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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2006年8月31日 (木)

真の姿

2006.8.30       サンフレッチェ広島vsジュビロ磐田 広島ビッグアーチ

 ネットで見る、試合の結果。ああ、やっとホームで勝つことができた。寿人の2ゴールで2連勝だ。これがぼくの観た鹿島からの連勝というのが尚更嬉しい。そして降格のライバルチームはほぼ理想的な結果となっている。良かった、良かった。

 情報によるとやはり青山が良かったらしい。もうチームは青山が中心になってしまったようだ。一体小野は何を見てたのか。まあいい、もういなくなった人なんかどうでもいい。

 それよりも今日の応援はどうだったんだろうか。関東ではいつも一つになった応援ができるのになんで広島でそれができないんだろう。結局サポーターグループ同士の派遣争いか何かが原因なんだろうがそんなものぼくらはどうでもいいことだ。いい加減気付いて欲しいものだ。

 そういえばぼくが初めてホームに観戦に行ったのは2000年の夏だった。初めてのビッグアーチということで胸躍るような気持ちでスタジアムに入ったがその応援にガックリしたものだ。5人くらいのグループが3箇所くらいいて各グループがそれぞれ勝手な応援をやってる。まさか広島でこんな応援やってるとはと気落ちしたのを覚えている。でも当時はそれを指摘する人はいなかった。サポグループでない人は一つにまとまればいいのにと思いながらも決して声に出すことはなかった。まあその後徐々に一つにまとまったようだが今年になってまた分裂してるらしい。

そういった応援スタイルを何とかしようと立ち上がったのが関東サポーターだ。スタジアムでレプリカで集まろうと訴える企画も関東で始まった。何か始まるのは関東からというようになってる。

 そうなってしまうのは関東からの眼というのはある意味客観性を持ってるからだろう。人数的にもまとめやすい人数というのもあるのだろう。だけどあらゆる問題提起が関東から起こる。これって正常なことなんだろうか。関東が一人歩きしてるという人もいる。一体正常な姿とはどういうものなんだろうか。

2006年8月29日 (火)

誰にでも長所はある

2006.8.27 京都パープルサンガvs横浜Fマリノス 西京極競技場

 一日遅れで行われた試合結果が気になってしょうがなかった。結果は04でまさにぼくが望んでた結果になりホッと胸を撫で下ろす。これでサンフは16位京都と勝ち点で4ポイント差となり改めて前の日に鹿島との試合で勝ったことに大きさを感じた。サンフは不思議に鹿島スタジアムに相性がいい。そして京都は監督が代わったばかりのマリノスとの対戦というのが不運だった。正に巡り合わせの問題だった。

 しかもこの試合久保が得点を決めてた。久々の得点だ。能力的には申し分ないが怪我の多い選手だ。サンフにとって久保が移籍したのは結果として良かったのだろう。今のエースの寿人は久保より得点を重ねている。久保がいなくなった時は哀しかったが今や久保に思いを寄せることもなくなった。それでいて得点してればしっかりとその存在を気にかけてる、とても奇妙な関係だ。

 その久保だがサンフがJ2に落ち移籍する際に小野監督は個に頼らないチームを造ると言った。どこからでも点の取れるチームにするとも言った。でも結局は強烈な個がいないことでどこからも点が取れないチームになってしまった。そして小野は毎年シーズン前には戦力を補う補強をクラブに応えてもらうのだった。結局久保を一番欲してたのは小野だったのかもしれない。

 そういえば小野は鹿島戦に来てたらしい。一体あの試合を観てどう思っただろう。まるで試合に使う気配のなかった青山や柏木といった選手が大活躍した。小野の在任中そんなことがあっただろうか。そしてマリノスは岡田監督が退任する時記者会見を開いてる。コソコソッといなくなった小野とは大違いだ。不名誉な辞任とはいえそれが普通だと思う。

 こんないなくなった監督のことをグダグダ言ってもしょうがない。今度はペトロビッチのことを書こうか。でもペトロビッチって悪口を書く要素がないんだよな。書き手としては小野の方がネタ満載でありがたいかもしれない。いや、小野って何もいいとこないと思っていたがそんな長所があったんだ。

2006年8月27日 (日)

Imagine

2006.8.26       鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島 鹿島スタジアム

 ぼくは駆け足で電車に乗り込んだ。仕事を早めに切り上げて戻ってきて仲間と車に乗り合いで鹿島に向かう。ぼくはその待ち合わせ場所まで電車で行くのだった。

 こんなせかせかと人ごみを掻き分けるぼくは視線も感じる。そう、ぼくは紫のレプリカシャツを着てるものだから目立ってしょうがない。だけどそんなもの一々気にしてもいられない。というかぼくはレプリカを着てスタジアムに向かうことでこんなに応援してるのだというアピールもある。ぼくはそんなもので自己完結の優越感を味わうのだった。

 電車で20分ほど揺られ集合場所にたどり着く。調度Mさんも同じ電車に乗っていたのですぐに薬剤師先生の車に乗って出発することができた。高速に乗り鹿島に向かう。

 車が潮来を通るとそこはもう別風景だった。同じ関東とは思えないどこか異国の地の感がある。陸の孤島とはよく言われたもので鹿島は本当に何も無い。今更ながらよくもこんなところに4万人規模のスタジアムを建てたものだと感心してしまう。

 実は今日も東京からバスが出ていた。このツアーも鹿島の時はいつも満席になるが今回も例外ではなかった。だからぼくはみんなでレプリカを着ようと訴えることなくその役目を看護婦さんがやったようである。そして実際にスタジアムに着いてから気付いたのだが不特定多数の人にフラッグを配って歩いていた。そしてみんなで固まって応援しようと訴えてた。そのせいかアウェイ席の隅に陣取る小学生の集団は皆フラッグをなびかせて声を出してた。何でもその小学生たちは寿人が昔所属していたサッカークラブに縁のあるとこらしい。だから寿人中心に応援をしている。

 ぼくは鹿島名物モツ鍋を食べて腹ごしらえした後みんなと一緒に声を出す。しかしその場所は襷の中ではなくその隣り、紫塊と称するスペースである。コアな応援をする人は襷の中へ、手拍子だけ合わせてくれる人や家族連れや座りたい人はその隣りの紫塊という棲み分けだ。ぼくはどうも襷の中に入るのは勢いあまって椅子に立つ人がいるために遠慮してしまう。ぼくは椅子の上に立つのが恐いのだ。元々高いとこが苦手なのでしょうがない。

 しかし今日の応援は今一元気がない。それもそのはずサポーターの数が少ない。これは鹿島という場所柄しょうがないことだ。その元気の無いアウェイ・ゴール裏に合わせるかのようにチームも今一つ波に乗れない。これではいかんと声を出そうとするが何かが足りない。そしてその何かが足りないまま前半を終えるのだった。

 鹿島のアウェイ・ゴール裏のスペースは年々狭くなってるような気がする。所詮広島のチームなんてそれ程サポーターも来ないと思われてるようだ。まあそれはその通りなんだがそれが逆に狭い空間にみんなを密集させることになってる。だから後半チームが徐々に調子に乗ってきた時応援も波に乗ってきたのだ。そして青山のゴールにぼくらは沸き立った。チームの勢いがぼくらを奮い立たせてくれた。一体になった応援の声、そしてそれに応えるピッチの選手、そしてそのプレーに勇気を与えられるぼくたち。そう、後半はピッチとゴール裏がまさに一体化したような感覚だった。

 0-2での勝利。今年は関東での成績がいい。こんな試合をしてるのにホームで勝てないのが信じられない。だけど数年前までは関東の試合ではちっとも勝ってくれなかったんだ。この変化はやはりゴール裏とも無関係ではないと思ってる。数年前より数が増え一体感が出てきた関東のゴール裏。それがピッチの選手とリンクした時とてつもないエネルギーが生まれる。こんなことを考えるぼくは果たして夢想家なのだろうか。だけどそう思うのはぼくだけじゃないはず。ぼくらサポーターが手を組めばサンフレッチェは一つになれるだろう。

2006年8月25日 (金)

心配事

 明日は鹿島戦。こうやってサンフレッチェの試合が関東である時は落ち着かない。よりによってこういう時に仕事があるものだからなおさらだ。ぼくはいつもどうやって仕事を片付けスタジアムに駆けつけようか悩む。一度など業務を離れることとなった社長の奥さんの送別会と試合が重なったとこがあって悩んだ挙句サンフレッチェを選んでしまった。社内には来れば良かったのにという声もあったが時間が経った今もやっぱりサンフレッチェを選んで良かったと思ってる。確か2004年の柏戦だが今でもぼくはその試合のことをよく覚えている。ベットの素晴らしい運動量とゴールに頼もしい選手が来たと思い盛田が前線で踏ん張りゴールを決めたことで今までバカにしててゴメンネという気分になったものだ。恐らく送別会に行ったらいかに退屈さをしのぐかと柏が気になって心ここにあらずという状態だったのは容易に想像つく。

 そして仕事の時もそれに似ている。心がどこかに行ってる。ぼくはこんなに焦ってイラつき気が気じゃない状態なのにそんなこと誰も分かっちゃいない。それが逆に余計にぼくをイラつかせるのだった。

 そんな時ぼくはいつも想像するのだった。ぼくが宝くじか競馬で当てて大して仕事しなくても十分食っていけるようになったなら。ぼくは全試合観に行くことができるだろう。そしてビッグアーチには新幹線のグリーン車で行き一番高い席のチケットを買うことができる。泊り込みで吉田へ練習の見学に行くのもいい。ああ、何て素晴らしい生活なんだ。

 しかし、そんな生活をしていたら誰も気持ち悪がって近寄らないだろう。仕事もしないでサッカーばかり観てる人間をマトモな人間として扱ってはくれないだろう。いや、そもそもぼくは宝くじも競馬もやったことないんだが。結局いらぬ心配というやつだろう。

2006年8月23日 (水)

絶望の果て

2006.8.23       ガンバ大阪vsサンフレッチェ広島 万博競技場

 うだるような暑さ、帰りの高速道路はとても仕事帰りとは思えない車がまだいる。一体いつまで盆休みが続いてるのだろうか。ぼくは一向に進まない高速の出口でたわいも無いことばかり言ってるラジオを上の空で聞いてる。せめてこれでJリーグ中継でもあったら。サンフの試合じゃなくても何かやってくれれば途中経過くらい知ることができるだろう。結局ぼくは試合を同時体験できない。テレビもラジオもない。可能な方法は家でネットに接続するくらいだ。

 ぼくの仲間は今頃都内のサッカーカフェでモニター観戦でもしてるんだろう。ぼくはモニター観戦の為に寝るのが遅くなるのは避けたかった。だからやっぱり家に帰るとネットに接続するのだった。

 3-2。ああ、どうしてこういつもいつも残酷なまでに予想通りの結果になるのだろう。ガンバに勝てるとは思わなかった。でも試合前少しは期待する。勝てない勝てない。本当に勝てない。そこですぐに他会場の結果を調べるのだった。京都4-4C大阪ドロー、F東京5-1福岡。おお、こちらは理想的な結果だ。京都とセレッソは引き分けでお互い勝ち点を潰しあった。そして福岡も負けてくれた。ああ、良かったって全然良くないじゃん。もう一体いつになったら他のチームが負けたことを喜ぶことを続けなきゃいけないんだろう。ぼくはもう泣きそうになってきた。

 本当にどうしてここまで弱いんだろう。FC東京戦の時はもうこれで上り調子になると思ってたのに。あれは夢か幻だったのか。せめてもう2つくらい上の順位に行ってくれないものか。Jリーグ発足当時から戦ってるクラブ、それが18チーム中15位だなんて。毎年毎年他のチームと戦ってるというより降格と戦ってるような気がする。引き分けもできない。負けるだけ。勝ち点0。何か望みがないものだろうか。

2006年8月22日 (火)

勝てないイメージ

2002.8.20 サンフレッチェ広島 vs大分トリニータ 広島ビッグアーチ

 01、ああ、やっぱり負けてしまった。予想通りというか何というか。ぼくは胸の高まりと共にクリックしたパソコンの画面に失望してしまった。よく見ると駒野が出てない。といって一人の選手がいないだけでこうも戦力が落ちるというのもどういうことなんだろう。そもそも駒野がいないというのはJ2時代もあった。あの時も駒野さえ帰ってくればと言われたが帰ってきてもチームは勝てなかった。だから今勝てないのはなにか別の理由があるんだろう。

 しかしその後『やべっちFC』を観て大分に退場者がいたのを知るとなおさら愕然としてしまった。また数的優位を生かせず負けてしまった。確か2年前3回相手に退場者が出た試合があったにもかかわらずいずれも勝てなかったことで11人対9人くらいじゃないと勝てないのだろうと自嘲的にサポーターは話したものだ。結局決定力がないんだろう。そういえば試合前のアップでもサンフの選手はシュートが入らないことが多い。本来プロなんだからシュート練習のシュートくらい枠に行きそうなものだが。

 次の日、ぼくはいつものように日が昇る前に起床した。TVでニュースを観る。スポーツコーナーで時間は短いがサンフの試合が流れた。主に日本代表である寿人の動きを追うという内容だったがどんな形であれサンフレッチェが地上波のニュースに出てくるのは貴重なことだ。やっぱり代表選手がいるっていいな。

 同時にジェフも代表選手を中心に報道されハイライトであっても高いレベルを感じたのだった。ジェフも負けたもののあんな試合ができたらとため息が出てしまった。サンフもジェフも監督はオシムの申し子なんて言われているんだが。だとしたら選手が悪いのか?一体どうしたら勝てるのか。分かる人誰か教えてくれ

2006年8月20日 (日)

大分から帰った選手

 バレーボール女子ワールドグランプリを観ていた。本当はJ118節の試合経過を追いたかったものの中継もないしネットしか知る手段がない。だったらTVでバレーでも観てたほうがいい。高橋みゆきや大山加奈を観てると心ときめいてしまう。残念ながらぼくの大好きな宝来真紀子は試合には出てなかったが。

 そんなのんきなことを考えながら後でJ1の試合結果を知って愕然とした。セレッソ大阪が勝ってるじゃないか。しかもアビスパ福岡と京都パープルサンガの試合もドローで終わらず京都が勝っちゃってる。つまりサンフレッチェの下の順位のチームが勝ち点を積んでるということだ。福岡と京都なんてもうちょっとで引き分け、お互い勝ち点1ずつ分け合うとこだったのに。これで明日の明日の大分戦が不安になるのだった。

 しかしこういう発想自体普通じゃない。何で他のチームの勝敗ばかり気にしてるのか。それは単にサンフレッチェが勝ってくれそうな気がしないからだ。寿人もウェズレイもゴールを決めている。だから光はあるはずだ。なのになぜにこんなに勝てるイメージが湧かないんだろう。

 数年前まで完全に格下と思ってた大分は今やすっかりサンフより上のチームになってしまった。それは成績の面でも上だし観客動員の面でも上を行かれている。おまけにシャムスカ監督になって本当に手強いチームとなってしまった。何か経営面を除いたら全てサンフを追い抜いてる現状にまた愕然となるのだった。

 考えてみれば大分がJ2にいる頃大木がレンタルで移籍してたんだ。試合には出てなかったことから大分でも試合に出れないんじゃもう駄目だなと思っていた。実際職安にも通ったという話もある。それが数々の有望な新人を差し置いて現在でもサンフレッチェに在籍している。一体その息の長さはどこから来るんだろう。

 普通ならここで大木の苦労人としてのエピソードを綴りこんな偉大な選手だと紹介すべきなのだろうが驚く程に大木はそういう作業が似合わない。それよりも大木が受けてきたスタジアムの罵声を集めて罵声語録として紹介した方がいいくらいだ。あのどんなにボロクソ言われようとヘラヘラ笑ってプレーしてそうな雰囲気がそうさせてるのか、それともあのボーズ頭のルックスによるものだろうか。いずれにしても大木はそのマイナーな存在からいかにもサンフレッチェの選手というイメージがある。

 大分戦では久々に大木のゴールが見たい。大分ではまともに試合に出してもらえなかった男が相手を静まり返らせるゴールを決める。サンフサポは喜ぶと共にあの大木が決めるとはと驚きを隠せない。そして大木のゴールを祝福するような地鳴りのする地震が起こるのだ。

 大木がゴールすると地震が起こる。いつからかこんな逸話が話されるようになってしまった。珍しいことがあると雨が降るとか雪が降るなんてことはよく聞くが地震というのは初めてだ。だが実際にゴールを決めたら地震が起こったという例が一度ならずある。何となくイケメンな新人ばかりになってしまったサンフレッチェにおいて大木は古き良きマイナーなサンフレッチェの雰囲気を持ってる数少ない選手ではないだろうか。

2006年8月17日 (木)

勝手な悩み

2006.8.16       アジアカップ予選 日本vsイエメン 新潟スタジアム

 どう解釈すればいいんだろう。あれは入ったよな、入れなきゃいけないよな。そう思った場面が一杯あった。特に駒野のクロスはゴール前ピッタリ合ったがそれを外してしまった。その後もシュートを打てども打てどもゴールに入らない。その内攻めも単調になってきた。何か停滞したリズム、そう、これはジーコの時の代表と一緒ではないか。結局監督が代わっても一緒だったということだ。日本のサッカーのレベルなんてこんなもんなんだろう。

 考えてみればW杯後ヨーロッパのクラブからオファーのあった日本人選手はゼロ。そういう意味では選手層が薄いんだろう。さすがのオシムも国際舞台で戦うには頭が痛いのではなかろうか。

 そんな中駒野が交代してしまった。この時ムッとしてしまった。前線にいる奴ら、お前らがゴールを決めないから駒野が下がってしまったじゃないか。何だか前線の選手のせいで駒野が割を食ったような気がして気分が悪かった。しかしその後羽生が出て先制点が生まれたことからぼくは愕然とするのだった。

 それにしても1点で終わるのか。そう思ってた時に寿人の登場である。残り時間は少ない。これは一体どういう扱いなんだろう。短い時間でも得点できるという計算があるのか単にスタメンは他のFWの方が評価されてるのか。しかし寿人はこの試合でキッチリとゴールという結果を残した。これもぼくらは特に驚きはしない。喜んだが驚きはしない。なぜならサンフレッチェでいつもそういうゴールを見ているからだ。急にボールが来たからと外すFWがいるが寿人は急にボールが来て入れるFWだ。そういう選手がいるのに代表で結果を出さないと注目されない。それはそれで哀しい。

 TVのスポーツコーナーでは寿人のインタビューが流れる。サンフレッチェの選手がここまで露出するとは。サンフとは地味で目立たないのが特徴のチームである。だからこれで寿人も有名になってくれるといい。が、よく考えたらそれはマズイ。あんまり注目されるとどこかのクラブに強奪されるのではなかろうか。いや、このまま代表に定着してヨーロッパとの試合でもゴールを決めるとそれはありえる。実際にフィオレンティーナから声が掛かったという経緯もあるし。

 一体ぼくは代表の寿人を応援すればいいんだろうか。それともこのまま中途半端な使われ方をされサンフで得点を重ねてもらう方がいいんだろうか。寿人本人にしてみれば余計なお世話な悩みばかりしてしまう。

2006年8月16日 (水)

サンフレッチェのTV放送

サッカーのJリーグは15日、07年から5年間のテレビ放送権料について年間総額50億円で、
スカイパーフェクTV(スカパー)、NHK、TBSの3社と大筋で合意したことを明らかにした。
Jリーグは02年からの5年間、NHKを軸に契約してきたが、今回の契約ではスカパーが
メーンの契約先となった。スカパーは来季からJリーグ1部(J1)、Jリーグ2部(J2)の
全試合を生中継で放送する。

今回の契約では、スカパーは地上波放送に対しても優先的な放送権を持つが、優勝が
決まる試合など視聴者の関心が高い試合については、他局が地上波で放送することも
認めているという。
一方、NHKは地上波で全国放送する試合数は変わらないものの、BSで放送する
試合数は減る見込み。一方で、ローカル放送する試合数を増やす意向だという。

05年の放送権料は、リーグ戦、ナビスコ杯、オールスター戦を合わせて49億円だった。
07年からはリーグ戦だけで50億円と放送権料は微増する。(asahi.com)

 CS放送とはいえこれでサンフレッチェの生放送は確約された訳である。これも元々はNHKが例年の放送権料を払えないと言ってきたことから始まりこういう結果になったのだろうがどうだろう。ぼくら関東のサポーターは生放送が観れる為いいのではないだろうか。

 思えば2003年、J2においては注目カードになった為ずいぶん生放送が多かった。その分サッカーカフェなどでの観戦会が組みやすく定期的な企画を行ったものである。その観戦会をキッカケとしてぼくらの仲間になった人もずいぶんといる。今にして思えばJ21年間があったからこそ今があるとも言える。

 当時は渋谷にワールドサッカーカフェなるものがありそこも何度か利用したが結構高かった。普通に飲み食いしてると普通にスタジアムに観戦に行く以上に金が掛かってしまう。それでも店は採算が合わずに店を閉鎖してしまった。結局スカパーへ払う放送権料をまかないきれなかったのだろう。スカパーもサッカーカフェで観る人が増えたら加入者が減るという発送なのだろうがそれはちょっと視点がズレてる。わざわざ渋谷まで出てモニター観戦する人は仲間と観戦したいとかそういう発想なのだ。だから小さなサッカーカフェなどはモグリでやってるというのが実情だ。だからぼくはここで今サンフサポがどこで観戦会をやってるのか出せない。まあある場所でやってるのだがそこの経営スタイルからいってモグリでやってるのは間違いない。

 ただどうなんだろう。こうやってモグリでやってるとこへモニター観戦に行くのはいいんだがそれだったら近場で別の試合を生観戦した方がいいような気がする。少なくともぼくはそうだ。なんとなく店は儲かってもJリーグは何の得もしないという気がしないでもない。かといってその店があるから今の関東のサンフサポがある訳で。その辺はジレンマだ。一番いいのはスカパーが放送権料を下げてくれることなのだが。

 それにしてもどうしよう。毎節生放送があるんならぼくもスカパーに加入しようか。うーん、どうしよう。こうやって悩んでるうちに時間が過ぎ気付いたらシーズンが終わってるというのが例年のことである。たかだか毎月2千円くらいの出費なのにと笑われてしまいそうだが。

2006年8月15日 (火)

強気の姿勢

運動量劣り ホーム3連敗   '06/8/12 

 ▽「魔の先制」許し覆せず

 またしても、地元ゲームで白星を挙げることはできなかった。リーグ折り返しとなる節目の17試合を終え、ホームでは1勝1分け7敗と無惨な成績となった。試合後、サポーターへあいさつに向かう広島選手はうつむき加減で、足取りも重かった。

 「ホームの試合では先に失点しないのが大事なんだ」。日ごろから、ペトロビッチ監督は言い続けていた。ところが、踏ん張れない。後半開始直後、一瞬のすきを突かれて先制点を許した。1―1の後半33分には、数的不利な状況から右サイドを崩され、決勝点を与えた。

 DF戸田は「2失点とも集中力の欠如。ホームで1勝しかしていないのは知っている。巡り合わせもあるし、意識はしていない」と言う。ただ、これまでのホーム6敗のうち、5試合で先制点を奪われている。データ的にも厳しい展開だった。

 ペトロビッチ監督は「何か、あるのだと思う。原因を探したい」と地元での不振に頭を抱えた。解決の糸口が見えないようだと、後半戦の浮上は、おぼつかなくなってしまう。(貞末恭之)/中国新聞

 ホームで勝てない。これはチケットを売らなければならないというクラブにとって致命的だ。広島の気質として勝てば来る、勝たないと来ないという風潮がある。しょうがない、それが県民性というものだ。だけど本当は勝っても負けてもそれがサッカーなのだ。

 ただある意味今のサンフレッチェに危機感がないというのは事実だろう。この危機感というのは単純にぼくたちサポーターからしてみてだ。確かにJ2落ちの危険もあるがそれだって本当に落ちると思ってる人はいないだろう。順位としては下から4つ目だがその下位3チームが勝てそうもないので安心しきってるという面はある。それであればほぼ無風地帯、勝っても負けても一緒ということで特に目標もなくただ目の前の勝利を追及するだけになってしまう。そうなれば勝てなきゃ観に行かないということになってしまうのだろう。

 そういう観客を抱えるサンフレッチェの経営は本当に難しいだろう。例えばポール・ガスコインはニューカッスルとトットナム・ホットスパーズはサポーターと気質が違うと述懐した。ニューカッスルは勝っても負けてもチームを応援する風潮があるが、スパーズは負ければブーイング、しかももう負けることが分かってるとみるや試合終了前に帰ってしまう人が大勢いるらしい。真のサポーターはそうあるべきだという声が聞こえそうだがそれはどっちもアリだと思う。問題はそういうサポーターの気質にクラブがどう対応できるかということである。

 ぼくがは広島のサポーターはスパーズのサポーターに似てると思う。その辺にクラブの体質とのギャップがあるような気がする。サンフレッチェは元々強豪チームではない。予算も少なく有り合わせの選手で戦うという雰囲気がある。なのに観る方は勝利至上主義、このギャップはデカイ。

 この辺関東のサポーターはサンフレッチェの試合を観る機会自体が限られてるだけに勝てないことで観戦が遠のくということがない。勿論ふがいない試合に対してはブーイングが飛ぶ。2004年の天皇杯なぞJ2の横浜FCに負けてしまって試合後挨拶に来ようとする選手に向かって「来るな、来るな」の怒号が飛んだ。それでもみんな次の年の関東の試合には顔を出してるのである。

 負けるのはしょうがない。相手も必死なのだから。ただ、広島のサポーターが勝利至上主義でいる限りにおいてはもうそれに合わせるしかない。客は相手を選べるがサンフレッチェは客を選べないからだ。だったらもっと厳しい体質にするべきだった。少なくとも小野なんて辞任という形ではなく解雇という形を取るべきだった。例えそれが対外的にしてもだ。いずれにしてもあまりにも外から見てヌルイという感覚が出てしまってる。

 もうこうなったら徹底的にやって欲しい。次の試合勝ったら勝利給を3倍出すと公言しちゃっていいじゃないか。実際ヴァレリーの時はそれをやって終盤残留争いから抜け出したという実績がある。そして今度ふがいない試合をしたら森崎ツインズは解雇だと公言するのもいい。ゴールがなけりゃ寿人もウェズレイも減棒だ。監督だって解雇だ。そして残りシーズンホームで勝てなかったらチーム解散だ。

 いや、何だか言ってる自分が一番恐ろしくなってしまった。やっぱりなあなあでやらざるを得ないんだな。お願いします、広島のみなさん今度こそ勝つと信じて観戦に行ってください。

2006年8月13日 (日)

後ろ向きな思考

2006.8.13       サンフレッチェ広島vs清水エスパルス 広島ビッグアーチ

 1-2、つまりは負けたという情報を柏スタジアムの電光掲示板で知った。幸い下位チームが揃って負けてくれた為順位は下げずにすんだがせめてもう2つくらい順位が上がって欲しい。そしたらもっと気楽になれるのに。そう思うと甲府に負けたのは本当に痛かった。

 結局ぼくは柏スタジアムに出掛けてJ2の試合を観ていた。J2ではハーフタイムにJ1の試合結果も放送する。だが1-2と表示のあった電光掲示板もまだ後半があると気を取り直したもののその後に試合終了という文字に愕然となるのだった。今日はキックオフの時間が早かったようだ。かくしてぼくにとって一番楽しみなハーフタイムのイベントは終わってしまった。

 それからというものぼくは余計なことを考えずピッチ上の試合に集中した。柏の相手はサガン鳥栖。熱心なサポーターがいるものの圧倒的に人数が少ないのでまるで声が通らない。何となくその様子が昔のサンフレッチェに似ていた。ぼくもあの頃なんとかしてサポーターを増やしたいと思って始めたのがメーリング・リストだったが、考えてみれば鳥栖はJ2なのである。しかも何年下位をさまようチーム、比較の対象にすべきではない。それだけにサンフレッチェの人気のなさは圧倒的だったとも言える。しかもある程度サポーターが増えてきたのもJ2に落ちたからというのも何だか皮肉な話だった。

 それはそうと目の前の試合だったが鳥栖は2-5というスコアで大勝する。相手のオウンゴールという運もあったがやはりFW新井の存在感は凄かった。この試合ハットトリックをしたのだが、もう前線でボールが来ない限り動くことがない。しかも仲間が中盤でミスをしてボールを失おうものなら両手を腰に当てて憮然とした態度を取る。それもこれも自分にゴールができるという自信があるからだろう。FWというものはこうあって欲しい。

 サンフレッチェもFWの頭数だけは多かったが結局軸が育たなかった。寿人もウェズレイも他から移籍した選手だから育ったわけではない。守備をしないからとFWの選手を切り捨てた小野はこの新井を観てどう思うんだろう。守備なんかしない。しかもボールが来る時にしか動かない。ただボールが来る時には爆発的な動き出しをする。そのスピードとダイナミックさは日本人離れしている。それでJ2得点王。自前の選手を育てることができなかった小野にはどうか考えて欲しい。

 新井は恐らく来年はJ1に引き抜かれるだろう。そしたらサンフにとってはやっかいな存在だ。元々スピード系には弱い傾向があるからな。いや、よく考えたら今年残留できると決まったわけではない。次こそ勝て。絶対勝て。そしてどうか下位3チームは負けてくれ。ああ、何て後ろ向きな思考なんだ。

2006年8月12日 (土)

世間の目

 駅から自転車に乗り自宅に向かうと激しい雨が降り出した。こういう時恐らくは30分でも雨宿りをすれば済むのだろう。だけどぼくはそのままペダルをこいだ。どうせすぐに着く、少ししか濡れやしない。そうは思ってみたものの雨は一層激しさを増しぼくの身体を容赦なく叩きつける。挙句は雷まで鳴ってこのタイミングで荒れる天候に恨めしく思うのだった。ちくしょう、よりによってぼくが自転車こいでる時に限って。

 そうやって家に着いた時にはビショビショだった。ああ、これでもうぼくには何の気力もなくなってしまった。外に出ようという気も起こらない。せっかく今日は柏にでも出掛けようと思ってたのだが。屋根のないスタジアムで雨ざらしになる不安があるとさすがに気分が乗らない。こんな時せめてスカパーがあればサンフレッチェの中継が観れるのに。といって今日は生中継がないようだ。それでサッカーカフェでもサンフレッチェの中継はないようだ。

 でもどうなのだろう。ぼくも以前はサッカーカフェに行ってサンフレッチェの中継を観ることはあった。だけど段々とモニター観戦の為に電車賃を払って行くということが無駄なような気がしてきた。結局そこで飲み食いしたら自分でスカパーに入るくらいの金額には簡単にいってしまう。だったらとっととスカパーは入りゃいいようなものなんだよな。

 そういやぼく何でスカパー止めちゃったんだろ。加入当時はそれこそ寝る間も惜しんで観てたのに。サンフレッチェの試合は元よりセリエA、プレミアリーグ、アニメの『ガンダム』や『ボトムズ』なんかも観たぞ。毎月20日なんか全チャンネル視聴無料だからもうたまらなかった。『妖怪人間ベム』なんかやってた日には感動したぞ。ああ、ぼくも相当なオタクだな。

 だけどそんなぼくもあまりにも簡単に何でも観れる環境に飽きてしまった。その内にサンフレッチェの中継しか観なくなり週に90分の為だけに視聴料を払うのがバカらしくなった。しかもスカパーはサッカーファンの足元を見るようにどんどん視聴料を上げていくという背景も手伝って引越しを堺に止めてしまったのだ。それ以来サンフレッチェの試合というものが前よりも貴重に思えるのだった。だからぼくは友達の家に観戦に行ったりした。そして今日のような何も試合を観る手段がない時、一体ぼくはどうすればいいのだろう。やっぱりパソコンの実況サイトにアクセスしてクリックの嵐をするしかないのだろうか。こういうのを世間はオタクと言うのだろう。

2006年8月10日 (木)

幸福の選択

2006.8.9 日本 2-0 トリニダード・トバゴ  国立競技場

 駒野がスタメンだった。もはや駒野の代表の姿は何の違和感も感じなくなった。それよりもぼくは遠目からのカメラアングルでも駒野が分かるようになった。あのちょっとうつむき加減のキックの姿勢で分かってしまう。左SBに入ったが見事2点目のアシストを決めた。長い距離のパスだったが駒野ならではの正確なボールだった。こういうロングパスはサンフでもたまに見せる。ただサンフレッチェではそれがほとんど得点に結びつかないのだが。

 正確なパスといえばカズも時たま見せる。前線にピッタリと合ったパスにオオッと唸ったことがあるのだが駒野と違いカズが代表に選ばれることはないだろう。かつてはユース代表のキャプテンだったのだが。今では自分のチームでもスタメンを脅かされてるという状態だ。サッカーとは何と厳しいのか。

 それはそうと後半から寿人が登場したが惜しい場面を造るも得点には結びつかなかった。それでもハイライトで出るようなプレーで知名度を上げるには良かった。GKの跳ね返りを狙ったプレー、まさしくあそこに走りこむのが寿人だ。ドリブルで切り込むとかミドルシュートを打つとかいったプレーではない。常に裏を狙いこぼれを狙いボールに食らいつく、プレー自体に華がない。やっぱりこの選手はサンフレッチェの選手だ。日本代表という注目度の高い試合で再認識させられてしまった。

 しかしオシム監督になってからというものこの2人は必ず選ばれるという確信があった。それだけにこうやって代表のピッチに立ってても興奮はしなくなってしまった。そこがジーコの時と違うとこである。果たしてぼくにとってどちらが幸福だったのだろうか。

2006年8月 8日 (火)

雨の朝、千葉に死す

 うだるような熱帯夜が明けぼくの身体には汗がビッショリとまとわり付いてた。睡眠をしたという感覚はなくかえって疲れたような気がする。ああたまらん、これはもはや人間の睡眠する環境ではない。こんなんでどうやって眠れというんだ。ぼくはこの不快さを取り除くため公園に行こうとした。早朝の公園、そこにはぼくの場所がある。公園の真ん中、広く空いた広っぱは誰もいない。ぼくはそこでよくサッカーの練習をするのだった。ぼくのお気に入りの練習はFKだ。ベッカムの教則DVDを買って以来ぼくにもできそうな気がしたのだ。そしてその通りにやると確かに曲がるキックはやってて面白い。ついでに腕の振りまで真似をしてすっかりベッカムの気分になる。頭の中には満員のオールドトラッフォードのピッチにいるイメージを浮かべるのだった。

 それらの行為はぼくの自己満足以外何者でもない。FKなんて普通に草サッカーをやってるとそんな場面出て来ないしもしあったとしてもそんな貴重な場面にぼくが蹴らせてもらえる訳がない。だからいくら曲がるキックを蹴ろうとそれは何の意味もないことである。そもそもぼくのキックの精度だって10回に1回くらい狙ったとこに行くというレベルだ。恥ずかしくて人前で蹴れたような代物ではない。

 だけどぼくは懲りもせず公園に行こうとした。が、それを上空から落ちる雨音がぼくの足を止めさせてしまったのだった。

 雨、よりによって雨である。あのあだるような夜中はちっとも降らなかったのに世が明けたら雨である。せっかく仕事が休みだったぼくにとってこの時点で今日一日が台無しにさせられたような気になった。そこまで言うなら雨が降っても行けば良さそうだがこれが公園の地盤が粘土質なもので雨が降るととてもじゃないが滑ってボールが蹴れない。ぼくは以前この公園で軸足を滑らせて転んだことが何回もある。あれは誰も見てないとはいえかっこ悪いものだ。

 ぼくはサッカーの練習をやるとすればここしか知らない。プロになるような選手は当然毎日練習してるのだろうが一体どこで練習してるんだろうか。それともプロになるような子供はJリーグのジュニアユースから上がるからそんな心配はいらないというとこだろうか。そういえばぼくが親父チームで試合をやるにも毎年試合場所の問題が出てくる。つまり日本はサッカーをやるには過酷な環境なのだ。これで日本はサッカーが弱いと国内で揶揄される。理不尽といえば理不尽だ。それじゃぼくが金持ちになったら誰でも使える芝生のフルコートを4面くらい造ってやろう。ってそんなの100年構想どころじゃなく100万年構想くらいになってしまう。それじゃその前に金持ちになる方法を考えよう。それこそ100万年掛かるじゃないか。ああ、結局庶民はこんなことばかり考えて朽ちていくんだろうな。

2006年8月 7日 (月)

原爆の日の試合

2006.8.6       東京ヴェルディ1969 vs愛媛FC 国立競技場

 86日、原爆の日。それまでの悪天候とは違いこの日は夏らしい夏だった。だから原爆慰霊碑に花束を捧げる映像にも例年のように陽炎が立ち込めてるような気がした。ぼくはこの原爆の日に平和公園へ行ったことがない。そういう意味では映像でしかその式典を知ることがないぼくにとって同じ環境とも言える。ただし、広島と関東では圧倒的に原爆関連の報道量は違う。そしてぼくなどは平和教育を嫌というほど受けてきたのに今それについて何か説明してくれと言われたって何でできない。そう、ぼくはいつもそういう平和教育を真面目に聞いてなかったのだ。その時ぼくは一体広島にいた時何をしていたんだろうという気がした。もはや広島には住んでないし広島について何も知らない。そして学生の頃からの付き合いなんてものもぼくにはない。実はもう縁もゆかりもない地なのではなかろうか。

 そんな中夕方になるとぼくは国立競技場に向かった。もう日は落ち蝕むような熱気も幾分和らいできた頃だった。ぼくは試合が始まっただろう時間に千駄ヶ谷の改札をくぐったが、駅前の人の少なさには愕然とした。さすがにヴェルディもJ2に落ちてしまったらここまで集客力がなくなったのかと。でもよく考えてみると去年もサンフレッチェとの試合で3,267人しか集められなかったのである。やっぱり人気なかったんだな。

 しかし愛媛ゴール裏に入ったぼくにはそこが異様に活気付いてるのに気付くのだった。勿論愛媛のチームだからそれ程数は多くない。それでもオレンジのシャツが目立ち一体感のある応援。そしてそこまで盛り上がってたのも頷けるような躍動感のあるチームの攻撃。ああ、これはついこの前の味スタでのサンフレッチェの試合のようではないか。と思っていたらHTにいたるところで会うわ会うわ知り合いばかりだ。そう、さっきまで応援してた中にはサンフサポも結構まぎれていたのだった。そりゃそうだろう、チームに3人もレンタルで加入してる選手がいるんだから。しかももう一人完全移籍をした選手もいる。ほとんどぼくらは愛媛をサンフレッチェのサテライトのような感覚で観ることができるのだった。

 試合は14で愛媛の勝ち。勝利に万歳する中にはぼくの仲間も大勢いた。そしてぼくもその一人。ぼくは広島のチームを応援しその為に作った仲間とこうして愛媛の勝利を喜ぶ。こうしてぼくは広島としての自覚を取り戻すのだった。サンフレッチェは意図せずしてぼくと広島をつなぎとめてくれているのだった。やっぱりぼくは広島人だ。

 しかしぼくは広島人としてもうちょっと原爆や平和に関して勉強しなければならない。ああ、結局みんなこうして大人になってから勉強しとけば良かったと思うのだろう。

2006年8月 5日 (土)

素晴らしい戦力

 寿人と駒野が代表に選ばれた。ヤッターという感情はなくむしろ当たり前だろという感じだ。普通に試合を観てればこの2人を選びたくなるのは当然だ。特にW杯メンバーから外れた寿人、勿体無かった。どう考えてもW杯に出た他のFWより得点力があった。これだって広島にいなけりゃもっと目立ってアピールできたのにと思うと複雑なものがある。でもオシムになってやっぱりこの人見てるとこは見てるんだなという安心感を与えられた。

 その佐藤寿人だが応援では久保竜彦のチャントをそのまま使われてる。これは違和感がある。確かにエースストライカーであるからその称号なのだろうがどうもゴロが合わない。久保は久保、寿人は寿人という感覚がある。それなのに最近スタジアムでこのチャントを聞くと以前より違和感を感じなくなった。それだけによくこのチャントを耳にしてるということだ。ということはそれだけ点を取ってるということだ。

 寿人にとって幸運だったのはサンフレッチェに大したFWがいなかったということだろう。2004年加入後はなかなかゴールが奪えない状況が続いたがそれだって他に計算できる選手がいないからスタメンを外れることがなかった。当時はこの補強は外れだとずいぶん言われたものである。実はぼくもその一人であった。

 ぼくが寿人の補強を受け入れられないのは戦力的な意味以外の要素が大きかった。というのは今まで久保竜彦や服部公太といった無名の選手を育ててきたクラブにとって仙台でJ2得点王となった選手を高い移籍金を払って獲ってくるというのに違和感があった。能力的にはぼくも疑いをもってなく寿人がジェフにいた頃などはいい選手だなと思って観てたものである。何かと言い訳するFWの多い日本でこの選手だけは常にゴールを目指しているという気がした。だからアテネ五輪のメンバーから外れた時にはサンフレッチェにいたわけでもないのにガッカリしたものである。そしてセレッソへ行きJ2ベガルタ仙台に行きでどこか主流から外れるような感覚があった。しかしJ2に落ちた仙台で次々にゴールを重ねやっぱりこの選手は本物だったと嬉しい感覚があったのである。その寿人がサンフレッチェに来るというんだから本来なら喜ぶべきだったのだ。

 ただ今にしてみると高い移籍金を払ったということを除けばこの選手はサンフレッチェに合っている。得点王も狙えるゴールの勢いがあるがどことなくイメージが地味だ。特徴としてはゴール前のスピードや裏を取る動きなどがあるのだろうがそれにしたってレッズの岡野のような華のあるような動きではない。寿人本人にとっても仙台からの移籍先として選んだ広島は正解だったのだろう。

 今回の代表選考で下田が入らなかったのが不満といえば不満だが13人中2人といえば多い方だろう。下のカテゴリーのU21代表では青山と佐藤昭大が選ばれてサンフレッチェの選手の質の高さが伺える。でも、だったら何で下から数えて4つ目の順位にいるんだ?

2006年8月 3日 (木)

補強により見えること

クロアチア人DFのダバツを獲得

 Jリーグ1部(J1)広島に、オーストリア1部リーグ(ブンデスリーガ)SVリートのDFダリオ・ダバツ(28)=身長181センチ、体重78キロ=が移籍加入することが2日、決まった。広島が保有権を持つ完全移籍となる。

 ダバツはクロアチア国籍。左サイドが本職のレフティーで、センターバックやストッパーもこなせる器用さがあるという。球団幹部は「条件面で合意に達している」とした上で、8月20日の大分戦(広島ビッグアーチ)から出場できる見通しを示した。

 広島のDF陣は、ジニーニョの移籍や吉弘充志の故障などで手薄な状態が続き、J1再開後の4試合で9失点を喫している。ペトロビッチ監督が求める「一対一に強く、素早くボールを回せる」DFの獲得が急務となっていた。(佐藤正明)

 一つ空いてた外国人枠を使うみたいだ。確かにDFは手薄感が強い為理にかなった補強であろう。基本的には自前の選手をやりくりして使っていくべきなのだろうがここまで選手がいないとしょうがない。果たしてこの補強でDFが安定してくれるんだろうか。

 それよりもぼくにはこの補強で東欧路線が復活したのが嬉しい。監督が東欧なだけに自分の知った選手を連れてくるとなるとやはり同じ地域になるだろう。やっぱりサンフは東欧、ブラジルじゃ他のチームと変わらない。と同時にこの補強で見えてきたこともある。

 それは織田強化部長はロクにコネクションを持ってないということだ。確かに監督が推薦する選手を連れてくれば手っ取り早くていいんだが、今までの補強を振り返ってみるとそんな気がする。ブラジル路線とはいってもそのほとんどが過去にJリーグで活躍した選手。だから発掘したという感覚がない。ガウボンやチアゴという選手もいたが活躍したとは言い難いし本当に織田が見付けてきたという選手はいないのではなかろうか。

この辺も違和感のあった部分であった。そう考えると全ては小野が辞めて正常な方向に戻った気がする。やっぱり小野は必要ない人間だった。1年でJ1に戻ったという実績以外はぼくらの不満の避雷針になるという役目以外に何の功績があったのだろう。

2006年8月 2日 (水)

勝つ試合、負ける試合

寿人アピール2発 攻守にFC東京圧倒

 ▽ピンポイント 指揮官の手腕に脱帽

 守ってよし、攻めてよし―。前節の甲府戦とは打って変わって、いい試合をしてくれた。ペトロビッチ監督は「就任1カ月余りで、今日の内容ができたのは私にとってセンセーショナル」とご満悦。この快勝劇に、広島サポーターは心底酔いしれたことだろう。

 連敗した広島での2試合とは何もかもが違う。まずは、積極的にボールを奪いに行く姿勢を取り戻し、攻撃につなげた。そして最も大事なのは、リードした後も、DF戸田を軸に失点しないよう集中を切らさなかったことだ。選手のみなさん、よく頑張りました。

 なぜ3日間で、こうも変われたのか。ペトロビッチ監督は、近年の広島の指揮官にはなかった「選手の意見を採り入れる」主義だからだ。甲府戦の後、早速、選手と話し合いを持った。その結果がマークの受け渡しなど、選手がしっくり来ていない部分の修正につながり、勝ち点3に結びついたと言えよう。

 これで新体制の戦績はアウエー2勝、ホーム2敗となった。ただ、地元サポーターが勝ち試合を見るには「入場券+新幹線」代が必要ではいけない。監督は「選手がホーム試合にコンプレックスを感じているようだ。でも改善していくよ」。こちらも、経験豊富な指揮官の手腕に期待したい。(佐藤正明)/中国新聞

 地元サポーターが勝ち試合を観るのに「入場券+新幹線」代が必要という状況に本当になってしまった。実際FC東京戦では広島から来たサポーターが結構いた。これも甲府戦があまりにも悪かったため居ても立ってもいられなくなったというとこだろう。ただそのお陰でアウェイG裏は人が集まりぼくらはあの素晴らしい雰囲気を味わえたといえよう。

 実はぼくはこれで生観戦3連勝。ぼくが行ったら勝つとは言わない。たまたまそういう時に遭遇しただけだ。そういえば昔関東で私が観戦に行ったらいつも負けると言ってた人がいたので言い返してやったことがある。

 関東の試合で勝ったことほとんどないんだけど。

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