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ぼくのミュージック・ライフ

  • Songs Remains the Same
    Led Zeppelin: 聖なる館
    数あるレッド・ツェッペリンの名曲の中でもこれが特に好き。この曲はダブルネック・ギターがあったからこそできたような曲でこういう変則的なギターを使いこなしてるという意味でもジミー・ペイジは凄い。ロックの歴史の中で数々のギターを使ったギタリストはいたがこうしてちゃんと曲のクオリティーを保った形で生かした例というのは他にないのではないだろうか。だからぼくはレッド・ツェッペリンのライブではこの曲が一番聴きたい。そういう意味でDVD、CD含めてライブの音源が一枚しかないというのは勿体無い。だからツェッペリンの海賊版はやたらと高いんだろう。 (★★★★★)
  • モータウン・ジャンク
    Manic Street Preachers: ジェネレーション・テロリスト
     ぼくはこの曲を聴いた時はぶっ飛んでしまった。パンクのエモーショナルな躍動感がありそれでいてヴォーカルの高い声。パンクとは一線を引いてるようでその情熱はパンクだった。ハードロックとも言えないその曲調はこのバンドの大きな特徴だった。  元々このバンド、2枚組みのアルバムを出して解散すると豪語してたが結局15年経った今でも活動している。しかもCDは当時より売れて作品の評価も高くなってる。同時期に出たバンドがまるで残ってないことからすると相当に快挙である。それについて本人達ももっともらしいコメントを出すがそれがいかにも洗練されてる。パンク的でありながら教養のある人達だというのが分かる。そのどうしようもなくハチャメチャでありそうでいながら実はごくマトモな人達というギャップが親近感を呼んでる。だからこのバンドの曲は歌詞までジックリと読んでしまう。  しかし、この人達の作品は結構多く全部網羅するのは骨が折れる。この音楽へのバイタリティ、これだけは間違いなく本物だということだ。 (★★★★★)
  • ルイ・ルイ
    Johnny Thunders: New Rose Collection
     ジョニー・サンダースの死後に出たライブ音源とアコースティック・ギターによるスタジオ録音を音源に編集したアルバム。その中でもこの曲とDo You Love Meは圧巻だった。ラジカセで録ったような音源であるが、それが逆に臨場感を出している。分かる人にしか分からないという作品だ。  ちなみに現在このCDが売ってるのかどうか知らない。これだけセンスのある人がこんなカルト的な存在で終わってしまったのは理不尽な気がする。だからこそ好きな人にはよりたまらない存在になってしまうのだ。 (★★★★)
  • ロクサーヌ
    Police: ロクサーヌ
     これが売春婦に関する歌だと知ったのはずっと後のこと。歌詞も分からずずっとこの曲を聴いていた。勿論歌詞を知ってからもこの曲は大好きな曲だけど。  本当かどうか知らないけどこの曲の入ってるファースト・アルバムはわざと下手に演奏したらしい。理由は当時パンク・ニュー・ウェーブのブームの中でスタイルを合わせたということだろう。そしてセカンド・アルバムでは実力に見合った演奏で上手くなったと思わせたらしい。そういわれてみるとファーストでは音数が少ないシンプルな曲が多いような気がする。このバンド、5作しかアルバムがないのだがそういう抜け目なさというのは元から持ってたようだ。5作とも素晴らしく駄作のないバンドだった。 (★★★★★)

ぼくのブック・ライフ

  • トニー・サンチェス: 悪魔を憐れむ歌
    ローリング・ストーンズの暴露本である。現在は改題され『夜をぶっとばせ』になってるがタイトルといいブックカバーといい前の方がシックリしていた。 ストーンズというのはぼくが最も影響を受けたバンドの内の一つだが、ここまで無茶苦茶をやってそしてそれが逆に彼らのダークなイメージにつながった。まさにロック・バンドの典型である。どんなに悪ぶっても彼らのようにはなれないし彼らのような影響力は出せないだろう。 時代をロックと女とクスリと共に駆け巡り気付けば巨大産業に飲み込まれていったストーンズ。作者はそんなストーンズに最後は身も心もすり減らされてしまったらしい。それでも未だに活動しているストーンズはある意味怪物だ。 ぼくとしてはこの本の訳者中江昌彦の翻訳もその場に居合わせたような感覚になるのが良かった。他にも『レス・ダン・ゼロ』などもいい雰囲気を出してた。今まで本なんか読んだこともなかったぼくが高校生の時読んで凄いショックを受けたのをよく覚えてる。当時のブックカバーの最後に「END]という文字が書かれてたが読後その文字が見た目以上に大きく見えたものだ。 (★★★★★)
  • 落合信彦: 第四帝国
     まず最初に断っておこう。これはトンデモ本である。ここに書かれてる内容は根も葉もないことと言っていい。そもそもこの落合信彦という人がゴースト・ライターを使ってマトモに取材してるかどうか怪しい。本人いわくCIAに100人も友人がいるというから情報には事欠かないということらしいがこれではアメリカ政府のトップシークレットがなぜか来るというUFO研究者と言ってることが変わらない。そういえばUFOに関しての記述もこの本ではありオリジナルな展開を見せてるのは興味深かった。  内容はナチス・ドイツの残党が世界各地で暗躍してるというものでヒトラーは生きてる、UFOは実はナチスが造ったというファンタジーが溢れてる。その展開はちょっとしたSFといっていい。  事の真実なんてどうでもいい。ただ単純にエンターテイメントとして読めば何の問題もないだろう。誰も「ゴルゴ13」を読んで事実と違うと言わないだろう。それと同じことだ。  しかしこの人、いかにも事実というように書くのが上手い。文章も簡単でスラスラと読めるので展開のテンポがいいのである。だから知らないうちに読んでしまってるという感じになる。そのスタイルはぼくもずいぶんと参考にさせてもらった。  まあ実際はゴースト・ライターなんだが。 (★★★)
  • ニック・ホーンビィ: ぼくのプレミア・ライフ
     このブログの元ネタとなった本。この本との出合いはサンフレッチェの応援仲間に渡されたことだ。その存在は知ってたものの読む機会がなかったのでありがたかった。  内容はというとアーセナルを応援する著者のその観戦生活といったとこだがこれを読むと結構日本のサポーターもプレミアのサポーターも変わらないとこがあるのがわかる。退屈な、退屈なアーセナルというタイトルには笑ってしまった。なぜなら分かり過ぎるくらい分かる心情だからだ。ぼくもサンフレッチェを応援してて何度同じことを感じただろう。  今やアーセナルはプレミア・リーグでも優勝しチャンピオンズ・リーグでも決勝に進出するような存在。一方ぼくの応援するサンフレッチェ広島はJリーグの1部リーグで常に降格の危機を感じるクラブ。でもその根っこは同じである。海外サッカー好きにはJリーグをバカにする傾向があるがそういう人には分からない内容かもしれない。 (★★★★★)

サンフレッチェの魂~リンク集

  • SANFRECCE Diary
    このブログを読んでる人ならすでに知ってるだろうから今更リンクを貼るのが恥ずかしい気もする。 何せこのサイト1997年から毎日更新してるというのが凄い。 過去の記事などはぼくも参考にさせてもらうことも多い。 継続は力なりというが実際には継続するのに力がいる。 そういう意味でも管理人のせと☆ひできさんは偉大である。
  • ススボウブログ
    自分サッカーやグルメについてのブログということです。 かなり熱心に応援してる方のようです。
  • ひろしま日記&サンフレッチェコーナー
    試合を時系列で紹介したりかなり凝った内容となってます。 現地の様子など行った人でしか分からないことがあり興味深いです。 試合に行った人も行けなかった人も楽しめるのではないでしょうか。
  • ゆみしん徒然の書
    ゆみしんさんのブログ。本当に色んなスタジアムに観戦に出かけて現地の様子をレポートしてます。観戦者視点でそれぞれのスタジアムの様子が分かり現地に行く時の参考になりそうです。
  • Scud Sanfrecce
    MICRAさんのサイト。ここの特集のコーナーは必見。サンフレッチェはなぜ人気がないかという考察については今までに見ない観点がある。是非一度読んでください。
  • ヒロシマ・コーリング
    今そこにある危機。サンフレッチェにはメディアが少ない。その為妙にぬるい記事が目立つ。そんな甘い現状にこのまま放置していいのかという危機感を感じた時発言していく。

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2006年4月30日 (日)

次の日の朝

2006.4.29       横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 昨日の敗戦を受けてぼくにはせいぜい『スーパーサッカー』で試合のハイライトを観ることぐらいしかできない。それでやっぱりあのPKはおかしいと思う。番組もそう感じるのかファールの瞬間はあまり分からないような映像を短く放送してた。その瞬間やっぱり誤審だったと確信したのだった。

 それでもぼくは勝てたと思う。上野に代えて浩司を出せば。仮にそれで負けたならまだ納得がいった。浩司が出て点が取れなかったんならと諦めることができた。サポーターとはそういうものだ。ガチガチに勝利にこだわり過ぎて大切なものを見逃してる気がする。小野監督になってからというものその流れが変わらない。

 ぼくは1年通して織田強化部長にサポーター席で観戦してもらいたいものだ。真鍋広報部長はよくサポーターと一緒に応援してくれたが実際サポーターがどういうメンバーでどういう試合をして欲しいか感じて欲しいと思う。これは勝ち負けの問題じゃない。負けても納得できる試合というのもある。納得はできないけどまあ勝ったからいいやという試合もある。だけど今はそのどちらもない。これじゃあサポーターも増えようがないというものだ。

 今日は近所でサッカー教室がある。ぼくもサッカーの選手としての経験がないものの大人クラスでプレーし、幼児クラスでコーチのお手伝いをしてる。できることなら子供達にはつまらないサッカーはして欲しくない。やってる本人達が勝手に身体が動くようなサッカーをして欲しい。観ている親御さん達にもワクワクしてもらいたい。勝っても負けても楽しかったなと思えるようなプレーをして欲しい。そんなことでしか今のぼくにはサンフレッチェの鬱憤を晴らすことができないのだ。

3重苦

2006.4.29       横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

「何かスタメンを見てガッカリして選手交代でガッカリして結果でガッカリして3重苦だよな」

 試合後Hさんは言った。確かにスタメン発表時何で浩司が出てないんだという声がスタンドでは聞こえた。最近好調で点も取ってるというのに。それで上野先発ってどういうことだ?観てる方が期待を抱くメンバーでないという点では望月も小野と大して変わらないということか。

 そして前半寿人のゴールによりアウェイ・ゴール裏は異様に盛り上がる。防戦一方だったような展開で下田のフィードから角度のないとこからのシュート。まさかあれが入るとは思わなかった。寿人は間違いなくストライカーだ。

 ハーフタイム、ドレッシングルームに下がる途中寿人はサポーターを煽り続ける。サポーターは一層熱がこもり応援の声が強くなっていった。その熱はコアサポの中心地だけでなく他の座って観戦してるサポーターにも伝播していたるとこで手拍子が聞こえた。これまでなかったような光景である。それにより今日は勝てるという雰囲気を感じた。

 しかし、後半の選手交代はエッと戸惑った。戸田に代えて八田。その交代の意味が分からん。まさか守備固めするつもりじゃないだろうな。2点目取るつもりはないのか。相手も全く攻撃に迫力のない相手だったら攻撃に行きやすくなるぞ。というか浩司だろ。出れば結果を出す浩司を何で出さないんだ。そういう空気がゴール裏にどよめいたその時、盛田がマイクを倒したと判定されPK.。松田にキッチリきめられ同点にされた。ハッキリ言ってマイクが勝手に転んだだけでPKじゃない。それだけにまだいけるという雰囲気がありゴール裏は熱を持ち続ける。が、ベンチは動かず。何で浩司を出さないんだ。

 そして今度はマイクの折り返しに吉田にヘッドで決められ逆転にされた。それでもまだいける。浩司をだせよ。せめて同点にして勝ち点1は欲しい試合だったが指揮官は上野のポストと競り合いにあくまでも信頼を寄せているようだった。しかしその期待のどれ一つも上野は応えることができず決定的なシュートの場面でもGKにパスをするようなシュートを放ってしまった。あれがFWなんだろうか。

 結局浩司が登場したのは残り5分の場面だ。しかも寿人との交代。何で点を取った選手と交代するのか。しかも何で点を取る選手をここまで出さないのか。それより5分で点を取る選手がこの世に存在するんだろうか。生半可昨シーズン前田俊介がそれを2回やってしまったから小野がそういう采配をするようになってしまった。望月も同じことをやってるのだ。そりゃないだろと失望させられた。

 選手の奮闘も空しく終了のホイッスルが吹かれた。負けた。勝ち点が取れなかった。未だに勝ちがない。最下位。勝てるはずだった。負けてしまったのが信じられないようにサポーターは声援を止め立ちすくんでしまった。いや、本当に負けたのがしんじられないのだ。

 挨拶をしに選手がアウェイ・ゴール裏にやって来た。ブーイングはない。パチパチと拍手する人はいる。デジカメで写真を撮る人もいる。ただコアサポという一帯は声もなくただ立ちすくんでいた。この現実をどう受け止めればいいのかと。

 試合前降ってた雨はもう止んで灰色の空だけが残ってる。期待して来た訳ではなかった。それでも勝てると思った。いい雰囲気だった。でも明らかにそれを阻害したのはベンチワークだった。望月も氣を使えない監督だった。ぼくは友人達とスタジアムを出た。今日は勝てた試合だったと言うのが精一杯だった。

平常心で

2006.4.29       横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 日産スタジアム

 普通の日の朝。365日の内の1日。たった一つ、ゴールデンウィークの初日ということを除いて。

 いや、これだけのことで十分普段とは違う日なんだがぼくにとって今日がサンフレッチェの観戦日というにはどこか希薄だ。それは変に期待し過ぎて何度も裏切られた最近の試合による。戦力的にも圧倒的に不利な相手。やはり勝てるというイメージが湧いてこない。

 これについて一つのエピソードがある。それが2002年のアウェイFC東京戦だ。

 この前年辺りから始めたのが試合日最寄駅での集合だ。少ないサンフレッチェ・サポーターでメーリングリストでの告知により駅で集まりお互いそこで顔を合わせるというものだ。そこで初めて顔を知る人もいてそれが徐々にサポーターの輪を広げる要因にもなった。

 その駅での集合で身体は弱いがアラブ人のような濃い顔をしてる若者がいた。彼はその風防に似合わず子供好きでよく観戦仲間の子供の相手などをしていた。それなのに本人はちっとも女の子にモテず彼女はいないという。その辺がぼくにはとても親近感を持つのだった。

 そのアラブくんはサッカーの知識も豊富で海外サッカーにも詳しい。それなのに彼の愛情を注ぐクラブはサンフレッチェ広島だ。よく海外サッカーに詳しい人はJはレベルが低いと馬鹿にしJは観ないと公言する。まるでそれが通だとでもいうように。まあそれがその人がサッカーと接する上でのステータスと捉えられてるのであればそれはそれでいいだろう。

 話が飛んだ。そのアラブくんがその試合の前に力強く言った。

 「今日は4-0で勝つ」

 それまでなかなか勝ち点を積めない状態であったがそれで上昇気流に乗るということだろう。今にして思えば何の根拠もない予測であるがサッカーの知識の豊富なアラブくんにしても試合前は思い込みが激しくなるみたいだ。そしてその試合のスコアは4-0というアラブくんのスコア予想は見事に当たってしまった。しかしそれはFC東京の4得点であった。

 それ以来ぼくは試合前に大量得点で勝つという予想はしないようにしている。あれも久保がシュートに失敗しなければ勝てたような気がする。あれを機に7連敗が始まった。そういう意味であの年は久保が戦犯というイメージがある。

 その久保も今はマリノスの選手だ。昨シーズンはその久保にやられた。久保にだけはやられたくないという気がする。それでいて絶対に勝つという意気込みではなく何とか勝ってくれないかなという願望を抱く。気負うことなく淡々とレプリカシャツとマフラーの準備をするのだった。

2006年4月27日 (木)

いつ勝てるのか

2006.4.25       ナビスコカップ サンフレッチェ広島vsジェフ千葉 広島スタジアム

 情報が錯綜してる。望月監督は何とルーキーの槙野を使いそうだ。しかも他にも複数の新しい選手を起用するプランもあるらしい。今までベンチにも入っていなかった選手たちを使い、彼らの強い試合出場の想いに現状打破の希望を託し、それによってチームが一つになって勝利に向かう効果を狙っているという記事が『Js Goal』掲載されてた 。これが本当であれば望月は今までぼくらが待ち望んでたことをやろうとしていることになる。ナビスコなんか勝てやしないしそもそもそんな大会に勢力を注ぐ程サンフレッチェには余裕が無い。だったら若手主体でやって欲しいとガジエフの頃から思ってたことである。ついにそれをやってくれる監督が現れてくれた。

 いや、まだ分からん。小野の下でやってた人間だ。試合を観るまでは分からない。といって試合が観れる訳じゃない。リーグ戦ならまだスカパーでやってるがナビスコというのは本当に観る手段がない。それもこの大会に対する注目度が低くなる原因ではあるのだ。

 夜9時を回ったところ、パソコンをクリックしてみた。何と、3点取ってるじゃないか。ついに勝ったと思ってたら3-4で負けてるじゃないか。おお~、ぼくは頭を抱えてしまった。結局普段出てないメンバーを使ったもののそれが仇となり前半で4失点してしまったようだ。そして後半退場者が出たのを機に3点。盛田2点、浩司1点だ。盛田が2点も取ってる・・・、モ、モ、モリタ~ッ!

 もはや表舞台から消え去ったと思ってた盛田が2ゴールも決めたとは。盛田ってDFで出たのかな。よく分からんがそしたら点も取れるDFということで非常に頼もしい。いや、最初入団した時にはバカにしたものだが柏戦のゴールと前線でのポストになろうとする動きがよくがんばってた。少なくとも上野よりはよっぽどいい。というかまた上野出してるのかよという感じだった。上野がいる時点で1人少ないのと一緒である。新潟戦の時PKを貰ったが目に見える活躍なんてそんなものだ。どうしてこういう選手を使いたがるのだろう。

 いずれにしてもまた勝てなかった。一体今シーズンは勝つことができるのだろうか。

2006年4月26日 (水)

記憶に残る試合

2002.9.8 横浜Fマリノスvsサンフレッチェ広島 横浜国際競技場

 勘違いをしていた。水曜はアウェイの福岡戦があると思ってたがホームでナビスコカップの千葉戦だった。こういう間違いはよくあることでホームの試合となると見に行けないので注意力が低くなる。結局ぼくにとってアウェイの福岡もホームの広島も大して違わないのだ。どっち道観に行けないんだから。

 ぼくは前節のセレッソ戦はハイライトでしか観ていない。それはぼくの家にCSを入れてないからだ。以前はスカイパーフェクTVを入れてたが引越しと共に解約してしまった。そこには様々な理由がある。まず料金設定がどんどん悪くなった。サンフレッチェの試合しか観ないのになんでこんなに払わなきゃいけないんだという気がした。結局サッカーだけ放送するチャンネルだったらまだいいが、抱きかかえで余分な放送まで金を払ってる気がした。そこまでスカパーの金集めに貢献する気はなかった。そしてもう一つは小野のチーム造りに大いに不満があって観る気がなくなったというのもある。あんなのはサッカーじゃない。ぼくはJ2の頃から全然この監督のことを評価してなかった。

 そういう訳で今や友人の家へ観戦に行ったりサッカーバーへ行ったりしてるが大抵は『スーパーサッカー』か『やべっちFC』のハイライトでおわってしまうのだった。それでもネットを観ていれば大体の試合の様子は分かる。少なくともセレッソ戦で満足した人はいないということは分かった。

 まず勝てなかったというのが大きいだろう。しかし勝てなかったにしても内容のあるものだったら良かった。そして小野もそうだったが望月監督もサンフレッチェというものを大いに勘違いしてるのではないだろうか。

 ぼくが小野が嫌いだった理由の最たるものが生え抜きの若手を干して使えない外国人を結果が出なくても使い続けるということだった。このクラブの特徴としてあまり外から選手を取れないという財政事情からユースを充実させてきた。そして久保や服部という無名選手を台頭させてきた。その育成でまかなっていくというのが大きな特徴だったはずだ。それが小野になって若手をどんどんスポイルさせていった。我慢して使えばいいとこで干してしまった。それはどんな状況でも腐らず這い上がる精神力がないというコメントがあったがじゃあ今まで何人も何人も消えていった若手選手はどうなるのだろう。そのコメントを鵜呑みにするにはあまりにも多くの選手が消えていってないか。そもそも最初の段階でそういう選手をトップに上げるのを指示したのにはあんたも加担しただろうと言いたい。そしてその思いには望月にも当てはまったのだ。

 浩司がいなかった。セレッソ戦のスタメンに浩司が入ってなくガッカリさせられた。ナビスコの千葉戦から順調に点を取ってるのに。誰もが今の浩司には期待してる。この時点で観てる方はテンションが落ちるだろう。もはやチームの顔となってる森崎ツインズの2人共ピッチにいない。どこかサンフレッチェじゃないような気がする。そういう氣を使うとこができないというのは望月も一緒だったようだ。

 ぼくはその氣を使うという意味において印象的な試合は2002年シーズン、2ndステージのアウェイ横浜戦だ。7連敗の後鬼門横浜で何とサンフレッチェは平均年齢23歳という若いメンバーで戦った。そこにはエースの久保もなく茂木、中山という若手の2トップで始まった。チャンスを貰ったこの2人は前線を駆け巡り勝利への執念を見せた。藤本の中央を切り裂くシュート、浩司のCK時のポジション取りにより2-1で勝利することができた。ちなみにこの試合ミロの最後の試合だったが勝ち越し点となったCKを蹴ったのはミロだった。

 この試合の後はまるで優勝したかのような盛り上がりだった。今にして思えばそのはずだ。期待の若手がピッチを駆け巡り浩司という新しいチームの顔となるべき選手が点を取った。だからぼくもこの試合のことをよく覚えてる。

 勝つ負けるではない。そういう意味ではなく可能性のある試合が観たい。

2006年4月23日 (日)

チームは生き物

2002.4.22       サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 「どうでしたか」

 「いや、まああそこまで崩れたチームをよくあそこまで持ち直したでしょう」

 「でも上野辺り出してるようじゃ結局小野と変わらないんじゃないの?やっぱり外部から監督を入れないと客観的な目で見れないでしょう」

 「となるとトニーニョ・セレーゾなんですかね。そんな金うちにあるんだろうか」

 「いや、ないね。だからもっと安いオフトがいいんですよ。基礎固めをするにもいいですよ」

 「東洋工業時代もやってますしね。あとヤンセンなんかもいいですね。そういや大分の監督誰だっけ?あ、ハン・ベルガーか。あの監督良かったですね」

 「良かったね。探せば良い監督いるのにね。そういや小野って岡田に電話したらしいですよ。無念だったって。まあ小野の監督としての仕事は評価できないけど辞めた途端にマスコミが批判してきたでしょ。若手を成長できなかったとか。あれって酷いよね。やるんだったら就任してる時にやればいいんだよ。中国新聞とか手のひら返すような記事だったからね」

 「そうだよね。あれだけ持ち上げといてね。でも次の監督が望月って後任探してなかったってことじゃない?それってどうなのよ」

 「いや、それはまあ監督交代の常套手段でしょ」

 「でも今後望月が小野と同じ路線を行くならクラブへの批判メール再開しますよ」

 4人のサンフサポがフットサルコートで会話した。その一人は勿論ぼくだ。この会話で分かるようにとりあえず望月監督の評価はお預けというとこだ。ただ信頼もしてないといった感じでどうにもとらえ所がない。ただ水曜にはもう福岡戦があって勝ち点3を取らなきゃいけない。昇格組の福岡といえど侮れない。何せサンフレッチェはそれより下の順位の最下位なんだから。

 そんな会話の後にフットサルを始めたが今日は8人しかいないのでキーパーはなしだ。4人のサンフレッチェ・サポーターでチームとなったが対戦相手は10歳以上若い連中だ。体力的にキツイ気もしたがこれが意外に機能してた。中でもMさんの奮闘は凄かった。

 Mさんは以前プレー中に嘔吐したという経緯のある人である。その他にも足を攣ったり腰が痛くなったりと体力の曲がり角のぼくらを象徴するような存在だ。そのMさんが2ゴールを挙げたのである。これは快挙だ。

 ぼくらのチームは横浜さんの個人プレーにかなり助けられたこともあり結構互角に試合をすることができた。チームなんて上手く行く時は上手く行く。そのいい例だがそれが何で我がチームには訪れないんだろう。奇跡でもいいからいい試合をして欲しいんだが。

そして何も変わらなかった

2002.4.22       サンフレッチェ広島vsセレッソ大阪 広島ビッグアーチ

 ぼくは毎週土曜日を楽しみにしている。それはJリーグの試合日だからだ。残念ながらぼくの仕事は土曜もあるのでリアルタイムで結果を知ることはできないので友達に電話して結果を知ったりするのだった。だが今日はそんな気が起きない。もう嫌で嫌で堪らない。サンフレッチェの結果を聞くのが恐いのだ。

 監督が替わったからって劇的に変わることはないというのはぼくにだって分かってる。だけどそれじゃ小野が辞めた意味がないじゃないか。これまで散々若い才能を潰してきた小野をやっと追い出したというのに同じように勝てないんじゃ小野は反省を感じないだろう。しかも相手はセレッソ。裏天王山であるだけにここで勝てないのは痛い。そんな厳しい状態なのに監督未経験者を監督に据えなければいけないチーム事情が厳しい。ああ、ぼくはもう気が動転してきた。

 ぼくは『スーパー・サッカー』を観るまで結果を知らない方がいいのだろうか。それとも今すぐネットで試合結果をクリックした方がいいのだろうか。どちらにしてもぼくは暗澹たる気持ちになるだろう。そう、ぼくはもうサンフレッチェが勝つことなんか想像できないようになってしまってる。

 それでもやはりパソコンをクリックしてしまった。1-1、やはり勝てなかった。ここまでの勝ち点は4、厳しい。首位のチームが22もある中では寂しい限りだ。結局望月も小野の下でずっとやってただけあって大して変わらなかった。上野先発に始まり機能してない戸田もしっかりスタメンになってる、そもそも一方的に攻められたという試合状況が全てを物語ってた。『スーパー・サッカー』を観たが開始8秒72での寿人のゴール。それは前節のジュビロ戦の雪辱を晴らすような快挙であるが勝てなかったことでその記録も曇りがかってしまった。J2に落ちたくないというならもっと気概を見せて欲しい。もっと走って欲しい。もっとシュートを打ってほしい。同じJ2に落ちるにしても面白いサッカーをして欲しい。

 この日入場者数は6,794人。これも寂しい。勝てない、人気ない、つまらないチームに戻ってしまった。せめて監督を外部から呼んで外の目から選手選考をしてくれればと思う。来年は『スーパー・サッカー』にも映像が出なくなるんだろうか。2003年、J1の試合を観にいった時に感じた疎外感をまた味わうのだろうか。

 やっぱり寂しい。

2006年4月22日 (土)

ミュージシャン魂

 ぼくはミュージシャンだ。プロのロックンローラーである。まだメジャーにはなってないがそれはぼくが商業主義に走らないだけのこと。ぼくのロックンロール・スピリットは簡単に大衆への迎合はしない。だからぼくはまだ音楽で金を貰ったことがないがそんな自分がカッコいいと思ってる。

 そんな考えも年と共に衰退し単なる自分の音楽が受けないのも多くの無名ミュージシャンが陥る売れないとこへの自己弁護だと気付くのだった。そんなぼくにとってもはや自分でバンドメンバーを探すこともバンドで活動することも疲れきってしまった。ただそうはいっても時折起こる音楽への憧れも捨てきれないでいた。

 そんな時、パソコンで曲を作れるDTMというものに出会った。これが自分で音符をいじってメロディを作り演奏まで入れることができる。その気になればCDまで作れてしまうのだ。これは面白い。ぼくはパソコンの前に座って延々とキーボードを打ちつつ曲を作っていったのだった。

 しかし、いくら便利なツールができたとこで所詮は自分で曲を作るのである。長い時間を掛けていくうちに良い曲か悪い曲か分からなくなってしまった。仕舞いには自分で自分の曲に飽きてしまうのだ。かくしてマトモに曲として出来上がったのは2曲しかないのである。その2曲も、正直良いのか悪いのか分からない。

 そんなぼくの作曲活動だが一時期サンフレッチェの曲を作ろうとしたことがある。できた暁にはCDとしてリリースしてV-pointに置いてもらおうと思った。カッコいいロックンロールの曲を作ってやるつもりだった。ぼくの構想はいつもこのように広大で結局その広大さ故にいつも頓挫してしまうのだった。

 その内に『Goal and Proud』というCDが出た。ぼくより早くこういうものを作ってしまう人がいたのである。やられたと感じつつもサポーターの一人として広島にいる人に頼んで買ったのだった。サンフレッチェのCD、さあ、どんなのかな。

 CDプレーヤーから流れた音楽。ハッキリ言ってダサい。純粋に音楽として聴いた場合とてもいいCDとは言えない。これだったらローリング・ストーンズやU2でも聴いてたほうがよっぽどいい。ぼくはまた自分で作ってやろうという欲求が沸々と沸いてきたのだった。

そんな時である。広島在住インディーズバンドTHE CRANE FLYによるオフィシャル・イメージソング『光の射す方へ』が発売された。これを耳にしたのは新潟バスツアーの時だったが、この時のぼくの正直な気持ちを書こう。やられた。やられたというのはかなりイカしてるという意味でだ。これならぼくはサンフレッチェの曲という名目がなくても良い曲だなと思うだろう。いや、本当にかっこいい。

この曲をスタジアムで流すのかどうかは知らない。この歌をサポーターが応援に使うのかも分からない。そういう意味でまだ今はクラブ公認のイメージソングという域から出てはいない。でもどうせだからこの曲を有効活用して欲しい。ちっとも売れずにフェードアウトした『Goal and Proud』のようにはなって欲しくない。じゃないとまた自分でCD作ろうという欲求が出てきてしまうではないか。

2006年4月21日 (金)

サバイバル突入

 「今愛媛と試合やったら勝てるんだろうか」

 その発言の瞬間車内で笑いが起きてしまった。悲嘆に打ちひしがれる磐田バスツアーの帰りの出来事だった。

 「それは面白いね」という言葉を貰ったが、そこには勝てないかもしれないという意味が込められていた。

 そもそも愛媛FC、サンフレッチェの若手が4人もレンタルで行ってる。いづれもポジションを奪えずに出されたという形だがこの4人がJ2の舞台で生き生きとプレーしている。特に高萩はチームの中心選手となっている。森脇も右サイドで存在を見せ付けているし改めてチームは何をしていたんだろうという気がする。というか小野が・・・いや、もういなくなった人のことはいいだろう。

 それくらいにチームは停滞している。裏天王山である次節のセレッソ大阪戦で負ければ今の時点でもう望みがないとどうしても思ってしまうのだった。そこで降格した2002年と比較をしてみよう。

 まず似ているところ。不可解なジャッジに泣かされる。それにより退場者が出てる。ワールドカップイヤー。監督更迭の踏ん切りが付かなかった。そして違うところ。エース久保竜彦の不調が響いたが今回は特に不調の選手がいないこと。点は取れてる。そして大きいのは開幕から一度も勝ってないだけに今年は優勝などという妄想を抱かずに済んだということだ。2002年は生半可初戦で大量得点の勝利だった為に変に実力を誤解してた部分がありまさかうちが落ちることはないだろと高をくくってたとこがあった。だが今回はもはや一度落ちてる訳だしチームを見る目が地に足が着いたものになってる。だからぼくはまだ生き残る確率は残ってると思う。だからこそ次節で勝ち点3を取って勢いに乗って欲しいのだが。

 もうこれからは1試合1試合がサバイバルだ。最終戦まで残留争いをしてたらその時点でもうアウトだ。それは2002年エスパルスやガンバみたいに全然やる気がなく残留のライバルに易々と勝ち点3を与えてしまったことで分かるように運任せになってしまうからだ。なのでもう残留争いは始まってる。これからは試合によっては引き分け狙いもありだろう。果たしてそういう現実的な戦略を望月が練れるだろうか。そもそも次のセレッソ戦で勝たなければ望月の続投もない。

 やっぱり最後はこの言葉になってしまうのだな。がんばれ、望月。

モッチーがんばれ

広島小野監督が辞任!後任セレーゾ氏浮上

 広島の次期監督の有力候補として前鹿島監督のトニーニョ・セレーゾ氏(50)が浮上していることが18日、明らかになった。同日、広島は小野監督の辞任と望月GKコーチの監督就任を発表。織田秀和強化部長(44)は「望月体制はリーグ戦、カップ戦の4試合限定。その後、チームを立て直すことのできる新監督をW杯中断期間までに招聘(しょうへい)する」と明言した。

 近い関係者が「守備の強化と選手育成に定評のあるセレーゾ氏はチーム再建にうってつけの人材」と明かした。また、広島はブラジル国内リーグと強いパイプを持っており、同氏も広島に対し「いいチーム。ベットやジニーニョも素晴らしい」と好印象。次期監督について織田強化部長は「誰かは言えないが、国内外を含め、日本のサッカーに理解があり、広島のために尽力できる人物と交渉していく」と話している。

 ただ、セレーゾ氏の鹿島時代の推定年俸が6000万円と高額で、資金が潤沢でない広島との交渉が難航する可能性もある。それでも、織田強化部長は「常識の範囲内での金額なら、じっくり交渉していく」と話した。同氏はグアラニの監督を辞任したばかり。広島再建はセレーゾ氏に託される可能性が高い。

 成績不振の責任を小野監督が自らとった。織田強化部長も「小野の方から責任をとりたいとの申し出があり、クラブも了承する形となった」と経緯を説明。小野監督は「多くの方に支えられてきたのに、期待に応えられなくて残念」と話した。広島を1年でJ1に復帰させ、昨季は7位に躍進させた実績を高く評価する声もある。今後に関しては「サッカー界での仕事に携わりたい」と話すにとどめていた。

2006年4月19日6時59分 日刊スポーツ紙面から]

 トニーニョ・セレーゾ。うーむ、あんまりサンフに合わないような。新監督に外国人を望む声は多い。だがそれがブラジル人となるとちょっと話が違う。

 2003年からか、サンフレッチェは外国人をブラジル路線にしてしまった。恐らくサンパイオの影響だろう。それと通訳を一人にしたいというクラブの財政事情もあるのだろう。だがそこがサンフレッチェの特徴を奪ったような気もする。

 トムソン監督の時はオーストラリア路線だった。ヴァレリーの時はウクライナの選手がいた。それ以前にはアメリカの選手もいた。要は他のチームにいない国の選手がいるのである。それがサンフレッチェだった。やっぱりそれに戻って欲しいというのもある。

 サポーターの中ではハシェックを推す声が大きいだろう。だがぼくはオフトを推す。なぜならオフトなら空いてるだろうしそんなに高い金出さなくてもいいような気もする。そして日本リーグ時代サンフレッチェの監督をやった経験もあるしそもそも崩れきったチームを立て直すには持って来いだ。レッズがあれだけ強くなったのもオフトの基礎固めがあったからこそではなかろうか。

 ただオフトの場合ある程度勝てるようになってらその後パッタリと勝てなくなるという傾向がある。これについては森保も言ってたので間違いないだろう。だからクラブが上手く見極めを付けることが必要だ。それについてもレッズは上手くやった。ナビスコカップで優勝したのにスッパリと監督を替えてしまったのである。果たしてそういう手腕を織田が見せることができるだろうか。

 でも結局セレーゾにオファー出すような気がするな。ここのところの外国人選手の補強を見てもJでの実績のある選手を手堅く獲ってる。織田のように見る目を持ってない強化部長にとっては間違ってはないやり方だ。

 それにしても、もう東欧路線はないのだろうか。あのマニアックなサンフレッチェをもう一度という気がする。髭を付けた監督がサンフレッチェのジャージを着てベンチに立ってる。やっぱり似合わない。できれば暫定の望月が監督交代しなくてもいいくらい良い成績を残してくれたらというのは誰もが思うことだろう。

2006年4月19日 (水)

この男を忘れてないか

 「嫌なのは重々承知ですが次のライブまではやってください」

 ベースがいないということで頼まれた。ぼくはこのバンドは練習時間になってもメンバーが集まらなく練習自体もメリハリがないので嫌で嫌でたまらなかった。だから1回ライブをやったらもう辞めるつもりだった。バンド側もぼくがこれ以上続けるつもりがないというのはわかっていた。だけどベーシストというのはあまりいないという事情から後任が見つからずもう1回頼まれたのである。しょうがない、もう1回だけならやってらろうかと引き受けたのだった。

 しかし、そのバンドを実際に辞めた後は何とも寂しい気分になったものだった。あれだけ嫌だったのに。そんな気分を小野の監督辞任で感じたのだった。

 これから先チームが勝てない責任を誰に押し付けたらいいんだろう。元々ここまでチーム状態を悪くしたのは小野である。だが特に目立ってダメな選手が見当たらないだけにどこに不満をぶつけていいのかわからない。かつてはそういう選手がいた。桑原は素晴しいパフォーマンスを魅せることもあるが時として信じられないポカをやる。「わりゃ~、桑原何しとんじゃー」という声を聞いたことがある。「桑原ちったあパスの練習せえや」という声にはさすがに本人も怒ってたらしい。そして上村はスタンドの怒号に対して中指で答えた。マルセロは元々三流外国人だっただけに「ブラジル帰れ」という野次を受けていた。今在籍してる大木も「代えるんじゃったら大木じゃろうがー」という野次を受けた選手だが怪我で離脱している。そう、いまのサンフレッチェで避雷針となるべく選手がいないのだ。その役目を果たしていた小野監督は実は立派な監督だったのかもしれない。でもそもそも野次が飛ぶような試合しかできないチームを造ったのも小野なんだからもしかして小野ってマゾなんだろうか。だからあんなにしぶとく辞めなかったのだろうか。

 いや、さすがにここまで言うと可哀想になってきた。その可哀想になるというところがやはりサンフレッチェのキャラクターではないという気がしてきた。やはりここは大木さんに帰ってきてもらおう。大木、早く怪我を治してくれ。野次を受けながらも忘れ頃に点を取るのが憎い。怪我をしても誰も見舞いの言葉を掛けないのも憎い。あのボーズ頭の笑顔が憎い。20番のレプリカにはなぜか笑いが起きてしまうのが憎い。森崎ツインズが池袋トークショーの時大木のことを話しても誰それという反応しかなかったのが憎い。ああ、やっぱり大木には早く帰ってきて欲しい。

 でも避雷針にするだけで大木に帰って欲しいというのもどうかと。とはいえ何気に昨シーズン成績の良い時期というのは大木もスーパーベンだった。やっぱりチームの向上には大木が必要なのかもしれない。

哀愁のカサブランカ

わずか8試合で監督交代 対照的な新監督の役割

 C大阪の小林監督、広島の小野監督は昨季、ともにチームを上位に押し上げ、今季は一層の期待をかけられていた。だが2人とも、リーグ戦わずか8試合を終えた時点で退団となった。
 広島はFWウェズレイ、元日本代表のMF戸田と実績ある選手を獲得し、戦術も一新した。ところがキャンプでの詰めが甘く、開幕の鹿島戦でいきなり4失点。その後も堅かった守備が通用せず、選手は自信を喪失した。故障者も続出し、悪循環に陥った。
 C大阪の小林監督は開幕前に「選手の自信が過信につながらないか」と心配していた。悪い予感が的中してしまったのか、初戦から4連敗と泥沼にはまった。昨季と代わり映えしない戦術は他チームに研究され、打開できなかった。」
 両チームが新指揮官に与えた役割は対照的だ。広島の望月監督は公式戦がワールドカップ(W杯)で一時中断するまでの中継ぎ役。一方、C大阪の塚田監督は、天皇杯もにらんだ来年1月末までの契約だ。低迷脱出へ、成功するのはどちらの策か。
                           (了)

[ 共同通信社 2006年4月18日 20:14 ]

 お、小野が辞めた。うっふっふ。うっしっし。うふふふふ、うしししし・・・どわっはっはっは!いや~、やっと辞めてくれたよ。ここまで来て辞めないとは一体どういう神経しとるんだと思っていたのだが。でもまあ正直兆候はあったんだよな。磐田戦の試合中、ベンチの支柱に寄りかかって身動き一つしない様子。もうこれが最後の試合かなという雰囲気を漂わせていた。そりゃあれだけ成績が悪くサポーターからの信頼をなくしていればしょうがないだろ。

 だがこうなる前にクラブから解任できなかったろうか。できなかったというのはやはりクラブに解任できない何らかの事情があったのだろう。まあ後任がGKコーチの望月というんじゃろくすっぽ監督探してなかったと見える。案外そんなお粗末な理由だけかもしれない。そんなものだからこの後チームが良くなるという楽観的な見方がちっともできない。

 しかしこの交代劇をみても2002年と似てる。ガジエフの後任としてコーチの木村を監督に据えたのだが結局J2に降格してしまった。つくづく今シーズン小野の契約を延長したことが悔やまれる。

 思えば2003年シーズン、J2で1年で昇格したがその内容はお粗末だった。あのシーズンは圧倒的にサンフレッチェの戦力が抜けてたにも関らず最後には運で昇格したようなものだ。そして期待の若手は試合に出さずフェードアウトしていった。今の不調は結局あの当時からちっとも若手の育成をしなかったツケが回ってきたということだろう。

 小野猛。もうJリーグの監督として声が掛かることはないだろう。だけどここまで辞めて欲しいと思っていながらいざいなくなると寂しさを憶えるのも事実だ。何かいつもうざいと思ってた意地悪じいさんが突然死んでしまったような感覚だ。

 ここまでクソミソ言ってたのにぼくはじいさんを恋しく思うだろう。どこか胸にポッカリ穴が空いたような感覚になってる。って小野は死んだ訳じゃないってのに。まあチームは崩れまくってるので建て直しはすぐにはできない。ということは次節も望み薄だ。そういや今度負けたら誰に文句言えばいいんだろう。

2006年4月17日 (月)

何を絶とうか

広島最下位…小野監督解任も/J1

<J1:磐田3-0広島>◇第8節◇16日◇ヤマハ

 今季未勝利の広島に小野監督の解任問題が浮上した。アウエー磐田戦で0-3と完敗し最下位に転落。織田秀和強化部長(44)は「チームを立て直すために首脳陣の交代を含めて、クラブ内で話し合う必要がある」と話した。次節の22日C大阪戦(広島ビ)は両監督が進退をかけた“裏天王山”となりそうだ。

 運にも見放され、小野広島は最下位に沈んだ。試合開始早々、磐田DF鈴木の右クロスがそのままゴールネットに吸い込まれる不運で先制点を献上。FW佐藤寿は、この場面を振り返りながら「相手のミスキックで失点しまうところが、うちの現状を物語っている」と嘆いた。

 ついに広島にも監督問題が浮上した。8試合で21失点と守備は崩壊。小野監督は「選手はよく頑張ってくれた」と話すが、今季カップ戦も含め未だ勝ち星なしでは説得力がない。織田強化部長は「監督を交代させることが1番有効な手段と思っていないが、首脳陣の交代も含めクラブ内で何がチーム再建に必要かを話し合いたい」との見解を示し、今後の成績次第では監督解任の可能性も示唆した。

 次節は17位C大阪と対戦。C大阪小林監督と織田強化部長は広島の前身マツダ時代、寮の同部屋だった仲。しかし、両チームにとって、互いの監督が進退をかけて戦う“裏天王山”となる可能性もある。「もう優勝争いなんて言っていられない。(J2降格の)危機感を持たないといけない」と佐藤寿。広島を1年でJ1に復帰させ、昨季7位に躍進させた知将小野監督が、窮地に追いつめられた。【奈島宏樹】

2006年4月17日9時50分 日刊スポーツ紙面から]

 こんな記事を読むと正直落ち込む。それは勝てない現実に直面しているからではない。この期に及んでまだ小野の解任決まってないのかよということである。普通あんな成績だったら今すぐ解任だろうが。織田よ、何を考えとんじゃと言いたくなる。

 磐田バスツアーでは自己紹介の時勝利をするまで酒を絶ってるという人もいた。ラーメンを絶ってるという人もいた。そしてぼくも・・・何も絶ってないんだ。というよりそこまで我慢する程好きな食べ物もないし。しいて言えば食事自体を絶つということぐらいか。としたらイスラムのラダマンになってしまうじゃないか。そんなことしたらチームが勝つ前にぼくが死んでしまうわ。ということでぼくの場合無理な禁断生活というのはしないことにしている。というより小野が監督やってる限り勝てる訳ないと思ってる。

 もしかしてなのだが、織田は強化部長という肩書きがありながらチーム運営のノウハウをもってないんじゃないだろうか。それで小野におんぶで抱っこで指導を受けてるんじゃなかろうか。そうでなければここまで野放しにこのチーム造りを放置しなかったと思う。だとするとやはり敵はわが身にこそあったようだ。フロントがこんなじゃ勝てる訳ないよな。

 やっぱりぼくはラダマンをすべきなのだろうか。サンフレッチェ事務所前で勝つまでハンガーストライキ。いや、やっぱり大食いのぼくにそんなことはできない。そもそも広島まで行けないじゃないか。だったらいっそのこと女を絶とう。よし、これだったらぼくにでもできる。なぜならぼくはちっともモテないからだ。

記録ずくめの試合

2006.4.16   ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島  ヤマハスタジアム

 小雨が降る中バスに乗り込んだ。東京駅から出たバスツアーで今日は勝てるだろうという雰囲気が車内にあった。それは清水戦でチームが上向きになってるという情報があったからだ。かく言うぼくも今のジュビロには勝てるという予測からバスツアーのイベント、スコア予想で0-2と投票したものだった。バスの走行も順調で予定より早く磐田に着いてしまった。降りる前にはコール練習をやって気分は盛り上がる。駐車場から山道のようなとこを歩いてヤマハスタジアムに着いた。

 ピッチでは前座として子供サッカーの試合をしてた。真面目に観てるとそこはパスじゃなくて縦へドリブルだよと突っ込んでしまった。その時目をスタンドに移すと客が入ってない気がする。やっぱりサンフレッチェじゃ客入らないのかなとサンフサポ同士で話し合うのだった。

 ついに選手がピッチに入ってきた。サッカー専用スタジアムなので目の前で練習が観れた。こうして観ると調子の良し悪しがよく分かる。間近で観ると高柳の上手さは際立っていて期待せずにはいられなかった。今日はやっぱり勝つ日なんだと。

 しかし、開始23秒で右サイドからのクロスがゴールに入ってしまい早くも失点する。入っちゃったゴールであるが1-0から始まったようなもので何かシラけてしまった。こんなのJリーグ最速のゴールじゃないのか?それでも浩司の動きが良くゴールを予感させた。チームも今日はシュートをよく打っていた。これはいけるぞ。

 だがその期待も虚しく3-0というスコアで負けてしまった。ジュビロも良くなかった。これじゃ駄目だろと思ったがうちはもっと悪かったのだ。パスミスはするは競り合いにはかてないは。その責任を選手も感じてるらしく試合後の挨拶でブーイングを甘んじて受けてるという感じだった。それであってもぼくは納得できなかった。なぜなら一番ブーイングを受けて欲しい小野監督はさっさとベンチから姿を消していたからだ。

 「今期ホーム初勝利」という場内アナウンスに隙間風を感じつつ盛り上がれるものが何もなく帰りのバスに乗った。せいぜい光明を探すとなると小野監督の解任発表今日出るかなということぐらいだった。そこでIモードで小野監督のコメントを読んでたHさんがぼくに携帯を渡してくれた。

 次に向けていい準備をしていきたい。

 次に向けてって。なに~、まだ辞めないのかよ。それじゃ本当に望みがないじゃないかよ。

 そういえばこの試合、巷ではダメ監督ダービーなどと言われた。だがそのダービーは小野監督に軍牌が上がったようである。ついでに言うならどんなに小野は成績になっても首にならない監督としてJリーグでも記録を作ったのではなかろうか。

2006年4月16日 (日)

上を向いて歩きたい

2006.4.15    浦和レッズvs京都パープルサンガ  埼玉スタジアム

 「今日は客入りが悪いな」

 「京都だから少ないんじゃない?」

 「それはあり得るな」

 そんな会話をしながらスタンドでキックオフを待った。アウェイ席の京都サポーターは本当に少なく見えた。でもそれはサンフレッチェも同じで遠くから見たらこんな光景なんだなというのを思い知らされた。

 一緒にいるのは小学校の先生だ。彼は埼玉に住んでいるので当然レッズを応援している。だが熱狂的という程でもない。だから割と中立的な視点で観戦している。

 「この前さあ、チケット手に入ったから駒場の自由席行ったんだよ。そしたらあのサポーターの所でもううるさかったよ。ここだとそうでもないように思うけどあの中入ったら声なんて聞こえないよ。もうあそこはタダでも行きたくないよ」

 その浦和サポーターの声は京都の存在をかき消すようなボリュームがある。もはやあの大音量の前では京都の応援は全く聞こえなかった。そして試合も浦和にやられまくってしまった。

 守備一辺倒で攻撃の目がない京都。右サイドバックの選手の金髪が目に付いた。あんなチャラチャラした髪型しやがって、誰だよと思ったら2003年サンフレッチェに入団した大久保祐樹だった。おお、ちゃんと試合出てるじゃないか。でもプレーでは大したインパクトがないな。期待しつつもレギュラーに定着しなかったのはやっぱりこんなものだったのかと残念な気分になった。そしてもう一人、J2の時の功労者リカルドにいたってはベンチじゃないか。いい選手だと思ったのだが。

 3-0。京都はロクにシュートも打てなかった。こんな試合をするのはサンフレッチェだけじゃないんだ。ちょっとだけ自信になった試合であった。

 そういや学生の時先生に言われたっけ。下見て過ごすな、上見て過ごせ。でもサンフの場合上見て過ごすととても絶望的になることの方が多いんだよな。

2006年4月15日 (土)

興奮よ、もう一度

2001.3.11   鹿島アントラーズvsサンフレッチェ広島  国立競技場

 ぼくが本当にサンフレッチェに心を奪われたのはこの試合だった。3試合目の生観戦となったこの試合、ヴァレリー・ニポニムシ監督になっての初めての公式戦である。

 スタジアムのアウェイ席には10人くらいの声だしサポーター。ホームのアントラーズと比べると差は歴然だった。

 こんなものだろう。広島のチームを応援するなんてことは単に郷土愛だけである。ぼく自身知ってる選手も多くないし。だけどその無名選手が多いというのもどこか広島らしい。そしてこの閑散としたアウェイゴール裏も広島らしい。地元でさしたる人気のないこと、それもまた広島らしい。

 そんなことを考えながら迎えたキックオフだった。しかしその笛が吹かれた瞬間ぼくは驚きを隠せなかった。

 3トップという布陣で右の藤本、左の高橋とよく動き廻る。ボールにもよく絡み突破を試みクロスを上げシュートを打つ。そして真ん中で久保が鋭い動きだしを魅せゴールに迫る。中盤では球際を踏ん張りボールをカットすればパスを廻す。そのクルクル廻るパス廻しはアントラーズを翻弄していた。そしてその勢いのまま16分でトゥーリオがゴール。ポポビッチに代わって入った新人選手は本当に上手い選手に見えた。その後も藤本がバイシクルを狙ったりと積極的だった。そのサッカーはもう興奮というものだった。

 しかし、アントラーズが後半自力を見せ2点入れられ負けてしまった。負けてしまった。このサッカーをやってて負けてしまった。この時本当に悔しかった。しかしこの悔しいという気持ち、これこそがサンフレッチェの虜になった証明であった。

 それ以来ぼくはずっとあの鹿島戦の興奮を追い求めている。3トップという言葉には憧れがある。だから監督がガジエフになろうと木村になろうとずっとあのアントラーズ戦をもう一度観れることを期待してた。その度にその期待はことごとく裏切られてきたもののどこかでその片鱗を見せることはあった。それがなおさらあのヴァレリーのサッカーをやったこのチームの幻想となった。そしてその幻想の頂点が小野猛である。イングランドで修行をした理論派のこの監督ならまたあのサッカーを観れるかもしれないと期待したものだ。だけどそれは最初こそ良かったもののフェードアウトするかのようにつまらないチームになってしまった。考えてみればもう久保も高橋も藤本もトゥーリオもいない。あのサッカーはできる訳がない。それなのに何でサンフレッチェを応援してるのか。それは自分でも分からないが明らかに今は森崎兄弟や駒野や寿人を応援している。服部や下田のようにあの頃からいる選手もいるが今ぼくが求めてるものは当時の再現を望んでいない。そこは今の選手での最高のパフォーマンスを期待してるだけだ。そしてその最高のパフォーマンスをやった時こそ、またあの最高の興奮が得られるだろう。

2006年4月13日 (木)

敵は我が身にこそあり

2006.4.16   ジュビロ磐田vsサンフレッチェ広島  ヤマハスタジアム

 磐田戦に向けてだが昨日の試合でなぜか吹っ切れたようなものがある。未だ勝ててないということに変わりはないが、浩司が点を取れるということが計算できるようになったからだ。4戦連続ゴールというのは好調な証明だ。やはり浩司はまだ死んじゃいなかった。

 確かに昨シーズンは寿人が点を取り日本人得点ランキング1位になった。あのになぜか浩司の得点というのは印象に残る。そして盛り上がるのだ。だから最初からPKも浩司に蹴らせば良かった。2004年シーズン、小野はチアゴなんかに蹴らせたので大分戦で勝ち点を取り損ねた。あの当時から何で浩司に蹴らさなかったのかと。つまりはぼくにとって小野監督への不信は今に始まったことじゃないということだ。

 浩司には特別な光がある。一つ一つのゴールが印象的だ。だから盛り上がる。盛り上がればチームに勢いが出てくる。果たして小野はその勢いを磐田戦で殺さないことができるだろうか。敵は我が身にあるのだった。

2006年4月12日 (水)

Who Killed the Sanfrecce's

2006.4.12  ナビスコカップ  清水エスパルスvsサンフレッチェ広島  日本平スタジアム

 夜の電話。また仕事かよと不機嫌になる。いくらなんでももうちょっと常識をわきまえて欲しいものだ。と思っていたら薬剤師の先生だった。

 「今日の試合悪くはなかったですよ」

 エッ、エェ~、やっぱり日本平行ったんだ。一人かと思っていたら銀行員さんと一緒らしい。だったらやっぱりぼくも行けば良かったと後悔した。

 「前半はまたいつもの如くやられまくって失点したんですけど浩司がゴール決めたんですよ。その後駒野の素晴らしいクロスに寿人が合わせて2点目入れていい流れだったんですけどね、ベットを高柳に代えて失点してしまったんですよ。その後ハンジェと浩司に代わって桒田と前田が入ったんですけどね、点を取りに良くのかと思ったら守りにいく感じで。だったらジニーニョでもいれた方が良かっただろうに。前田なんて終了3分前に出てるんですよ。小野の采配といったら・・・」

 先生は苦笑いを始めた。

 「確かにそれじゃ監督の采配ミスですよね。しかも前田の3分って。3分で点を取れるストライカーなんてこの世にいるんでしょうかね。今日は小野に野次飛ばしたんですか?」

 「いや、今日はできなかったよ。でも銀行員さんが言ってたけどもう小野も解任らしいですよ。それは公にはできないらしいですけどね。そういえば今日はベンチも千葉戦の時と比べて雰囲気が良かったですよ」

 ああ、これは何かあったな。そうでなければそうそうベンチの雰囲気が変わる訳がない。ぼくはここまで来て小野を解任しないというのはもしかして協会の陰謀があるのではないかという憶測を抱くようになってしまった。小野を解任しない代わりにサンフレッチェが協会から何らかの便宜を図ってもらったとか。そしてそれを破るようなら抹殺の対象になる。すでにヒットマンは用意してるぞ。下手なことは口にするな。我々には鉄の掟があると言われてるのでは。うーん、これはケネディ暗殺のように謎めいてるな。

出でよ、サプライズ

2006.4.12  ナビスコカップ  清水エスパルスvsサンフレッチェ広島  日本平スタジアム

 こんな平日の夜に試合やって観に行けるわけないだろ。まあ日程的な関係でしょうがないことであるが。それでも薬剤師の先生のHさんに車で乗り合いで行かないかと誘われてしまった。正直行けなくもないのだがそれには次の日の仕事も考えるとキツイ。しかも日曜も磐田まで遠征に行くとなれば金銭的にもキツイ。そんなのサポーターじゃないと言われるかもしれない。事実銀行員のSさんなどは有休、資金繰りを駆使して全試合観戦してる。その驚くべきことはホームの広島まで全部観戦してるということだ。それを考えるとやはりぼくはヌルいのかもしれない。でもサンフレッチェの応援も体力あってのものだ。ということで自分に納得させた。

 そもそもナビスコカップというのはサンフレッチェにとって縁のないものである。予選リーグを通過したことがない。過去において今と大会形式が少し違う時FC東京に勝っただけである。その時はまだ選手の名前も知らなかったが、いい試合をしてた記憶がある。ただ選手が挨拶に来た時「恭平良かったよー」と叫んでた人がいたのは印象的だった。スーパーセブンとして入ったルーキーだったのは知ってたが顔までは分からない。ただやはり良い選手だったんだなと期待を寄せたものだった。

 それはまだぼくもサンフレッチェに興味を持ち始めたばかりの頃だったのでレプリカの着てなかった。実はレプリカを持ってたのだが試合で着るのは恥ずかしかった。何せあの当時レプリカを着てる人がほとんどいなかったから。10人くらいいるコアサポの中に入って応援するなんてことはとてもじゃないができなかった。

 今日の試合、そりゃ勝てばいいなとは思う。だけど青山や前田俊介のような普段出てない選手を起用して欲しい。サンフにはナビスコでタイトルを取るには戦力的に乏しい。であれば若手を起用して選手に経験を積ませてほしい。山形恭平のようなサプライズもあるかもしれないし。それなのに小野はいつもベストメンバーで勝負を賭けてきて負けてしまうのだ。そこがまたこの監督の嫌いなとこなのだ。

 いずれにしても今日は前田俊介はメンバーに入ってる。思えば去年も快進撃は前田俊介のゴールから始まった。停滞したチームを救うのは何かの刺激が必要だ。それが監督解任という方向に進まないのであればもう選手に期待するしかない。頼むぞ前田。

2006年4月11日 (火)

JTBからのFAX

 サッカーファンは土曜日試合があったとして日曜~火曜はその話をし、水曜~金曜は次の試合の話をするという。だとしたらちょっと気が早いかもしれないが、もう気持ちはジュビロ磐田戦だ。それもこれも昨夜この試合の関東サポーターアウェイ応援バスツアーの案内のFAXが流れてきたからである。

 このバスツアー、2003年のJ2時代山形ツアーから始まった。JTB横浜支店の総合旅行取扱管理者によりこの企画が挙がった時、そんなの人集まるのかと不安になったものだ。というのもこういう企画というのは1回潰れてしまうともう企画できないという話を聞いたからだ。このJTBの管理者も勿論サンフサポなのだが本人は会社の休日を利用し自分も金を払ってバスガイドも兼ねて参加するという。それで企画倒れになったらマズイとぼくも自分の知り合いにこのバスツアーの告知をしたものだ。そして何とか中型バスで運行することが決まって以来毎年バスツアーを企画してもらってるのだった。

 かく言うぼくは実のところほとんど参加してない。新潟に2回行っただけだ。どうもJリーグの日程というのは仕事の日程と合わないのである。なので当然最初の山形ツアーなんて散々人を誘っておきながら自分は参加してなかった。今更ながら何でこんな仕事選んでしまったのだろう。

 このバスツアー、元が関東である程度まとまった数が把握できるようになったことでJTB管理者がこれはできるという見通しをつけたらしい。同じサンフレッチェを応援する者同士、車内は自己紹介から始まりクイズありクラブからのプレゼントありそして映像を観るといったサンフレッチェを応援してる人ならバスの移動中も楽しめるというものである。JTB管理者もこのツアーにかけては結構気合が入ってるしクラブも協力してくれてる。

 そういう噂を聞いていたのでぼくも参加したいとは思ってた。なかなか予定の都合がつかないものの今度の磐田戦は行けそうだ。去年はこのバスツアーの縁起が良く行った試合全部勝ったらしい。今年はまず最初の新潟戦は内容のないドローだった。最近のチーム状態から勝つことを想定するには無理があるがそれでも心のどこかに今シーズン初勝利が観れるのではという期待がある。まずは明日日本平でナビスコカップ・清水戦があるのでその結果を踏まえた上で色々と妄想することにしよう。そう、サンフレッチェの勝利というのは今や妄想でしかないのであった。

2006年4月10日 (月)

氣を使えない監督

2006.4.8   サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ   広島ビッグアーチ

 7戦未勝利で小野監督の解任問題も浮上しかねないが、1年でJ1で復帰させ、昨季7位にチームを躍進させた同監督の手腕をクラブ内では高く評価する声もあり、クラブ幹部は監督交代の可能性を否定している。また、02年にガジエフ監督を解任し、木村監督を代行に据えたが、J2陥落。その教訓もあり、広島は短期的な起爆剤よりも長期的なチーム強化をコンセプトとしている。

 それでも、広島が危機的状況なのは誰の目に見ても明らか。小野監督は「後半はいいサッカーができた」と話すが、イレブンからは「後半いいと言っても、向こうはリードしているから、引いてくるのは当たり前」と冷静に現状を受け止める声も挙がった。昨季のチーム初勝利は4月13日。広島サポーターは勝ち点3を待ち望んでいる。【奈島宏樹】

[2006年4月9日12時27分  日刊スポーツ 紙面から]

 やはりなという気がする。選手もシラケてる面があるんだろう。ぼくは昨季の7位も1年のJ1復帰も全然評価してない。そりゃ昨季2位にまでなったこともあったが、それは評価できる。ただ、その調子のいいチームのメンバーを変にいじってちっとも勝てなくなってしまったとこにこの監督の無能さを感じた。そして1年でのJ1復帰といってもあのシーズンは戦力的にJ2でどれだけサンフが抜けてたことか。しかもそこでも勝ってるメンバーを替えて停滞してしまった。

 思うに小野監督というのは”氣”が使えない人ではなかろうか。ここでこの選手を入れれば盛り上がるとかこのメンバーで行くと勢いが出るということができない。むしろ得点を取った新人選手を次の試合でベンチからも外してしまうということを平気でしてしまう。あの人の理論では勝つためのメンバーというのがあるのだろうが、まあ頭でっかちである。選手も人間である。いくら理論を秀でていようとも人間を動かすことができないのだ。盛り上がり、勢いが出るとそれだけでも勝てることがある。小野にはそういうことがない。むしろ観てるこちらがこの選手が観たいと思った選手をアッサリと外してしまう。その瞬間ガッカリするのだがその沈滞ムードというのは選手にもあるのではなかろうか。

 これは実際にフクダ電子アリーナのメインスタンドで観た人が言ってたのだが広島ベンチは明らかに沈滞ムードだったらしい。小野もテンパッてるのが明白でそれが選手にも伝播してしまってるのだろう。敗戦後は目が泳いでたというからチームの指揮官としてはやはり小物である。嘘でもハッタリでもいいからそこは毅然としてて欲しい。

 思えば2002年も木村監督がスーツを着るようになって勝てるようになった。やっぱり見た目は大事である。小野の理論にはそういうものはないのだろうが。

2006年4月 9日 (日)

愛こそ全て

2006.4.9     サラリーマンチームvs高校生チーム  近所の市営フットサルコート

 「なかなか勝てませんねえ」

 「そうだよ、それなのにまだ監督解任しないんだよ。クラブはまだ解任するつもりはないんだって新聞に書いてたよ。この期に及んで小野に何を期待するのか。W杯までは続投するんでしょ。それまであんなグダグダなチームのままなんだろうね」

 「まあガジエフの時途中で代えてやっぱり降格しましたからね。ガジエフも酷かったよな」

 「でもガジエフってのは選手補強において自分の要望を全く聞いてもらってないんだよね。本人は背の高いCBと足の速いウウィングが欲しいと言ってたけど。それに比べ小野は自分の要望を全部通してもらってるじゃないか。それであれだよ」

 「そうですよね。酷いですよね」

 フットサルコートで横浜在住のHさん(横浜さんとしよう)との会話。横浜さんはJリーグの一番下のリーグでも試合をしてる。年齢的なこともあって最近はスーパーサブとして出てるらしいがこうしてフットサルまで顔を出すというところは年齢を感じさせない。元々見た目も比較的若く見える方だが。

 今日はメンバーが10人ぐらいなのでちょうど半々で試合ができた。そしてぼくは高校生のチームに入りプレーすることになった。これが運動量のないぼくには幸運となった。

 実はぼく、午前中も町内の子供サッカー教室に出てる。幼稚園児相手に鬼ごっこをやったんだがむきになってやったら立つのも辛い位疲れた。何と大人気ないものかと思いつつ子供達の尊敬の眼差しは得られただろう。まあ正直なところその場にいたお父さんお母さんに比べたらぼくの方が上手い。別に昔からサッカーをやってた訳じゃないが、普段フットサルをやってる分違うみたいだ。そしてぼくはいつもそのサッカー教室に出る時はサンフレッチェのアウェイ・ユニフォームを着ていく。それが自分自身でまずいプレーはできないというプレッシャーを掛けられているのだ。

 そのせいもあって今日のフットサルはまるで足が動かなかった。最後にはGKをやらしてもらったのだが、横浜さんにセンターラインからロングシュートを決められてしまった。全く反応できず。ぼくは下田にはなれなかった。

 それでもぼくはピッチに出てる限り全力を尽くした。ファンタスティックなプレー、相手を自由にさせねいプレーを心がける。それはサンフレッチェのユニフォームを着ているから。サンフのユニフォームには誇りを感じてる。ぼくにとってACミランもレアル・マドリードもブラジル代表も関係ない。サンフレッチェこそが全てだ。

 果たして当のサンフレッチェの選手はそこまで考えてプレーしてるのだろうか。

ホームとの温度差

2006.4.8   サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ   広島ビッグアーチ

 「もしもし、今日どうだったんですかね」

 「ああ、3-1ですよ」この時点で負けたことがわかってしまった。「前半立て続けに入れられて後半に浩司が決めたようですよ。もう予想通りというか。もうJ2かな。J2は嫌だな」

 「いや、でも今日の敗戦で小野が解任されるのなら価値ある敗戦ですよ」

 「そうですね。でもそれで解任しなかったら問題だね」

 「そうですよね、問題ですよね」

 仕事が終わる5時に電話した。その後会社で送別会があるので結果を知ることができない。しかもぼくは自分の携帯を持ってないのでIモードでの試合速報などは使えない。なので応援仲間に電話で聞くのだが相手もぼくからの電話なんて何の用事かはすでにわかっているのだ。

 やっぱり負けたか。

 もう負けることに免疫はできてしまったがそれでもやはり勝ち点は欲しかった。いよいよ厳しくなってきた。それでも小野の解任が決まるならと肉を切らせて骨を絶つような心境であった。

 その後会社の送別会。普段酒を飲まないぼくは場違いな感覚がある。そりゃぼくだってテンションの高い日にはしこたま飲めるさ。サンフレッチェの応援仲間と新年会をやった時には知らない間にガッポリ飲んでたよ。ぼくは会社に来るとテンションが下がるのだ。しかもこんな土曜のリーグ戦のあった夜に時間を潰されたとなると。ぼくの興味の対象は酒を飲むことより早く家に帰って「スポーツ・サタデー」や「スーパーサッカー」を観ることで頭が一杯だっていうのに。

 宴会場の一角では酒の入った勢いで課長が部下を叱りつけてた。宴の席だというのに。一瞬シンとした空気が流れたが皆それに気付かないふりをして勤めて雰囲気を保とうとしていた。ぼくは横にいたまとめ役に早めに御開きにした方がいいのではと提案したがまあ気にしなくていいと返された。そしてぼくにキミもこの会社入ったばかりだけど言いたいことは言っていいとたしなめられた。それは日々の業務に関してだろうがぼくの本心は残念ながら単に早く帰りたいだけだった。

 でもぼくは言いたいことは言っていいというその言葉に甘えて2次会は遠慮させてもらった。そこはぼくが日曜の朝サッカー教室に通ってるというのを知ってる人がいたのが幸いし無事釈放してもらえたのだった。ぼくは丁寧に挨拶をして帰ったがもう頭の中はサンフのことで一杯なのだった。

 家に帰ってTVとインターネットで試合の様子を伺った。開始20分までに3点入れられる。内1点はサンフユース出身の西山にアシスト決められた。後半良くなったがそれは川崎がノラリクラリとかわしていただけ。浩司がすばらしいFKを決めた。観客は7,418人しか入らなかった。

 ああ~、良かったのは浩司が点を取ったことだけじゃないか。しかも小野の解任のニュースも流れてこない。ここまで悪くなったチーム、ぼくもホームに行って応援をしてやりたい。でも当の広島では冷めていて観客数が全てを悟ってる。こういう時この関東に住んでるぼくと広島の温度差を感じるのだった。

2006年4月 8日 (土)

小野の解任決まる・・・・・はず

2006.4.8   サンフレッチェ広島vs川崎フロンターレ

 今日で小野の解任が決まる。試合前なのに誰もがそう思う。元々ぼくはJ2時代からこの監督気に入らなかったので願ったりである。だから小野2年目の2004年シーズンの初め今年は絶対勝てないと言ってた。多くのサンフサポは反論したが蓋を開けてみれば残留争い。それでもそれは小野が欲しい選手が取れなかったせいだということだった。

 一体小野になぜそれ程までに期待ができるのかわからなかった。サンフのチームカラーからして若手を伸ばさなくてはいけないはず。なのにみんな最初に魅せた輝きがどんどん失われフェードアウトしてしまった。これを小野の責任と言わずして誰の責任なんだ。いい加減フランスW杯代表コーチとかWYコーチとかの肩書きで期待するのは止めて欲しい。というかここまで勝てないともうその期待もないか。

 もうチームが負けてもあまり悔しくなくなってきた。むしろ早く小野を解任して欲しいと思うだけだ。惜しむらくはその解任劇をモニターでもいいから観ることができないということ。

 ああ、ぼくは何でこんな負けるとわかってる試合まで観たいと思うのか。

2006年4月 7日 (金)

茂原に思う

 夢はロック・バンドでベースを弾いてることだった。パンク調のロックンロールでバンドは売れてその内にはソロ・アルバムも出して。日本だけじゃなくアメリカに進出しビルボードのヒットチャートも駆け巡る。そしてマジソン・スクエアー・ガーデンでコンサートを開く。ぼくはスターだ。

 そんな夢もむなしく今は無名の一市民である。その一市民であるぼくがある記事が気になっていた。

サッカーJ1選手を釈放 「泥酔し覚えていない」

 横浜地検川崎支部は31日、女性会社員(26)方に侵入したとして神奈川県警が逮捕、送検したサッカーの元ユース日本代表で、Jリーグ1部(J1)の川崎フロンターレの茂原岳人選手(24)を処分保留で釈放した。
 茂原選手は当初容疑を否認したが、その後の調べで認めた。動機については「泥酔しており、よく覚えていない」と、話しているという。川崎支部は、常習性がなく悪質性は低いと判断したとみられる。
 茂原選手は今年1月12日ごろ、自宅近くのマンション4階の女性方に侵入したとして、住居侵入容疑で、神奈川県警に3月20日逮捕された。
                           (了)

[ 共同通信社 2006年3月31日 13:23 ]

茂原との契約を解除 J1川崎、社内処分も発表

 Jリーグ1部(J1)川崎は31日、川崎市内で記者会見し、住居侵入容疑で逮捕、送検され、処分保留で同日、釈放されたMF茂原岳人(24)について、本人が事実を認めたため4月1日付で契約を解除すると発表した。
 武田信平社長は「Jリーガーとしての社会的責任を重く受け止め、契約を解除した。市民、サポーターの皆さまらに多大なご迷惑をお掛けしたことをおわびする」と陳謝。自身を減俸10%3カ月とするなどの社内処分も発表した。茂原は2部(J2)柏から期限付きで川崎に移籍していたため、今後の処遇は柏に委ねられる。
 茂原は調べに対して「泥酔しており、よく覚えていない」と話したという。
                           (了)

[ 共同通信社 2006年3月31日 23:12 ]

 「茂原どうしたんだろうね」

 サンフレッチェの応援仲間が言った。本当、どうしたんだろう。茂原ってこんな変体のような奴だったのか。だとしたら今シーズンレンタル期間延長しなくて良かった。

 茂原は昨シーズン間違いなくチーム躍進の原動力だった。縦横無尽に動き回るその運動量はどこにでも顔を出しチームを活性化させた。惜しむらくはそのキックの精度が無いことだった。だからFKの場面でボールに寄らないで欲しかった。誰も茂原が蹴ると思わないので全くフェイントになってなかった。ただ、そのキックの精度の無さが目立つというのはそれだけ重要な曲面に顔を出してるということである。茂原のような選手はキックの精度というマイナス要素があってもその運動量は使えた。

 だが残念なことに小野はそういう選手が好きじゃない。すきなのはオールマイティで特徴の無い選手。なので小野のお気に入りの選手が怪我から帰ってくるとポジションを奪われるとこになる。それと共にチームの成績も下降線を辿る。今シーズンも戸田がそのポジションにいるがやっぱり茂原の方が良かったと思う。今のチームで彼のように走ってる選手がいるだろうか。

 その茂原の事件だが真相はどうも茂原が酔っ払ってマンションの部屋を間違えたということらしい。そんなこと普通にあることだろう。なのに茂原へのマスコミの扱いは悪意に満ちていた。最初から変質者のように都合よく報道している。そういうマスコミの報道姿勢というものは命まで奪われたという例は最近でもあった。具体例は挙げないが自殺に追い込まれた者もいるし茂原にいたっては失業という憂き目に遭った。結局茂原は現役Jリーガーによる犯罪として面白いから報道されただけだ。

 マスコミって恐いよな。やっぱりぼく、名も無い一般市民で良かった。

2006年4月 6日 (木)

ぼくのサンフレッチェ・ライフ

 「ぼくのサンフレッチェ・ライフ」。勿論これはニック・ホーンビィの「ぼくのプレミア・ライフ」のパクリである。パクリであるからにはなるべく本家の「ぼくのプレミア・ライフ」のスタイルに合わせようとしている。例えば自分を表す表記である。これは翻訳の関係であるがニック・ホーンビィは「ぼく」と表記している。それでここでも「ぼく」という表現を使うことにした。実はぼく、日記を10年以上付けてるのだがそこでは「俺」と表記している。なので正直「ぼく」という表記には戸惑いがあるのだが、その一人称表記が色々とあるのが日本語の難しいとこでもあり深いところでもあろう。

 また、タイトルに関しても基本的にパクッた内容にする。じゃあこんなパクリのオンパレード何の意味があるのか。単なる亜流品アじゃないのか。だがそこはぼくには一つの考えがある。

 ぼくにとってパクリの王様といえばレニー・クラビッツが思い浮かぶ。彼の代表曲であるAre You Go My Way。この曲なんてジミヘンのギターリフをキンクスのYou Really Gatto Meのコード進行に乗せただけである。こんな曲が名曲としてその後君臨しているのである。考えてみればローリング・ストーンズだってビートルズだって昔のブラック・ミュージックのパクリだ。音楽なんてみんな多かれ少なかれパクリをやってる。そこでぼくがパクリをして何が悪い。そもそも全ての作品はみんな真似をすることから始まってる。みんな昔観たり聴いたりしたものをかっこいいな、真似したいなと思ってやってみたくなるのだ。だからぼくも誰でも書けそうな文章しか書かない。まあ果たしてぼくの文章を読んで真似したいと思う人がいるかどうかは別問題だが。

 いずれにしてもこれはぼくのサポーター・ライフを書く。ということは限りなくマニアックな内容だ。元々サンフレッチェなんて応援してる人が少ないのにぼくは関東に住んでるので余計希少な存在である。そういや昔からぼくはマニアックなものが好きだった。例えばニルヴァーナなんて誰も知らない頃聴いてて「何そのバンド。全米1位でもなるのか?」と揶揄されたが本当に全米1位になってしまった。あとマニック・ストリート・プリーチャーズもデビュー当時から聴いてるが10年経った今でも新譜を出してる。まあ結局あまり世間の流行に流されない性格なのだ。だからこそサンフレッチェの存在の薄さ、人気の無さが逆に惹きつけられたのだろう。もしサンフレッチェが人気クラブだったらここまでのめり込まなかったと思う。実はサンフレッチェのサポーターにはそういう人が多い。何か自分が見捨てると無くなってしまうんじゃないかという気がしてくるのだ。

 ぼくのサンフレッチェ・ライフ。その特異性から1年持てばいい方だろう。一応このブログも1年をメドに書いていこうと思う。

2006年4月 5日 (水)

いつも思う疑問

2006.4.2    アルビレックス新潟vsサンフレッチェ広島  新潟スタジアム

 2006年Jリーグ第6節を終えて今の成績は3分3敗。つまり1度も勝ってないということだ。ここまで強豪との対戦が多かったものの京都やエジミウソン、ファビーニョのいない新潟にも勝てなかった。それよりも試合内容が悪過ぎる。中盤でまるでつなげられない、ボールを持つとただ前線へロングボールを蹴るだけ。そんなものサッカーではない。一体何でこんなもの観に新潟まで行ったんだろう。

 この試合、早朝東京駅に集合し中型バスで応援ツアーに参加した。こういう関東サポーターの為のツアーは2003年から始まったのだが、ぼくはこれが2度目の参加であった。というのもぼくの場合仕事の都合でどうしても試合を観れないことが多い。休んででも行きたいものだがさすがに生活の糧だけにそこまでないがしろにはできないのだ。毎試合スタジアムで見掛ける顔があるが、一体ああいう人達はどうやって工面してるんだろう。気にはなったものの聞いたことはない。なぜなら聞いたとこでそれがぼくの参考になるとは到底思えないからだ。だからもしぼくが今就職活動するならサッカーを観やすい環境の仕事を探すだろう。といってそんな都合のいい仕事なんてそうそうあるもんじゃなくフリーターにでもなったかもしれない。いや、それはそれで恐ろしい。

 まあそれはいいとしてバスに揺られること5時間して新潟スタジアムに到着した。バスを降りると雨。しかも冷たい。やはりここは東京とは違うのだった。そんな状況でもぼくは露店を見て廻った。大体がアルビレックスグッズ。うーん、探してるものが無い。そこで露店のお姉ちゃんに聞いてみた。

 「米って売ってないですか?」

 エッ、というお姉ちゃんの顔。アルビレックスのグッズを売ってる癖して知らないらしい。2年前ここに来た時アルビレックスの袋に入ったコシヒカリを売ってたぞ。まあ知らないならいいやとその場を後にしたがその時一緒にいたMさんが言った。

 「まだ米の収穫終わってないから売ってないんじゃないの?」

 言われてみればそうなのだった。

 まあいい。米は買えなかったが試合を観れればいいではないか。ぼくはバスツアーのみんなと一緒にアウェイ席に乗り込むのだった。

 アウェイ席に着いた感想。あれっ、何か前に来たよりも席が狭くなってるような。ああっ、1列狭くなってるではないか。サンフレッチェだからと高をくくって狭めやがったな。まあ事実サポーター少ないんだが。でもこの狭いアウェイ席って必然的に密集しなきゃいけなくなり一体感は出る。だから却っていいのかもしれない。

 そして雨と風の中キックオフ。屋根があるので雨風はしのげるが寒い。そして試合は眠たくなるくらい退屈だ。おいおい、一体ぼくはこんなとこまで何しに来たんだ?

 そういう中サンフレッチェは1-1ドローという結果で試合を終えた。ああ、ドロー。今日こそは勝点3が取りたかった。とはいえこれだけ一方的に攻められればこの結果はまだマシな方か。上野の踏ん張りでPKを貰えたのは本当にラッキーだった。流れの中ではまるで得点の香りがしなかった。そもそも先発メンバーからしてぼくには気に入らなかった。それはもうぼくが今の小野監督とは気が合わないことからどうしようもないことなのだろうが。

 ああ、サンフレッチェ。このチームはどうしてこうもつまらないチームなんだ。交通費を払って、時間を掛けて、ローリング・ストーンズのコンサートには行かないで(この日埼玉スーパーアリーナでコンサートがあった)来たというのに。こういうことをしていつも思うのだった。

 何でぼく、こんなチーム応援してるんだろ。

2006年4月 4日 (火)

まず書くことから

 ぼくがサンフレッチェのことを書くなんてどこかおかしい。いや、おかしくはない。むしろ当たり前すぎてつまらない。こんな名も無き一市民のぼくが自分の応援してるサッカークラブ、サンフレッチェ広島のことを書いたって誰が相手にしてくれるのだろうか。ただ自分一人書いてそれで終わってしまう。そんなことに何の意味があるのだろう。そう思ったとき限りなく無駄なことをやってるように思えてきた。第一いつまで続くかわからない。こんな根気のいることやっていける訳無いだろう。

 その時考えた。ローリング・ストーンズの故ブライアン・ジョーンズはその死があまりにも謎めいてるのでもしかしたら他殺ではという噂がある。その為ブライアンの伝記を書こうとした人は皆途中で断念しているのだ。そこには何かしら圧力や妨害があったと考えられる。それに比べればぼくのやろうとしてるのは何と容易いことか。誰が妨害する訳でもなし、ただ単に自分の根気がが続くかどうかだけの問題だ。そういうことで書いてみることにした。とりあえず書いてみる。そう、書いてみないと何も始まらないのだ。相手にされる、されないはその時考えればいいじゃないか。とりあえず書いてみよう。

 こうした経緯で始めたブログ。果たしてどこまで続くのか。自分でもわからないがどうせ今のとこ誰も読んでないので気にしないでいよう。あれっ、さっきまで誰にも相手にされないことを不安に思ってたのに。

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