まりだなと思っていたがいつの間にかこの2人も消えてしまった。福岡にしても当てが外れただろう。だがその2年後やっとの思いで昇格を果たした。その中には山形恭平や宮崎、川島、松下というサンフレッチェに所属した選手がいた。特に山形などはサンフレッチェを解雇された後練習生として福岡に入り試合に出て大活躍をした。チームは変わったがこの活躍は嬉しかった。

 その福岡と残留をかけた戦いをする。共にJ2で戦ったチームという事実と共にやはり両チーム共J1で安定した順位には付けないチームなのかもしれない。厳しい試合になりそうだ。そしてこういう厳しい試合でアッサリと負けてしまうということをサンフレッチェは過去にずいぶんやってしまってる。そういえば今期2勝目を上げた相手もこの福岡。そして浩司の初ゴールも福岡だった。福岡は何かと因縁が深いチームだ。

2006年11月10日 (金)

深夜に埋もれた決勝進出

2006.11.9  AFCユース選手権インド2006準決勝 U-19日本代表 vs U-19韓国代表 Salt Lake Stadium(インド/コルカタ)

 PK戦の時柏木はファンタジスタと呼ばれてた。正直ピッチを縦横無尽に駆け巡る柏木にそんな呼称をしたことはない。でも確かにこの試合の1点目のアシストはファンタジスタだった。あんなプレーをする選手だったんだと今更ながら感心した。こんな選手がサンフレッチェにはいたんだ。そして槙野、退場になったもののあれはよく止めた。物凄いガッツだ。こういう精神力がサンフレッチェには足りなかった。この選手も早くトップで観たいものだ。

 しかしこの試合のヒーローは何といってもGK林だった。PK戦での奮闘もさることながら試合中も何度もチームを救ってくれた。この選手顔は幼いがやっぱりデカい。そのデカさは何となくシュートを止めてしまいそうな雰囲気がある。この雰囲気というのがGKは重要だと思う。勿論そのデカさを感じさせたのは安定したセービングがあるからこそ感じさせるのである。

 GKというのは一番不人気のポジションだ。バンドでいえばドラムのような存在だ。いいドラムがいれば演奏はしっかりするがなり手がいないだけにどこもドラマーを探すのに手間取ってる。やっぱりみんな目立つギターやヴォーカルをやりたいのだ。それはサッカーにおいてみんなFWや攻撃的MFをやりたがるのに似ているだろう。だから日本ではGKの選手が不足してる。サンフレッチェにしてみても下田が出場できない自体が起きると第2GKのレベルは大分落ちることになる。GKにいたってはどこのチームもほぼ出場枠をめぐって争ってるという状況がない。

 だからこそ林の活躍は大きかった。特にU-19とはいえ代表の試合だと注目される。GKの活躍の場面をTVで取り扱ってもらえる。GKの重要性を認識してもらえる数少ない機会を与えてくれたのだ。

 とはいえこの試合地上波の中継は深夜にやってたせいでマトモに観た人は少数だろう。朝のニュースでハイライトでやってたが退場者が出て攻められ攻められた上での2点目のゴールだった。劇的なゴールだったがニュースではゴールシーンの映像のみ。これではサッカーの醍醐味やこの試合の持つ意味は伝わってこない。やっぱり日本ではまだ放送する方もサッカーへの理解度が足りない。外国でのサッカーのハイライト映像なんてこんなものなのだろうか。せっかく決勝まで進出したんだからもっと盛り上げてくれてもよかろうに。

2006年11月 9日 (木)

『神主さんがなぜプロサッカーチームの経営をするのか』

 アルビレックス新潟会長、NSGグループ代表という肩書きを持つ神主さん、池田弘氏が書いた本。氏は自身の宗教観から始まり地元の新潟元気にして新潟から世界へという視野を持っている。その為の一つとしてアルビレックス新潟が存在するということだ。今後はアジアを中心に人とモノの交流を図りたいとしている。シンガポールリーグに参戦してるのはその一環だとしている。

 確かに新潟は一地方都市の割にはアルビレックスは客を入れてる。後発のチームだからバカにしてた面もあったが観客動員数は日本で1、2を争う。少なくともサンフレッチェの2、3倍は入ってるのではなかろうか。観客動員に悩むサンフレッチェもアルビレックスに学ぶ面は大きいのではないだろうか。

 まず広島のアイデンティティーを確立して広島から世界へということにならないだろうか。サンフレッチェにそこまでブランド力になる要素はないだろうか。と考えた時あったのであった。それは選手でもスタジアムでもタイトル数でもない、「広島」そのものだ。「広島」こそ世界中の人が知ってる地名でその「広島」のサッカークラブがサンフレッチェ広島なのである。考えてみればプロスポーツチームで広島と呼ぶチームはサンフレッチェだけなのである。これはまぎれもないブランドなのである。

 ぼくが広島にいる頃、正直広島に魅力を感じなかった。政令指定都市といったって都会という雰囲気がなかったからである。そしてどこか刺激がない。だからぼくは東京に行くと全てが変わるような気がした。やはり日本の中心は東京。大阪じゃ駄目だ。東京だという思いで東京に出てきたのである。出てきてみたら正直こんなものかという思いしかなかったが。それだけにそれ以来広島にかける思いというのは強くなっていった。皮肉なことに広島にいる時は広島に愛着がなかったのに広島を出てからいいとこだったと思えるようになった。ぼくのサンフレッチェに対する思いもそういうとこが原点にある。だったら何で広島にいる時に広島へ魅力を感じなかったのだろう。

 それはやはり日本の中心は東京だからである。流行の中心、モノの中心、情報の中心、広島なんてのは全て東京から始まったものを大阪を経てやっとたどり着くのだと思ってた。事実そうだった。が、それが東京を介さない流れができたら、広島にいるからこそできること、楽しめることというのがあったら。若者はぼくのように東京への幻想的な憧れを持つよりも広島への愛着を持つだろう。そしてサンフレッチェはその広島というブランドを最大限にアピールして人を惹きつけていけないだろうか。

 ぼくは時間が許せば関東のサンフレッチェの試合は行っている。だけどホームに通えるのは2週間に1度の割合でスタジアムでサンフレッチェの観戦をすることができるのだ。それはぼくにとって夢のようなことだし羨ましいと思ってる。だがその感覚を当の広島人は持ち合わせてないのだ。

 広島がブランド。世界中の人が知ってる地名で世界中の国で人気のあるスポーツのクラブ。そしてかつてはサッカー王国と言われた風土もある。サンフレッチェも伸び代はあると思う。いささか抽象論になってしまったが何かいい案がないか探ってみよう。

 でも広島に住んでないぼくがこんなこと考えても何もならないかもしれないんだよな。

2006年11月 8日 (水)

年末の話題

 毎年この時期になると出てくる会話に今年の解雇になる選手のリストアップがある。こんな会話他のチームでもするのだろうか。逆に補強ポイントや新外国人選手の補強を期待する会話はほとんどない。それもそのはず、金のないクラブなだけに補強というものはあまり期待できない。今までで一番の補強といったら佐藤寿人くらいではなかろうか。そして来期に向けての補強としては戸田の完全移籍くらいだろうか。まあこれは高いから無理だろうとほとんどのサポーターは考えてる。後は若手の伸びと新人選手が当たってくれることを願うくらいしか補強を期待できない。それはそれでユースの選手がレギュラーになってくれるという期待感もあって悪くもないんだが。

 そんなチームだから解雇されるのは若手の選手が多い。トップに上げても23年ものにならないとどうしてもチームに留めておくことができないというのは当然のことだ。ただ、サンフレッチェの場合そういう戦力外となった選手がどこにも行き場がないという状況にならない。大抵はどこかのJリーグのクラブへ移籍している。ということはそれ程レベルの低い選手ではないような気がする。特に小野監督になってそういう若い才能を無駄に消費したような傾向はあった。それがミーシャになって柏木や青山のように埋もれてた選手が活躍してきた。それだけに今年は解雇の選手の想像がつかない。これは良い傾向だ。

 といってこれはミーシャが柏木、青山に続く若手を育ててくれるという前提でである。ミーシャならやってくれると勝手に思い込んでるのだ。そして現有戦力で来期は十分戦えると思い込んでる。果たしてそんなに上手くいくものなんだろうか。

 来年のことはなってみないと分からない。でもシーズン始めから指揮を執るミーシャがどういうチームを作っていくのか楽しみでもある。選手の契約の動向に関してもミーシャのフラットな目線での判断ならぼくらも納得するだろう。さあ来年は楽しみだ。ってまだ残留決めた訳じゃないじゃないか。サンフレッチェ・サポーターを続けてると毎年大した成績を収められないので来年の飛躍を妄想する。哀しき習性だな。

2006年11月 7日 (火)

国際試合のプレッシャー

2006.11.6 AFCユース選手権インド2006準々決勝 U19日本vsU19サウジアラビア Sree Kanteerava Stadium

 か、勝った~。喜び飛び上がるというより腰が砕けるという感覚だ。これでU20ワールド・カップに出れる。柏木も槙野も世界の舞台を体験することができるのだ。まあそれで選手として一皮向けるとかそういう期待はかけない方がいいのかもしれないがサンフレッチェの選手が海外で経験を積めるというのはチームにとってもプラスだろう。といって森崎ツインズも駒野も年代別代表でさんざん海外での経験は積んできたのだがな。それで海外での経験が生きてるというプレーをしてるかというと考え込んでしまう。駒野はまだしもツインズにいたっては思い切りの良さだとか強気のプレーという面で物足りない。Jリーグにはヨーロッパのクラブに所属した選手もいるがそういった選手がJリーグの中で抜けてるかというとそういう印象もない。果たして海外経験って言う程必要なものなのだろうか。一人の観戦者の立場からするとそう見えてしまう。

 まあそれはいいとしてU20ワールド・カップに出れるということは素直に喜びたい。柏木はやはり存在感があった。槙野も安定してたと思う。ただ正直サウジアラビアはそれ程のチームではなかった。やはりこの国はホームじゃないと本領は発揮できないらしい。それでも同点にされた時には危ないと思った。最後に勝ち越しゴールが決まった時には喜ぶと共に安堵のため息が出たものだ。

 そういえばこの中継を観てて気付いたことがある。アナウンサーが選手の名前を覚えてるということだ。そんなのは当たり前のことのようだが以前別の局では選手の名前をまるで覚えてないようで悩んだ挙句自分の局で付けた愛称で選手を呼んでいるのを観たことがある。当然選手がどこのチームに所属してるのかまるで知ってない。そんな素人のような中継を観さされたのだ。改めてこの国のサッカーに対する認知度なんてこんなものかと落胆したものだった。それが今回の放送では結構選手の事を詳しく知っていた。柏木のことをサンフレッチェ広島でレギュラーで試合に出てますと再三言ってたのはちょっとした驚きだった。そんなので驚いてはいけないのかもしれないのだが。

 こうやってマスコミから変わっていってもらうと観てる視聴者も選手の名前や特徴を覚えてくるようになる。そうするとJリーグの試合でもあの選手が出てるというのが分かるようになる。今の海外移籍をした選手と日本代表以外の選手はどうでもいいような存在という風潮はどうにかならないものか。そのためにも色んな大会に勝つことによって多く試合をこなしていかなければ選手も名前を覚えてもらう機会がない。日本は何か別の理由で国際試合で勝たなければいけないという宿命にあるようだ。

 とりあえずは準決勝進出でまた試合ができる。そしてかつことによりマスコミは以前から注目してたというような報道をする。負けると無視をされる。ある意味これもプレッシャーである。何とも奇異なるプレッシャーだな。

2006年11月 6日 (月)

ある錯覚

2006/11/05 親父チームvs親父チーム 近所の小学校グラウンド

 サンフレッチェが勝ったあとというのはぼくも良いプレーができると思う。特に大勝したり内容的に良い試合をした後は気分が良いので自分のプレーに誇大妄想的に過剰な期待を掛けてしまう。それでいて毎回現実の自分の実力を思い知らされてガックリと肩を落として家に帰るのだった。今日もぼくを基点に失点をしてしまった。ぼくはファンタスティックな創造的なパスはアッサリと敵に読まれてカットされた後簡単につなげられてゴールされてしまったのだ。誰も言わなかったがこれは明らかにぼくの失点だった。

 こうして考えるとサッカーのメンタルな部分による試合の行方というのも怪しいものがある。メンタルなんか関係なく結局強い方が勝つんじゃないだろうか。いや、それはぼくのような低レベルの草サッカーでの話なのかもしれない。

 というのも今回の天皇杯は結果こそ順当だったがちょっとした波乱があった。愛媛FCが横浜Fマリノスに延長戦までもつれた。そして清水エスパルスは栃木SCに6-4というスコアの試合をした。実力では大きく差のある試合だったがここまで接戦になったのはやっぱりメンタルの面が多いんだろう。一体メンタルを試合に結びつけるのにどういうことをやればいいんだろう。

 以前男子バレーボールで移動中に映画『ロッキー』を観てテンションを上げるということをやってた。そんなので勝てるくらいならみんなやってる。だとしたらもっと有効な方法はないものだろうか。

 かつて横浜フリューゲルスが親会社の撤退と共に解散へと追い込まれたのだがこの時は負けたらもうこのチームでプレーできないと破竹の強さで天皇杯を優勝した。そういう負けたらクラブがなくなるというくらいの強迫観念があったら違うのだろうか。でもそれだったら毎年降格の危機にさらされてるサンフレッチェはどうしてにしりに火がつかないんだろう。メンタルのもって生き方が下手なのだろうか。

 技術的、戦術的なものは本など一杯出てるがこういうメンタルの扱い方は特に書いてあるものを観たことがない。世界の名監督はどうやって選手のモチベーションを上げるのだろうか。できれば知りたい。といって知ったとこで真似できるとも思えんのだが。

2006年11月 5日 (日)

天皇杯の雰囲気

2006.11.4       天皇杯4回戦 サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 鳥取バードスタジアム

 寿人のパスを駒野が決める。駒野のパスを寿人が決める。最後に青山が決める。こんな理想的な展開で快勝した。まさに試合前こうなったらいいなと思い描くままの展開だ。これがリーグ戦ならどんなに良かったことだろう。やはりまだ残留を決めた訳ではないので喜び半分、冷静さ半分といったとこだろうか。

 ただ、この天皇杯サンフレッチェは縁がある。決勝3回、準決勝1回という成績がある。これは他のチームが来期に向け選手の入れ替えを実行に移す時期であり中にはモチベーションを下げた選手が多いというのも大きい。サンフレッチェの場合資金がないだけあってあまり大幅な変化を行わない。それで解雇の選手がそのまま天皇杯に出場ということが比較的少ないせいではなかろうか。

 ただこの天皇杯、良いことばかりではない。2003年には大学生との対戦になったのだがこれが90分で勝てなかったのである。しかも来期はいないことが決まってるマルセロを出場させて日本人選手の出場の機会を奪ってしまった。これについて当時の小野監督は来期の戦力と天皇杯は別だとコメントした。そう、確かに別である。それでいてその次の試合ではしっかりと負けてくれた。この時もこの監督はマルセロを90分キッチリと使ったのだった。

 次の年、天皇杯の初戦は横浜FCとの試合だった。ここでも来期はいないはずのチアゴが試合に出てた。そしてまたしても小野は来期のリーグ戦と天皇杯は別との見解を示し横浜FCにしっかりと負けてしまったのである。よりによって前の年J24回の対戦で全て勝てた相手に負けてしまった。これじゃあチーム力落ちてるということではないか。バツが悪そうに応援席に挨拶に向かう選手たち。そんな選手たちに紫のサポーターは「来るな、来るな」と叫び続けた。それで来なかったらもっとブーイングしたのは眼に見えてる。それだけに服部がチームメイトに挨拶だけはしようと促したのは懸命な判断だった。

 頭を下げた選手たちに容赦のないブーイングが注がれる。そしてその後には小野にここへ来いと叫ぶ人もいた。当然小野がそんなことする訳もなくその叫びは三ツ沢競技場で罵声の一つとして無視されたのだった。ただ、ここまで他の選手を使ってよい試合で来年いなくなる外国人選手を使い負けてしまう。そんなことを平然とやってしまう小野はぼくも許せないものを感じた。

 そう考えれば天皇杯も結構豊富なエピソードがある。客が入らなくて注目度の低い大会なのに決勝は客が入る。不思議な大会だ。世界的にもこんな雰囲気の大会はないだろう。プロアマ混合で一発勝負のトーナメント。企画としては面白いのだが決勝以外は盛り上がらない。ぼくももっと天皇杯も観戦したいのだが試合時間、中継の数といったとこでどうしても観戦し難い運営となってる。やっぱり不思議な大会だ。まるでマニアックであることを望んでるかのようだ。だから勝っても負けてもどうでもいいような雰囲気が出てしまうんだろう。

ナビスコカップから天皇杯

2006/11/03 ナビスコカップ決勝 鹿島アントラーズ vs ジェフユナイテッド千葉  国立競技場

 44,704人。ずい分入ったものだ。この大会、昔は決勝とはいえ余裕で当日券が買えたのだ。どうもカップ戦という意味合いよりも試合数を増やすことに目的があるような気がしてタイトルにもさほど価値が置かれなかった。それが浦和レッズが決勝に出るようになってから状況が変わってきた。2002年浦和レッズが初めて決勝に進出してからというもの決勝のチケットが売り切れるという状況になった。それによりこの大会の価値も上がったといえるのではないだろうか。ナビスコもここまでスポンサーを続けてて良かったと感じた瞬間だろう。

 やはり客が入るものだから試合も白熱してくる。両者高い緊張感でプレーする。激しい攻防。一瞬の隙も許さない。そんな中でもジェフが2ゴールを入れ勝ってしまった。凄い試合だ。これはサンフレッチェ・サポーターのぼくから観たら別の次元の試合だった。

 でもよく考えたらサンフレッチェだってこの舞台に立てるはずなのだった。同じJ1のカテゴリーにいる訳だし勝ち進めばこの舞台に立てる。ただ毎年毎年予選リーグで負けてしまうというだけなのだった。

 情けないといえば情けない。だがこれについて悲観する声はサポーターの間にない。なぜならリーグ戦においてほぼ毎年降格争いをするからカップ戦へ力を入れる余裕がないのだ。だからせいぜいオマケのような大会になっている。大幅にサブのメンバーを使えばいいのだがそれもJリーグのベストメンバー規定があるので制限が出てくる。全く余計な規定だ。ぼくらからすると普段リーグ戦で出てない選手が観れる数少ないチャンスなのにそういう楽しみを潰されてるようなものだ。

 いずれにしてもリーグ制覇よりカップ戦の方がタイトルは取りやすい。短期勝負の勢いの要素が強いからだ。だからサンフレッチェもタイトルを狙うならこういうカップ戦だ。伝統的にナビスコは縁がないから天皇杯を狙うとしよう。これこそ他のチームは選手の移籍云々でチームにまとまりがない時期の開催なので可能性がある。だからこそサンフレッチェも決勝までは何度か進出を果たした。狙うぞ狙うぞ天皇杯。でもその前に残留だけはキッチリと決めておかないとな。

2006年11月 3日 (金)

ユースを考える

2006.11.2  U-19日本代表 vs U-19イラン代表 Sree Kanteerava Stadium(インド/バンガロール)

 柏木がまたしてもアシストを決めた。残念ながらチームは1-2で敗れてしまったがFKの場面といい前線への長いピンポイントのパスといい活躍していた。実際柏木が交代でベンチに退いてからは攻撃らしい攻撃にならなかったような気がする。ハーフナー・マイクや伊藤翔といった変に期待されてる選手ではないだけに中継でも柏木を中心選手としては扱ってない。それでもこの試合で唯一ミスもせず効いてるプレーをしてた選手ではないだろうか。そんなことサンフレッチェ・サポーターくらいしか気付いてないだろう。

 もう一人、槙野はキャプテンマークを付けてCBに入ってた。この選手物腰がドッシリしてて試合中の表情もいい。2失点というのはDFの一人としては責任がないとは言えないがそれでもこの試合ではDFの中心だった。二人共サンフレッチェ・ユース出身、改めてサンフレッチェのユースのレベルの高さが分かる。

 こういう選手を輩出するサンフレッチェに実はサッカー協会も助けられてるのではないだろうか。トレセンなどやって色々なとこで強化、発掘をやってるがこうして一Jリーグ・クラブが年代別の代表に選手を送るというのは手間や時間の面でも大変な助けになってるはずだ。だからもっとJリーグの下部組織に資金提供をするなどの協力をしてもいいのではないだろうか。例えば年代別代表に選ばれれば選手一人につきいくらという報酬をクラブに払うのでもいい。クラブはユースや若い選手を年代別の代表で経験を積ませることもできてさらにまた新しい人材を発掘する糧を得るというのに良い効果をもたらすだろう。特にサンフレッチェのような地方の弱小クラブにとってはトップが降格争いをしてれば若手への育成が及ばなくなる可能性もある。これは強化という面では一番手っ取り早い方法だと思うが。

 日本もJリーグができてサッカーにお金が廻るようになってきたし環境も整ってきたのにどうも世界的に日本のレベルが上がったという気がしない。それはドイツW杯で惨敗したことからも分かるのだが一体何が足りないのか。そんなものは国内でサッカーが普及してないというごく簡単な原因によるのだがそれはそれですぐに変わるものでもないのでしょうがない。であれば今できることといったら限られた選手を育成するしかないだろう。ということでやはりユース組織の充実が必要だ。ユースの監督も毎年協会が育成で一定の成果を挙げた人には表彰するとかして欲しい。それで賞金でもあげればユースの監督のモチベーションもグッと上がるだろう。今が上手くいってないという訳ではないがより発展するために今だからこそ改善できるとこは改善してもらいたいものだ。

2006年11月 2日 (木)

適材適所

 バレーボール女子世界選手権がありTVに釘付けになる。ぼくはバレーボールが大好きなのだ。残念ながらまだ試合会場には行ったことがないがいずれは行きたいと思ってる。できればこういう世界大会ではなくVリーグに行きたい。その方が客のいないのでゆっくりと観れるだろうから。それに日本のチーム同士の対戦の方が両チーム観る選手がいて楽しみが多いはずだ。そう、ぼくは単にバレーボールの選手が好きなだけなのだ。

 しかし、こういう見方はスポーツを観る初期衝動としては普通だと思う。誰か特定の選手の追っかけをしててそのうちそのチームを応援するようになりついにはその競技の虜になるという。だからぼくがバレーボールの選手の映像を追っかけるのもあながち間違ったことではないのだ。

 ただバレーボールの中継はいつもアイドルが出演する。せっかく試合として白熱してるのに途中でアイドルの応援風景にカメラが移ってため息が出ることがある。一体あのアイドルは何のために出るんだろう。そのアイドル目当てでチャンネルを回す人がいるんだろうか。これについては不思議でしょうがない。まあぼくにしてみればアイドルを移してる時間があったらもっと選手を映して欲しいのだがこんなぼくがこんな正論を言っても何の説得力もない。

 ただ、そういう不順な動機から見始めた女子バレーだが男子に比べてラリーが続く。そしてパワー勝負には限界があるから駆け引きやコンビプレーの要素が強い。こういったことは女子サッカーにも言えないことではないだろうか。

 女子サッカーも近年徐々に注目を浴びるようになってきた。まだアマチュア的要素が強いがこういった目指す方向を誤らなければ十分人気を得ることができると思う。その為にも早く女性の監督が生まれて欲しい。川渕三郎キャプテンもそういう視野を持ってるらしい。

 そういえばサッカーの女子代表の監督は何となく女子向きだなという人がなっている。2004年の代表監督の上田栄治なんてその典型だ。見事アテネ・オリンピックを出場させた監督だがその後湘南ベルマーレへ戻った後はそれ程パッとした成績を収められていない。どことなく優しそうなその顔はやはり男子の世界では厳しさが足りないんだろう。やはりそこは適材適所で女子の世界にいてもらった方が双方の発展にとってはいいのだろうがそこはまあ本人の収入や色々な事情があるので何とも言えないとこではあるが。

 そういう意味で元サンフレッチェ広島の監督、木村孝洋が女子サッカーの監督に就いたのは良い選択だと思う。その見た目からどうもベンチにいても威圧感がなくチームが勝てそうになかったが女子なら話は別だろう。元々ユースで監督をやってる頃に森崎ツインズや駒野を育てたという実績からもやはりユースや女子の方が向いてるんだと思う。できればそういう適材適所に人材が行渡るようにそれぞれの分野で待遇が改善されればいい。そうすれば日本のサッカー、バレーもそうだがスポーツ界はもっと発展するだろう。

2006年11月 1日 (水)

インドでの試合

2006/11/1 U-19日本代表 vs U-19タジキスタン代表 インド/バンガロール

 柏木が決めた。またしても点を取った。こうやって試合に出れば当たり前のように活躍してるのが頼もしい。ああ、本当にサンフレッチェにはいい選手がいるんだ。DFの槙野もこのチームでは不動のスタメンみたいだし。

 それはそうとインドのスタジアムはどうしてこうもピッチが悪いんだろう。両チームともトラップがまともにできない印象があった。インドだってプロのリーグあるんだろうに。一体インド人というのはこんなピッチで平気で試合をしてるんだろうか。それともこういうピッチしかないからこれが当たり前になってるんだろうか。インドのサッカー事情が不透明なだけに疑問である。

 インドも経済発展が盛んになってきてるからこれからインドでの試合も増えるだろう。こういうピッチでの試合はそれはそれで若い年代にはいい経験になるんだろうがどうなんだろう。もうちょっとインドでもサッカーが人気になって注目されないとどうかなという気はする。多分そういう理由もあって普及の意味でこういう大会をインドで開くのだろうが。

 同じ急成長をしている中国などは2004年のアジアカップで日本は完全なアウェーの雰囲気でプレーすることができた。日本は敵として見られていたがあれだけ観客がいれば大会としても盛り上がる。現にこのU-19の試合どこのTV局もニュースのスポーツコーナーで取り上げない。それだけ観るに乏しい大会となっている。

 とはいえU-19の試合なんてこんなものかもしれない。高校卒業したての選手ばかりだ。といってもJリーグのスタメンの選手もいるんだよな。日本代表に召集された選手もいるんだよな。何か日本のマスコミはよく分からん。

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