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2006年10月31日 (火)

柏木の活躍に思う

2006/10/30 U-19日本代表 U-19朝鮮民主主義人民共和国代表 インド/バンガロール

 20で勝った。柏木が決めた。やっぱりこの選手が高いレベルの選手だったことが分かり安心した。サンフレッチェで魅せるパフォーマンスはやはりどこでも通用するものだというのが嬉しかった。いや、あれはこの代表においても貴重な戦力になるだろうというのは分かっていたがFKまで蹴ってるのには驚きを感じた。

 この試合は槙野の出てたようだがぼくは『やべっちFC』でハイライトしか観てないのでDFのパフォーマンスまでは分からなかった。でもいつも思うのだが日本のTVは何で得点シーンしか流さないんだろう。これではFWと攻撃的MF以外は補欠のような存在になってしまうだろう。上手い奴から前をやり一番下手な奴がGKという。実際にはGKは重要なポジションだ。DFも安定してればチームも安定する。GKのファイン・セーブ、良かった守備などももっと取り上げるべきだろう。これだから日本にはサッカーを理解してる人が少ないんだろう。といってそもそもサッカーそのものがマスコミに取り上げられることも少ないんだが。その少ない時間ではやっぱり得点シーンだけになるのも致し方ないのかもしれない。

 まあそれはいいとしてカズ、浩司、駒野も年代別代表に入ってたが当時と今とが違うのは柏木は期待の若手ではなくてもはやチームにおいて完全に戦力の一部ということだ。そして槙野もすぐにでもスタメンになってもらわないと困るような存在だ。だから逆に変な夢を抱いていない。

 カズ、浩司、駒野の時代のスーパー7と言われた新人たち。後は八田を残してみなチームを去っていった。いい新人が入れば数年後強くなるというのは幻想でしかないというのを思い知らされた。だから柏木にいたってそういう幻想を抱かない。だが実際に試合に出てるから幻想ではなく現実的にこれからどんな伸び代があるか想像はしてしまう。

 でもよく考えてみたらこうやって各年代の代表の試合がある度にサンフレッチェの選手はメンバーに入ってる。数年前には考えられないことだった。でもそれだけに今の成績は頭を抱えてしまう。一体どうすればもうちょっと強くなるんだろう。

2006年10月29日 (日)

Satisfaction

2006/10/28 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

 「今日どうなったんですかね」

 帰りのハンドルを握る手を休めて聞いた。わざわざ書店の駐車場に車を停めて薬剤師先生に電話した。

 「今録画した中継観てるんですけどね、今のとこ1-0ですよ。ウェズレイが自分でファール貰って自分でFK決めましたよ。何か今日はいいですよ。これじゃ負けないでしょう。こんな試合できるんだったらな、何でもっと前からできなかったんだろ」

 「そうですか、ダバツは出てないんですか」

 「ダバツは出てないです。代わりに盛田ですね。盛田のロングシュートがあったんですけどアナウンサーなんて思い切ったシュートですねなんて言ってるんですよ。元々FWの選手だって知らないんですかね」

 「でも盛田は個人的にはがんばって欲しいですよ。だって来年カズがそのままDFやってるとはとても思えないですからね」

 「そうだね。そういえばU21の中国戦行きましたよ。青山はやっぱり良かったですね。あんな選手がいるのに小野は干してたんだからな。今まで潰してきた若手を考えると許せないよ。結局サンフレッチェを首になってもどこからも監督要請なかったんでしょ。だから協会の技術委員長なんてポストに納められたんでしょ。それも分かる気がするな」

 「そうですよね、愛媛に移籍した2人のFWだってレンタルの田村は駄目で完全移籍の田中の方が活躍してるんですからね。あれだって当時は小野が全権を握ってたんだから小野の決断なんでしょ。そういう見る目のなさも酷いですよね」

 先生と話す時はいつも小野の悪口になる。というのもこの人はJ2の最初から監督の力量としては疑問視してた。そういう意味では見る目を持ってる。ぼくは少なくともJ2の第3クールまではまだ小野を信じていたのだから。

 ぼくは先生との話を終えてから自宅へ向けて再び車を走らせた。ラジオはどこの局に合わせようと今日のJリーグの結果など放送しない。あるのは下らないDJの喋りだけ。おお、ローリング・ストーンズの『サティスファクション』みたいではないか。

When I’m drivin’ in my car

Man comes on the radio

Tell me more and more

About useless information

Fire my imagination

I can’t get no satisfaction

 しかし、家に帰って録画してたレッズの試合を観たら試合の最後に他会場の結果として30というスコアが映し出されていた。マリノスに、30で勝ってしまった。残留の星勘定をするに当たってマリノスは落とす試合だった。それに勝ったんだから大きい。これでもう安泰だ。これからは勝ち続けるぞ。

 といって勝つはずだった甲府やセレッソに負けてしまった。それもこういう良い結果の後に負けている。全く浮き沈みの大きいクラブだ。

2006年10月28日 (土)

Up and Down with Sanfrecce

2006/10/28 サンフレッチェ広島vs横浜Fマリノス 広島ビッグアーチ

 広島のエースといえば何といっても久保竜彦だった。その身体能力を生かした独特なプレーは観るものには強烈な印象を残す。しかも久保が全くの無名選手だったのを広島が発掘したというのがさらにこの選手への愛着をもたらすのだった。そして日本には数少ないストライカーであるのを知るのだった。

 しかし、その久保が代表に定着することはなかった。どうも内弁慶なとこがあって代表では活躍しない。ただ広島で見せるパフォーマンスはとても印象的だ。誰もできないようなゴールを決める。ただそれがサンフレッチェにいるということが災いし観てる人が少ないという事実があった。2002W杯メンバーに落選した際はぼくも相当ガッカリしたものだが大抵の人は大した選手とは思ってなかっただろう。その後マリノスに移籍して優勝に貢献する活躍をし代表でもゴールを量産してやっとその実力が認められるのだった。その頃には2002年に久保なんて大したことないと揶揄してた人は霧のようにどこかへ消えてしまった。

 そういう選手であったために久保がチームを去る時は寂しかった。寂しかったがしょうがないとは思ってた。2002年サンフレッチェはJ2へと降格してしまったがあの当時W杯落選による落胆からか久保は調子を落としてしまい試合メンバーからも外れるようになってしまった。それよりも1stステージ第8節のFC東京戦で開始早々にあったシュートチャンスを決めれなかったのが痛かった。あれが決めれなかったことによりその試合は4-0と大敗してしまったような印象がある。そしてその後に続く連敗もそのシュートミスにより引き起こったという流れを生んだような気がする。それだけに久保への戦犯的な眼は当然向けられた。シーズン後の天皇杯ではプレーしてたが悪くはなかったがどこかもういなくなるだろうなという雰囲気があった。埼玉スタジアムで行われた京都戦は敗戦しながらも挨拶を終えた久保の背中にサポーターのチャントが向けられた。無言でピッチを去るような仕草をしながらもその背中はどこかすまないなと言いたげだったような気がした。そしてその後に横浜Fマリノスへの移籍が発表されたのだった。

 その後サンフレッチェは久保との幻影と戦うことになる。J2に舞台を移したサンフレッチェは高橋泰を中心に3トップを組み茂木、大木というFWで臨む。高橋はゴールを量産し久保に代わるエースとして見通しがたったその時当時監督の小野は愚挙に出た。いきなりの外国人FWの起用である。せっかく機能してた3トップなのにその中にマルセロという3流外国人を入れてしまった。それによりチームの勢いは失速、高橋も茂木も輝きをどんどん失っていった。小野はこのマルセロをどんなに悪かろうと90分キッチリと使うので次第にチームのパフォーマンスも下がってしまった。この時点でぼくはこの監督は駄目だと思った。

 無事J1に上がった後はもうFWの軸はなくなってた。中山元気や大木など色々と試してみたがパッとしなかった。そして来たのが佐藤寿人なんだが仙台での実績を考えると活躍して当然の選手だったのだ。そういう意味ではサンフレッチェが発掘して育てたという久保を超える存在というのは過去にはいないだろう。未来においては分からない。それが前田俊介だったら嬉しいし他の選手でも嬉しいだろう。だけど今のとこ久保を超える存在というのは現れてないのだ。

 それなのにぼくの頭には久保の存在が消えつつある。当時あれだけ熱狂した久保のゴールも数字の上でのデータとしてしか記憶がなくなってる。時の流れは恐ろしい。いや、それだけ寿人が得点を重ねてるということだろう。いずれにしても今になってみると故障続きの久保よりコンスタントにゴールを決める寿人の方が今のチームには必要だ。そう考えると久保の移籍も寿人の来た時期もJ2に落ちた時期も良かったのだろう。世の中何が好転するのか分からないものだ。

2006年10月27日 (金)

サッカーの雑誌

 サンフレッチェの特集をやってるということで『サッカー・ダイジェスト』を買った。前は結構買っていたがそのうち毎週420円を払うのが負担になってきたのだ。ぼくもサッカーを見始めた当時はこういう雑誌を読んで情報を集めてた。というよりこういった雑誌しか情報を得る手段がなかった。今のようにサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』があるわけでもなしネットにしてもADSLなんて一般化する前だしサイトもそれ程充実してなかった。そのうちにぼくも各チームの選手の名前も覚えてきて特徴も何となく分かってきた時段々サッカー専門誌を買う必要性を感じなくなったのだ。

 そういえば今サッカーの雑誌というのは増えている。書店のスポーツ・コーナーへ行くと明らかにサッカーが一番多い。それだけ買う人がいるのだろう。買う人?一体どんな人なんだろう。少なくともぼくの周りにはそんなに買ってる人がいないのだが。

 ぼくがサッカーを見始めた2000年前後、サッカー雑誌なんて限られたものだったからどれも読んでみようという気になったがこれだけ数が増えるとどれも同じだろうと思えてくる。つまり数があり過ぎてありがたみがなくなってるのだ。大抵はヨーロッパの選手の写真集みたいになってるのだろうとは思うが。

 それでいて久々に『サッカー・ダイジェスト』を買ったのはサンフレッチェの特集があったからだ。浩司のインタビューに始まりカズのチームメンバー票、吉田サッカー場にまつわるエピソード、下田と服部の対談、そして最後に風間八広のサンフレッチェに向けての提言。サンフレッチェでここまで紙面を割いてくれるとは。とても得をしたような気分になった。こうして考えるとサンフレッチェって魅力的な要素って一杯あるんだよな。得点王争いしてる選手はいるし若手のホープもいる。日本一のGKもいて中盤には双子のプレイヤーがいる。ある意味選手全員揃ったらかなりの戦力だ。かつてバティストゥータ在籍時のフィオレンティーナみたいだ。チャンピオンズ・リーグに出場するような成績を収めるも選手全員揃ったら強いが優勝を狙うには選手層が薄いと言われてたように。でも同じ紫でもフィオレンティーナはスタジアムを一杯にしてたがサンフレッチェはガラガラだ。この差は何ともし難い。一体フィオレンティーナなどはどうやってあんなビッグ・クラブになっていったんだろう。

 サンフレッチェもこんな特集があるからと珍しくて雑誌を買ってしまうのではなくてそれが当たり前のようにならないだろうか。どの雑誌を覗いてもサンフレッチェのことが書いてある。表紙もサンフレッチェの選手が飾るのも珍しくない。そんなのが当たり前になってしまう。でもそうなったらそうなったで希少価値を感じなくなってまた雑誌を買わなくなってしまいそうだ。

2006年10月26日 (木)

注目の世代

2006/10/25 U-21日本 vs U-21中国 国立競技場

 ぼくの録画は切れていた。前半も終わってなかったのに。元々の放送も録画中継だったのだが前の番組が相当延長したみたいで見事にぼくの録画予約の枠内に侵食していた。ぼくのHDDはこの程度の機能だからしょうがない。番組の延長に対応できないのだ。せっかく前田俊介が交代で出たというのにその姿は見ることはできなかった。

 ただ、青山は見ることができた。いい飛び出しの場面があった。的確にボールを裁いてる場面もあった。何よりスタメンで出てるというのがいい。でも正直印象というのはそんなものだった。なぜならTVが平山ばかり写すものだから青山は分からないという状態だった。そりゃ平山が一番有名だというのは分かるがもうちょっと他の選手も写して欲しかった。そう思ったのはぼくだけだろうか。

 さすがにU-21の親善試合とうことで客も大して入ってない。応援も普段の日本代表の試合と比べるとこじんまりとしたものだった。確かにこの年代の代表の試合で満員になるなんてオリンピック予選くらいだろう。前回のアテネ世代の時もそうだった。これから徐々に注目を浴びるようになっていって北京オリンピックに出場できればいいが。そうなると誰か目立つ選手を取り上げるしかない。だったら平山、それは放送局としてはしょうがない流れなのだろう。でもどうせだからJリーグで活躍してる選手も多くいるのでそういう選手の紹介ももっとやってこの年代の選手を紹介してもらいたいものだ。

 全部は観れなかったもののぼくは今回のU-21代表、前回のアテネ世代より芯があるような気がした。今考えても前回は線が細かったし個性にも乏しかったが今回は期待を持てるのではないだろうか。出場してる選手もJリーグで主力として活躍してる選手が多い。北京オリンピックは悲願のメダル獲得になるのではなかろうか。

 といって今までそんな期待通りにいった試しがない。だからどこか1試合でいい。記憶に残る試合をして欲しい。アトランタ世代などブラジルを破ったものだから未だにあの世代の神話がある。だってサッカーが取り上げられるのなんてそれくらいのサプライズがないとないんだもん。

2006年10月25日 (水)

ネットに漂うサンフレッチェ

 ぼくは選手の日記などというものを読まない。何人かのサンフレッチェの選手は自分のサイトを持っているがそんなもの一々目を通してる時間がない。これはぼくが特定の選手を応援してる訳じゃないというのも理由としてある。だからぼくはむしろミーシャやポポビッチコーチ、織田強化部長、久保社長といった人達のコラムでもあればそっちを読むだろう。まあこれは個人の好みだ。サイトを運営することやそれを楽しみにしてる人を非難するつもりは毛頭ない。

 そういう理由でぼくはブログなどで選手がどんなことを書いてたか知る由もないのだがふとある掲示板を覗いてたらセレッソ戦で自分がベンチに退いてからチームが悪くなったと書いた選手がいたそうだ。ああ、もう何て言うか・・・。とてもプロのメンタリティーとは思えない。というかそれ程自分の実力を誇張するのなら他へ移籍すればいいだけ。サンフレッチェではベンチだけど他へ行ったらバリバリのスタメンだというのを見せ付ければいいのではないだろうか。

 やっぱり選手のブログなんて読まない方がいいと思う。ぼくが知りたいのはチームのこと。選手個人個人の私的な感想ではない。試合をした後に客観的にどこが良くてどこが悪かったのか知りたい。そしてチームがどこに行こうとしてるのかを知りたい。選手にとっては自分が試合に出てなきゃいいように書く訳がないだろう。

 やっぱり選手が自分のサイトを持つということは危険だと思う。中田英寿くらい活躍をすればいいがそうでない選手が日々の自分の見解を書いてもそれが悪い方へ向かっていくような気がする。例えば降格争いをしてる時とか自分が試合に出れない時とか。そんな時本音を書けば問題が起きるしオブラートで包んだらありきたりの文章になるし反ってストレスになるのではなかろうか。まあそれでもサイトを運営するというのは選手の自由なんだが。

 それにしてもHP、ブログ、掲示板というネットの中においてはサンフレッチェって凄いクラブだな。やたらその数が多い。だから一日パソコンの前に座っていたらサンフレッチェって人気があるんじゃないかと勘違いしてしまう。だからサンフレッチェのサポーターはオタクが多いと聞いたことがあるがその分のめり込む人が多いということだろう。少数ののめり込む人がいる割に多数には広がらない。クラブ運営に関していえばあまり喜ばしい状態ではないだろう。一体このサンフレッチェの試合を全く観たことのない人、まあちょっとは行ったことがあるという人をどうやったら取り込めるのだろうか。そもそもそういう人を取り込めないからのめり込んだ人はネットという手段にたどり着いたのか。だとしたらサンフレッチェの個人サイトがやたら多いのは納得できる。選手だってマスコミがちっとも取り上げてくれないから自分のサイトを持ちたくなるのも分かる。でも一体興味のある人というパイが少数なのに一体誰がそれらサイトを観るのだろう。といってぼくもブログを書いてるんだった。やっぱりぼくもオタクだったのだった。

2006年10月24日 (火)

理解されない憂鬱

2006/10/22 セレッソ大阪vsサンフレッチェ広島 大阪長居第2陸上競技場

 気分のいい時より悲しい時の方が曲が書けるとエリック・クラプトンが言ったような気がする。今まさにぼくはそんな心境で書きたいことは山ほどあるのだ。だけど逆にありすぎて書けないという状態だ。ぼくの頭の中は混乱している。一体何から書けばいいのか。あれもこれも思い浮かんでくる。

 監督が小野から望月代行監督になりペロトビッチことミーシャが監督としてやって来た時はもうその後の快進撃を夢見た。去年大分がシャムスカが来てから急に勝てるようになったように。選手の質は悪くない。後はいい監督さえ来れば大丈夫だという頭がぼくの中にはあった。だがこんな負け方をするとその自信は揺らいでしまう。結局選手も大したことなかったという結論に至らざるを得ない。

 ミーシャが来た当時青山や柏木といった若手を大胆に使い見事に戦力とした。これはまだ他にもサプライズがあるかもと思っていたがそこで打ち止め。結局固定したメンバーで戦うことになった。高柳や前田俊介が重要な場面で試合にでることはなかった。八田や槙野がピッチに立つことはなかった。だからここらが打ち止めなのかという落胆がある。それは監督の能力というよりも選手の平均値の低さを認めなければいけないという一番やりたくないことをしなきゃいけなくなった。そもそもミーシャは外国人だから余計な先入観はないはず。そのミーシャが観て選手起用をしてるのだから試合に出てない選手はやはり使えないのだろう。そこが何とも悲しいのだ。

 そういえばセレッソ戦は大阪まで遠征に行こうかという仲間内での案があった。結局企画倒れになってしまったがこんなボロ負けする試合に行っていたらさぞ帰りの運転は辛かっただろう。前は負けた試合の帰りは小野の悪口大会となったが今はそんな訳にいかない。一体この怒りの矛先をどこに向ければいいのかということになる。ということで落胆、落胆するしかないのだ。ぼくらのチームの選手の力量はこんなもんだと。

 同時刻ぼくは味の素スタジアムにいた。下北沢に行けば長居の中継がモニター観戦できるのは分かってた。だけどぼくには生観戦の誘惑には勝てないのだった。そこで観たのはFC東京の劇的な逆転劇。そしてその後知ったサンフレッチェの大敗の試合結果。まさに天国と地獄のような心境であった。

他にもまだある。この日は朝からロクなことがなかった。草サッカーの練習に行けばロクでもない指示を大声で張り飛ばす親父が来てたし。あの親父毎週来るのかなという不安もあるしそのせいでぼくのプレーも制限させられたし。気晴らしのつもりで味の素スタジアムに行ったら後で追い討ちを掛けるような惨敗のニュース。他にも・・・いや、こんなものか。きっとこんなの普通の人が聞けばだからどうしたんだと不思議な顔をするんだろう。

2006年10月23日 (月)

見えない鎖

2006/10/22 セレッソ大阪vsサンフレッチェ広島 大阪長居第2陸上競技場

 ハッキリ言ってムカついた。その場にいたらぼくは大ブーイングをしただろう。降格のライバル相手に4失点。信じられない、ありえない。お前ら本当にプロか。そりゃ相手だって必死だというのは分かってる。だけど4失点だぞ4失点。これがプロのやることだろうか。

 同時刻にあったFC東京は優勝争いをしてるガンバ大阪に逆転勝ちした。一つ下の順位にいたサンフレッチェはおめおめと負けて結局また順位を上げることができなかった。弱い、本当に弱い。こんなチームから代表選手を選ぶのは止めて欲しい。もう選手総入れ替えだ。やる気のない奴は去っていけ。

 ぼくはかなり自暴自棄になっている。降格のライバルのチームは今節みな勝ち点を重ねた。つまりサンフレッチェだけが勝ち点がないのである。段々恥ずかしくなってきた。ぼくはこんなチームを応援してるのが恥ずかしい。

 こんな時以前だったら小野の悪口大会になったのだ。だがその小野ももういない。それなら今のぺトロビッチ監督が悪いということになる。だがぼくにはどうしてもそんな気分にならないのだった。

 前節勝ったからといっていい気になった。そんなぬるいクラブに腸が煮えくり返る。こんなクラブを応援してると精神衛生上良くない。だけどぼくにはサンフレッチェ以外応援するクラブなんてないのだ。

 悲しい。この見えないチェーンがぼくを縛り付けて離さない。そしてぼくはイングランドの諺を思い出した。

 「女房は替えることができても応援してるクラブは替えることはできない」

2006年10月22日 (日)

スパイスの力

 このシーズンになると優勝争い、降格争いが激しくなる。そしてJ2も昇格へ向けてのスパートの時期だ。これはJ2を体験した者でないと分からない厳しさがある。こんな過酷なリーグもっと注目されてもいいようなものだがTVじゃちっとも取り上げないし観客も入らない。そもそもJ1の中継だって地上波では毎説試合でもやってくれりゃいいものをたまにやる程度である。この国のリーグ戦はこれ程までに公共の電波に乗ることがない。一体何が足りないんだろうか。有名外国人選手がいないと駄目なんだろうか。それとも全盛期の三浦カズや中山のような日本人の得点王に輝く選手がいないと駄目なのだろうか。それとも中田英寿のように海外で成功した選手がキャリアの最後に日本でのプレーを選択するというイベントがないと駄目なのだろうか。何かどれも当たってるような気がしてどれも的外れな気がする。一体どうしてなんだろう。

 よくJリーグはレベルが低いから観ないという意見を聞く。そうなんだろうか。確かにヨーロッパの3大リーグに比べればレベルは低い。だけどぼくはどうもリーガ・エスパニョーラは肌が合わない。勿論バルセロナの怒涛のような攻撃はハイライトで観れば魅力的だ。だけど90TVの前に座って観る気にはなれない。ただしプレミア・リーグはサッカー専用スタジアムで臨場感があり面白い。プレーもスピーディーでエキサイティングだ。だけどそれ以上感情移入することはない。様々な場面で参考になるプレー、目を見張るプレーは多いが勝敗について一喜一憂することはない。まあどこが優勝してもいいのである。また、セリエAについても状況は同じようなものだ。ただ試合の雰囲気はさすがに世界最高峰だというものがあるが。

 一体こういう海外リーグしか観ないという人は何を観てるんだろう。誰か特定の好きな選手を追ってるんだろうか。それともその勝敗が気になるんだろうか。としてもそこまで感情移入できる何かがあるんだろうか。うーむ、分からん。ぼくのようにサンフレッチェの試合について仲間内で語り合ったりすることがあるんだろうか。それともただ単に映画のように自己の中にその感情を押しとどめるので満足してるのだろうか。それともそういう人達は年がら年中海外へ行っててその地へ行けば一緒に応援してるチームのサポーターを知ってるのだろうか。ぼくには分からない。だがぼくはあえて言う。バルセロナのサポーターだろうとACミランのサポーターだろうとマンチェスター・ユナイテッドのサポーターであろうとぼくは面と向かってサンフレッチェ広島のサポーターと言うだろう。そしてこの紫のユニフォームこそ世界最高だと。じゃあ試合してみようじゃないかと言われれば望むとこだ。ありえないが実際に試合することにしよう。そしたらサンフが100くらいで負けるのも目に見えてる。それでもぼくはその結果に涙をくれながら紫のレプリカを捨てることはないだろう。いつか覚えてろよと胸に秘めつつも再び対戦して再びやられてしまうなんてことはしょっちゅうだ。そんな時ぼくは応援してるチームがもっと強いチームだったらどんなに良かったことだろうと思うのだった。

 愛するチームを持つ、それがサッカーを観る上での最も有効なスパイスだ。今は日本でそのスパイスを持ち合わせた人が少ないということだ。そのスパイスを広める為にももっとJも地上波で取り上げて欲しいものだ。

2006年10月21日 (土)

優勝宣言

 U-19日本代表に柏木、槙野が選ばれた。その前にU-21代表で前田と青山が選ばれてる。こうやって若い年代の選手がカテゴリー別の代表に入るのは嬉しいといえば嬉しい。だけどそれによってその選手に将来に向けての多大な期待をこめることはなくなった。それは森崎ツインズと駒野の世代で十分現実を突きつけられたからだ。

 2002年日韓W杯を終えた日本の次なる目標は2004年アテネ・オリンピックだった。数々の試合を重ねる内にサンフレッチェからは森崎ツインズと駒野を初め松下祐樹や林卓人といったメンバーが召集された。これだけ年代別の代表に選出されるメンバーを持ったサンフレッチェ、将来は安泰だと思ったものだった。彼らが主力となった時どんなに強いチームになるのかと。だがそれはあまりにも安直な考えだった。

 後に松下は2003J2時代試合に出場してたもののその守備能力のなさから放出されるようになる。林は下田というあまりのも高過ぎる壁にぶつかり出場を求めて札幌に移籍していった。他にも多々良高校のエース中山元気もセンスを感じられないプレーから抜け出せなく札幌に移籍してしまう。こちらはよく高校時代一緒にトップを張ってた高松大樹の方が良かったなと言われた。結局高松はオリンピック代表に選ばれ中山はそんなとことはほど遠いとこをうろついていた。さらに山形恭平などは試合でセンスを魅せることはあっても結局戦力外になってしまう。期待しても思ったより伸びなかった、むしろ劣化したという例はこの後にもいくらでもある。そんな状況に慣れてしまったぼくはもう期待の若手というのに幻想は抱かないようになってしまった。

 それでもぼくは前田俊介なんかはサンフのエースとなることを願ってる。あの強引なドリブルは日本にはなかなかいないタイプだ。そして青山にしてもこのままチームに欠かせないメンバーとして続いて欲しいと思う。その下の柏木などもあの躍動感を失わずさらにプレーに磨きを掛けて欲しい。槙野はプレーを見てないがDFの柱と成長して欲しい。

 前田と寿人のツートップ。来年辺りこれが観れるといいな。ウェズレイとの3トップでもいい。その下に柏木、青山、浩司、カズ、DFに槙野、戸田、ダバツ、両翼に公太、駒野、GKは勿論下田だ。控えには高萩、吉弘などがいる。こうして見ると素晴らしいメンバーだ。こりゃ来年は旋風を巻き起こしそうだ。そして再来年には優勝。

 ああ、またこんなことを妄想してしまってる。毎年残留争いをしてるチームなのに。こんなこと少なくとも他のチームのサポーターには言えない。何言ってるんだと唖然とした顔されるの目に見えてるから

2006年10月20日 (金)

Break on Through

 バンドをやってた頃最初は毎日が楽しかった。そしてライブをやればもう血が沸騰しそうだった。それ程のめりこむものであり楽しいものだった。が、ライブも回数を重ねることにより段々最初にあった熱が冷めマンネリになってくる。プロのミュージシャンでもデビューの頃は躍動感に溢れてたけど段々と覇気がなくなったというのはよくある。セックス・ピストルズなど再結成ライブをやったがパンクの持つ初期衝動はなく上手いロックンロール・ショーという感じだった。何万人という観客の前で演奏するのに誰でも憧れるが慣れてしまうとやっぱり飽きてしまう。だからミュージシャンの中には映画やミュージカルに出演したり他のものをやる人がいる。その状況はサッカー選手でもそうだろう。

 サッカー選手にとってほぼサッカーから離れることができない。日々の体調管理、毎週の公式戦、トレーニング、遠征、シーズンオフは自主トレ、まさにサッカー漬けだ。そんな環境に憧れてプロになったはずである。夢かなって観客のいるスタジアムでプレーしているのである。なのにそれもやってるうちに初期の興奮が冷めていくのも仕方がないことだろう。

 結局プロで成功するしないの境界線はこの辺にあるのだろう。ぼくはミュージシャンとして初期衝動をなくした時どんどん精彩を欠いてしまった。でもプロのミュージシャンは最高の状態でなくてもプロとしてのクオリティーだけはちゃんと保っている。サッカー選手も若い頃はバイタリティー溢れてたけど段々と小さく納まってきたという選手がいるのはそうとこにあるのだろう。そういう意味で青山や柏木がこの先どんな選手になるのか期待もあるが不安もあるのだ。

 カズのモヤモヤ病、浩司のボールを蹴りたくない状態になったのもみなサッカーのマンネリからきてるのだろう。でも彼らはピッチに帰ってきた。結局彼らはそのマンネリに打ち勝つ才能を持ってたんだろう。そしてぼくはミュージシャンとしてはずっと復帰してない。才能がなかったんだろう。ぼくが音楽で成功しなかったのは結局才能の問題だったのか。ああ、それだけは認めたくなかった。

2006年10月18日 (水)

『紫熊倶楽部』との出会い

 郵便ポストに入ってた『紫熊倶楽部』。封筒に来年の年間購読料の振込用紙が入ってた。この更新が面倒臭い。自動的にできないだろうかと思ったがそういうサービスもやってるみたいだ。でもそういう手続き方法を明確に書いてないのがまた『紫熊倶楽部』らしい。

 サンフレッチェ・サポーター・マガジンとして発刊されたのが2000年ではなかったろうか。たまたま広島に行く機会のあったぼくはV-pointに立ち寄り買い物をすると定期購読の案内が入ってた。へえ、こんなもの出すんだと思いつつあまり売れるような気がしなかった。何せ人気のないサンフレッチェ、ぼくだってまだ2回しか試合を観たことがないチームである。ただ広島のチームということだけで気になる存在とでもいったとこだった。だから正直こんな雑誌が出るといっても嬉しかった訳ではない。それでも定期購読の申し込みをした。こんなのぼくが頼まなかったら他に頼む人いないだろうと考えたのだった。

 FAXにより送りつけた申し込みだが後日メールが届いた。FAXの写りが悪かったのでメールで再度住所を送って欲しいというお願いだった。ぼくはその時FAXの写りが悪かった訳じゃないのはすぐに分かった。なぜならぼくの住所は当時神奈川。そんなとこに住んでる人が申し込むとは思えなかったのだろう。いたずらかもしれない。当然の反応だと思ったがそんな個々の対応をするくらい申し込む人がいないのかという気にもなった。

 そして手元に届いた第1号の『紫熊倶楽部』。薄っぺらい雑誌だった。正直この当時ぼくは選手の名前なんて知らなかったので読んでも訳分からなかった。記事の内容もあまり濃いとはいえなかっただろう。それよりも全部一人で作ってるというのがいかにも大変そうだった。誤字脱字も多いがこれもしょうがないことだろうと寄付のような精神でこの雑誌を講読したのであった。

 あれから6年が経った。ぼくの知ってる関東サポーターはほぼこの雑誌を読んでる。この前の『紫熊倶楽部』こんなこと書いてたねという会話も普通に聞ける。サポーターの間では浸透してきただろう。ライターの数も増えて記事の内容も濃くなったような気がする。それは以前であると久保竜彦と藤本主税くらいしか目立つ選手がいなかったのに比べ今では森崎ツインズに日本代表の駒野、寿人がいる。そして今シーズンからは柏木と青山という新しいスタメンが現れた。さらに元日本代表の戸田、名古屋在籍時得点王のウェズレイ、日本一のGK下田、さらに前田俊介のような期待の若手とユースから上がる有望選手。書き手としては楽な状況になったものだ。発行期間も月2回から月間になりその分内容も濃くなったような気もする。サポーター・マガジンとしては充実してきてるのではなかろうか。

 そんなサポーター・マガジンなのに開幕数ヶ月はちっとも読まなかった。なぜならチームがちっとも勝たなかったからだ。さすがにあれだけ勝てないと読むのが辛い。ということは書き手は本当に苦労するだろう。それでも続けてる中野編集長、考えてみればありがたい存在である。その労に感謝するためにぼくはただひたすら定期購読を続ける。さて、手続きえおしなければ。でも銀行行くの面倒臭いな。誰かやってくれないかな。そういえば以前ある女性に振込みやってくれないかと頼んだことがある。そしたら「何でわたしがしなきゃいけないのよ」とビンタを喰らった。女性のビンタって痛いよな。

2006年10月17日 (火)

サポーターの姿

2006/10/15 サンフレッチェ広島vs FC東京 広島ビッグアーチ

 5-2というスコアの試合を目の前で観たら、ぼくは想像する。隣同士の人とゴールの度に喜び合っただろう。2点差をひっくり返してこんな大勝をするなんて夢にも思わなかったことが起こったのだ。盛り上がらない訳がない。

 しかしぼくも大勝した試合は1度だけ観たことがある。2005年のアウェイのヴェルディ戦だ。それまで勝てなかったチームが1-4で勝つと勢いが出てその後快進撃を続けるようになった。あれは前田俊介のゴールとアシストが印象に残りそれ以来前田の出場を期待するようになった。そして今回寿人の負傷によって登場。自身のゴールこそなかったもののチームの勝利という結果は残した。前田は出るし浩司は得点するし観ていればさぞ盛り上がったことだろう。勿論寿人の1点目も盛り上がったはずだ。

 下北沢のサッカー・カフェ『トレブル』では45名の観戦客がいてその内3分の1FC東京サポーターだったという。あの狭い密室の中でお互いに相手のチームを応援してるというのはある種異様な光景だ。だがいつもはサポーターの数で圧倒的に負けてるサンフレッチェがこの時だけは勝ってた。まさにそれも異様な光景だ。東京の地で地元東京のサポーターよりも多くの人がいる。まさにこの限られた空間だけがなせる業だった。

 でもサッカー・カフェなんて試合があればスタジアムで観る方がいいに決まってるんだからこうやってどこか地方のサポーターを取り込むというのが経営として一番手っ取り早いかもしれない。ホームには遠くて行けない。アウェイの試合も近場のスタジアムで年に数試合しか観れない、そういう時特定のここの店に行けば中継が観れるということになれば安定して決まった日にそこの店にサポーターが集まるようになるだろう。そういうやり方しかサッカー・カフェの経営なんて成り立たないのではなかろうか。

 イングランドなどパブにモニターを置いてそれ目当てに来る客がいるがそれはあくまでもチケットが買えない人たちなのである。日本のように当日券でも余裕で買えるという状況とは違い過ぎる。つまりイングランドはサッカーを観る人の分母が大きい訳だ。その辺の状況を把握してないで思い込みだけで店を始めても商売にならないということだ。

 ただサンフレッチェの場合この『トレブル』があるお陰でサポーターが集まる場所ができた。ぼくも以前行った時に帰りに一緒だった人と話してると近場に住んでいてそれ以来その人と付き合いが続いてる。そういうサポーター同士が顔を合わせる場所がスタジアム以外であるというのは交友を深めるにはいいだろう。こういうのは他のサポーターもやっていいと思うのだが。

 こういう特殊な事情があるから関東のサンフレッチェ・サポーターはつながりが強い。ゴール裏で声を嗄らす人もバックスタンドで観戦する人もみんな顔見知りという状況が起きる。逆に言えばそうやってサンフレッチェを応援してる人を意図的に引き込まないと人が集まらないという事情もあった。サンフレッチェの応援をしたい、一緒にサンフのことを語る仲間が欲しい、そう考えてる人は必ずいるはずである。そういう人と個々でつながりを持っていきたい。そのために『トレブル』はありがたい存在だ。そしてそれ以上に毎回『トレブル』に放映予約と観戦会の告知をしてくれる人がいる。つくづく金を貰う訳じゃない、何か得をする訳でもないのに何でここまでするんだろうと思う。でもそれがサポーターというものなんだろう。

2006年10月15日 (日)

2千円問題

2006/10/15 サンフレッチェ広島vs FC東京 広島ビッグアーチ

 下北沢のサッカー・カフェで生中継をやってる。だけどうちからじゃ下北沢は遠い。わざわざ電車賃を使ってしかも現地で飲み物等を頼んだらあっという間にスタジアムで観戦するのと変わらない値段になってしまう。そこが腑に落ちなくてぼくは行かなかった。その前にあらん限りのぼくのコネクションを使い誰かBS-iを設置してる家がないか探したがそれも駄目。結局ぼくは結果のみを待つしかなかったのだった。

 午後5時。ちょうど雲が赤味を帯びてきた頃だ。ぼくはネットに接続して試合速報をチェックしたのである。5-2。な、な、何とそんなに大勝したのである。ぼくは下北沢まで出掛けなかったのを後悔してしまった。みんなと一緒にいればこの勝利に盛り上がることができただろう。ぼくはコンパに一人だけ行かなかったはぐれ者のような気分になった。

 そもそもぼくはサッカー・カフェという所があまり好きではない。狭い店内でタバコの煙がモクモクとたちこめてる。どことなく閉鎖的で開放感がない。照明が暗いのも好きではない。スタジアムの開放感と比べたらまるで正反対の場所と言える。

 と言いつつぼくは過去にロック喫茶やライブハウスに結構行ってた。あちらは夜の世界という感じだがサッカーを観るようになってあまりそういう所へいかなくなってしまった。やはりそちらの世界とは生活のサイクルが違う。あちらの夜型の生活というのが今のぼくには馴染まないのだ。今ぼくは朝4時に起きて夜は9時過ぎには寝てる。そんな朝型の生活に慣れてしまってからはロック喫茶などは別世界となってしまったのだ。

 サッカー・カフェというものも基本的に夜の商売。だから店もそういう造りになってる。となるとぼくは落ち着くとこができない。だからあまり行かないのだ。

 でもこうやってサンフレッチェの中継をやってくれるありがたい店ではある。ここが関東のサンフレッチェ・サポーターを集めたという一要因でもある。経営だって決して楽じゃないだろう。それだけに集団で観戦会をやってくれるサンフレッチェ・サポーターはありがたい存在だろう。まあこの辺は持ちつ持たれつという関係だ。

 やっぱりぼくも観戦会行くべきだったんだろうか。そのカフェの雰囲気を久々に味わっておくべきだった。ぼくだってそこで知り合った人だっているんだから。だが財布を見た時そんな考えは消し飛んだ。何とぼくの財布には2千円しか入ってなかったのだった。

2006年10月14日 (土)

苦しい試合前

2006/10/15 サンフレッチェ広島vs FC東京 広島ビッグアーチ

 FC東京。微妙な相手である。この相手には勝てるだろうとぼくらは思ってる。だけどそう思って甲府にはなす術もなく負けてしまった。寿人と駒野が代表で疲れてるからという弁もあるが浦和などそんなこと何の影響もなしに勝っている。川崎も勝ってたな。チームが勝てないから何であんな選手代表に呼ぶんだという風潮になる。そりゃ当然の反応だろう。少なくとも勝てない一因はその選手にもある訳だから。

 東京も今シーズンは浮き沈みが激しい。そしてサンフレッチェは一番良い時に最初の対戦をするとこができた。まさに東京が絶不調の時だった。だからもしかしてあの試合はサンフが良かったというよりも東京が悪過ぎたのかもしれない。あれだけ興奮した試合も今になって冷静になれば冷めた記憶と化してしまう。いや、調子の悪い相手であってもこちらがそれに便乗できるパフォーマンスがないと勝てないはず。ぼくは記憶の中でぼくの理性と思考を交錯させるのだった。

 今日勝てなければ苦しい。実際にはまだ下と勝ち点差8ある。だがその差がどんどん縮まることによって精神的な余裕がなくなって自滅していくということも考えられる。特にこのチームにはそれが考えられるのだ。

 苦しい。苦しい試合前である。ちょっと前まであった試合前の楽観姿勢がなくなってしまった。こんなに追い詰められてるのは甲府戦が酷かったのと下のチームの奮起があるからだろう。結局サンフレッチェを応援してる限り試合を楽しむことはできないのだろうか。

 そして仕事から帰ってきてニュースで試合結果を観た。

 サンフレッチェ、どこだどこだ。ない、ない、ない。ああっ、もう画面が切り替わってしまった。一体NHKは本気でJリーグの結果をしらせようという気があるのだろうか。あんなちょこっと結果一覧が出されたって把握できる訳ないだろ。

 すぐにパソコンの電源を入れネットで調べた。そこで分かったことがある。サンフレッチェの試合は明日だった。

2006年10月13日 (金)

輝きをもう一度

2006.10.11      インドvs日本 バンガロール

 駒野も寿人も格下相手に輝くことができなかった。今まで代表の試合で印象に残ったことがあるだろうか。確かに最初はあった。それが段々代表に選出されるのが当たり前のようになって輝きを失っていったような気がする。そのうち呼ばれなくなるのではないだろうか。

 駒野と寿人の代表でのパフォーマンスを観ると不安になる。駒野はクロスが見方に合ってないしこれといった突破をしてない。寿人にいたってはまるでゴールがない。段々と観てる方もこんなものかという感覚になってしまうだろう。そうするとまた別の選手が試されるようになっていきそうだ。せめてJリーグで圧倒的なものを魅せてくれればいいのだが甲府になす術もなく負けてしまうような現状では厳しい。寿人もここのとこ安定してゴールを決めてるという印象がない。

 チームから代表に選出される選手が出るようになって最初は嬉しくなりそのうち当たり前になっていった。そんなぼくらの感覚をそのまま持ってしまったかのように低調なパフォーマンスになってる。この状況に不安を覚えるようになってしまった。

 もしかしたらまた呼ばれなくなるのでは。あの、代表といっても疎外感を感じてた頃に戻ってしまうのでは。不安は募る。何か代表とリーグ戦を掛け持ちしてるのが負担になってるような気もする。そこが選手層の薄いサンフレッチェでは休ませるということができない。ハッキリ言って負の連鎖だ。

 代表戦を観るのが段々と苦痛になってきた。もっと爽快な試合で2人がピッチにいるとこを観たい。その為にもせめてリーグ戦では圧倒的なものを魅せて欲しい。といって2人とも地味な選手なんだよな。果たして見る人が見れば違うのだろうか。

2006年10月12日 (木)

Dazed and Confused

2006.10.11      インドvs日本 バンガロール

 ぼくは寝てしまった。せっかく寿人が出てきたというのに睡魔はぼくを襲い気付いたらCMをやっていた。ああ、終わってしまったじゃないか。何ということ。だけど眠くて眠くてしょうがなかった。それはぼくが夜が弱いというのもあるが眠たい試合だというのも事実だった。

 スタメンだった播戸はちゃんと2ゴール決めた。実力差のある相手だとはいえこういうとこでキッチリ決めてるのはストライカーとして計算できる。対して寿人はまるでゴールの予感がない。何でこの相手にゴールが奪えないんだろう。それよりもチーム自体とても格下相手に試合をしてるという感じではない。とにかく退屈、退屈なのだ。

 人もボールも動くサッカー。オシムにぼくらはどれだけ期待したか。だが結局ジーコの時と何ら変わりはない。面白くないという点において。Jリーグでは良いプレーをしてる選手が代表となるとどうしてこう停滞したようなプレーになるのだろう。それとも元々こんなものでぼくらはそれに気付いてないだけなのだろうか。

 試合前、急にスリカンテラワ競技場からバンガロールにスタジアムが代わったという事情もあって事前に練習できなかたっというのもあるだろう。ピッチが悪かったというのもあるだろう。だけどそれにしたってインドの選手はJリーグに着たって1人も試合には出れないようなメンバーだ。もっと圧倒的な力を魅せてくれるもんじゃないのだろうか。

 結局誰が監督をやっても日本は横パス、バックパスを繰り返しドリブルによる突破もできない。ゴール前のワンツーもないし心ときめくプレーがまるでない。ミドルシュートも狙ってなさそうだし本当に生き残りを掛けた代表戦だとは思えない。Jリーグにもこんなチームあったな。これはまぎれもなくサンフレッチェのサッカーだ。悲しい、どうしてグダグダな代表が被って見えるんだ。

 代表は各チームの選抜チーム。一番良い選手を集めているはず。なのに好きな選手を補強で賄えることができないサンフレッチェと同じサッカーだなんて。やっぱり外国人がいないと駄目なのか。それだってサントスや今回はいなかったトゥーリオなんかがいる。誰が監督しようとどんな選手がいようと変わらない日本代表。これが現時点での日本の頂点だという事実に幻滅させられるのだった。それよりも勝利至上主義の代表なんてどこもこんなものなんだろうか。

2006年10月 9日 (月)

サッカー力

 何もない祭日。サッカーの試合もないし特に予定もない。こんな時ぼくはせいぜい昨日あった天皇杯の結果をネットで調べたり『やべっちFC』の録画を観たりして過ごすのだ。体育の日というのにちっとも体育の日になってない。しかもやってるのはスポーツの結果のおさらい。何か物凄く矛盾してるような気がする。

 これじゃあマズイ、せっかくの休みが無駄になると公園に出掛けFKの練習をする。なぜFKかというとぼくがベッカムのファンだからだ。ミーハーかもしれないがぼくは彼ほど綺麗なプレーをする選手を知らない。だからぼくは教則DVDで研究をして手の振りからキックのフォームまで彼の真似をするのだ。ああ、かっこいい。真似したいというのは入り込むキッカケとしては大きな初期衝動だろう。結構そういう真似をすることが上手くなる秘訣であるのはぼくがベースの練習をしている時に感じたことだった。

 ぼくはどんなにお粗末なキックであっても10回に1回くらいは自分の思い描いてたような軌道をボールがする。その10回に1回訪れる快感に浸りたいから練習するのであって普段の草サッカーでとても使えるとは思えない。というよりぼくはDF希望なのでCKを蹴ったりFKを蹴ったりという機会にも恵まれない。ボールの動いてる時なんかもう目をつむって蹴ってるようなものでとても狙い済ましたキックを打てるような精神的余裕はない。だったらDFの練習をすればいいんだ。そう、その通りなのである。

 しかし、DFの練習というのは難しい。ぼくのように教則本を読んだりDVDを観て研究するような人にとってDFというのは資料が少ない。攻撃のテクニックは一杯書いてるけど守備のことを書いてる本なんてないからだ。あっても数人のコンビネーションで守るとかとても一人で身につけるといった類いのものではない。だから一人でDFの何を練習すればいいか分からない。

 これというのもDFについての情報が少ないと思う。例えば攻撃なら素晴らしいシュートや切り替えしというものを映像から実演してそれをマニュアルにするということができる。だがDFの場合目に見えないものが多い。例えば11の場面で相手に自分に有利な方向へボールを出させたりどういった駆け引きをするのかといったところで。そういうのはプロの選手でも自分の企業秘密として言わないだろう。だからDFについてはあくまで自分で試合を観て研究するしかないのだ。でもそれじゃあ表面的なことしか分からないのだ。

 こういう時日本はサッカーの歴史が浅いんだと感じる。こうやって教則本に頼らないと分からないというのは普通に考えて周りにしってる人がいないということになる。そして目に見えない部分に関しても経験者が多ければ自然と知識を持った人ができるだろう。

 実際もしプロのサッカー選手でも引退後自分の子供に教えるとなるとどうだろう。または自分がジュニアのコーチをやったらどうだろう。それは自分の持ってるノウハウを教えるはずだ。本人にとっても自分の子供や自分の受け持ったチームの成績や成長の為に企業秘密を晒すだろう。そしてそれを教わった子供がまたそれを元に自分なりのプレーを考えるだろう。結局学問と同じでそういう積み重ねで少しづつ上がっていくんだろう。だとしたらやっぱり日本にはそういう市民レベルでのサッカーの積み重ねがない。だから世界と戦った時どうしても貧弱になってしまうのはしょうがないことだろう。

 佐藤寿人も駒野も再び代表としてインドへ飛び立った。ガーナ戦ではチームそのもの評価が低かったがそんなものなのかもしれない。だけどせめてアジアでは力の差を見せ付けて欲しい。だってアジアじゃみんなサッカーの歴史なんて日本と似たり寄ったりなんだから。

出身広島

2006/10/07 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場

 敗戦の後の帰路は辛い。これが勝っていればお祭りのような気分で家にたどり着くのも労に感じない。甲府から千葉まで、遠いなあ。と言いつつ帰りは友達の車に便乗させてもらったのだが。

 高速道路で闇に包まれた山の中を走る。本当に山と夜空しか見えない風景が続いていく。そんな中でぼくらが喋るのは当然さっきあった試合のことだった。薬剤師先生はハンドルを握りながら甲府の強さについてしきりに言っていた。助手席のノッポくんも今日は相手が上手だったと言い2人とも残留については楽観的な感覚だった。パスがつながらない展開にまだ安心してられないと思っていたぼくだがそう思ってたのはぼくだけだったようだ。

 「でも、甲府に何もかも負けてるよね。観客動員にしろ応援にしろクラブの運営にしろ町への浸透度にしろ」薬剤師先生が切り出す。

確かに。サンフレッチェは5万人収容のビッグアーチというスタジアムをいつも5分の1程度しか埋めることができない。そして応援もホームでは分裂してるみたいだ。今時分裂応援なんてしてるチームないというのに。そしてクラブの運営に関しても貧弱さを感じる。町への浸透度といったらほとんど存在しないかのような薄いものだ。なのにぼくらは何でよりによって広島のそんなチームを応援してるんだろう。

車は途中パーキングに寄った。ちょっと腹が減ったので食事をすることにした。ぼくは天玉うどんを注文するもなかなかぼくの食券番号は呼ばれない。ついに呼ばれた時には他の2人はもう食べ初めていた。

食券を持ってカウンターへ行く。店員のお姉さんにこれですとトレーを差し出される。ぼくがそのトレーを預かる時ちょっとした間があったのだろうか。お姉さんはぼくに尋ねた。

「広島からきたんですか?」

紫のレプリカを着てればそう思うのかもしれない。でも一応サンフレッチェだと分かってるみたいだ。

「いや、東京ですよ。あっちにいる連れもみんな東京ですよ。まあみんな広島出身ですけどね。といってぼくは実は山口なんですけどね」

「ええっ、わたしも広島なんですよ。それで山口の方が近いとこなんですよ」

「あ、そう。じゃあ大竹辺りかな」

「そう、大竹なんですよ。近いですね」

地元の話ができるのが嬉しかったのかとても楽しそうな顔をしていた。

「そうですか、じゃあサンフレッチェも応援してくださいよ」

「応援してますよ」

もうちょっと話したい気もしたが他にも客がいるのでその場を離れた。それは今までキャッチセールス以外に女の子に声なんか掛けられたこともないというのもあるがこんな所にも広島の人間がいるというのが嬉しかった。そしてサンフレッチェを応援してくれる潜在的な存在がいるということも嬉しかった。そう、こういう出会いがあるからサンフレッチェを応援してるんだろう。そう、いつの日だかこうやって仲間を見つけるのが目的なのか単にチームを応援するのが目的なのか分からなくなっていった。これも関東のサポーターでしかない感覚なんだろう。

2006年10月 8日 (日)

勝てない勝てない勝てないサンフレッチェ

2006/10/07 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場

 新宿から快速かいじに乗り甲府に着く。ぼくの紫のレプリカは当然目立ち何気に視線を感じる。何気にというのはしっかりと見ないで気付いてないふりをしつつも横目でチラッと見る感じだ。何だ、サンフレッチェのサポーターがそんなにめずらしいのかよ。いや、確かにめずらしいんだろうが。

 そんなぼくは駅前から出てるスタジアム直行シャトルバスに乗る。が、これが待てども待てども発車しない。バスにある程度人が乗るのを待ってるんだろうがこれがなかなか集まらないのだ。おいおい、試合始まっちゃうんじゃないかと不安になるのだった。

 ぼくの前には青いヴァンフォーレ・レプリカを着た若者がすわっていた。2人で話してるのが聞こえる。今日サンフレッチェだもんね、もうちょっといいチームだったら良かったんだけど。まあ代表選手が2人いるからまだいいけどあれで代表選手もいなかったら観たいと思わないよね。広島ってサポーター何人来るんだろ、4人くらいかな。言うセリフ、言うセリフ全て否定的な内容である。その若者はふと後ろを振り返った時ぼくの姿を見てハッとまずいこと言ったかなという顔をしてた。だが当のぼくはそんなので全然へこたれない。だって人気ないのは今に分かったことではないからだ。それともう一つ、サポーターは新宿からバスツアーで来る。ざっとその予想の10倍は来るというのが分かってるからだ。

 やっと動き出したバスは国道を走り大分駅から離れた所でわき道に入った。そしてさらに曲がろうとしてる。まさかこんな狭いとこに入るのかと思ったが本当にそこに入った。バスがこんなわき道を通るなんて信じられん。それも甲府があまり道の整備がなされてないことを表してるようだった。

甲府サポーターに混じってただ一人だけ紫の格好をしたぼくは降りた。ここでもやはり視線を感じる。アウェイのサポーターが来るのは当たり前なんだろうが広島にもサポーターいるんだという眼差しを感じる。

 かくしてぼくはアウェイ・ゴール裏にたどり着いたのだが顔見知りはもうみんな着ていた。ここに来ればぼくはストレンジャーでなくなる。ああ、何てホッとするんだろう。さてと試合の始まるまで腹ごしらえでもするかと裏に廻った。そしたら何も売ってない。ぼくは売店らしきとこの人に聞いてみたらハーフタイムにしか売ってないという。ハア?と異性物にでも遭遇したような顔をしてやったがどうなるものでもないのですぐにその場を立ち去った。まさか小瀬はこんなにサービスが悪いとは。アウェイのチームにはサポーターにもアウェイの洗礼を遭わせてやるというのか。

そんな不快な思いをさせられたのだが試合はなおさら不快になるのだった。サンフレッチェの選手はパスがつながらない、つながらない。まさにお粗末という限りだ。下田のファインセーブで救われたがいつ点を入れられてもおかしくない展開だった。またしてもサンフレッチェの選手はシュートを迷う。迷って迷って迷ってからシュートを打つ。まずシュートを打とうという考えが見えない。迷ってからシュート、もどかしい。そんなもどかしさも最後にはバレーのゴールという形で落胆に変えられてしまったが。ああ、また今日も負けてしまったのかよ。

もう降格はないと甘くみてたが間違いだった。ここまでパスがつながらないとは。ぼくは一気に不安になってきた。今日は勝てなかった。この前も勝てなかった。そしてこの次は勝てるんだろうか。その次も勝てるんだろうか。不安が押し寄せてくる。一体ぼくはいつになったらまともな精神状態を保つことができるんだろう。

2006年10月 7日 (土)

甲府の地、再び

2006/10/07 ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場

 眩いばかりの光、冷気を帯びた風、昨夜の大雨はどこかへ行ってしまった。ただ肌寒さだけは感じる。ぼくは甲府の夜の為に何を着て行こうか考える。

 気がつけばもう夜は寒いというシーズンに入ってた。ついこの前まで夜でも半袖で平気だったのに。ということは今年もシーズン終盤に差し掛かってきたということだ。順位は15位。開幕前この甲府に順位で負けるとは思ってなかった。それが開幕から勝てなかったサンフレッチェはすっかり甲府より下の順位になってしまった。まだまだ順位的には余裕はないが実はそれ程降格の心配はしてないのだった。今シーズンは生き残るだろう。そんな楽観した気持ちが心の奥底にある。だから甲府へ向かうのにそれ程気負うこともないというのが正直なとこだ。

 甲府に向かうのにぼくは電車を使う。新宿からバスツアーも出てるし車で行く友人もいる。だけどぼくが電車を選んだのは電車の旅を楽しみたかったからだ。新宿から出てる特急のカイジに乗って行く。本を持って食べ物を持ってと。そして甲府駅では駅の傍にある酒屋に行く。そこで一升瓶のワインを買うのが目的だ。

 甲府といえばワイン。そんなことは誰でも知ってるが一升瓶のワインが売ってるというのはあまり知られてない。しかもその一升瓶ワインが結構旨いということで以前送った時に結構喜ばれた経験がある。だからこの機会にまた買うのだが、ちゃんと店で宅急便の手配ができるので便利だ。しかも前買った時は酒瓶宅配保険をサービスしてくれたので良心的というイメージがある。何種類か銘柄はあったが名前は忘れてしまったものの商品を見れば思い出すだろう。まあ値段が同じくらいなのでそんなに変わりはないと思うのだが。

 一応甲府の町も歩くべきなのかもしれないが実は甲府は駅前にチョコッと商店街があるだけでうちの近所と変わらないようなとこだ。いや、うちの方が栄えてるかもしれない。甲府も人口が増えないで閉鎖するビルも多いというのを以前聞いたことがある。ヴァンフォーレのホームタウンはそういう町なのだ。

 そういえば去年甲府に行った時は運悪くサンフレッチェの試合が柏であった。だから小瀬には寄らずにすっとんで帰ったのだが翌週また訪れた際にヴァンフォーレのオフィシャルショップに寄ってみた。平日夜だったせいか客がいなかったのもあって店員が話しかけてきた。

 「この前の試合は行ったんですか?」

 「いや、ここの人間じゃないんで。実は広島を応援してるんですよ」

 「ああ、でも応援するチームがあるならいいですね」

 その後甲府にはJ2時代苦しめられたと言おうとしたが止めておいた。

 そういえばJ2時代仲間と乗り合いで小瀬に行った帰りお互いに言いあったものである。

 「もうここには来ることはないだろう」

 それはもうJ2に落ちないという意味だったがまたしても行くはめになってしまった。まさか甲府がJ1に上がってくるとは思わなかった。この先山形や仙台も行かなきゃいけなくなるのだろうか。

2006年10月 6日 (金)

雨の日の『エル・ゴラッソ』

 激しい雨がぼくを襲う。寒いので上着代わりに着てたカッパが何気に濡れるのを防いでいた。ここまで降ると傘なんて首を守るくらいにしか役に立たない。ぼくが打ち合わせで柏に行ったのはそんな天候だったが無事打ち合わせを終えたので会社に帰る前に食事をしようという話になった。行った先はサイゼリア。ぼくは500円という安さにつられて日替わりランチを注文したのだった。

 まあ500円にしては悪くない。しかしこれではぼくの胃袋は満足できない。そんなのは最初から想像はできたが昼食にお金を掛けるのがバカらしいぼくとしてはこれで我慢するしかないのだった。味に無頓着なぼくは味なんてどうでもいい。それより量だ。質より量だ。そんなぼくにとって少ない飯というのは辛いのであった。

 食事を済ませぼくは駅まで送ってもらった。一人となったぼくは改札をくぐろうとした時キオスクが目に入った。そこでピンクの新聞『エル・ゴラッソ』が目に入る。会社までは1時間。ぼくはその新聞に手を出してしまったのである。

 ぼくはついさっき金をケチって量の少ない昼食を食べてひもじい思いをした。それなのにキオスクで何のためらいもなく130円も出しているのだ。何かすごく矛盾した行動である。こんなのどうせ電車で読んだらそれ以上読まないというのに。

 でもサッカーの情報を得るのにこの新聞くらいしか満足できる媒体がない。だからこそつい手が伸びてしまう。これがもっとスポーツ新聞などでサッカーの記事が載ってたらそれ程ありがたみを感じなくなるかもしれない。まさに希少価値があるという点でぼくを惹きつけているのである。

 隙間産業とも言えるかもしれない。こんな新聞すぐに廃刊になるだろうと思っていた。だけど熱心な読者はいる。そしてぼくのように目に付いたら買ってしまう人間もいる。これが他にもサッカーの新聞ができるとそれ程買おうという気にならないのかもしれない。うーむ、人間の心理って複雑。いや、もしかしてそんなのぼくだけだろうか。

2006年10月 5日 (木)

Death or Glory

2006.10.4       日本vsガーナ 日産スタジアム

 アフリカのチームというのは楽しみだ。あの足がビヨーンと伸びるような身体能力がすざましい。そういえばサンフレッチェにも昔カメルーン人のビロングがいた。ぼくの友達はビロングも時々足が伸びるよと言っていた。

 それはそうとこの試合、駒野も寿人もスタメンだった。やっとのことで寿人がスタメンで出れた。ぼくの目はブラウン管に集中されるのだった。

 しかし、寿人はシュートが打てない。1本山岸へのラストパスを送ったがそれだけ。攻撃では観るものがなかった。最終ラインまで戻ってボールをクリアしたりしたがそれは寿人の役目ではない。寿人に期待してるのはその決定力だ。そういう意味では物足りなかった。ただ山岸へのパスは入ってもおかしくないものでこの試合の目玉の一つであったのは間違いないが。

 もう一つ目玉を挙げれば駒野の右から切り込んでのシュートだ。GKのポジションを考えれば入りそうもなかったシュートだったが弾くのがやっとな鋭いシュートだった。この時の駒野に迷いはなかったと思うがこんなシュート打つんだったらサンフレッチェの試合でもやって欲しかった。

 こう考えると2人共悪くはなかった。だけど日本の場合得点を挙げないと何もしなかったような風潮がある。また、一般の人がサッカーを知らないという事情もありマスコミも得点者を持ち上げるという方法しか持ってない。W杯の時はカンナバーロの守備を絶賛したりしたが日本人の選手に対してはそういう見方はできないようだ。だから重要なのはFWと攻撃的MFの選手。その為普通にサッカーをやるといったら人気があるのはFWか攻撃的MFだ。なのにどうして日本には決定力のあるFWがいないんだろう。

 どちらにしてもこの試合の評価は低くなってしまった。それは勝てなかったこと。そして点が取れなかったことによる。しょうがない、多くの日本人にとってサッカーは勝てば盛り上がる、負ければ知らん顔というような位置付けだ。ガーナのような強い相手と対戦して日本代表の底上げをすることに意味があるのだが勝った、負けたの発想しかない。そもそもガーナなんて国アフリカのどこかにあって貧しいのにサッカーなんかやってんのというぐらいの認識しか持たれてないだろう。これが日本のサッカーを取り巻く環境なのだ。

 こんなこと書いてるとぼくが多くの日本人とは違う唯一の真実を知った偉人とでも言いたそうになってしまうがぼくが勝ち負けだけでサッカーを観てないという自信だけはある。だって、15位のチームの応援をしてるんだもん。

2006年10月 4日 (水)

チケットが売れない

 ガーナ戦のチケットが余ってるらしい。スターがいないからチケットが売れないということだがでも今までスターっていたのだろうか。中田英寿ぐらいじゃないだろうか。他にも中村俊介のように欧州で活躍してる選手がいるが中村がいれば客が呼べるのだろうか。それとも松井大輔や中田浩二や稲本がいれば客が来るのだろうか。どれもしっくり来ない。結局のところ日本はサッカーへの感心が低いということではなかろうか。初選出の播戸なんかどういう選手か知ってる人はいないだろう。ましてや佐藤寿人だって知ってる人は希だ。結局サッカーは普段マスコミに黙殺されてるので一般の人に選手の名前すら思えてもらえない。オシム・ジャパンが地味だと言ったコメディアンがいたが中田英寿が引退した今地味じゃない日本代表を考えて欲しいものだ。

 ぼくはせめて対戦相手のガーナの選手をもっと取り上げて欲しかった。W杯出場メンバーも多数来るということでレベルの高いチームだと思う。どの選手がW杯に出たのか、この選手はどんな選手なのかという紹介みたいなものをして煽って欲しかった。といってTV局がそんな情報を持ってるとも思えない。ああ、この国のTVはどこかおかしい。

 確かにそんなことやって視聴率取れるのかという議論になりそうだ。だがTV朝日なんて北朝鮮のシンクロチームの特集をやったんだぞ。日本のチームじゃなく北朝鮮。だったらガーナのサッカーの特集だってできるだろ。

 でもまあ日本人にとってガーナなんてアフリカのどこにあるか分からない異世界くらいにしか認識されてないんだろう。そういやぼくは映画『ホテル・ルワンダ』を観た時にもっとも衝撃的な言葉があった。

 「君はニガーにすらなれない」

 ルワンダのホテル支配人がアメリカ人の少佐に言われた言葉だ。日本人にとってもアフリカは意識の根底にもない地域のようである。

2006年10月 3日 (火)

Like a Rolling Stone

 ぼくはローリング・ストーンズが好きだ。ビートルズよりよっぽどいい。ストーンズこそロックバンドの神髄である。それは彼らが毎回コンサートで違う演奏をすることからもよりライブ感に重点を置いたバンドであるからだ。

 ストーンズの曲は演奏するのは簡単に聞こえる。結構100人いたら100人共弾きそうなフレーズなんかを使ってる。コード進行も割と単純だ。それなのにプロのミュージシャンでもストーンズの曲をカバーしてヒットした試しがあまりない。逆にビートルズは色んな人が後にカバーした名曲というのが多い。つまりストーンズは簡単なようでいて実は彼らにしかできないことをやっているのだ。これは分かる奴にしか分からない。

 そのストーンズ、いつもビートルズの2番手として受け止められてたがビートルズが解散してついに1番手になる機会が来た。と、そう思ったら今度はレッド・ツェッペリンが彗星のように現れてトップの位置に着かれてしまう。またしても1番手となれなかったのだ。これはストーンズのファンをやってるといつも引っかかる事実であった。

 ガーナ戦に向け、佐藤寿人と駒野友一がまたしても代表メンバーとして選ばれた。駒野の場合選手層の薄いポジションから試合に出る可能性は高い。しかし寿人に関してはスタメンでの起用というのがない。この前まで田中達也がスタメンを張ってたがJリーグで得点を稼ぎ今度こそ寿人が一番手になると思ってた。そしたら今度は播戸が現れてしまった。今シーズン試合にも出てなかった選手なのにここにきて得点を量産するようになった。またしても寿人はスタメンの座を奪われてしまったのである。まさにローリング・ストーンズと一緒だ。

 寿人の場合スーパーなFWではない。華麗なドリブルができる訳でもフィジカルで圧倒する訳でも個人技で点を取る訳でもない。だから寿人のゴールは誰でも取れるゴールという感覚で見られてしまう。でもその誰でも取れそうなシュートを決めれる選手がいないから寿人は日本人得点ランクトップにいるのだろう。これも分かる人にしか分からないことだ。

 せっかくサンフレッチェからも代表選手が選ばれるようになったのにこの寿人の2番手になってしまう現実はやっぱり引っかかる。確かに今は播戸の方が点を取りそうだ。それでも選ばれ続けて欲しい。一時的に良かった選手よりずっと安定して結果を残してる選手の方が計算できるだろうから。

 でも本当はこうやって代表がどうのこうのと言ってられる身分でもないんだよな。だってチームはまだ残留争いから抜け出してないんだから。

2006年10月 2日 (月)

クラブの伝統

2006.9.30         川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 やはりウェズレイは凄かった。あのキープ力は並じゃない。どんなに敵に囲まれようともボールを失うことがない。そして2点目のように寿人へのラストパスを送ってる。ウェズレイがいなかったら今頃どうなっていただろう。

 しかし、ここまでチームで重要な選手でありながら名古屋にいた時のようなスーパーなプレイヤーという風格がない。確かにあのゴッツイ身体は威嚇的だがどこか良い人という感じに映ってしまう。それは個人プレーよりもあくまでもチームの勝利を優先するその献身さにあるのだろう。ピンチとみるやDFラインまで戻って守備をしたり寿人へのアシストをしたりと。何だかぼくらが持ってたウェズレイのイメージとは到底違うことをしてるのだ。

 開幕前、ウェズレイという名前には違和感を感じた。一人で点を取りそうなウェズレイにサンフレッチェのイメージが合わなかった。それが今やすっかりサンフカラーに同化してるじゃないか。どうしてそうなってしまったのだろう。いずれにしろだからこそぼくらはウェズレイに親近感を得てるのだ。

 そんなウェズレイに対しぼくらは「ピチブー」とコールする。猛犬という意味なんだが日本人のぼくらにはかわいい響きがある。それでいてコールでは愛称で呼ぶが会話の中ではウェズレイと言ってる。それも「ピチブー」という言葉が日本人には言いにくいというのが大きいだろう。

 そのウェズレイ、背番号は10番を付けている。やっと広島に10番を付けるべき選手が来たという気がする。実質久保移籍以来架空の番号だった。外国人のFWが付けるのがお約束になってしまったがその外国人FWが外れまくってるのでどうしようもない。

 でも10番というのはチームの中心選手のはず。それが外国人選手の定位置とされたのでは何となくしっくりこない。といって今応援してる人の中で何人が久保のいる頃のサンフレッチェを観てたのだろうか。もう4年も経ってしまってその間にチームもずいぶん変わった。サポーターもJ2に落ちてから応援するようになったという人も結構いる。結局日本人の10番がいたなんて限られた人の思いででしかないのだろう。ただ、それではクラブとしての伝統や言い伝えがないということではなかろうか。それはそれで寂しいことなのだった。

2006年10月 1日 (日)

煮えきれない思い

2006.9.30       川崎フロンターレvsサンフレッチェ広島 等々力陸上競技場

 等々力競技場。どうもここには相性が悪い。2000年に対戦した時は勝ったがあの時は川崎が弱過ぎた。だが2003年以降このスタジアムでは勝ってない。そもそもその2003年の負け方が悪かった。J2リーグ11戦負けなしの状態だったがここで負けてそれ以降なかなか勝てない状況になってしまった。そして最終節、J1昇格は決まってたもののまたしてもここで負けてJ21位という成績が取れなかった。だからここにはあまり良いイメージがない。

 確かに等々力というのは戦い難い雰囲気はある。どこかボワーンとしてるというか試合に集中できない何かがある。それはスタジアムの構造的なものなのか川崎のサポーターがそうさせてるのか現地にいたぼくでさえ判断に苦しむ。だけどここは何かが違うのだ。

 ゴール裏の構造にも問題があるのかもしれない。屋根が付いてるのはいいことだが1階席は立ち見、2階席は座席。そこで観戦派は手拍子しようとも階が分かれてるので一体感が出しにくい。かといって1階に行けば傾斜がないので観戦には不向きだ。ここではそこそこまとまった人数のサポーターのいるチームじゃなければ応援もまとまらないのではなかろうか。

 そのせいもあるのだろうか。川崎サポーターもそれ程の熱気というものを感じない。いや、実際にはアウェイにも川崎サポーターは来るので熱心なサポーターがいるのだ。数年前に比べたら観客動員数もずいぶん増えた。なのにマッタリとして見えてしまうのである。ぼくらからしてそうなのだからピッチにいる選手はなおさらそうだろう。

 だが今日は勝てる。そう信じたのは寿人がハットトリックしたからだ。普通チーム内でハットトリックした選手がいればボロ勝ちだろう。それがそうならないのがサンフレッチェなのである。せっかく点を取っても勢いに乗ってる内に同点を決められてしまう。しかも2失点目は黒津だ。こいつは本当にサンフレッチェにとって天敵だ。どうもサンフレッチェにはこういう特定の天敵の選手が各チームにいる。札幌の曽田、浦和のトゥーリオ、大宮の桜井、名古屋の玉田。こういう天敵の多いチームというのも他にないんじゃないだろうか。そういや3点目を決めた谷口には第7節にもやられてるんだな。同じ選手に決められてる。それがサンフレッチェなのである。

 この試合、ダバツが負傷し盛田がDFで入った。久々の登場であったがそんなにDFに破綻はなく無難に乗り切れそうだったが3失点である。ただどれもほんの一瞬の隙を突かれたという感じでそういう隙を突く川崎は試合巧者であった。そしてシュートに迷いがない。だから攻め込まれた時に恐さがある。対するサンフレッチェはMFがボールを持ったらまず人を探してる。浩司なんか最初からミドルを打てばいいのに迷ってる。公太も迷ってる。周りを確認してパスの出しどころがなくて前が空いてるからシュートという感じだ。最初から自分で入れるという意識がない。このチームの得点が寿人とウェズレイに偏ってるのがよく分かってしまった。

 ゴール前でパスを回す。そんな日本人の特徴を最もやってるのが今のサンフレッチェ。かつては1点取ったらなりふり構わず守りを固めて勝ったものだ。2000年の時の勝利はそうだった。それくらいのしぶとさをみせて欲しい。そういう守備固めをしないというならもっと各選手がシュートの意識を持って欲しい。こう考えると川崎に勝てなかったのは必然かもしれないという気がしてきた。

 試合後武蔵小杉まで歩く。一緒にいた横浜さんと今日は勝てたよねとかサブの選手がいないよねとかあまりはずまない話をしてた。そう、試合自体はずまないという表現になるだろう。勝ち点1じゃ順位も上がらない。煮え切らない思いをしてぼくは帰路に立つのだった。

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    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
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     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

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