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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

JリーグPR

  • Jリーグ2010特命PR部員 Miles

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2006年7月31日 (月)

イメージと現実

2006.7.30       親父チームvs親父チーム 近所の小学校グラウンド

 昨日のサンフレッチェの試合はぼくが今までサンフレッチェを応援してきて一番幸せな試合だった。ゴール裏の雰囲気、躍動感のあるチーム、相手を寄せ付けないくらいの完璧な勝利、これ以上のものがあろうか。広島から来た家族連れのぼくの友達は初めての関東遠征だったが、素晴らしい雰囲気と興奮してた。いや、関東だってここまで盛り上がったのは初めてなんだけど。

 翌朝目が覚めたぼくはまだ昨日の試合のことを考えてた。そして録画した『スーパーサッカー』を何度も何度も再生したのだった。ぼくはあの高揚した気分がまだ続いていたのだ。だからぼくは良い精神状態でサッカー教室に行くことができた。

 未就学児の練習でどうやら試合が不満足だったらしい子が練習後騒いでた。わかった、わかった、オジサンが相手してやるからと子供相手に11をやってるとすぐに他の子も集まってきて試合となった。ぼくは子供相手に抜群のキープ力を魅せ子供たちはそのなかなか取れないボールに必死にしがみ付く。ぼくは王様のような気分でボールを渡さないのだった。

 しかし試合の終わった後ぼくは子供に来週も来ると聞かれてしまった。子供達も楽しかったらしい。それに気を良くしたぼくはその後の大人チームの練習試合も良い状態で臨むことができた。そう、ぼくは昨日のサンフレッチェの試合のイメージを持ってピッチに乗り込んだ。が、ボールに触れない時間が続いた。

 走っても走ってもボールを触ることができずついには疲れから余計ぼくのプレーはダメになる。何だか今日は上手い人が何人もいてぼくではとても歯が立たない。こうしてぼくは完膚なきまで叩きのめされたのだった。

 ぼくはサッカー選手にイメージや精神状態などを考慮する。そしてカズがダメだったり浩司が走れなかったりすると精神的なものに原因を見出したりするのだった。だがそれは正当な見方なんだろうか。ぼくは今日最高のコンディションで迎えた試合で打ちのめされた。やはりそんなのは単なる理由付けでしかないのだろうかと思うがぼくのレベルの話じゃまるで次元が違う気もする。

2006年7月30日 (日)

花火の夜

2006.7.29 FC東京vsサンフレッチェ広島 味の素スタジアム

 電車に乗るとやたら目に付く浴衣の姿。ぼくは浴衣なんか着たことがない。今日はどこぞで花火大会らしいが花火大会も行ったことがない。そう、ぼくは花火が嫌いなのだ。あんなの渋滞の原因になって迷惑もいいとこだ。花火大会のせいでぼくは何度不快な目に遭わされたか。花火なんてこの世からなくなってしまえ。それを女の子に言ったら「だからあんたはモテないのよ」と言われたことがある。

 そんな浴衣の群れはしつこく京王線にまでいた。どこまでも忌々しい奴らめ。まあいい、どうせぼくの降りる駅とは違うんだからと思っていたら飛田給駅でもゾロッ降りてきた。おいおい、こんなとこで花火をやるのかよと思いきやその浴衣の群集は味の素スタジアムに入っていった。そう、今日はこのスタジアムで花火が打ち上げられるのだった。さっきまで別世界の人種と考えてた人達が実はぼくと同じとこへ行くのだった。

 そのせいか味スタはいつもより客が入ってた。31,684人、サンフレッチェでは考えられない動員だ。ぼくらはアウェーのサンフレッチェの試合は不人気カードとして客が来ないものと思ってる。だから余裕を持ってスタジアムに来るのだが駅前からずい分と人がいた。それが花火のイベントのためだとしてもぼくは面食らってしまった。

 最近ではスタジアムもホーム、アウェイの仕切りがうるさくなってきて中にはアウェイの通路さえ閉鎖してるスタジアムもある。色々と問題があったせいだろうがそこまでしなくてもというのが観戦者の気持ちだ。ぼくはここでもアウェイ・エリアに行くのにチケットを見せないといけないのかと思ってたが警備員がいるもののそんな素振りは見せなかった。このスタジアムはそこまで厳密にやってないのか。それともサンフレッチェだからサポーター大して来ないだろうとナメられてしまったのか。しかしアウェイ・ゴール裏に入った時そこにはいつもと違う光景があった。

 この試合に向けてレプリカ・ユニフォームで集まろうと関東サポーターの間で話しがあった。応援中央の襷の中に入る人ではなく座っててもレプリカを着て来てる人を対象として。それで手拍子だけでいいんでとネットなどの事前告知をしたところ思ったより人が集まってた。そして気のせいか襷の中も普段より圧倒的にレプリカが多かった。この変化にはぼくも驚いてしまった。

 襷横には紫で塊ると称したポスターがありそのエリアには結構レプリカを着た人が座ってた。ぼくもそのエリアに着いたが先に来てた看護婦さんがぼくを見付けるなり声を荒げた。

 「見てよ、これ全部わたしがやったんだからね。あんたも来ないしあいつも来ないし」

 ああ、申し訳ない。仕事を抜け出して着たぼくとしてはこの時間に来るのが精一杯だったのだ。それにしても看護婦さんは今日のレプリカで集まる企画に対してちゃんと準備して点在して座ってる人達にも声を掛けて廻ったみたいだ。こういうことをやるからぼくらはこの人に子分呼ばわりされても何も言い返せなくなってしまうのだった。

 そしてそのせいか今日は応援がまとまってるような気がした。それをサポートする手拍子も大きい。おお、やはりいい雰囲気だ。そのいい雰囲気がそのままピッチにいる選手に伝わったようで今まで見たこともないようなアグレッシブな攻撃をした。前を追い越す動き、パスワーク、積極的な守備、裏を狙う動き、下田のスーパーセーブ、寿人の2ゴール、服部のシュート、浩司の前線での動き、それら全てが素晴しかった。0-2というスコア以上の満足感があった。とにかく今日は負ける気がしなかった。勢いがあった。この素晴らしい雰囲気はゴール裏から始まった。

 試合後最前列に集まる紫の人だかり、選手と一緒に勝利を祝う。この幸せな瞬間。サンフレッチェを応援しててこんな幸福な時が何度あったろうか。いや、ここまでG裏に一体感が出て勝利へと皆が一つとなったのは初めてだろう。だからこれはぼくら関東サポーターにとって特別な意味合いを持った勝利だった。

 帰りしな、広島から来てた知り合いの家族連れがいたので話した。

 「どうですか、関東の雰囲気は」

 「いや、いいですねえ。ホームより全然いいですよ。はっきり言ってホームは応援が分裂してますからね。今日は本当に来て良かったですよ」

 ぼく自身もこの試合に来たことが何よりも貴重な体験となった。アウェイ・G裏の雰囲気、チームの一体感、何かブワッと湧き上がるような氣を感じた。客も多かったし、花火も観れたし・・・って、あれっ、花火嫌いじゃなかったんだっけ。

2006年7月28日 (金)

オーストラリアの壁

2006.7.27       女子代表 日本vsオーストラリア

 うわあ、またしてもオーストラリアに煮え湯を飲まされた。男子のW杯でのふがいなさとは違いなでしこジャパンはちゃんと攻めてた。それでもオーストラリアの壁は崩せなかった。がんばったんだが、残念だ。

 正直ボールに対するテクニックは日本の方がある。ただゴール前でのシュートに持ち込むまでのスピードというか思い切り良さがない。これはどのカテゴリーを観ても日本に共通する特徴だ。一体なぜなんだろう。

 サッカーをやっててどこのポジションがいいってFWに決まってるだろう。もしくは攻撃的MF。なのに国際舞台ではてんでシュートの意識が低いように見えるのは指導の内に矯正されてるんだろう。これも学校体育の影響だ。つまりは個よりもチームを優先する。得点を取るよりもパスをつなぐこと、もしくはシュートを打つまでの過程を大事にする余り肝心のシュートを打つというプレーが身勝手な風潮になってる気がする。これはぼくの思い込みなんだろうか。

 そういう疑問を抱きつつも彼女たちはよくやったと思う。ほとんどがアマチュアの選手でしかも練習環境も整ってない。そういう中でもよく中国に勝つとこができた。逆にだからこそオーストラリアにも勝たせてやりたかった。大体日本のマスコミはどのスポーツにおいても国際試合で勝てば大騒ぎするが負ければ黙殺しようとする。それでいてあの競技はダメだというレッテルを貼る。そんなんで強くなる訳ないだろ。そもそもこの代表レベルになってやっと練習環境が整うという劣悪な環境にいる。そういうのを改善しない限り日本のスポーツが発展するとは思えないのだ。

 とはいえオーストラリアも多分アマチュアだろう。しかもサッカーのトップリーグのAリーグができたのもつい一昨年の話だ。それなのにあんなに強い。一体何が違うんだろう。ああいった国にぼくも一度は行ってみたい。でもぼく飛行機嫌いだし英語もローリング・ストーンズの歌詞ぐらいしか分からないんだよな。

2006年7月27日 (木)

生きる道

2006.7.26       サンフレッチェ広島vsヴァンフォーレ甲府 広島ビッグアーチ

 甲府には勝てるだろう。そういう弛緩した空気があった。直接聞いた訳でもないがネットを観ればそんな気がするのだ。だけどぼくは正直甲府は嫌だ。それもこれも2003年のJ2で対戦した時の経験からだが。

 その甲府との試合結果は1-3。酷い。どうしてこんなことになるのか。このところの失点の多さは尋常じゃない。ムカつく、お前らプロかよ。そして甲府の2点目は茂原だ。何でうちにいる時はちっともシュートが枠に行かなかったのに甲府では入れるんだよ。まあ得てしてこういうものだ。レッズなんかも弱い時期は移籍した選手が移籍先で活躍するという例が多かった。結局弱いチームは選手が活躍しないということだろう。

 しかし、茂原の場合在籍時も活躍してた。パスの精度がないことを除けば十分チームの戦力になってた。それが小野が何を血迷ったか茂原をスタメンから外してしまいそれと共にチームの成績も下降線を辿る。やっぱり小野は監督として無能と考えると共に茂原は必要な選手だったと再認識させられた。

 それにしてもぼくもペトロビッチが初戦の名古屋戦で勝利したことでもう安泰だと勘違いしていた。考えてみればぼくはペトロビッチの何を知ってる訳でもない。だから新しく来た指揮官というだけで期待してしまった。まあそこには小野よりマシだろうという読みもあったのだが。

 そう考えるとやっぱり小野の方が良かったということになってしまう。マズイ、勝ってもらわなければ。頼むから勝ってくれ。いや、よく考えたらどうしようもなくなったら望月がいる。あのエンターテイメントの欠片もないが勝ち点を拾えるサッカー。もしかしてサンフレッチェの生き残る道はそんなのしかないのだろうか。

2006年7月26日 (水)

甲府の過去、現在

2003.10.11      ヴァンフォーレ甲府vsサンフレッチェ広島 小瀬陸上競技場

 甲府は嫌だ。そんな固定観念に襲われたのはとりもなおさずJ2での経験があるからである。2003年、我がサンフレッチェ広島は甲府に苦しめられた。特にアウェーでは2度の対戦で1度目は負け、2度目は引き分けという結果に終わりかつことができなかった。あの小瀬のスタジアムはどこか勝てない雰囲気がある。

 あの年甲府はもはや使い物にならないと思われてた小倉が加入した。誰もが小倉なんてと軽く見てたがこれがなかなかの曲者だった。少なくともサンフレッチェにとって厄介な選手だった。あの2002年最終節、札幌でゴールを決めてププッと笑いながら走った光景。今でも忘れられない。あいつのせいでJ2に落ちたんだ。小倉めえ、今度こそ叩き潰してやるぞと息込んでやられるのはいつもサンフ、そんなイメージがある。少なくとも甲府で観た小倉はポンコツではなかった。むしろクソ憎ったらしい相手の主力であった。

 小瀬では1回目はカズがゴール前でこけてその隙に失点してしまった。そして2回目となる小瀬の試合にぼくは乗り込んだのだった。うちからはそう簡単に行けない。なので車で乗り合いで行くことにした。関東に住む広島サポーターは各自近場で乗り合いをして行ける人を探してたが、ぼくはひょんなことから近場で車を出す人を見つけたのだった。

 ぼくは運転が嫌いだ理由は簡単、下手糞だからだ。だから車はあるものの遠出の運転となるとあまり自信がない。このぼくのドライビング・テクニックのセンスのなさはちょっとしたものである。免許を取って10年以上経つのに未だに車庫入れに5分も時間を掛けてしまう。高速では100Km以上恐くて出せない。車間距離を取りすぎてすぐに割り込みをされてしまう。そう、ぼくは運転に関してはトロイのだ。だから広島フットボールに乗り合いで行く人を探してる書き込みを見つけた時には渡りに船だった。ぼくは早速その彼にメールをおくったのだった。

 その彼、Hさんは案外近場に住んでいて調度良かった。そしてぼくが連絡をくれたことを相当に喜んでくれた。いやあ、そんなに喜んでもらえてと照れるとこなんだが実際のとこは先に述べたような理由が本音の半分あったのだった。

 しかし、そのHさんとはそれ以来観戦、飲み仲間となっている。結局関東でサンフレッチェを応援してる人を見つけるなんてこういう地道に一人ずつ見つけていく作業をするしかない。試合は引き分けに終わり負けたのと同じような思い空気で帰ることになったがぼくがHさんと小瀬に行ったのは意義のあることだった。

 Hさんは帰りの車内で話した。

 「今年は前回ここに来たんですけどね。一人で車で来たんで帰りは負けたショックで虚しかったですよ。いやあ、帰りの運転は辛かったな」

 そしてその後小野監督の悪口大会となるのだった。そういえばあの頃からぼくは小野監督のことボロクソに言ってたんだな。

 それはそうと小倉だが現在は引退してTVで解説などの仕事をしてる。今年の『スーパーサッカー』で優勝予想に大穴でサンフレッチェを挙げてくれた。小倉、選手としては憎ったらしかったがサンフレッチェに怨みがあったわけじゃないんだね。いや、ある訳ないんだがいまではすっかり小倉も好きな解説者の一人となってしまったのだった。

2006年7月24日 (月)

これが現実

2006.7.23 親父チームvs親父チーム 近所のフットサルコート

 近所にボランティアの少年サッカー教室がありぼくも親父チームで練習してる内にいつも間にか幼児クラスの手伝いをするようになってしまった。それで学期末なので親子サッカーと称して全学年一緒に練習をしその後にスイカ割りという企画が行われた。その間親は空いたコートで試合をやる。ほとんどのお父さんは普段ボールを蹴ってるわけじゃない。まだ周に1回練習してるぼくのほうに部があるというものだ。6対6の試合でぼくは楽勝すると思ってた。が、結果は1勝2敗。しかもその1勝は弱いからと助っ人を入れてもらってのものだった。ぼくは毎週練習に参加してるだけですっかり上手くなった気分でいた。もしかしたらサンフレッチェの試合を観てる時ぼくだったらこう動くのにという考えを持ってたがそれは全て妄想だったのかもしれない。実際にぼくがピッチに出てぼくの頭で考えてるプレーをするとスタンドから猛烈な罵声を浴びるかもしれない。そしてそれはぼくがふがいない選手に向ける罵声よりもっとすざましいものになるかもしれない。いや、もしかしてその逆で全く相手にされないのではなかろうか。例えば上野がどんなプレーをしようともぼくらはあんなもんだろと諦めるようにぼくのプレーには苦笑いをされてお仕舞いかもしれない。いずれにしても悲惨だ。

 気温のせいかプレイの後には身体が動かなかった。つまりは一杯一杯ということだ。ぼくも子供たちの手前かっこいいとこを見せようとしてたのだ。だが子供たちはピッチの方には目もくれずスイカ割りのスイカをむさぶりついてた。そう、子供達にとって大人のサッカーのプレーよりスイカの方がよっぽど大事だったのである。

 何たること。ちゃんと大人のプレーを観て参考にしなきゃいけないだろ。そんな苦言の一つも言いたいとこだが子供達はとっくに分かっていたのである。大したことないと。ああ、ぼくはせめて子供達の前ではかっこいいプレーをして尊敬を集めるつもりだったのに。

そんなぼくはふらつく足で子供達のとこに歩くのだった。余りもののスイカをお裾分けしてもらう為に。

2006年7月23日 (日)

悲観はしない

2006.7.22       サンフレッチェ広島vsジェフユナイテッド千葉 広島ビッグアーチ

 土曜の夕方、ぼくは本当にもどかしい時間を過ごしてる。中継をやってるTVはないし試合の経過を知りたければネットで調べるしかない。だからぼくはこの時間クリックの嵐を行うのだ。クリック、クリック、さあ、サンフレッチェに点は入らないか。しかしぼくの期待とは裏腹に相手の方ばかりスコアが動いていく。確かに2ゴールは決めたみたいだ。だけど4失点って何だよ。素人が試合やってるんじゃないんだから。もうちょっと1点の重みを感じてくれよ。

 ぼくは絶望に打ちひしがれる。前節勝ったことですっかりもうこれからは勝ち続ける気になってた。甘い、甘かった。4-2、これがジェフとの差であった。

 かつてジェフはお得意様だった。2002年のJ2に降格した年など他のチームには勝てないのにジェフにだけは勝てた。それも試合は圧倒的にジェフが攻めていたのに。圧巻だったのはホームの試合でチェ・ヨンスがPKを外して逆にサンフがPKを貰い久保が決めたやつである。あれは本当に相性だけで勝ったような試合だった。その相性も1年間J2で過ごしてる間に変わってしまったようだ。オシムがそんな相性も吹き飛ばすくらい良いチームへと進化させてしまった。もはやジェフには運で勝てないということだろう。

 それでも2点取れただけでもいいとしよう。そういえばぼくらがノスタルジーとしてずっと抱いてるヴァレリーのサッカーだって決して勝ってたわけじゃない。点は取るけど失点も多かった。その分若手の起用をしたりワクワク感があった。青山や柏木を積極的に使うとこに似たものを感じる。ここはこの1試合でとやかく言うのは止すとしよう。

 でも他会場でも松下がバーに直撃するシュートを打ったりしてるのを知るとやっぱり若くて有望な選手はいたんだなという気がする。育成下手な監督のせいで損失は計り知れないな。サンフレッチェだけでなく日本サッカー界全体の損失だったんじゃないだろうか

2006年7月21日 (金)

青山の光

 朝『エル・ゴラッソ』を買いに行く。本当は昨日読みたくてコンビニに寄ったのだが金曜じゃないことに気付いた。とにかく早く名古屋戦の記事が読みたかった。まあ1日空いた分詳しい記事になってるだろうという期待を込めてページを開いた。7ページ目にやっと現れた。記事はその紙面の4分の1。たったこれだけかよ。下位同士の対決なだけに注目されない試合だったのが分かる。

 とりあえず採点表。全ゴールに絡んだ寿人の7.5は当然として目を見張るのが青山の7.0だ。初出場ながらも監督の期待に大いに応えたようだ。

 この青山の活躍はぼくに光を与えてくれた。今まで何人のルーキーが活躍もなくチームを去っただろうか。小野監督になってからというものまるで焼き畑農業のように選手が入れ替わったような気がする。元々金がないから自前で選手を育てるというクラブじゃなかったのだろうか。下田や服部や森崎ツインズや駒野はそういった選手だ。やはりそういった選手こそチームの顔になる。青山がこのまま順調に試合で良いパフォーマンスを見せてくれると新しいヒーローが現れたことになりぼくらはますますペトロビッチへの信頼感を増すことになる。今になってみれば今シーズン勝てないで小野が監督を辞任せざるを得ない状況になったのは災い転じて福となしたのではなかろうか。この監督なら若手を上手く伸ばしてくれるような気がする。というかそういう錯覚をぼくのような遠隔地にいるサポーターに抱かせてくれるだけの存在感だけでもありがたいものだ。

 そういや前監督の小野だがオシム監督の新生日本代表のコーチからは外れたみたいだ。まあコーチとしてはそれなりの人かもしれないがオシムの下で勉強するなら監督に向いてる人がいいと思ってた。代わりに大熊が選ばれたみたいだが色々と批判も言われるがよっぽど適してる気がする。

2006年7月19日 (水)

雨上がりの夕方

2006.7.19 J1第13節 名古屋グランパスエイトvsサンフレッチェ広島 瑞穂陸上競技場

 激しい雨が降っている。今日はW杯中断明けの初戦。よりによってこんな日に降らなくてもいいのにと思いつつもJリーグの試合日は雨が多いような気がする。だからこそスタジアムには屋根を付けて欲しいがそうすると金も掛かるし芝にとっても良い影響はない。ただヨーロッパのスタジアムなんて屋根が付いてること多いが芝の管理はどうやってるんだろう。それはいつも不思議に思うのだった。

 思えばぼくが雨が降ってるのにスタジアムに観戦に行くようになったのはいつからだろう。2003年のJ2湘南戦ではなかろうか。春の肌寒さの中突風が吹き横殴りの雨が襲いかかってきた。それでもスケジュールの合う時行ってないと今度はいつ行けるか分からない。ほとんど脅迫観念でスタジアムに向かった。

 平塚競技場はG裏を閉鎖しておりバックスタンドでの観戦となった。ほとんどの者がカッパを着て荷物は1階のロッカーに置いていた。そんなとこに置きっ放しにしても人が少ないこととそもそもこんな大雨が降ってる日にJ2の試合を観に来る人なんてロクな持ち物がないことから誰も盗難への心配はしてなかった。

 あの時はもう寒さと視界の悪さに自分でも物好きを感じてしまったが応援してる人の中にはカッパなど着ない人もいた。そこまで気合が入ってるアピールなんだろうがぼくにはそこまでやる根性はなかった。

 果たして今日はあの時のような天候なのだろうか。名古屋なので想像の範疇でしか考えられないがとりあえず関東では夕方になり雨は上がった。どこかからそういった情報を仕入れる手段も明日『エル・ゴラッソ』まで待たなければならない。ぼくはサンフレッチェの試合がある日はまるで誰かの手術の結果を仕事先で待ってるような心境だ。そしてその結果はいつも失敗に終わるのだが今日は成功したらしい。そう、サンフレッチェは勝ったのだ。ウェズレイ2点、寿人1点である。まあ失点も2点やったが勝ちゃあいいよ、勝ちゃあ。ぼくはこの結果をネットをクリックする時の緊張感、やっぱりこれって他にない気がする。きっとこんなぼくを他人が見たら眉をひそめるんだろう。

 それにしても、ペトロビッチになって初戦を勝つことができた。これでこの監督だったらもう大丈夫という空気をぼくらが持つことができる。そして残留争いから抜けた訳でもないのにもう上を目指すことしか考えてない。まあJリーグの場合去年の大分の例もあるし何かのキッカケで連勝を重ねるということは多々ある。だからぼくはそういう良い流れのキッカケはペトロビッチだと思うのだ。

 いずれにしても小野監督には幻滅ばかりさせられた。勝つイメージが湧かなかった。その差は大きい。ぼくらが観戦する上で最初から期待できるのとできないのでは大きく違う。やっぱり監督代わって良かった。

 それにしても、今日は玉田に点取られてしまった。またかよと思ったが、こういうスピード系、しかもW杯で得点して注目されてる選手に弱いのだけは監督代わっても変らないようだった。

2006年7月17日 (月)

ホームの雰囲気

2006.7.16 J228節 柏レイソルvsヴィッセル神戸 柏日立台スタジアム

 曇った空を覆いつくすように闇が訪れ照明がスタジアムへ照りついてるのが外からよく目立った。その照明の光を求めるように黄色いシャツの人々がスタジアムに歩いて行った。別にどちらの応援をしてる訳でもないぼくはアウェイのゴール裏の席のチケットを購入した。が、よく考えたら神戸には茂木弘人がいるのを思い出した。

 J2とはいえ去年までJ1で戦ってたチーム同士のため注目の一戦という雰囲気があった。ただ柏はそのサポーター層の質からいってそれ程殺伐としてない。色々と問題行動の多い柏サポーターだがそれがごく一部の人間だというのはスタジアムに来てみれば分かる。そういう意味では柏サポーターもそういう一握りの人間によって変なレッテルを貼られてるのは気の毒ではあった。

 スタジアムに入る。ぼくのチケットはアウェイのはずだったがゴール裏自由席なので柏エリアに座っても問題ないようだった。たまたま空いてる席があったのでぼくはそこに腰を落とした。入り口付近の端の席である。

 試合が始まる。ぼくが期待してた茂木はベンチだった。さすがに未だノーゴールというのがアピールポイントに欠けるのだろうか。ただスタメンの平瀬などにしてもそれ程のインパクトは与えていない。この選手ももうピークは過ぎてしまったんだろうか。

 柏も決して悪くはないがこのチームの悪癖、バタバタ倒れる癖により神戸は不必要なファールを取られてしまった。お陰で前半終了間際に退場者は出すしFKからの失点は受ける氏で踏んだり蹴ったりである。ただ必要以上に抗議することなくプレーへ打ち込んでるのは評価できた。それだけに柏のあの必要以上に倒れたり痛がったりする行為には殺意を感じたがあんなのに笛を吹く審判も審判だ。あんなの海外じゃ絶対に笛は吹かれないだろう。

 だが後半になると茂木は登場した。1点負けてる状態だから得点を期待されての起用だ。さすがにストライカーらしい動きはして何度も柏ゴールを脅かすのだがこれがことごとくゴールに入らない。何であそこまで行くのにゴールが決まらないのだろう。やっぱり小野が干してたのは正しかったのかと思うと悔しかった。

 ぼくの後ろの席では柏サポーターと思われる2人組の会話が聞こえる。あの神戸の11番って誰だ。あれ茂木じゃないか。神戸もいい選手揃ってるよな。

ああ、茂木のこといい選手と言ってくれるんだね。それなのに何で点とってくれないんだ。結局その決定力の差が出て30というスコアで終わってしまった。この試合だけで判断するのもどうかというのもあるが神戸の今年の昇格は厳しいかなという気がした。もっと1点の重みを感じないとあんなにチャンスを逃してたら勝てるわけがない。どこかゴール入らなかったけどそれまでの動きは良かったと言い訳してるようだった。

 ぼくは席を立とうとした。隣りでは年配の男がビール片手に喜んでる。そしてぼくの前ではバレーボールの栗原恵みたいなかわいい女の子が一人でその勝利の余韻に浸ってた。そして当然勝利に大声で称えてるサポーターもいる。柏って本当にこの町のクラブという雰囲気がある。ぼくはこのクラブはJ2に落ちたら潰れるのではと思ったがそんなことなかった。一地方クラブとしては立派だろう。果たしてサンフレッチェのホームにはどんな雰囲気なんだろう。普段ホームの試合行かないから分からないんだよな。

2006年7月16日 (日)

決意表明

2006.7.15 JOMOオールスターサッカー J-east vs J-west

 ぼくはこのアールスターサッカーというものを一度も観に行ったことがない。かつてはオールスターとは別にJOMOカップなるものがあった。外国人選抜vs日本人選抜で国立競技場で開催されてたのでそちらは一度だけ行った。バッジョとレオナルドがゲストで呼ばれそれなりに楽しめた。が、それはJリーグに大物外国人選手がいなくなってることも意味した。そして選手の年棒が高騰した今やとてもじゃないが世界的な選手を獲得できるJクラブはなくなり結局大会として成り立たなくなってしまったのがJOMOカップがなくなった経緯だ。でも1年に2回もイベント試合は多過ぎたのかもしれない。

 いずれにしてもこういう寄せ集めチームで興行的な試合をする場合個人の技術というのがより目立ってしまう。例えばストイコビッチなどは毎年目立っていた。連携や約束事が少ない分個人の能力による比重が大きくなる。ストイコビッチはやっぱり凄いんだと見とれたものだった。

 しかし、サンフレッチェの選手がこの大会で活躍した記憶があまりにも少ない。かつて久保がいた時卓越した身体能力を見せて観客を沸かせたがそれだけである。2001年などGK下田が選出されるも交代出場したという実況もなかった。よく観ると点を入れられたのは下田じゃないかという感じでサンフレッチェの影の薄さにガッカリしたものである。ただ今回はW杯出場の駒野がいたので駒野の名前は連呼された。が、クロスの精度が酷すぎた。そして後半から入った寿人は何もやることなく早々とピッチを去っていった。改めてサンフレッチェの影の薄さを感じざるを得ない大会となった。

 折りしもその後引退を表明した中田英寿の独占インタビューの番組があった。日本人選手には試合での決意がないと言ってた。決意、ああそうか決意なんだ。ぼくがいつもサンフレッチェの試合で感じてたヌルさ、W杯での日本代表がサンフレッチェと被って見えたヌルさも全ては決意がなかったことである。駒野も寿人も決意がなかった。お祭りイベントだからこれでいいというなら最初から出なければいい。それだってストイコビッチは魅せていたんだから。

 中田は足が痛いとか言ってそれを強調するように練習中治療するんだったらやらなければいいとコメントした。その時点で身体が完全じゃないからしょうがないですと言い訳してるようなものだと。確かにそうである。ぼくも自分でプレーする時は痛いとこも調子の悪さも漏らさず全力でプレーしよう。といってぼくのようなレベルでそんなことすると却って身体を壊してしまう。やっぱり程度をわきまえて今日はカレーを3杯食ったので動けないですなどと公言しといた方が良さそうだ。

2006年7月15日 (土)

ジニーニョ帰国

 ジニーニョが帰国してしまった。今期ロクに試合に出場してないのでしょうがないといえばしょうがないが1億4千万も出して保有権を買ってこれかよ。去年の活躍があればその値段も決して高くはなかったんだろうが買った途端にダメになるってどういうことだ。やっぱりジニーニョもブラジル人特有のイカサマ根性を持ってたんだろうか。

 怪我もあったんだろうが今シーズンはパッとしなかったジニーニョ。何気にブラジルに帰ったらまた活躍しそうな気がする。まあブラジル色を薄めるというのはいいことかもしれないが。

 ぼくは何もブラジル人を差別する気はない。だがサンフレッチェには合わないと思ってたのだ。外国人枠にブラジル人を持ってくるんなら他のチームと変わりはしない。昔の東欧系こそがサンフレッチェのイメージだ。黒人連れて来るんだったらミゲルのようにポルトガル辺りがいい。いや、ミゲルはちっとも役に立たなかったが。だったらアフリカになるがカメルーンのビロングのような。いや、ビロングこそ戦力にならなかった。となるとやっぱりブラジルって手堅いんだな。それだけに各チームブラジル中心にならざるを得ないんだな。

 それにしても人間の記憶なんて実にいい加減だからぼくは半年しかいなかったのにオレグについては美しい記憶がある。しかし1年半、しかも去年1年はスーパーだったジニーニョに関しては今年のダメっぷりから美しい記憶よりも失望感の方が強い。従ってオレグの方が能力が優ってたと感じてしまうのだ。実際にはどちらが凄いかなんて測る方法もなければそんな意味もないだろう。どちらも高いレベルにあるのは間違いないんだから。

 華麗な選手だった。そういうイメージがある。去年守備が安定したのはジニーニョの貢献は大きい。それだけに今年のパフォーマンスは肩透かしを食らった感がある。

 ただどうなんだろう。ぼくはここにきて盛田が非常にいいような気がするんだ。安定した守備に正確なフィードを持ってる。それでいて八田や西河や吉弘を使っていかないといけないと考えるとDFは日本人で固めていいのではなかろうか。現時点においてもこれらの若手の出場のチャンスは限られてるわけだし。

 ということでジニーニョの帰国は致し方ない面もあるだろう。ただ、できればそれならシーズン前完全移籍する前に契約解除して欲しかった。といってそんなことしてたらしたでぼくは何でジニーニョと契約しなかったんだと大避難を浴びせるだろう。つくづくたちの悪いサポーターだと思う。でも後になってサポーター同士話する内容なんてそんなものだ。ずいぶん身勝手であるがぼくらはそれを楽しんでるんだからしょうがない。

2006年7月14日 (金)

ペトロビッチの力量

 ポストに入ってたのはファンクラブ用の封筒だった。中には後期日程表が入ってる。同封されてた試合告知のチラシは対千葉戦にむけてのものだ。「この対決は見逃せない」と銘打っていてそこには駒野、寿人、ペロトビッチ監督の写真が載ってる。そこで双子の顔がないというとこにぼくは一抹の寂しさを感じたのだった。 

 ただオシムつながりという意味で本当にこの対決は見逃せない。日本代表監督となったオシムの弟子vs息子の対決ということだろうか。果たしてどちらが正当なオシムの後継者か。と言いたいとこだが世間はこんな話題にはちっとも触れていない。まだ期間がからかもしれないが直前になっても事態は変わりはしないだろう。日本代表監督就任が決まって急に注目されるようになったオシム。今頃になって『オシムの言葉』が売れてるらしい。これ程の名将を今頃になって騒ぐのにため息が出てしまう。

 まあそれはいいとしてオシムの元でコーチをやってたというペトロビッチにぼくは大きな期待を抱いてた。それがトレーニングマッチで勝てないのだ。アビスパ福岡との試合には2501というスコアで負けてしまった。いくら何でもこれじゃマズイ気がする。本当にこの監督救世主になるのだろうか。

 しかしそれでもぼくはもう残留争いをしてることなど忘れてしまってる。そして前田俊介は試合に出れるだろうかとか寿人や浩司は何点取れるだろうかということばかり考えてる。これはもうペトロビッチが来たというだけで勝手に降格はないと思い込んでしまってるのだ。ぼくはペトロビッチのチームを観たことがない。それなのにもう大丈夫なような気がしてしまってる。それ程オシムのブランド力は大きいということだ。

 ということはぼくも日本代表オシムとか騒いでるマスコミと同じではないか。でもぼくの判断なんてネットや『紫熊倶楽部』の情報しかないんだからしょうがない。誰も始まる前に悪いようには書かないからな。

 とりあえず、今言えることは早く試合が観たいということなのだった。

2006年7月10日 (月)

哀しい現実

2006.7.9 W杯決勝 イタリアvsフランス ミュンヘン

 この対戦は微妙である。どちらも強豪国であることは確かだが同じEU圏内の国同士。ぼくは南米vs欧州、もしくは開催国ドイツ、もしくはポルトガルのような初の決勝進出した国の対戦を期待してた。これはTVの前で試合を観戦する一視聴者のわがまま身勝手な感想なのであるが。

 しかしこの試合のハイライトは何といってもジダンの退場だ。延長戦の残り数分のことであるがジダンはマテラッツィの胸を頭付きをしてしまった。その頭付きはパワーに溢れていてマテラッツィはさぞ痛かっただろう。ジダンの最後の試合としては寂しい終わり方だと解説してたがその割にはしっかりとその場面の映像を何度も流していた。何気にTV局としてみれば面白い映像としていいネタになったのではないだろうか。

 ただぼくとしては観てるうちに段々とフランスの見方になった。それは圧倒的に攻めながらイタリアの巧みにかわす試合運びに憎たらしさを感じたからだ。憎たらしい、憎たらしい、そう、イタリアは本当に強いのだ。そして最後のPK戦でも5人キッチリ決める辺りも憎たらしかった。

 イタリア優勝、そしてW杯は終わったのだった。これで普段サッカーなんか観ない癖に知ったか顔してサッカーをしる輩もいなくなる。わざわざドイツまで行ってイングランドやドイツやイタリアのレプリカを着る日本人もいなくなる。売れたかどうか知らないが書店に並んだW杯関係の本もなくなる。サッカーが世界的スポーツであることに目を逸らしたいが為に日本代表の不甲斐無さをネタにサッカーを揶揄する輩も別のネタを探さざるをえなくなる。そしてTVはまたサッカーなど存在しないかのようにサッカーの映像が消えてしまう。そしてそれらは良いこともあれば悪いこともある。が、それらのほとんどは良いことなのだった。

 ぼくはTVでサッカーを放送すればそれは嬉しいがこうもサッカーの放送が多いとぼくは日常生活を営むことが困難になってくる。これなどは普段からサッカーの放送があればぼくも慣れてしまって別に観なくてもいいような気がするが普段放送されない分サッカーの映像が貴重に思えてしまう。それが故ぼくはサッカーの放送があると絶対に観なきゃいけない強迫観念に駆られてしまうのだった。全くいい迷惑だ。

 といいつつこのぼくもサッカーを初めて観たのはフランスW杯。それ以来サッカーにドップリ漬かってしまった。結局誰でも最初はニワカと呼ばれる存在であるんだ。そしてちょとでも詳しくなると周りをニワカと自分を高みに持っていってしまう。そして一般人には煙たい存在となってしまう。ということは・・・ぼくも周りから煙たがられてるということだろうか。

2006年7月 9日 (日)

GKの国

2006.7.8 W3位決定戦 ドイツvsポルトガル シュトゥットガルト

 3位決定戦というのはモチベーション的に難しい。選手にとってはそうだろうがこれは興行的にはしょうがないものである。ただドイツのような開催国にとっては優勝はできなかったけど最後に試合を見せるという意味ではいいのかもしれない。

 そういう試合でやっとカーンが出てきてくれた。レーマンもいいけどやっぱりカーンだ。存在感が違う。そしてカーンも控えGKとは思えない安定したセーブをしていた。こんなに優秀なGKのいる国はそうもないだろう。やっぱりサンフレッチェに通じるものがある。

 ただサンフレッチェの場合下田の後のGKがいない気がする。佐藤昭大じゃ物足りないし。そう考えれば今やコンサドーレ札幌で正GKとなってる林卓人こそ下田の後継者だったのかもしれない。といって控えでずっとチームにいるのも選手としては飼い殺しもいいとこなのでしょうがないことではあるが。

 そういえば初代GKの前川は今広島にいるらしい。何でもジュニアの指導をしてるらしい。こんな元代表選手から指導を受けられる子供なんて幸せだが本人達は何も分かってないだろう。ただ、GK出身のコーチというのは少ない。そりゃそうだ、試合してる時ピッチ上に2人しかいないんだから。だから少年サッカーではGKを軽視する傾向にあるのもしょうがない。

 前川、下田に続くGK育成の土壌は整えられている。広島にはGKが育つ何かが元々あったのだろう。そしてこの2人に共通なのがキックの精度がないこと。だから前川よ、くれぐれもキックだけは少年に教えないでくれなどと思うのは余計なお世話なのだろうか。

2006年7月 8日 (土)

広島の心

 たまたま休みが合ったことでサンフレッチェ応援仲間の女性と新宿で待ち合わせをした。何でも赤坂にマッサージに行ったらしいが肩こりさえしないぼくとしては何でそんなものに金を掛けてやるのか到底理解不能だった。そしてぼくがよく女の人に嫌われる理由がそういうのが分からないことによる気遣いのなさだという。あんまり考えたこともないが友達の彼女にさえ面と向かって言われた時にはさすがに落ち込んでしまった。

 さて、その女性とてもパワフルで居酒屋に入ったのをいいことにいきなり2人も呼び出した。携帯メールとはいえこの人の誘いは強制力を伴ってる。結局4人での飲み会となってしまったが、わざわざ仕事が終わって駆けつけた2人はご苦労であった。そして人数が増えたことにより早い時間に帰るつもりが終電近くになってしまった。というか女性も明日仕事だろうに大丈夫だろうか。ぼくは明日も休みだけど。

 まあそれはいいとして当然のことながらW杯の話題にもなった。何気にみんなドイツを応援していたのはぼくと同じだった。

 「ドイツって意外と強いんですよね。その割りに有名選手がいなくて。バラックなんかもいい選手だけど目立ってる選手じゃないし。どこかサンフレッチェとかぶるんですよ」とSさん。

 「あっ、そう言えばそうですね。優秀なキーパーがいるというのも似てますよね。しかも今回はレーマンでしょ。あの大人しそうな雰囲気も下田と通じるものがありますよね」とぼく。

 「そうでしょ。ブラジルなんかのタレント集団とは明らかにちがいますよね。うちにも寿人がいるけど決してスーパーじゃないじゃないですか。だからドイツなんですよ」

 ああ、そうか。ぼくが知らず知らずの内にドイツを応援してたのは単に昔行ったことがあるというだけじゃなかったのだ。サンフレッチェとイメージがかぶってたのだ。ドイツ人のようにフィジカルはないがああいうサッカーを目指さなければならない。だとしたらやはりセレーゾじゃなくて東欧のペトロビッチが来たのは正解だったのかもしれん。

 その後ぼくたちがサンフレッチェを応援していく内に出会ったエピソードを話し合った。そう、ここにいる誰一人としてサンフレッチェが存在しなかったら知り合うことのない人達だった。

 「でもぼく思うんですよ」Sさんが切り出した。「サンフレッチェ広島ってスポーツチームで唯一広島が付くチームなんですよ。だからもっと巻き込むことできると思うんですよね。あれだけスタジアムで広島と叫ぶんですよ。広島出身者というのは広島というものにプライドを持ってるじゃないですか。そこをアピールしていきたいですよ」

 そう、ぼくも広島じゃなきゃサンフレッチェを応援しなかっただろう。特にサッカーは熱くなる。そして昔は一人だったが今こうして仲間がいる。まだまだ関東でサポーターを増やす余地はあるというものだ。がんばろう。

2006年7月 7日 (金)

気ままなサポーター

2006.7.5 W杯準決勝 ポルトガルvsフランス ミュンヘン

 この試合の前、ぼくはポルトガルの勝利を予想してた。別に意味はない。ただポルトガルの方が強そうな気がしたからだ。だが勝ったのはフランス。しかもジダンのPKが決勝点。GKリカルドはよく反応してたがわずかに取れなかったという感じである。

 ポルトガルにもチャンスはあった。C・ロナウドのFKの跳ね返りに当てたフィーゴのヘディングはかなり悔しい場面だ。あれさえ入ってれば試合は分からなかった。ということで試合はかなりの僅差で決まった。

 このレベルになるともう1点入れるのが至難の業である。まさに選手の技量、踏ん張り、監督の戦略などがあるがそれ以上に運もある。そういう際どいものを制したチームが勝ち進めるのである画どうもこの辺が日本では常識となってないような節がある。

 例えば日本代表のオーストラリア戦。6分の間に3点も取られたチームはないだろう。そしてブラジル戦も前半のロスタイムにアッサリと同点にされた。あれなどは1点の重みを感じてない証拠だ。いや、選手もプロなんだからそれくらい分かっているはずだが日本の文化として分かってない気がする。だから点の取られ方が軽い。

 これは日本のサッカーの歴史が浅いことの象徴だろう。サッカーというものが血肉化してない。少なくともW杯で優勝争いをするような国はサッカーが血肉化している。確かにオーストラリアやアメリカなどのような国でもある程度の成績を収めたが日本と対戦したクロアチアとセルビア・モンテネグロなんて内戦で明日の生活さえも分からないのにサッカーの練習をする選手がいた。いつか戦争が終わって再びプロとしてサッカーをプレーできることを考えて。そういう国とは明らかに違うだろう。

 こういうのは日本のサッカーの歴史が浅いのでしょうがない。しょうがないのであるがせめてプロであるJリーグの選手はそれをピッチで魅せて欲しい。というかサンフレッチェの選手だ。

 開幕時寿人がコメントしてた。あんなに簡単に失点してしまうと勝つことなんてできない。コンスタントに得点してた寿人だから言えるセリフだが的を得ている。

 サンフレッチェの選手も今回のW杯は観てるはず。1点の重みを感じて欲しい。1点で試合が決まる。1点で天国と地獄が分かれる。かといって望月の超守備的サッカーは御免だ。まだ失点はしててもヴァレリーの超攻撃的サッカーの方が面白かった。あれ、さっきと言ってることまるで違うような。結局サポーターって我侭だな。こんなサポーターに付き合わなきゃいけない選手、やっぱり大変だなあ。

2006年7月 6日 (木)

ドイツ敗北

2006.7.5 W杯準決勝 ドイツvsイタリア ドリトムント・ワールドカップスタジアム

 散々ドイツ人のこと嫌いだと言いつつドイツの試合は全部HDDに録画している。それなのにテロップに余計な文字が。

北朝鮮日本海にミサイル発射。

本当に余計なことをしてくれた。せっかく保存版にしようと思ってたのに。だがここで自分がドイツ勝ち進むことを期待してるのに気付くのだった。散々嫌ってたドイツ人であるが大会前誰も監督をやろうとしなかった経緯から伺えるように決して戦力は整ってなかった。それが若いポドルスキみたいな選手が活躍して中盤の選手がミドルシュートを決めるというのは何とも力強くて逞しく観えた。単なる強い者を応援してるだけのようだがやっぱりそこは1ヶ月も過ごした国だからそれなりに思い入れができてしまってたみたいだ。

しかし、試合は延長戦のロスタイムに2失点という形でイタリアに勝利を譲ってしまった。誰もがPK戦と思ってただろうがまさに悪夢のロスタイムだった。これを思えば日本が6分で3失点したのもしょうがないことのように思える。まあ次元の違う話なのは十分承知だが。

そして衝撃的だったのが2点目がデルピエロということだ。彼はぼくがもっとも好きなプレイヤーの一人。そんな選手に引導を渡された。彼のゴールは嬉しいようでもあり絶望を与えるものであった。ただそうはいってもやはり日本の試合ではないだけにそれでデルピエロが嫌いになることはない。どうせあれを入れないでもイタリアの勝ちは変わらなかっただろう。だったらこの重要な試合で結果を出してくれた方がいいような気もしてきた。

ぼくはその後仕事に出掛けたが、後で分かったのだが北朝鮮は7発もミサイルを撃ち込んだみたいだ。これはもう非常事態なはずなのに日本の社会は何事もなかったように進んでる。2002年のW杯の時も通常に業務は行われた。時々ぼくは日本のどこかの都市に原爆が落とされても関係ない都市は通常の業務を続けるのではという気がする。だからこそ日本は安定した社会なんだろうが何と言っていいことやら。せめてドイツのように日曜はスーパーもデパートも閉まってみんなで休むような社会にならないだろうか。あ、そうしたらコンビニも24時間スーパーもなくなるということではないか。それは困る。

やっぱりぼくも日本のせっかちに働かざるをえない社会の一員になってるようだ。

2006年7月 3日 (月)

カズはどうした

2006.7.1 W杯準々決勝 イングランドvsポルトガル ゲルゼンキルヘン

 イングランドが負けた。それは勝負事なのでありえる話であるがぼくが一番ショックだったのはジェラードがPKを失敗したことである。よりによってジェラードだけは絶対決めるだろうと思っていた。

 ジェラードはとても安定感のあるプレイヤーだ。去年世界クラブ選手権で日本に来た時本当に上手いと思ったものだ。そもそも彼がいなかったらチャンピオンズリーグの決勝もリバプールはACミラン相手に前半に3失点、後半に同点に追いつくことなんてこともできなかっただろう。逆にそのイメージがあるからぼくはジェラードに対するイメージを膨らませてしまったのかもしれない。

 このジェラード、今回のW杯は振るわなかったけどそれでも1点決めてる。中盤から得点にも絡む、まさに中心になるにふさわしい選手。これをサンフレッチェに当てはめるとカズなのだ。よくカズにジェラードを目指せという声を出すサポーターもいる。ぼくもそうなって欲しい一人だ。そのカズが最近練習に参加してるということだ。

 ぼくはもしかしてカズもフェードアウトしていった数々の期待の若手と同じ道を歩むのかと思った。絶対的に中心選手だったのに突如試合に出なくなり練習にも参加しなくなってしまった。原因はオーバートレーニング症候群、何ともハッキリしない病気である。そしてカズのいない試合を観る回数が増えてくるにつけぼくらの脳裏にもカズをメンバーとして計算しなくなってしまった。考えてみたら悲しいことだ。ユース代表では絶対的なキャプテンでもあったのに。ここでぼくはカズのチャントを思い出した。

 俺たちの和幸

 俺たちの誇り

 ああ、本当に誇りだったのに。今シーズンはまたピッチに戻ってきてくれるのだろうか。いや、試合に出るというだけでなくて本来のパフォーマンスを取り戻すという意味において。そしてぼくの脳内にあるジェラードになってくれるのだろうか。

2006年7月 2日 (日)

しっかり者

2006.6.30 W杯決勝トーナメント準々決勝 ドイツvsアルゼンチン 

 この試合を観ているとはるか上の雲の上でサッカーをやってるような気がした。一人一人の選手がピッチを走り回ってる。プレーのスピードが速くとても次元の違うことをしてるのに愕然とするのだった。日本が一次リーグで敗退したのも無理はない。そしてドイツの観客もホームの利を大いに利用すべくスタンドから盛り上げてる。日韓大会のトルコ戦、宮城スタジアムの白けた雰囲気とはまるで違う。結局見に来てる人からしてレベルが違うということだ。

 ただこの試合であらゆる日本に蔓延る誤った認識を暴露することとなった。例えばアメリカ大会や日韓大会でウェーブが起きた時ああいうのはヨーロッパでは起きない、観客も試合に集中してるからだと本で読んだことがある。が、立派にウェーブは起きてた。スタジアムは圧倒的にドイツ・サポーター。ヨーロッパの人間だってW杯のようなお祭りにはしっかりと浮かれるのだ。そういや大学の時、オリンピックなんかで盛り上がるのは日本人だけと言ってた教授がいたがしっかりとドイツではW杯盛り上がってる。オリンピックとW杯は違うということかもしれないがそれだったらロンドンなんてオリンピックの開催決まっただけで大騒ぎしているTVの映像があった。

 それからこちらも本で読んだのだがアルゼンチンの選手は足の裏を使わないということだった。唯一リケルメだけはフィジカルの弱さを克服するために足裏を使いテクニックで補ってるということだったが試合観てるとしっかりみんな巧みに足の裏使ってた。何でもアルゼンチンでは足の裏を使うというのは相手の選手をバカにしてることを意味し報復の対象になりリケルメ程のテクニシャンなら仕方がないと許されるということだった。その割にはドイツよりもアルゼンチンの方が足の裏を使ってるような気がした。そしてその足裏テクがとても上手い。蹴る瞬間に足首を捻り蹴る方向を変えたり本当に巧みである。こんなのは実際にプレーしてみなければ分からないことだが少しでもプレーした人ならぼくのようなレベルでも分かることだろう。

 まああくまでもTVの画面を観ての判断なのでぼくの観測が正しいとは限らない。でも普通に観てて会場がどれだけ盛り上がってるか想像はつくだろう。

 しかし、これだけ盛り上がってるドイツ。さぞサッカーにかける情熱は凄いのだろう。ドイツ代表も熱心に応援するはずだ。そう思ってた4年前。ぼくは鹿島スタジアムにドイツvsアイルランドの試合を観に行った。成田から4両しかない鹿島線に乗りこんだらそこはグリーンのレプリカを着たアイルランド・サポーターの貸切状態。一人が応援歌を歌いだすと車内一斉に歌声が沸きあがる。そんな中ドイツ人が一人だけ立ってて苦笑いをしてた。アイルランド・サポーターもそんな彼に気遣って時々肩を叩いてやったり握手したりしていたものだ。何でドイツ人って試合観に来ないんだろと思ったものだ。

 でもやっぱりドイツ人はW杯に熱狂している。やっぱりドイツ人ってケチなんだな。

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